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20 19 財務省職員のキャリアパス CAREER PATH 財務省職員のキャリアパス 財務省でのキャリアパスのイメージ 【第2部】 係長/留学 P21 藤音 眞生子 [平成28年入省] 国際局国際機構課 企画係 P23 曲淵 季実子 [平成26年入省] 広島国税局 国税調査官 P23 山下 雄大 [平成26年入省] 北陸財務局理財部 金融証券検査官 P21 田中 豪 [平成25年入省] 国際局国際機構課 企画係長 課長補佐 企画官 課長 P25 瀧村 晴人 [平成16年入省] 大臣官房秘書課財務官室 課長補佐 P27 藤山 智博 [平成9年入省] 主税局総務課 税制企画室長 P29 泉 恒有 [平成4年入省] 主計局主計官 ( 総 務・地 方 財 政・財 務 係 担 当 ) P31 木村 秀美 [平成2年入省] 理財局国庫課長 P32 林 ひとみ [平成20年入省] 大臣官房信用機構課 課長補佐 P32 大山 珠林 [平成26年入省] 大臣官房政策金融課 P24 永安 俊介 [平成22年入省] 留学 ( 英・LSE) P24 田嶋 一基 [平成23年入省] 留学 (米・カリフォルニア大・サンディエゴ校) 係員 係のマネジメントを行い、 政策立案のサポートを行う。 語学の修得とともに、海外の大学院で 修士レベルの勉強をする。 地方の国税局・財務局で 財務省行政の現場を学ぶ。 行政の最前線で政策の企画・立案の 中心的役割を務める。 重要事項についての 企画・立案に携わる。 所掌事務の政策立案の 責任を担う。 財務省職員として必要な 知識・ノウハウを学ぶ。 国税局/財務局 女性職員からのメッセージ

【第2部】 財務省職員のキャリアパス...19 財務省職員のキャリアパス 20 CAREER PATH 財務省職員のキャリアパス 財務省でのキャリアパスのイメージ

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2019 財務省職員のキャリアパス

CAREER PATH

財務省職員のキャリアパス

財務省でのキャリアパスのイメージ

【第2部】

係長/留学

P21

藤音 眞生子[平成28年入省]

国際局国際機構課企画係

P23

曲淵 季実子[平成26年入省]

広島国税局国税調査官

P23

山下 雄大[平成26年入省]

北陸財務局理財部金融証券検査官

P21

田中 豪[平成25年入省]

国際局国際機構課企画係長

課長補佐 企画官 課長

P25

瀧村 晴人[平成16年入省]

大臣官房秘書課財務官室課長補佐

P27

藤山 智博[平成9年入省]

主税局総務課税制企画室長

P29

泉 恒有[平成4年入省]

主計局主計官(総務・地方財政・財務係 担当)

P31

木村 秀美[平成2年入省]

理財局国庫課長

P32

林 ひとみ[平成20年入省]

大臣官房信用機構課課長補佐

P32

大山 珠林[平成26年入省]

大臣官房政策金融課

P24

永安 俊介[平成22年入省]

留学(英・LSE)

P24

田嶋 一基[平成23年入省]

留学(米・カリフォルニア大・サンディエゴ校)

係員係のマネジメントを行い、政策立案のサポートを行う。

語学の修得とともに、海外の大学院で修士レベルの勉強をする。

■地方の国税局・財務局で財務省行政の現場を学ぶ。

■ 行政の最前線で政策の企画・立案の中心的役割を務める。

■ 重要事項についての企画・立案に携わる。

■ 所掌事務の政策立案の責任を担う。

■財務省職員として必要な知識・ノウハウを学ぶ。

国税局/財務局

女性職員からのメッセージ

係長・係員インタビュー

係長と係員の一日

CAREER PATH

2221 財務省職員のキャリアパス

係長/留学

課長補佐

国税局/財務局係員 課長企画官

藤音係員 2017年3月にドイツ・バーデン=バーデンで行われたG20は、事前準備・会議中・会議後の対応も含めて、この1年で最も忙しい時期でした。ドイツ議長国下での初めて、かつ、トランプ政権誕生後初のG20でもあったため、会議の準備も手探りで進めていく場面が多くありました。田中係長 特に会議中は、係長は現地で、係員は東京で対応します。セッションを終えるごとに議論が進展し、そのたびに現場での対応が目まぐるしく変化する中で、各省とも緊密に連絡をとり、迅速な対応が求められます。私はドイツ、藤音さんは東京、という遠く離れた場所での仕事ですが、普段霞が関で仕事をする際と同様の作業リズムで、力を合わせて会議を乗り越えました。例えば、日本を含めた各国メディアの報道の分析など、現地で会議に出席していると手が回らない部分を中心に、藤音さんには東京からずいぶんと助けてもらいました。

藤音係員 海外とのやりとりも多く、スピーディーな対応が求められる局面が多いです。特にG7/G20等の大きな国際会議

田中係長 私たち企画係の主要業務は、G7・G20などの国際会議、そしてIMF対日4条協議の対応です。G7・G20関連では、会議での大臣のスピーチをドラフトすること、共同声明(コミュニケ)の文言を各国と調整することが主な仕事です。係長は会議本番も財務大臣に随行し、近くでサポートします。この部署に異動して1年弱ですが、中国(成都・杭州)、米国(ワシントンDC)、ドイツ(バーデン=バーデン)、イタリア(バーリ)へ出張しました。藤音係員 係員は、上司のG7・G20等の国際会議の出張、IMF対日4条協議の際にミッション団の日本受け入れを円滑に進めるための調整が主な仕事です。IMF対日4条協議というのは、IMFが日本の経済状況を調査し政策提言を行うためのプロセスのことで、IMFからミッション団が来日します。国際機構課宛てに事前送付される、日本でミッション団が調査したい内容を咀嚼し、調査が充実したものになるよう、対応する組織・課室と綿密に調整を行っています。財務省内だけでなく日本銀行・他省庁なども訪問するため、幅広く内容を理解する必要があります。国際会議の際には、上司が皆出張に行くため、国内対応を一手に担います。IMF対日4条協議や国際会議のテーマは、中央銀行の金融政策や各国の構造改革等、およそ経済関係すべての分野に及びます。中身の理解も当然必要で、日々勉強です。毎朝、日本だけでなく、海外の報道に目を通すのも習慣になりました。

田中係長 海外からの英語の電話やメールも含めて、外部とのコミュニケーションの多くを任せています。様々な案件にアンテナを高く立てつつ、膨大な量の情報をしっかり整理して、案件を着実にこなしています。また、例えば、国際会議でのスピーチの素材になる面白いロジックやデータを、論文や国際機関のレポートなどから見つけてきてくれることも多く、特に最近はその質とスピードがどんどん上がっています。1年目から戦力として活躍していて、非常に頼もしいです。

藤音係員 常に先を見据えての、指示・アドバイスをもらっています。係長は、各国大臣が集まり会議をする場で、何が論点となるか、日本として発信していくべきことは何か、ということを常に俯瞰的に考えていて、また、各トピックへの理解も深い点を特に尊敬しています。自分も足元の業務だけでなく長期的な流れを意識しつつ働けるようになりたいです。

の前は、準備しなければならない事も膨大で、課内が良い緊張感に包まれ、一日が一瞬で過ぎていきます。田中係長 一方で、常にばたついているわけではなく、国際機関等のレポートを読みつつ、国際金融情勢やIMFの政策等について、課内でじっくり考察し、深い議論も行っています。リアルタイムで世界的な様々な案件の情報が入ってくるスピーディーな環境と、じっくりと腰を据えて国際金融情勢を考えられる環境の二面があり、課内皆がその両面を楽しんでいる、雰囲気の温かい職場です。

田中係長 生き生きと働いている人に共通するのは、目の前の課題を楽しめること。多くの選択肢を見て、自分で決めた就職先なら、目の前の業務に全力で取り組めるようになっているはずです。応援しています!藤音係員 この先何十年働き続けるかもしれない会社を学生のうちに選ぶ就職活動は、とても悩むと思います。私自身、最後の最後まで、大いに悩みました。就職活動中は悩むこと自体が辛く感じましたが、今振り返ると悩む中で自分の将来等、様々に考えたことが今の財産となっています。多くの会社の方に会い、皆が親切に社会人として、また、その組織の人として話をしてくれる機会は、就職活動の時しかありません。その貴重な機会を多いに活かし、沢山悩んで、最後に財務省を選んでもらえると嬉しいです。

 日本の真夜中、議長国より、次に開催されるG20財務大臣・中央銀行総裁会合の共同声明のドラフトが送付される。G20の共同声明は各国で短い期間で合意に至る必要があるため、早急な対応が求められる。秘匿性が高いため、取り扱いに最新の注意を払いつつ、日本として受け入れられない点はないか、また、積極的に主張していく点はどこか等の視点で精査する。

 時差のある海外とのやりとりが多いため、登庁し次第、まずはメールのチェックから始める。夜中に届いている連絡を中心に、優先順位を付けて朝から迅速に対応。午前が終わるとひと段落つき、情報収集や案件の検討・議論等を経て、再度午後の会議に臨む。夕方には翌日以降を見据え、抱えている案件、今後やるべき仕事を整理し、退庁。

09:30 共同声明の検討

 課内での検討・各所との調整を早急に済ませた上で、幹部と協議。その議論の結果を踏まえ、財務省としての方針を定める。実際の共同声明のドラフティングの場では、こうして定めた方針をベースに、各国と調整を行い、20か国で合意できる声明を作り上げていく。

11:00 幹部会議

 午前の仕事を終えると、課で昼食へ。同じ課ではあるものの、各係で担当が異なっているため、ざっくばらんに係同士の情報を共有できる場でもある。仕事以外の話でも花が咲き、午後の仕事に向けてのつかの間の休憩時間。

12:00 昼食

 早急な対応が求められる共同声明の検討を終えたのち、実際の会議の場での発言内容を検討する。世界経済では現在何が問題となっているのか、会議ではどんな点が議論になりそうか、そうした問題に対する日本のスタンスは何なのか、今後日本として何を目指していくのか。G20の場での発言は日本の国際社会への公約ともなり、多様なメディアで報道される。このため慎重かつ大胆な姿勢が求められる一幕に。

13:00 会議の発言内容の検討

 IMFの職員と、世界経済情勢について意見交換。今日のテーマは、「労働分配率の低下と格差の拡大」について。日本は、アメリカに次ぐIMFの第2の出資国。国際金融システムの安定に何が必要かという観点から、IMFと常日頃から緊密にコミュニケーションを取っている。プロのエコノミスト集団であるIMFと正面から渡り合う為には、世界経済情勢やIMFの政策に加え、経済学についての理解も必要で、勉強の毎日。

16:00 IMF職員と世界経済情勢に関して意見交換

 日頃はリラックスの時間である夕食も今日は急いで済ませる。19:00 夕食

G20は、財務大臣・中央銀行総裁会合開催までに、複数回のワーキングループを開催し、実務者レベルで議論を深めていく。今日は、来週の対面での会合に備えた電話会議で、テーマはG20におけるアフリカ支援について。アメリカ、ヨーロッパ、アジア地域が同時に電話できる時間帯ということで、どうしても日本時間では夜の開催が多くなってしまう。眠い目をこすりながらメモを取る。 会議終了後、明日に向けて頭を整理しつつ、今日の業務は終了。

20:00 G20のワーキンググループ電話会議~

現在のお二人のお仕事について教えてください。

田中係長から見て、藤音さんの良いところ、特にこの一年で成長したところを教えてください。

この一年でやりがいのあった仕事、大変だった仕事について、教えてください。

お二人の働いている国際機構課の雰囲気について教えてください。

係長には、いつもどのように仕事を教えてもらっていますか?

就職活動中の学生へのメッセージをお願いします!

田中 豪Tak um a TANAKA[平成25年入省]

国際局国際機構課 企画係長

係長

藤音 眞生子Mao k o F U J I O TO[平成28年入省]

国際局国際機構課 企画係

係員

CAREER PATH

 トランプ氏が大方の予想を覆し、米国大統領に選出される前、私はその支持者に話を聞こうと思い、地元のクラスメイトに紹介をお願いした時、冒頭の答えを貰いました。それでも何とか支持者を探しだし、話を聞いてみると「嫌がらせを受けるから、大半の仲間は支持を隠しているんだ」とのこと。考え方の異なる人たちは、時に隔絶され、視界から消えてしまいます。

 昨夏から、私はカリフォルニアにある大学院に留学していますが、学んでいることの1つにトランプ氏の選挙戦でも活躍したとされるビッグデータ分析があります。膨大な量のデータ(ビッグデータ)を収集・分析するためには、統計学のみならず、プログラミングも必要なので、日々悪戦苦闘していますが、その分析からは様々な考え方を持った人々の本音が見えてきます。今、中国の短文投稿サイトを通じ、中国の人が何を考えていて、中国政府がどんな言葉を規制しているのか分析しています。それに基づき、中国人のクラスメイトと英語や中国語

で議論を交わしてみると今まで見えてなかったお互いの考え方の異なる点や同じ点などがより深く理解できます。

 財務省には、お金に関わる仕事が多いです。しかし、それは数字の大きさに一喜一憂し、その帳尻合わせをすることではありません。数字の先にある多種多様な人間一人一人の生活を意識しながら、制度を考え抜くことが重要です。その多様性を想像する必要がありますし、考え方の異なる人を消してはいけません。そのためにも、財務省自身も多様な人が集まり、データに基づいた議論を日々活発にしています。君も君自身の個性でもって、この議論に参加しましょう。

分析と利益衝突の調整を超えた規範論について真面目に悩まなければならない局面があると考えたからである。もちろん、哲学は(健全な)批判の繰り返しであり、都合の良い「正解」など与えてはくれない。歴代の哲学者たちの世界観や正義論は実に多様だし、人種も宗教も母国語も異なる友人たちとの議論はしばしば紛糾する。しかし、それでもなお、役人として「べき論」を考えること自体から逃げてはならない。そんなことを考えながら、異国の地にて、日々、政治哲学上の問いと格闘している。

 我々はどこまでも卑小な存在であって、個人として現実と対峙すると、不条理に満ちた世界に辟易してしまい、絶望しか感じられないことも多い。しかしながら、我々自身もそんな世界の一部であることは逃れられない事実なのであり、少しずつでも、より良き社会を創り上げるために足掻くことができるのもまた我々でしかない。混沌とし、矛盾に満ちたこの世界にあって、その「歪み」をも自分の一部として引き受けること。心が掻き乱される問題を他人事だと割り切ってしまうのではなく、不断の対話の先にこそ目指すべき未来が立ち現れると信じて、あるべき政策を堂々と語ること。そんな矜持を胸に抱きながら、今後、財務省の役人の担う幅広い政策課題と真摯に向き合ってゆきたいと考えている。採用の季節である。同じ志と希望を抱く、新たな仲間との対話を心から愉しみにしている。

CAREER PATH

2423 財務省職員のキャリアパス

国税局/財務局

課長補佐

係長/留学

課長係員 企画官 課長補佐

課長係員 企画官

 関税局での勤務を2年経験したのち、広島国税局に着任しました。現在は税務調査や徴収業務等、税収の最前線に立つ仕事をしています。 わが国の申告納税制度は、納税者からの自発的な申告・納税を基礎としています。その申告が間違っていると、適正・公平な課税が実現されません。また税額が算出できても、最後にきちんと納税されなくては、税制が成り立ちません。 税務調査では、実際に企業や個人の様子を見聞きして、申告の間違いを正したり、防いだりします。また徴収業務では、

適正・公平な課税の実現のために

地域と密着し実情を把握する財務局

滞納者と向きあって話をし、実現可能な納付計画を一緒に作り上げます。 

 関税局の勤務で制度の企画・立案に携わり、制度が執行される現場を経験したいという思いを持ちました。 税務調査の際、企業の担当者と深く話をしたところ、国のある制度が立法趣旨どおりに活用されていないことが分かりました。別の事案では、制度が分かりづらいという声をいただきました。その制度が現場で執行できるかという視点をより鋭く持つことが、行政官にとり不可欠であると痛感しました。 制度設計は、この国の「これから」を考える仕事です。その最適解を導くためには、この国の「今」を知らなくてはなりません。財務省には、日 「々今」と向き合う現場での経験があり、そしてそれを制度の企画・立案に活かすサイクルがあります。今実感しているのは、そのサイクルです。

 制度の企画・立案から執行まで、国内から海外まで、歳入から歳出まで。財務省は、こうした広大な地平を前に、この国の根幹を支える仕事を担っています。よりよい国づくりに、皆さんもチャレンジしてみませんか。

制度は本当に機能するか考えざるべからず

トランプ候補の支持者?カリフォルニアにはいないよ

大学院での学び

未来への希望と役人としての矜持

財務省の仕事

色々な角度から、国を支える

皆さんへ

 財務省本省総合職採用職員の多くは3年目に全国各地の財務局や国税局で勤務します。財務省で企画立案された政策が地域でどう受止められているかを垣間見る貴重な機会です。私は、昨年の8月北陸財務局に着任しました。 財務局の業務の位置づけは、財務省と各地域の「架け橋」のようなものです。具体的には国家予算の執行調査や、各地域の経済情勢の調査、企業等から政府への意見・要望等の収集・報告などです。また、金融庁から委託を受けた金融検査も行っており、非常に幅広い業務を扱います。 地域との距離が近く幅広い業務を扱う財務局だからこそ知りうる地域の実情があります。経済調査や金融検査では、多くの企業の担当役員を相手に対話し、企業や地域の現状や課題をあぶり出し、必要に応じ課題解決に向け取組む必要があります。長期に亘って地域で活動する企業の方から本音を聞き出すには幅広い視野や知識が必要であり、責任感は重く、事前準備は欠かせませんが、その分やりがいや達成感は非常に大きいです。また、地方自治体の首長から、直接地域の課題や政府への要望等を伺う機会などもあり、本省時代に取組ん

でいたTPPに対する地方企業や自治体の捉え方のほか、補助金の交付基準に対する意見等、現場ならではの気づきに触れています。

 私はより広い視野を持ち日本の為に働きたいと考え財務省を志望しました。企業や人々の活動の根幹に関わるありとあらゆる分野の基礎づくりに携わる財務省では、現場の経験も含めて幅広い視野を得ることができます。 日本の為に働きたいと考えている人はぜひ財務省を訪れてみてください。同様の志と幅広い経験を持った職員が皆さんをお待ちしています。

 民主主義の正統性について考察していると、国際局に所属していた際に直面した欧州債務危機を思い出す。自由や平等、あるいは人間の尊厳についての思索に耽っていると、厚労省時代に担当した特別養護老人ホームに入居する認知症高齢者の顔や、懸命に働く現場の方の姿が目に浮かぶ。公正な社会の在り方に想いを巡らせていると、国税局で勤務した際、差押えをせざるを得なかった旅館の所有者の嘆きの声がこだまする。留学で政治哲学を学ぶことにしたのは、「価値中立的な政策立案が可能である」という前提は欺瞞であり、役人には、事実の

係長/留学

国税局/財務局

税収の最前線から

地域の現状を知り視野の広がりを感じる

逃げるは恥だし役に立たない

君の個性が財務省を豊かにする

曲淵 季実子Kimi k o MAGAR I FUCHI[平成26年入省]

平成26年 関税局関税課

広島国税局 国税調査官

山下 雄大Tak a h i r o YAMA SH I TA[平成26年入省]平成26年 関税局関税課

北陸財務局理財部 金融証券検査官

永安 俊介Shun s u k e NAGAYA SU[平成22年入省]平成22年 国際局総務課平成23年 国際局地域協力課平成24年 IMF・世銀総会準備事務局平成24年 金沢国税局平成25年 厚生労働省老健局高齢者支援課平成27年 留学(英・ヨーク大)

留学(英・LSE)

田嶋 一基Kaz u k i TA SH IMA[平成23年入省]平成23年 主計局総務課平成24年 主計局調査課平成25年 関東財務局平成25年 金融庁総務企画局総務課

留学(米・カリフォルニア大・       サンディエゴ校)

CAREER PATH

CAREER PATH

瀧村 晴人Har u t o TAK IMURA

[平成16年入省]

大臣官房秘書課財務官室 課長補佐

2625

 2004年から財務省で働き始めて12年が経過しました。今でも若手のつもりですが、部下を指導することもあり、子供も2人産まれ、公私ともに責任のある立場になりつつあります。私の12年間のキャリアのうち、ちょうど半分にあたる6年間は、留学や国際機関勤務です。財務省では中長期的な人材育成の一貫として、海外、他省庁、地方、民間企業等、財務省の建物の外で活躍する機会が十分に与えられています。多様化する政策課題に対処していく人材を育てるためにも、財務省の外での武者修行はますます重要になるでしょう。私は、IMFで働くことによって、英語やマクロ経済の知識を深めることができましたし、

学生へのメッセージ

財務省職員のキャリアパス

 2004年、為替介入などの通貨政策を担当する国際局為替市場課の配属となりました。2003年当時、財務省は、投機的な動きによる為替の過剰な変動に対処するべく、大規模な介入を行っていました。円売りドル買いのオペレーションは短期円債の発行で調達した円を為替市場で売ってドルを買うものです。その結果、ドル資産は増えて、外貨準備は4785億ドル(2003年3月末)から8265億ドル(2004年3月末)に急増しました。安全性や流動性を踏まえた、外貨準備の適切な運用が一つの政策課題でした。こうした課題を解決するためには生半可の知識では対応できません。外貨準備の日々 の資金繰りなど運用業務に携わりながら、ポートフォリオ理論などの証券投資分野だけでなく、経済や金融について必死に勉強しました。

 仙台国税局に1年ほど出向して税務調査の実務を経験した後に、ニューヨークのコロンビア大学国際公共政策大学院に留学。せっかくなので2008年の夏期休暇中にウォールストリートでインターンをしようと考え、Bear Sternsという米国の投資銀行で研修することに決まりました。しかし、時は2008年であり、住宅バブル崩壊の足音が近づいており、Bear Sternsはサブプライムローン問題によって経営が悪化し、5月30日にJPモルガンチェースに救済買収されることになりました。リーマンブラザーズの倒産は9月15日です。リーマンショックを震源地とする世界的な金融危機の影響は、米国だけにとどまらず欧州や我が国をはじめ世界中に伝搬します。国際金融を学ぶ者にとって、毎日のニュースが生きた教材であり、大学院での勉強にも身が入りました。

2004年 国際局為替市場課

新人時代

2007年 コロンビア大学留学

世界金融危機を目のあたりに!

 2009年、2年間の留学の後は、主税局参事官室の係長として、国際課税の分野を担当することになりました。あるべき税制についても国内だけを見ていては、教育や福祉等必要な公共財を賄うための課税基盤を確保することができず、他方で、国際的に活躍する企業の経済活動を歪めることになりかねません。そうした現代的な課題に対処するために、主税局参事官室の仕事の範囲は、法人税法や所得税法等の国内法だけでなく、租税条約、OECD等国際会議と多岐に亘ります。 2008年の世界金融危機は、国際課税の政策分野にも大きな影響を与えました。タックス・ヘイブン(租税回避地)は、租税回避や脱税を誘発するのみならず、グローバルな資金の移動を不透明にしており、金融危機の遠因の一つであるとの批判がなされました。こうした批判を背景に、税の情報交換について国際的な基準が大きく変わり、特に銀行機密を理由にした税務情報提供の拒否が認められなくなりました。私は、こうした国際的なルールを策定し、タックス・ヘイブンにも遵守させていく取組みにかかわりました。何十幾百のメールのやりとり、電話会議、フェイス・トゥ・フェイスの会議を積み重ねて世界を変えて行くのです。その準備のための労力は大変なものですが、その知的刺激・ダイナミズムにはシビれるものがありました。

 2011年夏から米国ワシントンDCにあるIMFの日本理事室に理事補として出向することになりました。IMFは、世界銀行と並んで1945年に設立された、ブレトン・ウッズ体制の中核となる国際機関です。IMFは対外的な支払い困難に陥った国に対する一時的な貸付を行うという、国際金融システムを支える重要な機能を有し、世界金融危機によってその役割を再発見されたと言えます。私が赴任した2011年は、米国発の世界金融危機が欧州に伝搬し、ギリシャ問題となってユーロの存続が疑問視されるという欧州危機に転化していたタイミングでありました。日本理事を含む24名の各国の理事によって構成される理事会は、株式会社のたとえでいえば取締役会に相当し、ギリシャ・プログラムの承認など、重要な方針が議論されます。私は、重要案件について、IMFスタッフや他国の理事室と議論し、財務省とともに対処方針を策定していきました。理事から委任された案件については、理事会の日本席に座り、発言をすることもあります。日本の国益を確保することと同時に、国際金融危機への対処等より良い世界の構築に貢献すること、がまさに求められる仕事でした。

2009年 主税局参事官室係長

国際課税

2011年 IMF理事補

国益を背負って

 理事補として2年間働いた後、IMFの中途採用試験を受け、エコノミストに転職(?)しました。理事補の仕事も大変やりがいがあるのですが、一人のエコノミストとして担当国の抱えるマクロ経済政策上の問題解決の仕事をやってみたいという思いがむくむくと湧いてきました。上司や秘書課に相談したら、やってみたらということで、IMF出向の期間を延ばしていただきました。1年目は南アフリカの金融セクター評価プログラムの仕事を、2年目はエジプトの4条協議コンサルテーションというマクロ経済政策評価の仕事を主に担当しました。日本の財務省に入り、米国ワシントンDCの職場に行き、仕事の現場はアフリカ大陸、ということになろうとは、入省当時想像もしていませんでした。エジプトでは外貨不足が深刻になり、機能する為替市場をどのように設計するかが重要な論点であり、新人時代に為替市場課で得た知見がとても役に立ちました。エジプトは、2011年のアラブの春の影響によって政権が不安定化し、クーデターを含む2度の政権交代を経て、2014年に現在のエルシーシー政権が成立しました。カウンターパートの財務省や中央銀行の官僚たちは新しい国づくりに一生懸命であり、国づくりに直接的に関わることができる国家公務員という職業の魅力を再確認した思いです。

2013年 IMFエコノミスト

一人のエコノミストとして

 IMFから戻り、2015年夏から財務官室で働いています。霞ヶ関にはサブとロジという用語があります。サブとはサブスタンスの略であり、政策の中身を作る仕事です。他方で、ロジとはロジスティクス(兵站)から来ており、サブを支える黒子ですが、これもまた大切な仕事です。例えば、財務大臣がG20など大きな国際会議に出張する場合、議題に関係する政策(サブ)の事務方は多数にのぼるため、出張はかなり複雑になります。国際会議の合間にどの国の外国要人とのバイ面会を行うか、どのタイミング・場所で行うか、同席する必要がある事務方は誰か、などのロジを詰めて、サブ部隊を援護し、国際会議の成果を最大化するのが財務官室の役割です。当然現在のポストは外国への出張も多く、米、英、独、仏、伊、中国、バハマ、ペルー、パラグアイ、アルゼンチン、コロンビア、フィリピン、インド、ケニア、ザンビアと多くの国に出張することになりました。 2016年は日本がG7議長国の年でもあり、2016年5月に財務省と日本銀行はG7財務大臣・中央銀行総裁会議を仙台市の秋保温泉で開催しました。財務官室もその開催ロジを担当し、震災復興を世界にアピールするための視察ツアー、外国のお客様に出すメニューをどう工夫するか等、同僚と喧々諤々の議論をするなど、改めて財務省の仕事の幅広さに舌を巻きました。現在は、2017年5月に横浜で行われるADB(アジア開発銀行)年次総会に向けて準備を進めています。 最後に、「財務官室」補佐とありますように、私は財務官のスタッフでもあります。財務官は、国際金融政策を担当する次官級ポストであり、俗に通貨マフィアと呼ばれることもあります。世界で縦横無尽に活躍する浅川財務官と日常的に接して考えていることを聞いたり、また議論を交わしたりできるというのは、私のポストの特権でもあります。

2015年 財務官室補佐

国際会議のロジ

課長補佐

係長/留学

国税局/財務局

係員 課長企画官

国籍も含めた多様な同僚の中でのリーダシップやチームワークを学ぶ機会にもなりました。こうした経験は、財務省に戻ってからも現在の仕事を遂行していく上での武器になっています。また逆に、IMFという日本の財務省から離れた場所においても、しっかりとしたValue(仕事の成果)を出せたことで自信につながりました。財務省の中で積極的に仕事に取り組み、成長していけば、外の世界でも通用するという確信を持っています。 このパンフレットを読んでいるということは財務省に興味を持っているのでしょう。財務省は貴方の才能と情熱を投資するに相応しい場所である、と私は120%信じています!

財務省に就職した

と思ったら

ピラミッドにいた!?

CAREER PATH

CAREER PATH

藤山 智博Tomoh i r o F U J I YAMA

[平成9年入省]

主税局総務課 税制企画室長

2827

 財務省の仕事は実に多様です。主税局を例にとれば、所得税、法人税、消費税、相続・贈与税など様々な税目を扱っており、税目が違えば仕事も違うのはもちろん、同じ税目であっても中長期的な制度のあるべき姿を考える局面もあれば、足元の課題にどう応えるのかを検討することもあります。さらには国益を背負って国際交渉に臨むことも主税局の仕事です。また省外で経験を積む機会もたくさんあります。私自身、留学のほか、国税局、金融庁、在外公館での勤務を経験しました。 どの職場でも、「どうすればより良く出来るのか」を追求し、カウンターパートと、あるいは上司や同僚と議論する中で様々な考え方に接し、新たな発見がありました。こうした経験の一つ一つの積み重ねが、次のポジションで全く異なる分野を担当し、新たな政策課題にチャレンジする上で糧になってきたと思います。 そう言えば最近、わが家の6歳の末っ子が「これはどういう意味?」、「なんでこうなるの?」を連発し、説明を聞いては彼なりの理解で色んなことに取り組んでいます。発見とチャレンジは純粋に楽しいものなのでしょうね。さて、財務省での次の発見とチャレンジは何か、楽しみです。

学生へのメッセージ

財務省職員のキャリアパス

 入省した1997年4月1日は、消費税率が3%から5%に引き上げられた日であり、今振り返ってみると、財政にとって大きな意味を持つ日だったのだなと思います。入省して数か月経つとアジア通貨危機が発生しました。世界経済が揺れ動く中、担当した仕事は関税収入の見積もりでした。それまで輸入額は増加傾向にありましたが、日本経済も大きな影響を受け、為替レートの変動も激しく、輸入額を見込むことが難しい局面でした。見積もり作業にあたり、関係省庁や主要な輸入品目を扱う事業者団体などから懸命に情報収集したのを覚えています。関税収入は翌年度の歳入予算の一端を担うものであり、しっかりと見積もらなければいけないというプレッシャーを強く感じたものですが、入省して1、2年目のうちにこうした仕事に携われたのはいい経験だったと思います。また税関の現場の話を聞く機会にも恵まれ、この時の経験が後の在ベトナム大使館への出向時代や、現在の仕事にも役に立っています。

 入省して3年目と4年目に米国に留学して経営学を学び、帰国したのは2001年の夏でした。当時小泉政権下で財政健全化に向けて財政構造改革に取り組んでおり、「骨太の方針」でプライマリーバランスの黒字化目標が設定されたのもこの頃でした。こうした中で、フロー、ストックの両面で財政状況に関する情報を提供するため、予算を基にその後3年間の財政状況を示す「後年度影響試算」や、国の資産・負債を表す「国のバランスシート」の作成に取り組みました。「後年度影響試算」も「国のバランスシート」も、いわば日本の政策や制度を財政という横串を通して網羅的に俯瞰するもので、多岐に亘る政策や制度の内容を理解しながら情報を収集するのは大変な作業でしたが、企業のIR(株主向け広報)と同様、国家財政に関する情報を発信していくことも重要なのだと実感しました。この時の職場には、他省庁や民間企業から同年代の出向者が多数集まり、互いに刺激を受けあい、切磋琢磨しながら仕事に取り組んでいました。今でもよき友として酒を酌み交わしながら思い出話をしたり、カウンターパートとして仕事をともにしています。

1997年 関税局企画課

揺れ動く経済環境の中での新人時代

2001年 主計局主計企画官付

財政分析に取り組んだ係長時代

 金融庁には3年間出向しました。最初の2年は税制改正要望を担当しました。「貯蓄から投資」などの金融庁の政策を推進するため、金融業界の方々から金融の現場で起こっている問題を聞き、それを解決するための一つの手段として税制改正要望に落とし込み、主税局と折衝するという仕事でした。後に主税局で要望を受ける立場になるとは思っていませんでしたが、このとき、金融行政や税制がどのように経済活動に影響を及ぼすのかを学んだことは貴重な経験となりました。その後、監督局で銀行の監督業務を行いながら、新規の銀行設立の審査や当時社会問題になっていた偽造・盗難キャッシュカードやインターネットバンキングのフィッシング詐欺対策などを担当しました。銀行設立の審査ではいくつかの案件を担当し、それぞれにターゲットとする顧客層や提供するサービスが違い、様々なアイデアがあるのだと感心しました。こうした自由なアイデアを実現して経済発展につなげていくという要請と、金融システムの安全・安定を維持するという要請の双方を実現する必要があり、バランスをとりながら検討を進めることの重要性を学びました。

 見知らぬ国で仕事をし、生活をするという不安と、新しい世界を経験したいという思いが交錯する中、「ベトナム料理好きだよ」という妻の一言で在ベトナム日本国大使館への赴任を決意。当時、ベトナムは飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を遂げており、世界中から注目を集めていました。こうした中で、加熱するベトナム経済の調査、日系企業の支援、成長戦略プログラムへの財政支援、財務省関連のODAに関する現地調整などなど、色々な仕事をさせてもらいました。リーマンショックのときには、ベトナムの経済対策を財政面で支援する緊急財政支援円借款にも携わりました。ベトナム政府が経済対策を実施することは大々的にアピールされていましたが、詳細が公表されませんでした。このため、ベトナム財務省に赴き、各施策の担当者20名程度に一度に集まってもらい、情報を収集して報告書を作成しましたが、なかなか出来ない経験だったと思います。国は違えど同じ財務省の職員で(酒好きを含めて)共感することが多かったこともあり、ベトナム財務省には友人もたくさんでき、ビア・ハノイを片手に税務行政や税関行政などについて語り合ったのもいい思い出です。

2004年 金融庁

出向先での学び

2007年 在ベトナム日本国大使館

「ベトナムどう?」

 法人税を担当する税制第三課では3年半を過ごしました。最初の年は雇用の増加を実現するために何か出来ないか、2年目は東日本大震災からの復旧・復興のために何をすべきか、3年目は賃上げをどう促進していくか、4年目はどのような投資をどのように拡大していくか。同じ法人税であっても政策課題はその時々で様々です。各省庁からの要望は幅広い政策分野に及び、日々新たな知識を身につけながら、政策課題を解決するためにはどうしたらよいのか、各省庁の担当者とまた同僚達と日々議論を尽くし、税制改正案を創り上げていきました。そして最後の年には、法人税改革に携わりました。法人税の長い歴史を踏まえつつも、国際化をはじめとする企業活動を取り巻く環境の変化に対応するため、法人税の構造改革に取り組むものです。様々な制度の意義や現状をまとめつつ、企業活動の実態も調査し、政府税制調査会で報告書をまとめていただきました。ここで示された構造改革案の多くは後の税制改正で実現しています。法人税という一つの制度を通して、足元の経済状況に応じた政策課題への対応と、中長期的な税制の在り方の検討の双方に携われたことはとても貴重な経験となりました。

2010年 主税局税制第三課

議論を尽くした3年半

 現在の主税局総務課のポストでは、税制改正に向けた検討のスケジュール管理や、横串を通して検討を進める必要がある政策の調整・とりまとめを行っています。平成29年度税制改正全体を俯瞰すると、個人所得課税改革の一環としての配偶者控除制度の見直し、同一酒類間の公平性を回復するための酒税改革、企業の海外展開を阻害することなく租税回避を効果的に防止するための国際課税の見直しなど、公平・中立・簡素という租税の基本原則に立った骨太な改正が多かったと思います。例えば、酒税改革。現在、ビール系飲料にはビール、発泡酒、新ジャンルの3つにカテゴリーがあり、それぞれ違う税率が適用されています。今回の改正では、税率を一本化するとともに、ビールの定義(使える副原料の範囲)を拡大します。これによって、税率差を意識することなく、また独自性を発揮した商品の開発が可能となり、地域創生や日本ブランドの価値向上にもつながるものと期待されます。税制が生活や企業活動の様々な局面に影響するものであり、だからこそ経済や社会の変化に合わせてその構造を不断に見直していく必要があるものだと再認識しました。

2016年 主税局総務課

税制改正を俯瞰

多様性、発見、

そしてチャレンジ

〜財務省での経験〜

課長補佐

係長/留学

国税局/財務局

係員 課長企画官

CAREER PATH

CAREER PATH

3029 財務省職員のキャリアパス

 最初に配属されたのが「大蔵省全体の窓口」機能を担う文書課でした。各局の決裁案件を審査して次官・大臣まで説明するのが仕事で、役所の所管事項を幅広く知ることができました。 また、文書課は「国会対応の司令塔」の役割も担っています。立法府と行政府がどのように交錯して意思決定に至るのか、時として強い緊張関係を見せるプロセスを垣間見ました。特に二年目にはそれまでの自民党単独政権が細川連立政権へと変わり、予算や法案の与党手続も一変して手探りで対応したことを覚えています。 中でも一番記憶に残っているのは「国民福祉税」構想です。官邸、与党、野党、そして幹部の動きを文書課にいて間近に見ながら、役人の仕事のフィールドとは相当に幅広いものだなと感じた一方、最終的には構想が頓挫していくのを見ました。そしてこれが紆余曲折を経て、同じ年に消費税5%への引上げ法案成立につながっていきます。 文書課では新人として役人の基礎的な所作を学びましたが、学生のときは今一つピンと来ていなかった「政策立案」の実際を間近に見て、自分もその当事者になっているのだ、と実感しました。

 米国留学から戻った先が住専問題に揺れた銀行局でした。ここで戦後長い間手つかずのままだった日本銀行法の改正に携わったほか、当時の都市銀、長信銀、地方銀、信金・信組等の全体にわたって不良債権額を集計し、公表する取組みを行いました。 私が銀行局にいた二年間は日本の金融不安が極度に深刻化した時期と重なります。金融機関の経営破たんが毎週のように続き、「預金の取り付けが起こっている」との報告に神経を擦り減らしましたし、北海道拓殖銀行が破たん、山一証券が廃業したときには「日本経済は危機水域に達した」と感じて怖くなりました。職場は常に落ち着かず、騒然としていたように思います。 しかし、当時の私の記憶に刻まれ、今も意気に感じている姿があります。銀行局各課の若手課長補佐たちが各々の持ち場で「奮戦」していた姿です。公的資金の注入に国民理解が得られるのはまだ暫く先のことです。当時、破たん処理スキームが未整備のまま、悪戦苦闘の中で何とか金融システムの安定が維持されていきました。それだけで手一杯だったはずなのに、若手補佐たちは新しい金融行政を目指して多くの取組みを講じていきました。 「護送船団」と呼ばれた古い行政スタイルからの訣別という、若手が抱いた強い危機感の表れだったと思います。役人としての自分の原点を抱かせてくれた時期でした。

1992年 新人時代(大臣官房文書課)

1996年 銀行局総務課 企画係長

 若手補佐として主税局で所得税を担当しました。毎年多くの改正項目を抱える税目ですが、当時多くの時間と労力を注いだのが金融所得への課税のあり方でした。 補佐一年目のとき、株式譲渡益への課税方式をそれまでの「源泉分離選択課税」と呼ばれた方式から改め、「申告分離課税」方式へ一本化したのですが、「申告に手間がかかる」等の批判が湧き上がりました。 このため、翌年にスウェーデンやデンマーク等へ海外調査を実施するなどして課税の考え方を大転換し、利子・配当・株式譲渡益に対する税率を統一するとともに、申告の手間を失くすために「特定口座」方式を初めて導入しました。この間、多くの証券会社と実務的なヒアリングを重ねましたし、そもそも金融所得に対して累進的な税率ではなく、一定税率で課税することが社会にとって公正と言えるのかという点に大いに悩みました。この時に導入した「特定口座」方式は今のNISA(少額投資非課税制度)にもつながっていてご存知の方もいるかも知れません。 上司や同僚に助けられながら何とか過ごした日々 でしたが、自分たちが議論する課税の考え方や制度設計の一つ一つが、実際の投資家の行動やマーケットに大きな影響を及ぼしていくことを実感しました。

 主計局二年目に法務省・裁判所・警察庁予算を担当しました。日本の治安、そして司法分野の政策を鳥瞰して考えることのできる唯一の担当であり、責任も重く、緊張しながら編成に臨んだことを覚えています。 裁判員制度の導入、法科大学院や日本司法支援センターの設置・・、学生の皆さんにも聞き覚えのある事柄の多い「司法制度改革」の枠組みを決定するときでした。経済効果の測定が難しく、また、カネさえあるなら誰もが賛成するだろうといった性質のものでもない、一言で言えば、主査としての価値観、洞察力が問われるポストだったと思います。 司法制度改革の推進は将来の日本社会にとって必要と言えるのか。そのためのコスト(お金)をどこまで国民は許容するのか。検察官、裁判官、弁護士、その他多くの関係者と真摯に議論を重ねました。 また、司法・警察分野には、例えば犯罪被害者対策など「これこそ国がやらねば誰がするのだ」といった思いに駆られる施策が多いのです。一方で、これらに善意で携わる多くの人たちは永田町へのロビイングなどとは無縁な人たちです。予算を担当する自分こそがそうした人たちの思いを汲み取っていかなければ、と考えて過ごしていたように思います。

2001年 主税局税制第一課 課長補佐

2004年 主計局主査(司法・警察係 担当)

 管理職としての初仕事が財務省の広報責任者でした。社会保障・税一体改革を推進しようという時期で、室内で大いに議論し、HP全面改訂をはじめ、例えば「10人集まるなら全国各地どこへでも説明に行く」などといった新機軸にも試行錯誤しながら取組みました。 また、新聞、テレビ、通信各社、さらにフリーランスも含めた記者たちとの付き合いも広報室長の仕事です。記者に対して、ただ詳しく解説するよりも、記事の字数制限に合わせて「フレーズ(語句)を渡すこと」が重要な時もあるし、オンエアするには「とにかく画像が撮れないとダメ」な時もあります。彼ら・彼女らのペン、そして映像が世論を形成していくという現実を知るにつけ、報道されるニュースの裏側で記者たちが何を求め、そしてどう悩んでいるかを窺い知ることが出来たのは貴重でした。 広報室長時代には、記者だけでなく、様々な雑誌や文芸誌の編集者たちとも知り合う機会を得ました。在任時に生じた東日本大震災の際には、彼らと一緒になって実施した被災者支援の企画もあります。霞が関を超えたつながりは大きな財産になっています。

2010年 大臣官房文書課 広報室長

 総務省、そして財務省予算を担当する主計官として、主査4人のほか、係長・係員ら総勢20人のチームで働いています。 担当予算の中で最大のボリュームとなるのが16兆円規模となる地方交付税です。国の政策経費としては社会保障関係費に次ぐ大きさとなります。 国と地方の財政制度は今後どうあるべきなのか、地方創生の推進や東京一極集中の是正など将来に向けて改革すべき点は何かなど、総務省の担当者はもちろん、全国各地の議員、自治体関係者、研究者らと毎日議論を続けています。

2016年 主計局 主計官(総務・地方財政・財務係 担当)

 ニューヨーク総領事館の経済金融担当領事として赴任し、外交官として日本政府の立場を様 な々場で説明しました。NY連銀の担当者はもちろん、米系・欧州系はじめ様々な金融機関の債券・株式等の運用担当者やエコノミスト、投資ファンドや大学関係者、さらにNYに駐在する各国の外交官やメディア関係者らと意見交換・情報収集して過ごす日々 でした。 三年間の赴任期間中、日本では、民主党からの政権交代、大規模金融緩和の開始など政治・経済の転換が生じました。米投資家たちの日本経済への関心は大いに高まりましたし、ニューヨーク証券取引所で総理からアベノミクスを直接説明する場を設けるなど、米国側の関心に応えようと走り回りました。 ニューヨークで感じたことは、世界経済の中心にいる米国と議論し渡り合うためには、世界中の金融市場の動向のほか、石油・穀物等の商品価格、実体経済、そして中国や中東、ロシア等の外交面にも通暁しなければ務まらないということです。 日本の経済政策に厳しい注文を受けることも多々ありましたが、時として「自分たちが儲けられさえすれば」といった米投資家の本音を感じることもありました。「俺たち行政官の仕事は彼らとは違うのだ」と逆に奮い立ちつつ、粘り強く説明に回ったことを思い出します。

2011年 外交官(ニューヨーク総領事館 領事)

課長補佐

係長/留学

国税局/財務局

係員 企画官 課長

日本の政策を作っていく

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財務省での体験

 自分が役人という職業に就いているのは、日本の現在、そして将来を純粋に考えることができる仕事だからです。日本という国のために仕事ができること。これが役人という職業のモチベーションだと思います。 公共政策はわれわれ国民の生活に否応なく影響を及ぼします。責任は重大で、だからこそ自分が担当者として考えた政策・価値判断を、真摯に社会に問いかけることになります。自分の知恵や独創性も大いに問われることになるでしょう。社会のためにという使命感、常に自ら学んでいく姿勢、これが最も大切な資質だと思います。 財務省は、予算、税制、関税、財政投融資や政策金融、国債、為替、通貨制度や国際金融制度など、経済政策を構成す

学生へのメッセージ

る「ツール」を所管する役所です。このため、どの分野の経済政策であっても関わりますし、決定する立場に置かれる場面も多くなります。また、永田町界隈をはじめ様々なネットワークを諸先輩が形成してきており、多くの情報が集まってきます。 霞ヶ関で働けば、どこであれ自分の政策立案能力を試されることになりますが、財務省は政策を実現していくための「舞台装置」がより整っている場ではないか、という気がしています。どうせ仕事をするのなら、自分が考える政策を実現させやすい舞台を活用してやろう、そんな気概をもった同僚をお待ちしています。

泉 恒有Koy u I ZUM I

[平成4年入省]

主計局主計官(総務・地方財政・財務係 担当)

CAREER PATH