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1 第1章 自励振動とは 高さ 70m,断面が円形の単列煙突が風で大きく揺れている.先端の両振幅は 1m 近くにも なる.実は,この大きな振動は突風ではなく,ごく普通の一様な風によって引き起こされた ものである.この現象は流体に起因する煙突の自励振動である.また,バイオリンは弦を弓 で擦って振動させ,発生した音をバイオリン本体の音響効果で大きくする楽器である.弓を 一方向に動かしてバイオリンを奏でる.弓を弦の横方向に数百 Hz で振動させて弦に振動を与 えているのではない.この現象は弦と弓との間の摩擦に起因するバイオリンの弦の自励振動 である.自励振動(Self-excited vibration)とはこのようなものである. まず, 自由振動(Free vibration)強制振動(Forced vibration)について考えよう.自由振動は振 動系に周期的な外力が作用しないときの振動で,その挙動から振動系の本来の特性を見るこ とができる.振動系の最も重要な特性は固有振動数(Natural frequency)減衰比(Damping ratio) である.自由振動は初期変位や初期速度が与えられることで発生し,普通は減衰要因によっ て減衰していく.一方,強制振動は系の特性とは独立な周期的外力が系に作用して生じる振 動である.この強制振動には強制力が作用する場合と,強制変位が作用する場合とがある. 自由振動および強制振動はともに,線形系(Linear system)および非線形系(Nonlinear system)両方に生じる振動現象である. 今から見ていく自励振動は系の外部から振動的なエネルギーが流入しない(周期的外力が 作用しない)にもかかわらず,非線形系に発生する振動で,一般に大きな振幅の振動となり, しばしば音をも伴う.上記の例では,一様な風および移動する弓はそれ自身では振動的な性 質を持つエネルギー源ではないが,煙突や弦自身の運動によってその非振動的エネルギーが 振動的エネルギーに変換され,自励振動が発生するのである.一旦,自励振動が発生すると, 機械・構造物などが一気に壊れたり,疲労破壊の過程に至るので,産業界では自励振動は決 して生じさせてはいけない.一方,楽器や面白い動きをするおもちゃには,自励振動を利用 したものが多い.自励振動を,これら振動抑制と振動利用の両面から見て行こう. 本章は,自励振動を概観すると共に,以後の解析のための基礎事項,特に自励振動が発生 するかどうかを判別する局所(無限小)安定性の安定判別法を理解することを目的とする. 1.1 両端単純支持はりの座屈 x y P P P

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第1章 自励振動とは

高さ 70m,断面が円形の単列煙突が風で大きく揺れている.先端の両振幅は 1m 近くにも

なる.実は,この大きな振動は突風ではなく,ごく普通の一様な風によって引き起こされた

ものである.この現象は流体に起因する煙突の自励振動である.また,バイオリンは弦を弓

で擦って振動させ,発生した音をバイオリン本体の音響効果で大きくする楽器である.弓を

一方向に動かしてバイオリンを奏でる.弓を弦の横方向に数百 Hz で振動させて弦に振動を与

えているのではない.この現象は弦と弓との間の摩擦に起因するバイオリンの弦の自励振動

である.自励振動(Self-excited vibration)とはこのようなものである. まず,自由振動(Free vibration)と強制振動(Forced vibration)について考えよう.自由振動は振

動系に周期的な外力が作用しないときの振動で,その挙動から振動系の本来の特性を見るこ

とができる.振動系の も重要な特性は固有振動数(Natural frequency)と減衰比(Damping ratio)である.自由振動は初期変位や初期速度が与えられることで発生し,普通は減衰要因によっ

て減衰していく.一方,強制振動は系の特性とは独立な周期的外力が系に作用して生じる振

動である.この強制振動には強制力が作用する場合と,強制変位が作用する場合とがある.

自由振動および強制振動はともに,線形系(Linear system)および非線形系(Nonlinear system)の両方に生じる振動現象である. 今から見ていく自励振動は系の外部から振動的なエネルギーが流入しない(周期的外力が

作用しない)にもかかわらず,非線形系に発生する振動で,一般に大きな振幅の振動となり,

しばしば音をも伴う.上記の例では,一様な風および移動する弓はそれ自身では振動的な性

質を持つエネルギー源ではないが,煙突や弦自身の運動によってその非振動的エネルギーが

振動的エネルギーに変換され,自励振動が発生するのである.一旦,自励振動が発生すると,

機械・構造物などが一気に壊れたり,疲労破壊の過程に至るので,産業界では自励振動は決

して生じさせてはいけない.一方,楽器や面白い動きをするおもちゃには,自励振動を利用

したものが多い.自励振動を,これら振動抑制と振動利用の両面から見て行こう. 本章は,自励振動を概観すると共に,以後の解析のための基礎事項,特に自励振動が発生

するかどうかを判別する局所(無限小)安定性の安定判別法を理解することを目的とする.

図 1.1 両端単純支持はりの座屈

x

y P

P

P

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まず,ある現象を静的に取り扱うことができるか,動的に取り扱うべきかを知るために座

屈現象(Buckling)を例にとることにする.両者の考察の相異に注意したい. 1.1 動的現象

材料力学の教科書に圧縮荷重を受ける長柱の座屈の問題(1)(2)(3)がある.図 1.1 に示す一様な

両端単純支持長柱の座屈荷重 crP を静力学的に求めることから始めよう.座屈荷重は静力学的

には荷重と長柱の復元力が静的平衡状態を保つときの荷重として求められる.図 1.1 に示す

ように,長柱がわずかに変形した状態を仮定して,そのときの平衡条件を求める.静的平衡

状態に動力学のじょう乱の概念を取り入れた取り扱いである.

両端単純支持長柱にかかる圧縮荷重を P,下側支持点から x の位置の横方向の変位を

( )y y x= とすると,点(x,y)における曲げモーメント M は次式で表せる.

M Py= ····························································································································· (1.1) 上式を長柱の曲げの微分方程式(1)(2)(3)に代入すると,

2

2

d yEI Mdx

= − ⇒ 2

20d yEI Py

dx+ = ············································································· (1.2)

上式の解は,

( ) cos sinP Py x A x B xEI EI

= + ······················································································ (1.3)

ここに, ,A B は定数である.上式に境界条件を適用しよう.

0x = で, 0y = から, 0A = ·························································································· (1.4)

x l= で, 0y = から, sin 0PB lEI

= ·········································································· (1.5)

0B = では,長柱は変形しないことになるので,式(1.5)から座屈荷重 Pcrは,

sin 0P lEI

= ⇒ crP l nEI

π= ······························································ (1.6)

ここに,n は正の整数である.これから, 小( 1n = )の座屈荷重 Pcrは,次式となる. 2

2crEIP

= ·················································································································· (1.7)

これが両端単純支持長柱のオイラーの座屈荷重(Euler buckling load)である. 材料力学で取り扱われる長柱の曲げの微分方程式(1.2)は,座標 x に関して 2 階である.し

たがって,条件として両端の 2 つの境界条件のみが適用できる.一方,両端単純支持長柱の

境界条件は, 0x = および x l= で変位 0y = と曲げモーメント 0M = である.両端における曲げ

モーメントが零であることから式(1.1)が導かれていることに注意が必要である.たとえば,

両端固定の長柱では曲げモーメントを式(1.1)のように表わすことはできない.この場合どう

すればよいか考えてみよう. まとめると,長さ l,曲げ剛性 EI の一様な両端単純支持長柱のオイラーの座屈荷重 crP は,

次式で表される.

表 1.1 係数 n の値

境界条件 係 数 n 固定-自由 1/2 両端単純支持 1 固定-固定 2

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2

2( / )crEIP

l nπ

= ······················································································································· (1.8)

ここに,n は材料力学から求められる固定係数,l/n を有効長さという.長柱の種々の境界条

件に対応したオイラーの座屈荷重の 小値を与える固定係数 nを表 1.1 にまとめている. 次に,この問題を動力学的に取り扱ってみよう.圧縮力 P を受ける曲げ剛性 EI のオイラー

はりの運動方程式は次式で表される. 2 2 4

2 2 4 0y y yA P EIt x x

ρ ∂ ∂ ∂+ + =

∂ ∂ ∂ ··························································································· (1.9)

ここに,ρは密度,A は断面積, xは長手方向座標, ( , )y y x t= は横変位,t は時間である.上

式は,圧縮力 P が 0 のとき,通常のはりの曲げ振動の方程式となり,曲げ剛性 EI が 0 で, 0P <のとき,波動方程式となる.

式(1.9)を用いて,オイラーはりの座屈荷重を計算で求めよう.まず,式(1.9)の自由振動解

析を行うために,式(1.9)の解を時間と空間を分離した変数分離形で表す.

( , ) ( ) ( )y x t x q tφ= ············································································································· (1.10) ここに, ( )xφ は座標 x のみの関数, ( )q t は時間 t のみの関数である.式(1.10)を式(1.9)に代入

すると,式(1.9)は次式のように変数分離できる.

2( ) ( ) ( )( ) ( )

q t P x EI xq t A x

φ φ ωρ φ

′′ ′′′′+= − = − ··················································································· (1.11)

ここに,ωは角振動数の次元を持つ未知定数である.上式から次の連立常微分方程式を得る. 2

2

00

q qEI P A

ωφ φ ρ ω φ

⎧ + =⎨ ′′′′ ′′+ − =⎩

··························································································· (1.12)

上式の第 1 式から,

1 2( ) cos sinq t C t C tω ω= + ······························································································ (1.13) ここに, 1 2,C C は定数である.式(1.12)の第 2 式から,次式を得る.

1 1 2 21 2 3 4( ) sin cos sinh coshk x k x k x k xx A A A A

l l l lφ = + + + ··············································(1.14a)

ここに, 1 4, ,A A は定数,および

2 2 2 21 24 4

,2 2

P P AEI P P AEIk kl EI l EI

ρ ω ρ ω+ + − + += = ······························· (1.14b)

式(1.9)が空間座標 x に関して 4 階の微分方程式であるので,式(1.14a)は 4 つの定数を持つ.

ここでは,静的取り扱いと同様に,例として両端単純支持はりの座屈を考える.式(1.14a)に次の境界条件を適用する.

0x = で,変位 0= : (0) 0φ = および 曲げモーメント 0= : (0) 0φ′′ = ················(1.15a) x l= で,変位 0= : ( ) 0lφ = および 曲げモーメント 0= : ( ) 0lφ′′ = ················· (1.15b)

式(1.14a)を式(1.15)に代入すると,次式が得られる.

2 211 2

2

31 1 2 22 2 2 2

41 1 2 21 1 2 2

0 1 0 1

00 0

0sin cos sinh cosh 0

0sin cos sinh cosh

Ak kAl lAk k k kAk k k kk k k k

l l l l

⎡ ⎤⎢ ⎥

⎡ ⎤ ⎡ ⎤⎛ ⎞ ⎛ ⎞⎢ ⎥− ⎢ ⎥⎜ ⎟ ⎜ ⎟ ⎢ ⎥⎢ ⎥⎝ ⎠ ⎝ ⎠ ⎢ ⎥ ⎢ ⎥⎢ ⎥ =⎢ ⎥ ⎢ ⎥⎢ ⎥⎢ ⎥ ⎢ ⎥⎢ ⎥ ⎢ ⎥⎢ ⎥ ⎣ ⎦⎣ ⎦⎛ ⎞ ⎛ ⎞ ⎛ ⎞ ⎛ ⎞⎢ ⎥− −⎜ ⎟ ⎜ ⎟ ⎜ ⎟ ⎜ ⎟⎢ ⎥⎝ ⎠ ⎝ ⎠ ⎝ ⎠ ⎝ ⎠⎣ ⎦

··················· (1.16)

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係数 1 4, ,A A が非自明解(Non-trivial solution)を持つための条件は,その係数行列の行列式が

零であるので,

2 21 2

1 1 2 22 2 2 2

1 1 2 21 1 2 2

0 1 0 1

0 0det 0

sin cos sinh cosh

sin cos sinh cosh

k kl l

k k k k

k k k kk k k kl l l l

⎡ ⎤⎢ ⎥

⎛ ⎞ ⎛ ⎞⎢ ⎥−⎜ ⎟ ⎜ ⎟⎢ ⎥⎝ ⎠ ⎝ ⎠⎢ ⎥ =⎢ ⎥⎢ ⎥⎛ ⎞ ⎛ ⎞ ⎛ ⎞ ⎛ ⎞⎢ ⎥− −⎜ ⎟ ⎜ ⎟ ⎜ ⎟ ⎜ ⎟⎢ ⎥⎝ ⎠ ⎝ ⎠ ⎝ ⎠ ⎝ ⎠⎣ ⎦

22 22 1

1 2sin sinh 0k kk kl l

⎡ ⎤⎛ ⎞ ⎛ ⎞− + =⎢ ⎥⎜ ⎟ ⎜ ⎟⎝ ⎠ ⎝ ⎠⎢ ⎥⎣ ⎦

⇒ 1 2sin 0, sinh 0k k= =

2 0k ≠ のとき, 2sinh 0k ≠ なので,

1k nπ= ,ここに, 1, 2, 3,n = . ··············································································(1.17a) 上式を式(1.16)に代入すると, 2 3 4 0A A A= = = を得る.よって,このときの振動モードは,

( ) sin n xxlπφ = ·············································································································· (1.17b)

座屈の動力学的考察を行う.座屈を起こすと,はりは元の静的平衡状態には戻らない.一

方,はりに固有振動数が存在するならば,振動するのであるから元の静的平衡状態に戻るこ

とができる.したがって,固有振動数が実数から虚数( 2ω が正から負)になるとき,はりは

不安定となり,座屈を発生する.その境の固有振動数が零になるときを考え, 0ω = と置くと,

式(1.14b)から, 1 2/ , 0k l P EI n kπ= = = となるので,そのときの圧縮力 crP P= を求めると, 2

2( / )crEIP

l nπ

= ····················································································································· (1.18)

となる.この結果は,式(1.8)に示す静力学的に求めたオイラーの座屈荷重 crP と一致する.両

端単純支持以外の境界条件のオイラーの座屈荷重を同様に比較してみよう.

上記の座屈の数学的取り扱いを質量 m,ばね定数 k の 1 自由度系で説明する.系の固有角

振動数は /n k mω = ,固有周期は 2 /nT m kπ= だから,ばね定数 k が 0 となると復元力がな

くなり,はりの変形は元には戻らない.なぜならば, nT = ∞(非周期)となるからである.

Tea Time 1.1 空き缶の座屈

缶ビールを飲み干した後,図 1.2 に見るようにある人がアルミの空き缶の上に乗って荷重

(a) 空き缶の上に乗った人 (b) 空き缶に爪で小さなじょう乱を付与 (c) 座屈した空き缶

図 1.2 空き缶の座屈 (Video1-1)

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をかけても缶には何の変化も見られない[図 1.2(a)].しかし,空き缶の上に乗った状態で缶

の側面を爪で軽くピンと弾くと[図 1.2 (b)],瞬間的に空き缶に座屈が生じ,内向きや外向き

の変形が生じる[図 1.2 (c)].空き缶の上に乗ったときにはすでにオイラーの座屈荷重を超え

ているのに座屈は生じず,爪によるじょう乱がきっかけとなって座屈を引き起こすのだろう

か,それとも座屈荷重以下でありながら爪によるじょう乱がきっかけとなって座屈に至るの

だろうか(4). そこで実験をしてみた.100kg を少し超える体重の人が空き缶の上にゆっくり乗ると,座

屈が生じた.73kg,63kg の人が乗ってもそれだけでは座屈を生じなかった.そこで 63kg の

人が缶の上に乗った状態で缶の側面を爪で軽くピンと弾くと,瞬間的に空き缶に座屈が生じ

た.もっと軽い子供が空き缶に乗った状態で,爪で弾くとどうなるかは推定できるであろう.

怪我のないよう空き缶の瞬間の変化に十分に注意して観察してみよう.

Tea Time 1.2 分布系の振動解と変数分離法

波動方程式,はりの曲げ振動の方程式,板の面外振動の方程式など多くの分布系の振動に

関係する運動方程式は偏微分方程式で表される.これを解析するときに,空間座標と時間と

を分離する変数分離法(Method of separating variables)が使われる.この手法がうまくいくとい

うことは,分布系全体がある空間的なパターンをもって時間的に変動していることを意味す

る.空間と時間が分離せず,連成しているようなときは,変数分離法は適用できない.たと

えば,走行する弦の横方向の運動方程式がある. ベルヌーイは波動方程式を解析しようと,両端を固定した弦のある位置にマークを付けて

弦の振動を目視で観察した.そのとき,マークの残像が弦の長手方向と直角な横方向にまっ

すぐ残ることを発見し,変数分離法を思い立ったと大学の講義で聴いたことがある.物理現

象の観測から解析解が見つけ出されたのである. 1.2 強制振動と自励振動

図 1.3 に示すように,振動系の外部から周期的な外力が作用する強制振動においては,外

力の振動数ωが系の固有振動数 iΩ の 1 つに近づくと,大きな振動,いわゆる,共振(Resonance) を生じる.しかし,振動が大きくなるのは,外力の作用による共振だけではない.とくに非

線形系では,外部からの周期的外力が作用しないにも関わらず大きな振幅で振動する自励振

動を発生することがある.ここでは,日常よく経験する自励振動現象を例にとって,その発

生メカニズムを検討するとともに,産業界で発生する自励振動を防止するための方策を見つ

けることにする.特に,自励振動自身の非線形挙動ではなく,自励振動を振動が大きくなる

図 1.3 強制振動と共振の概要

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前の線形系の発散振動と捉えて,すなわち,自励振動の発生に注目して安定性(Stability)を検

討する.

エネルギー変換機構

振 動 系変位 ,速度 加速度

励振力

非振動的エネルギー源

図 1.4 自励振動の概要とエネルギー供給メカニズム(5)

1.3 自励振動の定義

本書では自励振動を,「強制振動のように振動系から独立した周期的外力がその系に作用す

るのではなく,本来振動的な性質を持たないエネルギー源が自励系に作用して,自励系自身

の特性によってそれが振動エネルギーに変換されて成長し,非線形性によって持続する定常

振動」と定義する(5).図 1.4 にその概念図を示す.まず,振動系の内部,境界部または境界付

近の領域で自励系の運動状態に応じて振動的な性質を持たないエネルギーを励振エネルギー

に変換し,それを系内に定常的に供給できるメカニズムが形成される.これが振動系の自由

振動を助長し,その自由振動が励振エネルギーの供給をさらに増加させるというフィードバ

ック過程を経て大きな振動エネルギーを持った自励振動に至るのである.したがって,自励

振動の振動数は系の固有振動数 iΩ にほぼ等しい.また,振動系の運動(変位,速度,加速度)

によって生じる見かけの外力が自励系にエネルギーを供給して振動を持続させるのである.

よって,自励振動の運動を拘束すれば励振力も消滅する.自励振動は一旦発生すると大きな

振動となるが,発生しないときは全く振動しないという特徴がある.したがって,自励振動

現象の本質を明らかにしてその発生を防止するためには,振動的でないエネルギーから励振

力を発生させる機構を明らかにする必要がある.

自励振動は産業界では通常嫌われる.自励振動が発生すると,構造物や機械の構成要素が

大きな繰り返し応力を受けて疲労破壊に至ったり,大きな騒音を発生するからである.した

がって,歴史的には自励振動の防止に力が注がれてきた.

自励振動を解析的に扱うとき,自励振動は以下の二つのどちらかに分類される.

a.線形系の発散振動 自励振動発生後の挙動よりも,自励振動が発生するかどうかの判

別が重要な問題である.この立場からすれば,自励振動を非線形系の振動と捉えなければな

らない必然性はなく,自励振動を線形化された系の発散振動と等価と見なして線形系の安定

問題に帰着させることができよう.そこでは,主に,安定/不安定の判別に注意が注がれる.

不安定領域が存在すれば,その領域では発散振動が生じ始め,系に不可避的に存在する非線

形性によってそれが定常振動である自励振動へと変化するであろうと考えるのである.残念

ながら自励振動を線形系として取り扱うとき,不安定領域での発散振動を定量的に取り扱う

(たとえば,振幅を求める)ことはできない.

一般に,安定性の判別は固有値問題に帰着される.通常,固有値は複素数となるので,複

素固有値とそれに対応した複素モードによる検討が行われる.

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b.非線形系の自励振動 非線形定常周期解を求めることによって自励振動を定量的に取

り扱う.したがって,振動の小さいときはエネルギーが系に流入して振動を大きくさせ,振

動が大きくなると逆にエネルギーが散逸するようなメカニズムを有する系の周期解の求解と

その周期解の安定性,すなわち,周期解が実際に実在するかどうかという検討が行なわれる.

系が非線形であると,厳密解を期待することはできない.近似解析解か,数値解に頼らざる

を得ないのが実情である.

大きな振動である非線形系の自励振動を解析すること自体は興味あることではあるが,産

業界の立場から考えると,自励振動は絶対に発生させてはいけない.この立場に立つと,自

励振動発生後の挙動ではなく,自励振動が発生するかしないかの判別が重要となる.したが

って,以下では,主に上記 a.の立場から自励振動を考察することにする.

表 1.2 ビデオで取り扱った現象

摩擦振動 ワイングラスの鳴き,バイオリン,チョークの振動, ドラミングキツツキ,シミー

流体励起振動 カルマン渦,煙突の渦励振振動,管群とカルマン渦, ギャロッピング,マジックパイプ,ストックブリッジダンパ

時間遅れ系の自励振動 再生びびり振動,フィードバック制御系の発振,非舗装道路の凸凹

係数励振振動 ブランコ,ゴムひもの振動,倒立振り子

同期化現象 メトロノームの同期化,2 台の不平衡ロータの同期化, 回転二重振り子

1.4 ビデオ「自励的現象に迫る」のまとめ

日本機械学会発行のビデオ「自励的現象に迫る~その発生メカニズム~」(6)では,自励振

動のみならず,同期化現象にもスポットを当てて,それらの現象が動画で示された.取り扱

った現象を,表 1.2 にまとめる.

以下では,このビデオ(6)で取り扱われた現象とさらに追加された関連の自励的現象に物理

的考察を加えて,発生メカニズムを解析的に明かにする.

ビデオ(6)で取り扱った自励振動を現象面から分類すると,次のようになる.

(i) 摩擦振動 (Frictional vibration) (ii) 流体励起振動 (Fluid induced vibration) (iii) 時間遅れ系の自励振動 (Self-excited vibration of a system with time lag) (iv) 係数励振振動 (Parametric excitation) 厳密ではないが,これらの自励振動を数学的見地から分類し直すと,以下のように大別さ

れよう.

(1) 負性抵抗 (Negative damping) (2) 剛性行列や減衰行列が強い非対称性を有する系に発生する自励振動 (Self-excited vibra-

tion caused by strong asymmetry of stiffness or damping matrix) (3) 時間遅れ系の自励振動 (4) 係数励振振動 発生する自励振動は必ず上記のいずれかの範ちゅうに入る.これ以外のメカニズムによる

自励振動は現在のところ存在しない.係数励振振動は本来線形系に発生する発散振動である

が,ここでは,自励的現象の範ちゅうに入れて議論する.摩擦振動や流体励起振動に起因し

た自励振動などは上記 (1)負性抵抗および (2)剛性行列や減衰行列が強い非対称性を有する

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系に発生する自励振動に含まれる.以下に,自励振動をこの(1)~(4)の 4 種類に分ける.1.7 節

では,簡単な 1 自由度系の事例を例にとって,その発生メカニズムの本随を理解する.

1.5 固有値問題による安定判別

自励振動を等価な線形系として解析的に取り扱うとき,自励振動が発生するか否かの判別

を行なう必要が出てくる.以下に負性抵抗,剛性行列や減衰行列の非対称性が原因で生じる

不安定振動の発生の有無の判別に必要な数学的準備として,線形系の固有値問題をまとめる(5).次式で表される線形 n 自由度系の自明解(Trivial solution)(零解(Zero solution): =x 0 )の

安定性について議論する. + + =Mx Cx Kx 0 ··········································· ·····················································(1.19) ここに,M は n n× 質量行列,C は n n× 減衰行列,K は n n× 剛性行列,x は n 次元変位ベクト

ル, 0 は n 次元ゼロベクトルおよび , ,M C K は実定数行列である.上式は同次の n 元連立 2階常微分方程式である. ここで,2n 次元ベクトル

TT T= ⎡ ⎤⎣ ⎦y x x を定義する.肩号 T はベクトルの転置記号である.

質量行列 M が正則であるとき,式(1.19)は次の 2n 元連立 1 階常微分方程式に変換される.

=y Ay ここに, 1 1n n− −

⎡ ⎤= ⎢ ⎥− −⎣ ⎦

IA

M K M C0

·························································· (1.20a)

ここに, n0 は n n× ゼロ行列,Inは n n× 単位行列である. または, =x v と置き,式(1.19)からの + + =Mv Cx Kx 0と自明な関係 =Mx Mv とを組み合わ

せると,式(1.19)は式(1.20a)とは別の次の 2n 元連立 1 階常微分方程式に変換される.

− =Py Qy 0 ここに,n

⎡ ⎤= ⎢ ⎥⎣ ⎦

C MP

M 0,

n

n

−⎡ ⎤= ⎢ ⎥⎣ ⎦

KQ

M0

0 ······································(1.20b)

式(1.19)および(1.20a,b)の定数係数を持つ線形常微分方程式の解の安定性を考えよう.それ

ぞれの零解を ( )=x 0 および ( )=y 0 と区別し,それらに対してそれぞれ微小なじょう乱ξ およ

びηを与える.この変分(Variation)ξ およびηの挙動から系の安定性が決定される.すなわち,

変分ξ およびηが時間とともに小さくなって,元の解 x および y に戻る( ,→ →ξ η0 0)よう

であれば,解 x および y は漸近安定(Asymptotically stable),ξ およびηが発散するのであれば,

解 x および y は不安定(Unstable)である. ξ+x および η+y をそれぞれ式(1.19)の x および(1.20a,b)の yに代入し, x および y が解で

あることに注意すると,次の変分方程式(Variational equation)を得る. ξ ξ ξ+ + =M C K 0 ·····································(1.21a) および

η η= A ,または η η− =P Q 0 ·····································(1.21b) 式(1.19)の自明解の安定性は,その系の変分方程式の解の特性から決定される.これら系の

変分方程式は自由振動の運動方程式と同一の方程式である.式(1.21)はすべて定数係数を持つ

微分方程式であるから,変分方程式の基本解をそれぞれ 0ξ ξ= teλ および 0=η η teλ の形式に置

いて式(1.21) に代入すると, 0ξ および 0η が非自明解を持つための条件から次式を得る. 2det( ) 0λ λ+ + =M C K ······················(1.22a) および

det( ) 0λ− =A I ,または det( ) 0λ− =Q P ······················(1.22b) これらは系の特性を表す特性根(固有値)(Characteristic value) λ を決定する特性方程式

(Characteristic equation)であり,これらの固有値はすべて同じである.一般に,特性根は式

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9

(a) フラッタ形不安定(特性根が複素数) (b) ダイバージェンス形不安定(特性根が実数)

図 1.5 不安定挙動(不安定特性根の実部は正)

(1.22a)からではなく,式(1.22b)第 1 式および第 2 式のそれぞれ標準固有値問題(Standard eigen- value problem)および一般固有値問題(General eigenvalue problem)から数値的に求めるのが通常

である.上式の固有値は一般に複素数となり, , ,M C K が正定でない場合には,特性根の実

部が正になることがあり得る.2n 個の特性根の内,実部が正の特性根が 1 つでも存在すれば,

式(1.19)の自明解(零解)は不安定,すなわち,零解は実現しない(発散する)解であり,そ

の実部が大きくなるほど不安定度は大きい.一方,すべての特性根の実部が負であれば,式

(1.19)の自明解は安定(Stable),すなわち,零解は実現する解となり不安定振動は発生しない. 特性根が正の実部を持つ場合でも,複素根のときと実根のときがある.複素根に対応した

基本解は特性根の虚部を角振動数として振動しながら発散するのに対し,実根の場合は指数

関数的(非振動的)に発散していく(7).そのような変数 ( )x t の挙動を図 1.5 に示す.自励振動

は一般に前者のタイプが原因となって発生する.前者を動的不安定またはフラッタ形不安定

(Flutter),後者を静的不安定またはダイバージェンス形不安定(Divergence)という. 変分ξ およびηに関する特性根が純虚数(実部=0)のときは, ,→ →ξ η0 0とはならず,

変分がある有限域に留まり,発散することはないので,この場合も安定と定義する.一方,

漸近安定の場合の変数 ( )x t は,減衰振動および過減衰の挙動と同じである. この特性方程式の根を直接数値的に求めて安定性を調べる手法では,特性根の実部から不

安定性の度合い,実根か複素根かで発散のタイプ,また,虚部から自励振動が発生するとき

の角振動数などの様々な情報が得られる反面,多くの計算量を必要とする. 式(1.21a)の固有値 jλ ( 1, ,2j n= )は実根または複素根であり,それに対応したξ を jξ とする.

もしも, jλ が複素根ならば, jξ も複素ベクトルとなる.そのとき, jλ の共役複素数 *jλ も複

素根であり, *jλ に対応した複素ベクトルは *

jξ である. そこで, 2( )j jλ λ+ +M C K jξ = 0 の左から *

jξ の転置 *Tjξ をかけると,

*Tj jξ ξM 2

jλ + *Tj jξ ξC jλ + * 0T

j j =Kξ ξ ⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅(1.23) となる.もしも, , ,M C K が実対称正定値行列であれば,任意の非零複素ベクトル jξ に対し

て式(1.23)の jλ の係数がすべて正となる.したがって, , ,M C K が実対称正定値行列であると

き,式(1.19)の系は漸近安定である(式(1.26)参照).しかし,逆に式(1.19)の系が漸近安定で

あっても, , ,M C K が実対称正定値行列とは限らない.以上から,自励振動を生じる系,す

なわち,不安定系の定数行列 , ,M C K は少なくともすべてが実対称正定値行列ではあり得な

いことがわかる.数値計算する前に,このことを確実にチェックしよう.

Tea Time 1.3 静的平衡位置の安定性

図 1.6 に示すような凹凸のある地形にボールを静止させようとすると,位置エネルギーが

極値を取る極小点(位置 1)と極大点(位置 2)が静的平衡点となる.極小点の安定性を見る

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10

図 1.6 静的平衡点の安定性

ために,ボールを極小点からわずかにずらして離すと,元の平衡点に戻るかその近傍に留ま

る.したがって, 位置 1 は(漸近)安定である.一方,ボールを極大点 2 からわずかにずら

して離すと,ボールはその近傍に留まることなく遠く離れて行ってしまい,ボールは元の位

置には戻らない.したがって,位置 2 は不安定である.安定とは,実際に静的平衡位置が存

在することを意味し,不安定とは,数学的には解があっても実際には静的平衡位置とはなり

得ないことを意味する.このように,ある位置からわずかにずらして,その位置の安定性を

検討するのが,無限小(局所)安定 (Infinitesimal stability) 論である.一方,大域的安定(Global stability)論のように,ずれ量が大きくなると, 位置 1 も安定とは限らない.工学で扱う振動

問題には,無限小安定論がよく使われる.たとえば,ある周期解の安定性を見るために,そ

の周期解や周期解の振幅・位相の値に微小なじょう乱(変分)を与えて,その変分の挙動か

ら系の安定性を判別する.

1.6 フルビッツの安定判別法

特性根を直接求めることなく,比較的少ない計算量で系の安定性を判別することができる.

特性方程式(1.22)が次式の多項式に展開できたとする. 1

0 1 1 0m mm mA A A Aλ λ λ−−+ + + + = ······················································(1.24)

ここに, ( 0, 1, , )jA j m= は実定数である.系のすべての特性根が負の実部を持つ,すなわち,

系が漸近安定であるための必要十分条件は,次の 2 つの条件が成り立つことである. (1) すべての係数が存在し,それらがすべて同符号である.すなわち, 0 1, , , 0mA A A > . (2) 以下の 1m − 個の主座小行列式 iΔ ( 2, , )i m= が正である.

iΔ =

1 3 5 2 1

0 2 4 2 2

1 3 2 3

0 2 2 4

2

00

0 0 0

i

i

i

i

i i

A A A AA A A A

A A AA A A

A A

0> 0jj m A> =ただし, のとき, ··············(1.25)

この安定判別法をフルビッツの安定判別法(Hurwitz’s stability criterion)と呼ぶ.たとえば, 2 次式 2

0 1 2 0A A Aλ λ+ + = の場合: 漸近安定の条件: 0 1 20, 0, 0A A A> > > (係数がすべて正) ······················(1.26)

4 次式 4 3 20 1 2 3 4 0A A A A Aλ λ λ λ+ + + + = の場合:

漸近安定の条件: 0 1 4, , , 0A A A > および 2 21 2 3 0 3 1 4A A A A A A A> + ···················(1.27)

2

1

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11

である.これらはそれぞれ 1 自由度系および 2 自由度系の漸近安定の条件となる. フルビッツの安定判別法は一般に次元 n が比較的小さいときにのみ使用される.この判別

法を用いると,系を安定化するための条件が系の変数からなる式の形で求められるので,機

械をどのように設計すれば安定にできるのか見通しを立てやすい. 【例題 1.1】ばね定数 k,減衰係数 c,自然長 l のばねを滑らかな管の中に入れ,その一端

に質量 m の質点を取り付け,他端を回転中心 O に固定する.管が点 O を中心に水平面内を一

定角速度ωで回転するときの遠心力場での系の安定性を議論せよ. 【解】ばねの伸びを x とすると,運動方程式は 2 2( )mx cx k m x mlω ω+ + − = となる(導いて見

よ)(7).同次方程式にフルビッツの安定判別法を適用すると,漸近安定条件は 0, 0m c> > およ

び 2 0k mω− > である.逆に,回転角速度が /k mω > ,すなわち,運動方程式の x の係数が負

となると,質点にばねの復元力よりも大きな遠心力が作用し,ダイバージェンス形不安定を

生じる. 【例題 1.2】回転機械(ジェフコットロータ)で内部減衰(減衰係数 IC )と外部減衰(減衰

係数 EC )が作用するときの静止座標系から見た同次方程式は次式で表せる(8). 2( ) ( ) 0E I n IC C jCω ω+ + + − =z z z

ただし,x および y は静止座標系から見たそれぞれ水平および垂直方向のロータ軸心変位,

x jy= +z , 1j = − ,ωは回転角速度,k はばね定数,m は質量,および /n k mω = はロータ

の固有角振動数である.この系の安定性を検討せよ. 【解】 x jy= +z を上式に代入すると, 2( ) { ( )E I n I E I Ix C C x x C y j y C C y C xω ω ω+ + + + + + + −

2 } 0n yω+ = となる.この方程式を実数化すると,

2

2

0 00 0

E I n I

E I I n

C Cx x xCC Cy y yC

ω ωω ω

+ ⎡ ⎤⎡ ⎤⎡ ⎤ ⎡ ⎤ ⎡ ⎤ ⎡ ⎤+ + =⎢ ⎥⎢ ⎥⎢ ⎥ ⎢ ⎥ ⎢ ⎥ ⎢ ⎥+ −⎣ ⎦ ⎣ ⎦ ⎣ ⎦ ⎣ ⎦⎣ ⎦ ⎣ ⎦

減衰行列は対角(対称)であるが,剛性行列の非対角項がお互いに異符号である強い非対

称性を有する.この不安定性を減衰行列の減衰で抑えようとしている系である.内部減衰は

不安定化にも安定化にも寄与しているが,ωが大きくなると,不安定化への寄与が強くなる. 上式に 0 0,t tx x e y y eλ λ= = を代入すると,次の特性方程式を得る. 4 3 2 2 2 2 4 2 22( ) {2 ( ) } 2 ( ) 0E I n E I n E I n IC C C C C C Cλ λ ω λ ω λ ω ω+ + + + + + + + + =

これにフルビッツの安定判別法(式(1.27))を適用すると,ロータが漸近安定であるための条

件は,次式となる.

E I

n I

C CC

ωω

+<

【例題 1.3】減衰を無視した方程式にフルビッツの安定判別法を適用すると,必ず不安定と

なる.なぜか. 【解】減衰を無視すると,特性方程式の奇数次は零となる.したがって,すべての係数が

存在するという漸近安定の一つの条件がすでに満たされない.安定にも色々ある.フルビッ

ツの安定判別法はその内,漸近安定かどうかを判別する手法である. 1.7 1 自由度自励振動系の例

1.7.1 負 性 抵 抗

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12

質量 0m > ,減衰係数 c,ばね定数 0k > ,変位 x の 1 自由度振動系, 0mx cx kx+ + = ここに, 2 4c km< ⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅(1.28) の一般解は次式で表される.

2( ) ( cos sin ) ( cos sin )n

c t tmd d d dx t e A t B t e A t B tζωω ω ω ω

− −= + = + ⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅(1.29)

ここに, 21d nω ω ζ= − , /n k mω = , / cc cζ = , 2cc mk= および ,A B は定数である.式(1.28)において, 0c < のとき,減衰項 cx は抵抗として作用するのではなく,運動の向きと同じ向き

をもち,系に常にエネルギーを供給する作用をする.その結果, 0 ( 0)c ζ< < のとき,式(1.29)からわかるように,変位は振動しながら,その振幅が時間とともに指数関数的に増大する

( / 2 0nc m ζω− = − > ).このように,減衰係数が負またはそれと等価な作用を生じさせる要因を

負性抵抗(Negative damping)と呼ぶ.

式(1.28)の系の安定性を解析的に考察するには,まず,定数係数を持つ式(1.28)の常微分方

程式の解を 0tx x eλ= と置く.ここに, 0x およびλは未定定数である.これを式(1.28)に代入す

ると,

20( ) 0tm c k x eλλ λ+ + = ⇒ 2 0m c kλ λ+ + = ·····························································(1.30)

これが式(1.28)の特性方程式である.系が漸近安定である条件は,フルビッツの安定判別法か

ら, 0, 0, 0m c k> > > である.したがって, 0c < のときは,系は負性抵抗による不安定となる.

( )QfH =

( ) 00 >′ Qf

Q0Q

H

貯水池

サージタンク

ポンプ

Q

0QA

PA B

l

h

0A

(a) サージタンク系 (b) 流量と揚程の特性曲線

図 1.7 負性抵抗の例

1.7.2 ポンプのサージング

図 1.7(a)のように大きな貯水池 A から中間の管路にあるポンプで他のサージタンク B へ揚

水する.タンクから流出する流量を 0Q とする.ポンプ P の流量Q と揚程 H の関係 ( )H f Q= は

図 1.7(b)のような特性曲線となる.管路の長さを l ,断面積を A,貯水池とタンクの揚程差を hとすると,

/ ( )lQ Ag f Q h= −

また,連続の式から,

0A h = 0Q Q−

ここに, 0A はサージタンクの断面積である.

ここで,ポンプの流量を 0Q Q q= + と置き,qを微小量とすると,次の q に関する線形同次

微分方程式を得る.

0 0/ ( ) / 0lq Ag f Q q q A′− + = ⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅(1.31)

運転状態として図 1.7(b)の右上がりの部分にタンク流量 0Q を設定すれば, 0( ) 0f Q′ > となり,

負性抵抗による自励振動であるポンプのサージング(Surging)が発生する.

0Q

0A

Q

A

l h H

( )H f Q=

Q 0Q

0( ) 0f Q′ >

ポンプ

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13

1.7.3 時間遅れ系

復元力項に時間遅れの項が存在するときの 1 自由度系の運動方程式は次式で表せる. ( ) ( ) ( ) 0mx t cx t kx t τ+ + − = ⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅(1.32) ここに,時間遅れτ は微小とする.これは復元力が慣性力および減衰力よりも時間τ だけ遅れ

て生じる系であり,時間遅れのために不安定振動を生じる可能性があるので,系の安定性を

検討しよう. 時間遅れ τ を微小として ( )x t τ− を時刻 t の周りにテイラー展開し,1 次近似すると,

( ) ( ) ( )x t x t x tτ τ− = − となる.したがって,時間遅れが微小として線形化された時間遅れ系の方

程式は次式で表せる.

( ) ( ) ( ) ( ) 0mx t c k x t kx tτ+ − + = ························································································(1.33) フルビッツの安定判別法から, 0c kτ− < のときに,不安定となる.すなわち,時間遅れが

大きいほど不安定振動を生じやすい.線形の範囲では,時間遅れの効果は時間遅れに比例し

た負性抵抗である.

式(1.32)のような時間遅れτ が微小とは見なされない線形の時間遅れ系を解析するために

は,ラプラス変換(Laplace transform)がよく使われる.初期値をすべて零として運動方程式を

ラプラス変換し,特性方程式 2 0sms cs ke τ−+ + = の特性根 s の実部が正か負かによって安定性

を判別するのが一般的である.ここに, s はラプラス変換変数である.式(1.32)は線形方程式

だから,基本解を ( ) stx t e= と置いて式(1.32)に代入しても,同じ特性方程式が得られる.特性 方程式に時間遅れ項 se τ− を含むので,特性方程式を満たす特性根は可付番無限個存在する.な

ぜならば,任意の整数 n に対して指数関数 ( 2 )j n je eθ π θ+ = の不定性が成り立つからである.ここ

に, 1j = − である.これが時間遅れ系の解析における特徴であり,フルビッツの安定判別法 は適用できない.時間遅れ系の無限個の特性根 s のうち,実部が正の根を1つでも持つとき

不安定,すなわち,不安定振動が発生する.特性根 s の実部がすべて負のとき安定,すなわ

ち,不安定振動は発生しない.時間遅れ系の特性方程式は超越方程式となるため,その解法

には,しばしば Newton Raphson 法が用いられる.

(a) オーボエとダブルリード (b) クラリネット(シングルリード)

図 1.8 自励振動を利用した楽器

Tea Time 1.4 自励振動を利用した楽器やおもちゃ

自励振動を利用した楽器のいくつかを紹介しよう.オーケストラで良く目にするバイオリ

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(a) 重力を利用したおもちゃ (Video1-2, Video1-3, Video1-4)

(b) ガリガリ (c) ジターリング (Video1-5)

図 1.9 色々な昔からの素朴なおもちゃ

ンやチェロなどの弦楽器は,弓を引く力は振動的でないものの,弓で弦を摩擦することによ

り弦が振動する自励振動を利用したものであることはすでに述べた.一方,管楽器でも自励

振動を利用したものが数多く存在する.図 1.8(a)および 1.8(b)はそれぞれオーボエおよびクラ

リネットの写真である.オーボエは,アシの一種であるリードと呼ばれる薄い板を 2 枚あわ

せて(ダブルリードという),その間に息を吹き込むことによりフルートの中の空気柱が振動

する自励振動を利用して音を出している.クラリネットではリードが 1 枚であり(シングル

リードという),マウスピースとリードの間に息を吹き込んで音を出す.また,フルートなど

は息を吹きつけるだけで音を出すためエアリード,トランペットなどは人間の唇が振動して

リードの役目を果たすためリップリードと呼ばれており(9),ともに自励振動を利用した楽器

である. 次に,自励振動を利用したおもちゃを紹介しよう.図 1.9(a)は錘による一定張力によって左

右に揺れながら前進しテーブルの端に到達するとストップするおもちゃと傾斜面を回転しな

がら(まゆ玉ころがし),また前後にゆっくりと往復運動しながら(スロープトイ)降りてい

くおもちゃである.図 1.9(b)はでこぼこのある面を棒でなでて振動を与えてプロペラを回すお

もちゃ(ガリガリ),図 1.9(c)は大輪(リング)に通された多数の小輪(ビーズ)を 初手で

予備的にリング円軸回りに回転を与えた状態で,すぐに手でリングが円周方向に移動するよ

うに回転させると,ビーズは円周方向位置にほぼ留まりながらリングの周りを激しく回転す

るおもちゃ(ジターリング)である.懐かしく感じる方もいることだろう.

Tea Time 1.5 人の歩行も自励振動?

二足歩行に関する研究は盛んに行われており,実際に二足歩行で移動する様々なロボット

が開発されている.二足歩行の形態に受動型動的二足歩行(10)というものがある.これは関節

をアクチュエータで駆動することなく,坂道などで動的なバランスを保ちながら安定的に行

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15

x

y

X

Y

γ

θC

−θT

O

GCGT

g

−θSGS

図 1.10 受動型動的二足歩行の解析モデル

われる歩行である.関節をアクチュエータで駆動することによって行われる能動型の歩行と

比較して,受動型動的二足歩行はエネルギー効率が良く,より人間の歩行に近いといわれて

いる.図 1.10 に解析モデルの一例を示す.このモデルは面内運動のみを考慮したモデルであ

り,2 本の脚が股関節で自由に回転できるように連結され,1 本の足は腿と脛が膝関節で回転

できるようになっている.2 本の脚は地面に接地して全体を支持する支持脚と,振り子のよ

うに運動する遊脚からなり,2 本の脚で役割を交互に切り替えることで歩行が行われる.こ

の歩行のエネルギー源は重力のみであるが,これによって振動的な運動が持続し,歩行が継

続的に行われる.これは,Tea Time 1.4 に示した重力を利用したおもちゃ(図 1.9(a)参照)と

同様な原理による自励振動である.

第 1章の文献

(1) 村上敬宜, 機械工学入門講座「材料力学」,(1995), pp.132-138, 森北出版. (2) 今井康文・平野貞三・才本明秀, 基礎機械工学シリーズ 1「材料力学」,(2007), pp.119-123, 朝倉書店. (3) 村上敬宜・森和也, 材料力学演習,(1996), pp.125-131, 森北出版. (4) 田中基八郎,観察とモデリング,(2004), pp.41-43, 丸善. (5) 日本機械学会編, 機械力学,機械工学便覧基礎編 α2, (2004), pp.70-81, 丸善. (6) 日本機械学会編, ビデオ「自励的現象に迫る~その発生メカニズム~」, (1998), 日本機械学会. (7) 末岡淳男・綾部隆,機械工学入門講座「機械力学」,(1997), pp.131-132,森北出版. (8) 文献(7)の pp.170-173. (9) 竹内明彦,解説:楽器の話(I)-管楽器, 日本音響学会誌, 36-7, (1980), pp.379-383.

(10) McGeer, T., Passive Dynamic Walking, The International Journal of Robotics Research, Vol.9, No.2 (1990), pp.62-82.