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Meiji University Title �Pudd'nhead WilsonAuthor(s) �,Citation �, 14: 127-142 URL http://hdl.handle.net/10291/10756 Rights Issue Date 1970-03-20 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

“Pudd’nhead Wilson”1こっいて...129 Changは熱心な禁酒主義者ですが, Engが酒を飲むとChangもその影 響をうけます.Changが禁酒主義運動の行進に参加した時,

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Meiji University

 

Title “Pudd'nhead Wilson”について

Author(s) 前田,豊

Citation 明治大学短期大学紀要, 14: 127-142

URL http://hdl.handle.net/10291/10756

Rights

Issue Date 1970-03-20

Text version publisher

Type Departmental Bulletin Paper

DOI

                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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“Pudd’nhead Wilson”1こっいて

前 田 豊

 1890年tlc y 一ク・トウェインがR.キップリソグに“1 never read novels

myselfexcept when the popular persecution forces me to.……Personally

I never care for fiction or story books. What I like to rcad about are

facts and statistics of any kind.1,1)と語っていることはよく知られてい

ます.

 Charles Neidcrはこの言葉を引用しながら,トウェインがフロベール,

ジェイムズ,マン,ドストイエフスキー,フォークナー,ヘミングゥェイのよ

うな作家とちがっている点は彼が小説を書くことを自分の天職と考えていな

かったことであると述べています.Neiderの意見によれば最初の長篇小説

・・ filded Age”は・・The Innocents Abroad”と‘‘Roughing It”に大部分

の精力を費いしたあとで書かれたもので,しかもそれはCharlcs Dudley

Warnerとの共作であって,いわば彼は半小説家としてスタートをきってお

り,彼の小説には,ノン・フィクション物の場合とちがって,“artlstlc・con-

science”が欠けているということになっています.

 小説家としてのトウェインに対するこのような批判はNeiderの意見に限

ったものではありません.そしてこのような意見を生む原因の一つはトウェ

イγの小説の構成に対する無関心さにあります.

 それはbウェイソの作品が,出世作・・The Notorious Jumping Frog of

Calaveras County”のような饒舌な語り口を持っていることと密接に結び

?いています.饒舌さはアメリカ作家に共通した特色ですが,トウェインの

場合には特にその傾向は甚だしく,時には喋べっているうちに脱線して別の

話になる場合さえ稀ではありません.

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 ‘‘ADouble-Barrelled Detectivc Story”(1902年)はその極端な一例で

すが,このようなトウェインの傾向を最もはっきり示す作品は‘‘Pudd’n-

head W三lson”(1894年)でしょう.この作品は1894年ll月にthe

American Publishing Companyから出版された時には‘‘The Tragcdy

of Pudd,nhead Wilson and the Comedy Those Extraordinary Twins”

というで題で出版されています.これは一つのアイディアから二つの作品が

生まれたために混乱が生じ,どうにもならなくなり,作者自ら‘‘literaryCae-

sarian Cut”をほどこして分離した結果です.その着想の分岐の仕方は作老

の内面の分裂的な傾向を象徴するものでもあります.・

 ‘‘The Siamese Twins”(1869年)はNeiderの編集した‘‘The Com-

plctc Humorous Sketches and Tales of Mark Twain”で3ページ半程

度の短いエッセイです.“Pudd’nhead Wilson”の萌芽はシャム双生児を題

材にしたバーレスク風の内容を持つこのエッセイにあると考えられています.

 Fergusonは‘‘qrotesque had an unending fascination for him2)と、

述べていますが,シャム双生児や双生児に対するトウェインの強い関心はそ

の一例でしょう.

 ‘‘The Siamese Twihs”ではChangとEngという2人(1人?)のシ

ャム双生児(トウエィンはconglomerate twins.とかconsolidated twins

と呼んでいます)の便利な点,不便な点を中心に2人の性格が極めて対照的

なために起きるいろいろなエピソードが語られています.

 En9はバプティストで北軍支持派であり,酒が好きです. Changはロー

マソ・カトリックであり,南軍を支持し,禁酒同盟の会員です.南北戦争の

時,2人はSeven Oaksの戦いでお互いをお互いが捕虜にしますが,どち

らがどちらを捕虜にしたのか他人には判定ができません.

 2人はやがて1人の女性を恋し,Changが相手の愛を得ます.2人の愛

の語らいの間も失恋したEngは常にその場に同席しなければならない破目

になります.

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 Changは熱心な禁酒主義者ですが, Engが酒を飲むとChangもその影

響をうけます.Changが禁酒主義運動の行進に参加した時, Engが酒を飲

んだため,2人とも泥酔して暴れたのでパレードは目茶々々になってしまい

ます.

 警察ではChangに砂糖湯を, Engにウィスキーを飲ませると,25分間

でどちらにも同じ程度にアルコールの影響が見られました.2人の体内でウ

ィスキー・ポンチができあがったわけです.

 このエッセイではシャム双生児という二つの意志と一つの体を持った人間

が互いにちがった意志,目的を持ったらどんな結果が生まれるかということ

が興味の中心になっています.

 “Pudd’nhead Wilson”力咄版された翌年1895年にトウェインが書いた

‘‘ salks about Twins”というエッセイが‘‘Life As I Find It”(edited by

C.Neider)に収録されています.

 その中では

 ‘‘Year befbre last there was an Italian freak on exhibition in Phila。

delphia who was an exaggeration of the Siamese Twins. This freak

had one body, one pair of legs, two heads and four arms. I thought

hc would be useful in a book, so I put him in.”3)とトウェインは述べ

ています.このabookとは“Pudd’nhead Wilson,”containing“Those

Extraordinary Twins”であると編者のNeiderは註をつけています.

 更に禁酒主義者のAngeloには‘‘religious”,‘‘honest”,‘‘honourable”,

‘‘

浮垂窒奄№?煤hな性格を,酒飲みのLuigiは‘‘no principles”,‘‘no morals”,

‘‘ 獅潤@religion”,‘‘infidel’,,‘‘Athcist,,,‘‘agnostic,,,‘‘malicious,,な性格を

与えています.ChangとEngのようにAngeloとLuigiの場合でもこの

2人の対照的な性格から生れる滑稽な出来事に作者の興味があることは明ら

かです.

 やがてLuigiは作者の意図を超えて独立した自分の意志で‘‘wicked”に

なってゆくので,正しい方の兄弟を救うためにこの双生児を引き離して,独

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立した体を持つ2人の双生児にしなければな’ 轤ネくなったとトウェインは述

べています.(“Thosc Extraordinary Twins”ではシャム双生児の一方を絞

首刑にしています)

 1869年にChangとEngとして登場した双生児が23年をへだてて再

び名前を変えて登場したばかりでなく,Rowenaをめぐる二人の恋,片方

が飲んだ酒の影響のあらわれ方,二つの頭が共有している一組の足の使い方

などの問題が‘‘Those Extraordinary Twins”でも再び興味の中心になっ

.ています・

 ‘‘Those Extraordinary T魂ins”のむすびで,作者が‘‘As you see it was

an extravagant sort ofatale, and had no purpose but to exhibit that

monstrous‘freak’in all sorts of grotcsque lights・”4)と述べているように

この作品でも双生児の奇行を中心にしたバーレスク風のコメディを狙ってい

たことは明らかですが,それが“Pudd’nhead Wilson”という悲劇に変っ

たのは双生児のあとから登場したRoxyのためであると述べています.

 ‘‘But when Roxy wandered into the tale she had to be furnished

with something to do;so she changed thc children in the cradle;this

necessitated the invention of a reason fbr it;this in turn resultcd in

making the children prominent personages.……Thcir career began

to take a tragic aspect, and some one had to be brought in to help

work the machinery;so Pudd’nhcad Wilson was introduced and taken

on trial.,,5)

 双生児のエピソードに登場人物がふえ,そのために余計な条件や人物が更

に必要になり,遂にWilsOnが登場し,そして全く別の作品が生まれたわけ

です.

 この脱線のパターンこそトウェインの小説作法であることは次に引用する

‘‘swins”の序文の一節からも理解できます.

 Aman who is not born with the novel・writing gift has a trouble-

some time of it when he tries to build a novc1. I know this from

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experience. He has no clear idea ofhis story;in fact he has no story・

He mcrely has some people in his mind, and an incident or two, also

aIocality. He knows these peoplc, he knows the selected locality,

and he trusts that he can plunge those people into those incidents with

intcrcsting results. So hc goes to work. To write a novel? No

that is a thought which comes later;in the bcginning hc is only pro-

posing to tell a little tale;avcry little tale;asix・page tale・ But as

it is a taie which he is not acquainted with, and can only find out

what it is by listening as it goes along tclling itself, it is more than

apt to go on and on till it spreads itself into a book……

 And I have noticed another thing:that as the short tale grows into

the long tale, the original intention(or motif)is apt to get abolished

and find itself superseded by a quite different onc・6)

 しかし脱線が重なり‘‘the original intention”が変ったために途中で収

拾がつかなくなり,この作品の原稿をかかえて何回か大西洋を往復し,船の

上で読み返しているうちにやっとその原因に気づいたそうですが,その間数

ケ月かかりました.

  「無関係な二つの話が入りくんだため」に生じた混乱を防ぐたために,作

者は‘‘the original motiP,である双生児のテーマを帝王切開して取り除い

ているのですが,別な題名をつけて“Wilson”に付属させて発表しているの

はこの双生児のテーマに対する作者の強い執着を示めすものです.

 切除された部分,‘‘Those Extraordipary Twins”は1869年に発表され

たChangとEngのエピソードに具体的な場所や時間的背景が与えられ,

登場人物がふえた程度の作品で,全10章からなる短い作品ですが,各章の冒

頭には“Wilson”の中で進行している話の梗概が,前後関係を明らかにする

ために,付け加えられており,とても独立した作品とは考えられません.

作者が執着したシャム双生児は“Wilson”の中では切り離されて,独立し

た肉体を持ったLuigiとAngeloという双生児となり,双生児のテーマの

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発展中に即興的に組み入れられたTom DriscollとValet de Chambre

(Chambersと略して人から呼ばれています)の2人の悲劇の中に活かされ

てゆきます.

 この2人は双生児ではありません.TomはFirst Families ofVirginia

(EF.V.)の子孫であり,Chambersは白人と黒人の混血です。混血と言っ

ても,16分の1黒人の血が流れている奴隷Roxyと白人との間に生まれた

32分の1の混血児で,母親同様,爪の色を除いて白人と見わけがつきませ

ん.

 父親の不明な奴隷の子供と,出産後すぐに母親に死なれ,不動産の投機に

夢中で子供に全く無関心な父親を持ち,乳母のROxyに一切の世話をまかさ

れている子供はROxy以外には誰も全く2人を識別できない点で双生児と同

様の存在です.

 乳母のRoxyが2人を揺りかごの中で取り替える思いついたことから

AngeloとLuigiの物語は「取り替え子」の物語に発展するのですが,双生、

児と「取り替え子」のテーマは,単なる思いつきを超えてidentityの問題

として共通点を含んでいます.

 ChangとEngがお互いを捕虜にした時,どちらがどちらの捕虜なのか,

又脚で人を蹴った時,それはLuigiの意志なのかAngeloの意志なのかと

いう疑問はTomがChambersになりChambersがTomになった時,

TomをTom, ChambersをChambersたらしめているものは何か,又

本人であることを何が立証するのかという疑問の中に受けつがれています,

 又,偽者として育てられた2人は真物に戻れるの,又名前だけ真物に戻っ

た2人は果して真物なのだろうかと疑問はこの作品が終ったあとでも尾を引

いています.

 「王子と乞食」ではよく似た2人が入れ替ったため,誰にも見分けがつか

ないまま,危く偽者のままで終るところを「玉璽」の所在によって,吾々が

身分証明書や戸籍騰本によって本人であることを立証するように,身の証し

をたてた時,やっと真物に戻れました.

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 「コネティカット・ヤソキー」ではハンクとアーサー王は裸の奴隷になっ

た時,どちらが王でどちらが家来だか判りません.

 「ハック・フィン」ではハックはトムに,トムは弟のシドに変装していま

す.

 登場人物が入れ替ったり,変装したり,別の人物になりすます主題は短編

の中でも枚挙にいとまがないほどです.

 トウエインの心に根深く巣食っているこの主題は作者の変身願望であると

同時に,Brooksが指摘している二つの人格の存在を証明するものでもあり

ます.

 TomとChambersのidcntityを証明したものは創作過程では一番あと

から登場して主人公になったWilsonが趣味として蒐集した2人の指紋で

した.

 したがって,この作品も2人の身の証しをめぐって推理小説の要素を多分

に含むことになります.

 1930年の2日,ミシシッピー河畔のミズーリ側,セント・ルイスから船

で半日ほど下った所にあるDawson’s LandingにDavid Wilsonがやっ

て来ました.その時不運にも‘‘Pudd’nhead”という仇名をつけられたエピ

ソードと,同じ月にF.F.V.の子孫であり,この町の有力者でもあるYork

Driscoll判事の弟Percy Driscollの妻と,奴隷のRoxanaの2人が同

じ日に子供を出産するエピソードが導入部になっています.

 Percyの妻は産後間もなく死亡.

 Wilsonは弁護士としてこの町で開業するのですが,仇名が災いしてか依

頼人が全くありません.ひまつぶしにの町の人々の指紋を集めはじめます.

 Percyの家では盗難があり,奴隷達の中に犯人がいると考えた彼は奴隷達

を「河下に売る」とおどかす事件がありました.結局ROxyは売られずに済

んだのですが,自分の子供Chambersも将来このような危険にさらされて

いるのだと考えた彼女は一緒に育てている主人の子供Tomと入れ替えてし

まいます.もしこの秘密に気づく者があるとすれば,それは生後すぐに2人

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の指紋を採ったWilsonだけです.

 1845年にPercyは死亡. Roxyは遺言により自由の身になり,ミシシッ

ピーの汽船で働くようになります.

 にせのTomは子供のないDriscol1判事の養子となり,Chambersも判

事に引きとられます.やがてTomはエール大学に2年在学しますが,そ

の間に覚えたものは虚栄と酒と賭博だけでした.

 このような背景のもとにLuigiとAngeloの2人が未亡人のAunt Patsy

Cooperのだした下宿広告に応じてこの町に登場します.

 この2人の貴族に対する町の人々の観迎ぶり,TomとLuigiの喧嘩,臆

病なTomに代った判事とLuigiとの決闘のエピソードは‘‘Those Extra-

ordinary Twins”と同じです.

 双生児のエピソードと併行して,にせTomのエピソードがからみます.

 先天的に卑怯で利己的で狡猜な性格を持つ彼が賭博にこって金に困り.近

隣の町で盗みを働く事件と,自分のお蔭で白人の地位と幸福な生活を約束さ

れているのに実の母に対して冷酷な仕打ちをするTomを怨んだROxyが

真相を彼に打ち明けるエピソードです.

 この町の人気を独占している双生児とそれを快く思わないTomの争い,

その結果Luigiから侮辱をうけたTomにかわって判事とLuigiの決闘が

起ります.判事の友人として介添役をつとめたWilsonは双生児とともに町

の人気者になり,幸運の途が開けます.

 Wilsonと双生児は市会議員候補に推薦され選挙の結果Wilsonが選ばれ

ます.2人の敗北を決定的にしたのはDriscoll判事の誹諺演説でした,今

度はLuigiが判事に決闘を申し込みますが屈辱的な理由で断わらてしまいま

す.

 町の人気を失った2人が,夜,人目をさけて散歩をしながら判事の家の前

を通りかかります.その時Tomが金を盗んでいる所を判事に見つかり,以

前双生児の家から盗んで持っていた短劔で彼を殺して逃走します.

 判事の悲鳴を聞いてかけつけた2人は,あとからかけつけた人々によって

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犯人にされてしまいます.

 Wilsonは2人の弁護を引きうけるのですが状況証拠,動機ともに2人に

不利なものばかりです.

 しかし,苦境にたっているWilsonをひやかしに来たTomが偶然残した

指紋から彼は真犯人と,Roxyが犯した「取り替え子」の事実を発見するの

です.

 Wilsonの長い間の不運との闘いは終り,Chambersが正当な嫡子Tom

として認められ,にせのTomは自分の作った借金をつぐなうために「河

下」に売られます.

 A.B. Paineは父親が死んだ時のトウェイン少年の様子を

 ‘‘The boy Sam was fairly broken down. Remorse, which always

dealt with him unsparingly, laid a heavy hand on him now. Wildness,

disobedience, indifference to his father’s wishes, all were remembered;

ahundred things, in themsclves trifling, became ghastly and heart-

wringing in the knowledge that they would never be done.__”7)

 と描与しています.後悔と悲しみに打ちひしがれた少年に母親は次のよ5

に言っています.

 ‘‘__Only promise me to be a better boy. Promise not to break

my heart.,,8)

 その晩からトウェインのsomnambulismが始まります・

 v.w. Brooksによれぽ父親の葬式の時に母, Jane clemensの枕もとに

あらわれた夢遊歩行者こそ自分の魂を探しもとめるトム・ソーヤーの精霊で

あり,トウェイソのdual personalityのあらわれであるのです・

 母に‘‘good boy”になることを約束した時から芸術家としての自我の抑

圧が始まり,その傾向は妻や友人達の影響により更に強くなったというのが

Brooksの見解です.したがってbusiness manとしての彼を押しのけて

artistとしての彼が自己主張をする時,つまり,自分の芸術的良心に忠実に

なろうとする時,彼の作品は‘‘nightmare”の性格を帯びると更に述べてい

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ます.

 精神分析的な方法で二重人格論を展開するBrooksの主張は,トウェイン

の作品群に満ちている肉体的に似た登場人物の性格を対立的に画くパターン

に注目する時,強い説得力を持つのです.

 ‘‘The Story of the Bad Little Boy”(1865年)と‘‘The Story ofthe

Good Little Boゾ’(1870年)はその一例でしょう.

 日曜学校の教えに従い.トウエイγの母Janeや妻のLivyの象徴する社

会道徳に叛くことなく生活を送って馬鹿をみる‘‘good boゾ’と彼と正反対

の行動ばかりしても一向に神の罰をうけないばかりか,ぬくぬくと幸運な人

生を送る“bad boy”.この2人は“Edward Mills and George Benton:

Atale”(1880年)の中で数々の悪業のはてに死ぬときには善良な市民の涙で

見送られる幸福なBentonと彼の悪業の跡始末を義務と考え,善行のはてに

誰にもかえりみられず悲運のうちに死んでいくMMsとなって登場します.

このパターンはトム・ソーヤー,ハック・フィソ,シド・ソーヤー達を中心

とする少年物の中に繰りかえされています.

 日曜学校の象徴するキリスト教道徳の偽善性に対する反感や痛烈な調刺こ

そ母との約束によりトウェインが抑圧したartistic conscienceの叫びです.

圧し殺された“bad boy”の声は,絶えず母や妻に対する後めたさをともな

いながら繰り返えされるのです.

 双生児や「取り替え子」の物語を語る時,2人の相似た登場人物は作者の

分裂した内面を象徴するかのように対照的な性格を与えられています,

 “good boy”はChangであり,Angeloであり,にせのChambersで

あります.“bad boy”はEng, Luigi,にせのTomなのです.

 第4章で作者は‘‘Tom was a bad boy, from the very beginning of

his usurpation” 9)という書きだしで2ページにわたってTomの‘‘bad

boy’ぶりを描与していますが,この描与は明らかにこれまでの類型を踏襲

しています.

 ‘‘good boy”のにせChambersは肉体的にも知能的にも優秀です.それ

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に対して先天的に劣等な素質を持ち,悪意に満ち,克己心に欠け,自己中心

的なTomを環境も教育の力も向上させることはできません.卑劣で不正直,

狡狢な天性に加えて,彼は,息子の借金を返済するために敢て自分の身を奴

隷として売ることを承知した母親を欺いて「河下」に売りとばし,更に養父

殺しをも犯します.

 Gladys Carmen Bellamy lよシャム双生児の話が次第にRoxyと2人の

子供の物語に変ったことについて

 ‘‘As he wrote, the idea of the dual personality began to recede in

his mind befbrc thc ever present lure of determinism. Thc two per-

sonalitics joincd in one body were not suitable to his theme of com-

pulsion by outside inHuences.10)

 と更にこの2人の登場人物の運命の奥に潜んでいる作者の思想を指摘して

います.

 彼女の主張するように‘‘determinism”こそこの作品を単なる‘‘good

boy”と‘‘bad boy”の物語から‘‘nightmare”に変質させたものです.

 Tomは母によって与えられた有利な立場にもかかわらず,先天的な素質

にさまたげられて,人間的な成長をしません.

 Tomが名誉をかけてLuigiと闘うことを拒否した時, Roxyは

 ‘‘En you refuse, to fight a man dat kicked you.._.! En you ain,t

got no mo’feelin’den to come en tell me, dat fetched sich a po’10w-

down ornery rabbit into the worP!Pah!it makes me sick!It’s de

nigger in you, dat,s what it is. Thirty-one parts o, you is whitc, en

on,凵@one part nigger, en dat po, little one is yo, souL ,Tain’t wuth

savin,;,tain,t wuth totin, out on a shovel cn throwin’in de gutter.,,11)

 と息子を罵しっています.彼女の言葉によれば32分の1の黒人の血が彼

を決定しているのであって,32分の31の白人の血も,教育も環境も彼を

救うことはできないのです.

 F.F.V.の子孫であり,先天的な素質に恵まれている真物のTomは‘‘good

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boy”のパターンに属しています.彼は正当な嫡子と認められ,奴隷の身分か

ら白人社会に引き戻されるのですが,彼は‘‘amost embarrassing situation”

にたたされます.何故なら彼は

 ‘‘He could neither read nor write, and his speech was the basest

dialect of the negro quartcr. His gait, his attitudes, his gestures, his

bearing, his laugh-all were vulgar and uncouth;his manners were

the manners of a slave.”12)

 富も衣服も彼が成人するまで経験した黒人としての生活が彼に与えたもの

をかえって一層めだたせるだけです.白人の客間にいたたまれない彼が僅か

に心の平和を見出すことができるのは台所丈でした.

 各章の冒頭tc“Pudd’nhead Wilson’s Calender”として警句が掲げてあ

るのはこの作品の特徴ですが,その中で‘‘Training is everything. The

peach was once a bitter almond;cauliflower is nothing but cabbage

with a college education.,,13)とトウェインは「コネティカット・ヤンキ

ー」の中で述べていた,人間を決定する要素としての“training”論を,こ

こで再び繰り返しています.

 2人の運命は作者のdeterininismを実証するものです.

 黒人として受けた社会的トレーニングによって“embarrassing situation”

にたたされた白人のTomと比較して,白人として育てられ,教育をうけた

にもかかわらず,僅か32分の1まじっていた黒人によって運命を決定され

たにせのTomの宿命は不公平のように思えます.本人の全く関り知らぬ黒

人の血の中に潜む黒人としての‘‘training”が32分の31の白人の血と白

人としての‘‘training”を圧倒するのです.

 そこにミシシッピー流域の白人社会のモラル,人種差別,奴隷制度に対す

るトウエインの批判を読みとることができます.

 にせのTomはROxyから自分の身の上を知らされた時,

 “Why were niggers and whites madeP What crime did the un。

crcated first nigger commit that the curse of birth was decreed for him?

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And why is this awful difference made between white and black?”14)

 と考えています.

 白人の前にでると,これまでの白人としての習慣は消え失せ,作者が‘‘the

‘nigger’in him asserting its humility”と描写しているように黒人として

おどおどしながら暮すようになっています.

 にせTomの素朴な疑問こそDawson’s Landingの背後にある罪悪を真

向から告発する言葉です.にせのTomだけが被害者ではありません.

 白人のTomを白人でも,黒人でもない疎外状況に追いこんだものはにせ

Tomが指摘した白人中心の社会の矛盾であり掟です.その掟にしたがって,

その犠牲者であるはずのTomを1人の人問としてその罪を裁くことなく,

奴隷として,1個の商品として「河下」に売ることによってこの作品のアイ

Pニーは完結するのです.

 The scene of this chronicle is the town ofDawson,s Landing, on the

Missouri・side of the Mississ玉PPi, half a day’s journey, per steamboat,

bclow St. Louis.15)

 という書きだしで始まるこの作品の舞台はハックやトム・ソーヤーが活躍

した‘‘sleepy, comfortable and contented town”であり,平凡で典型的

な南北戦争前のミシシッピ沿岸の町です.

 代表的な市民であり,有力者でもあるYork Driscoll判事はヴァジニア開

拓民の先祖を誇り,’形式的で片苦しい南部の紳士の典型として画かれていま

す.正義を守り,寛大な心を持つ完全な紳士であることが彼の信条です.

 Dawson’s Landingは‘‘slave-holding town”であり,その・モラルにお

いて典型的な南部の町です.

 Driscoll判事も,彼を尊敬する町の人々も,黒人も侮辱は血によって償わ

れるべきであると信じています.中世社会さながらに決闘によって名誉を守

ることこそ最高の美徳なのです.

 判事とLuig量の決闘のあとでトウェインは次のように書いています.

 ‘,The people took more pride in the duel than in all the other events

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put together, perhaps. It was a glory to their town to have such a

thing happen there. In their eycs the principals had reached the

summit of human honour.,,16)

 ヨーロッパから来た貴族と言う肩書きによってこの町に受け入れられた

AngeloとLuigiは決闘に参加して更に人気を博し,町の人々から市会議員

候補に推薦されます.貴族,決闘はこの社会のモラルの象徴であり,名誉を

法律によって守ろうとしたTomは反って実の母からも臆病者のレッテルを

はられるのです.

 Dawson’s Landingはトウェイソに郷愁と恐怖をよびおこすHannibal

であり,ハック・フィンが筏に乗って通過する,シャーバンズ大佐やグレン

ジャフォードー家,シェパドソンー家の住む南部の町であり,ハンク・モー

ガンが打倒しようとしたアーサー王と円卓の騎士の住む中世英国の貴族社会

なのです.

 しかし“Wilson”以前の作品では読者は話が始まった時にはすでにその社

会の中に入っており,客観的に見る余裕を与えられていないのですが,この

作品はLcslie A・Fiedlerが‘‘we see Twain’s mythicizcd Hannibal{for

the first time from the outs’ide.”17)と指摘しているように読者は外からこ

の社会を観察できるのです.

 メロドラマの要素の強いこの作品が冷静な文明批判の書となり得ているの

はそのためです.又それを可能にしているのはWilsonの存在です.

 彼はハンクのように,東部の町からやって来た他国者です.しかし,「ハ

ック・フィン」で成功し,「コネティカット・ヤンキー」で失敗したように,

トウエィンは主人公を周囲の社会に対する批判者にする方法を採らず,ここ

では主人公をこの社会のモラルに順応させています.この方法がアイロニー

の効果を高めています.

 彼は不運にもこの土地に着いた途端に妙な仇名をつけられたため長い間不

遇な生活を送ることになるのですが,幸運への途を開いたのはLuigiや

Angeloを名士にした決闘でした. TOmが法律に頼って汚名を蒙ったのに

Page 16: “Pudd’nhead Wilson”1こっいて...129 Changは熱心な禁酒主義者ですが, Engが酒を飲むとChangもその影 響をうけます.Changが禁酒主義運動の行進に参加した時,

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反して法律家のWilsonは法の精神に叛く血の掟に加担して名声を得るので

す.

 彼の名声を確立したのはLuigiとAngeloの無実を証明し, Tomを告

発し,ROxyのたくらみを暴露した法廷での成功でした.

 東部で教育を受けたWilsonも, Dawson’s Landingの人々と同様,こ

の事件の背後に潜む真の罪悪を意識することはありません.Tomの罪とと

もに併せて裁かれるべきものは32分の1の血を恐れてRoxyに子供を交換

させ,白人のTomを白人でも黒人でもないOutcastにした人種差別であり.

南部社会のモラルであるはずです.

 皮肉なことに,ただ1人「何故この世に白人や黒人の差別ができたのか」

とおぼろげながらこの事件の真の原因である社会矛盾に一瞬近づいたにせの

Tomは商品として売りとばされてしまいます.

 Wilsonは白人社会の被害者でもあるTomを断罪することによって成功

者となるのです.

 “Pudd’nhead Wilson” Cl/トム・ソーヤーの成功物語であり,その成功物

語は奴隷制度により,黒人の血によって購われたものです.

 加害者も被害者も真の罪悪を発見することなく,物語が終っているところ

にこの作品の悲劇性があり,そして‘‘……and the creditors sold him down

the river.”18)という乾いた,簡潔な描写ほどこの悲劇にふさわしい幕切れ

はありません.

 Notes Pudd’nhead WilsonとThose ExtraordinarJ TwinsのテキストはThe Complete Novels

of Mark Twain. Vol.1(Doubleday,1964)を使用.下記の註ではP.W., T.E・T.と

略します.

 1)Charles Neider:Tom and Huck(The Complete Novels of Mark Twain VoL

  I,Doubleday,1964). p. ix.

 2) Delancey Ferguson:Mark Twain:Man and Legend(Chartcr Books,1943).

  P.25L

 3)Mark Twain:L垂As 1翫〃彦, edited by Charles Neider(Hanover House.

  1961).p.232。

Page 17: “Pudd’nhead Wilson”1こっいて...129 Changは熱心な禁酒主義者ですが, Engが酒を飲むとChangもその影 響をうけます.Changが禁酒主義運動の行進に参加した時,

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4)

5)

6)

7)

8)

9)

10)

T.E.T., p.659,

Ibid., P.659.

Ibid., P.609.

Van Wyck Brooks:The Or〔ieal(if Mark 7rwain(Mcridlan Books,1965). p.52.

Ibid., P.52。

P.W., P.507.

Gladys Carmen Bellamy:MAI~.κTPVA刀V as a literarl artis彦(University of

Oklahoma press,1950). p.317.

11)

12)

13)

14)

15)

16)

17)

18)

  P.W., p.562.

 乃id., P.607.

 乃id., P.513,

 乃id., p.535.

 Ibid., P.493.

 Ibid., p.566,

 Leslie A. Fiedler:“As Freeα∫助Cretu……”in MARK TWAIN, A Collec-

tion of Critical Essays:edited by H.N. Smith(Prentice-Hall,1963). p.133.

 P.W., P.609.