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ロヒンギャ問題をめぐる対立 ―ミャンマー政府と国際連合の衝突― 東京大学 前期教養学部 文科一類 1年 松木 1. はじめに 2018 年 8 月 7 日から 8 月 15 日にかけての約 1 週間、私はミャンマー研修旅行に参加す る機会を得た。このミャンマー研修旅行は、元 UNHCR Japan 国連難民高等弁務官駐日事 務所駐日代表の滝澤三郎さんが毎年主催しているものであり、発展途上国や難民問題に興 味のあった私は参加を決意した。このミャンマー研修旅行では、ネピドーでの社会福祉庁視 察や国家計画・経済開発省視察、国会議事堂訪問、またヤンゴンでの UNHCR 視察や日本 大使館訪問、さらには現地の方々との交流などを通して、貴重な経験を数多くすることがで きた。その中で、カチン州難民問題や日本でも度々ニュースの話題となるロヒンギャ問題に 関して、直接関係者から話を聞くことができた。様々なコミュニティに属する異なる関係者 から話を聞いて感じたのは、彼らの主張の違いである。ミャンマー政府の職員、UNHCR 職 員、自らが難民として逃れてきた女性、現地のミャンマー人ガイドの方、彼らは皆同じミャ ンマー国内で暮らす人々であるにもかかわらず、その主張に大きな違いがあることを私は 強く感じた。このような立場による主張の違いこそが、ミャンマーにおける難民問題の解決 を阻害する大きな要因の一つであると考える。 このレポートでは、特にロヒンギャ問題に関するミャンマー政府と国際連合の主張の違 いに焦点を当てて考察する。ヤンゴンの日本大使館では、大使から「日本政府が外交的仲介 をすることで、ミャンマー政府と UNHCR の利害対立を緩和し、ロヒンギャ問題に関する 両者間の MOU締結の手助けをする」事例があったという話を聞いた。ヤンゴンの UNHCR では、実際に、職員の方から「ロヒンギャ問題に関してミャンマー政府のコンセンサスが取 れておらず、十分な支援を得られていない、職員の滞在ビザが降りない」という話を聞いた。 この二つの話に共通するのは、ミャンマー政府と UNHCR の協力がうまくいっていないと いうことである。そして、その原因はロヒンギャ問題に対する両者の捉え方に食い違いがあ ることだと考えられる。ロヒンギャ問題に関する現状認識や対応について、ミャンマー政府 と国際連合がどのような議論をしているのか、どのように異なる主張を展開しているのか、 これらを明らかにしていく。

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ロヒンギャ問題をめぐる対立

―ミャンマー政府と国際連合の衝突―

東京大学 前期教養学部

文科一類 1年

松木 章

1. はじめに

2018 年 8 月 7 日から 8 月 15 日にかけての約 1 週間、私はミャンマー研修旅行に参加す

る機会を得た。このミャンマー研修旅行は、元 UNHCR Japan 国連難民高等弁務官駐日事

務所駐日代表の滝澤三郎さんが毎年主催しているものであり、発展途上国や難民問題に興

味のあった私は参加を決意した。このミャンマー研修旅行では、ネピドーでの社会福祉庁視

察や国家計画・経済開発省視察、国会議事堂訪問、またヤンゴンでの UNHCR 視察や日本

大使館訪問、さらには現地の方々との交流などを通して、貴重な経験を数多くすることがで

きた。その中で、カチン州難民問題や日本でも度々ニュースの話題となるロヒンギャ問題に

関して、直接関係者から話を聞くことができた。様々なコミュニティに属する異なる関係者

から話を聞いて感じたのは、彼らの主張の違いである。ミャンマー政府の職員、UNHCR 職

員、自らが難民として逃れてきた女性、現地のミャンマー人ガイドの方、彼らは皆同じミャ

ンマー国内で暮らす人々であるにもかかわらず、その主張に大きな違いがあることを私は

強く感じた。このような立場による主張の違いこそが、ミャンマーにおける難民問題の解決

を阻害する大きな要因の一つであると考える。

このレポートでは、特にロヒンギャ問題に関するミャンマー政府と国際連合の主張の違

いに焦点を当てて考察する。ヤンゴンの日本大使館では、大使から「日本政府が外交的仲介

をすることで、ミャンマー政府と UNHCR の利害対立を緩和し、ロヒンギャ問題に関する

両者間の MOU締結の手助けをする」事例があったという話を聞いた。ヤンゴンの UNHCR

では、実際に、職員の方から「ロヒンギャ問題に関してミャンマー政府のコンセンサスが取

れておらず、十分な支援を得られていない、職員の滞在ビザが降りない」という話を聞いた。

この二つの話に共通するのは、ミャンマー政府と UNHCR の協力がうまくいっていないと

いうことである。そして、その原因はロヒンギャ問題に対する両者の捉え方に食い違いがあ

ることだと考えられる。ロヒンギャ問題に関する現状認識や対応について、ミャンマー政府

と国際連合がどのような議論をしているのか、どのように異なる主張を展開しているのか、

これらを明らかにしていく。

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2. 大使のお話

最初に、私がヤンゴンの日本大使館にて大使から受けた、ロヒンギャ問題に関連する日本

政府としての立場や戦略についてのブリーフィングを紹介する。以下、大使のお話の概要で

ある。

ラカイン問題1(ロヒンギャ問題)とはそもそも何であろうか。端的に述べれば、コミュ

ニティー間の争いから発展した暴力である。そして、ラカイン州のイスラム教徒(ロヒンギ

ャ民族)を除くミャンマーの人々にとって、ラカイン問題は「不法侵入者が不当に権利を要

求している」問題に他ならないのである。この情緒的、歴史的対立は一朝一夕に解決するも

のではない。日本としては、時間をかけてミャンマーの内発的な力による改善を期待し、そ

れを促すべきである。ラカイン問題は国籍や政治、ひいてはミャンマーの憲法に関わる問題

であり、その内政に日本が強く干渉するべきではないのである。証券取引における独占禁止

の枠組み整備や知的財産権の保護など、日本は経済などその他の面からミャンマー政府に

助言をしていくことが求められている。

このような日本のスタンスは、ラカイン問題に対する欧米諸国の外交的立場とは一線を

画する。欧米諸国は、ミャンマーに対して圧力、制裁を加えるべきだとしている。これによ

りラカイン問題の早期解決を図ろうというのである。日本はこれに反対しており、欧米諸国

との違いが際立つ。そもそも制裁は最後の手段であり、外交とはそれを用いずにいかに問題

を解決できるかにかかっているのである。何よりも、ラカイン問題という根深い問題は外的

な圧力を加えたところで解決できないのだ。日本が対ミャンマーの制裁に同調しないのに

はもう一つ重要な理由がある。それは日本の国益である。一昔前の軍事政権時代、ミャンマ

ー経済に参入できたのは中国だけである。もし日本が制裁に同調して、ミャンマーの政情が

今よりも不安定になった場合、笑うのは中国である。外的圧力によりぐらついた政権下で、

日本企業によるミャンマーへの投資は減少し、その真空地帯に中国経済が入り込み影響を

拡大する。中国とアジアにおける熾烈な覇権争いを繰り広げている日本にとって、これは避

けなければならない状況なのだ。ミャンマーと欧米諸国、国際社会との摩擦が深まることで

喜ぶのは中国であり、日本は国益を守るために中国に先を越させてはならないのである。こ

れらの理由で、日本はミャンマーに対する強硬的な制裁に反対している。

制裁に反対する日本がミャンマーに果たしうる役割は何か。それはミャンマーと国際社

会の架け橋となることである。G7の一員でもある日本は、欧米とも比較的に政治的な距離

が近く、影響力を持つアジアの国である。その日本がラカイン問題においてもミャンマーと

欧米諸国、ひいては国際社会との調停役になることが求められている。たとえば、2018 年

5 月のミャンマーと UNHCR の交渉に関する事案である。両者間の交渉において、ジュネ

1 第4章(「ロヒンギャ」という呼称)で後述する通り、日本政府は「ロヒンギャ」という

言葉や呼称を用いない。「ラカイン問題」や「ラカイン州のイスラム教徒」といった言葉

で「ロヒンギャ問題」や「ロヒンギャの人々」を表す。

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ーブの本部から通達を受けた UNHCR が新たに提示した追加条件は、ミャンマー政府にと

って受け入れることのできないものだった。それにより交渉は停滞し、MOU 締結ができな

い状況に陥っていた。この時にミャンマー政府から内々に相談を受けたのが日本である。日

本は両者を仲介して、双方が納得できる MOU 草案を作成したのだ。これにより交渉は進

展するに至った。日本は UNHCR へのアクセスを提供したとも言える。日本は、アジアの

一国として欧米諸国とは異なる立場からミャンマーに寄り添いながらも、欧米諸国とも話

ができる第三国として、その役割を果たすことが期待されている。

戦後、日本と最初に賠償協定や平和協定を締結してくれた東南アジアの国は、ミャンマー

である。ミャンマーとの外交の成功は、東南アジア全体の信頼を勝ち取る第一歩であり、

ASEANの一角であるミャンマーをめぐる日中の外交争いを制する上で、ラカイン問題も重

要な要素の一つとなっている。ミャンマーにおいて、すべての外交問題で日本が先頭に立つ

ことが肝要である。

以上が、私がヤンゴンの日本大使館で聞くことのできた、ロヒンギャ問題に関する日本政

府の立場と戦略である。

3. 難民の定義

ロヒンギャ問題を扱う上で切り離せないのが「難民」という概念である。難民は国際法上

どのように定義されているのか、まずはこれを示す。

国際法上では、1951 年にできた「難民の地位に関する条約」と 1967 年にできた

「難民の地位に関する議定書」(難民条約)2によって、次の 4 つの条件をすべて満

たす人が「難民」と定義されています。

①人種、宗教、国籍、政治的意見、特定の社会集団に属するという理由で

②迫害を受けるという恐怖があるために

③自国の外にいて

④自国の保護を受けることができない、または受けることを望まない人3

国際法において難民は上記のように定義される。ここでロヒンギャ問題について検討す

る。まず、ロヒンギャ問題には人種、宗教、国籍が絡む。そして、1962 年の軍事クーデタ

ーで成立したビルマ民族中心の社会主義政権による圧迫で、1978 年と 1991-92年の計 2 回

にわたり、実際に 20 万人以上のロヒンギャがバングラデシュに難民として流入している。

2 1967 年の「難民の地位に関する議定書」は、1951 年の「難民の地位に関する条約」に

あった地理的・時間的制約を取り除いたもので、通常はこの 2つをあわせて「難民条約」

という。

3 滝澤三郎『世界の難民をたすける 30の方法』合同出版、2018 年、14頁。

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1982 年に改正国籍法(現行国籍法)が施行されると、ロヒンギャにミャンマー国民として

の国籍は認められず、彼らはロヒンギャを主張する限り外国人とみなされるようになった。

当然ミャンマー政府からの保護を受けることはできず、現在も多くのロヒンギャがミャン

マー国外の難民キャンプで生活している。以上の点に留意して鑑みるに、国際法上ロヒンギ

ャは紛れもなく難民である。

4. 「ロヒンギャ」という呼称

ロヒンギャ問題を議論する上で完全に中立な立場から論じることは難しい。というのも、

ロヒンギャ問題は極めて政治的な問題であるからだ。各国、各政治勢力、各民族、各コミュ

ニティによってその捉え方は異なり、ロヒンギャ問題をどのように認識するのか自体が複

雑に価値判断をともなうのだ。

本レポートで繰り返し用いている「ロヒンギャ」という呼称も、実はある意味で中立では

ないのかもしれない。一般に、「ロヒンギャ」とはミャンマーのラカイン州(図1)に住む

イスラム教徒の人々を指し示している。ミャンマー国民の大部分が仏教徒であり、イスラム

教徒である「ロヒンギャ」の多くは迫害に遭い、難民としてバングラデシュに逃れている。

さて、ここでいう「ロヒンギャ」だが、ミャンマー政府は彼らを「ロヒンギャ」とは呼ばな

い。ミャンマー政府は、彼らを正当な国民として認めていないため、「ロヒンギャ」という

民族は存在せず、彼らは国境を越えて住み着いたベンガル地方のイスラム教徒であるにす

ぎないと主張している。ミャンマー政府の立場では、「ロヒンギャ」という呼称自体が対抗

する価値判断を含んでいるのである。日本政府はこれに配慮して、「ロヒンギャ」という呼

称を使わず、「ラカイン州のイスラム教徒」と呼んでいる。

本レポートでは便宜上ラカイン州に住むイスラム教徒を「ロヒンギャ」と呼称し、それに

関連する問題を「ロヒンギャ問題」と表記する。

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図1:ラカイン州と難民キャンプ

(出典)国連 UNHCR 協会「今知ってほしい、ロヒンギャ問題についての5つの事実」

5. ロヒンギャ問題に関する現状認識と対応

ここではいわゆる「ロヒンギャ問題」に対してどのような現状認識がなされているのかを

みていく。現状認識の主体としてミャンマー政府と国連の2つのアクターを想定し、両者間

でどのような差異があるのかに注目しながら論じる。

まずミャンマー政府についてだが、先述の通り「ロヒンギャ民族」の存在を認めていない。

ミャンマー政府の立場では、あくまでも彼らはバングラデシュからの不法移民であり、「ベ

ンガル人」もしくは「ベンガル系ムスリム」などと表記する。アラカン人の民族政党で上座

部仏教政党でもあるアラカン国民党(ANP)4は、「ラカイン州からのベンガル人追放」を

公約している。1982 年の国籍法改正以前にロヒンギャに対して認められていた国籍や参政

権などの諸権利も、アラカン人には、不法に与えられたものと認識されている。ミャンマー

政府はロヒンギャを「不法滞在者」とみなしているため、彼らの移動の自由は認めておらず、

就学や就職も厳しく制限している。

次に、国連がロヒンギャ問題をどのように扱っているのかを述べる。国連は、国連難民高

等弁務官事務所(UNHCR)をはじめとするいくつかの機関を通して、ロヒンギャに対する

支援活動を行っている。国連はロヒンギャの人々を「ロヒンギャ難民」として捉えており、

人道支援の対象としている。下の写真1、写真2、写真3に示す通り、バングラデシュに流

入するロヒンギャ難民に対する物資援助、難民キャンプの整備活動、感染症の処置や予防接

種等の医療援助などが実際に行われている。このように、国連のロヒンギャ問題に対するア

プローチとして最も大きな比重を占めているのが、難民発生後の人道的観点から行われる

難民保護活動である。これは、問題発生後のいわば「事後措置」的な側面が大きい。一方で、

ミャンマー政府に働きかけることでロヒンギャ問題自体を解決しようとする、いわば「事前

解決」的アプローチも試みられている。2017 年 11 月 16 日、ニューヨークにおいて国連総

会で人権問題を扱う第 3 委員会が開かれた。この第 3 委員会はロヒンギャの迫害を非難す

る決議を賛成多数で採択した。ミャンマー政府に、ロヒンギャへの組織的な人権侵害を主導

した軍事作戦を終わらせて、国連や国際機関の人道支援を行き渡らせるように求めたので

ある。しかしながら、ミャンマー代表は採択前に「政治的圧力は受け入れられない」として、

「一貫して反対する」と表明した。すでに国際機関と協力していると主張するミャンマー政

府は、「地政学的圧力に懸念を覚える」と反発した。ミャンマー政府と深い関わりを持つ中

国代表は、「ミャンマー政府は問題解決に向けて積極的に努力している。国連や国際社会に

は問題を複雑化するよりも忍耐が必要だ」と述べ、採択に反対した。このように、「事前解

4 アラカン国民党(ANP)はミャンマー西部ラカイン州の州都シットウェで圧倒的支持を

集める少数政党。同国で 4%を占めるラカイン族のための政治を掲げ、民族主義色を強め

ている。

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決」的アプローチもたしかに試みられている。しかし、当事国であるミャンマーの反発が大

きく、協力が満足に得られないことや、国連が一枚岩となってロヒンギャ問題に介入してい

る訳ではないということもあり、こちらのアプローチはうまく機能していないのが実情で

ある。

写真1:医薬品の援助 写真2:防水シートの援助 写真3:テントの援助

(出典)国連 UNHCR 協会「ロヒンギャ難民の未来を救う為に」

6. まとめ

ここまで、ミャンマー政府と国連という2つのアクターが持つ、ロヒンギャ問題に関する

主張について考察を進めてきた。浮き彫りになったのは、両者の根本的な価値観の相違であ

る。ミャンマー政府、ひいてはミャンマー国民の考える「ロヒンギャ問題」が、国連や国際

社会の考える「ロヒンギャ問題」と全く異なる姿をしていることに、我々は注意しなければ

ならない。他国同様に、ミャンマー政府はあくまでミャンマーの国益を優先するのであり、

彼らは国連によるロヒンギャ難民保護勧告を「外圧」と捉えているのだ。

ロヒンギャ問題を解決するためには、第一に、ミャンマー政府と国連の基本的な価値観を

共有することが重要であろう。ラカイン州に住むイスラム教徒を「ロヒンギャ」として認定

するべきか、ここから対話を始めなければロヒンギャ問題は根幹が空洞となったまま議論

されることになる。

第二に、「ロヒンギャ」を認定して受け入れることが、ミャンマーの国益となるような状

況を、国際社会が作り出すことが重要である。ミャンマー政府やミャンマー国民が自発的に

「ロヒンギャ」を容認するようになるためには、「ロヒンギャ」もしくは「ロヒンギャ受容」

がミャンマーにとって利益をもたらさなければならない。ロヒンギャに対するミャンマー

の敵対心は、感情的な部分が大きい。彼らがロヒンギャを受容するのは難しく、時間がかか

る問題だろう。だからこそ、国際社会は、「外圧」としか捉えられない政治的圧力をかける

だけでなく、ミャンマーにとって利のある形をロヒンギャ受け入れの中に創出するべきな

のだ。

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ロヒンギャ問題に関してミャンマーと国際社会を隔てる価値観の相違を無視することな

く、ロヒンギャ受け入れがミャンマーの国益に合致する枠組みをいかにして国連が形成す

ることができるのか、これこそが今後最も重要かつ難しい、取り組むべき課題である。

参考文献

滝澤三郎『世界の難民をたすける 30の方法』合同出版、2018 年

産経ニュース「ミャンマー総選挙 政治に目覚めた少数民族政党、連立のカギ握る」2015

年 10月 13 日

https://www.sankei.com/world/news/151013/wor1510130037-n1.html

2018 年 10 月 24日閲覧

ウィキペディア(Wikipedia)「ロヒンギャ」

https://ja.wikipedia.org/wiki/ロヒンギャ

2018 年 10 月 24日閲覧

国連 UNHCR 協会「今知ってほしい、ロヒンギャ問題についての5つの事実」

https://www.japanforunhcr.org/archives/14342

2018 年 10 月 24日閲覧

日本経済新聞「ロヒンギャ迫害非難決議を採択、国連委 日本は棄権」2017 年 11 月 17日

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23593540X11C17A1000000/

2018 年 10 月 25日閲覧

河野太郎「いわゆる『ロヒンギャ』問題」2018 年 3 月 9日

https://www.taro.org/2018/03/いわゆる「ロヒンギャ」問題.php

2018 年 10 月 25日閲覧

国連 UNHCR 協会「ロヒンギャ難民の未来を救う為に」

https://www.japanforunhcr.org/lp/rohingya?utm_source=yahoo&utm_medium=cp

c&utm_campaign=JA_JA_UNHCR_Generic_rohingya

2018 年 10 月 31日閲覧