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⾃転⾞競技の BMX レース種⽬における「スタート」のコーチング研究 コーチング科学研究領域 5014A035-7 松下 研究指導教員:⼟屋 教授 BMX レース競技において勝利するためには、スター ト局⾯で爆発的に⼤きなパワーを発揮し、それによっ て他の選⼿よりも前に出ることが重要であると各国の 選⼿やコーチの間で共通に認識されている。レースで は、スタートで先頭に出ることによって、両サイドの 選⼿の⾛⾏ラインにもマイナスの影響を与えることと なり、最も加速が期待されるスタートヒルにおけるス ピードに⼤きな差が⽣まれる。先⾏研究によると、特 にスタートから最初の 8〜10 秒における順位はゴール の順位と有意な正の相関があり、この特徴に男⼥差は なく、コースのレイアウトや難易度にも関係なくみら れる(Lee R、2014)。スタートから 8〜10 秒の区間 は多くのコースにおいてスタートから1コーナー進⼊ までの時間であり、レースに勝利する為には、スター トで他の選⼿より前に出て、より先頭の順位で1コー ナーに進⼊することが重要であることを⽰している。 実際、2016 年リオオリンピックの男⼦決勝における順 位の変移では、スタートで先⾏した選⼿が1コーナー に先頭で進⼊し、優位にレースを進めていたことがわ かる(図1)。 図1 2016 年リオオリンピック男⼦決勝 国内外で BMX 競技のスタートに関する先⾏研究は少 ないことから、本研究の⽬的は、スタートの運動技術 を明らかにすることと、その技術習得のための練習⽅ 法を考案し、妥当性を被験者への指導で検証し、練習 時のポイントを明らかにすることであった。 本研究では、スタートを①ポジション局⾯、②リア クション局⾯、③準備動作局⾯、④1 漕ぎ⽬局⾯、⑤1 漕ぎ⽬下死点局⾯、⑥2 漕ぎ⽬局⾯、⑦2 漕ぎ⽬下死点 局⾯、⑧3 漕ぎ⽬局⾯と定義し、国内トップ選⼿ 10 名 とリオデジャネイロオリンピック⾦メダリスト 1 名か ら、各局⾯において意識しているコツを記述してもら うアンケート調査を⾏った。この調査の中から抽出さ れた回答者間に共通するコツをまとめ、各局⾯につい て回答されたポイントから共通していたものを技術と した。アンケート調査からは、「姿勢確認技術」、「リ アクション技術」、「前⽅倒れこみ技術」、「ペダリ ング配分技術」、「前⽅維持技術」の 5 つの技術が抽 出され、各技術を習得するための練習⽅法を考案し、 中学 3 年⽣男⼦選⼿へ約 1 ヶ⽉間、週 2 回の計 8 回、 1 回 1 時間程度の指導を⾏った。 姿勢確認技術について、被験者は既に同様の意識を しており、指導前の評価からも確認できたため、指導 中に練習は⾏わなかった。今回の被験者は、中学3年 ⽣男⼦の国内ユース育成選⼿であったことから、被験 者が競技を始めてから、これまで指導を受ける中で3 つの技術ポイントについて意識ができるようになって いたと考えられる。しかし、競技を始めて間も無い選 ⼿や、指導を受けたことの無い選⼿にとってはこれら 1 2 3 4

⾃転⾞競技のBMXレース種⽬における「スタート」 …...転 競技のBMXレース種 における「スタート」のコーチング研究 コーチング科学研究領域

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Page 1: ⾃転⾞競技のBMXレース種⽬における「スタート」 …...転 競技のBMXレース種 における「スタート」のコーチング研究 コーチング科学研究領域

⾃転⾞競技の BMX レース種⽬における「スタート」のコーチング研究

コーチング科学研究領域

5014A035-7 松下 巽 研究指導教員:⼟屋 純 教授

BMX レース競技において勝利するためには、スター

ト局⾯で爆発的に⼤きなパワーを発揮し、それによっ

て他の選⼿よりも前に出ることが重要であると各国の

選⼿やコーチの間で共通に認識されている。レースで

は、スタートで先頭に出ることによって、両サイドの

選⼿の⾛⾏ラインにもマイナスの影響を与えることと

なり、最も加速が期待されるスタートヒルにおけるス

ピードに⼤きな差が⽣まれる。先⾏研究によると、特

にスタートから最初の 8〜10 秒における順位はゴール

の順位と有意な正の相関があり、この特徴に男⼥差は

なく、コースのレイアウトや難易度にも関係なくみら

れる(Lee R、2014)。スタートから 8〜10 秒の区間

は多くのコースにおいてスタートから1コーナー進⼊

までの時間であり、レースに勝利する為には、スター

トで他の選⼿より前に出て、より先頭の順位で1コー

ナーに進⼊することが重要であることを⽰している。

実際、2016 年リオオリンピックの男⼦決勝における順

位の変移では、スタートで先⾏した選⼿が1コーナー

に先頭で進⼊し、優位にレースを進めていたことがわ

かる(図 1)。

図 1 2016 年リオオリンピック男⼦決勝

国内外で BMX 競技のスタートに関する先⾏研究は少

ないことから、本研究の⽬的は、スタートの運動技術

を明らかにすることと、その技術習得のための練習⽅

法を考案し、妥当性を被験者への指導で検証し、練習

時のポイントを明らかにすることであった。

本研究では、スタートを①ポジション局⾯、②リア

クション局⾯、③準備動作局⾯、④1 漕ぎ⽬局⾯、⑤1

漕ぎ⽬下死点局⾯、⑥2 漕ぎ⽬局⾯、⑦2 漕ぎ⽬下死点

局⾯、⑧3 漕ぎ⽬局⾯と定義し、国内トップ選⼿ 10 名

とリオデジャネイロオリンピック⾦メダリスト 1 名か

ら、各局⾯において意識しているコツを記述してもら

うアンケート調査を⾏った。この調査の中から抽出さ

れた回答者間に共通するコツをまとめ、各局⾯につい

て回答されたポイントから共通していたものを技術と

した。アンケート調査からは、「姿勢確認技術」、「リ

アクション技術」、「前⽅倒れこみ技術」、「ペダリ

ング配分技術」、「前⽅維持技術」の 5 つの技術が抽

出され、各技術を習得するための練習⽅法を考案し、

中学 3 年⽣男⼦選⼿へ約 1 ヶ⽉間、週 2 回の計 8 回、

1 回 1 時間程度の指導を⾏った。

姿勢確認技術について、被験者は既に同様の意識を

しており、指導前の評価からも確認できたため、指導

中に練習は⾏わなかった。今回の被験者は、中学3年

⽣男⼦の国内ユース育成選⼿であったことから、被験

者が競技を始めてから、これまで指導を受ける中で3

つの技術ポイントについて意識ができるようになって

いたと考えられる。しかし、競技を始めて間も無い選

⼿や、指導を受けたことの無い選⼿にとってはこれら

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧

1

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧

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① ② ③ ④ ⑤ ⑥

⑦ ⑧

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① ②

④ ⑤ ⑥

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の技術ポイントを指導によって伝えることで、最適な

スタート動作の再現性向上させることに貢献できると

考えられる。

リアクション技術について、本研究でのアンケート

調査からは「⼀つ⽬のシグナル/⾳に反応する」という

技術ポイントが抽出されたが、⼤会が⾏われるコース

によってスタートゲートが倒れるスピードとタイミン

グ、スタートヒル⾓度が異なるため、反応するタイミ

ングを調整している選⼿も多くみられることから、今

後さらなる検討を加えることによって幅広い選⼿への

指導の指標を⽰すことができると考えられる。

前⽅倒れこみ技術については、⾝体が斜め上に伸び

上がるような形で前輪と⼀緒に⼒を上⽅向に逃がして

いるような動きを、スタンディング状態から上肢を前

⽅に倒れ込ませる局⾯のみ⾏う練習と、練習後期には

スタートゲートを使⽤し、「斜め上に伸び上がらずに

ゲート板の裏を⾒るように前に出る」という指導を⾏

った。これによって被験者の動きに改善がみられたこ

とから、この指導は有効であることが考えられる。

ペダリング配分技術については、1漕ぎ⽬から2漕

ぎ⽬に切り替わる際に膝が伸びきり、下死点まで踏み

込んだ反動で⾝体が上後⽅に戻されている動きが確認

され、これによって 2 漕ぎ⽬の踏み込みが遅れている

ことが考えられた。ペダリングの⼒配分と引き⾜の使

い⽅についての感覚を強める為に、強度を落として動

作姿勢を確認するスタンディングスプリントを⾏い、

1漕ぎ⽬から3漕ぎ⽬の⼒配分の意識を向上させるこ

とに加えて、「下まで踏み切らない」、「踏み込み時

の腰の位置を少し下にするように」、「上半⾝で⾝体

をしっかり抑え込む」ことを指導し、動きの改善を⾏

った。その結果、被験者の⾃⼰評価による意識を強調

させることはできたが、実際に1漕ぎ⽬から3漕ぎ⽬

にペダルへ加わった⼒と⽅向、あるいはペダルの踏み

込みと引きつけ時のタイミングと筋活動との関係につ

いては評価していないため、今後の検討課題となる。

前⽅維持技術については、前⽅倒れこみ技術を⾏っ

た後の1漕ぎ⽬から3漕ぎ⽬にかけて「⾝体が後ろに

逃げないように意識し、⾝体は前に持っていく/維持す

る」ための練習として、被験者の腰に輪状のラバーバ

ンドをかけ、後⽅から引っ張った状態で約10m 全⼒

のスタンディングスプリントを⾏った(図 2)。

図 2 前⽅維持技術の練習

「腰が後ろに戻る距離を短く、時間を速くする」、「後

ろに戻った腰を素早く前に出す」ことを指導し練習を

⾏った結果、踏み込み局⾯において、肩の位置がハン

ドルバーの鉛直上⽅向を超える程度にまで動きの改善

が⾒られた。また、この練習によって上肢と体幹部へ

の⼒の⼊れ⽅と、ハンドルを引きつけ⾝体を前⽅で維

持すること、腰を素早く前に出す意識が向上され、踏

み込み時に肩がハンドルバーの鉛直上⽅向を超えるよ

うになり、⾝体を⾃転⾞の前⽅で維持できるようにな

ったことが確認された。

本研究の指導によって、スタートから 10m の最⾼タ

イムと平均タイムに⼤きな変化はなかったが、測定し

た5本におけるタイムのばらつきが減少した。競技会

では、決勝までの全レース通じての⾼いパフォーマン

ス発揮が必要とされ、タイムのばらつきを減少させる

ことは重要であるため、本研究の指導は有意義なもの

であったと考えられる。また、被験者は指導後のイン

タビュー調査において、「練習をする前と⽐べて 1、2、

3 歩⽬のつながりが良くなった。特に⾼いスタートヒル

からのゲートだと練習の成果が良く現れていた」と報

告しており、練習⽅法については、前⽅維持練習を今

後も続けていきたいと回答し、被験者の感覚からも練

習⽅法には効果があり、妥当であったと考えられた。