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特集 富士ゼロックス テクニカルレポート No.26 2017 19 メカニズムに基づく開発プロセスの構築と実践 Establishment and Practice of Mechanism Based Technology Development 富士ゼロックスは、開発生産性の向上、および革新技術を生み 出す風土の醸成を狙いとして、技術開発プロセスを変革しメカニ ズムに基づく開発を行うための枠組みであるTechnology Data and Delivery Management(TD 2 M)を構築して、展開および実 践した。TD 2 Mは当社独自の品質機能展開(Quality Function Deployment:QFD)である「FX-QFD」と、メカニズムに関連 する技術情報を蓄積し活用する「技術ドキュメントアーカイバー」 の2つから構成される。前者は、4軸から成るQFDとメカニズム展 開ロジックツリーを活用してメカニズム思考の共通言語を提供す る仕組みである。後者は、個々の情報に属性をメタ情報として付与 し、ツリー構造を排した完全フラット構造で管理する仕組みであ り、セキュリティーを守りつつ非定型な技術情報を共有、ならびに 活用することを可能にする。本稿ではそれぞれの仕組みを解説す るとともに、開発の業務の中で実践した事例を紹介する。 Abstract In an aim to improve the efficiency of our development and to establish a corporate climate that encourages technological innovation, Fuji Xerox has revolutionized the technology development process by establishing and putting into practice Technology Data and Delivery Management (TD2M), a framework for mechanism-based development. TD2M consists of two major concepts. The first is FX-QFD, Fuji Xerox’s unique style of quality function deployment (QFD) which utilizes a four-axis QFD chart and a mechanism deployment logic tree to provide a common language for communication regarding mechanisms. The second is the Technology Document Archiving System, a management system for documents containing information on mechanisms that assigns attribute tags to individual documents as metadata, allowing for a fully flat document management structure that eliminates the hierarchical tree structure. With this document management system, it is possible to share and utilize indefinite technological information while maintaining security. This paper describes the framework of TD2M as well as the tools, systems, and operations comprising it, introducing case examples of how they have been used in practice in the development process. 執筆者 伊藤朋之(Tomoyuki Ito*1 *2 吉岡 健(Takeshi Yoshioka*1 *1 研究技術開発本部 基盤技術研究所 Key Technology Laboratory, Research & Technology Group*2 開発生産性推進グループ Development Productivity Improvement Promotion Group【キーワード】 TD 2 M、メカニズムに基づく開発、品質機能展 開、4軸QFD、メカニズム展開ロジックツリー、 技術属性情報、完全フラット管理 KeywordsTechnology Data and Delivery Management, mechanism-based development, quality function deployment, four-axis QFD, mechanism deployment logic tree, technological attribute, fully flat document management

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特集

富士ゼロックス テクニカルレポート No.26 2017 19

メカニズムに基づく開発プロセスの構築と実践

Establishment and Practice of Mechanism Based TechnologyDevelopment

要 旨

富士ゼロックスは、開発生産性の向上、および革新技術を生み

出す風土の醸成を狙いとして、技術開発プロセスを変革しメカニ

ズムに基づく開発を行うための枠組みであるTechnology Data

and Delivery Management(TD2M)を構築して、展開および実

践した。TD2Mは当社独自の品質機能展開(Quality Function

Deployment:QFD)である「FX-QFD」と、メカニズムに関連

する技術情報を蓄積し活用する「技術ドキュメントアーカイバー」

の2つから構成される。前者は、4軸から成るQFDとメカニズム展

開ロジックツリーを活用してメカニズム思考の共通言語を提供す

る仕組みである。後者は、個々の情報に属性をメタ情報として付与

し、ツリー構造を排した完全フラット構造で管理する仕組みであ

り、セキュリティーを守りつつ非定型な技術情報を共有、ならびに

活用することを可能にする。本稿ではそれぞれの仕組みを解説す

るとともに、開発の業務の中で実践した事例を紹介する。

Abstract

In an aim to improve the efficiency of our development and toestablish a corporate climate that encourages technologicalinnovation, Fuji Xerox has revolutionized the technologydevelopment process by establishing and putting into practice Technology Data and Delivery Management (TD2M), a frameworkfor mechanism-based development. TD2M consists of two major concepts. The first is FX-QFD, Fuji Xerox’s unique style of quality function deployment (QFD) which utilizes a four-axis QFD chart and a mechanism deployment logic tree to provide a common languagefor communication regarding mechanisms. The second is theTechnology Document Archiving System, a management systemfor documents containing information on mechanisms that assigns attribute tags to individual documents as metadata, allowing for afully flat document management structure that eliminates thehierarchical tree structure. With this document managementsystem, it is possible to share and utilize indefinite technological information while maintaining security. This paper describes theframework of TD2M as well as the tools, systems, and operationscomprising it, introducing case examples of how they have beenused in practice in the development process.

執筆者 伊藤朋之(Tomoyuki Ito)*1 *2 吉岡 健(Takeshi Yoshioka)*1 *1 研究技術開発本部 基盤技術研究所

(Key Technology Laboratory, Research & Technology Group) *2 開発生産性推進グループ (Development Productivity Improvement Promotion Group)

【キーワード】

TD2M、メカニズムに基づく開発、品質機能展

開、4軸QFD、メカニズム展開ロジックツリー、

技術属性情報、完全フラット管理

【Keywords】

Technology Data and Delivery Management, mechanism-based development, quality function deployment, four-axis QFD, mechanism deployment logic tree, technological attribute, fully flat document management

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特集

メカニズムに基づく開発プロセスの構築と実践

20 富士ゼロックス テクニカルレポート No.26 2017

1. はじめに

電子写真技術を用いた複写機やプリンターは帯電、露光、現

像、転写、定着、クリーニングを基本とする複数のサブシステ

ムから構成されており、その開発は各サブシステムが並行開発

を行って統合する典型的なすり合わせ型開発である。また、放

電、粉体流動、樹脂溶融など、メカニズムを把握しにくい物理

現象が複合的に作用することもあり、技術を開発して商品とし

て完成されるまでの過程で問題が発生しやすい。

一般に商品の開発は、技術を創出して確立する技術開発と、

技術を商品として成立させる商品開発から成る。技術の発展が

著しい時代には、要素技術の開発が完了してから商品開発をス

タートする、「シリアル開発」が一般の開発形態であった。しか

し近年は商品サイクルの短期化に伴って、技術開発の完了前に

商品の開発が始まる「コンカレント開発」が常態化している(図

1)。コンカレント開発は納期短縮には有効であるが、確立前の

技術には素性が明確でない点が多く、一度問題が起これば予期

せぬ形で波及して、商品開発スケジュールに多大なインパクト

をもたらすリスクがある。また、商品開発からの納期要求はそ

のまま技術開発への圧力となり、即時の結果を要求する風潮を

生みやすい。そのために、素性の解明が不十分なままで技術開

発を進める傾向が生じれば、それが納期要求をさらに厳しくす

るという悪循環に陥りやすい。

また、電子写真技術が普及し始めてから数十年が経過した現

在、技術の成熟をリードしてきたベテラン技術者が次々と引退

している。さらに人材ローテーション、アウトソーシングなど、

人的資源の移動を伴う経営施策の活性化の影響もあり、属人化

した技術資産の消失が無視できない影響をもたらしつつある。

このことも、技術開発の難しさを助長している。

以上のような背景から、技術開発の生産性を高めるための、

プロセス変革が要求されていた。

次に事例として、富士ゼロックスの技術開発で実際に発生

した問題について述べる。開発していた技術は、ベルトをロー

ラーに懸架して駆動し、対となるローラーとの間でニップを形

成して用紙上のトナーを加熱および加圧する定着器である。

定着器では、用紙と接触する部材が柔軟なほど用紙表面の凹

凸に追従して変形するため、熱と圧力の伝達が容易になり、定

着性能が向上する。そこでこのベルト定着技術の開発では、ベ

ルトの弾性層を厚くし、柔軟性を確保することを検討した(図

2)。コンカレント開発の影響で、ベルトを試作して網羅的な品

質確認をする時間的な余裕がなく、想定される問題点を抽出し

て個別検討し、問題なしと判断して技術開発を進めた。

しかし、開発途中でベルト表面層の損傷、用紙しわ、画質む

らなどの問題が発生した。過去に蓄積された知見を参照したが

有効な手立てを発見できず、現象のメカニズム解明活動を行い、

問題がこの厚膜ベルトに起因することを解明した。ローラーに

懸架した部分でベルトが湾曲すると表面が伸長するが、厚膜化

によってその伸び量が大きくなり、表面層劣化と表面の局所的

速度変化が発生したことが原因であった。

同様の問題を事例分析した結果、技術開発の生産性を阻害す

る要因を次の3つに集約できるという結論を得た。

(1) 開発の手戻り

予期せぬトラブル発生によって、開発の一部または全体

のやり直しが頻繁に発生することがある。これは、技術

の素性が十分に把握できていない状態で、部分最適的な

開発を行ったときに頻繁に発生する問題である。その状

態で打った対策はさらに予期せぬ影響の波及を招く。二

次障害の連鎖は、開発の納期やコストに多大なインパク

トを与える。

(2) 開発の重複

技術情報が適切に蓄積ならびに活用されていなければ、

過去に検討したことを重複して実施する結果となり、生

産性が低下する。時間が経過すればデータや知見が存在

した記憶すら曖昧になり、意識せずに類似の検討を繰り

返すことにもなる。上記のような問題は認知されにくく、

繰り返すと潜在的に企業の体力を消耗させる結果となる。 図1 シリアル開発とコンカレント開発

図2 定着ベルトの厚膜化

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メカニズムに基づく開発プロセスの構築と実践

富士ゼロックス テクニカルレポート No.26 2017 21

(3) 開発の遅滞

開発を効率的に進めるためのツールや手法は多くあり、

当社においても専門の部署がその構築および展開に当

たっている。しかし、技術者がそれらのツールや手法の

特徴を理解して、適切な場面で活用しなければ、十分な

効果を発揮できない。また、たとえばシミュレーション

結果を論理的思考なしに受け入れる、機能を考えず直交

実験を行う、などの行為は生産性を阻害することもあり

うる。

以上のような背景から、2010年代初頭より当社においては

技術開発の生産性を高めるためのプロセス変革が求められて

いた。商品開発や製造のプロセスを適正化、効率化するための

仕組みは、DRBFM*1、FMEA*2など数多く普及しているが1)、

上記のような技術開発プロセスの課題を解決するには、独自の

仕組みを構築する必要があった。その要求に応えるべく、以下

に述べる Technology Data and Delivery Management

(以下、TD2M)を構築し、開発生産部門の横断活動である「メ

カニズムに基づく開発」の中で展開を進めてきた。

2. 課題解決のフレームワーク

TD2Mは前章で述べた3つの阻害要因に対応した3つの施策

が互いを補完するフレームワークから成る。

2.1 メカニズムの可視化による手戻り撲滅

手戻りの原因となる予期せぬトラブルは、設計変更の波及効

果について理解が不十分なときに発生することが多い。技術者

は現象のメカニズムを理解して技術開発を進めようとするが、

理解できたか否かの判断は一般には技術者の主観に委ねられ

ている。そのため、理解できたと判断しても不十分である場合

や、理解が不十分なまま先を急ぐ判断をする場合がある。また、

技術開発メンバー間で共通の理解をしたつもりでも実際には

認識が異なる場合や、若手に技術を伝承したつもりでも理解が

不十分なままになるなどの問題も起こりやすい。

重要なことは、技術者が「何をもってメカニズムが理解でき

たと判断するか」の共通認識を持ち、メカニズムを記述するた

めの共通言語を持つことである。その共通の枠組みを提供し、

方法論、ツール、体制の面から支えるのが当社独自の品質機能

展開2)のFX-QFD*3である。FX-QFDは主に4軸品質機能展開

(4軸QFD)とメカニズム展開ロジックツリーから成る。

4軸QFDはメカニズムの記述に必須の要因を4階層に構成

することで、設計項目と品質の因果関係、および二次障害の原

因となる品質間の相互作用を簡潔に可視化するための仕組み

である。またメカニズム展開ロジックツリーは、主観への依存

度が高い通常のロジックツリーとは異なり、着目した品質の発

現メカニズムを演繹的に可視化し、因果関係を確実に漏れダブ

りなく記述するための仕組みである。

2.2 知見の蓄積活用による重複排除

図3は、技術が創出され、商品となり市場に流通するまでの

過程(左から右)の中で、生成される技術ドキュメントを類型

化した結果である。商品開発から製造以降にかけては、連番や

フォルダー構造による管理が容易な定型ドキュメント(水色)

が多い。一方、技術を創出して確立する左側の領域では、多く

の商品や組織が関係し、フォルダー構造のみによる管理が困難

な不定型ドキュメント(薄紫色)が多い。これらの不定形情報

が、メカニズムを理解するための知見の源泉であるが、その多

くが図表や実験データに記述されていることもあり、全文検索

のみで情報を抽出しにくく、属人化しやすい。また、技術の根

幹を支える情報は多くの開発部門で共有しなければならない

が、一方でセキュリティーを担保しなければならないという困

難さがある。情報の層別の仕方、利用の形態は部門ごとに特徴

があり、その差異を吸収して幅広い使われ方に備える必要もある。

これらの課題を解決するべく、技術属性情報に基づく完全フ

ラット管理という考え方で構築されたのが、技術ドキュメント

アーカイバーである。

図3 開発プロセスの中で生まれる技術情報 *1 DRBFM:Design Review Based on Failure Mode *2 FMEA:Failure Mode and Effect Analysis *3 QFD:Quality Function Deployment

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特集

メカニズムに基づく開発プロセスの構築と実践

22 富士ゼロックス テクニカルレポート No.26 2017

2.3 ツールや手法活用によるプロセス短縮

開発効率化のためのツールや手法が適切に活用できない要

因は、複数考えられる。まず、ツールや手法の存在や利用法が

広く認知されていなければならない。そのためにはさまざまな

ツールや手法を一元的に俯瞰でき、各々が活用法の情報とひも

づけられている情報のポータルが役に立つ。また、利用法を

知っていても、開発行為の中ではその適用場面を見落としがち

であり、仮に気づいたとしても適用方法の検討に時間がかかっ

たのでは、効果が得られない。適用場面に気づき、適用の仕方

を知るには、日々の開発行為で利用する情報が、適用事例や、

使用したデータとひもづけられていると効果的である。さらに、

ツールや手法を適切に利用して生産性を向上するためには、対

象とする現象のメカニズムを十分に把握していることが望ま

しい。

TD2Mでは、上述のFX-QFDと技術ドキュメントアーカイ

バーの活用によって、以上の課題を解決に導けると考えた。技

術ドキュメントアーカイバーにツールや手法の情報を蓄積し

て、FX-QFDに集約された知見と適切なひもづけをすることで、

日常の開発業務の中でそれらの利用場面に対する気づきを与

え、利用法についての知識を周知できる。また、FX-QFDによっ

て、現象のメカニズムを可視化すれば、シミュレーションの前

提を理解し、認識を共有しながら開発を進められる。品質工学3)

においては物理量を因子や外乱と捉え、機能を特性値とするこ

とで、入出力関係を明確にするためのガイドとなる。

ツールや手法活用によるプロセス短縮は、FX-QFDと技術ド

キュメントアーカイバーを仕組みとして活用することで実現

できることを述べた。一方、FX-QFDは技術ドキュメントアー

カイバーと連動していることで技術のポータルとして機能し、

技術ドキュメントアーカイバーはFX-QFDとひもづいている

ことで、日々の開発業務で活用できる。また、FX-QFDと技術

ドキュメントアーカイバーは、それぞれがツールや手法と連携

することで効率化に寄与し、本来の機能を発揮できる。すなわ

ち、これら3つの施策はそれぞれが技術開発の生産性を向上す

るとともに、互いを補完する関係ともなっている。次章で、

TD2Mの主要な仕組みである、FX-QFDと技術ドキュメント

アーカイバーを解説する。

3. TD2Mの仕組み-1 FX-QFD

3.1 4軸QFD

現象のメカニズムを理解することは、原因と結果を関係づけ

る「なぜ」を余すところなく理解することと言える。一般に、

製品の品質を発現する機能は多くの物理現象から成っており、

因果関係を「なぜ」と一言で記述できることは稀である。しか

し、メカニズムを大局的に捉えると、設計の構成や設計値の変

化が物理特性の変化となって現れ、物理特性の変化が機能発現

の変化となって現れ、機能発現の変化が品質の変化となって現

れるという3種類の関係で記述できる場合が多い。品質機能展

開では、品質と機能の関係、機能と設計の関係などを、2軸の

マトリックスで表すのが一般的であるが、FX-QFDではこれら

「品質」-「機能」-「物理」-「設計」の4つの要因を共通言語

として開発を進めるために、図4に示した4軸QFD表を用いる

こととした。

担当者や部門が異なっていても同じ論理で思考をガイドし、

相互の議論を経て4軸QFD表ができるように、どの工程の業務

でも適用可能な包括的な4軸の定義を明文化した。FX-QFDは

技術の開発を主眼において構築された仕組みであるが、技術は

商品開発、生産部門に至るまで、あらゆる技術系部門で生まれ、

受け渡されていく。したがって、4つの軸は共通の定義を持ち

ながらも、業務内容によってカスタマイズが可能であるととも

に、複数の部分システムの4軸QFD表を合成することで、部分

システム間の相互作用が可視化できることが重要である。さら

に、たとえば製造部門のアウトプットである部品品質が、シス

テム開発部門のインプットである設計項目である場合は、製造

部門の「部品品質」軸が、システム設計のインプットである「設

計」軸と対応可能である必要がある。上記の課題を解決し、検

証するための研究会を社内に立ち上げて、さまざまな部門とコ

ミュニケーションしながら方法論を精査した。

一般に、4軸QFDの1軸(品質)と4軸(設計)の項目は開発

を開始する時点で既知であるが、2軸(機能)と3軸(物理)の

項目を選定するには時間と労力を要する。しかし、開発部門で

は「2軸、3軸が記述でき、1軸、4軸との関係性を可視化でき

ていなければ、メカニズムを理解できたとは言えない」との認

識が浸透しつつある。既知のメカニズムだけでなく、解明で

図4 4軸QFD表

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特集

メカニズムに基づく開発プロセスの構築と実践

富士ゼロックス テクニカルレポート No.26 2017 23

きていないメカニズムを共通認識として可視化することも

重要であり、それがこの4軸QFDの価値でもある。

3.2 メカニズム展開ロジックツリー

4軸QFDはメカニズムのエッセンスを俯瞰し、二次障害の原

因となる多くの設計項目と品質の間の相互作用を可視化する

ために有効な仕組みである。しかし、因果関係を4階層で表現

する必要があるため、メカニズムの網羅的な記述には不向きで

ある。また上述したように、4軸QFDの「物理」や「機能」の

項目を抽出するためのガイドが必要になることが多い。そこで、

着目した品質のメカニズムを網羅的に可視化して理解するた

めの仕組みとしてメカニズム展開ロジックツリーを採用した

(図5)。一般の品質機能展開では、たとえば機能展開を行って

機能軸の要素を抽出するなど、各軸の項目を抽出するためのツ

リー展開を行うが、FX-QFDでは、品質のロジックツリーを展

開することで、すべての軸(品質、機能、物理、設計)の項目

を抽出する。

ロジックツリーは、さまざまな事象を対象として、要因間の

因果関係の構造を可視化するためのロジカルシンキング4)の

ツールの一つであり、要因を記述した図形を線で接続すること

で樹形図を構成する。ロジックツリーを作成するときは、漏れ

や重複がない(MECE*4である5))ことが重要とされている。

しかし、MECEか否かの判断は作成者の主観に委ねられており、

MECEなロジックツリーの作成法が十分に確立されていると

は言いがたい。メカニズム展開ロジックツリーの狙いは、誰が

見てもメカニズムを納得できること、および4軸QFD作成のガ

イドを得ることに加えて、メカニズム仮説検証を効率化するこ

とである。仮説が構造化されていない場合、作業者は経験と勘

に基づいて導いた仮説を検証し、棄却されると再度別の仮説を

検討するというプロセスを繰り返す。MECEに構造化され可視

化された仮説があれば、効果的な仮説検証のポイントを発見で

き、仮説を棄却することで真因を絞り込む効率的な原因追及が

できる。

3.3 ITツール

FX-QFDを支える主なITツールには、「4軸QFDインター

フェイス」と「MDLT*5作成変換ツール」がある。

「4軸QFDインターフェイス」は4つの軸の位置を移動せず

にマトリックスをスクロールすることで、4軸QFD表を扱いや

すくしたユーザーインターフェイスになっている。また、各軸

の項目や因果関係を示す記号を、技術ドキュメントアーカイ

バーに格納した技術情報にリンクすることができる。この仕組

みにより、因果関係の根拠となるデータや、評価ツールを4軸

QFD表とひもづけることができる。4軸QFD表を開発で活用す

る際に、知見が蓄積されるにつれて表が肥大化して視認性が低

下し、作成も閲覧も困難になる場合がある。そこで、「4軸QFD

インターフェイス」では、任意の軸の着目する項目を選択する

ことで、その項目に関係する項目に限定して抜粋した、コンパ

クトな4軸QFD表を自動生成するとともに、個別に作成および

編集した4軸QFD表を1つの表に合成する機能を持つ。また、

任意の項目を選択することで、因果関係がある他の軸の項目を、

その関係の強さで重みづけし、色づけすることが可能である。

これらの機能により、品質を改善するために有効な設計項目を

俯瞰したり、設計項目の変更によって発生しうる二次障害を抽

出することが可能となる。

「MDLT作成変換ツール」はロジックツリーの作成を支援す

るツールである。要因を示す図形を追加する、図形間の因果関

係を表す矢印を描画する、など基本的な樹形図作成支援機能が

備わっている。特徴的なのは4軸QFD表の各軸と要因の対応関

係を指定することで、4軸QFD表を自動作成する機能である。

変換によって作成した4軸QFD表は、「4軸QFDインターフェ

イス」に読み込ませ、他の表と合成することができる。

3.4 運用

FX-QFDの仕組みはロバストな品質を達成する技術を開発

するために有効ではあるが、メカニズムを明確化し、記述する

のに相応の労力を要する。そのため、技術者個人の自主性に依

存した展開は難しく、FX-QFDを各部門の組織としての業務に

位置づける活動を推進している。技術開発の中で効果的に活用

している例として、開発フェーズの移行時に4軸QFD表の作成

図5 メカニズム展開ロジックツリー

*4 MECE:Mutually Exclusive Collectively Exhaustive *5 MDLT:Mechanism Deployment Logic Tree

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特集

メカニズムに基づく開発プロセスの構築と実践

24 富士ゼロックス テクニカルレポート No.26 2017

を必須としている部門もある。

特に4軸QFD表は作成の難易度が高いため、社内教育コース

を設置して普及を推進している。本コースは座学のあとに実際

に4軸QFD表を作成し、簡易な実験装置で効果を確認する内容

で構成されている。また、相談会を開催して、日常的に技術者

の支援を実施している。

4. TD2Mの仕組み-2

技術ドキュメントアーカイバー

2.2節に述べた一連の課題を解決し、技術開発を中心に生成

されるメカニズムに関連する技術情報を蓄積および活用する

ための仕組みが、技術ドキュメントアーカイバーである。

4.1 属性ベース完全フラット管理

情報の管理は多くのシステムで、ツリー状のフォルダー構造

を構築することで実施されている。しかし前述したように、メ

カニズムに関連する情報は、ツリー構造に依存した管理をする

と破たんする場合がある。また、メカニズムを基軸として技術

情報を管理するためには、前述のFX-QFDとひもづけた管理を

することが望ましい。

そこで、技術ドキュメントアーカイバーでは技術情報個々に

属性をメタ情報として付与したうえで、敢えて情報を完全なフ

ラット構造で管理する方法を選択した。属性情報が確実に付与

されていれば、ツリー構造が破たんする懸念がなく、長期にわ

たって情報を適切に管理することが可能となる。しかしながら、

メタ情報として与える属性に一貫性がないと、有効な情報管理

が困難になる。そこで、属性は『品質名』、『ファイルフォーマッ

ト』など、カテゴリーに相当する「属性名」と、『画質むら』、

『テキストファイル』などの属性の内容に相当する「属性値」

の組み合わせで構成した。さらに、どの技術系業務でも共通し

て使える属性名の体系を構築した。

4軸QFD表の4つの軸を属性名として定義することで、メカ

ニズムに基づく情報の管理および抽出が可能となった。また、

属性情報へのアクセスをオープンにし、情報の中身に対するア

クセスを権限管理することで、情報の共有とセキュリティー管

理の両立を実現した。

4.2 ITツール

図6に、技術ドキュメントアーカイバーの画面を示す。右側

の各々のボックスが1セットの技術情報となっており、セット

中に任意のファイルを複数格納できる。ドリルダウンメニュー

で属性情報を用いた絞り込みが可能であり、絞り込んだうえで

全文検索をするなど、柔軟な検索機能を具備している。

属性体系を構築すると、属性名の数が増加し、扱いが困難に

なる。そこで、自組織で使う属性名に限定して表示するととも

に、組織内で使用する属性値をリスト化して表示できる、「属性

セット」の仕組みを備えている。この仕組みによって、組織ご

とに使用する属性をカスタマイズし、情報の蓄積共有が効果的

に機能するようにした。また属性セットをエクスポート、イン

ポートする機能も有している。属性セットを他組織に展開する

ことで、組織間の情報共有を促進することが可能となる。

本仕組みを活用するうえでの大きな課題は、ユーザーが属性

を付与して情報を格納することに心理的抵抗を感じることに

ある。この課題の解決は非常に困難であるが、ドラッグ&ド

ロップで簡易に格納できるツールや、情報をリスト管理するこ

とで一括格納できる仕組みを提供して、格納を促進している。

4.3 運用

多くの開発部門では、部門内の情報共有サーバーを運用し、

情報を共有している。よって、本システムによる新たな情報共

有の仕組みを導入する場合には、その必要性について理解を得

て、合意形成しながら展開を進める必要がある。特に、組織編

成に依存しない会社全体での技術情報共有の促進、不定型情報

の管理の難しさについて理解を得ることが重要である。

個々の技術者にとっては、技術情報を格納しても自身に対す

る即効性のある利益は少ないことが多い。したがって、展開に

あたっては、できるだけ格納の利便性を高めるとともに、会社

組織としての合意を得て部門ごとのルール作りや支援をする

など、運用面のきめ細かいサポートが不可欠である。

図6 技術ドキュメントアーカイバーの画面

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特集

メカニズムに基づく開発プロセスの構築と実践

富士ゼロックス テクニカルレポート No.26 2017 25

5. 事例

本章では、TD2Mの仕組みを活用したメカニズムに基づく開

発で効果を上げた事例について述べる。

5.1 FX-QFDの活用事例

熟練を必要とする難易度の高い開発業務の一つに樹脂成型

がある。樹脂成型では一般に2つの金型を合わせてできる空洞

に溶融した樹脂を注入し、硬化後に金型を分けて部品を取り出

す。しかし、空洞の形状を適切に設計しなければ、金型が抜け

ない、部品が破損するなどの問題が起こる。また、樹脂が硬化

するときに収縮するため、成型後に反りが発生することが多く、

これを防止するために複雑な設計が必要となる。よって、技術

者の勘と経験ができばえを大きく左右し、技術の伝承が難しい。

特に近年は低コスト化のためにさまざまな技術を盛り込んだ

金型が多くなっている。2つの部品から成っている部材を一体

にして成型する技術はその一つであるが、試行錯誤を多く必要

とするために技術の作り込みに長い期間を要していた。

そこで、金型技術を開発する部門にFX-QFDを導入し、メカ

ニズム展開ロジックツリーを作成して成型時の反りのメカニ

ズムを検討するとともに、因果関係を4軸QFD表で表した。こ

の検討の結果、物理特性ベースで適切な制御因子を抽出すると

ともに、樹脂流動シミュレーションで評価が可能な特性値を導

くことができ、シミュレーションを活用した品質工学的なアプ

ローチによって、反りを最小化して二次障害の発生がない最適

な設計パラメーターを決定できた(図7)。この設計は難易度が

高く試行錯誤が必要なため、従来はすべての工程を完了するま

でにベテランでも1年以上の期間を要することがあった。FX-

QFDを用いたメカニズムに基づく開発を進めたことで、試行錯

誤や手戻りがなくなり、入社4年めの若手技術者が6か月で設

計を完了して、目標としていた大幅なコストダウンを達成できた。

5.2 技術ドキュメントアーカイバーの活用事例

技術ドキュメントアーカイバーによって、メカニズム解明に

必須である材料解析のデータベースを構築した事例を紹介す

る。材料解析はさまざまな分析装置を活用してナノからミクロ

の組成分析や形態観察を行い、現象のメカニズムや、トラブル

の原因を解明する技術であり、解析の結果は報告書として作成、

保管している。従来は部門内のサーバーで管理してきたが、技

術ドキュメントアーカイバーの仕組みを活用して蓄積、共有を

進めた。属性体系から材料解析関係の情報を層別するのに適し

た、『ツール・装置』、『品質・トラブル名』、『部品・部材』など

の属性名と、個々の属性名に対応した属性値を選定して属性

セットを作成し、この属性セットを活用して技術ドキュメント

アーカイバーに分析報告書を格納している。この分析報告書は

他部門の技術情報と混在した状態でフラット管理されている

が、『狙い・テーマ名』として「材料解析」という属性の付与さ

れた情報に限定することで、材料解析のデータベースとなる。

ユーザーは、本属性セットをインポートすることで、どの属性

で情報を絞り込めばよいかが瞬時に理解できる。従来はフォル

ダー構造で管理していたため、まず最上位のフォルダーで対象

とする材料解析手法を絞り込んだうえで、サブフォルダーをた

どって情報を探す必要があった。しかし、属性管理によって、

たとえば『品質・トラブル名』が「破断」で、かつ『部品・部

材』が「ベルト」である情報に絞る、などの使い方をすること

で、材料解析手法を横断した自在な切り口での情報の絞り込み

が可能になり、蓄積した情報の活用範囲が広がった。

技術ドキュメントアーカイバーは情報をフラット管理する

が、組織や活動を識別する属性を付与することで、対象とすべ

き情報に限定した技術情報のリポジトリを実現できる。また、

特段の処理をせずに組織間の情報共有も可能である。たとえば、

破断トラブルが発生した際に、『品質・トラブル名』が「破断」、

『ツール・装置』が「SEM」という絞り込みをすれば、自部門

の情報と併せて、上記の材料解析の情報が同様に表示される。

6. おわりに

技術開発プロセス変革のため、メカニズムに基づく開発を推

進するべく、技術開発の生産性を阻害する課題を解決するため

TD2Mを構築した。TD2Mは、FX-QFDと技術ドキュメント

アーカイバーを主な仕組みとして、メカニズム可視化による手

戻り撲滅、知見の蓄積活用による重複排除、ツール・手法活用

によるプロセス短縮の3つを連動させる枠組みである。

プロセス変革の仕組みは、組織的な活動に位置づけて推進し

なければ、風土として根づかせるのは難しい。当社では2016

年度から開発生産性推進グループを発足して、TD2Mを活用し、

FX-QFDに、品質工学、シミュレーションを加えた3つの手法

を駆使した「メカニズムに基づく開発」を推進している。

図8に、横軸に開発へのインプットであるリソース、縦軸に

図7 金型設計への適用事例(歪みを10倍に拡大)

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特集

メカニズムに基づく開発プロセスの構築と実践

26 富士ゼロックス テクニカルレポート No.26 2017

アウトプットである価値およびパフォーマンスを取って、メカ

ニズムに基づく開発の効用の概念を示した。メカニズムに基づ

いて開発を進めると、直接的には①の逐次改善プロセスから、

②の開発効率化プロセスへと進化することができ、インプット

に対するアウトプットの傾きを大きくすることができる。しか

し、さらに狙うべきは技術者全員が共通言語で機能発現メカニ

ズムを議論し、突き詰めることによって生まれる③の革新プロ

セスであると考え、さらなる方法論、ツール、支援体制の構築

を進めていく。

謝辞

TD2M構築にあたり、品質機能展開のご指導をいただきまし

た、中京学院大学の大藤正先生に深く御礼申し上げます。

参考文献

1) 大藤 正:知の巡りをよくする手法の連携活用―サービス・製品の価値を高

める価値創生プロセスのデザイン, 日本規格協会, (2014).

2) 大藤 正:QFD―企画段階から質保証を実現する具体的方法, 日本品質管理

学会, 日本規格協会, (2010).

3) 立林和夫: 入門タグチメソッド, 日科技連出版社, (2004).

4) 齋藤嘉則:問題解決プロフェッショナル「思考と技術」, 株式会社グロービ

ス(監修), ダイヤモンド社, (1997).

5) バーバラ・ミント: 考える技術・書く技術, 山崎康司, グロービス・マネジメ

ント・インスティテュート(監修), ダイヤモンド社, (1999).

筆者紹介

伊藤朋之 開発生産性推進Gおよび研究技術開発本部 基盤技術研究所に所属

専門分野:物理モデリング、シミュレーション、メカニズム解析

吉岡 健 研究技術開発本部 基盤技術研究所に所属

専門分野:知識処理、技術経営

図8 メカニズムに基づく開発と技術革新の関係