8
食品安全行政における世界的傾向としては、国 民の健康保護が最も重要であるとし、科学に基づ く判断、後始末より未然防止に重点を置くように なってきている。食品の安全性を向上させ、消費 者の食に対する信頼をさらに高めるためには農場 から食卓までの安全確保のリスク管理措置を講じ ることが重要である。生産現場は衛生管理をより 一層向上させ、悪影響の起きる可能性の低減をつ うじて安全な食品を作ることが基本であるとされ ている。 そのような傾向の中、東京都では、動物由来感 染症監視体制整備事業(食の安全・消費者の信頼 安心確保対策推進交付金)において腸管出血性大 腸菌 O157 を毎年継続検査してきた。近年、O26、 O111 等 O157 以外の血清型による集団食中毒の発 生があり、O157 を含む日本における主要 7 血清 型についても検査の必要性が問われている。しか し、複数種類の血清型を検査するには時間・労力・ 経費が非常にかかる。そこでリアルタイム PCR を 活用した複数種類の血清型の腸管出血性大腸菌検 査の検討を行った。 材料と検査方法 材料は腸管出血性大腸菌 O157 株(VT1/VT2 株、 VT1株、VT2株)、O26株、O103株、O111株、O121株、 O145 株、O165 株(日本における腸管出血性大腸 菌主要7血清型)を用いた。 検査方法は糞便を材料とした遺伝子抽出方法 について熱抽出法・簡易遺伝子抽出法(タカラ SimplePrep reagent for DNA) ・インスタジー リアルタイム PCR を活用した腸管出血性大腸菌検査 ○吉崎 東京都では腸管出血性大腸菌 O157 を毎年継続検査してきたが、近年、O157 以外の O26、O111 等の集 団食中毒の発生があり、他の血清型についても検査の必要性が問われてきている。しかし、複数種類の 血清型を検査するには時間・労力・経費が非常にかかると思われた。そこでリアルタイムPCRを活用 した複数種類の血清型の腸管出血性大腸菌検査の検討を行った。 材料は日本における腸管出血性大腸菌主要7血清型株を用いた。まず糞便からの遺伝子抽出方法につ いて検討を行い、一次スクリーニングはリアルタイムPCR(TaqManプローブ法)を用いた VT1/VT2/ eae 遺伝子による 3 種同時スクリーニングの検討を行った。二次スクリーニングは血清型を調べるリア ルタイム PCR、マルチプレックス PCR によるスクリーニングを検討した。スクリーニング選定後の菌の 分離については複数の選択培地を使用し、分離培養方法を比較検討した。 菌株により VT 遺伝子の保有・非保有、eae 遺伝子の保有・非保有の状況が異なるため、VT1/VT2/eae の 3 種類の遺伝子を使用したスクリーニングを行うことが必要と思われた。リアルタイム PCR を活用した VT1/VT2/eae のスクリーニング及び血清型のリアルタイム PCR・マルチプレックス PCR のスクリーニングでは遺伝子を 特異的に検出することができた。スクリーニング後の選択培地での分離培養で、効率的に主要 7 血清型 の腸管出血性大腸菌の分離が可能になるのではないかと思われた。分離個体・農場を把握することで腸 管出血性大腸菌における対策が進むと思われた。 - 27 - 平成26年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2016)

8 リアルタイムPCRを活用した腸管出血性大腸菌検査‰²素FAMを用い増幅を行い、3種遺伝子同時スク リーニングを実施した。蛍光色素は機械のフィル

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 8 リアルタイムPCRを活用した腸管出血性大腸菌検査‰²素FAMを用い増幅を行い、3種遺伝子同時スク リーニングを実施した。蛍光色素は機械のフィル

食品安全行政における世界的傾向としては、国

民の健康保護が最も重要であるとし、科学に基づ

く判断、後始末より未然防止に重点を置くように

なってきている。食品の安全性を向上させ、消費

者の食に対する信頼をさらに高めるためには農場

から食卓までの安全確保のリスク管理措置を講じ

ることが重要である。生産現場は衛生管理をより

一層向上させ、悪影響の起きる可能性の低減をつ

うじて安全な食品を作ることが基本であるとされ

ている。

そのような傾向の中、東京都では、動物由来感

染症監視体制整備事業(食の安全・消費者の信頼

安心確保対策推進交付金)において腸管出血性大

腸菌 O157 を毎年継続検査してきた。近年、O26、

O111 等 O157 以外の血清型による集団食中毒の発

生があり、O157 を含む日本における主要 7血清

型についても検査の必要性が問われている。しか

し、複数種類の血清型を検査するには時間・労力・

経費が非常にかかる。そこでリアルタイム PCRを

活用した複数種類の血清型の腸管出血性大腸菌検

査の検討を行った。

材料と検査方法

材料は腸管出血性大腸菌 O157 株(VT1/VT2 株、

VT1 株、VT2 株)、O26 株、O103 株、O111 株、O121 株、

O145 株、O165 株(日本における腸管出血性大腸

菌主要7血清型)を用いた。

検査方法は糞便を材料とした遺伝子抽出方法

について熱抽出法・簡易遺伝子抽出法(タカラ

SimplePrep reagent for DNA) ・インスタジー

8 リアルタイム PCR を活用した腸管出血性大腸菌検査

○吉崎 浩

要   約

東京都では腸管出血性大腸菌 O157 を毎年継続検査してきたが、近年、O157 以外の O26、O111 等の集

団食中毒の発生があり、他の血清型についても検査の必要性が問われてきている。しかし、複数種類の

血清型を検査するには時間・労力・経費が非常にかかると思われた。そこでリアルタイムPCRを活用

した複数種類の血清型の腸管出血性大腸菌検査の検討を行った。

材料は日本における腸管出血性大腸菌主要7血清型株を用いた。まず糞便からの遺伝子抽出方法につ

いて検討を行い、一次スクリーニングはリアルタイムPCR(TaqManプローブ法)を用いた VT1/VT2/

eae 遺伝子による 3種同時スクリーニングの検討を行った。二次スクリーニングは血清型を調べるリア

ルタイム PCR、マルチプレックス PCR によるスクリーニングを検討した。スクリーニング選定後の菌の

分離については複数の選択培地を使用し、分離培養方法を比較検討した。

菌株により VT 遺伝子の保有・非保有、eae 遺伝子の保有・非保有の状況が異なるため、VT1/VT2/eae

の 3 種類の遺伝子を使用したスクリーニングを行うことが必要と思われた。リアルタイム PCR を活用した

VT1/VT2/eae のスクリーニング及び血清型のリアルタイム PCR・マルチプレックス PCR のスクリーニングでは遺伝子を

特異的に検出することができた。スクリーニング後の選択培地での分離培養で、効率的に主要 7血清型

の腸管出血性大腸菌の分離が可能になるのではないかと思われた。分離個体・農場を把握することで腸

管出血性大腸菌における対策が進むと思われた。

- 27 -平成26年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2016)

Page 2: 8 リアルタイムPCRを活用した腸管出血性大腸菌検査‰²素FAMを用い増幅を行い、3種遺伝子同時スク リーニングを実施した。蛍光色素は機械のフィル

ンマトリックス法(BioRad 社 インスタジーン

DNA 精製マトリクス ) ・アルカリ熱抽出法で実施

した。糞便培養液(ノボビオシン加 mEC 培地1夜

培養)の液量および使用抽出 DNA 量を変え 16 種

類についてリアルタイムPCRを用い、VT1遺

伝子の Ct値で比較検討を行った。リアルタイム

PCR の機器は Applied Biosystems® 7500 リアル

タイム PCR システムを使用した。

スクリーニング遺伝子の決定については腸管出

血性大腸菌野外株の VT1/VT2/eae 遺伝子の保有

状況をコンベンショナル PCR により実施し、スク

リーニンング遺伝子を決定した。

リアルタイムPCRはサイバーグリーン法と

TaqMan プローブ法があるが今回は特異性、安定

性、正確性、マルチプレックスリアルタイムPC

Rの可否等から TaqMan プローブ法で実施するこ

ととした(表1)。

一次スクリーニング検査はリアルタイムPCR

(TaqMan プローブ法)を用いて VT1/VT2/eae の3

種遺伝子の同時スクリーニング方法を検討した。

試薬は QuantiTect Multiplex PCR Kit(QIAGEN)

を用い、試薬のプロトコールに従い液量・条件

を設定した。VT1/VT2/eae の3種遺伝子のプライ

マー及びプライマープローブを使用し 1)2)、VT1

遺伝子のプローブの蛍光色素は FAM を、VT2遺

伝子については VIC を用い蛍光強度の違いによ

りマルチプレックスリアルタイム PCR を行った。

eae 遺伝子はプレート位置を一つ下に下げ、蛍光

色素 FAM を用い増幅を行い、3種遺伝子同時スク

リーニングを実施した。蛍光色素は機械のフィル

ター設定状況に応じ蛍光強度の強いものから選定

し FAM と VIC の2種類を使用した。

二次スクリーニング検査はマルチプレックスリ

アルタイムPCRとマルチプレックスコンベン

ショナルPCRを用いた2方法の各種血清型のス

クリーニング検査を検討した。

マルチプレックスリアルタイムPCRでは各種

血清型の遺伝子特有のプライマー及びプローブを

用い 2~ 4) 一次スクリーニングと同じ試薬、条件

の設定で6種血清型の同時スクリーニング検査を

実施した。

また、マルチプレックス―コンベンショナ

ル PCR の試薬は Multiplex PCR Assay Kit(タ

カラ)を用い、試薬のプロトコールに従い液

量、条件を設定した。血清型特有の遺伝子のプ

ライマーを使用し 2)。5 ~ 10)、増幅断片サイズの違

いにより O157(88bp)、H7(625bp)、O26(152bp)、

O145(132bp) 及 び O165(640Bp)、O111(406bp)、

O103(280bp) 及び O121(318bp) を組み合わせて 8

種類同時に検査を実施した。

スクリーニング後の選択分離培養方法の比較に

ついては 7種類の血清型菌株を CtSmac(OXOID)、

クロモアガー O157(関東化学)、クロモアガー

O26・O157(関東化学)、クロモアガー STEC(関

東化学) の 4 種類の培地に接種し比較検討を

行った。

腸管出血性大腸菌抑制試験としてミュラーヒン

トン寒天培地に腸管出血性大腸菌を接種後、乳酸

菌飲料(市販物)を 100 ㎕滴下及び血液寒天培地

に腸管出血性大腸菌を接種後、Bacillus subtilis(枯草菌)を線状に接種して培養し、腸管出血性

大腸菌各種血清型の抑制現象を確認した。

結  果

糞便培養液からの遺伝子抽出方法の比較につい

ては、リアルタイムPCRを用い、VT1遺伝子

インターカレータ法 TaqMan プローブ法

実験立ち上げの簡便性

特 異 性

安定性、正確性

マルチプレックス

融解曲線解析

デザインの簡便性

特 徴

必要な種類 プライマー プライマー& プローブ

○ ○

○△

×

×

特異性が高いプライマーダイマーに弱い

(SYBR Green法)

表1 インターカレーター法とTaqManプローブ法の比較

- 28 -平成26年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2016)

Page 3: 8 リアルタイムPCRを活用した腸管出血性大腸菌検査‰²素FAMを用い増幅を行い、3種遺伝子同時スク リーニングを実施した。蛍光色素は機械のフィル

の Ct値で比較検討を行ったところ、16 種類の

うちインスタジーンマトリックス法(糞便培養液

400 ㎕、DNA5 ㎕) による抽出方法が他の抽出方

法よりも遺伝子を効率よく抽出していた。アルカ

リ熱抽出法で使用培養液量が多い事例ではPCR阻

害が確認された(図1)。

腸管出血性大腸菌野外株の VT1/VT2/eae 保有

状況は菌株により VT1/VT2/eae 遺伝子の保有・

非保有の状況が異なっていた(図2)。

一次スクリーニングとして、まず、VT1/VT2/

eae の遺伝子保有状況を検査するため、マルチプ

レックスリアルタイムPCRをVT1(FAM)・

VT2(VIC)eae(FAM)で 3種同時スクリー

ニングを検討した。図3は VT1/VT2/eae の3種

遺伝子を保有している株、図4は VT2/eae の2

遺伝子を保有している株、図5は遺伝子を保有し

ていない株の検出状況で、それぞれの遺伝子を保

有している場合には各種遺伝子を同時に特異的に

検出することができた。

0.2 ml 0.4 ml 0.2 ml

熱抽出法 DNA簡易抽出キット法 インスタジーン法 アルカリ熱抽出法

0.2 ml 0.4 ml 0.1 ml 0.4 ml1.0 ml

DNA:5 μl

DNA:2 μl

(培養液)

C t

40

30

20

図1 DNA抽出方法の比較:16種類(糞便増菌培養)

VT1

VT2

eae

O26 O157O103 O121 O145 陰性NON

図2 スクリーニング遺伝子の検討

VT 1VT 2

eae

VT 1

VT 2

eae

VT 1

VT 2

eae

VT 1VT 2

eae

VT1 /VT2保有株

VT1 保有株

VT2保有株 陰性

eae

VT 2

VT 1eae

FAM

FAM

VIC マルチプレックス リアルタイムPCR

蛍光色素

アルゴリズム解析

図3 マルチプレックスリアルタイムPCRの設定(FAM・VIC)

VT 1VT 2

eae

VT 1

VT 2

eae

VT 1VT 2

eae

VT 1VT 2

eae

VT1 /VT2保有株

VT1 保有株

VT2保有株 陰性

VT 2

eae

FAM

FAM

VIC マルチプレックス リアルタイムPCR

蛍光色素

アルゴリズム解析

図4 マルチプレックスリアルタイムPCRの設定(FAM・VIC)

VT 2VT 1

eae

VT 2

VT 1

eae

VT 2VT 1

eae

VT 2VT 1

eae

VT1 /VT2保有株

VT1 保有株

VT2保有株 陰性

eae

FAM

FAM

VIC マルチプレックス リアルライムPCR

蛍光色素

アルゴリズム解析

図5 マルチプレックスリアルタイムPCRの設定(FAM・VIC)

- 29 -平成26年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2016)

Page 4: 8 リアルタイムPCRを活用した腸管出血性大腸菌検査‰²素FAMを用い増幅を行い、3種遺伝子同時スク リーニングを実施した。蛍光色素は機械のフィル

二次スクリーニングの血清型を決定するスク

リーニングではマルチプレックスリアルタイムP

CRの実施例であり複数の血清型を同時に検査す

ることができた(図6)。また、各種血清型事例

の O157、O145 においても特異的に検出できた(図

7、図8)。

マルチプレックスPCRを用いた検査では各種遺

伝子を特異的に同時に検査ができた(図9)。

以上のようにリアルタイム PCR を活用した

VT1/VT2/eae のスクリーニング及び血清型のリア

ルタイム PCR、マルチプレックス PCR のスクリー

ニングでは遺伝子を特異的に同時に検出すること

ができた。

スクリーニング選定後の分離培養方法を複数

の培地を用いて検討したところ、クロモアガー

O157 培地、CtSMac 培地による分離状況が比較的

よかった(表2)。

腸管出血性大腸菌スクリーニング分離培養後の

対策の検討として乳酸菌、枯草菌による菌抑制試

験を実施した。乳酸菌飲料による大腸菌抑制試験

では、主要 7血清型腸管出血性大腸菌すべてを抑

制する現象が確認された(図 10)。

Bacillus subtilis(枯草菌)による大腸菌抑制

試験では、主要 7血清型腸管出血性大腸菌すべて

を抑制する現象が確認された(図 11)。

まとめ及び考察

腸管出血性大腸菌 O157 の検査を行う場合、図

12 のようにさまざまな手順を踏んで実施してい

O 145

O 26

O 121

O 103

O 157

O 111

O 103

O 157

O 103

O 157

O 145

O 111

O 145

O 111

O 26

O 121

O 26

O 121

FAMVIC

マルチプレックス リアルライムPCR

蛍光色素

アルゴリズム解析

FAMVIC

図6 マルチプレックスリアルタイムPCRの設定(FAM・VIC)

O 103

O 157

O 103

O 157

O 145

O 111

O 145

O 111

O 26

O 121

O 26

O 121

FAMVIC

マルチプレックス リアルライムPCR

蛍光色素

アルゴリズム解析

FAMVIC

O 157

図7 マルチプレックスリアルタイムPCRの設定(FAM・VIC)

O 103

O 157

O 103

O 157

O 145

O 111

O 145

O 111

O 26

O 121

O 26

O 121

FAMVIC

マルチプレックス リアルライムPCR

蛍光色素

アルゴリズム解析

FAMVIC

O 26

図8 マルチプレックスリアルタイムPCRの設定(FAM・VIC)

01450103 011101210260157 0165

0145:132 bp

0103: 280 bp

0111: 406 bp

0165: 640 bp

0121: 318 bp

026 : 152 bp

0157 : 88 bp

0157

H7 : 625 bp

H7 H-

図9 マルチプレックスPCR(腸管出血性大腸菌 8種遺伝子)

- 30 -平成26年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2016)

Page 5: 8 リアルタイムPCRを活用した腸管出血性大腸菌検査‰²素FAMを用い増幅を行い、3種遺伝子同時スク リーニングを実施した。蛍光色素は機械のフィル

るが、時間、労力、経費が非常にかかっていた。

これを7種類の血清型について調べるとなるとさ

らに時間、労力、経費がかかることになる。さら

に各種血清型を判別するには表3のように非常に

判定が難しく手間がかかるものとなっている。

そこでリアルタイム PCR を活用した腸管出血

性大腸菌のスクリーニング検査を検討すること

としたが、まず、腸管出血性大腸菌のスクリー

ニング遺伝子は、各血清型及び株の種類によっ

て VT1/VT2/eae 遺伝子の保有状況が異なるため

VT1/VT2/eae の 3種類の遺伝子について同時にス

クリーニングを行うことが必要と思われた。

また、畜産現場における腸管出血性大腸菌の

検査対象は糞便である。今回の糞便培養液からの

DNA 抽出法の比較では、多検体処理が可能な抽出

方法を検討するため、比較的、手間と時間のかか

らない熱抽出法、簡易遺伝子抽出法、インスタジー

ンマトリックス法およびアルカリ熱抽出法につい

て比較検討を行った。DNA抽出キットも各社か

ら販売されているが、多検体処理でのDNA抽出

に手間と時間がかかるとスクリーニングとして適

さなくなると考えられる。そのため、手間がかか

らず短時間で処理できる方法が必要と思われた。

今回の結果では糞便を検査材料とした場合、イ

ンスタジーンマトリックス法(糞便培養液400

㎕・DNA5 ㎕)による DNA 抽出がよいと思われた。

O26 O103 O111 O121 O145 O157 O165

クロモアガーO26/157

クロモアガーSTEC

CT-Smac

クロモアガーO157 ◎ ◎◎◎◎◎◎

○ ◎◎◎○△○

○ ◎◎○△-○

△ ◎◎○△-△

表2 各種選択培地での血清型による分離比較

乳酸菌飲料

E.coli (腸管出血性大腸菌)

図10 乳酸菌飲料によるE.coli (大腸菌) 抑制現象

Bacillus subtilis(枯草菌)

E.co 大腸菌)

図11 Bacillus subtilis (枯草菌) によるE.coli (大腸菌) 抑制現象

ノボビオシン加mECブイヨン(糞便)

42℃ 18-24H増菌培養

クロモアガーO157CTSmac

(単離できるように)

特徴的なコロニーを釣菌 35℃ 18-24H増菌培養

セルビオース添加LIG培地LIM増菌培養

35℃ 18-24H増菌培養

蛍光発色の有無生化学性状確認O157免疫血清で凝集反応

試験管凝集反応

VT1/VT2/eae:PCR

35℃ 18-24H増菌培養×3回

H7抗原の有無

クレーギー管接種

増菌培養 35℃ 18-24H増菌培養

図12 EHECの分離方法(O157の場合)

a) インドールb) β -グルクロニダーゼc) 48時間培養での成績、SOR:ソルビトール、RHAM:ラムノースd) 10mM塩化カルシウム加洗浄羊赤血球寒天培地での溶血活性e) +;陽性、(+);殆どの株は陽性、-;陰性、(-);殆どの株は陰性、d;株によって異なるf) ラクトース陰性株であっても培養中にラクトース陽性株を生じる

血清群TSI寒天培地 LIM培地 糖分解C) CT加平板 EHEC

Hemolysind)での発育斜面 高層 H2S ガス リジン INDa) 運動性 SOR RHAMGUD b)

O157 +e) + - + + + (+) - - - + +

O26 + + - + + + (+) + + - + +

O111 + + - + - + (-) + + + + +

O103 + + - + + + + + + d d +

O121 (+)f) + - + + + (+) + + + + +

O145 + + - + + + (-) + + + + +

O165 + + - - - + (-) + (+) - - -

表3 主なEHECの鑑別性状

- 31 -平成26年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2016)

Page 6: 8 リアルタイムPCRを活用した腸管出血性大腸菌検査‰²素FAMを用い増幅を行い、3種遺伝子同時スク リーニングを実施した。蛍光色素は機械のフィル

リアルタイムPCRにおいては一部アルカリ熱抽

出法を推奨している事例もあるが、アルカリ熱抽

出法で糞便培養液からDNA抽出を実際に行ったと

ころ材料の培養液量が多くなるに従い、PCR阻

害を強く起こすようになった(使用 DNA 量を2㎕

と少なくした場合にはPCR阻害が起こりにくく

なった)。これは糞便に含まれる PCR 阻害物質の

影響と考えられた。

今回、インスタジーンマトリックス法によるD

NA抽出効率が他の方法に比較してよかったが、

試薬に含まれているキレート樹脂のキレート作用

により二価イオン (Mgイオン、Caイオン )が

除去され、PCR用のDNAテンプレートを調製

したためと考えられた。

Taq Man プローブ法の特徴として、遺伝子を特

異的に検出できるとともに蛍光色素の強度の違い

で同時に複数種類の遺伝子をマルチプレックスリ

アルタイムPCRで調べることができることがあ

げられる。今回のマルチプレックスリアルタイム

PCR では検出を確実に行うため蛍光強度の強い色

素(FAM と VIC)のみを使用しマルチプレックス

リアルタイム PCRを実施した。蛍光強度の比較的

弱い色素のCY5でも実施してみたが、思うよう

な結果が出なかったため、リアルタイムPCR機

器の付属フィルターの中で蛍光強度の強い2種を

組み合わせて行うとよいと思われた。リアルタイ

ムPCRで使われる蛍光色素は蛍光スペクトルが近

く物理的に分離するのが難しいため、クロストー

クの影響が避けられない。しかし機器に設定され

ているアルゴリズム解析で検出をおこなうことで

影響を受けずに精度の高いマルチプレックスリア

ルタイム PCR を実施することが可能となった。

マルチプレックスリアルタイムPCRを用いる

ことで同時に検査できる検体数が増やせるととも

に手間・経費も半減するので非常に有用と思われ

る。今回使用した蛍光色素の種類は当所所有機器

の付属フィルターに合わせてプライマープローブ

の蛍光色素の FAM と VIC を選定し、プライマー

プローブを作成したが、他の機器においてフィル

ターの種類が異なっていてもフィルターに合わせ

て蛍光色素を組み合わせたプライマープローブを

使用することで対応することが可能と思われた。

血清型検査のスクリーニングをマルチプレック

スリアルタイム PCR、マルチプレックスコンベン

ショナル PCR で実施したが、各血清型遺伝子を

特異的に同時に検出できた。マルチプレックスコ

ンベンショナル PCR では増幅断片サイズの違い

により、プライマーを複数組み合わせて実施した

が、主要7血清型以外に H 7抗原遺伝子のプラ

イマーを加え、H7抗原遺伝子も調べるように設

定した。培養法では3回以上クレーギー管を使用

して運動性のある菌を培養後、試験管凝集反応で

調べていた H7抗原を PCR では短時間で調べるこ

とができ、大幅な日程の短縮になった。手間がか

からず短時間で処理できるため非常に有用な方法

と思われた。

以上のように複数の血清型を検査する場合に

は、リアルタイム PCR を活用したスクリーニング

検査で労力・時間・経費が大幅に軽減することが

できると思われた。VT1・VT2・eae 遺伝子のスク

リーニングにおいて主要7血清型以外の血清型の

腸管出血性大腸菌も検出される可能性があるが、

今回は主要 7血清型の腸管出血性大腸菌に絞った

検査を行うこととした。

スクリーニング選定後の分離培養方法について

複数種類の選択培地を用いて主要7種類の菌株を

接種して検討したところクロモアガーO157培地、

CtSmac が比較的よく分離された。しかし、菌株

によっては培地による分離状況が異なる可能性も

あるので、クロモアガー O157・CTSmac を中心に

もう 1種類くらいの選択培地を加えて 3種類を組

み合わせて培養することで効率的に主要 7血清型

の腸管出血性大腸菌の分離が可能になるのではな

いかと思われた。また、分離培養前には血清型が

分かっているので必要に応じて免疫磁気ビーズを

使用した分離も可能となる(図 13)。

- 32 -平成26年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2016)

Page 7: 8 リアルタイムPCRを活用した腸管出血性大腸菌検査‰²素FAMを用い増幅を行い、3種遺伝子同時スク リーニングを実施した。蛍光色素は機械のフィル

以上のように、大量の糞便検体からでも腸管出

血性大腸菌を効率的に検出し、血清型まで把握し

たうえ分離培養を行うことで、時間、労力、費用

が大幅に軽減できると思われた。

乳酸菌および枯草菌を使用した簡易試験で腸管

出血性大腸菌主要 7血清型株の菌抑制現象が確認

された。手洗いの励行、隔離飼育等の対策以外に

も腸管出血性大腸菌保有牛・農場を把握し、乳酸

菌、枯草菌等を活用することで対策が進むのでは

ないかと思われた。乳酸菌、枯草菌等については、

株によって有効な株、無効な株があると考えられ

る。また、乳酸菌等を含む生菌剤は、新しい生菌

剤を使用することが大切で、長期間放置した生菌

製剤については投与しても効果が得られない可能

性も考えられる。枯草菌については、環境条件に

よっては芽胞を生成するので長期間の使用が可能

であると思われた。

また、粗飼料(乾草)の給与によって腸管出血

性大腸菌が分離されなくなったという報告 10,11)

があるが、粗飼料(乾草)そのものの効果ではな

く、粗飼料(乾草)に付着していた大腸菌を抑制

するような枯草菌が含まれていたからではないか

と推察した。

腸管出血性大腸菌を保有している個体・農場を

把握し、乳酸菌や枯草菌等給与による大腸菌抑制

現象を活用することで、腸管出血性大腸菌 O157

を含む主要 7血清型大腸菌の対策が進み、ふれあ

い牧場や出荷時の安心、安全に寄与できるのでは

ないかと考えられた。

また、糞便からの DNA 抽出方法、リアルタイム

PCR によるスクリーニング検査は、他の菌種等で

も応用可能であり、今後、さまざまな菌種で実施

していくことができると思われた。

Taq Man プローブ法によるマルチプレックスリ

アルタイムPCRでは複数種類の遺伝子を同時に

検出でき、一度、方法、機械を設定してしまえば、

手技、操作が簡単なため、誰にでも使用可能であ

る。リアルタイム PCRの機種が異なってもフィル

ターの選定、色素、条件設定により同じように使

用できるため全国で応用可能と思われた。

引用文献

1) Eva Møller Nielsen et al.: Detection and

Characterization of Verocytotoxin-Producing

Escherichia coli by Automated 5_ Nuclease

PCR Assay, Journal of Clinical Microbiology,

July 2884–2893 (2003)

2) Dafni-Maria et al.Application of the Modular

Approach to an In-House Validation Study of

Real-Time PCR Methods for the Detection and

Serogroup Determination of Verocytotoxigenic

Escherichia coli Applied and Environmental

Microbiology, Oct. 6954–6963 (2011)

3) Hannah Adam : Etablierung einer Multiplex

Real-Time PCR zum Nachweis der Escherichia

coli-Serogruppen O26, O103, O111, O145 und

O157 1-154 (2013)

4) United States Department of Agriculture Food

Safety and Inspection Service, Office of Public

Health Science : Primer and Probe Sequences

and Reagent Concentrations for non-O157

Shiga Toxin-Producing Escherichia coli (STEC)

Real-Time PCR Assay O121 MLG 5B Appen-

dix 1.01 1-8 (2012)

5) Takayuki Konno et al .: Determination of

VT1:FAMVT2:VIC

eae:FAM

(マルチプレックスPCR)一次スクリーニング

アルゴリズム解析リアルタイムPCR

(TaqMan プローブ法)

二次スクリーニング

リアルタイムPCR(TaqMan プローブ法)

同時も可

選択培地による分離培養

確認検査(凝集反応・生化学・遺伝子検査)

クロモアガーO157CT-Smac他1種

(免疫磁気ビーズ法)

分離培養

マルチプレックスPCR O26 / O103 / O111 / O145 / O157 /O121 / O165 / H7 (8種遺伝子)

対 策 手洗い励行・ふれあい活動自粛乳酸菌・枯草菌等で対策

大腸菌DNA抽出(インスタジーン・アルカリ熱抽出)増菌培養(NmEC)

O157 / O145 / O26 :FAM O103/O121/O111:VIC

図13 検査方法

- 33 -平成26年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2016)

Page 8: 8 リアルタイムPCRを活用した腸管出血性大腸菌検査‰²素FAMを用い増幅を行い、3種遺伝子同時スク リーニングを実施した。蛍光色素は機械のフィル

Enterohemorrhagic Escherichia coli Serotype

O165:HNM Infection in a Hemolytic Uremic

Syndrome Patient with Adenovirus Seroype 41,

Jpn. J. Infect. Dis., 66, 394-397 ( 2013) 

6) V. P. J. GANNON et al .: Use of the Flagellar

H7 Gene as a Target in Multiplex PCR Assays

and Improved Specificity in Identification of

Enterohemorrhagic Escherichia coli Strains,

Journal of Clinical Microbiology, Mar. 656–662

(1997) 

7) Adrienne W. Paton et al.: Detection and

Characterization of Shiga Toxigenic Escherichia

coli by Using Multiplex PCR Assays for stx1, stx2, eaeA, Enterohemorrhagic E. coli hlyA,

rfbO111, and rfbO157 Journal of Clinical

Microbiology, Feb 598–602 (1998) 

8) Pina M. Fratamico et al.: Sequence of the

Escherichia coli O121 O-Antigen Gene Cluster

and Detection of Enterohemorrhagic E. coli

O121 by PCR Amplification of the wzx and wzy

Genes Ournal of Clinical Microbiology, July

3379–3383( 2003) 

9) Pina M Fratamico, Chitrita DebRoy, Terence P

Strobaugh, Jr., Chin-Yi Chen :DNA sequence

of the Escherichia coli O103 O antigen gene

cluster and detection of enterohemorrhagic E.

coli O103 by PCR amplification of the wzx and

wzy genes Canadian Journal of Microbiology,

51(6): 515-522 (2005)

10) Chitrita DebRoy et al .Detection of Escherichia

coli Serogroups O26 and O113 by PCR Ampli-

fication of the wzx and wzy Genes Applied and

Environmental Microbiology, Mar. 1830–1832

(2004)

11) 中澤宗生ほか:牛の腸管出血性大腸菌O157:H7

の排菌と飼料の関連感染症誌,76,76-77(2002)

12) 中澤宗生:乾草給餌による牛の腸管出血性大腸

菌O157:H7 の排菌抑制,感染症誌,77,635-636

(2003)

- 34 -平成26年度東京都家畜保健衛生業績発表会集録(2016)