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In vitro培養系ヒト大腸菌叢モデルを利用したプレバイオティ クスおよびタウリンの影響評価 誌名 誌名 日本醸造協会誌 = Journal of the Brewing Society of Japan ISSN ISSN 09147314 著者 著者 佐々木, 建吾 巻/号 巻/号 113巻2号 掲載ページ 掲載ページ p. 71-78 発行年月 発行年月 2018年2月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

In vitro培養系ヒト大腸菌叢モデルを利用したプレバイオティ ...In vitro 培養系ヒト大腸菌叢モデルを利 用したプレバイオティクスおよびタウリ

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In vitro培養系ヒト大腸菌叢モデルを利用したプレバイオティクスおよびタウリンの影響評価

誌名誌名 日本醸造協会誌 = Journal of the Brewing Society of Japan

ISSNISSN 09147314

著者著者 佐々木, 建吾

巻/号巻/号 113巻2号

掲載ページ掲載ページ p. 71-78

発行年月発行年月 2018年2月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

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In vitro培養系ヒト大腸菌叢モデルを利

用したプレバイオティクスおよびタウリ

ンの影響評価

近年, ヒト腸内細菌が宿主の健康に多大な影響を及ぽしていることが明らかとなってきた。同時に,食品

中に存在して有益菌の増殖を促し,腸内環境を整える成分が注目されてきた。本稿においては食品の機能性

評価を行い,有用菌が腸内環境に与える効果を簡便に評価することが可能である invitro培養系ヒト大腸菌

叢モデルについて紹介いただいた。本モデルを利用して,機能性食品の開拓や有益菌の発見へと展開される

ことが期待される。

佐 々 木 建 吾

1. はじめに

ヒトの腸管全体には, 1,000菌種以上, 100兆個に

及ぶ細菌,古細菌が生息しており,多種多様な腸内細

菌叢(腸内フローラ)を構成している!)。さらにヒト

一人は腸内フローラ中に数百万の遺伝子数を保有して

おり,ヒト一人の遺伝子数約 2.2万の 70-140倍に相当

する。これらの腸内フローラは,摂取される食物や腸

内に分泌された生体成分を栄養素として増殖しており,

ピタミンや短鎖脂肪酸などへと代謝して宿主であるヒ

トに対して供給している。これらが,生体の免疫能を

刺激して宿主の健康が維持され,さらに有害菌の増殖

を抑制して腸内環境浄化に重要な役割を果たしている。

このように苗叢の中には,有用菌,有害菌と様々な菌

が含まれており,菌どうしが互いに共生または拮抗関

係を保ちながらバランスを維持している。腸内フロー

ラのバランスの崩れ,すなわち構成異常 (dysbiosis

と呼ばれている)が宿主の健康に不利に働き,生活習

慣病(肥満や糖尿病など)や疾病(炎症性腸疾患や癌

など)に関連していることが報告されてきている 2)。

食品の中には「体調調節機能」を有するものが存在

することが知られるようになり 3)' 「機能性食品」と

して注目されるようになってきた。具体的な機能とし

て,生体防御(アレルギー低減化,免疫賦活など),

疾病予防と回復(高血圧,糖尿病予防など),体調調

節(神経系調節,消化機能調節,内分泌系調節など),

老化抑制などが挙げられる。国内でも 2015年 4月1

日より機能性表示食品制度が始まり,事業者が製造販

売する食品について安全性と機能性に関する科学的根

拠などの必要な事項を揃えて,消費者庁長官に届け出

て受理されれば,機能性を表示して販売できるように

なった。トクホ(特定保健用食品)は,その許可を得

るのに審査が必要であったがそれに比べると費用と

時間が軽減された(その代わりに消費者自身の知識と

判断が必要となった)。機能性食品はその作用機構に

より,プロバイオティクス,プレバイオティクス,バ

イオジェニックスに分けられる。プロバイオティクス,

プレバイオティクスはそれぞれ生菌添加物,難消化性

食品成分を指す。バイオジェニックスは,腸内フロー

ラを介さずに直接,免疫賦活,生体調節,老化制御な

どに働く食品成分である。食品成分の機能性評価は動

物給餌試験やヒト介入試験による invivo系で行われ

てきたが,前者は腸内細菌叢や消化物の腸内滞留時間

がヒトと異なること,後者は倫理的制限が指摘されて

いる。本稿では,筆者のグループが構築してきた in

vitro培養系ヒト大腸菌叢モデルを紹介しつつ, in

In vitro Evaluation of Prebiotics Materials and Taurine in a Batch Human Colonic Microbiota Model System

Kengo SASAKI (Graduate School of Science, Technology and Innovation, Kobe University)

第 113巻 第 2号 71

Page 3: In vitro培養系ヒト大腸菌叢モデルを利用したプレバイオティ ...In vitro 培養系ヒト大腸菌叢モデルを利 用したプレバイオティクスおよびタウリ

叫 ro系の食品成分機能性評価への応用および,今後

の展開を述べていきたい。

2. 腸内細菌叢の分布

ヒト腸内細菌叢は腸管内の部位ごとにその量や構造

が異なっている凡胃では pHが酸性であるために内

容物 lgあたり 1び個以下の比較的に少ない菌数が存

在している(第 1図)。」小腸に達すると菌数は 104-

紺個 lgに増加するものの,胆汁酸や膵液(すいえ

き)の影響により依然として生育は抑えられている。

しかし腸内細菌は大腸では滞留時間が長く,豊富な栄

養と生育に好適な pH条件のために内容物 lgあたり

1011 - 1沢個に達する。微生物には 50以上の門

phylaが発見されているが, ヒト腸内では主に 4つの

門に属する細菌で占められている,すなわち Fir-

micutes門,Bacteroidetes門 Actinobacteria門

Proteobacteria門である。

腸管内ではまずグリコシダーゼを有する加水分解菌

により分解プロセスが進められる。これらの菌群はさ

らに大腸に達する難分解性多糖類(レジスタン トス タ

ーチや食物繊維を含む)や, タンパク質やムチンを分

解する続いて発酵により,酢酸,プロピオン酸,酪

酸などの短鎖脂肪酸,乳酸やギ酸やエタノール,ガス

(メタン,二酸化炭素,水素)を生成するタンパク

系の物質の分解においてアミンやアンモニア,メル

カプタン,硫化水素,インドールが産生されるが,こ

れらは腐敗臭の原因ともなる。

近接結腸

横行結腸1011-1012cells/g_ pH 6.1-6.4

1010-1011cells/g pH 5.4-5.9

3. in vitro発酵モデル

食品成分の腸内細菌叢への影響を簡便に調べるため

にinvitroモデルは有効である。腸内環境は高度に婦

気的な状態であり,未培養の菌も含めて多種多様な細

菌叢を培養するためには,種々の工夫が必要となる。

最も有名なモデルは SHIME(simulator of the human

intestinal microbial ecosystem)である。このモデル

では複数の培養槽が接続されており,それぞれの培養

槽が胃小腸,大腸を想定しており,部位に合わせて

pHの調整や胆汁成分の添加などが行われている 5¥ヒト糞便を最初の培養槽に植菌して,新鮮培地を含む

培養槽へと流動していくが,糞便中の細菌叢が培地成

分に徐々に馴化していってしまい,最後の培養槽中で

は元の細菌叢から離れてしまう, という欠点もある。

筆者のグループでは糞便中の細菌叢に極力,近付ける

ためにバッチ式の invitroモデルを採用しており,ヒ

ト大腸中の細菌叢を模すことを目的としている 凡培

養槽としてエイプル株式会社製の BioJr. 8 (lOOmL

X 8連培養装置)を使用している。嫌気状態を保つた

めに培養開始前および培養中は酸素を含まない窒素/

二酸化炭素 (80: 20)の混合ガスを培養槽中に通気し

ている(第 2図)。 培地としては嫌気性菌を好適に培

養するために GAMプイヨン(製品 コード 05422,日

水製薬株式会社)を用いているこのような条件で培

養した発酵 30時間目の発酵液中と植菌源となる糞便

中の細菌叢とを比較した結果を一人の被験者について

以下に示す。

In vitroモデル発酵液中の菌数については,全菌を

遠位結腸~1012cells/g pH 6.1-6.9

第 1図 ヒト腸管と腸内細菌叢の分布(Payneet alりを改変)

72 醸協 (2018)

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r---------------------------------I バッチ培養システム I

• 一~

N:CO 2 2

--80:20

第 2図 In vitroバッチ培養システムの模式図

ターゲットとした primerを使用して定最 PCRにて

評価を行った。その結果 1mL中におけるコビー数

が発酵 30時間後には 4.26X 1010 -9.42 X 1010に達

していた。過去の知見では,糞便 lg中の細胞数は約

1011個と報告されている 7)。Invitro発酵モデルはヒ

卜腸管と異なり吸水システムを有していないために,

水分含最は概ねヒト腸管内の 10倍であることを考慮

すると, invitroモデル発酵液中の菌量は,発酵 30

時間後には糞便中の菌醤に近似していたと考えられる。

糞便と invitroモデル発酵液中から DNAを抽出し

て,メタ 16S解析を行った。すなわち, 16SrRNA追

伝子の V3-V4可変領域を特異的に PCR増幅して,次

世代シーケンサー (Miseq; Illumina, San Diego, CA,

USA)を用いて追伝子配列を読み, QIIME(Quantita-

tive Insights Into Microbial Ecology) slを用いて菌種

ごとに分類した。糞便中からは 1436種の菌種が検出

されたのに対して, invitroモデル発酵中からも 1360

種の菌が検出され,invitroモデルが糞便中とほぼ同

数の菌種を保持していることが認められた。過去の

in vitroモデルでは糞便中と比べて菌数や種数の減少

が観察されており,我々のモデルは糞便中の菌数・ 苗

種数を維持して再現した世界で初めてのモデルとなる。

門レベルでは糞便, invitroモデル発酵液中ともに

Firmicutes門 Bacteroidetes門 Actinobacteria門

Proteo bacteria門の 4門が 99%以上を占めており ,

過去の知見と一致していた 1)。第 1表に属レベルでの

第 113巻第 2号

結果を示した。こちらを見て頂けると, invitroモデ

ル発酵液中では糞便中よりも Escherichia属の増加等

が認められるものの,糞便中の属レベルでの細菌叢の

構成は概ね維持されていたと考えられる。糞便中に含

まれる Escherichia属,すなわち E.coliに関連する

細菌の増殖速度が速いために invitroモデル発酵液中

での優先化が起こると予想されるが,将来的には E.

coliに関連する細菌の増殖を抑制することが課題であ

る。過去の知見ではヒトの腸内細菌叢は, Bacteroides

属に富んでいるエンテロタイプ 1,Prevotella属に富ん

でいるエンテロタイプ 2,Ruminococcus属に富んでい

るエンテロタイプ3,に分類できることが報告されて

いる 9)。第 1表で示したヒト糞便中は Prevotella属に

関連する菌が優先化しているため,こちらのヒトはエ

ンテロタイプ 2に分類されることがわかる。Preひotel-

la属は炭水化物が豊富な食事を摂るヒト中に優先す

ると考えられており IO)' このヒトは炭水化物系の食

事を習慣的に摂取していると推察される。

次に 8人の被験者 (M39, M38, F40. M43, M60,

F62, M25, M34)から取得した糞便それぞれを植菌

源として invitro発酵モデルに投与して発酵 30時

間後の発酵液中の菌叢と糞便中の菌叢とを比較した。

糞便およびinvitro系発酵液中から同様に DNAを抽

出して,メタ 16S解析を行い,得られた結果を主座

標分析に供した (第 3固)。主座標分析ではそれぞれ

のサンプルのメタ 16S解析結果について,座標上に

73

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第 1表属レベルでの細菌叢の構成

属 Genus

Bacteroides

Parabacteroides

Prevotella

Streptococcus

Blautia

Roseburia

Faecalibacterium

Ruminococcus

Phascolarctobacterium

Eubacterium

Bifidobacterium

Collinsella

Sutterella

糞便(%)

7.0

4.6

24.4

0.2

10.7

1.6

15.5

4.8

1.6

0.3 2.2

2.7

0.9

発酵液(%)

8.5

3.8

7.1

0.0

10.0

0.4

4.2

4.6

1.9

1.1

4.0

2.9

1.0

Escherichia 0.2 6.2 44.3 Others 23.3

Others中には 2.5%以下ないしは.未同定の菌を含む

Q:M39□: M38△: F40 ▽: M43

●: M60■:郎2 ▲:M25▼:M34

o..-o

距離も概ね近いことがわかる。すなわち.本 invitro

発酵モデルにおいては,それぞれの糞便中に存在する

ヒト腸内細菌叢の特徴を反映したまま発酵液中に再現

していると考えられる。そのため,本 invitro発酵モ

デルは個々人の腸内細菌叢に対する影響について,す

なわちテーラーメイドに評価することが可能となる。

第3図 ヒト糞便と inひitro発酵モデル中の細菌叢に

短鎖脂肪酸は腸内細菌の発酵産物であり,宿主に吸

収されてその健康に多大な影響を及ぽすことが知られ

ている 11)。ヒト腸管内の大腸部においては酢酸,プ

ロピオン酸酪酸が主要な短鎖脂肪酸であり (;;:95%),

ヒト糞便中においての比は 60: 20 : 20 (酢酸:プロ

ピオン酸:酪酸)となっている 12)。本 invitro発酵モ

デル中に被験者 M39の糞便を投入して発酵中の短鎖

脂肪酸の生産について,高速液体クロマトグラフィー

を使用して調べた実験結果を示す(固 4)。発酵が進

むにつれて短鎖脂肪酸濃度は増加していき,発酵 30

時間後に酢酸が優先しており,続いてプロピオン酸,

酪酸が優先していた。酢酸プロピオン酸.酪酸の比

率はヒト糞便中とは異なるものの,酢酸が優先化する

プロファイルはヒト糞便中と invitro発酵モデル中で

似ていることがわかる。また.短鎖脂肪酸濃度はヒト

腸管内と比較すると高いものではあったが.この理由

としてはビト腸管内では短鎖脂肪酸が吸収されていく

からである。また,本 invitro発酵モデルでの発酵中

のpHの推移を示す(第 5図)。初期 pH6.5から酸生

成とともに徐々に減少していき 6.0付近に達した後に

増加し始めて.発酵 30時間後には 6.5に戻る傾向を

ついてメタ 16S解析結果の主座標分析

(ヒト糞便→ in vitroモデル)

示している(第 3図では 3次元座標)。座標の近接度

よりメタ 16S解析結果が,すなわち細菌叢の構成が

近似しているか,異なっているかどうかを視覚的に理

解することができる。第 3固中にそれぞれの被験者に

ついて,ヒト糞便中の細菌叢から invitro系発酵液中

の細菌叢への移行を矢印で示している。本結果より矢

印の方向が異なるヒト間で同じであるとともにその

74 醸協 (2018)

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|→—コハク酸 己乳酸 -0-酢酸

150

込—プロビオン酸·—酪酸

。。ー合

日)制艇

50

10・ 20 30

時間 (h)

第 4図 短鎖脂肪酸濃度の推移

7.0 250

6.5細

『出=-6.0 V 50

00 5.5 巨r50 5.0 ゚L 10 20 30 O゚L 10 20 30

時間 (h) 時間 (h)

第 5図 発酵中の pHの推移とアンモニア生産

示した(ただし invitro発酵モデルについては, pH

が6.5を超えた時点で水酸化ナトリウム溶液が入って

いき 6.5を越えないように設定している)。発酵後期

についての pHが増加していく現象は,実際のヒト大

腸内における pHが 5.7から 6.6へ増加していくプロ

ファイルと似ており 13), 非常に興味深い。 invitro発

酵モデル中において pHが増加するのは発酵後期にア

ンモニアが生成されていくからであり(第 5図),ヒ

ト大腸内におけるアンモニア生成と一致している 14¥このように短鎖脂肪酸やアンモニアの生成が in

vitro発酵モデル中とヒト大腸中で似ているのは,優

先している茜種 (Firmicutes門, Bacteroidetes門

Actinobacteria門, Proteobacteria門)が一致してい

るからと考えられる。

4. プレバイオティクスの評価

機能性食品の一つとして含まれているプレバイオテ

ィクスは,最初に 1995年に Gibsonand Roberfroid15>

によって,「結腸内に住み着いている有用菌だけの増

第 113巻 第 2号

殖を促進したり,あるいは,その活性を高めることに

よって宿主の健康に有利に作用する難消化性食品成

分」と定義された。その後に Gibsonら16)に再定義さ

れ,「aselectively fermented ingredient that results

in specific changes in the composition and/or activity

of the gastrointestinal microbiota, thus conferring

benefit (s) upon host health」とされた。プレバイオ

ティクスとしては,難消化性オリゴ糖および多糖,あ

る種のペプチドおよびタンパク質,さらにある種の脂

質が含まれる。プレバイオティクスと呼ばれる食品成

分は,小腸では分解されずに結腸(大腸)に達し,腸

内常在有用細菌の基質として利用される。一方,光岡

3)の指摘では, Resistantstarch, ヘミセルロース,ペ

クチン,ガムなどには選択的に腸内有用菌の増殖を促

進する性質はないのでプレバイオティクスには含まれ

ていないが,やはり宿主の健康改善に役立つのでプレ

バイオティクスに含めても良いとしている。さらに,

光岡 3)は,結腸内の有用菌に利用され,その結果,増

殖を促進するとともに有害菌の増殖を抑制するものも

75

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プレバイオティクスに含めても良いとしている。その

ため,光岡はプレバイオティクスの定義を「結腸内の

有用菌の増殖を促進したりあるいは,有害菌の増殖

を抑制し,その結果,腸内浄化作用によって宿主の健

康に有利に作用する難消化性食品成分」としている。

我々の研究室でも既報により効果が知られているプ

レバイオティクス (0.5%w/v) を試験してきた.プレ

バイオティクスとしては,フラクトオリゴ糖,ガラク

トオリゴ糖イソマルトオリゴ糖,キシロオリゴ糖,

ラフィノース,ラクチュロース,ラクトスクロースを

試験した。コントロールとしてプレバイオティクス添

加なしの系も用意した。被験者として F37, F23,

M38, F35, M24, M43のヒト糞便をそれぞれ植菌源

として使用し,発酵開始時にプレバイオティクスと同

時に invitro発酵モデルに添加した。発酵開始後 24

時間に培養液を取得し DNA抽出後に,全菌およびビ

フィズス菌に特異的なプライマーを使用して定量

PCRを行って,全菌およびビフィズス菌を定量した。

その結果, 24時間の培養後ではプレバイオティクス

添加とコントロールを比較すると,全菌量に差は認め

られなかったもののプレバイオティクス添加によりビ

フィズス菌が特異的に増加してきたことを観察してい

る(第 6図)3)。なお,ラフィノース添加ではビフィ

ズス菌の増加は認められなかった。また,ラフィノー

ス以外のプレバイオティクス添加により,同時に酢酸

生成の増加が認められた(ラフィノース添加では酢酸

生成の増加は認められない)。プロピオン酸や酪酸生

成の増加は,いずれのプレバイオティクス添加でも認

められなかった(第 2表)。ビフィズス菌は酢酸生成

を行うことが知られており 17). ビフィズス菌の増加

により酢酸生成が増加することは過去の知見と一致し

ていた。ラフィノースで既報にあるようにビフィズス

第 6図 in vitro発酵モデルにおける被験者一人のビ

フィズス菌の割合

*はコントロール(n=3)と統計的に有意な差(p<0.05)

を示す (Dunnetttest) .

菌の増加が invitro系で認められなかったのは,ラフ

ィノースを添加し続けなければ効果が認められない可

能性が考えられる。

このように invitro発酵モデルは,機能性食品成分

を添加して有用菌や有害菌の消長を評価し,さらに短

鎖脂肪酸の生産を評価することが可能である。

5. タウリンの効果

タウリンは生体組織中に最も高濃度に存在する遊離

アミノ酸の一つである。清水らによって,タウリンが

腸管での炎症を抑制する作用を持っていることが示さ

れてきている 18)。しかし, タウリンのヒト腸内細菌

叢での動態についての知見は乏しく,動物実験によっ

て推察されているものの,ヒトにおける効果は実証さ

れていない。そこで,タウリンを invitro発酵モデル

に投入して,タウリンのヒト腸内細菌叢での動態を検

第 2表 プレバイオティクス添加による短鎖脂肪酸濃度の変化((添加系での濃度)/(非添加

系での濃度))

濃度変化

プレバイオティクス 酢酸 プロピオン酸 酪酸

フラクトオリゴ糖 1.18土 0.04* 1.02土 0.17 1.26士 0.19

ガラクトオリゴ糖 1.25土 0.06* 1.11士 0.22 1.06土 0.25

イソマルトオリゴ糖 1.24士 0.09* 1.04土 0.19 1.06士 0.16

キシロオリゴ糖 1.23土 0.08* 1.11士 0.20 1.07土 0.14

ラフィノース 1.14士 0.11 1.14土 0.27 1.18士 0.18

ラクチュロース 1.24士 0.11* 1.08土 0.29 1.16士 0.25

ラクトスクロース 1.20士 0.14* 1.11土 0.44 1.19土 0.45

*はコントロール (n=6) と統計的に有意な差ゆ<0.05) をホす (Dunnetttest).

76 醸 協 (2018)

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2"い

oA3

*1B叙逐縣

入(

4

{

拿函威索)

入(

4

{

第 7図 タウリンの濃度変化

*添加時のタウリン濃度に対する 30時間後のタウリ

ン濃度の比を示した。

証することを目的として実験を進めた”。

タウリン lOmMを添加し,コントロールとして添

加していない系を用意した。 8人の被験者のヒト糞便

それぞれを添加して 30時間培養した。その結果, 8

人より形成されたヒト大腸細菌叢モデルのいずれにも,

タウリンは消費されていないことが明らかとなった

(第 7圏)。これを裏付けるように, lOmMタウリン

添加では 30時間の発酵液中の菌叢の構造は添加なし

と違いは認められず,短鎖脂肪酸の生成にも違いは認

められなかった。一方, Escherichiacoliは好気条件

においてタウリンを取り込み代謝できることが過去の

知見により報告されている 19)。そこでこれを確認す

るために invitro発酵モデルを好気条件で運転すると,

発酵 30時間後にはタウリンは消費された。一般的に

は,タウリンの大部分は小腸で吸収される。しかし,

タウリンが嫌気的な条件であるヒト大腸内に達する事

ができれば, ヒト腸内細菌叢に消費されることなく腸

管上皮に達して抗炎症作用を示すことが可能であると

考えられる。

6. おわりに

本稿で紹介した invitro培養系ヒト大腸細菌叢モデ

ルは比較的に運転も簡便であり,動物給餌試験やヒト

介入試験に先立つ評価系として有効であると考えられ

る。近年は次世代シークエンサーの登場もあり,網羅

的な菌叢解析技術が格段に進歩している。そのため,

in vitro系での評価と, invitro系内に構築されたヒ

ト大腸細菌叢モデルについての菌叢評価を組み合わせ

第 113巻 第 2号

ることで,紹介したように invivoで起こり得るプレ

バイオティクスの効果の評価がかなり正確に行うこと

が可能になったと考えられる。さらに,プロバイオテ

ィクスや疾患患者腸内細菌叢の評価にも我々の研究室

では取り組んで好感触を掴めており,本 invitro発酵

モデルは様々な応用に向けて大きな可能性があると考

えられる。

本稿は PlosOne誌の論文 6),7)を要約し,再編した

ものである。神戸大学,近藤昭彦教授,大澤朗教授,

佐々木大介特命助教には多大な研究支援およびご助言

を頂き,感謝します。また,藤野綾美氏,竹嶋康誠氏,

小浦康子氏,酒井晶子氏,錦宏美氏,厠田希美子氏に

研究の補助をして頂き,感謝致します。研究成果を広

く紹介する機会を与えて頂いた日本醸造協会編集部の

方々に深く御礼申し上げます。

〈神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科〉

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77

Page 9: In vitro培養系ヒト大腸菌叢モデルを利用したプレバイオティ ...In vitro 培養系ヒト大腸菌叢モデルを利 用したプレバイオティクスおよびタウリ

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執筆者紹介(順不同・敬称略)

佐々木建吾<Kengo SASAKI > 年財団法人電力中央研究所特別契約研究員,平成 24

昭和 51年7月29日生まれ<勤務先と所在地>神戸大 年神戸大学自然科学系特命助教,平成 27年同大学特

学大学院科学技術イノベーション研究科 〒657- 命准教授,平成 28年同大学大学院科学技術イノベー

8501兵庫県神戸市灘区六甲台町 1-1く略歴>平成 12 ション研究科特命准教授,現在に至る<抱負>持続可

年早稲田大学理工学部物理学科卒,平成 18年東京大 能かつ健康社会の構築に尽力したいく趣味>ランニン

学大学院農学生命科学研究科博士課程修了,平成 19 グ

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