12
―  ― 155 信託のデカント(trust decanting)とは,既存の信託の下で受託者が 信託財産を分配する裁量権を有する場合に,これを新しい信託に移転し, 新たな信託条項の下で運用・分配するのを認めることをいう (1) 。これによ り,時代にそぐわなくなった信託から新しい信託へと財産を移転するこ とができるし,ある州法の下での信託運用が望ましくない場合に別の州 法に基づく信託へと財産を移転することができる。このように,いわば ワインをデカンターに移してテーブルに出すように,既存の信託を新し い信託に移す行為は,近年アメリカで広くみられるようになってきた。 1992年のニューヨーク州の立法 (2) を皮切りに,信託デカントを認める州が 徐々に増え,本稿執筆時点で全米のほぼ半数の州がデカントを認める立 法を行っている (3) 。これを統一州法委員会が統一州法案として起案したの が,2015年統一信託デカント州法である(以下「統一法」と表記する) (4) 2017年の時点で, 5 州で採択されている (5) アメリカ法の伝統とデカント 背景として,アメリカ信託法の特徴とその歴史的経緯について触れて おこう。アメリカ法は,伝統的なイングランド法と比べ,委託者による 財産処分の自由を重視するとされ,委託者の意思に沿わない信託の変更 に否定的な態度をとってきた。委託者の同意がない場合に信託の変更が 認められる場面として,アメリカ法で一般に認められるのは次の 2 つで ある。第一が,全受益者が同意し,変更または終了が信託の重要な目的 (material purpose)に反しない場合である (6) 。これは19世紀マサチュー (海外) 2015年統一信託デカント州法 Uniform Trust Decanting Act 溜箭将之

2015年統一信託デカント州法 Uniform Trust …shintakuhogakkai.jp/journal/pdf/信託法研究 第42...(2) を皮切りに,信託デカントを認める州が 徐々に増え,本稿執筆時点で全米のほぼ半数の州がデカントを認める立

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 信託のデカント(trust decanting)とは,既存の信託の下で受託者が信託財産を分配する裁量権を有する場合に,これを新しい信託に移転し,新たな信託条項の下で運用・分配するのを認めることをいう

( 1 )

。これにより,時代にそぐわなくなった信託から新しい信託へと財産を移転することができるし,ある州法の下での信託運用が望ましくない場合に別の州法に基づく信託へと財産を移転することができる。このように,いわばワインをデカンターに移してテーブルに出すように,既存の信託を新しい信託に移す行為は,近年アメリカで広くみられるようになってきた。1992年のニューヨーク州の立法

( 2 )

を皮切りに,信託デカントを認める州が徐々に増え,本稿執筆時点で全米のほぼ半数の州がデカントを認める立法を行っている

( 3 )

。これを統一州法委員会が統一州法案として起案したのが,2015年統一信託デカント州法である(以下「統一法」と表記する)

(4)

。2017年の時点で, 5 州で採択されている

( 5 )

アメリカ法の伝統とデカント

 背景として,アメリカ信託法の特徴とその歴史的経緯について触れておこう。アメリカ法は,伝統的なイングランド法と比べ,委託者による財産処分の自由を重視するとされ,委託者の意思に沿わない信託の変更に否定的な態度をとってきた。委託者の同意がない場合に信託の変更が認められる場面として,アメリカ法で一般に認められるのは次の 2 つである。第一が,全受益者が同意し,変更または終了が信託の重要な目的

(material purpose)に反しない場合である( 6 )

。これは19世紀マサチュー

(海外)

2015年統一信託デカント州法Uniform Trust Decanting Act

溜 箭 将 之

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信託法研究 第42号(2017)

セッツ州最高裁の判決( 7 )

にちなんで Claflin 法理と呼ばれ,全受益者が同意すれば直ちに信託の変更・終了を認めるイングランド法と一線を画している。第二が,委託者の予期しなかった事情の変化があり,これにより信託目的の実現が不可能になるか実質的に支障をきたす場合である。これは,エクイティ上の逸脱の法理と呼ばれる

( 8 )

。 近年の判例法や法改革により,アメリカでもこれらの法理を通じた信託の変更がやや認められやすくなったとされるが,実質的には信託の変更に制約的なのがアメリカの立場だった。また,Claflin 法理であれエクイティ上の逸脱の法理であれ,信託の変更には裁判所の関与が必要となる。こうした中で,デカントは,裁判所の手続を経ずに,実質的な信託の変更を実現するものである。 ただし,デカントは,信託の柔軟な運用を可能にするものだが,委託者の意図から離れて信託財産の処分方法を変更できるものではない。あくまでも,委託者の重要な意図を,状況に応じて最も効果的に実現できるようにすることが,デカントの目的である

( 9 )

。また,裁判所の手続がバイパスできるからといって,受託者は信認義務を免れない。受託者が信託法上の義務に反してデカントを行った場合には,利害関係者が裁判所に対して訴えを提起することができる。Claflin 法理やエクイティ上の逸脱の法理であれば,変更に先立って裁判所が関与するが,デカントの場合には受益者など利害関係者側が訴えを通じて信認義務をエンフォースすることになるから,こうした訴えの機会をいかに手続的に保障するかも,デカント立法上の1つの論点である。

デカントのメカニズム

 デカントは,かなり以前から実務上行われ,また判例法上でも認められてきた。Phipps v. Palm Beach Trust Company 事件(1940)

(10)

で,フロリダ州最高裁は,受託者が財産分配上の裁量により受益者に財産をそのまま与える権限を有する以上,その分配権限の範囲内で新しい信託を設定し,これを通じて財産分配をすることは,受託者の裁量の範囲内だ

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文 献 紹 介

と判示した。統一法によるデカントの位置づけも,すでに受託者に与えられた裁量権を制定法により拡張し,これにより信託を変更したり,新たに信託に移転したりすることを認め,信託を柔軟にするものだとしている

(11)

。 Sitkoff のケースブックで示された設例を見てみよう。

委託者Sは遺言信託を設定し,受託者Tに対し,信託財産の収益及び元本を,Tの裁量により時宜に応じて受益者AまたはBに分配するものとした。この信託(第一信託)には,受託者の承継の定めがなく,また税制改正により租税負担の面でも非効率になっていた。受託者Tは,受益者をAとBとする新たな信託(第二信託)を設定する。第二信託は,受託者の承継に関する定めを置き,新しい税法を前提に委託者の意図した節税目的を実現するための変更を加えたほかは,第一信託と同一である。この第二信託の財産は,第一信託の全財産から分配(デカント)された財産から構成されている

(12)

。デカントによる変更は,この例に出てくる受託者承継や租税に関わる定めに限られない。受託者の投資権限や委任権限の不備,信託の終了に関する定めの不都合,浪費者信託の定めの不備を修正したり,信託を分割・統合したりするためにデカントを行うこともできる

(13)

。また,第一信託の準拠する州法と比べて,より望ましい信託法や財産承継法を有する州がある場合に,準拠法を移すためにもデカントを用いることができる。

各州のデカント立法と実務

 統一法は,以上のような先行実務とこれを前提とした立法を踏まえて起草された。したがって,先行する州立法の動向から見ることが便宜である。 デカントの規律は,州によってばらつきがある。以下では,各州のデカント立法で対応の分かれた論点をみてゆくが,ネバダ州やデラウェア州をしばしば取り上げるのは,理由のないことではない

(14)

。これらの州は,

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信託法研究 第42号(2017)

デカントを通じて信託・財産承継法や税法の変化に柔軟に対応できることをアピールし,信託ビジネスの誘致を図っている。デカント立法で先行したニューヨーク州の事情はやや異なり,そこでのニーズは,同州の高率の所得税を回避するため,デカントで他州に信託を移すことにあった

(15)

。 ① 受益者への通知の要否 多くの州では,受託者がデカントをする際に,受益者への通知を要件としている。デカントによる信託の変更にあたり,受益者が信託違反の有無を判断する機会を担保するためである。従来の信託変更と異なり,デカントにあたり裁判所は当然には関与しないが,通知を受けた受益者や利害関係者は訴えを提起することができ,受託者に対する監督の機会が確保される。統一法もこの立場をとる( 7 条)。しかし,ネバダ,デラウェア,サウスダコタなどの州では,こうした通知を不要としている

(16)

。ただし,信託の目的に関わる重要な財産処分については,情報提供義務が発生するというコモンロー上の義務

(17)

はあるので,こちらがきいてくるとの議論はあり得る。 ② 特定の分配基準を定めた信託の扱い 第一信託の条項で分配基準が定められている場合には,委託者が受託者の権限行使に一定の枠をはめる意思を示したことになる。この場合にそもそもデカントを認めるか。多くの州がこれを認めているが,分配基準の制約とデカントの裁量をどう位置づけるかについて,州ごとにばらつきがある。ニューヨーク州など初期のデカント立法は,第一信託に分配基準が規定されている場合には,デカントを認めていない。これに対し,ネバダのようにデカントの柔軟性を強調する州では,第一信託の分配基準を取り去って第二信託の受託者に広範な裁量を与えるデカントを認めている。イリノイなど中間的な立場をとる州は,第一信託の下で受託者が完全な裁量を有する場合と,完全な裁量を有しない場合とに分けて,後者については,第一信託で定められた分配基準に従った形でのデカントを認めている

(18)

。統一法は,この最後のアプローチをとっている(11条,12条)。

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文 献 紹 介

 ③ 収益受益者が特定されている場合の扱い 信託が収益を妻に,妻が死亡したら元本を複数の子の間で分配するよう定めている場合に,これを収益・元本ともに受託者の裁量により分配できる信託にデカントすると,デカント前に妻が有していた分配を受ける権利が,受託者の裁量次第となってしまう。多くの州は,こうした特定の受益者の権利は委託者の意思に反するとして認めていない。ネバダ州も当初はこれを認めなかったが,2015年の法改正によりこれを認める立場をとった

(19)

。収益受益者が所得税の税率の高い州にいる場合には,裁量権行使により分配をとどめたり,所得が少なく所得税支払いが少なくて済む受益者に分配したりできるなどの利点が指摘されている

(20)

統一法の条文

 統一法は全部で32条からなり,多くの州による立法よりも詳細な規定を置いている。条文の見出しを列記すると下の通りである。  1 条:略称, 2 条:定義, 3 条:適用対象, 4 条:信認義務, 5 条:適用;準拠法, 6 条:合理的信頼, 7 条:通知;デカント権限の行使,8 条:代表, 9 条:裁判所の関与,10条:形式要件,11条:広範な分配裁量権に基づくデカント権限の行使,12条:限定された分配裁量権に基づくデカント権限の行使,13条:障害を有する受益者のための信託,14条:公益信託による利益の保護,15条:信託によるデカント権限の制約,16条:受託者報酬の変更,17条:責任及び損失補償の免除,18条:権限を有する受認者の解任または交代,19条:税に関わる制限,20条:第二信託の存続期間,21条:分配の必要性は要件とされない,22条:除外規定,23条:動物の世話のための信託,24条:第二信託の条項,25条:委託者,26条:のちに発見された財産,27条:債務,28条:適用及び解釈の統一性,(29条から32条は略)。 州レベルで実務や立法が流動的な段階での立法であり,受託者の裁量権を法的用語で規律する性質上,条文は複雑であり,定義規定も詳細であるが,以下では詳細を割愛しつつ統一法の概要をおおまかに紹介する。

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信託法研究 第42号(2017)

 ① デカントの対象 デカントの対象となるのは,受託者

(21)

が元本を分配する裁量を有する,撤回不能の明示信託である( 3 条(a))

(22)

。信託設定時に撤回不能と明示された信託だけでなく,委託者が撤回・変更権を有する信託でも,委託者が死亡すれば撤回不能となる。公益のみを目的とする信託は,デカントできない( 3 条(b))。 ② デカント権限の行使態様 デカント権限の行使は, 2 つに分けて規定されている。11条は,受託者に対し,信託財産分配について広範な裁量が与えられている信託について規定する。これに対し12条で規定するのが,財産分配について受託者の裁量が限定された信託である。 受託者に広範な裁量が与えられた信託の場合は,受託者は広範なデカント権限を行使できる(11条(b)(c))。デカントはあくまで第一信託の分配権限内で行われるので,( 1 )第一信託で現受益者ではない者を現受益者として含めること

(23)

,( 2 )第一信託で現受益者,残余受益者と推定される者,承継受益者のいずれでもない者を,残余受益者と推定される者または承継受益者とすること,( 3 )確定した利益を縮減または排除することは許されない

(24)

。しかしそれ以外は,統一法の定める制限(主に15~20条〔以下④参照〕)にかかるほかは,あらゆる条項を織り込むことが許される。11条コメントでは,次のような例が列記されている。

( 1 )現受益者を排除すること,( 2 )現受益者を残余受益者や承継受益者とすること,( 3 )残余受益者や承継受益者を排除すること,( 4 )残余受益者を承継受益者とすること及びその逆,( 5 )確定していない利益の変更・排除,( 6 )分配基準の変更,( 7 )浪費者信託条項の追加・削除,( 8 )信託の存続期間の延長,( 9 )信託の裁判管轄や信託の運用に関わる適用法の変更,(10)受益者指名権の削除・変更・追加,(11)受託者の変更や受託者承継に関する規定の変更,(12)受託者の権限の変更,(13)信託の運用に関する規定の変更,(14)投資助言者,信託プロテクターなどの受認者の追加,(15)信託の分割,(16)信託の統合。 受託者の裁量が限定された信託の場合,すなわち第一信託の受託者の

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文 献 紹 介

分配権限が,一定の特定可能な基準または合理的に確定される基準により限定されている場合(12条(a))には,受託者のデカント権限はより厳密に制約される。新たに設定される第二信託においては,第一信託の各受益者に対し,第一信託の受益者の受益権と実質的に同様な受益権を与えなければならない(同(c))。 ③ 信認義務 受託者は,デカントを行う義務は負わない。しかしデカントを行った場合には,第一信託の信認義務に服する。すなわち,受託者は善意に基づき行動する義務,第一信託の条項及び目的に従う義務,受益者のために行為する義務を負う( 4 条)。デカントはあくまで,委託者の全般的な信託設定の意図,またはデカントの時点での事情を委託者が予期していれば意図したであろう内容を実現するために,信託を変更するものと位置づけられる。 受託者その他の者が,本統一法その他の法や他の州法に基づくデカントを信頼したのが合理的であれば,そうした信頼に基づく作為・不作為について責任を免除される( 6 条)。 ④ デカント権限行使の制限 統一法の15条から20条は,デカント権限行使に対する制限を定める。デカント権限行使は,第一信託の明示の禁止や制限に服するほか(15条),受託者の利益相反的なデカント権限行使も禁止される。具体的には,全受益者の同意または裁判所の許可のない限り,受託者の報酬を増加することは許されず(16条),信託違反に対する責任の軽減を第一信託より広く認めたり,信認義務違反に対する損失補償額を減額したりもできない(17条(a)(c))。ただし,受認者の権限を,受託者間,あるいは受託者と分配助言者,投資助言者,信託プロテクターなどの間で再分配し,適用される州法で認められる限りにおいて他の信認義務者の行為についての責任を限定することは許される(17条(d))。また第一信託で特定の者に受託者を解任または交代させる権限が与えられている場合,原則としてそうした規定を改変することも許されない(18条)。また,デカントによって信託の存続期間を延長することはできるが,永久拘束禁止

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信託法研究 第42号(2017)

則,永久積立禁止則,処分権限拘束禁止則などの制約には服する(20条)。 第一信託が,配偶者控除,寄付控除,特別小規模会社(S corporation),世代飛越移転税(generation-skipping transfer tax),年金立法の適格給付,みなし自益信託(grantor trust)など,連邦や州の税法上の優遇を目的としている場合には,第二信託にこれを妨げるような条項を盛り込んだり,そうした条項を排除したりすることは許されない(19条)。統一法の一つの目的は,特に連邦の税法上の扱いにおいて,デカントに対する対応がまちまちな状況を改善することだったとされる

(25)

。この点は,デカント立法を持たない州だけでなく,すでにデカント立法を有する州でも統一法を採用する利点となりうる。 ⑤ デカントの手続 デカントの手続についての定めは, 7 条から10条におかれている。受託者は,デカントの権限を行使する60日以上前に受益者に通知しなければならない( 7 条(b))。通知の対象は,第一信託の委託者,第一信託の受益者,権利取得者指名権者(holder of a power of appointment),受託者に対する解任権を有する者,第一信託の共同受託者,第二信託の受託者,そして信託が公益信託を含む場合には州の司法長官である。未成年や能力に制約のある人に対する通知に関わる代表の規定も,オプションではあるが設けられている( 8 条)。デカントにあたっては裁判所の関与は必要ないが,受益者やデカント権行使の通知を受ける権利のある者は,裁判所に信託をエンフォースする訴えを提起できる( 9 条)。デカント権限は,受託者の署名のある記録の形で行使されなければならない(10条)。 ⑥ 受益者に障害を有する人のいる信託 受益者に障害をもつ人がいる場合には,受託者が元本を分配する裁量を有していなくとも,デカントが認められる(13条)。いわゆる特別ニーズ信託(special needs trusts)により,政府の補助金を受ける権利を失うことなく財産を分配することができる。 ⑦ 適用法 統一法の適用範囲は広く規定されている。具体的には,( 1 )統一法

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文 献 紹 介

を採用した州に主要な運用地がある信託,( 2 )(A)運用について同州法を準拠法とする信託,( 2 )(B)信託条項の解釈または(C)信託条項の意味もしくは効果の決定について同州法を準拠法とする信託に適用される( 5 条)。適用範囲を広くとることで,統一法の適用を巡る争いを極力防ぐことが意図されている。

今後の見通し

 信託デカントについて批判がないわけではない。デカントは,受託者の裁量権を制定法で拡大するもので,エージェンシー問題を引き起こしかねない。すなわち,受託者が,委託者の望むところとは異なる自己中心的な動機でデカント権限を行使する恐れが否定できない。さらにデカントが広く認められることで,委託者が望む以上にアグレッシブな節税や債権回収逃れが追求される可能性もある

(26)

。 しかし,デカントは各州の信託法をめぐる競争の中で発展してきたもので,これを巻き戻す流れが出てくることは,現時点では考えにくい。また受託者に広範な裁量権を与えることも,近年のアメリカ信託法の大きな流れに沿っている。こうした中で統一法は,各州のデカント立法の中で,委託者の信託設定目的を尊重し,受益者の利益の手続的・実体的な保護を図るものだといえる。 今後統一法が広く採用されるかは予断を許さない。しかし,デカント法の統一は,税法の対応との関係でメリットも大きく,公表から 2 年で6 州が採用し,その中にネバダやイリノイなど既にデカント立法を有する州が含まれることからみても,今後も採用が広まる可能性を持っている。

( 1 ) RobeRt H. Sitkoff and Jesse dukeminieR, Wills, tRusts, and estates, 742-50 (10th ed. 2017); Robert H. Sitkoff, The Rise of Trust Decanting in the

United States, 23 tRusts & tRustees __ (forthcoming 2017).( 2 ) N.Y. est. PoWeRs & tRusts laW §10-6.6.( 3 ) 2016年 4 月の段階で24州がデカント立法を有している。M. Patricia

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信託法研究 第42号(2017)

Culler, State Decanting Statutes Passed or Proposed (as of April 28, 2016), ameRican college of tRust and estate counsel,

http://www.actec.org/assets/1/6/Culler-Decanting-Statutes-Passed-or-Proposed.pdf (last accessed October 24, 2017). Sitkoff教授は2016年末で25州としている。sitkoff & dukeminieR, supre note 1, at 744.

( 4 ) Uniform Law Commission, Uniform Trust Decanting Act of 2015. 以下脚注では UTDA と表記する。

( 5 ) 2016年までにコロラド州とニューメキシコ州で採用され,2017年にイリノイ州,ネバダ州,バージニア州,ワシントン州に導入されている。Legislative Fact Sheet--Trust Decanting, unifoRm laW commission,

http://www.uniformlaws.org/LegislativeFactSheet.aspx?title=Trust%20Decanting (last accessed October 24, 2017).

( 6 ) Restatement (Third) of Trusts §65; unifoRm tRust code (UTC) §411.( 7 ) Claflin v. Claflin, 149 Mass. 19 (1889).( 8 ) Restatement (Third) of Trusts §66; UTC §412.( 9 ) UTDA, Prefatory Note, at 1.(10) 196 So. 299 (Fla. 1940).(11) UTDA, Prefatory Note, at 1.(12) sitkoff & dukeminieR, supra note 1, at 742.(13) Thomas E. Simmons, Decanting and its Alternatives: Remodeling and

Revamping Irrevocable Trusts, 55 S.D. L. Rev. 253, 255 (2016); Tara M. Niendorf, Comment: Save the Wealth! Trust Decanting and Oklahoma, 66 okla. l. Rev. 615, 620-21 (2014).

(14) デカント立法など信託立法を州ごとに採点し,順位を付けたネバダ州の法律事務所のウェブサイトとして,State Rankings Charts, laW offices of oshins & associates, LLC,

https://www.oshins.com/state-rankings-charts. デカント立法の高得点ランキングは,サウスダコタ州を筆頭に,ネバダ州,テネシー州,ニューハンプシャー州,デラウェア州と続く。

(15) Simmons, supra note 12, at 282.(16) nev. Rev. stat. §163.5; del. code tit. 12, §3528.(17) 代表判例として,Allard v. Pacific National Bank, 99 Wn.2d 394,663 P.

2d 104 (1983).(18) 760 ILCS 5/16.4 (c)(d).(19) nev. Rev. stat. §163.5.

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文 献 紹 介

(立教大学法学部教授)

(20) Nevada Legislature Allows for Greater Flexibility with Irrevocable Trusts, tRust advisoR,

http://thetrustadvisor.com/featured-contributors/nevada-legislature-allows-for-greater-flexibility-with-irrevocable-trusts (last visited October 24, 2017).

(21) 統一法は,デカント権限を有する者を「有権限受認者 Authorized fiduciary」と呼ぶが,本稿では「受託者」で通す。「有権限受認者」は「受託者その他の受認者で,委託者ではない者であって,第一信託の元本の一部または全部を現受益者の一人またはそれ以上の者に分配するか,分配を受託者に指示する裁量権を有する者」と定義される( 2 条( 3 ))。

(22) 厳密には,委託者が撤回できる信託であっても,受託者の同意または委託者と対立する利益を有する者の同意を得なければ撤回できない信託も対象となる( 3 条)。

(23) 「現受益者 current beneficiary」は 2 条( 9 )で定義されている。(24) 「確定した利益 vested interest」は11条( 4 )に列挙されている。(25) UTDA, Prefatory Note, at 1.(26) Stewart E. Sterk, Trust Decanting: A Critical Perspective, 38 caRdozo l.

Rev. 1993 (2017).

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