17
37 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望 図 121-1 国内設備投資の今後 3 年間の見通し 図 121–2 国内設備投資の増加見通しの理由 我が国製造業の競争力強化に向けて (1)国内でのものづくりの再評価 ①国内設備投資に回復の兆し 第 1 節で分析したとおり、為替水準の安定と輸出先 景気の改善などにより、今後の輸出増加を期待する声は 多い。 さらに、設備投資については、第 1 節で分析した海 外投資における大きな伸びと同時に国内でも投資を行う 動きが見られつつある。足下では持ち直しつつも、依然 として回復は緩やかなペースにとどまっているが、今後 3 年間の国内における設備投資の見通しを前年と比較す ると、主な業種ではいずれも「増加」させるとの傾向が 強まっている(図 121-1)。また、国内設備投資の増加 見通しの理由としては、単なる「能力増強」を挙げる回 答が最も多く、4 割程度を占めている(図 121-2)。 資料:経済産業省調べ(14 年 1 月) 資料:経済産業省調べ(14 年 1 月) 23.2 42.8 17.7 39.3 17.9 32.9 16.7 43.2 43.8 50.8 47.5 48.2 44.1 43.7 39.7 45.9 41.7 47.2 38.2 38.5 29.3 9.0 38.2 17.0 42.3 21.2 41.7 9.6 18.0 10.8 0 20 40 60 80 100 (n=478) (n=556) (n=503) (n=524) (n=390) (n=444) (n=108) (n=125) (n=178) (n=195) 一般機械 電気機械 輸送用 機械器具 鉄鋼業 化学工業 (%) 減少 横ばい 増加 37.1 37.0 42.6 41.7 38.0 17.9 29.7 24.3 12.5 26.1 4.5 3.1 1.5 2.1 5.4 21.0 18.2 16.9 22.9 9.8 17.9 10.4 11.8 20.8 19.6 0 20 40 60 80 100 (n=224) (n=192) (n=136) (n=48) (n=92) 能力増強 新製品・製品高度化 研究開発 合理化・省力化 維持・補修 その他 (%) 輸出を支える国内生産基盤の維持・強化

2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

37

第1章

第2節我が国製造業の競争力強化に向けて

我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

図 121-1 国内設備投資の今後 3年間の見通し

図 121–2 国内設備投資の増加見通しの理由

我が国製造業の競争力強化に向けて第2節

(1)国内でのものづくりの再評価①国内設備投資に回復の兆し 第 1 節で分析したとおり、為替水準の安定と輸出先景気の改善などにより、今後の輸出増加を期待する声は多い。 さらに、設備投資については、第 1 節で分析した海

外投資における大きな伸びと同時に国内でも投資を行う動きが見られつつある。足下では持ち直しつつも、依然として回復は緩やかなペースにとどまっているが、今後3 年間の国内における設備投資の見通しを前年と比較すると、主な業種ではいずれも「増加」させるとの傾向が強まっている(図 121-1)。また、国内設備投資の増加見通しの理由としては、単なる「能力増強」を挙げる回答が最も多く、4 割程度を占めている(図 121-2)。

資料:経済産業省調べ(14年 1月)

資料:経済産業省調べ(14年 1月)

23.2

42.8

17.7

39.3

17.9 32.9 16.7

43.2 43.850.8

47.5

48.2

44.1

43.7

39.7

45.9

41.7

47.238.2

38.5

29.3

9.0

38.2

17.0

42.3

21.2

41.7

9.618.0

10.8

0

20

40

60

80

100

(n=478) (n=556) (n=503) (n=524) (n=390) (n=444) (n=108) (n=125) (n=178) (n=195)

一般機械 電気機械 輸送用機械器具

鉄鋼業 化学工業

(%)

減少

横ばい

昨年度

今年度

昨年度

今年度

昨年度

今年度

昨年度

今年度

昨年度

今年度

増加

37.1 37.0 42.6 41.7 38.0

17.929.7 24.3

12.526.1

4.5

3.1 1.5

2.1

5.421.0

18.2 16.9

22.99.8

17.910.4 11.8 20.8 19.6

0

20

40

60

80

100

(n=224) (n=192) (n=136) (n=48) (n=92)

能力増強 新製品・製品高度化 研究開発

合理化・省力化 維持・補修 その他(%)

一般機械

電気機械

輸送用

機械器具

鉄鋼業

化学工業

輸出を支える国内生産基盤の維持・強化1

Page 2: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

38

 近年の設備投資の傾向としては、生産能力の拡大・増強を海外拠点で行う一方、国内拠点向けの設備投資は維持・補修が中心であった。国内拠点においても能力増強の動きが出始めたことは、新たな変化として注目される。この背景には、為替の円安方向への推移によって、本来は国内に向けられるはずだった海外生産・投資が見直され、国内と海外の生産・投資の役割分担が適正な方向に向かっていると評価できる。国内生産の増加に伴って、生産設備及び生産能力に対して徐々に不足感が生じ

つつあるものと考えられる。 なお、生産設備の過不足について日銀短観(全国企業短期経済観測調査)の調査結果を見ると、化学や鉄鋼といった素材系業種で設備過剰感が着実に緩和しており、特に化学や鉄鋼の中小企業では設備不足へと転じている(図 121-3)。機械系業種においては、依然として設備の過剰感が残っているものの、一般機械では先行して過剰感の解消が進みつつある(図 121-4)。

図 121–3 生産設備の過不足(製造業全体及び素材系業種)

図 121–4 生産設備の過不足(機械系業種)

資料:日本銀行「全国企業短期経済観測調査」

備考:「はん用・生産用・業務用機械」を「一般機械」として記載。資料:日本銀行「全国企業短期経済観測調査」

-10

0

10

20

30

40

50

Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ

11 12 13 14

製造業全体 大企業 製造業全体 中小企業

化学 大企業 化学 中小企業

鉄鋼 大企業 鉄鋼 中小企業

設備過剰

設備不足

(過剰-不足)

(年)

(期)

-5

0

5

10

15

20

25

30

Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ

11 12 13 14

設備過剰

設備不足

(過剰-不足) 輸送用機械 大企業

電気機械 大企業

一般機械 大企業

輸送用機械 中小企業

電気機械 中小企業

一般機械 中小企業

(年)

(期)

Page 3: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

39

第1章

第2節我が国製造業の競争力強化に向けて

我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

図 121–5 各製品向けに集計した国内設備投資の見通し(化学工業)

図 121–6 アジア各国の賃金比較

 また、設備投資が増加するという見通しの回答比率が最も高かった化学工業では、自動車向けの製品を生産している企業において、特に増加見通しの回答比率が高く

なっており、好調な自動車産業の影響が素材・部品など川上の産業へも波及している様子がうかがえる(図121-5)。

60.0

30.0 37.552.1

32.0

60.031.3

38.7

8.0 10.031.3

9.2

0

20

40

60

80

100

(n=25) (n=10) (n=16) (n=142)

(%)

減少

横ばい

増加

自動車向け

産業用機械向け

電気機械向け

その他

②海外生産を取り巻く環境の変化 国内での設備投資に回復の兆しが見える背景には、足下での円安方向への動きに加えて、人件費の高騰など海外生産を取り巻く環境の変化があり、国内拠点と海外拠点の果たす役割を明確化した上で、日本国内でのものづくりを再評価する動きも見られている。 我が国企業は新興国へ積極的に進出し、海外生産を拡大させてきた。しかしながら、新興国の経済成長が進む

につれて、現地労働者の賃金上昇が続いている。アジア各国の人件費の水準を比較すると、我が国と ASEAN 諸国や中国との間には依然として 10 倍程度の賃金格差が存在しているが、一方では相対的に中国の賃金水準が上昇しており、中国は ASEAN など他のアジア諸国よりも高い水準にある(図 121-6)。中国における事業の課題や懸念事項では、「労働コストの上昇」を挙げる回答比率が高まっている(図 121-7)。

資料:経済産業省調べ(14年 1月)

備考:各国におけるワーカー(一般工職)の月額基本給の比較。資料:日本貿易振興機構「第 23回アジア・オセアニア主要都市・地域の投資関連コスト比較(2013 年 5月)」より経済産業省作成。

466 449 395 329 326 315 281 308

1,143

1,734

239345

14553 74

276

3,306

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

3,000

3,500

(米ドル)

北京

深圳

大連

瀋陽

青島

武漢

台北

ジャカルタ

バンコク

ハノイ

ヤンゴン

ダッカ

ニューデリー

ソウル

横浜

広州

上海

Page 4: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

40

図 121-7 中国における事業の課題や懸念事項

資料:国際協力銀行「海外直接投資アンケート」より経済産業省作成。

0

20

40

60

80

100

07 08 09 10 11 12 13

労働コストの上昇 他社との厳しい競争

法制の運用が不透明 知的財産権の保護が不十分

治安・社会情勢が不安

(%)

(n=325) (n=285) (n=336) (n=377) (n=339) (n=300) (n=179)

 平成 24 年度補正予算において、円高やエネルギー制約の克服のため、産業競争力の強化や空洞化防止に資する最新設備の導入支援として、「円高・エネルギー制約対策のための先端設備等投資促進事業費補助金」が措置された。2013 年 8 月末までで、約 1,000 件(うち中小企業 660 件)の事業を採択した。 投資見込みについては、業種別件数で見ると “機械・素形材” が多いが、業種別投資総額で見ると “エレクトロニクス分野” が大きい。これは、中小型ディスプレイ、メモリなどの需要が急速に拡大しており、生産能力の増強が急務となっていることも要因の 1 つと言えるだろう。 また、海外への投資予定や外国政府などから誘致を受けていた設備投資を国内拠点へ誘導することの効果も見られている。例えば、メーカー A 社は、コストダウン対応が急務であり、既にアジアの現地企業との合弁会社による海外進出を検討していたが、本補助金の活用のほか、工程の削減の工夫と自動化ラインの導入により、国内においても大幅なコストダウンが可能であると判明したため、国内での生産を決定した。 このように、本補助金制度に誘発され、海外ではなく国内における事業が見直され、国内における設備投資促進のきっかけ作りになったと言える。

 最先端設備への大胆な投資を促進し、「日本再興戦略(2013 年 6 月 14 日閣議決定)」に掲げられた、「設備投資をリーマンショック前の水準に戻す」という目標を達成するため、平成 25 年度補正予算において「リース手法を活用した先端設備等導入促進補償制度推進費」を措置した。 本事業では、企業の財務に負担をかけないリース手法の活用を促すスキームを用意することで、市場や需要の拡大ペースを見極めることが難しい先端設備への大胆な投資を促す。具体的には、民間事業者がリース手法を活用し、先端設備等を導入しようとする場合、リース会社と基金設置法人が「先端設備等導入支援契約」を締結することで、リース期間終了後の当該物件の売却に係る損失を軽減する。

円高・エネルギー制約対策のための先端設備等投資促進事業費補助金

リース手法を活用した先端設備等導入促進補償制度推進事業

Page 5: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

41

第1章

第2節我が国製造業の競争力強化に向けて

我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

リース事業者 リース先企業(契約件数) 対象設備三井住友ファイナンス&リース DMG森精機(3件) 生産用機械器具東京センチュリーリース ユーグレナ(1件) 食料品製造業用設備日立キャピタル ダルトン工芸センター(1件) 家具又は装備品製造業用設備三菱UFJ リース 龍森(1件) 窯業又は土石製品製造業用設備IHI ファイナンスサポート IHI(5件) 輸送用機械器具製造業用設備三井住友ファイナンス&リース 新関西製鐵(1件) 鉄鋼業用設備興銀リース オザックス(1件) 電話設備その他の通信機器

資料:経済産業省作成

③国内拠点に求められる役割 海外展開が進行する一方、海外拠点における労働コストが上昇するなど、中国を中心に途上国において労働コスト面のメリットを享受することの限界を踏まえた対応が見られつつある。また、生産拠点の国内回帰という文脈では、国内市場を念頭に効率的な物流、在庫コスト等を合わせたトータルでの日本拠点のコスト競争力、また、多様・複雑なニーズに対する迅速な顧客対応といった付加価値の高い拠点としての再評価がなされている。 我が国製造業を取り巻く環境が変化する中、国内拠点

が担う役割も変化しつつある。国内拠点及び海外拠点それぞれにおいて、生産能力を拡大させる理由を聞くと、国内拠点では主要業種ともに「国内需要の変化」に対応するための回答比率が 6 割前後を占めており、「海外需要の変化」との回答は 1 ~ 2 割程度に留まっている(図121-8)。一方、海外拠点の生産能力拡大理由では、「海外需要の変化」への対応が 7 ~ 9 割を占めている(図121-9)。当面は、国内拠点は国内需要に対応し、海外需要は国内からの輸出ではなく海外拠点で対応するという「地産地消」の流れがうかがえる。

図 2 先端設備等導入支援契約締結先として選定した案件(14年 4月末時点)

図 1 スキーム図

図 121-8 国内生産能力の拡大目的 図 121-9 海外生産能力の拡大目的

資料:経済産業省調べ(14年 1月) 資料:経済産業省調べ(14年 1月)

60.4 62.7 59.2 66.7 64.3

20.1 11.0 15.8 5.1 14.3

5.0 7.6 7.9 10.3

5.4

10.8 11.0 13.2 15.4 14.3

0

20

40

60

80

100

(n=139) (n=118) (n=76) (n=39) (n=56)

国内需要の変化 海外需要の変化 為替レートの変化雇用・賃金の変化 自由貿易協定の進展 環境規制への対応エネルギー制約への対応 その他

(%)

一般機械

電気機械

輸送用

機械器具

鉄鋼業

化学工業

0

20

40

60

80

100

(n=71) (n=64) (n=80) (n=10) (n=20)

(%)

一般機械

電気機械

輸送用

機械器具

鉄鋼業

化学工業

国内需要の変化 海外需要の変化 為替レートの変化雇用・賃金の変化 自由貿易協定の進展 環境規制への対応エネルギー制約の対応 その他

9.9 12.5 1.3

10.0 0.0

78.9 73.4 88.8 70.0

80.0

5.6 9.4 6.3 10.0 15.0

Page 6: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

42

 しかし、生産・開発する製品の水準という観点から国内及び海外拠点の役割の変化を見ると、過去 5 年間に新設・増強された海外拠点の役割としては、「汎用品の生産」との回答が最も多い(図 121-10)。一方、その海外拠点の新設・増強に伴って国内拠点の役割がどのように変化したかを見ると、「高付加価値品の研究開発」や「高付加価値品の生産」という位置付けが維持されつつも、「汎用品の研究開発」「汎用品の生産」という回答比率が低下している。汎用品に係る機能は国内拠点から海外拠点へと移管しつつ、国内拠点は高付加価値品へ特化する方向が強まっていることがうかがえる。こうした製品が国内で生産され、市場が国内とともに海外にも拡大することで輸出に結び付くことが期待される。

資料:経済産業省調べ(14年 2月)

3.5

69.4 72.5

16.8

52.0

43.744.2

75.178.677.9

48.0

30.1

4.9 3.9 3.9

0

20

40

60

80

100

国内拠点の役割

高付加価値品の研究開発汎用品の研究開発高付加価値品の生産

汎用品の生産その他

(%)

海外拠点の

新設・増強後

海外拠点の

新設・増強前

過去5年間に新設・増強された海外拠点の役割

(n=229)(n=226)

図 121-10 �海外拠点の新設・増強に伴う�国内拠点の役割変化

図 121-12 �海外拠点の新設・増強に伴う�国内利益の変化

図 121-11 �海外拠点の新設・増強に伴う�国内生産量

 また、上記の海外拠点の新設・増強に伴って、国内の生産拠点における生産量の変化を聞くと、「ほとんど変化なし」との回答が 5 割強を占めたが、生産量が「増加」したとの回答比率の合計が 19.3%であるのに対して、「減少」したとの回答比率の合計は 28.9%であった(図121-11)。本件の海外拠点の新設・増強においては、国内生産量の「減少」の影響がやや強く出ている。一方、

同様に国内事業における利益の変化を聞くと、「ほとんど変化なし」との回答が 5 割強を占めた点は同じであるが、「増加」と「減少」の回答比率はほぼ同じであった(図 121-12)。本件では、国内拠点の役割が、(量が稼げる)汎用品から高付加価値品へとシフトしたため生産量自体が減少しても、利益水準は維持できていることがうかがえる。

資料:経済産業省調べ(14年 2月) 資料:経済産業省調べ(14年 2月)

6.6 7.9 4.8 52.0 10.5 7.9 10.5

0 20 40 60 80 100

(n=229)

(%)

「増加」の回答比率:19.3% 「減少」の回答比率:28.9%

ほとんど変化なし20%~増加 10%~20%増加 0%~10%増加

0%~10%減少 10%~20%減少 20%~減少

0 20 40 60 80 100

(n=226)

(%)

「増加」の回答比率:24.3% 「減少」の回答比率:21.2%

ほとんど変化なし20%~増加 10%~20%増加 0%~10%増加

0%~10%減少 10%~20%減少 20%~減少

6.6 6.6 11.1 54.4 10.2 6.64.4

 海外展開の進行に伴い、日本国内からの部素材や原材料などの調達額が減少するとの懸念がある。海外の生産拠点では現地調達を進めていることから、国内拠点に比べて部素材や原材料の国産品比率が低い傾向にある(図121-13)。(過去 5 年以内の)海外拠点の新設・増強に伴う日本国内からの調達額への影響では、(調達額の)増加と減少がおおむね拮抗している(図 121-14)。生産拠点の海外移転により日本からの調達額が減少してい

るケースがある一方、海外展開が進行し、また現地調達比率が上昇しても、サプライチェーン全体を見れば、海外拠点数や生産能力自体の拡大によってカバーされることで、調達額が維持されているケースも考えられる。また、輸送用機械器具(自動車)については増加の回答比率の方が多いが、この背景として部品の国内生産では金額の高い高付加価値部品へとシフトしている可能性がある。

Page 7: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

43

第1章

第2節我が国製造業の競争力強化に向けて

我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

〈国内での生産活動の活性化事例〉● �ホンダ:「最も環境負荷の小さい製品を最も環境負

荷の小さい工場で作り出す」世界トップクラスの省エネルギー工場を設立(埼玉県大里郡寄居町)。2013 年 7 月に稼動開始。

● �オリンパス:2016 年度までに約 197 億円を投じ、既存工場を増設し、世界シェアナンバーワンである内視鏡の生産能力を 3 割増加することを 2013 年12 月に決定。

● �ジャパンディスプレイ:約 2,000 億円となる設備

投資を行い、普及拡大するスマートフォンやタブレット用の高性能・高品質なディスプレイ生産のため、主力の茂原工場(千葉県茂原市)の能力倍増に取り組んでいる。

● �東芝:スマートフォンやタブレット用のフラッシュメモリの需要増加を背景に、四日市工場(三重県四日市市)において、NAND 型フラッシュメモリの次世代プロセス品や三次元構造品の生産スペースを確保することを目的に工場を拡大予定。

図 121-13 国内外拠点における部素材・原材料の国産品調達比率

図 121-14 海外拠点新設・増強に伴う国内からの調達額の変化

資料:経済産業省調べ(14年 2月)

資料:経済産業省調べ(14年 2月)

13.8

34.526.8 29.3

6.6

33.910.3

27.6

9.8

34.1

6.6

16.9

17.2

24.1

22.0

24.4

9.8

22.0

58.6

13.8

41.5

12.2

77.0

27.1

0

20

40

60

80

100

一般機械 電気機械 輸送用機械器具

50~75% 25~50% 0~25%(%)

75.8

37.9

63.5

36.6

49.1

86.8

国内拠点(n=29)

海外拠点(n=29)

国内拠点(n=41)

海外拠点(n=41)

国内拠点(n=61)

海外拠点(n=59)

国産品比率:75~100%

7.4

14.6

12.9

37.0

31.7

45.2

44.4

34.1

30.6

11.1

19.5

11.3

0 20 40 60 80 100

一般機械

電気機械

輸送用機械器具

(n=27)

(n=41)

(n=62)

明らかに増加した どちらかと言えば増加した

どちらかと言えば減少した 明らかに減少した

(%)

44.4 55.5

53.646.3

41.958.1

Page 8: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

44

 本田技研工業(株)は、埼玉県大里郡寄居町に新しい組立工場を建設し、2013 年7月に稼働を開始した。寄居工場は、2006 年に着工した当初は中・大型の四輪車の生産を計画していたが、リーマンショックの影響を受け、2008 年に建設が中断され、2度の計画変更を経て、小型車専用の工場として建設された。年間 25万台の生産能力を持ち、ホンダの主力製品である「フィット」「ヴェゼル」などが生産されている。 リーマンショック以降、ホンダは輸出向け生産の海外移転を進めており、2007 年度に約 70 万台あった輸出は 2013 年度には約 10万台弱に減少している。こうした中で建設された寄居工場は、新たに9工程でロボットを導入するなど徹底的な効率化、低コスト化を図ることにより、国内立地を可能とし、工場として高い競争力を保持している。また、こうした最先端の生産技術を世界の工場に水平展開していくことを狙っており、まさに世界の「マザー工場」としての役割を果たしていくことが予定されている。既に、寄居工場に導入された新技術の一部は、2014 年2月に稼働を開始したメキシコの新四輪工場に導入されている。 また寄居工場は、「最も環境負荷の小さい製品を最も環境負荷の小さい工場で作り出す」ことを掲げ、二酸化炭素排出量を大幅に低減させる新開発の塗装技術を導入するなど先進的な環境対策技術が投入されている。こうした環境関連の新技術も世界の拠点に展開されていく見込みである。さらに、環境対策として国内自動車工場最大のメガソーラー発電の設置や天然ガスコジェネレーションの導入などの取組も行われている。 世界最先端の自動化技術や環境対策技術といった「技術のタネ」を国内の工場に蒔き、成長させ、その「果実」を世界中の工場に展開する「マザー工場」としての寄居工場は、国内の雇用を維持・拡大しながら、企業全体のものづくりの競争力を高める好例となっている。

 オリンパスグループのオリンパスメディカルシステムズ(株)は、内視鏡等の医療事業を手がけている。医療事業では技術、製品、ソリューション、サービスを総動員しており、従来の内視鏡を中心にした消化器分野だけでなく、一般外科、泌尿器、耳鼻科分野を強化している。 国内の生産拠点は、日の出(東京都)、会津(福島県)、白河(福島県)、青森(青森県)にあるが、2015 年~ 2016 年にかけて会津、白河など福島県を中心に200 億円の投資を実行し、生産能力の増強や生産効率の向上を図る予定である。これまで築いてきた地域の協力会社とのネットワークを活かすため、既存拠点を中心に生産能力を増強し、従業員も新たに約 500 人増やす計画である。 同社はグローバルな分業体制の中で国内拠点を、特殊な技術やノウハウを活用することで、内視鏡を中心に多品種少量生産を実現する生産拠点として位置づけている。多品種少量生産では、開発と一体になって製品を立ち上げる必要が多く、また特殊な生産設備を社内で独自に作ることが求められる。熟練技能者による製造ノウハウが随所にあることに加え、部材の調達先に医療機器の品質保証について理解してもらい長期間

図:オリンパスメディカルシステムズ(株)の国内投資計画

高付加価値品を低環境負荷・低コストで生産する最先端国内拠点� 本田技研工業(株)

医療事業を核として、国内でのものづくりを維持・強化� オリンパスメディカルシステムズ(株)

Page 9: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

45

第1章

第2節我が国製造業の競争力強化に向けて

我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

 (株)東芝は NAND 型フラッシュメモリの次世代プロセス品や三次元構造品(以下、3D メモリ)の生産スペースを確保することを目的に、四日市工場(三重県四日市市)において、第 5 製造棟の第 2 期分の工事を 2013年 8 月に開始、2014 年夏に竣工する予定である。 これに続いて同工場では更に拡大する市場要求に応えるべく第2製造棟を建替える。こちらは 2014 年9月起工、2015 年夏に竣工する予定である。 スマートフォンやタブレット、エンタープライズサーバ向けフラッシュメモリなどを中心に需要が増加傾向にあること、中長期的にも市場拡大が見込まれることから、建設を決定、3D メモリの生産スペースを確保するとともに、最先端の微細化技術を継続して開発、適用することで、さらなる事業競争力強化を図る計画である。 第 5 製造棟及び新第2製造棟では、製品を効率的に自動搬送するシステムや地震時の揺れを吸収する免震構造を採用。また、LED 照明の全面展開、最新の省エネ製造設備の導入などによる省エネや工場廃熱の有効利用による燃料消費削減などを通して、第5製造棟ではCO2 の排出量を第 4 製造棟と比較して 13%低減するなど、環境面にも配慮している。市場動向を分析し、タイムリーな設備投資を実施することで、国内での製造基盤を着実に固め、競争力強化を図っている。

(10 年以上)供給してもらうなど協力会社との相互理解や協業が必要となるため、簡単に海外へ製造を委託することが難しい。国内生産を維持するため、特殊な技術やノウハウを持つ高精度精密加工のレンズや微細部品の製造設備等を独自につくりこむなど、国内にものづくり技術やノウハウを残そうと努力している。 なお、このように国内で生産した内視鏡を新興国に展開し普及させるため、北京や上海に現地の医師・技師のためのトレーニングセンターを設立。機器だけを売るのではなく、その機器を安全かつ有効に使用するためのトレーニングというサービスを一体的に展開するビジネスモデルの工夫も行っている。

市場動向にあわせたタイムリーな設備投資 (株)東芝

④国内拠点の高度化と国際分業下で求められる役割 為替の円安方向への動きや人件費の高騰など海外生産を取り巻く環境の変化に伴って、日本国内でのものづくりが再評価される中、我が国ならではの「ものづくり」が注目されている。例えば、国内の産業集積の厚みを活かし、従来の調達対象としていた業種・地域を越えて全国規模で新たなサプライヤーの発掘を行い、高付加価値製品を低コストで生産する取組もある。また、最先端の研究開発機能との隣接性を活かし、為替水準によらない需要の価格弾力性の低い製品の開発も行われている。さらに、生産年齢人口の減少に直面する中で、生産現場の生産性を高め、付加価値を飛躍的に向上させることが求められる。そのため、生産設備と現場で働く人の最適な

あり方を踏まえた、人とロボットなどの最先端の自動化設備が棲み分け・協調した新たな生産プロセスの構築が期待されている。例えば、自動車部品という生産サイクルの短い製品領域、しかも意匠部品という少量多品種が避けられない分野において、究極の自動化を追求した事例や、少量多品種の製品について、製品生産サイクルの短縮が厳しく求められないことを活かし、製品毎に工程の異なる組立てまでを自動化し生産性を向上させようとする事例などがある。 こうした取組により、日本国内での生産基盤の維持とともに、アジアなどにおける将来的な更なる労働コストの上昇に備えた「マザー機能」の発揮が期待されている。

図:四日市工場 第 5製造棟の完成イメージ

Page 10: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

46

 冷媒開発から空調機器開発までをトータルに手がける空調総合メーカーのダイキン工業(株)は、従来の冷媒 HFC410 Aに比べて温暖化係数が 3 分の 1 となる次世代省エネ冷媒 HFC32 を採用したエアコンを世界で初めて開発し、史上最高の省エネ効率を達成した。中国を始めとする新興国との競争で、工場存続への危機意識を高めた滋賀県にあるマザー工場が、日本が誇るものづくりの強さを世界に示そうと起死回生を目指して取

<富士通(株)> <ダイキン工業(株)>

<沖電気工業(株)(埼玉県本庄工場)>

<小島プレス工業(株)> <グローリー(株)(通貨処理機で高い世界シェア)>

<ファナック(株)>

<山形カシオ(株)>

<(株)ダイセル>

空洞化に直面して危機感を抱いたマザー工場全員が一丸となり、他業種のサプライヤーを巻き込みながら起死回生につながる製品を開発 ダイキン工業(株)

Page 11: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

47

第1章

第2節我が国製造業の競争力強化に向けて

我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

 自動車の内外装部品・機能部品を手がける小島プレス工業(株)(愛知県豊田市)は、海外での現地調達化により自動車部品の生産空洞化が進む中、世界一安くつくる究極の多品種少量生産を実現させるなど、国内のものづくりでも海外部品とのコスト競争に勝てる生産技術開発に力を注いでいる。 同社が考案した「提灯加工」は、1 つの生産ラインで数種類の部品を交互に連続生産(混流生産)することを可能とし、しかもプレスと樹脂成形を同時に加工することができるなど、高付加価値部品を低コストでつくることができる。一次加工の自動化にとどまらず、二次加工を含む部品の効率的な生産自動化を通じて、労働コストの高い国内でも海外に負けないコスト競争力を実現させた。 このように、同社は部品メーカーでありながら、「造るものをつくる」をモットーに、部品生産に必要な装置を自ら設備開発できる強みを有している。金属、樹脂、電子の分野における独自の加工技術をモジュール化することで最高に付加価値の高い製品をつくり出し、グループ企業やサプライヤーとも力を合わせ、日本のものづくり技術を結集させるシステムサプライヤーとして事業展開を行っている。

り組んだプロジェクトでもあった。 しかしながら、冷媒を転換するには性能向上や信頼性評価などの技術的なハードルも高く、新冷媒を採用して省エネ性を向上するには、室内機の構造、材料、基幹部品をゼロから見直す必要があった。そこで、同社は国内産業基盤の厚みを生かし、サプライヤーと一丸となって実用化に向けた技術課題の克服に挑んだ。例えば、サプライヤーとは協業で部品開発を行い、これまでは 2 ユニットの成形部品と断熱材で構成されていた水平羽根を密閉型中空構造とすることで、高い断熱性(素材の節約)と加工簡素化(工数減によるコスト低減)、軽量化を実現させた。 こうした開発を可能にしたのは、従来取引のなかった異業種のサプライヤーであり、日本における組立産業のものづくり、マザー機能の発揮、サポーティングインダストリー育成のモデルとして着目されている。

図:サプライヤーとの協力によって最新の大物樹脂加工技術を実用化

図:技術の混流によるシステム生産

極小化による工程短縮を基本技術に、1つの超コンパクトラインで多品種少量生産を可能とし、国内のものづくりでも勝てるコスト競争力を実現 小島プレス工業(株)

Page 12: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

48

 通貨処理機のパイオニアとして知られるグローリー(株)は、通貨処理機製造で培った精密機械技術を活かし、従来ロボットが不得意としてきた柔軟物を取り扱える範囲を拡大し、「シール剥がし」「ベルト掛け」「圧縮バネの取り付け」などの作業の自動化に成功した。これまで自動化が不可能と考えられ、人手に依存してきた領域にもロボットを投入することが可能となり、人間はさらに高度で柔軟な能力を必要とする作業へ注力することが可能となった。ヒト型ロボットによる「多能工化」が進むことで、人とコンパクトなヒト型ロボットが協調し、自動化率 80%、労働生産性約 5 倍の多品種少量生産システムの構築が実現した。 ロボット本体に組み込まれたビジョンシステムによりモノの認識が可能なことや、両手が駆動可能というヒト型ロボットの特徴を生かし、動作の遅さを問題としない多品種少量の組立工程へ投入することで、ロボット自体が持つ機動性やマルチタスク化を最大限生かすことができる。今まで専用設備では投資効果が出にくかった分野でもロボットの活用が可能となったことで、自動化技術を用いた低コストラインの構築が日本のものづくりに活路を見出すものと期待されている。

 東日本大震災や 2011 年のタイの洪水、異常気象による雪害などの災害では、地震や洪水、雪害を直接被っていない自動車工場等の生産に甚大な影響が及び、サプライチェーンの高度化・複雑化に伴うリスクが改めて認識された。企業でも自主的な取組が進められているところであるが、より対策の実効性を高めるとともに、業種横断的な対応を行うべく、これらの事態に対して、経済産業省では、想定外対応を踏まえた危機対応演習と企業における事業継続の在り方を考えるためのフレームワークの策定を進めている。これらの取組は将来の危機に対する信頼関係構築だけではなく、平時のビジネス効率化にもつながるものであり、部品産業を含めた製造業のサプライチェーン全体の国際競争力強化が図られることが期待される。(1)サプライチェーンリスクを踏まえた危機対応演習 単に事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)を策定するだけではなく、実際に有効なよく練られた BCP を作り上げること、また、有事にはそれを実施する実務者、想定外に対応する経営者の行動能力を養っておくことが大変重要である。これらの能力を養うためには事前にシナリオを提示せず、臨機応変な対応力を向上させることが可能な「シナリオ非提示型」の訓練が有効である。経済産業省では危機発生時の対応の実効性を高めるべく、経営者に求められる行動と必要な事前準備について気付きを与えることを目的として平成25 年度に製造業、物流業者等の企業(72 社、役員等 130 名)を対象に訓練を実施した。(2)事業継続能力のフレームワークの策定 製品・サービスの供給継続を実現するため、「防災対策」や「代替手段の準備」(ハード対策)をやり過ぎてしまうと、平常時のビジネス効率を阻害し、中期的なビジネスの継続(企業の存続)に影響を与えてしまう可能性がある。各企業は自社の企業価値や取引関係に考慮しながら、BCP の構築・高度化(ソフト対策)、上記のような訓練(スキル対策)を最適に組み合わせることで事業継続の在り方を考えていく必要がある。 これらの取組は企業内の総務課等の部署が担うものではなく、経営責任者が会社の方針として社内外に発信することが望ましい。また、これらの取組が企業価値につながるよう評価指標、価値判断のスキーム作りを進めていく。

写真:移動式ロボット

人とコンパクトな「ヒト型ロボット」が協調して働く、ものづくり立国・日本にふさわしい近未来生産システムを実現 グローリー(株)

弱みを強みに。東日本大震災の経験を生かし、BCP対策を通じて製造業サプライチェーン全体での国際競争力を高める(経済産業省平成24年度補正予算事業)

Page 13: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

49

第1章

第2節我が国製造業の競争力強化に向けて

我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

平時ビジネスとの整合力

目標復旧時間内に復旧・再開する力

事前対策

復旧対策、代替対策製品在庫の保有策

BCP

事業継続計画:方針、体制、手順

行動能力

BCP実行力と想定外への対応力

ビジネス環境を把握する力

事業継続戦略を立案する力

1 2

3 4 5

適切な目標復旧時間

最適な組合せ

図 事業継続能力のフレームワーク

資料:経済産業省作成

(2)新市場の創出 (1)において、市場のグローバル化や新興国企業との競争激化に伴い、汎用品の生産拠点などは国内拠点から海外拠点へと移管し、その一方で、国内拠点は高付加価値品へ特化する方向が強まっていく可能性を指摘した。本節では、ものづくり基盤の整備の他、エネルギー制約や少子高齢化、防災などの社会的課題に応えるべく、社会的ニーズに応じた付加価値の高い製品を国内で生産・供給し、新しい市場を開拓していく可能性を明らかにする。

①�産業、介護・医療、インフラ整備など幅広い分野での利活用が期待されるロボット

 資源が少ない日本では、労働者が重要な人的資源であるが、日本の人口は近年横ばいであり、人口減少局面を迎えている。少子高齢化による労働力人口減少・作業負荷増大への対応や、製品・サービスの質や生産性の更なる向上の必要性から、次世代のロボット技術による QOL・生産性の向上の期待が高まっている(図 121-15)。製造業・サービス業も含め産業分野では、きめ細かさや器用さなどを兼ね備えたロボットと人が協調することにより、他では真似できない高付加価値生産プロセスや質の高いサービス提供を実現することが期待される。人件費の高騰が途上国でも見られる中、こうした日本での取組がモデルとして世界中で採用される可能性も高い。 また、産業分野での活用だけでなく、社会的課題の解決に役立つことも期待される。公共・防災分野では、今後 20 年で建設後 50 年を経過する橋の割合は約 16%から約 65%にまで増加し(内閣官房インフラ長寿命化基本計画(2013 年 11 月))、2004 年から 2012 年にか

けて劣化腐食等を原因とする高圧ガス事故件数が 398件も増加している(高圧ガス保安協会高圧ガス関係事故集計(2014 年 2 月))。また、介護・福祉分野では、2012 年から 2025 年にかけて必要な介護職員数は約150 万人から約 250 万人まで増加する(厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」、「医療・介護に係る長期推計」)と見込まれている。 こうした事情を背景に、ロボットは 6,000 億円産業から 2020 年には 2.8 兆円、2035 年には 9.7 兆円に成長する見込みである。 市場からの需要の増加は我が国の技術向上の推進力となるものの、今後の普及拡大には、利便性と安全性の向上や低コスト化が課題となっている。特に、高齢者の介護などの生活支援ロボットは人との接触度が高くなるため、本格的な導入に向けては、対人安全の技術や基準・ルール整備と、安全対策を証明する制度の必要性が指摘されている。そのため、経済産業省と(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構は 2009 年度から「生活支援ロボット実用化プロジェクト」を実施し、生活支援ロボットの安全に関するデータの収集・分析、対人安全性基準、安全検証試験方法及び認証手法の確立に向けた取組を行った。 その結果、2014 年 2 月 1 日に生活支援ロボットの国際安全規格 ISO13482 が発行され、この中では、すべての生活支援ロボットの安全性を、日本国内で製品化に向けて開発されている 3 つの代表的なタイプのロボット(「移動型」「搭乗型」「装着型」)に分類して扱う、という日本の提案が採用された。また、2014 年 2 月 17日には、日本の生活支援ロボットが世界で初めて同規格に基づく認証を取得した。

構 成 要 素 内     容

1. ビジネス環境を把握する力  

自社の製品・サービスの供給が停止した場合のステータスホルダー及び自社への時系列なビジネス影響を明らかにすることで、重要な製品・サービス及び重要業務と目標復旧時間を明確にする力

2. 事業継続戦略を立案する力  

重要業務と目標復旧時間内に再開するための戦略(方法と対策)を復旧・代替・在庫の観点から、平時ビジネスとのバランスを考慮したうえで立案する力

3. 事前対策重要業務を目標復旧時間内に再開するために必要な事前対策(復旧対策・代替対策・在庫対策)を実施する力

4. BCP 重要業務を目標復旧時間内に再開するために必要な行動ルール及び手順書を整備する力

5. 行動能力BCPに明文化した行動ルールや手順を実行する力、さらには事前の想定と異なる被害シナリオに対して迅速に判断・対応する力

Page 14: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

50

図 121-15 次世代ロボット技術の事例

公共・防災分野 生活・福祉分野 製造業分野

 2013 年 12 月上旬、米・グーグルは東京大学発のロボットベンチャー「シャフト」を買収、同月下旬に開催された米国防総省主催の災害対応ロボットの競技会でシャフトが首位を獲得したことにより、日本のロボット技術の高さが改めて認識された。 シャフトが競技会で披露したのは、でこぼこな道を難なく歩いたり自動車を運転したりするロボット。これはかつて経済産業省の「人間協調・共存型ロボットシステム研究開発事業(1998 ~ 2002 年度)」において開発された、人間型ロボットの研究用プラットフォーム:HRP-2 をベースとしている。(独)産業技術総合研究所と川田工業(株)により開発されたこの研究用プラットフォームは、これまで 20 台以上が国内外の研究者向けにリース販売され、人間型ロボット研究の大きな推進力となった。 川田工業(株)はその後も研究用ロボット HRP シリーズの開発にとどまらず、そこで培った機械・電装系設計技術等を、人と協働できる次世代産業用ロボット「ネクステージ」に活かし、これまでに 100 台以上を国内外の工場等に導入している。様々な道具を使いこなす二本の腕を持ち、モータ出力を抑え小型化することで人との共存を可能にする。次世代の製造業のあり方にも一石を投じるこの新しいロボットと川田工業(株)の取組に注目が集まる。

日本のロボット技術を事業に結び付ける 川田工業(株)

②フロンティアの拡大が期待される自動車産業 自動車に係るエネルギーの消費量が運輸部門のエネルギー消費量の大部分を占めており、その省エネルギー化が重要である。そのため、次世代自動車の新車販売に占める割合を 2030 年までに 5 割から 7 割とすることを目指して普及を行うなど自動車単体の対策を進めるとされているところである(エネルギー基本計画(2014 年

4 月閣議決定))。 また、2013 年 11 月 15 日に開催された地球温暖化対策推進本部において、2020 年度(平成 32 年度)の我が国における温室効果ガス排出削減目標(※脚注)として、2005 年度(平成 17 年度)比で3.8%減とすることを環境大臣が報告し、本部員の理解を得た。

写真:HRP-2資料:�(独)産業技術総合研究所・�

川田工業(株)

写真:�グローリー埼玉工場で稼働中のNEXTAGE(ネクステージ)資料:川田工業(株)

Page 15: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

51

第1章

第2節我が国製造業の競争力強化に向けて

我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

図 121-16 次世代自動車の例

PHV 燃料電池車 電気電池車

 次世代自動車が普及するためには、充電インフラの整備や航続距離延長・低コスト化のための研究開発などの促進が課題であり、従来の自動車の枠を超えた研究開発や標準化が国際的に行われていく中にあって、官民協調の下、海外と政府間・研究所間などで基礎研究分野や国際標準の分野において戦略的な提携関係を構築することが重要である。 例えば、電気自動車の急速充電規格の国際化が挙げられる。日本発の規格は、CHAdeMO(チャデモ)規格(CHArge�de�Move)といい、既に、日米欧で約 3,600基が設置されている(2014 年 2 月時点)。IEC(国際電気標準機構)では、チャデモ規格のデジュール化が決まる見通しだが米独のコンボ方式、中国方式の基準も採用される見込み。 その他にも、我が国における交通事故は引き続き厳しい状況にあり、また、交通渋滞に伴う時間やエネルギーの浪費は甚大な損失をもたらしていることから、人的ミスに起因する交通事故の低減や交通流の円滑化に大きく貢献し、新たな付加価値の創造を通じて経済成長にも寄与する安全運転支援システム、自動走行システムについて大きな期待が寄せられている。我が国においては、「官民 ITS 構想・ロードマップ」において、世界一安全で円滑な道路交通社会の実現に向けて官民で取り組むべき事項を明らかにし、また、総合科学技術・イノベーション

会議の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」において、自動走行システムをテーマの一つに掲げ、官民一体となって研究開発に取り組むこととしている。今後も、省庁連携・官民連携の下に研究開発・標準化を進めることが重要である。また、将来的に完全自動走行システムを導入するに当たっては、これまでの世界的に理解されている「自動車」の概念とは異なるものになるため、無人運転車を受け入れる社会の在り方から検討し、社会受容面の検討を行い、その社会が国際的にも了解された後、必要に応じ、制度面について検討していくことになる。

③市場拡大が期待される航空機ビジネス 世界の民間航空機市場は、アジア太平洋地域を筆頭に、年率約 5%で増加すると見込まれている旅客需要を背景に、今後 20 年間の市場規模は、約 3 万機・4 ~ 5兆米ドル程度(ほぼ倍増)となる見通しとなっている(図121-17)。 我が国航空機産業が、この市場拡大の果実をしっかりと取り込み、成長していくため、完成機事業への新規参入と完成機事業の継続、機体・エンジン・装備品の高付加価値化、他産業(材料、自動車、ロボット、IT 等)や中小企業の強みの取り込みを進めて行くことが重要となる。

 これを踏まえ、従来の 1990 年比 25%削減目標に代わる目標として、国連気候変動枠組条約事務局に登録した。我が国においては、運輸部門からの CO2 排出量が全体の約 2 割、運輸部門の中でも、自動車からの CO2排出量が約 9 割を占めている。そのため、自動車関連産業においては、更なる燃費向上と石油依存度低減による CO2 削減に向けた取組が必要となっている(次世代自動車戦略 2010)。 このようなエネルギー制約や地球温暖化問題に直面し、次世代自動車に対する期待は世界的に高まっている(図 121-16)。

(※脚注)�この目標は、原子力発電の活用の在り方を含めたエネルギー政策及びエネルギーミックスが検討中であることを踏まえ、原子力発電による温室効果ガスの削減効果を含めずに設定した現時点での目標であり、今後、エネルギー政策やエネルギーミックスの検討の進展を踏まえて見直し、確定的な目標を設定することとしている。

Page 16: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

52

 完成機事業については、三菱航空機が開発中の MRJ(三菱リージョナルジェット)が、今後 20 年間で4,000 ~ 5,000 機の需要を見込む完成機市場(リージョナル機)に参入する。MRJ は世界最先端の空力設計と新型エンジン等により、競合機に比べ 20%の燃費が改善されている次世代機として市場に訴求している。YS-11 以来約 50 年ぶりの完成機事業として、機体自体の開発・製造・販売だけでなく、ファイナンスや MRO(Maintenance,�Repair�and�Overhaul)等のアフターサービスまでを含めた複合型の事業として、成長が期待されている。 我が国航空機産業は、これまで中・大型機を中心に、機体・エンジンの分野では、国際共同開発に参画することで、相当の成果を収めてきた。こうした実績を背景に、今後、機体は小型機への事業分野の拡大、エンジンは高付加価値化を進めるとともに、生産性向上のための取組強化が必要となる。 また、完成機事業にとっても重要な鍵となる装備品については、我が国はこれまで内装品や降着装置(ランディングギア)等、限定的にしか事業参入が実現できていない。近年、航空機の付加価値の大部分を装備品が占めるようになっており、我が国航空機産業としても、装備品分野への本格参入に向け、参入機会の獲得(米・欧の最終セットメーカーとのマッチング)、装備品技術の確立(技術開発、他産業との連携や防衛技術の民間転用)等、取組を強化していく必要がある。

 航空機材料の分野でも、革新的な取組が進められている。厳しい航空会社間の競争の中、機体の更なる燃費の向上、環境性能の改善や更なるコスト削減が求められており、今後、CFRP(炭素繊維複合材)、チタン・ニッケル等の難削材料、CMC(セラミック複合材)等の新材料の導入が、これまで以上に急速に進むことが想定される。例えば、現在実用化に近づいているCMC(セラミック複合材)は、優れた軽量・耐熱材であるとともに、繊維の製造を日本が独占するなど、CFRP に続く日本が優位性を確保できる技術として期待されている。 また、急速に成長する航空機需要に対応して、今後、量産規模の増大とコスト削減の同時達成が一層求められると考えられる。我が国において、コスト競争力のある量産体制を構築することが喫緊の課題となっており、これまで手作業が主体であった製造工程の自動化や、中小ものづくりネットワークの再編による生産性向上が鍵となる。今後、我が国航空機産業が着実な成長を遂げるため、産業基盤としての中小企業の強みを活かすことが重要である。そのため、従来の各製造工程を外注先と何度も往復するいわゆる「のこぎり型」受注から、中核企業が複数工程を一括して受注・管理する一貫受注体制への転換が有効である(図 121-18)。2013 年 9 月に施行した下請中小企業振興法で創設された「特定下請連携事業計画」では、このような取組を支援するための枠組みを構築している。

図 121-17 世界の旅客需要見直し

資料:Boeing

6.2%

2.3%

6.9%

3.6%

5.5%

3.5%

7.3%

6.9%WorldAverageGrowth:5.0%

4.5%

4.8%

5.0%

4.7%

4.8%

0 500 1,000 1,500 2000 2,500 3,000

2012 traffic

Within Asia Pacific*

Within North America

North America- Latin America

Europe- Latin America

Africa-Europe

*Does NOT include within Chiana RPKs, billions

Within Latin America

Within /to CIS

Trans-Pacific

North Atlantic

Within China

Within Europe

Europe-Asia Pacific

Middle East-Asia Pacific

Added traffic2013-2032

Annualgrowth %

Page 17: 2 第2節 第 節 我が国製造業の競争力強化に向けて...39 第1章 第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

53

第1章

第2節我が国製造業の競争力強化に向けて

我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

図 121-18 のこぎり型受注から一括受注体制への転換

資料:経済産業省作成

 近年、航空機は航空会社間の激しい競争から一層の燃費向上やコスト削減が求められており、素材分野では軽量化や高耐熱化、製造分野では生産性向上等のための技術開発が強く求められている。また、こうした技術開発は、部材、加工・製造、そして整備といった各プロセスにおける高付加価値化に加えて、より広範囲のバリューチェーンの獲得につなげていくことが重要である。

 素材開発では、例えばエンジンのタービン翼は、耐熱性を確保するために、原材料にニッケル合金やチタン合金等のレアメタルが多く使用されているが、既に使用温度の耐熱限界に近い温度で使用されているため、更に燃費効率を向上した次世代航空機エンジン向けに、新材料の出現が期待されている。そこで注目されているのがCMC(セラミック複合材)で、ニッケル合金より耐熱性に優れ、相当の軽量化が可能となると目されている。CMCは、世界的にサプライチェーンがまだ構築されておらず、我が国でその原材料の繊維の製造、織物化、加工と一連のプロセスを掌握することが可能な状況にあり、エンジン部品のバリューチェーンをより広範囲で獲得することが期待される。

 また、生産性向上に係る開発では、東京大学生産技術研究所が中心となり、産学官が連携して、難削材の高速切削加工技術等の開発を進めている。これまで実用に用いられることのなかった大学での切削理論と、製造の実績を積み重ねてきた製造メーカー・工作機械メーカー等の知見を結集し、難削材の切削加工技術・切削工具の開発と、それによる加工時間の短縮・加工品質向上の実現を目指している。また、製造工程における生産性向上のため、これまで航空機分野ではほとんど適用実績のない大型部品の製造自動化に向けたロボット開発等が期待されている。

航空機産業の更なる高付加価値化に向けて