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244 中毒研究 26:244-245,2013 はじめに ドロキシドパはわが国でのみ販売されており,わ れわれが検索した限りでは中毒患者や大量内服の報 告はない。今回,われわれは自傷目的にドロキシド パを大量内服した症例を経験したため,貴重な 1 と考え報告する。 Ⅰ 症  例 患 者75 歳,男性。 既往歴45 歳,胃潰瘍に対して幽門側胃切除。 69 歳から pure-autonomic failure主 訴:大量服薬。 現病歴:当院神経内科から pure-autonomic fail- ure の起立性低血圧に対してドロキシドパを処方さ れていた。自傷目的にドロキシドパ 7 , 700 mg 100 mg×3 カプセル,200 mg×37 カプセル)を内 服した。家人が気づき,救急要請し,摂取約 90 後に当院に搬入された。 来院時現症Glasgow coma scale GCSE4V5M615,血圧 208/120 mmHg,脈拍 82/min・整。体温 36.3℃,呼吸数 16 /minSpO 2 97%(room air)。 来院時検査所見 Table 1):アミラーゼや LDH 軽度上昇を認めたが,その他に特記すべき異常所見 は認めなかった。 経 過:来院後直ちに胃洗浄を行い,その後活性 炭を投与した。摂取 160 分後に血圧 262/144 mmHg脈拍 82/min と上昇したため,ニカルジピンの持続 投与(最大 2.6 μ g/kg/min)を開始した。摂取 200 分後にはニカルジピンの持続投与を終了でき,その 後異常高血圧はみられなかった。入院後のノルアド レナリン,ドパミン,アドレナリンの血中濃度の推 移を Fig. 1 に示す。ノルアドレナリンの血中濃度は 上昇していたが,ドパミン,アドレナリンの血中濃 度は正常範囲内であった。第 2 病日に退院した。 Ⅱ 考  察 ドロキシドパは日本国内のみで販売されており, われわれが検索した限りでは中毒の報告はない。ド ロキシドパは生体内に広く存在する芳香族 L-アミ 原稿受付日 2012 年 8 月 23 日,原稿受領日 2012 年 10 月 26 日 ドロキシドパ大量内服による急性薬物中毒の 1 例 萩原 周一 1) ,荻野 隆史 2) ,村田 将人 1) ,青 木  誠 1) 古川 和美 1) ,中村 卓郎 1) ,大嶋 清宏 1) 1) 群馬大学大学院医学系研究科臓器病態救急学 2) 高崎総合医療センター Table 1 Laboratory data at arrival Ht Hb RBC WBC Plt TP Alb T-Bil BS AST ALT 39 . 7 13 . 2 416×10 4 3 , 100 13 . 5×10 4 7 . 0 4 . 2 0 . 5 109 31 15 g/dL /μL /μL /μL g/dL g/dL mg/dL mg/dL IU/L IU/L CK LDH Amy BUN Cr Na K Cl Ca CRP 153 247 143 12 0 . 7 141 4 . 4 105 9 . 4 0 . 1 IU/L IU/L IU/L mg/dL mg/dL mEq/L mEq/L mEq/L mg/dL mg/dL Ht:hematocrit, Hb:hemoglobin, RBC:red blood cell, WBC:white blood cell, Plt:platelet, TP:total protein, Alb:albumin, T-Bil:total bilirubin, BS: blood sugar, AST:aspartate aminotransferase, ALT:alanine aminotransferase, CK:creatine ki- nase, LDH:lactate dehydrogenase, Amy:amylase, BUN:blood urea nitrogen, Cr:creatinine, CRP:C- reactive protein

ドロキシドパ大量内服による急性薬物中毒の1例jsct-web.umin.jp/wp/wp-content/uploads/2017/03/26_3_244.pdf1) Puig M, Bartholini G, Pletcher A:Formation of noradrenaline

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244 中毒研究 26:244-245,2013

はじめに

 ドロキシドパはわが国でのみ販売されており,われわれが検索した限りでは中毒患者や大量内服の報告はない。今回,われわれは自傷目的にドロキシドパを大量内服した症例を経験したため,貴重な 1例と考え報告する。

Ⅰ 症  例

 患 者:75歳,男性。 既往歴:45歳,胃潰瘍に対して幽門側胃切除。69歳から pure-autonomic failure。 主 訴:大量服薬。 現病歴:当院神経内科から pure-autonomic fail-

ureの起立性低血圧に対してドロキシドパを処方されていた。自傷目的にドロキシドパ 7 ,700 mg

(100 mg×3カプセル,200 mg×37カプセル)を内服した。家人が気づき,救急要請し,摂取約 90分後に当院に搬入された。 来院時現症:Glasgow coma scale(GCS)E4V5M6=15,血圧 208/120 mmHg,脈拍 82/min・整。体温36 .3℃,呼吸数 16回/min,SpO2 97%(room air)。 来院時検査所見(Table 1):アミラーゼや LDHの軽度上昇を認めたが,その他に特記すべき異常所見は認めなかった。 経 過:来院後直ちに胃洗浄を行い,その後活性炭を投与した。摂取 160分後に血圧 262/144 mmHg,

脈拍 82/minと上昇したため,ニカルジピンの持続投与(最大 2 .6μg/kg/min)を開始した。摂取 200

分後にはニカルジピンの持続投与を終了でき,その後異常高血圧はみられなかった。入院後のノルアドレナリン,ドパミン,アドレナリンの血中濃度の推移を Fig. 1に示す。ノルアドレナリンの血中濃度は上昇していたが,ドパミン,アドレナリンの血中濃度は正常範囲内であった。第 2病日に退院した。

Ⅱ 考  察

 ドロキシドパは日本国内のみで販売されており,われわれが検索した限りでは中毒の報告はない。ドロキシドパは生体内に広く存在する芳香族 L-アミ

原稿受付日 2012 年 8月 23日,原稿受領日 2012 年 10月 26日

ドロキシドパ大量内服による急性薬物中毒の 1例

萩原 周一1),荻野 隆史2),村田 将人1),青 木  誠1)

古川 和美1),中村 卓郎1),大嶋 清宏1)

1)群馬大学大学院医学系研究科臓器病態救急学2)高崎総合医療センター

Table 1 Laboratory data at arrival

HtHbRBCWBCPltTPAlbT-BilBSASTALT

39 .713 .2

416×104

3 ,10013 .5×104

7 .04 .20 .51093115

%g/dL/μL/μL/μLg/dLg/dLmg/dLmg/dLIU/LIU/L

CKLDHAmyBUNCrNaKClCaCRP

153247143120 .71414 .41059 .40 .1

IU/LIU/LIU/Lmg/dLmg/dLmEq/LmEq/LmEq/Lmg/dLmg/dL

Ht:hematocrit, Hb:hemoglobin, RBC:red blood cell, WBC:white blood cell, Plt:platelet, TP:total protein, Alb:albumin, T-Bil:total bilirubin, BS:blood sugar, AST:aspartate aminotransferase, ALT:alanine aminotransferase, CK:creatine ki-nase, LDH:lactate dehydrogenase, Amy:amylase, BUN:blood urea nitrogen, Cr:creatinine, CRP:C-reactive protein

Page 2: ドロキシドパ大量内服による急性薬物中毒の1例jsct-web.umin.jp/wp/wp-content/uploads/2017/03/26_3_244.pdf1) Puig M, Bartholini G, Pletcher A:Formation of noradrenaline

萩原,他:ドロキシドパ大量内服による急性薬物中毒の 1例 245中毒研究 26:244-245,2013

ノ酸脱炭酸酵素により直接ノルアドレナリンに変換される1)2)。パーキンソン病のすくみ足,多系統萎縮症・アミロイドニューロパチー・血液透析中の起立性低血圧などに用いられる3)4)。本患者は原疾患の pure-autonomic failureに対して治療を受けていた。この疾患は,その名が示すとおり自律神経系のみが障害される疾患で,本例も起立性低血圧の治療目的にドロキシドパを処方されていた。 本例において,血中カテコラミン 3分画のうち,ノルアドレナリンのみが上昇していた。また症状も高血圧以外めだった所見はなく,大量摂取患者においてもノルアドレナリン作用についてのみ注意を払えばよいと考えられる。ノルアドレナリンの循環に対する影響は,強力な末梢血管収縮作用により血圧を上昇させる。われわれは交感神経α受容体を介さず,末梢血管拡張作用のある薬物としてカルシウム拮抗薬であるニカルジピンを降圧目的に投与し,十分な降圧作用が得られた。その他,交感神経α遮断薬でも効果が期待できたものと考えられる。

結  語

 ドロキシドパ大量内服例を経験した。血中カテコラミン 3分画のうち,ノルアドレナリンのみ上昇しており,高血圧以外めだった所見はなかった。ドロキシドパ大量内服例では,循環動態に注意しつつ診療にあたることが必要と考えられる。

 【文  献】

1) Puig M, Bar tholini G, Pletcher A:Formation of noradrenaline in the rat brain from the four stereoisomers of 3, 4-dihydroxyphenylserine. Naunyn-Schmiedebergʼs Arch Pharmacol 1974;281:443-6.

2) Araki H, Cheng J-T, Ohmura I, et al:Positive chronotropic effect of threo-3, 4-dihydroxyphenylserine as a precursor of noradrenaline in rat isolated atria. J Pharm Pharmacol 1978;30:456-8.

3) 田中勝喜,西口健介,高折光司,他:仰臥位高血圧・立位低血圧を伴う糖尿病性腎症血液透析患者の血圧コントロール.透析会誌 2011;44:449-53.

4) 長谷川康博:多系統萎縮症における血圧調節障害;最近の治療法.神経治療 2010;27:13-8.

Fig. 1 Blood level of three catecholamineBlood level of NA, AD, and DO after admission. Only NA showed an abnor-mal high levelNormal range:NA 0 .10~0 .50 ng/mL, AD≦0 .10 ng/mL, DO≦0 .03 ng/mLNA:noradrenaline,AD:adrenaline,DO:dopamine

NA

NA(ng/mL) AD(ng/mL) DO(ng/mL)

AD, DO

(min)

30.035

0.03

0

0.005

0.01

0.015

0.02

0.0252.5

2

1.5

1

0.5

180 420 8400