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三菱重工技報 Vol.52 No.1 (2015) 新製品・新技術特集 技 術 論 文 63 *1 交通・輸送ドメイン 交通システム事業部 車両部 次長 *2 交通・輸送ドメイン 交通システム事業部 マネージング エキスパート *3 交通・輸送ドメイン 交通システム事業部 車両部 主席技師 *4 交通・輸送ドメイン 交通システム事業部 車両部 *5 技術統括本部 広島研究所 高速新交通システム High Speed AGT (Automated Guideway Transit) 星 光明 *1 増川 正久 *2 Mitsuaki Hoshi Masahisa Masukawa 城連 一郎 *3 田村 宗 *4 Ichiro Joren So Tamura 木村 圭佑 *4 矢延 雪秀 *5 Keisuke Kimura Yukihide Yanobu 当社は,従来の新交通システムの約2倍に相当する 120km/時の最高速度を持つ“高速新交 通システム”を開発した。“高速新交通システム”は,新しく開発した高速台車によって高速化だけ でなく一層の振動・騒音の低減を実現した。スピード感あふれる洗練されたエクステリアデザイン と都会的センスに満ちたインテリアデザインは,新交通システムの次の世代の到達を予感させるも のである。本稿では,その“高速新交通システム”車両について述べる。 |1. はじめに ゴムタイヤ式の新交通システムは,路線計画の自由度が高い,建設費が安い,建設期間が短 い,運営費が安い,振動・騒音が低いといった強みにより,世界各国で導入されている。一方,当 社および競合他社も含め,新交通システムの最高運転速度は 60km/時(国内)~80km/時(海 外)であり,都市交通システムとして中量輸送の位置付けであった。この中量輸送都市交通システ ムの優れた技術の特徴はそのままに,郊外への路線も含めた大量輸送都市交通システムとして 市場を拡大するために,120km/時の最高速度を持つ“高速新交通システム”車両を開発した。 |2. 経緯・背景 ゴムタイヤで走行する新交通システムは,一般の鉄道に比べて,小曲線カーブや急こう配を走 行できるため路線計画の自由度が高く,また,走行時の振動・騒音が低いなど環境負荷も小さい ことなどから,空港内のターミナル間を移動するための路線や,都市部のフィーダー線(枝線)な どの都市内交通システムとして,国内外で幅広く導入されている。また,多くの路線で全自動無人 運転システムが導入されている。 図1に“新交通システム”が受け持つ軌道系交通の領域図を示す。従来,その用途から, 駅間距離が 1km 前後と短い路線が多く,車両の最高運転速度も 60km/時(国内)~80km/ 時(海外)であった。そのため,表定速度 1) ,輸送量も鉄輪システムに比べ小さな領域で 運用されてきた。 注1)列車が駅間を走る時間だけでなく、これに途中駅の停車時分を加えた運転時間で列車の運転区間の 距離を割り得た速度一方,東南アジアをはじめ新興国では,急速な経済発展に伴う都市部の交通渋滞を緩和する 手段として新交通システム導入は有効なソリューションとして期待されているが,都市部のみでな

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三菱重工技報 Vol.52 No.1 (2015) 新製品・新技術特集

技 術 論 文 63

*1 交通・輸送ドメイン 交通システム事業部 車両部 次長

*2 交通・輸送ドメイン 交通システム事業部 マネージング エキスパート

*3 交通・輸送ドメイン 交通システム事業部 車両部 主席技師

*4 交通・輸送ドメイン 交通システム事業部 車両部

*5 技術統括本部 広島研究所

高速新交通システム

High Speed AGT (Automated Guideway Transit)

星 光 明 * 1 増 川 正 久 * 2 Mitsuaki Hoshi Masahisa Masukawa

城 連 一 郎 * 3 田 村 宗 * 4 Ichiro Joren So Tamura

木 村 圭 佑 * 4 矢 延 雪 秀 * 5 Keisuke Kimura Yukihide Yanobu

当社は,従来の新交通システムの約2倍に相当する 120km/時の最高速度を持つ“高速新交

通システム”を開発した。“高速新交通システム”は,新しく開発した高速台車によって高速化だけ

でなく一層の振動・騒音の低減を実現した。スピード感あふれる洗練されたエクステリアデザイン

と都会的センスに満ちたインテリアデザインは,新交通システムの次の世代の到達を予感させるも

のである。本稿では,その“高速新交通システム”車両について述べる。

|1. はじめに

ゴムタイヤ式の新交通システムは,路線計画の自由度が高い,建設費が安い,建設期間が短

い,運営費が安い,振動・騒音が低いといった強みにより,世界各国で導入されている。一方,当

社および競合他社も含め,新交通システムの最高運転速度は 60km/時(国内)~80km/時(海

外)であり,都市交通システムとして中量輸送の位置付けであった。この中量輸送都市交通システ

ムの優れた技術の特徴はそのままに,郊外への路線も含めた大量輸送都市交通システムとして

市場を拡大するために,120km/時の最高速度を持つ“高速新交通システム”車両を開発した。

|2. 経緯・背景

ゴムタイヤで走行する新交通システムは,一般の鉄道に比べて,小曲線カーブや急こう配を走

行できるため路線計画の自由度が高く,また,走行時の振動・騒音が低いなど環境負荷も小さい

ことなどから,空港内のターミナル間を移動するための路線や,都市部のフィーダー線(枝線)な

どの都市内交通システムとして,国内外で幅広く導入されている。また,多くの路線で全自動無人

運転システムが導入されている。

図1に“新交通システム”が受け持つ軌道系交通の領域図を示す。従来,その用途から,

駅間距離が 1km 前後と短い路線が多く,車両の最高運転速度も 60km/時(国内)~80km/

時(海外)であった。そのため,表定速度注 1),輸送量も鉄輪システムに比べ小さな領域で

運用されてきた。

注1)列車が駅間を走る時間だけでなく、これに途中駅の停車時分を加えた運転時間で列車の運転区間の

距離を割り得た速度)

一方,東南アジアをはじめ新興国では,急速な経済発展に伴う都市部の交通渋滞を緩和する

手段として新交通システム導入は有効なソリューションとして期待されているが,都市部のみでな

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く郊外へも乗り継ぎなしで移動できるような高速化が求められていた。今回,120km/時の最高速

度を持つ“高速新交通システム”を開発したことにより,表定速度,輸送量ともに大幅な拡大が可

能となり,鉄輪システムとも競合できるシステムを提案できることになった。

PPHPD: Passenger Per Hour Per Direction

図1 軌道系交通の領域図

|3. “高速新交通システム”の仕様・特徴

当社が開発した“高速新交通システム”車両の諸元を表1に示す。開発車は1両単車構成であ

るが,車両の編成はオプションで,2両,4両,6両と自由な構成が可能な設計となっており,導入

される路線に最適化した車両運用を提案できる。

表1 “高速新交通システム”車両諸元

図2,3に“高速新交通システム”車両の外観を,図4,5,6に内装を示す。外観は最高速度

120km/時を意識し,空気抵抗の低減に配慮しスピード感あふれる洗練されたエクステリアデザイ

ンとした。内装については,全自動無人運転システムとして快適な高速走行のスピード感を味わ

えるクロスシートレイアウトと,通勤電車としてより多くの乗客が快適に過ごせるロングシートレイア

ウトの2種類を選択でき,都会的センスに満ちたインテリアデザインとした。

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従来の新交通システムの約2倍に相当する 120km/時の最高速度を全自動無人運転システム

で可能とするため,車両の開発は多岐に渡った。特に開発のキーとなったのは,走る・止まる・曲

がるといった車両の主機能を有する“台車”(図7)である。“高速台車”の開発ポイントは,安全性・

高速での乗り心地・経済性である。

安全性については,高速からのブレーキでも十分な制動力と熱容量を有するブレーキシステム

を新規に開発した。次に,高速での乗り心地については,路面へのタイヤ追従性を良くする懸架

装置を新たに採用した。経済性の面では,運行保守コストの大きな比重を占める走行ゴムタイヤ

について,高速走行を考慮しながら,一方で,消耗交換時の経済性を追及し,市販のトラック・バ

ス用規格タイヤを使用できる設計を行った。

上記以外にも,高速走行時でも,軌道側に設置された電車線から,安定した集電を可能とする

新型集電装置の採用や,案内軌条に沿って走る案内輪の大型化などの改良を実施している。

図2 車両外観 図3 車両外観

図4 内装(ロングシートレイアウト) 図5 内装(クロスシートレイアウト)

図6 内装(眺望シート) 図7 台車

|4. 今後の展開

現在,“高速新交通システム”車両は,当社三原製作所内(広島県三原市)の総合交通システ

ム検証施設“MIHARA 試験センター”にて各種走行試験を順調に実施している。コンピュータを

活用した各種強度解析や運動シミュレーション,また,単品機器のシャーシダイナモ試験などに

加えて,“MIHARA 試験センター”にて実運用に近い条件での実証走行により,新技術,新システ

ムの早期の実用化を推進している。また,お客様の要求仕様,適合規格に沿ったデータ取得,評

価も可能となっている。

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合わせて“高速新交通システム”の開発・設計・検証においては,第三者機関による安全性評

価を並行して行い,より安全なシステムとする開発プロセスを導入している。

当社は,空港向け APM(Automated People Mover)を“Crystal Mover(クリスタルムーバー)”ブ

ランドで,都市内向け AGT(Automated Guideway Transit)を“Urbanismo(アーバニズモ)” ブラン

ドで米国,アジア,中東など広範囲に展開しており,世界の新交通システムの市場でトップを争う

ポジションを確立している。今回の“高速新交通システム”の投入により,都市交通システムのさら

なる受注拡大に力を注いでいく。

|5. まとめ

ゴムタイヤ式新交通システムの従来からの優れた特徴はそのままに,従来の約2倍に相当する

120km/時の最高速度を持つ“高速新交通システム”を開発した。今回の高速化により,東南アジ

アをはじめ新興国での急速な経済発展に伴う都市部の交通渋滞ほか諸問題に対して,“高速新

交通システム”をより有効なソリューションとして提案していく。