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1053 Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008−2009年度合同研究班報告) 【ダイジェスト版】 循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン Guidelines for Diagnosis and Treatment of Sleep Disordered Breathing in Cardiovascular Disease(JCS 2010) 目  次 序 文……………………………………………………………1054 本ガイドラインで用いる用語について………………………1054 治療推奨度(クラス分け)およびエビデンスレベル………1055 Ⅰ.睡眠障害……………………………………………………1057 1.睡眠障害とは …………………………………………1057 2.睡眠呼吸障害とは ……………………………………1057 Ⅱ.疫 学………………………………………………………1058 1.閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)の疫学 ………………1058 2.中枢性睡眠時無呼吸(CSA)の疫学 ………………1059 Ⅲ.病 態………………………………………………………1059 1.閉塞性睡眠時無呼吸(OSA………………………1059 2.中枢性睡眠時無呼吸(CSA………………………1063 Ⅳ.診 断………………………………………………………1064 1.簡易モニター …………………………………………1064 2.標準・睡眠ポリグラフ検査(PSG…………………1066 3.欧米,日本でのそれぞれの基準 ……………………1067 合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本呼吸器学会,日本呼吸ケア・リハビリテーション学会,日本高血圧学会, 日本心臓病学会,日本心不全学会,日本心臓リハビリテーション学会,日本睡眠学会 班 長 自治医科大学附属さいたま医療セン ター循環器科 班 員 日本大学内科学系睡眠学分野 麻野井 英 次 射水市民病院 福岡済生会二日市病院循環器内科 自治医科大学COE 内科学講座循環器 内科学部門 愛知医科大学病院睡眠科 日本医科大学千葉北総病院循環器内科 村   大分大学総合内科学第二講座 陳   京都大学大学院医学研究科呼吸管理 睡眠制御学 獨協医科大学日光医療センター 虎の門病院睡眠センター 東京女子医科大学病院循環器内科 科   東京医科大学第二内科 協力員 達   群馬県立心臓血管センター循環器内科 協力員 聖マリアンナ医科大学循環器内科 西 虎の門病院睡眠センター 篠 邉 龍二郎 愛知医科大学病院睡眠科 田   国立循環器病研究センター呼吸器・ 感染症制御部 崎   仙台医療センター循環器科 賀   自治医科大学附属さいたま医療セン ター循環器科 東京女子医科大学病院循環器内科 東京医科大学第二内科 藤   自治医科大学附属さいたま医療セン ター循環器科 虎ノ門スリープクリニック 美濃口 健 治 ファミリークリニック・ハーモニー 岡   埼玉社会保険病院 外部評価委員 栗山医院 同志社大学心臓バイオメカニクスセンター 口   虎の門病院 国立循環器病研究センター 堀   大阪府立成人病センター (構成員の所属は2010 3 月現在) 2012/11/28 更新版

【ダイジェスト版】 循環器領域における睡眠呼吸障 …momomura.d.pdfCirculation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010 1055 循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン

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1053Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008−2009年度合同研究班報告)

【ダイジェスト版】

循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドラインGuidelines for Diagnosis and Treatment of Sleep Disordered Breathing in Cardiovascular Disease(JCS 2010)

目  次

序 文……………………………………………………………1054本ガイドラインで用いる用語について………………………1054治療推奨度(クラス分け)およびエビデンスレベル………1055Ⅰ.睡眠障害……………………………………………………10571.睡眠障害とは …………………………………………10572.睡眠呼吸障害とは ……………………………………1057

Ⅱ.疫 学………………………………………………………10581.閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)の疫学 ………………1058

2.中枢性睡眠時無呼吸(CSA)の疫学 ………………1059Ⅲ.病 態………………………………………………………10591.閉塞性睡眠時無呼吸(OSA) ………………………10592.中枢性睡眠時無呼吸(CSA) ………………………1063

Ⅳ.診 断………………………………………………………10641.簡易モニター …………………………………………10642.標準・睡眠ポリグラフ検査(PSG) …………………10663.欧米,日本でのそれぞれの基準 ……………………1067

合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本呼吸器学会,日本呼吸ケア・リハビリテーション学会,日本高血圧学会,          日本心臓病学会,日本心不全学会,日本心臓リハビリテーション学会,日本睡眠学会

班 長 百 村 伸 一 自治医科大学附属さいたま医療センター循環器科

班 員 赤 柴 恒 人 日本大学内科学系睡眠学分野

麻野井 英 次 射水市民病院

安 藤 真 一 福岡済生会二日市病院循環器内科

苅 尾 七 臣 自治医科大学COE内科学講座循環器内科学部門

塩 見 利 明 愛知医科大学病院睡眠科

清 野 精 彦 日本医科大学千葉北総病院循環器内科

田 村   彰 大分大学総合内科学第二講座

陳   和 夫 京都大学大学院医学研究科呼吸管理睡眠制御学

中 元 隆 明 獨協医科大学日光医療センター

成 井 浩 司 虎の門病院睡眠センター

萩 原 誠 久 東京女子医科大学病院循環器内科

山 科   章 東京医科大学第二内科

協力員 安 達   仁 群馬県立心臓血管センター循環器内科

協力員 長 田 尚 彦 聖マリアンナ医科大学循環器内科

葛 西 隆 敏 虎の門病院睡眠センター

篠 邉 龍二郎 愛知医科大学病院睡眠科

佐 田   誠 国立循環器病研究センター呼吸器・感染症制御部

篠 崎   毅 仙台医療センター循環器科

須 賀   幾 自治医科大学附属さいたま医療センター循環器科

芹 澤 直 紀 東京女子医科大学病院循環器内科

高 田 佳 史 東京医科大学第二内科

内 藤   亮 自治医科大学附属さいたま医療センター循環器科

前 野 健 一 虎ノ門スリープクリニック

美濃口 健 治 ファミリークリニック・ハーモニー

吉 岡   徹 埼玉社会保険病院

外部評価委員

栗 山 喬 之 栗山医院

篠 山 重 威 同志社大学心臓バイオメカニクスセンター

山 口   徹 虎の門病院

友 池 仁 暢 国立循環器病研究センター

堀   正 二 大阪府立成人病センター

(構成員の所属は2010年3月現在)

2012/11/28 更新版

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1054 Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)

Ⅴ.治 療………………………………………………………10681.閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)の治療 ………………10682.中枢性無呼吸(CSA)の治療 ………………………10723.我が国の保険診療上の治療適応基準 ………………1076

Ⅵ.各 論………………………………………………………10761.高血圧とOSA …………………………………………10762.心不全 …………………………………………………10783.不整脈 …………………………………………………1079

4.脳卒中とSAS …………………………………………10815.虚血性心疾患 …………………………………………10836.睡眠時無呼吸と大動脈疾患(大動脈拡張,大動脈瘤)  …………………………………………………………10837.肺高血圧 ………………………………………………10848.基礎心血管疾患を有する患者における睡眠呼吸障害  スクリーニングのまとめ ……………………………1084

(無断転載を禁ずる)

序 文

 近年,睡眠呼吸障害が安全管理の面から社会的に関心をもたれるようになった.一方,様々な心血管疾患に睡眠呼吸障害を高率に合併することが明らかとなった.さらに睡眠呼吸障害は偶然に合併するわけではなく,心血管疾患の発症・進展において重要な役割を果たしていると考えられるようになった.例えば心不全に睡眠呼吸障害を合併すると予後は悪化する.また,重症閉塞性無呼吸患者の心血管事故や心血管死亡率は対照群の数倍高いが,前向き観察研究では重症の閉塞性無呼吸を治療すると将来の心血管死亡や心血管イベントを予防できる.したがって,循環器診療を担当する医師は睡眠呼吸障害のマネージメントに関与する必要がある.しかしながら,循環器領域の診療を担当する多くの医師にとって睡眠呼吸障害は馴染みの薄い領域であり,その重要性が理解で

きたとしても,どのような方法で評価し,どのような治療を行うべきかという段階になると行き詰まる場合が多い.本ガイドラインは循環器診療に携わる医師を対象とし,これらの医師が睡眠呼吸障害の重要性を認識し,日常診療においてそのスクリーニングを行い,さらに治療へと進むための指針を与えるものである.したがって,その内容は可能な限りプラクティカルにすることを心掛けた.また,用語の統一を図り,様々な専門的用語の解説も追加した. 本ガイドラインにおける最近の医学的根拠に基づいた診療指針と現行の保険診療の基準とが必ずしも一致していない場合もあり(例えば持続気道陽圧療法など),両者を区別して記載した.

本ガイドラインで用いる用語について

 本症の呼称として「睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea

syndrome:SAS)」という言葉が,現在最もよく用いられていると思われる.この「症候群」という言葉には文字通り,自覚症状の存在がおのずと想定されやすが,最近の本症と循環器領域に関連した研究では,自覚症状の有無を問わずに,無呼吸低呼吸指数(apnea hypopnea

index:AHI)との関連に焦点が当てられている場合が多く,特に循環器領域では,自覚症状の有無にかかわらず,本症に対する治療介入が推奨されうる.そこで,本ガイドラインでは「睡眠時無呼吸症候群」もしくは「症候群」という用語の使用は避けることとし,以下の用語を使用することとする.自覚症状の有無を問わずにAHI

≧5のものを睡眠呼吸障害(sleep disordered breathing:SDB)とし,そのうち閉塞型呼吸イベントが優位のものを閉塞性睡眠時無呼吸(obstructive sleep apnea:OSA),

中枢型呼吸イベントが優位のものを中枢性睡眠時無呼吸(central sleep apnea:CSA)とする.また,後者のうち,10分以上持続する漸増漸減の呼吸パターンを伴ったものをチェーン・ストークス(Cheyne-Stokes:CSR)呼吸を伴う中枢性睡眠時無呼吸(central sleep apnea with

Cheyne-Stokes respiration:CSR-CSA)とする. なお「閉塞性」,「中枢性」のように“性”を付けて呼ぶか,「閉塞型」,「中枢型」のように“型”を付けて呼ぶかについては議論のあるところであるが,本ガイドラインにおいては混乱を避けるために,個々の無呼吸イベントについては「閉塞タイプ」,「中枢タイプ」,「混合タイプ」のように“タイプ”を付け,それぞれの病態名としては「閉塞性」,「中枢性」のように“性”を付けることとした.

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1055Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン

治療推奨度(クラス分け)およびエビデンスレベル

 本ガイドラインでは以下の基準に従い,治療推奨度(クラス分け)およびエビデンスレベルの表記を行った.

〈治療推奨度〉ClassⅠ:エビデンスから通常適応され,常に容認される.ClassⅡa:エビデンスから有用であることが支持される.ClassⅡb: 有用であるエビデンスはまだ確立されてい

ない.ClassⅢ:一般に適応とならない,あるいは禁忌である.

〈エビデンスレベル〉A 複数の無作為化臨床試験あるいはメタ解析で証明された結果.

B 単独の無作為化臨床試験あるいは大規模な非無作為化試験で証明された結果.

C 専門医の間での合意事項,または,症例報告・レトロスペクティブ解析・レジストリに基づく事項,標準的と考えられる治療など.

本文中に用いられる主な略語とその解説

略 語 用語(欧文) 用語(邦文) 同義語 定 義

AASM American Academy of Sleep Medicine

アメリカ睡眠医学会

AHI apnea hpopnea index 無呼吸低呼吸指数 睡眠中の無呼吸と低呼吸の総数を睡眠時間で除し,1時間当たりとしたもの(/hr)

AI apnea index 無呼吸指数 睡眠中の無呼吸の総数を睡眠時間で除し,1時間あたりとしたもの(/hr)

ASV adaptive servo ventilation サーボ制御圧感知型人工呼吸器

心不全に伴うCSR用で,換気量が一定になるように,ひと呼吸ごとに換気補助を行う装置

Bi-level PAP bi-level positive airway pressure

2層式気道陽圧 呼気時と吸気時の圧をそれぞれ設定できる持続気道陽圧

CompSAS complex sleep apnea syndrome

複合性睡眠時無呼吸症候群

診断時PSGにおいてOSASと診断され,持続陽圧呼吸(CPAP)療法を施行した場合に,CSAが残存してしまう病態

CPAP continuous positive airway pressure

持続気道陽圧 持続的に気道に陽圧をかける

CSA central sleep apnea 中枢性睡眠時無呼吸 中枢性無呼吸 成人では,10秒以上の気流静止で,胸腹の呼吸努力を認めないもの.確実な診断にはPesの測定が必要

CSAS central sleep apnea syndrome

中枢性睡眠時無呼吸症候群

CSAHS: central sleep apnea hypopnea syndrome,中枢性睡眠時無呼吸低呼吸症候群

昼間の眠気やいびきなど何らかの症状があり,AHIが5/hr以上かまたは,症状がなくともAHIが15/hr以上で呼吸イベントの大半が中枢性のもの.閉塞性に比べて一般的にまれ

CSR Cheyne-Stoks respiration チェーン・ストークス呼吸

CSBS: Cheyne-Stokes breathing syndrome

心疾患,脳血管障害または腎不全が基礎疾患にあり,呼吸の振幅が周期的に漸増漸減を繰り返すもの

EDS Excessive daily sleepiness 日中過眠 hypersomnia,somnolence

日中の過剰な眠気.閉塞性睡眠時無呼吸症候群の代表的な症状

EEG electroencepharogram 脳波

EMG electromyogram 筋電図

EOG electro-oculogram 眼電図

ESS Epworth sleepiness scale エプワース眠気尺度 眠気に対する質問紙による問診票

HI hypopnea index 低呼吸指数 睡眠中の低呼吸の総数を睡眠時間で除し,1時間当たりとしたもの(/hr)

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1056 Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)

略 語 用語(欧文) 用語(邦文) 同義語 定 義

HOT home oxygen therapy 在宅酸素療法 在宅で,特に夜間に酸素投与を行う

hypopnea 低呼吸 10秒以上の気流の30%以上の振幅の減少にSpO2の4%以上の低下を伴うもの

ICSD-2 The international classification of sleep disorders:diagnostic and coding manual 2nd edition

睡眠障害国際分類第2版

MSA mixed sleep apnea 混合性睡眠時無呼吸 混合性無呼吸 成人では,10秒以上の気流静止で,無呼吸の前半は胸腹の呼吸努力を認めず,無呼吸の後半に胸腹の呼吸努力を認めるもの.病的意義はOSAと同等で,最近ではOSAに含めて集計されることが多い

MSLT multiple sleep latency test 反復睡眠潜時検査 客観的な眠気の評価法

NREM non-rapid eye movement sleep

ノンレム睡眠 レム睡眠以外の睡眠,緩徐眼球運動,瘤波,紡錘波,高振幅徐波などの脳波を特徴とする睡眠

OA oral appliance 口腔内装置 sleep splint,prosthetic mandibular advancement

いびきやOSASに対する歯科的治療に用いられるもの

ODI oxygen desaturation index 酸素飽和度低下指数 oxygen dip index SpO2の低下の総数を睡眠時間で除し,1時間当たりとしたもの(/hr).2%,3%,4%低下などを算出する.3%ODIやODI(3)などと表す

OHVS obesity hypoventilation syndrome

肥満低換気症候群 高度肥満により換気が障害されるもの

OSA obstructive sleep apnea 閉塞性睡眠時無呼吸 閉塞性無呼吸 成人では,10秒以上の気流静止で,胸腹の呼吸努力を認めるもの(小児では,2呼吸分)

OSAS obstructive sleep apnea syndrome

閉塞性睡眠時無呼吸症候群

OSAHS: obstructive sleep apnea hypopnea syndrome,閉塞性睡眠時無呼吸低呼吸症候群

昼間の眠気やいびきなど何らかの症状があり,AHIが5/hr以上かまたは,症状がなくともAHIが15/hr以上で呼吸イベントの大半が閉塞性のもの

PAP positive airway pressure 気道陽圧

periodic breathing 周期性呼吸 健常者で,睡眠段階1,2で周期的に呼吸の振幅が漸増漸減を繰り返すもの

Pes esophageal pressure 食道内圧

PLMs periodic leg movement in or during sleep

睡眠時周期性下肢運動

睡眠中の周期的脚動

portable monitoring 簡易無呼吸検査 簡易ポリグラフィー,簡易検査,携帯用装置,簡易診断装置,簡易SAS検査

携帯装置,最低,気流,いびき音,心拍数とSpO2の4項目の記録のとれるもの.脳波や眼球運動の記録はないため,睡眠の状態はわからず,正確な睡眠時間は不明なため,算出された計測値は,あくまでも推測値.AASMでの typeⅢの装置に相当.睡眠の記録がないので,簡易ポリグラフィーや簡易ポリグラフ検査との表現は許せるが,簡易PSGと表現するのは誤用.

Ppl intra-pleural pressure 胸腔内圧 胸腔内圧は直接測れないため,Ppl≒PesとしてPesを代用.

PSG polysomnography 睡眠ポリグラフ検査 ポリソムノグラフィー,終夜睡眠ポリグラフィー,full PSG

脳波,眼電図,頤筋筋電図,心電図か脈拍,気流,呼吸努力,SpO2の7項目以上の記録がとれるもの.睡眠呼吸障害の診断の際のゴールドスタンダード.監視下で施行されるのがAASMでの typeⅠ,非監視下で施行されるのがAASMでの typeⅡ.

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1057Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン

略 語 用語(欧文) 用語(邦文) 同義語 定 義

pulse oximeter パルスオキシメータ 経皮的に動脈血酸素飽和度を測定する装置.連続的に測定,記録することにより,呼吸障害の程度を推測できる.AASMでの typeⅣの装置に相当.

RBD REM sleep behavior disorder

レム睡眠行動障害 レム睡眠時にRWAを伴う異常行動(寝言を含む)

RDI respiratory disturbance index

呼吸障害指数 定義の異同が多いが,現状では,簡易モニター上での指数.無呼吸と低呼吸の総数を自己申告による推定睡眠時間で除し,1時間あたりとしたもの.

REM rapid eye movement sleep レム睡眠 急速眼球運動,頤筋筋電図のトーヌスの消失,低振幅脳波を特徴とする睡眠

RWA REM sleep without atonia 筋トーヌス低下のないREM

SDB sleep disordered breathing 睡眠呼吸障害 睡眠中の呼吸障害の総称

SHVS sleep hypoventilation syndrome

睡眠時低換気症候群 睡眠により低換気になるもの

SOREMp sleep onset REM period 入眠後15分以内のREM

Ⅰ 睡眠障害

1 睡眠障害とは

 睡眠障害とは日中の生活に支障を来たす,何らかの睡眠および覚醒の障害である.睡眠障害,覚醒障害,睡眠覚醒リズム障害に対して,従来は主に精神科が対応してきたが,睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome:SAS)などの睡眠呼吸障害は耳鼻咽喉科,呼吸器科,あるいは循環器科が中心となって診療すべき領域である. 2005年のAASMの睡眠障害国際分類第2版(Interna-

tional Classification of Sleep Disorders, 2nd version:ICSD-2)を表1に示す.ICSD-2では,睡眠障害の病名および病状が96種類に分類されている.

2 睡眠呼吸障害とは

 無呼吸は,閉塞タイプ(obstructive sleep apnea:OSA),中枢タイプ(central SA:CSA),混合タイプ(mixed

SA:MSA)と大別されるが,通常,混合タイプは閉塞タイプに含まれる.一夜に起こる呼吸イベントは,決して同一のものが続くわけではなく,これらが混在し,経

過により,その組成は変化する.睡眠時無呼吸症状群(SAS)は閉塞性SAS(obstructive SAS:OSAS)と中枢性SAS(central SAS:CSAS)とに分けられるが,通常SASといえば,最も頻度が高いOSASの意である.OSASは,米国睡眠学会(AASM)の基準によって「EDS

もしくは閉塞性無呼吸に起因する様々な症候のいくつかを伴い,かつ無呼吸低呼吸指数(apnea-hypopnea in-

表1 睡眠障害国際分類(ICSD-2)*の概要1)不眠症2)睡眠呼吸障害  ◦中枢性睡眠時無呼吸症候群  ◦閉塞性睡眠時無呼吸症候群  ◦睡眠時低換気(低酸素血症)症候群  ◦内科疾患による睡眠時低換気(低酸素血症)症候群  ◦その他の睡眠呼吸障害3)睡眠呼吸障害によらない過眠症  ◦ナルコレプシー  ◦睡眠呼吸障害またはナルコレプシーによらない過眠症  ◦その他の過眠症4)概日リズム睡眠障害  ◦原発性概日リズム睡眠障害  ◦行動により引き起こされた概日リズム睡眠障害  ◦その他の概日リズム睡眠障害5)睡眠時随伴症  ◦ノンレム睡眠からの覚醒時睡眠随伴症  ◦ 通常レム睡眠と関連する睡眠時随伴症(レム睡眠行動

障害)  ◦その他の睡眠時随伴症6)睡眠時運動障害(むずむず脚症候群)7)その他の睡眠障害8)恐らく正常変異および未解決の間題と考えられる孤発症状* International C1assification of Sleep Disorders, 2nd ed.

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1058 Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)

dex:AHI)≧5」と定義される.しかし,OSAS以外にも睡眠に関連して発病または増悪する呼吸・循環障害は多数存在し,これらは総称して睡眠関連呼吸障害(sleep

related breathing disorders)または睡眠呼吸障害(sleep-

disordered breathing:SDB)と呼ばれる.ICSD-2 によるSDBの診断分類を表2に示す. 循環器疾患を治療する上で関連のあるSDBは,OSAS

の他に,チェーン・ストークス呼吸(CSR)がある.CSRは,表2のCSASの中に含まれるチェーン・ストークス呼吸パターンを示すもののうち,心疾患,脳血管疾患および腎不全の既往または合併のある患者において診断される.表中にはないが,最近,OSASの持続陽圧呼吸(continuous positive airway pressure:CPAP)治療中にCSAが新たに出現するものを複合性SAS(complex

SAS:compSAS)と定義されたが,この疾患の定義や病態はまだ不明の点があり流動的で,今後のエビデンスの集積が必要である.

Ⅱ 疫 学

 睡眠呼吸障害(SDB)に関する大規模な疫学研究のほとんどが欧米からの報告であるが,有病率に関しては日本と欧米とで大きな違いはないと考えられる.近年,SDB と種々の循環器疾患との関連を示唆するエビデンスが蓄積されており,多くの循環器疾患で SDB の高い有病率が報告されている(図1).

1 閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)の疫学

 OSAに関しては欧米,オーストラリア,アジアなどでいくつかのpopulationベースのcohort studyが行われており,その高い有病率が報告されている.平均すると5人に1人はAHI≧5であり,15人に1人はAHI≧15,つまり循環器疾患の発症リスクの高まる中等~重症のOSAに罹患していると考えられている.我が国では大規模な疫学研究はなく,正確なOSA有病率は明らかではないが,一般住民910名を対象とした疫学調査においてAHI≧10のOSASは男性3.3%,女性0.5%(全体で1.7%)との報告があり,患者数は約200万人と推定されている.しかし問題は診断率であり,治療の対象となるOSAの85%以上が未診断といわれている.

表2 睡眠呼吸障害(SDB)のICSD-2診断分類1)中枢性睡眠時無呼吸症候群  ◦原発性中枢性無呼吸  ◦病的状態による他の中枢性無呼吸

チェーン・ストークス呼吸パターン高地での周期性呼吸上記でない中枢性無呼吸

  ◦薬物,物質による中枢性無呼吸  ◦乳児の原発性睡眠時無呼吸2)閉塞性睡眠時無呼吸症候群  ◦閉塞性無呼吸(成人)  ◦閉塞性無呼吸(小児)3)睡眠関連低換気/低酸素症候群  ◦睡眠関連非閉塞性肺胞低換気,特発性  ◦先天性中枢性肺胞低換気症候群4)病的状態による睡眠関連低換気/低酸素  ◦肺実質あるいは血管疾患による睡眠関連低換気/低酸素  ◦下気道閉塞による睡眠関連低換気/低酸素  ◦神経筋あるいは胸壁疾患による睡眠関連低換気/低酸素5)他の睡眠呼吸障害  ◦分類不能

全高血圧

薬剤耐性高血圧症

心不全

心房細動

冠動脈疾患

急性冠症候群

大動脈解離

Kales et al.Lancet 1984

Sampol et al.Am J Respir Crit Care 2003

Logan et al.J Hypertension 2001

Oldenburg et al.Eur J HF 2007

Gami et al.N Engl J Med 2005

Schäfer et al.Cardiology 1999

Yumino et al.Am J Cardiol 2007

30%

80%

76%

50%

31%

57%

37%

図1 各心血管疾患における睡眠時無呼吸合併頻度

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1059Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン

 OSAは低酸素血症や交感神経活性の亢進などを介して二次的に種々の病態を惹起する.特に循環器疾患との関連は強く,合併頻度が高いだけでなくOSAにより循環器疾患の病態が修飾される.米国のSleep Heart Health

Study(SHHS)によれば,AHI≧11のSDBがある群での主な循環器疾患発症のオッズ比は,心不全2.38,脳卒中1.58,冠動脈疾患1.27であった. OSAは予後にも影響を及ぼし,中等症~重症のOSA

患者の死亡率は対照群に比較して有意に高い.

2 中枢性睡眠時無呼吸(CSA)の疫学

 CSAは心不全や脳卒中で比較的多く認められる無呼吸パターンであり,多くの場合,そうした心血管系疾患の結果として出現してくると考えられている. 特に心不全患者におけるCSAの合併率は高く,21~40%と報告されている.これはOSA合併率とほぼ同じ割合であるが,AHI≧15/hrをカットオフ値とすると心不全の51.9%がSDBであり,そのうちの63%がCSAであったと報告されている.チェーン・ストークス呼吸(Cheyne-Stokes respiration:CSR)は基本的に中枢性睡眠時無呼吸低呼吸に伴う呼吸パターンであり,収縮機能障害,拡張機能障害,各種弁膜疾患などの様々な病態で認められるが,最も多いのが収縮機能障害である.収縮不全例ではチェーン・ストークス呼吸を伴う中枢性睡眠時無呼吸(CSR-CSA)は主要な予後予測因子の1つであり,死亡リスクを2.14倍上昇させる.また,CSR-

CSA合併心不全患者は,CSR-CSA非合併心不全患者に比べて有意に死亡率,心臓移植率が高い(相対危険度:2.53).心不全患者におけるCSAの危険因子は,男性,心房細動,年齢≧60歳,低二酸化炭素血症(≦38 mmHg)と報告されている.

Ⅲ 病 態

1 閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)

1 発生機序 睡眠時無呼吸はCSAとOSAとに分類されるが,その大部分はOSAである.OSAの基本的病態生理は,睡眠

中に出現する上気道(特に咽頭部)の狭窄・閉塞であり,これが10秒以上持続したときに無呼吸と定義される.ヒトは通常,仰臥位で就寝するが,このとき,重力の影響を受け口蓋垂,舌根部が沈下するため上気道は狭小化する.睡眠状態に入ると,上気道を構成している筋肉群(頤舌筋などの上気道拡大筋)が活動性を失い弛緩するため,上気道はさらに狭小化する.OSA患者は,上気道の形態学的あるいは機能的な異常により,睡眠中に容易に上気道が狭窄・閉塞し,無呼吸が出現する.

① 形態学因子の異常

 上気道(咽頭腔)の狭小化を来たす因子としては表3に示すように,軟部組織,頭蓋顔面形態,体位の3つがある.肥満はOSA発症の最大のリスクファクターであり,肥満者の上気道は軟部組織の発達や過度の脂肪沈着のため常に狭小化している.したがって,吸気時の陰圧により容易に閉塞する.肥満を伴う先天性疾患(ダウン症候群,Prader-Willi症候群など)ではOSAの有無を念頭に置く必要がある.しかし,欧米のOSA患者の多くが肥満を伴うのに対し,我が国のOSA患者の1/4~1/3は非肥満であることに注意しなくてはならない.扁桃肥大(3度)によるOSAは成人ではまれであるが,小児では比較的多くみられ,扁桃摘出により完治が望める.まれではあるが巨舌を呈する内分泌疾患(甲状腺機能低下症,先端巨大症)や代謝疾患(アミロイドーシス)などは二次性のOSAを起こすことがある. 非肥満のOSAでは,しばしば頭蓋顔面形態の異常がみられる.特に,我が国を含めたアジア人種では,長顔,下顎の後退,小顎症などのため,仰臥位で咽頭部が狭小化しOSASを発症しやすい.

表3 上気道閉塞を来たす形態学的因子1)軟部組織の因子◦肥満による上気道軟部組織への脂肪沈着◦扁桃肥大◦巨舌◦上気道の炎症(アレルギー性鼻炎,慢性副鼻腔炎,咽頭炎など)

2)頭蓋顔面骨の因子◦上顎骨の後方偏位◦下顎骨後方偏位◦下顎骨の未発達,小顎症

3)本位の因子◦仰臥位◦頸部の屈曲◦肺気量の変化◦循環血液量の変化

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1060 Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)

② 機能的因子の異常

 上気道の開存性は気道腔内の陰圧と上気道拡張筋の活動性のバランスにより決定されている.気道内陰圧は横隔膜の収縮力によって決定されるが,気道腔内の陰圧が上気道拡張筋の活動性を上回れば上気道は閉塞する.上気道拡張筋の活動性は呼吸中枢や大脳皮質の上気道支配領域からの刺激の程度に影響され,睡眠状態にも大きな影響を受ける.睡眠により上気道拡張筋群の活動性が低下して上気道は狭小化するが,この程度が強ければ上気道は閉塞し,OSAが出現する.アルコールや睡眠導入薬はOSAを増悪させるが,これは,舌下神経の活動が抑制されて上気道拡張筋の活動性が失われるためである.

③ 体 位

 上気道の形態は体位により大きな影響を受ける.仰臥位では重力による舌根部の沈下のため上気道が狭小化するが,側臥位や腹臥位では重力の影響を受けにくいため狭小化が防げる.頸部の屈曲は上気道の狭小化を助長する.また,肺気量の変化も上気道の形態を変化させ,肺気量の増加は上気道を拡大し,低下は狭小化を招く.さらに,体位による循環血液量の変化(立位から臥位)も上気道の狭小化を招くことが報告されている.

2 臨床症状(表4)

 本症候群では極めて大きないびきや無呼吸が典型的症状である.自覚的臨床症状としては,昼間の過剰な眠気が典型的であるが,熟睡感の欠如,全身倦怠感,夜間頻尿,夜間呼吸困難などをはじめとする症状が報告されている.眠気の主観的な尺度としては一般にEpworth

Sleepiness Scale(ESS)が使用され,11点以上が異常な眠気あり,16点以上で重症と判定する.現在,日本人向けに一部改変されたものもhttp://www.i-hope.jpからダウンロード可能である.循環器疾患患者では自覚症状が乏しい場合も多く,肥満・顔面形態・咽頭形態の異常の有無に注意して,異常が疑われる際にはパルスオキシメータ検査などを用いて積極的にOSAを探すように心掛ける必要がある.我が国での検討によると,AHI≧5の群で日中の過剰傾眠,さらに性機能低下,幻覚,うつといった症状も付随することがある.OSAでは胸腔内が陰圧になることによって胃食道逆流症の合併も多く,CPAP治療で改善することが知られている.また,OSA

患者では夜間口呼吸をしており,口腔内・咽頭などが乾燥するために扁桃炎を繰り返し生じることがある. 他覚的徴候としては,いびきが最も多く,我が国の報告ではOSAの93%でいびきの合併を認めている.多くの症例では,ベッドパートナーなどから睡眠中の無呼吸や異常体動を指摘されている.

3 血行動態への影響 OSAが心血管系に与える影響は,胸腔内が繰り返し高度の陰圧・低酸素状態・高二酸化炭素状態になること,これらの結果,交感神経活動の活性が短期的・長期的に亢進すること,また低酸素のために生じる液性因子や血管内皮の変化などが重なって生じると考えられている. 高度なOSAでは胸腔内に-50 mmHg以上の陰圧が一晩中繰り返して生じているが,これは心臓全体に対して外部から間欠的な吸引を行うことと同様の作用をもたらしており(transmural pressureの上昇),心室収縮に対して逆方向の力を作用させることで後負荷の上昇と同様の作用を及ぼし,直接的に心収縮に悪影響を与えていることになる.一方,胸腔内が陰圧になると静脈還流が急速に増加し,右心系の容積が急激に増大する.その結果,心室中隔が左室側に変位するため,左室の収縮・拡張が妨げられ,左心機能が一過性に低下する(図2).上記の結果,特に不全心では心拍出量の低下はさらに大きくなる上に,心拍出量や血圧の回復が遅延することが知られており,心不全患者にOSAが合併していると夜間の無呼吸時に心機能がさらなる悪化を来たしているものと考えられる.また,低酸素状態は肺動脈圧の上昇を招き,短期的・中期的に右心機能を悪化させる原因となる.

4 交感神経活性と神経体液性因子への影響

 OSAを有する患者において,無呼吸時のみならず昼

表4 自覚症状・他覚徴候症状・徴候 発現頻度(%)

いびき 93無呼吸の指摘 92夜間体動異常 54日中の過剰傾眠 83熟睡感の欠如 51全身倦怠感 51夜間頻尿 40夜間呼吸困難感 38起床時の頭痛 35夜間覚醒 35集中力低下 28不眠 19うつ,性機能障害,胃食道逆流症 記載なし

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の覚醒時においても交感神経系が亢進していることが,就寝中の尿中ノルエピネフリン濃度の上昇や筋交感神経活動の直接記録により確かめられている.交感神経活動の亢進機序には無呼吸に伴う,(1)低酸素血症,(2)高二酸化炭素血症,(3)肺伸展反射の消失,および(4)途中覚醒がある.交感神経活動の亢進はOSAにおける一過性および持続性の血圧上昇にかかわっている(図3).

5 炎症,酸化ストレス,血管内皮,動脈硬化への影響

 動脈硬化の発症と進展には炎症が重要な役割を果たしており,多くの免疫細胞やサイトカインが関与する.なかでも高感度C-reactive protein(CRP)や interleukin(IL)-6は,優れた心血管イベントの発症予知因子である.実際,OSA患者から血清中のCRP値と IL-6値を測定すると,OSAが重症なほど血清中のCRP値と IL-6値は増加していた.また,炎症マーカーの1つである serum amy-

loid AもOSA患者では増加している. また無呼吸や低呼吸後の再呼吸による急激な酸素濃度の上昇は,酸化ストレをもたらす.さらにOSA患者で

はエンドセリンやアンジオテンシンの値が上昇することで,持続した血管収縮が誘導され血管内皮障害が誘導される.このようにOSAでは夜間の間欠的低酸素が酸化ストレスを増加させ,種々の分子を介して炎症反応を増強し,血管内皮細胞機能障害を引き起こすことで動脈硬化が加速し,心血管イベントの増加につながると考えられている.

6 インスリン抵抗性との関連 インスリン値,HOMA-R指数[homeostasis model as-

sessment ratio:HOMA-R=IRI(μU/mL)×FPG(mg/dL)÷405],糖負荷テスト,グルコースクランプ法などを利用した多くの横断的研究で閉塞性睡眠時無呼吸(ob-

structive sleep apnea:OSA)が体重と独立してインスリン抵抗性に関連するとの報告がみられている(図4).国 際 糖 尿 病 連 合(International Diabetes Federation:IDF)の「睡眠時無呼吸と2型糖尿病に関する IDF合意声明」では「(1)2型糖尿病と睡眠呼吸障害(sleep dis-

ordered breathing:SDB),特にSDBで最も頻度が高いOSAに関連がある可能性が,最近の研究によって示されている.OSAの40%がやがて糖尿病になり,糖尿病患者の23%はOSAである.(2)IDFは医療機関に,この2つの疾患の関連についての研究活動を促進することを求める.(3)1つの疾患を持つ患者に対して他の疾患が伴う可能性を考慮されるべきである」としている. OSAとメタボリックシンドローム(metabolic syn-

drome:MetS)の関連も注目される.一般的には,AHI

30≧の重症OSAの60~70%以上はMetsを合併していると報告されている.

7 血栓,血小板活性との関連 心筋梗塞や脳梗塞の発症には,プラークの一部が傷害され,その部位に血小板が凝集して血栓を形成することで血管が完全閉塞し発症する.このプラークを脆弱化させる分子であるmatrix metalloproteinase(MMP)-9がOSA患者では上昇している.一方,MMP-9を阻害する分子である tissue inhibitor of metalloproteinase(TIMP)-1は,コントロールとOSA患者では有意差が認められない.さらに,OSAでは血液凝固異常により過凝固の状態になっていることが指摘されている.OSA患者で認められる血中Fibrinogenや粘性度(ヘマトクリット),tumor necrosis factor(TNF)-αの上昇は,血栓形成を促進させると考えられている.OSAではplasminogen-acti-

vator inhibitor type 1(PAI-1)が増加しており,線溶活性を阻害して血栓の促進傾向に関与している可能性も指

図2 閉塞時睡眠時無呼吸の血行動態への影響

 上気道の閉塞(①)が生じると,吸気時の呼吸筋運動(②)により,全身からの静脈還流が増加(③)する結果,心室中隔は左心室の方向に張り出す(④).また,左心室に対する外部からの陰圧は(⑤),収縮に対する障害(後負荷の増大)となり,心機能が低下する.

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覚醒時の心拍数増加無呼吸時の心拍数減少

胸部大動脈伸展

肺血管床伸展

肺動脈圧上昇

左室充満圧上昇

肺血管収縮

副交感神経

高二酸化炭素血症

低酸素血症

肺血管床内血液貯留

心─静脈還流循環平衡

心室相互連関

心筋虚血不整脈心不全

抑制

亢進

急性効果

急性・慢性効果

抑制

中心血液量増大

右室流入増大

左室流入障害

心拍出量変動

体血管収縮

O2化学反射(頸動脈洞神経)

直接作用

動脈圧反射

ANP

低圧系圧反射

圧反射リセッティング

副腎髄質交感神経緊張

高血圧

左室肥大

左室後負荷増大

胸部大動脈内血液貯留

胸腔内圧低下

増幅

無呼吸直後の覚醒

閉塞性睡眠時無呼吸

図3 閉塞性睡眠時無呼吸の病態生理

 閉塞性睡眠時無呼吸では,(1)気道閉塞下の呼吸努力に伴う胸腔内圧の低下,(2)低酸素血症,そして(3)覚醒反応が循環動態を大きく変動させ,自律神経系と各種反射調節系を巻き込んで,一過性および持続性の血圧上昇にかかわっている.ANP:心房性利尿ペプチド,点線は降圧機序を示す.ANP:心房性利尿ペプチド

図4 肥満・内臓脂肪と閉塞型無呼吸の関連及び結果として起こる病態生理

心血管障害

閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)肥満と内臓脂肪

酸化ストレスおよび活性酸素

HIF-1α 活性化 接着分子 遊離脂肪酸アディポカイン

インスリン抵抗性 高血圧

炎症,NF-kBの経路 交感神経の活性化

間欠的低酸素 睡眠分断および覚醒

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摘されている.また,間欠的低酸素による酸化ストレスが直接的または間接的に血小板の活性化や凝固能の亢進に関与していることも示唆されている.

8 肥満低換気症候群(Pickwickian症候群)(表5)

 1956年Burwellらによって提唱されたPickwickian症候群とは,肥満,傾眠,痙攣,チアノーゼ,周期性呼吸,多血症,右室肥大,右心不全の8徴候を有する疾患を指す.Pickwickian症候群の臨床像が,Charles Dickensの小説“Pickwick Club”の Joe少年に酷似していることから,この名が付けられた.肥満低換気症候群(obesity

hypoventilation syndrome:OHS)はOSAの重症型と考えられており,Pickwickian症候群と同様に扱われ,欧米を含めた一般的な考え方ではBMIが30 kg/m2以上,PaCO2が45 mmHg以上で,かつガス交換障害が高度のため低酸素血症を伴う肺胞低換気があり,睡眠呼吸障害があればOHSと考えられている.肺胞低換気を示す重症慢性閉塞性肺疾患(COPD),胸郭拘束性肺疾患,神経筋疾患との鑑別は重要である.OHSは循環器系の合併症を惹起しやすく,通常のOSAより予後不良である.治療には,減量と同時に睡眠呼吸障害に関してはCPAP

が第一選択である(クラスⅠ,レベルA).しかし,通常のOSA患者に比し,高圧のCPAPが必要なことが多く,その不快感のため治療の継続が難しかったり,CPAPだけでは睡眠中の酸素飽和度の低下を防止できない場合があり,bi-level PAPによる治療が必要となることもある(クラスⅡb,レベルC).重症例では気管切開が検討されることもある(クラスⅡb,レベルC). なお,本疾患については厚生労働省特定疾患の対象疾患に指定されており,調査研究が行われている.

2 中枢性睡眠時無呼吸(CSA)

1 機 序 睡眠時無呼吸の発生は呼吸調節機序から説明できる.覚醒時の呼吸は動脈血中の二酸化炭素(CO2)および酸素(O2)と高位中枢により調節されているが,睡眠中はもっぱらCO2化学反射を介する負帰還システムにより換気が制御される.動脈血中に増加した動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)は血液脳関門を通過し,H+イオンを遊離することにより化学受容器を刺激する.したがって,血中のPaCO2の変化が脳脊髄液のpHを変化させるためには一定の時間を要する.一般に負帰還システムは,センサーの感度が高すぎる信号の伝達に時間がかかるとき不安定になる.心不全患者では低酸素血症,交感神経緊張など種々の要因により呼吸中枢のCO2感受性が亢進しているだけでなく(高いセンサーの感度),循環時間の延長によりPaCO2の呼吸中枢への伝達が遅れている(情報伝達の遅延).これらが呼吸調節システムを不安定化し,周期性呼吸を誘発しやすい条件を形成している.

2 臨床症状 CSA患者に特徴的な自覚症状はなく,基本的にはOSA患者のそれと共通する.不眠,日中の眠気,全身倦怠感などがそれである.また,CSA患者においては,CSAを有さない心不全患者よりも深睡眠が減少し,REM睡眠の割合が低下し,覚醒反応が増加している.このようにCSA患者の睡眠構築は障害されているにもかかわらず,CSA患者において日中の眠気の指標であるEpworth Sleepiness Scale(ESS)は変化せず,AHIとも相関しない.また,心不全に由来する息切れや全身倦怠感と,CSAに由来する症状とを区別することは難しい.純粋なCSA患者であればOSA患者のようないびきを生ずることもない.このような理由から,CSAの存在を自覚症状から予測することは難しい. CSA患者の中には,チェーン・ストークス呼吸(CSR)を覚醒時にも示す症例がある.また,覚醒時のCSRが安静時には明らかではなくとも,心肺運動負荷試験によって明確になる場合も少なくない(いわゆる換気のoscillation). CSAを伴う心不全患者は,睡眠中の血中と尿中のノルエピネフリン濃度が高く,CSAが睡眠中の交感神経活性を亢進させると考えられる.OSA患者にみられる交感神経活性亢進の昼間への「持ち越し効果」がCSA

表5 肥満低換気症候群(Pickwickian症候群)の治療クラスⅠ◦減量(エビデンスレベルA)◦CPAP(エビデンスレベルA)

クラスⅡa なし

クラスⅡb◦CPAPだけでは睡眠中の酸素飽和度の低下を防止できない場合のbi-level PAP(エビデンスレベルC)

◦重症例に対する気管切開(エビデンスレベルC)クラスⅢ なし

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患者においても認められるか否かは,いまだ不明である.

3 OSAとの違い(表6)

 CSAを伴う心不全例はOSAを伴う心不全症例と比較して,男性に多く,高齢で,BMIが低く,心房細動の頻度が高く,PaCO2が低く,肺動脈楔入圧が高い.また,心不全治療により肺動脈楔入が低下するとCSAも改善する. 無呼吸が血行動態に与える影響もOSAとCSAでは異なる.OSA患者の無呼吸中の胸腔内圧が陰圧となる結果,静脈還流が著明に増加し,前負荷が増大する.拡大した右心室は心室中隔を圧排し,左室容積を減少させることもある.また,心室内外の圧較差が増大し,後負荷も増大する.このような血行動態上の変化が心筋ポンプ機能を直接低下させる.したがって,このような因子が心不全増悪に強く関連している症例(肥満肺胞低換気症候群など)においては,心不全の急性期治療として持続陽圧呼吸療法は有効である. 一方,CSAによる無呼吸中には胸腔内圧低下が生じないため,前負荷や後負荷の増大を介した心筋ポンプ機能の悪化は生じない.しかしながら,CSA患者においては,無呼吸中にその周期に一致した筋交感神経活性,心拍変動,体血圧,心拍数,脳血流の周期的変動が観察される.

4 複合型睡眠時無呼吸症候群(CompSAS)

 複合性睡眠時無呼吸症候群(complex sleep apnea syn-

drome:CompSAS)は,閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)が主体と診断された患者の治療時に,有意の中枢性睡眠時無呼吸(CSA)が生じてくる現象を指している.CPAPタイトレーション時や耳鼻科的手術治療後にこうした現象が生じることは経験的に知られていたが,Morgenthalerらは,CompSASを,CPAPタイトレーションが閉塞型無呼吸低呼吸のイベントを消失させた後に中枢性無呼吸指数(CAI)が5以上残存するか,チェーン・ストークス呼吸が出現して呼吸が分断されるもの,と初めて定義した.諸外国での検討では,その頻度はOSAS

患者の15~25%に上ると報告されたが,その後に行われた我が国における2つの調査では,4,582症例のCPAP

タイトレーション時に194名(4.2%)の発生,また1,312例のCPAPタイトレーション時に66例(5.0%)の発生が報告される程度であり,少なくとも諸外国からの報告に比較して少ない現象であることが判明している. CompSASが発生する機序は現時点では明らかにされていないが,CompSAS患者をCPAP開始後数か月で再検すると,多くの患者でCSAが軽減または消失する点から,CPAP開始に伴う急激な肺の伸展に対する神経反射による中枢性の呼吸抑制が一因である可能性が挙げられている.また,心不全などによって呼吸が不安定となり,元来CSA(チェーン・ストークス呼吸)を生じやすい状態の患者にOSAが合併している際に,OSAを治療するためのCPAP治療を行うことによりCSAが表面化し,CompSASという状況が生じる可能性も推定されている. 治療としては,多くの症例でCPAPのみの治療により,数か月の間にCSAが消失していることから,患者がCPAP治療を継続できるのであれば,経過を観察することは有効と考えられる.CompSASでは元来のOSAとCPAP治療後に発生したCSAが問題となっているため,これら双方の加療が可能なASVによる治療成績が最も優れている. 以上のように,bi-level PAP機器やASV機器はOSA

とCSA両者の睡眠呼吸障害をほぼ完全に治療できるのはわかっているものの,我が国の保険医療体系ではこれらの機器はCPAPと比較して,極めて高額であることを考えると,まずCPAP治療を行った後に残存するCSA

がある患者に対してのみ,こうした機器を使用していくことが妥当であると考えられる.

Ⅳ 診 断

1 簡易モニター

【同義語】携帯用装置,簡易検査,簡易診断装置,簡易SAS検査

表6 OSAとCSAの違い

日中の眠気

睡眠中の交感神経活性

交感神経活性亢進の日中への持ち越し効果

無呼吸中の血行動態胸腔内圧 前負荷 後負荷

OSA 強い 亢進 あり −50~−80 mmHg 上昇 上昇CSA 不明瞭 亢進 不明 −5~−10 mmHg 不変 不変

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循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン

 睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome:SAS)の最も確実な診断方法は,監視(attend)下における標準睡眠ポリグラフ検査(polysomnography:PSG)である.これに対し,SAS診断のための携帯用装置(以下,簡易モニターと呼ぶ)は,脳波,眼電図,頤筋筋電図を省くことで,在宅での検査を可能にした方法である.

1 検査機器 米国のAmerican Academy of Sleep Medicine(AASM),American Thoracic Society(ATS) とAmerican College

of Chest Physicians(ACCP)の3学会合同による指針は,SASの検査機器をType 1~4までの4段階に分類した.Type 1は監視下でのPSGである.簡易検査は表7のようにType 2~4の3段階にまで分類された. 我が国の診療報酬上の記載では,「携帯用装置とは鼻呼吸センサー,気道音センサーによる呼吸状態及び経皮的センサーによる動脈血酸素飽和状態を終夜連続して測定するもの」である.そのため,医療保険では,鼻気流,いびき音,パルスオキシメータによる動脈血酸素飽和度(SpO2)の最低3項目を測定できることが必須の条件である.日本での通常のSASの簡易モニターの機器は,米国の指針(表7)に当てはめると,Type 3またはType

4のどちらかに相当する. Type2を除けば,SASの簡易モニターには脳波記録が含まれないため,夜間の睡眠段階(深度)の判定はできない.そのため,簡易モニターでは正確な睡眠時間が測定できず,真の無呼吸低呼吸指数(apnea hypopnea in-

dex:AHI)の算出に限界がある.検査記録時間や自己申告の睡眠時間による問題点を含み,簡易モニターで求めたAHIは,あくまでも推定値であることに注意が必要である.なお,簡易モニターで算出したAHIは,PSG

で求めたAHIと区別するため,用語的にRDI(respiratory

disturbance index:RDI)と区別されることがある.

2 適応症および使用適応 我が国の医療保険制度における健康保険適用では,簡易モニター(携帯型装置)は「睡眠呼吸障害が強く疑われる患者に対して,睡眠時無呼吸症候群の診断のために用いる」ものである.

 しかしCOPDやCHFが合併している場合には,どちらが影響しているのか,判断が難しく,安易に診断できないこともあるため,簡易モニターを確定診断のために使用することは避けるべきで,原則としてPSGを用いて睡眠呼吸障害の確定(最終)診断を行うことが望ましい.

3 循環器領域において,SASを診断する目的

(1)循環器疾患のリスクとしてのOSASのスクリーニング診断のため.

(2)慢性心不全に合併するSASの診断・治療のため.

 循環器領域において,SASを診断する目的には上記の2つが考えられるが,簡易モニターが使用されてもよいのは,(1)のスクリーニングの場合のみである.(2)のために簡易モニターを使用することは推奨されない.確定診断は,あくまでもPSGを用いて行うべきである.

4 評価のための項目

① 無呼吸指数(apnea index:AI)

 簡易モニターにおいて,無呼吸の総回数を記録時間(推定睡眠時間)で割って,1時間当たりに換算したもの.

② 無呼吸低呼吸指数(apnea hypopnea index:AHI)

 簡易モニターにおいて,無呼吸低呼吸の総回数を記録時間(推定の睡眠時間)で割って,1時間当たりに換算したもの.

③ 呼吸障害指数(respiratory disturbance index :RDI)

 AHIとほぼ同義.通常簡易モニターにおいて,無呼吸低呼吸の総回数を記録時間(推定睡眠時間)で割って,1時間当たりに換算したもの.

表7 簡易モニターの分類(AASM,ATS,ACCPの3学会合同指針)Type チャンネル数 検査項目(センサー)

2 7以上 脳波,眼電図,頤筋筋電図,心電図か脈拍,気流,呼吸努力,酸素飽和度(SpO2)3 4以上 換気か気流(少なくとも2チャンネル以上の呼吸運動か,呼吸運動と気流),脈拍か心電図,SpO2

4 1または2 SpO2または気流

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④ 酸素飽和度低下指数(oxygen desaturation index:ODI)

 簡易モニターにおいては,ベースラインのSpO2から任意の値*注の低下した回数を記録時間(推定の睡眠時間)で割って,1時間当たりに換算したもの.(*注:任意の値とは,2%,3%,4%などで,3%なら3%ODIなどと表記する.) 他には,体位,いびきなどが評価項目に挙げられる. 機種によっては,AHI with 3%ODIなど呼吸とSpO2低下を組み合わせたもの,または体位別も算出できる.

5循環器領域におけるSDB診療のための簡易モニター使用の限界(留意点)(表8)

◦睡眠脳波は記録されていないため,睡眠の質(深さ)は判定できないこと.◦在宅や非監視での検査の場合,本当に寝ているかが保証されないこと.◦取り付けを患者自身がする場合は,記録状態が保証されないこと. 上記の点を十分考慮に入れて使用する. 検査のための機種は,PSGを行う前のスクリーニングで使用するのであれば,SpO2モニターかType 4の検査機器でもよいかもしれない.しかし,ある程度の診断をつけたいときには,Type 3の機種を使用し,鼻・口センサーは圧と温度の両方で,呼吸運動センサーは胸と腹の両方で行い,RIPを使用し,SpO2と心電図をつけうるものが好ましい(ただし,センサー数が増加すると患者自身では自宅で装着できなくなり,結局入院で検査技師がつける場合もある).

2 標準・睡眠ポリグラフ検査(PSG)(表9)

【同義語】終夜睡眠ポリグラフィー,終夜脳波,終夜ポリグラフ検査

 我が国の医療報酬において睡眠ポリグラフ検査(Poly-

somnography:PSG)は「他の検査により睡眠中無呼吸発作の明らかな患者に対して睡眠時無呼吸症候群の診断を目的として行った場合に算定できる」とあるが,他の検査とは何かは記載がないため不明である.しかし,前述の簡易検査やSpO2モニターまたはHolter心電図などで異常所見があり,問診などから睡眠呼吸障害を疑わせた場合にはPSGを施行すべきである. PSGは,次に挙げる項目を取り付け施行する.◦脳波,眼球運動,頤筋筋電図の記録より睡眠段階を判定する.◦気流,胸腹壁の呼吸運動,SpO2,体位,前脛骨筋筋電図,心電図,いびき,食道胸腔内圧,体温,炭酸ガス分圧などの生体信号および映像音声を同時記録する. これらの情報の解析により睡眠の質,睡眠中の呼吸障害,循環状態,パラソムニアなどの有無を評価する. PSG解析では睡眠段階(sleep stage),呼吸イベント,覚醒反応,周期性四肢運動などをスコアリングする.2007年4月 にAASMよ り“The AASM Manual for the

Scoring of Sleep and Associated Events”(AASMマニュアル2007)が刊行され,電極装着位置をはじめ新しい判定基準について記述されている.

表8  循環器疾患のリスクとしてのSDBのスクリーニング診断のための検査

クラスⅠ◦Type 2機器を用いてSDBのスクリーニング診断を行う(エビデンスレベル A)

クラスⅡa◦Type 3機器を用いてSDBのスクリーニング診断を行う(エビデンスレベル C)◦Type 4機器を用いてSDBのスクリーニング診断を行う(エビデンスレベル C)

クラスⅡb なし

クラスⅢ なし

注)いずれの typeの機器による検査においても,自動計測の結果の数値だけを判断基準とせず,必ず実波形を確認した上で判定すること.

表9 循環器疾患に伴うSDBの診断・治療のための検査クラスⅠ◦循環器疾患に伴うSDB確定診断および治療効果の評価のためのPSG(クラスⅠ,レベルA)◦Type 2機器を用いて循環器疾患に合併するSDBの診断・治療を行う(エビデンスレベルA)

クラスⅡa なし

クラスⅡb◦Type 3機器を用いて循環器疾患に合併するSDBの診断・治療を行う(エビデンスレベルC)

クラスⅢ◦Type 4機器を用いて循環器疾患に合併するSDBの診断・治療を行う(エビデンスレベルC)

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1067Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン

3 欧米,日本でのそれぞれの基準(表10~12,図5,6)

① OSASとSDBの診断・治療指針

 表10は,成人のOSASに関する ICSD-2の診断基準を示す.我が国でも,2005年に5つの関連学会の後援を得て睡眠呼吸障害研究会から,一般臨床医向けのOSAS診療に関するガイドライン「成人の睡眠時無呼吸症候群

診断と治療のためのガイドライン」が作成されている.他に耳鼻科医向けの「睡眠呼吸障害(いびきと睡眠時無呼吸症候群)診療の手引き」,保険歯科研究会協力編の「睡眠時無呼吸症候群の歯科保険診療」などがあるが,まだ小児および高齢者向けのものはない.日本循環器学会では,循環器の診断に関する肺高血圧症治療ガイドライン,また,慢性心不全治療ガイドラインにおいて,SASとSDBについて述べられてきた.一方,中枢性SAS(central

SAS:CSAS)は慢性心不全で高率に合併するため,チェーン・ストークス呼吸(Cheyne-Stokes respiration:CSR)を伴った場合には,2004年に在宅酸素療法(home

oxygen therapy:HOT),2007年にはサーボ制御圧感知型人工呼吸器(adaptive servo-ventilation:ASV)が使用可能となった.しかし,OSAS以外のSDBの病態は非常に複雑であるため,SDBの診察では内科(循環器,

呼吸器,内分泌・代謝・糖尿病,神経など),耳鼻咽喉科,歯科・口腔外科,ならびに精神科と多くの科の医師・歯科医師との協力(科・科連携)が必要であり,地域医療

表10  成人の閉塞性睡眠時無呼吸(OSAS)に関するICSD-2診断基準

AとBとD,またはCとDで基準が満たされる

A.以下のうち少なくとも1つ以上が該当するⅰ.患者が,覚醒中に不意に眠り込むこと,日中の眠気,爽快感のない睡眠,疲労感,または不眠を訴える

ⅱ.患者が,呼吸停止,喘ぎ,または窒息感で覚醒する.ⅲ.ベッドパートナーが,患者の睡眠中の大きないびき,呼吸中断,またはその両方を報告する

B.PSG記録で以下のものが認められるⅰ.睡眠1時間当たり5回以上の呼吸イベント(無呼吸,低呼吸,または呼吸努力関連覚醒 respiratory effort-related arousal:RERA)

ⅱ.各呼吸イベントのすべて,または一部における呼吸努力のエビデンス(RERAは,食道内圧測定で認めるのが最も好ましい)

またはC.PSG記録で以下のものが認められるⅰ.睡眠1時間当たり15回以上の呼吸イベント(無呼吸,低呼吸,またはRERA)

ⅱ.各呼吸イベントのすべて,または一部における呼吸努力のエビデンス(RERAは,食道内圧測定で認めるのが最も好ましい)

D.異常が,他の現行の睡眠障害,身体疾患や神経疾患,薬物,または他の物質使用で説明できない.※なお,循環器疾患のSDBではOSAS以外に,特異的に

CSAS,CSR,ならびにComplex SAS(複合性SAS:後記参照)の合併が高頻度であるため,表3,4には成人のCSASとCSRに関する ICSD-2の診断基準を示す

図5 いびきなどの症状のある循環器疾患患者での睡眠呼吸障害(SDB)診断アルゴリズム

周囲からの強いいびきや無呼吸の指摘

AHI<5

(+)(-)

SDBがないか軽症 その他の睡眠障害の項目へ SHVSなど OSAS CSAS Cheyne-Stokes呼吸

AHI≧5

SDB随伴症状:EDSもしくは,睡眠中の窒息感やあえぎ,繰り返す覚醒,起床時の爽快感欠如,日中の疲労感,集中力欠如のうち 2つ以上を認める

AHIまたは 3%ODIが 5未満かつ ESS<11

SOREMp,PLMS,RWA,PBDなどその他の睡眠障害

SpO2<90%が5分以上持続

漸増漸減呼吸パターンが 10分以上持続

閉塞性が50%以上

中枢性が50%以上

AHIまたは 3%ODIが 5未満だがSpO2<90%が 5分以上持続

AHIまたは 3%ODIが 5以上または ESS≧11

経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)測定装置または簡易無呼吸診断装置による検査と Epworth sleepiness scale(ESS)

終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)

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1068 Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)

連携を含めた総合的なガイドラインが作成されている.

Ⅴ 治 療

1 閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)の治療

1 減 量(表13)

 肥満は,閉塞性睡眠時無呼吸(obstructive sleep ap-

nea:OSA)の最も重要な危険因子であり,顔面形態に要因がある患者以外の多くの患者は肥満を伴っている.したがって,肥満を伴っているOSAS患者に対しては,減量は常に励行されるべき治療法である(クラスⅠ,レ

図6 いびきなどの症状のない循環器疾患患者での睡眠呼吸障害(SDB)診断アルゴリズム

AHI<5

(+)(-)

SDBがないか軽症 その他の睡眠障害の項目へ SHVSなど OSA CSA Cheyne-Stokes呼吸

AHI≧5

治療抵抗性の高血圧,早朝高血圧,慢性心不全,心房細動,脳血管障害,腎不全など,睡眠呼吸障害の合併が強く疑われる患者

AHIまたは 3%ODIが 5未満かつ ESS<11

SOREMp,PLMS,RWA,PBDなどその他の睡眠障害

SpO2<90%が5分以上持続

漸増漸減呼吸パターンが 10分以上持続

閉塞性が50%以上

中枢性が50%以上

AHIまたは 3%ODIが 5未満だがSpO2<90%が 5分以上持続

AHIまたは 3%ODIが 5以上15未満および ESS<11

AHIまたは 3%ODIが 15以上または ESS≧11

経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)測定装置または簡易無呼吸診断装置による検査と Epworth sleepiness scale(ESS)

終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)

表12  チェーンストークス呼吸パターン(Cheyne-Stokes breathing Pattern:CSR)の診断基準

A.睡眠ポリグラフ検査で,睡眠1時間当たり少なくとも10回以上中枢性無呼吸と低呼吸が認められ,その際,低呼吸の1回換気量は漸増漸減パターンをとり,睡眠からの頻回な覚醒と睡眠構築の乱れが随伴する

  (注:この診断をするのに症状は必須ではないが,患者が,日中の強い眠気,睡眠中頻回の覚醒・完全覚醒,不眠の訴え,または呼吸困難による覚醒を訴えることは多い)

B.心不全,脳卒中,腎疾患など重傷度の高い身体疾患に随伴して呼吸障害が生じる

C.障害が,他の現行の睡眠障害,身体疾患や神経疾患,薬剤,または他の物質使用で説明できない

注)上記の診断基準は,ICSD-2による.

表11  成人の中枢性睡眠時無呼吸(Central Sleep Apnea:CSA)の診断基準

A.患者が以下の少なくとも1つを報告するⅰ.日中の強い眠気ⅱ.睡眠中の頻回の中途覚醒・完全覚醒・または不眠の訴

えⅲ.呼吸困難による完全覚醒

B.睡眠ポリグラフ検査で睡眠1時間につき5回以上中枢性無呼吸が確認される

C.障害が,他の現行の睡眠障害,身体疾患や神経疾患,薬剤,または他の物質使用で説明できない

表13 減 量クラスⅠ◦肥満を伴うOSA患者の減量(エビデンスレベルA)

クラスⅡa なし

クラスⅡb なし

クラスⅢ なし

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1069Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン

ベルA).ただし,OSAを減量のみで治癒可能である例はほとんどなく,いったん減量しても再度体重が増えることも多く,また,いつ有効な減量が可能かは不明なので,OSAに対する減量は他の有効な治療法である持続気道陽圧(CPAP),口腔内装置,肥満手術などと並行して行われるべきである.OSAに対する肥満手術に関しては非無作為化,対照がない研究においてであるが,肥満手術は減量と同様にAHIの軽減をみている.したがって,肥満手術は病的な肥満患者に対してCPAPなどの非侵襲的な治療に付加して行われる余地が残る治療法である(Ⅱa,レベルC).

2 生活習慣の是正と運動(節酒,睡眠剤の中止など)(表14)

 肥満以外で気道閉塞を生じる要因となるのが,性別,喫煙,睡眠剤の使用,加齢である.男性は女性に比して上気道周囲に脂肪沈着を来たしやすいため,OSAを来たしやすい.そのため,男性には肥満に対する指導がより重要である. アルコールは上気道の拡張筋の緊張を弛緩させ,上気道抵抗を増幅させる.したがって,OSA加療目的には就寝前の飲酒は禁止する(クラスⅡaエビデンスレベルC). 喫煙は気道系に炎症をもたらして上気道の閉塞を誘発する.喫煙者は非喫煙者に比して有意にOSAが多く,禁煙により若干改善する.したがって,OSAが存在する場合には,より強い禁煙指導が必要である(クラスⅠ,エビデンスレベルB). 睡眠導入剤は,中枢および末梢化学受容体に対しては感受性を低下させ,夜間の過剰換気を抑制する方向に作用する.一方,骨格筋のトーヌスに対しては,上気道の拡張筋を弛緩させて上気道に閉塞を来たしやすくする.OSAの場合には,化学受容体よりも気道閉塞への影響が強く出るため,睡眠時無呼吸を増悪させる方向に作用するので注意を要する. OSA患者にとって,最も重要な生活習慣への介入ポ

イントは前項の肥満の改善であるが,それを達成するためには食事療法と並んで運動療法が重要である.軽く息が切れるレベルの30~60分間の有酸素運動を週4~7回行うのが望ましい.また,体型に関係なく運動習慣とSASの頻度は関係あるとされ,運動は肥満改善とは異なる機序で睡眠時呼吸異常を改善させる可能性も考えられる.

3 体位療法(表15)

 OSAでは,睡眠中の体位によって無呼吸の程度が増減することが報告されており,睡眠中の体位(側臥位)の維持(体位療法)が有効と考えられる.ただし,長期的な心血管系合併症予防に対する効果については明らかにされていない.また,睡眠中,一定の体位を維持し続けることは通常は困難であり,長期間継続できるかどうかが問題となるが,このような治療コンプライアンスを検証した研究結果は少なく,結果も様々である. 体位の維持を補助するための寝具(枕や背当てクッションなど),装置(背中にテニスボール大のボールが入ったベルト,体位アラームなど)を使用することが可能であり,我が国でも市販されているものが多数あるが,その有効性について明確なエビデンスがあるものは少ない. 体位療法はOSAの治療として非侵襲的であり簡便であるため,他の治療法と並行して(クラスⅡa,エビデンスレベルC),または他の治療法が困難である場合(特に軽症例,クラスⅡa,エビデンスレベルC),体位性SASと診断されている症例(クラスⅠ,エビデンスレベルB)に関しては,主観的症状や客観的検査所見の改善を指標にしながらの体位療法は推奨される.

4 薬物療法(表16)

 閉塞性睡眠時無呼吸に対する薬物療法として,これまで選択的セロトニン再取り込み阻害薬,三環系抗うつ薬,炭酸脱水素酵素阻害薬,テオフィリン,女性ホルモンなどの有効性が検討されてきたが,現在,閉塞性睡眠時無呼吸に対して,有効性が確立されている薬物療法は存在

表14 生活習慣の是正クラスⅠ◦禁煙指導(エビデンスレベルB)

クラスⅡa◦就寝前の飲酒の禁止(エビデンスレベルC)

クラスⅡb なし

クラスⅢ なし

表15 体位療法クラスⅠ◦体位性OSAに対する体位療法(エビデンスレベルB)

クラスⅡa◦体位性でないOSAに対する体位療法(エビデンスレベルC)

クラスⅡb なし

クラスⅢ なし

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)

しない. 炭酸脱水素酵素阻害薬であるアセタゾラミドについては,閉塞性睡眠時無呼吸に有効であるとの報告があり,我が国では睡眠時無呼吸症候群の治療薬として医療保険適用がとれているが,代謝性アシドーシス,電解質異常,しびれなどの副作用が懸念され,長期使用の有効性は確立されていない. 甲状腺機能低下症や末端肥大症に伴う閉塞性睡眠時無呼吸はホルモン補充療法(医療保険適用あり)によりAHIの減少が期待される.閉塞性睡眠時無呼吸の標準治療として確立されている経鼻的持続陽圧呼吸療法は様々な理由で継続が困難な症例が存在するため,閉塞性睡眠時無呼吸に対して有効な薬物療法の出現が待たれる.

5 持続気道陽圧(CPAP),その他の陽圧治療(表17)

 OSAに対する鼻マスクを用いたCPAP療法は,睡眠中に上気道を陽圧状態に保つことで,閉塞起点となる上気道軟部組織を押し上げ,気道の開存が維持され,OSA

の発症を予防する.このような直接的な効果に加え,PEEP効果による肺容量の増加が上気道の開大につながることも報告されている. OSA患者に対するCPAP療法には,心拍変動解析でのLF/HF,筋交感神経活性,血漿,尿中ノルアドレナリン濃度の各指標における交感神経活性の抑制作用,血清TNF-α濃度,血清 IL-6濃度および血清CRP値などの炎症マーカーの低下作用,血管内皮機能改善作用,降圧作用,左室拡張能改善作用,内臓脂肪および血清レプチン濃度低下作用,血小板活性化および血小板凝集の抑制作用,血漿フィブリノーゲン濃度の低下および第Ⅶ因子凝固活性の改善などが報告されている.これらより,CPAP療法には,OSA患者への心血管イベント抑制効果および生命予後改善効果が期待できる. OSAに何らかの介入を行った群と比較して,未治療

群の生命予後が有意に不良であったとする観察研究や,CPAP療法により心血管死亡および心血管イベントが抑制されたとする前向き観察研究があるが,CPAP療法の予後への効果を検討するための無作為化対照試験は行われていない. CPAP療法は対症療法であり,治療継続が重要となるが,治療継続率は65~90%とその低忍容性が問題である.また,治療アドヒアランスがOSA患者の生命予後に影響する可能性も示唆されており,マスクやCPAPの設定変更,加湿器の併用など,治療アドヒアランスの向上に積極的に努める必要がある. 我が国でのCPAP療法の保険適用は,自覚症状を認め,かつ,PSGにてAHI≧20もしくは簡易モニターにてAHI≧40を認めた場合となっているが,臨床上の治療導入の判断は,AHIのみで行うべきでなく,自覚症状およびその他の併存疾患(高血圧,心不全,虚血性心疾患,脳血管障害など)の有無などを含めて総合的に行うべきである.最近,報告された一般住民を対象とした前向きコホート研究(平均観察期間13.4年)では,非OSA例と比較して,AHI≧15で有意にall-cause mortalityが悪化することが示されており,AHI≧15で積極的な治療の適応となるべきである.さらに,同様の前向きコホートであるWisconsin Sleep Cohortの平均13.8年間の追跡調査では,眠気の有無にかかわらずAHI≧30では非OSA例と比較してall-cause mortalityが悪化することが示されており,AHI≧30に対しては,自覚症状の有無にかかわらず治療行うべきである.

表16 OSAの薬物療法クラスⅠ◦甲状腺機能低下症や末端肥大症に合併する閉塞性睡眠時無呼吸に対するホルモン補充法(エビデンスレベルB)

クラスⅡa◦アセタゾラミド(エビデンスレベルB)

クラスⅡb◦選択的セロトニン再取り込み阻害剤(フルオキセチン,パロキセチン),三環系抗うつ剤(プロトリプチリン),テオフィリン,女性ホルモン(エビデンスレベルB)

クラスⅢ なし

表17 OSAに対するCPAP療法クラスⅠ◦AHI≧30で心血管イベントに対する一次予防目的として(エビデンスレベルB)

◦AHI≧15で基礎疾患(高血圧,耐糖能異常,心不全,虚血性心疾患,脳血管障害など)を有する場合の基礎疾患進展抑制もしくは二次予防目的として(エビデンスレベルB)

◦AHI≧15で自覚症状を有する場合,自覚症状改善目的としてのCPAP(エビデンスレベルA)

クラスⅡa◦15≦AHI<30で心血管イベントに対する一次予防目的として(エビデンスレベルB)

◦5≦AHI<15で自覚症状を有する場合,自覚症状改善目的としてのCPAP(エビデンスレベルA)

クラスⅡb◦5≦AHI<15で,特に基礎疾患が存在せず,自覚症状が乏しい場合(エビデンスレベルB)

クラスⅢ なし

注)CPAPの導入にあたっては,その保険適用を考慮する.

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1071Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン

6 口腔内装置(表18)

 口腔内装置(oral appliance:OA)は,閉塞性睡眠時無呼吸(obstructive sleep apnea:OSA)の治療手段の1つとして広く普及している.就寝時に口腔内に装着し,下顎を強制的に前方へ移動させ固定する装置(mandibu-

lar advancement device:MAD)が用いられることが多い. 我が国においては2004年4月より,睡眠時無呼吸症候群と診断された患者に対し,治療のためのOAの使用が健康保険の適用となったが,具体的な適用基準は示されていない.作製にあたっては,残存歯,う歯,歯周病,顎関節症の有無などのチェックが必要で,経験を積んだ歯科医が行うべきである.

 現時点でOAの適応基準として妥当と判断されるのは,以下の項目を満たした例であると考えられる.

(1)軽症OSAおよび習慣性いびき症.(2)軽症~中等症のOSAで,CPAP治療を拒否あるいは継続できない例.

 OAの効果判定を概ね1年後,または病状に変化があった場合に行うことが望ましい.

7 外科療法 OSAに対する外科療法は,口腔咽頭の解剖学的な気道狭窄を解除する目的で行われ,軟部組織による気道狭窄を解除する術式と,骨組織による気道狭窄を改善させる術式に大別される.前者では,口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(uvulopalatopharyngoplasty:UPPP)が代表的である.レーザー口蓋弓口蓋垂形成術(laser-assisted uvulo-

palatoplasty:LAUP)は,UPPPの変法である.扁桃摘出術は扁桃およびアデノイド摘出術(adenotonsillecto-

my)は主に小児の扁桃肥大,アデノイド増殖によるOSAに対する治療法として行われる.後者の代表として小顎症などの解剖学的異常に起因するOSAに対する顎 形 成 術(maxillomandibular advancement surgery:MMA)が挙げられる. OSAに対する外科療法は,対症療法である口腔内装置(oral appliance:OA),CPAPに比較して,OSAの根治療法となりうる可能性を持ち,医療経済的に利益が大きい可能性がある.現時点で外科療法の適応基準として

表18 OSAに対する口腔内装置クラスⅠ◦5≦AHI<15(軽症)のOSAおよび習慣性いびき症(非肥満例)(エビデンスレベルB)

◦5≦AHI<30の(軽~中等症)OSAでCPAP治療を拒否あるいは継続できない非肥満例(エビデンスレベルB)

クラスⅡa◦5≦AHI<30(軽~中等症)のOSAでCPAP治療を拒否あるいは継続できない肥満例(エビデンスレベルC)

◦AHI≧30(重症)のOSAでCPAP治療を拒否あるいは継続できない非肥満例(エビデンスレベルC)

クラスⅡb◦AHI≧30(重症)OSAでCPAP治療を拒否あるいは継続できない肥満例(エビデンスレベルC)

クラスⅢ◦中枢性睡眠時無呼吸の症例(エビデンスレベルC)

図7 保険診療を考慮したOSA治療アルゴリズム*(V-4参照)

*このアルゴリズムは保険制度に準拠したもので,本ガイドラインにおける医学的に妥当な診療指針とは必ずしも一致しない

肥満に対する減量,生活習慣の是正

AHI≧40

上気道疾患あり

外科的治療を考慮 コンプライアンス不良CPAP導入 口腔内装置 経過観察

自覚症状なし

AHI<40

5≦AHI<20

PSG

簡易モニター

AHI≧20

自覚症状あり

OSAが疑われる

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1072 Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)

妥当と判断されるのは,以下の項目を満たした例であると考えられる.(1)臨床的に治療を要すると判断されるOSA.(2)CPAPなどの保存的療法が受容できない.(3)周術期リスクの低い安定した全身状態.(4)患者が十分な説明を受け,合併症その他を理解した

上で手術を希望する. 術式については,経験を積んだ耳鼻科医,口腔外科医による詳細な検討により決定されるべきである.

8 OSAの治療(まとめ)(表19,図7)

2 中枢性無呼吸(CSA)の治療

1 薬物療法(表20)

 左室収縮障害による慢性心不全に合併する中枢性睡眠時無呼吸に対して,これまでいくつかの薬物療法の有効性が検討されてきた.慢性心不全の標準治療薬として確立されているACE阻害薬であるカプトプリルにより,慢性心不全患者のAHIが減少することが報告されている.利尿薬は,肺うっ血の改善により慢性心不全患者の中枢性睡眠時無呼吸を減少させうるが,時に代謝性アルカローシスをもたらし,二酸化炭素・換気応答を右にシフトさせ,PaCO2の無呼吸閾値の上昇をもたらし,中枢性睡眠時無呼吸を悪化させることがあるので注意が必要である.慢性心不全の標準治療薬であるβ遮断薬(カルベジロール)が慢性心不全に合併する中枢性睡眠時無呼吸患者のAHIを有意に減少させ,その効果は用量依存性の可能性があることが報告されている.機序としては中枢性化学受容体の二酸化炭素に対する感受性の亢進の抑制や心不全の重症度の改善による二次的なものなどが推察されている. 無作為二重盲検臨床研究により,テオフィリン(医療保険適用なし)の短期投与が中枢性睡眠時無呼吸を合併した慢性心不全患者のAHIを有意に減少させたことが報告されている.しかしながら,テオフィリンは催不整脈作用を有するため,その長期使用の有効性は確立されておらず,また一般に強心作用を有する薬剤の長期投与は心不全の予後を悪化させる懸念がある. 無作為二重盲検臨床研究により,炭酸脱水素酵素阻害薬であるアセタゾラミド(医療保険適用あり)がAHI

を有意に減少させたことが報告されており,機序として

表20 中枢性睡眠時無呼吸の薬物療法クラスⅠ◦心不全に合併する場合,ガイドラインに基づいた慢性心不全に対する最適な薬物療法(エビデンスレベルC)

クラスⅡaなし

クラスⅡb◦CSA自体の軽減を目的としたβ遮断薬(カルベジロール)(エビデンスレベルB)

◦アセタゾラミド,テオフィリン(エビデンスレベルB)クラスⅢなし

表19 閉塞性睡眠時無呼吸の治療(まとめ)クラスⅠ◦肥満を伴うOSA患者の減量(エビデンスレベルA)◦禁煙指導(エビデンスレベルB)◦体位性OSAに対する体位療法(エビデンスレベルB)◦甲状腺機能低下症や末端肥大症に合併する閉塞性睡眠時無呼吸に対するホルモン補充法(エビデンスレベルB)

◦AHI≧30で心血管イベントに対する一次予防目的としてのCPAP(エビデンスレベルB)◦AHI≧15で自覚症状を有する場合,自覚症状改善目的としてのCPAP(エビデンスレベルA)◦AHI≧15で基礎疾患(高血圧,耐糖能異常,心不全,虚血性心疾患,脳血管障害など)を有する場合の基礎疾患進展抑制もしくは二次予防目的としてのCPAP(エビデンスレベルB)◦5≦AHI<15(軽症)のOSAおよび習慣性いびき症(非肥満例)に対する口腔内装置(エビデンスレベルB)◦5≦AHI<30の(軽~中等症)OSAでCPAP治療を拒否あるいは継続できない非肥満例に対する口腔内装置(エビデンスレベルB)

クラスⅡa◦就寝前の飲酒の禁止(エビデンスレベルC)◦体位性でないOSAに対する体位療法(エビデンスレベルC)

◦アセタゾラミド(エビデンスレベルB)◦15≦AHI<30で心血管イベントに対する一次予防目的としてのCPAP(エビデンスレベルB)◦5≦AHI<15で自覚症状を有する場合,自覚症状改善目的としてのCPAP(エビデンスレベルA)◦5≦AHI<30(軽~中等症)のOSAでCPAP治療を拒否あるいは継続できない肥満例に対する口腔内装置(エビデンスレベルC)◦AHI≧30(重症)のOSAでCPAP治療を拒否あるいは 継続できない非肥満例対する口腔内装置(エビデンスレベルC)

クラスⅡb◦選択的セロトニン再取り込み阻害剤(フルオキセチン,パロキセチン),三環系抗うつ剤(プロトリプチリン),テオフィリン,女性ホルモン(エビデンスレベルB)

◦5≦AHI<15で,特に基礎疾患が存在せず,自覚症状が乏しい場合のCPAP(エビデンスレベルB)◦AHI≧30(重症)OSAでCPAP治療を拒否あるいは 継続できない肥満例対する口腔内装置(エビデンスレベルC)

クラスⅢ◦中枢性睡眠時無呼吸の症例に対する口腔内装置:レベルC

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1073Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン

は,重炭酸イオンの尿中排泄によりもたらされる代謝性アシドーシスが二酸化炭素・換気応答を左にシフトさせPaCO2の無呼吸閾値を低下させることや,利尿効果による肺うっ血の改善などが推察される.我が国では,アセタゾラミドは睡眠時無呼吸症候群に医療保険適用がある.しかしながら,慢性心不全に合併する中枢性睡眠時無呼吸に対するアセタゾラミドの長期使用の有効性は確立されていない.

2 デバイス,外科治療(表21)

 CSAを伴う心不全患者を治療するにあたり,CSAに対する直接的な介入に先立ち,心不全に対する最適な治療を行うべきである.心機能や血行動態の改善に伴ってCSAの減少を認めることが多いためである.心臓再同期 療 法(cardiac resynchronization therapy:CRT) は,右室と左室を同時にペーシングすることにより左室の非同期性収縮を是正し,それにより効果的に心機能を改善させる方法である.運動耐容能やQOLの改善のほか,CARE-HF試験によってCRTの生命予後改善効果が証明され,心不全に対する非薬物療法としてその有用性は確立されつつある.我が国の現在のCRTの適応基準は,薬物治療によってもNYHAクラスⅢまたはⅣから改善しない左室駆出率35%以下の重症心不全で,QRS幅130msec以上の心室内伝導障害を有する患者となっている.慢性心不全患者にみられるCSAがCRTによって減少することが報告されているが,現状ではCSAの改善のみを目的としたCRTの導入は容認できない. CRT以外の非薬物治療によるCSAの変化を観察した報告が散見される.虚血性心筋症患者へのカテーテル治療後や僧帽弁閉鎖不全症患者への僧帽弁形成術後,急性の代償不全に陥った終末期の重症心不全患者に対する左心補助人工心臓(left ventricular assist device:LVAS)

の植え込み後や心臓移植後にCSAが抑制~消失することが報告されているが,これらも心不全自体の改善の結果であると考えられる.

3 その他の治療(運動療法など) 中枢性無呼吸症候群(CSA)は心不全に高率に合併する.CSAによる夜間覚醒や交感神経の活性化が心不全を惹起する一方,心不全に伴う交感神経活性化や循環時間の遅延,肺うっ血がCSAを誘発する. CSAの危険因子として,肺毛細管圧上昇,交感神経活性化,男性,高齢,BMI低値などがある.このことより,男性と高齢者を除いては,心不全の治療を行うことがCSAの予防・治療そのものであることが理解される. 薬物や各種デバイス以外の心不全治療として重要なものに心臓リハビリテーションがある.心臓リハビリテーションの構成要素は運動療法・食事療法と生活習慣の指導である. 労作時過剰換気は睡眠時無呼吸の病態と関連すると考えられるが,運動療法により労作時過剰換気が改善されることも報告されており,この点から,心臓リハビリテーションは心不全患者の睡眠時無呼吸症候群を改善される可能性もある.詳細は心臓リハビリテーションガイドラインを参照されたい.生活習慣の改善としては,服薬と減塩の遵守が重要である. また,拡張機能障害が主で,頻脈や血圧過上昇が心不全増悪の原因になりやすい場合には,日常生活のストレスに気を付けるような生活指導が重要である.

表21 デバイス治療・手術療法クラスⅠ◦CRTの適応基準を満たした,CSAを合併する慢性心不全患者へのCRT(エビデンスレベルC)◦基礎心疾患に対する手術適応があるCSA合併患者への心臓外科手術(エビデンスレベルC)

クラスⅡa なし

クラスⅡb なし

クラスⅢ◦CRTの適応基準を満たさない患者に対するCSAの減少のみを目的に行うCRT(エビデンスレベルC)

◦CSAの減少のみを目的に行う心臓外科手術(エビデンスレベルC)

表22 CSAに対する夜間在宅酸素療法(HOT)クラスⅠ なし

クラスⅡa1)NYHAⅢ度以上でAHIが20/hr以上のCSAに対し◦AHIの低下と睡眠の質の向上を目的として(エビデンスレベルA)

◦運動耐容能,身体活動スケールの改善を目的として(エビデンスレベルA)◦心機能の改善を目的として(エビデンスレベルA)

クラスⅡb◦NYHAⅢ度以上でAHIが20/hr以上のCSAに対し予後の改善を目的として(エビデンスレベルB)

クラスⅢ なし

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4 夜間在宅酸素療法(HOT)(表22)

① CSAに対するHOTの機序

 夜間酸素療法はPO2を高値に保つことにより,低酸素血症の改善を介して交感神経亢進を抑制し,遅延と換気⊖PCO2関係のフィードバック機構を安定化させ,CSA

を改善する(図8). CSR-CSAを伴う心不全患者に対して夜間在宅酸素療法(HOT)を行うことにより,睡眠の質の向上(総睡眠時間増加,無呼吸頻度および夜間覚醒頻度の減少)が得られること,Cheyne-Stokes呼吸の減少のみならず,交感神経系亢進の是正,さらに運動耐容能の改善が得られることなどが報告されている.一方,我が国の多施設共同臨床試験(chronic heart failure-nocturnal home oxy-

gen therapy:CHF-HOT)ではQOLの改善とLVEFの上昇が得られること,さらにサブ解析により,HOT導入後には導入前に比べ心不全増悪による入院頻度や救急外来受診回数が減少したことも報告されている.このCHF-HOT試験の成績を基に,我が国では世界に先駆けてCSA合併慢性心不全症例に対する夜間HOTが保険診療として認可され(2004年4月),心不全診療に導入されている.さらに,その後1年間のCHF-HOT多施設長期臨床試験が実施され,夜間HOT群では対象群に比べ,身体活動スケールの改善やLVEFの改善が長期的に持続することが確認された.しかし,先のサブ解析で示された入院頻度の減少や心イベント減少を証明するには至らなかった.

② CSAに対するHOTの適応

 慢性心不全における夜間在宅酸素療法の保険適用は,NYHAⅢ度以上でAHIが20/hr以上のCSAとされる.こ

の適応基準は,CHF-HOT多施設臨床試験における対象基準(NYHAⅡ~Ⅲ度でAHI≧5/hr,LVEF≦45%)に比較すると,より重症な症例が適応とされる.今後,適応を改定することについても検討してよいと考えられる.

5 持続気道陽圧(CPAP)療法(表23)

 CSR-CSAは心不全の二次的病態で,その重症度(AHI)が肺毛細血管楔入圧と関連することが報告されている.一方,左室充満圧が高い不全心に対するCPAPの覚醒時の急性効果として,胸腔内圧上昇に伴う静脈還流量低下による前負荷低減および壁内外圧差低下に伴う相対的左室後負荷低減,1回拍出量の増加が報告されており,CSR-CSAに対するCPAPの作用機序の1つとして,血行動態の改善が関与していると考えられる. CSR-CSAに対するCPAP療法の予後への効果を検討したCANPAP研究(計258例,平均観察期間2年)では,control群と比較してCPAP療法群において,左室駆出率の有意な改善および血漿ノルアドレナリン濃度の有意な

図8 CSAの機序と夜間酸素療法の効果

化学受容体→PCO2↑

交感神経系亢進

 心不全

肺うっ血

低酸素血症

循環時間遅延

覚醒時喚起応答亢進

睡眠時呼吸障害Cheyne Stokes呼吸

 Quality of Sleep

CO2化学受容野感受性亢進

夜間酸素療法

表23 心不全合併CSR-CSAに対するCPAP療法クラスⅠ なし

クラスⅡa◦AHI≧15で,CPAP療法によりAHI<15に改善し,かつCPAP療法に対する忍容性が十分な場合(エビデンスレベルB)

クラスⅡb なし

クラスⅢ◦AHI≧15でCPAP療法により有意な改善がみられない場合(エビデンスレベルB)

◦AHI≧15で,CPAP療法に対する忍容性が不十分な場合(エビデンスレベルC)

注)AHIは,PSGによって評価する.

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1075Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン

低下を認めたが,transplant free survivalの改善効果は証明されなかった.そのPost Hoc解析で,CPAP療法によりAHI<15にCSR-CSAが抑制できれば,transplant free

survivalを改善させる可能性が報告された. これらの結果より,CPAP療法は“non-responder”に行うべきでなく,acute CPAP titrationを行い,“non-re-

sponder”でないことを確認するべきである.右心不全を伴い前負荷依存性となっている例や十分に左室充満圧が低い例では,CPAPの急性効果として血行動態が悪化する可能性もあり,必ず覚醒時CPAP 中に血圧や脈拍などの評価を行い,血行動態に悪影響がないことを確認する必要がある.さらにAHI≧15のCSR-CSAが残存する場合やCPAP療法に対する忍容性が不十分な場合では,速やかにその他の陽圧療法などへの変更を行うべきである.

6 その他の陽圧治療(表24,25)

 心不全症例のCSAにおけるAHIの改善に関して,より効果的である陽圧治療(bi-level positive airway pressure:bi-level PAPおよびadaptive servo-ventilation:ASV)に焦点が当てられている. Bi-level PAPに関しては,CPAP同様に鼻マスクを装着して行う治療方法であり,CPAPとは,吸気時・呼気時の圧が変わり陽圧が2層性である点,自発呼吸が消失してもバックアップ換気が行われるという点で異なる.このバックアップ機構を有するbi-level PAPに関しては,

CSA自体の治療としての有用性(クラスⅡa,エビデンスレベルA)のみならず,心機能の改善に対しての有用性についても前向きの無作為化試験を含むいくつかの小規模の研究結果が報告されている(クラスⅡa,エビデンスレベルB).CPAPとの比較に関しては,CSAに対してはより効果的であると報告されており(クラスⅡa,エビデンスレベルB),特にCPAPに忍容性がない場合などで有用性が高いと考えられるが(クラスⅠ,エビデンスレベルB),心機能に関して直接比較をしたデータはない. さらに最近では,このようなbi-level PAPを発展させ,そのときの呼吸状態に合わせて呼吸補助の程度を変化させ,過呼吸と無呼吸を繰り返す心不全のCSAにより適合した新しいデバイスであるASVの効果が報告されている.ASVは,AHIの改善に対してはクロスオーバー試験の結果,CPAP,bi-level PAPよりもさらに効果的であり,CPAPやbi-level PAPの継続が困難な症例や治療不十分な症例でも効果的であった(クラスⅠ,エビデンスレベルA).Sham ASVと有効な治療設定を行ったASVとの比較で,血中BNPや尿中カテコラミンをより低下させることや,CPAPとの比較で良好な治療コンプライアンスを呈し,6か月後の左室駆出率やQOL,治療コンプライアンスをより改善させるなどの効果が報告されている.我が国においてもCPAPとASVを比較した多施設前向き無作為化試験で,ASV群では治療コンプライアンスがより良好で,3か月後の左室駆出率,血中BNP,6分間歩行距離,QOLがより改善するなどの結果が得られた.しかしながらASVの心不全患者における長期予後改善の効果を検討する大規模研究が計画されている. 現在のところ,我が国ではbi-level PAP,ASVともに健康保険適用の明確な基準はなく,臨床での使用に関してはCPAPと比べ費用もかかることから,現状ではCPAPのタイトレーションを行い,前述の“non-respond-

er”またはCPAPに対して忍容性がない場合に検討する治療法として妥当であると考えられる.

表24 CSR-CSAに対するその他の陽圧治療-1(Bi-level PAP)クラスⅠ◦CPAPに忍容性がない場合(エビデンスレベルB)

クラスⅡa◦CSAの改善を目的として(エビデンスレベルB)◦心機能の改善を目的として(エビデンスレベルB)

クラスⅡbなし

クラスⅢなし

表25 CSR-CSAに対するその他の陽圧治療-2(ASV)クラスⅠ◦CPAPに忍容性がない場合(エビデンスレベルA)

クラスⅡa◦CSAの改善を目的として(エビデンスレベルA)◦心機能の改善を目的として(エビデンスレベルB)

クラスⅡbなし

クラスⅢなし

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7 CSAの治療(まとめ,表26)

3 我が国の保険診療上の治療適応基準

 口腔内装置(oral appliance:OA)は,OSASの診断がつくAHI≧5から可能である.医科でOSASと確定診断され,医科から歯科へ紹介の上,歯科がOAを作製する.

 持続陽圧呼吸(continuous positive airway pressure:CPAP)は,症状などがあり,PSGで検査し,AHI≧20で使用可能である.簡易無呼吸検査では,AHI≧40で適応される(ただし,AHI 20というカットオフ値の日本人でのエビデンスはない). ASVは,睡眠時無呼吸症候群患者ではない心不全の患者で,長期にわたり持続的に人工呼吸に依存せざるをえない,安定した状態の患者に対して使用が適当と医師が認めた患者に対して使用可能(ここでいう睡眠時無呼吸症候群とは恐らくOSASを想定していると考えられ,OSASの主体ではない心不全患者とは,CSRが主体で,換気量や呼吸数の変化する補助換気の必要な患者ということになる). HOTは,慢性心不全患者で,医師によりNYHAⅢ度以上の重症と認められ,PSG上でAHI≧20のCSRが確認された患者が適応となる.

Ⅵ 各 論

1 高血圧とOSA

1 高血圧リスクとOSA OSAと高血圧は互いに合併率が高い.重要な点は,OSAと高血圧は単なる合併ではなく,OSA自体が高血圧の原因となる二次性高血圧の原因疾患の1つであることである.これまでに,地域住民を対象とした前向き研究であるWisconsin Sleep Cohort Studyにおいて,年齢やBMIと独立してAHIの増加が将来の高血圧の発症リスクになることが示されている.さらに,AHIと24時間血圧レベルには,BMIやその他の要因とは独立した閾値のない直線相関関係がみられる. OSAの高血圧リスクとしてのインパクトは若年でより大きく,高齢者ではその影響は減少する.高齢者の収縮期高血圧に対する影響は少ない.青年期若年者を対象にアクチグラフィーを用いた研究では,睡眠時間の短縮(6.5時間未満)が2.5倍,睡眠効率の低下(85%未満)が3.5倍,他の因子とは独立したプレハイパーテンション(年齢,性別,身長の90パーセンタイル以上の血圧と定義)のリスクとなっていたことから,高血圧の発症リスクとして睡眠の量と質が重要であることがうかがえる.

表26 中枢性睡眠時無呼吸の治療(まとめ)クラスⅠ◦ガイドラインに基づいた慢性心不全に対する最適な薬物療法(エビデンスレベルC)◦CRTの適応基準を満たした,CSAを合併する慢性心不全患者へのCRT(エビデンスレベルC)◦基礎心疾患に対する手術適応があるCSA合併患者への心臓外科手術(エビデンスレベルC)

◦CPAPに忍容性がない場合のbi-level PAP(エビデンスレベルB)

◦CPAPに忍容性がない場合のASV(エビデンスレベルA)

クラスⅡa◦NYHAⅢ度以上でAHIが20/hr以上のCSA に対する酸素療法

 AHIの低下と睡眠の質の向上を目的とした酸素療法(エビデンスレベルA) 運動耐容能,身体活動スケールの改善を目的とした酸素療法(エビデンスレベルA) 心機能の改善を目的とした酸素療法(エビデンスレベルA)

◦AHI≧15で,CPAP療法によりAHI<15に改善し,かつCPAP療法に対する忍容性が十分な場合のCPAP療法継続(エビデンスレベルB)◦CSAの改善を目的としたBi-level PAP(エビデンスレベルA)

◦心機能の改善を目的としたBi-level PAP(エビデンスレベルB)

◦CSAの改善を目的としたASV(エビデンスレベルA)◦心機能の改善を目的としたASV(エビデンスレベルB)

クラスⅡb◦CSA自体の軽減を目的としたβ遮断剤(カルベジロール)(エビデンスレベルB)

◦アセタゾラミド,テオフィリン(エビデンスレベルB)◦NYHAⅢ度以上でAHI≧20のCSAに対し予後の改善を目的とした酸素療法(エビデンスレベルB)

クラスⅢ◦CRTの適応基準を満たさない患者に対するCSAの減少のみを目的に行うCRT(エビデンスレベルC)

◦CSAの減少のみを目的に行う心臓外科手術(エビデンスレベルC)◦AHI≧15で,CPAP療法により有意な改善がみられない場合のCPAP療法継続(エビデンスレベルB)◦AHI≧15で,CPAP療法に対する忍容性が不十分な場合のCPAP療法継続(エビデンスレベルC)

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 我が国においても,高血圧のみならずプレハイパーテンション(正常高値血圧130~139/85~89 mmHg)は将来の心血管疾患,特に脳卒中のリスクになっているが,その規定因子として肥満がある.高血圧ならびにプレハイパーテンションの規定因子として,肥満の影響はより若年で大きい.45歳の住民を対象として4年間の体重の増減とOSAの発症を検討した検討では,体重の10%増加が中等度・重症OSAへの発症リスクを6倍増加させており,その発症は減量により抑制されていることが示されている.したがって,より若年から適正体重の維持に努めることが,OSAに関連した高血圧の発症抑制にもつながると考えられる.

2 OSAの自由行動下血圧の特徴(表27)

 OSAの高血圧の最も重要な特徴は,仮面高血圧が多い点と,治療抵抗性高血圧の原因疾患となる点である.これまで,夜間高血圧や,血圧日内変動異常で夜間血圧下降が減少しているnon-dipper型や,逆に夜間血圧が上昇する riser型では,高血圧性臓器障害や将来の心血管イベントや心血管死亡リスクが高いことが広く知られている.さらに,OSAのnon-dipper・riserの特徴として,夜間血圧の変動が大きいことが挙げられる.OSAの夜間無呼吸発作時に,最大の胸腔内陰圧負荷に加え,無呼吸後半から無呼吸が解除される時相に一致して著明な血圧上昇(血圧スリープサージ)が引き起こされる.この夜間血圧サージの増大は,OSAでみられる夜間発症の心血管イベントの誘引になると考えられる. OSA患者では,昇圧反応が亢進している可能性も示されている.

3 治療抵抗性高血圧(表28)

 OSAは治療抵抗性高血圧の原因にもなる.通常,治療抵抗性高血圧は,利尿薬を含む3剤以上の降圧療法を投与中にもかかわらず,診察室血圧が140/90 mmHg未満にコントロールできない場合に定義する.治療抵抗性高血圧の80%以上にAHI≧10のOSAがみられたとの報告や,SASが50歳未満の高血圧患者の血圧コントロール不良の独立した規定因子となることが報告されている.

 特に,降圧薬の就寝前投与などの夜間・早朝高血圧に対する特異的治療を行っても,家庭血圧で測定した早朝血圧レベルが持続して高値(135/85 mmHg以上)を示す治療抵抗性早朝高血圧ではOSAを疑う.その際,早朝血圧と就寝時の血圧差(ME差)も参考にする.夜間低酸素血症がME差の規定因子であることが知られている.我が国の高血圧患者においても,ME差は早朝血圧と就寝時血圧の平均値(ME平均)とは独立して,脳卒中リスクや高血圧性心疾患と関連する.

4 OSAを考慮した高血圧診療プロセス OSAを考慮した仮面高血圧の診療プロセスを以下に示す.まず,家庭血圧計により早朝血圧を測定し,そのレベルが135/85 mmHg以上の場合,早朝高血圧と考え,早朝血圧をターゲットとした降圧療法を行う.早朝血圧レベルが135/85 mmHg未満のときは,ABPMを測定し,24時間血圧レベルが平均で130/80 mmHg以上である場合,昼間血圧が高いとストレス性高血圧,夜間血圧が高いと夜間高血圧と考え,それらをターゲットにした降圧治療を行う.以上で夜間・早朝血圧のコントロールがつかない治療抵抗性夜間早朝高血圧であった場合,OSA

を疑うことが重要である(クラスⅠ,エビデンスレベルA).また,24時間血圧が130/80 mmHg未満と正常にコントロールされている場合においても,臓器障害の進行例,特に圧負荷の影響を受けやすい左室肥大の合併例ではOSAを疑う(クラスⅡa,エビデンスレベルB).OSAでは,ABPMにより評価した夜間血圧を含む24時間血圧が全く正常レベルであったとしても,無呼吸発作時の-80 mmHgにも及ぶ周期的胸腔内陰圧により左室壁に強い圧負荷がかかり,高血圧性心疾患が進展する.

5 OSAに合併した高血圧の治療(表29)

①非薬物療法

 肥満OSA患者では,減量が最も有効である.また,アルコール摂取によりOSASは悪化することから,節酒も指導する.喫煙者には禁煙を指導する.

表28 高血圧患者におけるOSAスクリーニングクラスⅠ◦治療抵抗性高血圧(エビデンスレベルA)

クラスⅡa◦夜間尿,夜間呼吸困難,夜間発症の心血管イベントの既往がある高血圧患者(エビデンスレベルC)

◦正常血圧にもかかわらず左室肥大を有する例(エビデンスレベルB)

表27 閉塞性睡眠時無呼吸症候群の高血圧の特徴◦治療抵抗性高血圧◦仮面高血圧◦夜間高血圧(non-dipper・riser型,血圧ミッドナイトサージ)◦早朝高血圧(血圧モーニングサージの増強)◦心拍数増加を伴う高血圧◦若年の拡張期(優位)高血圧

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② 持続気道陽圧(CPAP)療法

 中等度・重症OSA(AHI>20)を合併する高血圧患者では,まず持続気道陽圧(CPAP)療法を行う(図9).CPAP療法により多くの患者で降圧効果が得られ,夜間の血圧サージは低下し,心血管予後も改善する.ただしCPAPの効果には個人差があり,より血圧レベルが高い高血圧,未治療高血圧,夜間高血圧 ,治療抵抗性高血圧などの特徴を有する高血圧例では,CPAPによる降圧効果が大きい.特に,夜間高血圧non-dipper・riser型ではCPAPにより睡眠中の血圧がより選択的に低下し,正常dipper型に回復すること場合が多い.さらに,BMI高値で,より重症のOSA(AHI>30)では,CPAPによる降圧程度が大きい.また,昼間の眠気の有無もCPAP

の降圧効果に影響を与える.OSA患者ではCPAPによる日中血圧の降圧効果が乏しい場合もあり,CPAP治療の継続率も低い.CPAP治療により明確な降圧効果を期待するには,CPAPに対するコンプライアンスが良好で,一晩3時間以上使用し,AHIが50%以上減少する効果があり,さらに,より長期に使用することが重要である.

③ 降圧薬

 AHI<20の軽症~中等症OSA高血圧患者や,CPAP

拒否ないしは自己中断した中等~重症OSA高血圧患者では,心血管リスクは残存する.このような患者はハイリスク高血圧患者と考え,より厳格な24時間にわたる降圧療法を行うことが望ましい(クラスⅡa,エビデンスレベルC).目標降圧レベルにエビデンスはまだないが,胸部大動脈や心臓への無呼吸発作時の胸腔内陰圧負荷の増大(時に-80 mmHgに達することがある)を加

味し,特に夜間血圧をその基準値である120/70 mmHg

未満に抑制しておくことが重要である.

2 心不全(図10,表30)

 心不全患者における睡眠呼吸障害の特徴は,閉塞性睡眠時無呼吸(obstructive sleep apnea:OSA)に加え,チェーン・ストークス呼吸を伴う中枢性睡眠時無呼吸(central sleep apnea with Cheyne-Stokes respiration:CSR-CSA)を高率に認めることである. OSAは,他の危険因子と独立して心不全の発症リスクを高めることが米国の大規模コホート研究で示されている.一方,CSR-CSAは心不全の結果とみなされている.いずれの睡眠時無呼吸も心不全に合併するとその予後を悪化させることが知られている. 慢性心不全で通院中の患者や心不全で入院加療中の患者には,簡易モニターを用いて積極的にスクリーニングを行うことが推奨される(クラスⅠ,エビデンスレベルC).睡眠呼吸障害の疑いがあれば,終夜睡眠ポリグラ

表29 OSA合併高血圧患者の治療クラスⅠ◦肥満患者に対する減量(エビデンスレベルA)◦禁煙指導(エビデンスレベルB)◦中等度・重症OSA(AHI>20)を合併する高血圧患者に対する持続性陽圧呼吸(CPAP)(エビデンスレベルA)

クラスⅡa◦AHI<20の軽症・中等症OSA高血圧患者に対する,夜間血圧120/70 mmHg を目標とした厳格な降圧療法(エビデンスレベルC)◦CPAPを拒否ないしは自己中断した中等度・重症OSAS高血圧患者に対する,夜間血圧120/70 mmHg を目標とした厳格な降圧療法(エビデンスレベルC)

◦就寝前の飲酒の禁止(エビデンスレベルC)クラスⅡb なし

クラスⅢ なし

図9 睡眠時無呼吸症候群を伴う高血圧患者の治療方針

減量・節酒・禁煙

継続不可能

高血圧閉塞性睡眠時無呼吸症候群

Apnea hypopnea index≧20 <20

CPAP継続可能 降圧薬投与

達成 未達成

降 圧 目 標診察室血圧早朝血圧夜間睡眠時血圧

<140/90 mmHg<135/85 mmHg<120/70 mmHg

表30 心不全患者における睡眠呼吸障害のスクリーニングクラスⅠ◦すべての心不全に対する簡易モニターによる睡眠呼吸障害のスクリーニング(エビデンスレベルC)

クラスⅡa なし

クラスⅡb なし

クラスⅢ なし

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1079Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010

循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン

フィー(polysomnography;PSG)検査を予定する. OSAの治療方針は,心不全の有無に関わらずほぼ確立されている.肥満患者には減量を指導し,飲酒や睡眠薬の制限などの一般療法を行い,上気道に解剖学的な異常がある場合には,耳鼻科や口腔外科に相談する.中等度以上のOSAを有する患者にはCPAP治療の適応と考える.我が国におけるCPAPの健康保険適用は,PSGではAHI20以上,簡易診断装置ではAHI≧40である. 一方,CSR-CSAを合併する場合の治療にとしては薬物療法,CPAP,その他の陽圧療法などがあるが指針は確立されていない.冠血行再建術や弁膜症手術などの基礎心疾患に対する治療と心不全の薬物治療の最適化を基本とした上で,CSR-CSAへの直接的な介入を考慮する.

3 不整脈(表31)

 通常の睡眠において,non-REM期に交感神経活動の低下や副交感神経活性の亢進による心拍数の低下,REM期には末梢交感神経・副交感神経活動の亢進による心拍変動がみられ,器質的心疾患を伴わなくても洞徐脈,洞停止やWenchebach型房室ブロックなどの徐脈性不整脈が認められる.SDBによる反復する無呼吸と呼吸再開,低酸素血症と覚醒反応は急激な自律神経緊張の変動を介して,伝導障害を悪化させ,重症徐脈性不整脈を引き起こす.また,SDBは心筋虚血や心筋リモデリングを促進し,不整脈発生の基質を形成する.中途覚醒,低酸素血症,アシドーシスによる交感神経活動の亢進や自律神経のゆらぎは頻脈性不整脈の素因となり,自動能の亢進や撃発活動を引き起こし,リエントリーの成立も

心不全症例

簡易計による SDBスクリーニング

OSA治療へ 経過観察

AHI<15 AHI≧15

忍容性良好 忍容性不良

CPAP療法継続 ASVまたは bi-levelPAPタイトレーション

夜間酸素療法の適応を満たす

夜間酸素療法

ACE阻害薬 /アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬β遮断薬利尿薬抗アルドステロン薬心臓再同期療法外科的治療 など

心不全治療の最適化

CSR-CSAが疑われる

PSG

OSAが疑われる

AHI<15 AHI≧15

忍容性良好 忍容性不良

ASV,bi-level PAP療法継続 OSA混在

AHI<15 AHI≧15

あり なし

CPAPタイトレーション*

図10 心不全に合併する睡眠呼吸障害治療アルゴリズム

注)陽圧治療や酸素療法ができない場合は薬物投与を考慮してもよい.*CPAPの導入にあたっては保険適用を考慮

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促進する.さらに無呼吸に伴う胸腔内圧の陰圧化とtransmural pressureは,前負荷・後負荷を増大させ心筋の伸展を促進し,心筋の機械的伸展刺激に伴う電気的フィードバックを介した関与も考えられる.再分極相に与える影響も示されており,SDBは不整脈の発生においてその基質,誘因,修飾因子に影響し,不整脈発生に関与していると推測される.

1 徐脈性不整脈(表32)

 SDBの約5~10%に夜間の洞徐脈,洞停止,房室ブロックなどの徐脈性不整脈がみられる.徐脈は無呼吸開始から始まり,低酸素血症とともに増悪するが,覚醒反応と呼吸再開時の肺伸展受容器刺激により呼吸再開後一過性頻脈となる.しかし,その後再び副交感神経の影響が強くなるために,頻脈が持続することはない.このようにSDB患者では,睡眠中に無呼吸周期と連動した特徴的な周期的心拍変動がみられ,SDBの診断にも有用とされている. 徐脈性不整脈の合併はSDBの重症度と相関するとされており,特に低酸素血症の関与が指摘されているが,夜間就寝中の徐脈には,SDBとは独立したREM期における自律神経活動の影響も考えられている(REM sleep-

related brady-arrhythmia syndrome). SDBによる夜間就寝中の無症候性徐脈は機能的徐脈であり,SDB治療により80~90%の症例で改善,消失する.そのため,徐脈の原因として睡眠呼吸障害の関与

が疑われる場合には,SDB治療を第一選択とするべきであり(クラスⅠ,エビデンスレベルB),無症候性徐脈へのペースメーカ植え込みは行うべきではない.夜間就寝中に徐脈を呈する症例に対しては潜在する睡眠呼吸障害について留意し,スクリーニングを行う必要がある.しかし,CPAP無効例や認容性やコンプライアンスが得られない場合には,個々の症例においてペースメーカ植え込みを考慮すべきである.

2 頻脈性不整脈

① 心房細動(表33)

 SDBの3%に心房細動の合併を認め1,重症SDB(AHI

≧30)では約5%で心房細動を合併し対照群の0.9%に比して有意に多く,交絡因子補正後のオッズ比は4.02であった.心不全症例においても中等度SDB(AHI≧15)の22%に心房細動の合併がみられ,対照群の5%に比して有意に多く,オッズ比は5.34であり,横断研究からSDBと心房細動の強い関連性が示唆されている.前向き試験による検討では,65歳未満の閉塞性睡眠時無呼吸(obstructive sleep apnea:OSA)群は心房細動の新規発症が多く(ハザード比2.18),肥満とdesaturation

は独立した危険因子であった.また,除細動後の心房細動再発については未治療OSAでは12か月後の再発率がCPAP治療群の2倍で,再発群では夜間のdesaturationが顕著であったことから,心房細動と低酸素血症との関連性も示唆されている.さらに経皮的肺静脈隔離術後の心房細動再発についても,OSAの関与が指摘されている.逆に心房細動は高率にOSAの合併を認め,OSAの独立した因子であり,心不全患者における心房細動は中枢性睡眠時無呼吸症(central sleep apnea:CSA)の独立した危険因子であることも報告されている.概してSDBは心房細動の発症に関与しているとされ,心房細動自体もSDBに対する独立した因子であることから,SDBと心房細動は関連性のある疾患と考えられる.

表31 不整脈患者における睡眠呼吸障害スクリーニングクラスⅠ なし

クラスⅡa◦夜間就寝中の不整脈に対する睡眠検査(エビデンスレベルB)

クラスⅡb なし

クラスⅢ なし

表32 睡眠呼吸障害に伴う夜間無症候性徐脈に対する治療クラスⅠ◦CPAP療法(エビデンスレベルB)

クラスⅡa なし

クラスⅡb◦CPAP療法に忍容性がない場合のぺースメーカ植え込み

クラスⅢ なし

表33 睡眠呼吸障害を合併した心房細動に対する治療クラスⅠ◦心房細動のガイドラインに準拠した治療(エビデンスレベルC)

クラスⅡa◦洞調律維持を目的としたCPAP(エビデンスレベルC)

クラスⅡb なし

クラスⅢ なし

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 機序についてはOSAによる低酸素,メカニカルストレス,炎症,自律神経障害や拡張障害が心筋に対して機能的・器質的な修飾を加え,左房の電気的リモデリング,線維化や拡大を促し心房細動を誘導すると考えられている.心房細動とSDBのそれぞれの危険因子は重複しているが,心房細動に対してOSAは年齢,性別,高血圧,虚血性心疾患,心不全や肥満などの危険因子とは独立していることが示されている.また,CSAは心房細動を高率に合併し,心不全における心房細動はCSAの独立因子であることから,心房細動による心拍出量の低下,肺動脈楔入圧上昇などの血行動態の増悪がCSAの誘因となっているものと推測される. SDB治療による心房細動抑制効果については,就寝中の発作性心房細動8例に対し気管切開を施行し,3~6か月後に心房細動が消失した報告もある.また,CPAP治療による心房細動除細動後1年間の再発率の検討では,非CPAP治療群の82%に比し,CPAP治療群では42%と有意に少なく,洞調律維持に関する有用性が示されている(クラスⅡa,エビデンスレベルC).

② 心室性不整脈(表34)

 SDBにおける心室性不整脈は夜間就寝中に心室期外収縮(premature ventricular contraction:PVC)が20%,非持続性心室頻拍(non-sustained ventricular tachycar-

dia:nsVT)は3%に認められ,重症SAS(AHI≧30)において対照群と比しPVCでは2倍,nsVTでは4倍のリスクであった.収縮障害心不全においてもSDBと心室性不整脈との合併は多く認められている. SDBの催不整脈性についての前向き研究はいくつかあり,MADITⅡ試験のサブ解析では,肥満が植込み型除細動器(implantable cardiac defibrillator:ICD)適切作動と突然死の複合エンドポイントに対する独立した危険因子であったため,肥満と強く関連するSDBが致死

性不整脈の発生に寄与している可能性が示唆された.収縮障害を合併した ICD植込み後の患者でSDB群は非SDB群に比して ICD適切作動率が有意に高く,SDBはICD適切作動に関する独立した危険因子であった.また,日内変動について非SDB群は午前中に作動が多いのに対して,SDB群では夜間に多く認められた.心室性不整脈に関しては基礎心疾患や心不全の状態,薬物治療状況に影響され,SDBの関与が相対的に小さくなる可能性もあり否定的な報告もみられるが,その発生頻度はSDBの重症度と相関し,酸素飽和度60%以下で多く,desaturationやAHIとの相関も報告されている.また,SDBを合併した心不全症例では心室性不整脈は日中より夜間に多く,呼吸周期による検討では,心室性不整脈の出現頻度は正常呼吸期より無呼吸期に有意に多いことや,心室性不整脈発生のタイミングがOSAでは無呼吸時,CSAでは過呼吸時に認められるとの報告からも,心室性不整脈に対するSDBの関与が強く示唆されている.また,SDBは心筋の再分極相にも影響を与えることが指摘されており,SDBの重症度とQT dispersionが正相関を示し,SDB治療により改善するとの報告もあり,SDBはVTの発生の閾値を低下させる1つの要因と考えられる.さらに,SDBに対する治療により心室性不整脈の減少・消失が認められることからも,両者の関連性は支持されている. SDB治療による心室性不整脈に対する抗不整脈効果に関しては,気管切開によりPVC/VTが減少・消失すると報告され,うっ血性心不全に対する酸素療法においても,左室駆出率,BNPが高く,PVCやAHIが多い症例においてPVCの減少効果があると報告されている(クラスⅡa,エビデンスレベルC).CPAP治療に関しても,心不全を合併したSDBに対するCPAP responder群においてPVCの減少が報告されている.少数例の無作為比較試験ではあるが,収縮障害を有するOSA合併心不全に対するCPAP治療の効果の検討では,1か月後に尿中ノルエピネフリン濃度低下,左室駆出率の改善とともにPVCの58%減少を認めており,CPAP治療による交感神経抑制や reverse remodelingを介した抗不整脈効果が示されている(クラスⅡa,エビデンスレベルB).

4 脳卒中とSAS

1 脳卒中一次予防とOSA 横断研究と追跡研究に基づく最近のエビデンスでは,OSAが独立して脳卒中の発症リスクとなることが明確

表34 睡眠呼吸障害を合併した心室性不整脈に対する治療クラスⅠ◦心室性不整脈のガイドラインに準拠した治療(エビデンスレベルC)

クラスⅡa◦心室期外収縮の抑制を目的としたCPAP(エビデンスレベルB)

◦心室期外収縮の抑制を目的とした酸素療法(エビデンスレベルC)

クラスⅡb なし

クラスⅢ なし

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に示されている.一方,脳卒中患者においてもOSAの合併は,身体機能低下,脳卒中再発を含む心血管イベント,さらに生命予後不良の独立したリスクになることが示されている.

2 OSASを合併した脳卒中患者の治療(表35)

 脳卒中発症の急性期から,睡眠呼吸障害と脳卒中には悪循環が成立している可能性がある.脳卒中患者では,急性期より睡眠呼吸障害を検出・治療することにより,この悪循環を断ち切り,脳虚血の進展を抑制できる可能性がある.さらに,慢性期の脳卒中の二次予防においても,睡眠呼吸障害とそれに関連したリスク因子の管理は,心血管リスクの減少と生命予後の改善において重要である. OSAを合併した脳卒中では,通常の脳卒中治療と心血管リスク管理に加えて,CPAP療法を行うことを原則とする(クラスⅠa,エビデンスレベルB).しかし,OSAと脳卒中患者の治患者療には,CPAP治療や血圧管理に対するネガティブ要因も多く,脳卒中リハビリテーションにも時間を要する.CPAP治療が行えない脳卒中患者では,極めて心血管リスクが高いことを念頭に,より徹底した心血管リスク因子の統合的管理を必要とする(クラスⅡa,エビデンスレベルC). これまで脳卒中患者において,CPAP療法が心血管予後や生命予後を改善することを明確に示した研究は,いずれも観察研究である.すなわち,CPAP療法に忍容性があり,長期にわたり継続できたコンプライアンス良好な睡眠呼吸障害患者においてのみ,予後の改善がみられている.一方,脳卒中急性期患者を対象に,CPAP療法の有用性を通常治療と比較した無作為比較試験においては,CPAP群において継続率が低く,明確な予後改善効果がみられていない.脳卒中治療におけるCPAP療法の問題点は,忍容性が低いことにある.脳卒中患者のCPAP療法のコンプライアンス不良の規定因子は,認知機能低下やせん妄,身体機能低下,さらに失語などが報告されている.

3 心血管リスク因子の徹底管理 OSAを合併した脳卒中患者では,心血管ハイリスク群と考え,CPAP治療のコンプライアンスいかんにかかわらず,徹底した心血管リスク因子の統合的治療管理を行う.

① 血圧管理

 脳卒中二次予防においても,血圧管理が重要である.日本高血圧学会・高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009)が推奨する脳卒中患者の血圧管理レベルは,診察室血圧で140/90 mmHg未満である.しかし,脳卒中二次予防に対する降圧治療の効果を検討したPROG-

RESS試験では130/80 mmHg未満で,より有効な脳卒中予後の改善がみられていることから,内頸動脈や脳主幹動脈に狭窄・閉塞病変があるアテローム血栓性脳梗塞などを除いて,脳出血やラクナ梗塞では,140/90 mmHg

未満よりもさらに低レベルの厳格な降圧が望ましい.使用する降圧薬は,アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬などレニン・アンジオテンシン抑制薬,カルシウム拮抗薬,利尿薬を組み合わせる. さらに,OSAを合併した脳卒中患者の特徴として,治療抵抗性高血圧が多く,特に夜間高血圧が見過ごされていることがある.OSAならびに脳卒中自体により,夜間優位の中枢性交感神経の亢進が生じ,non-dipper・riser型夜間高血圧を生じることが多い.さらに,脳卒中患者では身体機能が低下し,昼間の血圧上昇が減少しており,診察室血圧や家庭血圧が正常でも,夜間血圧が高値である仮面夜間高血圧を見過ごされることがある.仮面高血圧のリスクは持続性高血圧と同程度に高い.したがって,OSAを合併した脳卒中患者では,ハイルスク高血圧患者と同様に,ABPMによる夜間血圧の評価と,夜間血圧120/70 mmHg未満へのコントロールを含めた24時間血圧管理が望ましい.

② その他のリスク管理

 さらに,脳卒中患者では脂質異常症に対するスタチン療法,糖代謝異常に対するチアゾリジン系薬剤などによる糖代謝改善を行い,虚血性脳卒中では抗血小板療法を加える.さらに,心房細動の合併例では抗凝固療法を加え,徹底した統合的心血管リスク管理を行う.OSAを合併した脳卒中患者では,これらの治療管理をより徹底させ,さらに血圧変動性が大きいことを考慮して,抗血小板・抗凝固療法は十分な24時間血圧管理下に行うことが推奨される.

表35 OSAを合併した脳卒中患者の治療・管理クラスⅠ◦脳卒中二次予防を目的としたCPAP療法(エビデンスレベルB)

クラスⅡa◦CPAP治療が行えない脳卒中患者における,より徹底した心血管リスク因子の統合的管理(エビデンスレベルC)

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5 虚血性心疾患(表36)

① 冠動脈疾患と睡眠呼吸障害

 冠動脈疾患は高率に睡眠呼吸障害が合併していることが知られている.狭心症などの慢性虚血性心疾患における睡眠時無呼吸症候群を有する合併頻度は,これまでの報告では約35~40%程度であり,急性冠症候群における睡眠呼吸障害の合併の頻度は,これまで報告されてきている安定型狭心症の睡眠呼吸障害の頻度に比較して著しく高い. また,夜間睡眠中の狭心症発作とHolter心電図におけるST低下に関連があるとの報告もある. 一方,冠動脈疾患を合併するOSA患者に対して無呼吸の治療を行うことによって,イベント発生率(心血管死亡,急性冠症候群,心不全による入院,冠血管血行再建術)が有意に低下したとの報告がある.

6 睡眠時無呼吸と大動脈疾患(大動脈拡張,大動脈瘤)

 閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)では,睡眠時に咽頭腔の閉塞による気流の途絶,低酸素血症,交感神経系の亢進,そして吸気努力による胸腔内圧の強度陰圧化が周期的に生じる.OSAに伴う交感神経系の亢進により睡眠時に血圧は周期的に上昇を繰り返しており,このような夜間高血圧は大動脈拡張,大動脈解離など大動脈疾患の主要リスク因子に該当する.OSAにおける吸気努力による胸腔内圧の強度陰圧化は-60cmH2O~-80cmH2O

におよび,胸腔内臓器に作用し,心機能(心室壁応力増大),胃食道機能(胃食道逆流症),大動脈血管壁ストレス(特に大動脈血管壁圧勾配の増大)に大きな影響を及ぼすことが考えられる.

1 胸部大動脈疾患と睡眠時無呼吸(表37,38)

 胸部大動脈解離の症例でAHIの頻度が高いことが報告されている.年齢,性,体格をマッチングさせた高血圧症例と比較分析した前向き比較観察研究であり,BMI

や頚周囲径には有意差をみとめないが,胸部大動脈解離症例ではAHIの頻度が有意に高く(28.0対11.1),OSA

が重症であることが示されている.OSAに伴う交感神経系の亢進により周期性の夜間高血圧が発症していること,胸腔内圧の強度陰圧化(-60 cmH2O)が大動脈血管壁ストレス(特に上行大動脈における血管壁圧勾配の増大)に大きな影響を及ぼすことが考えられる.さらに,我が国から,OSAと胸部大動脈拡張の関係について分析した成績が報告されており,OSAを有する群はしからざる群に比べてCTの平均上行大動脈径が5.3mmも大きい(36.8mm対31.5mm)ことが明らかにされている.従来より挙げられている高血圧,糖尿病,喫煙などの危険因子に加え,OSAの大動脈疾患への関与とこその治療について今後の検討が期待される.

2 Marfan症候群と睡眠時無呼吸 Marfan症候群では,頭蓋・顔面骨格の異常により咽頭腔の虚脱(閉塞)が起きやすいことが報告されており,観察研究によりOSAとしてAHI>5の頻度は32.8%~

表37 大動脈疾患における睡眠呼吸障害のスクリーニングクラスⅠ なし

クラスⅡa◦大動脈解離例に対するOSAスクリーニングのための

SAS簡易検査(エビデンスレベルC)◦Marfan症候群におけるOSAスクリーニングのための

SAS簡易検査(エビデンスレベルC)クラスⅡb なし

クラスⅢ なし

表36 虚血性心疾患に合併する睡眠呼吸障害の治療クラスⅠ◦虚血性心疾患患者に合併するOSAに対するCPAP(エビデンスレベルB)

クラスⅡa なし

クラスⅡb◦夜間虚血発作を有するOSA患者におけるCPAP(エビデンスレベルC)

◦OSA患者に対する動脈硬化進展の抑制を目的としたCPAP(エビデンスレベルC)

表38 大動脈疾患に伴う睡眠呼吸障害の治療クラスⅠ なし

クラスⅡa なし

クラスⅡb◦Marfan症候群でOSA合併例に対する大動脈拡大予防を目的としたCPAP(エビデンスレベルC)

クラスⅢ なし

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64%の報告がある.さらに,AHIの頻度は心エコーの大動脈径に正相関すること,OSAを合併するMarfan症候群に対してCPAP治療を導入することにより,大動脈径の増大が減弱するという症例報告もあり,今後,治療面からの検討が期待される.

7 肺高血圧

① 閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)における肺高血圧症の合併頻度

 睡眠呼吸障害のうち,OSA と睡眠時低換気症候群(sleep hypoventilation syndrome:SHVS)では肺高血圧を合併することが報告されている.したがって,原因の特定できない肺高血圧症を見た場合,原因検索の1つとしてOSAのスクリーニングを行うことが勧められる. OSAが肺高血圧症の原因である場合は,肺高血圧症に対して特別な治療は不要で,CPAPを中止としたOSA

の治療を行う.

8 基礎心血管疾患を有する患者における睡眠呼吸障害スクリーニングのまとめ(表39)

表39  基礎心血管疾患を有する患者における睡眠呼吸障害スクリーニング

クラスⅠ◦基礎心疾患の有無にかかわらずEDSもしくは睡眠中の窒息感やあえぎ,繰り返す覚醒,起床時の爽快感欠如,日中の疲労感,集中力欠如のうち2つ以上を認める場合(エビデンスレベルC)

◦すべての心不全患者(エビデンスレベルC)◦治療抵抗性高血圧(エビデンスレベルC)

クラスⅡa◦夜間尿,夜間呼吸困難,夜間発症の心血管イベントの既往がある高血圧患者(エビデンスレベルC)

◦正常血圧にもかかわらず左室肥大を有する例(エビデンスレベルC)

◦以下の疾患の既往がある,あるいは病態を有する患者:脳卒中,冠動脈疾患,夜間就寝中の不整脈,大動脈解離,マルファン症候群,病因の特定できない肺高血圧症,腎不全(エビデンスレベルBおよびC)

クラスⅡb◦すべての高血圧患者(エビデンスレベルC)◦夜間就寝中以外の不整脈(エビデンスレベルC)

クラスⅢ なし