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流体の力学 基礎編 10.境界層と物体まわりの流れ 10.7 物体にはたらく流体力 10.8 円柱まわりの流れ 10.9 球のまわりの流れ 10.10 種々の物体にはたらく流体力 *********************************** 10.7 物体にはたらく流体力 a.抗力と揚力 一様流中に置かれた物体,あるいは静止流体中を運動している物体は,図 10. 9 に示すように,流体から力 R を受ける。力 R D L の力に分解できる。流 れ方向の力 D 抗力(drag),または抵抗(resistance),流れに垂直な力 L (lift)という。抗力および揚力は,物体の非対称性や流れに対する姿勢によ る影響を強く受ける。 いま,図 10.9 に示す一様流中に置かれた物体にはたらく抗力を考える。

流体の力学 基礎編 -  · 図10.10(b)の1<R e<40では,対称な一対の渦が生じるが,図10.10(c)の40<Re<Re cでは,円柱 表面から流れがはく離して,円柱の後方に周期的な回転方向が反対の千鳥状の

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流体の力学 基礎編

10.境界層と物体まわりの流れ

10.7 物体にはたらく流体力

10.8 円柱まわりの流れ

10.9 球のまわりの流れ

10.10 種々の物体にはたらく流体力

***********************************

10.7 物体にはたらく流体力

a.抗力と揚力

一様流中に置かれた物体,あるいは静止流体中を運動している物体は,図 10.

9 に示すように,流体から力 R を受ける。力 R は D と L の力に分解できる。流

れ方向の力 D を抗力(drag),または抵抗(resistance),流れに垂直な力 L を揚

力(lift)という。抗力および揚力は,物体の非対称性や流れに対する姿勢によ

る影響を強く受ける。

いま,図 10.9に示す一様流中に置かれた物体にはたらく抗力を考える。

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物体表面の微小面積 dA に作用する流体の圧力を p,dA に垂直な垂線と一様流

れの方向との角度をθとする。dA にはたらく圧力による力は pdA となり,この

力の流れ方向の成分は pdA・cosθである。したがって圧力による抗力 Dpは

Dp=

ApcosθdA

(10.51)

つぎに,流体の粘性によって dA にはたらく摩擦力は摩擦応力をτ0とすると,

τ0dA であり,流れ方向の成分はτ0dAsinθとなる。したがって,摩擦力による

抗力 Dfは

Df=

Aτ0sinθdA

(10.52)

したがって,物体の受ける全抗力を D とすると

D=Dp+Df (10.53)

となり,全抗力は圧力抗力と摩擦抗力との和に等しい。ここで Dpを圧力抗力(p

ressure drag),Df を摩擦抗力(friction drag)という。圧力抗力は,物体の形

状や流れに対する姿勢によって影響を受けるので形状抗力(form drag)ともい

う。

一方, 揚力 L は,dA にはたらく圧力による力の流れに垂直な方向の成分-p

dAsinθを物体表面全体にわたって積分して

L=-

ApsinθdA

(10.54)

より求められるが,摩擦による力は無視する。

b.抗力係数と揚力係数

一般に,物体に作用する抗力 D や揚力 L は,流れの動圧ρU 2/2と物体の基準

面積 A との積ρU 2

A/2 に比例するので,それぞれ

D=CD

ρ

2U 2 A

(10.55)

L=CL

ρ

2U 2A

(10.56)

より求められる。CD,CL をそれぞれ抗力係数(drag coefficient),揚力係数(l

ift coefficient)といい,いずれも無次元量である。物体の基準面積 A は,通

常,流れに垂直な平面への投影面積を用いる。例えば,流れに直角に置かれた

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長さ l,直径 d の円柱の投影面積は,d×l であり,直径 d の球では,πd 2/4であ

る。なお,静止流体中を一定の速度で運動する物体の場合にも,一様流中に置

かれた物体の場合と力学的には同じである。したがって,物体にはたらく力や,

物体まわりの流れのようすに両者の違いはない。

10.8 円柱まわりの流れ

a.粘性流体と理想流体の流れ

粘性をもつ一様流中に置かれた円柱まわりの流れのようすは,図 10.10 のよ

うになる。

図 10.10(a)に示す Re<1 では,流れははく離せずほぼ対称な流れとなり,円

柱に作用する圧力抵抗と粘性による摩擦抵抗はほぼ等しい。図 10.10(b)の 1<R

e<40 では,対称な一対の渦が生じるが,図 10.10(c)の 40<Re<Recでは,円柱

表面から流れがはく離して,円柱の後方に周期的な回転方向が反対の千鳥状の

渦が放出される。さらに,図 10.10(d)に示す Re>Rec では,はく離点が円柱後

方にずれるが,図(C)と同じような上下交互に周期的な渦が放出される。このよ

うな周期的な渦の列をカルマンの渦列(Karman's vortex sheet)という。この渦

列は,Re=60~5000 の範囲で明瞭に現れる。ただし,50<Re<200 の範囲では

規則正しい渦列,200<Re<5000 の範囲では不規則な渦列となる。

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図 10.11 に示すように,静止流体中を円柱が速度 U で移動し,渦が速度 u で

円柱の移動方向に進むとすると,渦は円柱から U-u の速度で離れていくので,

単位時間における片側の列の渦の数,つまり渦の発生周波数 f は

f=

U-u

a (Hz)

(10.57)

である。

図 10.11 カルマンの渦列

ロシュコ(Roshko)は実験的に

St=

fd

U=0.2035 1-

21.0

Re (10.58)

の関係式を見出した。

この St をストローハル数(Strouhal number)といい,St で表す。ここに,d は円

柱の直径,Re=Ud/νであり,ストローハル数はレイノルズ数の関数となる。カ

ルマン渦の発生によって物体は周期的に振動し,音を発生する。このような音の

発生をうなり,あるいはエオルス音(aeolian tone)といい,例えば電線からの音

の発生に見られる。

[例題 10.5]直径 d=3mmの電線に風速 20m/s の強風が直角に吹いており,ピー

というエオルス音が発生している。このときに生じているカルマン渦の周波数 f

およびストローハル数 St を求めよ。ただし,空気の温度は 20 ゚ Cとする。

[解]まずレイノルズ数 Re は

Re=

Ud

ν=

20×3×10-3

1.512×10-5=3968

ストローハル数 St は,式(10.58)より

St=

fd

U=0.2035 1-

Re

21=0.2035× 1-

3968

21=0.202

よって,カルマン渦の周波数 f は

f=

St×U

d=

0.202×20

3×10-3=1347 Hz

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次に,円柱が図 10.12に示すように,一様な速度 U,圧力p∞の理想流体の流

れの中に置かれた場合を考える。

図 10.12 理想流体中に置かれた円柱まわりの流れ

点Aで,流れはせき止められて速度は0となる。ここで流れは上下に分岐し

てB,Dを経て点Cで合流し,下流へ流れ去る。AとCは速度が0となる点で,

よどみ点(stagnation point)といい,この点での圧力をよどみ圧 po(stagnation

pressure)という。点Pにおける速度は理論的に

u=2Usinθ (10.59)

で与えられる。一方,前方と円柱表面の任意の点Pにおいてベルヌーイの式を

適用すると

p∞+

ρU2

2=p+

ρu2

2 (10.60)

である。式(10.59)を式(10.60)に代入して整理すると

ρU 2/2

p-p∞=1-4sin2θ

(10.61)

となる。いま

Cp=

ρU 2/2

p-p∞

(10.62)

と置くと,この Cpを圧力係数(pressure coefficient)と呼ぶ。あるいは理論的

Cp=1-4sin2θ (10.63)

で与えられる。

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図 10.13 に,理想流体と粘性流体における円柱まわりの圧力係数 Cpと角度θ

との関係を示す。

図 10.13 円柱表面の圧力分布

理想流体の場合には,左右対称の圧力分布となるので円柱には全く力は作用

せず,実在する粘性流体の場合とは異なるので, これをダランベールの背理(d

'Alembrt's paradox)という。臨界レイノルズ数 Recよりも小さい Re<Recの流れ

では,円柱表面の境界層は層流であり,A点付近で流れのはく離が生じている。

この現象を層流はく離(laminar separation)という。また,臨界レイノルズ数

よりも大きい Re>Recの流れでは,Cpの最低値は理想流体の値に近くなり,その

後急激に上昇してB点付近ではく離している。これは円柱表面の境界層が層流

から乱流に遷移するために,流れが円柱表面に沿ってより後方まで流れるから

である。このようなはく離を乱流はく離(turburent separation)という。乱流

はく離によって円柱後方の後流(wake)の幅は狭くなり,背圧が大きくなるので

抗力係数 Cdは著しく減少する。

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b.円柱にはたらく力

一様流中に置かれた円柱の抗力係数 CDとレイノルズ数 Re との関係を,図 10.

14に示す。

図 10.14 円柱の抗力係数

抗力係数 CDととレイノルズ数 Re は

CD=

ρU 2 d/2

D , Re=

Ud

ν (10.64)

である。Re<1 では,円柱まわりの流れは図 10.11(a)のようにはく離せず,円

柱には主として摩擦抵抗がはたらく。Re<0.5 では,ラム(Lamb)の理論式

CD=

Re 2.002-lnRe

(10.65)

がある。レイノルズ数が小さいときには,Re の増加とともに CDは減少し,Re

=2×103付近で CD≒0.95の最小値となる。その後,Re=104~2×105の範囲で

CD≒1.2のほぼ一定値を保つ。Re が(2~4)×105で CDは急激に低下し,約 0.3と

なる。CDの急減するときのレイノルズ数を臨界レイノルズ数 Rec(critical Rey

nolds number)という。抗力係数 CDが急減する理由は,前述したように,レイ

ノルズ数が臨界レイノルズ数 Re よりも大きくなると,はく離点付近で乱流境界

層となり,流れのはく離が円柱の後方にずれることに起因している。すなわち,

乱流はく離が生じるためである。Re>Recでは,CDはしだいに増大する傾向にあ

る。

[例題 10.6]温度 20 ゚ C,風速 U=30m/sの流れの中に,垂直に置かれた直径 d

=20cmの二次元円柱に作用する単位長さ当たりの抗力 D を求めよ。

[解]レイノルズ数 Re は

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Re=

Ud

ν=

1.512×10-5

30×0.2=3.97×105

図 10.14より抗力係数は,CD≒0.6であるから,単位長さ当たりの抗力 D は

D=CD×

ρU2

2×d=0.6×

1.205×302

2×0.2=65 N

10.9 球のまわりの流れ

図 10.15 に,臨界レイノルズ数前後の球まわりの圧力係数 Cpと角度θとの関

係を示す。

図 10.15 球表面の圧力分布

球表面の流れが,臨界レイノルズ数 Recよりも小さいときに生じる層流はく離

の場合と,臨界レイノルズ数よりも大きい時に生じる乱流はく離とでは,球表

面の圧力分布に大きな違いが見られる。Re>Recの乱流はく離の生じる流れでは,

理想流体の流れにかなりよく一致する。したがって,球表面の層流境界層を乱

流境界層にすることによって,抗力を減少させることができる。また,円柱の

場合と同様に,臨界レイノルズ数の値は,球表面の粗さや主流の乱れの影響を

受ける。

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次に,一様流中におかれた球の抗力係数とレイノルズ数との関係を,図 10.16

に示す。

図 10.16 球の抗力係数

抗力係数 CDとレイノルズ数 Re は

CD=

ρU 2 A/2

D , Re=

Ud

ν (10.66)

である。ここに,D は球にはたらく抗力,ρは流体の密度,d は球の直径,A は

球の基準面積(πd 2/4)である。

球のまわりの流れが,Re<1 の層流のときに球にはたらく抗力 D は,流体の

粘度をμとすると

D=3πμdU (10.67)

で与えられ,流れの速度 U に比例することがわかる。この式は,ストークス(S

tokes)が流れの慣性力を無視して導いた理論式であり,ストークスの法則(Sto

ke's low)と呼ばれる。特に,球が静止流体を自然落下するとき,球の重量と浮

力,および抗力が釣り合い(物体の重量=抵抗+浮力)を保って落下する速度

を終速度 (terminal velocity)という。

なお,Re<1 における球の抗力係数 CDは,式(10.67)のストークスの式を(10.

66)に代入して

CD=

Re

24

(10.68)

となる。この式は実験値とよく一致するが,それ以上のレイノルズ数では,実

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験値よりも小さくなる。流れが層流のこの範囲においては,球にはたらく抗力 D

は,流れの速度 U に比例し,抗力係数 CDは,レイノルズ数 Re に反比例する。

なお,式(10.68)のストークスの式に対して,慣性力を近似的に考慮したオーゼ

ン(Oseen)の式

CD=

Re

241+

16

3Re

(10.69)

は,Re<2の範囲で適用できるが,レイノルズ数が大きくなると実験値に対して

大きく表れる。Re=103~2×105の範囲では,CD=0.4~0.5 でほぼ一定であり,

抗力は速度の2乗に比例して増加する。Re≒3×105 で CD は急に減少して 0.08

まで下がるので,球の臨界レイノルズ数はほぼ Rec=3×105である。CDの急減す

る理由は,球面上の境界層が層流はく離から乱流にはく離に変化し,はく離点

が球の後方にずれるためである。したがって,層流はく離よりも乱流はく離の

方が後流が狭くなるので,球にはたらく抗力は低下する。ゴルフボールに小さ

なくぼみがつけられているのは,人工的に乱流境界層をおこしてボールにはた

らく抗力を低下させる効果がある。また,トリップワイヤ(trip wire)と呼ばれ

る針金などで球表面の層流境界層に突起を取り付けて,乱流境界層を促進する

ことによって,球の抗力を減少させることができる。なお,回転しながら運動

する物体には流れに垂直な方向に力がはたらく。これをマグナス効果 (Magnus

effect)という。例えば,野球のボールやサッカーのコーナーキックなどで,ボ

ールに回転を与えると変化して曲がるのはこの効果のためである。

[例題 10.7]動粘度ν=0.005 m2/s,比重 s=0.93 の油の中を,直径 d=10mm,

比重s=10 の鋼球が落下するときの球にはたらく抗力 D,浮力 F,および終速

度 U を求めよ。

[解]球にはたらく抗力 D は,式(10.67)のストークスの式より

D=3πμdU=3πρνdU=3πsρ

=3π×0.93×103×0.005×0.01×U=0.438U

wνdU

 N

球にはたらく浮力 F は,式(2.23)より

F=ρgV=sρwgV=0.93×103×9.8×4

3π×

10

2×10-3

3

=4.77×10-3 N

球の重量 W は

W=ρgV=10×103×9.8×

4

3π×

10

2×10-3

3

=51.31×10-3 N

球に作用する力の釣り合いより

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D+F=W

0.438U+0.00477=0.05131 ∴ U=0.1062 m/s

したがって,抗力 D は

D=0.438U=0.438×0.1062=0.0465 N

終速度のときのレイノルズ数は

Re=

Ud

ν=

0.1062×10×10-3

0.005=0.212<0.5

となるので,球の摩擦抗力は,ストークスの法則にしたがうと考えてよい。

10.10 種々の物体にはたらく流体力

a.翼の名称

流れの中に置かれた物体には抗力と揚力がはたらくが,図 10.17(a),(b)に示

すように,特に,揚力を効果的に発生するようにしたものが翼(wing,aerofoil,

blade,vane)であり,その断面形状を翼形(airfoil,blade section)という。

図 10.17 翼の各部の名称

翼の先端を前縁(leading edge),後端を後縁(trailing edge),前縁と後縁を

結ぶ直線を翼弦(chord),翼弦の長さを翼弦長(chord length)という。翼弦は,

翼形の形状寸法を示すための基準線となる。翼形の上面を背面,あるいは負圧

面,下面を腹面,あるいは正圧面という。また,翼の左右の広がり長さを翼幅(s

pan),翼幅と翼弦を含む平面に投影した翼の面積を翼面積(wing area)という。

翼の縦横比をアスペクト比(aspect ratio)といい,アスペクト比をλとすると

λ =

b2

A (10.70)

で定義される。ここに,b は翼幅,A は翼面積である。翼弦長 l が翼幅方向に変

化しない場合には,A=bl であるから

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λ =

b

l (10.71)

となる。翼弦が流れの方向となす角αを迎え角 (angle of attack, angle of i

ncidence),翼形の厚さの中心を連ねる曲線を反り線(camber line),反り線と

翼弦との距離を反り(camber)という。

b.翼にはたらく流体力

断面一定で翼幅が無限に長い二次元翼(two-dimensional wing)まわりの流体

力を考える。図 10.18 に示すように,翼幅方向の単位長さ当たりの二次元翼に

はたらく揚力 L と抗力 D は,単位翼幅当たりの翼面積 A=l×1 を基準面積とす

ると

L=CL

ρ

2U 2 l

(10.72)

D=CD

ρ

2U

2 l (10.73)

で表される。ただし,CL,CD は,それぞれ揚力係数(lift coefficient),抗力

係数(drag coefficient)という。

図 10.18 翼にはたらく力

また,翼にはたらく前縁まわりのモーメントを M とすると

M=CM

1

2ρ U 2 l 2

(10.74)

となる。 この CMをモーメント係数(moment coefficient)という。 モーメント

は, 反時計回りを正とする。 翼にはたらく揚力と抗力の合力 R の作用線が翼

弦と交わる点Pを圧力の中心 (center of pressure),あるいは空力中心(aerod

ynamic center)という。前縁から圧力中心までの距離 c は,翼形の形状や迎え

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角によって変化するが,ほぼ c=(0.25~0.5)l である。以上の CL,CD,CMは無

次元量であり,翼の特性を知るのに重要な値である。

図 10.19 に,揚力係数,抗力係数,およびモーメント係数と迎え角との関係

を示す。

図 10.19 性能曲線 図 10.20 翼の失速

これらの曲線を性能曲線(characteristic curve)という。迎え角αの増大に

ともなって CLはほぼ直線的に増大し,最大値 CLmaxに達した後急減する。これは

翼の上面において流れがはく離するためであり,図 10.20 に示すように,翼は

失速(stall)する。失速後には CDはさらに増大し,抗力はより大きくなる。

揚力と抗力との比 L/D を揚抗比(lift-drag ratio)といい,翼形の特性を表す

重要なパラメーターである。また,横軸に CDを,縦軸に CLをとって表した翼形

の性能曲線の図を揚抗曲線,あるいは極線図(polar curve)という。

[例題 10.8]スポーツカーの後方に翼幅 B=1.5m,翼弦長 l=0.4mの翼形のリヤ

スポイラーを取り付けた。スポイラーの揚力係数 CL=0.78,空気の密度ρ=1.

2kg/m3として,時速 U=200kmで走行しているスポーツカーを下方の地面に押さ

えつける流体力 L を求めよ。

[解]式(10.56)において,A=l×B であるから

L=CL

ρ

2U2A=0.78×

1.2

200×103

60×60

2

×0.4×1.5=866.7 N

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c.種々の物体の抗力

表 10.1に種々の物体の抗力係数 CDと基準面積 A を示す。抗力係数 CDは式 (1

0.55)の CD=D/(ρU

2A/2)より実験的に求められたものであり,円柱と球の場合

には,臨界レイノルズ数前後の二つの CDの値を示す。

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[例題 10.9]高さ H=1m,幅 B=4m の平板に 50m/s の風が直角に衝突している。

空気の密度ρ=1.2 kg/m3として,平板に作用する抗力 D を求めよ。

[解]式(10.55)において,A=H×B,表 10.1 より抗力係数 CD=1.19 である

から

D=CD

ρ

2U2A=1.19×

1.2

2×502×4×1=7140 N

[例題 10.10]車幅 B=1.8m,長さ L=5m,高さ H=2mの自動車が時速 120kmで

走行している。この車の抗力係数 CD=0.55,空気の密度ρ=1.2kg/m3として,

車に作用する空気抵抗 D を求めよ。

[解]式(10.55)において,A=B×H であるから

D=CD

ρ

2U2A=0.55×

1.2

120×103

60×60

2

×1.8×2=1320 N