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3.4 分子性物質 3.4.1 分子性導体の発展の歴史―低次元導体から強相関系超伝導体までー 鉛筆の芯などに使われている炭素を構成成分とするグラファイトの導電性の 研究は 1940 年代に盛んに行われていた。結晶性が良く純度の高いグラファイト 結晶は、閉殻構造であるにもかかわらず、炭素原子のパイ電子軌道が作る、電 表1 低次元有機伝導体から強相関超伝導体までの歴史[1, 2] ――――――――――――――――――――――――――――――――― 1950 年代 有機半導体の開発期 1952 R.S.Mulliken 博士が電荷移動理論を発表(1966 年ノーベル化学賞受 ) 1954 赤松、井口、松永博士らが良導性電荷移動錯体ペリレン・臭素(1 – 10 -3 ohm −1 cm -1 , E a = 0.055 eV)を発見 1957 BCS (Bardeen-Cooper-Schrieffer)超伝導理論発表(1972 年ノーベル 物理学賞受賞) 1960 年代 有機良導体の開発期 1960 有機アクセプター(TCNQ)とその良導性(100 ohm −1 cm -1 )錯体の合成 1964 W.A.Little 博士が超伝導理論発表 1970 年代 金属的有機物の開発期 1970 有機ドナーTTF の合成 1971 ポリアセチレンフィルムの合成 1973 低次元有機金属(Organic Metal)TTFTCNQ の発見 1977 ポリアセチレンのドーピングによる高伝導性の発現 1980 年代 有機超伝導体の発展期 1980 初の擬1次元系有機超伝導体(TMTSF) 2 PF 6 の発見 (T c = 0.9 K, 1.2 GPa ) 1988 初めて T c 10 K を越えた2次元強相関有機超伝導体 κ-(BEDT-TTF) 2 Cu(NCS) 2 の発見 1991 C 60 3 次元分子性超伝導体 K 3 C 60 の発見(T c = 18 K) 1990, 2000 年代 2000 導電性高分子の発見で白川英樹博士らノーベル化学賞受賞 2001磁場誘起超伝導体 λ-BETS 2 FeCl 4 の発見 2003 有機超伝導体において最高の T C = 14.2 K (8.2 GPa )を有する2次 元強相関有機超伝導体β’-(BEDT-TTF) 2 ICl 2 の発見 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

-3さらに1973年に、約60 Kまで金属性を 有する導電性電荷移動錯体TTF·TCNQが合成 された[5]。図3に示すように、良導性分子 性錯体を合成するためには、

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  • 3.4 分子性物質

    3.4.1 分子性導体の発展の歴史―低次元導体から強相関系超伝導体までー

    鉛筆の芯などに使われている炭素を構成成分とするグラファイトの導電性の

    研究は 1940年代に盛んに行われていた。結晶性が良く純度の高いグラファイト

    結晶は、閉殻構造であるにもかかわらず、炭素原子のパイ電子軌道が作る、電

    表1 低次元有機伝導体から強相関超伝導体までの歴史[1, 2]

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――

    1950年代 有機半導体の開発期

    1952年 R.S.Mulliken博士が電荷移動理論を発表(1966年ノーベル化学賞受

    賞)

    1954年 赤松、井口、松永博士らが良導性電荷移動錯体ペリレン・臭素(1 – 10-3

    ohm−1cm-1, Ea = 0.055 eV)を発見

    1957年 BCS (Bardeen-Cooper-Schrieffer)超伝導理論発表(1972年ノーベル

    物理学賞受賞)

    1960年代 有機良導体の開発期

    1960年 有機アクセプター(TCNQ)とその良導性(100 ohm−1cm-1)錯体の合成

    1964年 W.A.Little博士が超伝導理論発表

    1970年代 金属的有機物の開発期

    1970年 有機ドナーTTFの合成

    1971年 ポリアセチレンフィルムの合成

    1973年 低次元有機金属(Organic Metal)TTF・TCNQの発見

    1977年 ポリアセチレンのドーピングによる高伝導性の発現

    1980年代 有機超伝導体の発展期

    1980年 初の擬1次元系有機超伝導体(TMTSF)2PF6の発見 (Tc = 0.9 K, 1.2 GPa

    下)

    1988年 初めて Tcが 10 Kを越えた2次元強相関有機超伝導体

    κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2の発見 1991 C60系 3次元分子性超伝導体 K3C60の発見(Tc = 18 K)

    1990, 2000年代

    2000年 導電性高分子の発見で白川英樹博士らノーベル化学賞受賞

    2001年 磁場誘起超伝導体 λ-BETS2FeCl4の発見 2003年 有機超伝導体において最高の TC = 14.2 K (8.2 GPa下)を有する2次

    元強相関有機超伝導体β’-(BEDT-TTF)2ICl2の発見 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

  • 子とホールの2キャリアの半金属バンド構造を有するため、面内は 10-5 ohm cm

    と、金、銀、銅の室温抵抗率に匹敵する低い抵抗率を有し、良質結晶では低温

    まで金属的挙動を示す。また、グラファイト層間にアルカリ金属であるカリウ

    ム、ルビジウム、セシウム等をインターカレートして電子をドープし、金属性

    のバンドを構築すると、たとえば(C8A)∞で、A = K;Tc = 0.39-0.55 K, Rb;

    0.03-0.15 K, Cs; 0.02-0.14 Kにおいて超伝導を示す。

    グラファイトは炭素系の導電性無機物質であるが、一方、炭素と水素を基盤

    とする有機物質は、閉殻であり、かつ価電子帯と伝導帯のギャップは大きいた

    め、通常絶縁体である。たとえばリード線の銅の周りの絶縁被覆は有機高分子

    PVC(ポリ塩化ビニール)で作られており、一般的には絶縁材料として用いられて

    いる。その中で、1952年、R. S. Mulliken[3]が提唱し、1966年にノーベル化

    学賞が授与された「分子間電荷移動相互作用の理論」にヒントを得て、導電性

    の有機電荷移動錯体が日本人によって作られた。図2のように、電荷移動錯体

    (Dγ+Aγ-; 0≤γ≤1)とは、電子供与体(D)の HOMO(最高占有軌道)から、電子受容

    Se

    SeSe

    Se

    S

    S

    S

    SS

    S

    S

    S BEDT-TTF (ET) S, S-DM-BEDT meso-DMBEDT-TTF

    S

    S

    Se

    SeS

    S

    Se

    Se

    Perylene TTF TCNQ TMTSF

    S

    SS

    S

    NC

    NC

    CN

    CN

    S

    S

    S

    SS

    S

    S

    S

    図1 有機伝導体の構成成分

    LUMO

    HOMO

    D0 A0

    hνID

    EA

    φN

    φE

    図 2 電荷移動錯体のエネルギー準位

  • 体(A)の LUMO(最低非占有軌道)への電荷移動により作られ、その結合性の軌道

    および反結合性の軌道の波動関数は、φN= aφ(D0A0)+bφ(D+A−)、φE=

    aφ(D0A0)- bφ(D+A−)と表され、結合性から非結合性軌道へのエネルギーへの遷

    移は電荷移動吸収帯 hνとなる。この電荷移動により生じる電子、ホールの電

    荷担体が分子間を移動することにより、有機物質でも電気が流れるだろうと考

    えたのは井口、松永、赤松博士ら日本人グループであった[4]。博士らはグラフ

    ァイトの一部を切り取った有機物ぺリレン (図 1)と臭素の電荷移動錯体を作

    り、この錯体の室温抵抗率は 1 – 10-3 ohm−1cm-1で活性化エネルギーEa = 0.055

    eVと、良導性有機半導体であることを 1954年に見出した。

    その後、デュポンにおいて進められ

    た電気陰性度の高いシアノ基を用い

    た系統的な研究の成果として、1960

    年に有機電子アクセプターTCNQ

    (tetracyanoquinodimethane、図 1)が

    合成された。その中で、N-メチルフェ

    ナジニウム•TCNQなど、室温付近において良導的(100 ohm-1 cm-1)で、金属的

    挙動を示す電荷移動錯体も見出され

    た。この TCNQ分子は、対称性が良く、

    平面的で、中性の場合はキノイド構造

    として、2電子還元された時も 6π系

    ベンゾノイド構造として化学的に安

    定である。

    さらに、1970年に、有機超伝導体

    の骨格となるドナーTTF

    (tetrathiafulvalene、 図 1)、およ

    びその電荷移動錯体が合成された。テ

    トラチアフルバレンの物質名は、7π

    系のヘプタフルバレン分子をベース

    にし、分子の安定化のため、4つ(テ

    トラ)のエチレン基を等電子の S(チア)原子で置き替えたことに由来する。

    TTFは、優れた溶解性があり、中性においても安定であるばかりでなく、2電

    子イオン化の開殻状態で 6π系とヒュッケル則を満たす化学的に安定なドナー

    分子であるため、数々の伝導体を輩出した。

    (a)

    CCS

    SCC S

    S

    H

    H

    H

    H

    TTF 0.59e- TCNQ・ ・

    ・ ・

    ・・

    CC C

    C

    C

    C

    NC

    NC

    CN

    CN

    H

    H

    H

    H

    (b)

    TTFγ+ (or TCNQγ-)π電子

    TTFγ+ (or TCNQγ-)

    図3 良導性分子性錯体合成の条件と

    して、(a)電荷移動による電荷単体の生成

    と(b)伝導パスの形成のため分離積層型の

    分子配列が必要である。

  • さらに 1973年に、約 60 Kまで金属性を

    有する導電性電荷移動錯体TTF·TCNQが合成

    された[5]。図3に示すように、良導性分子

    性錯体を合成するためには、 (a)電子供与

    体から電子受容体へ電荷が移動することに

    より、電荷担体の生成があること、(b)その

    電荷担体が移動する、π電子による伝導パ

    スが形成されるよう分離積層型の分子配列

    を有することが必要条件となる。TTF·TCNQ

    の電荷移動量は 0.59(e-)で、それぞれ分離

    積層カラムを形成し、伝導パスを有するた

    め良導体である。TTF·TCNQの特徴として、

    分子の異方性を反映した低次元性が挙げら

    れる。図4(a)のように、TTFおよび TCNQ

    分子は b軸方向に積層して1次元カラムを

    形成し、b軸方向は a軸に比べ2桁良い伝導

    性を示す[図4(b)]。さらに、b軸偏光の反

    射スペクトルを観測すると、低波数側で反

    射スペクトルが増大しているが、a軸偏光方

    向では、反射率も低く、周波数にも依存し

    ない[図4(c)]。また、熱電能測定でも、異

    方的なバンド幅が観測された。この大きな

    電子―格子相互作用を反映した、低次元不

    安定性は物理学研究者を魅了し、1961年に

    Peierlsが予言したパイエルス転移の研究

    が精力的に展開された。このパイエルス転

    移温度以下では、波数 2kFの電子密度の波と

    格子ひずみの波が互いに強く結合し、混成

    波(電荷密度波)として大きい振幅で現れ、

    絶縁化する。また、この電荷密度波の強電

    場下における並進運動は、電荷密度波の集

    団励起として、結晶中のピン止めやロッキ

    ングポテンシャルを鑑みた非線形伝導の理

    論・実験により調べられた。

    一方、化学者は伝導性を向上させるため

    (a)

    TCNQカラム

    TTFカラム

    b

    伝導パス

    (b)

    (c)

    図4TTF•TCNQ における(a)1次元

    カラム構造、 (b)伝導度の温度依存

    性、(c)反射率の波数依存性。

  • に次元性の増加を目指した物質開発を行った。その結果、擬1次元系有機伝導

    体(TMTSF)2PF6において、常圧、12 KにおけるSDW(スピン密度波)転移を圧

    力で抑え、1980年に有機物質で最初

    の超伝導(Tc = 0.9 K, Pc = 12 kbar)

    が見出された[6]。Tc は、圧力印加と

    共に下降し、常伝導ではスピンの揺ら

    ぎが観測され、反強磁性揺らぎを媒介

    とした超伝導であることを示唆して

    いる。1 Tの低磁場では、77Se核磁気

    共鳴の実験よりラインノードをもつ

    通常のシングレット超伝導であるこ

    とが支持されているが、2.0 – 2.5 T

    のより高磁場では、トリプレット超伝

    導、あるいは空間的に不均一な超伝導

    状態である FFLO (最初に Flude、

    Ferrell そして独立に Larkinと

    Ovchinnikovによって提言された)で

    あることが提案され、磁気輸送現象で

    も観測されている。

    その後、1986年に、初めて転移温

    度が 10 Kを超えた2次元有機超伝導

    体κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2 [BEDT-TTF; bis(ethylenedithio)tetrathiafulva

    lene]が発見された[7]。そして、この

    物質を含めたκ型の BEDT-TTF超伝導

    体は、ドナー分子が強く二量体化して

    いて実効的 1/2充填バンド構造を有

    し、超伝導相はモット反強磁性絶縁相

    に隣接することが示された。さらに、

    物理圧あるいは化学圧により、強相関

    パラメータ(U / W: U;二量体内クーロ

    ン斥力、W;バンド幅)を制御すること

    により、超伝導相からモット絶縁体ま

    で電子状態が変化することが明らか

    となった。この相図の提案を契機とし

    (a)

    (b)

    (c)

    図5 TMTSF2PF6 の (a)バンド構造、(b)圧力下の超伝導転移、(TMTCF)2X [C = T,

    S, X = PF6, AsF6, SbF6, PF6, PF6, ) (c)電

    子相図。

  • て、有機物質も強相関系として認知された[8]。超伝導機構としては、フェルミ

    面上にラインノードを有する異方的な対称性であることがNMRやSTMスペ

    クトルから提案されている。この異方性はクーロン斥力と相関しており、d波

    超伝導を示唆している。

    さらに、強く二量化したβ’-(BEDT-TTF)2ICl2は TN = 22 Kで反強磁性転移

    を起こすモット絶縁体であり、82 kbarの高い圧力下で反強磁性が抑えられて

    Tc = 14.2 Kで超伝導を示した[9]。これは、TTF系有機超伝導として、最高の

    超伝導転移温度を与える。

    BEDT-TTF塩は異方的な三角格子を有し、フラストレートした二量化構造であ

    ることが議論されている。フラストレーションの弱い二量体系は、超伝導転移

    以上の金属状態で短距離反強磁性秩序が成長したり、バンド幅が狭い物質は反

    強磁性基底状態を有するのに対して、フラストレーションが強い

    κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3 は、低温まで秩序化せず量子スピン液体状態を示す[10]。フラストレーションは超伝導転移を抑えるが、圧力印加ではフラストレーショ

    ンは弱まり、超伝導が出現する。

    強い二量化構造では、モット反強磁性絶縁相が超伝導相と隣接していた。一

    方、弱い二量化構造もつ強相関系分子性物質では、常圧でサイト間のクーロン

    斥力(V)を回避するように電荷秩序相が安定化し、圧力の印加で超伝導相が出現

    する物質も報告されている。強磁性的な f波の超伝導電子対を組むという計算

    も提唱されているが、2011年の時点では、超伝導の対称性に関する実験はなさ

    れていない。

    さらに、3次元的分子性超伝導体として、1991年に K3C60が発見された。そ

    して、分子性超伝導体の中で、最高の Tc = 38 K (0.7 GPa下)が Ca3C60で確認

    されている[11]。また、C60に中性のアンモニア分子を導入した、K3C60(NH3)では

    伝導電子が局在化し、反強磁性を伴った絶縁体へ転移することが報告されてい

    る。これにより、フラーレン化合物も、強相関電子系であることが示されてい

    る。

    3.4.2強相関電子系分子性物質開発の手法

    前章で述べたように、初めて転移温度が 10 Kを超えた2次元分子性超伝導体

    κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2 の発見を契機として、分子性導体も強相関電子系であ

    るという理解が進んだ。この多様な電子状態を創出する強相関分子性物質の、

    分子・物質設計、結晶育成、結晶構造解析、バンド計算、物性測定について本

    章で述べる。

  • 3.4.2.1 分子・物質設計

    3.4.2.2 電荷移動錯体の結晶育成

    [12]

    強相関電子系分子性固体の物性研

    究において、良質で、十分な大きさの

    単結晶を得ることは大変重要である。

    一般の有機結晶の育成は、気相から

    (気化法、気相反応法、化学輸送法)、

    溶液から(濃縮法、徐冷法、反応法 [拡

    散法、電解法)]、及び溶融体から(ノ

    ルマルフリージング法、帯溶融法)行

    われる。その中で、分子性電荷移動錯

    体の単結晶育成には、多くの場合溶液

    からの電解法 1)が利用され、場合によ

    っては直接法,2-4)拡散法,5)あるいは

    気相法 6)が用いられている。以下に、

    それぞれについて述べる。

    a. 電解法(電気化学的酸化還元法) ほとんどの分子性伝導体はこの電

    気分解反応を利用した方法で育成さ

    れる。(図6)たとえば有機超伝導体で

    あるκ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2 の単結

    晶は,不活性ガスで置換したパイレッ

    クス三角型ガラスセル[図 6(c)]にド

    ナー(BEDT-TTF) ,カウンターアニオ

    (a)

    (b) (c)

    (d)

    図 6 (a) 単結晶育成で用いる電解法

    用(H 型)ガラスセルセット。(b) 電

    解法用(三角フラスコ型),(c)拡散

    法用ガラスセル。

  • ンとなる支持電解質[CuSCN, KSCN, 18-crown-6 ether],溶媒を加え,不活性ガ

    ス下、数週間の定電流電解酸化で得られる。陽極では次のような反応が進んで

    いると予想される。

    具体的な操作は以下である。

    (i) 原料、溶媒の精製 原料の Cu(I)SCNに Cu(II)(SCN)2が混入していると、超伝導転移温度は 1 K

    以上下がることが確認されているので、CuSCN(4g)に過剰の KSCN(64g)を加

    えて錯イオン KCu(NCS)2 を温水で作製し、さらに過剰の冷水を加えて、

    Cu(I)SCN のみを沈殿させ、水で洗浄する方法を 3 回繰り返す。KSCN も

    18-crown-6 もそれぞれエタノールとアセトニトリルで再結晶し、乾燥さ

    せる。1,1,2-トリクロロエタン溶媒(1500g)も、塩素化合物を除去すること

    が重要である。そこで、硫酸(100 ml)で一晩撹拌し、硫酸を除去し、弱ア

    ルカリ(NaHCO3水溶液)で中和し、飽和 NaCl水、乾燥剤 CaCl2で水分を除去

    して、塩基性活性アルミナで乾燥してから蒸留する。

    (ii)κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2の単結晶育成1)

    (1) 三角型ガラスセル(図 6(c))の三角セルのアノード陽極側にドナーBEDT-TTF (30 mg),支持電解質 CuSCN(70 mg), KSCN (120 mg),

    18-crown-6 ether(210 mg)を 100 mg (0.292 mmol)、撹拌子を加え、

    脱気して不活性ガスに置換する。

    (2) 蒸留して不活性ガス中ある 1,1,2-トリクロロエタンを用いるが,保存中分解して発生した酸を除去するために、使用直前に不活性ガ

    ス中で、塩基性活性アルミナに通す。精製した溶媒 90 mLと電解質

    を溶かすため蒸留したエタノール 10 mLをガラスセルに注入し,ド

    ナーと支持電解質を撹拌及び超音波で溶解した後,撹拌子を取り除

    く。

    (3) 結晶が成長する白金電極の表面をカーボンペーストで物理的にきれいにし,王水で化学的に洗浄した後,バーナーで焙って、テフロ

    ンホルダーに挿入して,ガラスセルにセットする。

    (4) ドナー、電解質側を陽極(アノード)に,もう一方を陰極(カソード)とし,暗所(例えば恒温槽)にて 0.5 μA の定電流で、数週

    間電解育成する。電極上に得られた単結晶(5 x 0.2 x 0.01 mm3)を

    メタノールで洗浄後,乾燥させ,暗所で保存する。

  • 通常、この電解法では,ガラスセルの形状,電極,溶媒,支持電解質,温度,

    電流値等の条件により得られる結晶が異なる場合がある。ガラスセルは,図

    6(b)H型 (溶媒 10 mL短足型 と 20 mL通常型)と,(b)三角フラスコ型(溶媒 100

    mL)が用いられる。定電流電解の場合,電極間に負荷される電位差はガラスセル

    の形状にも依存するため,用いるセルにより得られる結晶も異なることがある。

    図に示すセルではアノードとカソード側の生成物の拡散を防ぐためにガラスフ

    リットを有する。電極には表面で化学反応を起こしにくい白金棒(1 ~ 2 mmφ)

    が主に使われるが、金,ニッケル,タングステンの場合もあり,形状も板状,

    ラセン状もある。また用いる溶媒により,ドナーおよび支持電解質の濃度,お

    よび育成される電荷移動錯体の溶解度が異なるため,数種類の多形結晶が得ら

    れることがある。溶媒としては,1,1,2-トリクロロエタン,クロロベンゼン,

    1,2-ジクロロエタン,1,2-ジクロロメタン,テトラヒドロフラン(THF),アセ

    トニトリル,ベンゾニトリル,ニトロベンゼン,1,1,1-トリクロロエタン,ジ

    メチルホルムアミド(DMF)等が用いられる。また特に溶液中での支持電解質の

    濃度を上げるため 5 ~ 10 %vol.のエタノール,メタノールなどの極性溶媒が使

    われる。アニオン支持電解質としては有機溶媒に溶かす必要性から, テトラブ

    チルアンモニウム(TBA)塩,K+(18-クラウン-6)塩,テトラフェニルホスホニウ

    ム(TPP)塩,テトラフェニルアルソニウム(TPA)塩,ビストリフェニルイミジニ

    ウム(PNN) 塩が用いられる。支持電解質の純度は結晶の質に影響することが多

    いので,2〜3回再結晶を行ったものを用いる。電解の温度は通常室温である

    が,ドナーあるいはアクセプターの溶解度が低い時には高温恒温槽で(> 50 °C) ,

    育成する電荷移動錯体が不安定な時,および溶解度が高い時には低温恒温槽(<

    -30 °C) 8)で電解成長させる。電解は定電流(0.25 ~ 数十 μA)で行うことが多

    いが,結晶表面の面積に比例した電流を供給する制御電流法 9) ,第3の参照電

    極を導入した定電位法もある。

    b. 直接法,拡散法,気相法 ドナーとアクセプターを直接、気相、液相、あるいは固相で反応させ,電荷

    移動錯体を得る方法を直接法という。メノウ乳ばちで固体を混合して得られる

    固相反応や、不活性ガス中固体の C60に蒸気のアルカリ金属(Na, K, Cs)を適量

    ドープして得る気相反応の錯体は超伝導体となる。2) また液相反応では,(テ

    トラチアフルバレン)2(テトラフルオロボレート)3 [TTF2(BF4)3]とトリエチルア

    ンモニウム•テトラシアノキノジメタン (Et3NH•TCNQ)のアセトニトリル溶液ど

    うしを混合して TTF・TCNQ の微結晶得る混合法、3) 希薄溶液を濃縮して大きな

    単結晶を得る濃縮法 4)がある。

    他に、溶液からの結晶成長法としては、図 6(d)に示すように、パイレックス

  • ガラスセルの片側にたとえばドナーのTTFを反対側にアクセプターのTCNQを不

    活性ガス中導入し,静かに注いだアセトニトリル中室温で拡散させ、数ヶ月後

    セル中央に TTF•TCNQ の単結晶を成長させる拡散法がある。また、中性—イオン

    性転移を示す TTF•p-クロラニルは,たいこ型セルを用い昇華法(気相法)によ

    り大型結晶を育成させる。6)

    3.4.2.3 分子性物質の結晶構造解析 [13, 14]

    単結晶にX線ビームを照

    射させると回折像が得られ、

    それに位相を与える解析を行

    うと立体構造が明らかとなる。

    分子性結晶でも組成、原子、

    分子位置、分子配列などの情

    報を得るために、通常単結晶、

    時には形状の揃ったパウダー

    サンプルを用いてX線構造解

    析を行う。解析では、3 次元

    の電子密度の情報が得られるの

    で、原子の種類、3次元座標(立

    体構造)ばかりでなく、原子間

    の距離、分子内の結合距離、分

    子間結合および相互作用、二面

    体角、分子の最適化平面、熱振

    動、混成状態、原子・分子の電

    荷・価数、絶対配置などの知見が得られる。

    3.4.2.3.1 X線構造解析の原理

    X 線は、熱せられたフィラメントから発生し

    た電子が高圧で加速されて、金属陽極に衝突し、

    ここで失ったエネルギーの一部がX線として放

    出される。このX線は大別して、波長が連続な

    白色X線(連続X線)と不連続な波長をもつ特

    性X線がある。前者の最短波長は入射電子のエ

    ネルギーで決まるが、後者は表**のように陽

    極金属の種類で決まる。後者で一番強い強度が

  • Kα線で、グラファイトのモノクロメータで単色化される。

    このような単色化されたX線を結晶に照射すると、回折X線が得られる。こ

    れは物体全体からの散乱X線の重ねあわせとして表される。

    ただし、ρ(r)は電子密度、ωは周波数、δ(r)は位相差である。

    位相差δ(r)は、入射 X線が Oあるいは Rを通って Pに届くときの行路差に相当

    する。

    krrssr 01 =−=−= rkk )()//()( 01λλδ

    また実際、X線の回折強度として得られるのは重ね合わせ X 線 E の 2 乗で、

    2* FEE = である。F は構造因子と呼ばれ、波長には関係しない。

    また、F(k)は以下のように書ける。

    dvirF ∫= )exp()( krk r((

    図**より、kの長さは以下と書くことができ、これはブ

    ラッグの回折条件である。

    1つの原子に対する構造因子を、原子散乱因子(原子形

    s0r

    s1r

    k1 k0

    k

    )exp()exp()](exp[)())]((exp[)(

    tiFtidvrirdvrtirE

    ωωδrδωr

    =∫=∫ +=

    2*

    )exp(*)exp(*

    FFF

    tiFtiFEE

    ==

    −= ωω

    λθsin2

    =k

  • 状因子)と呼び、量子計算から求められる。k = 0では、原子番号となる。

    結晶は単位胞が周期的に並んだものであるが、単位胞の構造因子は、それぞれ

    の原子の構造因子 f(k)に位相をかけて、和をとり以下となる。

    さらに結晶の構造因子については、3次元的周期性 rq=na+mb+pcをもつとして、

    和をとると、以下の式となる。

    ))sin()(cos()()exp()( ppp krkrkrk ikFikFCq

    qq

    q +== ∑∑((

    この時、ka = 2p x (整数) , kb = 2p x (整数), kc = 2p x (整数) の場合に

    は結晶の構造因子ゼロにならない。そこで、図**、以下のような格子を考える

    と、この格子点でだけ回折強度がゼロにならない条件が満たされている。これ

    を逆格子と呼び、逆格子上でのX線散乱を Blagg散乱という。

    図のように結晶をCに置いて、平行な単色X線を入射し、その延長上 1/λの

    Eward球に逆格子点がのったところで、 Blagg散乱が観測される。結晶を回転

    させる事によって、すべての逆格子点が回折球上に来るようにし、強度を測定

    する。結晶構造解析の筋道は以下のとおりである。

    Zdvrf

    dvirf

    ==

    =

    ∫∫原子

    原子

    )(

    )exp()(

    r

    r

    ((

    ((

    0

    krk

    )exp()( jj

    j krk ikfF ∑=単位胞中の

    ((

    Eward球

    Vb

    Va

    V

    ×=

    ×=

    ×=

    ac*

    cb*

    cba*

  • (1-1) 単結晶に単色X線を当て、回折データ| F |収集を行う。

    (1-2) 回折データ| F |に位相を与える(構造を解析する)。

    (1-3) 逆結晶 Fを求める。

    (1-4) フーリエ変換して結晶の構造を求める。

    3.4.2.3.1 分子性物質の X線構造データ収集と解析

    3.4.2.3.1.1 X線源、検出器、結晶選定とマウント

    X線源としては、実験室系では、通常結晶による吸収を考慮して MoKα (λ =

    0.071073 nm)が、また絶対構造を求めるには CuKα(λ = 0.15418 nm)を、また

    大型施設としては、強度の強いシンクロトロン放射光(Spring8, KEK-PF)を用い

    る。実験室系において、X線源が封入管で、0.3 – 3 kW、回転対陰極型で 16 – 18

    kW の出力があるが、さらにターゲット上の焦点を 70 ミクロン程度に絞り、光

    学系に多層膜集光ミラーを使用すると、20ミクロン程度の微小結晶でも測定す

    ることができる。検出器は、シンチレーションカウンタ、CCD カメラ、イメー

    ジングプレート(IP)が利用されている。以前利用されていたシンチレーション

    カウンタ(NaI)を搭載した 4軸回折計(結晶の位置を決めるω, χ, φ軸と, カ

    ウンタの 2θ軸で 4軸)は、格子定数の計測に関して精度が高いものの、カウン

    タを動かしながら各ブラッグ反射を移動させて測定するために時間がかかって

    いた。最近は、CCDやイメージングプレートなどの 2次元検出器の出現によ

    り、短時間で比較的容易にデータ収集をすることが可能となった。CCDは迅

    速に測定ができるが、ダイナミックレンジが 104と小さく、IP は露光、読み取

    り、消去と処理に時間がかかるが、広い面積でダイナミックレンジも 106 と大

    きく、低温構造測定などに適している。低温で測定すると、通常、熱揺らぎが

    小さくなり、高角側の反射強度が増大する。特にゆらぎにより乱れがある場合

    | F |

  • の構造解析に有効である。温度変化は、温度制御された窒素(100 K 以上)ある

    いはヘリウムガスの吹きつけ(30-50 K 以上)の他、クライオスタットを用いて

    約 10 Kまで冷却することができる。

    結晶は、双晶でなく、面がしっかりとした単結晶で、針状よりは板状、板状

    よりは直方体状で、できれば球形に近いものが理想的である。しかし、分子が

    異方的であるため、針状、板状のものが多いので、なるべく反射強度が充分得

    られ、0.3 – 1 mmφのコリメータで完浴できる結晶を選ぶ。

    結晶のマウントは、通常、ガラス棒、キャピラリー、サンプルループを用い

    る。ガラス棒は、2 段引きで先端径を 0.05-0.1 mm 程度(低温でガス吹き付

    けの場合は 0.1 – 0.2 mm程度) にしてバックグラウンド反射の影響を最小に

    し、二剤混合タイプのエポキシ系接着剤(結晶が溶けない溶剤であることを確

    認)で結晶をマウントする。含溶媒が抜けやすく空気中で不安定な結晶は、内

    径が 0.3 – 0.7 mm程度のリンデマンガラスに少量の溶媒とともに封入する。室

    温測定では結晶が動くこともあるので、低温にして結晶を内壁に固定する。微

    小結晶を扱うには、ループに粘性の高いワセリンを塗り、これにサンプルを固

    定し、溶媒を含む場合は、直接ループで掬い取り、低温装置で溶媒ごと固めて

    測定する。プラスチック製のループと、カプトン製の万年筆タイプのものがあ

    る。

    3.4.2.3.1.2 反射データの収集、結晶構造解析

    反射データの収集は、装置付属のソフトウエアを用いて、(2-1)予備測定(CCD

    (a) (b) (c) (d)

    図 7 X線測定の結晶マウント(a) ガラス棒、(b) キャピラリー、(c)ループ、

    万年筆型ループ。

  • およびゴニオの起動、結晶のマウントと中心あわせ、予備測定で指数付け、格

    子定数の決定)、(2-2)反射データの収集、(2-3)反射データの処理(積分反射強

    度の計算、空間群の決定)の流れで行う。実験室系の Mo線源の測定において、

    有機結晶では sinθ/λ > 0.6、つまり 2θ > 52°が必要なので、通常は 2θ =

    55°まではデータ収集を行う。独立な反射データの 98 %以上が観測され、また、

    精密化するパラメータ数(通常 1原子あたり、x,y,z座標、異方性温度因子で 9

    パラメータ)の 10倍以上あることが望ましい。

    結晶構造解析は、Crystal Structureや Shelxなど、PCで動くプログラムソ

    フトを用い、(3-1)データの取り込み(格子定数と反射データの取り込みと、組

    成式と空間群の設定)、(3-2直説法プログラム(Sir, Shelx, Multan)で初期位

    相の決定、(3-3)構造の精密化〔x,y,z 座標と等方性温度因子の精密化、水素原

    子の導入、座標と等方性および異方性温度因子の

    精密化、必要な場合原子の占有率も考慮〕、(3-4)

    後処理〔Dフーリエで残っている電子密度の確認、

    分子内、分子間結合距離と角度や最適化平面の算

    出、FoFcテーブルの出力、論文投稿用 CIFファイ

    ルの作成、CIFチェックで構造解析の確認、ORTEP

    プログラムで作図〕の流れで行う。Shelx プログ

    ラムにおいて、すべての反射を精密化に用いてお

    り、I>2σ(I)についてモデルで説明できない反射

    強度の割合を R1、重みをつけて行った後の値を

    wR2(all)で表し、R1、

  • 有機結晶の結晶構造のデータベースとしては、ケンブリッジのデータベース

    (Cambridge Structural Database System)があり、解析後アップロードを行い、

    過去のデータはデータベースとして利用されている。

    3.4.2.3.1.3分子性物質の X線構造解析結果

    X線構造解析より、分子性物質の組成、分子の立体絶対配置、形状およびその

    配列が明らかになるばかりでなく、物性を理解する上でも構造との相関は大変

    重要である。相転移に伴い、分子の立体配座、無秩序-秩序、電荷価数、分子

    間相互作用の変化について知見を与える。さらに、構造解析結果を用いてバン

    ド計算を行い、分子集合体であるバルクの電子状態について知見を与えること

    ができる。(次章参照)

    例えば、3/4 充填バンドを有する強相関分子性結晶は、サイト間のクーロン相

    互作用を回避するために、電荷秩序状態となる。

    図 8は、強相関系分子性結晶β-(meso-DMBEDT-TTF)2PF6である。この結晶は、

    室温ではダイマー性を有するために実効的な 1/2充填バンドとなり、ダイマー

    モット相であるが、温度低下とともに金属的挙動を示し、75 K付近で絶縁化す

    る。放射光を用いて 11.5 Kにおいて結晶構造解析を行ったところ、分子の結合

    距離より、電荷は金属相(+0.5 x 2)から絶縁相(+0.75と+0.25)に電荷分離を起

    こし、チェッカーボード型パターンの電荷秩序化を起こすことがあきらかとな

    った。分子の電荷の価数により分子の形状も異なり、電荷プアな分子は最適化

    平面化から 3.6度折り曲がっているのに対して、電荷リッチの分子はほぼ平面

    であることが結晶構造から分かった。この結晶は、常圧で金属―絶縁体転移と

    ともに、電荷秩序化、さらには 2次元的なスピンパイエルスを起こして基底状

    態は一重項目であり、圧力を印加すると超伝導になることが報告されている。

    どのように電荷秩序が融解して超伝導相となるかは興味深く、圧力下の構造解

    析は今後の課題である。

    3.4.2.4 バンド計算 [15]

    機能性の物質開発は、DSCサイクルで行われている。図 9に示すように、

    目的とする機能性(伝導性、誘電性、磁性他)を得るために、まず分子設計を

    行い、実際に反応経路を検討することにより設計した分子を合成し、また性質

    を実験で調べ、さらに分子集合体である結晶を作成してその機能性、物性の測

    定を行う。その際、分子の性質については市販されている Gaussianプログラム

    などを用いて分子軌道計算を行い、実験と相補的に調べることは可能である。

    しかし、分子集合体の物性を理論的に調べ、さらに次の分子設計に生かしてい

  • くために、分子性導体分野では、簡便なバンド計算の手法が確立しており、実

    験的にもその検証が行われ、次の分子設計に生か利用されている。本節では、

    X線構造解析結果に基づき、拡張 Hückel法を用いた分子軌道計算、およびその

    分子間相互作用である移動積分の計算、強結合近似によるバンド計算について

    解説する。

    図 10 で示す有機超伝導体β-(BEDT-TTF)2I3を例として、バンド計算を説明する。(b)のように、2次元層状構造でドナー伝導層とアニオン絶縁相から構成さ

    れるが、前者のみを対象とし、分子の長軸投影で分子配列を表したのが(c)であ

    る。単位格子あたり、BEDT-TTF分子が 2個あり、52(= 26x2)原子からなるバン

    ド構造を求めるのは煩雑なので、分子を単位と考える。そして、図 11(a)に示

    合成 (Synthesis)

    分子設計 (Design)

    分子の性質 (Characterization_I)

    分子集合体の機能性(Characterization_II)

    バンド計算

    分子軌道計算

    図 9 機能性物質開発のDSC(Design (分子設計), Synthesis (合成),

    Characterization(分子の性質および分子集合体の機能性測定)サイクル。

  • すように、拡張ヒュッケル法で分子軌道を求め、図 10(c)の c, p1, p2, q1,q2

    で示される分子間相互作用を、(b)分子軌道間の重なり積分から求め、(c)その

    移動積分を用いて強結合近似のバンド計算を行い、バンド分散とフェルミ面を

    描いた。

    3.4.2.4.1 単一分子の分子軌道―拡張 Hückel法

    最初の(a)多原子からなる分子の軌道計算であるが、(1)のように表される。

    ΨΨ Ere

    reZ

    m ji iji n nin

    i =

    +

    −∇− ∑∑ ∑

    222

    2

    2 (1)

    ただし、m; 電子の質量、Zn; n 番目の原子の原子番号、rni; n 番目の原子の原子核と電子 i の距離、rij; i 番目と j 番目の電子の距離である。第 1 項は電子の運動エネルギー、第 2 項はポテンシャルエネルギー、第 3 項目は電子間のクーロン斥力であるが、ここでは他のポテンシャルに繰り込むことで、無視をする。

    その結果、分子の電子系波動関数はハートリーフォック近似で、一電子波動関

    数の積として、ハミルトニアンは演算子の和として、エネルギーも和として表

    (a) 単一分子の分子軌道計算(拡張ヒュッケル法)HOMO—donor, LUMO—acceptor

    (b) 分子間の移動積分 qpqppq EHt ϕϕϕϕ ==

    E = 10.0 eV

    (c) 強結合近似のバンド計算

    BEDT-TTF

    図 11 分子性導体のバンド計算。(a)結晶構造解析で実験的に求められた

    分子構造 BEDT-TTFのデータを用いて、拡張ヒュッケル法で分子軌道計算

    を行い、 (b)その分子軌道を用いて分子間の相互作用の大きさ(移動積

    分)を求め、(c)さらに移動積分を用いて強結合近似のバンド計算を行う。

    S

    S

    S

    SS

    S

    S

    S

    ドナー伝導層

    アニオン絶縁層

    アニオン絶縁層

    BEDT-TTF

    (a)

    (b)(c)

    1

    2

    図 10 有機超伝導体β-(BEDT-TTF)2I3の(a)分子構造、(b)結晶構造と(c)ドナー分子配列。

  • わされる。

    321 ψψψψ = (2) H=H1+H2+H3+・・・ (3) E=E1+E2+E2+・・・ (4) ゆえに、一電子シュレディンガー方程式は、(5)と表される。

    iiin ni

    ni Er

    eZm

    ψψ =−∇− ∑ ]2[2

    22 (5-1)

    ψψ EH = (5-2) 分子の波動関数Ψは、原子軌道の線形結合で表される。(LCAO—MO; linear combination of atomic orbitals—molecular orbital)

    ∑=N

    jjjc cψ (6)

    (5)の左から *ψ をかけて全空間で積分すると以下となる。

    ∫∫=

    τψψ

    τψψ

    d

    dHE

    *

    * (7)

    ただし、重なり積分、クーロン積分、共鳴積分は以下である。

    ijji Sd =∫ τcc * overlap integral (重なり積分) (8)

    ijji HdH =∫ τψψ * (9)

    iiH ; Coulomb integral (クーロン積分)、 ijH ; Resonance integral (共鳴積分)

    (7)より以下(10)となる。

    0=− ∑∑∑∑ iji j

    jiijji j

    i SccEHcc (10)

    波動関数を変分法、つまり(11)の条件を満たす解を求める。

    0=∂∂

    icE (11)

    0=−∂∂

    − ∑∑∑∑j

    ijjiji j

    jiij

    ijj ScEScccEHc (12)

    (11)より、変分の条件が満たされると以下となる。

    0)( =−∑ ijj

    ijj ESHc

  • この ciについての連立一次元方程式を解けばよい。

    02222212112121111

    =−−−−

    ESHESHESHESH

    (13)

    永年方程式(13)の固有値 Eiの固有ベクトルとして cjiが求まる。全エネルギーは全占有軌道の和で求められる。

    ∑=i

    iEE 2 (14)

    拡張 Hückel 法では、(4),(5)の Fock 行列の対角項については Hii = -Ip、イオン化ポテンシャルの実験データを用い、[50,51]非対角項については(15)で、ただし K = 1.75 とする。

    2jjii

    ijij

    HHKSH

    += (15)

    Spqは、各 p,q 原子の Slater-type 軌道の重なり積分の値を用いる。したがって、拡張 Hückel 法では、各原子において Slater 軌道の広がりを決めるηとポテンシャルエネルギーIpを半経験的パラメータとして与える。 実際、有機超伝導体β-(BEDT-TTF)2I3について、結晶構造解析から得られた格子定数、BEDT-TTF分子の原子座標(8個の S原子、10個の C原子、8個の水

    素原子)、各原子中の s,p,d軌道の半経験的エネルギーと Slater 軌道の広がりを与える。BEDT-TTF 分子の場合、8個の S 原子で各々3s 軌道、3個の 3p 軌道、5個の 3d 軌道、10 個の C 原子で各々2s 軌道、3個の 3p 軌道、10個のH 原子で各々1s 軌道を有するので、合計120軌道の線形結合が分子軌道となる。また、6個の最外殻電子をもつ8個の S 原子、4 電子を有する10個の C原子、1 電子をもつ8個の水素原子からなるので、合計96個の原子価電子を有するので、96個の軌道が計算され、下から48番目のエネルギーを持つ軌

    道、HOMO (Highest Occupied Molecular Orbital )は、図 11(a)のような分子軌道となる。この物質はホールがキャリアとなる分子性伝導体であるが、エレ

    クトロンがキャリアとなる場合、計算される LUMO (Lowest Unoccupied Molecular Orbital)を用いて、バンド計算を進める。このように、フロンティア軌道である HOMO, LUMO 軌道は、他の軌道とエネルギー的に離れており、通常この単一軌道を用いてバンド計算を行っている。 3.4.2.4.2 分子間の移動積分

    分子間の移動積分は(7)より、分子間の重なり積分にE = 10.0 eVを掛けた(17)

    となる。

  • ∫∫ == τψψτψψ dEdHt ** (16)

    図 10(c)に示すように、β-(BEDT-TTF)2I3の重なり積分は c = 5.0, p1 = 24.5, p2 = 8.4, q1 = 12.7, q2 = 6.8 (x 10-2 eV)と計算された。この結果、分子の

    積み重なり方向に、大きく二量化していること (p1 / p2 = 2.9)、積み重なり

    方向ばかりでなく、q1方向も二番目にも大きく、二次元的な相互作用があるこ

    となどが明らかとなった。

    3.4.2.4.3 強結合近似のバンド計算

    前章までに、分子軌道が原子軌道の線形結合で表されることを示した。本章

    では、バンド構造が、ブロッホ関数で表される1次元分子列軌道、つまり結晶

    軌道の線形結合で求められることを説明する。

    分子軌道は(6)で表されたが、図 12(a)に示すように、分子が等間隔 a、分子

    間相互作用β( ∫ −= τcc dH nn *1 )で並ぶ結晶軌道は、ブロッホ関数として(17)で

    表される。

    ∑=n

    ninkaec cψ 0 (17)

    分子が aだけ並進運動するとともに、位相が 2π進む。

    (7)に(17)を代入すると、(18)が計算される。

    ( ) kaN

    eeN

    dte

    dtHe

    decec

    decHecE

    ikaika

    nmn m

    kamni

    nmn m

    kamni

    nn

    inka

    mn

    imka

    nn

    inka

    mn

    imka

    cos2

    *

    *

    *

    *

    )(

    )(

    00

    00

    βaβaβ

    cc

    cc

    τcc

    τcc

    +=++

    =

    =

    =

    ∫∑∑∫∑∑

    ∫ ∑∑

    ∫ ∑∑

    (18)

    ただし、 dtH nn∫= cca * 、 dtHdtH nnnn ∫∫ +− == ccccβ 11 ** である。このよう

    な一次元に配列した分子のバンド構造は、(18)より図 12(b)と描かれる。周期

    は、-π/a ≤ k ≤ -π/a で、最低、最高エネルギー、バンド幅は 2β, -2 β, ∣4β∣ (β < 0)である。

  • この1次元配列の場合は、単位胞に分子が1個含まれていたので 1x1の永年

    方程式(19)を立て、解を得た。

    01111 =− ESH (19)

    図 10(c)に示すように、β-(BEDT-TTF)2I3 では単位胞に2個の BEDT-TTF 分子(1,2)を含むので、2x2の永年方程式(20)を解くと、図 11(c)に示すバンド構造

    が求められる。単位胞中に2分子あるので、2本のバンド分散が描かれ、ΓY, ΓZ,

    ΓC方向でフェルミ面を横切り、bc方向に2次元的なフェルミ面が計算された。

    フェルミ面の面積は、ブリルアンゾーンの 50%で、シュブニコフドハースによ

    る磁気振動とよく一致することから、計算の有効性が証明された。

    022222121

    12121111 =−−−−

    ESHESHESHESH

    (20-1)

    kcctdHectdHectSHEE ikcikc cos)(2*)(*)( 11111111

    11

    112211 +=++=== ∫∫ − τccτcc

    (20-2) ikbikckckbkckb eqteqtepteptS

    HEE )1()2()2()1( 2/)(2/)(12

    122112 +++===

    ++− (20-3)

    3.4.2.4 物性測定 3.4.2.4.1常圧、圧力下電気伝導度測定

    電気抵抗を測定する際は、測定方法として図 13(a),(b)に示す二端子法と四端子法がある。二端子は電流端子(+, —)と、電圧端子(+, —)の正極、負極同士が短絡しているが、四端子では各々分かれている。前者は端子二本で測定できるた

    め、(i)結晶への端子付けが容易に行える、(ii)リード線の数が少ないので金属の伝熱を利用する低温測定において有利である、(iii)小さい結晶でも測定できるという利点がある。また、欠点としては、算出される抵抗値がサンプルに起因

    0 a-π/a

    k0 π/a

    (a) (b)β -2β

    図 12 (a)分子1個を含む単位胞が周期的に並んだ一次元分子列と(b)そのバ

    ンド構造。

  • するものだけでなく、リード線の抵抗値 RLeadやサンプルとの接触抵抗 RCのような未知の値も含むため、金属や超伝導といった高伝導の物質本来の電気抵抗

    を正確に測定できないことが挙げられる。一方、四端子法は電流測定端子と電

    位測定端子を分割している。並列回路では抵抗の高い電路より低い電路のほう

    が大きい電流が流れるため、サンプルの抵抗 RSample より十分大きな内部抵抗RV を持つ電圧計(RV ≫RSample)を並列に接続すれば、リード線の抵抗 RLeadやサンプルとの接触抵抗 RC を無視できる上に、電圧計側の電路にはほとんど電流は流れない。そのため電流計で読み取った電流値がサンプルに流れた電流

    値そのものと考えてよい。四端子法はこの原理を利用したもので、金属や超伝

    導物質などの低抵抗のサンプルの測定に適している。欠点としては、高抵抗の

    サンプルの測定には上記の理由から不向きであるといえる。

    図 13 (a) 二端子回路、(b) 四端子回路 分子性結晶は通常小さく、柔らかいので、端子付けには工夫を要する。通常、

    電圧 100 V を数秒印加してなましたφ15-16 μm の金線(田中電子工業)を用い、導電性ペーストでサンプルと金線を接着して端子とする。サンプル全体に

    (a)

    (b)

  • 均一な電流が印加されるよう、サンプルのエッジをカバーするように導電性ペ

    ーストを接着する。導電性ペーストはカーボンペースト[Dotite XC-12, JEOL日本電子、溶剤は ethlene glycol mono-n-butyl ether acetate(東京化成)]、銀ペースト(D-500, 藤倉化成)、金ペースト(徳力化学 8560)があるが、収縮率

    を考慮し、常圧、高圧測定とも通常カーボンペーストを用いることが多い。 電気抵抗測定の温度依存性を測定するクライオスタットとしては、次の 3 種

    類が良く用いられる。ステンレスあるいは硝子デュアーでは、液体ヘリウムを

    貯めてロータリーポンプで減圧することにより 1.3 K まで測定が可能で、ヘリウムタンクに吊り下げ式の方法[図 14、交流四端子伝導度計 HECS 994C 型(扶桑製作所)]では 4.2 K まで簡便に複数サンプルの同時測定ができ、PPMS(Physical Properties Measurement System, Quantum Design)では、1.8 - 400

    Kの温度、0-9T磁場範囲において、多様な温度、磁場制御下で測定することが

    できる。 圧力下の測定は、東京大学物性研究所上床研究室で開発された CuBeと NiCrAl

    の二重構造型クランプセルを用いて、2.2 GPa まで印加することができる[1]。

    図 14 交流四端子伝導度測定装置[HECS 994C 型(扶桑製作所)]、およびサンプル基板の模式図。冷却は He 液面からの温度勾配を利用し、温度計(熱電対あるいは cernox 抵抗温度計)を取り付けたサンプルロッドを下降させることで温度を制御する。また、温度の急変を防ぐため、サンプルと

    温度計は金属製のシールドで覆ってある。同時に複数サンプルの測定が可

    能である。

  • 圧力セル下部には専用アダプターを取り付け、PPMS測定装置で圧力下の磁気抵

    抗を測定することが可能である。圧力媒体には Daphne7373を用い、印加圧力は

    鉛の超伝導転移温度より決定した。

    3.4.2.4.2 磁性測定

    静磁化率及びスピン磁化率は、Quantum Design 社製 MPMS (Magnetic Property Measurement System)及び ESR (Electron Spin Resonance)を用いて測定を行う。前者の MPMS 装置では、通常、2K-350K までの温度、0T-9T の磁場範囲で温度、磁場をパラメータとして測定する。πスピンの磁化は小さいので、測定に十分

    な量のサンプルを、正の磁化を持つアルミニウムカプセル、箔などに包んで測

    定し、バックグランドを差し引いてサンプルの磁化率とする。 ESR は電子スピンを磁場中でゼーマン分裂させ、そのエネルギー差に相当する 9GHz ( X-バンド) のマイクロ波を吸収する磁気共鳴法で物質中の不対電子を観測しスピン磁化率を測定する手法である。温度制御された He ガスの吹き付けで、通常 3K から 300K の温度範囲での測定が可能である。良質な単結晶 1つで、磁化ばかりでなく、線幅、g 値の情報を得ることができる。

    3.4.2.4.3 誘電性測定

    誘電率は二端子キャパシタンス法で測定を行う。図 15 のように銀ペーストを電極として金線をサンプル両面に固定し、インピーダンスアナライザー

    (Agilent Technologies 4294A)により等価並列キャパシタンス Cpと損失係数D の測定を行った。測定は銀ペーストで覆われた部分の極板面積(L×W)と極板間距離 H を用いて(21)より複素誘電率の実部ε’と虚部ε”を算出した。このインピーダンスアナライザーでは、周波数は 1 kHz ~ 1 MHz の範囲で、液体ヘリウム用のクライオスタットでは 1.3 K から 300K、高温槽オーブンを用い、白金温度計を用いた高温用クライオスタットで室温から約 350K まで測定することができる。

    ( )

    m]) (真空の誘電率 F/[10854.8 120

    0

    −×==

    ×′=′′××

    ×=′

    ε

    εεε

    ε

    DWL

    CH p

    (21)

  • 3.4.2.4.4 非線形伝導度測定

    非線形伝導の測定には電圧制御と電流制御の 2 つのモードがある。以後、電圧制御の電流と電圧の関係を表したものを I-V 特性、電流制御のそれを V-I 特性とする。2 つのモードのうち、電圧制御は非定常・非平衡状態を観測するが、電流制御は定常・非平衡状態を観測できる。電圧制御においては、サンプルだ

    けの回路に対して I-V 特性を測定しようとすると、サンプル電圧 VSample に対して多価な I-V 特性のために、電圧印加による電流の制御が不可能となる。そこで、サンプルと直列にある大きさの負荷抵抗を接続することで、回路電圧

    VCircuitに対して 1 価の関数、サンプルには多価関数とすることができる。 [図16(b),(c)]。

    図 15 キャパシタンスによる誘電率測定のための二端子銀ペースト電極。

    図 16 (a) 電流制御 VSample-I 曲線、(b) 電圧制御 I-VCircuit曲線、(c) 電圧制御I-VSample 曲線

  • 実験の測定回路を図 17 に示す。電圧制御では二端子法、電流制御では擬似四端子法を用いている。ソースメーター(例えば Keithley model 2611 あるいはKeithley model 2612)を用い、測定の際に印加する電圧、電流によるジュール

    熱がサンプルを破損することのないように、比較的短い単一矩形パルス(5 - 10 msec 程度)を一定間隔(off-time; 1 ~ 3 sec)で印加する。さらに、デジタルオシロスコープ(例えば Tektronix DPO4054)を用い、電位の時間変化のモニターを行い、図 17(c)のようにサンプル電圧の時間依存性を観測する。 3.4.3 トピックス

    3.4.3.1 モット系分子性結晶の開発および反強磁性と超伝導の競合、κ

    -(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2 [7, 8, 16]

    分子性導体が強相関電子系であることが認知されたのは、このκ

    -(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2およびκ型類塩体がダイマーモット絶縁相から、金属相、

    超伝導相まで圧力をパラメータとして統一相図が描かれた時点からである。本

    章では、強相関分子性導体の起源となったダイマーモット系分子性結晶κ

    -(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2 の開発、結晶・電子構造、常伝導・超伝導物性、フェル

    ミオロジー、統一電子相図、超伝導機構について述べる。

    3.4.3.1.1 物質設計、二次元層状結晶構造、実効的 1/2充填バンド構造

    前節のバンド計算で計算された 2 次元フェルミ面を有する分子性超伝導体

    β-(BEDT-TTF)2I3の圧力依存性を調べたところ、図 18に示すように dTc/dP = -1 Kであった。BCS理論より、Tcは(22)で与えられる。

    ))0(

    1exp(14.1VNk

    TB

    Dc −=

    ω (22)

    (a) (b)

    図 17 電圧制御用回路、(b) 電流制御用回路、(c) 印加する単一矩形パルス。

  • ただし、ωD; フォノンの周波数、N(0); 状態密度である。このとき、圧力が印加

    されると、バンド幅が広がり、状態密度

    が小さくなって、超伝導転移が低下する

    と考えられる。また、物理圧ばかりでな

    く、絶縁層の直線アニオンの長さを I3(10.2 Å)から、AuI2 (9.4 Å), IBr2 (9.3 Å)と短くすることによって化学圧を印加すると、転移温度は 8.1 K,4.9 K, 2.7K と低下する。ゆえに、長いアニオンを用い

    て、逆に化学的負圧を印加することを目

    的として、M(NCS)2 [M = Au, Ag, Cu]を用いる物質設計を提案した。

    その結果、2次元的な電子構造を有する

    図 18 β-(BEDT-TTF)2I3 の超伝導転移温度の圧力依存性。

  • κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS) 2 が作成された。図 19(a)に示すように、ドナー伝導

    層とアニオン絶縁層が積み重なる二次元層状構造をもつ。(b)のドナー層は、2

    個の BEDT-TTF分子が二量体をつくり、その二量体が井桁型構造で並ぶκ型ドナ

    ー配列をしている。また、(c)のアニオン層は、[Cu(NCS)2]n の超分子構造をし

    ており、そのため対称心が無く、空間群は P21 である。そのため、結晶の絶対

    構造と旋光性、およびそれらの一対一対応が調べられている。図 20に示すよう

    に、X 線で測定した H 体[κ-(BEDT-TTF-h8)2Cu(NCS)2]の結晶は(b)が絶対構造であり、同じ結晶をレーザー透過光で旋光性を調べると、右旋光[a](25˚C, 632.8 nm) ~ 230 ° で あ る こ と が 明 ら か と な っ た 。 ま た 、 D 体

    [κ-(BEDT-TTF-d8)2Cu(NCS)2]も調べたところ、その結晶は左旋光(a)の絶対構造であることも確認した。さらに、同じ結晶成長のバッジにおいて、H、D体とも、

    双方の絶対構造を有することが調べられている。

    (a) (b)

    ドナー伝導層

    アニオン絶縁層

    アニオン絶縁層

    (c)

    図 19 κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2の(a)2 次元層状構造、(b)伝導層のドナー配列、(c)絶縁層のアニ

    オン配列。(b)で、分子間の移動積分は、b1=25.7,

    b2=10.5, p=11.4, p’=10.0, q=-1.7, q’=-2.9

    (x10-2 eV)と計算された。

  • 図 20 κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2の絶対構造と旋光性。

    得られた結晶構造に基づき、結晶学的に独立な 2 分子の分子軌道計算を拡

    張 Hückel 法で行い、それを用いて計算した分子間の相互作用(移動積分)を図19に示した。二量体内の相互作用(b1)は、二量体間に比べて b1/b2=2.5と大き

    く、また分子間相互作用は bc二次元面に広がっていることが明らかとなった。

    さらにこの移動積分を用いてバンド分散、フェルミ面を計算した結果が図 21

    である。単位胞中に 4 個の分子があるので、4 本の分散が計算される。分子の

    強い二量化のために、上 2本と下 2本の分散が大きく分かれ、上 2本を考える

    図 21 κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2のバンド分散とフェルミ面。

  • と、実効的な 1/2 充填バンドになっていることが分かる。P21 の空間群のため

    ZM方向の縮退は解けていて、Zを中心とした閉じたフェルミ面と、c*方向に開

    いたフェルミ面が得られた。閉じたフェルミ面の面積は、第1ブリルアンゾー

    ンの 18%で、シュブニコフドハースから得られたフェルミ面の 18%の面積とよく

    一致する。[29-1]また、b*方向(ΓY)の分散はエレクトロン型のバンドで、c*方

    向(ΓZ)の分散はホール型のバンドなので、室温における熱電能はそれぞれ負、

    正になることと対応している。[29-2](3.4.3.1.2を参照)

    3.4.3.1.2 常伝導、超伝導電子状態

    κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2 について b 軸方向の電気抵抗率の温度依存性を図

    22(a)に示す。結晶面内 bおよび c軸方向の抵抗率は、0.05 - 0.07 ohm cmで、

    垂直 a*方向は 約 600倍で 30 – 42 ohm cmである。室温付近では金属的挙動で、

    温度低下とともに抵抗率は上昇し、85-100K 付近で室温の 3-6 倍となる。さら

    に温度低下をすると、再び金属的な挙動を示し、オンセット温度 11 K、ミッド

    ポイント温度 10.3-10.4 K、オフセット温度 9.5-9.8 K で超伝導転移を示す。

    a*、c 軸方向でも同様の温度依存性を示す。また、超伝導転移温度の圧力依存

    性は dTc / dP = -1.3 K/kbarで、他の BEDT-TTF塩同様の振る舞いを示してい

    る。

    また、常伝導の電子状態を明らかにするために、熱電能の温度依存性を調べ

    た結果が図 22である。特徴的なことは、2次元 bc面内で、c方向では正、b

    軸方向では負と符号が違うことである。両方向とも、温度低下とともに、150K、

    図 22 κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2の(a)電気的効率の温度依存性、(b) 熱電能の温度依存性。

  • 100Kまでは直線的に変化して、その後、極大、極小を経て 50K付近ではフォノ

    ンドラッグとも思われるピークを c 方向に持ちながら、10K 以下で超伝導転移

    のため 0となることが観測された。このような符号の違い、温度依存性は、バ

    ンド計算からも定性的に理解された。前述のように、c*(ΓZ)方向ではホール様

    な、b*( ΓZ)方向ではエレクトロン様なバンド分散が観測されている。また、定

    量的にも、(22)を用いて説明されている[29-2]

    ( ) εε

    ετπ

    εε

    τπ

    dv

    dSfEvvK

    dv

    dSfvvK

    zyxkji

    KKeT

    S

    Fjiij

    jiij

    kjijk

    ij

    ∂∂

    −−=

    ∂∂

    −=

    =

    =

    ∫∫

    ∫∫

    ∑=

    0

    3,1

    0

    3,0

    ,1

    3

    1

    10

    41

    ,4

    1

    ),,,,,(

    )(1

    (22)

    さらに、 BEDT-TTF 分子の末端を重水素化した重水素体 κ-(BEDT-TTF- d8)2Cu(NCS)2の超伝導転移を水素体κ-(BEDT-TTF-h8)2Cu(NCS)2と比較したのが図23である。電気抵抗測定のミッドポイント超伝導転移温度は、H体が 10.4Kで

    あるのに対して D体が 11.0Kと 0.6K高く、電極付けによる局所的圧力効果を回

    避した RFブリッジバランスの実験でも、H体が 9.4Kであるのに対して、D体が

    9.9K と 0.5K 高い超伝導転移温度を示した。[30-1]この実験より末端エチレン

    図 23 κ-(BEDT-TTF-h8および-d8)2Cu(NCS)2の(a)RFブリッジバランスの温度依存性、(b)超伝導転移の温度依存性。R1/2 の Tc(D)および Tc(H)は、それぞれ D

    体および H体の電気抵抗測定によるミッドポイント超伝導転移温度。

  • 基が超伝導転移には重要な効果を及ぼすことが明らかとなった。アニオンと末

    端水素の間には弱い水素結合が存在し、さらに赤外反射スペクトルでも、重水

    素化によって大きなレッドシフトが観測されており、[30-2]エチレン末端基の

    ダイナミクスと超伝導転移温度には相関があることが示唆される。

    前述のように、 κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2は二次元的な超伝導なので、磁束の振る舞いが研究されている。図 24は、磁化[31-3]、比熱[31-4]、ドハースファ

    ンアルフェン振動の変化から求めた上部臨界磁場 Hc2 より下の温度で、SQUID

    [31-1,2]とトルク磁化より求めた非可逆臨界磁場、つまり磁束の固相―液相境

    界があることを示している。注目すべきことは、0K においても Hirr ≤ H ≤ Hc2

    の領域で磁束の液相、つまり量子揺らぎが残っている点である。

    3.4.3.1.3 フェルミオロジー

    3.4.3.1.1で κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2のバンド計算を解説したが、この結晶で明確なシュブニコフドハース振動が分子性導体では初めて得られ、フェルミオ

    ロジーの研究は前進した。図 23(a)に示すように、超伝導状態である 1.56K 以

    下ではゼロ抵抗であるが、磁場を印加すると超伝導は壊れて抵抗は復活し、こ

    1K 以下、8T 以上での量子振動が観測された。結晶面に垂直方向である a*軸と

    印加磁場の角度θとすると、振動は 0.0015cosθ(T-1)の周期で見られ、サイク

    ロトロン運動する電子の軌跡の面積を Sとすると(23)となる。

    図 24 κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2の(a)各温度におけるトルク測定、(b)上部臨界磁場 Hc2 と付加逆臨界磁場 Hirr の温度依存性。□と▽が SQUID [31-1,2]、

    △と●がトルク磁化、×が磁化[31-3]、+が比熱[31-4]、◎がドハースファ

    ンアルフェン振動の変化から求めたデータ。

  • cSeH

    π2)/1( =∆ (23)

    これより、第 1 ブリルアンゾーンの 18%の面積と計算され、バンド計算から

    求められた図 21の Z周りの閉じたフェルミ面の面積 18%とよく一致する。この

    とき有効質量 m*=3.5m0、ディングル温度は約 1K である。さらに、佐々木らに

    より、22Tが印加されると ZM上のギャップを越えてマグネティックブレイクダ

    ウンが起こり、Γ点を中心に、第1ブリルアンゾーンに対して 100.9%のフェル

    ミ面上で電子がサイクロトン運動するのが報告されている。そのときの有効質

    量は、m*=6.9±0.8m0とさらに大きいことが明らかとなっている。[32-1]

    3.4.3.1.4 κ型塩の統一的電子相図と超伝導機構

    3.4.3.1.4.1統一的電子相図

    図 26(a)はκ-ET2X の、2次元伝導層のκ-型ドナー配列である。前述のように、ドナー分子は二量化して井桁型に配列し、ET0.5+なので(ET2)+と二量体内に正孔、および S = 1/2 が存在する。エネルギーダイアグラムで表すと、各 HOMO(最高被占有軌道)には、1.5 個の電子が存在し、二量化して、結合性の軌道と非結合性の軌道となる。結合性の軌道には電子が2個入り、非結合性の軌道

    には1個で、上部バンドを考慮すると実効的 1/2 充填バンド、つまりダイマーモット絶縁体となる(図 26)。

    図 25 κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2の磁気抵抗の磁場依存性。

  • (24) ゆえに、二量体内のクーロン斥力(U)は、ほぼ 2*t ()

    ダイマー内のクーロン斥力(U)は、ほぼ 2 * tdimer = 2 * b1[図 19(b)]に相当し、

    このUと電気を運ぶキャリアの運動エネルギーに比例するバンド幅Wの比(U/W)

    が横軸で、転移温度が縦軸となった相図を図 27(b)に表す。図 27(a)に示すよう

    に、κ-(ET)2Cu[N(CN)2]Cl は、U/W >> 1 のため半導体的挙動を示し基底状態が

    反強磁性相である。これに物理的および化学的な圧力を印加すると、

    κ-(ET)2Cu(NCS)2では、半導体から金属的挙動に変化し、約 10K以下で超伝導状

    (a) (b)

    Dimer1+

    Bonding

    Antibonding

    HOMO0.5+ HOMO0.5+

    2tdimer

    図 26 (a)κ-ET2X の2次元伝導層と(b)実効的 1/2 充填バンド。

    図 27 (a)κ-ET2X 等の電気抵抗率の温度依存性と(b)統一的相図。

  • 態となる。このように、反強磁性相と常磁性金属相の間に超伝導相が隣接して

    存在する。

    3.4.3.1.4.1超伝導機構

    ダイマーモット型のκ-(ET)2Cu(NCS)2 について、超伝導の対称性が実験で調べ

    られている。NMRのナイトシフトからスピンシングレットを、また、13C NMRよ

    りスピンー格子緩和率が T3則、電子比熱が T2則、磁場侵入長がべき乗則に従う

    こと、さらに、熱伝導度、トンネル分光の温度依存性より、フェルミ面にノー

    ドのある異方的な d波超伝導であることが示唆されている[33-34]。しかしなが

    ら、通常の等方的な s波超伝導であるという報告もあり、議論の途上にある[33]。

    理論計算では、dx2-y2 の対称性を持つ超伝導が一番安定であると報告されてい

    る。[35]

    また、κ-(ET)2Cu(NCS)2 は層状構造であり、2次元的な電子構造をしている。

    この伝導層と平行に磁場を印加すると、臨界磁場付近で超伝導と常伝導が空間

    的に分布する FFLO(Fulde Ferrel Larkin Ovchiniikov)状態が観測されると報

    告されている。[33]

    3.4.3.2 電荷秩序系分子性物質の開発とその圧力誘起超伝導

    前章において、有機超伝導体は通常、有機ドナー分子(D)と(-1)価の閉殻アニ

    オン(A-)の比が2:1[= (D0.5+)2A-]の電荷移動錯体であり、ドナー分子のダイ

    マー性が強い系では、ダイマー内にホールが 1個、つまり実効的な 1/2充填バ

    ンドを持つことを述べた。また、ダイマー内の電子間クーロン反発エネルギーU

    とバンド幅 Wが拮抗して、モット絶縁体から金属に至る過程で、有機物として

    は比較的高い、Tcが 10K級の超伝導が見出されていること、超伝導の対称性が

    高温超伝導体同様 d波であるという実験結果があること、圧力をパラメータと

    した反強磁性絶縁相から金属(超伝導)相へのモット転移、フラストレーショ

    ン効果によるスピン液体状態が話題となっていることも記した[3]。

    一方、ドナー分子のダイマー性が弱く、1/4充填バンドをもつ強相関系では、

    分子間のクーロン反発エネルギー(V)の効果で「電荷秩序相」が出現することが

    理論的に予言され[4]、実際実験でも実証された[3,5]。このように、クーロン

    相互作用で分子間の電荷不均化が起こると、有機分子は柔らかいので変形する。

    さらに、この電荷揺らぎがコヒーレントとなって、格子系とカップルすると、

    格子を歪ませながら三次元的な電荷秩序を形成する。このように、有機物質は、

    電荷、スピン、格子の自由度に加え、電子―格子相互作用とも呼ぶべき、分子

    の伸縮、屈曲などの「分子の形状の自由度」が顔を出すところに特徴がある。

  • 本章では、我々が見出したチェッカーボード型電荷秩序相と競合[1,6]した超

    伝導相をもつ新規有機超伝導体β-(meso-DMBEDT-TTF)2PF6 [DMBEDT-TTF= DMeET)

    について、物質設計、チェッカーボード型電荷秩序形成、圧力誘起超伝導相、

    電場誘起準安定状態について記述する。

    3.4.3.2.1強相関パラメータ制御による物質設計 []

    分子性物質において、電子の強相関パラメータ(U;分子二量体内における電

    子のクーロン反発, V;分子間における電子のクーロン反発, W;バンド幅)は、

    分子の距離、二量化の程度により系統的に変化させることができる。我々は、

    有機超伝導体約 120種類のうち、50種を与える電子ドナーBEDT-TTF(ET)の化学

    修飾を行うことにより、分子間距離、二量化の程度の制御を行った。その結果

    が図 28 である。まず、ET に化学修飾をして DMeET, C5ET, C6ET などの電子ド

    ナー(D)を合成し、その PF6塩である D2PF6を各々得た。その分子構造、二量化

    の程度、抵抗の温度依存性を見ると、C6ET の C6 は TTF 平面から垂直に立ち、

    二量化の程度が弱く、金属的挙動を示した。また、C5ET の C5 は TTF 平面とほ

    ぼ平行で、二量化の程度が強く、半導体的挙動を示し、DMeETのメチル基はア

    図 28 ET 分子の化学修飾、その PF6塩における分子構造の自由度、分子配列の自由度、およびモット絶縁相、電荷秩序相、金属相と多彩な電子機能。

  • キシャルとエカトーリアルに位置し、二量化の程度は中程度で、金属―絶縁体

    的挙動を示した。このように、ET分子への化学修飾により、その電荷移動錯体

    中で、多様な分子構造の自由度をもち、それを反映した二量化の程度など分子

    間相互作用で、多彩な電子機能を与えている。このような中で、β

    -(meso-DMBEDT-TTF)2PF6 が見出された。

    3.4.3.2.2チェッカーボード型電荷秩序の形成と圧力誘起超伝導

    得られたβ-(meso-DMBEDT-TTF)2PF6は、図 29 のように、有機伝導層とアニオン絶縁層が積み重なる 2 次元層状構造をもち、伝導層では 2 次元フェルミ面が計算される。このような電子状態を反映して、常圧では 75Kまで金属的挙動で、

    絶縁体に転移し(図 30)、構造変形を伴いながら、大変珍しいチェッカーボード

    型電荷秩序を形成する[図 29(b)]。その際、二量体ドナーの中で、電荷リッチ

    (+0.75)、プア(+0.25)と不均化を起こすような電荷の自由度を持ち、電荷リッ

    チ同士が並んで、スピンシングレットを形成する。通常の強相関系分子性導体

    は、二量化の有無により、ダイマーモット相と電荷秩序相が安定化する。この

    β-(meso-DMBEDT-TTF)2PF6 では、室温から温度低下とともに二量化が成長する

    ダイマーモット相で、75K で二量体の中で電荷付均化が起こり、電荷秩序相に転移するのが興味深い。これは、分子設計で二量化の程度を中程度に制御した

    結果であると思われる。

    この系に図 30で示すように圧力を印加すると、金属―絶縁体転移は抑えられ、

    0.06 GPaの低圧で、Tc = 4.6 Kにおいて超伝導転移が観測される。電子相図

    図 29 電荷秩序系圧力誘起分子性超伝導体β-(meso-DMBEDT-TTF)2PF6 において(a)meso-DMBEDT-TTF の分子構造、(b)結晶構造と(c)有機伝導層のチェッカーボード型電荷秩序をもつドナー配列。

    S

    S

    S

    S S

    S

    S

    S

    有機伝導層

    アニオン絶縁層

    アニオン絶縁層

    (a)

    (b) (c)

  • 図 30 電荷秩序系β-(meso-DMBEDT-TTF)2PF6の(a)圧力誘起超伝導と(b)電子相図。超伝導相が、長距離電荷秩序相(LR-CCO)、短距離電荷秩序相(SR-CO)、金属相に隣接し、両者は競合している。 では、超伝導相が長距離電荷秩序相、短距離電荷秩序相、金属相に隣接し、超

    伝導相と電荷秩序両相が競合していることが明らかとなった。

    3.4.3 強相関分子性結晶の展望 これまで述べてきたように、分子性結晶でも 1980年の中頃、2次元電子系κ

    -(BEDT-TTF)2Xの舞台設定ができて以降、強相関系のモット物理が発展し、1990

    年代に(DMeDCNQI)2X やθ-(BEDT-TTF)2X の物質開発が進んで、電荷秩序の物理

    が展開された。モットの物理はスピンの自由度が、電荷秩序では電荷の自由度

    に軸足が置かれて研究が行われてきたが、2000年以降、中間に位置する強相関

    物質の開発もあり、スピン揺らぎと電荷揺らぎがせめぎ合う物性研究が進んで

    いる。

    強相関+α(プロトンダイナミクス、キラリティー)の物質開発

    パイ電子系の物性研究の展開

    参考文献

    M. Shibayama, H. Yang, R. S. Stein, and C. C. Han Macromolecules 18 (1985)

    2179.

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    金属相

    超伝導相

    電荷秩序相

    (a) (b)

  • [2] H. Mori, J. Phys. Soc. Jpn. 75 (2006) 051003. [3] R. S. Mulliken, J. Am. Chem. Soc. 74 (1952) 811. [4] H. Akamatu, H. Inokuchi, and Y. Matsunaga: Nature 173 (1954) 168. [5] J. Ferraris, D. O. Cowan, V. V. Walatka, and J. H. Perlstein: J. Am. Chem. Soc. 95 (1973) 948. [6] D. Jerome, A. Mazaud, M. Ribault, and K. Bechgaard: J. Phys. Lett. 41 (1980) L95. [7] H. Urayama, H. Yamochi, G. Saito, K. Nozawa, T. Sugano, M. Kinoshita, S. Sato, K. Oshima, A. Kawamoto, and J. Tanaka: Chem. Lett. (1988) 55. [8] K. Kanoda, J. Phys. Soc. Jpn., 75 (2006) 051007. [9] 14) H. Taniguchi, M. Miyashita, K. Uchiyama, K. Satoh, N. Mori, H. Okamoto, K. Miyagawa, K. Kanoda, M. Hedo, and Y. Uwatoko: J. Phys. Soc. Jpn. 72 (2003) 468. [10] スピン液体 [11] Cs3C60 [12] “第5版 実験化学講座 7”、森 初果 p429-433、丸善、2004年. [13] 桜井敏雄著、「X線結晶解析の手引き」、裳華房(1983). [14] 大橋裕二 「X線結晶構造解析」、裳華房(2005). [15] バンド計算 [16] H. Mori, International Journal of Modern Physics B, 8, 1(1994). [17] S. Kimura, T. Maejima, H. Suzuki, R. Chiba, H. Mori, T. Kawamoto, T. Mori, H. Moriyama, Y. Nishio, and K. Kajita, Chem. Commun., (2004) 2454-2455. [18] S. Kimura, H. Suzuki, T. Maejima, H. Mori, J. Yamaura, T. Kakiuchi, H. Sawa, and H. Moriyama, J. Am. Chem. Soc., 128 (2006) 1456-1457. [19] N. Morinaka, K. Takahashi, R. Chiba, F. Yoshikane, S. Niizeki, M. Tanaka, K. Yakushi, M. Koeda, M. Hedo, T. Fujiwara, Y. Uwatoko, Y. Nishio, K. Kajita, and H. Mori, Phys. Rev. B, 80, 092508(1-4) (2009).