38
1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について ~ 知的財産各法の大きな特徴は、独占権にあるといえるため、ある客体がどの法によっ て独占権が認められるかは、権利者のみならず、制限を受ける第三者にとっても重要で ある。知的財産権各法に定められる保護対象はその性質上分けられない場合もあり、同 一の客体に対して複数の法による重畳保護が発生し得る。異なる権利者がそれぞれの法 に基づく権利侵害を主張した場合、どの法が優先されるのであろうか。クラウド・コン ピューティングや3次元プリンタの登場など、知的財産各法が制定当初想定していなか った技術の登場により、その果たす役割が様変わりしつつある中、コンピュータ・ソフ トウェア(プログラム)に関しては、特許法と著作権法の保護領域交錯についての問題 が指摘されており、我が国の重要な産業分野であるIT産業への影響も懸念されてい る。そこで、本論文では、調整規定の必要性を考察するとともに、調整規定案を提案す る。 <担当講師> 竹田 稔 竹田・長谷川法律事務所所長 弁護士 <グループメンバー(塾生)> 近藤 裕之 特許庁 審査第二部 福祉機器 審査官 杉原 了一 富士フイルム株式会社 知的財産本部 知財技術部 弁理士 花野井 康治 響国際特許事務所 弁理士 本橋 たえ子 大野総合法律事務所 弁護士 1第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

  • Upload
    others

  • View
    2

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

知的財産各法の大きな特徴は、独占権にあるといえるため、ある客体がどの法によっ

て独占権が認められるかは、権利者のみならず、制限を受ける第三者にとっても重要で

ある。知的財産権各法に定められる保護対象はその性質上分けられない場合もあり、同

一の客体に対して複数の法による重畳保護が発生し得る。異なる権利者がそれぞれの法

に基づく権利侵害を主張した場合、どの法が優先されるのであろうか。クラウド・コン

ピューティングや3次元プリンタの登場など、知的財産各法が制定当初想定していなか

った技術の登場により、その果たす役割が様変わりしつつある中、コンピュータ・ソフ

トウェア(プログラム)に関しては、特許法と著作権法の保護領域交錯についての問題

が指摘されており、我が国の重要な産業分野であるIT産業への影響も懸念されてい

る。そこで、本論文では、調整規定の必要性を考察するとともに、調整規定案を提案す

る。

<担当講師>

竹田 稔 竹田・長谷川法律事務所所長 弁護士

<グループメンバー(塾生)>

近藤 裕之 特許庁 審査第二部 福祉機器 審査官

杉原 了一 富士フイルム株式会社 知的財産本部 知財技術部 弁理士

花野井 康治 響国際特許事務所 弁理士

本橋 たえ子 大野総合法律事務所 弁護士

-1-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 2: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 3: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

Ⅰ.問題提起

知的財産法は、創作法と標識法に大きく分けられる。創作法は人間の知的、精

神的創作活動の成果を保護するものであり、特許法、実用新案法、著作権法、意

匠法、種苗法、半導体集積回路配置に関する法律がある。他方、標識法は営業上

の信用を化体する標識を保護するものであり、商標法、不正競争防止法などがあ

る。

ところが、実際には知的な財産が創作法と標識法で明確に区分けできるわけで

はない。また、人間の知的、精神的創作活動の成果すべてについて法的保護がな

されているというわけでもない。むしろ大半は原則として自由に任されており、

保護すべき対象は、特許法、意匠法、著作権法などによって定められているもの

に限定されている。しかしながら、法による保護が規定されていなくとも、経済

社会において事実上財として認知されているものもあり、それらの事実上の規範

はソフトローと呼ばれている。例えば、タイプ・フェイス(文字のフォント)な

どがある1が、事実上の財として扱われているものについても創作法の領域で扱

われることが多い。

そして、近年、創作法、標識法のいずれにも区分されないようなものが現れて

きている。例えば、営業秘密のうち顧客リストのようなものは、財としての価値

はあるものの、知的、精神的創作活動の成果でなければ、営業上の信用を化体す

る標識でもないといえる。さらに、データベースの保護については著作権法 12

条の 2 で保護される。但し、データベースの中の情報は著作権法で保護されるも

のもあるが、そうでないものもある。著作権法で保護されないものについても排

他的権利(exclusive right)を認めている EU 指令がある2。この指令の趣旨は、

データベース分野に対するデータベース製作者の投資を保護するためとされて

いる3。こうなってくると、一体、知的財産法とは何を保護すべきものであるの

か、という根本的な疑問を生じさせる4状況にもなっている。

知的財産法が果たす役割が様変わりしてきていることは、「知的財産政策ビジ

ョン」5(2013 年 6 月 7 日知的財産戦略本部)でも次のように指摘されている。

1 タイプフェイスは、「ギヤ・ボールド事件」(東京地判昭 54.3.9、無体例集 11 巻 1 号 114 頁)で著作

物性を否定、「タイポス事件」(東京地判昭 55.3.10、無体例集 12 巻 1 号 47 頁)で不正競争防止法の

保護を否定、「モリサワ事件」(東京高決平 5.12.24、判時 1505 号 136 頁)では不正競争防止法の保護

を否定。

2 「EU Databases Directive - text」

http://www.echo.lu/legal/en/ipr/database/text.html

3 フランク・ゴッツェン「15 データベースの製作者に対する産業財産権保護 ―欧州及び日本の保護

制度の今後に関する考察―」(知財研紀要 2007)

http://www.iip.or.jp/summary/pdf/detail06j/18_15.pdf

4 中山信弘著「特許法」p12-p15(弘文堂、第二版、2012 年 9 月発行)

5 知的財産戦略本部「知的財産政策ビジョン」p3~p4(2013 年 6 月 7 日)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/vision2013.pdf

-3-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 4: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

「特許制度導入当初は、製品を少数特許で排他的に独占するビジネスモデルを想

定していたが、多数の特許が使われている製品の増加によりその前提は崩れてき

ている。また、元来著作権制度において想定していたコンテンツ産業の産業生態

系は著しく変化し、コンテンツ流通におけるコンテンツ、サービス、デバイスの

関係は、放送番組、放送局、テレビ受像機といった分野別垂直統合的なモデルか

ら、種々のコンテンツが様々な経路を経て多様なデバイスへ提供される分野横断

的水平融合的なモデルへと変容している。ネットワークを介したクラウドコンピ

ューティングや、3次元プリンターなどを活用したデジタルファブリケーション

などに見られる様に、ものづくりとコンテンツが分野横断的に複雑に絡み合う今

日の産業構造に対応し、多種多様な知財マネジメントを支える知的財産制度が求

められている」。

現在、知的財産法のうち、特許法、実用新案法、意匠法、商標法は特許庁、不

正競争防止法、半導体集積回路配置に関する法律は経済産業省、著作権法は文化

庁、種苗法は農林水産省と、所管官庁が複数にまたがっている。法律の所管が各

省庁にあるということは、法律の運用や改正に対する責任を明確にするという点

では、合理的であるともいえる。しかしながら、知的財産分野に限った話ではな

いが、行政機関を跨ぐようなものの場合、各省庁の管轄範囲の狭間に落ち込むこ

ともあれば、重畳保護による混乱も生じやすく、さらに変化への対応も難しい。

創作法が保護するのは、これまでのモノ、仕組みなどに対して、全く新しい技

術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすも

のであり、いわゆる「イノベーション」6である。これは資源が乏しい我が国に

とって最も重要な財産ともいえ、近年はその保護制度などのあり方が重要な国家

戦略として位置づけられている。したがって、我が国にとって最も重要な財産が、

行政機構を踏まえた観点で区分することによる問題を抱えたままでいいのかど

うかについては、議論がある。それ故、知的財産関連法を一括して所管する統一

省庁の創設構想などが度々議論されるのは、こういった課題を抱えているからで

もあると思われる。縦割り行政の中で不統一な面があった知的財産に関わる諸施

策について、横断的かつ整合性を図りながら進めるために内閣に知的財産戦略本

部が置かれ、内閣官房にその事務局が設置されることとなった。但し、法律の一

次的な所管省庁は各省庁にあるため、知的財産関連法の統合や整理といった大き

な変更は難しいとも考えられる。

タイプフェイスや、データベース製作者の投資保護のように次々に発生してい

る新たな分野の情報の保護が、各省庁の管轄範囲の狭間に落ち込まない、あるい

6 「イノベーション 25」(内閣府 HP)の定義

http://www.cao.go.jp/innovation/index.html

-4-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 5: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

は省庁間での押し付け合いにならないようにするためにどのような機構・制度が

望ましいかについては議論が必要である。しかし、これらの事項は、本検討のス

コープ外であるため、検討対象からは外したい。

他方、重畳的に保護されるものについては、どの法律による保護に服するのか、

重畳保護による問題が生じるのであれば、各法律に権利を調整する規定が必要に

なる。

このため、特許法と著作権法、特許法と種苗法、商標法と種苗法などの保護領

域が交錯する分野において、重複保護について検討した研究もいくつか見られる

7が、知的財産権法全体に及んで包括的に重畳保護を検討した研究はほとんどな

い。

すなわち、知的財産とは、「発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他

の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則

又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他

事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業

活動に有用な技術上又は営業上の情報」(知的財産基本法 2 条)をいい、これら

を保護するものである。この点に関して、保護に漏れはないか、あるいは重畳保

護による混乱は生じないかなど、体系的に検討することが必要ではないだろうか。

なお、現行法における調整規定の状況を概観すると以下のようになっている。

このように、調整規定は、すべての法律関係について設けられているわけでは

ないが、意匠と著作物、商標と著作物、特許と意匠、など紛争が生じてきたもの

については調整規定が設けられている。

7 内田剛「2 0 プログラムの特許権と著作権による重複保護により生じる問題点」(知財研紀要 2008)、

作花文雄「詳解著作権法」p680-p707(ぎょうせい、第2版、2002 年発行)、加藤浩一郎「プログラム

における特許権と著作権法の抵触権利調整について」(パテント 2004 Vol.57 No.10)、井内龍二、伊

藤武泰、谷口直也「特許法と種苗法の比較」(パテント 2008 Vol.61No.9)、淺野卓「種苗法と商標法

の交錯」(パテント 2011 Vol.64 No.11)など。

○:調整規定アリ、×:調整規定ナシ<他の権利との調整規定の有無>

特許 実用 意匠 商標 著作権 種苗 半導体 不競法

特許(特72) ○ ○ ○ × × × ×

実用(実17) ○ ○ × × × × ×

意匠(意26) ○ ○ ○ ○ × × ×商標(商29) ○ ○ ○ ○ × × ×

著作権(ナシ) × × × × × × ×

種苗(種4,21) ○ × × ○ × × ×

半導体(半13) ○ ○ × × × × ×不競法(ナシ) × × × × × × ×

・特許法に著作権(コンピュータプログラム)との調整規定なし

-5-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 6: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

ただし、知的財産法全体の保護体系の検討には、膨大な資料の収集と多大な時

間・コストが必要と思慮されることから、本検討では、その中でも、特許権と著

作権という知的財産権の中においても中心的位置づけにある両権利の交錯につ

いて検討する。特に、さらにその中でも著作権法で保護され、その後特許法でも

保護されるに至ったコンピュータ・ソフトウェア(法制上は「プログラム」とい

う。)について検討することにしたい。コンピュータ・ソフトウェアは、情報通

信産業の市場規模は全産業の約 9%(82.7 兆円(平成 23 年))を占めており、全

産業中トップの市場規模を有する我が国の最も重要な産業の一つである8。それ

故、特許権と著作権の交錯による問題があるとすれば、その影響が非常に大きい。

2000 年の流行語大賞となった「IT革命」という語が使われて久しい。IT

は、研究機関などで計算機として利用されていた特別な存在から、インターネッ

トの発展に伴って急速に一般化し、いまや経済活動になくてはならない存在とな

っている。IT技術の進歩もめざましく、ハードウェアの進歩もさることながら、

特にソフトウェアについて顕著である。すなわち、これまで専門知識をもった人

だけのものであったソフトウェア開発が、インターネットやスマートフォンなど

の普及により、誰でも創作して広く提供することが簡単にできるようになった。

そのため、ソフトウェアは日々無数に製作されるようになってきている。そうい

った一般の人々によって、日常の便利ツール的なソフトウェア(いわゆる通称「ア

プリ」と呼ばれるものなども含む)が開発され、気軽にアップロードされてイン

ターネットを通じて広く普及されているが、その際に特許権の先行技術調査を行

った上でアップロードされているケースは殆どないと思われる。そのため、特許

権者からすれば、特許権侵害を受けるリスクが急速に高まっているといえる。特

許権者は、発見し次第、アップロードした者に対して警告を行うとしても、相手

も正当な著作権者であることから、著作権を理由に警告に従わない場合などもあ

り得る。それ故、重複保護による問題の潜在的影響は大きくなってきている。

なお、コンピュータプログラムやソフトウェアは、厳密には異なる概念である

が、本報告書においては、以下原則として「プログラム」と表記するものとする。

但し、一部、普及している表現(ソフトウェア関連発明、ソフトウェア特許等)

や翻訳の都合により、他の表記を用いるものとする。

Ⅱ.著作権と特許権の保護領域の交錯 本報告書では、同一の対象物に対し、著作権と特許権が同時に並び立つ場合を

「交錯」と定義する。以下では、著作権と特許権の間で生じる保護領域の交錯に

8 「平成 25 年版 情報通信白書」第 2 部第 4 章第 1 節 1.(1)「市場規模(国内精算額)」

http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h25/html/nc241110.html

-6-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 7: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

ついて説明する。 1. プログラムの法的保護の経緯

プログラムの法的保護は、まず著作権法が保護対象であることを条文に盛り込

み保護を開始し、その後特許法においても、審査基準による運用を経て条文上明

記して保護することとなった。以下、その経緯について概説する。

(1)プログラムの法的保護の検討開始当初

プログラムの法的保護の契機は、1969 年に米国においてIBMが司法省との

独禁法をめぐる裁判に負けたことにより、ハードウェアとソフトウェアを分離し

て販売することとなり、競合するソフトウェア製品が市場に供給されるようにな

ったことである。この時点では、ソフトウェア製品を保護できる法律がなかった

9。そこで、国際的には世界知的所有権機関(WIPO)において 1971 年にソフトウ

ェア保護についての検討(コンピュータ・プログラムの保護に関する政府専門家

諮問部会)が開始された。これに対応するように、我が国でも通商産業省重工業

局において、ソフトウェア保護のための新法策定が提案(1972 年 5 月、ソフト

ウェア法的保護調査委員会)され、文化庁における報告書でプログラムの著作物

性を認める判断(1973 年 6 月、著作権審議会第 2 小委員会)がなされた。その

ため、政府としての統一見解を出せなかった。

通産省と文化庁の意見の相違は、1980 年代前半まで持ち越された。1982 年 12

月には、裁判所はプログラムの著作物性を認める判決をした10が、1983 年 6 月の

WIPO「コンピュータ・ソフトウェアの法的保護に関する専門家委員会」で、我が

国は、政府としての統一見解を提出できないことを報告している11。一方で、1983

年、通商産業省で「プログラム権法」の立法化作業が開始された12。

(2)プログラムの著作権法による保護

米国は我が国に先行して 1980 年に著作権法によるプログラムによる保護制度

を導入し、この制度の導入について我が国を始めとする諸外国に強く要請した。

最終的には、米国による強い要請などを踏まえ、プログラム権法の立法化ではな

く、1985 年に著作権法改正で決着した。米国は 1980 年代初頭、日本や独国の発

展により産業競争力が相対的に低下しており、米国産業の競争力を早期に回復さ

9 特許庁「ソフトウェア特許入門」p2((社)発明協会アジア太平洋工業所有権センター) 10 「スペース・インベーダー・パートII事件」(東京地判昭 57.12.06、無体例集 14 巻 3 号 796 頁) 11 半田正夫・松田政行 編「著作権法コンメンタール1 1 条~22 条の 2I」p203((株)勁草書房、

第 1 版、2009 年発行) 12 経済産業省商務情報政策局情報処理振興課「ソフトウェアの法的保護とイノベーションに関する考

え方について」(経済産業省 HP より)

http://www.ipa.go.jp/files/000028292.pdf

-7-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 8: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

せるためにこのような戦略をとったと言われている13。すなわち、米国が先行し

て強い産業として形成していたソフトウェア産業の競争力を強化することが競

争力を高めることに効果的であることから、より多くの国にプログラムの保護制

度を導入して貰うと同時に、より長期間に亘り保護できる制度の導入が適してい

ると判断したからである。

プログラムの法的保護のあり方について、当時政府統一見解が出せなかったこ

とからも、コンピュータ・ソフトウェアがもつ性質が当時の著作権法や特許法が

扱う対象の性質と異なる特異なものであったといえる。結果、著作権法で保護さ

れることになったが、著作権法は、思想、感情を創作的に表現したものを保護対

象の基本としている14。著作権法2条1項1号では、著作物は「思想又は感情を創

作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものを

いう。」とされている。つまり、著作物には(1)「思想又は感情」であること、

(2)「創作的」であること、(3)「表現」であることの3要件をすべて充足してい

ることが求められる。しかし、東京高判昭和62.2.19「当落予想表事件」では、

「「思想又は感情」とは、人間の精神活動全般を指し、「創作的に表現したもの」

とは、厳格な意味での独創性があるとか他に類例がないとかが要求されているわ

けではなく、「思想又は感情」の外部的表現に著作者の個性が何らかの形で現わ

れていれば足り、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」というのも、知

的、文化的精神活動の所産全般を指すものと解するのが相当である。」と判示さ

れた。この時点では、特許法で求められているような進歩性(特許法29条2項)

はなく、個性を重んじる多様性を尊重する世界であった。ところが、コンピュー

タ・プログラムやデータベースのような新しい著作物が著作権法の保護対象とな

ってからは、著作権法は技術保護法的な性格を帯びてきた。「技術」は、合理性

や効率性の追求であり、「進歩」という尺度で測ることができ、既存の技術的基

盤に付加価値をつけ、それを累進的に発展せしめることで最適な結果を導くもの

である。よって、個性を重んじる多様性とは明らかに異なるものであるが、新し

い著作物を保護対象として取り込むことにより、著作権法の性格が変容したとい

える。このため、コンピュータ・ソフトウェアのような技術的、機能的な著作物

が著作権法に取り込まれたことに伴い、伝統的な著作物と新しい著作物とでは、

その解釈及び運用を変えるべきではないかということが指摘されていた15。なぜ

なら、技術的、機能的なものは、合理性を追求して、最適な一の結果を得ようと

13 前掲注 9「ソフトウェア特許入門」p7 14 著作権法 2 条1項一号 15 三山裕三著「著作権法詳説-判例で読む 16 章」p4-p7(レクシスネクシス・ジャパン、第 7 版、平

成 22 年発行)

-8-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 9: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

することから、同じ結果を得るためのプログラムを作ろうとすれば類似したもの

となることは避けられないからである16。

ここで、著作者人格権のうち同一性保持権17は一身専属で権利移転ができない

ものである。そして、プログラムは、その性質上バージョンアップをしていくも

のであり、著作者以外の者がプログラムをバージョンアップした場合にも、著作

者の同一性保持権が及ぶとなると開発の障壁となる。そのため、プログラムの著

作物については、侵害のハードルを上げる(侵害となる場合を狭く解釈する)べ

く、昭和60年の著作権法改正により同一性保持権が適用されないことが明文化さ

れた。具体的には、著作権法20条2項3号として「特定の電子計算機においては利

用し得ないプログラムの著作物を当該電子計算機において利用し得るようにす

るため、又はプログラムの著作物を電子計算機においてより効果的に利用し得る

ようにするために必要な改変」が追加された。

また、著作権法は「表現」を保護するものであり、その前段階である「アイデ

ィア」を保護するものではないとされている18。

また、著作権法は、創作と同時に権利が発生することを基本としているため、

権利者不明となりやすく著作権者の捜索コストが高く、また突如権利者が現れて

紛争になるなどの訴訟リスクが高いという課題がある。このような課題解消に向

けた方向性は、知的財産戦略本部の知的財産推進計画19や文化庁文化審議会著作

権分科会20でも指摘され、2009 年には著作権情報集中処理機構が設立された。し

かしながら、著作権情報集中処理機構は、対象を音楽やコンテンツに限定してい

るため、ソフトウェア全般には及んでいない。また、創作と同時に権利が発生す

ることを基本思想としている著作権法が全ての創作者に対して著作権情報集中

処理機構への登録を義務づけるわけにもいかない。プログラムが著作権法の根本

16 「システムサイエンス事件」(東京高決平成 1.6.20、判時 1322 号 138 頁) 17 著作権法 20 条 18 「表現とアイディアの2分論」・・・著作権の基本的考え方。ある人が創作的に具体的に表現したも

の自体を他人がそのまま模倣して表現すれば、その表現行為は「著作物」の利用行為となり、直ち

に著作権侵害行為を形成することになるが、その反面、その表現行為の元となった、その人が考え

た「アイディア」をそのまま自己の創作活動に含めて(模倣して)、全く別個の表現物を創作的に表

現しても、その表現物は、著作権侵害物とはならない。 19 ※知的財産推進計画 2008(抜粋)

音楽のネット配信に対応した権利処理を改善する。

音楽のネット配信市場の拡大に伴い急激に増加した権利処理手続が効率的に行われるよう、楽曲

コードの付与作業や照合作業等に必要な作業を集中的に処理する第三者機関が 2008 年度中に設立さ

れるよう支援する。(総務省、文部科学省、経済産業省)

※知的財産推進計画 2009(抜粋)

コンテンツの取引支援システムを構築する。

2009 年度から、音楽配信における利用データを集中処理し、円滑な使用料分配を可能とする「著

作権情報集中処理機構」の利用状況を把握し、その円滑な運用を支援する。(総務省、文部科学省、

経済産業省) 20 文化審議会著作権分科会基本問題小委員会(平成 21 年第 4 回)議事録(平成 21 年 12 月 7 日)

-9-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 10: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

的思想と相容れないことが、ここでも問題となってしまっている。

(3)特許法におけるコンピュータ・プログラムの保護

一方、特許法では、保護対象である発明が「自然法則を利用した技術的思想の

創作」である(2 条)と規定されており、この定義に該当しない発明に対して特

許権は与えられない。このためプログラムは、ハードウェアに関する発明の場合

と異なり、自然法則との結びつきが直接的でないため、ソフトウェアに関する思

想が自然法則を利用したものであるのかどうかが問題視されてきた。

自然法則とは、自然界に存在する普遍的な原理・法則・現象のことであり、エ

ネルギー保存の法則や相対性理論などを指すから、自然界に存在する普遍的な原

理・法則・現象を利用するものが自然法則を利用しているといえる。つまり、人

為的な取り決めや人の精神活動そのものは何ら自然法則を利用したものではな

いので発明ではない。しかしこのような定義自体が 19 世紀に主張された学説を

そのまま受け継いだものである。当時は、コンピュータなるものは存在しなかっ

たため、コンピュータ・プログラムは、自然界に存在する普遍的な原理・法則・

現象を利用するものではなく、人為的な取り決めにすぎないのではないかという

理屈も理解できないわけではない。

1975年12月改訂の審査基準においてコンピュータ・プログラムが最初に保護さ

れた。これは、ソフトウェアにおける手法が自然法則を利用している場合には、

方法の発明として保護対象となる旨を明らかにしたものである。この時の基準は

コンピュータ・プログラムそのものを保護するというより、ハードウェアに組み

込まれた結果、目的の機能が実現されるようになるものを保護している。そのた

め、ハードウェアの保護の側面が強かったといえる21。その後、1982年の「マイ

クロ・コンピュータ応用技術に関する発明についての審査運用指針」では、ソフ

トウェアによってマイクロ・コンピュータが複数の機能を果たすものととらえ、

それぞれの機能を実現する手段によって構成される装置の発明として保護対象

となる旨を明らかにした。続いて、1993年に改訂された、「コンピュータソフト

ウェア関連発明に関する審査基準」では、ソフトウェアによる情報処理自体が自

然法則を利用している場合だけでなく、情報処理自体が自然法則を利用していな

くとも処理においてハードウェア資源が利用されているような場合には、特許法

上の「発明」として保護対象となる旨を明らかにした。そして、1997年には、「特

定技術分野における審査に関する運用指針 第1章 コンピュータ・ソフトウェア

関連発明」を公表し、記録媒体を物の発明として保護する旨を明示した22。2000

21 木村勢一「コンピュータ・プログラムの著作権法と特許法とによる保護の変遷」(パテント 2007) 22 前掲注 9「ソフトウェア特許入門」p10-p11

-10-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 11: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

年には、媒体に記録されていない状態のコンピュータ・プログラムを特許法上の

発明に含まれる23とすべく、「コンピュータソフトウエア関連発明の審査基準等」

の改訂が行われた。この頃は、コンピュータ・プログラムのデジタル情報の流通

形態として、CD-ROM等の記録媒体を用いて流通させる形態だけでなく、ネットワ

ーク・システムを用いて 送信する流通形態も一般化してきていた。そのため、

このようなコンピュータ・ネットワークを介した流通取引におけるコンピュー

タ・プログラムの適切な特許保護を図る観点から、CD-ROM等の記録媒体に記録さ

れていないコンピュータ・プログラム自体が保護されるようになった24。

そして、平成 14 年 4 月の特許法改正により 2 条 3 項 1 号で「物(プログラム

等を含む。)」とされ、物の発明としてプログラムが対象範囲になることが特許法

に明記された。これは、インターネットなどの普及により、ネットを介したプロ

グラムの侵害行為や、クラウドコンピューティングなどのように、サーバと端末

が切り離され、コンピュータ・プログラムが記録されている記録媒体の所有者が

プログラムの侵害者と異なるような場合にも保護が及ぶようにするためである。

(4)諸外国の状況 (ⅰ)条約 現状、主要国の特許法は、工業所有権の保護に関するパリ条約25に基づくもの

であり、方式主義を採用する。一方、各国の著作権法は、ベルヌ条約26に基づく

ものであり、無方式主義を採用する(米国も 1989 年にベルヌ条約に加盟)。そし

て、1994 年に世界貿易機関(WTO)により、知的所有権の貿易関連の側面に関す

る協定(TRIPs 協定)27が創設され、パリ条約やベルヌ条約の規定する保護内容

の遵守(著作者人格権を除く)が規定された。これに伴い、コンピュータプログ

ラム等が著作権により保護されることとなった。但し、TRIPs 協定には、ソフト

ウェア特許自体の規定はない。 (ⅱ)米国 ①著作権法 米国は、1980 年にコンピュータプログラムを保護対象とすべく著作権法を改

23 「コンピュータ・ソフトウエア関連発明の改訂審査基準に関するQ&A」【問 1】

http://www.jpo.go.jp/tetuzuki/t_tokkyo/shinsa/pdf/tt1212-045_csqa.pdf 24 特許庁 審査基準室「コンピュータ・ソフトウエア関連発明の審査基準等の改訂(案)について」

(平成 12 年 10 月 20 日)

http://www.jpo.go.jp/iken/tt1210-038_kaitei.htm 25 http://www.wipo.int/treaties/en/ip/paris/ 26 文化庁「著作権テキスト」p42-p50(平成 25 年度版) 27 http://www.wto.org/english/tratop_e/trips_e/trips_e.htm

-11-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 12: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

正した(米国著作権法 101 条及び 102 条(b))。

米国著作権法 101 条 定義<抜粋>

米国著作権法 102 条(b)

米国のプログラムの著作権に関する裁判例である「ウェラン対ジャスロー事

件」(797 F.2d 1222 (3d Cir. 1986))では、米国控訴裁判所は著作権による保

護はプログラムの構造、すなわちSSO(Structure、Sequence、Organization)に

まで及ぶとしてアイディア的な表現にまでその保護範囲を拡張したが、この先例

は多くの批判を受け、コンピュータアソシエイツ対アルタイ判決(982 F. 2d 693

(2d Cir. 1992))では、著作権侵害立証のための要素の1つである実質的類似性の

判断方法として、3ステップテスト(①「抽象化(abstraction)」、②「除外

(filtration)」、③「対比(comparison)」)28を通じて侵害しているとされるプ

ログラムとの比較を行うべきだとされ、このようなテストを採用することで、プ

ログラム著作権侵害の多くはその保護範囲を本来の表現領域に引き戻された。

1992年のこの判決はその後多くの先例となり、現在でもプログラムの著作権侵害

事件の指針となっている29。

したがって、著作権法は、プログラムの技術保護法的な性格を考慮して、アイ

ディアの部分まで保護しようという流れができたものの、結局著作権法本来の表

現の保護にとどまるとされている。 ②特許法 米国特許法 101 条は、保護対象として、(a) プロセス(process)、(b) 機械

(machine)、(c) 生産物(manufacture)、(d) 組成物(composition of matter)、

(e) これらの改良、の何れかに属することを要求している30。そして、1996 年の

「コンピュータ関連発明指針」により、プロセスクレーム、媒体クレームが認め

られることとなった。一方、米国ではプログラムクレームは認められていない31。

28 田内幸治著「米国におけるコンピュータプログラムの法的保護 ―特許法と著作権法に関する判決

を中心に―」p72(tokugikon 、No.268、2013.1.28.) 29 前掲注 9「ソフトウェア特許入門」p9 30 前掲注 9「ソフトウェア特許入門」p13 31 「日米欧におけるソフトウェア関連発明の特許取得について(1)」p50- 51(パテント 2010、 Vol. 63,

No. 10)

「コンピュータ・プログラム」とは、一定の結果を得るためにコンピュータで

直接または間接に使用される、文または命令の集合をいう。

いかなる場合にも、著作者が作成した創作的な著作物に対する著作権による

保護は、着想、手順、プロセス、方式、操作方法、概念、原理または発見 (これらが著作物において記述され、説明され、描写され、または収録される形式

の如何を問わない )には及ばない。

-12-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 13: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

その後、ソフトウェア関連発明に関する重要判例である 2010 年の Bilski 裁判

において米最高裁は、クレームの特許対象性を判断するためにCAFC(連邦巡

回控訴裁判所)が示した Machine-or-Transformation Test(機械/変換テスト)

は有効な基準であることを認めた。しかし、「機械/変換テスト」のみに頼るので

はなく、クレームに記載されている発明の全体を見てその本質を見極め、特許対

象性の有無を判断すべきとした。 (ⅲ)欧州(英国、独国、仏国) ①著作権法 欧州(当時は EC(欧州共同体))では、1991 年の EC 指令 91/250/EEC(コンピ

ュータ・プログラムの法定保護に関する指令32)により、コンピュータ・プログ

ラムは特許ではなく著作権で保護されるという原則が打ち出された33。これに伴

い、EU(欧州連合)加盟国で国内法化が進められた。

その後、2009 年に EC 指令 91/250/EEC が改正された EU 指令 2009/24(コンピ

ュータ・プログラムの法定保護に関する指令34)が出され、引き続き、EU 諸国で

はコンピュータ・プログラムが著作権として保護されている。 ②特許法 欧州における特許制度は、パリ条約の特別の取極(パリ条約 19 条)であり、

欧州連合(EU)とは別の枠組みである欧州特許条約35(EPC)に基づくものであ

り、審査手続き及び査定は欧州特許庁(EPO)に一元化されている。

ここで、EPC52 条(2)(c)には、コンピュータ・プログラムが保護対象外と規定

されているが、審査便覧には、コンピュータ・プログラムが「技術的性質

( technical character)」 を 有 し た 上 で 、「 更 な る 技 術 的 効 果 ( technical

effects)」を有することで特許が認められ得るとされている36。そのため、欧州

では、クレーム形式はプログラムか媒体かを問わず、上記要件を満たすことでソ

フトウェア特許を受けられる37。

32 Council Directive 91/250/EEC of 14 May 1991 on the legal protection of computer programs 1991

91/250/EEC 33 「第 9 回:フランスと欧州におけるソフトウェア特許」

http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/etc/20130325_nagasawa.html 34 Directive 2009/24/EC of the European Parliament and of the Council of 23 April 2009 on the

legal protection of computer programs 35 http://www.epo.org/index.html 36 EPC 審査便覧 Part G Ⅱ 3.6 37 前掲注 31「日米欧におけるソフトウェア関連発明の特許取得について(1)」p52-p53

-13-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 14: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

2.権利の性質 これまで我が国でのコンピュータ・プログラムの保護の経緯、及び、各国での

保護の状況についてみてきた。これから特許権と著作権の交錯問題について具体

的に検討を進める前に、ここで両権利の性質について明らかにしておきたい。

(1)特許権の性質

(ⅰ)特許権の効力について

特許法では特許権の効力が特許法 68 条に規定されており、「特許権者は、業と

して特許発明の実施をする権利を専有する。」この規定から特許権には積極的効

力(独占権)と消極的効力(排他権)の両側面があることがわかる。

ここで、積極的効力とは業として自己の特許発明を独占排他的に実施し得るこ

とをいい、実施行為については特許法 2 条 3 項に規定されている。

また、消極的効力とは正当権限無き第三者による業としての特許発明の実施を

排除し得ることをいい、特許権者等には差止請求権(特許法 100 条)、損害賠償

請求権(民法 709 条)の行使等の民事的救済、及び、侵害罪(特許法 196 条)適

用による刑事的救済が認められる。

特許法では一定期間、特許権者に上記効力を認めることによって発明の創作を

促進し、ひいては産業の発達を目指している(同法 1 条)。

なお、特許権の本質はいずれの効力にあるかについて議論があるところだが、

同法 81 条の規定の存在から積極的効力(独占権)にあると解されている38。

(ⅱ)特許権の効力の制限について

上記の通り、特許権者は自己の特許発明について積極的効力及び消極的効力が

認められているが、特許権者に無制限にそれらの効力を認めると、却って社会的

な不都合が生じる。その結果、産業の発達(特許法 1 条)を阻害することにもな

り得る。そこで産業政策的理由や公益的理由等により、それぞれの効力について

以下のように制限規定を設け、効力を制限している。

以下の章において、特許権と著作権の交錯問題が解決するために特許権の効力

を制限する案が考えうるが、以下の制限規定を改定することが、一案となる。

①積極的効力の制限

a. 利用抵触関係にある場合(特許法 72 条)

b. 専用実施権を設定した場合(同 68 条)

c. 共有者間に特約がある場合(同 73 条 2 項)

38 前掲注 7「20 プログラムの特許権と著作権による重複保護により生じる問題点」

-14-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 15: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

d. 質権者との間に特約がある場合

e. 他の法律(薬事法等)により規制されている場合

②消極的効力の制限

a. 試験研究のために実施する場合(特許法 69 条 1 項)

b. 単に日本領土を通過するに過ぎない航空機等の場合(同条 2 項 1 号)

c. 特許出願時から存在する物の場合(同条 2 項 2 号)

d. 混合医薬の調剤行為の場合(同条 3 項)

e. 実施権を設定した場合(77 条、78 条)

f. 法定実施権、裁定実施権が設定された場合(35 条等)

g. 再審により特許権が回復した場合(175 条)

e. 存続期間延長に係る特許権の場合(68 条の 2)

(2)著作権の性質 (ⅰ)著作権者の効力について 著作権は同一性保持権(著作権法 20 条)等の著作者人格権と複製権(同 21

条)等の支分権からなる著作者財産権に大別される。

著作権法 21 条には「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する」と規

定されており、特許法 68 条に規定されるように、著作権においても積極的効力

及び消極的効力を有することに対しては議論のないところである。

しかし、著作権は他人の著作物に依らずに同一の著作物を創作した場合、同一

内容の著作物に対して別々の著作権が別人に発生し、既存の著作物へ依拠して著

作物が創作されない限りにおいて、著作権侵害を構成しない39。すなわち、著作

者は自己の著作物に依拠せず同一内容の著作物を創作した第三者に対して、著作

権を行使することができず、相対的な消極的効力、つまり、相対的排他権を有す

るのみである。裏を返せば、他人の著作物に依拠しない限りにおいて、自己の著

作物の権利を専有することから、著作権者は相対的な積極的効力、つまり、相対

的独占権を有すると言える。

特許権が他者の特許権との間で併存しない絶対的な権利で有るのに対し、著作

権は他者の著作権との間で併存し得る相対的な権利である点が大きく異なる点

である。なお、著作権の本質がいずれの効力にあるか議論があるところであるが、

消極的効力(排他権)にあると解されている40。

39 「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件」(最高裁判決昭 53.9.7、民集 32 巻 6 号 1145

頁)において、最高裁は「著作物に依拠して再製されたものでないときは、その複製をしたことに

はあたらず、著作権侵害の問題を生ずる余地はない」と判示した。 40 前掲注 7「20 プログラムの特許権と著作権による重複保護により生じる問題点」

-15-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 16: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

(ⅱ)著作権者の効力の制限について 著作権には上記の通り、積極的効力、消極的効力が認められているが、相対的

な権利であるがため、その効力には制限がある。また、著作権者に無制限にその

効力を認めると、却って社会的な不都合が生じ、文化の発展(著作権法 1 条)を

阻害し得る結果となることから、以下のような制限がある。

①積極的効力の制限

a. 二次的著作物の場合(著作権法 11 条)

b. 他法による規制のある場合

②消極的効力の制限

a. 私的使用等の場合(著作権法 30 条乃至 49 条)

b. 依拠していない場合 3.知的財産法間の調整規定 特許権と著作権との関係について検討する前に、他の知的財産権法間、あるい

は外国法における交錯規定等について、概観しておく。

(1)意匠法、商標法と著作権法との関係

意匠法 26 条には、意匠権者が、登録意匠ないし登録意匠に類似する意匠に係

る部分が、意匠登録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触する場合には、その

登録意匠ないし登録意匠に類似する意匠の実施が制限される旨、規定されている。

同様に、商標法 29 条には、登録商標の使用が、その使用の態様により、商標登

録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触する場合には、抵触する指定商品等に

ついて、登録商標の使用をすることができない旨、規定されている41。いずれの

規定も、意匠権ないし商標権の積極的効力を制限するものであるが、同様の先行

関係の下では、商標権者等から著作権者に対する差止請求等も認められないと解

される42。

このように、意匠法及び商標法において著作権との調整規定が設けられる趣旨

は、一般的には、次のように説明されることが多い。まず、意匠法、商標法は、

方式主義を採用し、出願及び審査を経てはじめて権利が成立する。一方、著作権

法は、無方式主義を採用し、手続・審査を要することなく権利が成立する。それ

故、これらの法の下では、相互に抵触する権利(意匠権と著作権、商標権と著作

41 この場合には、禁止権も制限される(工業所有権法逐条解説〔第 19 版〕 商標法 29 条参照)。 42 最判平 2.7.20、民集 44 巻 5 号 876 頁(ポパイマフラー事件)は、「商標法二九条は、商標権がその

商標登録出願日前に成立した著作権と抵触する場合、商標権者はその限りで商標としての使用がで

きないのみならず、当該著作物の複製物を商標に使用する行為が自己の商標権と抵触してもその差

止等を求めることができない旨を規定していると解すべきである」と判示する。

-16-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 17: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

権)が発生し、物権類似の排他性を有するこれらの権利が衝突する可能性がある

ために、予め調整規定を設けたものである43。

なお、意匠法 26 条、商標法 29 条にいう「抵触」とは、著作権侵害と同義であ

り、他人の著作物に対する依拠性を前提としていると考えられる。仮に、他人の

著作物に依拠していない場合にも、これらの規定における「抵触」に該当すると

解すると、他人の著作物に依拠することなく創作された意匠や商標には、先行著

作物とは別個の著作権が成立し得る。この場合、意匠や商標としては、これらの

規定により実施ないし使用が制限されるのに対し、著作物としては利用できるこ

とになり、権利関係が複雑化するからである 44。 (2)特許法、実用新案法と不正競争防止法との関係 不正競争防止法と、特許法や実用新案法との保護領域の境界についての議論も

従来からなされ、不正競争防止法によって本来特許法などで保護すべき技術的形

態を保護すべきか否か(積極説と消極説)、すなわち保護領域の交錯を許すのか

否かについて見解が分かれており、積極説、消極説いずれにも判例が多数存在し

ている45。

(3)諸外国の調整規定 ここで、諸外国における異なる知的財産権間の調整規定についてみておきたい。

英独仏では調整規定として、大きく以下の2系統がある。なお、米国には、条

文上の調整規定がない。 (i)一方の権利が拒絶理由又は無効理由を有するとするもの 重複する複数の知的財産権が発生し得る又は発生した場合に、後願の権利が拒

絶理由又は無効理由を有するとすることで、後願の権利の発生を防止し、交錯を

防ぐものである。 英国意匠法には、著作権法により保護される著作物を無許可で使用する意匠権

については、無効となり得る旨の規定がある(英国意匠法 11ZA 条(4))。同様に、

英国商標法には、先の権利による著作権(又は意匠権)に基づき拒絶される旨の

規定がある(英国商標法 5 条(4)(b))。

43 小野昌延編「注解商標法」p726(青林書院、〔新版〕上巻、2005 年発行)及び満田重昭、松尾和子

編「注解意匠法」p407(青林書院、2010 年発行)。なお、東京高判平 13.5.30(判タ 1106 号 210 頁)

は、審査官の調査・判断の困難性や、商標法 29 条の存在を理由に挙げ、「その使用が他人の著作権

と抵触する商標であっても、商標法 4 条 1 項 7 号に規定する商標に当たらないと解するのが相当で

あ」る旨、判示する。他人の著作物が著名商標でもある場合に、4 条 1 項 15 号で拒絶するのが現在

の特許庁実務のようである。 44 前掲注 43・「注解商標法」p738 45 竹田稔著「知的財産権侵害要論」p48-p58(発明協会、不正競業編第 3 版、2009 年発行)

-17-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 18: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

独国商標法には、登録商標の優先日より先に他人が著作物を創作した場合、そ

の著作権に基づき登録商標は取り消される旨の規定がある(独国商標法 13 条

[2](3))。

仏国知的財産法には、著作権に基づく意匠権の無効理由(仏国知的財産法L

512-4 条(d))と、著作権に基づく商標権の拒絶理由が規定されている(仏国知

的財産法L711-4 条(e))。 (ⅱ)重複部分について権利侵害が生じないとするもの

重複する複数の知的財産権の発生自体は認めるが、重複部分について権利侵害

が生じないとすることで、交錯問題の発生を防ぐものである。

英国では、従業者が職務上創作した発明(に関する権利)は原則として使用者

に属する(英国特許法 39 条 1 項)が、所定の場合には従業者に属する(英国特

許法 39 条 2 項)。一方、従業者が職務上創作した著作物の著作権は使用者に属す

る(英国著作権、意匠及び特許法 11 条 2 項)。そのため、発明が従業者に属する

場合に、当該発明について(a)特許出願を行う目的で当該従業者等により行わ

れる行為、又は、(b)当該発明を実施する目的での行為は、当該従業者の使用

者が当該発明に関して有する著作権(又は意匠権)を侵害しない、という調整規

定がある(英国特許法 39 条 3 項)46。

4.著作権法と特許法の重複保護の問題

これから本研究の対象である著作権と特許法の重複問題がどのような場合に

生じ得るのかみていきたい。

プログラムの特許発明についての請求項の記載が、当該特許発明の技術的範囲

(特許法 70 条 1 項)に属するプログラムコードと比べて抽象的な表現(上位概

念)である場合、設計事項レベルで異なる複数のプログラムの作成が可能である

(方法の特許発明等でも同様)。そのため、各プログラムの表現に選択の幅が認

められればそれぞれに創作性があるため、個別の著作権が発生し得る。つまり、

このような場合には、プログラムにおける特許権と著作権の交錯が起こり得る。

すなわち、コンピュータ・プログラムは、現在では、著作権と特許権、いずれ

もが成立し得る創作物となっている。そして、特許権者と著作権者が異なる場合

は著作権者が使用許諾などした場合でも特許権者によって侵害差止めを受ける

可能性が生じると共に、著作権と特許権は保護期間が異なるため実質的に特許権

の保護期間を延長することとなり第三者の利用が阻害されるなど、問題がある。

なお、重複領域問題は、著作権法と意匠法の間で「純粋美術」と「応用美術」

46 前掲注 7「20 プログラムの特許権と著作権による重複保護により生じる問題点」p2

-18-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 19: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

の切り分け問題として、歴史的に古くから問題視されている。例えば、応用美術

の定義が著作権制度審議会の答申説明書47でなされ、考え方は示されたものの、

完全に切り分けることができず争いも多い48。一定の範囲で意匠法と著作権法の

重畳適用を認める判例49も存在する。しかし、重畳適用による問題も多く指摘さ

れており、できうる限りいずれか一方の法律が適用されるように今後も検討が必

要であろう。なお、上述したように、意匠法 26 条 1 項では著作権等と抵触する

場合はその実施ができないとしている。これを踏まえ、まず意匠法の適用対象に

なるかどうかを実用性等の観点で検討し、該当しない場合に著作権法の適用対象

となるというアプローチがなされている判例50もある。よって、そのような考え

方の下での権利調整は著作権法上に規定する必要がある。いずれにしても意匠法

と著作権法における権利調整規程は改めて検討する必要があるとも思われる。

また、上述したように不正競争防止法と、特許法や実用新案法との保護領域の

境界についての議論も従来からなされている。

このように、再検討の必要はあるものの、意匠法と著作権法や、不正競争防止

法や特許法・実用新案法などは争いも多く、その交錯領域についての検討も多数

なされてきた。しかし、特許法と著作権法は、上述したようにコンピュータ・プ

ログラムそのものの保護を本格的に解禁したのが平成 12 年の特許・実用新案審

査基準によってであり、この分野について紛争が発生したり、研究がなされたり

するのはこれからといったところである。

また、著作権法は「表現」を保護するものであり、その前段階である「アイデ

ィア」を保護するものではない。そのため、ある思想の表現方法が一つあるいは

極めて限定されている場合には、著作物性を認めるべきではないというマージ理

論(マージャー(merger)理論)がある。マージ理論は、判例51や学説上コンセン

47 昭和 41 年7月15日著作権制度審議会答申説明書「応用美術とは,おおむね次のような,実用に

供され,あるいは,産業上利用される美的な創作物をいうものと解される。①美術工芸品,装身具

等実用品自体であるもの。②家具に施された彫刻等実用品と結合されるもの。③文鎮のひな型等量

産される実用品のひな型として用いられることを目的とするもの。④染織図案等実用品の模様とし

て利用されることを目的とするもの。」 48 長崎地裁佐世保支部昭和 48 年 2 月 7 日決定(無体例集 5 巻 1 号 18 頁)「博多人形事件」、神戸地裁

姫路支部判決昭和 54 年 7 月 9 日判決(無体例集 11 巻 2 号 371 頁)「仏壇彫刻事件」、東京地判昭和

56 年 4 月 20 日(無体例集 13 巻 1 号 432 頁)「アメリカ T シャツ事件」、京都地判平成元年 6 月 15

日(判タ 715 号 233 頁)「佐賀錦袋帯事件」、東京高判平成 3 年 12 月 17 日(無体例集 23 巻 3 号 808

頁)「木目化粧紙事件」、山形地判平成 13 年 9 月 26 日(判タ 1079 号 306 頁)「ファービー人形事件」

など 49 長崎地裁佐世保支部昭和 48 年 2 月 7 日決定(無体例集 5 巻 1 号 18 頁)「赤とんぼ事件」、神戸地裁

姫路支部昭和 54 年 7 月 9 日判決(無体例集 11 巻 2 号 371 頁)「仏壇彫刻事件」 50 前掲注 48「アメリカ T シャツ事件」、「ファービー人形事件」 51 前掲注 16「システムサイエンス事件」、「城の定義事件」(東京地判平 6.4.25(判タ 873 号 254 頁)、

「知恵蔵事件」(東京地判平 10.5.29、無体例集 30 巻 2 号 296 頁)、「ふぃーるどわーく多摩事件」

(東京地判平 13.1.23、判時 1756 号 139 頁)

-19-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 20: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

サスがあり52、特許法で保護されるべきアイディアについては、著作権法の保護

対象外とする考え方が定着してきている。他方、特許法ではアイディアを保護し

ていることから、当然アイディアの実施行為も保護対象になる。ここで、コンピ

ュータ・プログラムの場合、アイディアの実施行為とはプログラムの作成である。

そのため、作成されたプログラムが、著作権の保護領域である「表現」されたも

のになってしまう場合がある。このため、特許法でも著作権で保護される「表現」

部分を除くための研究も必要なのではないだろうか。

特許法においては、著作権法との間において意匠法のような権利調整条項を有

していない。そのため、特許発明の実施又は著作物の利用が、形式的に著作権の

侵害又は特許権の侵害となる場合、その実施や利用が制限されるか否かについて

は明らかではない。後述する実用新案権と意匠権の重複が争われた判決53では、

独占権は独占・排他的に実施することができる権利であり、権利の効力は制限さ

れないとしている。しかし、特許権も著作権も独占権54であり、排他的であるか

らといって特許権が著作権に必ず勝るのかは懐疑的な見解もある。そのため、実

際に特許権の効力により著作権者による差止めなどを排除できるかという点に

ついては、裁判でしか明らかにならないという意見もある55。

そのため、特許権行使の妨害を企図する者が、登録制度がないため権利発生日

の認定が外形上判断しにくい著作権制度を利用して当該特許の出願前に著作物

を創作していたと主張することにより、訴訟に持ち込み易い状況を生んでいると

いえる。このように、訴訟してみなければ分からないという状況は、特許権取得

を消極化させる萎縮効果も発生させてしまっている懸念がある。

また、法制上の整理がされないために、IT業界の発展を阻害しているとすれ

ばそれは我が国経済にとっても望ましいことではない。

特許権と著作権の関係について、①紛争が大きくクローズアップされなかった

からといって、調整規定がないことが果たして問題がないのかどうか、②特許と

著作物の交錯について問題が生じることはないのか、③特に平成 12 年の特許・

実用新案審査基準改正によって特許法でも保護されるに至ったコンピュータ・プ

ログラムは、著作権法によっても保護がなされていたものであり、両法によって

保護されることで問題が生じないのか等について、以下判例の検討、事例の検討

を行い、明らかにしていきたい。

52 中山信弘著「著作権法」p58(有斐閣、初版、2007 年発行) 53 東京地昭 54.3.12(無体例集 11 巻 1 号 134 頁)「手袋事件」 54 特許法 68 条、著作権法 21 条~28 条など。 55 作花文雄著「著作権法 制度と政策」p586(発明協会、第 3 版、2008 年発行)

-20-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 21: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

Ⅲ.裁判例

本章では、特許権と著作権の交錯問題を論ずる上で参考となる裁判例について

検討する。なお、現在のところ、特許権と著作権の交錯が正面から争われ、それ

について裁判所が判断を示した裁判例は存在しない56。

1.異種権利間での抵触が問題となった事案-手袋事件(東京地判昭和 54 年 3

月 12 日、無体例集 11 巻 1 号 134 頁)

本裁判例は、意匠権者(昭和 38 年 7 月 17 日出願)が、その出願前の昭和 34

年 3 月 15 日に実用新案登録出願がなされた登録実用新案の実施権者に対し、差

止請求及び損害賠償請求をした事案である。被告の登録実用新案の実施品は、登

録意匠の物品と同じ手袋であり、意匠としても、類似するものであった。裁判で

は、登録実用新案実施の抗弁が認められるか否かが、争点の一つとなった。

本件において、裁判所は、「本件意匠権および実用新案権は、それぞれ、意匠

法 26 条 1 項、実用新案法 17 条の各規定によって同規定の定める制限を受けるこ

とがあるのは格別、両権利の権利者は、互いに、他方の権利により制約されるこ

となく自己の権利の実施をすることができ、したがって、本件実用新案権の実施

は、本件意匠権の存在にかかわらず、本件実用新案権に基づく権利の行使として

許容されるべく、本件意匠権によるいわゆる差止請求に服することはないものと

解するのが相当である。」として、原告意匠権者の請求を棄却した。

ここで、判示のうち、その理由部分である「けだし、実用新案権はその内容で

ある考案を、意匠権はその登録意匠を、各独占・排他的に実施することができる

権利であり、法上に特段の定めがないのにその権利の効力を制限することは実用

新案権及び意匠権の本質に反するからである。」に着目する。すると、本件は、

実用新案権や意匠権に、自己の権利に係る考案や意匠の実施をし得る効力である

積極的効力が、権利の本質をなすことを前提に、先願の実用新案権者は、後願の

意匠権者の排他権行使に対して、自己の権利内容の実施をもって対抗できるとし

たものであると解される。

そうすると、Ⅱ章で述べたように、権利の本質が排他権とされている著作権の

場合には、本裁判例の射程は及ばないと解される。すなわち、先創作に係る著作

権者に対して、後願の特許権者が差止請求権等を行使しても、本裁判例の論理に

よっては、著作権者を救済することはできない。

56 なお、米国においても、プログラムに関し、特許権と著作権の交錯が正面から争われた裁判例は見

当たらない。

-21-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 22: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

2.同種権利間での利用関係が問題となった事案-半導体発光素子事件(東京

地判平成 12 年 8 月 31 日、平成 10 年(ワ)第 13754 号)

本裁判例は、特許権者(平成 5 年 5 月 31 日)の、先願(平成 2 年 2 月 28 日出

願)に係る特許権者に対する差止請求及び損害賠償請求において、被告の先願特

許実施の抗弁が認められるか否かが争われた事案である。

本件において、裁判所は、「特許法は、六八条本文において、特許権者が業と

して特許発明の実施をする権利を専有する旨を規定するが、特許権者による特許

発明の実施であっても、他人の権利との関係において制限され得ることは当然で

あり、ある特許発明の実施であっても、それがその特許とは別個の他人の特許発

明の技術的範囲に属するような態様でされる場合には、その他人の特許権を侵害

する行為に該当するものとして、許されるものではない。そして、この理は、そ

の他人の特許発明が先願であると後願であるとで異なるところはなく、例えば、

ある特許発明が先願の特許発明を利用するものであり、特許法72条により、その

実施について当該先願の特許発明に係る特許権者の許諾が必要な場合であって

も、その利用発明が特許として有効に成立している以上、当該利用発明により付

加された発明部分はその先願の特許発明の技術的範囲に属しないものであり、当

該先願の特許発明の特許権者が当該利用発明により付加された発明部分までを

も自由に実施し得るというものではない。そうすると、被告製品が本件特許権よ

り先願の被告第一特許及び被告第二特許の各発明を実施したものであるからと

いって、それだけで直ちに本訴請求に対する適法な抗弁が成立するものではな

い。」として、被告の、先願特許発明実施の抗弁を排斥した。

この裁判例を踏まえ、利用関係を構成する特許発明に係る各特許権者の実施の

可否について敷衍すると、以下のようになる。すなわち、まず、構成要件AとB

とからなる甲の発明について特許出願(以下、「甲出願」という。)がなされ、特

許権が成立したものとする。次に、乙が甲の発明の存在を知り、甲の発明に新た

な構成Cを加えた改良発明を行ったとする。このとき、乙の発明が甲出願後に特

許出願がなされても、新たに加えられた構成Cによって新規性、進歩性を備える

場合には、乙の発明には、別個の特許権が成立し得る。

甲 A + B

乙 A + B + C (甲の特許に新たな構成を付加)

しかし、この場合であっても、乙の発明は、甲の発明の技術的範囲に属する以

上、乙は、甲の許諾なくして、その利用発明である「A + B + C」の実

施をすることができない(特許法72条)。

一方、本裁判例に従えば、甲も、自己の特許権に基づく先願特許実施の抗弁は

-22-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 23: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

認められず、乙の発明を実施することができない。結局、上記の例において、実

施可能となるのは、甲が自らの特許発明である「 A + B 」またはA+B

に、C以外の構成要件D(ただし、A+B+Dには他人の特許権は成立していな

い)を実施する場合のみとなる。

特許権と著作権との間で、このような利用関係類似の関係が成立するかについ

ての検討は、次章に譲る。

Ⅳ.事例検討

1.はじめに

本章では、著作権と特許権の交錯の問題はどのような場合に生じるのか、具体

的に事例を設定して検討を行う。なお、特許権の成立は特許出願時の要件を基準

とするのに対し、著作権の成立は著作物を創作した時である。また、上述してき

たように、意匠法、商標法で他法との関係を調整している規定も、出願の先後関

係で調整規定を設けていることから、事例の検討では、著作物の創作の時が特許

出願の前後となる場合に分けて検討する。

2.事例検討

(1)著作物の創作が特許出願の前の場合

特許権と著作権の交錯が問題となりうる事例として、著作権者により著作物が

創作された後に第三者が当該著作物を発明の要旨とする発明について特許出願

する場合を想定する。

(甲) プログラムαを発明の要旨とする発明Aを創作し、発明Aを特許出願

(乙) プログラムαを甲より先に創作し、プログラムαに係る著作権を取得

このとき、甲の特許出願時に乙のプログラムαが公知であれば甲の特許出願は

新規性(特許法29条1項各号)の要件を満たさず、特許権を取得できない。

そこでさらに本事例を以下のように場合分けして検討する。

-23-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 24: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

(ⅰ)特許出願時に他人の著作権に係る製品が既に販売されている場合

①設定

乙がプログラムαを創作して著作権を取得し、そのプログラムαを搭載した製

品を販売開始する一方、甲が発明Aについて特許出願し、プログラムαを収納し

た記録媒体(α)を販売する事例を設定する。

②検討

甲が乙のプログラムαを知らずに独自に発明Aを創作した場合、甲による発明

Aは乙の著作物に依拠していないため、甲の記録媒体(α)の販売行為は乙の著

作権侵害を構成せず、特許権と著作権の交錯による問題は生じない。そこで、甲

が乙の製品を購入して解析を行い、プログラムαの内容を理解し得る場合を想定

する。

ここでは、甲の特許出願前における乙によるプログラムαの販売行為との関係

で、甲が発明Aについて特許権を取得することができるか否かが、まず問題とな

る。

この点、プログラムの内容は製品の外観に表示されるものではなく、また、単

にプログラムをコンピュータ上で動作させただけでは具体的な制御内容まで理

解できないことが一般的であることからすれば、乙の販売行為によっては、発明

Aは、「公然知られた発明」(特許法29条1項1号)ないし「公然実施をされた発明」

(同2号)に該当せず、甲は発明Aについて特許権を取得することができるとも

考えられる。

しかし、近年、いわゆるリバースエンジニアリングと呼ばれる、工業製品やソ

フトウェア製品を分析、調査、確認する行為が、現場での製品開発、とりわけ、

プログラムの開発現場において欠かせないプロセスの一つともなっており、これ

は不正競争行為にも当たらないと解されている57。係るプログラム開発の実情に

57 前掲注 52『著作権法』p104

発明A A特許出願記録媒 体(α)

販売

プログラムα創作

(著作権取 得)

製品(α)

販売

解析

(α依拠)

著作権 侵害 の訴え

発明A新規 性喪失

-24-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 25: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

鑑みれば、プログラムを販売する時点で、当該プログラムがリバースエンジニア

リングの対象となることは当然に予定され、購入者は解析結果について守秘義務

を負わないものと解される。

よって、発明Aは、乙によるプログラムαを搭載した製品の販売行為により公

然実施された発明であって、甲は発明Aについて特許権を取得することはできな

い。

したがって、本事例においては特許権と著作権の交錯による問題は生じない。

なお、甲がプログラムαをアイディアとして特許出願すること自体は著作権侵

害とはならないが、その後、甲が乙と同一のプログラムαを作成した行為により、

乙の著作権侵害となる。

(ⅱ)特許出願時に先創作の著作物が公知でない場合-著作権者による販売

①設定

乙がプログラムαを創作し、著作権を取得したが、公知にすることなく秘匿し

ていた。甲は独自に発明Aを創作し、当該発明に係る特許出願を行って特許権を

取得した。乙はその後プログラムαを収納した記録媒体を販売開始した事例を設

定する。

②検討

発明Aは甲により独自に創作されており、また、甲の特許出願の時点で発明A

は公知(特許法29条1項各号)ではないため、甲は発明Aに係る特許権を取得し

得る。よって、甲は業として特許発明の実施をする権利を専有する(同68条)。

一方、乙は、自らプログラムαを創作しており、当然に著作権を有している。

すなわち、同一の対象物に対し、著作権と特許権が同時に並び立つ交錯状態と

なっているのであるから、特許権者である甲は特許法68条に基づき発明Aを独占

的に実施し得る権利を専有しており、著作権者である乙も著作権法21条以下の規

定に基づきαに関する著作者の権利を専有している。

プログラムα創作

特許出 願A 設定登 録

特許権 侵害 の訴え

著作権 自己 実施の抗弁 (秘匿)

発明A

(特許権者)

(著作権者) 記録媒 体(α)

販売

-25-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 26: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

そして、特許権者は、著作権を侵害していないが、著作権者は特許発明の技術

的範囲に属するものを複製して販売しているため、特許権侵害となる。

ここで、甲が特許権侵害で乙を訴えた場合、乙はプログラムの販売を著作権に

基づく著作物の複製であると抗弁することになるが、著作権法、特許法のいずれ

にも調整規定がないことから、乙が特許法に基づく特許権侵害により訴えられた

としても、著作権法上の抗弁ができるのか明らかでなく、また、既に述べたよう

に、手袋事件の射程は当該事例には及ばない。

そこで、特許法に基づく乙の抗弁権の有無について、詳細に検討する。

著作権者乙がとりうる防御策としては、先使用権(特許法79条)又は特許出願

時に存在していた物については、特許権の効力は及ばない旨を規定する同69条2

項2号の抗弁が考えられる。

この点、まず、先使用権については、事業の実施ないし準備要件のハードルが

高いうえに、プログラムの中でも特にオープンソースソフトウェアのように、プ

ログラムの開発スキームが「事業」という概念に妥当するかが不明な場合や、誰

がどのような形でプログラムの開発に参加したかが必ずしも明確でないような

場合があり、先使用権の適用の可否の判断すら、必ずしも容易ではない58。

さらに言及すると、特許庁が公表している「先使用権制度の円滑な活用に向け

て―戦略的なノウハウ管理のために―(平成18年6月)特許庁」(13~14頁)によ

ると、先使用権が認められるためには、事業又はその準備に至る経緯として、(A)

先使用発明に至る研究開発行為、(B)先使用発明の完成、(C)先使用発明の「実

施である事業」の準備(その準備が客観的に認められ得るもの59)、(D)先使用

発明の「実施である事業」の開始 と、4つのステップで考えた場合、(A)又は

(B)では不十分で、(C)又は(D)が立証されなければならないとされており、

これに基づけば、単に未公開の著作物Aを有していたというだけでは、(A)又は

(B)には該当する可能性があるものの、(C)又は(D)であるとは言えないと考

えられる。

さらに、特許法69条2項2号についても、プログラムの複製は、特許発明の実施

行為のうち、「生産」に該当すると考えられる60ところ、同条項に規定される「物」

とは、現物限りとされ、かつその「物」を出願後に新たに製造することは許され

ないと解されている61ため、同条項により保護されるのは、特許権者の出願前に

存在するプログラム及びその複製物のみであって、特許権者の出願後に新たに業

58 前掲注 7 加藤「プログラムにおける特許権と著作権法の抵触権利調整について」 59 工業所有権法逐条解説〔第 19 版〕 特許法 79 条[字句の解釈]3<事業の準備> 60 前掲注 7 加藤「プログラムにおける特許権と著作権法の抵触権利調整について」 61 吉藤幸朔著「特許法概説」p446(有斐閣、第 13 版、1998 年)

-26-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 27: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

としてプログラムを複製する行為は、特許権侵害を構成することになる。

なお、コンピュータ・プログラムは、(一般的には0か1かを示す)信号が所

定の並び順で規定された信号列であり、電気的、磁気的、光学的等の手段により

物理的に実現される。例えば、記憶媒体内のある記憶領域に所定の信号列が固定

されたものが物理的なプログラムといえる。そのため、プログラムの発明の生産

とは、人間が入力装置(キーボードやマウス等)を介してコンピュータに信号列

の定義を入力することで、コンピュータ(内のプロセッサ)が記憶媒体(例えば、

ハードディスク等)に当該信号列を保存する。ここで、プログラムの複製は、人

間が個々の信号列の定義を入力することなく、データを複製する命令を行うだけ

で、ある記憶領域に固定された信号列と同等の信号列を他の記憶領域(例えば、

別の記憶媒体、ネットワークを介して他のコンピュータ内の記憶領域)上でも固

定させるものである。このとき、複製元のプログラムについては、通常、一切変

更がなく、プログラムとして所定の記憶領域に存在したままである。そのため、

人間の操作量(プログラムを一からコーディングするか、1回の複製操作による

か)の違いはあるとしても、結果としては、別の実施品を新たに生産しているこ

とになる。よって、プログラムの複製もプログラムの発明の生産(特許法 2 条 3

項 1 号)に該当するといえる。

このように、現行規定によっては、特許出願より前に創作されたプログラム創

作者の十分な保護を図ることができず、後に出現した甲の特許権により排他され

てしまう可能性があるのである。著作権は、すでに述べたように、当該著作物に

依拠せずに創作されれば、同一の著作物であっても後に創作された著作物を排除

できない相対的独占権であることから、後の特許権者は排除できないことはやむ

を得ないとしても、後の特許権者によって先行する著作権者が特許権侵害によっ

て排除されることはあまりにもバランスを欠くと思われる。このため、先創作に

係るプログラムの著作権者を保護するために、何らかの法的手当てが必要であろ

う(調整規定案1)。

(ⅲ)特許出願時に先創作の著作物が公知でない場合-特許権者による販売

(著作権者)

プログラムα創作

(特許権者) 記録媒体(α)

販売 特許出願A 設定登録

著作権侵害の訴え (秘匿)

発明A 依拠

記録媒体(α)

販売

特許発 明実 施の抗弁

-27-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 28: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

①設定

(ⅱ)の事例と同様に乙がプログラムαを創作し、著作権を取得したが、公知に

することなく秘匿していた。甲は独自に発明Aをし、当該発明に係る特許出願を

行って特許権を取得した。しかし、甲はその後乙により販売された記録媒体(α)

に依拠してプログラムαを複製し、記録媒体(α)の販売を開始した事例につい

て検討する。

②検討

乙は、甲が自己のプログラムを複製して販売しているのであるから、甲に対し

て著作権侵害(複製権侵害:著作権法21条)を訴えることができる。甲において

は、自己の特許発明を実施するものであり、特許法68条を盾に抗弁を試みる。本

事例は、特許権者が著作権侵害をしてプログラムを販売しても特許権者の抗弁が

成立し得る点を問題視している。

著作権者は、特許出願前に創作していたにもかかわらず、後に出現した特許権

者によって著作権を侵害されても十分に救済されないというのは、著作権者にと

ってあまりにも酷である。

このため、特許出願前に創作されていた著作物の著作権者を救済するための調

整規定を提案する。(調整規定案2)

(ⅳ)秘密保持契約を締結した者が無断で特許出願した場合

① 設定

甲と乙は秘密保持契約(NDA)を結び、共同開発を行っていた。乙はプログラ

ムαを創作して、著作権を取得する一方、NDAの下、甲に同プログラムを開示し

た(ただし、著作権の利用許諾はしていない。)。甲は提示されたプログラムαに

基づいて発明Aを創作し、乙の承諾無く発明Aに係る特許出願をし、特許権を取

得した。その後、甲はプログラムαを収納した記録媒体(α)を販売開始した。

プログラムα創作

(著作権取 得)

NDA 特許出 願A

冒認?

α提示 設定登 録

著 作 権 侵 害

の訴 え

特許権 侵害

の訴え行使

著作権

よる抗弁 (秘匿)

発明A

記録媒 体(α)

販売

記録媒 体(α)

販売

(特許権者)

(著作権者)

特 許 発 明 の

実施の抗弁

-28-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 29: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

乙は甲以外にプログラムαを公開していなかったが、甲が特許権を取得した後に

プログラムαを収納した記録媒体(α)を販売開始した。以上のような事例を設定

する。

②検討

甲の特許出願時点では発明A、及び、発明Aの要旨であるプログラムαはNDA

の下、甲と乙のみが知るところであり、発明Aは公知とはなっていない。よって

甲の特許出願は新規性の特許要件を満たし、他の特許要件を満たす限りにおいて、

甲は特許権を取得し得る。甲の記録媒体の販売行為は乙の著作権に基づく独占権

を著しく侵害する一方、乙の記録媒体の販売行為は甲の特許権の侵害を構成する

ため、特許権と著作権の交錯が生じ、権利間の調整が必要となる。

甲による発明Aはプログラムαに基づいて創作されたものであり、プログラム

αからアイディアを抽出して創作されたものであるが、このとき発明Aが乙のプ

ログラムαに依拠したものであり、乙の承諾を得ずなされた甲の発明Aに係る特

許出願が冒認出願に該当するかどうかが問題となる。冒認出願であれば特許権を

取得することができない(特許法49条7号)。

ここで「依拠」とは、他人の著作物に接し、それを自己の作品の中に用いるこ

とを指すと解される62。また、依拠の対象は、アイディアそのものではなく、創

作的な表現である必要があると解されている63。

なお、プログラムの開発の世界では、原著作物の表現を見ずにそのアイディア

のみにアクセスした場合には依拠の要件が否定されるという法理が、実際に著作

権侵害を回避する手段として用いられることがある。64例えば、著作権を有する

他社プログラムを参考にするにあたって、他社プログラムを解析し、アイディア

を創出するチームと、そのアイディアを参考にプログラムコードを作成するチー

ムが別である場合、完成したプログラムは他社プログラムに依拠しないというこ

とにされるという(クリーン・ルーム方式)65。著作権者からすれば、このよう

な脱法的行為ができないように、自己のプログラムに基づいて第三者による特許

出願がなされている場合は、当該出願は冒認出願に該当し、特許権が認められな

い制度となることが期待される。

このように、プログラムコードをアイディアとして特許出願することが、上記

のような理論からして、果たして「冒認」出願といえるのかどうかは議論の余地

62 前掲注 52『著作権法』p460 63 田村善之著『著作権法概説』p54(有斐閣、第 2 版、2001 年) 64 前掲注 63『著作権法概説』p55 65 中山信弘著『ソフトウェアの法的保護』p125(有斐閣、新版、1988 年)

-29-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 30: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

がある。その考え方に照らせば、冒認出願に該当するかどうか予見可能性に問題

があるともいえる。

したがって、冒認の定義を著作物との関係で明確にするための調整規定を特許

法に設けることも一理あると言える(調整規定案3)。

(2)著作物の創作が特許出願の後の場合

(ⅰ)特許発明の構成を含む著作物の無許諾複製の場合

①設定

甲が発明A+Bについて特許出願し、その後、乙が独自にプログラムa+b+

cを創作したものとする。そして、甲は、自己の特許発明A+Bを実施するため

に乙のプログラムに依拠した上で複製して販売を行った場合を検討する。

さらに、乙も自己の著作物であるプログラムを販売した場合も併せて検討する。

②検討

特許出願後であっても他人の著作権が成立し得るが、その前提となる考え方は

Ⅲ章の[半導体発光素子事件]判決における考え方と同じである。

すなわち、基本特許と、基本特許出願後にその特許発明をみて新たな機能・構

成を加えた上で著作物を創作した場合、著作権(以下「改良著作物」という。)

が成立し得る。

例えば、

甲 基本特許出願 A + B

乙 改良著作物創作 a + b + c(甲の特許発明をプログラムにしたものに

新たな機能・構成(創作性有)を付加([c]も創作性有)して表現)

の場合、乙は自らの著作権に基づいて著作物を販売しても、著作権法には、他人

の特許権等と抵触する場合に自らの著作物の利用が禁止される旨の規定はない。

(特許権者)

(著作権者)

特許出 願

A+B

設定登 録

プログラムa+b+c

独自創 作

依拠

プログラムa+b+c

販売

プログラムa+b+c

販売 著作権 侵害

の訴え 著作権による

抗弁

特 許 権 侵 害

の訴 え

特 許 発 明 実 施

の抗 弁

-30-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 31: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

しかし、乙の著作物は甲の特許発明の構成全て[ a + b ]を含むものであること

から、甲の特許権侵害(特許法68条)となり、その間接的効果により、自らの著

作物を販売等することはできない。

一方、乙は業として実施することはできないが、[c]も創作性を有するのであ

れば、著作物[ a + b + c ]の著作権は成立する。このため、甲が[c]を含む著作

物[ a + b + c ]を複製して実施した場合、[半導体発光素子事件]判決の考え方

に基づけば、甲は乙の著作権を侵害しているといえる。

したがって、特許出願後に著作物を創作した著作権者乙は、業として実施する

場合には甲の許諾が必要であり、甲は自己の特許発明の範囲内で実施する場合に

は問題とならないが、乙の著作物を複製する場合には乙の著作権侵害となる。

基本特許と改良特許との関係では特許法72条で調整されているが、基本特許と

後に創作された改良著作物との関係では交錯は生ずるものの、特許法に調整規定

は設けられてない。しかし、特許権者と著作権者がいずれも権利行使できるよう

な状況の場合であっても、法理論上、両権利者のバランスの均衡が保たれている

と考えられ、特許権者又は著作権者のどちらかに一方的に酷な状況が発生してい

るとはいえないことから、交錯についての調整規定を設ける必要はないといえる。

なお、基本特許と改良特許と、いずれもが特許対特許の場合においては、改良

特許の特許権者は、特許法92条に基づく裁定実施権を請求できるが、後の創作者

が著作権者の場合、特許法92条に該当しないことから、裁定通常実施権の請求が

できないという問題はある。しかしながら、実際上、裁定通常実施権はその要件

のハードルが高くほとんど利用されていないことから、裁定通常実施権請求が利

用できないという著作権者の不利益は極めて限定的であると言わざるを得ない。

3.小括

以上のことをまとめると、著作物の創作が特許出願前であり、当該著作物が非

公知であった場合に調整規定が必要となるといえる。

そして、特許権者が当該特許出願を先行する著作物を知らずに行ったものであ

るのか、知ったうえで行ったものであるのかによって、それぞれ著作権者を保護

するための調整規定が必要といえる。

-31-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 32: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

調整規定不要

NO

YES

NO

NO

YES

調整規定不要 YES

著 作 物 に基 づく出 願 は特 許 権 が取 得 できないよう

調 整 規 定 が必 要

(特 49 条 8 号 新 設 +特 123 条 1 項 6 号 の2新 設 )

著 作 権 者 も先 使 用 権 者 のように

保 護 されるよう調 整 規 定 が必 要

(特 79 条 2 項 新 設 or 特 69 条 2 項 2 号 改 正 )

調整規定案3 調整規定案1

著作物の創作は、

特許出願前か?

著作物は、特許出願

時には非公知である

特許出願は著作物に

依拠してなされた

NO

出 願 前 の著 作 物 の著 作 権 を侵 害 するものは、自 己 の特 許 発

明 であっても実 施 できないよう調 整 規 定 が必 要

(特 72 条 2項 新 設 or 特 69 条 2 項 2 号 改 正 )

調整規定案2

YES

特許発明の実施時、出

願前の著作物に依拠

-32-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 33: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

Ⅴ.権利調整規定の提案

上述の通り、現行知的財産法における条文では特許権と著作権との権利間の調

整が必ずしも十分でないと言える。そこで、上記事例設定における権利間の調整

を図るにあたって、以下のように現行の条文を修正することを提案する。

〇調整規定案1 ( Ⅳ 2(1)(ⅱ) )

(1-1)先に創作していた著作物の著作権者が後の特許権者に対して先使

用権を主張できるようにする案

(1-2)先に創作していた著作物の著作権者に対して後の特許権者の権利

の効力を制限する案

〇調整規定案2 ( Ⅳ 2(1)(ⅲ) )

(2-1)特許権者が特許発明の実施時、著作権者の著作物を複製できないよ

うにする案

(2-2)先に創作していた著作物の著作権者に対して後の特許権者の権利の

効力を制限する案

〇調整規定案3 ( Ⅳ 2(1)(ⅳ) )

著作物に基づいてなされた特許出願が、特許法で特許を受ける権利を有さ

ないようにする案(特許法49条7号、同123条1項6号)

1.調整規定案1 ( Ⅳ 2(1)(ⅱ) )

著作物を創作していた著作権者が自己の著作物を利用する際、後から特許

を出願して権利を取得した特許権者によって、特許権侵害とされることは不

合理である。そこで著作権者を救済するための調整規定案として、(1-1)

著作権者を先使用権者と同様に救済する案と、(1-2)特許権の効力を直接

制限することによって救済する案が考えられる。

(1-1)特許法79条2項新設案

著作権者を「先使用の場合の通常実施権」(特許法79条)と同様に考えた場

合、特許権の消極的効力に制限を設け、特許法79条に2項を新設する案が考え

られる。

-33-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 34: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

特許法 79 条 2 項(新設)案

(先使用による通常実施権)

第七十九条 (略)

2 特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその特許発明の技術的範囲

に含まれる著作物を創作し、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでそ

の特許発明の技術的範囲に含まれる著作物を創作した者から知得して、特許

出願の際現に日本国内においてその著作物を利用している者は、その著作物

の利用の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を

有する。

(1-2)特許法69条2項2号改正案

特許権の消極的効力を制限し、当該特許出願前の著作権には効力が及ばな

いようにするものであるから、特許法69条2項2号を改正する案が考えられる。

特許法 69 条 2 項 2 号改正案

(特許権の効力が及ばない範囲)

第六十九条 (略)

2 特許権の効力は、次に掲げる物には及ばない。

一 (略)

二 特許出願の時から日本国内にある物、及びその複製物(その物が著作物

である場合には、当該著作物の著作者又は当該著作物について利用許諾を受

けた者により複製された物を含む)

3 (略)

特許法69条2項2号改正案の括弧書きは、特許出願時に存在していた著作物が

著作者又は当該著作物について利用許諾を受けた者により複製された場合に

は特許権の消極的抗力が制限される旨を規定したものである。すわなち、当該

著作物の利用許諾を受けていない第三者が複製した場合には、特許権者による

当該第三者に対する権利行使ができるようにした。

上記規定の新設により、特許出願前に創作した著作権者が、後の特許権者

によって特許権侵害で排除されるという不合理を調整することができる。

なお、本案は、著作物の著作者でもなく、当該著作物について利用許諾を

受けていない場合でも、著作権法 30 条以下の権利制限規定による複製は、著

作権法上権利侵害とはされないが、当該権利制限規定に基づく正当な複製で

-34-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 35: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

あっても、それを業として実施した場合、特許権の効力が及ぶこととなる。

これは、本案によって条文を改正することによって生じる問題ではなく、現

状でも存在する問題である。すなわち、著作権の制限規定によって著作権の

効力が及ばないとされていたとしても、当該著作物を包含するアイディアに

ついて特許権が取得されている場合、著作権侵害とはならなくとも、特許権

侵害となる場合が存在することには留意が必要である。

2.調整規定案2 ( Ⅳ 2(1)(ⅲ) )

著作権者が、後に出現した特許権者によって当該著作権を侵害する態様で

自由に著作物を利用され、また、特許権行使を受けても救済されない不合理

を解消するものである。

(2-1)このため、特許権者が、自己の特許発明を実施する場合であっても、

先行する著作権を侵害する態様での実施を認めないように積極的効力を制限す

るため特許法72条2項の新設が考えられる。

特許法72条2項(新設)案

(他人の特許発明等との関係)

特許法第七十二条 (略)

2 特許権者、専用実施権者又は通常実施権者は、その特許出願の日前に

生じた他人の著作物を複製してその特許発明の技術的範囲に属するものを生

産することができない。

(2-2)さらに、特許権の消極的効力を制限し、当該特許出願前の著作物に

は特許権の効力が及ばないよう、特許法69条2項2号を改正する案も考えられる。

特許法 69 条 2 項 2 号改正案

(特許権の効力が及ばない範囲)

第六十九条 (略)

2 特許権の効力は、次に掲げる物には及ばない。

一 (略)

二 特許出願の時から日本国内にある物、及びその複製物(その物が著作物

である場合には、当該著作物の著作者又は当該著作物について利用許諾を受

けた者により複製された物を含む)

3 (略)

-35-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 36: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

3.調整規定案3 ( Ⅳ 2(1)(ⅳ) )

著作物に基づいてなされた特許権が、特許法上の冒認に該当せず、無効抗

弁が成立せず、勝手に出願された著作権者が権利制限を受けるのは、余りに

も特許権者に有利であり、バランスを欠く。

このため、特許権者の権利を一定程度制限する調整規定が必要となる。そ

こで、他人の著作物をアイディアとして特許出願した場合はいわゆる冒認出

願であるとして特許権を取得できないこととする特許法49条8号、同123条1項

6号の2の新設が考えられる。

特許法49条8号(新設)案

(拒絶の査定)

特許法第四十九条

一 ~ 七 (略)

八 その特許出願に係る発明が、他人の著作権法第二条第一項第一号の著

作物から抽出された技術的思想の創作であるとき。

特許法123条1項6号の2(新設)案

(特許無効審判)

特許法第四十九条

一 ~ 六 (略)

六の二 その特許発明が、他人の著作権法第二条第一項第一号の著作物か

ら抽出された技術的思想の創作であるとき。

七 ~ 八 (略)

Ⅵ.まとめ

特許権と著作権の交錯問題について検討してきたが、特許法がプログラムその

ものの保護を本格的に開始したのが平成12年の審査基準改定であり、基本的には

これ以降プログラムに関する出願が本格化していることを勘案すれば、これから

交錯問題における紛争が発生する可能性は十分にある。

本報告書は、紛争が起こる前の「転ばぬ先の杖」のような改正提案を行うもの

である。法改正は、紛争が起こる前に改正されるよりも、具体的に紛争が起こっ

た後、すなわち皆が問題を意識するようになってから改正要望がされて初めて改

正が議論されるケースが多いことを考えれば、現実に日の目を見るのはまだ先か

も知れない。

-36-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 37: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察

~ コンピュータ・プログラム分野について ~

また、本報告書は、特許権と著作権が交錯した場合、著作権者に酷な状況が発

生し得ることを調整し、両権利者のバランスの均衡を目指そうとしたものである。

このため、特許権者と著作権者がいずれも権利行使できるような状況の場合であ

っても、法理論上、両権利者のバランスの均衡が保たれているのであれば、調整

規定は不要であるとの考えに立っている。

しかしながら、知的財産関連各法の大きな目的は、文化や産業等を発展させる

ことであると考えると、特許権者と著作権者の双方が互いに権利行使できるよう

な状況は、両権利に基づく実施がいずれも制限されることにより、文化や産業等

の発展を阻害していると考えることもできる。このような視点で事例や調整規定

を検討すれば、本報告書とは全く異なった提案になろう。その意味では、後続の

研究等により、そのような視点からの検討がなされることを期待したい。

-37-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)

Page 38: 1. 著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュー … · 1.著作権と特許権の保護領域交錯についての考察 ~ コンピュータ・プログラム分野について

-38-

第七期IIP知財塾 成果報告書(平成25年度)