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公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団

2015年度(前期)一般公募「在宅医療研究への助成」完了報告書

「在宅療養者・家族のための大規模災害の備えの現状と課題」

平成28年8月31日

畑吉節未1)、畑 正夫2)

1)研究代表者:神戸常盤大学保健科学部看護学科・教授

2)共同研究者:兵庫県立大学地域創造機構・教授

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目 次

Ⅰ 研究の目的と背景

1.本研究の目的

2.研究の背景

1)在宅ケアシステムが直面している災害の危機

2)多様なニーズをもとに変容しつつある在宅環境と在宅療養者像

3)療養者・家族の在宅療養環境の「リスク」と「リスクマネジメント」の必要性

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Ⅱ 研究方法

1.研究方法の概要

2.分析の枠組みとなる基本モデルの構築

3.基本モデルをもとにした備えのイメージの実質化(調査票の作成に向けて)

1)災害時に在宅療養者が直面するリスクの抽出

2)療養者のセルフケア上の課題とステークホルダーの役割

3)災害時の在宅ケア提供環境の実際(熊本地震の被災地における調査から)

4.在宅療養者を支える備えの現状についての調査の設計

1)調査対象とした地域と施設の考え方

2)質問紙の設計(基本モデルをベースに)と質問項目の概要

3)実施時期

5.分析方法

1)インタビュー調査

2)質問紙調査

6.研究を進める上での倫理的配慮

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Ⅲ 調査結果から明らかになってきたこと

1.調査結果の概要

2.施設としての備えの状況

1)備えの有無、備えている災害種別、対象者の限定の有無等

2)訪問看護ステーションまたは、在宅療養支援診療所が単独で行える備え

3)療養者と家族が中心となって行える備えの支援

4)他の支援者と連携して行う備え

3.現時点の備えの評価

1)家族のリスクを想定した的確な備えの状況

2)施設としての備えの十分さ

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4.今後進めたい備え

1)今後進めたい備えの有無、災害種別、重視したい備え

2)訪問看護ステーションまたは、在宅療養支援診療所が単独で行える備え

3)療養者と家族が中心となって行う備えの支援

4)他の支援者と連携して行う備え

5.備えを進める上での課題

1)備えを進める上での課題

2)課題の具体的内容から

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Ⅳ 政策提言

1.研究・調査を通して見えてきたこと ~ 政策提言上の留意点

2.備えを充実・強化するための方向性

1)災害看護についての適切で効果的な学習・研修機会の提供

2)災害時の療養者のためのリスクマネジメント体制の構築

① 災害時のリスクマネジメントを構築する基盤となる災害看護実践経験の蓄積

② 災害時のリスクマネジメントサイクルの適切な運営方法の検討

③ 当面の備えを進めるための仕組み・拠点づくり

④ 当分の間の災害時の応援態勢の確立

3)中長期的な視点から図るべき備えの充実・強化

① リスクマネジメント加算等災害時の在宅ケア提供者側の備えの充実・強化

② 平時からの災害時の応援態勢の確立

③ 実践者と研究者を結び経験と知の循環を図るネットワークの構築

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Ⅴ おわりに

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謝 辞

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図表目次

図1

図2

図3

図4

備えのニーズを踏まえた対応

備えの発展段階に着目した基本モデル

療養者A氏を中心とするステークホルダーマップ

基本モデルをベースにした調査票の質問項目の構成

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表1

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表3

表4

表5

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表7

表8

表9

表 10

表 11

表 12

表 13

表 14

表 15

表 16

表 17

表 18

表 19

表 20

表 21

表 22

表 23

表 24

表 25

災害時に在宅療養者が直面するリスク

セルフケア上の課題

対象とした施設の都道府県別内訳

質問項目の視点と構成

調査票の配布・回収状況

備えの有無

備えを前提としている災害の想定

備えを行う対象者の限定の有無

備えの状況の設問への回答状況

業務継続のための備えの状況

リスクを最小限にするために取るべき手段の検討

関係機関・職種間の連携のあり方

備えの評価(備えの的確さと療養者・家族のリスクの反映)

施設としての備えの十分さ

今後進めたい備えの有無

今後備えを行う前提としての災害想定

今後の備えへの回答状況(項目別・備えの有無別)

災害時の個々の職員の行動指針・計画等の作成

リスクを最小限にするために取るべき手段の検討

関係機関・職種間の連携を効果的に機能させるための方法

備えを進める上での課題

災害についての知識や認識の不足

関係者を巻き込んだ体制構築の難しさ

備えを進めることにより生じる新たな課題

役割に対する認識が不足

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Ⅰ 研究の目的と背景 1.本研究の目的

本研究は、相次ぐ巨大災害が発生する中、今後発生が想定される巨大災害である南海ト

ラフ巨大地震・首都直下型地震等の大規模災害の想定地域に居住する在宅療養者の災害へ

の備えを強化するために、療養者・家族によるセルフケアの現状を踏まえ、療養者の身近

な存在である訪問看護ステーション及び在宅療養支援診療所における災害への備えの取組

み状況を明らかにすることを目的とする。

2.研究の背景 1)在宅ケアシステムが直面している災害の危機

南海トラフ巨大地震や首都直下型地震など今後の巨大災害に備えるために、中央防災

会議(2013)は「災害時には「命を守る」ことを基本として、「減災」の考えに基づき、住民一人ひとりが迅速かつ主体的な行動が取れるように自助、共助の強化とその支援の

必要性」を指摘する。災害への備えの必要性はリスクを抱える在宅療養者に顕著であり、

自助のセルフケア、それを支える共助のセルフケアサポートのあり方を踏まえて災害へ

の備え行う必要がある。

災害時の医療のあり方は、拠点となる病院等での備えだけでなく、新潟県中越・中越

沖地震、東日本大震災等の教訓を生かす対応が在宅療養者についても求められている。

災害時の安否確認だけでなく、在宅における要援護者の把握上の課題と、避難所、仮設

住宅から地域復興までの中長期を連続して支えるシステムの構築が求められている(全

国訪問看護事業協会 2009、厚生労働省 2011)。ひとたび災害が発生すると、災害によ

る傷病者だけで無く、在宅療養者は様々な健康リスク、生命の危機に曝される。

なかでも災害時の難病患者のために、新潟県中越・中越沖地震等の被災地での経験を

踏まえた備えの提案(西澤等 2008、2013)がなされているが、研究者が 2014 年度に

東日本大震災の被災地の訪問看護ステーション(30 箇所)を対象に行った調査では、提案を実践の備えに生かすものは僅かしか見られなかった。西澤等の提案は災害時の教

訓を生かす貴重なものであるにもかかわらず、提案の中で難病患者等の療養者に「最も

近い存在」(西澤等 2008、2013)と位置づけられた訪問看護ステーションの役割が広く浸透していないことには課題が残る。

災害は、個人やコミュニティの対応能力の限界を超え、広範囲にわたり人、物、環境

の喪失を引き起こす。即ち、療養者が在宅での療養で大切にしている日常性と主体性を

奪い、社会機能の崩壊ももたらす。そもそも在宅ケアシステムは、大規模災害を前提に

デザインされておらず備えが十分とは言えない。適切な備えをしなければ、首都直下型

地震や南海トラフ巨大地震等により在宅ケアの持続が困難になる事態が危惧される。療

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養者と家族のために、災害時にも持続する在宅ケアシステムの構築が喫緊の課題である。

研究者は、災害への備えを盛り込んだ在宅ケアシステムの構築に向けて、訪問看護ス

テーションを対象に災害時の実践行動と残った課題を聞き取り、備えを考える研究に着

手している。その中で、災害時の療養者と家族のセルフケア、コミュニティを含めたセ

ルフケアサポートの重要性が明らかになっている(畑 2015a, 畑 2015b)。

2)多様なニーズをもとに変容しつつある在宅環境と在宅療養者像

ナインチンゲールが「在宅には日常性と主体性がある」と指摘したように、療養者は

在宅での生活を可能な限り行うことで、自分らしく生きてゆくことができる。また、そ

うした日常性を尊重した療養環境は療養者の QOL(Quality of Life)に正の効果をもたらすともいわれる。病気を持ちながら“自分らしく生活したい”“住み慣れた地域で生

を全うしたい”と願い、可能な限りの在宅生活を望む患者・療養者が増加していること

を備える上で尊重しなければならない。

また、在宅で医療・看護を持続的に行うための高度な医学的管理技術の進展により医

療依存度の高い在宅療養者の増加も重要な側面である。療養者の自己決定を支援するた

めに、個別性が高く重症度の高い療養者が健康度に応じた療養生活を実現・継続できる

ように、様々な医療技術の活用と医療職、保健職、福祉職などの専門職がチームを組み

療養者宅を訪問しケアに当たる在宅ケアシステム、即ち、災害時でも機能する多職種協

働による地域包括ケアシステムの構築が求められている。

療養者・家族を中心に専門職が関わる地域包括ケアシステム等による「公助」に留ま

らず、療養者の「自助」(セルフケア)やコミュニティによる「共助」を踏まえた連携

のもとに災害時でも療養者の生活を支える備えのシステムの構築をすることが課題で

ある(図1)。

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図1 備えのニーズを踏まえた対応

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こうした備えのシステムは中長期の社会システムのパラダイムシフトを的確に反映

させる必要性がある。保健医療ビジョン「保健医療 2035」においても、地域包括ケアシステムの整備を通して「病院完結型」から「地域完結型」に医療がシフトする中で、

保健医療システムの再構築が求められている。特に、民間セクターや NPO 等の主体による新たなサービス、職場や住居、コミュニティ等の多様な空間で展開される経済社会

活動と人々の価値観等も考慮して、「自助」「共助」そして「公助」のあり方をデザイン

することが重要である。

医療依存度が高く健康が揺らぐ危険性の高い在宅療養者は、常時の医学的管理下にあ

る「治療の場」である病院環境とは異なり、主体性・個別性の高い「暮らしの場」であ

る在宅環境にいる。このような点も踏まえながら「自助」「共助」「公助」の多面的な視

点を含めて備えを整える必要がある。本研究では療養者の健康を揺るがす要因としての

「リスク」と、備えを実体化させるための「リスクマネジメント」に焦点を当てる。

3)療養者・家族の在宅療養環境の「リスク」と「リスクマネジメント」の必要性

「リスク」と「リスクマネジメント」概念や規格の開発は、阪神・淡路大震災を教訓

にして災害による危機(クライシス)への対応を考える点にあった。そこで取り上げら

れるリスクとは「目的に対する不確かさの影響(期待されていることから、好ましい方

向/又は好ましくない方向に乖離すること)」を指し、その対処行動として「リスクの特

定」と「リスク対応」が必要となる。リスクの特定とは、単にリスクを発見するだけで

はなく、認識し、リスクの包括的な一覧表を作成することであり、リスク対応とは、リ

スクを修正するプロセスをさす。

また、リスクマネジメントとは、一般に「リスクを組織的に管理し、損失などの回避

または低減を図るプロセス」をいう。その対処には、リスクの回避、リスクを取る又は

増加すること(いわゆるリスクテイク)、リスク源の除去、起こりやすさの変更、結果

の変更、リスクの変更、リスクの保有の7つの手法が例示されている(ISO31000)。そ

の上で現在では、リスクを顕在化させず、リスクを事前に運営管理し、いかに組織とし

ての目標達成を容易にするかという点に重点が移ってきていると考えられている。

リスクマネジメントは、あらゆる時点で、数多くの領域及び階層において、組織全体

に適用することも、特定の部門、プロジェクト及び活動に適用することもできる。主に

「リスクのアセスメント」と「リスク対応」からなるリスクマネジメントは、適用分野

ごとに固有の個別ニーズ、対象者、認知及び基準を設け対応する必要がある。

災害は震災だけでなく津波、放射能汚染、風水害など多様であり、災害の種類が同じ

でも一つひとつ異なるため、備えは可能な限り想定外を生まないように、頻発する災害

の経験を生かして充実させ、行動レベルに高めること必要がある。その際、療養者の疾

患、家族や主たる介護者の状況、生活環境等の差異を適切に反映させることが重要であ

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る。災害の理解を前提に、各段階における備えの計画を点検・改善を図ることが不可欠

であり、マニュアルや計画づくりに留まらないマネジメントサイクルを構築が求められ

る。

具体的には、リスクマネジメントの枠組みは療養者のQOLを維持することを目的に、

<災害時のリスクを運営管理するための枠組みの設計>→<リスクマネジメント実践

>→<枠組みのモニタリング及びレビュー>→<枠組みの継続的改善の特定>→<リ

スクの運営管理のための枠組みの設計>→…のサイクルを回す(ISO31000 参照)こと

が求められる。即ち、療養者・家族を中心に社会資源を有効に活用できるよう、災害発

生以前からステークホルダーと相談・訓練等のコミュニケーション機会を通し、リスク

の分析・抽出(リスクアセスメント)を行い、リスク対応の計画を改善し適用する。

リスクマネジメントはその確立過程における沿革や、単なる災害時の備えだけでなく

在宅療養者の日常生活からの備えにつながるものであるだけに、災害の経験から学び、

備えるための仕組みとして、在宅環境で生活を継続しながらケアを受ける療養者・家族

に不可欠な視点である。また、一つとして同じ災害がないとも言われるような災害に想

定外を生まずに的確に対応するためにも、平時から療養者・家族の「自助」と「共助」

を促すことが、ケアを提供する医療機関等にとって重要な視点となると考える。

Ⅱ 研究方法 1.研究方法の概要

概ね 3 つの研究段階により研究を構成した。各段階で得られた結果を以降の研究段階に生かしながら研究を進めた。 ・第1段階は、分析の枠組みとなる基本モデル構築の段階である。

被災体験を持つ療養者及び家族の災害時の行動及びその後の備えから、在宅療養者

を支える家族とコミュニティの備えの現状と課題の明確化を図ることにした。自助と

公助、多様なステークホルダーによる共助の視点から備えを充実・拡大させる段階に

留意し、基本モデルを構築した。

・第2段階は、基本モデルをもとに備えのイメージを実質化する段階である。

療養者を中心に据えた備えを考えるため、療養者・家族が直面するリスクを抽出し、

意味的な類似性に着目し分類した。また、そうしたリスクへの対処行動について、ス

テークホルダーとの関係性の広がりを経時的に捉えステークホルダー・マップとして

可視化した。この段階で熊本地震(2016.4)の被災地で追加調査を行った。

・第3段階は、在宅療養者を支える医療職の備えの現状を明確化する段階である。

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南海トラフ地震と首都圏直下型地震の震度予測で、最も大きな震度想定がなされて

いる区・市町村のうち震度 6 強又は 7 の区・市町村に立地・活動する訪問看護ステーション及び在宅療養支援診療所を対象に、郵送による質問紙調査を実施して分析を行

った。

・第4段階は、備えの実質化を図るための政策提言等を行う段階である。 第 1 段階から第 3 段階の分析結果をもとに、療養者・家族、コミュニティの備えと

医療者の備えを踏まえた備えの方略の検討と提言を行う。

2.分析の枠組みとなる基本モデルの構築

被災体験を持つ療養者・家族の災害時の行動及びその後の備えを明らかにするため、阪神・淡路大震災(1995 年)以降の大規模災害の被災地で災害看護実践の行動を行った訪問

看護師と、被災した療養者及び療養者家族を対象に行ったインタビューをもとに、在宅療

養者が直面する健康上のリスクとそれらへの対処行動を病院・診療所、行政、コミュニテ

ィ等を含めた幅広いステークホルダーとの関係性、巻き込みのプロセスに着目し、マッピ

ングした上で、備えを考えるためのプロトタイプとなる基本モデルを作成した(図 2)。

構築した備えの基本モデルは、ケアの提供者である訪問看護ステーションを中心に備えの環境を整えつつ、利用者である療養者とその家族を中心にした備えの充実と拡大を図る。

また、次の段階では制度的な機関等のステークホルダーを巻込みながら、コミュニティや

住民等をステークホルダーとして備えを進めていくことになるものと考える。関係者を巻

込み、広げながら充実を進める備えのプロセスは、適宜見直し改善を図っていく。即ち、

基本モデルにおける充実・拡大プロセスについて、PDCA サイクルの構築と確立を図る。

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3.基本モデルをもとに備えのイメージの実質化 1)災害時の在宅療養者が直面するリスクの抽出

こうした基本モデルのもとに、在宅療養者の QOL を持続させるように、療養者・家族のリスクの特定から適切な対処行動につながるマネジメントサイクルの確立を図る

必要がある。そのため、大規模な質問紙調査を行う前提として、在宅療養者・家族が直

面するリスクと、ケアに関わるステークホルダーも含めた対処行動を明らかにすること

を目的に、阪神・淡路大震災(1995 年)以降の大規模災害で被災した療養者及び療養者家族 8 名を対象に、災害時に直面した健康リスクと対処行動について半構成的インタ

ビューを行った。

研究参加者の語りをもとに個別に逐語録を作成し、直面したリスク質的に分析したと

ころ、ライフライン(電気)の途絶時の人工呼吸器装着者の呼吸確保に関する《医療処

置の継続可能性へのリスク》、主たる介護者不在時の対応に関する《介護者の確保への

リスク》、避難場所の確保、医療機関での受入れに関する《場所の安全と安楽へのリス

ク》、移送のための交通手段の確保、交通途絶時のドクターヘリによる搬送に関する《移

動・移送上のリスク》、栄養食や水、湯の確保等に関する《生活上のリスク》の5つの

カテゴリーと、そのもとに 13 のサブカテゴリーを得た(表 1)。

表 1 災害時に在宅療養者が直面するリスク

カテゴリー サブカテゴリー(項目)

医療処置の継続可

能性のリスク

医療資源へのアクセスの困難さによるもの

ベッドサイドでのケアの困難さによるもの

装着された医療機器の持続の困難さによるもの

介護者の確保にお

けるリスク

主たる介護者の不在による介護提供の困難さによるもの

介護能力が欠けることによるもの

移動等の介護に必要な追加的な人員の確保の困難さによるも

場所の安全と安楽

のリスク

医療依存度が高いなどの特性への配慮不足による困難さによ

るもの

個別性の高い療養者像の理解不足による困難さによるもの

移動・移送上のリス

療養者の状況を踏まえた安全な移動の困難さによるもの

自分で移動・移送先を選択することの困難さによるもの

移動・移送先へのアクセスの困難さによるもの

生活上のリスク 食事の確保の困難さによるもの

介護用品の確保の困難さによるもの

注:日本在宅医療学会誌「癌と化学療法」に投稿中

2)療養者のセルフケア上の課題とステークホルダーの役割 ① 療養者のセルフケア上の課題 療養者中心の備えをより具体化するために、災害時に人工呼吸器を装着した在宅 ALS

療養者等と介護に当たった家族の行動と経験した困難、備えの行動についてのインタビ

7

ューから、「自助」の中でも「セルフケア」上の課題の検討を行った。結果から、療養

者・家族が自分たちが支援対象であることの認識の希薄さ、備えていても生じた災害の

前に無力になる瞬間を体験しているほか、揺らぎやすい健康状態の持続に必要なステー

クホルダーの巻き込みと療養者を中心にした相互の関係性構築が不十分なこと、災害時

の対処行動の難しさが浮き彫りになった(表 2)。

得られた課題をもとに「セルフケアサポート」を重視した備えの検討の必要性を確か

めることができた。例えば、ライフラインの途絶に備えても、家族介護者の不在など想

定外の事態に遭遇しており、医療者以外のコミュニティの中でのステークホルダーを巻

き込む必要性を実際に経験しており、近隣住民との支援関係の構築に必要な仕掛けづく

りや制度の重要性が示唆された。これらのセルフケア上の課題とセルフケアサポートの

大切さについての視点は、他の視点とともに後述する質問紙調査での調査項目に生かす

ことにした。

なお、詳細は第 21 回日本難病看護学会学術集会(北海道・石狩郡当別町:2016.8)において「災害時の難病療養者のセルフケアサポート上の課題の検討」の演題で口頭発

表し、参加者と討議を行った。

表 2 セルフケア上の課題

カテゴリー サブカテゴリー(項目)

災害時に支援が必要な対象

である認識の希薄さ

誰かが把握している筈という捉え方の隙間に落ちる療養者

病院の退院指導で行われない災害時対応

他の地域で発生した災害に感じた不安を訴えてはじめて進

んだ備えの訓練

受け入れ先があっても移動の難しさを理解しない声かけ

自宅から避難する場所と手

段を確保する上での困難さ

病院への避難を拒絶する療養者の想い

自分たちが病院にとって対応し難い存在という意識の強さ

被災した療養者にとって自宅が持つ意味

療養者のニーズに対応しきれない避難所の限界

安全な移送に関して専門家も不十分だった知識と理解

ライフラインの途絶に備え

る必要性

健常者とは異なる療養者のライフラインの意味

生活を持続させるための医療材料・物資の備蓄の必要性

備えても、備えても災害の前に無力になる瞬間

災害後を経験して変えた備えの方法

他者を巻き込み、支援を確

保する重要性

一人でも必要な手助け

いつもそばに居るとは限らない家族介護者

主な支援者との関係性の途絶が招く危機への対応に必要

時間をかけて段階的に展開・充実させた備えの訓練

第 21 回日本難病看護学会学術集会で「災害時の難病療養者のセルフケアサポート上の課題の検討」を報告

② ステークホルダーの役割 次に、リスクへの対処行動をステークホルダーとの関係性について災害サイクルに配

慮してマッピングし、災害時の療養者中心のケアのあり方を検討した。災害発生後に訪

8

問看護ステーション、医療機関等の最小単位のステークホルダーの関わりを持つものと、

多様な主体が備えに関わっている事例に分かれた。災害発生以前から多様なステークホ

ルダーと関係性を構築して備えを行った事例を図 3 に示す。保健所が中心となり、訪問

看護ステーション、消防署、訪問介護士、近隣住民(コミュニティ)等、家族を含め

10 種類の多様なステークホルダーと関係性を段階的に構築している。

なお、詳細は第 27 回日本在宅医療学会学術集会(神奈川県・横浜市:2016.6)にお

いて「在宅療養者のリスクマネジメントのあり方の検討–災害時にハイリスク状態に

直面した在宅療養者の行動から」の演題で口頭発表し、参加者と討議を行った。併せて、

同学会誌「癌と化学療法」に論文として投稿(査読有り)を行った。

3)熊本地震の被災地での調査から

研究期間中に発生した「平成 28 年(2016)熊本地震」(気象庁 2016)は、大きな前震と本震、その後長期に及ぶ連動地震が広範な地域で生じるという特徴を持っている。

長期にわたる活発な地震活動が療養者・家族の健康、日常生活の復旧、在宅ケアの提供

に大きな障害を与えていると考えられたため、熊本市内を拠点に活動する訪問看護ステ

ーションとデイケアセンターの管理者の協力のもと、災害発生から 2 週間後の被災地で

関係者との意見交換及び現地踏査を行った。災害サイクルの急性期から概ね亜急性期に

移行する時期の在宅ケア継続上の課題の把握を目的とした。

抽出した課題は「前震と本震の直後に地域病院の空き病床に入院した多数の在宅療養

者の自宅への復帰」などの発災直後の避難行動における療養者・家族の課題、「施設倒

壊した訪問看護ステーション、訪問用の自動車の利用不可、スタッフの確保困難等の中

でのケア提供活動の再建」など災害後の在宅ケア提供者の活動の困難さ、「一時避難し

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(日本在宅医療学会誌「癌と化学療法」に投稿中)

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た療養者を在宅に復帰させるための生活環境の整備支援」などの、「自宅に復帰できな

い療養者増がもたらす訪問看護ステーションの経営難の回避」等の課題が見受けられた。

地域包括ケアシステムの発災直後でも

個々の療養者に質の高いケアを提供する

ことは重要であるが、多様な機関が支える

在宅ケアの特性から、在宅ケアシステムが

長期的に持続可能になるような備えの仕

組み作りが求められる。

これらの成果は、第 6 回日本在宅看護学

会学術集会(東京都・西東京市:2016.11)において「大規模災害が地域包括ケアシス

テムにもたらす影響の検討−発災直後の熊本地震の被災地の現状から」を演題(投稿・採択済み)として討議を行う予定である。

4.在宅療養者を支える備えの現状についての調査の設計 1)調査対象とした地域と施設の考え方 質問紙調査による在宅療養者を支える医療職の備えの現状を明確化するための調査

の設計について概観する。在宅でのハイリスク在宅療養者のための医療ケアを供給する

側の備えの現状と、備えを進める上での課題を把握するため、大規模な被害の発生が想

定されている南海トラフ巨大地震と首都直下型地震の被災地の訪問看護ステーション

を対象に、現時点での在宅医療ケアの提供の備えの状況について調査を行うこととした。

在宅療養者の医療ケアに近い存在である訪問看護ステーションと在宅療養支援診療

所を対象に、内閣府の首都直下地震モデル検討会(H25.12)「首都直下の M7 クラスの地震及び相模トラフ沿いの M8 クラスの地震等の震源断層モデルと震度分布・津波高等に関する報告書 図表集」及び、「南海トラフの巨大地震による震度分布・津波高につ

いて(第一次報告)」南海トラフの巨大地震モデル検討会(H24.3.31)巻末資料より「市町村別の最大となる震度」から「最大クラス(重ね合わせ)」を使用して対象者を抽出・

整理した。都府県別の内訳を表 3 に整理した。

具体的には、被害想定の中で最も大きな震度予測を採用し、その中から震度6強、震

度7とされた区市町村内に立地する施設を対象にした。その際、訪問看護ステーション

については全国訪問看護事業協会が、在宅療養支援診療所については全国在宅療養支援

診療所連絡会が、調査時点で Web サイト上に公開している会員リストに掲載されている施設を対象にした。なお、それぞれの協会・連絡会に参加していない事業者やリスト

更新後の新規事業者は対象に含まれていない。

熊本県益城町の訪問看護ステーション。施設の一部が倒壊

し、訪問用自動車が利用不可能になってる(写真撮影:畑

吉節未)

10

2)質問紙の設計(基本モデルをベースに)と質問項目の概要 調査により明らかにすることは、災害への備えの現状と評価、備えを進める上での課

題を把握することであり、基本モデルに沿って施設だけで可能な備え→療養者・家族中心の備え→備えに不可欠な多様な主体の巻込みを想定した備えの状況といったステー

クホルダーの広がりを想定し備えの現状と、評価に加えて、今後の備えの充実と備えを

進める上での課題である。質問は「災害への備えの現状」、「現時点の備えの評価」、「今

後進めたい備え」、「備えを進める上での課題」の4つの大項目で構成した。その上で、

調査対象とした機関についてのフェイスシートで構成した(図 4)。

大項目のもとに「訪問看護ステーション、または在宅療養支援診療所が単独で行える

備え」「在宅療養者と家族が中心となって行える備えの支援」「他の支援者と連携して行

うべき備えの体制づくり」の3つの視点を設けた。視点ごとの設問項目は、療養者・家

族のリスクの抽出・共有から、具体化していく過程に沿った備えの過程に沿って構成し

た。具体的な項目は表 4 のとおりである。

3)調査実施時期

2016 年 7 月〜8月

表 3 対象とした施設の都府県別内訳

都府県名 訪問看護

ステーション 在宅療養

支援診療所 計 都府県名

訪問看護 ステーション

在宅療養 支援診療所

茨 城 県 68 8 76 大 阪 府 213 17 230 栃 木 県 20 11 31 兵 庫 県 91 10 101 群 馬 県 17 1 18 奈 良 県 47 7 54 埼 玉 県 195 23 218 和歌山県 62 6 68 千 葉 県 171 27 198 岡 山 県 44 14 58 東 京 都 572 151 723 広 島 県 27 5 32 神奈川県 341 59 400 山 口 県 3 2 5 山 梨 県 23 6 29 徳 島 県 30 10 40 長 野 県 6 1 7 香 川 県 24 9 33 岐 阜 県 12 4 16 愛 媛 県 71 13 84 静 岡 県 116 16 132 高 知 県 22 10 32 愛 知 県 223 42 265 大 分 県 18 5 23 三 重 県 56 11 67 宮 崎 県 37 8 45 滋 賀 県 35 6 41 京 都 府 42 8 50 合計 2,586 490 3,076

11

表 4 質問項目の視点と構成

視点 項目 Ⅰ 施設としての備えの状況 ¡ 備えの有無、備えている災害種別、対象者の限定の有無 訪問看護ステーション又

は、在宅療養支援診療所

が単独で行える備え

¡ 療養者のリスク要因の特定 ¡ 災害時の個々の職員の行動指針・計画等の作成 ¡ 訪問看護ステーション、または在宅療養支援診療所の業務継続のための備え

¡ 災害看護についての学習・研修 療養者と家族が中心とな

って行える備えの支援 ¡ 療養者・家族と災害時に生じる避けがたいリスクの特定と共有

¡ リスクを最小限にするために取るべき手段の検討 ¡ 療養者・家族以外の関係者の力を生かす協力関係の構築

他の支援者と連携して行

う備え ¡ 療養者のリスク要因の共有 ¡ 災害時の個々の関係者の行動指針・計画等の共有 ¡ 関係機関・職種間の連携のあり方

Ⅱ 現時点の備えの評価 ¡ 療養者・家族のリスクを的確に反映させた備え ¡ 療養者・家族の個別性を反映させたリスクの想定 ¡ 備えが対象とする災害サイクル ¡ 備えのための準備の進み具合 ¡ 災害の備えが進んでいる療養者・家族の特徴

施設の備えの評価 ¡ 備えの程度

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図 4 基本モデルをベースにした調査票の質問項目の構成

12

表 4 質問項目の視点と構成〔続き〕

視点 項目

Ⅲ 今後進めたい備え ¡ 今後進めたい備えの有無、災害種別、対象者の限定の有無、重視したい備え、必要なリスクへの対応

訪問看護ステーション又

は、在宅療養支援診療所

が単独で行える備え

¡ 療養者のリスク要因の特定 ¡ 災害時の個々の職員の行動指針・計画等の作成 ¡ 訪問看護ステーション、または在宅療養支援診療所の業務継続のための備え

¡ 災害看護についての学習・研修 療養者と家族が中心とな

って行う備えの支援 ¡ 療養者・家族と災害時に生じる避けがたいリスクの特定と共有

¡ リスクを最小限にするために取るべき手段の検討 ¡ 療養者・家族以外の関係者の力を生かす協力関係の構築

他の支援者と連携して行

う備え ¡ 療養者のリスク要因の共有 ¡ 災害時の個々の関係者の行動指針・計画等の共有 ¡ 関係機関・職種間の連携のあり方 ¡ 関係機関・職種間の連携を効果的に機能させる方法

Ⅳ 備えを進める上での課題 ¡ 備えを進める上での課題、課題の大きさ、課題の具体的内容

フェイスシート ¡ 所在地、開設年月、設置主体等

5.分析方法 1)インタビュー調査

研究協力者の同意のもとインタビュー内容を IC レコーダーに録音し、逐語録を作成

した。作成した逐語録をもとに、意味的な類似性をもとにカテゴリー化した。

2)質問紙調査

郵送による調査から得られたデータをもとに、調査への回答データデータベースを構

築し、量的な集計分析を行った。また、自由記述については意味的な類似性をもとにカ

テゴリー化した。調査票は研究代表者の研究室において適切に保管している。なお、調

査への協力は匿名を原則に依頼していたが、施設が特定できるが貴重なデータを提供し

て頂いた施設もあり、匿名性を守るように配慮した。本報告書では特定の施設が明らか

になるデータを扱った分析は行っていない。

6.研究を進める上での倫理的配慮 研究の趣旨、研究内容・目的、研究への協力及び同意の撤回の自由、個人情報の保護、

研究成果の発表について書面を用いて説明をした上で、同意書の提出をもって研究参加

の同意を得た。なお、質問紙調査については、書面(「調査票に記入する前にお読みく

ださい」)に同様に研究目的等について記述し郵送時に同封し、返送をもって同意を得

たものとした。本研究は神戸常盤大学研究倫理委員会の承認を受けた。

13

Ⅲ 調査結果から明らかになってきたこと

1.調査結果の概要

1)施設としての備えの状況

・調査対象とした訪問看護ステーション、在宅療養支援診療所での災害への備えは概ね7割が何らかの備えを行っている。備えの対象とする災害は「地震」である。在宅ケ

アの特性や制度の現状も反映し、概ね3割の施設が備えを行う対象を限定している。

具体的には医療依存度の高い療養者と介護度の高い者を対象としている。

・「訪問看護ステーションまたは在宅療養支援診療所が単独で行える備え」「療養者と家

族が中心となって行える備えの支援」「他の支援者と連携して行う備え」の3つの柱の

それぞれに備えを見ると、業務継続のための備え、リスクを最小限にするために取る

べき手段の検討、関係機関・職種間の連携のあり方等に重点が置かれている。

2)現時点での備えの評価

・療養者・家族のリスクと個別性を反映した備えになっているかを視点にした評価では、高い評価をする施設がみられるが、十分とは考えていない施設も多く、さらなる備え

の必要性が示唆された。

・また、総合的に備えの評価を求めたところ、災害サイクルが超急性期と急性期の短期間であること、備えに向けて学習をしたり、リスクのアセスメントをしたり、計画を

立てる段階にあるなど,何らかの備えは行われているものの十分な備えとは言い難い

状況にある。

3)今後進めたい備え

・既に備えを実施している施設も含め、「進めたい備えがある」「検討しているところ」とするものが概ね7割となっている。備えを行う前提となる災害は地震が最も多く、

津波や放射能汚染についての対応も含め、現行の備えより数ポイント高くなっており、

新たに備えを始めたいと考える施設があることがわかる。

・具体的な今後の備えについては、関係機関・職種間の連携に関する備えを考える施設が多く、「療養者の要因の特定」や「災害時の個々の職員の行動指針・計画等の作成」

などの施設が単独で行える備えを考える施設の割合が低かった。特に、備えに欠かせ

ない「災害看護についての学習・研修」をあげるものが最も低かった。

4)備えを進める上での課題

・備えを進める上での課題は、「災害についての知識や認識不足」が最も高く、「関係者を巻き込んだ体制構築の難しさ」「備えを進めることにより生じる新たな負担」「役割

14

に対する認識が不十分」の順に低くなった。

・知識や認識不足では、甚大な被害予測のために備えのイメージができない、災害医療・災害看護についての知識がないこと、関係者を巻き込んだ体制構築の難しさでは、役

割を超えて備えの検討を進めるリーダーの不在、連携協議の場がない、連携すべき関

係者等が具体的にわからない等の課題が指摘された。

5)調査票の配布・回収状況

・調査票の配布・回収状況は表5のとおりである。お忙しい中、ご協力頂きました訪問看護ステーション、在宅療養支援診療所の皆様には紙面を借りてお礼を申し上げます。

表 5 調査票の配布・回収状況

区 分 調査票配布

件数 不達件数 実配布件数

(回答率) 回答数

訪 問 看 護 ス テ ー シ ョ ン 2,586 24 2,562 (18.5%) 473

在 宅 療 養 支 援 診 療 所 490 25 465 (11.8%) 55

合 計 3,076 49 3,027 (17.4%) 528

2.施設としての備えの状況

1)備えの有無、備えている災害種別、対象者の限定の有無等

①「備えの有無」を見ると、全体の 68.6%が「何らかの備えを行っている」とし、「備えを行っていない」と回答した施設は 31.4%であった(表 6)。回答頂いた概ね7割程度の施設が何らかの備えを行っている。しかしながら、調査対象の施設は内閣府

が大規模な被害を想定する震度6強、震度7の地震が想定されている地域である。

そうしたことに鑑みると、これらの地域に立地する施設において十分な備えがなさ

れているとは言い難い状況にあることが見て取れる。改めて災害への備えについて

考える必要性を確かめることができた。以下、施設としての備えの状況については、

「何らかの備えを行っている」施設を対象に回答の傾向を見る。

表 6 備えの有無

区 分 何らかの備えを行っている

備えは行っていない 合計

全 体 (68.6%) 362

(31.4%) 166

(100.0%) 528

訪問看護 ステーション

(69.3%) 328

(30.7%) 145

(100.0%) 473

在宅療養支援 診療所

(61.1%) 34

(38.9%) 21

(100.0%) 55

②「備えている災害種別」を見ると、「地震」への備えが最も多く概ね全てがあげた。

続いて「津波」への備えがあげられた。その他の災害への備えについては、自然災

害と人為災害に加え、わずかに特殊災害があげられた。具体的には、「自然災害」で

15

は台風、集中豪雨、洪水、雪害、竜巻、火山噴火が、「人為災害」では火災が、「特

殊災害」としてテロをあげるものもあった。調査に当たっての目的の中で「南海ト

ラフ地震」、「首都直下型地震」をあげたことの影響も考えられるが、災害の想定は

これまでの大規模な地震災害の経験を踏まえたものになっていることが分かる(表 7)。 表 7 備えの前提としている災害の想定

(複数回答有り)

区 分 地震 津波 放射能汚染 その他 無回答

全 体 (97.5%) 353

(26.5%) 96

(1.4%) 5

(14.6%) 53

(0.8%) 3

訪問看護 ステーション

(97.9%) 321

(27.1%) 89

(1.2%) 4

(15.5%) 51

(0.6%) 2

在宅療養支援 診療所

(94.1%) 31

(20.6%) 7

(2.9%) 1

(5.9%) 2

(2.9%) 1

③「対象者の限定の有無」を見ると、対象者を限定「限定している」とする施設が 31.8%で、「限定していない」とする施設の 66.0%に比べ少ない(表 8)。在宅ケアにおいては、病院等の施設環境と異なり、少数の専門職が拠点となる医療施設から地理的に

離れた場に訪問することでケアを提供する。多くの場合、小規模な施設でケアが提

供されている。また、現時点では災害への備えは介護保険制度等で位置づけられて

おらず点数化もされていない。災害の備えを進める上でこうした制約がある。そこ

でその点を質問した。対象を「限定している施設」では、人工呼吸器等の医療機器

の装着者や等の医療依存度の高い者、認知症等、独居、療養者や寝たきりなどの介

護度の高い対象者等をあげる。また、限定はしていないものの、定期的に利用者の

状況を把握し、災害時の対応の優先順を定めておくとする施設も見られた。 表 8 備えを行う対象者の限定の有無

区 分 限定している 限定していない 無回答 合計

全 体 (31.8%) 115

(66.0%) 239

(2.2%) 8

(100.0%) 362

訪問看護 ステーション

(30.5%) 100

(67.4%) 221

(2.1%) 7

(100.0%) 328

在宅療養支援 診療所

(42.4%) 14

(54.5%) 18

(3.0%) 1

(100.0%) 33

④備えの状況の設問への回答状況から備えの状況を俯瞰する。そのため、何らかの備

えを行っていると回答した施設について、「訪問看護ステーション又は在宅療養支援

診療所が単独で行える備え」「療養者と家族が中心となって行える備えの支援」「他

の支援者と連携して行う備え」に関する設問への回答状況を整理した(表 9)。その上で、個別の項目の中から、いくつかの項目について(※印)備えの詳細をみる。

訪問看護ステーション等が単独で行える備えでは、「業務継続のための備え」が最も

多く、「療養者のリスク要因の特定」、「災害看護についての学習・研修」、「災害時の

個々の職員の行動指針・計画等の作成」の順になった。以下、他の柱についても同

様に見ることとする。

16

表 9 備えの状況の設問への回答状況

区 分 全体 施設別内訳

訪問看護ステーション

在宅療養支援 診療所

訪問看護ステーション又は在宅療養支援診療所が単独で行える備え

療養者のリスク要因の特定 (79.0%) 286

(80.2%) 263

(67.6%) 23

災害時の個々の職員の行動指針・計画等の作成

(40.1%) 145

(39.3%) 129

(47.1%) 16

訪問看護ステーション、または在宅療養支援診療所の業務継続のための備え〔※〕

(80.7%) 292

(80.8%) 265

(79.4%) 27

災害看護についての学習・研修 (61.6%) 223

(62.5%) 205

(52.9%) 18

療養者と家族が中心となって行える備えの支援

療養者・家族と災害時に生じる避けがたいリスクの特定と共有

(73.2%) 265

(74.7%) 245

(58.8%) 20

リスクを最小限にするために取るべき手段の検討(※)

(77.3%) 280

(77.7%) 255

(73.5%) 25

療養者・家族以外の関係者の力を生かす協力関係の構築

(51.1%) 185

(51.5%) 169

(47.1%) 16

他の支援者と連携して行う備え

療養者のリスク要因の共有 (59.1%) 214

(60.1%) 197

(50.0%) 17

災害時の個々の関係機関の行動指針・計画等の共有

(57.2%) 207

(57.9%) 190

(50.0%) 17

関係機関・職種間の連携のあり方(※)

(65.7%) 238

(66.5%) 218

(58.8%) 20

2)訪問看護ステーションまたは、在宅療養支援診療所が単独で行える備え 「業務継続の備え」について詳細を見ると、全体では「療養者のリストの常時の更新

と打ち出し」「医療用品や栄養用品の備蓄」「在宅療養者・家族の備えの状況の把握」の

順に、施設別でも訪問看護ステーションは同様な傾向が見られ、在宅療養支援診療所で

は「医療用品や栄養用品の備蓄」が最も多くなった(表 10)。 表 10 業務継続のための備えの状況

(複数回答あり)

区 分 全体 施設別内訳

訪問看護ス テーション

在宅療養 支援診療所

療養者のリストの常時の更新と打ち出し (55.0%) (57.0%) (35.3%)

199 187 12 医療用品や栄養用品の備蓄

(40.6%) (38.7%) (58.8%) 147 127 20

在宅療養者・家族の備えの状況の把握 (34.0%) (34.5%) (29.4%)

123 113 10 自らのステーションが被災した場合の対応方法の検討

(26.5%) (25.0%) (41.2%) 96 82 14

非常時の医療用材料等の供給手段の確保 (19.9%) (19.8%) (20.5%)

72 65 7 訪問用車両に緊急時の救助用品を積載

(14.4%) (14.3%) (14.7%) 52 47 5

スタッフのこころのケアの必要性の確認 (9.4%) (8.8%) (14.7%)

34 29 5 その他

(2.8%) (3.0%) (0.0%) 10 10 0

特に何もしていない (7.7%) (7.9%) (5.9%)

28 26 2 無回答

(11.6%) (11.3%) (14.7%) 42 37 5

17

3)療養者と家族が中心となって行える備えの支援

次に、療養者と家族が中心となって行える備えの支援では、「リスクを最小限にする

ために取るべき手段の検討」が最も多く、「療養者・家族と災害時に生じる避けがたい

リスクの特定と共有」「療養者・家族以外の関係者の力を生かす協力関係の構築」の順

になった。最も多くの施設が回答した「リスクを最小限にするために取るべき手段の検

討」について詳細を見る。全体では「医療処置の継続方法の習得」「必要な栄養・衛生

材料を日数分(最大7日分)の備蓄をするように指導」「避難先(病院・避難所等)に

伝えるべき医療・生活情報の整備」の順で備えを行っており、施設別でみると訪問看護

ステーションでは同様な傾向が見られ、在宅療養支援診療所では、「必要な栄養・衛生

材料を日数分(最大7日分)の備蓄をするように指導」が最も多くなっている(表 11)。 表 11 リスクを最小限にするために取るべき手段の検討

(複数回答有り)

区 分 全体 施設別内訳

訪問看護 ステーション

在宅療養 支援診療所

医療処置の継続方法の習得 (49.4%) (50.6%) (38.2%) 179 166 13

必要な栄養・衛生材料を日数分(最大7日分)の備蓄するように指導

(46.1%) (46.0%) (47.1%) 167 151 16

避難先(病院・避難所等)に伝えるべき医療・生活情報の整備

(34.0%) (33.8%) (35.3%) 123 111 12

避難場所へ移動・移送する方法の確保 (26.8%) (26.8%) (26.5%) 97 88 9

主たる介護者以外の家族でも医療処置ができる対処方法の習得

(24.9%) (25.3%) (20.6%) 90 83 7

その他 (1.4%) (1.5%) (0.0%) 5 5 0

特に何もしていない (15.5%) (14.9%) (20.6%) 56 49 7

無回答 (7.2%) (7.3%) (5.9%) 26 24 2

4)他の支援者と連携して行う備え 療養者と家族が中心となって行える備えの支援では「関係機関・職種間の連携のあり

方」が最も多く、「療養者・家族と災害時に生じる避けがたいリスクの特定と共有」、

「療養者・家族以外の関係者の力を生かす協力関係の構築」の順になった。最も多くの

施設が回答した「リスクを最小限にするために取るべき手段の検討」について詳細を見

ると、全体では「医療処置の継続方法の習得」「必要な栄養・衛生材料を日数分(最大

7日分)の備蓄をするように指導」「避難先(病院・避難所等)に伝えるべき医療・生

活情報の整備」の順になっている。施設別でも訪問看護ステーションは同様な傾向が見

られ、在宅療養支援診療所では「必要な栄養・衛生材料を日数分(最大7日分)の備蓄

をするように指導」が最も多くなった(表 12)。

18

3.現時点の備えの評価

1)家族のリスクを想定した的確な備えの状況 こうした備えの現状についての評価を見る。療養者・家族を中心とした備えへと進め

るため、災害時に療養者・家族が直面することが想定される「リスク」が反映されてい

るかに着目して評価を行ってもらった。そのためまず、備えの現状において個々の施設

の備えの的確さの評価を行ってもらい、その上で、個々の療養者、家族の災害時のリス

クを想定した備えになっているのかについて評価を求めた。 「備えが療養者・家族のリスクを的確に反映させた備えになっているか」(備えの的

確さ)と「療養者・家族の個別性を反映させた災害時のリスクを想定しているか」(リ

スクを想定した備え)をクロス集計した(表 13)。「どちらともいえない」を除くと、備えが的確でなくリスクを想定したものになっていないと回答した施設が、備えが的確

でリスクを想定したものとする施設を上回った。

表 12 関係機関・職種間の連携のあり方 (重複回答あり )

区 分 全体 施設別内訳

訪問看護 ステーション

在宅療養 支援診療所

人工呼吸器や在宅酸素、人工透析等の医療資機材を扱う業者との連携の構築

(38.4%) (38.1%) (41.2%) 139 125 14

他の訪問看護ステーション、または在宅療養支援診療所同士の専門職種との連携の構築

(34.0%) (33.5%) (38.2%) 123 110 13

病院や介護事業所等の他の種類の機関の専門職種との連携の構築

(32.0%) (32.3%) (29.4%) 116 106 10

市町 /府県等の自治体との連携 (19.9%) (20.1%) (17.6%) 72 66 6

療養者・家族の近隣住民との連携の構築 (12.7%) (13.1%) (8.8%) 46 43 3

患者団体や療養者支援団体との連携 (1.9%) (1.5%) (5.9%) 7 5 2

その他 (0.8%) (0.9%) (0.0%) 3 3 0

特に何もしていない (21.3%) (20.7%) (26.5%) 77 68 9

無回答 (13.0%) (12.8%) (14.7%) 47 42 5

表 13 備えの評価(備えの的確さと療養者・家族のリスクの反映)

(n=345) 療養者・家族のリスクを想定した備え

想定でき

ている ほぼ想定で

きている どちらとも

いえない あ ま り 想 定 で

きていない 想定できて

いない

備えの的確さ

なっている 5 3 0 0 0 ほぼなっている 6 42 11 1 0 どちらともいえない 1 36 69 15 2 あまりなっていない 1 11 19 65 4 なっていない 0 2 2 18 32

19

2)施設としての備えの十分さ

備えの状況の総合的評価のために、訪問看護ステーション、支援診療所での備えが十

分かについて評価してもらったところ、全体及び施設別のいずれについても「あまりそ

う思わない」「そう思わない」が多く見られた(表 14)。「リスク」面以外の要素も含めた備えが進んでいないことを示しているものと考える。 備えで対象とする災害サイクルは、発災から概ね3日間以内の「超急性期」(48.9%:

重複回答有り)が最も多く、その後の概ね1週間以内の「急性期」 (28.2%:重複回答有り)と短い期間に焦点を当てており、亜急性期の活動以降を対象とするものは少ない。備えの準備の進捗状況は、「災害時に必要な対応について学習をしている段階」「災害時

の在宅療養者のリスクをアセスメントしている段階」「備えのための計画を立てている

段階」などをあげており、備えが十分とは言い難い状況にあることが分かる。

表 14 施設としての備えの十分さ

区 分 全 体

施設別内訳

訪問看護 ステーション

在宅療養 支援診療所

そう思う (0.8%) (0.6%) (2.9%) 3 2 1

ややそう思う (6.4%) (7.0%) (0.0%) 23 23 0

どちらとも言えない (18.5%) (18.6%) (17.6%) 67 61 6

あまりそう思わない (40.3%) (40.9%) (35.3%) 146 134 12

そう思わない (31.2%) (30.8%) (35.3%) 113 101 12

無回答 (2.8%) (2.1%) (8.8%) 10 7 3

合 計 (100.0%) (100.0%) (100.0%) 362 328 34

4.今後進めたい備え

1)今後進めたい備えの有無、災害種別、重視したい備え ① 「今後進めたい備えの有無」を見ると、既に実施している備えの有無に関わらず、「検

討しているところ」が最も多く、「進めたい備えがある」と合わせて概ね7割を占め

る。備えの有無により比較すると、何らかの備えをしている施設では「進めたい備

えがある」との回答が、備えを行っていない施設では「わからない」との回答の割

合が高くなっている。前者では備えを次の段階へと充実させるマネジメントサイク

ルが回り始めていることが窺える。一方、後者ではそうしたサイクルの確立の至っ

ておらず、備えの普及充実を阻害する要因となる恐れがある(表 15)。

20

表 15 今後進めたい備えの有無

区 分 全体 備えの有無

何らかの備え

をしている 備えを行って

いない

進めたい備えがある (26.1%) (29.0%) (19.9%) 138 105 33

検討しているところ (44.7%) (45.9%) (42.2%) 236 166 70

わからない (22.0%) (17.7%) (31.3%) 116 64 52

進めたい備えはない (4.7%) (4.7%) (4.8%) 25 17 8

無回答 (2.5%) (2.8%) (1.8%) 13 10 3

合 計 (100.0%) (100.0%) (100.0%) 528 362 166

② 「備えを行う前提となる災害」を見ると、現状の備え同様に地震の割合が最も高く、

津波、放射の汚染への対応について数ポイントずつ高まっている(表 16)。南海トラ

フ地震や首都直下型地震の被害想定が明らかになる中で津波災害への備えの必要性

が強く意識されたことによる影響が推察される。

表 16 今後備えを行う前提としての災害想定

(n=374) 区 分 地震 津波 放射能汚染 その他 全 体 (98.7%) (30.2%) (4.4%) (10.5%)

369 143 21 50 訪問看護

ステーション (98.8%) (38.2%) (5.3%) (14.7%)

336 130 18 50 在宅療養

支援診療所 (97.1%) (38.2%) (8.8%) (0.0%)

33 13 3 0

③ 「今後の備え」について具体的な質問項目に対して、何らかの備えの必要性をポジ

ティブに指摘した施設数を整理したところ(表 17)、「関係機関・職種間の連携を効

果的に機能させるための方法」について触れたものに回答した施設が最も多く、「災

害看護についての学習・研修」が最も少なくなった。全体を見るとそれぞれの項目

は概ね 80%前後となっている。

このような備えへの関⼼を「備えの訪問看護ステーション⼜は在宅療養⽀援診療所

が単独で⾏える備え」、「療養者と家族が中⼼となって⾏える備えの⽀援」、「他の⽀援

者と連携して⾏う備え」の3つの柱の中から、「災害時の個々の職員の⾏動指針・計

画等の作成」、「リスクを最⼩限にするために取るべき⼿段の検討」、「関係機関・職種

間の連携を効果的に機能させるための⽅法」を選択し、次に詳細を⾒る。

21

表 17 今後の備えへの回答状況〔項目別・備えの有無別〕

項 目 質 問 の 区分

全体 備えの有無

何らかの備えをしている

備えを行っていない

関係機関・職種間の連携を効果的に機能させるための方法

〔Ⅲ〕 (86.7%) (87.6%) (84.9%)

458 317 141

関係機関・職種間の連携のあり方 〔Ⅲ〕 (84.8%) (85.9%) (82.5%)

448 311 137 災害時の個々の関係機関の行動指針・計画等の共有

〔Ⅲ〕 (83.9%) (85.1%) (81.3%)

443 304 139 リスクを最小限にするために取るべき手段の検討

〔Ⅱ〕 (83.9%) (84.0%) (83.7%)

443 300 138 療養者・家族と災害時に生じる避けがたいリスクの特定と共有

〔Ⅱ〕 (83.0%) (82.9%) (83.1%)

438 302 132 療養者のリスク要因の共有 〔Ⅲ〕

(82.2%) (83.4%) (79.5%) 434 308 135

療養者・家族以外の関係者の力を生かす協力関係の構築

〔Ⅱ〕 (81.1%) (81.5%) (80.1%)

428 295 133 訪問看護ステーション、または在宅療養支援診療所の業務継続のための備え

〔Ⅰ〕 (80.5%) (80.1%) (72.9%)

425 290 121

療養者のリスク要因の特定 〔Ⅰ〕 (80.1%) (81.5%) (77.1%)

423 295 128 災害時の個々の職員の行動指針・計画等の作成

〔Ⅰ〕 (79.7%) (80.9%) (76.5%)

421 293 127 災害看護についての学習・研修 〔Ⅰ〕

(62.3%) (66.6%) (53.0%) 329 241 88

注)「質問の区分」には基本モデルに沿った3つの柱である「備えの訪問看護ステーション又は在宅療養支援診療所が単独で行える備え」を〔Ⅰ〕に、「療養者と家族が中心となって行える備えの支援」

を〔Ⅱ〕、「他の支援者と連携して行う備え」を〔Ⅲ〕として表記した。

2)訪問看護ステーションまたは在宅療養支援診療所が単独で行える備え 「災害時の個々の職員の行動指針・計画等の作成」を見ると、「各スタッフの初動の

役割」が最も多くあげられた。さらに、地域の中で離れて個別に暮らす療養者の安否

確認を優先づけて行う方法や、実際に訪問時に災害が起こった場合の行動、スタッフ

間での連絡網の整備等の順に備えの項目をあげる。備えの有無で見ると、「何からの

備えをしている」と回答した施設が、「備えを行っていない」と回答した施設に比べ

高い割合でポジティブな備えの各項目をあげている(表 18)。

表 18 災害時の個々の職員の行動指針・計画等の作成 (複数回答有り)

区 分 全体 備えの有無

何らかの備えをしている

備えを行っていない

各スタッフの初動の役割 (40.5%) (44.2%) (32.5%) 214 160 54

利用者の安否確認(優先順位づけ)方法 (39.8%) (42.3%) (34.3%) 210 153 57

訪問時に災害が起こった際の行動のとり方 (37.9%) (41.2%) (30.7%)

200 149 51 スタッフ間での連絡網

(33.9%) (36.7%) (27.7%) 179 133 46

災害情報の把握方法 (31.3%) (34.8%) (23.5%)

165 126 39 行動指針・計画をもとに危機対応のマニュアル化

(24.2%) (27.1%) (18.1%) 128 98 30

22

3)療養者と家族が中心となって行う備えの支援

「リスクを最小限にするために取るべき手段の検討」を見ると、療養者の健康の揺ら

ぎと生命の持続の危機に適切に対応するための「医療処置の継続方法の習得」が最も

多くあげられた。また、ライフラインの途絶等により他者の応援も十分に得られない

ことも踏まえ、「必要な栄養・衛生材料の備蓄の指導」をあげる。それでも自宅での療

養の継続が難しく避難する場合には、避難所への移動・移送手段の検討や、移動・移

送に伴い避難先でも必要なケアを受けるために必要な情報の整備が必要だとする。主

たる介護者自身も被災し、ケアの提供が困難になることも想定されるため、他の家族

でも医療処置ができるよう対処方法の習得を図る必要があると考えている(表 19) 表 19 リスクを最小限にするために取るべき手段の検討

(複数回答有り)

区 分 全体 備えの有無

何らかの備えをしている

備えを行っていない

医療処置の継続方法の習得 (41.1%) (43.4%) (36.1%)

217 157 60 必要な栄養・衛生材料を日数分(最大7日分)の備蓄するように指導

(38.6%) (40.6%) (34.3%) 204 147 57

避難場所へ移動・移送する方法の確保 (35.6%) (38.4%) (29.5%)

188 139 49 避難先(病院・避難所等)に伝えるべき医療・生活情報の整備

(36.2%) (37.8%) (32.5%) 191 137 54

主たる介護者以外の家族でも医療処置ができる対処方法の習得

(34.5%) (37.8%) (27.1%) 182 137 45

その他 (0.8%) (0.8%) (0.6%)

4 3 1 特にない

(3.0%) (2.8%) (3.6%) 16 10 6

無回答(MP) (13.1%) (13.3%) (12.7%)

69 48 21

4)他の支援者と連携して行う備え

「関係機関・職種間の連携を効果的に機能させるための方法」を見ると、関係機関・職

種と連携して備えるためには、共有すべき行動規範となる「危機対応マニュアルづく

りが」と「備えの仕組みを構築・持続させる競技の場づくり」が重要だと考えている。

また、療養者・家族を中心とする備えを実現するために不可欠な療養者・家族の対応

力を高めるための教育プログラムを開発と実施を図りながら、関係者と療養者・家族

を巻き込み備えを進めていくことが必要だと考えている(表 20)。

表 18 災害時の個々の職員の行動指針・計画等の作成(続き)

区 分 全体 備えの有無

何らかの備えをしている

備えを行っていない

災害サイクルに応じた対応 (18.9%) (22.9%) (10.2%) 100 83 17

その他 ML (1.1%) (1.4%) (0.6%)

6 5 1 特にない (3.8%) (3.3%) (4.8%)

20 12 8 無回答 ML

(16.5%) (15.7%) (18.7%) 87 57 31

23

表 20 関係機関・職種間の連携を効果的に機能させるための方法

(複数回答有り)

区 分 全体 備えの有無

何らかの備えをしている

備えを行っていない

関係者が共通して活用できる危機対応マニュアルづくり

(35.4%) (38.7%) (28.3%) 187 140 47

備えの仕組みを構築・持続させる協議の場づくり

(31.8%) (31.8%) (31.9%) 168 115 53

療養者・家族の対応力を高める教育プログラムの開発と実施

(14.2%) (15.5%) (11.4%) 75 56 19

関係者が参加する研修プログラムの開発と実施 (13.3%) (13.3%) (13.3%)

70 48 22 療養者・家族が参加する訓練プログラムの開発と実施

(11.0%) (11.0%) (10.8%) 58 40 18

その他 (0,4%) (0.6%) (0.0%)

2 2 0 無回答

(13.3%) (12.4%) (15.1%) 70 45 25

5.備えを進める上での課題

1)備えを進める上での課題 「備えを進める上で課題」を順にあげてもらったところ、「災害についての知識や認識

の不足」、「関係者を巻き込んだ体制構築の難しさ」、「備えを進めることにより生じる

新たな負担」、「役割に対する認識が不十分」の順となった。また、備えの有無で見る

と、備えの経験を反映して「関係者を巻き込んだ体制構築の難しさ」を、備えをしてい

ないとする施設は「災害についての知識や認識の不足」を最も多くあげている(表 21)。以下に備えを進める上での課題の詳細を見る。

表 21 備えを進める上での課題

位 区 分 全体

備えの有無

何らかの備え

をしている

備えはしてい

ない

1 災害についての知識や認識の不足 177 108 69 2 関係者を巻き込んだ体制構築の難しさ 171 135 36 3 備えを進めることにより生じる新たな負担 85 58 27 4 役割に対する認識が不十分 54 34 20 5 その他 11 6 5 6 特にない 0 0 0

2)課題の具体的内容から ①「災害についての知識や認識の不足」を見ると、備えの有無に関わらず、内閣府等が

想定・公開している予測が「甚大な被害予測のために備えのイメージができない」と

するものが最も多く、「災害医療・災害看護についての知識がない」「災害の情報や経

験がないので備え方がわからない」と在宅ケアを提供する側の課題や、「療養者・家族

に災害への危機感がない」ことをあげる(表 22)。

24

表 22 災害についての知識や認識の不足 (複数回答有り)

区 分 全体 備えの有無

何らかの備えをしている

備えはしていない

甚大な被害予測のために備えのイメージができない

(56.8%) (54.4%) (62.0%) 300 197 103

災害医療・災害看護についての知識がない (38.3%) (34.8%) (45.8%) 202 126 76

災害の情報や経験がないので備え方がわからない

(35.2%) (30.9%) (44.6%) 186 112 74

療養者・家族に災害への危機感がない (29.4%) (30.9%) (25.9%) 155 112 43

備えても災害に対処することはできないと考えている

(22.3%) (18.8%) (30.1%) 118 68 50

備えを始めたいが相談できる相手が身近にいない

(21.4%) (16.9%) (31.3%) 113 61 52

自分の施設のエリアは安全だと考えている (4.4%) (4.1%) (4.8%) 23 15 8

その他 (1.7%) (1.9%) (1.2%) 9 7 2

②「関係者を巻き込んだ体制構築の難しさ」を見ると、備えの有無に関わらず、内閣府

等が想定・公開している予測が「甚大な被害予測のために備えのイメージができない」

とするものが最も多く、「災害医療・災害看護についての知識がない」「災害の情報や

経験がないので備え方がわからない」と在宅ケアを提供する側の課題や、「療養者・家

族に災害への危機感がない」ことをあげる(表 23)。 表 23 関係者を巻き込んだ体制構築の難しさ

(複数回答有り)

区分 全体 備えの有無

何らかの備えをしている

備えはしていない

役割を超えて備えの検討を進めるリーダーがいない

(47.7%) (47.8%) (47.6%) 252 173 79

関係機関は個別に備えを進めているが連携を協議する場がない

(42.2%) (46.7%) (32.5%) 223 169 54

連携すべき関係者・関係機関・団体が具体的にわからない

(37.1%) (34.5%) (42.8%) 196 125 71

拠点病院や避難所の備えに偏っており在宅療養者に目が向いていない

(26.1%) (26.0%) (26.5%) 138 94 44

療養者・家族とコミュニティの関係が希薄なため地域住民の協力を得られない

(17.4%) (18.2%) (15.7%) 92 66 26

現行法制度上の義務として行うべき役割になっていない

(15.3%) (15.2%) (15.7%) 81 55 26

関係機関・団体の意識が低く相談をしても十分な協力がもらえない

(15.3%) (14.6%) (16.9%) 81 53 28

その他 (3.4%) (4.7%) (0.6%)

18 17 1 ③「備えを進めることにより生じる新たな課題」を見ると、備えを行うにしても「限ら

れた訪問時間」という日常業務の制約をあげるものが最も多く、「個々の療養者・家族

に合わせた検討」を行う難しさをあげる。また、在宅ケアを提供する施設の規模や脆

弱性を反映して「少人数で規模が小さい」こと、「自らも被災する中での活動」の困難

さをあげる(表 24)。

25

表 24 備えを進めることにより生じる新たな課題 (複数回答あり)

区 分 全体 備えの有無

何らかの備えをしている

備えはしていない

限られた訪問時間の中で備えの検討を行うことは難しい

(49.2%) (48.9%) (50.0%) 260 177 83

個々の療養者・家族に合わせた検討を行うことが難しい

(38.6%) (37.0%) (42.2%) 204 134 70

少人数で規模が小さい施設のために十分な実践的対応ができない

(38.4%) (35.9%) (44.0%) 203 130 73

自らも被災する中で活動しなければならなくなりリスクが増加する

(34.3%) (32.3%) (38.6%) 181 117 64

社会資源等の活用等において新たに関係者との調整が必要になる

(33.7%) (35.9%) (28.9%) 178 130 48

療養者・家族のリスクの特定に時間がかかる (20.6%) (19.3%) (23.5%)

109 70 39 備えを進めることが施設にとっての収入につながらない

(20.5%) (20.7%) (19.9%) 108 75 33

その他 (2.1%) (2.2%) (1.8%)

11 8 3

④「役割に対する認識が不足」を見ると、他の支援者と備えを行うにしても「他の関係

者が災害時に出来ること」が理解されておらず、また、法的に見ても「義務として役

割が明示されていない」ことをあげる。また、そうした課題について「相談する相手

がわからない」として、「国や自治体が役割意識を高めるための取組み」の必要性をあ

げる(表 25)。

表 25 役割に対する認識が不足 (複数回答有り)

区分 全体 備えの有無

何らかの備えをしている

備えはしていない

他の関係者が災害時に何をすることが出来るのか分からないため

(43.8%) (42.0%) (47.6%) 231 152 79

現行法制度上の義務として役割が明示されていない

(32.2%) (29.3%) (38.6%) 170 106 64

役割について相談する相手がわからないため (21.4%) (18.5%) (27.7%)

113 67 46 国や自治体が役割意識を高めるための取組みを行っていないため

(20.1%) (19.3%) (21.7%) 106 70 36

災害の備えは療養者・家族が行うべきものである考えているため

(13.4%) (12.4%) (15.7%) 71 45 26

現在、十分に備えができていると考えているため

(1.9%) (1.1%) (3.6%) 10 4 6

その他 (4.5%) (5.0%) (3.6%)

24 18 6

26

Ⅳ 政策提言

1.政策提言を行う上で留意したこと

「在宅には主体性がある」と言われるように、在宅ケアを提供する者として、在宅生活を選択した医

療依存度の高い療養者のQOLを災害時でも可能な限り持続させることができるように行動レベルで備え

を行う必要がある。その端緒として、災害時の「リスク」と「リスクマネジメント」を健康が揺らぎや

すいハイリスク療養者の備えから検討を行ってきた。災害時に起こりがちな「想定外」の状況に、ただ

立ち尽くすというのではなく、また、過度に自己防衛的な行動を取るのでもなく、在宅ケアのエキスパ

ートとして役割を果たすことができる仕組みづくりが重要だと考えている。そのためには、直面した様々

な危機的場面とその経験を生かしたマネジメントサイクルの確立に向け、短期的に可能なことから、中

長期的の制度改革に至る幅広い視点で考えることが必要である。未だ十分なものとは言えないが、以下

に備えを充実・強化するための方向性と若干の提案を行う。

2.備えを充実・強化するための方向性

1)災害看護についての適切で効果的な学習・研修機会の提供

“正しく知って、正しく備える”“正しく知って、正しく恐れ、正しく備える”等と言われる。

備えの行動の中で、災害看護についての学習・研修機会の整備は、備えを動機付け、実質化させる

重要な役割を果たすものである。調査結果から明らかになったように、今後取り組みたい備えの内

容の中で、災害看護の学習・教育機会の提供に関心が低いことは課題である。正しい知識が行動の

質を高めることにつながることから、備えの入り口として、訪問看護ステーションと在宅療養支援

診療所等で在宅ケアに携わる看護師を対象に、備えの動機付け、充実の駆動力となる災害看護の学

習機会の整備を図ることが喫緊の課題と考える。そのため、都道府県等の自治体、都道府県看護協

会やその下に設置されている訪問看護連絡協会が在宅災害についての学習・研修機会の提供に主体

的な役割を果たすべきである。

2)災害時の療養者のためのリスクマネジメント体制の構築

① 災害時のリスクマネジメントを構築するための経験の蓄積

災害からの時間的経過を踏まえ、災害に伴い生じる課題の全体像を俯瞰し、災害を具体的にイメ

ージしながら的確なケアの提供ができるようにすることが必要である。調査結果から備えを行って

いる災害サイクルにおける「超急性期」と「急性期」を中心とする短期間に焦点が当てられている

ことが分かった。災害という非日常から日常生活への復旧には亜急性期・慢性期に対する配慮も必

要である。全体像の俯瞰ができるように経験から学び備えを充実させるためには、長期にわたる粘

り強い実践活動の聞き取りや実践者自身の振り返りを通して豊かな経験の蓄積を図る必要があり、

成果を学習・研修機会にフィードバックすることが重要である。いつ大規模な災害が起こってもお

かしくないと言われる中で、研究者・実践者とともに経験を収集するプロジェクトの企画・実施が

急がれる。

27

②災害時の在宅ケアにおけるマネジメントサイクルの適切な運営方法の検討

在宅療養者・家族を中心に災害に伴い生じる課題の全体像を俯瞰するために必要なマネジメント

サイクルについては、調査結果から、マネジメントのサイクル全体に関する備えについて回答者が

関心を持っていることが明らかになった。そのためには、調査結果によって明らかになった関心の

高い具体的な項目の詳細(選択肢)から考えていくことが好ましい。即ち、徐々に備えのプロセス

を回し、備えを質的に充実させていくことが重要である。その参考として、リスクマネジメントの

プロセスの検討に適した優れた備えの事例を収集、共有することが重要である。災害時の看護実践

の収集に併せて、災害経験を生かした備えの取組を創出していくためにも、大規模な被害が想定さ

れている地域でモデル的な施設を選び備えの取組の社会実験を行い、必要な業務量やコストを導出

することが必要である。

③当面の備えを進めるための仕組み・拠点づくり

災害からの復興過程では、様々な社会実験の取組みがなされている。訪問看護ステーションにおい

ても、備えに資する新たな挑戦を行うべきであると考える。災害時に適切なケアを提供するための

プランづくりや、必要な業務量・コストの導出、役割を担うために必要な基本的な機能と医療シス

テム等の社会資源との関係性及び、他の訪問看護ステーションや在宅療養支援診療所との連携のあ

り方を模索するためのモデル拠点「災害時在宅ケア支援拠点」(仮称)を復旧復興過程の被災地(例:

熊本地震)に速やかに設置し、地域の在宅医療の専門家や行政、NPOなどの地域包括ケアを支えて

いる多彩なステークホルダーに助言を求めながらあるべき姿と現行制度の課題等の社会実験と検

証を行うことが大切である。その中では、災害拠点病院や避難所との役割分担、府県を超えた支援

ネットワークのあり方と実現可能性についても重要な視点となる。

④当分の間の災害時の応援態勢の確立

在宅療養者への支援は、「住宅を持つ被災者」として支援の必要度合いが低く思われがちで、超急

性期だけでなく急性期・亜急性期以降も含め、被災地での医療・生活環境が回復するまでの間は、

揺らぎやすい健康状態にあることを理解した取組が必要である。既に日本医師会が日本医師会災害

医療チーム(JMAT)を展開する等、長期にわたる支援体制を構築している。しかしながら、規模の

小さな訪問看護ステーションでのケアの提供や、訪問看護師に変わる応援の仕組みは十分に確立さ

れていない。被災地の在宅ケア機能が持続し、今後長期間のケアの提供を可能にするためには、一

次的に他府県からの支援者を受入れる仕組みの構築が必要となると考える。その際の課題は、送り

出す方も受け取る方も小規模で経営基盤が脆弱なことである。今後、制度改革の検討が必要となる

が、例えば一定の条件のもとに、被災地での活動を支援者の所属での介護保険の点数として収入に

計上することができるなど、派遣先と派遣元がともに潤う仕組みづくりが必要となると考える。

3)中長期的な視点から図るべき備えの充実・強化

①リスクマネジメント加算等災害時の在宅ケア提供者側の備えの充実・強化

個別の療養者・家族の状況に応じた備えを構築するためには、在宅ケア提供側の努力だけでは十分

28

でなく、療養者・家族によるセルフケア、セルフケアサポートが不可欠であり、療養者のセルフケ

ア能力を高める専門的な教育プログラムの開発と活用が不可欠となる。また、療養者と家族が行政

だけでなく、非営利活動団体等も巻き込めるよう自らの状況に関して自己開示が進むようにするこ

とも重要である。このように、療養者・家族が自らの状況や生じやすいリスクを学習したり、その

揺らぎをセルフモニタリングしたり、緊急時には必要な行為が取れるように訓練を行うことが出来

るまでに指導するための「リスクマネジメト加算」(仮称)等の仕組みをつくることが大切だと考

える。その際、コストやケア提供者の負担も考慮し、対象者の限定を行うことが重要である。

②平時からの災害時の応援態勢の確立

災害の備えだけに多大なコストと手間をかけるのではなく、「非日常」の災害を「日常」の在宅ケ

アと上手く結びつけることが重要である。上述の「リスクマネジメント加算」(仮称)等の仕組み

づくりの提案が日常の在宅ケアの中で定着し、病院等の施設からもシームレスにつながる仕組みと

して構築されていくことが望まれる。地域包括ケアシステムの構築が進められている中で、災害と

いう非日常も取り込み、療養者のQOLを持続させる仕組みをつくることは不可欠であり、今後長

期にわたり実現がめざされる保健医療のパラダイムシフトの中で、非日常と日常を適切にマネジメ

ントすることができるような仕組みに発展させていくことが、ステークホルダー誰もの役割になる

ものと考える。

③実践者と研究者を結び「経験と知の循環」を図るネットワークの構築

インタビュー等を通して、在宅ケアに係る訪問看護師等は非常に多忙であるとお聞きした。高齢者

数が増加するとともに、在宅療養を選択する療養者の増加が在宅ケア環境に影響を与えている。そ

うした中で、e-ラーニング等が用いられているが、十分な時間を割いて更なる教育訓練機会に参加

することは難しい。そのため、被災地での活動に加えて、上述の様々な取組の中で、実践者と研究

者の経験と知の蓄積を共有し、循環を図る機会を創る必要がある。時間をかけてそうしたネットワ

ークの構築の支援とそこで生まれた成果を共有する仕組みをつくることが重要となろう。

Ⅴ おわりに

相次ぐ巨⼤地震が発⽣する中、今後発⽣が想定される巨⼤災害である南海トラフ巨⼤地震・⾸都直下

型地震等の⼤規模災害に備え、地域で暮らす病気や障害を持つ療養者・家族のセルフケア能⼒を⾼める

ための訪問看護ステーション及び在宅療養⽀援診療所における取組み状況を明らかにすることを⽬的に

本研究に着⼿した。調査を通して多くの関係者の皆様にご協⼒を頂き、療養者・家族を中⼼としたこれ

からの備えを考えるための貴重な資料を得ることができた。質問紙調査も含め頂いたデータは、貴重な

資料として可能な限り⽣かして分析を⾏い、その⼀部を本報告書に記載した。分析は未だ初期的な段階

であり、今後、研究を深め、実践場⾯での活⽤につながるように努めたい。

29

インタビューと質問紙調査からは備えの実態と課題のみならず、備えを⾏う上でのお悩みもお書き頂

いた。そうした記述の中から,在宅⽣活の継続を⽀える専⾨職として、甚⼤な被害が予測される災害に

備えたいとする使命感を強く感じた。しかし、種々の制約等により⼗分な備えが進められておらず、備

えのための環境整備の⽀援が⼤切だと考えた。現時点での分析をもとに⾏った政策提⾔では、実現可能

性を考慮して直ぐに着⼿できるものと制度改⾰等の熟議を要する課題とに分けて整理・提案した。直ぐ

に取り組むべき課題と中⻑期の課題を関連づけながら備えを実質化していくことが⼤切だと考えている。

本研究が災害医療の充実と、療養者・家族の在宅⽣活の持続の⼀助になれば幸いである。

謝 辞

お忙しい中、本研修の調査にご協⼒くださいました訪問看護ステーション並びに在宅療養⽀援診療所

の皆様に⼼より感謝申し上げます。

本研究は、公益財団法⼈ 在宅医療助成 勇美記念財団の助成により実施いたしました。本助成の⽀援

により、研究が完成しましたことに感謝いたします。

文 献

1)中央防災会議防災対策推進検討会議南海トラフ巨⼤地震対策検討ワーキンググループ(2013)「南海ト

ラフ巨⼤地震対策について(最終報告)」.

(http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku_wg/pdf/20130528_honbun.pdf(2016.8 アクセス))

2)厚⽣労働省(2011)「災害医療等のあり⽅に関する検討会報告書」.

(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001tf5g-att/2r9852000001tf6x.pdf(2016.8 アクセス)

3)社団法⼈全国訪問看護事業協会(2009)「訪問看護ステーションの災害対策 マニュアル作成と実際の

対応」⽇本看護協会出版会.

4)厚⽣労働省科学研究費難治性疾患克服研究事業「重症難病患者の地域医療体制の構築に関する研究」班

災害時難病患者⽀援計画策定検討ワーキンググループ(グループリーダー:⻄澤正豊)(2008):「災害

時難病患者⽀援計画を策定するための指針」.

(http://www.nanbyou.or.jp/pdf/saigai.pdf(2016.8 アクセス))

5)厚⽣労働省科学研究費難治性疾患克服研究事業「稀少性難治性疾患患者に関する医療の向上及び患者⽀

援のあリ⽅に関する研究」班(研究代表者:⻄澤正豊)災害対策プロジェクトチーム(溝⼝功⼀・⽠⽣

伸⼀・野原正平 他)(2013)「災害時の難病患者対応マニュアル策定についての指針(2013 年版)」.

(http://www.nanbyou.or.jp/upload_files/saigai-manual-2013.pdf(2016.8 アクセス))

6)畑吉節未(2015a)「訪問看護ステーションの災害への備えに関する研究 - ハイリスク療養者に焦点を

当てて-」,第20回⽇本集団災害医学会抄録集.

7)畑吉節未(2015b)「⼈⼯呼吸器を装着した ALS 療養者の災害時の在宅⽀援」,第 20 回⽇本難病看護学

会抄録集.

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8)畑吉節未(2016a)「災害時の難病療養者のセルフケアサポート上の課題の検討」,第 21 回⽇本難病看護

学会抄録集.

9)畑吉節未(2016b)「在宅療養者のリスクマネジメントのあり⽅の検討ー災害時にハイリスク状態に直⾯

した在宅療養者の⾏動から」,第 27 回⽇本在宅医療学会抄録集.

10) 厚⽣労働省(2015)「保健医療ビジョン「保健医療 2035」」.

(http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/shakaihoshou/hokeniryou2035/assets/file/h

ealthcare2035_proposal_150609.pdf (2016.8 アクセス))


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