33産業機械 2011.2
特集 製鉄機械
1.はじめに
製鋼用アーク炉(電炉)から発生するダストには、高
濃度の亜鉛、鉛、鉄分と有害な有機化合物が含まれる。
このダストの投棄は環境面から許されず、有価金属回収
の点からも望ましくない。多くの処理プロセスが稼動し
ているが、ダスト中の高濃度の塩素と亜鉛のために、金
属回収と無害化処理は不完全なレベルである。当社は台
湾の嘉徳技術開発股份公司(以下、KATEC)と協力して
この問題に取り組み、電炉ダストからの金属回収と無害
化が高レベルに可能なプロセス(Electric Smelting
Reduction Furnace 以下、ESRF)を実機化した。台
湾の桃園県に設置された5ton/hプラントは2010(平
成22)年9月から順調に稼動している。このプラントで
は高濃度粗酸化亜鉛の回収、鉄分の回収、排ガス中のダ
イオキシン濃度とスラグ中の重金属溶出値の規制値以下
への低減という所期の目的が達成された。本プロセスは
電気エネルギーを使用する電炉方式であり、類似プロセ
スはこれまでにも稼動しているが、ESRFは高濃度の塩
素と亜鉛分に起因する排ガス処理系のトラブル回避のた
めに特に工夫を凝らしている。
2.電炉から発生するダスト
電炉発生ダスト量は製鋼量の2%程度であり、日本の
年間発生量は約50万トンである。ダストには有害有機
物と金属酸化物及び塩化物が含まれ、平均的な成分は、
表1に示すように亜鉛20%、鉄30%、塩素5%等であ
る。ダイオキシン濃度は0.5~5.0ng-TEQ/g-dustと
報告されている。
表2は高温処理時に発生する塩化物の融点と沸点であ
る。塩素分はほぼNaClとKClとして固定され、凝縮・
固化温度の低いZnCl₂の生成量はわずかである。塩化物
は発生ガス冷却段階で凝固して閉塞を起こし、この現象
が多くの電炉ダスト処理プラントで発生しているトラブ
ルの原因の一つである。
日本で発生するダストの60%はロータリーキルンで
亜鉛回収されているが、残りの40%は化学的に無害化
処理して埋め立てられている。しかし、このロータリー
キルンでも鉄分の回収は実施されていない。電炉工場が
支払うダスト処理費はダスト1トン当たり18,000~
25,000円であり、日本全体で年間100億円に達する。
表1 電炉ダストの成分例(重量%)
T-Zn T-Fe C Cl Pb Na K Mn
22.3 30.9 3.9 5.1 1.9 1.5 1.4 3.0
表2 金属塩化物の融点と沸点(℃)
融点(℃) 大気圧における凝縮温度(℃)
ZnCl₂ 318 732
NaCl 801 1465
KCl 772 1407
溶融還元による電炉ダスト処理プロセス
スチールプランテック株式会社技術開発センター 技術開発推進室
主席技師 中山 道夫
34 INDUSTRIAL MACHINERY 2011.2
亜鉛はメッキ材料や合金素材として重要で、日本の年間
亜鉛消費量は約60万トンである。鉄鋼ダストからのリ
サイクルは消費量の10%程度であるが、ダストからの
亜鉛回収を高効率で行うことにより、20%まで上げる
ことができる。世界の亜鉛資源を長持ちさせるにはリサ
イクルを増やすことが重要である。
3.既存電炉ダスト処理プロセス
既存の実用プロセスには⑴ロータリーキルン(Waelz
Kiln)、⑵回転炉床炉(RHF:Rotary Hearth Furnace)、
⑶多段炉床炉等がある。以下に先行プロセスについて説
明する。
⑴ ロータリーキルン
最も普及しているプロセスであり、日本で4基が稼
動中である。このプロセスはダストと還元剤を混合し
てキルンに供給し、キルン内空間の燃料燃焼熱で原料
の加熱還元を行う。発生する亜鉛蒸気は、空間で酸化
されて固体のZnOとなって燃焼排ガスと共に排出さ
れ、集塵機で捕集される。このプロセスの特徴は以下
の通りである。
① エネルギーコストが安く設備規模が大きい。
酸化物還元の熱源に燃料燃焼熱を使用して電熱を
使用しないため、エネルギーコストが安い。また、
小型キルンは操業が困難なため年間処理量5万トン
クラスの大型設備となり、複数電炉工場のダストを
集めて処理することになる。
② 粗酸化亜鉛中のZnO濃度が低く、排ガス中のダ
イオキシン濃度が高い。
多量の燃焼排ガスにより原料ダストが飛散して回
収ZnOに混入するため、回収物中のZnO濃度が低
くなる。またこの際、ダスト中のダイオキシンは熱
分解されないために排ガス中のダイオキシン濃度が
高く、排ガス浄化設備が必要になる。
③ キルン排出物中の残留金属濃度が高い。
キルン内融着防止のために比較的低温で操業さ
れ、亜鉛の分離回収は不十分で、キルン排出物(ク
リンカ)中の鉄分は十分に還元されずにFeOとして
排出される。クリンカ中には高濃度の鉛が残り、埋
立や屋外貯蔵は許可されない。最近ではクリンカは
電炉工場に戻されているが、電炉では鉄源として使
用しにくいため、クリンカ問題が本プロセスの最大
の課題となっている。
⑵ 回転炉床炉及び多段炉床炉(PRIMUS)
ダストに炭材を内装造粒し、可動炉床上で上面から
燃焼熱で加熱を行う。ダスト中の亜鉛分は蒸気となっ
て炉内空間で酸化され、酸化亜鉛として集塵機で回収
される。鉄分は固体還元されて還元鉄として排出され、
溶解製錬される。本プロセスは高炉転炉ダストからの
鉄分回収に普及して国内外に10基以上の実績がある
が、電炉ダスト処理用には普及が遅れている。
電炉ダストで予想される問題点は、排ガス冷却過程
で塩化物が凝固温度に達して付着が促進されること
や、金属亜鉛が固体層下部で凝縮固化すること等が懸
念されるが、詳しくは報告されていない。炉内温度は
還元鉄と塩化物の軟化付着を防止するためにあまり高
温にできず、還元率を高くできない。このため後段の
溶解炉では還元機能が必要である。
4.電炉ダスト処理のプロセス・ESRF法
ESRFは既存プロセスの難点を考慮して開発された新
プロセスである。図1にプロセスの概念を示す。ダスト
は造粒して炭材と共に溶解炉内に投入し、炉内で電気エ
ネルギーにより溶解と還元が進行する。このプロセスの
特徴は以下の通りである。
① 熱源は電気エネルギーであり燃料は使用しない。発
生ガス量が少なく原料の飛散が少ないため、粗酸化亜
鉛中のZnO濃度は70%に達し、高価格で販売可能で
ある。
② 高温排ガスのエネルギーは積極的には利用しない
(熱エネルギーの一部は炉内で原料予熱に使用)。
③ 鉄分も完全に還元して溶銑で回収するため、電炉鉄
源としての利益が大きい。
④ 1250℃を超える高温炉内でダスト中のダイオキシ
ンは完全に熱分解される。
⑤ スラグ中の有害金属分は微小でPb等の重金属の溶
出データは非常に低い。
⑥ 設備サイズがコンパクトなため電炉工場内に設置で
きる。
溶融還元炉はこれまでにも類似プロセスの実績があ
り、ステンレスダストからの金属回収等に応用されてい
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る。プラントの設計に当たって特に注意を払ったのは、
他のプロセスで塩化物によるトラブル事例が報告されて
いる排ガス処理系の部分である。図2に排ガス処理系の
概要を示す(特許出願中)。
COとZn蒸気は炉内と2次燃焼室内で燃焼酸化され
る。2次燃焼室の構造は単純な竪型であり、付着物の成
長を防止し清掃が容易な構造とした。燃焼室は、廃棄物
焼却炉の排ガス系設計指針である「ガス温度850℃で2
秒以上滞留」を満たすように設計されている。炉から飛
散する原料ダストは2次燃焼室で沈降して再度炉に供給
される。2次燃焼後の粗酸化亜鉛と金属塩化物は気相析
出のため微粒であり、燃焼室では沈降しない。この微粒
子を含む高温ガスは多管式ガス冷却塔で急速冷却され、
バグフィルタに送られる。塩化物の凝固温度は排ガスの
管内通過温度域に設計され、垂直壁と下降ガス流の働き
により付着塩化物の剥離は容易である。このため、安定
図2 ESRF排ガス処理系の概要
バグフィルタ
ガス冷却塔2次燃焼室
原料リサイクル
ZnO回収
Slag
2次空気
原料シュート
1次空気
MetalESRF
図1 ESRFプロセスの概念
Pelletized EAF dust(ZnO+FeOx+C)
High temperaturereduction atmosphere
ZnO
ZnZn
Fe Fe
HOT METAL
Electric EnergyZnO+Exhaust gas
Air(O₂)
Zn(g)+O₂/2→ZnO(S)CO(g)+O₂/2→CO₂(g)
ZnO(S)+CO(g)→Zn(g)+CO₂(g)ZnO(S)+C(S)→Zn(g)+Co(g)Fe₂O₃(S)+3CO(g)→2Fe(l)+3CO₂(g)Fe₂O₃(S)+3C(S)→2Fe(l)+3CO(g)
特集:製鉄機械
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操業と高濃度ZnOの回収が可能となった。
5.�ESRFプロセス開発の経緯と�初号機の建設
⑴ ESRF プロセスの開発
ESRFプラントの初号機は、台湾の桃園県に建設さ
れて2010(平成22)年9月から商業運転中である。
この建設の経緯は以下の通りである。
① プロセスの概念は旧・NKK(現・JFEスチール㈱)
の研究所で、製鋼用アーク炉、合金鉄用サブマージ
アーク炉、ゴミ焼却灰抵抗溶融炉等の経験をベース
に確立され、1990年代にパイロットテストが同社
で実施された。
② KATECはESRFプロセスによる電炉ダスト処理
を決定して当社との間に技術協力協定を2006(平
成18)年に締結した。当社はプロセスノウハウの提
供と設備の基本設計を担当し、KATECはこの情報
に基づきプラントを建設した。
③ ESRF新工場を建設・操業するために新会社、嘉
徳創資源㈱(KATEC Creative Resources Corp.
以下、KCR社)が設立された。
④ 2008(平成20)年4月に建設が開始され、2009
(平成21)年12月に試験操業を開始し、2010(平
成22)年9月から商業運転が開始された。
⑤ プラントの計画能力は電炉ダスト処理能力5
ton/h(36,000ton/y)で、電炉ダスト以外に医療
廃棄物や廃乾電池等の処理が可能である。
⑵ 初号機の外観
写真1に溶融還元炉本体の外観を示す。
炉体は傾動せず炉体側面に開口して出銑と出滓を行
うため、開口機とマッドガンを備えている。
写真2に原料ダストをブリケット化したものと、粗
酸化亜鉛及び回収銑鉄を示す。電炉工場に設置する場
合は銑鉄を溶銑のままで電炉に装入することになり、
鋳銑機は不要で電炉の省エネルギーに寄与できる。
⑶ 生成物の化学成分
表3にESRFプラント生成物の成分の一例を示す。
データは原料ダストの成分と操業条件により変動する
写真1 ESRF炉本体
写真2 原料と回収物
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が、粗酸化亜鉛中のZnOは他プロセスに比べて高濃
度である。
スラグの重金属溶出量測定は、台湾標準とJISの両
方で行った。表4にその結果を示す。結果は非常に良
好で、両方とも規制値よりもかなり低い。また、排ガ
ス中のダイオキシン濃度は0.1ng-TEQ/m³N以下と
いう低レベルであった。
⑷ 有価物の回収率と原単位
表5に経済性評価のために回収物回収率と原単位の
一例を示す。高濃度の粗酸化亜鉛は有価物で、台湾で
は亜鉛LME価格の25%で亜鉛精錬企業に販売されて
いる。
⑸ 台湾のESRFプラントの特徴
台湾のESRFプラントは、グリーンフィールドに建
設し複数の電炉企業ダストを処理する計画のため、以
下のような不利な点が生じた。
① 土地、建屋、ユーティリティ等が新たに必要とな
った。
② 保全や管理の要員が独立に必要となった。
③ 建設用地が「環境科学ハイテク工業団地」である
ため、建設許可と操業許可の入手が煩雑で時間を要
した。
当社は、集中処理ではなく設備を各電炉工場内に設
置して、その工場の発生ダストを処理する方法を推奨
している。本設備を既存の電炉工場内に設置する場合、
次のような利点がある。
① 既存の土地、建屋、ユーティリティ等が使用できる。
② 保全や管理要員の追加が不要である。
③ 建設と操業の認可が簡単である。
④ 溶銑を電炉に戻すことによる省エネルギー効果が
大きい。
6.おわりに
台湾のKCR社で1号機が稼動開始した溶融還元方式
電炉ダスト処理プロセス(ESRFプロセス)は、従来プロ
セスの難点であった環境問題と資源回収問題及びダスト
中の塩素分による設備トラブルを解決できる画期的な新
技術である。今後当社は、日本及び近隣諸国向けに本設
備の普及を図っていく所存である。
表3 ESRFプラントの生成物化学成分例
表4 ESRFプラントスラグの重金属溶出値
表5 ESRFプラントの生成物回収率と操業原単位の例
粗酸化亜鉛 銑鉄 スラグ
ZnO 63.30% (50.2~73.7%) C 3.29% CaO 28.61%
Pb 4.21% (0.35~7.22%) Si 0.47% MgO 9.16%
Cd 0.06% (0.01~0.18%) Mn 1.02% SiO₂ 20.86%
Fe 3.49% P 0.36% Al₂O₃ 9.02%
Cu 0.13% S 0.27% FeO 2.86%
Si 1.12% Cu 0.47% Zn 0.48%
Ca 5.18% Ni 0.05% Pb 0.04%
Cl 6.51% Cr 1.26% Cu 0.03%
Na 2.46% Cr 0.54%
K 2.35%
KCR社スラグの台湾分析による溶出量 (USA EPA 準拠) 台湾の埋立規制値
mg/L procedure mg/L
Cd 0.008 USA EPA 1.00
Pb 0.29 USA EPA 5.00
Cr(+6) N.D. USA EPA 2.50
Cr 0.014 USA EPA 5.00
Hg N.D. USA EPA 0.20
As 0.0012 USA EPA 5.00
KCR社スラグのJIS分析による溶出量 日本の埋立規制値
mg/L procedure mg/L
Cd < 0.005 JIS K 0102 0.01
Pb < 0.005 JIS K 0103 0.01
Cr(+6) < 0.02 JIS K 0104 0.05
Hg < 0.0005 other standard 0.0005
As < 0.005 JIS K 0106 0.01
Se < 0.005 JIS K 0107 0.01
項目 データ 備考
電炉ダスト処理費 18,000~25,000¥/ton-dust 外部処理委託費
粗酸化亜鉛回収率 0.35~0.42ton/ton-dust 販売価格例は亜鉛LME価格 (2,400US$/ton)の25%
銑鉄回収率 0.20~0.25ton/ton-dust
電力原単位 1,600kWh/ton-dust 補機電力込み
還元剤原単位 0.15~0.17ton/ton-dust コークス
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