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 マクロファージは感染初期における強力な生体防御機構である。生体内に浸入した細菌,ウイルス,真菌などの微生物はマクロファージによって貪食される。貪食された微生物は食胞(ファゴソーム)に包みこまれる。ファゴソームに初期エンドソームや後期エンドソームが融合することによって,ファゴソーム成熟が進行する。成熟過程において,ファゴソームにプロトンポンプが輸送され,ファゴソーム内が酸性化される。また,活性酸素を産生する酵素がファゴソーム膜状に局在して,活性酸素が産生される。さらに,成熟したファゴソームはリソソームと融合してファゴリソソーム形成を行う。その結果,ファゴソーム内にリソソーム由来の酸性フォスファターゼやタンパク質加水分解酵素が流入する。この一連の過程によってマクロファージに貪食された微生物は殺菌,分解される。獲得免疫である細胞性免疫においてもマクロファージは重要な機能を果たす。すなわち,ヘルパーT細胞から産生されるIFN-γはマクロファージを活性化して,殺菌作用を強化する。しかし,細胞内寄生性細菌は,さまざまな戦略を採用して,マクロファージによる殺菌機構から回避することができる。

結核菌によるファゴソーム成熟阻害機構 結核菌はヒト肺に感染して,肺胞マクロファージに貪食されても,殺菌,分解されずにマクロファージ内で増殖することができる細胞内寄生性細菌である。結核菌はファゴリソソーム形成を阻害することによって細胞内増殖能を獲得していると考えられている。結核菌によるファゴリソソーム形成阻害機構として,(1)結核菌はファゴソーム成熟を阻害することによってファゴリソソーム形成を阻害する,(2)アクチン結合性タンパク質であるCoronin-1aを結核菌ファゴソームに局在させることによってファゴリソソーム形成を阻害する,という2つの結核菌感染によって引き起こされる細胞内小胞輸送機構の改変モデルが提唱されている。 (1)に関して,ファゴソーム成熟に関与するRab GTPase(Rab遺伝子)に注目した研究が行われている。

Rab遺伝子は真核生物で保存されているRas superfami-lyに属するGTPase遺伝子群であり,ほ乳類では60以上のファミリー遺伝子が存在している。様々な細胞内小器官に局在して,細胞内小胞輸送を制御している。多くのRab遺伝子がファゴソームに局在することは明らかになっているが,ファゴソーム成熟における明確な機能は数種類のRab遺伝子しか明らかになっていなかった。著者等は,マクロファージで発現している42のRab遺伝子の中から,黄色ブドウ球菌ファゴソームには局在するが,結核菌ファゴソームには局在しない遺伝子を同定した。22のRab遺伝子が黄色ブドウ球菌ファゴソームに局在して,そのうち,14遺伝子が結核菌ファゴソームには局在しない,もしくは一度局在した後,かい離することを明らかにした。黄色ブドウ球菌ファゴソームでは,ファゴソーム成熟が進行して,ファゴソームは酸性化され,タンパク質加水分解酵素であるカテプシンDが輸送される。しかし,結核菌ファゴソームでは,ファゴソーム成熟が阻害されて,これらのイベントは生じない。すなわち,結核菌ファゴソームからかい離するRab遺伝子には,ファゴソームの酸性化やカテプシンDの輸送を制御する遺伝子が含まれることを示唆する。結核菌ファゴソームには局在しないRab遺伝子のうち,Rab7,Rab20,Rab39はファゴソームの酸性化に,Rab7,Rab20,Rab32,Rab34,Rab38はカテプシンDのファゴソームへの輸送に関与することを明らかにすることができた。以上の結果は,結核菌ファゴソームの酸性化やカテプシンDなどの加水分解酵素の輸送を阻害するために,後期エンドソームやリソソームとの融合だけではなく,小胞体やゴルジ体からの輸送も阻害することによって,ファゴソーム成熟を阻害する。その結果,結核菌ファゴソーム内での殺菌因子の産生を阻害していることを示唆する(図1)。

Coronin-1aを利用したオートファジー誘導阻害機構 (2)に関しては,宿主のアクチン結合性タンパク質であるCoronin-1aに注目した研究が行われている。こ

結核予防会 結核研究所 生体防御部

 免疫科長 瀬戸 真太郎

結核菌はマクロファージによる殺菌分解機構から どのように回避しているのか?

5/2016 複十字 No.36816

教育の頁

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れまでの研究で,結核菌ファゴソームに特異的に局在するタンパク質を探索された結果,TACO(Tryptophan Asparate containing COat protein), す な わ ちCoro-nin-1aが同定されている。Coronin-1aはCoroninファミリー遺伝子に属するアクチン結合性タンパク質である。Coroninファミリー遺伝子は,Rab遺伝子と同様に酵母からほ乳類までの真核生物で保存されている。ヒトおよびマウスにおいて,Coronin-1aは主に白血球系細胞で発現して,T細胞における信号伝達経路に機能していることが明らかになっている。結核菌感染マクロファージではCoronin-1aは結核菌ファゴソームに持続的に局在することが示されている。その結果,ファゴソームとリソソームの融合が阻害されるのではないかと考えられていた。実際,Coronin-1aの発現がないマクロファージに結核菌を感染させると,結核菌ファゴソームはリソソームと融合して,結核菌増殖が抑制されることが示されている。 著者等は,Coronin-1aによる結核菌の増殖支持機構の研究を行っているが,その過程において,Coro-nin-1aがオートファジー誘導を阻害していることを明らかにした。オートファジーは飢餓などで誘導されるタンパク質分解機構であり,細胞や生体の恒常性の維持に機能する。自然免疫においてもオートファジーは重要な機能を果たしている。特に,細胞内寄生性細菌はオートファジーの標的になって,オートファゴソームによって包まれた後,殺菌,分解されることが明らかになっている。結核菌感染マクロファージにおいて,飢餓,ラパマイシン,IFN-γによってオートファジーが誘導され,結核菌を殺菌することができる。しかし,無刺激での結核菌感染マクロファージではオートファジーが誘導されず,結核菌は排除されない。Coro-

nin-1aの発現を減少させたノックダウンマクロファージに結核菌を感染させると,感染結核菌にオートファゴソームが形成されることが明らかになった。さらに,Coronin-1aノックダウンマクロファージでは,結核菌感染によってp38 MAP kinaseが活性化すること,p38阻害剤によってオートファゴソーム形成が阻害されることを明らかにした。以上の結果は,結核菌感染によってオートファジーを誘導するシグナル伝達経路の活性化がCoronin-1aによって阻害されている可能性を示唆する(図2)。

おわりに 宿主は,生体内に浸入した微生物を排除するために様々な防御機構を構築している。特に,マクロファージから生じる活性酸素やリソソーム内の加水分解酵素は強力な殺菌効果を有している。また,ファゴソームから細胞質内に移行する微生物に対しても,オートファジーを誘導することによって,殺菌,分解することができる。これらの防御機構はヘルパーT細胞から産生されるIFN-γによってさらに活性化される。結核菌はファゴソーム成熟やオートファジー誘導を阻害することによって,マクロファージ内で増殖することができるが,IFN-γによって活性化されたマクロファージ内では殺菌される。しかし,感染結核菌の一部は殺菌されずに,非常に長い期間マクロファージ内で潜伏感染する。潜伏感染した結核菌は,宿主の免疫不全によってIFN-γなどの炎症性サイトカインの産生が低下した時に再活性化して,再燃性結核を引き起こす。潜伏感染期の結核菌がどのようにしてマクロファージによる殺菌分解機構から回避しているかは未だ明らかになっておらず,今後の重要な研究課題となりえる。

図1     結核菌ファゴソームとRab遺伝子後期エンドソーム リソソーム

小胞体 トランスゴルジ網

Rab7

Rab20

Rab7Rab39

Rab32,Rab34Rab38

結核菌ファゴソーム

図2 Coronin-1aは感染結核菌へのオートファゴソーム形成を阻害する

Coronin-1a

オートファジー誘導 結核菌オートファゴソーム

ESAT-6などの結核菌特異的タンパク質によるファゴソーム膜傷害

リソソーム

オートリソソーム形成による結核菌排除

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