25歳男性
【現病歴】
2日前までは元気だった。
前日から39.3℃の発熱あり。
翌日も発熱が持続したため当院受診。
ROS
(+): 発熱、倦怠感、軽度の頭痛
(ー): 悪寒、戦慄、寝汗、咽頭痛、咳、痰、息切れ、胸痛
嘔気、嘔吐、腹痛、下痢、排尿痛、頻尿、関節痛、筋肉痛
皮疹
【身体所見】
BP 60/40 mmHg HR 130回/分 RR 21回/分
SatO2 98% (室内気)
結膜 充血なし、蒼白なし
頚部 リンパ節腫大なし
呼吸音 清
心雑音 なし
腹部 平坦、軟、圧痛なし
上腹部正中+左肋弓下に手術痕あり
下肢 浮腫なし
皮膚 皮疹なし
【血液検査】
WBC 23.8×103 /μl Stab 47%
Seg 39%
Hb 14.6 g/dl
Plt 40 x103 /μl
CRP 23.6 mg/dl
BUN 30.2 mg/dl
Cr 1.8 mg/dl
Na 140 mEq/l
K 3.5 mEq/l
Cl 107 mEq/l
T-bil 0.8 mg/dl
AST 101 IU/l
ALT 83 IU/l
ALP 349 IU/l
γ-GTP 89 IU/l
PT 13.9 sec
INR 1.40
APTT 61.2 sec
Fib 197 mg/dl
FDP 280 μg/dl
D-dimer 265.9μg/ml
ATⅢ 43%
【尿検査】 pH 7.0 Pro (-)
BIL (-) BLD (3+) URO 1.0 WBC (-) RBC 30~49/HPF
Bacteria(-)
尿中肺炎球菌抗原(-)
【既往歴】
10歳のとき脾梗塞(詳細不明)に対して
脾臓摘出術を受けていたことが判明
【経過】
敗血症性ショック疑いでICU入院。
広域抗菌薬で治療を開始した。
胸部レントゲン・CTで肺炎は認めなかった。
血液培養から肺炎球菌が検出された。
追加情報
診断
脾臓摘出後重症感染症
(overwhelming post-splenectomy
infections: OPSI)
* 別名: Post Splenectomy Sepsis (PSS)
OPSIの定義:
脾摘後および脾機能低下者に、主として肺炎球菌、インフルエンザ菌b型、
髄膜炎菌により生じる劇症型の敗血症、髄膜炎、または肺炎
脾臓摘出後重症感染症 (overwhelming post-splenectomy infections: OPSI)
治療が遅れると24時間以内(ときに数時間以内)に
急速に悪化してショック、DIC、多臓器不全を
きたして死に至りうる病態
ヒトのリンパ組織
1次リンパ組織: B細胞、T細胞が生まれる場所
・ 骨髄、胸腺
2次リンパ組織: 外来性の抗原を集めて免疫応答を行う場所
・ リンパ節: 血管外の組織に存在する抗原がリンパ管を介して集められる
・ 脾臓:人体最大のリンパ組織、血液中の抗原を効率よく捕捉、集積される
・ 粘膜関連リンパ組織(MALT: mucosa-associated lymphoid tissue)
: 消化管や気道に侵入した抗原が粘膜上皮を介して集積される
1 血液濾過
• 白脾髄(B、T細胞が高密度に存在)
• 赤脾髄
脾洞(毛細血管の一種)
脾索(編目構造、多数のマクロ
ファージが存在)
→ 異常、老朽化したRBC、病原微生物、
免疫複合体に覆われたWBCがふるいに
かけられ、マクロファージの貪食により
血液から除去される
2 免疫グロブリンの産生
• 脾臓には体内のB細胞の約半分が存在する。
• オプソニン化に必要な免疫グロブリンを大量に
産生して、病原微生物が食細胞に貪食されや
すくしている。
オプソニン: 食細胞に貪食を促すIgG, IgM, 補体(C3b, iC3b)
オプソニン化: 食細胞(マクロファージ、好中球)の表面には、
IgGやIgMのFc領域に対する受容体(FcγR、Fcα/μR)、さらに
補体(C3b, iC3b)に対する受容体(CR1, CR3)がある。
病原微生物の表面にIgG, IgM, 補体(C3b, iC3b)が付着すると
食細胞に認識されやすくなり貪食が促される。
これをオプソニン化という。
3.莢膜をもつ細菌を効率よく除去
• 肺炎球菌、インフルエンザ桿菌、髄膜炎菌などの莢膜をもつ細菌は、IgG, IgM、補体などのオプソニンが付着しにくく、食細胞に貪食されにくい。
• 脾臓の白脾髄と赤脾髄の境界には、IgMメモリーB細胞が多数存在し、莢膜のある細菌を効率よく除去することに働いている。
• IgMメモリーB細胞は、自然抗体を産生する。
• 自然抗体とは、病原体に遭遇する前から体内に用意されている免疫グロブリンであり、様々な病原体に対して初回感染時の第一線の防御機構として働いている。
脾臓を取るとどうなるか?
1. 血液濾過
2. 免疫グロブリンの産生
3. 莢膜をもつ細菌を効率よく除去
これら3つの病原微生物の排除機構が働かなくなる。
特に、3.のIgMメモリーB細胞による自然抗体の産生を失う
影響が大きく、これによって莢膜を有する細菌による重症
感染症、すなわちOPSIのリスクが発生する。
OPSIの恐ろしさは?
• OPSIは内科的緊急事態である。
• 症状発現から死亡までの時間は、24時間以内(68%)、48時間以内(80%)と短いことが特徴。
• 死亡率は50~70%に達する。
• 発熱と下痢を訴えて歩いて来院した患者が、2,3時間以内に敗血症性ショックに陥ることも稀ではない。
OPSIのリスク
• 特に脾摘後2年以内にOPSIを生じるリスクが高いが、リスクは一生涯続く。
脾摘後: 外傷、サラセミア、遺伝性球状赤血球症、特発性血小板減少性紫斑病
脾機能低下: 先天性、門脈圧亢進症、Hodgkinリンパ腫、非Hodgkinリンパ腫、
鎌状赤血球症、本態性血小板血症、血友病、慢性骨髄性白血病、
アミロイド―シス、サルコイドーシス、セリアック病、Crohn病、潰瘍性大腸炎
全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、Sjogren症候群、混合性結合組織病
橋本病、Basedow病、脾臓放射線照射後、脾梗塞
OPSIのリスクとなる疾患
OPSIの起炎菌
• 最も起炎菌として多いのは、肺炎球菌
OPSIの50~90%を占める。 どの年齢でも起炎菌となりうるが、高齢者ほど肺炎球菌が
原因となる比率が増加する。特に頻度の高い血清型は存
在しない。
• 次に起炎菌として多いのは、インフルエンザ菌b型
であり、髄膜炎菌がそれに続く。
• その他、頻度は低いものの報告がある病原体にSalmonella spp.
(特に鎌状赤血球症で)、E.coli、Pseudomonas aeruginosa,
Capnocytophaga spp., Enterococcus spp., Bacteroides spp.,
Bartonella spp., Bordetella spp., Babesiosis, Ehrlichiosis,
Malariaなどがある。
OPSIの症状
• 初発症状
発熱、悪寒、戦慄、咽頭痛、頭痛、筋肉痛、嘔吐、
下痢など
• 無治療では数時間以内に、ショック状態、無尿、
DIC、けいれん昏睡、低血糖、副腎出血、多臓器
不全を来し、やがて死に至る。
どのような時にOPSIを疑うか?
• 発症から1~2日の経過で急速に悪化している患者
ショック状態になっている患者で、感染症が原因と
して考えられる場合(特に感染のフォーカスが明ら
かでない場合)にOPSIを鑑別に入れる。
• 脾摘の既往がないか、腹部に手術痕がないか、
脾機能が低下するような基礎疾患がないかを
チェックする。
• 脾摘、脾機能低下のある患者に発熱が生じた場合
は、OPSIの可能性を常に念頭におく。
1~2日の経過で急速に悪化しうる感染症
• OPSI
• 毒素性ショック症候群
• 電撃性紫斑病
• 壊死性筋膜炎
• 細菌性髄膜炎
• 消化管穿孔・汎発性腹膜炎
• 閉塞性化膿性胆管炎
• 尿管結石に陥頓した急性腎盂腎炎 など
Group A streptococcus
Streptococcus pneumoniae
Neisseria meningitidis
Haemophilus influenzae
Staphylococcus aureus
Escherichia coli
Klebsiella
Enterobacter
Pseudomonas
Vibrio vulnificus
Enterococcus
Aeromonas
Capnocytophaga canimorsus
Rickettsia
Varicella zoster etc.
Protein C deficiency Protein S deficiency Factor V Leiden mutation Henoch-Schonlein purpura Polyarteritis nodosa Wegener’s granulomatosis Churg-Strauss syndrome etc.
(参考)電撃性紫斑病の原因
感染症 非感染症
エンペリックの抗菌薬
例: vancomycin
+
ceftriaxone
±
doxycycline
OPSIの診断
• OPSIではしばしば高度の菌血症を生じている。
• 抗菌薬投与前に血液培養を2セット採取する。
• 髄膜炎の合併が疑われる場合は髄液検査を行う。
• 末梢血スメアでは、しばしばHowell-Jolly小体
(赤血球内の核の遺残)を認める。
OPSIの治療
• 本症が疑われた場合は、エンペリックの抗菌薬投与を速やかに開始する。
• 例 (ペニシリン耐性肺炎球菌やインフルエンザ菌をカバー)
バンコマイシン 1g 12時間毎に点滴
(腎機能に応じた投与量の調節を行う) +
セフトリアキソン2g 24時間毎に点滴
(髄膜炎を考慮した投与量)
• 臨床経過や培養結果に応じて処方内容を調節
OPSIの予防
• 脾摘後、脾機能低下症の患者とその家族には、OPSIについての説明をあらかじめ行っておく。
• 発熱、悪寒を伴う全身状態の悪化があった場合は速やかに医療機関を受診するように指導する。
• 予防抗菌薬
定まった見解がない。処方例として、成人ではアモ
キシシリン1回250㎎を1日1~2回内服する方法
がある(至適投与期間に関する定説はない)。
• 予防ワクチン
肺炎球菌ワクチン(手術の2週間以上前または術後2週間の
時点で接種し、5年ごとに再接種する。肺炎球菌結合型ワク
チンと多糖体ワクチンを組み合わせた方法もある。) Hibワクチン、髄膜炎菌ワクチン(再接種法について定説なし)
Take Home Message
• 1~2日の経過で急速に悪化する感染症をみたら、脾臓摘出後重症感染症(OPSI)を鑑別に入れる。
• OPSIが疑われたら、脾摘の既往、腹部の手術痕、脾機能低下をきたす基礎疾患の有無をチェックする
• OSPIでは、血液培養を採取後、莢膜を有する細菌(肺炎球菌、インフルエンザ菌、髄膜炎菌など)をカバーする抗菌薬加療をすみやかに開始する
• 脾摘後や脾機能低下の患者に対しては、肺炎球菌ワクチン、Hibワクチン、髄膜炎菌ワクチン(輸入)の接種が推奨されている。
文献
• Antonio Di Sabatino, Rita Carsetti, Gino Roberto Corazza. Post-splenectomy and hyposplenic states. Lancet 2011;378:86-97.
• Mandell GL et al. Infections in Asplenic patients. Principles and Practice of Infectious diseases. 7th ed. Elsevier, Churchill Livingstone.
• John M. Davies, et al. Review of guidelines for the prevention and treatment of infection in patients with an absent or dysfunctional spleen: Prepared on behalf of the British Committee for Standards in Haematology by Working Party of the Haemato-Oncology Task Force. British Journal of Haematology, 2011;155:308-317.