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エ 法的観点指摘義務 旧H8-1 法規の解釈・適用は裁判所の責務であって,当事者の法律上の陳述は 参考にされるにすぎないが,両当事者が,一定の法的観点に基づきある 法規の適用を前提として争っているのに,裁判所が同一事実関係を前提 として別の法律構成で法的判断をする場合には,当事者には不意打ちと なり,弁論主義や処分権主義による手続保障が害される →一定の場合には裁判所が,その法律構成ないし法的観点を示して, 当事者に法律構成についての攻撃防御の機会を保障し審理を充実さ せなければならない責務(法的観点指摘義務)を負う ①最判昭 41.4.12【百選A 16】 予H28 事案:Xは,甲土地(以下「本件土地」という)が,自己の所有であると主張し てY及びZ(以下「Yら」という)に対して所有権移転登記抹消登記手続を 請求した。 X及びYらの主張は次の通りである。 Xの主張:「Xは,被告Zより1000万円を借り受け,X所有の本件土地に ついて代物弁済予約契約を締結したが,Xは,Aから金を借りて,Zへの借 入金を返済したので,土地所有権は移転しなかった。」 Yらの主張:「Zは,本件土地を代物弁済契約によって取得し,登記を 行ったものである。Xは,借入金の弁済をしていない。その後,ZはAに対 して本件土地を1000万円で売却した。その際,AとXとの間において,X がAよりこれを代金1000万円で買い取るという合意をしたのであるが,X が所定の期限までに代金を持参しなかったので,その契約は失効した。その 後,Aは本件土地について,子どもであるY名義に所有権移転登記を済ませ た。」 原判決は次のとおり事実を認定し,Xの請求は認められないと判示した。 「本件土地は,代物弁済によりZに所有権が移転した。Xは,所定の期限 までに借入金の弁済をなしていない。 その後,Xは,Aより金1000万円を借り受けてZより本件土地を買い戻 し,Aに対し本件土地を借入金の売渡担保として譲渡し,2箇月の期間内に 金1000万円で買い戻しうる旨約したが,Xにおいてその買戻期間を徒過した ので,Aの子どもであるY名義に所有権移転登記手続がなされた。」 X Z A Y 登記の流れ 買戻し (Yの父) 代物弁済 要旨:「原判決は,Xにおいて本件土地をZより買い戻した旨を認定した以上, Xが現に本件土地所有権を有しないのは,XよりAへ本件土地を譲渡したと いう理由によるものであって,ZがXより本件土地を代物弁済により取得し たという理由によるものではないといわなければならない。しかるに,Xよ りAへの本件土地譲渡の事実は,原審口頭弁論において当事者の主張のない 事実であるから,原判決は,当事者の主張のない事実によりXの前記請求を 排斥した ものというべく,右の違法は判決に影響があること明らかである」 108

X Z...X及びYらの主張は次の通りである。Xの主張:「Xは,被告Zより1000万円を借り受け,X所有の本件土地に ついて代物弁済予約契約を締結したが,Xは,Aから金を借りて,Zへの借

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Page 1: X Z...X及びYらの主張は次の通りである。Xの主張:「Xは,被告Zより1000万円を借り受け,X所有の本件土地に ついて代物弁済予約契約を締結したが,Xは,Aから金を借りて,Zへの借

エ 法的観点指摘義務 旧H8-1

法規の解釈・適用は裁判所の責務であって,当事者の法律上の陳述は参考にされるにすぎないが,両当事者が,一定の法的観点に基づきある法規の適用を前提として争っているのに,裁判所が同一事実関係を前提として別の法律構成で法的判断をする場合には,当事者には不意打ちとなり,弁論主義や処分権主義による手続保障が害される→一定の場合には裁判所が,その法律構成ないし法的観点を示して,当事者に法律構成についての攻撃防御の機会を保障し審理を充実させなければならない責務(法的観点指摘義務)を負う

①最判昭 41.4.12【百選A 16】 予H28事案:Xは,甲土地(以下「本件土地」という)が,自己の所有であると主張してY及びZ(以下「Yら」という)に対して所有権移転登記抹消登記手続を請求した。X及びYらの主張は次の通りである。Xの主張:「Xは,被告Zより1000万円を借り受け,X所有の本件土地について代物弁済予約契約を締結したが,Xは,Aから金を借りて,Zへの借入金を返済したので,土地所有権は移転しなかった。」Yらの主張:「Zは,本件土地を代物弁済契約によって取得し,登記を行ったものである。Xは,借入金の弁済をしていない。その後,ZはAに対して本件土地を1000万円で売却した。その際,AとXとの間において,XがAよりこれを代金1000万円で買い取るという合意をしたのであるが,Xが所定の期限までに代金を持参しなかったので,その契約は失効した。その後,Aは本件土地について,子どもであるY名義に所有権移転登記を済ませた。」原判決は次のとおり事実を認定し,Xの請求は認められないと判示した。「本件土地は,代物弁済によりZに所有権が移転した。Xは,所定の期限までに借入金の弁済をなしていない。その後,Xは,Aより金1000万円を借り受けてZより本件土地を買い戻し,Aに対し本件土地を借入金の売渡担保として譲渡し,2箇月の期間内に金1000万円で買い戻しうる旨約したが,Xにおいてその買戻期間を徒過したので,Aの子どもであるY名義に所有権移転登記手続がなされた。」

X Z

A Y

登記の流れ譲渡担保

買戻し

(Yの父)

代物弁済

要旨:「原判決は,Xにおいて本件土地をZより買い戻した旨を認定した以上,Xが現に本件土地所有権を有しないのは,XよりAへ本件土地を譲渡したという理由によるものであって,ZがXより本件土地を代物弁済により取得したという理由によるものではないといわなければならない。しかるに,XよりAへの本件土地譲渡の事実は,原審口頭弁論において当事者の主張のない事実であるから,原判決は,当事者の主張のない事実によりXの前記請求を排斥したものというべく,右の違法は判決に影響があること明らかである」

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Page 2: X Z...X及びYらの主張は次の通りである。Xの主張:「Xは,被告Zより1000万円を借り受け,X所有の本件土地に ついて代物弁済予約契約を締結したが,Xは,Aから金を借りて,Zへの借

a 当事者の主張した事実と原審が認定した事実Y:X→Z原審:X→Z→X→A(下線部分は,Xが主張していない予備的請求原

因に当たる)b 問題点Z→X(→A)を確定的に認定したことが問題∵ Z→X(→A)の部分を仮定的に認定しておけば,傍論非難として排斥することが可能

c 本件で弁論主義違反はないとする立場本件では,判決の基礎となるべき生の事実は弁論に現れており(Aから資金が提供されてZから土地所有権が離れたという事実,AX間で,資金を Xが Aに支払えば土地は Xのものになるが,さもないと土地は Aのものになるという約束があったがXは金を支払わなかったという事実),それについての法律構成が当事者と裁判所との間で異なっている(Yらは,ZA売買,AX売買の予約と法律構成し,裁判所はXによる買戻し,AXの譲渡担保と法律構成した)に過ぎないと見ることにより,弁論主義違反はないとする立場もある。この立場によった場合には,釈明義務ないし法的観点指摘義務の問題となるもっとも,この立場に対しては,生の事実が弁論に現れていても,「主要事実」としての主張がない場合には,やはり弁論主義に反するという批判がある

�判例を読み解く(�最判昭 41.4.12【百選A 16】)

第6.訴訟資料の収集 109

第2編 第一審手続 2 訴訟の審理と進行