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(23) 1. はじめに 廃棄物焼却施設における規制対象物質には,排ガス中に 含まれるばいじん,一酸化炭素 (CO),窒素酸化物 (NOx)硫黄酸化物 (SOx),塩化水素 (HCl),ダイオキシン類 (DXNs) などがある.また焼却灰やばいじんに含有している多種の 微量金属化合物の中で,有害性が大きい物質も対象となっ ている.世界各国では法令により排出基準を設けており, 日本などの焼却処分が中心となっている国では,さらに厳 しい自主規制値を自治体などが独自に上乗せしている場合 も少なくない.欧米では日本でなじみの薄い BAT(Best Available Techniques) に基づく排出規制の考え方[1]も採用 されており,今後も廃棄物焼却分野における排出規制は一 層厳しくなっていくものと予想される. NOx CO とともに代表的な燃焼由来の規制対象物質で あり,その排出量の大小は焼却炉の性能を判断する指標と もなる.従って廃棄物焼却炉メーカーは,炉出口 NOx 度の低減をターゲットの一つとして,廃棄物燃焼技術の高 度化に取組んでいる.これによって NOx 排出量は大きく 低減してきたが, NOx の厳しい自主規制値を満足するには, 燃焼技術のみでは困難な場合がある.そのため日本の一部 の施設では,排ガス処理技術の一つである触媒脱硝技術 (SCR: selective catalytic reduction process) を併用している. 一方で,近年は CO2 排出抑制や再生可能エネルギー普及 のニーズから,廃棄物発電の高効率化が強く求められてい る.これに伴い,SCR に代わる排ガス処理技術として無触 媒脱硝技術 (以下 SNCR: selective non-catalytic reduction process) が見直されつつある.SNCR SCR と比べ脱硝効 率は劣るものの,SCR では必要な発電用蒸気による排ガス 再加熱が不要となるからである.最近では,燃焼技術と併 用した SNCR により厳しい自主規制値をクリアすべく,脱 硝効率を高める研究開発が行われている (例えば[2-4])本稿では,廃棄物焼却炉における NOx 排出規制動向と 脱硝技術について述べる.ここでは,脱硝技術として NOx 生成抑制技術も広義の意味で含めることにする. まず国内外における廃棄物焼却状況と NOx 排出状況お よびその規制値について概観する.次に廃棄物焼却施設に おいて採用されている脱硝技術について,燃焼と排ガス処 理の両面から,当社の実績および研究開発事例を交えつつ 紹介したい. *Corresponding author. [email protected] 日本燃焼学会誌 第 58 184 号(2016 年)87-92 Journal of the Combustion Society of Japan Vol.58 No.184 (2016) 87-92 ■特集/FEATURE―最新の規制動向に対応する燃焼・計測技術/Measurement and Combustion Technology for the Latest Regulation Trend廃棄物焼却炉における NOx 排出規制動向と脱硝技術 Trend of NOx Regulation and Reduction Technologies in Waste Incinerator 傳田 知広 * ・中山 剛・木ノ下 誠二・岩﨑 敏彦 DENDA, Tomohiro * , NAKAYAMA, Takashi, KINOSHITA, Seiji, and IWASAKI, Toshihiko JFE エンジニアリング株式会社 〒230-8611 横浜市鶴見区末広町二丁目 1 番地 JFE Engineering Corporation, 2-1, Suehiro-cho, Tsurumi-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 230-8611, Japan Abstract : Nitrogen oxides (NOx) from waste incinerator is one of the typical regulated toxic substances. In Europe and America, the emission control based on BAT (Best Available Techniques) which is unfamiliar in Japan is also adopted to strengthen NOx regulation. It is expected that the regulation of NOx from waste incinerator is becoming strict more and more in future. By the way, the emission of NOx can be reduced by two type technologies. The first technology is to prevent NOx production by well controlled combustion, and the other is to reduce NOx by flue gas treatment technology like SNCR (selective non-catalytic reduction process) and SCR (selective catalytic reduction process). In this paper, the trend of NOx regulation and emission control technologies adopted in waste incinerators are introduced. First, NOx regulation values in Japan and foreign countries are surveyed, and details of NOx control technologies actually used in our plants are explained together with our study results. Key Words : Waste incineration, Regulation, NOx, Low excess air combustion, Selective non-catalytic reduction process

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Page 1: Trend of NOx Regulation and Reduction Technologies in

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1. はじめに

 廃棄物焼却施設における規制対象物質には,排ガス中に含まれるばいじん,一酸化炭素 (CO),窒素酸化物 (NOx),硫黄酸化物 (SOx),塩化水素 (HCl),ダイオキシン類 (DXNs) などがある.また焼却灰やばいじんに含有している多種の微量金属化合物の中で,有害性が大きい物質も対象となっている.世界各国では法令により排出基準を設けており,日本などの焼却処分が中心となっている国では,さらに厳しい自主規制値を自治体などが独自に上乗せしている場合も少なくない.欧米では日本でなじみの薄い BAT(Best Available Techniques) に基づく排出規制の考え方[1]も採用されており,今後も廃棄物焼却分野における排出規制は一層厳しくなっていくものと予想される. NOx は CO とともに代表的な燃焼由来の規制対象物質であり,その排出量の大小は焼却炉の性能を判断する指標ともなる.従って廃棄物焼却炉メーカーは,炉出口 NOx 濃度の低減をターゲットの一つとして,廃棄物燃焼技術の高度化に取組んでいる.これによって NOx 排出量は大きく低減してきたが,NOx の厳しい自主規制値を満足するには,

燃焼技術のみでは困難な場合がある.そのため日本の一部の施設では,排ガス処理技術の一つである触媒脱硝技術 (以下 SCR: selective catalytic reduction process) を併用している. 一方で,近年は CO2 排出抑制や再生可能エネルギー普及のニーズから,廃棄物発電の高効率化が強く求められている.これに伴い,SCR に代わる排ガス処理技術として無触媒 脱 硝 技 術 (以 下 SNCR: selective non-catalytic reduction process) が見直されつつある.SNCR は SCR と比べ脱硝効率は劣るものの,SCR では必要な発電用蒸気による排ガス再加熱が不要となるからである.最近では,燃焼技術と併用した SNCR により厳しい自主規制値をクリアすべく,脱硝効率を高める研究開発が行われている (例えば[2-4]). 本稿では,廃棄物焼却炉における NOx 排出規制動向と脱硝技術について述べる.ここでは,脱硝技術として NOx 生成抑制技術も広義の意味で含めることにする. まず国内外における廃棄物焼却状況と NOx 排出状況およびその規制値について概観する.次に廃棄物焼却施設において採用されている脱硝技術について,燃焼と排ガス処理の両面から,当社の実績および研究開発事例を交えつつ紹介したい.

*Corresponding author. [email protected]

日本燃焼学会誌 第 58巻 184号(2016年)87-92 Journal of the Combustion Society of JapanVol.58 No.184 (2016) 87-92

■特集/FEATURE■

―最新の規制動向に対応する燃焼・計測技術/Measurement and Combustion Technology for the Latest Regulation Trend―

廃棄物焼却炉における NOx 排出規制動向と脱硝技術Trend of NOx Regulation and Reduction Technologies in Waste Incinerator

傳田 知広*・中山 剛・木ノ下 誠二・岩﨑 敏彦

DENDA, Tomohiro*, NAKAYAMA, Takashi, KINOSHITA, Seiji, and IWASAKI, Toshihiko

JFE エンジニアリング株式会社 〒230-8611 横浜市鶴見区末広町二丁目 1 番地JFE Engineering Corporation, 2-1, Suehiro-cho, Tsurumi-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 230-8611, Japan

Abstract : Nitrogen oxides (NOx) from waste incinerator is one of the typical regulated toxic substances. In Europe and America, the emission control based on BAT (Best Available Techniques) which is unfamiliar in Japan is also adopted to strengthen NOx regulation. It is expected that the regulation of NOx from waste incinerator is becoming strict more and more in future. By the way, the emission of NOx can be reduced by two type technologies. The first technology is to prevent NOx production by well controlled combustion, and the other is to reduce NOx by flue gas treatment technology like SNCR (selective non-catalytic reduction process) and SCR (selective catalytic reduction process). In this paper, the trend of NOx regulation and emission control technologies adopted in waste incinerators are introduced. First, NOx regulation values in Japan and foreign countries are surveyed, and details of NOx control technologies actually used in our plants are explained together with our study results.

Key Words : Waste incineration, Regulation, NOx, Low excess air combustion, Selective non-catalytic reduction process

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日本燃焼学会誌 第 58巻 184号(2016年)

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2. 廃棄物焼却処理と NOx 排出規制動向

2.1. 各国における廃棄物処理状況 表 1 に代表的な国の都市ごみ (以下 MSW:Municipal Solid Waste) 排出量を示す[5,6].各国により分類や定義は異なるが,ここでは一般廃棄物,家庭系廃棄物とされているものを MSW とした.一人当りの排出量は EU 諸国が 1.0~1.5 kg/day,アメリカが 2.0 kg/day であるのに対し,日本は約 1.0 kg/day と低く抑えられていることが分かる. 排出された MSW のうち,焼却処分された割合を図 1 に示す[5,6].こちらは日本が圧倒的に多く 75 % 程度を占めている.狭い国土ゆえに,衛生処理,減容化の観点から焼却処分が推進されてきた歴史的背景による. 一方,EU 諸国では 10~30 % 程度と小さいが,同時にこれまで埋立処理が中心であったイギリスやイタリアの焼却処分割合が,近年になって急速に伸びてきていることも確認できる.この一因として,2000 年頃より埋立処理の規制強化や再生可能エネルギー普及促進に関する EU 指令が相次いで制定されたことが挙げられる.焼却処分をサーマルリサイクルとして位置付けようと,WtE (Waste to Energy) という概念も広がりつつある[7].このような埋立処理からの脱却の動きは,EU において今後も拡大していくものと予想される. アメリカもこれまでは埋立処理が主であったが,近年では EU と同様,WtE が推進されてきている.しかしながら,現状の焼却処分割合は 10 % 程である.

2.2. 日本における MSW 焼却由来の NOx 排出量 それでは MSW 焼却による NOx 排出量はどのくらいであろうか.焼却処分割合が大きい日本の場合を見てみる. 図 2 に MSW 焼却由来の NOx 排出量の推移 (NO2 換算) と,固定発生源由来の NOx 排出量に占める割合を示す[8].MSW 焼却による NOx 排出量は 2005 年まで約 60,000 トン/年であったが,その後,減少傾向となり,2011 年には約 45,000 トン/年まで減少している.これは環境規制の強化に呼応して,NOx 低減技術が大きく進展した時期と重なる. 一方,固定発生源由来の NOx 排出量に占める割合は約 7 % で推移しており,こちらは大きく変化していない.固定

発生源由来の NOx 排出量全体が,同様に低減してきていることが伺える.

2.3. NOx 排出規制の現状 廃棄物焼却施設からの NOx 排出規制は,MSW 焼却処分割合が大きい日本はもちろん,その割合が小さい欧米各国においても厳しいものとなっている.これらの国では地方行政が廃棄物処理を担当しており,それぞれに独自の規制値を設けている.そのため,明確に比較することは難しいが,日本,EU,アメリカの状況について概要を述べることにする.

2.3.1. 日本の現状 日本の NOx 排出規制値は一般排出基準として大気汚染防止法で定められ,200 kg/h 以上の廃棄物焼却炉を対象に 250 ppm 以下 (O2 濃度 12 % 換算値) とされている[9].しかしながら,各自治体においてより厳しい自主規制値を設けることが認められており,24 時間稼動の連続運転炉では 100 ppm 以下としている自治体が半数である[10].発電を行う規模の大きい焼却炉では更に厳しくなり,50 ppm 以下としているところがほとんどである.

2.3.2. 欧米の現状 EU の NOx 排出規制値は,2000 年公布の WID 指令 (Waste

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表 1 各国における MSW 排出量の比較.

図 1 各国における NSW 焼却処分割合の比較.

図 2 日本における MSW 焼却由来の NOx 排出量と固定発生源由来の NOx 排出量に占める割合.

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傳田知広ほか,廃棄物焼却炉における NOx 排出規制動向と脱硝技術

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Incineration Directive) と 1996 年初版公布の IPPC 指令 (Integrated Pollution Prevention and Control Directive) により規定される[11-13].WID の NOx 規制値は,6 t/h 超の新設炉で一日の平均値 200 mg/Nm3 以下 (NO2 換算,O2 濃度 11 % 換算値) とされている.また,IPPC では BAT に基づく排出規制を規定している[14].BAT とは “利用可能な最良技術” であり,汚染排出源に対して BAT を適用した場合に達成可能であろう値を規制の参考にする考え方である.BAT の詳細は BREFs (BAT Reference Document) でまとめられ,参考値は排出量の低い施設から高い施設へ序列づけすることで決定される.BREFs は 8 年毎に更新され,その度に参考値は厳しくなる仕組みである.IPPC 指令に基づき,EU 加盟国は BREFs を参照して,自国内で法的拘束力を持つ規制値を定めなければならない.この規制値は WID の 200 mg/Nm3 より大幅に低い値となっている. アメリカにおいては,廃棄物処理は基本的に州政府や地方団体に責任が課されており,連邦環境保護庁 (EPA) が財政援助,技術援助,調査研究など間接的なことを行う.規制は EPA が示したガイドラインに基づき,州政府などが定めることになるが,より厳しい規制値を設けることも出来る.BAT に基づく規制もあり,EU よりも細分化されて設定されている[15-17].

2.3.3. 規制値の比較 表 2 に廃棄物焼却における日本と EU の NOx 排出規制値をまとめる.比較しやすいように O2 濃度 12 % 換算値で整理し,NOx はすべて NO2 として換算した.EU の BREFs については,SCR ありと SNCR ありの場合の規制値を示したが,日本の自主規制値として多く採用されている値とほぼ同値である. 排出規制の考え方として,日本は人の健康保護を目的とするのに対し,欧米では有害物質の根絶が目的とされる.そのため欧米では,焼却処分割合が小さくても厳しい排出規制値が設けられており,加えて BAT のような考え方も導入されている.

3. 燃焼技術による NOx 低減

 ここからは廃棄物焼却炉における脱硝技術について紹介したい.本節では燃焼技術による NOx 低減について述べる.

 廃棄物焼却炉で排出される NOx は Thermal NOx と Fuel NOx であり,その割合は廃棄物組成や炉形式などで決まる[18].しかし,他の燃焼装置に比べると Fuel NOx がやや優勢になると考えられ,これは廃棄物中に N 分が比較的多いことや,炉内温度が 1000 ℃前後と低いことに起因する. 脱硝目的の燃焼技術を取り入れた廃棄物焼却炉は 1970 年代より稼動し始め[19],現在では主に二段燃焼や排ガス再循環 (以下 EGR) を採用した低空気比燃焼により NOx 低減が図られている.

3.1. EGR と低空気比燃焼 図 3 に廃棄物焼却施設フローの一例を示す.EGR はバグフィルタ後の排ガスを炉内に再循環し,酸化剤の一部として使用する技術である.これによって撹拌混合を促進させるとともに局所的高温領域を回避し,マイルドな低空気比燃焼を実現できる.撹拌混合の促進や局所的高温領域の回避は Thermal NOx 低減に有効である. 一方,低空気比燃焼は燃焼用空気量 (空気比 λ) を出来るだけ減らした燃焼方法であり,廃棄物の揮発 N 分から NOx への転換率を小さくできるので,Fuel NOx 低減に効果的である.廃棄物は雑多であるが故に,1990 年代までは λ = 1.6~1.7 での燃焼が限界であった.しかし 2000 年代に入り,EGR の採用とともに燃焼用空気の吹込み方が改善されるようになると,λ = 1.3 程度の燃焼が可能となった. 次に,この EGR を採用した低空気比燃焼による NOx 低減効果について,当社の実績を例に紹介する.

3.2. JFE ハイパー 21 ストーカシステム 最も普及している炉形式はストーカ式焼却炉であり,当社の現主力製品は “JFE ハイパー 21 ストーカシステム” である.本焼却炉は従来炉として普及していた後述の二回流ガス流れ炉[22]をベースとし,EGR を採用することで低空気燃焼を実現している.さらに特徴的なのは,高温空気燃焼技術 (HiCOT: High-temperature Air Combustion Technology) を適用していることである.炉内に高温空気を吹込むこと

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表 2 日本と EU の NOx 排出規制値.

図 3 廃棄物焼却施設フローの一例.

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で,EGR のみでは成し得なかった極めて高い燃焼安定性を達成している[20,21].環境負荷低減性能やエネルギー利用の高効率化も従来炉に比べ大きく向上した. JFE ハイパー 21 ストーカシステムは 2009 年に初号機が竣工して以来,国内で 11 施設が稼動している (2016 年 2 月現在).

3.2.1. 低空気比安定燃焼のメカニズム 図 4 に JFE ハイパー 21 ストーカシステムの炉内断面図を示す.二回流ガス流れ炉は当社の独自技術であり,燃焼室に中間天井と呼ぶ仕切りを配することで,炉内流れを副煙道ガスと主煙道ガスに二分する.未燃分を含む副煙道ガスと比較的 O2 が多い主煙道ガスはガス混合室にて衝突し,良好な混合攪拌が行われるとともに二段燃焼効果も得られる. これに加え JFE ハイパー 21 ストーカシステムでは,高温空気および再循環排ガスを炉内に吹込んでいる.図 5 は,高温空気を吹き込んだときの燃焼挙動を模式的に表した炉内横断面図である.炉の左右側壁からごみ層直上に向けて高温空気を吹込むことにより,ごみ層からの熱分解ガスと衝突させ,対向流場を形成させる.この対向流場内の流速の遅い領域に平面状燃焼領域が定在することで,ごみ層へ

の輻射熱の効果が増大し,ごみの熱分解が促進され,極めて安定した燃焼が実現される. 現状,JFE ハイパー 21 ストーカシステムでは λ = 1.25 での安定燃焼が可能であり[21],順調な操業を続けている.

3.2.2. NOx 低減効果 JFE ハイパー 21 ストーカシステムの NOx 低減効果として実機試験結果の一例を示す. 図 6 は従来燃焼時 (λ = 1.6) と低空気比燃焼時 (λ = 1.3) における排ガス組成の経時変化である[20].低空気比燃焼時では排ガス O2 濃度が約 5 % となっており,λ = 1.3 にて運転されていることを示している.この低空気比条件においても排ガス CO 濃度は従来燃焼時と同様に低レベルで安定しており,本焼却炉では完全燃焼性能を損なうことなく低空気比運転が可能であることを示している.また,炉出口 NOx 濃度については従来燃焼時が平均 75 ppm であるのに対し,低空気比燃焼時では平均 40 ppm となり,約 50 % の低減が見られた.これは高温空気吹込みと EGR により炉内温度が均一化し,局所高温の発生が抑制されていることに加え,低空気比燃焼による O2 濃度減少の効果が発揮されているものと考えられる.

4. 排ガス処理技術による NOx 低減

 一部の廃棄物焼却施設では,排ガス処理技術による脱硝も行われている.燃焼技術のみでも一般排出基準は十分下回るが,各自治体等で設けている自主規制値を保証するためである.これらの技術は 1980 年代より研究開発が行われ,1990 年代に実機適用が本格化し[19],現在ではスタンダードとなっている.以下,代表的な技術と当社における研究開発事例の一端を紹介する.

4.1. 触媒脱硝技術 (SCR) SCR は発電を行う 100 t/d 規模以上の廃棄物焼却施設では一般的に採用されている.通常バグフィルタ後流に触媒塔を設置し (図 3 参照),還元剤である NH3 や尿素を噴霧し

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図 4 JFE ハイパー 21 ストーカシステムの炉内断面図.

図 5 燃焼安定化のイメージ (炉内横断面図).

図 6 従来燃焼時 (λ = 1.6) と低空気比燃焼時 (λ = 1.3) における排ガス組成の経時変化の比較.

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傳田知広ほか,廃棄物焼却炉における NOx 排出規制動向と脱硝技術

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て NOx を N2 と水分に分解除去する.NH3 吹込みによる総括反応式は次式で示される.

4NO + 4NH3 + O2 = 6H2O + 4N2

 触媒としては,二酸化チタン (TiO2) に酸化バナジウム (V2O5) を担持させたものが多く用いられ,形状はハニカム状のものが多い[23].200~350 ℃の温度域で運用され脱硝効率は 60~80 % と大きい[24]が,バグフィルタ後の冷えた排ガスを再加熱する必要があり,そのために発電用蒸気が使用される場合が多い.最近では 180~200 ℃の低温触媒が使用される例が出てきたが,更なる発電効率向上のため,SCR に頼らない技術の導入を検討する動きも始まっている.

4.2. 無触媒脱硝技術 (SNCR) SNCR は SCR と同様の還元剤を使用するが,触媒を使用しないため,設備コストやランニングコストが安価である.しかしながら SCR よりも脱硝効率は劣り,NH3/NO モル比 φ = 1.0 では 30 % 程度といわれる[24].また,φ を大きくするほど脱硝効果は大きくなるが,未反応の NH3 が残留しやすくなる.未反応 NH3 は排ガス中の HCl と反応して NH4Cl を生成し,これは白煙の原因となるため,NH3 の排ガス濃度は 10 ppm 以下とする必要がある. 一方,SNCR は排ガス再加熱が不要で,そのための蒸気を発電に使用することが出来るメリットがある.従って,昨今,廃棄物焼却施設でも SNCR を採用しようとする動きが高まっている.そのためには φ = 1.0 における脱硝効率の向上が必要であり,高度化に向けた取組みが行われている.

4.3. SNCR 高度化に向けた当社の取組み φ = 1.0 において脱硝効率を大きくすることを目的に,筆者らが実施した研究開発事例を紹介する. SNCR の最適な温度域は 800~1000 ℃であり[24],廃棄物焼却炉では図 7 に示すようにボイラ 1 パス目にあたる.ボイラ 1 パス目のガス組成としては,主成分である O2,CO2,H2O の他に,ppm オーダーの NOx,CO が存在する.この CO はボイラ 1 パス目を上流から下流に向かって徐々に酸化されていき,入口と出口では数百 ppm の差となる.筆者らは,この数百 ppm という CO 濃度差が SNCR の脱硝効率に及ぼす影響について素反応解析により検討した[2].

4.3.1. 素反応解析 解析に使用した素反応機構は The Leeds methane oxidation mechanism 1.5 (化学種数:37,反応式数:177) [25]と The Leeds NOx mechanism 2.0 (化学種数:43,反応式数:164) [25]の組み合わせである.また汎用解析ソフトとして Dars-Basic を用いた. 初期解析条件を表 3 に示す.ボイラ 1 パス目における模擬的なガス組成を与え,CO 濃度をパラメータとして変化

させた (条件 1:100 ppm,条件 2:1000 ppm).NO は 100 ppm とし,φ = 1.0 に相当する NH3 を与えた.また,雰囲気温度は 900 ℃一定,雰囲気圧力は大気圧とした. 解析結果を図 8 に示す.条件 1 においては NO が 40 ppm まで低減する一方,条件 2 においては 80 ppm までしか低減しないという結果が得られた.温度,圧力および CO 以外のガス濃度は一定なので,本結果は高濃度の CO が脱硝効果を阻害したものと考えられる. この結果から,実際にはボイラ 1 パス目の中でも出来るだけ CO 濃度の小さい下流側において,NH3 を噴霧することが望ましいと推測される.

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図 7 ボイラ 1 パスの位置.

表 3 素反応解析の初期条件.

図 8 素反応解析結果.

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4.3.2. 実機試験 素反応解析結果の検証ならびに SNCR の効果実証を目的とし,実機試験を行った[2].ボイラ 1 パス目の上流から下流に渡って NH3 吹込口を複数個所設け,位置の違いによって脱硝性能を比較した.NH3/NO モル比 φ は 1.0 とした. 実機試験では,解析結果どおり最下流の吹込口における脱硝効率が最も大きくなることを確認し,SNCR の脱硝効果も十分であることを実証できた.表 4 に最下流の吹込口における 12 時間連続測定結果を示す.脱硝後の NOx 濃度平均値は 25 ppm 前後となり,自主規制値として設定されることが多い 50 ppm を SNCR のみでも十分クリアする結果となった. 一方,NH3 濃度も重要である.各試験における測定結果を表 4 に合わせて示す.検出された NH3 は最大でも 7 ppm であり,排出濃度上限値の目安である 10 ppm を十分に下回る結果を得ることが出来た.

5. おわりに

 本稿では,廃棄物焼却処理において重要な規制対象物質である NOx を取上げ,その規制動向と脱硝技術について紹介した. 廃棄物焼却施設からの排出物に対する社会的関心は一層大きくなりつつあり,その代表として NOx 排出量は常に注目される.また,持続可能な社会の形成が叫ばれる中,これからの廃棄物焼却施設は電力供給施設としての役割も期待されており,社会との密接度はより大きくなるものと考えられる.従って,廃棄物焼却施設からの排出規制は今後もますます厳しくなっていくであろう. 一方,NOx 排出量は燃焼状態によって決まるため,廃棄物焼却炉の性能を示す重要な指標である.廃棄物焼却に携わる燃焼技術者にとって,NOx 低減は最大の技術課題のひとつと言ってもよく,不断の挑戦が求められる.その結果,これまで以上の高性能な新型焼却炉を実現することが出来れば,大きな社会貢献となろう. 以上の理由から,廃棄物燃焼技術の高度化は更に重要となることは間違いない.産官学の連携の下,NOx に限らず,あらゆる有害物質排出の低減に向けた取組みを続けていくことが必要である.

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表 4 実機試験結果.