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トポロジー ~幾何から代数へのパラダイムシフト~ 大学

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トポロジー~幾何から代数へのパラダイムシフト~

 

 

 

京都大学工学部 千葉逸人

 目次

1. はじめに · · · 42. 様々な図形 · · · 53. 直観的トポロジー

  3.1 基本群の原型 · · · 7  3.2 ホモロジー群の原型 · · · 94. 準備

  4.1 ホモトピー · · · 13

  4.2 群論 · · · 16

  4.3 セル分割 · · · 20

5. 基本群

  5.1 基本群とその性質 · · · 24

  5.2 自由群を用いた計算 · · · 28

6. ホモロジー群

  6.1 ホモロジー群とその性質 · · · 32

  6.2 ホモロジー代数の基礎 · · · 37

  6.3 ホモトピー不変性の証明 · · · 41

  6.4 Mayer − Vietoris完全列 · · · 43

あとがき  · · · 45

記号と主な図形

Rn · · · n次元 Euclid空間

Z · · · 整数の集合、あるいはそれに足し算の  構造を入れた加群

Bn · · · n次元開球体

Dn · · · n次元閉球体

S n · · · n次元球面

idX · · · 集合 X 上の恒等写像

f |A · · · 写像 f の定義域を Aに制限した写像

f ◦ g · · · 写像の合成α · β · · · 曲線αとβの積 (定義 3.2)

  ∼ · · · 同値関係� · · · 写像に対してはホモトピック、群に対しては群同型、  位相空間に対してはホモトピー同値、あるいは位相同型。

  いずれの意味かは文脈で判断できる。

π1(X, x0) · · · X の x0を基点とした基本群

∂n · · · 境界作用素Cn(X) · · · X の n次元鎖群

Zn(X) · · · X の n次元輪体群 (= Ker ∂n)

Bn(X) · · · X の n次元境界輪体群 (= Im ∂n+1)

Hn(X) · · · X の n次元ホモロジー群 (= Zn(X)/Bn(X)) 

mS 0 S 1D1

S 2

P2

T 2D2

m

D ST3

g

g

g

代表的な図形の位相不変量

π1 H0 H1 H2 χ dim

1点 - Z 0 0 1 0

S 0 - Z ⊕ Z 0 0 2 0

D1 {e} Z 0 0 1 1

S 1 Z Z Z 0 0 1

Θm Fm Z Z ⊕ · · · ⊕ Z (m個) 0 1 − m 1

D2 {e} Z 0 0 1 2

S 2 {e} Z 0 Z 2 2

T 2 Z × Z Z Z ⊕ Z Z 0 2

Σg { a1, b1, · · · , ag, bg | ∏ aibia−1i b−1

i = e } Z Z ⊕ · · · ⊕ Z (2g個) Z −2(g − 1) 2

Mobius Z Z Z 0 0 2

Klein { x, y | xyx = y } Z Z ⊕ Z2 0 0 2

P2 Z2 Z Z2 0 1 2

 Hr(S

n) �{

Z (r = 0, n)0 (r � 0, n)

Hr(Sm × S n) �

{Z (r = 0,m, n,m + n)0 (r � 0,m, n,m + n)

nが偶数のとき

Hr(Pn) �

Z (r = 0)Z2 (r = 1, 3, · · · , n − 1)0 (r = 2, 4, · · · , n)

Hr(Dn) �

{Z (r = 0)0 (r � 0)

Hr(Sm × S m) �

Z (r = 0,m, 2m)Z ⊕ Z (r = m)0 (r � 0,m, 2m)

nが奇数のとき

Hr(Pn) �

Z (r = 0, n)Z2 (r = 1, 3, · · · , n − 2)0 (r = 2, 4, · · · , n − 1)

π1 は乗法群で、Hn は加群で表示した。{e}は単位元のみからなる群、Fm は m個の文字から生成される自由

群、χは Euler数、dimは図形の次元。Pn は n次元射影空間 (本テキストでは定義していない)。

3

1 はじめに

トポロジーとは、大雑把に言えば図形の連続変形で不変な性質について研究する分野です。もう少し正確な

言葉で述べれば次のようになります。

――定義 1.1

 互いに位相同型 (同相)な位相空間の間に共通な性質を位相不変量という。

位相不変量について研究する分野がトポロジーだというわけです。ここで2つの位相空間 X と Y が位相同

型であるとは、X と Y の間に連続かつ逆写像も連続である全単射写像 (これを同相写像という)が存在するこ

とをいいます。本テキストでは難しい位相空間論の知識は用いず、対象とする空間は低次元の“目に見える”

ようなものばかりですから、上記の“位相空間”は“図形”に、“互いに位相同型である”は“互いに連続変形

で移り合える”といったように直観的に捉えておいてもよいです。

トポロジーでは図形をぐにゃぐにゃと変形させたときに変わってしまう性質には目をつぶり、不変な性質に

だけ着目します。例えば下図のように球体を変形させて正四面体にしたとき、明らかに図形の体積や辺、頂点

などに関する情報は変化しますが、こういうものには興味が無いわけです。

 

したがって球の位相不変量について調べようと思ったら、球と位相同型な正四面体について考えてもよいわ

けです (この2つが位相同型であることは後で証明する)。このように、状況に応じて考察しやすい図形に変形

しておいてからその図形のことを調べるのがトポロジーの1つの極意であり魅力であるといえます。ただし図

形を連続変形する際に穴を空けたり2つにちぎったり、あるいはこれらの逆の操作を行ってはいけません。つ

まり、これらの操作を行って互いに移り合える2つの図形は位相同型にはならないのです (その正確な証明は

本テキストを読むにつれ明らかになっていくでしょう。ここでは直観的な理解で十分です)。

 

 一方、次の 2 つの図形は、実際に一方から一方に移

ろうとすると輪っかを 1 度切ってから再び結ばないと

いけませんから連続変形では移り合えないような気が

しますが、これらの間の同相写像は容易に構成できま

すからこの2つは互いに位相同型です。

このように、常に直観だけで数学がうまくいくわけで

はないことにも注意しておきましょう。

A B A' B'

A A' B B'

A B A' B'     

本テキストでは第2節で主に考察の対象となる2次元図形、曲面を紹介し、第3節でこれらの図形が持つ位

相不変量を直観的に見つけます。第4節では3節における考察を数学的にきちんと述べるための準備であり、

第5,6節で3節で見つけた位相不変量を群論の言葉を使って正確に記述していき、それらが確かに位相不変

量になっていることを示します。本テキストを通して、幾何学的対象が徐々に抽象化されていって代数学の世

界へと移行していく様子が読み取っていただければ幸いです。

4

2 様々な図形

トポロジーの対象となるのは一般の位相空間ですが、直観的に理解するためには実際に図に書けるようなも

のが望ましいので、いくつか簡単な図形を準備しておきましょう。

P.2の図を見てください。(a),(b)は 0次元図形、(c)~(e)は 1次元図形、(f)~(l)は 2次元図形、(m),(n)が 3

次元図形です。2次元までの図形についてはこれだけ調べれば重要なものについては十分だといえます。例え

ば三角形の周や四面体の表面はそれぞれ円周や球面の連続変形で得られますし、その他の複雑な図形に対して

もこれらの組み合わせから得ることができます (あとがき参照)。3次元の図形にはかなり難しいものが多いか

ら簡単なものを2つ挙げるに留めておきました。

いくつかの図形について解説を加えておきましょう。

直交座標系で x21 + x2

2 + · · · + x2n ≤ 1 と表される閉領域、あるいはそれと位相同型な図形を n次元球体

と呼び Dn と表します。x21 + x2

2 + · · · + x2n = 1 と表される領域、あるいはそれと位相同型な図形を

n − 1次元球面 といい S n−1 と表します。明らかに S n−1 は Dn の境界です。また、x21 + x2

2 + · · · + x2n < 1 で

表される開領域、すなわち Dnからその境界 S n−1を除いた領域を n次元開球体といい Bnと書くことにします。

 円周と円周の直積空間 S 1 × S 1 を 2次元トーラスと

いい T 2 と表します。直観的には、円周を円周に沿って

動かしたときにできる図形です。一般に、円周の n 個

の直積 S 1 × · · · × S 1 を n次元トーラスといい T n で表します。また、図 (i)のように穴 (これを種数という)が g個空いた 2次元トーラスを種数 gのトーラスとい

い Σg と書きます。

Mobiusの帯は長方形の帯をねじって端と端をつなげたものです。

 

Kleinの壷と射影平面について説明する前に、2次元図形の展開図というものを導入しましょう。先に述べ

たように、トポロジーでは位相不変量を調べるために図形を効果的に変形させることが重要です。まず、正方

形の風呂敷を用意しましょう。ほとんど明らかに円板 D2 はこれと連続変形で移り合える、すなわち位相同型

です。Mobiusの帯はこれをねじって対辺をくっつけたものでした。またねじらずに対辺をくっつければ円筒

になり、この円筒の上端と下端をくっつければトーラス T 2 になります。このように正方形の辺と辺をいろい

ろなやり方でくっつけてみると様々な曲面が得られます。

 

 

5

 

 

Kleinの壷と射影平面は上図のようにして作られますが、これらを我々が実際に作ろうとしてみると、自分

自身を突き破らなければならないことが分かります。しかし3次元空間の中でこれを実現しようとするからそ

うなるのであって、これらは4次元の空間の中では自分と交わらずに作ることができます。ちょうど、立方体

を2次元 (紙)の中に書こうとすると手前の面と奥の面が重なってしまうが実際には3次元空間中では重なっ

ていないのと同じことです。∗1

 例えば射影平面の上のほうの部分を水平に切ってその断面を見てみましょ

う。これはちょうど∞字型になっていて自分自身と交わっているような気

がしますが、4次元図形の断面は 3次元図形である ((x1, x2, x3, x4)において

x4 = a (定数)とおいて (x1, x2, x3, a)を見るのです)ことに注意すると、実は

断面は右図のようになっていて自分自身と交わっていないのです。

これらの図形のより詳しい性質は位相不変量を探しながら明らかにしていきましょう。

問 1: 種数 2のトーラスの展開図を考えよ。(ヒント: 正方形からは作れない。)

円周と三角形の周、円板と三角形 (内部も含む)、球面と四面体の表面などがそれぞれ連続変形で互いに移り

合えることは直観的にはほとんど明らかですが、実際にこれらが位相同型であることを示しておきます。例と

して円周と三角形の周について示しますが、円板と三角形やより高次元の図形の場合もほとんど同様です。

まず、円周が三角形を含むように適当に半径を大きくしておきます。この操作は直交座標系で

f1 : (x1, x2) �→ (rx1, rx2)  (r � 0) (2.1)

と書かれ、これが同相写像であることは明らかでしょう (成分ごとに見れば傾き r の 1次関数ですから連続、

逆写像は x1 �→ x1/r でこれも連続です。共に実数全体から実数全体への全単射であることも明らか)。次に円

の中心から外側に半直線をとり (次ページ図)、これが三角形の周と交わる点に円周と交わる点を対応させるこ

とにすれば、この対応関係は同相写像になります (具体的な関数形は三角形の形状を指定しなければならない

から省略)。まったく同様にして任意の凸多角形の周と円周は位相同型になります。また直接の帰結として任

意の凸多角形同士も互いに位相同型であることも分かります (同相写像の合成は同相写像であるから、円周を

経由させればよい)。

∗1 実際にこれらの図形が3次元空間では実現できないが4次元空間になら実現できることの証明は例えば松本幸夫『多様体の基礎』(東京大学出版会, 1988)などを参照。

6

 

 

問 2: 凹多角形の周と円周が位相同型であることを示すために上の証明をどのように改良すればよいか。

もう1つ例を挙げておきます。R上の任意の開区間 (例えば (0, 1))と実軸 Rは位相同型です。直観的には開

区間を無限に延ばしていけば実軸が得られるのですが、これを厳密に示すために1ステップ入れましょう。

まず開区間 (0, 1)と、円周 S 1 から1点を除いた図形は位相同型です。実際、S 1 を複素平面上に置いて単位

円に変形しておくとこれは {eiθ | 0 ≤ θ < 2π}と表示されます。そこから1点、θ = 0で表される点を除けば

f : (0, 1)→ eiθ (0 < θ < 2π) (2.2)∈ ∈

t �→ e2πit

は同相写像です (要するに (0, 1)と (0, 2π)を対応付けたわけです)。

 次に円周から 1点を除いた図形と Rを図のように対応付け

ると、この対応関係は同相写像を定義します (適当に座標系を

とって式で表してみよ)。したがって開区間 (0, 1)と Rは位相

同型です。

 

さて、互いに位相同型な図形の間に共通な性質を研究する分野がトポロジーだと述べました。では球面と四

面体の表面に共通な性質とは何でしょうか。次元が等しいこと、共に連結 (いくつかの部分に分かれていない)

であることくらいはすぐに分かりますが、他はなかなか見つからないでしょう。位相不変量を見つけるのはそ

んなに簡単なことではないのです。そこで視点を変えて、互いに位相同型でない図形の本質的な違いとは何

かを考えましょう。例えば P.2の図形は全て互いに位相同型ではありません。同じ次元のものを見比べてみる

と、(a)が1つのパーツから成っている (連結である)のに対して (b)は複数のパーツから成っています。(c)と

比べて (d)は輪っかを持っており、さらに (e)には交点があります。2次元図形では、(g),(h),(i)が閉曲面であ

るのに対し、(f),(j)はそうではありません。また (h),(i)は穴を持っています。(k),(l)は3次元空間には置くこ

とができない図形です。

このような事柄を数学的にきちんと記述して位相不変量を解き明かしていくのが本テキストの目的です。

3 直観的トポロジー

3.1 基本群の原型

先ほど述べたように穴の数というのは図形を区別する1つの量になりそうですが、これでは大雑把すぎて円

周 S 1, トーラス T 2, Mobiusの帯 , ソリッドトーラス S T などを区別することができません。もう少し細かく

分類するために次のように考えましょう。

もし図形が穴を持っていれば、その穴を囲うような 1つの閉曲線がとれます (下図の B,Eなど)。

7

 

S 2 T 2

A B

D

E

FC

 

 そこで穴の数よりもいくつの閉曲線を書くことができるか

に注目してみましょう。ただし我々は連続変形で移り合える

図形は同じものとみなしていますから、連続変形で互いに移

り合える2つの閉曲線は同じものとみなすことにします。す

ると本質的には球面 S 1 上には 1つ、トーラス T 2 上には 3つ、

Mobiusの帯上には 2つの閉曲線があることが分かります。た

だし図のようにすでに数えている閉曲線の組み合わせから得

られる閉曲線は数えないことにします。“本質的に”と言った

のはそういう意味です。B C C+C   

また、上図の A, D, Fのように曲面から円板を切り取るような閉曲線はどんな2次元図形も持っており、2

次元図形を区別するために役に立つとは思えないのでこれを無視してしまうと、結局 S 1 は 0、T 2 は 2種類、

Mobiusの帯は 1種類の閉曲線を持っていることになります。

こうして閉曲線の数によって S 1,T 2,Mobiusの帯を区別することができました。他の図形について調べる前

に、曲線の定義をきちんとしておきましょう。

――定義 3.1

 X を位相空間、I を閉区間 [0, 1]とする。α(0) = x0, α(1) = x1 を満たす連続写像 α : I → X を、始点x0 と

終点x1 を結ぶ曲線という。始点と終点が等しい曲線を閉曲線という。

少し一般的な形で定義しましたが、要するにパラメータを 1つだけ持つ関数 α(s)が描く軌跡が曲線なわけで

す。次に曲線と曲線の積を次のように定義します。

――定義 3.2

 

α(1) = β(0)を満たす 2つの曲線 α, βに対し、その積 α · βを

α · β(s) =

{α(2s) (0 ≤ s ≤ 1/2)β(2s − 1) (1/2 ≤ s ≤ 1)

(3.1)

で定義する。

  α · βは αの始点を始点、βの終点を終点とする αと βをつ

ないだ曲線になります (通常の写像の合成 f ◦ gは右側 gを先

に作用させるが、曲線の積 α · βは左側 αが先であることに注

意)。この記法を用いると、上図の B+C は B ·C と、C +C は

C ·C と書かれます。  

また、曲線 α(s)に対して α(1 − s)を α−1 と表すことにしましょう。これは α(1)から α(0)へと向かう α(s)

と逆向きの曲線です。

もう少しトーラス T 2 上の閉曲線について考えます。今述べたように曲線にはパラメータ sが増加する方向

に向きが入っています。上図の B, Cに対して逆向きの曲線 B−1, C−1 を考え、閉曲線 B ·C ·B−1 ·C−1 を考える

と、これは先ほど無視した円板を切り取る閉曲線 (これを eと呼ぶことにする)になります。したがって記号

8

的に B · C · B−1 · C−1 = eと書くことができます。このイコールは連続変形で両辺を等しくすることができる、

という意味です。

 

 これは展開図を用いると用意に理解できます。

 トーラスの展開図について、辺 AB と辺 DC はくっつけてしまう

ので、組み立て後には点 Aと点 Dは同一の点を表します。したがっ

て線分 DAはトーラス上で閉曲線 B (あるいは C)を表すのです。同

様に線分 ABは閉曲線 C (あるいは B)を表します。また線分 CDの

ように矢印と逆向きの線分は C−1(あるいは B−1)と表されます。結局

B · C · B−1 · C−1 は展開図上では閉曲線 ABCDA を表すことになり、

これが円板を切り取る閉曲線 eであることは明らかです。

同様に Klein の壷は線分 AB に対応する閉曲線 α と線分 BC に対

応する閉曲線 β があり、Klein の壷上のすべての閉曲線は α, β, e

の組み合わせ (曲線の積) から成ります。また展開図から明らかに

β · α · β · α−1 = eの関係があります。

射影平面については読者が自分で考えてみてください。結果をまと

めると次のようになります。

A

A

B

B

C

C

D

D

e  

閉曲線 関係式S 2 e ―T 2 e, α, β α · β · α−1 · β−1 = e

Moius e, α ―Klein e, α, β α · β · α · β−1 = e

P2 e, α α · α = e

したがって曲面の上の閉曲線の数とその関係式によって上記5つの図形が分類されたことになります。しか

し明らかに円板 D2 上の閉曲線は eのみであり S 2 と区別することができません。これまでの考察は2次元図

形を完全に分類するには情報が少なすぎたのです。そこで少し別の観点から閉曲線を捉えてみましょう。

問 3: 種数 2のトーラスの閉曲線とその関係式を調べよ。

3.2 ホモロジー群の原型

閉曲線 e は曲面から円板を切り取るものとして定義されました。他の閉曲線にもはさみを入れてみま

しょう。

 

e

ee

 トーラス上の閉曲線 αに沿ってはさみを入れると円筒になります。次に βに沿って切ると正方形になり、三

度閉曲線に沿って切るととうとうトーラスが2つに分離されてしまいます。β に沿って先に切ってから α に

9

沿って切っても同じことがいえます。

球面 S 2 がどんな閉曲線に沿って切っても 2 つの分かれてしまうのに対し、トーラス T 2 は 2 回までなら

切っても分離しないという性質を持っているのです。

問 4: Mobiusの帯を実際に紙で作り、穴を 1周するような閉曲線に沿って切ってみよ。再び閉曲線に沿って

切るとどうなるか。

次に Kleinの壷について考えてみましょう。トーラスと同様に、前ページ図の α, βと 2回切ってもまだ曲面

はつながったままのように思えますが、βは4次元空間中の閉曲線で分かりにくいから展開図を用いて議論し

ましょう。

 A

E

E'

B

CD

A'

F F'

B'

C'D'

A B

CD

A

B

C

D

A' B'

C'D'

A' B'

C'D'

   上図の線分 ABと DCはくっつけてしまうから EE’は閉曲線であり、これが βに相当します。これに沿っ

て展開図を切るといったん 2つに分かれてしまいますが、実際には ADと BCはくっつけるから、右半分を

裏返して矢印の向きをそろえてから左半分とくっつけましょう。そうして得られたのが正方形 A’B’C’D’ で

す。これは A’B’ と D’C’ をくっつけると円筒になります。次に閉曲線 FF’ (α に相当) に沿って切ってから、

上下を入れ換えて A’B’と D’C’をくっつけると矢印のない普通の正方形になります。したがって Kleinの壷

もトーラスと同様、2回閉曲線に沿って切ってもまだつながったままなのです。

  αに沿って先に切っても同様ですが、この αは少し

変わった性質を持っています。普通はある点の周りに

沿ってはさみを入れていくとき、2周してから始点に戻

ることは自分の切れ目が邪魔して不可能です。ところ

が Kleinの壷はそれが自然にできてしまうのです。   

 右図で、線分 ADと BCは向きを変えてくっつけてし

まうから Eと E’、Fと F’は同一の点です。したがって

EFF’E’は1つの閉曲線になっています。これは組み立

て後は図のように αに沿って 2周したものになってお

り、EFF’E’に沿って切ると Kleinの壷から Mobiusの

帯が分離されてしまいます。

A

E

F

E'F

E'F'

E

F'

B

CD

 このように 2 周すると曲面からあるパーツを切り取ってしまう閉曲線をねじれた閉曲線と呼ぶことにしま

しょう

問 5: 射影平面、種数2のトーラスについて同様の考察をせよ。

10

結果をまとめると次のようになります。

パーツを切り取らない閉曲線の最大数 ねじれた閉曲線の数S 2 0 0T 2 2 0

Moius 1 0Klein 2 1

P2 1 1D2 0 0

 先ほどとは少し違った曲面の分類の仕方が得られましたが、やはりまだ D2 と S 2 を区別することはできま

せん。この 2つを区別するために、図形が空間を 2つに分けるかどうかを考えましょう。

S 2, T 2 は明らかに空間を2つの部分に分ける、言い換えると、曲面の内側と外側が存在します。一方、D2

と Mobiusの帯はそうではありません (曲面が空間を2つに分けるとすれば、少なくともそれは閉曲面でなけ

ればならないでしょう)。また、Mobiusの帯は表側を指でたどって 1周すると裏側にいってしまう、裏表のな

い曲面として有名ですが、先ほどの考察により Kleinの壷はそのパーツとしてMobiusの帯をもっていますか

ら、やはり裏表の区別ができないのです。したがって Kleinの壷の内側、外側は存在しません。射影平面につ

いても同様です。

空間を2つに分けるかどうかS 2 ○T 2 ○

Moius ×Klein ×

P2 ×D2 ×

 こうして、6つの 2次元図形を完全に分類することができました。

この節で我々は閉曲線が曲面からあるパーツを切り取るかどうか、そして閉曲面が空間を2つの部分に分け

るかどうかを考えました。しかしこれらはせいぜい図形が持つ2次元までの情報しか含んでいませんから、2

次元の図形を分類するのには役に立ちましたがより高次元の図形に対しては少し心許ないです。そこで、これ

までの議論の高次元への自然な拡張を考えたいのですが、パーツを切り取る閉曲線は曲面を内側と外側に分

ける閉曲線と言うことができることに注意すると、閉曲線や閉曲面の高次元バージョン (閉体とでもいうべき

か?)が (高次元の)空間を2つに分けるかどうか、というのが自然な一般化だと言えそうです。しかし高次元

の図形に対してはもはや直感が働かないので理論をきちんと定式化する必要にせまられます。

閉曲線も閉曲面も共に境界 (閉曲線の場合は端点、閉曲面の場合は“ふち”)を持たない図形であることに注

意して、高次元の場合にも境界を持たないものを閉曲線、閉曲面に対応するものとして定義し、これを輪体と

呼ぶことにしましょう。

次に境界を容易に求めることができるようにするために図形の部品となる単体を定義します。

――定義 3.3

 r 次元直交座標 (x1, x2, · · · , xr) において原点 e0 = (0, 0, · · · , 0) および e1 = (1, 0, · · · , 0), e2 =

(0, 1, · · · , 0), · · · , er = (0, 0, · · · , 1)の r + 1点で張られる閉領域を r単体と呼ぶ。

0単体は 1点、1単体は線分、2単体は三角形、3単体は四面体となります。

11

 

0e 1e

2e

0e1e

2e

3e

   

単体は随分簡単な図形ですが、必要ならば対象としている図形を分割してそれぞれの部分を連続変形して単

体にしてしまえばいいので、単体について考えれば十分一般的な図形も扱うことができます。

r + 1点 e0, e1, · · · , er で張られる r単体を [e0e1 · · · er]と書くことにしましょう。このとき、3単体 [e0e1e2e3]

の境界は明らかに 4つの 2単体 [e1e2e3], [e0e2e3], [e0e1e3], [e0e1e2]です。同様に、r 単体 [e0e1 · · · er]の境界

は r + 1個の r − 1単体 [e1e2 · · · er], [e0e2 · · · er], · · · , [e0e1 · · · er−1]、つまり r + 1点 e0, e1, · · · , er から 1つを除

いたもので張られる単体の集合になっています。

さて、例えば 2単体 [e0e1e2]の境界 [e1e2] ∪ [e0e2] ∪ [e0e1]は三角形の周ですから閉曲線、したがって境界

をもちません。この事実を反映させるために、閉曲線には定義 3.1から自然に向きが入っていることを考慮し

て三角形の周を −−−→e1e2 +−−−→e2e0 +

−−−→e0e1 と書いてみましょう (上図参照)。1単体 [e0e1]の境界は [e0]と [e1]ですが、

向きが入っている場合は位置ベクトルをまねて始点の方に負号をつけて表すことにしてみましょう。すると

(−−−→e1e2 +−−−→e2e0 +

−−−→e0e1の境界) = ([e2] − [e1]) + ([e0] − [e2]) + ([e1] − [e0]) = 0 (3.2)

となり、境界がないという事実が計算により示せることになるので都合がよいです。高次元の場合にはベクト

ルというわけにはいきませんが、やはり図形に向きが入っているとして次のように定義します。∗2

――定義 3.4

 

r単体 [e0e1 · · · er]に対して境界作用素 ∂r を

∂r[e0e1 · · · er] =r∑

i=0

(−1)i[e0 · · · ei · · · er] (3.3)

= [e1e2 · · · er] − [e0e2 · · · er] + · · · + (−1)r[e0e1 · · · er−1]

で定義する。また 0単体に対しては ∂0 = 0と定義する。

ここで [e0 · · · ei · · · er]は e0, e1, · · · , er の中から ei だけ除いて得られる r − 1単体を意味します。

問 6: ∂2(∂3[e0e1e2e3]) = 0を示せ。これは閉曲面は境界を持たないことを意味する。

図形が r単体 E1, · · · , En の和集合からなる場合は、E1 ∪ · · · ∪ En を記号的に E1 + · · · + En と書いて

∂r(E1 + · · · + En) = ∂rE1 + · · · + ∂rEn (3.4)

と線形に定義します。

――定理 3.5

 

任意の r単体の和集合 E =⋃

i

Ei に対して

∂r−1 ◦ ∂r (E) = 0 (3.5)

この定理は、“図形の境界は境界を持たない”という、2,3次元の場合は明らかな事実の一般化になります。

∗2 多様体論を知らない読者は、このように向きづけて定義しておくと計算がうまくいく、と思っておけばよいですが、本質的には次の理由によるものです。

Euclid空間 Rn には座標系から定まる自然な向きが入っており、単体にはその部分多様体としての向きが入っています。そしてその境界には単体から誘導される向きが定義されます。境界 [e0e1 · · · ei · · · er]が持つ自然な座標系 (e0, e1, · · · , ei, · · · , er)が、単体から誘導される座標系と同じ向きか逆向きかを見るには、(e0, e1, · · · , er)から (ei, e0, · · · , ei, · · · , er)への座標変換のヤコビアンが正か負かを見ればよく、負の場合には正に戻すために [e0e1 · · · ei · · · er]に負号をつけておくのです。したがって iが奇数のときには負号がつくことになります。テキスト「微分形式の幾何学」の第6節を参照。

12

(証明) 線形性から [e0e1 · · · er]に対して示せば十分です。

∂r−1(∂r[e0 · · · er]) = ∂r−1

r∑

i=0

(−1)i[e0 · · · ei · · · er]

=

r∑i=0

(−1)i∂r−1[e0 · · · ei · · · er]

=

r∑i=0

(−1)i

i−1∑j=0

(−1) j[e0 · · · e j · · · ei · · · er] +r∑

j=i+1

(−1) j−1[e0 · · · ei · · · e j · · · er]

=

∑j<i

(−1)i+ j[e0 · · · e j · · · ei · · · er] −∑j>i

(−1)i+ j[e0 · · · ei · · · e j · · · er] = 0 �

さて、境界のない図形、閉曲線や閉曲面の r 次元バージョンである r 輪体を探すには、境界作用素 ∂r を用

いて ∂rE = 0を満たす図形 E を見つける、言いかえると写像 ∂r の核 Ker ∂r を調べればいいことになります。

また我々はこの節で“円板を切り取る閉曲線”eを無視することにしました。eは円板の境界ですから、ある

単体 E を用いて ∂2E という形で表される、言いかえると ∂2 の像 Im ∂2 の元になっています。かくしてこの節

で図を見ながら直観的に行った方法は、Ker ∂r と Im ∂r の研究へと帰着されるのです。次第に代数学の世界へ

と足を踏み入れていっているのが分かるでしょうか?より先に進むためにはいくつか準備が必要です。

4 準備

この節では、前節における議論を数学的に厳密に取り扱うための準備を行います。

 我々は図のように連続変形で互いに移り合える閉曲線は区別しな

いことにしたのでした。これを定式化するとホモトピーと呼ばれる

概念が得られます (4.1節)。   

また、定義 3.2において曲線の積を導入しました。このように集合の上にある規則を満たす演算が定義され

ているとき、これを群と呼びます (4.2節)。

前節の終わりで単体を定義し、より複雑な図形はいくつかの単体に分割するのだと述べました。これを抽象

化するとセル分割が得られます (4.3節)。

4.1 ホモトピー

ホモトピーの定義に入る前に同値類について説明しておきましょう (知っている読者は飛ばしてよい)。

 例えば今地球人の集合 X があるとして、各国ごとの人々の性質を

調べたかったら、Xをそのまま扱うのではなく国籍ごとに人々を分類

しておいて、その部分集合の 1つ 1つを新たに集合の元と見るほう

が便利です。

X X

  

a, b ∈ X が同じ国籍のときに a ∼ b と書くことにしましょう。X を国籍ごとの部分集合に分けて X =

A1 ∪ · · · ∪ An としたとき、明らかに (常識の範囲で考えて)国籍をまたがる人はいませんから Ai ∩ Aj = ∅ (i � j)

となっています。ある人 aが Ai に属するとき、Ai = [a]と書くことにしましょう。言いかえれば、[a]は aと

同じ国籍の人全員からなる X の部分集合です。もし bも Ai に属するならば明らかに [a] = [b]でしょう。す

なわち a ∼ b⇒ [a] = [b]です。

このような自明な事実から抽象的な部分を抜き出してきて同値関係を定義します。

13

――定義 4.1

 

集合 X 上の 2項関係 ∼が ∀a, b, c ∈ X に対して次の条件を満たすとき、∼を X 上の同値関係という。

(1)  a ∼ a (反射律)

(2)  a ∼ b ならば b ∼ a (対称律)

(3)  a ∼ b かつ b ∼ c ならば a ∼ c (推移律)

a ∼ x を満たす x の集合を [a] と書いてこれを a の同値類、a を [a] の代表元といいます。すなわち

[a] = {x ∈ X | a ∼ x}。名前に反して aは [a]の中の特別な存在というわけではなく、もし a ∼ bならば [a] = [b]

が示せるので bを代表元としても同じことです。実際、[a]と [b]が共通の元を持つとしてそれを cとすると

a ∼ c, b ∼ cだから推移律より a ∼ b、次に ∀a′ ∈ [a]に対して a ∼ a′, a ∼ bだから a′ ∼ b、したがって a′ ∈ [b]

であるから [a] ⊂ [b]を得ます。同様に [b] ⊂ [a]が示せるから結局 [a] = [b]を得ます。以上より、適当な同値

類 [a]と [b]は集合としてまったく同じであるか、まったく共通元を持たないかのどちらかであることが分か

りました。したがって国籍の話のときに直観的に得た事実は上の定義だけから導き出せるのです。

X に対してその同値類の 1つ 1つを元とみた集合を X/ ∼と書き商集合といいます。問 7:位相同型であるという関係は位相空間の集合上の同値関係であることを示せ。

それではホモトピーの定義をしましょう。

――定義 4.2

 

X,Y を位相空間、I を閉区間 [0, 1]とする。2つの連続写像 f0, f1 : X → Y に対して

F(x, 0) = f0(x) , F(x, 1) = f1(x) (∀x ∈ X) (4.1)

を満たす連続写像 F : X × I → Y を f0 と f1 を結ぶホモトピーという。 f0 と f1 を結ぶホモトピーが存在

するとき、 f0 と f1 はホモトピックであるといい f0 � f1 と表す。

 要するに f0(x)と f1(x)の間を補間する t をパラメータとし

て持つ連続写像 ft(x), (0 ≤ t ≤ 1) を F(x, t) と書いてホモト

ピーと呼ぶのです。

 特に X 上の曲線は写像 α : I → X のことですから (定義

3.1)、上の定義の特別な場合として曲線のホモトピーが定義さ

れます。F(s,0) f0(s)

F(s,t)

F(s,1) f1(s)

X f0 f1     

――定理 4.3

 ホモトピックであるという関係 �は X から Y への連続写像の集合上の同値関係である。

(証明)  tについての定値写像 F(x, t) = f (x)は f と f を結ぶホモトピーになるので f � f となり反射律が言

えます。次に f0 と f1 を結ぶホモトピーを F1(x, t)とすると F1(x, 1 − t)は f1 と f0 を結ぶホモトピーとなり、

f1 � f0 が言えるので対称律が言えます。最後に、 f1 と f2 を結ぶホモトピーを F2(x, t)とすると

F3(x, t) =

{F1(x, 2t) (0 ≤ t ≤ 1/2)F2(x, 2t − 1) (1/2 ≤ t ≤ 1)

(4.2)

は f0 と f2 を結ぶホモトピーですから f0 � f2、したがって推移律が言えました。 �

�は同値関係ですから X から Y への連続写像の集合が互いにホモトピックな写像の集合からなる同値類に

分割されることになります。この同値類をホモトピー類といいます。

14

 特に X 上の曲線の集合も互いにホモトピックな曲線の集合

(直観的には互いに連続変形で移り合える曲線群)に分割され、

曲線の 1つ 1つの代わりにホモトピー類の 1つ 1つを考える

ことにより図のような 2 つの曲線を区別せずに扱えることが

できるようになるのです。

    曲線のホモトピーによる分類が定義できましたから今度は位相空間のほうを分類してみましょう。

――定義 4.4

 

位相空間 X,Y に対し連続写像 f : X → Y, g : Y → X が f ◦ g � idYかつ g ◦ f � idX を満たすとき、 f をホ

モトピー同値写像、gをホモトピー逆写像という (idX , idY はそれぞれ X,Y 上の恒等写像)。X と Y の間に

ホモトピー同値写像が存在するとき、X と Y はホモトピー同値であるといい X � Y と表す。

  X

D

f (D)

g

g

idX

f

Yf (D)

     

[例 1]  Rと 1点 {p}はホモトピー同値です。実際、f : R→ {p}を f (x) = pで、g : {p} → Rを g(p) = a ∈ R

で定義すると F(x, t) = (1 − t)x + taは F(x, 0) = x = idR(x)と F(x, 1) = a = g ◦ f (x)を結ぶホモトピーになり

ますから g ◦ f (x) � idR(x)。一方、 f ◦ gは恒等写像そのものなので f ◦ g � id{p} は明らかです。

同様にして Rn や Dn も 1点とホモトピー同値であることが示せます。

1点とホモトピー同値な空間を可縮な空間といいます。

問 8: Rn − {0}と S n−1、Dn − {0}と S n−1 はそれぞれホモトピー同値であることを示せ。

――定理 4.5

 ホモトピー同値であるという関係 �は位相空間の集合上の同値関係である。

(証明) 恒等写像が X から X へのホモトピー同値写像になるから反射律 X � X は明らか。対称律も定義から

明らかでしょう。推移律を示します。

f1 : X → Y, f2 : Y → Z をそれぞれホモトピー同値写像、g1, g2 をそれぞれのホモトピー逆写像とすると

(g1 ◦ g2) ◦ ( f2 ◦ f1) = g1 ◦ (g2 ◦ f2) ◦ f1 � g1 ◦ idY ◦ f1 = g1 ◦ f1 � idX (4.3)

同様に ( f2 ◦ f1) ◦ (g1 ◦ g2) � idZ が示せるので f2 ◦ f1 が X から Z へのホモトピー同値写像になります。 �

したがって位相空間の集合が、互いにホモトピックな空間からなる同値類の集合に分割されることになりま

す。一方、位相同型であるという関係を用いても位相空間の集合を分類することができますが、[例1]から分

かるように位相同型でない Rと 1点が、ホモトピー同値という関係の中では同じ同値類に属しますから、ホ

モトピー同値による位相空間の分類は位相同型による分類よりも分類の仕方が粗そうです。実際次の定理が成

り立ちます。

――定理 4.6

 位相空間 X と Y が位相同型ならば X と Y はホモトピー同値である。

(証明)  X と Y の間の同相写像 f がホモトピー同値写像、逆写像がホモトピー逆写像になります ( f ◦ f −1 =

idY , f −1 ◦ f = idX)。 �

15

したがって、互いにホモトピー同値な空間の間に不変な性質、ホモトピー不変量は、同時に我々の目的であ

る位相不変量にもなっているわけです。しかしホモトピー不変量は位相不変量よりも粗い尺度ですから、空間

を完全に分類するには情報が足りません。実際、ホモトピー不変量は Rと 1点を区別できません。しかし他

の簡単な位相不変量 (例えば図形の次元など)と組み合わせて使えば十分に威力を発揮するので、以下ではホ

モトピー不変量を探すことにしましょう。

4.2 群論

3.1節で定義した曲線の積や 3.2節で用いた単体の和 ([e0e1] + [e1e2]等)など、集合の上に定義された演算

の構造を効果的に用いるために群論の定理を準備しておきます。ただし本テキストでは群論の知識は仮定して

いるから紹介程度に留めます。より詳しい解説や飛ばした証明は適当な教科書やテキスト「群論は輪っかの理

論」などを参照してください。

――定義 4.7

 

群の公理

集合 Aに対し演算 ◦が定義されているとする (a ∈ Aと b ∈ Aの演算を a ◦ bと書く)。Aはこの演算につ

いて閉じており、かつ次の3つの条件を満たすとき、Aと ◦の組み (A, ◦)を群と呼ぶ。(G1) 結合律 任意の a, b, c ∈ Aに対して

(a ◦ b) ◦ c = a ◦ (b ◦ c) (4.4)

が成り立つ。

(G2) 単位元の存在 任意の a ∈ Aに対してa ◦ e = e ◦ a = a (4.5)

を満たす e ∈ Aが存在する。

(G3) 逆元の存在 任意の a ∈ Aに対してa ◦ b = b ◦ a = e (4.6)

を満たすような b ∈ Aが存在する。(この bを a−1 と表すことにする)

 通常、演算 ◦は省略して単に a ◦ bを abと書くことが多いです。また定義されている演算が明らかな場合

は単に Aを群と呼びます。

群 Gがさらに

(G4) 可換律 任意の a, b ∈ Gに対して ab = ba

を満たすとき、G を可換群、あるいは Abel群といいます。このときは慣用的に演算を足し算の形 a + bで表

すことが多く、これを加群とも呼びます (必ずしも普通の数字の足し算を表すわけではないことに注意)。

群 Gの部分集合でそれ自身、Gと同じ演算で群になっているものを Gの部分群といいます。

[例 2] 整数の集合 Zは通常の足し算を演算として加群になります。結合律、可換律は明らか。単位元は 0、

a ∈ Zの逆元は −aです。

整数 mの倍数の集合mZ = {· · · ,−2m,−m, 0,m, 2m, · · · } (4.7)

は Zの部分群です。逆に Zの任意の部分群はある整数 mを用いて mZの形に表されることが示せます。

[例 3]  det A � 0を満たす n次実正方行列の集合M(n,R)は行列の積を演算として群になります。結合律は

明らか、単位元は単位行列、A ∈ M(n,R)の逆元は逆行列 A−1 です。しかしこれは Abel群ではありません。

問 9: 単位元、および a ∈ Gの逆元 a−1 はただ 1つしか存在しないことを示せ。

問 10: (ab)−1 = b−1a−1 を示せ。

16

――定理 4.8

 群 G の部分群 H に対して ab−1 ∈ H (加群のときは a − b ∈ H)であるとき a ∼ bと書くと、∼は G 上の

同値関係である。

(証明)   H はそれ自身群なので (G と共通の) 単位元 e を持ちます。したがって aa−1 = e ∈ H より

a ∼ a。次に、ab−1 ∈ H ならば H の元が逆元を持つことから (ab−1)−1 = ba−1 ∈ H より b ∼ a。最後に、

a ∼ b, b ∼ cと仮定すると ab−1 ∈ H, bc−1 ∈ H で、H は演算で閉じているから (ab−1)(bc−1) ∈ H、したがって

ac−1 = a(b−1b)c−1 = (ab−1)(bc−1) ∈ H、よって ac−1 ∈ H より a ∼ cを得ます。以上で定理が示せました。 �

この関係を用いて群 G上の元を分類できる、すなわち商集合 G/ ∼が考えられます。同値類 [a] ∈ G/ ∼は[a] = {x ∈ G | xa−1 ∈ H} = {x ∈ G | x = haを満たす h ∈ H が存在する } (4.8)

と表示されます。特に H = {h1, h2, · · · }のときは [a] = Ha = {h1a, h2a, · · · }となります。問 11: [a] = aH = {ah1, ah2, · · · }とも表示されることを示せ。

同値関係の一般的な性質から [a]と [b]は集合としてまったく等しいか、共通元をまったく持たないかのい

ずれかですが、さらに群の場合は [a]と [b]の元の個数がまったく等しいことが示せます (H が有限集合のと

き)。実際、h1, h2 ∈ H, h1 � h2 に対して h1a = h2aと仮定すると右から a−1 をかけて h1 = h2 となりますがこ

れは矛盾、したがって h1a � h2aです。よって H = {h1, h2, · · · , hn}とすると [a] = {h1a, h2a, · · · , hna}と書けて、これらは全て異なる元ですから結局 [a]の元の個数は H の元の個数と等しくなります。

以上より全ての同値類の元の個数は H の元の個数に等しいことが分かりました。G の任意の元は必ずどこ

かの同値類に含まれていますから次の定理を得ます。

――定理 4.9

 

Lagrangeの定理

有限群 Gとその部分群 H に対して|G| = |G/∼ | × |H| (4.9)

ただし |G|は Gの元の個数を表す。

以下、aの同値類 [a]を aH と書くことにします (問 11)。特に単位元 eの同値類は H そのものです。

問 12: 群 Gに対して GG = {gig j | gi, g j ∈ G}とする。G = GGを示せ。

商集合 G/ ∼= {[e], [a1], [a2], · · · } = {H, a1H, a2H, · · · } はただの集合であり一般には群にはなりませんが、G の部分群 H が任意の g ∈ G に対して gH = Hg を満たすときは G/ ∼ は群になります。実際、[ai][a j] = (aiH)(a jH) = aia jHH = aia jH であり、aia j = gとし、gが属する同値類を [ak] = akH とおくと、同

値類の代表元は任意に選べるのでしたからこれは [ak] = [g] と書けます。したがって [ai][a j] = [ak] となり、

G/∼は演算で閉じています。結合律は明らか。[e][ai] = HaiH = aiHH = aiH = [ai]より [e] = H が単位元で

す。また ai の逆元 a−1i が属する同値類を [a j]とすると [ai][a j] = aiHa−1

i H = aia−1i HH = H = [e]より [a j]が

[ai]の逆元となります。

――定理 4.10

 群 G の部分群 H が任意の g ∈ G に対して gH = Hg を満たすとき、H を正規部分群という。このとき

G/∼は群となり、これを剰余群といい G/H と表す。

Abel群は任意の元が可換ですからその任意の部分群は正規部分群となります。

17

 [例 4] 剰余群 Z/mZは

Z/mZ = {[0], [1], [2], · · · , [m − 1]} = {mZ,mZ + 1,mZ + 2, · · · ,mZ + m − 1} (4.10)

と表示される位数 (元の個数)が mの群です。[i]は mで割ったときの余りが iである整数の集合となります。

この群を特に Z/mZ = Zm と略記します。

――定義 4.11

 

2つの群 G,G′ の間の写像 ϕ : G → G′ が

ϕ(ab) = ϕ(a)ϕ(b)  (加群のときはϕ(a + b) = ϕ(a) + ϕ(b)) (4.11)

を満たすとき、ϕを準同型写像という。さらに ϕが全単射ならば Gと G′ は同型であるといい G � G′ と

表し、この ϕを同型写像という。

G と G′ の間に全単射写像があれば 2つの群の集合としての性質は同じであるといえます (元に 1対 1対応が

つくので)。さらに上式が成り立てば、2つの群の演算の構造も同じであることが言えるので、互いに同型な 2

つの群の抽象的構造はまったく同じであると言えます。

問 13: 準同型写像 ϕ : G → G′ が単射であるための必要十分条件は Kerϕ = {e}であることを示せ。[例 5]   ϕ : Z → mZ を ϕ(k) = km で定義するとこれは準同型です。ϕ(k) = km = 0   ⇒   k = 0 より

Kerϕ = {0}なので ϕは単射、また全射であることは明らかなので Z � mZ。

次の定理は群論の最も基本的な定理の 1つです。

――定理 4.12

 

準同型定理

ϕ : G → G′ が準同型写像のとき G/Kerϕ � Imϕ (4.12)

(証明) 手順だけ示して細かい検証は読者に任せます。(i)まずは剰余群 G/Kerϕがきちんと定義されている

ことを言うために Kerϕ が正規部分群であることを示します。(ii) 次に ϕ : G/Kerϕ → Imϕ を ϕ([a]) = ϕ(a)

で定義します。これが写像としてきちんと定義されていることを言うために写像の行き先が代表元の選びかた

に依らない、すなわち b ∈ [a]ならば ϕ(a) = ϕ(b)であることを示します。(iii)そして ϕが準同型、単射、全射

であることを言えばよいです。 �

[例 6]  am = eを満たす aに対して {e, a, a2, · · · , am−1}からなる群を位数 mの巡回群といい 〈a〉と表します。Zから 〈a〉への写像を ϕ(k) = ak とするとこれは準同型で ϕ(k) = eとなるのは kが mの倍数のときであるから

Kerϕ = mZ。したがって準同型定理より Z/mZ = Zm � 〈a〉。

Abel群に対してはその構造はよく分かっており、特に全ての元が有限個の元 {e, a1, · · · , am}の 1次結合で表

される、すなわち任意の元が加群の形で g = c1a1 + · · · + cmam (ci : 整数)と表される (加群では単位元は 0で

表す)有限生成 Abel群に対しては次の定理が成り立ちます。

――定理 4.13

 

有限生成 Abel群の基本定理

任意の有限生成 Abel群 GはG � Z ⊕ · · · ⊕ Z ⊕ Zm1 ⊕ · · · ⊕ Zmn (4.13)

と表される。ここに現れる Z の個数 (右辺の左半分) を G の階数、(m1, · · · ,mn) を G のねじれ係数とい

う。また mi は mi+1 の約数になるように選ぶことができる。このとき G はその階数とねじれ係数により

一意に定まる。

18

証明は省略します。

[例 6]より Zm は位数 mの巡回群と同型ですから、この定理は「任意の有限生成 Abel群は巡回群の直和で

表される」とも言うことができます。

[例 7]  R2 上の格子点の集合 {(m, n) |m, n : 整数 }は成分ごとの通常の足し算 (ベクトルとしての足し算)を演

算として加群になります。全ての格子点は (1, 0) と (0, 1) の 1次結合で表されるからこれは有限生成であり、

Z ⊕ Zと同型です。

また部分群として H = {(0, n) | n : 整数 }をとると Z ⊕ Z/H � Z。一般に剰余群 G/H の単位元は H そのも

の、これは G において H の全ての元を単位元とみなすことを意味します。したがって (0, n)を全て単位元と

みなしてしまえばあとは mだけで群の元が決まるので Zと同型となるのです。一方、H′ = {(0, 2n) | n : 整数 }とおくと Z ⊕ Z/H′ の元は (m, 0)か (m, 1)だけで決まりますから Z ⊕ Z/H′ � Z ⊕ Z2。

次に自由群について説明します。

有限個の文字 {x1, · · · , xn}と {x−11 , · · · , x−1

n }からいくつか選び出してきて並べた列 (例えば x2x3x1x1x−12 x3 な

ど)を語といい、全ての語からなる集合を {x1, · · · , xn}から生成される自由群といいます。ただし群の演算は例えば (x1x3)(x−1

1 x2) = x1x3x−11 x2 のように 2つの語を並べたものとして定義され、単位元 eは文字を 1つも含ま

ない語とします。また語の中に xix−1i または x−1

i xi が現れたときはこれを消すものと約束しておきます。

Fm を m個の元 {xi}mi=1 から生成される自由群、G を群、 f : Fm → G を全射準同型とすると準同型定理より

Fm/Ker f � G を得ます。Fm/Ker f は Ker f の元を全て単位元とみなした群ですから G は G = {{xi}からなる語 | k = e, k ∈ Ker f }と表示されます。通常これを単に G = {{xi} | k = e, k ∈ Ker f }と書きます。さらに簡単に表示するために Ker f の元の中から Ker f を生成するものだけを選んできましょう。すなわ

ち、適当な N = {k1, k2, · · · , kn} ⊂ Ker f とその共役 (k, g ∈ Gに対して g−1kgを kの Gにおける共役という)の

積で Ker f の任意の元が表される

k = (x−11 k1x1)(x−1

2 k2x2) · · · (x−1n knxn) , ∀k ∈ Ker f (4.14)

とき、もし k1 = k2 = · · · = kn = eならば上式から明らかに k = eを得ますから

G = {{xi} | ki = e, ki ∈ N} (4.15)

と書けて、この N の元 ki に対して式 ki = eを Gの基本関係、上式を Gの表示といいます。

[例 8]   {a, b} が生成する自由群 F2 の語 ω について、ω に含まれる (a の個数 − a−1の個数) を m、(b の個

数 − b−1の個数)を nとおくと ωに (m, n)を対応させることにより F2 から Z ⊕ Zへの全射準同型 ϕが定まり

ます。ϕの核は aと a−1、bと b−1 の個数が等しいような語であり、これは aba−1b−1 とその共役の積から生成

されます。したがって Z ⊕Z = {a, b | aba−1b−1 = e}であり、この基本関係は aと bが可換であることを意味し

ます。

最後に、Abel化群について説明します。

群 G に対して a−1b−1ab を a, b ∈ G の交換子といい、G の全ての交換子が生成する部分群、すなわち

{a−1b−1ab | a, b ∈ G}を含む Gの最小の部分群を交換子群といいます。

――定理 4.14

 

Gの部分群 H、交換子群 C に対して H ⊃ C であるとき、

(1)  H は Gの正規部分群、とくに交換子群も正規部分群である。

(2) 剰余群 G/H は Abel群である。

(証明)   (1) 任意の h ∈ H, g ∈ G に対して g−1hg = (hh−1)(g−1hg) = h(h−1g−1hg) ⊂ hC = H ⇒ hg ⊂ gH ⇒Hg ⊂ gH。同様に Hg ⊃ gH が言えるので、Hg = gH となり H は正規部分群です。

19

(2) a, b ∈ Gに対して G/H の元は aH, bH と書けて

(aH)(bH) = abHH = (baa−1b−1)(abH) = ba(a−1b−1abH) = baH = (bH)(aH) �

C を含む H による剰余群を作ることは、a−1b−1ab = e ⇒ ab = baとみなすことを意味しますから G/H が

Abel群になるわけです。この G/H を Gの Abel化群といいます。

4.3 セル分割

3節の終わりで述べた、図形をいくつかの単体に分割するというアイデアをきちんと定式化しておきましょ

う。単体ではなく球体を用いて定義しますが、単体と球体は位相同型、連続変形で移り合えるので結局同じこ

とです。

――定義 4.15

 

Euclid空間の部分集合 X に対し、X の部分集合の族 K = {c j ⊂ X, j ∈ J}が(1)  X =

⋃j∈J

c j

(2)  ci ∩ c j = ∅ (i � j)

(3) 各 c j は n j 次元開球体 Bnj と位相同型である

(4)  c j ⊂ X (c jは c jの閉包)

を満たすとき、K を X のセル分割といい、組み (X,K) をセル複体という。Bnj と位相同型な c j を

nj次元セルという。

(4) より (X,K) は閉集合に限られます。しかし多くの開集合は閉集合とホモトピー同値であり ([問 8] など)、

我々がこれから議論するのはホモトピー不変量ですから、閉集合に限定しておいても十分多くの図形を扱うこ

とができます。扱うことができないのは、閉包をとると穴が埋まったり 2つの連結成分がくっついてしまうよ

うな開集合です。

c j と Bnj の間の同相写像 f j は実際には c j と閉球体 Dnj の間の同相写像に拡張できます。写像の連続性につ

いて理解しておけば証明は難しくないので次の手順にしたがって各自やってみてください。∗3

問 14: Euclid空間の開集合 cと Bn の間の同相写像を f とするとき、同相写像 f : c → Dn が存在することを

以下の手順で示せ。

(1)  x ∈ ∂cに収束する列 {xn}∞n=1 (xn ∈ c)をとると、 limn→∞ f (xn)は Bn の境界 S n−1 上に収束する。

(2)  f : c ∪ ∂c→ Dn を、c上では f = f で、∂c上では f ( limn→∞ xn) = lim

n→∞ f (xn)で定義すると、 f は c ∪ ∂c上

で連続である。

(3)  f は c ∪ ∂c上で単射である (したがって f −1 が定義できる)。

(4)  f は c ∪ ∂c上で全射である。

(5)  f −1 は c ∪ ∂c上で連続である。

[例 9]  n次元球面 S n は 1点 (0次元開球体)と n次元開球体 Bn に分割されます。n次元閉球体 Dn は 1点

B0 と Bn−1 と Bn に分割されます。

2次元球面 S 2 は四面体の表面と位相同型で、これは 4つの B2、6つの B1、4つの B0 から成ります。この

例から分かるように、一般に分割の仕方は1通りではありません (次ページ図)。

∗3 一般には定義 4.15の内容は Hausdorff空間に対して定義されますが、このときはこの問の結果は仮定としてセル複体の定義に加えておきます (問の証明がうまくいくのは Euclid空間の完備性に依っている!)。

20

 

   

 

   以下、分割 K = {c j}の個数が有限個である有限セル複体についてのみ考えます。セル複体 (X,K)に対して X の部分集合で K = {c j}の部分集合からなるものを (X,K)の部分セル複体といい

ます。また、(X,K)の n次元以下のセル全体からなる部分セル複体を X(n) と書いて X の n骨格と呼ぶことに

します。

我々の目的はホモトピー不変量、互いにホモトピー同値な図形の間に不変な性質を探すことですから、2つ

のセル複体 (X,K), (Y, L)の間に連続写像 f : X → Y があるとき、 f をそれとホモトピックな写像 g : X → Y に

置き換えてしまっても問題の本質は変わりません。そこで、(X,K)から (Y, L)への連続写像があればいつでも

それをホモトピックに変形して都合のよい写像にできることを示しておくと便利です。具体的には、(X,K)か

ら (Y, L)への連続写像を X の n次元セルを Y の n次元以下のセルに写す写像へと変形できることを、いくつ

かのステップに分けて示します。

次の定理は、骨格においてホモトピーが与えられればそれを全体に拡張できることを意味します。

――定理 4.16

 

(X,K) を有限セル複体、(Z,M) をその部分セル複体、Y を Rn の集合とし、X から Y への連続写像

f : X → Y が与えられているとする。 f |X(n)∪Z を始点とする Z 上は動かないホモトピー、すなわち

F(x, 0) = f (x) (∀x ∈ X(n) ∪ Z) かつ  F(x, t) = idX (∀x ∈ Z, ∀t ∈ [0, 1]) (4.16)

を満たすホモトピー F : X(n) ∪ Z × [0, 1]→ Y が存在するとき、

G(x, 0) = f (x) (∀x ∈ X) かつ  G(x, t) = F(x, t) (∀x ∈ X(n) ∪ Z, ∀t ∈ [0, 1]) (4.17)

を満たすホモトピー G : X × [0, 1]→ Y が存在する。

具体的には、図のように n 骨格の像 F(x, 0) と F(x, 1) の間を n + 1 次元の曲面で埋めてしまうのです。その

際、X(n) ∪ Z に含まれない n + 1次元セル c j の中心付近は f (c j)に、境界付近は新たに加えた曲面の部分に写

るようにします (次ページ図)。

 

Z

F

F(x,0) = f(x)

F(x,1)

F(x,t)

F

cj

X (n)

Z

G

G

cj

   

21

 (証明)  c1, · · · , ck を X(n) ∪ Z に含まれない n + 1次元セル、e j : Dn+1 → c j をセル c j の閉包と n次元閉球体

の間の同相写像とします。各 c j に対し

g j(x) =

f (e j(2e−1

j (x))) (|e−1j (x)| ≤ 1

2のとき)

F

e j

e−1j (x)

|e−1j (x)|

, 2|e−1j (x)| − 1

(|e−1j (x)| ≥ 1

2のとき)

(4.18)

とおくと、これは次図のような写像を表します。

 

f-1 cj ej

-1 ej

ej

F

D n

-1 ej

-1 ej

ej

-1 ej

   特に c j の境界の点 xに対しては g j(x) = F(x, 1)です。そこで

hn+1(x) =

{F(x, 1) (x ∈ X(n) ∪ Z のとき)g j(x) (x ∈ c jのとき, j = 1, 2, · · · , k)

(4.19)

とおくと、これは X(n)∪Zと各 c j上でそれぞれ連続で、各 c jの共通部分では同じ写像ですから結局 X(n)∪Z∪全c j

上で連続写像です。これがホモトピー G (ただし定義域は X(n+1) ∪ Z に制限)の終点になります。始点 f |X(n+1)∪Z

と hn+1 を結ぶホモトピーは

Fn+1(x, t) =

f

(e j

(2 − t

2e−1

j (x)

))(x ∈ c jかつ |e−1

j (x)| ≤ 2 − t2のとき)

F(e j

(e−1

j (x)

|e−1j (x)|

), 2|e−1

j (x)| − 2 + t)

(x ∈ c jかつ |e−1j (x)| ≥ 2 − t

2のとき)

F(x, t) (x ∈ X(n) ∪ Z のとき)

(4.20)

で与えられます。これで F を X(n+1) ∪ Z 上のホモトピーに拡張できました。後は同じ操作を (X,K)の最大次

元まで繰り返せばよいです。 �

次に、n次元まで骨格を保つ写像、すなわち任意の q ≤ nに対し q骨格を q骨格に写す写像があれば、それ

を n + 1次元まで骨格を保つ写像にホモトピックに変形できることを示します。

――定理 4.17

 

(X,K), (Y, L)を有限セル複体、(Z,M)を (X,K)の部分セル複体、f : X → Y を (Z,M)上は骨格を保つ連続

写像とする。(X,K)の次元が n、(Y, L)の次元は n以上、かつ f が (X,K)上で n− 1次元までの骨格を保つ

ならば、X(n−1) ∪ Z 上は f と等しくかつ n次元までの骨格を保つ f とホモトピックな連続写像 g : X → Y

が存在する。

(証明)  (Y, L)の次元が nのときは g = f と置けばよいです ( f (X(n)) ⊂ Y = Y (n))。(Y, L)の次元が n + 1のとき

は、K −M に含まれる n次元セル ci の像は Y = Y (n+1) に含まれます。全ての iに対し f (ci)が Y (n) に含まれる

場合は f はそのままでよく、Y (n+1) に含まれるものがあれば次のように f を変形します。

22

セル分割の定義から各セルの閉包は同じ次元の閉球体と境界は境界に写す同相写像で結ばれているから、結

局 Dn から Dn+1 への連続写像が Dn から ∂Dn+1 = S n への写像にホモトピックに変形できればよいわけです

(下図)。

 

cj D

D

n

S n

n+1ei

ei

di

di

f |ci = fi

= fi fi    もし fi(Dn)が Dn+1 の原点を通る場合は原点を通らないものに境界は動かさないように変形できます。例え

ば Dn の境界上で fi と同じ値をとり、かつ原点を通らないような hi に対して (1 − t) fi + thi がそのようなホモ

トピーになっています。そこではじめから fi(Dn)は原点を通らないものとしておくと

Fi(x, t) = (1 − t) fi(x) + tfi(x)

| fi(x)| (4.21)

が fi と、Dn から S n への写像 fi/| fi|の間の境界は動かさないホモトピーになります。こうして fi を境界上では動かさないように n次元までの骨格を保つ写像 gi : ci → Y (n) に変形できました。

これを全ての n次元セルに対して行うと、ci ∩ c j � ∅のときは f |ci∩c j = gi|ci∩c j = g j|ci∩c j ですから各 gi をつな

ぎ合わせて X 全体で連続な g : X → Y (n) を得ます。これを (Y, L)の次元について繰り返せば定理を得ます。 �

次の定理は後で重要な役割を果たします。

――定理 4.18

 (X,K), (Y, L)を有限セル複体、(Z,M)を (X,K)の部分セル複体、 f : X → Y を Z 上は骨格を保つ連続写像

とする。このとき f は Z 上は動かさないように (X,K)全体で骨格を保つ写像にホモトピックである。

(証明)  X(0) (= 0次元セルの集合)が 1点 xから成るときは、適当な y ∈ Y (0) に対して h0(x) = yを満たす写

像 h0 : X(0) ∪ Z → Y を準備してやれば (1− t) f |X(0)∪Z + th0 は f |X(0)∪Z と h0 を結ぶホモトピーであるから f |X(0)∪Z

は Z 上動かさずに 0次元骨格を保つ写像 h0 にホモトピックです。X(0) が複数の点からなるときも同様。次に

定理 4.16を用いて X(0) ∪ Z は動かさずに h0 を X 上の写像 f0 にホモトピックに拡張できます。

f0|X(1)∪Z は定理 4.17から X(0) ∪ Z 上は動かさないように 1骨格を保つ写像 h1 : X(1) ∪ Z → Y に変形できて、

再び定理 4.16よりこれを X(1) ∪ Z 上は動かさないように X 上の写像 f1 に拡張できます。この操作を X の最

大次元まで繰り返せばよいです。 �

上の定理は X の n次元セルを Y の n次元以下のセルの集合 Y (n) の適当な部分集合に写すようにできること

を意味しますが、X の分割をうまくとり直せば、X のセルの像が Y のセルそのものになるようにすることがで

きます。

――定理 4.19

 

(X,K), (Y, L)を有限セル複体、 f : X → Y を連続写像とする。X の別の分割 (X,K′)で、任意の nについ

て (X,K′)の n次元セル ci に対し f とホモトピックな f があって f (ci)が (Y, L)の n以下の次元のセルに

なるようなものが存在する。

(証明) 細かい検証は定理 4.16~4.18の証明と同様の手法でできるので、流れだけを述べることにします。

X の次元を nとし、 f を定理 4.18を (Z を空集合として)用いて骨格を保つ写像にホモトピックに変形して

おきます。すると X の n次元セル cの像は Y の n以下の次元のセルのある合併 M に含まれます。dki を Y の

k次元セルとして M =⋃

i,k dki としましょう。

23

(X,K)は以下の議論がうまくいくようにさらに細かく有限セル複体 (X,K′)に分割され、再び f は骨格を保

つようにホモトピックに変形しておきます (これも f と呼ぶことにします)。

cに含まれる (新しい)n次元セル {cni }のうち、その f による像が dn

i の内部に含まれるものが各 iに対して少

なくとも 1つはあるとします (そうなるように分割 (X,K′)をとるのです。例えば dni の逆像の適当な部分集合

を新しいセルとして選べばよいです)。

  n

n

c dif M

ci

このとき、f (cni )が dn

i の内部に含まれるような各 cni に対しては f (cn

i ) = dni となるように、n次元未満のセル

dki をまたぐような f (cn

i )に対しては f (cni ) ⊂ dk

i となるように f をそれとホモトピックな f に変形します (定理

4.16でやったように dni の中心付近を dn

i 全体に、境界付近を dni の境界に押し込めばよいです)

この操作を n次元から始めて 0次元まで順番に、全てのセルに対して行えばよいです。 �

5 基本群

この節では、3.1節で考えた“曲面上に何種類の閉曲線を描くことができるか”ということを定式化して基

本群を定義し、それがホモトピー不変量、とくに位相不変量になっていることを示します (5.1節)。直観では

容易に分かるのに比して厳密な基本群の計算はそう簡単ではありません。そこで 5.2節では基本群の自由群を

用いた表示法、そして図形をいくつかのパーツに分けて基本群を計算する van Kampenの定理を紹介します。

5.1 基本群とその性質

3.1節において図形の上の閉曲線の数を数えましたが、 P.4の“からまった輪っか”の図のように図形が互

いに交わらないいくつかの部分に分かれている場合は、明らかに一方の部分における閉曲線の情報はもう一方

の部分の情報をなんら反映しません。そこで、主に“ひとつながり”の図形について考察し、いくつかの部分

からなる図形についてはそれぞれの部分の結果から全体の結果を求めることになります。まずは次のように定

義しておきましょう。

――定義 5.1

 

位相空間 X 上の任意の 2点 x, yを X 上の曲線で結ぶことができる、すなわち α(0) = x, α(1) = yを満た

す連続写像 α : [0, 1]→ X が存在するとき、X は弧状連結であるという。また、X =⋃

i Xi かつ各 Xi が弧

状連結であるとき、Xi を X の弧状連結成分という。

定義 3.1で定義した閉曲線について、始点 = 終点 = x0 ∈ X である閉曲線を x0 を基点とする閉曲線と呼ぶ

ことにします。このように基点を明示しておくことで、どの弧状連結成分上の閉曲線について議論しているの

かをはっきりさせておくのです。また、x0 を基点とする閉曲線たちに対してその積が定義 3.2により定義でき

ます。この積により x0 を基点とする閉曲線の集合が群になればよいのですが、残念ながらそうはなりません

(どこがまずいのか考えてみてください)。そこで、互いに連続変形で移り合える 2つの曲線は区別しなかった

こと、そのことを定式化するためにホモトピーを導入したことを思い出して、閉曲線 αの代わりにそのホモト

ピー類 [α]を考えます。すなわち、閉曲線 αと βが基点を固定してホモトピックである (αと βを結ぶホモト

ピー F(s, t)が任意の tに対して x0 を通る閉曲線になっている)とき、α � βと書くことにすると、定理 4.3の

証明とまったく同様にしてこの関係 �は x0 を基点とする閉曲線の集合上の同値関係になっています。以下、

�は基点を固定しての同値関係を意味するものとします。

24

基点を持つ 2 つの閉曲線 α, β に対してそれぞれと基点を固定してホモトピックな閉曲線を α′, β′ とすると

α · β � α′ · β′ ですから (確認せよ)、[α][β] = [α · β]でホモトピー類の間の積を定義することにすると、これは

ホモトピー類の代表元のとり方に依らずに決まります。基点 x0 への定値写像とホモトピックな閉曲線、すな

わち、連続変形で 1点 x0 に潰すことができるような閉曲線を eとおくと、α · e � αより [α][e] = [α · e] = [α]、

また αと逆向きに進む閉曲線 α−1 に対して α · α−1 � eより [α][α−1] = [α · α−1] = [e]となります。以上より、

ホモトピー類の集合は [e]を単位元、[α−1]を [α]の逆元として群になることが分かりました。

――定理 5.2

 位相空間 X の点 x0 を基点とする閉曲線のホモトピー類の集合は上記の積により群になる。これを

π1(X, x0)と表し X の x0 を基点とする基本群、あるいは 1次元ホモトピー群という。

したがって 3.1節で行った閉曲線についての研究は基本群についての研究に帰着されます。具体的な基本群の

計算に入る前に、基本群がホモトピー不変量、すなわち互いにホモトピー同値な 2つの空間 X,Y は同じ基本

群を持つことを示しましょう。

次の事実は簡単なので証明は読者に任せます。

――定理 5.3

 

X,Y を位相空間、f : X → Y を連続写像とする。α, βを x0 ∈ X を基点とする閉曲線とすると、f ◦ α, f ◦ βは f (x0)を基点とする Y 上の閉曲線であり

(1)  α � β ⇒ f ◦ α � f ◦ β(2)  f ◦ (α · β) = ( f ◦ α) · ( f ◦ β)

が成り立つ。

この定理から、[α]から [ f ◦ α]への対応関係が矛盾なく定義できます。

――定義 5.4

 

連続写像 f : X → Y に対してその誘導準同型 f# を

f# : π1(X, x0)→ π1(Y, f (x0)) (5.1)

∈      ∈

[α]   �→ [ f ◦ α]

で定義する。これは群の間の準同型写像である。

念の為 f# が準同型であることを示しておきます。定義通り計算すると

f#([α][β]) = f#([α · β]) = [ f ◦ (α · β)] = [( f ◦ α) · ( f ◦ β)] = [ f ◦ α][ f ◦ β] = f#([α]) f#([β])

誘導準同型は次のような性質を持っています。

――定理 5.5

 (1)  f : X → Y, g : Y → Z を連続写像とすると (g ◦ f )# = g# ◦ f#

(2)  idX を X 上の恒等写像とすると (idX)# は基本群上の恒等写像である。

(証明)  (1) (g ◦ f )#([α]) = [(g ◦ f ) ◦ α] = [g ◦ ( f ◦ α)] = g#([ f ◦ α]) = g#( f#([α])) = g# ◦ f#([α])

(2) (idX)#([α]) = [idX ◦ α] = [α] �

  αを x0 ∈ X を基点とする閉曲線、Pを x0 と x1 ∈ X を結ぶ

曲線とすると、P−1 · α · Pは x1 を基点とする閉曲線になりま

す。x0 を基点とする 2つの閉曲線 α, βに対して α � βならばP−1 · α · P � P−1 · β · Pですから準同型写像

0x

1

-1

x P

P

 

25

P# : π1(X, x0)→ π1(X, x1) (5.2)

∈      ∈

[α]   �→ [P−1 · α · P]

が矛盾なく定義できます。

――定理 5.6

 P# は π1(X, x0)と π1(X, x1)の間の同型写像である。

(証明)  準同型であることは定義に戻って計算すれば分かります。また P−1# ◦ P#([α]) = P−1

# ([P−1 · α · P]) =

[P · (P−1 · α · P) · P−1] = [α]より P−1# ◦ P# = idπ1(X,x0)、同様に P# ◦ P−1

# = idπ1(X,x1) なので P# は全単射です (次

の問を参照)。 �

問 15: f ◦ g、および g ◦ f が全単射ならば f , gは全単射であることを示せ。

したがって、同じ弧状連結成分の上では各点において基本群は等しいことになります。これは、連続変形で

移り合える閉曲線を同一視したことを考えれば自然な結果です。以下、考えている弧状連結成分が明らかな場

合は単に π1(X)と書くこともあります。

2つの連続写像 f , g : X → Y が f (x0) = y0, g(x0) = y0 を満たし、

F(x, 0) = f , F(x, 1) = g , F(x0, t) = y0 (∀t) (5.3)

を満たす F が存在するとき、 f と gは基点 x0 を固定してホモトピックであると呼ぶことにしましょう (上で

述べた曲線の基点を固定したホモトピーはこの特別な場合です)。

このとき次の定理が成り立ちます。

――定理 5.7

 f , g : X → Y が基点を固定してホモトピックならば f# = g#

(証明)  x0 を基点とする X 上の閉曲線を αとおくと f ◦ α � g ◦ αなのでf#([α]) = [ f ◦ α] = [g ◦ α] = g#([α])

次の定理がこの節の主要な結果です。

――定理 5.8

 基本群のホモトピー不変性

f : X → Y をホモトピー同値写像とすると f# : π1(X, x0)→ π1(Y, f (x0))は同型写像である。

  (証明)  g : Y → Xをホモトピー逆写像とすると g◦ f � idX

なので x0 と g ◦ f (x0)は Xの同じ弧状連結成分の上にあり、曲

線 P1で結ぶことができます。このとき、P−11 ·α ·P1 と g◦ f ◦α

は g ◦ f (x0)を基点としてホモトピックです。実際、“うで”で

ある P1 と P−11 を徐々に縮めていって P−1

1 · α · P1 を g ◦ f ◦ αに重ねることができます。したがって P−1

1 · α · P1 � g ◦ f ◦ αなので、式 (5.2)の P1# を用いると

0

0

1

1

-1

x

(x )

P

P

fgfg

 

P1#([α]) = [P−11 · α · P1] = [g ◦ f ◦ α] = (g ◦ f )#([α]) (5.4)

から P−11# ◦ (g ◦ f )# = idπ1(X,x0) を得ます。定理 5.6より P1# は同型、特に全単射なので (g ◦ f )# = g# ◦ f# も全単

射です。次に f ◦ g � idY から y0 と f ◦ g(y0)を結ぶ曲線 P2 がとれて、先ほどと同様にして ( f ◦ g)# = f# ◦ g#

は全単射です。したがって f# は全単射となります。 �

26

いくつか簡単な図形の基本群を求めてみましょう。

――定義 5.9

 弧状連結空間 X の基本群 π1(X)が単位元のみからなるとき、X は単連結であるという。

[例 10]  1点は明らかに単連結です。したがって可縮な空間、すなわち 1点とホモトピー同値な空間、例え

ば Rn や Dn も単連結です。

――定理 5.10

   π1(S 1) � Z , π1(S n) � {e} (n ≥ 2)

S 1 の上の閉曲線は自身の上を n回まわるものがあり、S n (n ≥ 2)の上の閉曲線は 1点に潰すことができるの

で直観的には明らかな結果ですが、きちんと示そうと思うとなかなか難しいです。

(証明)  S 1 = eiθ として S 1 上の曲線の動きを偏角 θで計ります。

  θ = 0 を始点とする閉曲線の終点は n を整数として θ = 2πn で与

えられるので、S 1 = eiθ 上の閉曲線 α : [0, 1] → Rは図のように始点

θ = 0と終点 θ = 2πnを結ぶ曲線として図示できます。基点 1 ∈ eiθ を

固定したホモトピックな変形は右図上では原点と α(1) = 2πnを固定

したホモトピックな変形に対応し、右図のグラフは明らかに原点と

α(1)を結ぶ直線にホモトピックです。結局 eiθ 上のホモトピー類は終

点 α(1) = 2πnだけで決まるので Zと同型です。 1

2

t

(t)

4

6

    

後半を示します。n ≥ 2として S 1 から S n への連続写像を f とおき、Im f = f (S 1)に含まれない S n の点を

x0 とおくと∗4 f : S 1 → S n − {x0} � Bn とみなせます。Bn は可縮、すなわち 1点とホモトピー同値ですからそ

のホモトピー同値写像を g、逆写像を hとおくと h ◦ g ◦ f � id ◦ f = f、一方 h ◦ g ◦ f は S 1 から 1点 {p}への写像ですから、任意の連続写像 f : S 1 → S n は定値写像とホモトピックであることが分かりました。

  B

n

S 1 x0

h(p)

f

g

p

 さて、S n 上の任意の閉曲線 α : [0, 1]→ S n に対して ei2πs から α(s)への対応関係を f と書くと S 1 上の閉曲

線 βに対して f ◦ β = αとなり、誘導準同型の定義から [α] = [ f ◦ β] = f#([β])、ここで f は定値写像 gとホモ

トピックですから f#([β]) = g#([β]) = [g ◦ β] = [1点] = e (単位元)、以上で定理を得ました。 �

――定理 5.11

 X, Y を弧状連結空間とする。このとき、

π1(X × Y) � π1(X) × π1(Y) (5.5)

(証明)  X × Y から X,Y への射影をそれぞれ PX , PY とします (すなわち Px((x, y)) = xなど)。X × Y 上の閉曲

線 αに対し PX ◦α, PY ◦αはそれぞれ X,Y 上の閉曲線になります。そこで準同型写像 PX# × PY# : π1(X ×Y)→π1(X) × π1(Y)を [α]に ([PX ◦ α], [PY ◦ α])を対応させるものとして定義すると、これが全単射になることは容

易に確認できます。 �

[例 11] トーラス T 2 � S 1 × S 1 の基本群は π1(T 2) � Z × Z

∗4 このような点が存在することをいうには f が全射ではないことを示す必要がありますが、ここではその証明は略します (S 1 よりもS n の方が広い空間だから直観的には明らかだろう)。 f が微分可能なときはヤコビアンの階数によりただちに証明ができますが、一般の場合は参考文献 [2]を参照。

27

5.2 自由群を用いた計算

前節の終わりにみたように、簡単な図形に対してでさえ基本群の計算はそれほど簡単ではありません。しか

しセル分割可能な図形に対してはそれを計算する方法があるので、いくつか準備をしたあとにそれを述べま

しょう。

――定理 5.12

 (X,K)を有限セル複体、(Y, L)をその部分セル複体とする。このとき、Y が可縮ならば商写像 π : X → X/Y

はホモトピー同値写像である。とくに π1(X) = π1(X/Y)である。

(証明)∗5

 恒等写像 idX : X → X は Y 上に制限しておくと Y が可縮であるから定

値写像 g : Y → {y0} ∈ Y とホモトピックです。定理 4.16 によりこれを拡

張して f |Y = g かつ X 全体で連続な写像 f � idX が存在します。商写像を

π : X → X/Y、h : X/Y → Y を x ∈ X/Y は f (x)に写るものとして定義する

と、h ◦ π = f � idX , π ◦ h = π ◦ f � idX/Y より X � X/Y を得ます。  �

X X Y Y

y0

h /

       

――定義 5.13

 

1次元セル複体をグラフといい、その 0次元セルを頂点、1次元セルを辺という。可縮なグラフを木とい

う。また、有限グラフからいくつかの辺を除いて木が得られるとき、そのような除かれる辺の最少数をグ

ラフのサイクル数という。

――定理 5.14

 mをグラフ (X,K)のサイクル数とし、適当な m本の辺を除いた部分 Y が木であるとする。このとき、商

空間 X/Y は m個の円周 S 1 を 1点で同一視した空間 Θm と位相同型である。

(証明) 取り除かれるべき辺の端点 xは必ず木 Y と接してします。なぜなら、もし xがどの辺とも接してい

なければ (例えば下図の a)、その辺は取り除く必要がなく、もし他の取り除かれる辺 bのみと接しているなら

ば bを除いた後に xはどの辺とも接していない状態になるのでやはり矛盾です。したがって全ての取り除かれ

る辺の両端は Y を 1点に縮めることにより同一の点になります。 �

 

3

a

 

――定理 5.15

 サイクル数 mの連結グラフ (X,K)について π1(X) � Fm である。ここで Fm は m個の元から生成される

自由群。

(証明)  X において木 Y を 1点に縮めると X/Y � Θm より π1(X/Y) � π1(Θm)、Y は可縮であるから定理 5.12

より π1(X) � π1(Θm)となります。ここで π1(Θm) � Fm であれば証明が終わるのですが、Θm の基本群の計算

は少し面倒なので後に回すことにしましょう。 �

∗5 X/Y は X 上で Y を 1点と同一視した空間。正確には、x, y ∈ Y のときに x ∼ yとして同値関係を定義したときの商集合 X/∼に Xから導かれる位相を入れた空間。

28

セル複体 (X,K)上の閉曲線はホモトピックに変形することによりいつでも 1骨格 X(1) 上の閉曲線とみなす

ことができます。変形するときは面の上をすべらすようにすることができるので、結局 X(2) の情報で閉曲線の

ホモトピー類の情報が決まります。

――定理 5.16

 弧状連結な有限セル複体 (X,K)に対して π1(X) � π1(X(2))

(証明) 曲線 α : [0, 1]→ X に対して定理 4.18を用いると、αは骨格を保つ写像、すなわち X(1) への写像とホ

モトピックです。したがって X 上の任意の閉曲線は X(1) 上の閉曲線とホモトピックです。2つの X(1) 上の閉

曲線 α, βが α � βである、すなわちホモトピー F : [0, 1] × [0, 1] → X, F(s, 0) = α(s), F(s, 1) = β(s)が存在す

るとすると、定理 4.18を (X,K)を [0, 1] × [0, 1]、(Z,M)を [0, 1] × {0, 1}として用いて、F は α, βを固定して

骨格を保つ写像、すなわち X(2) 上への写像とホモトピックであることが分かります。

包含写像 f : X(2) → X の誘導準同型を f# : π1(X(2)) → π1(X) とおくと前半の議論から f#|π1(X(1)) は全射、

f#([α]) = e ∈ π1(X)とおくと後半の議論から αは X(2) の上でだけで定値写像とホモトピックですから X(2) 上

で [α] = e ∈ π1(X(2))、したがって f# は単射です。 �

さて、弧状連結な有限セル複体 (X,K)に対してその部分セル複体として木 Y を選べば定理 5.12, 5.16より

π1(X) � π1(X/Y) � π1((X/Y)(2))で、さらに定理 5.15より π1((X/Y)(1))は π1(Θm) � Fm と同型になっているの

で基本群の考察が特別簡単になります。

定理 5.16 の証明の前半部分より X/Y 上の閉曲線は始めから (X/Y)(1) � Θm 上にあるとしてよいので、Θm

を構成する S 1 を C1,C2, · · · ,Cm、Ci を反時計回りに 1回りする閉曲線を αi とすると、(X/Y)(1) 上の任意の閉

曲線は αi と α−1i の適当な積から成り、準同型写像

f :   Fm  → π1((X/Y)(1)) (5.6)

∈      ∈

xε1i1

xε2i2· · · xεn

in�→ [αε1

i1· αε2

i2· · ·αεn

in]

により自由群 Fm と (X/Y)(2) 上のホモトピー類が対応付けられます。ここで εi は +1か −1のいずれかです。

これが全射であることは明らかなので準同型定理から Fm/Ker f � π1((X/Y)(2))、したがって Ker f を生成する

語を r1, r2, · · · , rk ∈ Ker f とおくと

π1(X) � {[α1], · · · , [αm] | r1 = · · · = rk = e, ri ∈ Ker f } (5.7)

と表示されます。

(X/Y)(2) の 2次元セル ci が 1次元セル αi、あるいはその積に囲まれた領域であるとすると各 ci は可縮なの

で ci を囲む閉曲線 αε1i1· · ·αεk

ikは定値写像とホモトピックです。したがってこのような αε1

i1· · ·αεk

ikに対してその

ホモトピー類 [αε1i1· · ·αεk

ik]は π1(X)の単位元、すなわち Ker f の元になっていますが、実はこれらが Ker f の

生成元になります。

――定理 5.17

 

弧状連結な有限セル複体 (X,K)と適当な木 Y に対して (X/Y)(1) のサイクル数を m、(X/Y)(1) � Θm の各

円周を回る閉曲線を αi (i = 1, · · ·m)、X/Y の 2次元セルを ci (i = 1, · · · , n)とする。各 ci を囲む閉曲線

αε1i1· · ·αεk

ikに対して ri = [αε1

i1· · ·αεk

ik]とおけば基本群は

π1(X) � {[α1], · · · , [αm] | r1 = · · · = rk = e} (5.8)

と表示される。

(証明) 式 (5.8)の右辺の群を G と書きます。[αi1 ]ε1 [αi2 ]ε2 · · · [αik ]εk に [αε1

i1· αε2

i2· · ·αεk

ik]を対応させる準同型

ϕ : G → π1((X/Y)(2)) � π1(X)が単射であることを言えばよいです (全射は明らか)。

29

Kerϕの元を [α j1 ]ε1 [α j2 ]ε2 · · · [α jk ]ε j ∈ G とし、対応する閉曲線を C = αε1

j1· αε2

j2· · ·αεk

jk∈ (X/Y)(2) とすると C

は定値写像とホモトピックです。C = αε1j1· αε2

j2· · ·αεk

jkはいくつかの閉曲線の積からなりますが、その中に 2次

元セルを囲むものがあればその部分は定値写像とホモトピックですから、文字列 αε1j1· αε2

j2· · ·αεk

jkの中からその

部分を消して得られる閉曲線を C′ = αε′1

j′1· αε′2j′2 · · ·α

ε′kj′kとします。それに対応して [α j1 ]ε1 [α j2 ]ε2 · · · [α jk ]

εk ∈ G の

ほうは関係式 r1 = r2 = · · · = rn = eを用いて整理されて [α j1 ]ε1 [α j2 ]ε2 · · · [α jk ]εk = [α j′1 ]ε

′1 [α j′2 ]ε

′2 · · · [α j′k ]

ε′k と整

理されます。2 次元セルを囲まない C′ = αε′1

j′1· αε′2j′2 · · ·α

ε′kj′k∈ Kerϕ が 1 点とホモトピックであるためには、あ

る閉曲線とそれと逆向きの閉曲線が隣り合って並んでおり、互いに打ち消し合っていかなければなりません

(例えば C′ = α1(α2α−13 )(α2α

−13 )−1α−1

1 )。それに対応して [α j′1 ]ε′1 [α j′2 ]ε

′2 · · · [α j′k ]

ε′k の方も隣り合うものが打ち消し

合っていって eとなるから ϕは単射です。 �

[例 12]  トーラスの 1 次元セルは展開図上では辺 a, b, a−1, b−1 であり、これらは組み立て後は閉曲線です

からこの展開図は部分集合として木を持ちません。2 次元セルは正方形の内部で、これを囲む 1 次元セルは

aba−1b−1 ですから π1(T 2) � {a, b | aba−1b−1 = e}と表示できて、この基本関係は aと bが可換であることを意

味するので結局 π1(T 2) � Z × Zです。

同様に、Kleinの壷の基本群はπ1(Klein) � {a, b | abab−1 = e} (5.9)

となります。

射影平面 P2 は Aと C、Bと Dが組み立て後に同じ点になるので ba (あるいは ab)が閉曲線であり、やは

り木を持ちません。2次元セルを囲む閉曲線は (ab)2 なので

π1(P2) � {c | c2 = e} � Z2 (5.10)

となります。

 

a

b

b b

b b

bA B

CD

b

ba a a a a a

a

-1

-1 -1

 

 

[例 13] 種数 2のトーラス Σ2 の展開図は図のような 8角形です。組み立てるときはいったん eで切っておく

と分かりやすいです。基本群は

π1(Σ2) � {a, b, c, d | aba−1b−1cdc−1d−1 = e} (5.11)

となります。同様に、種数 gのトーラス Σg の展開図は 4g角形であり、その基本群は

π1(Σg) � {a1, b1, · · · , ag, bg |g∏

i=1

aibia−1i b−1

i = e} (5.12)

で与えられます。基本群が位相不変量であることからただちに種数 gも位相不変量であることが分かります。

 a

c

b

b

d

a-1

c-1

-1

d-1

a

a

e

e ec

cb

b

b

d

da-1 a-1

c-1

c-1-1b

-1

d-1

d-1

   

 

ある図形 X に対して X1 ∪ X2 = X , X1 ∩ X2 = X′ となる X1, X2, X′ があるとき、集合としては形式的に次の

ように書けます。

30

  X

X'

X'

X1 X1

2

X2

{

{

{

= +

    

これを基本群の言葉に翻訳したものが次の定理です。

――定理 5.18

 

van Kampenの定理

(X,K)を弧状連結な有限セル複体、X1, X2, X′を (X,K)の弧状連結な部分セル複体で X1∪X2 = X , X1∩X2 =

X′ とする。i1 : X′ → X1, i2 : X′ → X2 をそれぞれ包含写像 (すなわち i1 は x ∈ X′ に x ∈ X1 を対応させる

写像)とし、i1#, i2# をそれぞれ i1, i2 から誘導される準同型とする。このとき、

π1(X) � (π1(X1) ∗ π1(X2))/N (5.13)

が成り立つ。ただし N は {i1#([α])(i2#([α]))−1 | [α] ∈ π1(X′)} から生成される最小の正規部分群であり、π1(X1) ∗ π1(X2)は π1(X1) ∗ π1(X2) � {ab | a, b ∈ π1(X1) ∪ π1(X2)}で定義される群である (これを π1(X1)と

π1(X2)の自由積という)。

(証明) 先ほどと同様で、適当な木 Y をとって (X/Y)(2) に対して証明すれば十分です。そこではじめから X

の次元は 2でありその 1骨格は X(1) � Θm としておきます。

  X

X X'

X1

1

X1

1

2

2

X2

3 2

{ {=

=

+

32

    

X1 に含まれる 1次元セルを α1, · · · , αm+k、X2 に含まれる 1次元セルを β1, · · · , βn+k、これらのうち X′ の 1

次元セルを構成するものを αm+1 = βn+1, · · · , αm+k = βn+k とします。X上の任意の閉曲線は適当な個数の αεii と

βεii の適当な積で表されますが、その中に例えば αm+iβ

−1m+i (i = 1, · · · , k)という形の列が含まれていると、αm+i

と βm+i は X 上では同じ閉曲線ですから [αm+iβ−1m+i] = eです。この [αm+iβ

−1m+i] = [αm+i][βm+i]−1 が N の生成元

になります。 �

[例 14] 定理 5.15で残しておいた部分を片付けましょう。Θ2 を S 1 と S 1 を点 x0 でくっつけたものとすると

Θ2 = S 1 ∪ S 1, S 1 ∩ S 1 = x0、1点 x0 の基本群は単位元 eのみからなる自明な群なので

π1(Θ2) � π1(S 1) ∗ π1(S 1)/{e} � π1(S 1) ∗ π1(S 1) � Z ∗ Z � F2 (5.14)

を得ます。Θm に対しても帰納的に π1(Θm) � Fm を得ます。

6 ホモロジー群

3.2節において曲面上に曲面のパーツを切り取らない閉曲線がいくつ描けるかを考え、その自然な一般化と

して r単体とその境界を取り出す作用素 ∂r を定義しました。復習を交えながら先に進むことにしましょう。

6.1節ではホモロジー群の定義と簡単な計算例、およびその性質について述べます。6.2節で図式と呼ばれる

群とその間の準同型の列についての一般論を述べます。本テキストでは扱わない内容も少し含んでいますが、

これはトポロジーをより深く勉強するための基礎的な知識となります。6.3節でホモロジー群がホモトピー不

変量であることを示し、6.4節で複雑な図形のホモロジー群を計算するのに有用なMayer-Vietoris完全列を紹

介します。

31

6.1 ホモロジー群とその性質

第5節と同様にセル分割可能な図形を主な対象として議論していきます。すなわち、図形 X は適当

に X =⋃

i ci, ci ∩ c j = ∅ と分割できて各 ci は ni 次元開球体 Bni と位相同型であるのでした。またそ

の閉包 ci は ni 次元閉球体 Dni と位相同型で X に含まれます。Dr は r 次元 Euclid 空間内の r + 1 点

e0 = (0, 0, · · · , 0), e1 = (1, 0, · · · , 0), e2 = (0, 1, · · · , 0), · · · , er = (0, 0, · · · , 1)が張る閉集合、r 単体 [e0e1 · · · er]

と位相同型ですから、セル分割可能な図形ははじめから単体の合併であるとしても構いません。

r 単体 cr = [e0e1 · · · er] には抽象的な向きが定義されており、cr の境界にもそれから定まる向きが定義さ

れているのでした。したがって同じ r 単体でも正の向きのものと負の向きのものの 2 種類が考えられます。

cr = [e0e1 · · · er]の隣り合う 2つの文字を 1度入れ換えると単体の向きが変わるものとしましょう (脚注 2の

理由による)。例えば c2 = [e0e1e2] = [e1e2e0] = [e2e0e1], −c2 = [e1e0e2] = [e0e2e1] = [e2e1e0]といった具合で

す。以下、全ての単体は向きづけられているものとします。

今、セル複体 (X,K)が j個の r 単体 cr1, c

r2, · · · , cr

j を持っているとし、これらの形式的な Z上の 1次結合を

考えます。

――定義 6.1

 

セル複体 (X,K)が持つ全ての r 単体 {cri }の Z上の 1次結合の集合を Cr(X)と表し、X の r次元鎖群と

いう。Cr(X) =

{∑j

a jcrj | a j ∈ Z

}(6.1)

単体の集合はこの形式的な和により 0を単位元、cri の逆元を −cr

i (cri と逆向きの単体)として加群になります。

この節で扱う群は全て加群ですから群の演算は全て+で表し、群は Zと Zm の直和で表示します (定理 4.13)。

便宜上、r < 0に対しては Cr(X) = 0としておきます。また全ての r ∈ Zに対して r 次元鎖群をまとめたもの

C(X) = {Cr(X)}を X の鎖群といいます。

次に単体から境界となる図形を取り出す境界作用素を定義しましょう (定義 3.4と同じものです)。

――定義 6.2

 

r次元鎖群から r − 1次元鎖群への準同型 ∂r : Cr(X)→ Cr−1(X)を、r単体に対しては

∂r[e0e1 · · · er] =r∑

i=0

(−1)i[e0 · · · ei · · · er] (6.2)

で、∑

a jcrj に対しては ∂r(

∑a jcr

j) =∑

a j∂rcrj で定義し、これを境界作用素と呼ぶ。

n次元のセル複体 (X,K)に対して r > nのときは Cr(X) = 0ですから、次のような r 次元鎖群と境界作用素

の列が考えられます。

0∂n+1−→ Cn(X)

∂n−→ Cn−1(X)∂n−1−→ · · · ∂r+1−→ Cr(X)

∂r−→ Cr−1(X)∂r−1−→ · · · ∂2−→ C1(X)

∂1−→ C0(X)∂0−→ 0 (6.3)

特に左端の ∂n+1 は単位元を単位元に写す自明な単射準同型、右端の ∂0 は全ての元を単位元に写す自明な全

射準同型です。これらは省略することもあります。この列を鎖群の系列といいます。

――定理 6.3

 

∂r−1 ◦ ∂r : Cr(X)→ Cr−2(X)は自明な単射準同型である。すなわち

∂r−1 ◦ ∂r = 0 (6.4)

32

証明は定理 3.5で行いました。

さて、扱っている図形が閉曲線、閉曲面、あるいはその高次元への対応物になっているかどうかを見るため

に Ker ∂r を、扱っている図形がより高次元の図形の境界になっているかどうかを見るために Im ∂r を調べたい

のでした。そこで次のように定義します。

――定義 6.4

 

境界作用素 ∂r の核 Ker ∂r = {cr | cr ∈ Cr(X), ∂rcr = 0} を Zr(X) と表し X の r 次元輪体群、その元を

r輪体(あるいは rサイクル)という。また ∂r+1 の像 Im ∂r+1 = {∂r+1cr+1 | cr+1 ∈ Cr+1(X)}を Br(X)と表し

X の r次元境界輪体群、その元を r境界輪体群(あるいは rバウンダリー)という。

Zr(X) と Br(X) は共に Cr(X) の部分加群になっています。さらに Br(X) は Zr(X) の部分加群です。実際、

Br(X) の元 ∂r+1cr+1 に対して定理 6.3 より ∂r(∂r+1cr+1) = 0 なので ∂r+1cr+1 は Ker ∂r = Zr(X) の中に入ってい

ます。

3.2節で曲面上の閉曲線を考えましたが、これは境界を持ちませんから Ker ∂1 = Z1(X)の元だと言えます。

さらに図のように互いに面の上をすべらせて重ねることのできる 2つの閉曲線 α, βは本質的に同じものであ

るとみなしました。

 P

P -1

    

図のように α と β を曲線 P と P−1 で結ぶと、これは円板を切りとる閉曲線 e とホモトピック、すなわち

α · P−1 · β−1 · P � eとなります。eは円板 D2 の境界になっているから B1(X)の元だと言えます。さらに今考

えているのは加群ですから、曲線の合成の演算を和の形で書いてみると α − P − β + P = α − β = eと書けて、

2 つの閉曲線 α と β を同一視するということは α − β ∈ B1(X) のときに α ∼ β と書いてこの同値類による商集合 Z1(X)/ ∼ を考えることになります。今の場合は群構造が入っていますからこれに対応するのは剰余群Z1(X)/B1(X)です。そこで次のように定義します。

――定義 6.5

 

剰余群 Zr(X)/Br(X)を X の r次元ホモロジー群といい Hr(X)で表す。またその直和

H∗(X) = H0(X) ⊕ H1(X) ⊕ · · · ⊕ Hr(X) ⊕ · · · (6.5)

を X のホモロジー群という (X の次元が nのときは r > nに対して Hr(X) = 0であるから実際には直和は

有限個である)。

加群の場合は全ての部分群は正規部分群であり Br(X) は Zr(X) の部分群でしたから確かに剰余群 Hr(X) =

Zr(X)/Br(X)は矛盾なく定義できます。この Hr(X)が我々の目的であったホモトピー不変量、とくに位相不変

量になっています。

[例 15]  n次元球面 S n は [例 9]のように 1点 c0 と 1個の n次元開球体 cn にセル分割されます。したがっ

て C0(S n) = Z, Cn(S n) = Zであり n ≥ 2のときの鎖群の列は

0∂n+1−→ Z

∂n−→ 0∂n−1−→ · · · ∂2−→ 0

∂1−→ Z∂0−→ 0 (6.6)

となります。Zn(S n) = Ker ∂n = Z, Bn(S n) = Ker ∂n+1 = 0より Hn(S n) = Zn(S n)/Bn(S n) � Z、他も同様にして

Hr(Sn) �

{Z (r = 0, n)0 (r � 0, n)

(6.7)

を得ます。n = 1のときの鎖群の列は

0∂2−→ Z

∂1−→ Z∂0−→ 0 (6.8)

33

1 単体の端点は共に同じ 0 単体 c0 ですから ([例 9] の図を参照) c1 = [c0c0] と書けて、∂1c1 = [c0] − [c0] = 0

より Ker ∂1 = Z、また Im ∂2 = 0 は明らかなので H1(S n) � Z を得ます。次に H0(S n) について、やはり

Ker ∂0 = Z, Im ∂1 = 0がただちに分かるので H0(S n) � Z、したがって n = 1のときも上式が成り立ちます。

[例 16]  n ≥ 2のとき、n次元球体 Dn は 1点 c0、1個の n − 1次元開球体 cn−1、1個の n次元開球体 cn にセ

ル分割されますから n ≥ 3のときの鎖群の列は

0∂n+1−→ Z

∂n−→ Z∂n−1−→ 0

∂n−2−→ · · · ∂2−→ 0∂1−→ Z

∂0−→ 0 (6.9)

Im ∂n+1 = 0は明らか、acn ∈ Cn(Dn) , a ∈ Zに対して ∂n(acn) = 0とおくと ∂n(acn) = a∂ncn � acn−1 = 0⇒ a = 0

なので Ker ∂n = 0、したがって Hn(Dn) = 0です。また ∂n(acn) � acn−1 より (正確には cn を n単体 [e0 · · · en]

に変形させておいてから式 (6.2)で計算し、再び球体に変形させます) Im ∂n � Z。Ker ∂n−1 = Zは明らかなの

で Hn−1(Dn) = 0を得ます。H0(Dn)に対しては [例 15]の前半と同様にして H0(Dn) � Zですから

Hr(Dn) �

{Z (r = 0)0 (r � 0)

(6.10)

n = 2のときの鎖群は

0∂3−→ Z

∂2−→ Z∂1−→ Z

∂0−→ 0 (6.11)

であり上と同様にして H2(Dn) = 0、[例 15] の後半と同様にして H0(Dn) � Z です。H1(Dn) については

Ker ∂1 = Z, Im ∂2 = Zを得るので H1(Dn) = 0、したがってこのときも上式が成り立ちます。

n = 1のときは C1(Dn) = {a[e0e1] | a ∈ Z}, C0(Dn) = {a[e0] + b[e1] | a, b ∈ Z}であり鎖群の列は

0∂2−→ Z

∂1−→ Z ⊕ Z∂0−→ 0 (6.12)

∂1a[e0e1] = a[e0] − a[e1] = 0 ⇒ a = 0 より Ker ∂1 = 0、Im ∂2 = 0 は明らかなので H1(Dn) = 0。また

Im ∂1 = Z, Ker ∂0 = Z⊕Zなので H0(Dn) � Z⊕Z/Z � Zが成り立ち、やはり式 (6.10)が満たされます。n = 0

のときは 1点のみからなり、鎖群の列は 0∂1−→ Z

∂0−→ 0ですからやはり式 (6.10)が成り立ちます。

[例 17] トーラス T 2 のホモロジー群を求めます。展開図を用いると、4隅は組み立て後に同一の点になるこ

とに注意して、1点 c0、2つの辺 a, b、および 1つ面 c2 から成るので鎖群の列は

0∂3−→ Z

∂2−→ Z ⊕ Z∂1−→ Z

∂0−→ 0 (6.13)

面に境界作用素を作用させるには正確には適当に 2単体、すなわち三角形に分割せねばなりませんが、少し面

倒なので直観に頼って乱暴に計算してみると、面の境界は a+ b− a− b = 0です ([例 12]の図参照)。これより

Ker ∂2 = Z, Im∂2 = 0、また、辺 a, bは共に閉曲線なので (正確には ∂1[c0c0] = [c0] − [c0] = 0により)やはり

Ker ∂1 = Z ⊕ Z, Im ∂1 = 0を得ます。以上より

Hr(T2) �

{Z (r = 0, 2)Z ⊕ Z (r = 1)

(6.14)

[例 18]  Kleinの壷は 1点 c0、2つの辺 a, bと 1つの面 c2 から成るので鎖群の列は

0∂3−→ Z

∂2−→ Z ⊕ Z∂1−→ Z

∂0−→ 0 (6.15)

mを整数として ∂2(mc2) = m∂2c2 = m(a + b − a + b) = 2mbですから Im ∂2 = {2mb} � 2Z, Ker ∂2 = 0を得ま

す。一方、a, bは閉曲線なので Ker ∂1 = Z ⊕ Z, Im ∂1 = 0です。したがって

Hr(Klein) �

0 (r = 2)Z ⊕ Z/2Z � Z ⊕ Z2 (r = 1)Z (r = 0)

(6.16)

34

以上の計算において H1 は 3.2節における曲面を切り取らない閉曲線の個数 (ねじれた閉曲線が Z2 に対応)

に、H2 は図形が空間を 2つに分けるかどうかに対応します。一方、H0 の意味は次の定理により明らかになり

ます。

――定理 6.6

 

(1)  X を有限セル複体、A, Bをその部分セル複体とし、A ∪ B = X, A ∩ B = ∅とすると  Hr(X) � Hr(A) ⊕ Hr(B)

(2)  H0(X)は X の弧状連結成分の個数である。

(証明)  (1) Cr(X) � Cr(A) ⊕Cr(B), Br(X) � Br(A) ⊕ Br(B), Zr(X) � Zr(A) ⊕ Zr(B)から分かります。

  (2) X が弧状連結のときに H0(X) � Zであれば (1)からただ

ちに結果を得ます。(X,K)の任意の 2点 (0単体)を [a], [b]と

すると、弧状連結の定義から a, bを結ぶ曲線が存在して、必要

ならばこれをホモトピックに変形してはじめから 1 単体の上

にあるとしておいてもよいです (定理 4.18)。したがって 1 単

体の列 [aiai+1]で

a

a

a

a

aa

1

2

3

4

5

0

b

a  

∂1([a0a1] + [a1a2] + · · · + [ar−1ar]) = [b] − [a] (6.17)

となるものが存在します。したがって [b] − [a] ∈ Im ∂1 � B0(X)。これは [a]と [b]が H0(X) � Z0(X)/B0(X)の

同じ同値類 (ホモロジー類)に属することを意味するので、H0(X)はただ 1つの元 [a]から生成される群 Zで

す。 �

この定理から、弧状連結でない図形に対しては各弧状連結成分についてそのホモロジー群を計算すればよい

ことになります。

有限生成 Abel群の基本定理 4.13から、ホモロジー群は

Hr(X) � Z ⊕ · · · ⊕ Z ⊕ Zm1 ⊕ · · · ⊕ Zmi (6.18)

と表示されます。このとき、右辺左半分の Zの個数 (階数)を X の r次元 Betti数といいます。また X に含ま

れる r単体の個数を αr とするときχ(X) =

∑r

(−1)rαr (6.19)

を Euler数といいます。一見 Euler数は図形の分割の仕方に依存しそうですが、実は次の定理が成り立ちます。

――定理 6.7

 

Euler-Poincareの定理

(X,K)を m次元有限セル複体、αr, Rr をそれぞれ X の r単体の個数、r次元 Betti数とする。このとき、

χ(X) =m∑

i=0

(−1)iRi =

m∑i=0

(−1)iαi (6.20)

が成り立つ。

(証明) 群 Gの階数を r(G)と書くことにすると Hr(X) � Zr(X)/Br(X)より

r(Hr(X)) = r(Zr(X)) − r(Br(X)) (6.21)

また ∂r についての準同型定理から Br−1(X) � Cr(X)/Zr(X)なので

r(Br−1(X)) = r(Cr(X)) − r(Zr(X)) (6.22)

35

Z0(X) = C0(X), Bm(X) = 0に注意すると

m∑i=0

(−1)ir(Hi(X)) =m∑

i=0

(−1)i (r(Zi(X)) − r(Bi(X)))

= r(Z0(X)) +m∑

i=1

(−1)i (r(Zi(X)) + r(Bi−1(X)))

=

m∑i=0

(−1)ir(Ci(X)) =m∑

i=0

(−1)iαi �

後に示すようにホモロジー群は位相不変量ですから Betti数も位相不変量、したがって Euler数も位相不変

量であることが分かります。この特別な場合として、「任意の凸多面体に対して (面の数) − (辺の数) + (点の数

) = 2である」という Eulerの多面体公式を得ます∗6。

3.1節と 3.2節における閉曲面の考察はよく似ているので、基本群 π1 と 1次元ホモロジー群 H1 の間にもよ

い関係があることが期待されます。

弧状連結な有限セル複体 (X,K) 上の任意の閉曲線 α は、定理 4.18 により (ホモトピー不変なものを考察

する限りにおいて) はじめから 1 骨格 X(1) の上にあるとすることができます。1 骨格の上の閉曲線は適当

な 1単体の列を用いて α = [a0a1] + · · · + [ana0]と表すことができて、当然これは ∂1([a0a1] + · · · + [ana0]) =

([a1] − [a0]) + ([a2] − [a1]) + · · · + ([a0] − [an]) = 0となって Ker ∂1 = Z1(X) ⊂ C1(X)の元になっています。そ

こで X 上の閉曲線 αに [a0a1] + · · · + [ana0]を対応させることで閉曲線の集合から Z1(X)への写像が定まりま

す。αが任意であることからこれは全射です。さらに αのホモトピー類 [α]に [a0a1] + · · · + [ana0]のホモロ

ジー類を対応させる写像 ϕ : π1(X)→ H1(X)が定義でき (代表元の選び方に依らないことを示せ)、これは全射

準同型になっています。このとき次の定理が成り立ちます。

――定理 6.8

 

(X,K)を弧状連結な有限セル複体とする。このとき、H1(X)は π1(X)の Abel化群に同型である。すなわ

ち、π1(X)の交換子群を C とするとπ1(X)/C � H1(X) (6.23)

(証明)  準同型定理より C = Kerϕ を示せばよいです。また a, b ∈ π1(X) とすると ϕ(a−1b−1ab) =

ϕ(a)−1ϕ(b)−1ϕ(a)ϕ(b)であり H1(X)は Abel群であるから ϕ(a−1b−1ab) = 0、したがって a−1b−1ab ∈ Kerϕより

Kerϕ ⊃ C を得ます。そこで Kerϕ ⊂ C を言えばよい、言いかえると Kerϕの任意の元が π1(X)/C で単位元を

表す同値類に含まれることを言えばよいことになります。

閉曲線 αのホモトピー類を [α]として [α] ∈ Kerϕとすると [α]は ϕで H1(X) � Z1(X)/B1(X)の単位元に写

りますから [α]を 1単体の列で表したものは B1(X) = Im ∂2 の中に入っています。したがって αは適当な 2単

体 σ j の合併を囲んでいます。

∗6 テキスト「微分形式の幾何学」ではこの公式を解析学からのアプローチにより証明しました。これは、トポロジーが解析学も巻き込んで発展していくことを示唆しますが、本テキストではそこまでは扱いません。

36

 

1

2

1

1

2

2

   

    

αは、αの始点を始点とする適当な向きをつけた σ j を囲む閉曲線 α j を合成したものにホモトピックに変形

できます (α � α · α1 · · ·α j)。図 (1)から分かるように、閉曲線 α · α1 · · ·α j を構成する 1単体は逆向きのもの

が打ち消し合っていて、1単体の列として表すと C1(X)の元として α · α1 · · ·α j = 0となっています。一方、α

は可縮なので α · α1 · · ·α j � α1 · · ·α j であるから (図の (2))ホモトピー類の関係式として

[α] = [α1 · · ·α j] = [α1] · · · [α j] (6.24)

α1 · · ·α j は C1(X)の元として加群で表示すれば先ほど述べたように 1単体同士が打ち消しあって 0になりま

す。したがって曲線の積として表示した α1 · · ·α j も各 α j 同士が可換、すなわち [α j]が可換であれば上式右辺

は単位元になるので、これで証明が終わります。 �

問 16 : S 2, D2, T 2, Kleinの壷に対してこの定理を確認せよ。

6.2 ホモロジー代数の基礎

複雑な図形に対して効率的にホモロジー群を計算するために、またホモロジー群が位相不変量であることを

示すために、群の集合とそれらの間の準同型の列についての一般論をここで述べておきましょう。

加群の集合とその間の準同型を矢印で示したものを図式といいます。

· · · fn−2−→ An−1fn−1−→ An

fn−→ An+1fn+1−→ · · · (6.25)

上式のような図式において全ての iに対しKer fi = Im fi−1 (6.26)

が成り立つとき、上の図式は完全である、あるいは完全列であるといいます。とくに 3つの加群と 2つの自明

な群 (単位元のみからなる群)からなる図式

0f0−→ A1

f1−→ A2f2−→ A3

f3−→ 0 (6.27)

が完全であるとき、これを短完全列と呼びます。

 

A

Im Ker=

f f

1

1

f1

2

2

f2

3A A    

37

――定理 6.9

 

(1) 完全列に対して fi ◦ fi−1 = 0が成り立つ。

(2)  0g−→ A

f−→ Bが完全⇔ f は単射

(3)  Af−→ B

g−→ 0が完全⇔ f は全射

(4)  0 −→ Af−→ B −→ 0が完全⇔ f は全単射、とくに A � B

(5)  Hを加群Gの部分加群、iを自然な単射、pを射影とすると 0 −→ Hi−→ G

p−→ G/H −→ 0は完全。

(証明)  (1)は定義から明らか。(2) Im g = 0より Ker f = 0、したがって f は単射。逆も同様。(3) Ker g = B

より Im f = B、したがって f は全射。逆も同様。(4)は (2),(3)から明らか。(5) i : H → G (H � h �→ h ∈ G)

は単射なので (2) から 0 −→ Hi−→ G は完全。p : G → G/H (G � g �→ gH ∈ G/H) は全射なので (3) から

Gp−→ G/H −→ 0は完全。H

i−→ Gp−→ G/H の完全性も定義から明らかです。 �

 下図のような図式があり、ϕ2 ◦ f = g ◦ ϕ1 が成り立つとき、この図

式は可換であるといいます。同様に、図式においてある加群からある

加群へ至る経路が複数あって、どの経路をたどっても結果が等しいと

きにその図式は可換であるといいます。

A1f−−−−−−→ A2

ϕ1

� �ϕ2

B1 −−−−−−→g

B2

――定理 6.10

 

5項補題

可換な図式

A1f1−−−−−−→ A2

f2−−−−−−→ A3f3−−−−−−→ A4

f4−−−−−−→ A5

h1

� h2

� h3

� h4

� h5

�B1 −−−−−−→

g1

B2 −−−−−−→g2

B3 −−−−−−→g3

B4 −−−−−−→g4

B5

において横の列 A1 −→ · · · −→ A5 および B1 −→ · · · −→ B5 が完全で、かつ h1, h2, h4, h5 が同型ならば h3

も同型である。

  A

f

1

1

-1

h1

f2

h2

f3

h

h (a )

3

3 3

h (a )2 2

h (b )1 1

b3

b3b2

b1

3

f4

h4

a

a

4a3

a2

h5

g1

g2

g

g (b )

3

3

g4

2 3A A 4A 5A

B1 2 3B B 4B 5B

0

0

0

0

0

   

 

(証明)   b3 ∈ B3, a4 = h−14 ◦ g3(b3) とおくと h5 ◦ f4(a4) = g4 ◦ h4(a4) = g3 ◦ g4(a4) = 0 で h5 は同型

(特に単射) なので f4(a4) = 0、Ker f4 = Im f3 より f3(a3) = a4 となる a3 ∈ A3 が存在します。ここで

g3(b3 − h3(a3)) = g3(b3) − g3 ◦ h3(a3) = g3(b3) − h4 ◦ f3(a3) = g3(b3) − h4(a4) = 0より、g2(b2) = b3 − h3(a3)と

なる b2 ∈ B2 が存在し、

h3(a3 + f2 ◦ h−12 (b2)) = h3(a3) + h3 ◦ f2 ◦ h−1

2 (b2) = h3(a3) + g2(b2) = h3(a3) + b3 − h3(a3) = b3

38

したがって h3 は全射です。

次に a ∈ Ker h3 とすると h4 ◦ f3(a) = g3 ◦ h3(a) = g3(0) = 0、h4 は同型なので f3(a) = 0です。Ker f3 = Im f2

より f2(a2) = aを満たす a2 ∈ A2 が存在し、g2 ◦ h2(a2) = h3 ◦ f2(a2) = 0、Ker g2 = Im g1 より g1(b1) = h2(a2)

を満たす b1 ∈ B1 が存在します。h2 ◦ f1 ◦ h−11 (b1) = g1(b1) = h2(a2)で h2 は同型なので a2 = f1 ◦ h−1

1 (b1)、そこ

で a = f2(a2) = f2 ◦ f1(h−11 (b1)) = 0より h3 は単射であることが分かります。 �

一般に、図式

· · · ∂n+2−→ Cn+1∂n+1−→ Cn

∂n−→ Cn−1∂n−1−→ · · · (6.28)

について、全ての nに対して∂n+1 ◦ ∂n = 0 (6.29)

が成り立つとき、この図式 C を鎖群(あるいはチェイン複体)、Cn を n次元鎖群(あるいはチェイン群)、その元

を n次元チェインといいます。定義 6.1と同じ名前がついていますが、この節では上式を満たす図式の一般

論について述べます。完全列は鎖群の特別な場合です。前節と同様に、Zn = Ker ∂n, Bn = Im ∂n+1 と定義して

おくと Bn ⊂ Zn ⊂ Cn であり Hn = Zn/Bn が定義できて、これを n次元ホモロジー群と呼びます。また c ∈ Zn

が属するホモロジー類を [c]で表すことにします。

2つの鎖群 C,C′ とその間の準同型の集合 {ϕn}が与えられ、図式

· · · ∂n+2−−−−−−→ Cn+1∂n+1−−−−−−→ Cn

∂n−−−−−−→ Cn−1∂n−1−−−−−−→ · · ·

ϕn+1

� ϕn

� ϕn−1

�· · · ∂′n+2−−−−−−→ C′n+1

∂′n+1−−−−−−→ C′n∂′n−−−−−−→ C′n−1

∂′n−1−−−−−−→ · · ·が可換になるとき、{ϕn}を鎖準同型 (チェイン準同型)といい、単に ϕ : C → C′ などと書きます。――定理 6.11

 

ϕ : C → C′ を鎖準同型、c1, c2 ∈ Zn(C)とする。このとき、

(1)  ϕn(c1)は C′ の n次サイクルである。ϕn(c1) ∈ Zn(C′)

(2)  [c1] = [c2]ならば [ϕn(c1)] = [ϕn(c2)]

(証明)  (1) ∂′n ◦ ϕn(c1) = ϕn−1(∂n(c1)) = ϕn−1(0) = 0より ϕn(c1) ∈ Zn(C′)。

(2) [c1 − c2] = 0より c1 − c2 ∈ Bn(C)ですから ∂n+1(c) = c1 − c2 を満たす c ∈ Cn+1 があって ϕn(c1) − ϕn(c2) =

ϕn(c1 − c2) = ϕn(∂n+1c) = ∂′n+1 ◦ ϕn+1(c) ∈ B′n 、したがって [ϕn(c1)] = [ϕn(c2)]。 �

この定理により、[c]に [ϕ(c)]を対応させる写像が矛盾なく定義されます。

――定義 6.12

 

鎖準同型 ϕ : C → C′ に対し

ϕ∗ : Hn(C)→ Hn(C′) (6.30)

∈    ∈

[c] �→ [ϕ(c)]

で定義される ϕ∗ を ϕの誘導準同型という。

本来は ϕ∗ にも沿え字 nをつけるべきですが省略します。誘導準同型は次の性質を持ちます。定理 5.5と見比

べてみてください。

39

――定理 6.13

 

ϕ : C → C′, ϕ′ : C′ → C′′ を鎖準同型とする。このとき

(1)  (ϕ′ ◦ ϕ)∗ = ϕ′∗ ◦ ϕ∗(2)  (id)∗ = idHn(C)

(証明)  (1) (ϕ′ ◦ ϕ)∗([c]) = [ϕ′ ◦ ϕ(c)] = ϕ′∗ ([ϕ(c)]) = ϕ′∗ ◦ ϕ∗([c])

(2) (id)∗([c]) = [id(c)] = [c] �

次に、位相空間上の写像のホモトピー (定義 4.2)に対応する鎖群の間の写像のホモトピーを定義しましょう。

2つの鎖準同型 ϕ, ψ : C → C′ に対して準同型 Dn : Cn → C′n+1 が存在して

∂′n+1 ◦ Dn + Dn−1 ◦ ∂n = ϕn − ψn (6.31)

を満たすとき、D = {Dn}を ϕと ψを結ぶチェインホモトピーといい、ϕと ψはチェインホモトピックである

といいます。このとき、定理 5.7に対応する次の定理が成り立ちます。

――定理 6.14

 ϕ, ψ : C → C′ がチェインホモトピックならば ϕ∗ = ψ∗

(証明)  Dを ϕと ψの間のチェインホモトピー、c ∈ Zn(c)とすると式 (6.31)から ∂′n+1 ◦Dn(c) = ϕn(c)−ψn(c)、

したがって ϕn(c) − ψn(c) ∈ Bn(C′)であるから [ϕn(c)] = [ψn(c)]⇒ ϕ∗([c]) = ψ∗([c])。 �

鎖群 C,C′,C′′ と鎖準同型 ϕ, ψの完全列

0 −→ Cϕ−→ C′

ψ−→ C′′ −→ 0 (6.32)

を考えましょう。より正確に書けば、可換な図式

......

...

∂n+1

� ∂′n+1

� ∂′′n+1

�0 −−−−−−→ Cn

ϕn−−−−−−→ C′nψn−−−−−−→ C′′n −−−−−−→ 0

∂n

� ∂′n� ∂′′n

�0 −−−−−−→ Cn−1

ϕn−1−−−−−−→ C′n−1

ψn−1−−−−−−→ C′′n−1 −−−−−−→ 0

∂n−1

� ∂′n−1

� ∂′′n−1

�0 −−−−−−→ Cn−2

ϕn−2−−−−−−→ C′n−2

ψn−2−−−−−−→ C′′n−2 −−−−−−→ 0

∂n−2

� ∂′n−2

� ∂′′n−2

�...

......

の縦の列が鎖群であり、横の列が完全列であるものを考えるのです。

さて、[c′′] ∈ Hn(C′′) に対してその代表元 c′′ ∈ Zn(C′′) を 1 つ選ぶと、完全性より ψn は全射であるから

ψn(c′) = c′′ を満たす c′ ∈ C′n が存在します。ψn−1 ◦ ∂′n(c′) = ∂′′n ◦ ψn(c′) = ∂′′n (c′′) = 0より ∂′n(c′) ∈ Kerψn−1 =

Imϕn−1 ですから ϕn−1(c) = ∂′n(c′)を満たす c ∈ Cn−1 が存在し、ϕn−2 ◦∂n−1(c) = ∂′n−1 ◦ϕn−1(c) = ∂′n−1 ◦∂′n(c′) = 0

で、ϕn−2 は横の完全性より単射なので ∂n−1(c) = 0を得ます。したがって c ∈ Zn−1(C)であり、そのホモロジー

類 [c] ∈ Hn−1(C)が定義できます。

そこで準同型 ∂∗ を

∂∗ : Hn(C′′)→ Hn−1(C) (6.33)

∈    ∈

[c′′] �→ [c]

40

で定義します。

問 17: 上の考察は [c′′]の代表元の選び方に依らないことを示せ。――定理 6.15

 

鎖群の完全列 0 −→ Cϕ−→ C′

ψ−→ C′′ −→ 0に対して

· · · ∂∗−→ Hn(C)ϕ∗−→ Hn(C′)

ψ∗−→ Hn(C′′)∂∗−→ Hn−1(C)

ϕ∗−→ · · · (6.34)

は完全列である。

(証明)  (i) Kerψ∗ = Im ϕ∗[c′] ∈ Kerψ∗ の代表元 c′ に対し ψn(c′) ∈ Bn(C′′) なので ∂′′n+1(c′′) = ψn(c′) を満たす c′′ ∈ C′′n+1 が存在しま

す。また ψn+1 は全射なので ψn+1(d′) = c′′ を満たす d′ ∈ C′n+1 が存在します。∂′n+1(d′) ∈ Bn(C′) より [c′] =

[c′−∂′n+1(d′)]であり、ψn(c′−∂′n+1(d′)) = ψn(c′)−ψn◦∂′n+1(d′) = ψn(c′)−∂′′n+1◦ψn+1(d′) = ψn(c′)−∂′′n+1(c′′) = 0です

から ϕn(c) = c′ −∂′n+1(d′)を満たす c ∈ Cnが存在します。ϕn−1 ◦∂n(c) = ∂′n ◦ϕn(c) = ∂′n(c′ −∂′n+1(d′)) = 0で ϕn−1

は単射なので ∂n(c) = 0。したがって c ∈ Zn(C)より [c]が定義できて、ϕ∗([c]) = [ϕn(c)] = [c′ − ∂′n+1(d′)] = [c′]

より Kerψ∗ ⊂ Imϕ∗。

次に [c′] ∈ Imϕ∗ の代表元 c′ に対し c ∈ Zn(C) があって ϕ∗([c]) = [ϕn(c)] = [c′] ⇒ [ϕn(c) − c′] = 0 より

ϕn(c) − c′ ∈ Bn(C′)、したがって ∂′n+1(d′) = ϕn(c) − c′ を満たす d′ ∈ C′n+1 が存在します。∂′′n+1 ◦ ψn+1(d′) =

ψn ◦ ∂′n+1(d′) = ψn(ϕn(c) − c′) = ψn(c′)であり、これは ψn(c′) ∈ Im ∂′′n+1 = Bn+1(C′′)を意味するので ψ∗([c′]) =

[ψn(c′)] = 0、よって Kerψ∗ ⊃ Imϕ∗ となり Kerψ∗ = Imϕ∗ が分かりました。

(ii) Ker ∂∗ = Imψ∗[c′′] ∈ Ker ∂∗ の代表元 c′′ に対し、∂∗ の定義のところで述べたように ψn(c′) = c′′, ϕn−1(c) = ∂′n(c′)を満たす

c′ ∈ C′n, c ∈ Cn−1 が存在します。∂∗([c′′]) = [c] = 0より c ∈ Bn−1(c)なので ∂n(d) = cを満たす d ∈ Cn が存在

し、∂′n(c′) = ϕn−1(c) = ϕn−1 ◦∂n(d) = ∂′n ◦ϕn(d)⇒ ∂′n(c′ −ϕn(d)) = 0⇒ c′ −ϕn(d) ∈ Zn(C′)ですから [c′ −ϕn(d)]

が定義できて、ψ∗([c′ − ϕn(d)]) = [ψn(c′ − ϕn(d))] = [ψn(c′)] = [c′′]より Ker ∂∗ ⊂ Imψ∗。

次に、[c′′] ∈ Imψ∗ とすると ψ∗([c′]) = [ψn(c′)] = [c′′]を満たす c′ ∈ Zn(C′)が存在します。∂∗([ψn(c′)]) = [c]

とおくと cは ϕn−1(c) = ∂′n(c′)により定義され、c′ ∈ Zn(C′)より ∂′n(c′) = 0、ϕn−1 は単射なので c = 0となり、

∂∗([c′′]) = ∂∗([ψn(c′)]) = [c] = 0より Ker ∂∗ ⊃ Imψ∗、したがって Ker ∂∗ = Imψ∗ を得ました。

(iii) Ker ϕ∗ = Im ∂∗[c] ∈ Kerϕ∗ とおくと ϕ∗([c]) = [ϕn−1(c)] = 0 ⇒ ϕn−1(c) ∈ Bn−1(C′) より ∂′n(c′) = ϕn−1(c) · · · (1) を満たす

c′ ∈ C′n が存在します。さらに ψn−1 ◦ ∂′n(c′) = ∂′′n ◦ ψn(c′) = ψn−1 ◦ ϕn−1(c) = 0であり、ψn(c′) = c′′ · · · (2)とお

くと ∂′′n (c′′) = 0より [c′′]が定義できます。(1), (2)から ∂∗([c′′]) = [c]となっているので Kerϕ∗ ⊂ Im ∂∗。

次に [c] ∈ Im ∂∗ とし、∂∗([c′′]) = [c] とおくと上の式 (1) が成り立ち、∂′n(c′) ∈ Bn+1(C′) より [∂′n(c′)] =

[ϕn−1(c)] = ϕ∗([c]) = 0なので Kerϕ∗ ⊃ Im ∂∗、以上より Kerϕ∗ = Im ∂∗ を得ます。 �

6.3 ホモトピー不変性の証明

この節ではホモロジー群がホモトピー不変量、とくに位相不変量であることを示します。

有限セル複体 (X,K), (Y, L)とその間の連続写像 f : X → Y について、定理 4.19を用いて適当に X の分割を

とり直し、 f は X のセルを Y のセルに写すようにしておきます。このとき、X の n次元セルの閉包 ci を向き

づけられた n単体 [e0 · · · en]と同一視して

fn([e0 · · · en]) =

[ f (e0) · · · f (en)] ( f (ci)が Y の n次元セルのとき)

0 ( f (ci)が Y の n − 1以下の次元のセルのとき)(6.35)

41

とし、Cn(X) 上にはこれを線形に拡張することによ

り準同型 fn : Cn(X) → Cn(Y) を定義します。直接

計算により ∂′n ◦ fn = fn−1 ◦ ∂n は容易に分かるので

右の図式は可換であり、定義 6.12 により誘導準同型

f∗ : Hn(X)→ Hn(Y)が定義されます。

· · · −−−−−−→ Cn(X)∂n−−−−−−→ Cn−1(X) −−−−−−→ · · ·

fn

� � fn−1

· · · −−−−−−→ Cn(Y)∂′n−−−−−−→ Cn−1(Y) −−−−−−→ · · ·

f∗ は f をホモトピックに変形し、(X,K)の分割をとり直して定義されましたから、このような変形の仕方や

分割のとり直し方に依存せずに決まることを示す必要があります。その証明が済むと我々の目的であったホモ

ロジー群のホモトピー不変性がただちに得られます。

――定理 6.16

 (X,K), (Y, L)を有限セル複体、 f , g : X → Y を互いにホモトピックな連続写像とすると f∗ = g∗

(証明) あらかじめ定理 4.19によりセルをセルに写すように f と gはホモトピックに変形され、(X,K)の分

割がとり直されているものとします。 f と g の間のホモトピーを F : X × [0, 1] → Y とし、F は骨格を保つ

ように f と g を固定したままホモトピックに変形しておきます (定理 4.18 を (X,K) を (X,K) × [0, 1]、Z を

(X,K) × {0, 1}として用いる)。

  X の n 次元セル ci の像は Y の n 以下の次元のセル

になります。ちょうど n 次元のセルになる場合を考え

ましょう。ci を n 単体 [e0 · · · en] と同一視しておくと

F(ci × (0, 1)) は図のような n + 1 次元の柱になります

((0, 1)は開区間)。

f ( )

e1

e0

e0

f ( )e1

f ( )f =F(x,0)

g =F(x,1)

F(x,t)

e2

g( )e0

g( )e1

g( )e2

e2

{

この柱を

[ f (e0)g(e0)g(e1) · · · g(en−1)g(en)], [ f (e0) f (e1)g(e1) · · · g(en−1)g(en)], · · · , [ f (e0) f (e1) f (e2) · · · f (en)g(en)]

と n + 1 個の部分に分割すると、それぞれ互いに交わらない n + 1 単体になっています。そこで n 単体

[e0e1 · · · en]に対し準同型 Dn : Cn(X)→ Cn+1(Y)を

Dn[e0e1 · · · en] = [ f (e0)g(e0)g(e1) · · · g(en−1)g(en)] − [ f (e0) f (e1)g(e1) · · · g(en−1)g(en)] + · · ·  + (−1)n[ f (e0) f (e1) f (e2) · · · f (en)g(en)] (6.36)

で定義すると、gn − fn = ∂

′n+1 ◦ Dn + Dn−1 ◦ ∂n (6.37)

が成り立ちます。2単体 [e0e1e2]の場合にこれを確認してみましょう。右辺を計算してみると

∂′n+1 ◦ Dn[e0e1e2] = ∂′n+1 ([ f (e0)g(e0)g(e1)g(e2)] − [ f (e0) f (e1)g(e1)g(e2)] + [ f (e0) f (e1) f (e2)g(e2)])

= ([g(e0)g(e1)g(e2)] − [ f (e0)g(e1)g(e2)] + [ f (e0)g(e0)g(e2)] − [ f (e0)g(e0)g(e1)])

  − ([ f (e1)g(e1)g(e2)] − [ f (e0)g(e1)g(e2)] + [ f (e0) f (e1)g(e2)] − [ f (e0) f (e1)g(e1)])

   + ([ f (e1) f (e2)g(e2)] − [ f (e0) f (e2)g(e2)] + [ f (e0) f (e1)g(e2)] − [ f (e0) f (e1) f (e2)])

Dn−1 ◦ ∂n[e0e1e2] = Dn−1 ([e1e2] − [e0e2] + [e0e1])

= ([ f (e1)g(e1)g(e2)] − [ f (e1) f (e2)g(e2)]) − ([ f (e0)g(e0)g(e2)] − [ f (e0) f (e2)g(e2)])

    + ([ f (e0)g(e0)g(e1)] − [ f (e0) f (e1)g(e1)])

この 2式を加えると [g(e0)g(e1)g(e2)]− [ f (e0) f (e1) f (e2)]となり右辺と一致します。したがって fn と gn はチェ

インホモトピーですから定理 6.14より f∗ = g∗ を得ます。

ci の像が n未満の次元のセルになるときは Dn[e0 · · · en] = 0としておけばやはり式 (6.37)が成り立ちます。

42

――定理 6.17

 (X,K), (X,K′)を X の 2つの分割とすると Hn(C(X,K)) � Hn(C(X,K′))

(証明)  X と X 自身はもちろんホモトピー同値ですから f ◦ g � idX � g ◦ f を満たす f : (X,K)→ (X,K′)と

g : (X,K′) → (X,K)が存在します。このとき、(g ◦ f )∗ = g∗ ◦ f∗ = (id)∗, ( f ◦ g)∗ = f∗ ◦ g∗ = (id)∗ で、(id)∗ は

ホモロジー群上の恒等写像であったから f∗ : Hn(C(X,K))→ Hn(C(X,K′))が同型であることが分かります。 �――定理 6.18

 ホモロジー群のホモトピー不変性

X,Y を有限セル分割可能で互いにホモトピー同値な空間とすると Hn(C(X)) � Hn(C(Y))

(証明)  f : X → Y, g : Y → Xをそれぞれホモトピー同値写像、ホモトピー逆写像とすると f ◦g � idY , g◦ f �idX ですから定理 6.17の証明と同様にして結論を得ます。 �

6.4 Mayer-Vietoris完全列

セル複体のホモロジー群を効率よく計算するための方法を紹介しましょう。

(X,K)を有限セル複体、(A,K′)をその部分セル複体とし、Cn(X), Cn(A)をそれぞれの n次元鎖群とすると

Cn(A)は Cn(X)の部分加群であり、Cn(X)上の境界作用素 ∂n を Cn(A)上に制限すると Im ∂n|Cn(A) ⊂ Cn−1(A)が

容易に分かります。したがって {Cn(A)}は ∂n|Cn(A) により鎖群になり、剰余加群 Cn(X)/Cn(A)が定義できてこ

れも ∂n により鎖群になります。これを Cn(X, A)と表すことにします。

――定理 6.19

 

(X,K)を有限セル複体、(A,K′)をその部分セル複体、(B,K′′)を (A,K′)の部分セル複体とすると

· · · ∂∗−→ Hn(A, B)i∗−→ Hn(X, B)

j∗−→ Hn(X, A)∂∗−→ Hn−1(A, B)

i∗−→ · · · (6.38)

は完全列である。ただし i∗, j∗ は包含写像の誘導準同型であり、∂∗ は定理 6.15の直前で定義した写像で

ある。とくに B = ∅とすれば

· · ·  ∂∗−→ Hn(A)i∗−→ Hn(X)

j∗−→ Hn(X, A)∂∗−→ Hn−1(A)

i∗−→ · · · (6.39)

(証明)  c ∈ Cn(A)に対してその剰余群における同値類を [c]とし、[c] ∈ Cn(A, B)に [c] ∈ Cn(X, B)を対応さ

せる写像を i、d ∈ Cn(X)に対して [d] ∈ Cn(X, B)に [d] ∈ Cn(X, A)を対応させる写像を jとおくと

0 −→ C(A, B)i−→ C(X, B)

j−→ C(X, A) −→ 0 (6.40)

は完全列なので定理 6.15からただちに分かります。 �

[例 19]  Θm のホモロジー群を求めましょう。部分集合として S 1 をとると 2次元以上のセルは持たないから

0∂∗−→ H1(S 1)

i∗−→ H1(Θ2)j∗−→ H1(Θ2, S

1)∂′∗−→ H0(S 1)

i′∗−→ H0(Θ2)j′∗−→ H0(Θ2, S

1)∂′′∗−→ 0 (6.41)

という完全列が得られます。S 1 については [例 15] より H1(S 1) � H0(S 1) � Z、Θ2 は弧状連結であるから

H0(Θ2) � Z、また Θ2 が持つ 1つの S 1 を 1点と同一視すると再び S 1 が得られる、すなわち Θ2/S 1 � S 1 なの

で H1(Θ2, S 1) � H0(Θ2, S 1) � Zです。したがって

0∂∗−→ Z

i∗−→ H1(Θ2)j∗−→ Z

∂′∗−→ Zi′∗−→ Z

j′∗−→ Z∂′′∗−→ 0 (6.42)

さて、準同型定理より H1(Θ2)/Ker j∗ � Im j∗ であり、完全性からこれは H1(Θ2)/Im i∗ � Ker ∂′∗ とできます。

再び準同型定理と完全性より Z/Ker i∗ � Z/Im ∂∗ � Im i∗ であり、左端の ∂∗ は自明な準同型なので Im ∂∗ = 0、

43

したがって Im i∗ � Zを得ます。一方、Z/Ker ∂′∗ � Im ∂′∗ � Ker i′∗ であり i′∗ は包含写像が誘導する準同型なの

で Ker i′∗ = 0、したがって Ker ∂′∗ � Zを得ます。以上より H1(Θ2)/Z � Z⇒ H1(Θ2) � Z ⊕ Zとなります。

帰納的に

Hn(Θm) �

Z (n = 0)Z ⊕ · · · ⊕ Z (n = 1, m個の直和)0 (n � 0, 1)

(6.43)

が分かります。

(Z,K)を有限セル複体、X,Y をその部分セル複体で X ∪ Y = Z とします。次の包含関係

X ∩ YiX−−−−−−→ X

iY

� � jX

YjY−−−−−−→ Z

を考えると、鎖群の完全列

0 −→ C(X ∩ Y)iX⊕iY−→ C(X) ⊕C(Y)

jX− jY−→ C(Z) −→ 0 (6.44)

が得られます。すなわち、セル c ∈ C(X ∩ Y) に (c, c) ∈ C(X) ⊕ C(Y) を対応させる準同型を iX ⊕ iY、

(c, d) ∈ C(X) ⊕C(Y)に c − d ∈ C(Z)を対応させる準同型を jX − jY とするのです。したがって定理 6.15から

――定理 6.20

 

Mayer-Vietoris完全列

(Z,K)を有限セル複体、X,Y をその部分セル複体で X ∪ Y = Z とする。このとき、

· · · ∂∗−→ Hn(X ∩ Y)iX∗⊕iY∗−→ Hn(X) ⊕ Hn(Y)

jX∗− jY∗−→ Hn(Z)∂∗−→ Hn−1(X ∩ Y)

iX∗⊕iY∗−→ · · · (6.45)

は完全列である。

 

[例 20] 射影平面 P2 のホモロジー群を求めます。

実は、P2 はMobiusの帯に円板 D2 を張り合わせたものになっています。

 

b

c

bb

a

cc

1

a1 a1

a2

a2 a2

b b

b

c c

c

a1a2 a ae

a

11

e1

e0

e0

a2

a2a1

+ =

a a1 a2+ =  

     P2 の展開図から円板を切り取り、後で張り合わせるときに向きを合わせるために矢印を書いておきましょ

う。また 2つの半弧に b, cと名前をつけます。これを 2つに割って少し変形した後、右側の上下をひっくり返

して左側に持っていき、2枚をくっつけるとMobiusの帯になります。

Mobiusの帯 (= M とおく)のホモロジー群を計算しておきます。連結性から H0(M) � Z、また閉曲面では

ないから H2(M) � 0 も明らかとしてよいでしょう。次に、C1(M) の元は図の 3 辺 a, b, c から生成されます。

対角線上の 2点は組み立て後に同一の点になることに注意して 4隅に e0, e1 と名前をつけておくと、

∂1(la +mb + nc) = l(e0 − e1) +m(e1 − e0) + n(e0 − e1) = (l −m + n)e0 + (−l +m − n)e1,  (l,m, n : 整数) (6.46)

したがって Z1(M) = Ker ∂1 は ∂1(la + mb + nc) = 0⇒ m = l + nより

Z1(M) = {la + (l + n)b + nc} = {l(a + b) + n(b + c)} � Z ⊕ Z (6.47)

44

一方、M の 2 次元セル (正方形そのもの) を d とおくと ∂2(md) = m(c − a − b − a) より B1(M) = Im ∂2 =

{m(c − a − b − a)} � Z。したがって

Hr(M) �{

Z (r = 0, 1)0 (r � 0, 1)

(6.48)

となります。

さて、P2 � M ∪ D2, M ∩ D2 � S 1 ですからMayer-Vietoris完全列は (iX∗ ⊕ iY∗, jX∗ − jY∗をそれぞれ i∗, j∗ と

略記)

0∂∗−→ H2(S 1)

i∗−→ H2(M) ⊕ H2(D2)j∗−→ H2(P2)

∂′∗−→ H1(S 1)i′∗−→ H1(M) ⊕ H1(D2)

j′∗−→ H1(P2)∂′′∗−→

      ∂′′∗−→ H0(S 1)

i′′∗−→ H0(M) ⊕ H0(D2)j′′∗−→ H0(P2)

∂′′′∗−→ 0

であり、分かっているものを代入すると

0∂∗−→ 0

i∗−→ {0} ⊕ {0} j∗−→ H2(P2)∂′∗−→ Z

i′∗−→ Z ⊕ {0} j′∗−→ H1(P2)∂′′∗−→ Z

i′′∗−→ Z ⊕ Zj′′∗−→ Z

∂′′′∗−→ 0 (6.49)

となります (H0(P2) � Zは連結性から明らかなので用いました)。

(i)  j∗ は自明な単射なので Ker j∗ = Im j∗ = 0

(ii)  Ker ∂′∗ = Im j∗ = 0、よって準同型定理より H2(P2)/Ker ∂′∗ � Im ∂′∗ ⇒ H2(P2) � Ker i′∗ · · · (1)

(iii)  Im i′∗ を求めます。S 1 上の閉曲線は明らかに S 1 自身から生成されます。これの M、および D2 への包

含を求めたいわけです。S 1 の M への包含は図の b + cで、これは上の計算より M 上で ∂2(d)の元ではありま

せんから [b + c] ∈ H1(M)は単位元ではありません。一方、S 1 は D2 上では D2 の境界ですから S 1 の包含は

B1(D2)に属し、そのホモロジー類は単位元です。したがって Im i′∗ � Z ⊕ {0} � Z

(iv) 準同型定理より Z/Ker i′∗ � Im i′∗ � Z⇒ Ker i′∗ = 0、したがって (1)から H2(P2) � 0

(v)  Ker j′∗ = Im i′∗ = Z。次に Im j′∗ を求めましょう。H1(D2)は単位元のみですから j′∗ : H1(M)→ H1(P2)と

考えます。Z1(M)の元は l(a + b) + n(b + c)でしたから

j′∗([l(a + b) + n(b + c)]) = [ j′(l(a + b) + n(b + c))] = [l(a + b) + n(b + c)] = l[a + b] + n[b + c] ∈ H1(P2) (6.50)

  b+cは円板の境界でしたから [b+c]は単位元です。a+b = a1+a2+b

は右図のような曲線ですが、これは 2 周すると Mobius の帯を切り

取ってしまいます (3.2節)。したがって 2(a + b)は Im ∂2 = B1(P2)に

入っているから [2(a + b)]は単位元です。よって  

ba1

a2

A

A

B

B

Im j′∗ = {l[a + b] | 2[a + b] = e} � Z2 (6.51)

(vi) 準同型定理より H1(P2)/Ker ∂′′∗ � Im ∂′′∗ ⇒ H1(P2)/Im j′∗ � Ker i′′∗、図式の右端から完全性と準同型定理

を用いていくと Ker i′′∗ = 0は容易に分かります。したがって H1(P2) � Z2 を得ます。

問 18 : 種数 2のトーラス Σ2 のホモロジー群を求めよ。

あとがき

いろいろなトポロジーのテキストを見てみると、図形の分割の仕方には主に 2通りがあるようです。多くの

テキストでは単体に分割する単体分割を採用しています。単体は三角形や四面体の拡張概念であるから単体分

割を用いた議論は直観的に非常に分かりやすいのですが、実際に図形を単体に分割するのは技術的で難しく、

ホモロジー群の計算も大変で、ホモロジー群のホモトピー不変性の証明も、難しくはないけれども非常に長く

なるという欠点があります。一方、セル分割は単体そのものではなく単体 (あるいは球体)と位相同型なもの

45

に分割するのであるから分割の自由度は高く、ホモロジー群の計算も単体分割ほど難しくはありませんが、抽

象的すぎていろいろな定理の証明は難しくなります。本テキストではうまく間をとって、セル分割と単体分割

の間を行ったり来たりしてみました。

単体分割のみを用いた完全な議論は

[1]田村一郎「トポロジー」(岩波書店, 1972)

を参照ください。またセル分割を用いた議論については

[2]小島定吉「トポロジー入門」(共立出版, 1998)

がよいでしょう。

本テキストはトポロジーのほんの入り口であり、基本群とホモロジー群に限ってもまだまだ学ぶべき多くの

ことがあります。それらを補うのにも上記の 2冊が役に立つでしょう。本テキストでは述べなかった事項をい

くつか挙げておきます。

本テキストでは 3次元図形についてはほとんど触れませんでした。球体やソリッドトーラスくらいなら直観

でも分かりますが、重要で難しい 3 次元図形の例としてレンズ空間や正 12 面体空間などがあります。正 12

面体空間とは正 12面体の互いに向かい合った 2つの面を、一方を π/5だけ回転させてから同一視して得られ

る空間で、宇宙空間は正 12面体空間であるという説もあるようです。

本テキストでは 2次元図形として主に D2, S 2,T 2,Σg, Mobiusの帯, Kleinの壷, P2 を扱いました。実はこれ

だけ扱えば十分であり、他の 2次元図形についてはこれらを適当に組み合わせて作ることができます。特に閉

曲面 (コンパクトな 2 次元多様体) については全て 2n 角形の展開図を用いて表すことができ、しかもホモロ

ジー群だけでそれらを区別できることが分かっています (閉曲面の分類定理)。

以上の事柄については [1]を参照してください。また [2]には、より高度なトポロジーを学ぶのに必須であ

る複素トーラスや被覆空間についての解説があります。

上記のテキストよりも直観を大事にした、初学者向けの教科書も挙げておきます。

[3]瀬山士郎「トポロジー:柔らかい幾何学」(日本評論社, 2003)

[4]中原幹夫「理論物理のための幾何学とトポロジー I, II」(ピアソン・エデュケーション, 2000)

[3]は [1]と同じ単体分割についての議論を、1、2次元に絞って丁寧に解説してあります。予備知識なしに読

むことができる本です。[4]は理論物理への応用も交えながら、トポロジーに限らず幾何学全体について簡単

に解説した本です。専門書を手に取る前に読んでみるといいかもしれません。

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