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Title 黒質-線条体ドーパミン神経系が反応抑制に果たす役割 の解明( Dissertation_全文 ) Author(s) 小笠原, 宇弥 Citation Kyoto University (京都大学) Issue Date 2019-03-25 URL https://doi.org/10.14989/doctor.k21612 Right 許諾条件により要旨は2019-03-31に公開 Type Thesis or Dissertation Textversion ETD Kyoto University

Title 黒質-線条体ドーパミン神経系が反応抑制に果 …...1 1.1 全体の要約 変化し続ける環境の中で、我々動物は望まない結果を生む可能性のある不適

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Title 黒質-線条体ドーパミン神経系が反応抑制に果たす役割の解明( Dissertation_全文 )

Author(s) 小笠原, 宇弥

Citation Kyoto University (京都大学)

Issue Date 2019-03-25

URL https://doi.org/10.14989/doctor.k21612

Right 許諾条件により要旨は2019-03-31に公開

Type Thesis or Dissertation

Textversion ETD

Kyoto University

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博士論文

黒質-線条体ドーパミン神経系が反応抑制に果たす

役割の解明

京都大学大学院 理学研究科

生物科学専攻 霊長類学系 統合脳システム分野

小笠原 宇弥

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目次

序論 .............................................................................................................. 0

1.1 全体の要約 ............................................................................................................. 1

1.2 反応抑制 ................................................................................................................. 3

1.3 stop signal 課題と Race model .............................................................................. 4

1.4 前頭前野と反応抑制の関連 .................................................................................... 8

1.5 大脳基底核と反応抑制の関連 ............................................................................... 12

図版 ................................................................................................................................. 17

黒質-線条体ドーパミン神経系が反応抑制に果たす役割 ............................ 20

2.1 序論 ...................................................................................................................... 21

2.2 実験手法 ............................................................................................................... 23

2.2.1 被験対象 ........................................................................................................ 23

2.2.2 行動課題 ........................................................................................................ 24

2.2.3 電気生理実験 ................................................................................................. 26

2.2.4 薬物注入実験 ................................................................................................. 28

2.2.5 ヒストロジー ................................................................................................. 29

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2.2.6 統計解析 ........................................................................................................ 30

2.3 実験結果 ............................................................................................................... 39

2.3.1 stop signal 課題とサルの行動成績 ................................................................ 39

2.3.2 stop signal に対するドーパミンニューロンの応答 ....................................... 41

2.3.3 stop signal に対する尾状核ニューロンの応答 .............................................. 47

2.3.4 薬理学的手法を用いた尾状核へのドーパミン伝達の阻害 ............................. 52

2.4 考察 ...................................................................................................................... 58

総論 ............................................................................................................. 69

謝辞 75

参考文献 76

図版 89

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図版の目録

・第 1 章

図 1. Race model の概略図..........................................................................................18

図 2. 大脳基底核回路:直接路と間接路………...........................................................19

・第 2 章

図 1. サッケードを用いた stop signal 課題と Race model…..……….........................90

図 2. サルの行動成績…………………………………………………………….…............91

図 3. ドーパミンニューロンのスパイク波形……........................................................92

図 4. 個々のドーパミンニューロンの stop signal に対する応答………………………94

図 5. ドーパミンニューロンの平均応答…………………………………………………..96

図 6. stop signal に対し有意な応答を示すドーパミンニューロンの記録部位………..98

図 7. 尾状核の単一ユニット記録部位と薬物注入部位……………………………..…..100

図 8. 個々の尾状核ニューロンの stop signal に対する応答…………………………..102

図 9. 尾状核ニューロンの平均応答………………………………………………………104

図 10. 尾状核に対するドーパミン D1、D2 受容体拮抗薬の局所注入が成績に及ぼす

影響…………………….…………………………………………………………….106

図 11. 尾状核に対する生理食塩水の局所注入が行動に及ぼす影響…………………..109

図 12. 尾状核に対するドーパミン D1、D2 受容体拮抗薬の局所注入が行動に及ぼす

影響………………………………………………………………..………………….110

図 13. 固視点と stop signal に対する応答の相関関係……………….…………………111

図 14. サッケード前のドーパミンニューロンと尾状核ニューロンの活動…………..112

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序論

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1.1 全体の要約

変化し続ける環境の中で、我々動物は望まない結果を生む可能性のある不適

切な行動を意識的に抑制する必要がある。「反応抑制」と呼ばれるこの認知機能は、

ドーパミン神経系の障害を原因とする精神・神経疾患において障害されることが

知られているが、ドーパミンがどのようにこの反応抑制機能を調節しているのか

は明確になっていない。そこで本研究では、反応抑制が求められる認知課題をマ

カクザルに訓練し、サルが反応を抑制する際に黒質-線条体ドーパミン神経系が

どのような信号を伝達しているかを調査した。すると、サルが眼球運動のキャン

セル(抑制)を求められた時に、黒質緻密部のドーパミンニューロンと、ドーパ

ミンニューロンから入力を受けている線条体ニューロンの活動が上昇することが

観察された。これらのニューロン活動は、サルが眼球運動のキャンセルに失敗し

た時よりも成功した時に強くなり、加えて、眼球運動をキャンセルすることがよ

り困難な状況ほど強くなった。このような活動を示したドーパミンニューロンは

黒質緻密部の中でも、腹内側部ではなく背外側部に分布する傾向があった。さら

に、線条体に伝達されるドーパミン入力を薬理学的手法により阻害したところ、

眼球運動をキャンセルする能力が障害されることが観察された。本研究結果より、

黒質-線条体ドーパミン信号を阻害することによって、反応抑制の能力が障害さ

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れることが明らかになった。

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1.2 反応抑制

変化し続ける環境の中で、我々動物は望ましくない結果を生むであろう不適

切な行動を意識的に抑制することが求められる。例えば、横断歩道を渡ろうとし

た時に向こうから車が走行してくることに気づいた時、我々は交通事故という望

ましくない結果を避けるために咄嗟に歩行を抑制する。「反応抑制」と呼ばれるこ

のような能力は、環境の中で有利に生存するという動物の適応的行動にとって不

可欠な認知機能である。この反応抑制という認知機能が何らかの原因で障害され

た場合には、行動を適切に抑制することが困難になり、衝動的な行動が多く出現

する。この衝動的な行動は ADHD(注意欠陥・多動性障害)、パーキンソン病、統

合失調症といった発達障害や精神・神経疾患において典型的な症状の 1 つとして

知られている(Schachar et al., 1995; Gauggel et al., 2004; Obeso et al., 2011;

Thakkar et al., 2011)。例えば、ADHD の子供の患者は、授業中の静かに集中し

なければならない状況で、窓の外に注意が逸れたり、何か他のことをしたがった

りと、集中困難や過活動の症状を示すことが知られている。このような衝動的行

動の原因、すなわち反応抑制の神経メカニズムを解明するための研究はヒトやサ

ル、ラットなどの実験動物を対象として行われてきたが、被検体の反応抑制能力

を分析するために「stop signal 課題」という認知課題が広く使用されている

(Hanes and Carpenter, 1999; Hanes and Schall, 1995; Thakkar et al., 2011)。

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1.3 stop signal 課題と Race model

典型的な stop signal 課題では、まず被験体に“Go”を指示する刺激が呈示さ

れ、この刺激が呈示された際、被験体は何らかの運動の実行を求められる。ただ、

この Go 刺激が呈示された後に、稀に“Stop”を指示する刺激が呈示されることが

ある。この“Stop”刺激が呈示された際、被験体は現在実行しようとしている運

動を抑制することが求められる。このように stop signal 課題では、突然に出現す

る Stop 刺激に反応して、現在実行しようとしている運動を意識的に抑制するとい

う反応抑制が要求される。また、Go 刺激が呈示されてから Stop 刺激が呈示され

るまでの間隔はランダムに変化するよう設定されている。被験体は Go 刺激に対し

て可能な限り素早く反応するように指示されるため、Stop 刺激が呈示されるまで

の間隔が長い時は、運動をまさに実行しようとする直前になって Stop 刺激が呈示

されるため、運動を抑制することが非常に困難になる。これに対して、Stop 刺激

が呈示されるまでの間隔が短い時は、運動を実行しようとするずっと前に Stop 刺

激が呈示されるため、運動を抑制することは容易になる。このように難易度を変

化させ、それぞれの難易度でどの程度運動を抑制することができるかを計測し、

被験体の反応抑制の能力の度合いを測定することができる。

また stop signal 課題では、課題を実行している被験体の脳内プロセスのモデ

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ルとして「Race model」というモデルが提唱されている(Logan and Cowan, 1984)。

Race model は、行動データとしては直接的に計測することのできない、運動を抑

制するプロセスを定量化するために考案された。

Race model では Go process と Stop process という2つの脳内プロセスの競

合を考える(図 1)。Go process は運動を引き起こすプロセスであり、Go 刺激が

呈示された時から活動が上昇していく。この活動がある閾値に到達した時、運動

が引き起こされる。他方、Stop process は運動をキャンセル(抑制)するプロセ

スであり、Stop 刺激が呈示された時から活動が上昇していく。この活動がある閾

値に到達した時、運動はキャンセルされる。Go process が Stop process より早く

閾値に到達すれば運動が引き起こされ(図1上側)、逆にStop processがGo process

より早く閾値に到達すれば運動はキャンセルされる(図 1 下側)。このように、Race

model では Go process と Stop process のレースを考え、どちらが早くゴールに到

達するかどうかで、運動が実行されるか抑制されるかが決まる。このモデルにお

いて、Go process が閾値に到達するまでの時間は、運動が引き起こされるまでの

時間、つまり運動の潜時と一致する。この運動の潜時は実際の行動データとして

計測されるものである。これに対して、Stop process が閾値に到達するまでの時

間は、直接行動データとしては計測できない、運動を抑制するのに要する時間で

あり、stop-signal reaction time(SSRT)と呼ばれている。この SSRT が短いと、

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運動を抑制するプロセスが早く終了する、すなわち素早く運動をキャンセルでき

ることから、反応抑制能力が高いことを表す。逆に SSRT が長いと、運動を抑制

するプロセスに長い時間を要することから、反応抑制能力が低いことを表す。こ

のように、Race model を適用することで、反応抑制の能力を SSRT として定量化

することができる。stop signal 課題の特徴的な点は、Race model と行動データを

用いて、行動データとしては直接的に計測することのできない、運動を抑制する

プロセスの早さ、すなわち SSRT を算出することで、被験対象の反応抑制の能力

を分析できる点である。具体的な SSRT の算出方法については実験方法の統計解

析の項で詳述する。

前項で記述した ADHD、パーキンソン病、統合失調症などの発達障害者や精

神・神経疾患患者では、実際に、この課題の成績が健常者に比べて著しく低下し、

かつ、SSRT が非常に遅いことが報告されている(Schachar et al., 1995; Gauggel

et al., 2004; Obeso et al., 2011; Thakkar et al., 2011)。

このように、SSRT は被験対象の反応抑制能力を指す認知行動学的な指標とし

て広く使用されている。それに加えて、SSRT はあるニューロンが運動の抑制に関

与しているかどうかを判断するための電気生理学的な指標としても用いられてい

る。SSRT は運動を抑制するのに要する時間、つまり運動を抑制するプロセスが終

了する時間であるため、あるニューロンがこのプロセスに関与するならば、この

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ニューロンの活動は SSRT に先立って起こると考えられる。実際に、眼球運動に

関連した領域である前頭眼野と上丘では、眼球運動をキャンセルする際に SSRT

に先立って活動が起こることが知られている(Paré and Hanes, 2003; Hanes et

al., 1998)。このことからも、SSRT は電気生理学的な指標として有効なものであ

ると受け入れられており、様々な研究で標的とする脳領域のニューロンが反応抑

制に関与しうるかどうかを判断する際の指標として使用されている。しかしなが

ら、このように SSRT は電気生理学的な指標として広く用いられているにもかか

わらず、実際にSSRTに関係した情報を伝達している脳領域は発見されていない。

ただ、近年では、この問題に対してシミュレーションモデルを使ったアプローチ

がなされている(Wei & Wang., 2016)。Wei & Wang は、主にラットの研究で得

られた知見を基にして大脳皮質-大脳基底核ループ回路のモデルを構築し、反応

抑制の脳内メカニズムをシミュレーションした。結果、淡蒼球外節と線条体の間

の連絡の強度を変化させることで SSRT が変化することが報告されている。

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1.4 前頭前野と反応抑制の関連

反応抑制は周囲の状況を把握し、その状況に応じて不適切な行動を抑制する

という高度な認知機能であるため、これまでの反応抑制の神経メカニズムを解明

するための研究は、様々な認知機能を担うことで知られる前頭葉、特に前頭前野

を中心に、主にサルとヒトを被験対象として進められてきた。サルの研究では、

特に、Schall らによる一連の電気生理学的研究が有名である(Hanes et al., 1998;

Ito et al., 2003; Stuphorn et al., 2010; Stuphorn and Schall, 2006; Stuphorn et

al., 2000; Xu et al., 2017)。彼らはサルに stop signal 課題を訓練し、まず背外側

前頭前野に位置する前頭眼野に注目してこの領域の反応抑制との関わりを解析し

た(Hanes et al., 1998)。この領域ではそれまで、眼球運動の実行の前に活動が上

昇するニューロンの存在が報告されており、眼球運動の実行に直接的に関係して

いることが知られていたが、眼球運動を抑制する際の活動については明らかにさ

れていなかった。研究の結果、眼球運動の実行に関係するニューロンとは別に、

眼球運動の抑制が必要とされる時のみ活動を上昇させるニューロンが発見された。

この活動の上昇は SSRT に先立って起きており、反応抑制に関与できるものであ

った。Schall らは、反応抑制に関与する領域として次に、背内側前頭前野に位置

する補足眼野を標的として研究を行った(Stuphorn et al., 2000)。この領域に存

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在するニューロンは、眼球運動の抑制に成功する場合と失敗する場合で異なる応

答を示し、前頭眼野と同様に眼球運動の抑制に関与しているかと思われたが、こ

れらニューロンの応答は SSRT よりも遅かったため、眼球運動の抑制への直接的

な関与は否定された。しかしながら、その後の研究で、stop signal 課題中に補足

眼野を電気刺激したところ、眼球運動を抑制する成功率が高くなることが報告さ

れた(Stuphorn and Schall, 2006)。この時、補足眼野の電気刺激によって眼球運

動の潜時が遅くなっていたことから、眼球運動の潜時が遅くなることで眼球運動

を抑制することが容易になり成功率が高くなったことが示唆された。そしてその

後の電気生理学的研究から、補足眼野の活動と眼球運動の潜時の間に相関がある

こと、さらに、前の試行で stop 刺激が出た場合と出なかった場合(前後の文脈が

違う場合)で異なる活動を示すことが明らかになった(Stuphorn et al., 2010)。

これら補足眼野に関する一連の研究から、補足眼野は現在の試行において反応抑

制に成功したか失敗したかをモニタリングしており、次の試行の運動の潜時を調

節することで反応抑制が求められた時に成功しやすくする役割があると考えられ

る。興味深いことに、眼球運動の抑制が求められる stop signal 課題とは別に、眼

球運動を抑制する必要がない課題の 中に補足眼野を電気刺激したところ、stop

signal 課題の場合とは逆に、眼球運動の潜時が早くなることが報告されている

(Stuphorn and Schall, 2006)。つまり、補足眼野は、眼球運動を抑制する必要が

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ある文脈かどうかに応じて、眼球運動の潜時の調節をしていることが示唆された。

一方、ヒトの研究では、主に Li らのグループ Aron らのグループによって、

fMRI(magnetic resonance image)、rTMS(repetitive transcranial magnetic

stimulation)を使用して下前頭回、前補足運動野を含む前頭葉と反応抑制との関

連が調べられてきた(Aron et al., 2003; Aron and Poldrack, 2006; Li et al., 2008;

Chen et al., 2009; Duann et al., 2009; Watanabe et al., 2015)。

過去のさまざま研究から、反応抑制に関与する領域の候補として右下前頭回

が示唆されてきた(Konishi et al., 1998, 1999; Garavan et al., 1999)。これを踏

まえて Aron らは、右下前頭回に損傷を受けた患者を被験対象として stop signal

課題を実行させ、反応抑制能力を測定する実験を行った。結果として、右下前頭

回の損傷が強い患者ほど SSRT が遅く、反応抑制能力が低下していることが示さ

れた。右下前頭回と反応抑制の因果関係をさらに検証するため、次に彼らは fMRI

を使用して stop signal 課題を実行しているヒトの脳機能イメージングを行った

(Aron & Poldrack, 2006)。その結果、右下前頭回の活動が反応抑制に成功した

時に強く上昇しており、さらには SSRT が早い被験者ほどこの領域の活動が強い

ことが明らかになった。

ところで、この研究からは、右下前頭回に加えて前補足運動野もまた反応抑

制に関与していることが示唆された。前補足運動野と反応抑制との因果関係はそ

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の後、rTMS を用いた一連の研究でさらに明らかになった(Chen et al., 2008;

Watanabe et al., 2015)。これらの研究では、ヒトの前補足運動野を rTMS によっ

て刺激した場合には SSRT が早くなり、反対に抑制した場合には SSRT が遅くな

ることが報告された。また領域間の結合性を解析したところ、反応抑制に成功す

る際には右下前頭回から前補足運動野へと情報の流れがあることも分かった

(Duann et al., 2009)。

一方で、上記のいくつかの研究では、前頭葉の複数の領野だけでなく、大脳

基底核もまた、これら領野と協調して反応抑制の実行に関わっているという実験

結果が得られている(Aron & Poldrack, 2006; Li et al., 2008; Duann et al., 2009;

Watanabe et al., 2015)。これらの研究からは、大脳基底核の間接路の一部である

線条体の尾状核と視床下核の活動がそれぞれ右下前頭回、前補足運動野の活動と

相関していることが示された(Aron & Poldrack, 2006; Li et al., 2008; Watanabe

et al., 2015)。また、領域間の結合性を解析すると、反応抑制に成功する際には右

下前頭回から前補足運動野と視床下核へ、前補足運動野からは尾状核へと情報の

流れがあることが報告されおり、反応抑制における前頭葉と大脳基底核の相互作

用が明らかになりつつある。これらの知見を踏まえ、近年では大脳基底核が反応

抑制に果たす役割に研究の焦点が当てられている。

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1.5 大脳基底核と反応抑制の関連

近年、前頭前野の研究に加えて、大脳基底核が反応抑制に果たす役割に研究

の焦点が当てられている。大脳基底核は終脳から中脳の基底部に分布する複数の

神経核で構成される。大脳基底核を構成する神経核は線条体、淡蒼球、視床下核、

および黒質を含む。これらの神経核は相互に連絡する複雑な神経回路を形成して

おり、大脳皮質(特に大脳新皮質)から大脳基底核への入力は、これらの回路を

介して統合処理され、視床を経由して大脳皮質に返る。このような大脳皮質-大

脳基底核ループ回路は運動制御に重要な役割を果たしていることが知られている。

大脳基底核の内在性回路のうち1つは直接路と呼ばれる経路であり(図 2)、

運動実行を促す働きを持つことが知られている(DeLong, 1990)。皮質領野から興

奮性入力が線条体に入り、直接路では線条体から直接淡蒼球内節に抑制性信号が

入力する。そして、淡蒼球内節は視床に持続的に抑制性入力を行っているため、

線条体から淡蒼球内節への抑制性入力は、淡蒼球内節から視床に対する持続的抑

制を解除し、その結果、視床の出力が増大する。そして視床から入力を受ける大

脳皮質(特に前頭葉運動関連領野)の興奮性が増大し、運動の実行が促される。

これに対して、大脳基底核回路のうち間接路と呼ばれる経路は(図 2)、直接路と

は逆に運動を抑制する働きを持つことが知られている(DeLong, 1990)。間接路で

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は、線条体から淡蒼球外節に抑制性入力が送られ、淡蒼球外節から視床下核へと

抑制性入力が入る。そして視床下核から淡蒼球内節へと興奮性入力が入る。線条

体から淡蒼球外節への抑制性入力は、淡蒼球外節から視床下核に対する抑制を解

除し、結果として、視床下核の出力が増大する。そして視床下核から淡蒼球内節

への興奮性入力が増大することで、視床の持続的抑制が増強される。このように、

この経路では直接路とは逆に大脳皮質の興奮性が減弱され、運動が抑制される。

さらに、直接路の活動は黒質のドーパミンニューロンから線条体への D1 受容体を

介した入力によって調節されるのに対して、間接路の活動は黒質ドーパミンニュ

ーロンから線条体への D2 受容体を介した入力によって調節される。このような複

雑な回路を介して大脳皮質からの入力は統合処理され、目標の達成に必要な運動

は促進され、不必要な行動は抑制される。大脳基底核の間接路は運動を抑制する

働きを持つことから、反応抑制の制御に何らかの役割を果たしているのではない

かと近年注目を集めている。

大脳基底核の反応抑制への関与を調べた電気生理学的研究はラットを被験対

象としたものが中心的である(Mallet et al., 2016; Schmidt et al., 2013)。Mallet

らは、間接路の一部である淡蒼球外節のニューロンが反応抑制に関与しているこ

とを明らかにした。彼らは、ラットに stop signal 課題を訓練し、課題を実行して

いるラットの淡蒼球外節に存在する GABA 作動性ニューロンから神経活動を記録

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した。これらのニューロンは stop 刺激が呈示され、ラットが現在行おうとしてい

る運動を抑制する必要がある時に活動が上昇した。この活動の上昇は SSRT より

先立って起きていた。また別の研究では、直接路と間接路を共有する線条体と、

間接路の一部である視床下核、そしてこれらの領域から入力を受ける黒質網様部

の神経活動と反応抑制の関連が検証された(Schmidt et al., 2013)。Schmidt らは、

stop signal 課題を実行しているラットのこれらの領域から神経活動を記録した。

線条体のニューロンは運動の実行を指示する Go 刺激が呈示された時に活動を上

昇させ、視床下核のニューロンは運動の抑制を指示する Stop 刺激が呈示された時

に活動を上昇させた。そしてこれらの領域から信号を受け取る黒質網様部のニュ

ーロンは、反応抑制に成功した時には活動が上昇し、逆に抑制に失敗した時には

活動しなかった。黒質網様部は運動を抑制する働きを持つことが知られており、

上記の実験結果はこの知見と一致している。さらに、Schmidt らはモデルのシミ

ュレーションを行い、黒質網様部の神経活動は、線条体の神経活動と視床下核の

神経活動の競合(レース)の結果として説明することができることを明らかにし

た。線条体の活動が視床下核の活動に打ち勝った時には、黒質網様部の活動は線

条体によって抑制され、運動が実行される。逆に視床下核の活動が線条体の活動

に打ち勝った時には、黒質網様部の活動は視床下核によって興奮し、運動は抑制

される。この研究から、反応抑制が実行されるかどうかは、直接路と間接路の活

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動の間の競合の結果に依存していることが示唆される。

また、いくつかのヒトの研究からも、大脳基底核が反応抑制に関与している

ことが報告されている(Aron and Poldrack, 2006; Li et al., 2006; Jahfari et al.,

2011; Li et al., 2008)。ヒトの研究では主に、fMRI を使用して、特定の脳領域の

活動と反応抑制の関連が調べられている。Aron らは、ヒトを対象に stop signal

課題を行わせ、この時の脳活動を fMRI により計測した。その結果、線条体、淡蒼

球内節といった直接路に含まれる領域が Go 刺激に反応して運動を実行しようと

する時に活性化し、一方、ラットの研究でも報告されたように、間接路に含まれ

る視床下核が stop 刺激に反応して運動を抑制しようとする時に活性化した。さら

に、ラットの研究から得られた知見と同様に、ヒトの研究結果からも反応抑制が

実行されるかどうかは、直接路と間接路の活動の間の競合の結果に依存している

ことが示唆されている(Jahfari et al., 2011; Li et al., 2008)。ただ、fMRI を使用

した研究では、反応抑制と関連した特定の脳領域の活動変化を捉えることができ

るのに対して、その脳領域の神経細胞がどのような信号を保有し伝達しているの

かを捉えることができない。反応抑制の神経メカニズムを明確にし、ADHD、パ

ーキンソン病、統合失調症などでみられる反応抑制機能の障害、すなわち衝動的

行動の病態生理を解明するためには、ある領野の神経細胞が反応抑制の際にどの

ような信号を伝達し、その伝達先の領野の神経細胞が受け取った信号をどのよう

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に処理しているのかを検証する電気生理学的実験が極めて重要である。しかしな

がら、この手法は侵襲性であるため、倫理的な問題からヒトの代替としてヒトに

近縁で類似の脳構造を持つ実験動物を用いることが望ましい。そこで本研究では、

マカクザルを被験対象として電気生理学実験を実施し、反応抑制に関連した大脳

基底核の神経活動を検証する。

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図版

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図1. Race modelの概略図

Go process が Stop process より先に閾値に到達すると運動が引き起こされる(上側)。Go

process が閾値に到達するまでの時間は運動の潜時(Reaction time)と一致する。他方で、

Stop process が Go process より先に閾値に到達すると、サッケードはキャンセルされる(下

側)。Stop process が閾値に到達するまでの時間は stop-signal reaction time (SSRT)と呼

ばれる。

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図2. 大脳基底核回路:直接路と間接路

Str:線条体、GPi:淡蒼球内節、GPe:淡蒼球外節、STN:視床下核、Th:視床、DA:

黒質ドーパミンニューロン

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黒質-線条体ドーパミン神経系が反応抑制に果たす役割

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2.1 序論

前章では、前頭葉の複数の領野や大脳基底核の間接路が反応抑制の制御に関

与していることを説明した。これらの脳領域とは別に、臨床知見からもまた反応

抑制に関与する可能性のある脳領域が示唆されている。反応抑制の障害はドーパ

ミン神経系に異常が見られる精神・神経疾患(例えばパーキンソン病)において

しばしば観察される症状の1つである(Gauggel et al., 2004; Obeso et al., 2011)。

パーキンソン病はその運動疾患によって特徴づけられる一方で、パーキンソン病

患者は作業記憶や注意、そして反応抑制を含む多方面の実行機能に障害が見られ

ることが知られている(Nieoullon, 2002)。そして、これら患者では、大脳基底核

の間接路の一部である視床下核を標的として脳深部刺激療法を施すことで運動機

能の症状が改善されるだけでなく(Obeso et al., 2001)、反応抑制の障害も改善さ

れ(van den Wildenberg et al., 2006)、さらにこの時、前頭前野の反応抑制に関

わるとされる脳波が増強されることが報告されている(Swann et al., 2011)。こ

れらの研究はドーパミン神経系が、反応抑制を制御する前頭前野-大脳基底核回

路に関与していることを示唆している。間接路の起始ニューロンが分布する線条

体に放出されるドーパミンは、この回路の活動の調節に重要な役割を果たすこと

から (Gerfen and Surmeier, 2011; Kreitzer and Malenka, 2008)、ドーパミンが

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反応抑制に関与するという仮説は、間接路が反応抑制に関与しているという知見

と整合している(Jahfari et al., 2011; Li et al., 2008)。 しかしながら、ドーパミン

ニューロンは報酬に対して強く応答し、動機付けや強化学習にきわめて重要な役

割を果たすことが知られている一方で(Cohen et al., 2012; Kawagoe et al., 2004;

Montague et al., 1996; Morris et al., 2004; Nomoto et al., 2010; Satoh et al.,

2003; Schultz, 1998; Takakuwa et al., 2017; Wise, 2004)、ドーパミンがどのよう

に反応抑制機能を調節しているかについては明らかになっていない。

この問題にアプローチするため、本研究では線条体に伝達されるドーパミン

信号が反応抑制に果たす役割を検証する。検証のため、視覚刺激を用いた stop

signal 課題をマカクザルに訓練したのち、まず、課題遂行中のサルの中脳ドーパ

ミンニューロンと線条体ニューロンから神経活動を記録する。さらに薬理学的手

法を用いて線条体に伝達されるドーパミン信号を遮断し、ドーパミン神経伝達と

反応抑制との因果関係を解析する。

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2.2 実験手法

2.2.1 被験対象

本研究では被験動物として 2 頭のマカクザルを用い(Macaca mulatta; 個体

M, male, 8.6 kg; 個体 E, male, 10.2 kg)、給水制限を要する慢性実験、および侵

襲性の実験を行った。実験動物の飼養および実験上の処置については、「動物の愛

護及び管理に関する法律」をはじめとする関連法令、ならびに京都大学霊長類研

究所動物実験委員会が定める「サル類の飼育管理ガイドライン」、そして「筑波大

学動物実験取扱規定」を遵守して行った。本研究は、京都大学霊長類研究所動物

実験委員会ならびに筑波大学動物実験委員会において審査を受け、承認された上

で実施した。

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2.2.2 行動課題

行動課題のイベントとデータ保存は TEMPO system (Reflective Computing)

によって制御された。防音と電磁シールドが施された実験室の中でサルは専用の

チェアに座っており、その正面にコンピュータモニターを設置した。 サルの口元

にはチューブが設置されており、課題に成功するとチューブから報酬となるりん

ごジュースが滴下された。眼球の動きは赤外線カメラを使用した eye-tracking

system(Eyelink, SR research)で検出されており、500Hz の sampling rate で

記録された。

サルに行動課題として stop signal 課題を訓練した(図 1A)。 課題ではまず

モニター中央に固視点(0.5° diameter)が呈示され、サルはこれを固視するよう

に求められた。サルが固視を 800ms 維持すると、次に固視点が消失すると同時に

ターゲットとなる点(0.5° diameter)が固視点の左右どちらかにランダムに呈示

された(個体 M, 8° eccentricity; 個体 E, 10° eccentricity)。全体の試行の 70%で

は、サルはこのターゲットに対し 550ms 以内にサッケード(急速眼球運動)し、

ターゲットの固視を 500ms 維持することが求められた(no-stop signal 試行)。残

り 30%の試行では、ターゲットが呈示された一定時間後に中央の固視点が再呈示

された(stop signal 試行)。この点は stop signal と呼ばれ、この点が呈示される

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とサルは今まさに実行しようとしているサッケードをキャンセルし、stop signal

の固視を 600ms 維持することが求められた(canceled 試行)。課題に成功したこ

とは周波数 1 kHz の音によって知らせられ、音と同時に報酬のりんごジュースが

与えられた。stop signal 試行において、サルがサッケードをキャンセルすること

に失敗し、ターゲットに対し視線移動してしまった際には、stop signal とターゲ

ットが呈示された状態が 600ms 持続された。その後、それらの点が消失すると同

時に課題に失敗したことを知らせる周波数 100Hz のビープ音が呈示された

(non-canceled 試行)。課題に失敗した際には報酬は与えられなかった。stop

signal 試行において、ターゲットが呈示されてから stop signal が呈示されるまで

の一定時間は stop-signal delay と呼ばれる。単一ユニット記録実験では 4 つの

stop-signal delay(個体 M, 184-334 ms; 個体 E, 84-234 ms)を使用し、薬物

注入実験では6つの stop-signal delay(個体M, 167-334 ms; 個体E, 67-234 ms)

を使用した。各 stop signal 試行でどの stop-signal delay が使用されるかはランダ

ムに選択された。各試行は 2000~3000ms のインターバルを挟んで開始された。

さらに、コントロール実験としてサルに visually-guided saccade 課題を訓練

した。visually-guided saccade 課題の手続きやパラメーターは、この課題では stop

signal が呈示されることがない、という点を除けば stop signal 課題と同一であっ

た。

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2.2.3 電気生理実験

単一ユニット記録実験を行う前準備として、滅菌状態を保った手術室で麻酔下

のマカクザルに外科的措置を施し、サルの頭蓋骨に樹脂製のヘッドホルダーと2

つの記録用チャンバーを固定する手術を行った。まず頭蓋骨全体を覆うようにデ

ンタルセメントを接着し、プラスチック製ネジによって頭蓋骨に強固に固定した。

次にデンタルセメントの上にヘッドホルダーと記録用チャンバーを設置し、その

上からさらにデンタルセメントを塗付することで、ヘッドホルダーと記録用チャ

ンバーをデンタルセメント内に包埋、固定した。1 つの記録用チャンバーは前頭頭

頂葉上に、外側に 36°傾けた状態で設置し、黒質緻密部、腹側被蓋野を標的とす

るようにした。もう 1 つの記録用チャンバーは前頭頭頂葉の正中上に設置し、線

条体を標的とするようにした。手術後、サルの脳の MRI を撮像して、記録用チャ

ンバーと標的とする脳領域の位置関係を確認し、記録電極を脳に刺入する座標を

決定した。単一ユニット記録実験の直前には、記録用チャンバー内の頭蓋骨を削

って脳表面にある硬膜を露出させ、硬膜越しに脳に電極を刺入できるようにした。

単一ユニット記録実験は、抵抗値が 1.2~2.5 MΩのタングステン製の記録電

極(Frederick Haer)を使用して行った。記録電極そのもので硬膜を貫通すると、

電極の先端が曲がって正常な記録が行えないため、電極がぴったりと内部に入る

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ステンレス製のガイドチューブを使用し、ガイドチューブの先端で硬膜を貫通さ

せた。記録電極はガイドチューブの中を通って脳に刺入された。記録電極の動作

は油圧式マイクロマニピュレーター(MO-97-S, Narishige)で制御された。記録

座標の決定には、記録用チャンバーにピッタリとはまる蓋(グリッド)を使用し

た。グリッドには精密に 1mm 刻みに穴が開けられており、この穴にガイドチュー

ブを通すことで、正確に 1mm 毎に記録座標を変更することができた。

記録された電位変化はマルチチャンネルプロセッサ(MCP Plus 8, Alpha

Omega)を使用して増幅し、バンドパスフィルタにより必要な範囲の周波数

(100Hz~8 kHz)のみを抽出した。単一細胞由来の活動電位のソーティングには

リアルタイムスパイク検出システム(ASD, Alpha omega)を使用した。測定した

活動電位を保存する際の時間分解能は 1mm であった。

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2.2.4 薬物注入実験

すべての単一ユニット記録実験が終了した後、2頭のサルの線条体の尾状核に

対して、ドーパミン D2 受容体拮抗薬である haloperidol(5 μg/μl)またはドーパミ

ン D1 受容体拮抗薬である SCH23390(10 μg/μl)をそれぞれ片側注入した。注入

部位には、尾状核内でも特に stop signal 課題の単一ユニット記録実験時に、課題

に関連した活動を示したニューロンが見つかった領域を選択した(注入部位は図 7

参照)。 薬液は 30 ゲージの注射針を持つ 10 μl マイクロシリンジ(Hamilton)

を使用して、30 秒毎に 0.2 μl 注入する操作を 10 回繰り返し、合計 2 μl を注入し

た。それぞれの薬液の濃度は、サルを被験対象とした過去の研究に基づいて決定

した(Sawaguchi and Goldman-Rakic, 1994; Watanabe and Kimura, 1998)。ま

た、コントロール実験として同量の生理食塩水の片側注入も行なった。

薬物注入実験ではまず、注入前のコントロールとして stop signal 課題では 600

か 700 試行、visually-guided saccade 課題では 400 試行をサルに実行させた。そ

の後、事前に決定していた注入部位の座標に対し注入針を刺入し、haloperidol、

SCH23390 あるいは生理食塩水を注入した。薬液注入後は薬物を注入領域に浸透

させるためにサルを安静な状態で 10 分間放置し、その後また stop signal 課題で

は 600 か 700 試行、visually-guided saccade 課題では 400 試行をサルに実行させ

た。

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2.2.5 ヒストロジー

個体 M のすべての単一ユニット記録実験、薬物注入実験を完了した後、黒質

緻密部、尾状核それぞれの代表的な記録部位を選んでそれら領域に電極を刺入し、

電流を短時間流して組織に微小な損傷を与えた(12 μA の電流を 30 秒間)。その

後、個体 M にペントバルビタールを注射して深麻酔状態になったのを確認してか

ら、10%ホルムアルデヒドを用いて灌流固定を行った。取り出した脳は 30%スク

ロール液に浸し、スクロース置換を行った。その後、冠状断面で脳を薄切して50 μm

の厚さの脳切片を作成し、クレシルバイオレットで染色を行った。

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2.2.6 統計解析

stop-signal delay がサルのパフォーマンス(サッケードをキャンセルできる

か否か)にどのような影響を与えているかを評価するために、サルがサッケード

のキャンセルに失敗する試行(non-canceled 試行)の確率を各 stop-signal delay

について求め、下記のロジスティック関数で近似した。

1 1 ⁄

ここで、P は non-canceled 試行の確率、 k は傾き、x0はロジスティック曲線の

中点の x 座標の値を示している。

Stop process が閾値に到達するまでの時間である stop-signal reaction time

(SSRT)は、Race model(図 1B)と行動成績(図 2A, 2B)を用いて算出した。

SSRT の算出方法を以下に記述する。まず、各 stop-signal delay における、サッ

ケードのキャンセルに失敗した確率と(図 2A)、Go process が閾値に到達するま

での時間の分布を求めた(図 1B 下側)。この時間の分布は、no-stop signal 試行に

おけるサッケードの潜時(saccadic RT)の分布(図 2B)と一致する。stop signal

試行でも、サルはターゲットが呈示された時にサッケードをしようとするが、こ

の予定しているサッケードの潜時はno-stop signal試行の saccadic RTの分布に基

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づくと考えられる。Race model から、Stop process が閾値に到達する時間

(stop-signal delay + SSRT)より潜時が早いサッケードはキャンセルに失敗する

ので、サッケードのキャンセルに失敗する確率は、分布全体に対する灰色の領域

の割合に一致する。つまり、ある stop-signal delay でのサッケードのキャンセル

に失敗する確率(図 2A)が仮に 70%であったとき、灰色の領域の割合が 70%と

なる時間が、Stop process が閾値に到達する時間(stop-signal delay + SSRT)に

なる。この時間から stop-signal delay を引き算したものが、その stop-signal delay

における SSRT である。

具体的な計算方法を以下に記述する。まず no-stop signal 試行の saccadic RT

を早さの順に並べた。次にある stop-signal delay におけるサッケードのキャンセ

ルに失敗する確率と no-stop signal 試行の n 数を乗算した。例えばキャンセルに

失敗する確率が 70%、no-stop signal 試行の n 数が 100 だとすると、答えは 70

である。saccadic RT を早さの順に並べた時、70 番目の saccadic RT 以下の潜時

のサッケード(100 試行中 70 試行)はキャンセルに失敗する。この 70 番目の

saccadic RT から stop-signal delay を引き算したものが、その stop-signal delay

における SSRT である。それぞれの stop-signal delay について求めた SSRT を平

均したものを、その実験時の SSRT とした。

スパイク密度関数(SDF)を計算する際には、それぞれの活動電位を、下記

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に示すような単調増加する exponential関数と単調減少する exponential関数を組

み合わせた式に置き換え、SDF を計算した。この方程式はシナプス後電位を模倣

したものである。

1 ⁄ ∙ t

ここで、R(t) は時間 t の関数である発火率を、τg と τd は変数であり、τg は式の増

加フェーズの時定数を、τd は式の減少フェーズの時定数を表す。SDF を計算する

ため過去の研究でも同様の方程式が使用されている(Hanes et al., 1998)。τg と τd

の値は、過去の研究で得られた興奮性シナプスの電気生理学的特性に基づいて、

それぞれ 1ms と 20 ms に設定した(Mason et al., 1991; Sayer et al., 1990)。

記録したニューロンが眼球運動をキャンセルすることに関与しているかどう

かを判断するために、眼球運動をキャンセルすることができた試行(canceled 試

行)と、stop signal が出現せずターゲットに対し眼球運動をした試行(眼球運動

をキャンセルする必要がない試行)(no-stop signal 試行)の活動を比較した。ニ

ューロン活動が眼球運動のキャンセルに関与しているならば、眼球運動をキャン

セルする必要のない試行とキャンセルする必要がある試行で活動に差があると推

測できる。また、Race model によると、Stop process が Go process より先に閾値

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に到達した場合のみ、予定していた眼球運動がキャンセルされる。したがって、

no-stop signal 試行の活動を canceled 試行の活動と適切に比較するために、

no-stop signal 試行の中でも、十分に眼球運動の潜時が遅く(saccadic RT >

stop-signal delay + SSRT)、もし stop signal が出現したとしても眼球運動をキャ

ンセルできたであろう(Stop process が Go process よりも先に閾値に到達したで

あろう)試行を比較に使用した。このような試行は“latency-matched no-stop

signal trials” と呼ばれる(Hanes et al., 1998)。

上記の canceled試行と latency-matched no-stop signal試行の比較に加えて、

眼球をキャンセルできなかった試行(non-canceled 試行)と no-stop signal 試行

の活動の比較も行った。Race model によると、non-canceled 試行では Go process

が Stop process よりも先に閾値に到達するため眼球運動をキャンセルすることが

できない。したがって、no-stop signal 試行の活動を non-canceled 試行の活動と

適切に比較するに、no-stop signal 試行の中でも、十分に眼球運動の潜時が早く

(saccadic RT < stop-signal delay + SSRT)、もし stop signal が出現したとして

も眼球運動をキャンセルできなかったであろう(Go process が Stop process より

も先に閾値に到達したであろう)試行を比較対象として使用した。このような試

行も同様に“latency-matched no-stop signal trials”と呼ぶ。上記の 2 種類の比較

(canceled 試行と latency-matched no-stop signal 試行、non-canceled 試行と

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latency-matched no-stop signal 試行)をするために、canceled 試行、non-canceled

試行の活動を stop signal 呈示時刻に揃えるだけでなく、stop signal が出現しない

latency-matched no-stop signal 試行でも活動を stop signal 呈示時刻に揃えて計

算する必要があった。stop signal 呈示時刻に揃えた latency-matched no-stop

signal 試行の活動を計算するために、過去の研究でも使用された permutation test

を適用した(Mayse et al., 2015)。permutation test では、記録したそれぞれのニ

ューロンで、まず各 canceled 試行に対応した latency-matched no-stop singal 試

行(saccadic RT > stop-signal delay + SSRT)をランダムサンプリングして、

canceled 試行の試行数と同数の新しいデータセットを作成した。そして、各

canceled試行で使用された stop-signal delayを用いて、対応する latency-matched

no-stop signal 試行において stop signal が呈示されたであろう時刻(ターゲット

呈示時刻+stop-signal delay)を求め、その時刻に latency-matched no-stop signal

試行の活動を揃えた。この手法によって、canceled試行と latency-matched no-stop

signal 試行の活動を stop signal 呈示時刻に揃えて比較することができた。

それぞれのニューロンで、stop signal によって惹起された神経活動の時間的

変化を可視化するため、canceled 試行と latency-matched no-stop signal 試行の

発火率を用いて receiver operating characteristic (ROC) value を計算し、2 つの

試行間の発火率の差異を検出した。計算の際には、50 ms幅の test windowを10 ms

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ずつずらし ROC value を算出した。また canceled 試行と non-canceled 試行の発

火率の差異も見るために、canceled 試行と non-canceled 試行の発火率を用いて同

様に ROC value を算出した。

stop signal によって惹起されるドーパミンニューロンの活動変化を解析する

ため、stop signal 呈示後 80-190ms の区間の発火率をそれぞれのドーパミンニュ

ーロンで求め、canceled 試行と latency-matched no-stop signal 試行の発火率を

比較した。尾状核ニューロンでは、stop signal 呈示後 100-300ms の区間を使用し

て発火率を計算した。解析区間は、canceled 試行と latency-matched no-stop

signal 試行間で神経活動の変化が多く観察された時刻を含めるように選択した。

尾状核ニューロンは、stop signal に対する応答の違いに基づいて increase

type と decrease type という 2 種類のニューロンに分類した。分類する方法とし

てまず、それぞれの尾状核ニューロンで、120 ms の window を stop signal 呈示

時刻から 1 ms ずつずらしながら各 window の発火率を計算した。そして、20 個

の連続した window のうち 初の 1 個を含めた 19 個以上の window で、canceled

試行のほうが latency-matched no-stop signal 試行より発火率が有意に高い場合

は、このニューロンは有意に活動が上昇しているとして increase-type、有意に低

い場合は、有意に活動が減少しているとして decrease-type と分類した(P < 0.05,

Wilcoxon rank-sum test)。尾状核ニューロンのうち、活動が非常に弱いにもかか

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わらず有意差を示したニューロンを分類から除くため、各 window の canceled 試

行、 latency-matched no-stop signal 試行の発火率がともに 2 spikes/s 以下であ

る尾状核ニューロンは解析から除いた。これらの解析はターゲットが記録半球と

同側に呈示された場合と反対側に呈示された場合で分けて解析をした。ポピュレ

ーションの解析では、それぞれのニューロンで canceled 試行、latency-matched

no-stop signal 試行の活動を比較して、同側と反対側の両方で有意な活動の変化が

示された場合は、そのニューロンの同側、反対側のデータを 1 つに統合して解析

に使用した(P < 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。あるいは、同側、反対側どちら

か一方で有意な活動の変化が示された場合は、その条件のみのデータを解析に使

用した。

stop signal によって惹起された神経活動の変化が SSRT よりも早く起こった

かどうかを検証するために、SSRT に時刻を揃えた神経活動の潜時を計算した。

canceled 試行と latency-matched no-stop signal 試行の SDF の差を計算して、こ

の差が 2SD より大きくなり、かつ、その後その状態が 250 ms 続く時刻を潜時と

定義し、潜時を算出した。ポピュレーションレベルで潜時を求める場合には、各

ニューロンの SDF の平均値を使用して潜時を計算し、個々のニューロンレベルで

潜時を求める場合には個々のニューロンの SDF を使用して潜時を計算した。

stop signal によって惹起された活動変化と stop-signal delay の間の相関関係

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を検証する際には、 も長い stop-signal delay(SSD4)のデータは解析に含めな

かった。SSD4 では、サルはほとんどの試行で眼球運動をキャンセルすることに失

敗し、結果として canceled 試行の数が少ないため、統計学的に充分なデータ数を

集めることが困難であった。

ドーパミン D1、D2 受容体拮抗薬が眼球運動をキャンセルする能力に与える

影響を評価するため、それぞれの薬物注入実験において、眼球運動のキャンセル

に失敗する確率(non-canceled 試行の確率)が 50%になる stop-signal delay の値

を、近似したロジスティック曲線から算出し注入前後で比較した(図 10A の ΔZ)。

また、SSRTと saccadic RTも算出し注入前後で比較した(ΔSSRT、Δsaccadic RT)。

個々の薬物注入実験において、キャンセルに失敗する確率が 50%になる

stop-signal delay 値または SSRT に対して薬物注入が与える効果の有意性を判定

するため、ブートストラップ法を適用した。ブートストラップ法では、まず stop

signal 試行のデータセットから、重複を許して元データセットの試行数だけ試行

を抽出し、新しいデーセットを作成するという再標本化を行った。この新しいデ

ータセットを使用して、キャンセルに失敗する確率が 50%になる stop-signal

delay 値または SSRT を算出して注入前後で比較した。このような再標本化と比較

の操作を 1000 回繰り返し実行した。もし 1000 回の再標本化のうち 975 回より多

くで、注入後の stop-signal delay 値あるいは SSRT が注入前のものより大きい(小

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さい)場合には、注入前後で有意差があると判定した。

すべての数学的解析は MATLAB(MathWorks)を使用して行った。

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2.3 実験結果

2.3.1 stop signal 課題とサルの行動成績

2 頭のマカクザル(個体 M, E)に、反応抑制の能力を測定する際にヒトの患

者や霊長類動物モデルで広く使用されている stop signal 課題を訓練した(図 1A,

Hanes and Carpenter, 1999; Hanes and Schall, 1995; Thakkar et al., 2011)。課

題では、まず画面の中央に固視点が呈示される。サルが固視点を注視すると、次

に固視点が消失し、固視点の左右どちらかにターゲットが呈示される。全体の 70%

を占める no-stop signal 試行では、サルはこのターゲットに対しサッケード(急速

眼球運動)する必要がある。残り 30%の stop signal 試行では、ターゲットが呈示

された直後に中央の固視点が再呈示される。この点は stop signal であり、stop

signal が出現した時、サルは今まさに実行しようとしているサッケードをキャン

セル(抑制)する必要がある。 ターゲット呈示から stop signal 呈示までの時間

である stop-signal delay は個体 M では 184-334 ms まで 50 ms 刻みに、個体 E

では 84-234 ms まで 50 ms 刻みに設定した。

図 2A は、stop signal 試行でサッケードのキャンセルに失敗した確率

(non-canceled 試行の確率)を各 stop-signal delay で求めた図である。各データ

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はロジスティック関数で近似される(個体 M, R2 = 0.78, P < 1.0 × 10-5, n = 141

sessions; 個体 E, R2 = 0.77, P < 1.0 × 10-5, n = 100 sessions, F test)。stop-signal

delay が短いときは、キャンセルに失敗する確率が低い、つまりサッケードをキャ

ンセルする成功率が高かった。一方で、stop-signal delay が長くなるほど、キャ

ンセルに失敗する確率は高くなる、つまりサッケードをキャンセルする成功率は

低くなっていた。この結果は stop-signal delay が長くなるほどサッケードをキャ

ンセルすることが困難になることを示している。

また、Race model に基づいて、各単一ユニット記録実験時に記録したサルの

行動成績のデータからSSRTを算出した(個体M, mean ± SD = 89.8 ± 18.3 ms; 個

体 E, 112.6 ± 16.9 ms)(図 2C)。

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2.3.2 stop signal に対するドーパミンニューロンの応答

まずサルが stop signal 課題を実行している間に、黒質緻密部や腹側被蓋野に

存在する 76 個のドーパミンニューロン(個体 M, 40 個; 個体 E, 36 個)から単一

ユニット記録により神経活動を記録した。近年の電気生理学的研究から、ドーパ

ミンニューロンは報酬に対して応答を示すだけでなく、新規な刺激や salient な刺

激、あるいは嫌悪刺激にさえ応答を示すことが報告されている(Brischoux et al.,

2009; Bromberg-Martin et al., 2010; Horvitz, 2000; Joshua et al., 2008;

Matsumoto et al., 2016; Matsumoto, 2015; Redgrave and Gurney, 2006; Schultz,

2010)。そこで今回私は、反応抑制という認知機能の実行を求める刺激である stop

signal に対して、ドーパミンニューロンがどのような応答を示すのかを検証した。

単一ユニット記録の際には、よく知られているドーパミンニューロンの電気生理

学的な判定基準:(1)発火率約 5Hz という低い発火率を示すこと、(2)黒質緻密

部と隣り合う領域である黒質網様部のニューロンとは明確に異なる、幅広な波形

を持つこと(図 3)、(3)予期せぬ報酬に対して一過的に発火率が上昇すること、

に従ってドーパミンニューロンを同定した。

あるドーパミンニューロンは、stop signal が呈示された時に活動が上昇した

(図 4A)。この活動の上昇はサルがサッケードをキャンセルすることに成功した

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時(canceled 試行)に強くなり、キャンセルすることに失敗した時(non-canceled

試行)には弱くなった。 活動の上昇は、予定していたサッケードの方向(サッケ

ードの方向が記録半球と同側か反対側か)に関係なく観察された。ドーパミンニ

ューロンがサッケードのキャンセルに関与しているかどうかを明らかにするため、

サッケードを正しくキャンセルすることができた試行(canceled 試行)と、stop

signal が出現せずサッケードをキャンセルする必要がない試行(latency-matched

no-stop signal 試行)の活動を比較した(詳細は実験手法の項を参照)。 図 4B は、

これら 2 種類の試行間にある活動の差異を表す receiver operating characteristic

(ROC) value を、記録したすべてのドーパミンニューロンについて示した図である。

一部のドーパミンニューロンが、canceled 試行において stop signal 呈示時に活動

の上昇を示していた。この活動上昇は同側、反対側の両方で同様に観察された。

canceled 試行と latency-matched no-stop signal 試行の活動を比較した時に、

同側と反対側のうち少なくとも 1 つの条件で活動に有意差があるかを解析したと

ころ、76 個のドーパミンニューロンのうち、28 個のドーパミンニューロンで

canceled 試行において有意に活動が上昇していた(同側, 22 個; 反対側, 16 個; 両

側, 10 個; P < 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。有意な活動上昇を示したドーパミ

ンニューロンの割合に同側と反対側で有意差はなかった(P = 0.32, chi square

test)。図 5A は、これら 28 個のドーパミンニューロンの平均応答を、同側と反対

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側のデータを 1 つに統合して示した図である(詳細は実験手法の項を参照)。前述

したように、SSRT は、サッケードをキャンセルするのに要する時間、つまり反応

抑制のプロセスが終了する時間である。したがって、もし今回観察されたドーパ

ミンニューロンの活動がサッケードをキャンセルするプロセスに関与しているな

らば、この stop signal に対する活動上昇は SSRT よりも前に引き起こされている

と予想される。図 5B は SSRT に活動を揃えたときの、ドーパミンニューロンの平

均活動を示した図である。解析により潜時を算出したところ、ポピュレーション

レベルでのドーパミンニューロンの活動上昇は SSRT よりも 12 ms 先立つことが

示された。しかしながら、個々のニューロンレベルで同様の解析を行ったところ、

少数のドーパミンニューロンでしか SSRT に先立つ活動上昇は観察されなかった

(図 5C)。

次に、stop signal により惹起されるドーパミンニューロンの活動上昇を

stop-signal delay 毎に解析したところ、stop-signal delay が長くなるほど活動が

増強される傾向が観察された(図 5D)。さらに、この活動上昇と stop-signal delay

の間の相関係数を個々のドーパミンニューロンで算出したところ、相関係数の分

布は有意に正に偏よっていた(r, mean ± SD = 0.16 ± 0.19, P = 3.2 × 10-4, n = 28,

Wilcoxon signed-rank test)(図 5E)。 これらの結果から stop-signal delay が長

くなるほどドーパミンニューロンの活動上昇が増強されることが示された。さら

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に、canceled 試行と non-canceled 試行の活動を比較したところ、ドーパミンニュ

ーロンの活動は、サッケードをキャンセルできたか否かにも依存して変化してい

た(図 5F)。ドーパミンニューロンの活動は stop-signal delay の長さによっても

変化するため(図 5D, 5E)、canceled 試行と non-canceled 試行の活動を比較する

際には、この stop-signal delay の効果を排除するために、特定の stop-signal delay

の試行の活動に限定して解析を行った(3番目の stop-signal delay を使用。個体

M, 284ms; 個体 E, 184 ms)。この stop-signal delay ではサッケードをキャンセル

できるか否かが約 50%の確率であったため(図2A)、canceled試行とnon-canceled

試行を比較するのに十分なデータを収集することができた。ポピュレーションレ

ベルでみたとき、stop signal に対する活動上昇は canceled 試行で non-canceled

試行よりも有意に強かった(canceled 試行, mean ± SD = 12.7 ± 7.4 spikes/s;

non-canceled 試行, mean ± SD = 7.6 ± 6.4 spikes/s; P = 2.1 × 10-4, n = 28,

Wilcoxon signed-rank test)。また、解析に使用できる試行数が少ないにも関わら

ず、個々のニューロンレベルでさえ、canceled 試行での活動が non-canceled 試行

よりも有意に強いニューロンが 28 個中 6 個存在した(P < 0.05, Wilcoxon

rank-sum test)(個々のドーパミンニューロンの活動変化については図 4C 参照)。

これらの結果は、stop signal により惹起されるドーパミンニューロンの活動が、

サッケードをキャンセルできるか否かというパフォーマンスと相関していること

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を示している。

canceled試行とnon-canceled試行の神経活動に差があることから示されたよ

うに、stop signal によるドーパミンニューロンの活動上昇は、サルのパフォーマ

ンス(サッケードをキャンセルできるか否か)と相関していた。しかしながら、

non-canceled 試行の活動を latency-matched no-stop signal 試行と比較してみた

ところ、canceled 試行と同様に non-canceled 試行においてさえ、stop signal に対

して活動が弱くはあるが有意に上昇していた(non-canceled 試行, mean ± SD =

7.6 ± 6.4 spikes/s; latency-matched no-stop signal 試行, mean ± SD = 4.8 ± 3.7

spikes/s; P = 0.017, n = 28, Wilcoxon signed-rank test)(図 5G)。したがって、

サルがサッケードをキャンセルできなかった場合でさえ、ドーパミンニューロン

は stop signal に応答していた。このことは、ドーパミンニューロンの活動上昇が

サルのパフォーマンスを単純に反映している訳ではないことを示唆している。

過去のサルを被験対象とした研究から、黒質緻密部、腹側被蓋野に存在する

ドーパミンニューロンは、領域毎に異なる情報を伝達していることが報告されて

きた(Matsumoto and Hikosaka, 2009; Matsumoto and Takada, 2013)。これら

の研究によると、ドーパミンニューロンの中でも、黒質緻密部の腹内側部と腹側

被蓋野に存在するドーパミンニューロンは「報酬予測誤差」と呼ばれる報酬に関

連した情報を伝達しているのに対して、黒質緻密部の背外側部に存在するドーパ

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ミンニューロンは salience に関係した情報を伝達している。これらの研究と同様

に、今回の研究でも黒質緻密部と腹側被蓋野に存在するドーパミンニューロンが

stop signal に対して一様に活動上昇を示すわけではないことが発見された。stop

signal に対して応答を示すドーパミンニューロンは主に黒質緻密部の背外側部で

観察された(図 6A)。この領域間の局在を統計学的に検証するため、stop signal

に対する応答の強さと記録部位の深さの相関関係を求めた(図 6B)。このとき、stop

signal に対する応答の強さと記録部位の深さの間に有意な負の相関がみられた(r

= -0.45, P = 3.8 × 10-5, n = 76)。さらに、記録部位の深さをもとに、記録したドー

パミンニューロンを浅い領域のドーパミンニューロンと深い領域のドーパミンニ

ューロンの2つのグループに分割した。図 6C は浅い領域と深い領域のグループ双

方の平均活動を示した図である。平均で、浅い領域のグループの活動が深い領域

のグループより有意に強かった(浅い領域のグループ, mean ± SD = 7.4 ± 4.8

spikes/s, n = 38; 深い領域のグループ, mean ± SD = 4.6 ± 3.7 spikes/s, n = 38; P

= 6.9 × 10-4, Wilcoxon rank-sum test)(図 6D)。これらの結果は、ドーパミンニ

ューロンの中でも、一部の領域に存在するドーパミンニューロンがサッケードを

キャンセルするプロセスに関与していることを示唆している。

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2.3.3 stop signal に対する尾状核ニューロンの応答

ここまでの実験結果から、特に黒質緻密部の背外側部に存在するドーパミン

ニューロンが、サッケードをキャンセルするプロセスのトリガーとなる stop

signal に対して活動上昇を示すこと、さらにこの活動上昇がサッケードをキャン

セルできるか否かというパフォーマンスと相関していることが発見された。この

ドーパミンニューロンの活動が大脳基底核回路の中で果たす役割を検証するため、

次に、黒質緻密部背外側部から豊富なドーパミン入力を受ける線条体の尾状核

(Haber et al., 2000)に着目し、サルがサッケードのキャンセルを求められた時

に尾状核がどのような情報を伝達しているのかを調べた。単一ユニット記録によ

り、尾状核から 165 個のニューロンの活動を記録した(個体 M, 101 個; 個体 E, 64

個)(図 7)。記録部位には、尾状核の中でも、サッケードのキャンセルに関連した

領域である前頭眼野や補足眼野から豊富な入力を受ける領域を選択した

(Parthasarathy et al., 1992)。

ドーパミンニューロンで解析したのと同様に、サッケードを正しくキャンセ

ルすることができた canceled試行と stop signalが出現せずサッケードをキャンセ

ルする必要がない latency-matched no-stop signal 試行の活動を比較した。すると、

ドーパミンニューロンでも観察されたように、stop signal が呈示された時、複数

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の尾状核ニューロンが canceled 試行で強い活動上昇を示していた(尾状核ニュー

ロンの代表的な応答例は図 8A、記録したすべての尾状核ニューロンの応答は図

8C)。ドーパミンニューロンと違い、その他の複数の尾状核ニューロンでは

latency-matched no-stop signal 試行と比較した時に canceled 試行の活動がむし

ろ減少していた(図 8B は代表的な応答例)。これらの尾状核ニューロンの応答は

しばしば、予定していたサッケードの方向(サッケードの方向が記録半球と同側

か反対側か)の影響を受けていた。

canceled 試行と latency-matched no-stop signal 試行の活動を比較した時に、

同側と反対側のうち少なくとも 1 つの条件で活動に有意差があるかを解析したと

ころ、165 個の尾状核ニューロンのうち、59 個の尾状核ニューロンで canceled 試

行において有意に活動が上昇していた(同側, 39 個; 反対側, 32 個; 両側, 12 個; P

< 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。これ以降は、このタイプの尾状核ニューロンを

increase type と分類する。逆に、74 個の尾状核ニューロンでは canceled 試行に

おいて有意に活動が減少していた(同側, 31 個; 反対側, 53 個; 両側, 10 個; P <

0.05, Wilcoxon rank-sum test)。これ以降、このタイプの尾状核ニューロンは

decrease type と分類する。increase type ニューロンの割合には、同側と反対側で

有意差はなかった(P = 0.39, chi square test)。これに対して、decrease type ニ

ューロンの割合は、同側よりも反対側のほうが有意に大きかった(P = 0.009, chi

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square test)。このことは、サルが記録半球と同側ではなく特に反対側にサッケー

ドする時に、decrease type の尾状核ニューロンは活動を上昇させることを示して

おり、この結果は過去の知見と一致している(Hikosaka et al., 1989; Takikawa et

al., 2002)。これに対して、increase type の尾状核ニューロンは、サッケードの方

向に関わらず、キャンセルに成功した時に強く活動を上昇させていた。

図 9A は increase type(上側)と decrease type(下側)の尾状核ニューロン

の平均応答を、同側と反対側のデータを 1 つに統合して示した図である(詳細は

実験手法の項を参照)。ポピュレーションレベルでは、stop signal によって惹起さ

れる increase type ニューロンの活動変化は SSRT に 7ms 先立っていたが(図 9B

上側)、個々のニューロンレベルでは少数の尾状核ニューロンでしか SSRT に先立

つ活動変化は観察されなかった(図 9C 上側)。他方で、decrease type のニューロ

ンの活動変化はポピュレーションレベルでさえ SSRT に遅れて起きていた(図 9B

下側。個々のニューロンの潜時は図 9C 下側)。stop signal に対する increase type

のニューロンの活動上昇は、ドーパミンニューロンと同様に、stop-signal delay

が長くなるほど増強されたが(活動変化と stop-signal delay間の相関係数, mean ±

SD = 0.12 ± 0.22, P = 1.2 × 10-4, n = 59, Wilcoxon signed-rank test)(図 9D, E 上

側)、他方で decrease type のニューロンの活動減少は stop-signal delay の影響を

受けなかった(活動変化と stop-signal delay 間の相関係数, mean ± SD = 0.025 ±

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0.27, P = 0.38, n = 74, Wilcoxon signed-rank test) (図 9D, E 下側)。注目すべきこ

とに、canceled 試行と non-canceled 試行の活動を比較したところ、increase type

のニューロンは canceled 試行で有意に活動が強く(canceled 試行, mean ± SD =

8.7 ± 5.9 spikes/s; non-canceled 試行, mean ± SD = 6.1 ± 7.3 spikes/s; P = 7.5 ×

10-3, n = 59, Wilcoxon signed-rank test)(図 9F 上側。個々のニューロンの活動変

化については図 8D 参照)、他方で decrease type のニューロンは non-canceled 試

行で有意に活動が強かった(canceled 試行, mean ± SD = 4.5 ± 5.7 spikes/s;

non-canceled 試行, mean ± SD = 6.3 ± 7.4 spikes/s; P = 6.8 × 10-3, n = 74,

Wilcoxon signed-rank test)(図 9F 下側。個々のニューロンのデータについては

図 8D 参照)。これらの結果は、両タイプの尾状核ニューロンの活動が共に、サッ

ケードをキャンセルできるか否かというパフォーマンスと相関していることを示

している。

non-canceled 試行と latency-matched no-stop signal 試行の活動を比較して

みたところ、ドーパミンニューロンでも観察されたように、increase type のニュ

ーロンでは non-canceled 試行の stop signal に対する活動が弱くはあるが有意に

上昇していた( non-canceled 試行 , mean ± SD = 6.1 ± 7.3 spikes/s;

latency-matched no-stop signal 試行, mean ± SD = 3.8 ± 5.1 spikes/s; P = 1.1 ×

10-3, n = 59, Wilcoxon signed-rank test)(図 9G 上側)。したがって、サルがサッ

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ケードをキャンセルできなかった場合でさえ、increase type のニューロンは stop

signal に応答していた。他方で、decrease type の尾状核ニューロンでは、

non-canceled 試行と latency-matched no-stop signal 試行の間に活動の差は観察

されなかった( non-canceled 試行 , mean ± SD = 6.3 ± 7.4 spikes/s;

latency-matched no-stop signal 試行, mean ± SD = 7.5 ± 7.4 spikes/s; P = 0.051,

n = 74, Wilcoxon signed-rank test)(図 9G 下側)。これらの実験結果は、decrease

type の尾状核ニューロンの活動は、サルがサッケードを実行したかそれともキャ

ンセルしたかを単純に反映しているのに対して、increase type の尾状核ニューロ

ンの活動はサルのパフォーマンスを単純に反映している訳ではないということを

示唆している。

以上の実験結果から、尾状核ニューロンの中でも特に increase type のニュー

ロンがドーパミンニューロンと同様の電気生理学的特性を持つことが分かった。

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2.3.4 薬理学的手法を用いた尾状核へのドーパミン伝達の阻害

ここまでの研究結果から、特に黒質緻密部背外側に存在するドーパミンニュ

ーロンが stop signal に対して応答することが明らかになった。また、このドーパ

ミン信号を受け取る尾状核ニューロンの一部もまた、特にサッケードをキャンセ

ルすることに成功した時に stop signal に対して強く応答することが明らかとなっ

た。そこで次に私は、尾状核へ伝達されるドーパミン信号がサッケードのキャン

セル(反応抑制)と因果関係を持つかどうかを検証するため、ドーパミン D1 受容

体拮抗薬である SCH23390、またはドーパミン D2 受容体拮抗薬である

haloperidol を尾状核に局所注入した。SCH23390 の注入実験は個体 M で 4 回、

個体 E で 8 回実施し、haloperidol の注入実験は個体 M で 6 回、個体 E で 8 回実

施した。薬物注入は片側半球に対して行った(注入部位は図 7 参照)。

図 10A 上側は、D2 受容体拮抗薬を局所注入した実験における代表的な実験結

果を示した図である。薬物注入前と比較して、注入後にサルはサッケードのキャ

ンセルをより頻繁に失敗するようになった。一般的に、尾状核は反対側に向かう

サッケードを調節していると言われている。しかしながら、特筆すべきことに今

回観察された D2 受容体拮抗薬の効果は、注入を行った半球と同側のサッケードを

キャンセルする場合にのみ観察され、反対側のサッケードをキャンセルする場合

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には観察されなかった。また、D1 受容体拮抗薬の注入実験でも同様に、同側での

みサッケードをキャンセルする能力が障害されることが観察された(図 10A 下側)。

D1、D2 受容体拮抗薬がサッケードをキャンセルする能力に与える影響を統計学的

に分析するため、サッケードのキャンセルに失敗する確率(non-canceled 試行の

確率)が 50%になる stop-signal delay の値を注入前後で比較して差を求めた(図

10A の ΔZ)。図 10A では、D1、D2 受容体拮抗薬注入の両方で、キャンセルに失

敗する確率が 50%になる stop-signal delay 値が注入後に有意に減少していた(D1

受容体拮抗薬, ΔZ = -56.7 ms, P < 0.002; D2 受容体拮抗薬, ΔZ = -59.2 ms, P =

0.002; bootstrap test with 1,000 repetitions)。

ポピュレーションレベルでも、D1、D2 受容体拮抗薬の注入の両方で同側の

stop-signal delay 値が有意に減少していたが(D1 受容体拮抗薬, ΔZ, mean ± SD =

-68.1 ± 57.1 ms, P = 2.4 × 10-3, n = 12; D2 受容体拮抗薬, ΔZ, mean ± SD = -59.6 ±

34.4 ms, P = 1.2 × 10-4, n = 14; Wilcoxon signed-rank test)、他方で反対側では有

意な差は観察されなかった(D1 受容体拮抗薬, ΔZ, mean ± SD = 14.5 ± 54.8 ms, P

= 0.68, n = 12; D2 受容体拮抗薬, ΔZ, mean ± SD = 5.9 ± 20.9 ms, P = 0.46, n = 14;

Wilcoxon signed-rank test)(図 10B, C 上側)。このとき、同側でも反対側でもロ

ジスティック関数の傾きに注入前後で変化はみられなかった(図 10B, C 下側)。

他方で、コントロールとして同量の生理食塩水を尾状核の同様の領域に注入する

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実験を行ったところ、注入前後でキャンセルに失敗する確率が 50%になる

stop-signal delay 値の変化は観察されなかった(図 11A, 11B)。これらの実験結果

から、D1 受容体を介したドーパミン神経伝達を阻害しても、D2 受容体を介した

ドーパミン神経伝達を阻害しても、どちらも同様にサッケードをキャンセルする

能力が障害されることが示された。

反応抑制の能力は、運動をキャンセルするのに要する時間である SSRT に大

きく依存している。したがって次に、D1、D2 受容体拮抗薬が SSRT に与える影

響を分析した。前述した Race model(図 2B)に基づいて SSRT を注入実験ごと

に算出し、注入前後で比較して差を求めた。ポピュレーションレベルでは、D2 受

容体拮抗薬の注入によって、同側の SSRT が注入後に有意に遅くなっていたのに

対して(ΔSSRT, mean ± SD = 20.5 ± 18.2 ms, P = 2.3 × 10-3, n = 14; Wilcoxon

signed-rank test)、反対側では有意な変化はなかった(ΔSSRT, mean ± SD = -7.6

± 15.8 ms, P = 0.12, n = 14; Wilcoxon signed-rank test)(図 12A 上側)。他方で、

D1 受容体拮抗薬の注入では、同側でも(ΔSSRT, mean ± SD = 6.4 ± 23.1 ms, P =

0.34, n = 12; Wilcoxon signed-rank test)反対側でも(ΔSSRT, mean ± SD = -2.5

± 21.6 ms, P = 0.85, n = 12; Wilcoxon signed-rank test)注入前後の SSRT に有意

な変化はみられなかった。

D2 受容体拮抗薬による同側の SSRT の増加は、サッケードをキャンセルする

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能力が同側だけで障害された結果とよく一致する。しかしながら、D1 受容体拮抗

薬では SSRT に変化がなかったにも関わらず反応抑制の能力が障害されていたこ

とから、SSRT の変化だけではなぜ反応抑制の能力が障害されたのかを説明するこ

とができない。過去の研究からは、運動を抑制できるかどうかは運動の潜時の影

響も受けることが報告されている(Emeric et al., 2007; Stuphorn and Schall,

2006)。動物が行動を早く起こそうとすればするほど、途中でその行動を抑制する

ことは困難になる。そこで次に、D1、D2 受容体拮抗薬がサッケードの潜時

(saccadic RT)に与える影響を分析した。ポピュレーションレベルで、D1、D2

受容体拮抗薬で共に、同側の saccadic RT が有意に減少していたが(D1 受容体拮

抗薬, Δsaccadic RT, mean ± SD = -45.8 ± 36.6 ms, P = 1.5 × 10-3, n = 12; D2 受容

体拮抗薬, Δsaccadic RT, mean ± SD = -36.6 ± 26.1 ms, P = 1.2 × 10-4, n = 14;

Wilcoxon signed-rank test)、一方で反対側の saccadic RT は注入前後で変化がみ

られなかった(D1 受容体拮抗薬, Δsaccadic RT, mean ± SD = 10.7 ± 34.2 ms, P =

0.30, n = 12; D2 受容体拮抗薬, Δsaccadic RT, mean ± SD = 2.5 ± 15.2 ms, P =

0.63, n = 14; Wilcoxon signed-rank test)(図 12A 下側)。これらの実験結果から、

D2 受容体拮抗薬は SSRT と saccadic RT の両方に影響を与えることでサッケード

をキャンセルする能力を障害するのに対し、D1 受容体拮抗薬は saccadic RT にの

み影響を与えることで反応抑制の能力を障害していることが示された。

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stop signal 課題では前述の通り、D1、D2 受容体拮抗薬の注入により saccadic

RT の減少が観察された。これらの薬物注入の効果がサッケードのキャンセルが求

められる状況でのみ観察されるものなのか、それとも一般的に観察されるものな

のかを検証するため、 後に、サルに visually-guided saccade 課題を実行させ、

この時ドーパミン受容体拮抗薬がサッケードに与える影響を分析した(図 12B)。

visually-guided saccade 課題では、stop signal が呈示されることはなく、サッケ

ードのキャンセルが求められることがない(詳細は実験手法の項を参照)。このと

き、stop signal 課題で観察されたのと同様に、D1 受容体拮抗薬によって同側の

saccadic RT が有意に減少した(Δsaccadic RT, mean ± SD = -20.2 ± 13.2 ms, P =

0.031, n = 6; Wilcoxon signed-rank test)。しかしながら、特筆すべきことに D2

受容体拮抗薬の注入では、同側の saccadic RT への影響は観察されなかった

(Δsaccadic RT, mean ± SD = -2.8 ± 8.3 ms, P = 0.46, n = 8; Wilcoxon

signed-rank test)。したがって、D2 受容体拮抗薬が同側の saccadic RT に与える

影響は、サルがサッケードをキャンセルする必要のある文脈でのみ観察されると

考えられる。一方で、反対側の saccadic RT は D1、D2 受容体拮抗薬の両方で有

意に増加しており(D1 受容体拮抗薬, Δsaccadic RT, mean ± SD = 46.8 ± 32.8 ms,

P = 0.031, n = 6; D2 受容体拮抗薬, Δsaccadic RT, mean ± SD = 15.8 ± 9.5 ms, P =

0.016, n = 8; Wilcoxon signed-rank test)、これらは stop signal 課題では観察され

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ない効果であった。

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2.4 考察

本研究では、サルがサッケードのキャンセルを求められた時に、腹側中脳の

中でも特定の領域に存在するドーパミンニューロンと、この領域から豊富なドー

パミン入力を受けている尾状核のニューロンが共に応答を示すことが明らかにな

った。これらの神経活動は、サッケードをキャンセルできたか否かというパフォ

ーマンスと相関していた。また、ドーパミン D1、D2 受容体拮抗薬の注入実験か

らは、尾状核へのドーパミン神経伝達とサッケードをキャンセルする能力の間に

ある因果関係が明らかになった。

特筆すべきことに、stop signal に対し応答を示すドーパミンニューロンは主

に黒質緻密部の背外側部に分布していた。ドーパミンニューロンは報酬予測誤差

と呼ばれる、報酬に関連した信号を伝達していることでよく知られているが、近

年のサルの研究では、黒質緻密部背外側のドーパミンニューロンは報酬よりもむ

しろ salience に関連した信号を伝達していることが報告されている(Matsumoto

and Hikosaka, 2009; Matsumoto and Takada, 2013)。この領域のドーパミンニ

ューロンは、salience に関連した信号を伝達するニューロンが見つかり(McPeek

and Keller, 2002; Shen and Pare, 2014; White et al., 2017)、かつ、本研究と同様

にサルの stop signal 課題実験で stop signal に応答するニューロンが見つかった

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(Paré and Hanes, 2003)上丘からの神経入力を受けている。stop signal に応答

を示すドーパミンニューロンの分布は、salience に関連した信号を伝達しているド

ーパミンニューロンの分布と重なるため、stop signal により惹起される活動は

stop signal の salience を反映していると考えられる。stop signal 課題において、

stop signal は被験対象に運動の抑制を要求する、非常に salience の高い刺激であ

る。ドーパミンニューロンの活動が stop-signal delay が長くなるほど強くなった

ことも、この考えを支持している。行動成績からは、stop-signal delay が長くな

るほど眼球運動を抑制することがより困難になることが示されている。そして反

応抑制が困難な状況ほど、stop signal はより高い salience を持つと考えられる。

加えて、stop signal に応答するドーパミンニューロンは、stop signal 課題におい

て試行が始まることを予告し、そのため高い salience を持つ刺激である固視点に

対しても同様に活動を示す傾向が認められた(図 13A, B)。他方で、stop signal

は、呈示された時に眼球運動を抑制することができれば報酬を獲得できるため、

報酬を予告する刺激であると考えることもできる。このことから、ドーパミンニ

ューロンの活動は stop signal が持つ salience の情報ではなく、報酬の情報を反映

しているのではないかと考えることも可能である。しかしながら、stop-signal

delay が長くなるほど、サルがより頻繁にサッケードのキャンセルに失敗する、つ

まり報酬を獲得する確率が減少するにも関わらず、ドーパミンニューロンの活動

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は増大していた。以上のことから、黒質-線条体ドーパミン神経系は stop signal

の salience の情報を伝達することで、眼球運動の抑制に関与していると示唆され

る。

ここで、このドーパミンニューロンの活動は眼球運動の抑制のプロセスにど

のように関与しているだろうか?Race model から、ドーパミンニューロンの活動

が運動を抑制するプロセス(Stop process)に関係しているとすると、この活動は

SSRT に先立って始まっていなければならない。本研究では、ポピュレーションレ

ベルではドーパミンニューロンの活動の潜時は SSRT より 12ms 先立っているこ

と、しかし個々のニューロンレベルでは SSRT より早い潜時を持つニューロンは

数個しかないことが示された。また、ドーパミンニューロンから神経入力を受け

ている尾状核ニューロンの潜時は SSRT より 7ms しか先立っていなかった。さら

に、放出されたドーパミンを受け取るドーパミン受容体は G タンパク共役型であ

り、一般的にこの種類の受容体のシグナル伝達のスピードは遅いとみなされてい

る(Beaulieu and Gainetdinov, 2011)。加えて、ドーパミンニューロンの軸索の

伝導速度は、それ以外のニューロンの軸索の伝導速度よりも遅いことが知られて

いる(Thierry et al., 1980)。Thierry らは、ラットの研究で、ドーパミンニュー

ロンの伝導速度は 0.6 m/sec であったのに対し、非ドーパミンニューロンの伝導速

度は 2.4 m/sec であったと報告している。したがって、SSRT より 12ms 早い潜時

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で、ドーパミンニューロンの活動が眼球運動を抑制するプロセス(Stop process)

に関わることができるかどうかは、はっきりと結論付けることができない。

ところで、反応抑制は“reactive inhibition”と“proactive inhibition”と呼ばれ

る 2 つのプロセスからなると言われている。reactive inhibition とは、運動の抑制

を要求する stop signal に反応して、今実行されようとしている運動を抑制するプ

ロセス(Stop process)のことであり、上述の反応抑制とドーパミンニューロンの

活動の関わりについての議論は、特にこの reactive inhibition のプロセスに焦点

を絞ったものである。これに対して、proactive inhibition は stop signal が呈示さ

れる前から、前もって眼球運動の実行を遅らせることで、反応抑制を成功しやす

くするプロセスのことである。眼球運動の抑制にドーパミンニューロンの活動が

果たす役割として考えられるもう一つの可能性は、ドーパミンニューロンの活動

がこの proactive inhibition のプロセスに関与しているのではないか、というもの

である。過去のヒトを対象とした fMIR の研究では、大脳基底核はこのプロセスに

関与していると報告されている(Aron, 2011; Majid et al., 2013)。大脳基底核が

proactive inhibition に果たす役割は、個々のニューロンレベルではまだまだ明ら

かにされていないが、サルを対象とした電気生理学的研究からは、背内側前頭前

野に位置する補足眼野のニューロンがこのプロセスに関わっているとの報告がな

されている(Stuphorn et al., 2010)。補足眼野のニューロンは、眼球運動の抑制

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に成功するか否かで異なる応答を示すが、これらニューロンの応答は SSRT より

も遅いため reactive inhibition への関与は否定されている。しかしながら、その

後の研究で、stop signal 課題中に補足眼野を電気刺激したところ、眼球運動を抑

制する成功率が高くなることが報告された(Stuphorn and Schall, 2006)。この時、

補足眼野の電気刺激によって眼球運動の潜時が遅くなっていたことから、補足眼

野のニューロンが眼球運動の実行を遅らせる働きがあることが示唆された。そし

てその後の電気生理学的研究から、補足眼野の活動と眼球運動の潜時の間に相関

関係があることが明らかになった(Stuphorn et al., 2010)。これら一連の研究か

ら、補足眼野は、前もって眼球運動の実行を遅らせることで反応抑制が求められ

た時に成功しやすくする proactive inhibition のプロセスに関与すると考えられて

いる。このような proactive inhibition を実行するためには、stop signal がどの程

度の頻度で出現するのかや、前の試行で stop signal が出現したか否かなど、課題

の内容や前後の文脈についての前もった知識が必要となる。ドーパミンはこのプ

ロセスに関与する神経伝達物質として理想的なものだと思われる。線条体に放出

されるドーパミンは、補足眼野と尾状核を繋ぐ皮質-線条体経路のシナプス効率

を調節することが知られている(Gerfen and Surmeier, 2011; Kreitzer and

Malenka, 2008)。proactive inhibition では、神経回路の状態を長時間変化させて、

運動の実行を遅らせるような回路の状態を保つことが必要だと考えられる。した

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がって、stop signal に対するドーパミンニューロンの活動は、皮質-線条体間の

シナプス効率を変化させて眼球運動が起こりにくいような回路を維持し、その後

の試行での眼球運動の抑制を容易にする働きを持つのではないかと考えられる。

この黒質-線条体ドーパミン神経系が proactive inhibitionに関与するのでは

ないかという仮説を支持するように、解析からは、stop signal に対するドーパミ

ンニューロンの活動が、次の試行のサッケードの潜時と相関関係にあることが示

された(図 14D, E)。つまり、ドーパミンニューロンの活動が強いほど、次の試行

の眼球運動が遅くなることが示唆された。さらに尾状核ニューロンでは、increase

type と decrease type のニューロンの両方が、眼球運動の抑制に成功するか否か

という情報を、ターゲットが呈示される前からすでに保持していることが示され

た(図 14B, C)。このような活動は過去に補足眼野でも観察されている(Stuphorn

et al., 2010)。これらの結果は、ドーパミンニューロンと尾状核ニューロンが

proactive inhibition のプロセスに関わっており、眼球運動を実行するか抑制する

かのバランスを偏らせることによって、眼球運動の実行されやすさを事前に調節

している可能性を示唆している。

上記で議論したことから、黒質-線条体ドーパミン神経系は補足眼野と協調

して反応抑制の実行を制御しているのではないかと考えられる。補足眼野と尾状

核は、皮質-基底核眼球運動系ループ回路を構成していることが知られている

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(DeLong and Wichmann, 2015)。この解剖学的な結合と一致して、今回観察さ

れた尾状核ニューロンの電気生理学的な特性は補足眼野で報告されたそれと類似

したものであった。たとえば、補足眼野で観察されたように(Stuphorn et al.,

2000)、尾状核ニューロンには no-stop signal 試行よりも canceled 試行で強い活

動を示すニューロンと、逆に canceled 試行よりも no-stop signal 試行で強い活動

を示すニューロンの 2 種類が存在した。加えて、補足眼野と同様に尾状核ニュー

ロンも、眼球運動の抑制に失敗した場合より成功した場合により強い活動を示し

ていた。このように、補足眼野と尾状核の活動は様々な点で共通しているが、す

べての電気生理学的特性を共有しているわけではなかった。尾状核ニューロンの

活動が stop-signal delay によって変化するのに対して、補足眼野ではこのような

活動は観察されなかった(Stuphorn et al., 2000)。これらの結果は、尾状核が単

純に補足眼野からの信号を受け取っているだけではないことを示唆している。

サルの研究では大脳基底核が反応抑制に果たす役割については未だ明らかに

されていないが、ヒトを対象としたイメージングの研究では、大脳基底核の間接

路が反応抑制に重要な役割を果たしていることが報告されている(Jahfari et al.,

2011; Li et al., 2008; Zandbelt and Vink, 2010)。本研究においてサルで得られた

知見は、このヒトで得られた知見と整合しているだろうか?本研究では、直接路、

間接路へのドーパミン神経伝達を遮断するドーパミン D1、D2 受容体拮抗薬をそ

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れぞれ尾状核へと片側注入した。D1 受容体拮抗薬が、眼球運動の潜時を早くする

ことで反応抑制の能力を低下させた一方で、D2 受容体拮抗薬は、眼球運動の潜時

を早くするだけでなく、SSRT を遅くすることで、反応抑制の能力を低下させた。

SSRT は眼球運動を抑制するのに要する時間(Race model において Stop process

が終了するのに要する時間)なので、D2 受容体拮抗薬がこの SSRT に影響を与え

たということは、間接路へのドーパミン神経伝達が眼球運動を抑制するプロセス

(Stop process)に関与していることを意味している。他方で、眼球運動の潜時は、

眼球運動を起こすのに要する時間(Go process が終了するのに要する時間)であ

る。したがって D1、D2 受容体拮抗薬が共に眼球運動の潜時に影響を与えたとい

うことは、直接路だけではなく間接路へのドーパミン神経伝達も眼球運動の実行

(Go process)に関与していることを意味している。しかしながら、これらの回路

は眼球運動の実行に異なる方法で影響を与えている可能性が高い。その根拠とし

て、D1 受容体拮抗薬が認知課題の文脈の違いに関係なく眼球運動の潜時を早める

のに対して、D2 受容体拮抗薬は、眼球運動の抑制が求められる認知課題の場合の

みで眼球運動の潜時を早めていたことが挙げられる。上記で議論した proactive

inhibition のプロセスは、サルが眼球運動を抑制する必要がある文脈でのみ働くの

で、この D2 受容体拮抗薬の文脈依存的な効果は、間接路へのドーパミン神経伝達

が proactive inhibition に関与しているというアイデアと整合している。これらの

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結果は、直接路へのドーパミン神経伝達が文脈に関係なく単純に眼球運動の実行

に影響を与える働きを持つのに対して、間接路へのドーパミン神経伝達は、眼球

運動の抑制が求められる文脈でのみ、眼球運動の実行を遅らせる働きを持つこと

を示唆している。

電気生理学実験と薬物注入実験の結果を踏まえたここまでの議論から、stop

signal に対するドーパミンニューロンの活動が大脳基底核の間接路を介して、眼

球運動抑制のプロセスに関与している可能性が示唆された。しかしながら、この

仮説は間接路に関する従来の理論と完全には一致していない。従来の理論による

と、運動を抑制する間接路では、ドーパミンニューロンの興奮は D2 受容体を介し

て線条体の活動を抑制するように働き、結果として、ドーパミンニューロンの興

奮は間接路を介して運動を「脱抑制」すると考えられる(Gerfen and Surmeier,

2011)。この従来の理論に対して、本研究は、stop signal に対するドーパミンニュ

ーロンの興奮が眼球運動を「抑制」することを示唆している。この従来の理論と

本研究結果の間にあるギャップを埋める手掛かりは、薬物注入実験で観察された

結果に見出すことができる。尾状核への薬物の片側注入によって、D2 受容体を介

したドーパミン神経伝達を阻害した時に眼球運動を抑制する能力が低下したが、

この現象は反対側ではなく同側でのみ観察された。一般的に、尾状核を含む直接

路、間接路は反対側への眼球運動を制御していると考えられている。しかしなが

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ら、尾状核が反対側への眼球運動を制御すると共に、それとは正反対の方法で、

同側への眼球運動も制御しているとの報告もある。Nakamura らの研究では、サ

ルの尾状核を電気刺激すると、反対側への眼球運動は促進されたのに対して、同

側への眼球運動は逆に抑制された(Nakamura and Hikosaka, 2006)。この結果

は尾状核が、反対側と同側とで眼球運動を正反対の方法で制御していることを示

している。このような反対側、同側の眼球運動に対する正反対な効果は、(尾状核

から神経入力を受ける)黒質網様部から反対半球の上丘に対する交連性神経投射

で説明することができるかもしれない。これらを踏まえると、stop signal に対す

るドーパミンニューロンの活動は間接路の尾状核ニューロンを抑制し、尾状核ニ

ューロンの抑制は反対側への眼球運動を「脱抑制」つまり促進する一方で、同側

への眼球運動は抑制するのではないかと考えられる。このように、間接路へ伝達

されるドーパミン信号は同側の眼球運動を抑制するプロセスに関与している可能

性がある。

しかしながら、この説明では、D2 受容体を介したドーパミン神経伝達の阻害

(D1 受容体を介したドーパミン神経伝達の阻害も同様に)がなぜ同側の反応抑制

能力にのみ影響を与えたのかを明確に説明することはできない。上記の考察に従

うと、ドーパミン神経伝達の阻害は、反対側の反応抑制能力を向上させるはずで

あるが、本研究でそのような効果は観察されなかった。だた、本研究結果と一致

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して、過去のサルの研究でもまた、尾状核への D1、D2 受容体拮抗薬の片側注入

が、反対側ではなく同側への眼球運動のみに影響を与えることが報告されている

(Kunimatsu and Tanaka, 2016)。Kunimatsu らは、サルに self-timed memory

guided saccade 課題と呼ばれる認知課題を訓練した。この課題では、サルは決め

られた時間(キュー呈示後 1100 ± 300 ms の期間)だけ眼球運動を我慢してから、

その後キューがあった場所に眼球運動することが求められる。したがって、サル

は決められた時間の間は眼球運動を「抑制」する必要がある。この研究結果を踏

まえると、尾状核は動物が眼球運動を抑制する必要がある文脈では、主に同側へ

の眼球運動を制御していることが示唆される。黒質-線条体ドーパミン神経系が

どのように同側への眼球運動を制御しているのか、その詳細なメカニズムを解明

するには今後さらなる研究が必要である。

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総論

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本研究では、黒質-線条体ドーパミン神経系に着目し、この神経系が反応抑

制に果たす役割を調べた。実験には、マカクザルを使用し、反応抑制が求められ

る認知課題を訓練したのち、まず、課題遂行中のサルの中脳ドーパミンニューロ

ンから神経活動を記録したところ、サルが運動の抑制を求められた時にドーパミ

ンニューロンは強い興奮性応答を示した。このような応答は、運動の抑制が困難

な条件を設定した場合ほど増大し、逆に運動の抑制に失敗した際には減弱した。

また、このような応答を示すドーパミンニューロンは特に黒質緻密部に分布して

いた。このことから、腹側中脳の中でも黒質緻密部に局在するドーパミンニュー

ロンが反応抑制に関連した信号を伝達していることが明らかになった。

次に、黒質緻密部から豊富なドーパミン入力を受けている線条体のうち、尾

状核の神経活動を記録したところ、尾状核ニューロンにおいても運動の抑制を求

められた時に強い興奮性応答が観察された。また、ドーパミンニューロンと同様

に、このような応答は運動の抑制が困難な条件を設定した場合ほど増大し、運動

の抑制に失敗した際には減弱した。このことから、反応抑制に関して尾状核ニュ

ーロンがドーパミンニューロンと同じタイプの信号を保有していることが明らか

になった。

さらに、尾状核へのドーパミン入力と反応抑制との因果関係を検証するため、

薬物注入により尾状核に伝達されるドーパミン信号を遮断する薬理実験を実施し

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た。その結果、ドーパミン信号の遮断により運動を抑制する成功率、すなわち反

応抑制の能力が低下することが明らかになった。

本研究の結果から、黒質-線条体ドーパミン神経系が反応抑制のプロセスに

関与していることが示された。これは、ADHD やパーキンソン病などで見られる、

不適切な行動を抑制できない症状の治療ターゲットとして、黒質-線条体ドーパ

ミン神経系が有力な候補であることを示している。本研究はヒトに近縁なマカク

属のサルを用いて行ったもので、その成果はヒトの治療に直接結びつくのではな

いかと期待できる。今後、黒質-線条体ドーパミン神経系を障害したサルモデル

を用いて、不適切な行動を抑制できないような症状に対する介入方法を探索する

ことにより、発達障害や精神・神経疾患の治療に直接結びつく重要な知見が得ら

れるのではないかと考えている。

また、これまでのサルを対象とした研究は、前頭葉と反応抑制との関連に焦

点を当てたものが多く、大脳基底核が反応抑制に果たす役割に関する知見は極め

て乏しかった。本研究では、大脳基底核の直接路、間接路の起始ニューロンが分

布する線条体の尾状核と、尾状核の活動を調節している(すなわち直接路、間接

路の活動を調節している)黒質緻密部のドーパミンニューロンが共に、反応抑制

に関連する信号を伝達していることを明らかにした。本結果は、サルの大脳基底

核回路の運動制御に関する研究の今後の発展にとって大きな足掛かりになると期

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待される。特に、線条体で観察された反応抑制に関連する信号に関して、これま

でのサル、ラットを対象とした電気生理学的研究では共通して、運動を促進する

ような活動のみが報告されており、運動を抑制するような活動を報告したのは今

回が初めてであった。また、これまでの臨床知見では、ドーパミン神経系に異常

がみられる発達障害、精神・神経疾患で反応抑制が障害されることが知られてい

たにもかかわらず、ドーパミンと反応抑制の直接的な因果関係を検証するような

研究はほとんどなかった。これに対して、本研究ではドーパミンニューロンが反

応抑制に関連する信号を伝達していること、尾状核へのドーパミン伝達を薬理学

的に遮断することで反応抑制が障害されることを検証し、反応抑制とドーパミン

の因果関係を明らかにした。加えて、薬理実験で得られた結果は、序論で記述し

たような直接路、間接路に関する従来の理論で予想されるものとは逆であった。

従来の理論によると、運動を抑制する間接路では、ドーパミンニューロンの興奮

は D2 受容体を介して線条体の活動を抑制するように働き、結果として、ドーパミ

ンニューロンの興奮は間接路を介して運動を促進するはずだった。それにもかか

わらず、本研究では逆にドーパミンニューロンの興奮が眼球運動を抑制すること

が示唆された。本研究で得られたこれらの成果を今後さらに発展させることで、

大脳基底核の直接路、間接路のメカニズムをより深く理解することに繋がる重要

な知見が得られるのではないかと考える。

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ただ、本研究で解明できていない点もいくつかある。1つは、ドーパミンニ

ューロンの活動が proactive inhibition に関与している可能性は示唆されたが、一

方で reactive inhibition、つまり今実行されようとしている運動を抑制するプロセ

ス(Stop process)にドーパミンニューロンの活動が本当に関与しているのかが明

らかになっていない点である。薬理実験ではドーパミン伝達を遮断することで反

応抑制が障害されたが、この実験ではドーパミン受容体拮抗薬が作用している間、

ドーパミン伝達そのものが完全にが遮断されているため、stop signal に対するド

ーパミンニューロンの信号が遮断されたために一時的に反応抑制が障害された可

能性について必ずしも明確になっていない。この問題を解決するには、人為的に

神経活動を操作し、stop signal に対するドーパミンニューロンの活動のみを一過

性に変化させたとき、直接的に反応抑制に影響を与えるかどうかを検証する必要

がある。その方法としては、今後、光遺伝学的手法を用いてサルの黒質緻密部の

ドーパミンニューロンに選択的に光感受性イオンチャネルを発現させる実験が考

えられる。今回観察された活動と同じタイミングでこの領域にレーザー照射を行

って人為的に stop signal に対する興奮を増強し、その結果として反応抑制の成績

が向上するか否かを調べることにより、ドーパミンニューロンが reactive

inhibition に果たす役割を明確に検証することができると考える。

また、解明できていないもう一つの点として、尾状核へのドーパミン神経伝

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達の阻害の影響がなぜ同側にのみ現れたのか、そのメカニズムが明らかになって

いない点がある。第 2 章で考察したような黒質網様部と上丘の間の交連性神経投

射がこの現象に関与しているかどうかを検証するためには、この神経路の活動の

みを選択的に操作したときに、同側の反応抑制に影響を与えるかどうかを解析す

る必要がある。その方法として、ウイルスベクターを用いて、黒質網様部と上丘

の間の交連性神経投射に選択的に、この経路を不活化させるような受容体を発現

させる実験が考えられる。交連性神経投射を不活化している際に、同側の反応抑

制能力が低下するか否かを調べることによって、反応抑制における大脳基底核の

制御機構をより明確に検証することができると考える。

今後、このような研究を通して、黒質-線条体ドーパミン神経系が反応抑制

に果たすさらに詳細なメカニズムを研究していく予定である。

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謝辞

本研究を実施するにあたり、多くの方々からご支援とご助力を賜りましたので、

皆様方へこの場をお借りして深く感謝と御礼を申し上げます。

特別研究学生として派遣された筑波大学医学医療系の松本正幸教授には、研究

委託先指導教員として、効率的な実験デザインやサルのハンドリングから電気生

理学的実験のノウハウまで、本研究の全般に渡って多大なるご指導とご鞭撻を賜

りました。京都大学霊長類研究所の高田昌彦教授には、主指導教員として、本研

究の進展にとって必要不可欠な研究の方向性や論文執筆に関する大変貴重な多く

のご助言を賜りました。また、筑波大学に出向していた際には、松本研究室の山

田洋博士に統計解析のノウハウ等について多くのご助言を賜るとともに、研究室

の皆様方にも研究全体に関する多くのご支援とご助力を賜りました。筑波大学動

物資源センターの職員の皆様方には、研究を進める上で不可欠なサルの管理に関

して全面的なご協力を賜りました。皆様方に心から感謝と御礼を申し上げます。

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図版

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図1. サッケードを用いたstop signal課題とRace model

(A) サッケードを用いたstop signal課題の概略図。 (C) Race modelの概略図。Go process

がStop processより先に閾値に到達するとサッケードが引き起こされる(上側;

non-canceled試行)。Go processが閾値に到達するまでの時間はサッケードの潜時(saccadic

RT)と一致する。他方で、Stop processがGo processより先に閾値に到達すると、サッケ

ードはキャンセルされる(中央; canceled試行)。Stop processが閾値に到達するまでの時

間はstop-signal reaction time (SSRT)と呼ぶ。SSRTはGo processの到達時間の分布すなわ

ちno-stop signal試行におけるsaccadic RTの分布より算出することができる(下側、詳細は

実験手法の項を参照)。

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図2. サルの行動成績

(A)stop-signal delay(SSD)に対するnon-canceled試行の確率。図左側、右側はそれぞ

れ個体M, Eのデータを示す。実線はデータを近似したロジスティック関数を示す。エラー

バーは標準偏差を示す。(B)no-stop signal試行(黒)、non-canceled試行(緑)におけ

るサッケードの潜時(saccadic RT)の分布。図左側、右側はそれぞれ個体M, Eのデータを

示す。三角形の矢印はsaccadic RTの平均値を示す。2つのアスタリスクは2つの分布の間

に有意差があることを示す(P < 0.01, Wilcoxon rank-sum test)。(C)各単一ユニット

記録実験で算出されたSSRTの分布。図左側、右側はそれぞれ個体M, Eのデータを示す。

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図3. ドーパミンニューロンのスパイク波形

ドーパミンニューロン(上側, n = 72)と黒質網様部に存在する非ドーパミンニューロン(下

側, n = 14)のスパイク幅の分布。76個のドーパミンニューロンのうち、72個のドーパミン

ニューロンからスパイク波形を記録した。赤塗りのバーはlatency-matched no-stop signal

試行と比較した時、canceled試行で有意に活動を上昇させたドーパミンニューロンを示す

(P < 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。stop signalに応答したドーパミンニューロンとそ

うでないドーパミンニューロンのスパイク幅を比較したところ有意差はみられなかった

(stop signalに応答したドーパミンニューロン, mean ± SD = 0.68 ± 0.12 ms, n = 26;stop

signalに応答しなかったドーパミンニューロン, mean ± SD = 0.68 ± 0.12 ms, n = 46; P =

0.95, Wilcoxon rank-sum test)。代表的なドーパミンニューロン、非ドーパミンニューロ

ンのスパイク幅を左側に示す。垂線で示されるようにスパイク波形の谷と山の間の距離を

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スパイク幅として計算した。

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図4. 個々のドーパミンニューロンのstop signalに対する応答

(A) 代表的なドーパミンニューロンの活動。ターゲットが記録半球と同側(左側)または反

対側(右側)に呈示された場合の活動を示す。ラスターとスパイク密度関数は時刻をター

ゲット呈示時刻とstop signal呈示時刻に揃えて表示している。canceled試行、non-canceled

試行、そしてlatency-matched no-stop signal試行はそれぞれ赤、オレンジ、黒で示す。ラ

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スター上のマゼンタの点は各試行でのstop signal呈示時刻を示す。点線はSSRTを示す。(B)

stop signalにより惹起される神経活動の変化を、記録した全ドーパミンニューロン(n = 76)

について示した図。神経活動はstop signal呈示時刻に揃えられており、ターゲットが記録

半球と同側(左側)または反対側(右側)に呈示された場合の活動を示す。それぞれのニ

ューロンの活動変化は横一列のピクセルで表される。それぞれのピクセルはreceiver

operating characteristic (ROC) valueを表し、このROC valueはcanceled試行と

latency-matched no-stop signal試行の発火率を比較して算出されている。50ms幅のtest

windowを10msずつずらしROC valueを算出している。暖色(ROC > 0.5)はcanceled試行で

より発火率が高いことを示し、逆に寒色(ROC < 0.5)はlatency-matched no-stop signal試行

でより発火率が高いことを示す。白丸はそれぞれの神経活動記録時のSSRTを示す。(C) 同

側、反対側の少なくとも一方で、latency-matched no-stop signal試行と比較した時に

canceled試行で有意に活動を上昇させた28個のドーパミンニューロンについて、canceled

試行とnon-canceled試行の間の活動差を示す(P < 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。暖色

(ROC > 0.5)はcanceled試行でより発火率が高いことを示し、逆に寒色(ROC < 0.5)は

non-canceled試行でより発火率が高いことを示す。

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図5. ドーパミンニューロンの平均応答

(A)latency-matched no-stop signal試行と比較した時にcanceled試行で有意に活動を

上昇させた28個のドーパミンニューロンの平均活動(P < 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。

同側と反対側のデータを1つに統合して示す。スパイク密度関数の時刻はターゲット呈示時

刻、stop signal呈示時刻に揃えられている。赤、黒の線はそれぞれcanceled試行、

latency-matched no-stop signal 試行を示す。(B)SSRTに時刻を揃えた場合の28個のド

ーパミンニューロンの平均活動。赤、黒色の線はそれぞれcanceled試行、latency-matched

no-stop signal 試行を示す。垂直の点線はcanceled試行とlatency-matched no-stop signal

試行の発火率の差が有意になった時刻を示す(P < 0.05, bootstrap test with 1,000

repetitions)。(C)SSRTに時刻を揃えた場合の活動の潜時(canceled試行とlatency-matched

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no-stop signal 試行の発火率の差が有意になった時刻)を、個々のドーパミンニューロン(n

= 25)で求めた分布図。3個のニューロンで潜時を検出することができなかった。これらの

ニューロンは解析から除外している。(D)stop-signal delayが神経活動に及ぼす影響。28

個のドーパミンニューロンの平均の活動変化をstop-signal delay毎に表示している。活動変

化はcanceled試行とlatency-matched no-stop signal試行の発火率の差を指す。時刻はstop

signal呈示時刻に揃えている。 も短いSSD(SSD1)は薄赤、2番目のSSD(SSD2)は赤、

3番目のSSD(SSD3)は濃赤で示す。 も長いSSD(SSD4)ではサルはほとんどの試行

で眼球運動をキャンセルすることに失敗し、結果としてcanceled試行の数が少ないため、統

計学的に充分なデータ数を集めることが困難であった。したがって、SSD4における平均の

活動変化は表示していない。(E)stop signalにより惹起される活動変化とstop-signal delay

の間の相関係数を、28個のドーパミンニューロンで求めた分布図。赤塗りのバーは有意な

相関を示したニューロンを表す(P < 0.05)。 三角形の矢印は相関係数の平均値を表す。2つ

のアスタリスクは分布がゼロから有意に離れていることを示す(P < 0.01, Wilcoxon

singed-rank test)。(F)28個のドーパミンニューロンのcanceled試行(赤)、non-canceled

試行(オレンジ)における平均活動。眼球運動をキャンセルできる確率が約50%(canceled

試行とnon-canceled試行の試行数が同程度)のSSD3におけるデータを用いている。時刻は

stop signal呈示時刻に揃えている。(G)28個のドーパミンニューロンのnon-canceled試行

(オレンジ)とlatency-matched no-stop signal試行(黒)における平均活動を示した図。

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図6. stop signalに対し有意な応答を示すドーパミンニューロンの記録部位

(A) 個体Mの右半球から記録した30個のドーパミンニューロンの記録部位。赤色の丸は

latency-matched no-stop signal試行と比較したときcanceled試行で有意に活動を上昇させ

たドーパミンニューロンを示す(P < 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。写真左下にinteraural

lineからの前後方向の距離(mm)を示す。cp, cerebral peduncle(大脳脚); RN, red nucleus

(赤核); SNc, substantia nigra pars compacta(黒質緻密部); STN, subthalamic nucleus

(視床下核); VTA, ventral tegmental area(腹側被蓋野)。 (B) 記録部位の深さとドー

パミンニューロンの応答の関係。記録部位の深さは、基準となる深さ(それぞれのサルで

も浅い位置で記録されたドーパミンニューロンの記録部位)からの距離で表されている。

赤色の丸はlatency-matched no-stop signal試行と比較したときcanceled試行で有意に活動

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を上昇させたドーパミンニューロンを示す(P < 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。他方で、

白色の丸は有意な活動上昇を示さなかったドーパミンニューロンを示す(P > 0.05,

Wilcoxon rank-sum test)。 灰色の実線は回帰直線を示す。(C) 浅い領域のドーパミンニュ

ーロン(赤の実線, n = 38)と深い領域のドーパミンニューロン(赤の破線, n = 38)の2グ

ループに分けた場合のそれぞれの平均活動を示した図。スパイク密度関数の時刻はstop

signal呈示時刻に揃えている。(D) 各ドーパミンニューロンの応答の強さを浅い領域(赤の

実線)と深い領域(赤の破線)の2グループに分けて表した分布図。赤塗りのバーはstop

signalに対して有意な活動を示したニューロンを表す(P < 0.05, Wilcoxon signed-rank

test)。三角形の矢印は応答の強さの平均値を示す。2つのアスタリスクは2つの分布の間

に有意差があったことを示す(P < 0.01, Wilcoxon rank-sum test)。

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図7. 尾状核の単一ユニット記録部位と薬物注入部位

個体Mから記録された101個の尾状核ニューロンの記録部位と、薬物注入実験における注入

部位を表示した図。赤と青色の丸はそれぞれincrease type、decrease typeの尾状核ニュー

ロンを示す(P < 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。紫色の丸は同側でincrease typeかつ反

対側でdecrease type、または同側でdecrease typeかつ反対側でincrease typeの応答を示し

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たニューロンを示す(P < 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。白色の丸は有意な活動変化が観

察されなかったニューロンを示す(P > 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。緑と青色の四角

形、茶色の菱形はそれぞれ、stop signal課題におけるドーパミンD2、D1受容体拮抗薬そし

て生理食塩水の注入部位を示す。緑と青色の三角形はそれぞれvisually-guided saccade課題

におけるドーパミンD2、D1受容体拮抗薬の注入部位を示す。それぞれのパネル左下の数値

は、前交連からの前後方向のおおよその距離(mm)を示す。Ac, 前交連; Cd, 尾状核; ic, 内

包; Put, 被殻。

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図8. 個々の尾状核ニューロンのstop signalに対する応答

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(A, B) 2つの代表的な尾状核ニューロンの活動を示した図。Latency-matched no-stop

signal試行と比較した時、一方はcanceled試行で有意に活動が上昇し(A)、他方はcanceled

試行で有意に活動が減少している(B)(P < 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。(C)stop

signalにより惹起される活動変化をすべての尾状核ニューロン(n = 165)について示した

図。(D)59個のincrease-typeのニューロン(上側)と74個のdecrease-typeのニューロン

(下側)について、canceled試行とnon-canceled試行の間の活動差を示した図。凡例は図4

と同様である。

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図9. 尾状核ニューロンの平均応答

(A)latency-matched no-stop signal試行と比較した時にcanceled試行で有意に神経活動

を上昇させた59個の尾状核ニューロン(increase type; 上側)と、有意に神経活動を減少

させた74個の尾状核ニューロン(decrease type; 下側)の平均活動(P < 0.05, Wilcoxon

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rank-sum test)。(B)SSRTに時刻を揃えた場合の59個のincrease typeの尾状核ニュー

ロン(上側)と74個のdecrease typeの尾状核ニューロン(下側)の平均活動。(C)SSRT

に時刻を揃えた場合の活動の潜時を、個々のincrease typeの尾状核ニューロン(n = 40, 上

側)、decrease typeの尾状核ニューロン(n = 61, 下側)で求めた分布図。increase type

の尾状核ニューロンでは19個、decrease typeの尾状核ニューロンでは13個のニューロンで

潜時を検出することができなかった。これらのニューロンは解析から除外している。(D)

stop-signal delayが神経活動に及ぼす影響。59個のincrease typeのニューロン(上側)と

74個のdecrease typeのニューロン(下側)の平均の活動変化をstop-signal delay毎に表示

している。(E)stop signalにより惹起される活動変化とstop-signal delayの間の相関係数

を、59個のincrease typeのニューロン(上側)と74個のdecrease typeのニューロン(下側)

で求めた分布図。(F)59個のincrease typeのニューロン(上側)と74個のdecrease type

のニューロン(下側)のSSD3におけるcanceled試行、non-canceled試行の平均活動。(G)

59個のincrease typeの尾状核ニューロン(上側)、74個のdecrease typeの尾状核ニューロ

ン(下側)のnon-canceled試行(オレンジ、水色)とlatency-matched no-stop signal試行

(黒)における平均活動を示した図。凡例は図5と同様である。

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図10. 尾状核に対するドーパミンD1、D2受容体拮抗薬の局所注入が成績に及ぼす影響

(A) 代表的な局所注入実験における、薬物注入がサルの行動に与える影響。尾状核に対する

D2受容体拮抗薬(上側)、D1受容体拮抗薬(下側)の片側注入がサッケードをキャンセル

する成績に与える影響を示した図。stop-signal delayに対するnon-canceled試行の確率(サ

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ルがサッケードのキャンセルに失敗する確率)を示す。注入前(黒色の円)と注入後(D2、

緑色の円; D1、青色の円)そして同側(左側)、反対側(右側)のデータを示す。黒、

緑、青色の曲線はそれぞれのデータに対し近似したロジスティック関数を示す。ΔZは、サ

ッケードのキャンセルに失敗する確率が50%になるstop-signal delayの値を薬物注入の前

後で比較した差を示す。赤色のアスタリスクは注入前後の成績の差(ΔZ)が有意であるこ

とを示す(P < 0.05, bootstrap analysis with 1,000 repetitions)。(B)実施したすべての

薬物注入実験のデータを示した図。stop-signal delayに対するnon-canceled試行の確率(サ

ルがサッケードのキャンセルに失敗する確率)をロジスティック関数で近似したものを示

す。注入前(灰色)と注入後(D2, 緑色;D1, 青色)そして同側(左側)、反対側(右側)

のデータを示す。太い曲線はそれぞれの条件の平均のロジスティック曲線を示している。

個体Mと個体Eのデータを統合するため、stop-signal delayは、一番短いstop-signal delay

は0、一番長いstop-signal delayは1になるように標準化されている。(C)注入前後のサッ

ケードのキャンセルに失敗する確率が50%になるstop-signal delayの値の変化(ΔZ; 上側)

とロジスティック関数の傾きの変化(Δslope; 下側)。データはそれぞれ同側(左側)、

反対側(右側)に分けて示す。各円は各注入実験から得られたデータを示す。色塗りの円

は注入前後で有意差がみられたデータを示す(ΔZ, P < 0.05, bootstrap analysis with 1,000

repetitions)。赤色の横線はデータの平均値を示す。特に、赤色の実線は平均値がゼロか

ら有意に離れていることを示し(P < 0.05, Wilcoxon signed-rank test)、他方で点線は平

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均値がゼロから有意に離れていないことを示す(P > 0.05, Wilcoxon signed-rank test)。

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図11. 尾状核に対する生理食塩水の局所注入が行動に及ぼす影響

(A)生理食塩水の片側注入がサルの行動に与える影響の代表例。凡例は図10Aと同様であ

る。(B)生理食塩水注入前後の、サッケードのキャンセルに失敗する確率が50%になる

stop-signal delayの値の変化(ΔZ)、SSRTの変化(ΔSSRT)、saccadic RTの変化(Δsaccadic

RT)。凡例は図10Cと同様である。どのパラメーターでも、注入前後の変化に有意差はみ

られなかった(P > 0.05, Wilcoxon signed-rank test)。

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図12. 尾状核に対するドーパミンD1、D2受容体拮抗薬の局所注入が行動に及ぼす影響

(A)注入前後のSSRTの変化(ΔSSRT; 上側)とsaccadic RTの変化(Δsaccadic RT; 下側)。

色塗りの円は注入前後で有意差がみられたデータを示す(ΔSSRT, P < 0.05, bootstrap

analysis with 1,000 repetitions; Δsaccadic RT, P < 0.05, Wilcoxon rank-sum test)。(B)

visually-guided sacccade課題における、注入前後のsaccadic RTの変化(Δsaccadic RT)。

凡例は図10と同様である。

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図13. 固視点とstop signalに対する応答の相関関係

(A)代表的なドーパミンニューロンの活動。活動は固視点(左側)またはstop signal(右

側)の出現時刻に揃えて表示している。(B)ドーパミンニューロンのstop signalに対する

応答と、固視点に対する応答の間の相関関係。オレンジと灰色の丸はそれぞれ、stop signal

または固視点に対して有意な応答をみせたドーパミンニューロンを示す(P < 0.05,

Wilcoxon signed-rank test)。赤色の丸は、stop signalと固視点の両方に対して有意な応

答を見せたドーパミンニューロンを示す(P < 0.05, Wilcoxon signed-rank test)。白丸は、

有意な応答が見られなかったドーパミンニューロンを示す(P > 0.05, Wilcoxon

signed-rank test)。

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図 14. サッケード前のドーパミンニューロンと尾状核ニューロンの活動

(A-C)上側; 28個のドーパミンニューロン(A)、59個のincrease typeの尾状核ニュー

ロン(B)、そして74個のdecrease typeの尾状核ニューロン(C)の平均活動。赤と青色の

線はcanceled試行、オレンジと水色の線はnon-canceled試行の活動である。データは3番目

のstop-signal delay(SSD3: 個体M, 284ms; 個体E, 184 ms)のものだけを使用している。

このstop-signal delayではサッケードをキャンセルできるかできないかが約50%の確率で

あったため(図2A)、canceled試行とnon-canceled試行を比較するのに十分なデータを収集

することができた。スパイク密度関数はターゲット呈示時刻に揃えられている。下側;

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canceled試行とnon-canceled試行の活動差を50ms幅のbin毎に計算した図。赤または青塗り

の丸は、活動差が有意であったことを示す(P < 0.05, bootstrap test with 1,000 repetitions)。

白塗りの丸は活動に有意差が見られなかったことを示す(P > 0.05, bootstrap test with

1,000 repetitions)。エラーバーは標準誤差を示す。ドーパミンニューロンのターゲット呈

示前の活動は、canceled試行とnon-canceled試行の間で有意な差はみられなかった(A)。

これに対して、increase typeの尾状核ニューロンのターゲット呈示前の活動は、

non-canceled試行よりもcanceled試行で強かった(B)。increase typeのニューロンはまた、

stop signalに対してnon-canceled試行よりもcanceled試行で強く応答しているので(図9F

上側)、これらのニューロンは、ターゲットの呈示前から眼球運動を抑制していることが示

唆される。他方で、decrease typeのニューロンのターゲット呈示前の活動は、canceled試

行よりもnon-canceled試行で強かった(C)。decrease typeの尾状核ニューロンはまた、stop

signalに対してcanceled試行よりもnon-canceled試行で強く応答しているので(図9F下側)、

これらのニューロンは、ターゲットの呈示前からも眼球運動の実行を促進する働きがある

と示唆される。(D)28個中20個のドーパミンニューロンのcanceled試行における平均活動。

stop signalにより惹起されるドーパミンニューロンの活動上昇と次の試行のsacccadic RT

の間の相関関係を検証するために、次の試行がno-stop signal試行であり、かつ現試行が

canceled試行であった時の、現試行のドーパミンニューロンの活動を分析した。28個のド

ーパミンニューロンのうち8個のニューロンでは、次の試行がno-stop signal試行であった

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canceled試行の数が5未満であったため解析から除外した。次の試行のsaccadic RTに基づい

て、canceled試行の活動を、次の試行のsaccadic RTが長いグループと短いグループという2

つのグループに分割した。赤の実線は、次の試行のsaccadic RTが長いグループのスパイク

密度関数を示す。赤の点線は、次の試行のsaccadic RTが短いグループのスパイク密度関数

を示す。次の試行のサッケードの潜時が短いグループよりも、長いグループのほうが有意

に強い活動を示した(次の試行のサッケードの潜時が長いグループ, mean ± SD = 14.8 ±

10.0 spikes/s; 次の試行のサッケードの潜時が短いグループ, mean ± SD = 11.4 ± 8.4

spikes/s; P = 0.044, n = 20, Wilcoxon signed-rank test)。(E)stop signalにより惹起され

る活動上昇の強さと、次の試行のsaccadic RTの間の相関係数を上記の20個のドーパミンニ

ューロンで求めた分布図。三角形の矢印は相関係数の平均値を示す。1つのアスタリスクは

分布がゼロから有意に離れていることを示す(P < 0.05, Wilcoxon singed-rank test)。相関

係数の分布は有意に正に偏っていた(r, mean ± SD = 0.25 ± 0.46, n = 20, P = 0.030,

Wilcoxon signed-rank test)。