11
日皮会誌:99 ( 1), 25-35, 1989 (平元) 成人T細胞白血病(ATL)の1例 ―多彩な皮膚病変と腫瘍細胞内virus様粒子一 単発性皮膚腫瘍の治療5年後に,多彩な皮膚病変を 次々に生じ,これらのすべてにlymphoma cellの浸潤 が認められたATLの1例を報告する.ATLA抗体 4,096倍,末梢血および皮膚腫瘍にproviral DNA を証 明できた.腫瘍細胞は中型で核の切れ込みはほとんど 認められず,クロマチンの核膜への凝集は中等度の比 較的成熟型の細胞で細胞質には多数のvirus様粒子が 集塊をなして認められた.このvirus様粒子は電顕的 にA粒子とB粒子の構造に類似していると考えられ た. はじめに 成人T細胞白血病はリンパ系腫瘍の中でCD4二つ まりinducer/helper T細胞のphenotypeを有し, HTLV-1 virusが関与する疾患であることがわかって きた.そして患者の約半数に皮膚病変がみられること から皮膚科にて発見されることが少なくない.皮膚病 変は多彩でこれまで報告されている皮膚症状として中 毒疹様,多型紅斑様,乾癖様あるいは環状紅斑様など の紅斑と,紅斑が浸潤を増して腫瘍形成した状態が報 告されている.著者は5ヵ月の経過中に中毒疹様小紅 斑,苔癖様丘疹,皮膚腫瘤,蛇行状紅斑, Stevens- Johnson症候群とその後手掌の板状硬結など次々に臨 床像の異なる皮膚病変を生じ,これらのすべてに lymphoma cellの浸潤が認められた症例を経験した. さらに本例においては生検の腫瘍細胞内に電顕的に多 数のvirus様粒子を認めたので電顕形態学的所見につ いて報告する. 症例:37歳,女. 初診:昭和57年4月3日. 大阪赤十字病院皮膚科 昭和63年4月18日受付,昭和63年n月15日掲載決定 特掲 別刷請求先:(〒543)大阪市天王寺区筆ヶ崎5―53 大阪赤十字病院皮膚科 吉永 花子 既往歴:特記すべきことなし. 家族歴:特記すべきことなし. 出身地:母親が宮崎県生まれで,18歳まで宮崎に在 住していた.結婚して大阪に住み,患者は大阪で生れ, 結婚して兵庫県に在住していた. 現病歴:生来健康であったが,57年4月と58年6月 に背部に栂指頭大皮下腫瘤を生じ,当科で仝摘し,さ らにコバルト照射を行ない治癒していた.その後4年 ほど再発なく元気に過していたが,62年4月頃より胸 部および上肢に淡紅色爪甲大の紅斑を多発し,当科を 受診した. 経過と治療:第1図に示すように62年4月下旬より 生じた皮疹を生検した結果, lymphoma cell の浸潤が 認められ,ATLA抗体を強陽性に認めたので入院をす すめたが全身状態は良好で皮疹もややうすくなること もあるので自宅で経過観察していた.6月中旬より皮 疹が全身に拡大し(第2図),微熱が出始めたので6月 19日入院した.入院時両手掌に癈捺感があったが,次 第に半米粒大丘疹が苔癖状に生じ(第3図),癈捺感が 著明となった. さらに6月末より皮膚が黄染し,7月初旬肝腫大を 認めた.この黄疸と肝腫大はデキサメサソソ点摘によ り2週後に消退した.しかし末梢血に白血球増多と異 型リンパ球を50%認め右胸乳房下方に小結節を生じ次 第に皮膚より隆起し栂指頭大半球状の腫瘤となった (第4図).これは,57年,58年の皮膚腫瘤と同様のも のであった.これを全摘し諸検索に用いた.腫瘤と同 時期より四肢に蛇行状の淡紅色皮を生じ(第5図),異 型リンパ球も増加してきたのでVEPA療法を開始し た. VEPA療法3クール目頃までは非常によく反応し たと思われたが3クール終了した頃よりherpes sim- plexの感染によるStevens Johnson 症候群を生じ(第 6図),眼囲,ロ腔内,口唇,陰部に小水庖を多発,躯 幹の紅斑,四肢の蛇行状紅斑上にも水庖を生じた(第 7図).VEPA 6クール終了時はlymphomaは消退し 末梢血の異型リンパ球も減少していたがStevens- Johnson症候群の皮疹のびらんが増強し,さらにこの

成人T細胞白血病(ATL)の1例 ―多彩な皮膚病変と腫瘍細胞 …drmtl.org/data/099010025.pdf · 2011-03-29 · ATLの皮膚病変とvirus様粒子 第15図 大型異型細胞はCD4により染色されている(左).大型異型細胞はCD8では染

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日皮会誌:99 ( 1), 25-35, 1989 (平元)

成人T細胞白血病(ATL)の1例

―多彩な皮膚病変と腫瘍細胞内virus様粒子一

     吉 永  花 子

          要  旨

 単発性皮膚腫瘍の治療5年後に,多彩な皮膚病変を

次々に生じ,これらのすべてにlymphoma cellの浸潤

が認められたATLの1例を報告する.ATLA抗体

4,096倍,末梢血および皮膚腫瘍にproviral DNA を証

明できた.腫瘍細胞は中型で核の切れ込みはほとんど

認められず,クロマチンの核膜への凝集は中等度の比

較的成熟型の細胞で細胞質には多数のvirus様粒子が

集塊をなして認められた.このvirus様粒子は電顕的

にA粒子とB粒子の構造に類似していると考えられ

た.

          はじめに

 成人T細胞白血病はリンパ系腫瘍の中でCD4二つ

まりinducer/helper T細胞のphenotypeを有し,

HTLV-1 virusが関与する疾患であることがわかって

きた.そして患者の約半数に皮膚病変がみられること

から皮膚科にて発見されることが少なくない.皮膚病

変は多彩でこれまで報告されている皮膚症状として中

毒疹様,多型紅斑様,乾癖様あるいは環状紅斑様など

の紅斑と,紅斑が浸潤を増して腫瘍形成した状態が報

告されている.著者は5ヵ月の経過中に中毒疹様小紅

斑,苔癖様丘疹,皮膚腫瘤,蛇行状紅斑, Stevens-

Johnson症候群とその後手掌の板状硬結など次々に臨

床像の異なる皮膚病変を生じ,これらのすべてに

lymphoma cellの浸潤が認められた症例を経験した.

さらに本例においては生検の腫瘍細胞内に電顕的に多

数のvirus様粒子を認めたので電顕形態学的所見につ

いて報告する.

          症  例

 症例:37歳,女.

 初診:昭和57年4月3日.

大阪赤十字病院皮膚科

昭和63年4月18日受付,昭和63年n月15日掲載決定

 特掲

別刷請求先:(〒543)大阪市天王寺区筆ヶ崎5―53

 大阪赤十字病院皮膚科 吉永 花子

 既往歴:特記すべきことなし.

 家族歴:特記すべきことなし.

 出身地:母親が宮崎県生まれで,18歳まで宮崎に在

住していた.結婚して大阪に住み,患者は大阪で生れ,

結婚して兵庫県に在住していた.

 現病歴:生来健康であったが,57年4月と58年6月

に背部に栂指頭大皮下腫瘤を生じ,当科で仝摘し,さ

らにコバルト照射を行ない治癒していた.その後4年

ほど再発なく元気に過していたが,62年4月頃より胸

部および上肢に淡紅色爪甲大の紅斑を多発し,当科を

受診した.

 経過と治療:第1図に示すように62年4月下旬より

生じた皮疹を生検した結果, lymphoma cellの浸潤が

認められ,ATLA抗体を強陽性に認めたので入院をす

すめたが全身状態は良好で皮疹もややうすくなること

もあるので自宅で経過観察していた.6月中旬より皮

疹が全身に拡大し(第2図),微熱が出始めたので6月

19日入院した.入院時両手掌に癈捺感があったが,次

第に半米粒大丘疹が苔癖状に生じ(第3図),癈捺感が

著明となった.

 さらに6月末より皮膚が黄染し,7月初旬肝腫大を

認めた.この黄疸と肝腫大はデキサメサソソ点摘によ

り2週後に消退した.しかし末梢血に白血球増多と異

型リンパ球を50%認め右胸乳房下方に小結節を生じ次

第に皮膚より隆起し栂指頭大半球状の腫瘤となった

(第4図).これは,57年,58年の皮膚腫瘤と同様のも

のであった.これを全摘し諸検索に用いた.腫瘤と同

時期より四肢に蛇行状の淡紅色皮を生じ(第5図),異

型リンパ球も増加してきたのでVEPA療法を開始し

た. VEPA療法3クール目頃までは非常によく反応し

たと思われたが3クール終了した頃よりherpes sim-

plexの感染によるStevens Johnson 症候群を生じ(第

6図),眼囲,ロ腔内,口唇,陰部に小水庖を多発,躯

幹の紅斑,四肢の蛇行状紅斑上にも水庖を生じた(第

7図).VEPA6クール終了時はlymphomaは消退し

末梢血の異型リンパ球も減少していたがStevens-

Johnson症候群の皮疹のびらんが増強し,さらにこの

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26

'82. '83. 5

 吉永 花子

6    7

Maculopapular

Erythematous

Eruption

Lichenoid

Papular

Eruption

VEP

10 11

μと

⑦⑧⑨⑩4↓↓↓

Herpes Stevens-JohnsonSimplex   ↓

Serpiginous

Erythema

Symdrome

Skin Tumor

LDH

2838 lU/l

第1図 症例の皮膚病変と検査値および経過と治療

皮疹のびらんまたは潰瘍部よりlymphomaの結節が

生じた.特に手掌では苔癖状丘疹が水庖となり表面剥

離しびらんとなり,このびらん部は全体として硬く充

実性に腫脹してきた(第8図).これらすべての皮疹に

は生検にてlymphoma cellの浸潤が認められた.

VEPA療法さらに10クールまで施行したが,

lymphomaの浸潤は軽快せず,陰股部などのStevens-

Johnson症候群の水庖形成部は大豆大までの潰瘍とな

りそれぞれの潰瘍部にlymphomaの腫瘤が生じてき

た(第9図).さらに肺・腹腔へのlymphomaの浸潤を

認めるようになり,10月30日肺炎のため死亡した.

 検査成績:初診時は諸検査異常なかったが入院時第

1図に示す如く7月初旬肝腫大を認めた頃の検査では

GOT 948IU//, GPT 850IU//, LDH 1,139,末梢血

白血球数, 14,300,異型リンパ球50%,末梢血リンパ

球T・B分類CD3 74.4%, CD4 93.4%, CD6 1.2%,

CD8 4.2%, CD2 98.8%, CD20 2.6%, J5 1.4%,ATLA

抗体4,090,との時の末梢血および皮膚の腫瘍細胞の

proviral DNA (十), 10月初旬herpes simplex 感染後

のHSV-I IgG (4十), IgM (―), mycoplasma ( ―),

10月末の胸部X-Pにおいてlymphomaの浸潤が認め

られた.病理解剖はしていない.家系のATLA抗体の

検索では母親と本人が, 4,090倍で強陽性の他,夫と子

供2人,姉の検査をしたが陰性であった.

 末梢血異型リンパ球の検査:第10図は異型リンパ球

50%出現時の末梢血のノイギムザ染色であるが,核の

異型性の強いリンパ球が認められている.第11図は電

顕像である.核は花弁状を呈し核のクロマチンの凝集

は比較的強く成熟リンパ球様である.細胞質には特徴

的なmultivesicular bodyが2ヵ所認められる.

 病理組織学的所見:生検は胸部の紅斑,図2, 3,

4, 5, 6, 7, 8, 9のすべてより採取したが浸潤

細胞はすべて同様にlymphma cellの浸潤が認められ

た.第12図は胸部の紅斑のH.E.標本であるが真皮中

層に異型リンパ球を混じたびまん性の細胞浸潤が認め

られる.第13図は胸の腫瘤であるが4年前に生じた腫

瘤の組織と同様である.真皮全層に異型性の強い大型

第2図 初診時の中毒疹様小紅斑

第3図 両手掌の苔癖様丘疹

第4図 左胸乳房下方の腫瘤

第5図 四肢の蛇行状皮疹

第6図 Herpes simplexの感染によるStevens

 Johnson症候群

第7図 蛇行状紅斑上の小水庖

第8図 手掌の板状充実性腫脹

第9図 Stevens・Johnson症候群の水庖部より生じた

 小腫瘤

第10図 異型リンパ球50%出現時の末梢血.メイギム

 ザ染色,×800

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27ATLの皮川病雀> virus様粒r・

第4図第2図

                     -

                     -

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第7図第6図第5μ|

第10図第9μ|第8図

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28

第12図 初診時胸部の小紅斑の

 H.E.標本.大型細胞を混じた

 異型リンパ球のびまん性浸

 潤.×240

占永 花「

第11図 末梢血異型リンパ球の電顕像.×11,000

第13図 胸部腫瘤のH.E.標本.

 多数の大型異型細胞の浸

 潤.×400

第14図 蛇行状紅斑のH.E.標

 本.血管周囲性異型リンパ球

 の浸潤.×150

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ATLの皮膚病変とvirus様粒子

第15図 大型異型細胞はCD4により染色されている(左).大型異型細胞はCD8では染

 色されず,反応性の正常リンパ球のみ染色されている(右).×480

第16図 電顕酵素抗体法によりCD4が染色された腫瘍細胞.×7,000

細]胞を混じた密な細胞浸潤が認められる.第14図は蛇

行状紅斑の皮疹であるが血管周囲性に異型リンパ球の

浸潤が認められる.

 浸潤細胞の表面マーカーの検索:腫瘤の生検組織に

おける腫瘍細胞の表面マーカーの検索ではCD2陽性,

CD4陽性,CD8陰性であった.従って腫瘍細胞は

helper/inducer T-cell のphenotypeを有している.第

15図はCD4で染色したものであるが大型の異型細胞

の細胞表面が染色されている.第15図右はCD8で染色

29

したものであるがCD8では反応性を思わせる小型の

正常リンパ球にのみ反応し,大型の腫瘍細胞は反応し

ていない.

 第16図は電顕酵素抗体法施行後CD4により,細胞表

面が染色された腫瘍細胞であるが,この細胞は類円型

で核は大型の核小体を有し核膜は不規則に浅い切れ込

みを有している.細胞質は広くミトコンドリア,膜構

造および小胞を多く認める.細胞表面にmicrovilliは

少なく細胞表面はdencityが高く標織抗体CD4によ

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30

23.1 kb

9.4

6.6

4.4

 Sac l¬

1 2 3

EcoR I

¬

1 2 3

           1. Peripheral Blood (6/23)

           2.. Peripheral Blood (7/23)

           3. Skin Tumor (7/23)

第17図 患者の末梢血および皮膚腫瘍のproviral

 DNAの検索. Sac lでは11.0kbに, Eco RIでは

 11.5kbの位置に一本のbandが認められる.

吉永 花子

り染色されている.

 末梢血及び皮膚腫瘍細胞のproviral DNAの検

出:第17図はHTLV-I型ゲノムDNAをprobeに,患

者の末梢血および皮膚腫瘍より抽出したDNAを用い

てのSouthern-blotting法を行なったものである.1

は患者の末梢血入院時,2は治療開始前,3は皮膚腫

瘍である. Sac l digestionでは, 11.0kbに, Eco RI

digestionでは11.5kbの位置に一本のhybridization

のbandがみられる.これはHTLV-I型ゲノムが1細

胞内1ヵ所組み込まれた細胞のモノクローナルな増殖

であることを示す.

 電子顕微鏡による腫瘍細胞と腫瘍細胞内ウイルス粒

子の観察:皮膚腫瘍の生検組織片をクルクルアルデヒ

ドとオスミウム酸で2重固定しエポソ812包埋,酢酸ウ

ラシルと水酸化鉛で二重染色した.第18図はATLの

皮膚浸潤時に多く認められる型の腫瘍細胞,つまり中

等度の大きさで核膜へのクロマチンの凝集は中等度で

核の切れ込みも強くない腫瘍細胞である.この細胞の

細胞質にはミトコンドリアが増加し,粗面小胞体と小

胞かやや多く認められる.またこの症例に特異的に膜

構造に囲まれ,多数のvirus様粒子が認められた.この

゛’~靴………

ハゾ 

~-

ヤノ

ダヰ

ーノノ

…………J・゛.

’ 九松‐バ

第18図 腫瘍細胞の電顕像.細胞質内に膜構造に囲まれ,多数のvirus様粒子が認めら

 れる.×7,000

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ATLの皮膚病変とvirus様粒f

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第19図 ウイルス粒子の拡大像.多数の直径約70nmのドーナツ状粒子と少数の直径

 約130nmの中心にコアを有する大型粒子が認められる.×78,000

第20図 核に切れ込みの多い大型腫瘍細胞の細胞質にも膜構造に囲まれて直径70nm

 のドーナッ状粒子が多数認められる.×7,000

31

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32 古永 花r・

第21図 膜構造を有さず腫瘍細胞の細胞質内に少数の大型粒子を混じてドーナツ状小

 型粒子が数十個集合した像も認められる.×72,000

virus様粒子は第19図に拡大像を示すように膜構造は

約10nmの厚さの一重膜で中に多数のドーナツ状を呈

する小型粒子と少数の中心にコアを有する大型粒子が

認められる.ドーナツ状粒子は直径約70nmで外表に

微細突起(スパイク)を有する.コアを有する大型粒

子は直径約130nmで表面にスパイクを有する2層構

造の膜を有し中心のコアは電子密度が高い,第20図は

第18図より大型の細胞で核の切れ込みも著明で核クロ

マチンも核膜に強く結節状に凝集した細胞であるがや

はり細胞質内に多数の大小の膜構造が認められ,この

膜構造内に18図と同様のウイルス様粒子を含有してい

る.小型の膜構造は第11図の末梢血の細胞質内で認め

られたmulti vesicular bodyに類似しているがこの大

小の膜構造は本質的には同様のものものでありvirus

粒子様である.また第21図のように膜構造を有さず細

胞質内に同様のウイルス粒子が数十個集合して充満し

た像も認められる.

          考  察

 1.診断について

 最近のATLの概念として,(1)末梢血中の異型リ

ンパ球,特に花細胞の出現, (2)リンパ節肝,牌,肺

などの白血病様増殖,骨髄侵襲は軽度. (3)発熱,衰

弱,腹部症状,肺症状,汎発性リンパ節腫大,肝牌腫,

(4)多くは急性に,ときに慢性の経過で治療に抵抗し

末期に増悪死亡. (5)特異的皮膚病変が患者の約半数

に認められるバ6)九州地方に多い.(7)ATL細胞は

末梢T細胞起源でありモノクローナル抗体による解

析ではCD4゛のinducer/helperの性格を有する. (8)

蛍光抗体法により患者血清中にATL関連抗原ATL

associated antigen と特異的に反応する抗体, ATLA

抗体が存在することが証明されている.(9)ATL細

胞培養時に電子顕微鏡にC型virus粒子が認められ

る. (10)このvirus粒子はretrovirusの性格をもち

proviral DNAの形で宿主DNA中に組み込まれてい

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ATLの皮膚病変とvirus様粒子

ることがわかっている.などの項目があげられてい

る1ト5}.

 本例は末梢血中の異型リンパ球(花細胞)は50%,

肝牌腫,リンパ節腫脹を認め,入院中しばしば発熱が

みられた.4年前に単発した腫瘤の治療後再燃をみず,

今回の発症で多彩な皮膚病変を生じherpes virus感

染後に急激に増悪し治療に抵抗し5ヵ月の経過で死亡

している.母親が宮崎県出身でATLA抗体強陽性の

キャリアであり患者は母親より感染したと考えられ

る.ATLA抗体は強陽性で末梢血および皮膚腫瘍の

proviral DNAの組み込みを証明し,さらに腫瘍細胞

内に電子顕微鏡にて多数のvirus様粒子を認めた例で

ありATLの概念を100%満足させる症例である.

 2.皮疹について

 この症例は4年前に腫瘤を単発し,この組織所見が

今回の多彩な皮膚病変のすべての浸潤部に認められた

ことで興味深い.これまでの報告や6)著者が経験した

15例7)~9)の症例においては丘疹が次第に増大して腫瘤

になったり紅斑が拡大したり浸潤を生じて隆起したと

いう変化はあるが本例のように全身の中毒疹様の小紅

斑から始まり,手掌の苔癖様丘疹,単発性腫瘤,手足

の蛇行状紅斑と皮膚科学的に臨床像の全く異なる皮膚

病変を短期間につぎつぎに生じたことはこれまでに例

のないことである.そしてこれらの皮疹はすべて

virus感染時によく認められる皮疹の形であったこと

が興味深い.さらに末期においてherpes virus による

Stevens-Johnson症候群を生じこの水庖のあとに

lymphomaが生じ,急激にlymphomaが増悪していっ

たことが注目される.このことはherpes simpleχ

virusによりHTLV・l virus LTR が活性化されたため

と考えられる.

 3. virusについて

 最後に本例については腫瘍細胞内に電顕的に多数の

virus様粒子を認めたがこれは形態的に第11図の末梢

血の異型リンパ球内に認められたvirus様粒子を含有

したmultivesicular bodyに類似するが腫瘍細胞内で

は膜構造内のvirus様粒子が数十個認められるものも

あり粒子はすべて大きさは50~70nmの均一性で小胞

というよりvirus様である.そしてvirusの形態的分

類では, retrovirusに一致する構造であると考えられ

た.ATLのvirusはこれまで認められており,常に細

胞外でretrovirus C 型粒子とされている4)6)10)11)が,本

例で認められたvirus粒子は腫瘍細胞の細胞質内にあ

り,多数の直径約70nmのドーナツ状粒子と少数の直

細胞質内

  11111111~1111111191191~ll

佐鼎居

  IF………”’II・--”ト」

000

inli3cylopl3smic A

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◎ 峠

成熟

⑩⑧t④④◎

33

                     101

第22図 レトロウィルスの分類模式図(図説ウィルス

 学より)A粒子は細胞質内で直径約70nmのドーナ

 ッ状粒子で,細胞膜上で出芽しB粒子となる.B粒

 子は直径約130nmで中心にコアを有し表面にスパ

 イクが認められる.

径約130nmの中心にコアを有し,表面にスパイクを有

する大型粒子で膜構造に囲まれたり,細胞質内に集族

したりまたは細胞が破壊して細胞外に流出した像とし

て認められた. virusの電顕アトラス12)によりこの構造

を調べるとBernhard13)が提唱し国際委員会が承認さ

れたretrovirusの分類(第22図)を参照するとコアを

有する大型粒子はマウス乳癌ウイルス(MTV)として

知られているB型粒子の構造に類似し,ドーナツ状の

小型粒子はその来熱型でintracytoplasmic A粒子に

類似すると考えられた.A粒子は他のRNA腫瘍virus

には見られないMTV固有の粒子14)でBernhard以

来,B粒子の未熟型または先駆体と考えられていたが,

その後両者の構成蛋白の比較などの研究によりB型

粒子の細胞質内未熟型であることが明らかにされてい

る15)16).ATLにおいての細胞質内未熟粒子の認められ

た報告はこれまでないが,本例およびこれまでに著者

が報告した数例8)においては,細胞内に多数の同様粒

子が認められている.そして細胞内では未熟粒子のA

粒子は第22図のように細胞膜上で発芽によりB型粒

子に成熟するとされているが,本例で第19図に少数認

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34 吉永 花子

められた膜構造内大型粒子は二層構造の膜を有し膜内

には電子密度の高いコアを認め,一部に出芽粒子と思

われる像や表面にスパイクを有する粒子も認められこ

のB粒子の構造に一致すると考えられた.しかし,こ

れらのvirus様粒子を確定するためには,さらに抗原

抗体反応など組織化学的検索が必要であり専門分野で

                          文

  1)高月 清,内山 卓,佐川公矯,淀井淳司:リンパ

   球系腫瘍細胞の表面マーカー,新しい疾患概念と

   しての成人T細胞白血病,臨床血液,17 :

   416-421, 1976.

  2)高月 清:ATLの臨床像,臨床とウイルス,10 :

   277-283, 1982.

  3)下山正徳:ノソホジキソリソパ腫の細胞免疫学的

   分類とその病態解析,日内会誌,72 : 1306-1311,

   1983.

  4) Hinuma Y, Nagata K, Hanaoka M, Nakai M,

   Matsumoto T, Kinoshita K, Shirakawa S,

   Miyoshi l : Adult T・cell leukemia (ATL)an

   antigen in an ATL cell line and detection of

   antibodies on the antigen in human sera in the

   endemic areas of Japan, ProcNatl Acad Sci

   USA, 78 : 6476-6480, 1981.

  5) Yoshida M, Miyosh□, Hinuma Y : Isolation

   and characterization of retrovirus from cell line

   of human adult T-cell leukemia and its implica-

   tion in the disease,ProcNotl AcadSciUSA,

   79 : 2031-2035, 1982.

  6)西尾一方:皮膚科における成人T細胞白血病,

   48 : 839-852, 1986.

  7)吉永花子,諏訪隆雄,内山 卓:全身に中毒疹様皮

   疹を生じたadult T-cell leukemia, 皮膚臨床,

   00 : 67-70, 1981.

  8)吉永花子:ATL,BCLLおよびセザリー症候群に

   認められたウイルス粒子の形態学的研究.第84回

   日本皮膚科学会総会において発表.

  9)吉永花子:皮膚悪性リンパ種の免疫学的,電顕形

の今後の研究に期待したいと考える.

 本症例は第38回日本皮膚科学会中部支部学術大会

(昭和62年11月1日)において報告した.プgハイラル

DNAの検索に御協力くださいました京都大学ウイル

ス研究所の畑中正一教授,および電顕形態学的に御教

示下さいました田中春高教授に深謝いたします.

   態学的分類,日赤医学,39 : 207-211, 1987.

 10) Poisz BJ, Ruscett FW, Gazdar AF, Bum PA,

   Minna JD, Gallo RC: Detection and isolation

   of type C retrovirus particles from fresh and

   cultured lymphocytes of a patient with

   cutaneous T-cell lymphoma, ProcNatlAcad

   Sd USA, n: 7415-7419, 1980.    ’

 11) Miyaoshi I, Kubonishi l, Yoshimoto S, Akagi T,

   Ohtsuki Y, Shiraishi Y, Nagata K,Hinuma Y:

   Type C particles in a cord T・cell lines derived

   by co・cultivating normal human cord leuko・

  cytes and human leukemic T・cells.s, Nature,

   294 : 770-771, 1981.

 12)星野宗光:レトロウイルス科,電子顕微鏡図説ウ

   イルス学,朝倉書店,東京, 1983, plOO-113.

 13) Bernhard W : The detection and study of

   tumor viruses with the election mic roscope,

   CaれcerResearch,20: 712-727, 1960.

 14)田中春高:マウス乳癌ウイルス.代謝,12 : 1,

   1975.

 15) Tanaka H, Tamura A,Tsujimura D: Prop-

   erties of the intracytoplasmic A perticles

   purified from mouse tumors, Virology, 49 :

   61-78, 1972.

 16) Sarkar NH, Whittington ES : Identification of

   the structural proteins of the murine mammary

   tumor virus that are serologically related to the

   antigens of intracytoplasmic type-A particles,

   胃抑収ひら81 : 91, 1977.

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ATLの皮膚病変とvirus様粒子

           A Case of Adult T-cell Leukemia (ATL)

―Various Skin Eruptions and Virus-like Particles in the Fresh Tumor Cells-

                  Hanako Yoshinaga

        DepartmentofDermatology,Osaka Red CrossHospital,Osaka,Japan

        (ReceivedApril18,1988;acceptedforpublicationNovember 15,1988)

35

  A case of Adult T・cell leukemia (ATL)with various skin eruptions is reported. This case was seropositive to

ATL-associated antigen (ATLA). Discrete positive bands indicating the presence of ATLV proviral DNA were

detected in the cellular DNA of skin tumors and peripheral lymphocytes. Electron microscpically, tumor cells

contained large aggregations of virus-like perticles in their cytoplasms, which appeared to be A particles and B

particles.

  Gpn J Dermatol 99: 25~35,1989)

Key words: ATL, virus-like particle, skin eruption, proviral DNA, surface marker, electron rnicroscipic

        observation