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意思決定志向的経営経済学と近代組織論 渡辺敏雄 I 西ドイツ経営経済学のなかで,¥意思決定志向的経営経済学」を早くから唱え, その概略的な研究方向を示しかっその方法論的な根拠づけを行なったのは,言 うまでもなくハイネシ (E.Heinen) である。ハイネシは,意思決定志向的経 営経済学の構想を展開するに際して,グーテシペノレク (E. Gutenberg) の経営 経済学の強い影響の下にあったと考えられる。つまり,グーテンベノレクの経営 経済学の受容と展開としてハイネンは,彼自らの意思決定志向的経営経済学を 構想し,経営経済の生産性を中心とする見方に,英米流の行動科学的な思考要 素,とりわけ伝統的組織論に対比され近代組織論と称される成果を取り入れる ことを目ざした,と考えられる。ハイネンが意思決定志向的経営経済学のなか に取り入れようとして,彼自らの学説展開のプログラムの内に予定していた行 動科学的近代組織論の諸成果は,ハイネシの次の世代にいたってさらに大幅に 摂取されることとなった。「意思決定」を中心として企業の動きを見ていくとい うハイネンが強調した方向を,そうした行動科学的近代組織論の諸成果を実際 に吸収し日且暢しつつ,内容的に発燥させたと考えられる研究者の一人に,キノレ 乙/ュ (W.Kirsch 1937 一)がいる。キ J レ乙/ュは, ハイネシの高弟の一人であ (1) ここに言う伝統的組織論に対比される近代組織論とは,とりわけサイモン (H.A. Simon) ,-:(,ーチ(J.G. Malch) ,サイアート (R.M" Cyert) らの業績をさし示 す。彼らの主要業績としての次の書物が挙げられよう。 H.A.. Simon Administrative BehavioI NewYork1945. 松田武彦・高柳腕・二村敏子(訳),経営行動,ダイヤモ シド社, 1965 0 J..G.MarchandH. A Simon Orgaizations NewYork1958. 土屋守主主(訳),オーガニゼー ν ヲシズ,ダイヤモシド社, 1977 0 R. M. Cyer 't and J.G.March ABehavioI'al Theoryof theFirm EnglewoodCliffs NewJersey 1963.松田武彦・井上領夫(訳),企業の行動理論,ダイヤモシド社, 1967 OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

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意思決定志向的経営経済学と近代組織論

渡辺敏雄

I 序

西ドイツ経営経済学のなかで,¥意思決定志向的経営経済学」を早くから唱え,

その概略的な研究方向を示しかっその方法論的な根拠づけを行なったのは,言

うまでもなくハイネシ (E.Heinen) である。ハイネシは,意思決定志向的経

営経済学の構想を展開するに際して,グーテシペノレク (E.Gutenberg)の経営

経済学の強い影響の下にあったと考えられる。つまり,グーテンベノレクの経営

経済学の受容と展開としてハイネンは,彼自らの意思決定志向的経営経済学を

構想し,経営経済の生産性を中心とする見方に,英米流の行動科学的な思考要

素,とりわけ伝統的組織論に対比され近代組織論と称される成果を取り入れる

ことを目ざした,と考えられる。ハイネンが意思決定志向的経営経済学のなか

に取り入れようとして,彼自らの学説展開のプログラムの内に予定していた行

動科学的近代組織論の諸成果は,ハイネシの次の世代にいたってさらに大幅に

摂取されることとなった。「意思決定」を中心として企業の動きを見ていくとい

うハイネンが強調した方向を,そうした行動科学的近代組織論の諸成果を実際

に吸収し日且暢しつつ,内容的に発燥させたと考えられる研究者の一人に,キノレ

乙/ュ (W.Kirsch, 1937一)がいる。キJレ乙/ュは, ハイネシの高弟の一人であ

(1) ここに言う伝統的組織論に対比される近代組織論とは,とりわけサイモン (H.A.

Simon), -:(,ーチ(J.G. Malch),サイアート (R.M" Cyert)らの業績をさし示す。彼らの主要業績としての次の書物が挙げられよう。 H.A.. Simon, Administrative

BehavioI, New York 1945.松田武彦・高柳腕・二村敏子(訳),経営行動,ダイヤモシド社, 19650 J.. G. March and H. A“ Simon, Orgaizations, New York 1958. 土屋守主主(訳),オーガニゼー νヲシズ,ダイヤモシド社, 19770 R. M. Cyer't and J. G. March, A BehavioI'al Theory of the Firm, Englewood Cliffs, New Jersey

1963.松田武彦・井上領夫(訳),企業の行動理論,ダイヤモシド社, 1967。

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-328ー 第56巻 第1号 328

り,当初 3ュンヘン大学 (UniversitatMunchen)の「産業研究および経営計

算制度 (Iri.dustrieforschungund Betriebliches Rechnungswesen) J .の講座を

担当するハイネンの助手として研究を始め, 1968年に経営経済学の教授資格を

とり,マシハイム大学 (Universitat Mannheim)の教授を経て,ミュンヘン大

学に戻り「一般経営経済学および産業研究 (AllgemeineBetriebswirtschafts.

lehre und IndustriefoIschung) Jの講座を担当し,今日に至っている。キJレv

zは, 1960年代後半から精力的な研究活動を続け,英会|主流の行動科学的近代組

織論の諸成果を大幅に取り入れ,それらを体系化し,初期の主著と考えられる

『意思決定過程J全3巻を1970年から1971年にかけて公刊している。その後彼

は,組織的意思決定の研究に取りくみ続けると共に,経営経済学が応用科学的

な管理論 (Fuhrungslehre)だ,という立場を打ち出し, 管理論としての経営

経済学の観点から,経営経済上の諮問題を見ょうとしている。

本稿でわれわれは,行動科学的近代組織論の成果をまとめたと考えられるキ

ノレ乙/,,-の初期の代表作『意思決定過程」をとりあげ,そこにlみられる行動科学

的要素を重点的に要約し,後述のようにハイネンが行動科学的認識をとり入れ

ようとする時に目ざす応用可能性の回復という目的との関係に留意しつつ,キ

ノレ乙/ュの所論にみられる行動科学的認識とハイネシの意思決定志向的経営経済

学のプログラムとの関係を考えることとする。まず,われわれはハイネシによ

る意思決定志向的経営経済学のプログラムを見なければならない。

(2) Zeitschrift fur BetIiebswirtschaft, 1968, S. 646妙によった。(3) W. Kirsch, Entscheidungsprozesse Bd. L-Bd. III., Wiesbaden 1970-1971.

各巻のサプタイトノレは次の通りである。Bd. L Verha1tenswissenschaft1iche Ansatze der Entscheidungstheorie. Bd. II. Informationsverarbeitungstheode des Entscheidungsverha1tens. Bd. III. Entscheidungen in Organisationen.

なお, 1977年に,これら 3巻の合本が次の題名で出版されている。 W..Kirsch, Einfuhrung in die Theode der EntscheidungspIOzesse, Wiesbaden 1977-.

(4) 組織的意思決定に関してキノレνュは『意思決定過程』公刊後,さらに構想を展開す

るとともに,何人かの門下の研究者らと実証的研究を行なっている。その成果は,主として,r計画科学上ならびに組織科学上の著作集 (Planungs-und Organisationswi. ssenschaft1iche Schriften)Jに収められている。キノレνュが,管理論的立場を打ち出した著作も,この著作集に含まれている。次の審物を参照のこと。 W.Kirsch, Die Betriebswirtschaftslehre als Fuhrungslehre, Munchen 1977.

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329 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 -329-

II 意思決定志向的経営経済学のプログラム

ハイネンは,グーテンベJレクの経営経済学に基づきながら,一方で新しく

「意思決定志向的経営経済学Jを主張する。「ハイネンは,グーテンベノレク経営

経済学を意思決定という形式的枠組でとらえなおすことによってグーテシベル

クの問題領域の拡大をはかろうとしているむこの場合,問題領域の拡大とは,

経済学的には十分把握されうる事象としての合理層のみではなし経済学的に

は十分把握されえないと考えられる非合理層をも経営経済学の認識の対象とす

る,ということである。キノレνュが展開しているのは,後者に関係する行動科

学的要素についての認識であるが,それとハイネンの示すプログラムとの関連

が追求され,意思決定志向的経営経済学における行動科学的要素の位置づけが

行なわれるためには,まずハイヰ、ンの考える意思決定志向的経営経済学のプロ

グラムが示されなければならない。

ハイネンは,意思決定志向的経営経済学のプログラムを次のような図 1に

示す。彼はこの図を構成するに|燥して,形式的な意思決定の範図である,目標の

決定,代替案の考案,代替案の評価といラ図式にのっとる。図 1にそくしてハイ

ネシの見解を要約すると次のようになろう。(1)経営経済的目標(betdebswirt.

schaftliches Ziel)は,代替案選択の場合の評価尺度を与える。経営経済学はそ

れが何であるかを把握する必要がある。 (2)経営経済学は,代替案の考案を行

(5) 永田誠, r経営経済学の方法J,森山番底, 1979, 117ページ。(6) 以下のハイネシの見解に関する論述は主として次の審物に基づい℃いる。

E. Heinen, Einfuhrung in die Betriebswirtschaftslehre, Viet'te,duI'chgesehne Auf1age, Wiesbaden, 1972.第3版には次の邦語訳がある。溝口一雄(監訳),経営経済学入門,千倉書房, 1973。なお,われわれが上記書物を引舟する必要があるどきは,それを Einfuhrung.と略記する。E. Heinen, Grundfragen der entscheidungsotientierten Betriebswirtschaftslehre,

Munchen 1976.われわれがこの書物を引用する必要があるときは,それを Grund.fragen.と略記する。

(7) E, Heinen, Grundfragen., S. 378.以下のハイネシの見解については次を参照のこと。 E.Heinen, a. a. 0., SS. 376-383. E. Heinen, Einfuhrung., S. 33fLなおこの図ならびにその解説を簡単化したものが次に出ている。 E.Heinen, Einfuhrung., S. 263ff.

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-330ー

「一一目標研究

第56差是 第 1号 330

代柊栄町,jf 1面i 一一一「

体系化法組 説明石課題 形成課題

)X本モデル (5)例入、集団、組織 l 杭会に関する続出続iiH内に可rr且'な|喝迎をもっそテル

隣抜frt":'i:科(1~J. tl 会心~v.~:;:、し日R~~l: 社会

!!f:, 政治字数学問K経済学)

図 1

なうために経営経済的意思決定事態〉(betriebswiEtschaftlicherEntsc11eidungs-

tatbestand)の画定および体系化を行なろ。この場合,例えば,購買上の用具,

生産上の用具,販売上の用具,資本経済上の用具のための行動パラメーター

(Aktionsparameter)が記述される。ある領域(例えば購買,生産)に関して,

どのような変数がどのよろな形をとって動かせるのかを画定していくことがこ

こでの任務であり,この任務は代替案の考案として位置づけられる。ハイネシ

は,例えば生産領域では,生産プログラムないし給付プログラム (Fertigungs.

oder Leistungsprogramm),設備 (Ausstattung),過程 (Prozes)の3領域にか

かわる意思決定事態をあげる。生産プログラムないし給付プログラムに関して

は,大量生産方式,個別生産方式,組別生産方式, ロット別生産方式という種

類が意思決定事態としてあげられ,設備に関しては,潜在要素有高の種類上な

らびに量的な構成が意思決定事態としてあげられ,過程に関しては,生産要素,

(8) Vgl. E" Heinen, Einfuhrung., 55. 121-156.

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331 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 -331ー

作業経過の時間的長さ,作業分配,ロットの大きさ,給付準備が意思決定事態

としてあげられる。そして「経営経済学的研究は,費用理論 (Kostentheorie)

の枠内で,生産経済的意思決定事態を研究するむ数学的モデ門表現された費

用理論のなかに,上述の 3つの範礁の生産経済的意思決定事態を、費用への影

響要因としてとりともうといラのが,ハイネンの意図である。 (3)代替案が示

されても,それのもたらす結果が示されなければ,代替案の評価はできない。代

替案の結果を予測するために用いられるのが,経営経済的説明モデノルレ(ゆbet位削ri怜ebs.

wi江I協 紬ha泡叫af印m幼cl命he邸sEr北耐k副l加昌訂加run

モデjルレとしていくつかのものをあげげ‘ているが'そのうち費用理論については,

形式的モデノレによって,生産量と費用の関係を示し,次に変動費 (variable

Kosten)の経過を 3つの類型の適応 (Anpassung) との関連で図示する。この

場合,適応の種類に応じて動かしろる変数というかたちで,ハイネンは上述の

生産経済的意思決定事態を取りこもうとしている。 (4)代替案のもたらす結果

がわかると,さらに経営経済的目標を含みとみ,形成勧告のための経営経済的

意思決定モデノレ (betriebswirtschaftlichesEntscheidungsmodel1)が構成され

る。この経営経済的意思決定モデノレとして,ハイネシは,極大化を導く数式な

らびにそれをあらわす図を提示する。彼は,例えば,短期的意思決定モデノレと

して,費用理論的認識を含みこみながら,独占的市場を前提として利潤極大化

(9) E. Heinen, a" a. 0り s.130. (10) Vgl. E. Heinen, a. a. 0., SS.. 157-219. (11) ハイネンは,結局,変動資

の総合的関数 (synthetische K¥¥削減用紙

FunktioD der vadablen Kosten と称して次のような図を示す。この図では,ある生産量 (X1)

に至るまでは,変動費は直線的に増加し,その生産量を超えると,逓増的に増加していく,と考えられている。

x. xr j;.産官~)

〆♂ 〆

〆〆hγ

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-332- 第56巻 第1号 332

産出物量 (gewinnmaximaleProduktmenge)を求めている。

図 1の(1)から (4)までの課題の内容は以上の通りである。ハイネンの意

思決定志向的経営経済学が, 実践に形成勧告を与えていこうとする実践・規範

的経営経済学 (praktisch-normative Betriebswirtschaftslehre) として構想さ

れているのだが,図 1の(1)から (4)までの課題の内容を見るかぎり,その

ような形成勧告は,意思決定論理学的極大化導出図式の使用によってなされる

のである。

ハイネシは,代替案の評価という形式にのっとった,図 1の上部の長方形を

経営経済学の管轄領域 (Zustandigkeitbeaich)であるとする。そし-C,下音[5の

長方形は,経営経済学と他学科との協力をあらわず。他学科からの認識に影響

を受けて構成されるのが図 1の (5)基本モデノレ (Grundmodell)なのであり,

ハイネシはこの基本モデノレに行動科学的要素を取りこもラとしている。彼の言

ろ基本モデルには,個人 (lndividuum),集団 (Gruppe),組織 (Organisation), (14)

社会 (Gesellschaft)に関するモデノレが含まれているが,ハイネンの構想におい

て就中重要であると考えられるのは,個人のモデルならびに組織のモデノレであ

ろう。

個人のモデルとして,ハイネシは,完全な合理性をもっ経済人的な個人モデ

孔のそ

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333 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 -333ー

ノレと合理性に制約のある個人モデノレの両方を提示しているが,他学科の認識を

得て構成するという基本モデルの意味を想起すれば,後者の個人モデJレのノ方カ1

より重要であろろ。合理性に制約があるという場合の「制約」は, 代替案を知

悉できないこと,計算能力の制約,選好序列の不完全性という 3つのかたちで

あらわれる。 こうした制約があるといちことと不離の関係で,探索行動 (Such-

verhalten)ならびに要求水準 (Anspruchsniveau)の考え方が導入される。探

索行動については,個人が問題を知覚し,情報を処理しつつ緊張状態を解消し

℃解決にいたる, とL寸意味の簡単な論述がなされるだけである。要求水準に

関しては次のように述べられる。個人は,何らかの目標につい'C.実際には最

大値あるいは最適値を達成しえないのであり,満足のいく水準(要求水準)を

設定していて,探索行動によって当初設定された要求水準を上回る解決が見つ

かると個人は要求水準を上げ,集中的な探索にもかかわらず解決が得られない

場合は個人は要求水準を下}げる。ハイネンが述べるこうした個人のモデノレは,

明らかに, ナイモンの『経営行動』から概念と構想を借りている。そしてハイ

ネンは次のように言う。 こうした合理性に制約のある個人のモデノレを考慮しな

い「・一一しばしば華麗である意思決定論理学的モデルは, その応用可能性を失

う。Jこのことからハイネンは,応用可能性の「回復Jのために,合理性に制約

のある個人のモデノレを導入したのだ, と考えられる。

次に,組織のモデノレについてハイネシは次のように考える。彼は,経営経済

が組織をもっという用具的組織観をとらず,経営経済が組織であるといラ制度

的組織d芸とる。彼によれば,組織は,情報を獲得し処理していく目標志向的

社会νステム (zielgerichtetesSozialsystem)である。 この組織のすプ乙/ステ

(15) H. A. Simon, Administrative Behavior, New York 1947.

(16) E. Heinen, a. a. 0., S. 43" (17) Vgl. Eタ Heinen,a. a. p., SS. 45-71. Grundfrag.en., S5. 381-383.

(18) こラした用具的(instrumental)組織観, 制度的(institutionell)組織観といラ区

別に円ついては,われわれは直接には次の文献によ?た。 W.Hill. R_Feh1baum~ P.

Ulrich, Organisationslehre 1, 2. verbesserte Aufl., Bern und Stuttgart 1976,

S,. 17,

(19) E, Heinen, Einfuhrung叩 S.49,

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-334ー 第56巻 第1号 334

ム之して,ハイネンは,目標乙/ステム(Zielsystem),情報i/ステム(Informations.

system) ,社会乙/ステム (Sozialsystem)をあげ,これらのすブ乙/ステムを意思

決定過程に対する規定因子 (Determinant) として把握する。目標νステムと

は,組織の,相互に関連する複数の目標のことである。情報νステムとは,目

標達成に必要となるところの情報の集まりである, と考えられる。社会乙/ステ

ムとは,意思決定が多数の人々によって担われるという認識に立つ場合のそれ

らの人々の集合だと考えられる。ハイネンが, r企業組織における意思決定過程

の規定因子と局面 (Determinant創 1 und Phasen des Entscheidungsprozesses (20)

in der Unternehmungsorganisation) Jを示す図として掲げているものから,

企業組織における意思決定過程の局面とは,刺激 (Anregung),探索 (Suche),

最適化 (Optimierung),貫徹 (Durchsetzung)である。そして,これらのそれ

ぞれの局面の規定因子として,目標乙/ステム,情報乙/ステム,社会乙/ステムが

考えられているのである。意思決定過程の規定因子としてとらえられlているこ

の3つのナブνステムは,ハイネンの所論においては所与なのではなく,少な

くとも部分的には意思決定の対象であって,この意志決定をノ、イネンはメタ意

思決定 (Metaentscheidung)とL寸。メタ意思決定のなかで決定される何らか

の部分のすプ乙/ステムとしてハイネンが最も重視しているのは言うまでもなく

目標乙/ステムである。つまり,ハイネンは組織目標を所与だとみなしているわ

けではなし目標形成過程でつくられてくるものだと把握しているのである。

「…意思決定志向的構想は組織の基本モデルのなかで,目標形成 (Zielbildung)

に関する説明仮説を獲得しなければならない。」 ζ こで注意されなければなら

ない点がある。それは,ハイネンが経営経済を組織として把握することは,彼

の経営経済学の対象が組織一般になり,また意思決定過程一般になることに導

くわけではない,ということである。彼は,経営経済学の認識対象としてあく

まで「内部で行為する人聞を伴う“経営経済"(“Be位iebswirts出aft"mitden in (2め

ihr handelnden Menschen)Jを考えているのである。なかでも,経営経済的意

(20) E. Heinen, a. a.. 0., S" 49. (21) E Heinen, Grundfrag回., S. 382,

(22) E Heinen, Einfuhrung., S. 13.

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-335ー意思決定志向的経営経済学と近代組織論335

思決定モデlレの極大化導出図式にあらわれているよろに,市場体制下の私的経

この注意をした後に,ハ営経済が主とし℃念頭におかれていると考えられる。

とりわけ,それは,イヰ、ンの提示する組織のモデノレの特質をまとめておくと,

組織目標が単ーではなく複数あると考えていること,組織における意思決定過

程が複数の個人によって拐われていると考え℃いること,組織目標もまたそう

に求められラるした意思決定過程のなかでつくられてくると考えているこ!と,

このようなところに行動科学的近代組織論の成果をとり入れようとであろう。

するハイネンの態度がみてとれるのである。

さて,経営経済的に重要な関連をもっとろした基本モデルは,先の図 1の代

替案の評価図式にしたがって提示された(1)から (4)までの課題とどのよう

な関連にあるのかが,追求されなければならない。「これらの(個人,集団,組織,

社会という一一渡辺)基本モデノレは,規範的解決探索 (normativerLむsungs.

versuch)のために記述的理論的基礎 (deskriptivestheoretisches Fundament)

をかたちづくる。」この文章から,ならびに先の応用可能性の回復の主張から,

理論的に根拠づけられた規範的解決探索をめざすことがわかり,ハイネンは,

l

o

l

-

-

実践問題の解決という観点から見られ基本モデノレは,応用科学的に把握され,

図1の (5)の基本モデノレから,上部i'C示されそれでは,℃いるわけである。

までの部分に矢印がのびていることはどのように解釈されう

このことに関して,われわれはハイネシが提示している個人の基本モ

デノレと組織の基本モデノレに分けて考察したい。

た(1)から (4)

るのか,

ハイネンの示す個人の基本モデlレのうち,合理的な経済人的な個人モデルの

方は,図 1の(1)から (4)までの意思決定論理学的思考に「前提」されてい

ということで基本モデルとの図 1の(1)から(4)までの関連はるモデノレだ,

また重要だと考えられるのは,行動科学的要

図1の(1)からく 4)の部分との関

つけられる。むしろ問題となり,

索を含んで示された個人の基本モデノレと,

連であろう。そうした個人の基本モデノレの重点は次のように整理でをよラ。

(23) E. Heinen, GrundfI'agen., S. 379.

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町 一336-

-制約された合理性の概念

との概念に基づいた

・探索過程の概念

・要求水準の概念

第56巻 第1号 336

このうち,ハイネンが,彼自身が考えるかたちでの意思決定論理学的形成勧

告(図 1の(1)から (4)までの進み〉との関連を直接つけて.いるものはひと

つもなし、。重点が上記のようにまとめられる倒人のモデノレは,そうした意思決

定論理学的形成勧告とは前提を異にする故,両者は無関係である,と考えられ

る。つまり, (1)から (4)までは,そのままのかたちでは個人の基本モデノレ

とは関係ないのである。合理的な倒人モデノレと制約された合理性をもっ個人モ(24)

グノレとが並有しているのであるが,われわれは,後者の個人モデノレをハイネン

が説明課題を満たすためにのみ導大した,とは考えない。ハイネンが実現でき

℃いるかどうかにかかわりなしまずは,説明の意図で導入された行動科学的

要素から,やはり何らかの形での形成勧告iを提出するという経路がありうる,

と考えられるのである。

次に,ハイネンの提示する組織の基本モデノレと図 1の(1)から (4)までの

流れとの関連が追求されなければならない。組織の基本モデノレの重点は次のよ

うに要約された。

・組織目標が単一ではなく複数ある

・組織における意思決定過程が複数のュ人聞によっ℃担われる

・組織目標もまた意思決定過程のなかでつくられてくる

ζれらの諸認識もまた,図 1の(1)から(4)まで・の,ハイネンが行ってい

る限りでの意思決定論理学的形成勧告の導出にいかされているとは考えられ

ず,そのままでは (5)基本モデノレから, (1)から (4)に向かつてのびている

矢印の意味が不明確なままである。ただし組織目標を操作的なものに限定し,

それらがなぜそうあるのかを説明し,それに基づいて出てくる組織目標が予測

(24) 永田誠,前掲書,第 6主主参照のこと。

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-337-意思決定志向的経営経済学と近代組織論337

かっ複数評価基準を含む意思決定論理学的モデノレが構成されラるのなできr,

ら上記第 1点と第3点は,意思決定論理学的形成勧告の評価基準を与えると

いう意味で, (5)から(1)にのびる矢印は辛うじて理解されうる余地がある。

基本モデノレと意思決定論理学的形成勧告の導出((1)かこの場合も,しカミし,

は前者が後者を理論的に基礎づけるという意味では無関ら (4)までの流れ)

それがわれわれは,係と考えられるのである。組織の基本モデノレについても,

ハイネンによって単に説明のために導入されているとは考えない。個人の基本

とわれ行動科学的形成勧告に導きうる,モデJレと同様,少なくとも一部分は,

われは考える。

個人の基本モデノレならびに組織の基本モデノレにおいてハイネンがとり入れよ

キノレ乙/ュによって大幅にとり入れられ詳論されるうとした行動科学的要素は,

キノレ乙/ュの『意思決定過程jの内われわれは,こととなるのである。そこで,

容を見なければならないのである。

行動科学的近代組織論の内容III

われわれは以下キノレ乙/.:1の『意思決定過程Jの要約を行なう。その場合, r組織の規定j,r組織の情報・;意思決定乙/ステムjr個人の意思決定過程j,r組織目

標一一ーその形成過程ならびに組織構成員に対するその意味j,r組織における影

るれ舟己一木

1・刀容内

めん

で。定

規の

J

r

キjレ乙/ュは,組織の意思決定過程を考察する前に,組織

社会・技術一般に組織は,とは何かを規定する。彼によると,(Organisation)

目標志向的乙/ステム (sozio・technisches,offenes, zielgerichtetes 的,開放的,

ひとつの乙/ステムは,相互に関連する要System)として把握される。第 1に,

ある要素の活索の,何らかの観点から区別される集合から成り立つ。組織は,

動の変化が他の要素の活動の波及し,全体としての乙/ステムの変化が惹起され

インプットをうる行動νステム (Verhal tensystem)である。行動νステムは,

(25) V gI. W. KiI'sch, EntscheidungspI'ozesse. Bd. III.勺S5.26-49

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-338ー 第56巻第1号 338

アウトプットへ転換し,ある要素のアウトプットを他の要素のインプットとす

る形で結びついている凶動的要素から成り立ち,組織においてそうした要素は

人間 (Mensch) と機械 (Maschine)であり,乙の認識に基つ守さ,組織は社会技

術乙/ステムだとされるのである。

第 2に,組織は,物質・エネノレギーならびに情報の交換によって環境と結び

ついているとL寸意味で開放的である。組織と環境との区別については,意識

的に組織への参加意思決定を行ない,組織において公式的役割lを果たす構成員

(Mitglieder)ーのみを組織の要素とすることで,区別がなされる。

第3に,組織が目標志向的だというのは次のよろな意味である。 r組織に参

加した個人(ここでは組織構成員の意味一一渡辺)の意思決定の基礎に一一事

実的ならびに規定的な意思決定前提とともに一一組織の行動を規定する,意思

決定前提としての目標観念がある限り,組織は目標志向的である。」つまり,組

織構成員の意思決定の基礎に組織目標があり,それ故,組織構成員が組織目標

の達成を志向している限り,組織は目標志向的である。

「組織の情報意思決定志/ステム」。上記で規定された組織における情報意思決

定乙/ステム (Informations.und Entscheidungssystem)を'キノレ乙/ュは直接の考

察の範囲とする。情報意思決定乙/スデムの構成と組織におけるその位置づけ,

ならびにそこで行なわれる意思決定の特質は次のようである。

キノレ乙/ュによると,組織の情報意思決定乙/ステムは,組織の情報を処理す町る

サブ乙/ステムの総体であり,基本的に機能的に 3つのサブ乙/スデムからなる。

政治乙/ステム (politischesSystem),管理νステム (administratives. System) ,

作業監督宇/ステム (operativeSSystem)がそれらである。作業監督乙/ステム

は,生産・分配という実行過程に対する常軌的な制御 (Regelung)と操縦

(SteueIUng)を行なうことを任務とする。ことに制御とは, 目ざすべきものが

実現されるよラ介入を行い,実現の結果に関する情報がフィードパックされ,

目ざすべきものとの希離があればまた介入を行なうことを示し,操縦とは,と

(26) W. Kirsch, a. a. 0リ S.36. (27) Vgl. W. Kirsch, a,. a. 0., SS“ 49-98.

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339 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 -339-

のうち介入のみを示し,フィードパックのないものである。この作業監督乙/ス

グムの行なう意思決定はプログラム化された「常軌的」意思決定である。次に

管理乙/ステムは, このような作業監督乙/ステムに対してプログラムの展開を行

なろことをその任務とし,その意思決定はプログラム化されていなし、。政治ν

ステムは,管理乙/ステムがそうしたプログラムを展開する際に守らなければな

らない組織目標をはじめとする諸々の制約(戦略,予算〉ならびに組織構造,

重要な職位の任命,特に重要な個別施策の決定を任務としていて,政治乙/;ステ

ムの行う意思決定は匁満たすべき制約が全く漠然とした革新的意思決定であ

る。

以上のよラな基本的には 3つの機能的ナプ乙/ステムからなる組織の情報意思

決定志/ステムは,全体として組織内の仕事の直接的な実行過程(生産・分配)

を除いたサブ乙/ステムであり,直接的な実行過程の操縦と制御を任務とする管

理職能を担ラもの℃ある。キノレ乙/ュは,組織の情報意思決定乙/ステムの構成を

このように明らかにするに際して,制御に関するサイバネティックス的ヰ/ステ

ム論から思考の枠を借りているのである。

上のよろな情報意思決定乙/ステムにおいて行なわれる意思決定過程の特質はJ

キノレ乙/コによると次のようである。それは, まず多数の組織構成員によって担

われる集合的意思決定(kol1ektiveEntscheidung)である。多数の組織構成員か

によって担われるというこうした特質が,以下の論述の出発点をなすと考えら

れる。多数の組織構成員が参加する故に,意思決定相互依存(Entscheidungs-

interdipendenz)が生じ, この意思決定相互依存のために個人間葛藤 (interin-

dividueller Konflikt)が生じる可能性があり,それが生じた場合には葛藤が放

置されるわけにはいかないので,何らかの形での調整 (Koordination) が行な

われなければならない。この筋にそって集合的意思決定過程の特質が, r意思決

定過程』ではi詳論されているものと考えられるので,われわれはその筋に合わ

せ,キノレ乙/ュの論述を重点的に要約しておく。

まず,意思決定における相互依存とは...ある個人の意思決定が他の個人の意

思決定によって影響される状況をさし示し,それ故,相互依存とは,双方的にl

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同一340ーー 第56巻 第1号 340

影響がある状況なのだと考えられる。このような相互依存がある場合,個人間

葛藤が生まれる可能性がある。 f2人あるいはそれより多《の意思決定担当者

が,彼らの考える最適代替案あるいは満足のいく代替案を同時には実現しえな

い」状況が個人間葛藤である。つまり,複数の個人による同ーの代替案に対す

る評価が相互に競合している状況が個人間葛藤であるが,このよろな葛藤の

原因別分類としては,個人の聞でもち合わせている価値が競合する価値葛藤

(W ertkonflikt) と,彼らがもっ事実的情報が異なることに起因する確信葛藤

(Uberzeugungskonflikt)がある。いずれにせよ,個人間葛藤が放置されると,

組織の存続がおびやかされるので,モの解消の努力が行なわれなければならな

い。その努力が調整である。調整とは,要するに個人間での意思決定前提の統

一化を計ることであり,調整の方法には,集権的に行なわれるか分権的に行なわ

れるかによって,集権的調整(zentraleKoordination)と分権的調整(dezentrale

Koordination)とがあり,また予め決められた長期的計画に基づくか否かによっ

て、期待形成に基づく調整(Koordinationauf Grund von Erwartungsbildung)

とフィードパック情報に基づく調整(Koordinationauf Grund von Ruckkopp-

lungsinformation)とがある。何らかの個人が調整者として行動し,他の個人

がとれに従いゑそうすることで意思決定前提の統一が計られるのが集権的調整

であり,特定の調整者なくして個人が相互に意思決定前提の統ーを計るのが分

権的調整である。また,他の個人の;意思決定の予測に基つ守きながら行なわれる

のが期待形成に基づく調整であり,意思決定の都度少し前までの結果に関する

情報に基づきながら行なわれるのがフィードパック情報に基づく調整である。

以上が,組織の情報意思決定乙/ステムにおいて行なわれる集合的意思決定の

特質の要約なのである。キノレ乙/ュもまた,意思決定過程に複数の個人が参加す

るという,ハイネンが述べた組織の基本モデノレのー特性から議論を展開してい

る。しかし議論の展開とは言え,集合的意思決定過程の特質に関するキノレ乙/ユ

の所論においては,過程の特質に関して正確な命題が構成されているわけでは

なく,例えば,個人間葛藤の類塑,調整の方法の類型といったかたちで概念が

(28) W. Kirsch, a. a. 0., S. 71.

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341 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 --341ー

形成され,集合的意思決定過程のきわめて大まかな見方が定められている。

さて,集合的意思決定超程は多数の個人から構成され, 彼らの閣の影響関係

をともないながら経過するものであることは,上述からもわかるが, r影響」に

はどのようなものがあり,個人に対してどのように影響があるのか, が次に追

求されなければならない。 さらに, r影響」との直接の関係ではなくとも,行動

科学的近代組織論は, 独特の個人のモデノレから出発し℃いるのであるから, わ

れわれは次にキノレ乙/ュの『怠思決定過程』における個人の意思決定過程の議論

を見る必要がある。

「個人の意思決定過程」。上記第II節で指摘されたように,ハイネンは,個人

の基本モデノレを特徴づけるものとして,制約された合理性, (それと結びついて

いると考えられる〉探索過程, 要求水準の概念を簡単ながら紹介し導入してい

た。 キノレ乙/ュも, それらの概念に基つマきながらも英米の行動科学的成果を大幅

にとり入れ個人行動のモデノレの展開を行なう。

経済人の仮定に基づいた個人の意思決定論においては,個人は代替案のもた

らす結果を彼自身の目標に照らして評価し, それに従って代替案を序列付けう

しかし,現実には,個人はスムースに代替案を序列つやけ,ると考えられている。

そこから簡単にひとつの代替案を選択する, というわけにはいかないことが往

往ある。代替案の選択に関して個人内的葛藤 (intraindividuellerKonflikt)が

ここに生じる。 との葛藤には,様々の穏類があり, それらをキノレνュはマー

テ(}.G. March) とサイモン (H.A. Simon)によりつつ受容不能 (Nicht・-

akzeptierbarkeit) ,比較不能 (Nichtvergleichbarkeit),不確実 (Unsicherheit)

に分類する。受容不能の場合には個人が,代替案の結果がどのような確率で生

じるのかを知ってい!て, さらに最も選好される代替案を指定しうるが, その代

替案のもたらす結果が彼の要求水準 (Anspruchsniveau)を満足させない。比

絞不能の場合には,個人は,代替案の結果がどのような確率で生じるのかを知

(29) Vgl. W. Kirsch, EntscheidungspI'Ozesse, Bd. r., SS" 66-125. und Bd. II., SS. 79-168.

(30) キノレジュが参照する文献は次のものである。 J.G. March and H. A. Simon, Organizations, New York 1958.

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-342ー 第56巻 第1号 342

つてはいるが,最も選好する代替案を確認でさない。不確実性の場合には,代

替案の結果がどのような確率で生じるのかを個人は知らないのである。

これらの個人内的葛藤によって,個人はその解消をめざしてJ探索活動を行

なう。受容不能の場合には,個人は新規の代替案を探索し,比較不能の場合に

は,比較を可能にするように追加的な基準を探し,その探索に失敗する場合の

み,新しい代替案を探す。不確実性の場合には,個人は代替案の結果の予測を

可能にするよろな追加的情報を探し,それが失敗すると別の代替案を探す。

しかし, こうした探索活動によって必ず個人内的葛藤が解決されるとは限ら

ず,未解決に終った場合,個人は要求水準を低下させることによっ℃個人内的

葛藤の解消を試みる(要求適応〉。だが, 乙の場合,一種の後悔の念一一認知的

不調和一ーが生じラる。個人は決定後のこの認知的不調和をも解決すべく,要

求適応によっていわば強引に彼自らを満足させた代替案をよく見せるような情

報のみを収集し,生じた認知的不調和を解消しようとする。

個人の意思決定過程の経過は,個人内的葛藤を経ずにすぐに終りになるか,

あるいは個人内的葛藤に触発された探索活動を経て決定に至るわけであるが,

キノレνュは後者の場合の個人の意思決定過程を次のように図示し,解説する。

有機体

図 2

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343 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 -343ー

まず,環境から何らかの刺激(①)があり,これが個人に何らかの類型の個人

内的葛藤を知覚させ, これが探索活動を触発する〈②)。 そうした探索活動は,

まず個人の記憶に向けられ(⑥),それによって満足のいく情報が得られぬ場

合,個人にとっての環境に向けられる(④〉。 この探索活動によって個人内的

葛藤の類型が変わりうる(⑤)。 この変化はまた, 以後の探索活動の種類を変

える O 探索活動により要求水準を満たす代替案が見つかると,個人はそれを選

択する(⑤〉。そして,個人はその代替案をもって当初の刺激に反応する(⑦〉。

しかし,要求適応による代替案の選択で,認知的不調和が生じると,個人はそ

の解消の為に探索活動を行なう(⑨)。 この探索活動がラまくいくと,調和に

至り((lOa)),失敗に終ると,再度個人は,新しい意思決定をはじめる ((10b))。

この探索過程の経過について,キノレνュはいくつかの主要側面を詳論する

が,そのなかで, ここでは要求水準に関するキノレ乙/.:t.の見解を示したい。個人

の要求水準の上昇と下降の把握のしかたに関しては,学習理論的構想が支配的

であって,これによると,要求水準の達成はJ次期の要求水準を上昇させ,達成

できないと要求水準は下降していく。こうした基本的認識をもっ要求水準に関

する学習理論的構想に関して,アトキンソン CJ.W. Atkinson)ならびにモク

ノレトン (R.W. Moulton)は..,達成動機 (Leistungsmotivation)の概念を取り

入れつつ,次のような展開を示した。成功が要求水準の上昇に導き,失敗がそ

の下落に導くという典型的反応は,達成動機のある個人にみられるもので,達

成動機の欠如する個人には,逆に失敗が要求水準の上昇に導き,成功がその下

落に導く,とL寸非典型的反応がみられる。

個人の探索活動については,キノレヰ/ュは;上記のように考えているのである。

さらに,彼は個人に刺激が入っ lてから反応が生まれるまでの経過について,人

聞をJ情報処理(Informationsverarbeitung)の観点から見ることで,刺激から,

(31) この場合キルνュが参照する論文は次のものである。J.W.; Atkinson, Motivational Determinants of Risk Taking Behavior, in: J, W. Atkinson and N. T. Feather (ed.), A Theory of Achievement Motivation, New York-London,Sydney 1966, R.. W.. Mou1ton, Effects of Successand Failure on Level of Aspiration aS

Related to Achievement Motives. in: ,J. W. Atkinson and N. T. Feather(ed.), op, cit.

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-344ー 第56巻 第 1号 344

記憶への探索を行ない,反応するといラ上述の個人の探索過程を情報の換起を

中心に次のように考える。この場合,個人は意思決定をなす際,彼自身の環境

に関する主観的で簡単化されたモデノレ (subjektives,vereinfachtes Modell der

Umwe1t)を前提とする,とし寸認識から出発する。つまり,倒人は彼自らの

環境から刺激を受けとり,環境に関する主観的で簡単化されたモデ/レに基づい

てこれを解釈し, これから結論を導さ出すというかたちで意思決定を下す。キ

ノレ乙/コはこの過程を次の図のように示す。この図において,長期的記憶とは,

個人のもっている記憶全体のことを示す。まず,個人は環境から刺激を受けと

図 3

る(①〉。この刺激は,長期的記憶から刺激に関連する情報を個人に喚起させ

(②→③),個人はこの喚起された情報一これを態度 (Einstellung)といろーに

基づいて当初の刺激を解釈し(④),同時に解釈された刺激に基づいて,個人は

環境に反応する。〈解釈された刺激から矢印が出るべきだが,簡単化のため⑤で

このことを示した。〉また解釈された刺激は,長期的記憶に貯蔵される(⑤〉。

こうしたモデノレは, キノレ乙/ュの後々の議論で比較的重要な地位をしめ,われわ

れはこれを個人の情報喚起のモデノレと呼んでおきたい。

さて, こうした図にあらわされた個人の情報処理過程における情報構造につ

いてキル乙/ュは次のように考える。個人の長期的記憶の内には,情報として,

(32) 以下の個人の情報喚起のモデノレについては次を参照のこと。W.Kirsch, Entschei町

dungsprozesse, Bd.. 11., 55. 76-101. (33) この図は,原図を若干修正の上掲示したものである。 W"Kirsch, a. a. 0., 5.

96.

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345 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 -345--

概念 (Begriff),確信仰berzeugung),価値 (Wert)ないし目標 (Ziel)が収

められている。ここに概念とは,定義された記号であり,確信とは目的手段関

係あるいは原因結果関連について個人が主観的にもっている構図である。価値

ないし目標は,相互に特に区別されることはないが,意思決定論では,目標の

方が用いられ,それは代替案選択の基準となる肯定的に評価される将来の状態

をさし示す。これらの情報を収めてし、る長期的記憶から刺激によって態度が導

き出され,この態度のうちそのときそのときの意思決定に関連ある情報が意思

決定前提 (Entscheidungspramisse) となる。ここに意思決定前提とは, rある(品〉

具体的な意思決定の前提となるとこるの個人のすべての認知的情報」である。

以上の見解に従えば,個人の意思決定過程においては,ある刺激によって,

長期的記憶から喚起された情報(態度〉に基つ"いて意思決定前提が構成され,

この意思決定提が構成され, この意思決定前提がそのときそのときの意思決定

を規定する。との考え方から,個人の意思決定は,長期的記憶の内容の変化な

らびにそこから喚起された態度の変化の両者に影響を被るということになり,

このことは,後にi論じる組織における影響過程との関連で重要な認識なので,

われわれは, ここで特に注意をうながしておきたいのである。

さて,個人の意思決定過程に関するキ){, iメュの論述のなかで,少なくとも

今ひとつ重要な議論があり,それは,意思決定前提の構成要素の特質を通じた

意思決定の分類に関するそれである。この議論は必ずしも過程の経過を直接取

り上げたものではないが,後のわれわれの議論との関連で重要な意味をもっ。

上述のような意思決定前提は,満たされるべき「目標ならびに満たされるべき

制約 (Beschrankung),問題解決プログラム (Problemelosungsprogramm) ,実

行プログラム (Ausfuhrungsprogramm)からなる。ここに,実行プログラムと

は,モれに従えば,どんな場合にどのように行動すれば,絶対にi解決に至るか

を述べる一種の限定的な行動規範であり,解決の代替案とこれが使用される場

(34) W. KiIsch, a, a. 0., S. 97. (35) Vg1. W. Kirsch, a. a. 0., SS. 136-210. (36) この制約は,問題の定議 (Problemdifinit拘置1)と呼ばれる。

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-346ー 第56巻 第 1号 346

合を述べたものであると考えられる。例えば,オペレー乙/ョンズ・リサi ーチの

なかで展開される在庫モデノレのなかの定量発注乙/ステムが典型例としてあげら

れよう。これに対して,問題解決プログラムとは,実行プログラムのように解

決の代替案を直接合むものではなく,解決に導くことを手助けするプログラム

である。このプログラムには, アノレゴリズム (AIgorithmus)および発見的プ

ログラム (heuristischesPlogramm)の二種類がある。アノレゴリズムは, 極大;

化ないし極小化問題に対する微分法のよろに-,ある範囲の問題に対して,必ず

解決をもたらす計算法である。発見的プログラムとは,アノレゴリズムのように

解決の保証 (Losungsgarantie)をもっ Cいない,問題解決の一種の補助手段で

ある。例えば,目ざすものは何であるかをまず明確にし,そこまでの過程を手

段目的の連鎖に細かく分割していま,それぞれの段階で解決の方法を考えてみ

よ,とする手段目的分析 (Mittel-Z weck -Analyse)はどのような問題にも通用

する一般的発見的プログラムの一例である。

こうした内容をもっ;恵,思決定前提について,意思決定に関連する意思決定前

提の全体が状況の定義 CDifinitionder Situation)である。そして,キノレヰ/ュ

は,個人に入ってくる刺激によって実行プログラムがすぐに想起されるか,あ

るいは!少なくともひとつのアルゴリズムが想起される「よく定義された(wohl・

definiert) J状況の定義と,実行プログラムもアノレゴリズムも知られていない

「よく定義されない (schlecht-definiert)Jかたちの状況の定義を区別し,この

区別と意思決定の区別を結びつける。すなわち,前者のうち,実行プログラム

がすぐに想起されるのが常軌的意思決定 (Routineentscheidung),実行プログ

ラムは知られてはいないが,使用可能なアノレゴリズムのある方が,適用的意,思

決定 (adaptiveEntscheidung)である。そしてどちらも知られていない後者

の方が,革新的意思決定 (innovativeEntscheidung)である。さらに,革新

的意思決定は,問題の定義が操作的なものとそうではないものに分かれるので

(37) 例えば次を参照のこと。宮川公男,オぺνー乙ノョシズ・リサーチ〈五訂版).春秋ネ土.1976。特に第III章。

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347 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 -347-

ある。

キノレ乙/ュによる個人行動論は以上のようになるのである。そこで強調された

点は,個入の合理性が制約され℃いること,探索過程の詳論,そのー側面とし

て述べられた要求水準の構想,個人の情報喚起のモデル,意思決定の分類であ

る。

「組織目標一ーその形成過程と組織構成員に対するその意味」。 組織が目標

志向的であることは,キノレ乙/ュによる組織の規定より明らかである。故に,組

織構成員の意思決定に対しては組織目標が基本的指針であり,組織目標に基づ

いて組織構成員の意思決定が調整されていく。そこで,われわれは,ここで組

織目擦に関して,その形成過程ならびにそれが組織成員に対してもっている意

味についてのキノレνュの見解をあとづける。

組織目標を企業者の目標とみなし,それが所与であるかのごとく扱かラ考え

方に対し 1て,近代組織論は,そのような組織目標自体も,意思決定過程で形成

される,という立場に立つ。この点は.,ハイネンによっても考慮されているこ

とである。キノレ乙/ュは,それに関してハイネンがしていた議論をー扇おし進め,

(38) キノレ乙ノュは意思、決定の分類を次のように図示している。(a.a. 0., 5. 142.)

状況の定義

実行プログラム

が当初は知られ

ていないけれど

も、許容されるアルコリズムが

確実lニ見つけられうる

革新的意思

決定

(39) VgL W. Kirsch, Entscheidungsprozesse, Bd.III., 55. 110-159.

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-348-- 第56巻第1号 348

組織目標の形成過程を把握する構想を次のように示す。

組織目標の決定が行なわれる場は政治νステムである。政治νスデムは開放

乙/ステムであり,イシプットをアワトプットに転換する。その場合のアワトプ

ットは,組織構成員に対して拘束的性格をもっ組織目標である。これに対して,

インプットのひとつは,政治乙/ステムにとっての組織内外の環境が政治νステ

ムの中核機関に対して提出する様々な要求 (Forderung)である。政治νステ

ムの基本的任務は,政治乙/ステムの構成員を含む人々によって提出された様々

な要求のある部分を組織目標として権威づけることである。様々な要求が組織

目標に転換される過程は次のようである。キノレヰ/ュはそのような過程を明確化

するに際し-c.,個人目標(Individualziel),組織に対する目標(Zielfur Organisa -

tion) ,組織目標を区別する。組織目標とは,言うまでもなく権威つ明けられた目

標であり,組織に対する目標とは,政治手/ステムによって権威づけられるべく

提出される様々な要求であり,個人目標とは文字どうりそのような要求を提出

する個人のもつ目標のことである。この分類を前提すると,個人は彼自身の抱

く個人目標に基つ*き政治乙/スデムに提出する要求を決定し,政治乙/ステムがこ

の様々な要求を考慮して,組織目標とする。この権威づけに際しては,政治乙/

ステムにおいて様々な要求を担った政治乙/ステムの構成員が相互に交渉を繰り

返して妥協を形成し組織目標とする。その際,要求を組織白様に反映させるこ

とができるかど、ろかは,要求を提出する個人や集団の権力に依存する。ある要

求を代表者を通じて提出する母体は連合体 (Koalition)といわれ,上のような

交渉は,いわば連合体相互の交渉といえ,組織目標はそろした連合体相互の交

渉を通じて決定されるのである。この交渉についてキノレ乙/ュは次のように考え

る。まず,連合体形成 (Koalitionsbildung)自体がひとつの交渉過程となる。

連合体が形成されると,その代表者が本来の交渉事項の決着-に出向き, ここに

また交渉過程が生まれ,そして,この本来の交渉で妥結された決着案を各代表

者はおのおのの属す連合体にもって返り,おのおのの連合体の他の構成員に

その決着案を納得させるよう交渉する。このように交渉が複数生じているこ

とは,交渉の複数段階性 (Mehrstufigkeitder Verhandlung) といわれる。さ

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349 意思決定志向的緩営経済学と近代組織論 -349--

らにキノレν立は,連合体相互の交渉過程について,心理学的に一層立ち入った

議論をしている。

さて,政治ヰ/~ステムにおいてこのように形成された組織目標が組織構成員に

対してもつ意味についてキルヰ/ュは次のよラに考える。その際,彼は,管理ν

ヌテムと作業監督乙/ステムの構成員に対する組織目標の意味を考えている。ま

ず,管理乙/ステムの構成員に対しては,組織目標は心ずしも絶対的意味をもた

ない。つまり,管理乙/ステムの構成員は組織目標のみでなく,彼らの個人目標

もまた彼らの;意思決定前提とする。また往々にして組織目標は非操作的であ

り, こうした場合,彼らは許される限り個人的解釈を行ない組織目擦を操作化

してから意思決定前提とする。どこまで個人的解釈をほどこせるかもまた権力

に依存している。このように管理乙/ステムの構成員に対してぬ,組織目標はそ

のままそして排他的に意思決定前提とされるわけではない。これに対して,執

行乙/ステムの構成員に対しては,組織目標は絶対的意味をもっ。彼らにとって

組織目標は既にプログラム化されており,彼らは組織内に留まろうとする限

り,全面的にそれに従ラ他ないのである。

ところで,組織目標を中心に,組織における意思決定が調整されていくため

には,組織構成員に対して何らかの形で影響が行使されなければならない。ま

た,組織目標の形成過程では相互の影響過程があることは上記で明らかなこと

である。そこで,対人的な「影響」に関するキルヰ/ュの見解が要約されねばな

らない。

「組織における影響樹立キW ュは,組織における影響過程を論じるに先

立ち 2個人の閣の情報伝達の過程を把握するための枠組を示し,そこにおけ

る情報の種類を論じている。そこで重要であると考えられるのは情報を一次的

情報 (pI加lareInformation)と二次的情報 (sekundareInformation)に分け

ることである。ここに一次的情報とは,情報伝達過程のなかで個人の閣でやり

とりされる本来の情報であり,他人が伝達し,伝達を受けた個人が意思決定前

(40) Vgl. W. KiI'sch, a" a. 0., S5. 161-239.

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-350ー 第56巻 第1号 350

提とし,すなわち彼の以後の行動の基礎に置く可能性のある情報のことであ

る。これに対して二次的情報とは,主として情報の送り手自身に関して知られ

ている情報であり,送り手の権力に関する情報はまさにその典型的な例である

が,その他にも情報が伝達された場所や時刻を示す情報もまた二次的情報に含

まれる。以下の議論特に権力と操作の議論はこの二次的情報に属する。

キノレνュは,組織における影響過程を,個人の意思決定過程との関連で論じ,

個人の長期的記憶への影響と,人格から情報が喚起され意思決定前提となる過

程への影響の 2つを論じている。彼は前者において社会化(Sozialisation)を,

後者において権力 (Macht)と操作 (Manipulation)をとりあげる。

まず,社会化は,個人が何らかの種類の情報を獲得し,彼の長期的記憶に貯

蔵することに至る学習過程 (Lernprozeβ)と規定される。キノレヰ/ュは特に役割

(Rolle)の学習を中心に社会化のメカニズムを次のように明らかにしている。

まず,役割の情報の基礎となる公式の職務記述と,役割の受け手の地位に対応

する目標が存在する。これらの情報は,役割の送り手と受け手の両者によっ℃

解釈される。しかし, これらの情報の作成に参加したであろう役割の送り手と

役割の受け手の聞には解釈に事離が存在しうる。もし ζ うした;qe離があると,

その業離は役割の受け手の行動によって顕在化する。この事離行動を見て,役

割の送り手は役割の受け手に再度情報を伝達したり,制裁を加えたりする。こ

のようなことによって,役割の受け手の行動は修正されたびかさなる修正によ

って受け手:は役割を学習することになる。以上が社会化の概略的な過程であ

る。このような社会化は個人の長期的記憶の内容に変化をもたらすのだが,モ

ラして貯蔵された情報は,潜在的意思決定前提 (potentielleEntscheidungs-

pramisse)である。組織における影響はこの社会化のみではなく,個人が長期

的記憶から情報を喚起し,実際に意思決定前提とする過程への影響が存在す

る。権力と操作がそうした影響に相当するのである。

キノレ乙/ュによると,個人が他人から伝達された情報をどれ程彼の意思決定前

提とするかという間いは,権力を問うことである。つまり,大きな権力をもっ

個人が伝達した情報は,他の構成員によって意思決定前提として受け入れられ

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351 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 -351-

る可能性が大きくなる。キノレ乙/ュは,権力を基礎づける権力基盤を次のように

分類し,またそれらの閣の関連を考える。1.賞罰の期待(Sanktionserwartung)。

ある個人が,報賞と処罰の権限をもち,他の個人がそろした権限を知っている

こと。 2. 専門知識 (Sachkundigkeit) と共通の志向 (Koorientierung)。ある

個人が専門知識をもつこと。またある個人が,情報の意思決定前提としての受

け入れを求めている個人と同一あるいはよく似た信念や価値をもつこと。 3.

一体化 (Identifikation)。情報を意思決定前提として受け入れることを求めら

れ℃いる個人が,そろしたことを求めている個人と一体化していること。 4.

服従義務 (Gehorsamspflicht)の内面化。 個人が特定の地位にいる個人の命令

権あるいは彼への服従義務を内面化しでいること。以上のよラに,キノレ乙/ュは

権力基盤を整理する。さらに彼はそれのみならず,権力基盤の聞に成立する関

係を考察している。

さて,そのような権力基盤に基づい℃個人は,他の個人が情報を意思決定前

提として受け入れてくれることを期待す即るのであるが,必ず受け入れがなされ

るとは限らない。この場合,個人は,受け入れをめざし℃他の個人に積極的影

響を与えようとする。この処置が操作なのである。キノレヰ/ュは,次のように操

作の戦術をあげる。賞罰を行うことをほのめかす威嚇 (Drohung),I意思決定前

提とし℃の受け入れを条件に補償を行なラ約束 (Versprechung),無条件の補

償 (unbedingteKompensation),過去に補償を与えてやったことを思い出させ

意思決定前提の受け入れを促進する公平な反対給付の規範(Reziprozitatznorm)

の利用,先に決定を行なってヘ受け入れざるを得ない状態に追い込む完成した事

態 (vollendeteTatsache)の利用,階層上の権限に頼り受け入れを促進する権威

つマけられた規定 (autorisierteVorschrift)の利用,および説得 (Uberzeugung)

がそれらの操作戦術である。だが,各々の権力基盤と各々の操作戦術との関係

どのような場合にどの操作戦術が有効なのかは,キJレ乙/ュにおいては考えられ

ていないのである。以上が,組織における影響過程に関するキノレ己/ュの論述の

要約である。

以上がキ 1レv.:ェの n意思決定過程Jの要約である。そこには,条件を限定し

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-352ー 第56巻 第1号 352

帰結との結びつぎを考えていく法則はみられない。そうした『意思決定過程』

の命題の特質をとらえてキノレ乙/ュ自身も理論的枠組 (thω,retischerBezugsrah-

men)と言う。彼によると,理論的枠組は,複雑な現実に関する思考を整理し

実験的観察 (exploratorischeBeobachtung)を導く。てうまり, さらに厳密な

仮説を形成するといろ経験的研究を助けていく。さらに「意思決定過程』は,

実践的問題の形成と解決に対してlある役割を果たす。この役割は概念をとり品5

げ,それらの聞に成り立つおおまかな関連ないし作用関係を述べることによっ

て,実践家がどのように実践の問題を把握し,またどの概念とどの概念をとり

あげそれらの閣の関連を精級化したらよいかを教える,というものである。こ

のような論述から,キノレ乙/ュは,理論的枠組に既存の理論を関連づけそこから

現実の説明や形成勧告を行なうという「演緯的方法」ではなしむしろ理論的

枠組から直接現実を見て,より普遍的な知識に到達し, また理論的枠組から現

実を見つつ,仮説的発想を得て形成勧告をするという「帰納的方法Jをとろう

としている。

以上で,われわれは,キノレ手/ュの『窓思決定過程』を若干の解釈をまじえて

要約した。次の節で,われわれは,キノレ乙/コの行動科学的近代組織論とハイネ

シの窓思決定志向的経営経済学のプログラムとの関連を考える。その場合,ハ

イネシが自らのプログラムにとりともうとした行動科学的要素との対応で,キ

ノレ乙/ュの『意思決定過程』の行動科学的要素を重点的にまとめるかたちでわれ

われは議論をすすめる。

IV 意思決定志向的経営経済学と近代組織論

われわれは本節で,キノレ乙/ュの『意思決定過程』の行動科学的成果を整理し,

その特質を指摘したい。その後われわれは第III節で示されたハイネンによる意

思決定志向的経営経済学のプログラムとの関連をできる限り考慮したい。

キノレ乙/ュの『意思決定過程』の内容を整理し要約すると次のようになるであ

ろう。

組織の情報意思決定乙/ステムは,政治i./ステム,管理乙/ステム,作業監督ヰ/

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353 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 -:353ー

ステムの 3つの機能的ナプ乙/ステムからなり,こうした構成をもっ情報蕊思決

定乙/ステムにおける意思決定過程は,決して単一の個人にようて担われるので

はなしそれには多数の個人が参加し,彼らによって担われるのであり,この

意味でその意思決定過程は集合的意思決定過程なのである。集合的意思決定過

程では,個人相互の聞に依存があり,そのため個人聞に葛藤がおこる可能性が

ある。そこで,にうした個人間島藤の解消のために調整が行なわれる。組織目標

もまた,連合体相互の交渉といち相互影響過程で形成されてくると考えられ,

この限りで,組織目標は所与ではなく,意思決定過程のなかで形成されてくる

のである。連合体相互の交渉によって組織目様が決められるときに関係してく

る「権力と操作」ならびに,決められた組織目標に基つ噌き行なわれる調整の場

合関係し℃くる「社会化」と「権力と操作」という影響過程がとりわけ「行動

科学的」に分析された。その場合,個人の情報喚起モデノレが基礎におかれ,社

会化,権力と操作がそのモデノレとのかかわりで考察され,前ー者の影響形態が長

期的記憶に影響を与え,後者の影響形態が長期的記憶からの態度の喚起に影響

することが示された。さらに権力については権力基盤が提示され,操作につい

ては,その戦術がいくつか示された。このように要点がまとめられるキルνュ

の『意思決定過程』は,影響過程論を中心にしているといえよう。

われわれが第11節で明らかにしたようにハイネンの考える意思決定志向的経

営経済学における行動科学的要素は,基本モデjレにかかわらしめ次のようにま

とめられた。まず個人の基本モデルについては次の諸点があげられた。

・制約された合理性の概念

この概念に基づいた

.探索過程の概念

・要求水準の概念

組織の基本モデノレについては次の諸点が示された。

・組織目標が単ーではなく複数ある。

・組織における意思決定過程が複数の人聞によって担われる 0

・組織目標もまた意思決定過程のなかでつくられてくる。

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-354- 第56巻第 1号 354

ハイネンのとりこもうとしたにのような行動科学的要索は,キノレ乙/ュの『意

思決定過程』では拡大されつつ展開されているといえる。以下われわれはキノレ

じ/ュの論述から,ハイネシのとりともうとしたこラした行動科学的要素に対応

する部分を拾いそれらを要約し,その特質を考えることとする。

1. キlレ半/.:tは,個人の意思決定過程の論述の基礎に制約された合理性の構

想を置き,そこから出発して,個人の探索過程,個人の情報喚起のモデノレ,意

思決定の分類を提示する。まずこのなかの制約された合理性と探索過程に関し

て,キノレ乙/ュの論点、は次のように整理されうる。個人は合理性に制約をもち,

そうしたことに基づき,探索を実行する。探索を実行するという乙とは,意思

決定の分類で言えば,常軌的意思決定の類型を離れ,適用的意思決定と革新的

意思決定の領域で起こることなのである。探索過程それ自体は, キノレ乙/ュによ

って記述的・説明志向的に行なわれているのであるが,キ Jレνュによる意思決

定の分類の場合に示されたよろに革新的意思決定の場合の探索過程を援助し促

進する方法としての発見的プログラムは,実践志向的な一種の形成勧告であ

り,キ Jレ乙/ュは, このような発見的プログラムの展開をも彼自らの課題にとり

こんでいるのである。この発見的プログラムは,ある理論的認識を厳密に応用

しつつ展開されるというものではないが,人間の合理性が制約されている乙

と,人聞が集団で議論をするときの心理などに根ざして展開されたー穫の形成

勧告であり,行動科学的形成勧告であると言えよう。第II節でわれわれが存在

を予測しておいた行動科学的形成勧告のひとつはこのようなかたちであらわれ

(41) こうした発見的プログラムは,第III節で紹介されたものの他に,キノレνコは,解決代替案を発見していく発想法・集団議論法として,形態論的方法 (mOlphotogische

Methode),プレイシストーミング (Blainstorming), νネクティーク (Synektik), デJレプアイ法 (DelphiMethode)などをあげている (W. Kirsch, 1. BambeIger, E. Gabele und H. K“ Klein, Betriebswirtschaftliche Logistik, Wiesbaden 1973,

S 579ff.) こうした一種の汎用方法論の展開を行なう方向に向かうのは,キノレνュの『意思決

定過程』に多大な影響を与えたと考えられるサイモンの場合にもうかがえることである。サイモシは,意思決定の類型 (typeof decisions)と意思決定技法 (decision副

making technique)との関係を示している (H.A. Simon, The New Science of

Management Decision, Ievised edition, Englewood Cliffs, New Jersey, 1977, p.

48.)。その意思決定技法がi汎用方法論に相当すると考えられる。

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355 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 -355ー

た。この発見的プログラムは, キノレ乙/ュの示す~;意思決定過程J の枠組から,

更に法則が形成され,その法則に基づいてつくられたという性格のものではな

し枠組自体に基づいて直接つくられたものだと考えられる。

2. ハイネンの所論においては必ずしも見られないが, キノレ乙/ュの『意思決

定過程』では重点、をなす個人行動のモデノレとして,個人の情報喚起のモデノレが

存在した。そして, この個人の情報喚起のモデノレに基づき,組織の影響過程に

関する論述がなされ,その論述は,キノレヰ/ュの『意思決定過程』のなかで重き

をなしていると考えられる。この影響過程がでてくるということは,組織にお

ける情報意思決定乙/ステムにおける意思決定過程が多数の個人によって担われ

るという,ハイネンももっていた認識から出発しているのではあるが,ハイネ

ンの場合にはこのような影響過程の把擦といろ方向へは少なくとも積極的には

進まなかった。キノレ乙/ョによる影響過程の論述は,社会化,権力と操作といラ

2つの領域にわたった。社会化,権力と操作に関しては,キlレ乙/ュはそれらの

現象の把握の枠組の提示をまずは目ざしたものであるが, とくに影響というこ

の領域には実践志向への接近がみられる。ただし,十分な形成勧告がつくられ

るためには, i社会化」については, iどのような条件の下で,社会化が促進さ

れるのか」といろ命題が構成されなければならない,と考えられる。このこと

は「権力と操作」にも妥当するのである。すなわち, iどのような条件の下で

は,どのような権力基盤が,相手に意思決定前提を受け入れさせるためには有

効であるのかJrどういう条件の下で,どのよろな操作戦術が有効であるのか」

が述べられないと,形成課題がみたされえない,と考えられる。しかし,キノレ

乙/ュの『意思決定過程』の主要な論点になっていると考えられるこの領域にも,

行動科学的形成課題に近づいた議論が行なわれていることは確かである,と考

えられるのである。また,特に権力と操作については,それらが二次的情報の

領域に属すものであることにわれわれはここで留意しておぎたい。

3. 2.と同じく,組織の情報;意思決定乙/ステムが多数の個人によって担われ

る,という認識に立脚じつつ,対人的な影響方法とは一応別に,キノレνュは,

意思決定過程の特質を指摘していた。 i組織の情報意思決定乙/ステムにおける

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-356ー 第56巻 第1号 356

意思決定過程は,多数の個人の参加する集合的意思決定であって,それ故,相

互依存が存在し,これが個人間島藤に導く可能性があり,個人間葛藤が放置さ

れるわけにはいかず,モの解消のために調整が行なわれる必要がある。J乙のよ

う に 富J思決定過程の特質はまとめられたのだが,ハイネンが単に意思決定過

程が複数の人々によって担われることを指摘しただけであるのに対しむキノレ

νュは,そうした特性から派生すると考える個人間高藤と調整の問題にまで言

及し,個人間葛藤についても調整についても類型を構成していた。ここにも,

まずは記述的把握が目ざされながらも,調整の類型形成には行動科学的形成勧

告への一歩の近つ守きがみられる。第II節で,ハイネンが組織モデノレでとりこも

ラとしていた行動科学的要素の少くとも一部が,形成勧告に導きうる,とわれ

われが言ったのはこの方向のことである。ただし,形成勧告のためには,個人

葛藤の類型と調整の類型のつながり,条件と調整の類型のつながりが,構成さ

れなければならない。

4. 組織目標が所与ではなく-C,意思決定過程でつくられてくる,とするこ

とは,ハイネンにおいても導入はされていた認識であるが,キノレν立は,この

考え方をおしすすめ,組織目標の形成過程を立入って議論していた。それにし

たがうじ組織目標は連合体相互の交渉によって形成されるのであり,キノレ乙/

ュは,交渉の複数段階的な構想をもち, これによって組織目標の形成過程を把

握しようとしたのである。もしこのことがある意味で有効になされるなら,そ

うすることによって特定の組織目標の成立理由が得られるはずなのである。し

かし,連合体相互の交渉によって組織目標が形成される, という見方では,あ

る意味の組織目標が説明されうるだろラか。連合体相互の交渉によって出てく

ると考えられるものに,ある類の組織で共通する性質ないしその根底に有る志

向がむしろ組織目標とよばれるのが通常だとすると,そうした怠昧での組織目

標は,このような連合体相互の交渉からは出でくるものではないのではないか

と考えられる。だがこの点は,ハイネンの目標研究をも含みこんで考察される

(42) その際,次の文献が主要文献だと考えられる。 E,Heinen, Grundlagen betriebs-wirtschaftlicher Entscheidungen, DI'itte, dUI'chgesehene Auflage, Wiesbaden 1976.

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357 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 -357ー

ぺきなので,われわれは,この点の立入った議論を別稿に譲ることとして,ここ

では次のことを指摘しておきたい。どのような意味で組織目標がとらえられる

にしても,出てくる組織目標は,組織の行動を律するものであり,それを把握で

きれば,形成勧告の基準を明確にでき,形成勧告の出発点となすことができる

が,連合体相互の交渉という見方で組織目擦を把握するには,どの連合体が支

配的な権力をもっているか,がまず明らかにされなければならないことは明白

である。もしそれが明らかにされない限り,組織の全体行動を明らかにするこ

とは不可能となり,行動科学的近代組織論の方向のひとつの重大な暇庇となろ

う。この点を意識して, キノレ乙/ュは後々の著書で,支配的連合体(dominierende

Koalition)の考え方を導入している。 このように克服すべき点は有るものの,

連合体相互の交渉といろ考えを導入し展開ずることが啓いた認識もあり,それ

は,言うまでもなく,組織目標をめく守って様々の要求が閲ぎ合ってし、るという

認識である。乙の点に関してここでは次の点、が指摘される。企業者の単一の評

価ではなく様々な要求があるということは,ハイネシの展開しているような意

思決定論理学的モデノレの使用を相対化し,その根底にある評価基準を唯一のも

のではなく,いくつかの言平価基準のうちのひとつとして位置づ十ととと Kな

り,このことによってそろした意思決定論理学的モデノレの導入の際にも交渉が

あることを把握することにつながると考えられる。事実,キノレ乙/コは,一種の

最適化をもたらすORモデノレの導入自体がメタ意思決定過程の対象である, と

言ラ。ある基準で最適化をもたらす代替案が,その基準とはちがった基準を重

視している連合体からは必ずしも宵定的に評価されない可能性があり,そとに

交渉が成立するというわけである。この意味で,ハイネシの展開しているよう

な数理的な意思決定論理学的モデノレの意義は, キノレ乙/ュの論述においては一種

の相対化を経て, またこうした現実的考慮を通じて,ハイネシの言う応用可能

(43) Vgl. W. Kirsch, Organisatorische Fuhrungssysteme,-Bausteine zu einem vE!r'haltenswissenschaftlich阻 Bezugsrahmen,Munchen 1976.

(44) W. Kirsch und H. Meffert, Organisationstheoden und Betriebswirtschafts,'

lehre,羽Tiesbaden1970, S,. 43

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-358- 第56巻 第1号 358

性の回復へのひとつの道が聞かれた, と考えられる。

さて,以上のように重点的にまとめられるキノレνコの『意思決定過程』にお

ける行動科学的要素を,われわれは第II節で提示されたハイネンの意思決定志

向的経営経済学のプログラムとの関連で考えておく。ハイネンが示した個人の

モデノレと組織のモデJレの行動科学的要素をキノレ乙/ュはl大幅に展開したわけであ

るが, この展開は..,意思決定論理学的意,思決定モデノレの構築(図 1の(1)から

(4)まで) とは独立した展開であり, 図1の少なくとも(2)から (4)まで

は, それぞれ,行動科学的意思決定事態,行動科学的説明モデノレ,行動科学的

形成勧告,と名をかえ,もとの意思決定論理学的な (2)から (4)までの流れ

から分離独立した展開となる。しかし,このような行動科学的な展開は,一般

的個人行動論から出発していることもあって,一般論の特質をもっ。ここに一

般論だと言ちのは,二次的情報の領域に属する権力と操作の議論が組織一般に:

適用する対人影響論となっていること,意思決定過程の特質指摘が一般的意思

決定過程の特質の指摘となっていること,発見的プログラムの展開がどんな場

面にでも適用する汎用問題解決技法の展開となっていることをさしている。こ

の点,経営経済学を考えるためには,経営経済に特殊な事情をこのような行動

科学的成果に織り込める道をさぐることが必要である。今ひとつハイネンの考

えるプログラムとの関係で重要なことは,ハイネンが,費用との関係でとらえ

ていた給付プログラムの展開一一部分的に多角化の問題に通じるーーのような

組織の全体行動が,キノレ乙/ュの考えるような枠組ではうまくとらえられるのか

どうか, が問題となる。 この点は既に上記4.でもふれた。そのような給付プ

ログラムを例にとると,その評価の基準が,複数になることが示唆されたが,

連合体モデルの考え方は,ある組織でどの連合体が支配的権力をもつのかがわ

からない限り,組織の全体行動の解明にはつながらないであろう。

(45) こうした対人影響論に関する文献としては次を参照のこと。 M.Klis, Uberzeugung und Manipulation-Grundlagen einer TheoI'Ie betdebswirtschaft1icher Fuhrungs-stile, Wiesbaden 1970ω このクリスの書物においても,“betdebswiI'tschaftlicher"という言葉を富IJ題で冠してはいるものの,経営経済的に特殊な展開は十分なされているとは考えられない。

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359 意思決定志向的経営経済学と近代組織論 -359ー

V 結

西ドイツ経営経済学のなかでハイネンによって唱えられた「意思決定志向的

経営経済学」は,伝統的な経済学的思考に行動科学的要素をつけ加えた。伝統

的な経済学的思考は,意思決定論理学的な方向にあらわれ,行動科学的要素は,

ハイネシの言う経営経済的に重要な関連をもっ基本モデノレにあらわれた。ハイ

ネンがとりこもうとした, こうした基本モデノレに関する行動科学的要素を拡張

しつ写展開したのがキノレνュの『意思決定過程』だと考えられる。

キノレ乙/ュの[意思決定過程』における行動科学的要素を,重点的に要約する

ことによって,意思決定志向的経営経済学と行動科学的近代組織論の関係を探

ることが本稿の目的であった。キノレ乙/:1.の展開している行動科学的要索は"結

局ハイネンの考えるよラな意思決定論理学的方向とは並行して展開され,その

一部分は,ハイネンが行動科学的要素をとり入れつつ目ざしたものの果たしき

れなかった行動科学的形成勧告にまで行さついているのであった。個人の行動、

モデjレに関して,発見的プログラムが展開されていることがそれに相当し,ま

た権力と操作ならびに集合的意思決定過程に関する議論もそうした形成勧告に

近いものにまでなっていた。しかし,このような展開は,一般論ないし汎用技

法の方向に向っていることも確認された。この点,行動科学的方向に経営経済

的要因を考慮していく必要がある。キノレ乙/ュの考える行動科学的要素はiまた,

形成勧告には直接つながらないものの,組織目標の形成過程をめぐっても重要

だと考えられる認識を提供した。この認識は,そのままでは十分なかたちで

は,重要な組織の全体行動の解明を行なえるとは考えられなかった。この点に

関しても行動科学的方向が克服すべき問題がある。

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