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「未来の教室」ビジョン 経済産業省 「未来の教室」と EdTech 研究会 第2次提言 EdTech の力で、一人ひとりに最適な学びを STEAM の学びで、一人ひとりが未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)に 2019 年 6 月

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「未来の教室」ビジョン 経済産業省 「未来の教室」と EdTech 研究会 第2次提言

EdTech の力で、一人ひとりに 適な学びを

STEAM の学びで、一人ひとりが未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)に

2019 年 6 月

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目 次

1.「令和の教育改革」に向けた課題

(1)平成から令和へ:今の日本の実力を直視する

(2)一人ひとりを、未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)に育むための、教育の課題

(3)3つの柱:「学びの STEAM 化」「学びの自立化・個別 適化」「新しい学習基盤づくり」

2.「未来の教室」の構築に向けて: 3つの柱の実現に向けた、9の課題とアクション

【1】「学びの STEAM 化」:一人ひとり違うワクワクを核に、「知る」と「創る」が循環する、文理融合の学びに

(1)乗り越えるべき課題

課題1:STEAM 学習プログラム・授業編成モデル・評価手法の不足

課題2:学校現場は知識のインプットで手一杯で、探究・プロジェクト型学習(PBL)を行う余裕がないこと

課題3:他者との協働の基礎となる情動対処やコミュニケ―ションが難しい子どもも少なくないこと (2)必要なアクション

① インターネット上に「STEAM ライブラリー」、地域に「STEAM 学習センター」を構築

② 知識は EdTech で学んで効率的に獲得し、探究・プロジェクト型学習(PBL)に没頭する時間を捻出

③ 幼児期から学齢期にかけて、基礎的なライフスキルや思考法を育成

【2】「学びの自立化・個別 適化」:一人ひとり違う認知特性や学習到達度等をもとに、学び方を選べる学びに

(1)乗り越えるべき課題

課題1:一律・一斉・一方向型授業の神話

課題2:一人ひとりの学習者の個性(認知特性や理解度や興味関心)への細やかな対応の不足

課題3:授業時数・学年・居場所の制約(履修主義・学年制・標準授業時数、狭い「対面」の考え方) (2)必要なアクション

① 知識の習得は、一律・一斉・一方向授業から「EdTech による自学自習と学び合い」へと重心を移行

② 幼児期から「個別学習計画」を策定し、蓄積した「学習ログ」をもとに修正し続けるサイクルを構築

③ 多様な学び方の保障(到達度主義の導入、個別学習計画の認定、ネット・リアル融合の学び方の導入)

【3】「新しい学習基盤づくり」:学習者中心、デジタル・ファースト、社会とシームレスな学校へ

(1)乗り越えるべき課題

課題1:EdTech を活用するには、学校 ICT インフラがあまりに貧弱なこと

課題2:教師も子ども達も手一杯で、創造性を発揮する余裕がないこと

課題3:教師が学び続け、外部人材と協働する環境の不足

(2)必要なアクション

① ICT 環境の整備(1人1台パソコン・高速大容量通信・クラウド接続の実現、調達改革・BYOD・寄付)

② 学校 BPR(業務構造の抜本的改革)の試行・普及、部活動に縛られない放課後の充実

③ 教師自身がチェンジ・メイカーとして、学校外の人材と学び、協働し続ける環境の整備

3.おわりに:「未来の教室」の工程表

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1.「令和の教育改革」に向けた課題

(1)平成から令和へ:今の日本の実力を直視する

平成の時代が終わり、令和の時代が始まった。新しい時代に入り、それにふさわしい社会の構築が課題と

なっている。教育についても同様であり、新しい時代にふさわしい教育改革に向けた政府内の議論も本格化

しようとしている。改革を実りあるものにしていくためには、まずこれまでの足跡を振り返ることが必要であろう。

第2次世界大戦後の急激な人口増をベースに続いた右肩上がりの経済成長は、経済的なパイの拡大に

よって様々な社会的矛盾を吸収しながら、日本社会に大きな「成功体験」を与えた。しかし、平成に入り、内

外の環境は大きく変わった。平成の時代は、そうした変化への適応に苦悩し続けた時代であったといえよう。

まず、高齢化・少子化に起因して、世界的に見ても珍しいほどに人口構成が変化した。高齢者が幸せに

長生きできる社会の実現は、人類の理想である。だが、それによって社会保障の負担が重くなるとともに、長

年続いた少子化の結果、 近になって急速な人口減少が始まった。

また、世界で急速に進む、デジタル技術革新を核とした産業構造の変化に、我が国がキャッチアップでき

ているかといえば、そうとは言い難い。その結果、世界的な構造変化への対応は遅れ、日本の産業はかつて

の国際競争力を喪失した。平成初期には日本企業が上位を独占していた世界の企業時価総額ランキング

においても、日本企業はその上位から姿を消した。行政、ビジネス、医療その他社会の諸分野の変革で世

界をリードしようと、Society 5.0 の実現が謳われている。しかし、国内の社会システムの転換、社会の意識変

革、そして新しい社会に対応した人材育成が追いついているとは言い難い。

戦後の工業化社会・大衆消費社会においては、経済成長を通じた豊かさの実現という目標が国民の間で

広く共有されていた。しかし、日本社会は変化し、今や共有された国民的目標も存在せず、消費者の選好も、

直面する社会課題も多様化・複雑化している。にもかかわらず、有効な解決策を見いだせてはいない。

(2)一人ひとりを、未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)に育むための、教育の課題

未来を見通しにくい時代に生きる我々に求められる力は何か。「創造的な課題発見・解決力」、つまり取り

組むべき課題を自ら設定し、未来を見据えて有効な解決策を創りだす力である。それは、AI やデータの力を

借りて社会や人間を丁寧に観察・分析し、世界中の多様な知を組み合わせ、有効な解決策を生み出す創造

的・論理的な思考力と、それを実現する行動力ではないだろうか。

昨年6月に発表した第1次提言では、一人ひとりが未来を創る当事者(チェンジ・メイカ―)に育つ環境づく

りが必要であるとし、「50センチ革命」「越境」「試行錯誤」の3つの力の育成を教育改革のキーワードとした。

「50センチ革命」とは、現状に満足せず変化に向けた小さな一歩を踏み出すこと、「越境」とは従来の分野や

組織を超えて多様な人や知識に触れて協働すること、「試行錯誤」とは失敗を恐れず挑戦し、その結果から

学び、次の一歩に進み続けることを意味した。

そして、この「未来の教室」ビジョン(第2次提言)では、第1次提言を踏まえて進めてきた「未来の教室」実

証事業からの示唆をもとに、一人ひとりの子ども達の心をワクワクさせ、未知の課題に果敢に挑戦する心を引

き出し、未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)に育むための教育のあり方を具体的に提言したい。

一方、この研究会では新たな教育のあり方を追求するが、これまでの教育のあり方を否定するものでは決

してない。これまでの教育は、社会的に共有された目標の実現のために教育制度が形成された時代におい

ては、 も効果的な方法であった。そして、インターネットもパソコンもなかった時代には、子ども達を教室と

いう学びの場に集め、専門家である優秀な教師が、学習指導要領に基づいて一律の内容を一斉に、主に一

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方向的に付与することが、当時考えうる も効率的な指導方法であった。子ども達は、同じ年齢の子ども達と

教室で共に学び、互いに切磋琢磨しながら、知識を得て、考え方を学び、他者との協調のあり方も身に付け

て成長してきた。そうした教育が、戦後日本の成功と安定した社会運営を支えてきたことは間違いない。

しかし、前述のように、時代は変わった。日本の置かれた内外の環境は変わり、デジタル技術が社会を大

きく変える中で、それに適した新しい教育のあり方を、過去の成功体験の呪縛に囚われず構想する必要が

ある。

今後の教育改革を考える際、医療分野における近年の変化が参考になるだろう。ビッグデータの解析によ

り、かつては不可能であったレベルの、個々の患者の特性に応じた精密な医療が可能になりつつある。教育

分野においても、デジタル技術を活用した革新的な教育技法である EdTech は、一人ひとりの子ども達に個

別 適化された学習機会を提供することを技術的に可能にしている。また、子ども達はインターネットにアク

セスできれば、世界中の社会課題や研究の 前線に触れる機会も容易に手にすることができる。それにもか

かわらず、子ども達が学校でデジタル技術やインターネットを活用して学ぶ環境の整備は進んでいない。

また、従来の一律・一斉・一方向型の教育になじみにくい子ども達の不登校問題が深刻化している。発達

障害やギフテッド1の子ども達の学びの選択肢の少なさも大きな課題である。

こうした中、教育は変わらなくてはならないし、変えていかなくてはならない。では、どのように変えていくべ

きなのか。従来の教育の良さは継承しつつ、新たな要素を加え、新たな方法も取り入れ、教育の質と環境を

一体的に変える必要がある。この「未来の教室」ビジョン(第2次提言)が目指すのは、特に初等中等教育段

階における、そうした改革の方向性である。

(3)3つの柱:「学びの STEAM 化」「学びの自立化・個別 適化」「新しい学習基盤づくり」

このビジョンで提言したい、改革に向けた3本の柱は、「学びの STEAM 化」、「学びの自立化・個別 適

化」、そして「新しい学習基盤づくり」である。

「学びの STEAM 化」とは、教科学習や総合的な学習の時間、特別活動も含めたカリキュラム・マネジメント2を通じ、一人ひとりのワクワクする感覚を呼び覚まし、文理を問わず教科知識や専門知識を習得すること

(=「知る」)と、探究・プロジェクト型学習(PBL)の中で知識に横串を刺し、創造的・論理的に思考し、未知の

課題やその解決策を見出すこと(=「創る」)とが循環する学びを実現することである。

「STEAM」は、今後の社会を生きる上で不可欠になる科学技術の素養や論理的思考力を涵養する

「STEM」の要素に加え、そこに、より幸福な人間社会を創造する上で欠かせないデザイン思考や幅広い教

養、つまりリベラルアーツ(Arts)の要素を編み込んだ学びである。文系・理系に関わらず様々な学問分野の

知識に横糸を通して編み込み、「知る」と「創る」を循環させ、新たな知を構築する学びであると言えよう。

しかし、「知る」と「創る」を循環させ、創造力・思考力を育む STEAM 学習プログラムは絶対的に不足して

おり、その開発を加速し、デジタルコンテンツ化も進め、広く共有される必要がある。また、教科横断的・合科

的な授業編成を実現するための授業編成モデルや評価手法の確立、「創る」学びに不可欠な実践の場の

整備、そして指導者の養成・確保も課題である。

「学びの自立化・個別 適化」とは、子ども達一人ひとりの個性や特徴、そして興味関心や学習の到達度

1 先天的に平均よりも顕著に高い能力を持っている人、またその能力を指す。 2 児童生徒や学校、地域の実態を適切に把握し、教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科等横断的な視点で組み立てていくこと、教

育課程の実施状況を評価してその改善を図っていくこと、教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制を確保するとともにその改善を図っていくこと

などを通して、教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の向上を図っていくこと。(平成 29・30 年改訂学習指導要領)

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も異なることを前提にして、各自にとって 適で自立的な学習機会を提供していくことである。そのためには、

AI(人工知能)やデータの力を借りて、子ども達一人ひとりに適した多様な学習方法を見出し、従来の一律・

一斉・一方向型の授業から、EdTech を用いた自学自習と学び合いへと学び方の重心を移すべきである。

このとき、一人ひとりが EdTech の活用を通じて日々蓄積される学習ログの分析をもとに、個別学習計画を

随時更新しながら、自分に 適な学び方を模索するサイクルを構築する必要がある。そのためには、標準授

業時数や、学習指導要領に基づく学年ごとの学ぶべき単元の縛り等の制約を緩和すべきであろう。どれだ

けの時間、授業に出席したかを基準とする「履修主義」ではなく、かけた時間を問わず、理解度・達成度を客

観的に測定する「到達度主義」に基づく評価と、それに基づく授業編成を導入すべきである。

こうして到達度主義に基づく評価が可能になれば、各人が選ぶ学習方法はさらに多様になりうる。

今やインターネットによってコミュニケーションの空間的・時間的な制約を克服できる時代である。インター

ネットを活用した広域通信制高校の事例にみられるように、通信制の持つ制度的な長所を 大限に活かせ

ば、EdTech を用いた自学自習のみならず、全国に散らばる多様なクラスメイトとのオンライン・オフラインの対

話を通じたプロジェクト学習を実現することも可能である。

このような事例からの示唆をもとに、学齢期にある全ての子ども達にも、ネット(オンラインでの自学自習や

協働)とリアル(オフラインでの学習や体験)が融合した、自立化・個別 適化された学習が可能な環境が、

高校入学を待つことなく与えられるべきではないか。

特に、不登校問題も深刻化し、発達障害の子ども達や特異に高い能力を持ったいわゆるギフテッドの子ど

も達への対応も課題とされている今日、「学びの自立化・個別 適化」に向けた総合的な取組は急を要する

はずである。

「新しい学習基盤づくり」とは、以上のような教育を実現するための新たなインフラを整えることである。

EdTech を活用して個別 適化された学びを実現するには、子ども達が1人1台のパソコンを持ち、来たる

5G 時代に相応しい高速大容量通信を活用した、常時インターネットに繋がる学習環境の整備が必要である。

また、教師の重い業務負担を改め、創造的に働くための環境を整備することも課題である。企業の業務改革

にも用いられる BPR(Business Process Re-engineering:業務構造の抜本的改革)の手法を取り入れ、教師が

自分達の業務実態を分析し、自己目的化したような業務を大胆に捨て、デジタル・ファーストの考え方で業

務環境を再構築する現場改革が必要になる。

そして、新たな教育の実現に向けては、教師が新たに求められる「専門性」を身につけるための研修の充

実や、そうした観点から、教職課程や教員養成課程で学ぶ内容のアップデートが必要になろう。

さらに、教師のみの責任と負担で教育改革を進めるのではなく、ふさわしい能力を持った外部の人材を教

育現場で活用すべく、産業界をはじめ社会全体で教育を支えていく開かれた教育システムの形成が必要で

ある。

未来を見通すことが困難な時代を生きるには、自分自身が未来を創りだす当事者になればよい。

そのためには、教育は、一人ひとりがワクワクする気持ちを胸に未知の課題に挑戦し、柔軟な発想で解決

を図る力を育む場に変わっていく必要がある。

この第2次提言では、新たに登場した技術である EdTech を活用し、これまで空間的、制度的に、そしてな

により人々の意識の中で限定的に捉えられてきた「教室」のイメージを払拭し、インターネットで世界に繋がる、

社会に広く開かれた、初等中等教育の「未来の教室」のビジョンを示すことにしたい。

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2.「未来の教室」の構築に向けて:3つの柱の実現に向けた、9の課題とアクション

前章で述べた通り、この提言では、目指すべき「未来の教室」の実現に向けた3つの柱として、「学びの

STEAM 化」「学びの自立化・個別 適化」「新しい学習基盤づくり」を掲げる。

本章では、この3つの柱の実現に向けて乗り越えるべき9つの課題と、それに対応するために必要な9つ

のアクションを提言したい。ここに挙げられた一つひとつの課題やアクションは、これまで経済産業省で進め

てきた「未来の教室」実証事業群や、研究会で取り上げた先進事例をもとに抽出し、整理したものである。

【1】「学びの STEAM 化」:一人ひとり違うワクワクを核に、「知る」と「創る」が循環する、文理融合の学びに

「STEAM」という語は、STEM と Arts を合わせた造語であり、米国、中国はじめ世界の様々な国で進む、第

4次産業革命等の潮流を意識した教育改革において、非常に重視されている概念である。

そもそも「STEM」という語は、1990 年代から 2000 年代初頭の米国において、産業競争力を支えるハイテ

ク産業に従事できる人材の不足が不安視され、その対策として進められた教育改革のキーワードになった。

それは S(Science:科学)、T(Technology:技術)、E(Engineering:工学)、M(Mathematics:数学)といった学問

分野の総称を意味し、ロボティクスやプログラミングを駆使したものづくりや、実験を通じて、科学技術への理

解を深める学びを表す言葉として用いられることが多い。そして、「STEM」に、より幸福な人間社会を創造す

る上で欠かせないデザイン思考や幅広い教養、つまりリベラルアーツ(Arts)の要素を編み込んだ学びが、

「STEAM」であると言えよう。

これを踏まえ、この研究会では、「未来の教室」の構築に向けた第一の柱として「学びの STEAM 化」を位

置づけ、次のように考えたい。

すなわち、「学びの STEAM 化」とは、教科学習や総合的な学習の時間、特別活動も含めたカリキュラム・

マネジメントを通じ、一人ひとりのワクワクする感覚を呼び覚まし、文理を問わず教科知識や専門知識を習得

する(=「知る」)ことと、探究・プロジェクト型学習(PBL)の中で知識に横串を刺し、創造的・論理的に思考し、

未知の課題やその解決策を見出す(=「創る」)こととが循環する学びを実現することである。

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(1)乗り越えるべき課題

こうした「学びの STEAM 化」の実現に向けた課題は、大きく以下の3点に整理されるのではないか。

課題1:STEAM 学習プログラム・授業編成モデル・評価手法の不足

「飛行機はなぜ飛ぶのか」「もっと料理を美味しくするにはどうすればよいか」「どうしたら巧くて強いサッカ

ー選手になれるか」「AIによる自動走行で交通事故をなくしたい」。このように子ども達の興味や関心は多様

である。そんな一人ひとり興味の異なる子ども達の「知の扉」を開き、そこから様々な知識・定理・法則や思考

法を学ばせ、探究に導くような STEAM 学習プログラムが不足している。また、そうしたプログラムを用いて教

科横断的・合科的な授業編成を実現するためのモデルや評価手法が確立されていないことも課題である。

課題2:学校現場は知識のインプットで手一杯で、探究・プロジェクト型学習(PBL)を行う余裕がないこと

そもそも、従来の一律・一斉・一方向型の授業形式が定着している多くの学校現場では、知識を子ども達

にインプットすることで手一杯であり、「学びの STEAM 化」に不可欠な探究・プロジェクト型学習(PBL)に割く

十分な時間はない。何かに費やす時間を削ることなしには、新しい学びに挑戦する余裕はない。

課題3:他者との協働の基礎となる情動対処やコミュニケ―ションが難しい子どもも少なくないこと

探究・プロジェクト型学習(PBL)を成立させるためには、他者との協働を進めるために不可欠な情動対処

や、コミュニケーション能力といった基礎力が必要になるが、こうした学びの土台についてのトレーニングが

必要な子ども達も少なくない。

(2)必要なアクション

こうした3つの課題の解決に向けては、以下の3つのアクションを進めていく必要があるのではないか。

① インターネット上に「STEAM ライブラリー」、地域に「STEAM 学習センター」を構築

STEAM 学習プログラムの開発とデジタルコンテンツ化、授業編成のモデルプラン等の例示

まず、政府として、学校の教師や民間教育サービス、企業のエンジニア、大学等の研究者等の協力を集

め、STEAM 学習プログラムの開発とそのデジタルコンテンツ化を促進すべきである。

たとえば、「未来の教室」実証事業では、「スマート農業」をテーマに、農業高校の圃場や設備を活用した

学習プログラムを開発しており、そのデジタルコンテンツ化を目指している。具体的には、IoTセンサーの仕

組の理解と試作、圃場管理に必要なデータの取得・分析、そして圃場で使うロボットの制作やプログラミング

等と、数学や理科等の教科とを関連づけて学べるプログラムの構築を進めている。

ほかにも、MaaS(Mobility as a Service)による移動革命、アジアの交通渋滞問題、スポーツの戦略と科学、

観光ビッグデータをもとに考える地域の観光戦略など、様々なテーマの STEAM 学習プログラムを開発し、現

実の課題の解決に向けて思考する「創る」学びと、数学・理科・社会の知識を「知る」学びが循環する学び方

の構築を試みている。

今後、これに限らず、国連の SDGs(持続可能な開発目標)で掲げられたテーマのような社会課題に紐づ

けながら、様々なテーマの STEAM 学習プログラムを、講義動画やスライド、教師向けの指導案や評価手法

も含めて開発すべきである。

また、学校現場においては、「学びの STEAM 化」を進めるべく、総合的な学習の時間の活用をはじめ、算

数・数学・理科・社会・英語・国語・技術・家庭・体育・美術・音楽など各教科横断的な取組や合科的な教育

課程の編成を含めたカリキュラム・マネジメントの工夫が必要となる。そのため、たとえば「AI を社会で活かす」

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そのイメージは、たとえて言えば、気軽な動画

発信手段としての YouTube の機能と、多くの人

の加筆修正によって知が構築されるWikipediaの

機能を併せ持ったような、知のプラットフォームで

はないだろうか。つまり、教師や企業エンジニア

や大学・研究機関の研究者等が自ら STEAM 学

習コンテンツを作成し、それを互いに公表・共

有・活用するための協働プラットフォームである。

また、そこは同時に「学び、アイディア、人、機

会がプールされたマッチングの場」にもなるだろ

う。つまり、学術界における未着手のテーマや、

企業の中に埋もれている技術シーズ、そして企業や地域社会が抱えているニーズなどがプールされることに

より、そこから新しい様々な学習テーマが見出されるだろう。

そしてなにより、子ども達が本物の課題に触れて、本質的なキャリア観を醸成する場が生まれることに意義

があろう。また、協力する企業にとっても、こうした教育への貢献を通じて、本当に採用すべき「金の卵」を見

つける良い機会にもなるだろう。こうしたライブラリーの中から新規の意味ある探究テーマが生まれた際に、そ

れをクラウド・ファンディング等によって支えることができれば、なお望ましい。

さらに、こうした協働・共有型のライブラリーを活用すれば、ある共通の STEAM 学習プログラムを使って探

究活動を行う学校同士・生徒同士のつながりが形成され、その過程を分析することを通じて一人ひとりそれ

ぞれ異なる「ワクワク」がどのように育まれたのかを知る「ワクワクの科学」も可能になり、教育方法の創意工夫

に関する有益なエビデンスが得られるのではな

いだろうか。また、そうしたエビデンスをもとに、ラ

イブラリーが進化していく仕組みが作られれば望

ましい。

海外には、米国の公共放送 PBS が運営する

Learning Mediaのように、様々な業種の企業が提

供した、STEAM 学習コンテンツと、それを学校の

授業で使用する際の指導案、さらに該当する単

元の一覧や、発展学習のヒントも一覧性をもって

掲載されているオンライン学習メディアも存在し

ている。わが国でも、こうした先行事例を参考に

しながら、さらなる発展形を構築すべきである。

プラットフォーム型「STEAM ライブラリー」のイメージ図 (第9回研究会⽊村委員提出資料より)

⽶国公共放送ネットワークの提供する Moocs では、 指導案等と共に教育コンテンツを公開。(第9回研究会事務局資料より)

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地域にある専門高校や高等専門学校やファブ・ラボ3を進化させ、「地域の STEAM 学習センター」に

子ども達の学びをさらに充実させるためには、こうしたオンラインの STEAM ライブラリーを通じて新たな知

と出会うだけにとどまらず、実際に手を動かして何かを創造できる場が身近にあることが望ましい。

その意味で、圃場や機械を有し、探究・プロジェクト型学習(PBL)に適した環境にある、高校の農業科や

工業科等の専門学科の施設は、「地域の STEAM 学習センター」として広く子ども達に活用されるべき4であ

る。他にも高等専門学校や民間のファブ・ラボなど、子ども達に活用されるべき地域内の資源はある。

「未来の教室」実証事業では、専門学科や総合学科の学びを横断的につなぎ、そこに先端技術を有する

ベンチャー企業が関与し、普通科に通う高校生はもちろん、意欲・能力のある中学生や小学生も年齢を問わ

ず学べる STEAM 学習プログラムの構築を進めてきた。こうした学習プログラムを早期に完成させ、高校の専

門学科と普通科の単位互換によって普通科の高校生が専門学科で学んだり、放課後やサマースクールの

ような教育課程外の機会に様々な子ども達が学んだりできる地域共有の学びの場として、高校の専門学科

等の有する施設やプログラムを「STEAM 学習センター」へと進化させるべきであろう。

② 知識は EdTech で学んで効率的に獲得し、探究・プロジェクト型学習(PBL)に没頭する時間を捻出

「学びの STEAM 化」を進めるためには、多忙な学校の授業や行事を整理し、取捨選択を進め、学校にお

ける時間の使い方と学び方を大胆に再編することが必要となる。

学校において、教科知識のインプットを従来通りに一律・一斉・一方向型授業によって進める場合、探究・

プロジェクト型学習(PBL)に十分な時間を割くことは難しい。時間は有限である。EdTech を活用して知識の

インプットに要する時間を効率化し、探究・プロジェクト型学習(PBL)に費やす時間を生み出すべきである。

たとえば、株式会社 COMPASS が実施した実証事業【事例4】では、数学の授業時間の使い方を大胆に

再編し、AI 型ドリル教材を用いた自学自習と学び合いによって基礎を効率的に理解させ、習った定理を用

いてロボットやドローン等を動かすワークショップと両立させた。これにより、成績中下位層の生徒達が従来

の2分の1程度の時間で学習を修了し、成績上位層のクラスの成績に近づき、なにより、生徒達が「数学は社

会でどのように使われているのか」を知ることにより、数学を学習することへの意欲の向上が見られた。

株式会社スプリックスが実施した実証事業では、自社開発した個別学習用 EdTech 教材の学校現場への

導入に向けて、学校の教師とのワークショップを行った。そこでは、EdTech を用いた自学自習によって知識

習得にかかる時間を圧縮することは、数学

のみならず英語や社会科や理科でも同

様に可能であり、教科横断的な学習や

発展学習、フィールドワークなどに充て

る時間を十分に捻出できるとの仮説がま

とめられた【事例5】。本当にこうした時間

の有効活用が実現すれば、その効果は

大きい。たとえば、歴史の学習では史実

や年号を記憶する作業に費やす時間を

効率化することで、一つ一つの史実の

3 デジタルからアナログまでの多様な工作機械を備えた、実験的な市民工房のネットワーク。個人による自由なものづくりの可能性を拡げ、自分たちの

使うものを、使う人自身がつくる文化を醸成することを目指す。 4 文部科学省「平成 30 年度学校基本統計(学校基本調査報告書)」によれば、農業科を置く高校は全国に 303 校存在し、工業科や商業科などを合わ

せると、専門学科(職業学科)はのべ 1987 の高校に設置されている。

実証事業「EdTech 活⽤学習プログラム 『⾃⽴学習 RED(e フォレスタ)』の公教育への導⼊実証」に基づき作成。

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【2】「学びの自立化・個別 適化」:一人ひとり違う認知特性や学習到達度等をもとに、学び方を選べる学びに

「人の自立」は、教育の究極目的である。学校や幼児教育の現場には、子ども達を自立に向かう人格とし

て見なし、それを促すための様々な工夫が必要である。たとえば、幼い頃から周囲の助けを得ながらも自力

で判断することや、周りと協力して身の回りの社会を自分たちで運営すること、すなわち「自治」を行うこと、そ

して自分自身に適した学び方を模索し、自立的な学習者として育つことを促す環境づくりが重要になる。

同時に、一人ひとりは認知特性にも発達にも違いがあり、さらに興味関心も将来の夢もそれぞれ違い、学

習の到達度も異なる。こうしたことを前提として、幼い頃から、自分に適した学び方を模索し、必要な助けを

得ながら自ら選び、組み立てることが可能な学習環境づくりを進める必要があろう。

(1)乗り越えるべき課題

こうした「学びの自立化・個別 適化」の実現に向けた課題は、大きく分けて、以下の3点に整理されるの

ではないか。

課題1:一律・一斉・一方向型授業の神話

今や、AI とデータの力を借りて一人ひとりに適した学び方を模索することが可能となり、学習塾の中には、

従来からの個別指導に EdTech を導入し、更なる学習効果を追求する塾も増えている。

しかし、学校現場では、一律・一斉・一方向型の授業の成功体験が神話のように根強く残り、それが強い

慣性として働いている。そのことは、現場の教師が大胆に授業スタイルを変え、より個別 適化された効果的

な学び方を模索することそのものを難しくしているのかもしれない。

課題2:一人ひとりの学習者の個性(認知特性や理解度や興味関心)への細やかな対応の不足

学校において、一律・一斉・一方向型の授業を軸に学ぶ環境は確立されているが、一人ひとりが個別

適化された学びを進める環境は整えられていない。そもそも、幼少期から全ての子ども達の認知特性(たとえ

ば短期記憶や長期記憶、見る、書く、聞く等の方法についての一人ひとりの得意・不得意など)や発達状況

や日々の学習記録が、カルテのように蓄積されていない。

特に、不登校の子ども達、発達障害の子ども達や、ギフテッドと呼ばれる例外的に高い知能や特性を持つ

子ども達、さらにその両方に当てはまり二重の意味で例外的な特性を持つ 2E(Twice Exceptional)6と呼ばれ

る子ども達を無理に学校生活に適合させようとせず、保護者と本人が個別 適化された環境を堂々と選び、

持てる能力を伸びやかに育む環境は十分に整備されていない。

課題3:授業時数・学年・居場所の制約(履修主義・学年制・標準授業時数、狭い「対面」の考え方)

子ども達一人ひとりが自分に適した学び方を選び、自分に相応しい学習ペースを選んで学ぶことは、

EdTech の登場によって技術的には容易になった。しかし、同じ学年の子ども達が同じ教室に同時に集まり、

標準的な授業時数を一律に履修することを前提とした現在の制度は、教師が EdTech を活用して子どもの能

力を 大限に引き出すべく、授業時間の使い方を工夫する際の制約になるはずである。

また、高速大容量通信とインターネットは、「対面」や「対話」という言葉の意味を劇的に変え、時間的・空

間的な制約を越えて、リアルな対面と同等の質のコミュニケーションを可能にした。企業や官公庁においても

テレワークの活用が進み、人々の様々な事情に配慮した働き方を可能にしている。しかし、そうした社会に子

ども達を送り出す教育現場では、まだ「同じ空間にいる状態での対面」だけに重きがおかれ、「インターネット

6 発達障害と優れた才能を併せもち、二重に特別な教育ニーズのある子どものこと。

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環境を小学校・中学校・高校を通じて可能にすべく、義務教育段階においても採用可能な、ネットとリアルを

融合させた「新しい対面型」の学び方を検討し、導入すべきではないだろうか。

学ぶ場所は学校だけに限られ、すべての生徒が学校で集団指導の下で学ぶべきという従来の考えに囚

われることなく、公的にも質が保障された多様な学び方を可能にする環境整備を早急に検討すべきである。

【3】「新しい学習基盤づくり」:学習者中心、デジタル・ファースト、社会とシームレスな学校へ

こうした「学びの自立化・個別 適化」や「学びの STEAM 化」を進めるためには、「学習者中心」のコンセ

プトを核にしながら、学校における子ども達の学習基盤が早急に再構築される必要がある。

(1) 乗り越えるべき課題

こうした「新しい学習基盤づくり」の実現に向けた課題は、大きく以下の3点に整理されるのではないか。

課題1:EdTech を活用するには、学校 ICT インフラがあまりに貧弱なこと

EdTech を活用して学び方を大きく変えていくためには、パソコンを文房具とみなし、1人1台のパソコンを

常に利用できる環境の整備が必要であるが、政府の学校 ICT 環境の整備目標は、「2022 年までに3クラス

に1クラス分」のパソコン配備に留まり、「1人1台パソコン」の実現に向けた目標時期もその手法も未定である。

また、学校の ICT 機器調達にも課題が多い。パソコンとインターネットを用いる新しい教室のイメージが目標

として共有されないまま、個別の ICT 機器の調達が実施されたり、過剰なスペックを勧められるままに導入し

たり、メンテナンス費用負担等を意識せずに割高な調達を進める自治体も少なくない。

課題2:教師も子ども達も手一杯で、創造性を発揮する余裕がないこと

「未来の教室」を実現して子ども達の学び方改革を進めるためにも、教職員の働き方改革を大胆に進め、

学校全体に余裕を生み出すことが大きな課題であり、学校における教職員の業務を「手段と目的の関係性」

の観点から見直し、自己目的化したような業務を中心に削るべきものは大胆に削るべきであるが、こうした取

り組みはなかなか進まない。

課題3:教師が学び続け、外部人材と協働する環境の不足

学校現場で教育改革に取り組む教師たちを孤立させず、教師同士のみならず、起業家・企業人等の学校

外の人材も交えて学び合うネットワークが不足している。また、「学びの STEAM 化」を進めていく上で必要な、

社会課題の解決や未来社会の構築に向けて、企業や大学や研究機関や地域社会で進められている事業

や研究の先端に、子ども達が触れる機会も不足している。

(2)必要なアクション

こうした3つの課題の解決に向けては、以下の3つのアクションを進めていく必要があるのではないか。

① ICT 環境の整備(1人1台パソコン・高速大容量通信・クラウド接続の実現、調達改革・BYOD・寄付)

パソコンを「新しい文房具」と考え、「1人1台」に向けたロードマップを

「未来の教室」においては、一人ひとりが自分に合った講義動画を個別に視聴したり、AI ドリルを活用して

個々の学習到達度に応じた学習に集中したり、また日本中・世界中の人々とインターネットを通じて自在にコ

ミュニケーションをとりながら学ぶ姿を想定すべきである。そのためには、子ども達が1人1台のパソコンを「新

しい文房具」として常に使用し、高速大容量通信環境でのインターネット接続やクラウド上の作業が可能にな

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るよう、学校 ICT 環境の貧弱さを解消することが急務である。

そのため、政府として、「1人1台パソコン、高速大容量通信、クラウド活用」の環境を、いつまでに、どのよ

うな手法の組合せで実現するかを示すロードマップを、関係省庁の連携により今年度内に至急策定すべき

である。

調達構造改革(パソコン低廉調達・5G 通信・クラウド活用の実現、共同調達・BYOD9(持参)・寄付の推進)

教育委員会等が、学習のために必要十分なスペックのパソコンや通信環境を低廉に調達しうるよう、標準

的な調達仕様や入札の方法を示すガイドラインを、関係省庁が連携して、今年度内には策定すべきである。

特に通信環境については、1人1台のパソコン環境のもと、生徒全員が異なる動画を同時に視聴しても支

障のない通信環境を想定すべきではないか。この観点から、従来型の Wifi 経由のインターネット接続のみな

らず、設備投資や管理・メンテナンス負担が軽く、迅速な導入・運用が可能で、家庭学習や校外学習でも活

用可能な LTE10や5G(第5世代)のセルラー通信を有力な選択肢に加え、各地域固有の通信事情等に応じ、

も早く実現できる方法で高速大容量通信の環境を実現すべきである。

加えて、都道府県単位や複数の基礎自治体単位での共同調達による、経費削減の成功モデルを多数創

出し、全国的に横展開していくべきである。またそもそも、学校の ICT 環境について、安全なクラウドを活用

することを原則とし、サーバーの導入・メンテナンス費用負担の削減につなげることを目指し、まず「教育情

報セキュリティ・ポリシーに関するガイドライン」の見直しを急ぐべきであろう。

公費によるパソコン調達を効率化し、1台でも多くのパソコンを早く装備することに加えて、BYOD(持参)

や寄付といった他の手段との組合せも推進されるべきである。学校の備品として、公費で一定数のパソコン

が整備されることは必要であるが、現在でも保護者が様々な教材やランドセルや制服その他の物品を購入し

ていることを鑑みれば、現在の支出の内訳を見直し、パソコンを不可欠な新しい文房具と位置づけ、貧困家

庭に対する必要な措置を前提としながらも支出の優先順位を考え直すことが可能ではないだろうか。その際、

学校への持ち込みルールの整備も必要となろう。

加えて、地方自治体は、ふるさと納税や企業版ふるさと納税も駆使しながら、個人や企業からの寄付を一

層活用すべきであり、クラウド・ファンディング等を通じた寄付マッチングの仕組み等も検討すべきである。

② 学校 BPR11(業務構造の抜本的改革)の試行・普及、部活動に縛られない放課後の充実

学校が「自己診断」を容易に行うことができるツールの開発・試行と普及

多忙すぎる学校の業務を、企業の業務改善に用いられる BPR(業務構造の抜本的改革)の手法を用いて

根本的に見直しつつ、「デジタル・ファースト」の考え方に基づき、教材や宿題の配付や採点をはじめ、あら

ゆる事務作業のデジタル化を徹底して進めるべきである。

「未来の教室」実証事業では、BPR を用いた実態調査を9つの教育現場(中学校・小学校・こども園・幼稚

園・保育園)で実施した。そこでは、業務改善が進まない真因として、当事者たる教職員が前例を疑いなく踏

襲しがちな面や、教材や宿題もすべて自前で作るべきと考えがちな面(自前主義)、子ども達のためならば

無制限・無定量でも働くべきという空気、デジタル技術の活用への不安、加えて保護者・地域からの過度な

期待に学校・教職員側が全て応えようとしてしまう意識など、様々な要素が複雑に絡み合っている実態が明

確になった。

9 Bring your own device の略。家庭用情報端末の学校での利用のこと。 10 Long Term Evolution の略。4G(第4世代)の高速通信規格のひとつ。 11 Business Process Re-engineering の略。目標を達成するために、業務・組織・戦略を根本的に再構築することを指す。

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産業界・民間教育・研究機関・地域社会と、学校教育との協働 (社会とシームレスな学校づくり)

学校において、外部の専門家や職業人による教育参画を一層容易にし、多様な背景を持つ人材による

指導を 大限可能にする観点から、教員免許制度の見直しを進める必要がある。その第一段階としては、

現在の特別免許状制度を 大限に活用する上での障壁となる運用12を洗い出し、早急に改善するべきであ

る。一方で、教育に参画する意思のある従業員を送り出す側の、企業における兼業・副業を始めとする働き

方の柔軟化など、総合的な取組を進めて行くべきであろう。

本年4月に公益社団法人経済同友会からは、現役社員のボランティア休暇等を活用した授業の実施や教

材開発・提供への貢献の推進、定年等を迎える社員への特別免許状取得や非常勤講師等として活躍する

こと等への支援など、企業や産業界の教育への貢献についての提言13がなされている。提言にあるように

「企業における人材供給やインターンシップの受け入れ、実践的な課題の提供等を通じ、将来社会を生き抜

く力を有する次世代の育成にさまざまな側面から主体的に携わっていく」動きに期待したい。

全国を見回してみても、学習塾や EdTech を開発する企業と学校現場が、教育のイノベーションに向けて

直接対話を重ねるような機会は、あまり見られない。しかし、「未来の教室」実証事業の事例にもあったように、

学習塾が生み出した EdTech が学校の授業で活用されることにより、子ども達の学習効果の面でも、教職員

の働き方改革の面でも、プラスの効果が期待できる。

こうした観点から、学習塾や EdTech を開発する企業のみならず、幅広く民間教育による学校教育への協

力や参画が進められるべきであり、今後、全国の教育委員会や学校、そして民間教育との間に、前述の【事

例5】で示したような積極的な対話機会が創出され、それぞれの価値を認め合いながら、教育イノベーション

の創出に向けて協働する努力が進められるべきであろう。

3.おわりに:「未来の教室」の工程表

まず、明日からでも始められる改革に、学校現場がとりかかる(超短期)

「未来の教室」を創るのは誰か。学校であれば、当然ながらその設置主体である一つひとつの地方自治体

や学校法人や株式会社である。学校設置主体や学校のマネジメント層は、教育改革に向けた理想形を描き、

法令を深く理解し、無理のない合理的な解釈によって理想の実現に向けた議論を重ね、現場の教師、保護

者や学校外人材の理解と協力、なにより子ども達の参画を得ながら、改革に向けて歩を進める必要がある。

この「未来の教室」ビジョンで示した提言も、その内容の多くは、その気になれば明日からでも手を付ける

ことができる、現行法令の合理的な解釈の範囲内で実現可能なことばかりなのである。

現場の創意工夫を促し、改革の成果を 大化させる政策の実行(短期:3年程度)

しかし、日本の教育全体の改革を考えれば、一つひとつの成功事例を育てるだけではスピード感のある

全体の変化にはつながりにくい。政府として、STEAM 学習コンテンツの開発を加速させ、教育現場全体に

その授業編成のイメージを 初に広く共有していくべきである。

また、EdTech の導入等の改革の効果を 大化させる上での法令・制度上の制約があるのであれば、政策

が必要になる。政府は、現行の学校関連制度が学校現場における創意工夫の自由度を保障している範囲

12 たとえば、「特別免許状の授与に係る教育職員検定等に関する指針」(平成 26 年 6 月 19 日、文部科学省初等中等教育局教職員課)には、特別免

許状所有者の配置を学校ごとの全教員数の 5 割以内に限る定めや、特別免許状の授与を受けた後 3 年以上の学校勤務経験のない者を配置する

割合は、学校ごとの全教員数の 2 割以内に限る定めがある。 13 自ら学ぶ力を育てる初等・中等教育の実現に向けて~将来を生き抜く力を身に付けるために~(2019 年 4 月 3 日公益社団法人経済同友会)

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を、1年内にも明示的かつ積極的に学校現場に向けて発信し、教育現場のイノベーションを促す努力をす

べきである。そして、改革すべき点について速やかに検討を進め、前例や過去にとらわれない改革を3年程

度の間に大胆に実現する必要がある。

時間を要する取組みにも、すぐに取りかかる(長期)

学習ログが十分に蓄積されるには、当然ながら時間を要する。一人ひとりの成長というアウトカムに紐づけ

た分析を加え、その結果を次なる教育イノベーションに役立てるためには、さらに 10 年単位での時間を要す

ると思われる。そうした長期的な課題であるがゆえに、早急に学習ログの蓄積を始め、今できる範囲での活

用をすぐに始めねばならない。

そして、異なる企業が運営する異なる EdTech の間の、データの相互運用性が担保される環境整備も、他

の分野の標準化作業に時間がかかるのと同様、時間を要するがゆえ、早急に取組みを始める必要がある。

学習ログの蓄積が進み、ビッグデータ化が進むことにより、そのデータの分析結果は教育イノベーションに

貢献するかもしれない。また、その分析結果が教育政策上の判断の形成にも役立てられれば、一人ひとりの

子ども達に対して、より個別 適化の精度が高い、きめ細かく適切な教育を提供できるようにもなるだろう。さ

らに、こうしたデータがオープンデータ化されれば、より幅広い企業による教育分野への参入も促され、更な

る教育イノベーションにつながる可能性がある。

そして、「一体的変化」へ

学習科学において、教育改革は三つの異なる変化に分類される。すなわち、従来の取り組みをそのまま

効率化させ新しい中身を付加する「付加的変化」、従来の教育目標を重視しつつ順次可能なところから新し

い教育の学習形態を取り入れる「融合的変化」、新しい教育のビジョンのもと学習環境全体を一新していく

「一体的変化」の三つである。そして、「未来の教室」づくりを目指すこの提言の中で示したビジョンは、まさし

く「一体的変化」である。学習理論や諸研究の幅広い観点も踏まえながら、実証事業で成果を積み上げつ

つ、新しい教育ビジョンをより明確・詳細に定義し、それを広く共有・浸透させていく必要があるだろう。その

上で、行政はもちろん学校現場や地域、産業界含めた社会全体が、新しいビジョンのもとで連携し、一体と

なって学びを変えていくことが重要である。本提言がそのチェンジ・メイキングの触媒となり、大きな変革の一

助となることを願う。

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「未来の教室」と EdTech 研究会

これまでの議論の経過

シーズン 1 【第 1回】2018 年 1 月 19 日(金)9:30~12:00 ○ 研究会の趣旨説明 ○ 委員からのプレゼンテーション・意見交換 (ワークショップ 第 1回~第 4回) 2018 年 2 月 22 日(木)18:30~21:30

2018 年 3 月 3 日(土) 9:00~12:00 2018 年 3 月 10 日(土) 9:00~12:00 2018 年 3 月 13 日(火)18:00~21:30

【第 2回】2018 年 3 月 28 日(水)13:30~16:30 ○ 海外の教育改革と EdTech に関する動向について (米国、中国、イスラエル、シンガポールの STEAM 教育等を中心に)

<スピーカー> 竹村詠美様 FutureEdu Tokyo 共同創設者 Most Likely to Succeed 日本アンバサダー

○ ワークショップでの議論等を踏まえた中間論点整理 <スピーカー> 後藤健夫様 教育ジャーナリスト 【第 3回】2018 年 5 月 7 日(月)14:30~17:30 ○ EdTech 関連企業等からの御提案 <スピーカー> 山口文洋様 株式会社リクルートマーケティングパートナーズ

代表取締役社長 赤堀侃司様 一般社団法人 ICT CONNECT 21 会長

(⇒第 5回より委員) 水野雄介様 ライフイズテック株式会社 代表取締役 CEO

苫野一徳様 熊本大学教育学部 准教授 安藤大作様 公益社団法人全国学習塾協会 会長

(⇒第 5回より委員) (ワークショップ 第 5回)2018 年 5 月 14 日(月)16:30~19:30 【第 4回】2018 年 6 月 4 日(月)15:30~18:00 ○ 「未来の教室」と EdTech 研究会第1次提言(案)について

「未来の教室」と EdTech 研究会 第 1次提言 公表 2018 年 6 月 25 日

シーズン 2

【第 5回】2019 年 1 月 21 日(月)15:00~18:00

○「未来の教室」プロジェクトの進捗状況と今後の進め方について

○「未来の教室」実証事業の状況について

<スピーカー> 神野元基様 株式会社 COMPASS 代表取締役社長

中島さち子委員

○「未来の教室」としての民間教育について

<スピーカー> 筒井俊英委員

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【第 6回】2019 年 2 月 22 日(金)9:00~12:00

○学校等 BPR 調査の報告と EdTech を用いた解決策の提案について

○学校の ICT 化に向けた調達構造等の課題について

<スピーカー> 平井聡一郎様 株式会社情報通信総合研究所 特別研究員

○「未来の教室」実証事業への学習科学的評価について

<スピーカー> 益川弘如委員

(ワークショップ 第 6回~第 8回)2019 年 3 月 5 日(火) 13:00~15:00

2019 年 3 月 10 日(日)15:15~17:40

2019 年 3 月 13 日(水)13:00~16:00

【第 7回】2019 年 3 月 18 日(月)15:00~18:00

○実証事業の成果報告および総括

<スピーカー> 加藤遼様 株式会社パソナ ソーシャルイノベーション部 部長

藤田昌和様 凸版印刷株式会社 教育事業推進本部

ソリューション推進部 部長

高知尾昌行様 株式会社 JTB 霞が関事業部 営業第一課

マネージャー

小村俊平様 株式会社ベネッセコーポレーション

教育イノベーション推進課 課長

【第 8回】2019 年 4 月 26 日(金)9:00~12:00

○広域通信制高校・中学生向けフリースクールの挑戦と可能性

<スピーカー> 上木原孝伸様 学校法人角川ドワンゴ学園 N 高等学校副校長

○発達に特徴のある生徒、ギフテッド(異才)を育む学習環境

<スピーカー> 日野公三様 明蓬館高等学校・アットマーク国際高等学校校長

○「未来の教室」と EdTech 研究会第 2次提言に向けた議論

【第 9回】2019 年 5 月 15 日(水)9:00~12:00

○ギフテッドや 2E(twice-exceptional)の児童・生徒への支援について

<スピーカー> 宮尾益知様 どんぐり発達クリニック 院長

※資料ご提供 山本一郎様 一般財団法人情報法制研究所 上席研究員

○「未来の教室」と EdTech 研究会第 2次提言に向けた議論

【第 10 回】2019 年 6 月 10 日(月)16:00~19:00

○産業界からのプレゼンテーション

<スピーカー> 菅原晶子様 公益社団法人経済同友会 常務理事

○「未来の教室」と EdTech 研究会第 2次提言に向けた議論

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「未来の教室」と EdTech 研究会

委員名簿

◎森田 朗 津田塾大学総合政策学部教授/東京大学 名誉教授 ○佐藤 昌宏 デジタルハリウッド大学大学院 教授

赤堀 侃司 一般社団法人 ICT CONNECT 21 会長/東京工業大学名誉教授

安藤 大作 民間教育団体連絡協議会 幹事長 公益社団法人全国学習塾協会 会長

井上 浄 株式会社リバネス 代表取締役副社長 CTO

北野 幸子 神戸大学大学院人間発達環境学研究科 准教授 木村 健太 広尾学園中学校・高等学校 医進・サイエンスコース統括長 工藤 勇一 千代田区立麹町中学校 校長

熊平 美香 昭和女子大学ダイバーシティ推進機構

キャリアカレッジ学院長 筒井 俊英 英進館株式会社 代表取締役社長

戸ヶ﨑 勤 戸田市教育委員会 教育長

中島さち子 ジャズピアニスト、(株)steAm 代表取締役

益川 弘如 聖心女子大学文学部教育学科 教授 水谷 智之 (一財)地域・教育魅力化プラットフォーム 代表理事

宮島 香澄 日本テレビ報道局経済部 解説委員

◎:座長、○:座長代理

(座長、座長代理以下五十音順、敬称略)

[事務局] 経済産業省 商務・サービスグループ サービス政策課 教育産業室

ボストン コンサルティング グループ