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I
「地域内乗数効果」 (10cal m u l t i p l i e r eS ct ) について - N E F の活動か ら
6 月 1 日 国学院大学古沢ゼ ミ報告 東京経済大学経済学部 福士正博
報告 の課題
N E F (ニ ューエ コ ノ ミ ッ ク ス ・ フ ァ ウンデーシ ョ ン) は
具体的に 目に見え る新 しい指標
3 」 (10ca l m u l t i p l i e r 3、 以Tぺ 石ふ八白自゙乗゙尋釧路‘m l 、 - ア弓 _L A 仙 八 辱 / - ♪ 1
ニテ ィ ・ビジネ ス) 、地域通貨、市民金融な どの試みを評価 し よ う と している。本報告で は、
N E F の試みを紹介す る。
* N E F は、 ロ ン ドンに本部があ る市民団体によ る研究機 関。 1 9 8 6 年 「も う一つ の経
済サ ミ ッ ト」 の開催 を契機に設立され、 途上国の累積債務、 公平貿易、 社会的投資、
社会的企業、 地域通貨、 社会的排除に対す る取 り組みな ど、 幅広い研究活動を行って
い る 。
① グ ローバル化 の進展 : 国際競争の荒波の中で、 地域経済の衰退が どの国で も深刻にな
っ て い る 。
②新 自由主義の下で、 規制緩和が進み、 それに対応で きない地域が多 く なっ ている。
③地域経済の衰退 と と もに社会的排除 (soci a l excl u si on ) 現象が進行 し、 それ を切 り返
す には、 市民の参加 に よ る 「社会的経済」 (soci a l econ oln y ) の発展 が必要にな っ てい
る 。
④伝統的な商店街振興策が機能せず、 新 しいアプ ローチで地域経済を活性化させる試み
が求 め られて い る。
H 何 が問題 か ?
地域経済を活性化(再生)す る とはどのよ うな こ とか ?
「その地域に資金が多く循環していること」 (=沸越惣題全堕jFIがうまく行われているこ と) 、 「そ の資金 が どれだ け機能 しているのか、 換言すれば、 最終的にその資金が
地域か ら離れ てい く 前に、 何回地域内で使われているのか」
⇒地域内乗数効果 (10ca l m u l t i p h e r eS ct) を実現する。地域内乗数効果は、削色竺回り?置を濡五叛恨であると同時に、 社会的経済を評価する基準と しても用いられる。
* 乗数効果 : あ る一定額の独立支出が、 その波及効果が終わっ た と き、 も との数倍
の所得を生み出す効果。 ケイ ンズ経済学の柱。
- ゴー
嶮
地域内乗数効果は、国民経済とい う広が りではな く 、地域経済における乗数効果を考える。
地域経済を どのよ うにイ メ ージす るか ?
①雨の少ない農地
資金が少な く 、 大き な川があっ て も ( = 公共事業な どで外部か ら資金が投入 されて も) 、
地域の隅々にまで資金が行き届かないために、 経済が疲弊 してい る状態
②濯漑 ( ミニ水路を作る)
資金が地域 の隅々に行 き渡 る よ う にす る には、 ミ ニ水路を作る こ と が必要 と な る。
③ 「漏れ 口を塞 ぐJ p l u g g i n g t h e l e a k s
更に次の二つの方法を考慮す る こ とが必要
・ 出て行 く 資金以上の速 さで資金を注ぎ込むこ と (伝統的手法)
ぴ私 傷捧
当該地域の外 に出て行 こ う とす る資金 に対 して、 「漏れ 口を塞 ぐ 」 こ と で、 逃げない
よ う にす る こ と
r富が地域か らす ぐ さ ま流出 して しま うな らば、 地域 に と どま る ものが何 もな いた
めに、 地域に入っ てき たお金は最小期間 しか影響を持たないこ と にな る」。
資金が外に逃げていかず、 内部で循環す るこ とによっ て、 そ の機能が十分に発揮す る こ
と がで き る こ と
資金循環 を法的に規制す るので はな く 、 お金が地域内に と どま る よ う な、 何 らかの事
業を行 う こ と
①、 ②、 ③ を総合す る と、 豊かな地域経済 と は、 たっぷ り と湯が入っ たバス タ ブ のよ う な
も の。
m 地域内乗数効果
上記例の出発点はいずれ も 1 0 0 ポ ン ド。 しか し左 の例が地域内で 8 0 ポ ン ド ( 8 0 % )
使用 される と仮定 した結果、 5 0 0 ポン ドの所得を生み出 しているのに対 して (乗数は 5 ) 、
右の例は 2 0 ポ ン ド ( 2 0 % ) 使用 され る と仮定 して いるために、 1 2 5 ポ ン ドの所得 し
か生み出 さ ないでい る (乗数は 1 . 2 5 ) 。
こ と。
- ン ー
二つの例の違いは同じ額の資金が地域内で使用 される割合が異な る こ とにある。
この仮定の意味は、 :
・ 消費者であれば所得
・ 企業であれば資本
の支出先 と して どれだけ当該地域を想定でき るかとい う こ と にかかっている。
この場合の地域の意味とは、 :
①消費活動の場所 と しての地域
②雇用機会の場所 と しての地域
③ビジネスの場所 と しての地域
⇒地域経済の衰退 とは、 こ う した意義が薄れてきている とい う こ と。 ①̃ ③は現状理解
のためばか りでな く 、 目標 と して も設定 されなければな らない地域の性格
例示) B B とホテルの場合
ある観光地で旅行者がホテル と B B (ベ ッ ド ・ アン ド ・ ブ レ ッ ク フ ァース ト) に宿泊す
る と仮定 してみ る。
前者は年間 1 7 万ポン ドの収益 を、 後者は 1 0 万ポン ドのそれを得た ものとす る。 どち
ら も業務を行 うために、 従業員を雇い、 必要な資材を仕入れなければな らない。 B B は売
上高の 8 0 % を地域内で支出しているのに対 して、 ホテルは 2 0 % だ け地域内で支出して
いる。 この仮定を前提に した場合、第 2 ラ ウン ドでは BB は 8 万ポン ド、ホテルは 3 万 4000
ポン ド、次に第 3 ラ ウン ドで従業員がいずれも同じ金額の支出 ( 5 0 % ) を した とすれば、
それぞれ 4 万ポン ド、 1 万 7000 ポ ン ド とな る。 このよ うな違いは、 どのよ うな効果を地域
経済に与えるだろ うか。
最初の収益だけを考えるだけで よいのな ら、 ホテルの方が地域経済に与える効果が高い
こ と にな るが、 第 2 ラ ウン ド以降を考慮に入れればそ うはな らな く な る。 実際第 3 ラ ウン
ド後 も見れば全体で B B は 2 5 万 5 0 0 0 ポ ン ド、 ホテルは 2 3 万 5 8 7 5 ポ ン ド とな り 、
B B の経済効果の方が高 く なる。
IV 地域内乗数 3
N E F は、 乗数効果概念を実際に使える実践的概念と して用いよ う と してきた。 地域経済
の実態を、 明確で 、 説得的な指標 を用いて示す こ と
「我々が今求めているものは、 彼 らの理解に役立つ、 そ して悪い決定や良い解決方法の
地域における経済的影響を証明す る簡単な方法である」
⇒ 「地域内乗数 3 」 (LM 3) はこ う した課題に対 して、 「コ ミ ュニテ ィ における資金の支
出の影響を測定す る必要を感 じている人々を意識 したアイ デア 」 で あ り、 地域にどれだけ
の利益を もた ら しているのかを具体的に発見する方法 と して開発 された。
LM 3 は地域内乗数効果を前提 と した概念。 しか し地域内乗数だけでは、 経済的影響を証
一分一
|
i
--‐
-
・
-‐
‐-
明する身近な方法 とはな らない。
①地域内乗数効果を高めるには、 資金が多 く の人々の手をわた り、 地域内で循環す る回
数が増えれば良いわけだから、 回数が増えた分、 影響証明も微細な数字で行われる。
②地域資金循環を測定する目的は、 資金が実際にどこに行 く のかを理解するこ と、 そ し
て どこ に行 く こ と を望むのかを決めるこ とができ るよ うにす るこ と
恥7い
先の BB の例で言 う と、最初の 3 回の回転で 2 2 万ポン ド、 4 ̃ 2 0 回の回転で約 4 万ポ
ン ドが支出 (最初の 3 回転で 8 5 % とい う大半部分をカ ヴァー) 。 この場合の LM 3 で測定
した BB の地域内乗数効果は 2 . 2 .
N E F はこれまで 1 0 のコ ミ ュニテ ィ を対象に、 政府調達、 食料及び農業、 社会的企業、
資金調達、 福祉給付獲得キャ ンペーンの 5 つの経済分野で地域内乗数効果の実験を実施
例示) イ ン グラ ン ド北西部カ ンブ リア ・ ア ッ プル ビ ィ に本拠地を持つ社会的企業 E den
C om m u n i t y Ou tdoor s (E CO )
E CO のある年の収益が 5 万ポン ドであっ た と仮定 してみよ う。 ア ッ プル ビィ で 3 万ポン
ドが支出 され、 その内訳はスタ ッ フ に 2 万 7 5 0 0 ポ ン ド、 資材購入に 2 5 0 0 ポン ドで
あ っ た。 1 3 人のスタ ッ フ に支払われた給与所得の平均 4 6 % ( 1 万 2 6 5 0 ポ ン ド) が
支出され、同様に資材購入は地域で2 9 % ( 7 2 5ポンド) が支出された。全体の地域内口鯛4 肖● a = s ・ k ・ s - - = ・ = ㎜ = ‰ ・ ● 。● 。 - a -
支出は 1 万 3 3 7 5 ポ ン ドである。 このこ とから、 LM 3 は次のよ う に算定される。
第 1 ラ ウン ド 5 万 ポ ン ド
第 2 ラ ウン ド 3 万ポ ン ド
第 3 ラ ウン ド 1 万 3 3 7 5 ポ ン ド
計 9 万 3 3 7 5 ポ ン ド ⇒ L M 3 1 . 8 7
L M 3 を算定する大事な論点は、 地域経済への影響を理解するためだけではな く 、 それを
改善す る手がか り をつかむ こ と
E CO が LM 3 の結果から学んだ こ とは、 資材供給者が地域の外に半分以上いる とい う こ
と。 地域が抱 えるニーズに応える こ と 、 そのために地域で使用 されず に眠っ てい る資源 を
積極的に活用 し よ う とす る社会的企業であるにもかかわらず、 資源の半分以上が地域の外
に依存 している現状は、 改善すべき こ とがら と して意識 されなければな らなかった。 その
ために E CO は、 LM 3 の算定結果にも とづいて、 サー ビスを提供 して く れる地域供給者の
育成に努め、 他のグループ と協力 しながら地域内購入を促進 してきた。 L M 3 は、 このよ う
に E CO とい う社会的企業の存在意義を強化 し、それ と同時にア ップルビィ 経済の基礎を作
る こ との重要性 を認識 させた。
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↓者り・ヴ リ1゛ 心呻軸 μ
れ 瞬ψ/い 叫 4 桟化・冗禍 t
地域内乗数効果概念の可能性-NEFの活動からっsJ 徊・ 銭囁キ ( い卜付 J
は じ め に
ニ ュ ーエ コ ノ ミ ッ ク
ョ ン (N13w E con om ic s
j o 東京経済大学経済学部 福士正博がμj
と な っ て い る ニ ュ ーエ コ ノ ミ ッ ク ス ・ フ ァ ウ ンデ ー シ
以下 NE F * )はかねてから地域経済の活性化 ・再生を
研究テーマの一つに掲げ、 社会的企業の発展、 タ イ ム ・バンクの設立、 コ ミ ュニテ ィ ・ カ
ウン トの開発など、 様々な試みを行って きた。 N EF は最近、 その試みのー環と して地域内
乗数効果 (local m u l t ip h e r e羨ct) 概念に注目し、 地域経済発展の指標と して地域内乗数 3
( l ocal m u l t i p l i e r 3 ) を開発している。 国際化の荒波に呑み込まれ、 衰退 ・疲弊している
地域が多 く なっている現在、 地域経済を活性化さ せる新 しい視点が求められるこ とか ら、
こ う した NE F の活動は大いに注目してお く価値かあると思う。 この小論の目的は、 そう し
た問題関心に立って、 N E F が開発 してい る地域内乗数効果概念を紹介 し、 その意義を明ら
かにす る こ と にあ る。
I 地域経済の活性化 とは何か?
地域経済を活性化(再生)するとはどのよう な意味なのだ ろう か。NE F は、この設問に、 「そ
の地域に資金が多 く循環 しているこ と」、 すなわち地域内資金循環かう ま く 行われているこ
とであると答えた。 ここで問題にされているのは、 「その資金かどれだけ機能しているのか、
換言すれば、 最終的にその資金が地域か ら離れてい く 前に、 何回地域内で使われているの
か」 という こ とである。 これまでケイ ンズ経済学が主張 してきた乗数効果は、 この設問に
対 して十分に答えるこ と がで きなかった。 確かに当該地域に資金が多 く 循環するには、 公
共投資事業な どの実施によって、 外部か ら資金 を投入するこ と も一つの手立てであ る。 地
域経済の活性化のために必要な資金は、 公共事業な ど外部資金の投入によって確保するこ
と も有効な手立てであるだろう。 しかし、 乗数理論は、 地域内乗数効果といった、 ミ ク ロ
な レベルに置き換え られなければ機能 しない し、 NE F が考えているよう な新 しい視点も出
て こない。 したがって これだけが答の全てではない し、 このよ う な ト リクルダウン方式が
機能 しな く なっている現実も強 く なって きている。 NE F の活動の中には、 外部資金を投入
す る とい う こ との他に、 次の二つの意味が含まれてい る。 そこ には、 ケイ ンズ経済学が主
張する乗数効果概念に対する批判が含まれている。
①資金が当該地域の隅々にまで循環するこ とによる経済効果か発揮されるこ と (濯漑
1r r lg au on )
②資金が外に逃げていかず、 内部で循環するこ とによって、 その機能が十分に発揮する
こ とがで きるこ と (「漏れ口を塞 ぐJ plu gg ing t h e Leak s」
そ こで、 それぞれについて考えてみるこ と に し よ う。
①満漑 (ir r i gation )
これまでの乗数効果理論では、 たとえある地域で公共投資事業な どを行う こ と によって
外部資金が投入さ れ、 所得上昇や雇用の拡大が見 られた場合で も、 当該地域の隅々にまで
1
③ビジネスの場所と しての地域
消費、 雇用、 ピジネスのいずれにおいて も当該地域が魅力あるものとなっているこ と、
総 じて、 当該地域の資源を有効に使用するだけ魅力あるものとなっているかどうかが重要
である。 地域経済の衰退 とは、 こ う した意義が薄れて きている という こ とに他な らない。
したがって①̃ ③は現状理解のためばかりでな く 、 目標と しても設定されなければな らな
い地域の性格である。
そこでこの点を、 別の例からも う少し詳 し く 見てみよう 。 ある観光地で旅行者がホテル
と B B (ベ ッ ド ・ アン ド ・ ブレッ クファース ト) に宿泊すると仮定してみよう。 前者は年
間 1 7 万ポン ドの収益を、 後者は 1 0 万ポン ドのそれを得たものとする。 どち らも業務を
行うために、従業員を雇い、必要な資材を仕入れなければならない。 B B は売上高の 8 0 %
を地域内で支出しているのに対 に r . ホテルは 2 0 % だけ地域内で支出 している。 この仮
定を前提に した場合、 第 2 ラ ウン ドでは BB は 8 万ポン ド、 ホテルは 3 万 4000 ポ ン ド、 次
に第3 ラウン ドで従業員がいずれも同じ金額の支出 ( 5 0 % ) を したとすれば、 それぞれ 4
万ポン ド、 1 万 7000 ポン ドとなる。 このよう な違いは、 どのような効果を地域経済に与え
るだろ う か。
最初の収益だけを考えるだけで よいのな ら、 ホテルの方が地域経済に与える効果が高い
こ とにな るが、 第 2 ラ ウン ド以降を考慮に入れればそ うはな らな く な る。 実際第 3 ラ ウン
ド後も見れば全体でB B は 2 5 万 5 0 0 0 ポン ド、 ホテルは 2 3 万 5 8 7 5 ポン ドとな り、
B B の経済効果の方が高 く なる。 このよ う に地域内乗数効果を考えるな らば、 最初の収益
だけを考慮 した場合の結論とは逆の結論が導き出されるこ とにな る。
m 地域内乗数3 (LM 3)
それでは、 このよう な地域内乗数効果概念を、 地域経済の活性化のためにどのよう に活用
すれぱよいのだろ うか。 NE F は、 この概念を研究対象にと どめるこ とな く 、 実際に使える
実践的概念 と して用いよ う と して きた。 多 く の地域で経済が衰退 しているこ とは皆知って
いる。 しか しそれ らを実証する、 明確で、 説得的な証拠を提示で きないでいる。 「我々が今
求めているものは、 彼 らの理解に役立つ、 そ して悪い決定や良い解決方法の地域における
経済的影響を証明する簡単な方法である」。 LM 3 はこ う した課題に対して、 「コ ミ ュニテ ィ
における資金の支出の影響を測定ずる必要を感 じている人々を意識 したアイデア」 であ り、
地域にどれだけの利益をもたら しているのかを具体的に発見する方法と して開発された。
LM 3 は地域内乗数効果を前提と した概念である。 しかし地域内乗数だけでは、経済的影
響を証明する身近な方法とはな らない。 地域内乗数効果を高めるには、 資金が多 く の人々
の手をわた り、 地域内で循環する回数が増えれば良いわけだから、 回数が増えた分、 影響
証明も微細な数字で行われるこ と になって しまう 。 地域資金循環を測定する目的は、 資金
が実際にと こに行 く のかを理解するこ と、 そ して どこに行 く こ と を望むのかを決めるこ と
がで きるよう にするこ と にある。 この課題に応えるには、 資金循環の一般的傾向がわかる
よう にするこ とか重要で、 必ずし も細部にわたる証明まで求められているわけではない。
両者はやむをえない妥協と考え られるべきである。
LM 3 は、 資金循環の最初の 3 回だけを対象と して乗数効果を測定する方法である。 例え
ば先の BB の例で言う と、最初の 3 回の回転で 2 2 万ポン ド、 4 ̃ 2 0 回の回転で約 4 万ポ
4
-
資金が行き届 く こ とまで保障するこ とはできなかった。 公共投資事業が行う こ とがで きる
のは、 これまで不毛であった砂漠地帯に資金を投入するこ とによって一本の川を作 り、 そ
こに水を流すこ とだけである。 川が作られたこ とによって、 確かに周辺流域では植物は育
つよう にな ったかも しれない。 しかし大きな一本の川だけでは、 効果はそれ以上に広から
ない。 周辺流域よ り更に広がるには、 大 きな川か ら派生 した支流を何本も作 るこ と によ っ
て可能 とな る。 支流が集まって本流を作るのではない。 逆に本流から分かれた支流を作る
こ とによって、 資金が地域の隅々に行き渡 り、 波及的経済効果を持つよう にするこ とであ
る。 当該地域の人々が自ら支流を作るこ とで、 限 られた広が り しか持たなかった経済効果
が広い地域にまで行き渡 り、 その結果植物は豊かに育ち始めるだろ う。 NE F はこれを比喩
的に潅漑活動と呼んだ。 こ こで言う潅漑 とは、 貧 し く 、 寂れて しまっているために、 投入
さ れた資金が傘ではじかれ、 ますますその状態から抜け出せな く なっている地域経済の実
態を変える こ と、 すなわち如雨露のよう に資金が集ま り、 目標の場所に投下されるよう転
換 してい く ための前提条件を作る活動を指 している。NでEF はこのよ うに、 「地域経済の発展
とは、 流入 した利用可能なお金を地域生産性の増大のために利用する」 漂漑地のよ う なも
のである と考えていた。 農地全体を豊かにするには、 大規模な水路を も う一つ別に作るこ
とはあま り効果的でない。 必要な こ とは、 既存の水路から水を引き出 し、 幅広 く行 き渡る
よ う に ミ ニ水路を張 りめ ぐ らせ る こ と にあ る。
② 「漏れ口を塞 ぐ」 (p lu gg細μhe Leak s)
濯漑活動によって資金が行き渡る水路か作 られた と しよう 。 この資金がう ま く循環する
には、 更に次の二つの方法を考慮するこ とが必要となる。 第 1 に、 出て行 く資金以上の速
さで資金を注ぎ込むこ と、 第 2 に、 当該地域の外に出て行こ う とする資金に対 して、 「漏れ
口を塞 ぐ」 こ とで、 逃げないよう にすることである。 これまで経済学 ( と りわけケイ ンズ
経済学) は、 前者の戦略にと らわれるあま りに、 後者の方向を事実上無視 して きた。 公共
投資事業を行っても、 そこで生み出された所得が外部に吸収され (逃げ出し)、 当該地域に
と どま らない とい うのであれば、 持続的な地域経済は望めない。 資金は地域をただ素通 り
するだけで、 定着 しないこ とになる。 観光客、 福祉給付、 企業投資、 輸出収益など様々な
ルー トで外部資金が入って きて も、 多 く の漏れ口があるために資金が外へと出て行って し
ま うのであれば、 地域経済は依然と して衰退 したままである。 したがって問題は、 このよ
う な漏れ口をいも早 く 発見 し、 その穴を塞 ぐこ とである。 「富が地域からす ぐさ ま流出して
し まう な らば、 地域にと とまるものが何もないために、 地域に入って きたお金は最小期間
しか影響を持たないこ とになる」。 言う までもな く 、 漏れ口を塞 ぐこ とは、 外部世界 との繋
が りを遮断 しよ う とい う こ とではない。 その代わ りに、 全ての内部投資を最大限利用する
ために、 地域の繋が りを増大 しよ う とする こ と を 目的と した ものである。
こう した①と②からイ メージされる理想的な地域経済とは、 湯が十分に入れられたバス
タ ブのよ うな ものである。 バスタ ブの大きさ に合わせて蛇口から入れられた湯が全体に平
均 して行き渡 り、 また下水道につながる栓が閉められているこ とによって常に適正な量が
保たれている、 と いった状態を想定すればわか りやすい。 この場合の湯 とは資金であ る。
したがって当該地域の経済的能力に合わせて資金が投入され、 地域に満遍な く行き渡 り、
2
漏れ口が塞 がれて い る こ と に よ って、 適正な量の資金がう ま く 循環 してい る状態が理想 と
さ れている。 ケイ ンズ経済学の有効性が疑問視されているのは、 ①、 ② と もに乗数効果理
論に内在化す名ことができなかったために、 次第に欠陥が露呈し始め、 理論自体が破綻を
きたすよう になっているからであ る。 公共投資事業の見直 しか行われるよう になっている
のも、 こ う した局面が現実に現れて きたからに他な らない。 今求め られているのは、 こ う
した理想に近づける手立てを発見するこ と にある。 NE F はこ う した問題関心から、 こ のた
めの研究チームを組んで、 地域内乗数効果と LM 3 の開発に努めて きた。
n 地域内乗数効果と は何か?
ケイ ンズ経済学の理論的支柱の一つであ る乗数効果 とは、 「あ る一定額の独立支出が、 そ
の波及効果が終わったと き、 もとの数倍の所得を生み出す効果」 という意味であ り、 主に
国民経済に適用さ れて きた概念である。 この小論のよう に、 地域に乗数効果を適用する場
合で も、 乗数効果の意味自体に変更があるわけではない。 したがって両者の違いは、 これ
だけ を取 り上げているか ぎ り、 表面的な ものにすぎない。 それに もかかわ らず NE F がこ の
概念に注 目しよう と して いるのは、 乗数効果概念を地域に適用するこ とで、 これまでのケ
イ ンズ経済学とは異な る視点か ら、 地域経済の活性化につなが る指標の開発が可能にな る
と考えてい るか らであ る。 ケイ ンズ経済学とは異な る視点 とい う よ り、 ケイ ンズ経済学を
批判する視点と言った方が正確かも しれない。 したがって地域内乗数効果の意義は、 ケイ
ンズ経済学が陥った袋小路を、 こ の概念がと のよ う に克服 し よう と してい るのかとい う こ
と にあ る。
第 1 図は、地域内乗数効果概念によって NE F が何を 目指そう と しているのかを端的に示
している。 この図は、 いずれも 1 0 0 ポン ドの投入資金を出発点に している。 ただ し左の
例は、 地域内で 8 0 % 、 したがって 8 0 ポン ドが使用されると仮定 している。 最初のラ ウ
ン ドで当該地域内に残った 8 0 ポン ドは、 第 2 ラ ウン ドでそのう ちの8 0 % 、 すなわち 6
4 ポン ドが残 り、 更に第 3 ラ ウン ドで 5 1 ポン ドが残るこ とにな る ‥ ・。 それに対して、
右の例は 2 0 % 、 したがって 2 0 ポ ン ドが使用さ れる と仮定 している。 したがって最初の
ラ ウン ドで当該地域内に残った 2 0 ポン ドは、 第 2 ラ ウン ドで そのう ちの 2 0 % 、 すなわ
ち 4 ポ ン ドが残 り、 更に第 3 ラ ウン ドで 1 ポ ン ド以下 しか残 らない ・ ・ ・ 。 左の例で は資
金が何人かの人々の手を渡った結果 5 0 0 ポン ドの所得を生み出しているのに対 して、 右
の例では 1 2 5 ポ ン ドの所得 しか生み出さ ないでい る。 左の例の乗数は 5 、 右の例のそれ
は 1 . 2 5 とな る。 こ う した違いか生 じるのは、 8 0 % と 2 0 % とい う資金の使用割合の
違いを仮定 してい るためで あ る。言 う まで もな く 、地域経済の活性化にと って重要なのは、
乗数を 1 よ りで き るだけ大 き く な る よ う にする こ とで あ り、 そ の値が大 き く なればな るほ
ど良い こ と にな る。
それではこのような仮定はどのような意味を持っているだろうか。 二つの例の違いは同
じ額の資金が地域内で使用さ れる割合が異なるこ と にあるのだか ら、 この仮定の意味は、
消費者であれば所得の、 企業であれば資本の支出先 と して どれだけ当該地域を想定で きる
かという こ とにかかっている。 この場合の地域の意味とは次の点を指すだろ う。
①消費活動の場所 と しての地域
②雇用機会の場所と しての地域
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卜・’nり.い『.り・・いIIl
ン ドが支出されている。 第 2 図に示されているよ う に、 地域内資金循環はおおよそ 10 ラ ウ
ン ドまで行われているものの、最初の 3 回転で 8 5 % と いう大半部分をカ ヴァー してお り、
それだけを測定するこ とでも、 「地域経済における資金フローの十分な指標」 となっている
と考え られる。 この場合のLM 3 で測定 した BB の地域内乗数効果は 2 . 2 である。 確かに
残 りの部分も正確な乗数効果を測定する上で重要である。 しか しすでに述べたよ う に、 重
要なこ とは、 分か りやすい簡潔な方法で資金循環の実態をつかむこ とであ り、 L M 3 は 「解
釈のーつの方法で しかないこと」 を認識してお く こ とである。
NE F はこれまで 1 0 のコ ミ ュこニティ を対象に、 政府調達、 食料及び農業、 社会的企業、
資金調達、 福祉給付獲得キャ ンペーンの 5 つの経済分野で地域内乗数効果の実験を行って
きた。 こ こでは、 紙幅の関係から、 NE F が実験を行ってきたイ ングラン ド北西部カ ンブ リ
ア ・ ア ッ プルビィ に本拠地を持つ社会的企業 E den C om m lm i ty o u t d oo r s (E CO ) を取 り上 げてみ よ う 。
E CO のあ る年の収益が 5 万ポ ン ドであ った と仮定 してみよ う 。 ア ッ プル ビィ で 3 万ポ ン
ドか支出さ れ、 その内訳はスタ ッ フに 2 万 7 5 0 0 ポン ド、 資材購入に 2 5 0 0 ポン ドで
あった。 1 3 人のスタ ッ フに支払われた給与所得の平均4 6 % ( 1 万 2 6 5 0 ポン ド) が
支出され、 同様に資材購入は地域で 2 9 % ( 7 2 5 ポン ド) が支出された。 全体の地域内
支出は 1 万 3 3 7 5 ポ ン ドである。 このこ とから、 LM 3 は次のよう に算定される。
第 1 ラ ウン ド
第 2 ラ ウン ド
第 3 ラ ウン ド
計
5 万ポ ン ド
3 万ポ ン ド
1 万 3 3 7 5 ポ ン ド
9 万 3 3 7 5 ポ ン ド ⇒ L M 3 1 . 8 7
LM 3 を算定する大事な論点は、 地域経済へのの影響を理解するためだけではな く 、 それ
を改善する手がかりをつかむこ とにある。 ECO が LM 3 の結果から学んだこ とは、 資材供
給者が地域の外に半分以上いるという こ とであった。 地域が抱えるニーズに応えるこ と、
そのために地域で使用されずに眠っている資源を積極的に活用 しよう とする社会的企業で
あるにもかかわ らず、 資源の半分以上か地域の外に依存 してい る現状は、 改善すべき こ と
がらと して意識されなければな らなかった。 そのために E CO は、 LM 3 の算定結果にも と
づいて、 サー ビスを提供 して くれる地域供給者の育成に努め、 他のグループ と協力 しなが
ら地域内購入を促進 してきた。 LM 3 は、 このよう に E CO という社会的企業の存在意義を強化 し、 それと同時にア ップルビィ経済の基礎を作るこ との重要性を認識させたのである。
結びに代えて
地域内乗数効果概念やそれを具体化 した LM 3 の開発を行って きた NE F のね らいは、 地
域経済の活性化を目指 して、 「複雑な問題を説明するために、 単純なタームを用いた、 視覚
に訴え る こ とので き る方法を開発」 する こ とで あった。 地域経済の目に見えない便益を具
体的な形で見えるよう に しなければ、 問題の所在も、 地域経済の方向も発見するこ とがで
きない。地域経済の活性化とは資金が当該地域で う ま く循環するこ と と考える NE F の立場
からすれば、 公共投資事業や大型店舗、 大規模工場が誘致されたから といって、 そ こで得
5
た収益や所得が外に流出して しま う な らば、 経済効果は半減 して しまう どこ ろか、 地域経
済に与えるマイナスの影響の方が大き く なるだろ う 。 NE F の活動は、 そ う した方向を追求
してきたこれまでのケイ ンズ経済学の批判を内在していたという意味で、 乗数効果理論と
は本質的に対極的な立場に立つものであった。 NE F は、 この指標を根拠に現在、 イ ングラ
ン ド各地の地域の実情に合った内発的発展を追究 している。
* N E F は、 ロン ドンに本部かおる市民団体による研究機関。 1 9 8 6 年 「も う一つの経済
サ ミ ッ ト」 の開催を契機に設立され、 途上国の累積債務、 公平貿易、 社会的投資、 社会的
企業、 地域通貨、 社会的排除に対する取 り組みなど、 幅広い研究活動を行っている。
参考文献
NE F,智昭が男r 訪e か ah ,2002.
N E F ブn l e & 1(辺e y t r a j j ,2 0 0 2 .
第 1図 地域内乗数効果
8 0 % の資金が地域内に止まる場合
注入資金 残存資金1
計 5 0 0
0
4
8
6
1
1
5
4
3 3
弩 欄 禰 - ● 軸 S ● ● ・ ●
(単位 :ポンド)
2 0 % の資金が地域内に止まる場合
注入資金
,o二
三
計 1 2 5
(出所) NEF,Plugging t h e Lea k s ,2 0 0 2 ,p .1 9 .
。(注)正確を期すため数字を変えている箇所がある。
残存資金
● ‐ ● ● ■ ●
0
4
2
0 .8
- 〃 ’