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-1- 「スウェーデン住宅政策小史」 高島一夫 (日本借地借家人連合) 住宅政策の始まり 19世紀末のスウェーデン都市部住民の居住状況は他の欧州諸国の都市部と同様 に劣恵であった。水道設備の欠如、シテミの中の過密居住、10%の乳幼児死亡率、 屋外トイレット、そして下層労働者は皆下宿人であった。このような状況下で1889年 に最初の借家人集会が開かれ、1907年に大規模な借家人協会が結成された。政府 は住宅危機に対して1917年に5千人以上住民が居住する都市に最初の家賃規制 を導入した。しかし、そのために貸家建設戸数が減少し、1920年代には住宅危機が 更に悪化した。政府は1922年に住宅補助金制度を廃止し、1923年に家賃を自由 化したが、事態は更に意化した。劣要住宅、過密居住と借家人追い立てが横行し、 1915年から1920年の問に家賃は三割も上昇した。 政府は1930年代に入ると最初の住宅計画に取り掛かった。当時も国の住宅水準 は他の西欧先進工業諸国と比べ相変わらず低水準であったので、1940年代には 本格的な住宅政兼として、住宅ローン神助金や家賃規制を行った。しかし政府の主 たる目標は国民全体の居住水準の引き上げであった。1939年には人口3万人以上 の都市に家賃裁判所が設置された。 新たな福祉住宅改発の展開 第二次大戦後の同国の住宅政策の明確な特徴は、「貧困世帯を含めた、全ての 世帯に収入審査無しに、適正な居住水準の住宅を提供」することであった。国民 が適正な住宅を入手できることは「社会的権利」とされた。 1950年代以降、スウェーデンの議会と政府は社会民主党が主導権を握り、 80年代と90年代のわずかな期間に保守党が政権につけただけであった。社会

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「スウェーデン住宅政策小史」高島一夫

(日本借地借家人連合)

Ⅰ 住宅政策の始まり

19世紀末のスウェーデン都市部住民の居住状況は他の欧州諸国の都市部と同様

に劣恵であった。水道設備の欠如、シテミの中の過密居住、10%の乳幼児死亡率、

屋外トイレット、そして下層労働者は皆下宿人であった。このような状況下で1889年

に最初の借家人集会が開かれ、1907年に大規模な借家人協会が結成された。政府

は住宅危機に対して1917年に5千人以上住民が居住する都市に最初の家賃規制

を導入した。しかし、そのために貸家建設戸数が減少し、1920年代には住宅危機が

更に悪化した。政府は1922年に住宅補助金制度を廃止し、1923年に家賃を自由

化したが、事態は更に意化した。劣要住宅、過密居住と借家人追い立てが横行し、

1915年から1920年の問に家賃は三割も上昇した。

政府は1930年代に入ると最初の住宅計画に取り掛かった。当時も国の住宅水準

は他の西欧先進工業諸国と比べ相変わらず低水準であったので、1940年代には

本格的な住宅政兼として、住宅ローン神助金や家賃規制を行った。しかし政府の主

たる目標は国民全体の居住水準の引き上げであった。1939年には人口3万人以上

の都市に家賃裁判所が設置された。

Ⅱ 新たな福祉住宅改発の展開

第二次大戦後の同国の住宅政策の明確な特徴は、「貧困世帯を含めた、全ての

世帯に収入審査無しに、適正な居住水準の住宅を提供」することであった。国民

が適正な住宅を入手できることは「社会的権利」とされた。

1950年代以降、スウェーデンの議会と政府は社会民主党が主導権を握り、

80年代と90年代のわずかな期間に保守党が政権につけただけであった。社会

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民主党時代の住宅政策は国と地方における福祉政策の一部として展開された。

そのため家賃や住宅水準や住宅管理について、多くの目標が掲げられ決定され

た。政府は住宅手当を低所得者層や高齢年金受給者らに支給し、民間の住宅ローンの借り入れが困難な人たちに長期間で低金利の融資を行った。地方自治体

は彼ら自身の公営住宅会社(the municipalhousingcompany,MHC)を1940

年代後半から1950年代前半にかけて設立した、

政府は、これらの非営利の住宅供給会社に有利なローン期間と利子補給金を

支給したことにより、また1974年以降は地方自治体がこれらの公営住宅会社に

建設資金を提供したため多数の公的賃貸住宅が建設された。2006年の国際借家人連合(m)の資料によると、スウェーデン全土で290の

地方自治体のうちの270地方自治体が320の公営住宅会社を所有、管理して

いた。公営住宅会社は地方自治体が所有しているが、法的に地方自治体から

独立した同国の住宅政策の「かなめ」である。これらの会社を代表する上部団

体は「SABO」と呼ばれる。毎年、各地の借家人連合(the LocalunionoftenantS)

は各地方自治体内の公営住宅会社と公営住宅の家賃交渉を行っている。

1933年に全国借家人協会が最初の家賃交渉手続きを採用した。

SABO社は全ての借家人との関係の調整と「社会的居住差別(Social

Segregation)」の防止を目的に活動している。同国には、2つの全国的な団体

の住宅協同組合団体(HSB、R汰sbyggen)が存在する。両団体は2007年で全

住宅ストックの18%を代表するとともに協同組合住宅を建設販売している。

住宅協同組合、thetenantownedcooperative)とは、2007年から公営住

宅の全居住者の3分の2が合意すれば、協同組合を結成し建物全体を買取り、

共同所有者になれるとしたもの。組合員や購入者にならず、組合が家主の建物の借家人として居られる。組合員は建物の維持管理費(清掃やごみ処理など)、

銀行ローン返済金、修繕費用積立金(冷峻房施設など)を負担している。

この公営住宅制度と家賃交渉はスウェーデン・モデルと呼ばれた福祉国家の

重要な中核となっている。こうした「公営住宅会社とその家賃制度」と「集団家

賃交渉」がスウェーデンの住宅政策の主柱である。以下はその内容である。

a)「公営住宅会社とその家賃制度」

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各地方自治体が各公営住宅会社の株式を保有しているが、公営住宅会社は2007年には全国に86万戸の住宅を保有、管理して、各地の民間家主と競合して

いた。1942年に「家賃規軌が導入されたが、公営住宅会社の家賃値上研ま毎年

の経費増加分の値上げが認められただけであった。家賃規饉那ま1960年代には婆

を消しかけていたが、一部地方で残り、完全に無くなったのは1978年であった。

1968年に家賃が従来の費用家賃から有用価値家賃(the utility value

rent)に変更された。この制度軋「借家人が保有の確保を充分に可能なようにと

従来の原価家賃から家負決定要件を定め家賃額の上限を決める」ものである。基

準となるのは、建物の「規模」、「品質」、「建築年数」と「設備の水準」である。新家

賃はこれらの建物状態と近隣家賃との比較で決められる。この比較家賃方式は幾

分ドイツ1オーストリアの「家賃表伽etspiegel)方式に近似している。なお公営

住宅の入居条件には収入上限は無いとされた。

b)「集団家賃交渉」

1958年に借家人代表(地元の借家人協会代表)と公営住宅会社が自主的に

交渉する手続きに関する協定書を締結した。1978年に家賃交渉法が制定され、

以来公営住宅の借家人協会は全国的規模で同会社と交渉し、そこで決定された

家賃は全国の90%もの民間家賃の上限額となっている。

1960年代半ばに住宅不足を解消するため「百万戸住宅計画)が着手された。

この計画では10年間の建設で住宅建設の新たな基準と方向性を長期的に決定

しようとするものであった。1970年代は戸建て住宅が増加したが、共同住宅の建

戸数が減少した。1980年代には多くの住宅の改修工事が行われ、新たに住宅

住宅建設戸数が増加を始め、1990年に年間約7万戸と建設戸数がピークに達

した。

Ⅲ90年代以後の「住宅政策の転換」

1970年代からグローバル化の進展するなかで輸出競争力の低下や累積赤字

の増加が目立ち出した。様々な経済対策が効果をあげ得ないままに1990年代

には深刻な経済的危機に陥った。91年に政権についた保守党は財政支出の削

減のために様々な部門で民営化政策導入を図り、住宅もまた例外とされなかっ

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た。同党はイギリスの民営化をモデルとしていた。政府は1991年には大規模な税

制改革で住宅関連の補助金を全て廃止したが、以後数年問で家賃は平均30%

から35%も値上りした。しかし、政府の低金利と勤労者の給与引き上げ策で建築

費や住宅価格が値上り始めた。1991年から91年までの税制改革はその値上りを

加速したが、空家戸数が急増し、建築戸数も93年から99年までは年間12、000戸

の低水準に止まり、この状態は2000年まで続いた。1900年代から2000年代にか

けて地方や小都市での持家の空家が増加した。反対に大都市には多くの移民ら

が職業を求めて流入したため非常な住宅不足を生じている。

「公営住宅の民営化政策」導入

国にはこれまで住宅供給に関して明確な責任があった。50年間以上にわたり、

中央政府は住宅に関する立法と建設のための財政支援に、地方政府(各地方自

治体)は建設計画とその実施全般にそれぞれ責任を負うものとされてきた。

2006年に再度保守党が政権についたが、国の住宅政策は地方自治体レベル

に落とされた。2007年から各地方自治体は所有する公営住宅を居住する借家人

や開発業者らに売却出来るとされた(mght十七0-Buy,住宅購入権)。

公営住宅の全部または一部が市場価格の半値で売られ、すぐに市場価格で転

売できるため、大量の住宅が売却され、その売却費用が自治体の財政補填に回

された。更に2011年に「公営住宅会社はより収益を上げるよう運営すべき」という

条文が含まれた法律が制定された。貸家売却の拡大の結果、ストックホルム、マル

、ゴーテボルグ各市では深刻な住宅不足に陥った。2012年には全国平均で家賃

が12%も上昇した。これはストックホルム宙内の賃貸住宅率が2001年の62%から

2011年には46%に下がったためで、2012年には貸家が11万戸も民有化され貸

家不足になったためである。住宅難と家賃値上げが政府の政策で引き起されている。その結果、同国の「弱者のための福祉住宅政策」が脅かされている。

以降は国際借家人連合の機関誌「グローリベル・テナシト」の記事を紹介し、スウェーデン

国内での公営住宅の売却・民有化の進展を見て行きたい。(“-けが同機関誌、GT誌の記事である。)

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「公営住宅の売却・民有化」の進展

ストックホルム市議会の多数派は、2007年当時に9万戸の公営住宅の売却を

希望していた。その背景には政府の推進する大規模な民営化政策がある。

‘‘現在までにスウェーデン政府と290の地方自治体は所有資産の可能な限りの

売却・民営化一学校、介護施設、病院、公営住宅など含め-を行ってきている。ストックホルム市内では低家賃の適正家貸住宅が不足し、高級住宅が増加した

。協同組合住宅の価格も12ケ月で26%値上りしている。一般住宅価格は10%

値上りした。2007年にスウェーデン借家人連合(St汀)は貸貸住宅の30から40%

が自己所有住宅になると推測していた。このような政府の民営化(民有化)のキ

ャンペーンは住民を都心部に居住する富裕層と、郊外に居住するパネル住宅の

借家人の貧園層や、失業者等に二分する結果となっている。

2007年にイギリスの不動産会社ボウルトビ一社が、最近同市の公営住宅会社

セントラルコンパニイ工を11億ユーロで購入した。これには1、200戸の賃貸住宅

と10ヶ所のショッピング・センター付きであった。同市の関係者は売却代金を市

のインフラ整備に充てると述べた。同地域の借家人協会関係者は同社の購入は

収益日的なので家賃の大幅値上りを奮戒していた。‘‘(GT誌2007年6月号)

これに対してスウェーデン借家人連合(St汀)は政府の住宅政策に反対する大

量宣伝活動を開始した。

“住宅政策全般が脅威にさらされている。政府は公営賃貸住宅制度と貸主借

主問の公営住宅の集団家賃交渉に対して嫌惑感を示してきた。スウェーデン

不動産連盟は、政府と欧州共同体委員会に「新築借家には市場家賃を適用す

る家賃設定制度」を要求するロビー活動をしている。その一方右翼連合とその

協謝者らは公営住宅の売却を居住借家人らに多額の祐助金を与え推進している。*(彰

最近の調査では今後5年間で63万6、000人のスウェーデン人の若者が住ま

い-彼らのほとんどが借家を-必要とするとされている。そのためSUTは政府

の住宅改組こ反対する大宣伝活動を開始した。‘‘(GT誌2007年11月号)