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1 平成 28 年度松山大学図書館情報学講演会 2016 12 13 () 12:3014:00 「図書館と震災 〜東日本大震災の経験から〜」 国立情報学研究所学術基盤推進部図書館連携・協力室長 (元 東北大学附属図書館情報サービス課長) 小陳 左和子(こじん さわこ) 1. まずは質問を Q1. 図書館員が守るべきものとは? Q2. その中で一番守らなければならないものは? Q3. では、それを守るための条件とは? 2. 東日本大震災による東北大学の被害 (1) 発災 2011 3 11 () 14:46 マグニチュード 9.0(国内観測史上最大) 最大震度 7、仙台市街は震度 6 (2) 東北大学全体の被害 人的被害 学生 3 名死亡(入学予定者を含む。実家等の学外で津波被災) ×危険 28 (4.7%) △要注意 48 (8.2%) ○安全 521 建替・改修等で 448 億円の損害 研究機器 352 億円の被害 研究材料 生物系の研究室で、多くの貴重な細胞・資料の損失 (3) 附属図書館(本館)の被害 人的被害 なし 壁・天井の破損・落下多数 立入禁止区域 窓枠ゆがみ 開閉不可 空調機パイプ破損 水漏れ、冷暖房運転不能 エレベータ 1 基損壊 運転不能 一部ゆがみ等の破損 要・補修 87 万冊落下(225 万冊中) 要・整理 一部破損(含・貴重書) 要・修復 電子機器 利用者用・業務用 PC・サーバ 破損なし 共有ファイルサーバのディスク故障 要・修復

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平成 28年度松山大学図書館情報学講演会 2016年 12月 13日(火) 12:30〜14:00

「図書館と震災 〜東日本大震災の経験から〜」

国立情報学研究所学術基盤推進部図書館連携・協力室長

(元 東北大学附属図書館情報サービス課長)

小陳 左和子(こじん さわこ)

1. まずは質問を

Q1. 図書館員が守るべきものとは? Q2. その中で一番守らなければならないものは? Q3. では、それを守るための条件とは?

2. 東日本大震災による東北大学の被害 (1) 発災

2011年 3月 11日(金) 14:46 マグニチュード 9.0(国内観測史上最大) 最大震度 7、仙台市街は震度 6弱

(2) 東北大学全体の被害 人的被害 学生 3名死亡(入学予定者を含む。実家等の学外で津波被災) 建 物 ×危険 28棟(4.7%) △要注意 48棟(8.2%) ○安全 521棟 建替・改修等で 448億円の損害 研究機器 352億円の被害 研究材料 生物系の研究室で、多くの貴重な細胞・資料の損失

(3) 附属図書館(本館)の被害 人的被害 なし 設 備 壁・天井の破損・落下多数 → 立入禁止区域 窓枠ゆがみ → 開閉不可 空調機パイプ破損 → 水漏れ、冷暖房運転不能 エレベータ 1基損壊 → 運転不能 書 架 一部ゆがみ等の破損 → 要・補修 蔵 書 約 87万冊落下(225万冊中) → 要・整理 一部破損(含・貴重書) → 要・修復 電子機器 利用者用・業務用 PC・サーバ 破損なし 共有ファイルサーバのディスク故障 → 要・修復

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3. 当日の附属図書館(本館) 14:46 携帯電話から緊急地震速報が流れる まもなく地震発生(本震は約 3分間) 全館停電、非常灯のみ点灯 発生時点で館内にいたのは、利用者 180名+職員 60名=240名程度か

職員が利用者に「落ち着いてください」「書架から離れてください」「机の下に入ってください」と大声で連呼

14:49 揺れが収まった頃、利用者を館外へ避難誘導 職員が手分けして各フロアの状況を確認 利用者・職員は正面玄関前の広場へ集合

閲覧担当係長がカウンターから、拡声器、手回し充電式ラジオ、救急箱を持ち出す

15:10

荷物を持たずに避難した利用者に、荷物を取りに入館してもらう (大きな余震が頻発していたため、危険なときには避難しやすいように、拡声器で呼びかけて 10名程度ずつに分け、職員が引率して入館)

その間、手回し充電式ラジオで情報収集 →津波で仙台空港に千人以上孤立との情報

15:40 利用者の荷物取り出し終了 15:45 全館無人になったことを再度確認、持ち主が現れず残っていた荷物を搬出 余震が続いており、残っていた利用者に、明るいうちに帰るように促す 長時間通勤、幼児・要介護者のいる職員、非常勤職員に帰宅指示 (雪が降り始める)

16:00

残った職員で今後の行動を協議 (街や交通機関の状況が把握できないため)翌土日は出勤しないこと、月曜は可能な限り出勤することを確認し、解散

16:30 正面玄関に臨時休館の貼り紙をして施錠

【東北大学附属図書館(本館)の建物の構成】

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【当日の状況】 館長、事務部長、総務課長は東京出張で不在 → 3日間東京に足止め 携帯電話(通話・メールとも)不通 電気・水・ガス すべて停止 公共交通機関 全面停止 商店閉店 → 食料・ガソリン入手困難

4. 被害と復旧:4つの観点から 4.1. 備えと判断 (1) まずはさきほどの質問の答えを

Q1. 図書館員が守るべきものとは?

利用者, 職員, 自分, 蔵書, 貴重書, 建物, 設備, 公文書, 事務文書, データ, …

Q2. その中で一番守らなければならないものは?

利用者, 職員, 自分 = 人の命

Q3. では、それを守るための条件とは?

・ 建物が崩れないこと ・ 大きな設備が倒れないこと ・ 避難ができる環境であること ・ 適切な避難誘導ができること ・ 館内をくまなく確認できること …

(2) 施設・設備の備え 1) 建物が崩れないこと:耐震性

2008年度、耐震補強工事を実施 ① FRPブロック耐震壁 ② 円形鋼管ブレース

③ その他、既存の柱や壁も補強

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2) 大きな設備が倒れないこと:書架の転倒と本の落下

東北大学附属図書館 本館 北青葉山分館

○ どうする? 本を落とさないこと vs. 書架を倒さないこと ・ 本が落ちないことにより、本の重みに耐えかねて書架が倒れることがある ・ 書架が倒れる → 人的被害の危険性、図書館の復旧が大幅に遅れる

○ それでも本が落ちない方がよい場所もある ・ 頭より高い位置に重い本、大型本を置かない ・ 常に人がいる場所やメインの通路に、できるだけ落とさないようにする

→ 傾斜棚,落下防止バー,滑り止めシート,滑り止めテープ,… (3) 避難環境の備え 1) 避難ができる環境であること

避難経路・非常口の整備 2) 適切な避難誘導ができること ○ ひとりひとりの備えと判断:ある学生のツイッターから

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○ 適切な判断のための備え マニュアルの作成 ・ 自館の環境・状況に即した内容を

・ 開館中に発生した場合の行動(日中/夜間/休日)、閉館時に発生した場合の対処 防災訓練 ・ 利用者に信頼されるために

・ 訓練形式の工夫 講義型 / 避難訓練 / 伝達訓練 / 災害図上訓練 / カードゲーム形式 / …

ひとりひとりのイメージ・トレーニング、シミュレーション

3) それでも判断は難しい

例 1:どれぐらいの規模の地震が起きたら、避難する/避難させると決断しますか? 例 2:館外へ避難した後、利用者から「館内の公衆電話を使わせてもらえないか?」

と言われました。どうしますか? 4.2. 協働・支援 (1) 学生ボランティア 東北大学地域復興プロジェクト “HARU” ・ 東北大学の学生が 2011年 3月 24日に創設、まもなく大学公認の組織となる ・ 2011年 5月時点で、約 1,000名の学生が登録 ・ 県内の被災地・避難所で活動するほか、附属図書館の復旧作業に参加 ・ 附属図書館では 2011年3月 31日〜6月 9日に活動(延べ 1,000名以上が参加)

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【HARU 名称の由来】 厳しい冬の寒さに耐えながら、春を待つ。 私たち東北は、やがて来る暖かな春の喜びを知っている。 今どんなに辛い事、悲しい事があっても、 季節は必ず巡り、“春”がやってくるように、 夢も希望も幸せも必ず東北の地にやってくる。 天気が晴〔は〕れ、木の芽が張〔は〕り、 田畑を墾〔は〕って、万物が発〔は〕る。 みんなさまざま、きもちは一つ。 全てここから、HARUを東北に。

(2) プロボノ 「プロボノ」とは 職務上の専門的な知識や経験、技能を、社会貢献のために無償もしくはわずかな報酬で提供するボランティア活動 (『日本大百科全書』より)

saveMLAK (博物館 Museum, 図書館 Library, 文書館 Archives, 公民館 Kominkan)

・ 施設の被災情報(どのような被害を受けたか)や救援情報(どのような支援を必要としているか)を収集・集約・提供、ボランティアの派遣・仲介

・ M L A Kの関係者等の有志によって構成されるプロジェクト ・ 2011年 3月 12日に savelibraryなどを立ち上げ、4月に M L A Kを統合 ・ 東日本大震災(2011)、北関東・東北豪雨災害(2015)、熊本地震(2016)など ・ 東北大学、東北学院大学、名取市図書館、南三陸町図書館の開館支援など ・ 震災訓練プログラム「saveMLAKメソッド」の開発と実践

マイクロ資料専門家ボランティア ・ 2011年 6月 2日〜3日の 2日間、東京のマイクロ資料関連会社の社員有志 9名が附属図書館へ来館

・ 散乱したマイクロフィッシュ数万枚の整理、損傷したキャビネットの点検調査 ・ saveMLAKの仲介(支援希望者と受援希望者のマッチング)により実現

マイクロ資料室のキャビネット倒壊 プロボノによるマイクロフィッシュ整理

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(3) 大学図書館間の協力 図書館利用サービス 全国の大学図書館が、被災大学の教職員・学生に対して、図書館サービスを提供 ・ 蔵書の閲覧・複写・貸出 ・ パソコンや個室の利用など

電子ジャーナルの無料提供 被災地の研究者や医療従事者に対して、一部の電子ジャーナル、データベースを無料で提供 ・ 東京大学・京都大学の契約電子ジャーナルへのアクセス ・ 主要 12出版社からも提供

(4) 全国の仲間から 復旧作業手伝いのお申し出 支援物資

お見舞・励ましのメール・手紙・電話 etc.

4.3. 情報発信 (1) saveMLAKウェブサイトへの記入

3月 12日(土)〜 被害・復旧状況を記入・更新 ※停電のため、附属図書館公式サイトへはアクセス不能

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【saveMLAKウェブサイトによる被害状況等の情報発信】

(2) ツイッター

3月 14日(月)夜、附属図書館公式ツイッターアカウント @hagi_no_suke による発信を開始

(3) 電子メール 国内外の図書館関係者、知人からのお見舞・励ましへの返信

(4) ウェブサイト 3月 15日(火)午後、電気復旧により附属図書館公式ウェブサイト再開

(5) 図書館入り口への掲示 ・図書館サービス再開の計画を利用者に示す ・館内の状況を写真等で示すことにより、利用者に休館への理解を求める

(6) 東北地区大学図書館の被災状況の収集・発信 東北地区大学図書館協議会の常任幹事館として、加盟 65 館の状況を収集・発信

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4.4. 記録を残すこと/遺すこと (1) 書いて・話して・写して“残”す 自らの経験を、事実・データとともに書いて/話して残す 写真を残す(被害状況、復旧過程、定点観測)

(2) 収集して後生まで“遺”していく 優れた先行例 神戸大学附属図書館「震災文庫」 図書館共同キャンペーン「震災記録を図書館に」

東北大学災害科学国際研究所アーカイブプロジェクト「みちのく震録伝」 国立国会図書館 東日本大震災アーカイブ「ひなぎく」

5. おわりに (1) ①「火事場の馬鹿力」vs. ②「平時にやっているからこそ」 例 1:当日の避難誘導 ① 4階まで階段を一気に 2段飛び ② 自ら走り回ってしまった

例2:ツイッターでの発信 ① 検討中で保留にしていた公式ツイッターを公開できた ② 事前にアカウントを用意していたからこそ、迅速な対応ができた

例 3:他館との連携 ① 館種を超えて合同キャンペーン「震災記録を図書館に」を始められた ② 同館種内の情報集約は円滑にできたが、館種を超えた情報交換ができなかった

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(2) ひとつとして同じ図書館はない 〜 状況・環境はさまざま ・ 図書館はどこに建っている? ・ 建物の構造は? ・ どういう人がどれくらい利用している? ・ 職員の数は? etc. ↓

それぞれの図書館や大学の状況に即して、自分たちで考えなければならない (3) 他人事ではなく自分事として (4) 自分を守る:「津波てんでんこ」とは ・ 自分が守れなければ、人も助けられない ・ 自分の身に何かあると、人の手を煩わせることになる ・ 共倒れを防ぐこと そのためには自分を守るためにどうすべきかを各自が知っておくこと

・ 自分だけでは素早く逃げられない人をどう手助けするか、日頃からみんなで話し合って決めておく

【参考文献】 小陳左和子. そのとき私たちができたこと:東北大学附属図書館が遭遇した東日本大震災. 大学図書館研究. 2012, no.94, p.1-11. ※「東北大学機関リポジトリ“TOUR”」で無料公開

小陳左和子. 東日本大震災における一橋大学附属図書館の対応:発災後 3 年を迎えての記録. 一橋大学附属図書館研究開発室年報. 2014, no.2, p.68-88. ※「一橋大学機関リポジトリ“HERMES-IR”」で無料公開

講師略歴 小陳 左和子(こじん さわこ) 1987.3 図書館情報大学(現 筑波大学)卒業 1988.4 富山大学附属図書館 採用 1992.4 学術情報センター(NACSIS)/国立情報学研究所(NII) 2009.4 東北大学附属図書館情報サービス課長 2012.4 一橋大学学術・図書部学術情報課長 2014.4 国立情報学研究所学術基盤推進部図書館連携・協力室長