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今後の隣保館のあり方構想17今後の隣保館のあり方構想 6 1特集2 四半世紀にわたる「特措法」時代を経過して、地域の 生活はその様式や内容に大きな変化と移り変わりをみせ

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17今後の隣保館のあり方構想 6

1特集2

四半世紀にわたる「特措法」時代を経過して、地域の

生活はその様式や内容に大きな変化と移り変わりをみせ

ている。

その変化は、住宅や道路をはじめ、上下水道、地区内

公共施設の整備など〃ハード事業〃の推進による地域環

境そのものの様変わりによるものもあれば、奨学金制度

や技能修得制度などの教育・就労対策など、あるいは各

種の給付金・貸付金、または減免制度などの生活関連対

策、さらには啓発対策などの〃ソフト事業〃の実施によ

るものもある。また、これらのハード事業とソフト事業

が相互に関連しながら、その因をなしたものもある。

その評価はさまざまに論じられ、地域によって若干の

違いはあると思われるが、総じて「環境改善については、

一定の成果をあげたものの、地域の生活基盤整備や啓発

などのソフト面については、まだ不十分なところが多い」

との論調が多く認められる。肌地対協意見具申の中でも

「就労・産業」「教育」「啓発」を今後の重点課題として

取りあげ、その推進に努力するよう求めていることに集

約されている。

本テーマについては、すでに「部落解放研究』第八八

号二九九二年一○月)において、隣保館の歴史と推移、

現状と問題点を中心に発表させて頂いた。しかしながら、

その中では「隣保館が果たしてきた役割」や「今後の隣

保館のあり方」の部分については、若干の整理と基本的

な隣保館が進むべき方向を”ひとつの試案“として示す

にとどめ、各界各層からの御批評、御助言をお願いした。

その後、全隣協では、一九九三年四月に「同和問題の

完全解決に向けて、隣保館がこれまで果たしてきた役割

と効果を資料としてまとめ”福祉と人権のまちづくりの

拠点施設〃としての機能を強化していくため、幅広い社

会的ニーズに対応できる隣保館のあり方とその運営につ

いて検討・研究する」ことを趣旨に「検討委員会」が設

今後の隣保館のあり方構想

はじめに

「全隣協隣保館あり方検討委員会」報告からI

これらの点について地域をながめれば、確かに、「地域

住民の自立促進」や「子どもの教育力の向上」の点、ま

た、「一般競争社会に通用しうる力」や「生活保護率」は

どうかなどの諸点については、いまだに地区外との格差

が顕在し、「高齢者や障害者が安心して生きることのでき

るまち」「周辺を含めた福祉と人権のまちづくり・コミュ

ニティづくり」についての課題は多く残されているとい

う現実がある。

ただ、これらの格差や課題が深刻であるがゆえに、そ

れらが強調されるあまり、これまでの同和対策事業の成

果が影を薄めがちである。そのため「対策はどこまでや

っても際限のないもの」といった〃エンドレスの悲観論“

や「制度が自立心を損なった」などという一面的な〃制

度欠陥論〃が云々され、現在の不十分なソフト事業の今

後の推進に歯止めをかける論拠となっている。

隣保館についていえば、地域に密着した立場でその格

差や残された課題をあげればあげるほど「それでは、隣

保館は今まで何をしてきたのか」といわれかねない。ま

た逆に、成果や達成されつつある過程を強調すればする

ほど「もうそこまで来たのなら、これ以上の対策はいら

ないのでは」といった〃落とし穴〃が待ち受ける。その

ような状況の中では、ともすれば成果と課題が二律背反

置された。「検討委員会」では、具体的に「これまでの隣

保館活動の成果や効果」の資料化、「モデル的な館活動の

事例」の収集、整理作業、「結婚差別の実態」をテーマに

した座談会の開催などを行うとともに「今曰的課題をふ

まえた隣保館活動の展望」について調査研究を進め、「冊

子〃新たな隣保館活動の創造にむけて“八検討委員会報

告V」としてまとめた。

本稿では、この検討委員会報告(以下「報告」という)

の本文の概略を紹介することにより「今後の隣保館のあ

り方構想」を提起したい。皆様方のさらなる御助言をた

まわりたい。

中尾由喜雄

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19今後の隣保館のあり方構想 18

①就労の安定と産業振興の課題

生活基盤を確立するうえで、就労や産業は最も基本的

な部分であるが、なお未解決または解決途上にある大き

な問題の一つとしてあげられる。

特に、『中高年令層の仕事の不安定性』は最近の各種の

実態調査で指摘されているところであるが、「臨時、曰雇

い、パート、アルバイト等常雇以外の形態が多い」状態

で勤め先も「中小零細企業に集中」し、収入形態も「時

間給や曰給、曰給月給の比率が高い」。「社会保険や労働

保険などの各種制度がない率が一般的に比べて高い」あ

るいは「専門・技術職や事務職よりも技能、労務、個人

項目のうち、○印の付していないものは、全てが改善途

上または、なお問題を残しているものであり、隣保館が

今後さらに力を入れて、その推進を図っていくべきもの

であることは繰り返すまでもない。そのことを前提とし

て、その中でもとりわけ重要なものであり、今日的課題

として新たな対応がせまられるものを表2としてピック

アップした。その内容を引用しながら、以下に項目別に

詳述したい。

1生活基盤確立の課題

する危険性を持ち、身動きのとれぬジレンマに陥ること

も珍しくない。

しかしながら、今、”成果は成果として“の正当な評価

を”欠陥は欠陥として“の反省を、”課題は課題として〃

明らかにし、”克服の見通しと対応“をたてていかなけれ

ばならない重要な時である。加えて、これまでのハード

中心の同和対策からソフトな取り組みが重視される中

で、その中核的存在としての隣保館への期待はますます

強くなっているとともに、新しい隣保館活動の創造が求

められている。

そこで、この大きな研究テーマへのアプローチの方向

をまず、「地域の生活(実態)が特措法施行前後、あるい

は隣保館が設置された時期と比べ具体的にどう変わっ

たか」を「前進面(良くなった、良くなりつつある面上

と「課題面(変化がない、または、かえって悪くなった、

新しい問題が生じた面)」とに分け、隣保館(職員)から

見た眼で整理することを出発点とした。そして、それぞ

れの要因について考察を加えながら、隣保館が果たして

きた役割やその活動のもたらした効果と成果の明確化を

試みた。

そのうえで「これからの隣保館に期待されるもの」に

ついて、同和対策の流れの方向とともに、曰本社会や国

表2残された課題と新しい課題

際社会の状況の中から、隣保館の存在意義と方向を探っ

た。これらの作業の経過をもとに「新しい隣保館像の創造

にむけて」その指針と具体的な提起を行い、さらに現在

の隣保館活動において共通した運営課題の諸点について

ふれたい。

最後に、新しく求められる隣保館の機能を全うしてい

くための条件整備について考えていきたい。

ただし、本誌の編集上、元の「Ⅲ残された課題と新

しい課題」「Ⅳ新たな隣保館活動の創造にむけて」を本

論とし、「I地域の生活(実態)の移り変わり(前進面

とその要因と「Ⅱ隣保館活動の成果と果たした役割」

は、資料として本論の後に付してあることをお断りして

おきたい。

ここでは同和問題の完全解決という視点から、霊され

た課題と新たにクローズアップしている課題についてみ

てみたい。

なお、残された課題については、「I地域の生活(実

態)の移り変わり」(本論文の資料として掲載)の表1の

・中高年齢層の仕事の不安定性

・若年層の仕事の不安定さと不定着性

二残された課題と新しい課題

・若年層の自分の生き方に対する甘さ(なんとかなる的考え)

.近くに安定した仕事がないため、若者が地域から出ていく

.(地場)産業振興の困難さ

・高校、大学進学率の伸び悩み

・高校、大学中途退学者の歯止め

・世帯の高齢化により自営の困難性が出てくる

・無年金や低額年金受給の老人世帯の所得保障をどうするか

・独居老人の増加に対する福祉ケアの課題

・共働きのため子どもに手が回らず、基本的生活習慣づくりや親子のふれあいが心配

・母子・父子家庭が増加、子どもの精神的・肉体的な負担と影響が心配

.同和問題を国民的課題としてさらに高めていく課題

・同和問題講演会などに、一度も参加しない住民に隣保館がどう取り組むか

・町内会(自治会)に入らない、地域活動にも参加しない

・結婚に関して厳しい差別やさまざまな困難性がある

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21今後の隣保館のあり方構想 7】

対象地域の高校および大学等進学率(文部省鯛べ)高校・高専への進学率大学・短大への進学率

サービスが多い社会経済分類となっている」など景気変

動にいち早く影響を受けやすい雇用先や一雇用形態で働い

ているケースがいまだに多い。

また、地域では不安定な収入をカバーするために夫婦

共働きが常態となっているが、女性の就労の不安定さは

男性のそれに輪をかけている実態がある。

さらに将来的にみて深刻な問題は、『若年層の仕事の不

安定さと不定着性』である。安定した就労先が少ないこ

ともあるが、アルバイトやフリーターなどの転職のくり

返しは、長い目でみれば不安定であり、堅実な生活設計

が立てにくく、結婚や子育て、教育など生活全般に及ぼ

す影響は大きい。安定した仕事の確保をどうしていくか、

資格や技能を習得し労働能力の開発をいかに行うかなど

の課題とともに、『青年層の自分の生き方に対する甘さ

(なんとかなる的考えこに対する若年層の意識変革と自

立意欲、自覚意識を高めていく働きかけが今後さらに重

要となってくる。

また、産業面においても、食肉や皮革などの〃部落産

業“が大資本からの圧迫や、輸入自由化の中で極めて困

難な経営状況に追い込まれており、危機的な状況に直面

している。

農山村漁村型の隣保館から近年特に問題としてあげら

年度全国平均対象地域格差 年度全国平均対象地域格差1963 66.8% 30.0%36.8% 1979 37.4% 14.2%23.2%

1967 745 51.1 23.4 1980 37.4 15.8 21.6

1971 85.0 72.8 12.2 1981 36.9 16.8 201

1975 919 87.5 4.4 1982 36.3 17.6 187

1979 940 89.0 5.0 1983 35.1 16.5 18.6

1983 94.0 86.6 7.4 1984 35.6 16.7 18.9

以下、通信制過程進学者を含む 以下、現役のみの進学率1985 94.1 87.3 6.8 1985 30.5 19.1 11.4

1986 94.2 87.9 6.3 1986 30.3 19.1 112

1987 94.3 88.3 6.0 1987 31.0 19.3 11.7

1988 94.5 89.2 5.3 1988 30.9 19.3 11.6

1989 947 89.5 1989、30.65.2 19.8 10.8

1990 95.1 89.6 5.5 1990 30.5 19.7 10.8

1991 95.4 90.2 5.2 1991 31.6 19.9 11.7

1992 95.9 91.2 47 1992 32.7 20.8 11.9

れているのが、『近くに安定した仕事がないため、若者が

地域から出ていく』ことである。農村地域では、農地を

保有している部落は少なく、たとえ保有していても面積

が狭く、曰あたりや水はけが悪いという零細農家や兼業

農家が多く、漁村地域をみても零細な実態は共通なもの

がある。

また、故郷では地元企業の受入れが少ないため、経済

的な自立が期待できず、安心した生活ができない、など

の理由から青年層の流出は近年とみに激しく、地域の年

齢別構造は若年層の極少化、高齢者の過多化が一般地域

に比べてより極端なものとなっている。

高齢化社会を迎え、地域の活性化や特徴あるまちづく

り、むらづくりの提唱が叫ばれているが、若年層の雇用

の創出や産業の振興は、|般地域にも増して今後の大き

な課題となっている。

②教育向上への課題

次に、就労や産業と並んで重要なことは、教育向上の

課題である。高校進学率については全国平均との格差は

急激に縮まってきたものの、’九七五年頃から横ばいで、

五~六ポイントの差が開いたままである。

大学進学率でみると、’九九一一年で全国平均が一一三・

七%に対し、地域では一一○・八%と二・九ポイン

トの格差(別表)がある。『高校・大学進学率の伸び

悩み』は、隣保館からみた実感以上に統計上にも表

われている。

また、高校進学の公立・私立別も、地区では公立

校よりも私立校が多い、あるいは定時制進学が多い

なども指摘される。しかも、地区の高校中退率が地

区外の一一倍ということもあって、卒業率で一○ポイ

ント以上開いているという深刻な状況(別表)が一

方であり、『高校・大学中途退学者の歯止め」が今後

の課題である。

このような結果は、家庭の経済的事情によって、

高校や大学に子どもを進学させることができなかっ

たという「同対法」前後の地域の実態は皆無ではな

いものの、それ以上に相対的な地区内外の学力格差

が進学率や中退率の格差として表われているものと

思われる。

これまでの地域教育事業などの各種の取り組みに

もかかわらず、学力格差が依然として残っている要

因はさまざまだが、要因の一つひとつを分析しなが

ら、具体的な対応を重ねていくことが急務になって

いる。

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23今後の隣保館のあり方構想 22

え、依然として結婚や就職、あるいは学校や職場、地域

社会における差別事件は跡を絶たない。「部落民はこの世

から消えろ」とか王夕は死ね」とかいった悪質・陰湿

な差別落書きや差別投書、差別電話が続発している。ま

た、これらは地区を中心とした周辺地域に多くみられる

傾向があり、地区内公共施設に落書きがしてあったり、

隣保館に差別電話がかかったりする実例が報告されてい

る。結婚についてもそのプロセスあるいは結婚後において

も〃部落〃ということで人にいえない困難や苦労を強い

られている。若い世代で地区内外の結婚が多くなったと

いえども「結婚に関して厳しい差別やさまざまな困難性

がある」ように決して解決したわけではない。

これらの差別事件の背後には部落における被差別の実

態がいまだに存在するとともに、根強い差別意識がある。

『部落問題を国民的課題として高めていく必要性』は、

「同対審」答申のいう『部落問題は部落民だけの問題で

はなく、国民全体の課題である』ということがまだまだ

浸透していない証拠ともいえる。こうした差別事件や差

別意識が根強く残る中で、人権尊重の精神を高め、雰囲

気を醸成していく学習啓発活動は今後一層重要な課題と

なる。

以上、同和問題の解決にとって決定的に重要な仕事・

産業や教育の現状と課題をみてきたが、なお生活全般を

見わたせばこれまでの差別の集積として、非課税世帯や

均等割世帯が多いことに示されるように、依然とした収

入格差の現実、高い生活保護率、特に高齢者の長期受給

化傾向など脆弱な生活基盤の改善にむけて、これから本

格的な対応が求められている。

2地域福祉推進の課題

全国的な高齢化の傾向に比して、地域の高齢化はさら

に早いスピードで進行している。これは、地域が長寿社

会といううれしい結果ではなく、核家族化の影響ととも

に若年層や壮年層が住環境や仕事の問題などにより流出

が続き、残されたのは生活基盤がより脆弱な高齢者ばか

りという実態である。

『世帯の高齢化により、自営の困難性が出てくる』は、

特に農林漁業の地域には深刻な問題であり、生活基盤で

ある農地の荒廃や漁船の老朽化が、農地や漁業権の放棄

へとつながるであろうという悲観的ではあるが、現実的

な問題を提起している。

あるいは、『無年金や低額年金受給の老人世帯の所得保

障をどうするか薑独居老人の増加に対する福祉ケアの課

地区内啓発では、差別を受けてもそれをはね返し、克

服していく人づくりや、部落問題解決の主体としての自

立意識、社会的自覚の高揚を図るための取り組みの強化

が求められる。また、民族差別、障害者差別、女性差別

など、部落問題以外のさまざまな差別について、さらに

大胆に切り込みながら、差別に対する認識を高め、深め

ていくことも今後必要な課題である。

地区外啓発については、これまで隣保館や教育委員会

など、行政を中心に各方面で実施され、一定の広がりは

できているものの、まだまだ参加者は固定、または特定

の人に限られている場合が多い。

『同和問題講演会などに一度も参加しない住民に、隣

保館が今後どう取り組むか」は、啓発の広がりを視点に

すえたうえでの課題である。反対に、「自分は差別しない」

「関係ない」「今どき、まだ差別はあるの?」といった無

関心層や、環境改善の進捗を目のあたりにしたり、個人

対策について耳にして、「部落だけ得をして、反対に自分

たちの方が逆に差別されている」といった〃ねたみ差別〃

を持つ層も存在している。

こうした状況の中でこれまでの「差別はいけない」式

の啓発や「同和対策をなぜするのか」といった、”言いわ

けの啓発“から、「同和問題は自らの課題である」という

題』など収入の増が見込めないことや、働ける状態を過

ぎていることにより、生活保護世帯とならざるを得ない

実態、また、ひとり暮らしによる健康面や食事、あるい

は生きがいの問題も含めてあらゆる福祉・保健に関する

ニーズが高まっている。

「ゴールドプラン」におけるホームヘルパーの派遣や

デイサーピス事業など、一般対策において活用できる各

種在宅福祉制度の積極的な適用を図る必要があるし、高

齢者を取り巻く就労、福祉、健康、生きがいなどのあら

ゆる生活課題に対し、総合的な対応を推進していくこと

が求められている。

また、「共働きで子どもの教育や保育に手が回らず、子

どもの基本的生活習慣づくりや親子のふれ合いが少なく

なる」『母子・父子家庭が増加、子どもの精神的・肉体的

な負担と影響が心配』など、児童をとりまく生活環境は、

健全育成という面から課題は残っており、障害者の福祉

問題も含め、あらゆる面でハンディをもつ人びとが安心

して暮らせ、ともに生きることのできる地域福祉社会の

実現を推進していく課題がある。

3人権尊重の雰囲気を高めていく課題

直接的な言動による差別行為は少なくなったとはい

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25今後の隣保館のあり方構想 24

地域の実態については、環境改善はある程度進んだと

はいえ、ソフト面については、まだ多くの課題を抱えて

いる。とくに、地場産業の不振や中高年齢層の仕事の不

安定性、若年層の仕事の不定着性、さらには、児童生徒

の低学力、高校・大学進学率の伸び悩みや内容での格差、

高校中退の増加傾向、あるいは生活保護、母子・父子、

障害者など、福祉措置世帯の高率化傾向など、解決され

えていくために、今後の隣保館のあるべき姿とあり方に

ついて考えたい。また、一二世紀を展望した新しい隣保

館活動の創造にむけて提起したい。

1今後の隣保館の基本的位置づけとその方向

まず、隣保館の基本的な位置づけとしては、

隣保館は、同和問題のすみやかな解決に資する役割を

担うとともに、周辺地域を含むコミュニティセンターと

して、”共に生きる地域社会の実現をめざす「福祉と人権

のまちづくりの拠点施設」である。

という位置づけを基本として、今後の館事業や館運営

への方針を明確にすることが必要である。

そのための具体的視点は以下のとおりである。

①住民の生活基盤確立への事業充実へ

環境改善にともなう地域の変化は、生活様式や内容に

おける改善を促進したが、一方では新たな課題も提起し

ている。

特に、都市部落では、つぎつぎと改良住宅が建設され

るにつれ、「同じ棟に誰が住んでいるのか知らない」「隣

の人と何ヵ月も顔を合わせたことがない」「どこの子ども

かも分からない」といったことや、極端な例では、「ひと

り暮らしのお年寄りが家で倒れたまま、何曰問も放置さ

れた」というような、昔では考えられなかった状況も報

告されている。一面、プライバシーが守られるようにな

ったといえばいえなくもないが、住民がお互いを認知し

合い、生活苦を互助し合う温かい人間関係(地域連帯感)

が失われつつあることも指摘されている。

ところまで到達するための新たな啓発活動のあり方と強

化が求められている。

また、地区内外の社会的交流の場づくりは、隣保館の

各種事業や地区行事により、すでに推進されているとこ

ろであるが、さらにそれを充実させ、お互いが認め合い

理解しあう人間関係をつくるための取り組みが重要な課

題である。

4コミュニティの再生と新しいまちづくりの課題

るべき課題は少なくない。

これらの残された問題の多くは、これまでの各種の個

人的施策(給付、減免、貸付など)などの単なる予算措

置や画一的な対応のみでは、極めて解決が困難な側面と

内容を持っている。

また、これら自立促進についての対策が、基本的に特

別対策から一般対策に移行するとすれば、今まで以上に

相談・指導事業の充実が重要となってくる。

そのためには、まずそれぞれの地区で、一人ひとりの

具体的な実態把握が必要である。府県や市町村レベルで

の統一的な調査は、一般的傾向やその時点での「切り口」

は把握できるものの、永年にわたる部落差別の累積状況

や個々の持つ生活背景を明らかにするには限界があり、

隣保館こそが曰常の活動の積み重ねの中で、きめ細かい

地区住民の実態把握と解決へのプロセスをつくり出すこ

とが可能である。

このことを前提に、隣保館の調査機能の充実と、調査

活動の推進を強化していく必要がある。

そして、具体的な課題解決にむけて、行政施策(特別・

一般を含めて)の効果的な推進を図るとともに、地区住

民の自立意欲と社会参加能力の開発・伸長を促進するた

め、隣保館の基本的機能である相談活動を一層充実させ

古き良き慣習や、いたわりの心を大事にしながらも、

新しい生活環境を住民の共有財産として認識し、それを

守り高めていく役割を一人ひとりが担っていくという自

治意識を基盤に、”コミュニティ再生“をいかに果たして

いくかという今曰的課題がある。

一方、市街化や混住化が進み、地区内外の流動が激し

くなることにより、周辺との境が実態的にはわからなく

なってきている状態においても、『町内会(自治会)には

入らない、地域活動にも参加しない』といった心理的障

壁がいまだにある。

まちづくりは、地区内外の共同の取り組みによって、

可能なものとなり発展していく。地域活動の活性化への

取り組みや地区内外の交流について、隣保館はこれまで

積極的に進めてきたところだが、それらの活動を基盤と

した”周辺を含めた新しいまちづくり“をいかに推進し

ていくかが、新しい課題としてクローズアップされてい

る。これまで隣保館が果たしてきた役割と成果を踏まえな

がら、なお残されている課題を解決し、今曰的要請に応

三新たな隣保館活動の創造にむけて

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27今後の隣保館のあり方構想 26

るなど、創意工夫をこらすことも必要である。

いずれにしても隣保館が高齢化社会を迎えて、デイ・

サービスなどの在宅福祉を中心とした行政サービスを地

区や周辺に反映させ、地域福祉推進のモデル施設として

機能していくことが望まれる。

同時に、地域ぐるみでケアできるような相互扶助シス

テムをつくっていく役割を隣保館が担うことも必要であ

る。さらに、そのシステムを効果的に運営していくため

ボランティアの育成や組織化などを図り、活用していく

ネットワークづくりを隣保館が中心となって行っていく

ことも重要である。

③人権学習・教育啓発・地区内外交流の場への定着化

隣保館で行う啓発活動のうち地区内住民については、

住民自らが同和問題解決の主体として自覚し、進んで差

別解消を図ろうとする意欲を高めるために行われまた、

地区外住民には、同和問題の正しい認識や人権尊重思想

の普及などを中心に取り組んできた。さらには、周辺住

民との曰常の交流を重ねることによって相互理解を培

い、国民的課題としての同和問題の認識を高めていくた

めの条件整備を図ってきた。

一九九三年九月における曰本の六五歳以上の人口の総

人口に占める割合は、一三・五%となり過去最高で、加

速する高齢化社会を裏づける結果となっている。二○○

○年には、一七・五%、二○二○年には二五・五%に達

すると予想されている。

こうした高齢化社会に移行する状況を踏まえ、国は一

九八九年に「ゴールドプラン」を発表し、その後、老人

②地域福祉の向上と促進

ていくことが不可欠な要件といえる。

さらに、生活基盤確立のための取り組みは、調査研究

事業や相談事業にとどまらず、隣保館の行うすべての事

業の中に意識的に発揮させるべきである。

労働能力向上をめざした各種免許や資格取得のため、

事業の拡張と充実や、国際識字年で提起された機能的識

字の理念を、ただ単に識字学級だけではなく、あらゆる

教育事業や講習講座事業に反映させるべきである。

隣保館が全魂をかけて取り組まなければならないこの

課題は、関係行政機関や関係団体との緊密な連携なくし

ては果たしえない。あらゆる情報ネットワークを隣保館

が中心となって整備し、調整機能を果たすことが必要で

ある。

しかし一方では、悪質な差別事件とともに隣保館や児

童館、改良住宅などの地区内公共施設に差別落書が増え

ており、「ねたみ差別」意識解消のための啓発活動が一層

重視される。〃

また、今や国際的な人権擁護の流れの中で、「人種差別

撤廃条約」や「子どもの権利条約」など、国際的人権諸

条約の批准が曰本に求められ、環境問題についても人権

の視点から南北問題やオゾン層の破壊、地球温暖化現象

が語られるようになってきた。

隣保館がこれまで取り組んできた部落差別をはじめと

した民族、女性、アイヌ、沖縄などの差別問題や環境問

題の学習啓発事業が〃先駆け的活動〃として注目されつ

つあり、同時に今後ますます〃人権尊重〃の社会的雰囲

気を醸成する場としての役割が求められている。

先進的な事例では、テーマごとの講演会や展示会の開

催あるいは「手話教室」や「点字教室」を継続的に実施

している館もある。また最近では、外国人(労働者)を

対象に「識字学級」の経験を生かして、「曰本語教室」を

開催している館や食生活の「交流料理教室」を行う館も

あり、それぞれの文化を尊重し、相互理解を深める〃内

なる国際化〃の取り組みも進められている。

このように、隣保館が「地域の人権センター」からよ

福祉法の改正を行うとともに、一九九九年を目標に、デ

イ・サービスやホームヘルパー、ショートステイなど、

在宅福祉を中心とした整備を進めている。

一方、地区における高齢化の進行は、一層はっきりし

たかたちで現れており、とくに寝たきりや虚弱老人の介

護、ひとり暮らし老人対策については、現実の問題とし

て隣保館がいろいろな対応に迫られている。また、高齢

者向けの健康教室や講習講座、あるいは自主的活動促進

などの事業は、隣保館活動の中で、大きなウェイトを占

めている。

すでに厚生省では、一九八三年に「隣保館における地

域福祉事業(デイ・サービス事業)の実施について」通

知を出し、その推進に力を入れているが、要綱に基づい

てデイ・サービス事業を行っている隣保館は、ごく少数

の状況となっている。

こうした地区の実態を踏まえ、各種の在宅福祉サービ

スが、隣保館以外の施設や対応で充分なのかどうかの点

検を早急に検討することが重要である。そのうえで条件

が不充分となれば、隣保館がその機能を発揮するため物

的・人的条件を整備していく必要がある。その場合〃地

区および周辺〃について、もっと広いエリアを対象にし

たり、市町村レベルの福祉構想の中に隣保館を位置づけ

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29今後の隣保館のあり方構想28

「自立意識の向上と社会的自覚の促進」は、隣保館の

〃生命線〃ともいえる業務であり、これまで行ってきた

運動団体や地域組織の自主的活動促進のための支援や条

件整備は、引き続き行うべきである。また、ボランティ

アをはじめ、自主活動サークルの新たな組織化について、

隣保館が積極的に関与し育成していくことをめざすこと

が必要である。

と述べている。

隣保館はこれまで、この視点から社会調査や各種相談

事業、地域福祉事業を推進し、なおかつ、生活改善の面

から料理や和裁、洋裁、お茶、お花、あるいは識字教室

などが行われ、その後、啓発的要素を取り入れながら発

展してきた。

すなわち、隣保館の”公民館的事業〃といわれるもの

は、それぞれの地域実態やニーズを基に関連性を持ちな

がら実施されてきており、まさに、今曰のいう生涯学習

の理念を持ちながら展開してきたといえる。

隣保館が今後とも、「福祉と人権のまちづくり」を視点

にすえた生涯学習社会構築のフレームづくりの施設とし

て、その条件整備を一層充実していくことが必要である。

⑤自主的活動の促進とコミュニティづくりを

昨年五月に国の「生涯学習審議会」は、『今後の社会の

動向に対応した生涯学習の振興方策」について(中間ま

とめ)を行い、その中で、今曰わが国の社会的背景とし

て、「科学技術の高度化』『情報化』『国際化」「高齢化』

『価値観の変化と多様化」「男女共同参画型社会の形成』

「家庭、地域の変化」のそれぞれを挙げ、生涯学習の必

要性と重要性を提起していろ。そして〃いつでも、どこ

でも、だれでも〃というこれまでの社会教育の考え方を

踏まえつつ、生涯学習の基本的な考え方について、

人びとが生涯のいつでも自由に学習機会を選択して学

ぶことができ、その成果が社会において適切に評価され

るような生涯学習社会を築いていくことをめざすべきで

り幅の広い住民層をも視野においた人権問題の学習啓

発、交流の場として発展、定着することが望まれる。

広報活動については、ほとんどの隣保館で「館だより」

が発行され、その配付対象が周辺地域にも広がっている。

内容も〃行事のお知らせ“から啓発的要素を取り入れな

がら充実が図られている。今後さらに紙面の充実に励む

とともに、隣保館が〃人権情報基地“として、あらゆる人

権問題に関する情報の収集と伝達に努める必要がある。

④生涯学習社会の推進を

2新たな隣保館活動創造への条件整備

前述の、今後の隣保館の基本的位置づけとその具体的

視点のうえにたって、新たな隣保館活動の推進を図って

いくためには、物的、人的な条件整備とともに、新たな

発想に基づく隣保館運営が求められている。これまで各

界から寄せられている隣保館に対する期待といくつかの

そのうえで、民主的な地域づくりの担い手を育て、自

治意識と能力を高めることで、住民が社会の一員として

生活し活動できる地域社会、住民参加によるまちづくり

を実現していくために隣保館が役割を果たすべきであ

る。また、これまでの周辺住民を視座にすえた事業の推進

は、「内外の交流と地区外住民の同和問題に対する理解が

促進された」という好ましい展開をみせており、今後さ

らに、隣保館のあらゆる事業で、地区外住民が参加でき

るような条件を整備することが必要である。

地域福祉や生涯学習の推進は、こと地区内にとどまら

ず、周辺を含めた施設の活用、人的パワーのネットワー

クが必要である。新しいコミュニティづくりの中心的役

割を隣保館が果たすことによって、〃ともに生きる〃「福

祉と人権のまちづくり」が実現できるであろう。

あると考える。そのためには、今後、適切な学習機会の

拡大や学習情報提供サービスの充実を図ろなど、学校教

育も含めた社会のさまざまな教育、学習システムを総合

的にとらえ、それらの連携を強化し、人びとの学習にお

ける選択の自由を拡大し、学習活動を支援していくこと

が重要である。

と、述べている。隣保館のこれまでの各種事業や取り

組みPあるいは、今後のあり方に非常に関係の深い、ま

た、示唆に富むものになっている。

さらに、その振興に向けて、「生涯学習関連団体」をは

じめ、家庭、学校、企業、一般行政部局に対してその理

解と連携、努力を求めている。

隣保館が実施する講習講座や教養文化事業をみて、「一

般の公民館や集会所、カルチャーセンターと隣保館はど

う違うのか」とよくいわれる。

隣保館の運営の手引きでは、

……隣保館は歴史的、社会的な理由により、生活環境

などの安定向上が著しく阻害されている地域におけるコ

ミュニティセンターであり、一般的な福祉行政の対応の

みでは解決されない地域づくりや住民の自主活動の助

長、自主組織の育成を図り、住民各種の連帯と交流の場

として位置づけることが肝要である。

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31今後の隣保館のあり方構想 30

一翼を担う事業も必要となってきている。隣保館や同和

対策課などの直接的に関係の深い職場の経験者に限ら

ず、例えば社会教育や公民館活動、高齢者や障害者の活

動に関わる職場などからの職員配置など、いわば一定の

専門性をもつべき職場として位置づけたうえでの、人的

配置が求められている。

さらにすすめていえば、これからの隣保館活動の推進

のために考えられることの第一は、専門職員の配置への

課題である。高齢化社会を迎えて、隣保館にホームヘル

パーや保健婦、看護婦など社会福祉関係の専門職、教育・

啓発事業の推進を図るために社会教育主事、あるいは一厘

用促進・産業振興のための相談員など、専門(的)職員

を置くことによって職員体制を充実させることが課題と

なる。

第二は、ボランティアの養成と活用である。隣保館事

業や地域活動がいかに活発に行われるかどうかは、地域

住民が自主的に参画し、運営に携わっているかどうかに

かかっている。これまで講習講座事業で運営委員会など

をつくって、事業の活性化を図ってきた実績を、さらに

発展させていくことが必要である。

それらは、単に講習講座の指導者をボランティアに求

めるというものではなく、地域または近隣における人的

全隣協の実態調査でも明らかなように施設そのものが

狭く、老朽化し、また高齢者や身体障害者向けの設備が

整っていないなど、増設や改修・補修を必要とする隣保

館が多いという実態がある。今後、「福祉と人権のまちづ

くり」を志向していくには、これらのハード面における

整備は早急に解決すべき課題である。

また、最近は周辺住民の利用が増えていると同時に、

内外の交流啓発がより一層求められており、「コミュニテ

ィセンター」としての必要な施設整備を図るとともに、

啓発用視聴覚教材などの設備、備品の充実が必要である。

②要員の適正配置とボランティアの育成

現在、隣保館の職員の配置は、それぞれの地域実態を

反映して行われており、千差万別である。しかし、本当

に世帯数や周辺の状況に対応しうる要員の配置となって

いるのか、また「運営要綱」の六つの事業が完遂できる

ものであるのか、もう一度点検する必要がある。

例えば、職員の在勤年数については、その他の職場と

①コミュニティセンターにふさわしい施設への整備を

提言も踏まえ、その条件づくりについて以下述べてみた

い。

資源の掘り起こしや、住民自身の社会参加としての活動

を活性化する方向でなければならない。ひとり暮らしの

老人への訪問活動や、各種講座の趣味活動の延長線上に

施設訪問や地域イベントへの参加や発表の場を設定する

など、各種の取り組みがなされるべきである。

また、地区内外交流の事業の流れからも同様に、近隣

の学識経験者や特技・経験を有する人物の事業参加、ま

たは、地区内行事への積極的な参画を求めるなど、館や

住民とのより深いつながりを構築する方向で育成・活用

が図られるべきである。加えて、今後の多様な住民のニ

ーズに対応するため、積極的なボランティアの育成とそ

の組織化を図ることも必要である。

③「隣保館」の名称について

将来、指定地区が解除された時の隣保館の位置づけを

考えるにあたって、社会福祉事業法で規定されている「隣

保館」という名称や、「解放会館」などの呼称について改

善を求める意見がある。その論拠は『このような名称が

住民の問に違和感を生み出しており、今後隣保館がコミ

ュニティセンターとして広く地区外住民をも対象に事業

を展開することが期待されるにあたり、ふさわしい呼称

が必要である』ということである。

同様に一般的な人事異動のサイクルで配置され、平均し

て三年前後での配置替えが多くみられるが、いうまでも

なく、隣保館事業の目的達成を図ろうえで、職員と住民

とのつながりは不可欠である。

多くの住民との間でお互いに”顔を覚えられる〃関係

があればこそ、できうる事業も多い。その関係づくりの

ためには、やはり、ある一定、長期にわたる職員配置が

必要で、「”職員の資質“プラス〃時”」が重要な要素とな

る。一律的な職員配置や異動には一考が必要であろう。

また、同様の観点から、人的な配置についても、人権

擁護の志を持つ職員や差別解消に熱意をもつ職員など、

意識も高く経験も豊かな職員の配置が望まれるが、当然

のことながら、はじめからそういう職員が存在すること

は稀である。やはり、そうした職員の意識や意欲は、隣

保館などでの直接住民やその生活に密着しながらの業務

の経験によって育てられるものであろう。そういう面か

らは、地区住民の生活や学習活動に積極的に参画してい

くことのできる資質を持った職員の配置がなされなけれ

ばならない。

特に、近年の館事業においては、住民福祉への事業だ

けでなく、コミュニティづくりの諸事業や啓発活動など、

社会教育の手法に接近した事業が増え、生涯学習社会の

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33今後の隣保館のあり方構想 32

せる等、当該住民の生活の改善及び向上を図るための各

種の事業を行うものをいう」と規定され、今曰に至って

いる。

以上のように、「隣保館」という名称は、ことさら部落

を表象したものでなく、|般的施設、またはその用語と

して用いられたものである。しかし、「隣保事業」が一般

地区であれ、あるいは同和地区であれ、貧困で福祉に欠

け、生活改善を必要とする住民を対象に行われる事業と

しての歴史があることによる、暗い印象やマイナスイメ

ージを坊佛させるという意味では、改称のひとつの論拠

にはなるであろう。

しかしながら、「隣保館や解放会館という名称がつく

と、そこが同和地区だとわかるから」という理由づけに

よって、たとえ改称したとしても、さほど効果は期待で

きず、本末転倒の理論であると考える。

いずれにしても、「隣保館」の名称については、隣保館

がこれまでの歴史的経緯を踏まえながら、同和問題の解

決を図ろとともに、広く地区外住民をも対象とした「福

祉と人権のまちづくり」のコミュニティセンターとして

の施設名称やその用語を模索していくことはやぶさかで

はなく、幅広い論議とコンセンサスを得たうえで可能と

なる課題であろう。

しかし一方で、『呼称を変えても差別はなくならなかっ

たのは、これまでの歴史が証明している。かくすのでは

なく、明らかにしてもなお平等が実現されていく取り組

みが大事である』との意見もある。

呼称の実態について、一九九三(平成五)年の全国隣

保館名簿でみてみると、半数以上が「隣保館」や「解放

会館」以外の名称で存在している。

施設の呼称については、各自治体の「設置条例」など

で定められているが、それらは住民の意向とコンセンサ

スを得たうえで決められたものであり、その地域の解放

運動や地域活動の歴史を物語っているともいえる。

したがって、現段階で全隣協が、「隣保館」「解放会館」

に替わる新しい名称や具体的な呼称の提唱を行うこと

は、やや時期尚早の感があり、今後の論議にゆだねたい。

ただ、「隣保館」という名称の由来については、明確に

説明するものはなく一九一二(大正一○)年ごろから「隣

保事業」が〃セツルメントワーク〃(の①三①ョの三三・二)

の訳語として、広く使われるようになったといわれてい

る。このセツルメントという用語は、一八八四年にトィ

ンビィホール創始者サミエル・バーネットによって初め

て使われたものであるが、彼がそれによって意味しよう

としたのは、「外来の知識階級に属する者が、貧困者の多

④施設開放の推進と有効利用を

く居住する地域に定住して、自己をその地域に同化せし

めて、その地域住民の実情を知り、彼らの持つ教養・知

識を住民に提供して、その生活を改善、向上させる活動

に従事する」ことであった。

この点は、曰本においては、『「社会教化事業」として

職員がその地域社会に定住し、地域住民に対して人格的

接触を保持しつつ、住民の物質的・精神的欠乏を救助し、

かつ啓発指導を行うものである罠大原社会問題研究所発

行「曰本社会事業年鑑」一九一三年版)。というのが、大

正末期の隣保事業についての理解であり特色である。

その後、戦後に至って、隣保館事業を特色づける新し

い動きをみると、一九四七(昭和一三)年の「日本社会

事業年鑑」の「隣保教化事業」では、「細民の集団居住地

域において近隣居住者の精神的、経済的ならびに保健的

生活指導をする総合的社会施設としての隣保事業は、隣

保相扶、博愛の精神に基づいて、環境の改善、近隣居住

者の教化、指導をなすを主眼とするものである』と述べ

ている。

この発想は、一九五八(昭和一一一三)年の社会福祉事業

法の改正でより明確なものとなり、頁隣保事業Ⅱ隣保館

等の施設を設け、その近隣地域における福祉に欠けた住

民を対象として、無料または低額な料金でこれを利用ざ

つぎに、運動団体や地域団体などの隣保館施設の一部

占用使用などについて、その是非が問われていることに

ついてふれてみたい。

隣保館が、地方自治法第二四四条に規定する「公の施

設」として、広く地域住民に利用が開放され、「同和問題

の解決」という設置目的を遵守して、施設管理が行われ

るのは当然のことである。二部占用使用(部屋や掲示

板上については、設置目的にそった地域団体育成のため

の条件整備として、地域住民のコンセンサスを得たうえ

で行政が許可しているのが実態である。にもかかわらず、

「特定団体による独占管理」や「使用不許可」があった

として、それを理由にすべての隣保館が批判され、国の

補助金そのものが打ち切られそうな状況にまで及んだこ

とは遺憾の念が強い。このように、隣保館側の施設管理

が誇張されて表出した背景には、運動団体間の激しい対

立関係が一因としてあった。しかし、それも次第に氷解

の道をたどっており、すでに運動三団体の中央では、広

く施設を開放し、人権啓発の場として、また、地区内外

の交流の場として周辺住民を含めたコミュニティセンタ

1としての役割が隣保館に期待されている。

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35今後の隣保館のあり方構想34

(対応については職員が交代で、少数出勤、あるい

は委託などその他の方法で)

3これまでどおり開館し、平常の事業を行っている

(出勤職員は超勤か月曜から金曜曰の間に振替代休

を取得などの方法で)

に分かれるようである。

また、隣保館の開館時間をみると、隣保館の各種事業

の実施や施設利用は、地区の生活実態に合わせて夜間に

集中し、開館時間を午前九時から午後九時や一○時とす

るところが多く、職員の勤務時間も住民ニーズに対応し

た形態がとられている。

相談事業などでは、それこそ「夜・昼の区別なく」が

場合によっては必要であるし、また重要である。日曜日

などの休館曰も地域の催しがあったり、地域団体の要望

があれば開館し、職員が出勤するということは珍しいこ

とではない。このような状況は、一○年前、二○年前と

比べると少なくなったとはいえ、まだ実態としてはある。

一方、全国的な週休二日制や学校の週五曰制(現在は

月一回)は、余暇の有効活用や地域活動の促進にむけて、

学校開放やその他の社会施設利用に対するニーズが高ま

っているが、隣保館もその例外ではない。しかも、休曰

だけにとどまらず、地区の高齢者の増加などによる昼間

大阪府解放会館連絡協蟻会の「施設開放の推進につい

て」の見解(抜粋)

解放会館は、「同和問題の解決」という目的に則して、

住民の公平な施設利用が図られなくてはなりません。

館の使用の判断として部落差別を容認したり、助長、

煽動するような団体や個人に対しては、館の設置目的か

ら使用を許可しないのは当然のことです。問題は、具体

的な館利用に関して運動団体や住民の間で意見の違いや

対立という要素が一部に存在していることです。

「同和問題解決」のための積極的な施設開放のあり方

を論議するうえで、解連協としては、運動団体間の問題

は、運動団体間で解決すること、そして意見の相違をお

互いが住民に訴えることはあっても、少なくとも、非ぼ

う、中傷し合うという関係だけは解消し、また、理論上

の対立を感情的な対立までエスカレートしない努力を期

待したいものです。その上で、これらの課題の解決を図

り、地区内で、複数の運動団体があっても、基本的な目

的が一致しておれば、積極的な施設の利用に供する必要

大阪府解放会館連絡協議会から「施設開放の推進につ

いて」の見解が示されているが、その中ではこう述べら

れている。

隣保館の今後については、就労、産業、教育、生活福

祉、啓発などソフト面の推進施設として期待されている

が、そのためには行政間の連絡協議会や、場合によって

は個人や家族を単位とした問題ごとのプロジェクトチー

ムなどをつくり、総合的な対策や対応を検討し、実行す

るプログラムづくりが必要になってくる。

その場合、隣保館が中枢的役割をもち、連絡調整機能

⑥隣保館の行政内位置づけを明確に

人口増への対応や、周辺住民が館を利用することなどに

よる昼間の住民ニーズも高まってきている。

児童館や公民館などを複合する隣保館では、その一一1

ズを満たすために、土・曰曜曰の開館、または、平日休

館や職員の変則勤務体制の是非が検討されているとも聞

きおよんでいる。

いずれにしても、土曜曰を開館曰とするかどうかなど、

各市町村や隣保館がそれぞれの地域実態やニーズに対応

して、よりベターな方法を選択していると思われるが、

今後新たな隣保館活動の創造と発展が期待される今曰に

おいて、地域のライフスタイルに即応した開館曰や開館

時間を、職員の労働条件も合わせて検討していくことが

必要である。

この見解に賛意を示すとともに、行政が責任をもって、

地域住民に広く利用されるための施設管理のあり方、方

向を提示すべきであると考える。

なお、「使用不許可」などで、一部の地区住民が使用で

きない具体的なケースについては、全隣協がその情報を

収集し、原因と経過について掌握しておくことも必要で

あろう。

さらに、「目的外使用」についても、近隣の利用施設の

状況を勘案し、隣保館が適切な施設として希望される場

合は、隣保館の有効利用の視点からも積極的に開放して

いく方向をめざすべきと考える。

⑤地域のライフスタイルに即応した開館曰の検討を

行政官庁の週休二曰制への移行にともない、隣保館の

土曜曰開館(休館)について、さまざまな試行が行われ

ている。全隣協として全国的な規模の調査は実施してい

ないが、いくつかの館の聞き取りをもとにその形態をお

おまかにみると、

1本庁職場に合わせ、土曜曰は「完全休館」

2開館はしているが「貸し館のみ」

があります。

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36 37今後の隣保館のあり方構想

Ⅲ を充分発揮するためには、設置主体である地方公共団体

が隣保館の権限を事務分掌で明記するなど、行政内の位

置づけや役割を明確にすることが必要である。

また、地区内施設間の総合調整や複数地区を受け持つ

隣保館が、教育集会所などを統括して、隣保館活動によ

る効果をあげるには、館長や職員の熱意と努力はいうま

でもないが、それらの活動が〃タテ割り行政〃の隙間を

埋め、効果的・効率的な行政推進を担う隣保館の固有業

務として位置づけられるよう、行政内条件整備を期待し

たい。

ともすれば、隣保館が「行政外の行政施設」としてみ

られたり、いい意味でも悪い意味でも”特別扱い“がさ

れてきた背景には、行政内での隣保館の位置づけが不明

確であったことも、その一因であったと思われる。それ

を克服してこそ、「隣保館不要論」や「お荷物論」を排し

て、新たな隣保館活動の創造に向かうことができるであ

ろう。

すでに整備がなされている隣保館も多いと思われる

が、全国の隣保館においてもその位置づけの明確化が図

られるよう、地方公共団体や隣保館の努力を願うもので

ある。対象地域に設置された隣保館は、それぞれの地域実態

やその時代時代の要請するニーズを基に事業を展開し、

今曰に至っている。そして、そこに共通し、一貫してい

ることは、「〃同和問題の解決〃という究極の目的を達成

するため、隣保館が同和行政の第一線機関としてその役

れ、啓発センターの中に企画委員会が設置された。その

構成員には、運動三団体系列の研究所から各一名が委員

として任命され、また、啓発三省(総務庁、法務省、労

働省)のほかに文部省と隣保館の所管省である厚生省が

加わり、具体的な啓発情報(発進)の企画や取り組みが

はじまっている。

今後、この啓発センターが効果的に機能することを期

待するとともに、周辺地域を含めた教育・啓発活動の推

進をめざす全国の隣保館が、これから先、〃国の啓発ネッ

トワーク〃として機能すれば、双方にとってプラス面が

見込まれる。

さらに、今後は全隣協が積極的に啓発センターと接触

を図り、隣保館が人権関係情報を収集・伝達するための

ネットワークづくりの一環を整備するよう望まれる。

四おわりに

隣保館が同和問題をはじめとするあらゆる人権啓発学

習の場として、その機能を発揮するには、広く人権関係

の情報を収集し、住民や来館者に的確な情報を伝達する

ことが求められる。

情報化時代の先端をゆく日本においては、あらゆる情

報があふれている。しかし、それらを意識的に取捨選択

し整理していくという、曰常の努力がないとおぼつかな

いし、職員自身の人権感覚や感性の研さんも必要とされ

るところである。

そのうえで隣保館においては、曰常的に身近にある新

聞や雑誌から人権に関する記事を収集し、掲示板や「館

だより」などで伝達する方法が考えられるが、これらは

〃すぐにでもできること〃である。

また、全隣協や県隣協が隣保館相互の情報媒介として、

その機能をさらに充実させることも、幅広い”人権情報

基地“としての隣保館づくりの要件となる。全隣協のネ

ットワークをフルに活用していくことが望まれる。

最後に、国の地域改善「啓発センター」との関係につ

いてふれておきたい。’九九一(平成三)年の「地対協」

意見具申で地方自治体や民間運動団体の協力が要請さ

⑦人権情報の収集・伝達のネットワークづくりを

割を担い、その行政効果をあげること」であった。

本報告で、これまで隣保館が果たしてきた役割や成果

を、やや主観的ではあるが詳述してきた。そして、「法」

期限という区切りは意識しながらも、二一世紀を展望し

た新たな隣保館活動の創造にむけて、|歩踏み込んだ提

起をさせていただいた。

なぜならば、国内では地域福祉や生涯学習の推進、国

際的には人権擁護の潮流などの社会的要請とともに、新

しいまちづくりの今日的課題など、幅広い役割が隣保館

に求められているからである。また、そのことが同和問

題の解決に資する施設として、本来の機能を強化できる

ものと確信するからである。

隣保館は、部落差別が存在するかぎり、その解決を図

る”行政的使命〃を第一とするものであり、すべての館

活動にそれがつらぬかれるべきである。そのことによっ

て、はじめてともに生きる「福祉と人権のまちづくり」

が可能となるであろう。

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39今後の隣保館のあり方構想

表’地域の生活の様子や内容の変化(前進面)

★★★…隣保館活動があればこそ、大きく前進したと思われるもの

★★……隣保館活動の成果によるところが大きいと思われるもの

★・…・・…他の要因はあるが、隣保館の役割ははずせないと思われるもの

○………ほぼ実態はなくなった、または、一般との格差はほとんどみられないもの

(ただし、環境改善による変化は除く)

■生活

38

八資料V

I地域の生活(実態)の移り変わり

(前進面とその要因)

さて、検討委員会では、〃隣保館の眼“

からみた地域の変化の全国的傾向をつか

むため、委員全員をはじめ、永年、隣保

館活動に従事し、各地域の事情に精通し

た隣保館長や職員を抽出して、”変化”へ

の印象を、感じるままに語ってもらうと

いう聞き取り調査を行った。そのうえで、

共通するものをピックアップして、一覧

表にまとめてみた。

表1は、一九六九年の「同対法」施行

前後、あるいは、隣保館が設置された時

期と比べて、〃良くなった。改善された面“

を中心に「前進面」としてまとめたもの

である。

この表の作成については、その調査方

法が印象度合いの聞き取り調査のため、

この資料が客観的、または、科学的な意

味を持つのかと問われれば、全ての隣保

地域の生活の様子や内容の変化の具体例(前進面)

雛繩’一○○○

・今日、明日、食べる金がないという世帯が減った

.地区内でのケンカがあまり見られなくなった

.夫婦ゲンカが減った

.慢性的な借金生活やサラ金被害が少なくなった

.市・県民税の無申告者が減った

.生活苦による離婚が減った

.家賃や水道料等公共料金の滞納が少なくなった

.生活の見通し(生活設計)ができるようになった

.新聞・雑誌・出版物を読むなど活字文化に親しむ家庭が増えた

.越味をもつ人が増え、精神的なゆとりがみえた(花壇や庭木を植え

るなど)

・住宅の改良や電化製品の普及、職住分離で家内の整理整頓や生活向

上が進んだ

★★★★★★

★★★★★★★★★★

まず、豊かな日本社会の反映としての

向上があげられる。この間、日本社会は

高度経済成長期を経て、急速な経済発

展・向上を遂げた。GNPでみると、一

九六八年には約五四兆八千億円であった

のが、一九九二年度では四七○兆七千億

円と実に八・六倍にもなっている。この

”ものの豊かさ“が地区の極貧世帯を減

らし、ボーダーライン層の引き上げをす

るとともに、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、自動

館の集計によるものでない点や、比較に

ついて個人的基準が入らざるを得ないと

ころの限界は否めない。

しかしながら、隣保館が地域住民の生

活上の困難や生活上の要求、生活態度、

慣習に最も”親密で最大の理解者“でな

ければならないという基本的役割につい

て、その認識と見識を持った方々の共通

する事柄の集約であることをあらかじめ

申し述べておきたい。

○ 1日本経済の発展によるもの

○ ★★

■福祉・健康

・国民健康保険や年金加入率が高まった

.病気でも我慢せず、置薬、売薬などで済まさず、病院へ行くようになった

.病気にもかかわらず病院に行けないで死ぬ人が少なくなった

.保健衛生に関する関心が高まり、伝染病がなくなった

.生活保護その他の福祉措置について、国民の権利としての自覚が高まった

.乳幼児の死亡が少なくなった

.健康や食生活に留意、工夫するようになった(偏った食事からバラ

ンス食へ)

・トラホーム疾患がみられなくなった

★★★

★ ○

★★★

★★

★★★

車などの耐久消費財の購入率の一般平準

化など、衣食住に関する生活様式や内容

の変化となって表れていると思われる。

併行して、”先進国並みの福祉国家の実

現〃という国家目標の下で、各種の社会

福祉制度や医療保健制度の充実と啓発が

進められたことが、地区の生活改善に与

えた影響は無視できない。〃国民皆保険・

年金〃をめざして各種の制度整備が進め

られたことによって、『国民健康保険・年

金の加入率が高まった」結果、「病院に行

けないで死ぬ人が少なくなった」などの

直接〃いのち〃に関わる日常生活に変化

として表れている。また、「伝染病が減っ

た」『保健衛生に関する関心が高まり鬘健

康や食生活に留意、工夫するようになっ

た』などにも表われている。

このように、全般的に地区内外の格差

は依然としてあるものの、日本社会の経

済・社会・文化の発展が、地区の生活向

上に大きな関連をもったことは、間違い

のないところである。

★★

★★★

○ ★★★

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41今後の隣保館のあり方構想 40

■老人 ■仕事

地域の生活の様子や内容の変化の具体例(前進面) 格差

解消

地域の生活の様子や内容の変化の具体例(前進面) 格差

解消

・地域から外へ出かけたり、遠出する高齢者が増えた

.無医療の高齢者が減った

.地域の活動への参加が増え、それを通じて周辺との交流もできるよ

うになった

.地域のなかで老人を大切にするという催しが行われるようになっ

.地域の伝統交化や歴史を子どもたちに伝えるようになった

・自分の仕事に誇りをもつ人が増えた

・自動車免許、調理師等、各種の資格をもつ人が増えた.公務員や公的な仕事につく人が増えた

.労災保険や健康保険のない職場への就労が減った

.同和問題に理解を示す企業が増えてきた

.就職差別へ泣き寝入りするのでなく、提起することができるように

なった

.気軽に就転職の相談に来るようになった

.少しでも安定した職場への就労ができるよう関係機関の協力が高まった

.縁故以外の就労のケースが増えた

.学卒者の就職に学校・館・関係機関の連携が深まり、事後フォローもできる

★★

★★★

★★★

★★★★★★

★★★★★★

★★★

★★★

★★★

★★★ ■コミュニティ

・地域をあげて清掃等、町をきれいにしようという意識が高まってき

.健康相談や健康教育に周辺住民も参加し交流するようになってき

.老人会、婦人会、青年会、子ども会や自治組織ができ、活動が定着

した

.部落解放に意欲と熱意をもつ人材が育ってきた

.周辺住民との交流が増え、隣保館での文化祭等に周辺住民の参加が

増えた

.地域の歴史、文化の掘り起しや継承の活動が活発になった

.同和問題講演会に、周辺の人の参加が増え、それを題材に交流する

機会が増えた

.地域の問題(課題)を隣保館へ相談するようになった

.地区内外の啓発に、文化祭で創作劇などの主体的取り組みができる

ようになった

.周辺地域、団体の学習会で、差別の不当性や人権尊重を訴える行動

が生まれた

★★★

★★

★★★

★★★

★★★

■子ども・教育

・不就学・長欠児童が減った

.生活を助けるためのアルバイトが少なくなった

.就学前の子どもの放置がみられなくなった

。非行が少なくなった

.高校の進学率が高まった

.学校で差別を指摘し、その不当性を訴えることができるようになった

.学校のクラブ活動への参加が増えた

.子ども会で学んだ人権の問題を、町内の人に訴える活動ができるようになった

.親が子どもに自分を語ってやれるようになった

.子どもと大人、老人など世代間の交流の機会が増えた

★★

★★★

★★★★★

★★★★★★

○○ ★★★

★★★

★★★

★★ ★

★★

★★

★★

★★★

■人権

■女性・地区内外の結婚率が多くなった

・寝た子を起すな意識が出なくなった

.あからさまな差別発言が出なくなった

.地区内の差別意識が克服されてきた

.子どもや老人、障害者の問題を考え、その人権を守ろうという意識

が高まった

.部落差別をはじめ、あらゆる差別・偏見の問題が前向きに語られる

ようになった

★★

★★★

★★

★★★

★★★

、教養文化活動(お茶・生け花・舞踊・革工芸など)の修得者が増えた

.地区外との交流の機会が増えた

・PTA活動への参加が積極的になった

・PTA懇談会等で、被差別の立場から子どもへの熱い思いを語ることができる

★★★

★★

★★★

★★★

■その他

・市役所、病院にひとりで行ける中高齢者が増えた

.行政に対する不信感がやわらいだ(協力的になった)

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43今後の隣保館のあり方構想 42

教育事業のうち、子どもの基礎学力の保

障と向上を目的とした解放学級(学力促

進学級)などの推進が一定の役割を果た

したものと考えられる。

社会福祉面をみると、地区内の社会福

祉施設として隣保館(約九七○館)、同和

保育所(約六五○カ所)、児童館(約三○

○カ所)が建設され、その設置目的に基

づいて地域住民の福祉を増進するための

事業が行われてきた。「就学前の児童の放

置がみられなくなった』や『非行が少な

くなった」などはその成果の表れと考え

られる。また、妊婦の健康診査、トラホ

ームの予防と治療、巡回保健相談指導な

どが同和対策としての福祉施策として講

じられる中で「乳幼児の死亡が少なくな

った』や『保健衛生に関心が高まり……』

といった健康面や保健衛生面における改

善向上の変化として表れている。

その他、生活基盤を改善する応急対策

として、各種の給付金や貸付金、減免制

度などの諸施策が講じられてきたが、そ

次に、当然のこととして、国や地方自

治体の同和行政推進が地区の生活様式や

内容改善に与えた影響は大きい。

表1には、環境改善事業による直接的

な変化は除いているため、「住宅が良くな

った」「上下水道の整備が進んだ」とか、

「道路が広くなった」「いろいろな地区内

公共施設が建てられた」とかいったもの

はあがっていない。そのため、「六畳一間

に親子三世代が同居する」世帯や、「火事

になっても消防車が入れない」といった

実態が少なくなったなどの変化も省かれ

ている。

しかし、これらの生活環境整備の進展

によって、『伝染病が減った」「保健衛生

に関心が高まった』となり、「地域をあげ

て清掃等』など、地区全体のまちづくり

に住民自らが関心を持つきっかけとなっ

ている。また、個人の生活についても、

『お茶・生け花・舞踊…の修得者がふえ

2同和行政推進によるもの

れらの適切な運用が『慢性的な借金生活

やサラ金被害が少なくなった』、あるいは

生活の一定の見通しがみえる中で、「アル

中が少なくなった」など、自分の命や健

康をいとう生活態度が徐々に表われてき

たものと考えられる。

た」などにもつながっていると考えられ

る。さらには、『隣保館での文化祭等に周

辺住民の参加が増えた」など、地区外か

ら地区内への交流の促進も、ソフト対策

と合わせて生活環境整備がその基礎にあ

ることの意味は大きく、その他の項目に

ついても全く無縁ではない。

一方、ソフト対策による効果として考

えられるものを個別にしてみると、就労

面では、「自動車免許、調理師等、各種の

資格を持つ人が増えた鬘縁故以外の就労

のケースが増えた」などは、国の職業安

定促進講習事業、職業訓練受講補助事業

や、自治体独自の技能修得制度などの個

人施策の実施に伴う労働能力の開発の促

進とともに、職業指導・職業紹介事業、

または、雇用主に対する指導・啓発事業

などの同和行政の推進による向上変化の

結果と思われる。

また、自治体が地区住民の不安定就労

を解消していく直接的な方策のひとつと

して、地区内公共施設などへの職員配置

最後に、地区住民の自発的な意志に基

づく自主的運動である部落解放運動の高

揚が、地区の生活改善や向上に大きく貢

献したことがあげられる。

戦後の部落解放運動は、水平社運動の

伝統を継承し、その経験と理論に立って

発展したが、その特徴は「行政闘争」を

中心に同和地区を基盤として高まってき

た。すなわち、部落差別についての認識

を深め、実態的差別の存在を強調し〃そ

の責任は行政の停滞にある“として、国

や地方自治体に部落解放の行政施策を要

求する大衆闘争を展開する中で、同和行

政の推進を実現させ、差別解消の方向へ

3解放運動の高揚によるもの

について、地区内採用を積極的に行った

ことや、雇用創出を自治体自らが図る中

で、地区住民の就労を保障していった経

過から「公務員や公的な仕事につく人が

増えた』となり、安定収入や生活基盤の

確立の方向へ向けて、良い面として表れ

ているものと思われる。

次に、子どもの教育面をみると、「不就

学・長欠児童が減った」「高校の進学率が

高まった』などが改善向上した面として

あげられる。事実、高校進学率でみると、

一九六七年で全国平均が七四・五%に対

し、地区では五一・一%と実に一一三・四

ポイントの格差であったものが、’九九

二年には、全国平均九五・九%に対し、

地区は九一・二%と四・七ポイントの差

に縮まってきている。また、地域をみて

も『不就学や長欠児童が減った』という

歓迎すべき状況がみられる。

これらは、同和教育の推進と奨学金制

度の二つが大きな要素となったことは間

違いのないところである。加えて、地域

大きく寄与してきたことはくり返すまで

もない。

しかし、それにも増して注目すべき点

は、部落解放運動が戦前の部落改善を第

一とする〃改良主義”や協調的な”融和

運動〃と明確に一線を画し、慈恵的恩恵

的施策に対する警戒と地区住民が社会的

立場を自覚し、部落差別をなくしていく

主体として自己を確立していくという理

念から、その取り組みを追求してきたこ

とにある。

「寝た子を起こすな意識が出なくなっ

た』ことや、「親が子どもに自分を語って

やれるようになった』、「就職差別に泣き

寝入りするのでなく、提起することがで

きるようになった』などは、自らの生き

方に対する誇りを取り戻していこうとい

う表われであり、差別の不合理さと社会

矛盾に立ち向う〃人間の復権〃を実現す

るための具体的な行動のひとつであると

思われる。

また、高齢者が「地域の伝統文化や歴

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45今後の隣保館のあり方構想44

制度や行政施策を反映させ、さらに事後

指導テフターヶア)を継続して行う中

で生活向上を図る、ということになる。

隣保館がこのような世話活動をはじめ

とした相談指導事業を基本的役割として

認識し、取り組んできたことで、福祉・

健康面では「病気にもかかわらず病院に

行かれないで死ぬ人が少なくなった罠乳

幼児の死亡が少なくなった」などが緊急

対応の成果として表われている。また、

『国民健康保険や年金加入率が高まっ

た』「病気でも我慢せず、置薬、売薬など

で済まさず、病院へ行くようになった」

『無医療の老人が減った』などは、住民

が安心して医療を受けることができる条

件をつくるため、隣保館が地区の実態を

調査・把握し、その促進につとめた成果

である。

また、生活保護や母子、児童、身体障

害、老人などの社会福祉の各諸制度は、

多くが”申請主義”のたて前をとってい

るため、受けてしかるべき状態にあるに

史を子どもたちに伝えるようになった』、

『地域の歴史、文化の掘りおこしや継承

活動が活発になった豈文化祭で創作劇な

どの主体的取り組みができるようになっ

た』などに、その理念が地区内全体に浸

透しつつあることがうかがえる。

自らが被差別としての社会的立場を自

覚し行動するプロセスにおいては、必然

的に自分の周りの矛盾を顧みることをも

誘発する。『部落差別をはじめ、あらゆる

差別・偏見の問題が前向きに語られるよ

うになった舅地区内の差別意識が克服さ

れてきた』ことにそれが表われている。

このような自己に対する厳しい問いか

けと行動は、『周辺地域、団体の学習会で

差別の不当性や人権尊重を訴える行動が

生まれた』、「PTA懇談会等で、被差別

の立場から子どもへの熱い思いを語るこ

とができる』のように、内から外へその

領域を拡げている。そしてそのような働

きかけが『同和問題講演会等に周辺の人

の参加が増え……』、『隣保館での文化祭

もかかわらず、手続きの複雑さや、日頃

接することのない行政職員との対応の煩

わしさで措置を受けなかったり、先延ば

しをしたりすることで、現状を打開する

のに一層の困難さを加えていた。

このような状況の中で、隣保館の相談

職員がじゅんじゆんと制度の内容や手続

きを説明し、所管課係と連絡調整を図る

中で、早期の手立てを講じるとともに、

早期復帰をめざして事後指導を繰り返し

てきた。その結果、「生活保護その他の福

祉措置について、国民の権利としての自

覚が高まった」に示されているように、

過去素通りしてきた福祉行政(施策)が

地区に浸透しつつあるという成果として

表れている。

一方、このような国民としての権利は、

義務がともなうものとして、隣保館が相

談や指導の中で訴えることにより、生活

面においては、『市・県民税の無申告者が

減った』、『家賃や水道料等公共料金の滞

納が少なくなった」など、地区住民の生

1住民の身近な相談施設(機関)

として

戦後当般行政が部落を素通りしてき

た“といわれる「特措法」施行前におい

ては、行政施策の一条の光が隣保館であ

ったし、「特措法」時代においても、隣保

館建設と運営の充実強化は同和行政推進

の大きな柱でもあった。

隣保館が設置された時期は、全国的に

みてバラつきがあるものの、その多くが

「職員が配置された初めての地区内施

等に周辺住民の参加が増えた」、「地域の

活動への参加が増え、それを通じて周辺

との交流もできるように……」なり、新

しいコミュニティづくりのきざしが見え

始めている。

このように、自主的・自発的な地域活

動の発展が、地区の生活改善や行動の変

化に与えた影響は極めて大きいものがあ

る。

Ⅱ隣保館活動の成果と果たした役割

活改善面とともに行政にとってもその効

果が表れている。

就労促進を図るための相談活動では、

職安との連携をとりながら、相談者と一

緒に職安に出向くことはもとより、定期

的に隣保館で職業相談日を設ける、いわ

ゆる「開設相談」なども実施しながら、

相談者の生活実態や能力に合った就労先

の紹介や安定した職への転職相談活動を

重ねてきた。その結果「気軽に就転職の

相談に(隣保館に)来るようになった』

「縁故以外の就労のケースが増えた豈労

災保険、健康保険のない職場への就労が

減った』など、中高年齢層の雇用改善に

役割を果たしている。

また、国や自治体の技能修得制度など、

各種の就労対策制度が効果的に生かされ

るために隣保館でその制度の意義や趣旨

を周知したり、説明をするのも重要な役

割であった。それらをクリアするための

勉強を「識字教室」や「集中講座」など

を開設することにより行い、「自動車免

設」生誕の歴史である。そして当時は、

生活のあらゆる面において行政施策から

取り残され、〃不合理と矛盾のるつぼ“で

あった地域実態の中で、住民が気軽に立

ち寄ることのできる「身近な相談先」と

して、定着することが急務の時代であっ

た。

’九七九年には、「同和対象地域におけ

る隣保館活動のあり方」(隣保館運営要

綱)が制定され、隣保館事業が体系化さ

れたが、その中で最も重要な事業として

あるのが相談事業である。それまでの世

話活動に加え、仕事や教育、社会福祉、

保健衛生、法律など、地区住民のあらゆ

る生活に関わる問い合わせや相談に応じ

るとともに、「行政の総合的窓口Ⅱ同和行

政の第一線機関」として位置づけられ、

その役割を果たすことを期待されたわけ

である。

すなわち、地区住民の各世帯や個人が

抱える生活課題を”相談〃という方法で

ニーズを把握し、その解決のために各種

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I 47今後の隣保館のあり方構想 46

みをくり返すわけである。こうした結果

が『慢性的な借金生活やサラ金被害が少

なくなった」「生活の見通し(生活設計)

ができるようになった』などの成果とし

て表れている。

以上のように、隣保館が設置されたこ

とにより、地区住民の生活向上における

身近な相談先としての効果は非常に大き

く、また同時に、行政の効果的推進にも

役立っている。

2保健衛生推進の場から地域福祉活

動の発展へ

初期の隣保館においては、極めて劣悪

な環境とぜい弱な生活基盤からくる〃い

のちと健康“に関わる改善・向上をいか

に図っていくかが大きな課題であった。

今ではすでにその実態はなくなったとい

われるトラホームの予防事業や地区住民

検診(巡回保健相談)、栄養改善教室、健

康講座、妊産婦教室など、各種保健衛生

事業が隣保館で行われ、相談指導事業と

あわせて、隣保館の果たすべき役割とし

許、調理師等、各種の資格をもつ人が増

えた』など、労働能力の開発向上に寄与

している。

地区の就労状況を向上させていくため

の効果的な体制は、職安や福祉事務所、

あるいは学校など、行政の枠を超えたネ

ットワークが非常に大切であるが、これ

まで隣保館がその要や調整役を担うこと

によって「少しでも安定した職場への就

労ができるよう関係機関の協力が高まっ

た』『学卒者の就職に学校・館・関係機関

の連携が深まり、事後フォローもできる』

ようになったlこのように、今後の就

労促進を一層進めるための行政シフトが

できつつある。

子どもの教育面については、隣保館が

学校や地域・家庭と連携をとりながら迅

速かつ適切な対応をとる中で『不就学・

長欠児童が減った』『非行が少なくなっ

た富就学前の子どもの放置がみられなく

なった』などについては、”すでに解決し

た、または、地区外との格差はなくなっ

て位置づけられて進められてきた。

「隣保館運営要綱」で保健衛生室や生

活改善室(料理用教室)が「設置すべき

施設」として定められていることもその

ことを物語っている。また、隣保館職員

が害虫駆除のための薬剤散布や害獣退治

を行う光景も珍しくはなかった。

このような取り組みが福祉・健康面で

「保健衛生に関する関心が高まり、伝染

病が減った豈健康や食生活に留意、工夫

するようになった」lなど、効果とし

て表われており、改善向上の変化は著し

い。

一方、高齢者を中心とした地域福祉活

動の推進も見落とせない。戦前、戦後の

厳しい差別と戦争体験、つれ合いや子を

亡くし、それでもたくましく生きぬいて

きた地域の高齢者の人生は、そのまま”被

差別の歴史”であり、人間が人間として

生きていくことが何であるのかを問われ

るかけがえのない鑑である。

隣保館では、早い時期から施設の一部

た“状態という評価となっている。これ

は同和教育運動の高まりとともに、奨学

金制度、保育所、児童館などの物的・人

的整備の成果ではあるが、隣保館の職員

が「”しんどい子”を徹底的に追いかける

(関わりきるこという意欲と日常的活動

がその成果につながったと思われる。

また、「高校進学率が高まった」ことに

ついても、この間、「高校全入運動」の高

まりや親の経済的向上という条件が結果

として表れていると考えられるが、隣保

館が「学力促進(補充)学級」を開催し、

基礎学力の保障と学力向上につとめると

ともに、その親たちが子どもの進学につ

いて隣保館に相談できる、という身近な

相談機関があること錘地区外との進学

率の格差縮小に役立ったといえよう。

隣保館で行う生活面における相談・指

導は、その多くが借金生活という悪循環

から生活を立て直すためのケースが多

い。それまでの就労、教育、福祉、健康

など人間生活の基本的な部分が部落差別

に高齢者がのんびりとくつろげるスペー

スを確保し、新年会やお花見会、月見会、

年忘れ会などの年中行事やお誕生日会、

あるいは踊りや謡い、手芸、カラオケ、

ゲートポールなどを開催し、多くの人が

集い、楽しんでもらえる各種事業を開催

してきた。また、地区内の「老人憩の家」

や福祉事務所、保健所などの関係行政機

関とも連携を保ち、健康や医療、保険年

金の相談や世話活動を行い、生活全般に

関わる活動を重ねてきた。

地区住民から「長い人生の中で今が一

番幸せ、生きていてよかった」の声を聞

く時、隣保館職員の一番幸せな瞬間であ

る。このような活動が、高齢者に「地域

から外へ出かけたり、遠出する人が増え

た」、『無医療の老人が減った三地域の活

動への参加が増え、それを通じて周辺と

の交流もできるようになった』という成

果に表われている。さらに、隣保館が老

人会などの組織活動の発展・充実に向け

ての条件整備を図ったり、そのような関

により、充分に保障されなかった結果の

総和として生活があるわけであるから、

一朝一夕に解決できることはきわめて稀

である。その期間は何年もかかる場合や、

ケースによっては親子二代にわたること

もある。

「稼いでも大半が借金(利子)返済に

もっていかれる」(就労意欲の喪失)、「身

内に不幸や祝い事があればたちまち借金

地獄に」、「生活保護を受け続けている方

が気が楽」「読み書きができないから家計

管理ができない」など、実態や実感をも

たらしている根は深い。

このような相談者の生活を丸ごと抱

え、もつれた糸を一本一本ときほぐしな

がら、問題解決を図っていくわけである。

応急的に隣保館職員が”サラ金回り“を

したり、家計管理を数年にわたって行う

こともある。また、質素な冠婚葬祭の儀

式を隣保館が提唱し、納得させたり、家

計簿のっけ方の講習を行いながら、相談

者の自立意識と自覚を高めていく取り組

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’ Ill 48

49今後の隣保館のあり方構想

わりをもつ中で「高齢者が地域のために

できることは何か」「高齢者だからこそ、

担わなければならないこと」への取り組

みが始まり「地域の伝統文化や歴史を子

どもたちに伝えるようになった』などの

活動が根づいてきている。

階層間や世代間のふれ合いは、地域の

婦人会などがボランティアで給食サービ

ス(昼食会)を定例的に行ったり、独居

老人の家へ子どもたちが訪問活動を行う

など「地域のなかで老人を大切にすると

いう催しが行われるようになった』とP

その向上につながっている。

このように、地域における高齢者を中

心においた地域福祉活動は、隣保館を要

にして推進されてきたが、それは高齢者

の生活体験からくる、たくましい力と温

かい心を次代に継承していくという要求

をも合わせ持っている。

このような視点からの隣保館活動が、

地域福祉活動の推進と発展に大きな役割

を果たしてきた。

部落の生活を通した講習事業は、それが

住民の自主的要求から出たものであれ

ば、個人の生活や人格形成に貢献し、地

域全体の文化生活の向上に結びつくとい

う視点から見直され、今日では地域文化

の創造と発展にむけて多様な講習講座が

開催されている。それが「趣味をもつ人

が増え、精神的なゆとりがみえた薑教養

文化活動(お茶、生け花……など)の修

得者が増えた』『新聞・雑誌・出版物を読

む家庭が増えた』などの結果となってい

る。さらに、識字運動による講習講座に

対する問いかけは一方で、〃部落解放を担

う人づくり〃を目標とした地区内啓発事

業として発展し、各種の同和問題講座や

人権問題講演会が継続的に実施されるよ

うになった。

その結果として「寝た子を起こすな意

識が出なくなった豈自分の仕事に誇りを

もつ人が増えた豈地区内の差別意識が克

服されてきた』『部落差別をはじめ、あら

ゆる差別・偏見の問題が前向きに語られ

3社会教育浸透の役割と人権啓発の

拠点として

現在、隣保館ではさまざまな教養文化

事業や各種の講習講座が行われている。

もともと講習事業は地区住民の、とりわ

け婦人層の生活要求から生まれてきたも

のが多いが、当初は毎日ただ追われるだ

けの生活に少しでも潤いをもたせたいと

いう思いや、日常生活や仕事・家計に少

しでも足しになるものを習得したいとい

う素朴なニーズから出発した。

内容をみても、和裁、洋裁、編物、料

理、習字、着つけ、手芸、お茶、生け花

などが多く実施されてきたが、これらは

日常生活に直接役に立つ、いわば生活改

善の一環としての要素と、趣味・教養的

な色合いが濃いものに分かれるが、その

区別は一様ではない。

隣保館が設置されると同時に、これら

の教室開催へのニーズが高まった背景に

は、「習いたいけど経済的にしんどい」「身

近で習うところがなかった」「通うヒマが

るようになった薑PTA懇談会等で、被

差別の立場から子どもに対する熱い思い

を語ることができる」ようになったl

など、人権面にかかわる地区住民の社会

的自覚が高まってきている。

また、このような視点は、厳しい差別

の中でもたくましく生きてきた地域の歴

史や、誇りうる伝統文化の掘り起こしの

作業が、自主的な地区住民の取り組みと

して高まりそれらが講座にとり入れられ

るようになり、「地域文化の掘り起こしや

継承の活動が活発になった』の成果とな

っている。

一方、隣保館が行う教養文化事業や講

習講座などの社会教育事業には、年を追

うごとに周辺や地区外住民の参加が増え

ており、事業を通じて人間と人間のふれ

合いや交流が深まってきた。「地区外との

交流の機会が増えた薑隣保館での文化祭

等に周辺住民の参加が増えた鬘同和問題

講演会に、周辺の人の参加が増え、それ

を題材に交流する機会が増えた」が、そ

ない」「地区外の公民館などでは言葉使い

ひとつにも気をつかう」などのように、

地区住民の生活実態と地区外での被差別

体験の実感があった。また同時に、身近

で気軽に通える施設ができたことによ

り、曰常的な要求が教室開催に生かされ

たものと考えられる。

生活改善(向上)のため実施されてき

た講習事業の伝統は今も生きており、全

国的に料理、生花、手芸、習字が一~四

位を占めている二九九○年全隣協実態

調査)。その後へ識字運動の高まりととも

に、これらの講習事業は直接、部落解放

に結びつくものではないとして、識字運

動の方が解放運動に貢献する事業である

との理由から、従来の講習事業に疑問符

が打たれた一時期があった。

しかしながら、これらの講習事業が自

らの生活を見つめ直し、生活の改善と変

革をめざす視点と、地域文化活動の推進

や地区内の交流を深め、仲間づくりの場

としての役割を担っていること、また、

れを表わしている。また、日常生活のい

ろいろな場面で、ごく自然に地区内外住

民が行き来をするきっかけづくりを、各

種講習講座や教養文化事業が果たしてき

たといえる。

以上のように、隣保館で行われてきた

講習講座をはじめとする各種の社会教育

事業は、その時代、時代のニーズを反映

し発展してきた。相談事業が相談者を対

象とする比較的限られた範囲であるのに

比べ、地域全体を包括した地区住民の生

活向上や人権啓発、内外の交流など、果

たした役割は大変大きいものがある。

4住民活動の場の保障と組織活動に

果たした役割

部落解放を実現するための最大不可欠

の条件は、「住民自身が社会的立場を自覚

し、差別からの解放を求めて立ち上がる」

ことであるから「同和問題のすみやかな

解決に資することを目的とする」隣保館

は、すべての事業において地域住民の自

立意識を向上させ、社会的自覚を促進す

Page 18: 今後の隣保館のあり方構想17今後の隣保館のあり方構想 6 1特集2 四半世紀にわたる「特措法」時代を経過して、地域の 生活はその様式や内容に大きな変化と移り変わりをみせ

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51今後の隣保館のあり方構想。

50

一員であるという連帯感や共同感が高ま

っている。

地区外住民の館利用状況を一九九○年

の全隣協実態調査でみると、隣保館を利

用することが「よくある」「時々ある」が

八四八館(九○・九%)と開かれた館利

用となっており、内容的には「貸館」(六

三・一一%)、「各種行事参加」(五四・六

%)、「交流会」(五○・八%)に供されて

いる。

また、広報活動のひとつである「館だ

より」の配付についても、配付先の対象

が「地区内のみ」が三五二館(五一・五

%)に対し、「周辺も含めて配布」が三一一一

二館(四八・五%)にものぼっている。

このように、周辺住民をも視座におい

て、隣保館の事業を推進することによっ

て、地区内外の交流が深まるとともに、

同和問題の正しい理解を深め、お互いの

人権意識を高める結果につながってい

る。具体的な効果や成果は表1のコミュ

ニティ面、人権面のすべてにわたってい

ることが行政責任を果たすための生命線

であると位置づけてきた。

そして、ここを出発点に、差別から生

じるさまざまな問題を住民自らが明らか

にし、解放への展望を見い出し、完全解

放への主体を形成していく自主的な活動

の場として、隣保館があらゆる条件整備

を行い、組織活動育成にその役割を果た

してきた功績は大きい。『学校で差別を指

摘し、その不当性を訴えることができる

ようになった雲子ども会で学んだ人権の

問題を、町内の人たちに訴える活動がで

きるようになった』また、『部落解放に意

欲と熱意をもつ人材が育ってきた罠子ど

もや老人・障害者の問題を考え、その人

権を守ろうという意識が高まった』など

は、解放運動の成果であるとともに人材

育成に隣保館が果たした役割と具体的な

成果のひとつである。

民間運動団体が隣保館を利用して活動

を高めていくことはもとより、各種地域

組織団体が隣保館を拠点に地域活動を椎

進するとともに、隣保館職員が事務局的

な手伝いを行うことでその活動を促進し

てきた。「老人会、婦人会、青年会、子ど

も会や自治組織ができ、活動が定着した」

は、それを表わしている。

また、このような活動の発展は、各組

織の活性化とともに、世代階層をこえた

組織間のつながりを深め、例えば「青少

年健全育成連絡会」などが、非行防止の

具体的な取り組みを行ったり、「まちをき

れいにする住民連絡会」などがつくられ、

「地域をあげて清掃等、町をきれいにし

ようという意識が高まってきた」のよう

に、地域課題を住民自らが”まちぐるみ“

で解決していこうとする気運が高まって

きた。

盆踊りや運動会、文化祭が最近、地区

外よりも活発に行われる傾向にあるの

も、隣保館が存在することで地域の自主

的、組織的活動が深まりと広がりをみせ

ている結果であるし、『地区内外の啓発

に、文化祭で創作劇などの主体的な取り

ヲ(》。6地区内施設や関係機関の調整に果

たした役割

地区内施設の設置は、全国的にみても

千差万別であり、隣保館が設置されてい

る九七○地域をみても、隣保館だけの地

域もあれば、その他に児童館や保育所、

老人センター(憩の家)、障害者センター、

病院・診療所、公民館や教育集会所、あ

るいは共同作業所などが地域実態を反映

して設置されているのが現状である。

一つひとつの施設が設置目的に基づい

て運営され、その効果をあげてきている

が、各施設の機能を最大限に生かしなが

ら、地域の生活改善向上を図った陰には、

施設間の隙間を埋め、地区内施設の中枢

的機能を果たしてきた隣保館の役割は大

きいものがある。

また、福祉事務所や保健所、児童相談

所、社会保険事務所などの福祉行政機関、

教育委員会や学校、公民館などの教育行

政機関、あるいは職業安定所や職業訓練

組みができるようになった』のように内

容的にもより高まりをみせている。

以上のように、解放運動や地域組織の

自主的、主体的な活動が同和行政の効果

を高めてきたことは動かしようのない事

実である。その条件整備を図り、推進し

てきたのが隣保館の大きな役割であった

し、成果であったといえる。

5周辺を含めたコミュニティづくり

の拠点として

隣保館がさまざまな事業や活動を行う

目的は、同和問題の早急な解決を図るこ

とであり、また、それは地区内外の住民

が世代や立場を超え、ともに生きる地域

社会を築いていくために、いかに役割を

果たしていくかにある。

同和問題の解決のためには、国民の理

解と協力が必要であり、特に周辺住民が

隣保館が行う各種の講座、サークル活動、

スポーツ大会、文化祭などに参加するこ

とによって、コミュニケーションが深ま

り、偏見が取り除かれ、お互いが地域の

校などの労働行政機関、さらには社会福

祉協議会や人権擁護委員会などのあらゆ

る部門と連絡調整を図りながら、同和行

政の総合的窓口として、地域住民のさま

ざまな問題について関わりをもち、タテ

割り行政による弊害を最小限に押えなが

ら、効果的・効率的な行政推進に隣保館

は大きな役割を果たしてきた。

一方、隣保館が受けもっている対象地

域数をみると、左記の表のようになって

■隣保館の受けもつ対象地域数

(1990年全隣協実態調査時)

受け持ち対象地域数館数割合

11地域570館611%

22~3地域167館179%

34地域以上196館210%

おり、。地域一

隣保館」は五七

○館で半数を超

えてはいるが、

その他の隣保館

では複数地域を

ひとつの隣保館

が担当してお

り、四地域以上

を担当している

館も二割を超え

ている状況とな

■!

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