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106 【背景・目的】芳香族炭化水素受容体(Aryl hydrocarbon ReceptorAhR)は,ほとんどの細胞・組 織に発現がみられる転写因子のひとつで,通常は heat shock protein90 Ahr-interacting proteinp23 などと会合した状態で細胞質に存在するが,多環性芳香族炭化水素化合物がリガンドとして結合 すると,核内に移行し AhR Nuclear TranslocatorARNT)とヘテロダイマーを形成することによ り,DNA 上の異物応答配列(XRE)に結合し,標的遺伝子である薬物代謝酵素などの転写活性化が 引き起こされる。内因性のリガンドに関する報告は少なく,環境ホルモンとして知られるダイオキシ ン類は代謝を受けにくく,体内に蓄積し,過剰なタンパク質産生を引き起こすことによって毒性を発 現すると考えられている。また,AhR には転写因子としてだけでなく E3 ユビキチンリガーゼとして 標的蛋白を分化する機能がある事も報告されている。さらに, AhR は近年,そのリガンドによっては, 自己免疫疾患や細菌感染などに重要である IL-17 産生ヘルパー T 細胞(Th17)の分化制御に関与し ている事や,過剰な免疫反応を抑制する制御性 T 細胞(Treg)の誘導に関与している事が報告され ている。 本研究では,体質改善を得意とする漢方処方に繁用される生薬エキスや天然化合物から AhR リガ ンド(アゴニスト及びアンタゴニスト)を探索する事を第一目標とし実施した。さらにそれらリガン ドによる T 細胞分化に及ぼす影響を検討することで,慢性炎症を伴う疾患に対して,制御性 T 細胞誘 導による治療効果を最終目標として実施した。また,その過程において,AhR リガンドは肝臓にお いて薬物代謝酵素 CYP1A1 1A22B などを誘導することが知られている。生薬熱水抽出物による 薬物代謝誘導活性を検討することで,漢方方剤同士の相互作用や,西洋薬との相互作用を予測するこ とが可能になることも考え,本実験を行った。 【結果 ・ 考察】まず,多検体を測定できる AhR 応答配列を有したルシフェラーゼレポータープラスミ ドをヒト肝ガン細胞 HepG2 細胞に遺伝子導入し,各試験液によって誘導されてくるルシフェラーゼ タンパク質の量をその酵素活性を測定することで実施した。HepG2 細胞を DMEM High glucose 地(10% FBS)を用いて,48well plate 1.5 × 10 5 cell/well になるように播種し,一晩培養した。 新しい DMEM 培地に置換後,AhR 応答配列を有したルシフェラーゼレポータープラスミド及び,β -ガラクトシダーゼ発現プラスミドをリン酸カルシウム法により 8 時間遺伝子導入した後,DNA カルシウム複合体を洗浄し,被検薬を含有した培地に置換し,48 時間後に細胞内タンパク質を抽出 し,ルミノメーターを用いて誘導されたルシフェラーゼタンパク質量をその酵素活性を測定する事 で検討した。また,各 well 間の誤差を修正するため,同じく細胞内タンパク質に発現している β -ガ ラクトシダーゼの酵素活性を測定し,測定されたルシフェラーゼ活性を補正した。Vehicle として使 用した DMSO を添加した well のルシフェラーゼ活性を基準にして,各試験薬のルシフェラーゼ活性 Relative luciferase activity (RLA) として表した。各生薬熱水抽出物 100 μg/mL を添加した場合の 和漢薬由来核内受容体 Aryl hydrocarbon Receptor (AhR) リガンドの探索研究 申請代表者 田邉 宏樹 愛知学院大学薬学部薬用資源学講座 講師 所外共同研究者 井上  誠 愛知学院大学薬学部薬用資源学講座 教授

和漢薬由来核内受容体Aryl hydrocarbon Receptor …...和漢薬由来核内受容体Aryl hydrocarbon Receptor (AhR) リガンドの探索研究 申請代表者 田邉 宏樹

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【背景・目的】芳香族炭化水素受容体(Aryl hydrocarbon Receptor:AhR)は,ほとんどの細胞・組織に発現がみられる転写因子のひとつで,通常はheat shock protein90やAhr-interacting protein,p23などと会合した状態で細胞質に存在するが,多環性芳香族炭化水素化合物がリガンドとして結合すると,核内に移行しAhR Nuclear Translocator(ARNT)とヘテロダイマーを形成することにより,DNA上の異物応答配列(XRE)に結合し,標的遺伝子である薬物代謝酵素などの転写活性化が引き起こされる。内因性のリガンドに関する報告は少なく,環境ホルモンとして知られるダイオキシン類は代謝を受けにくく,体内に蓄積し,過剰なタンパク質産生を引き起こすことによって毒性を発現すると考えられている。また,AhRには転写因子としてだけでなくE3ユビキチンリガーゼとして標的蛋白を分化する機能がある事も報告されている。さらに,AhRは近年,そのリガンドによっては,自己免疫疾患や細菌感染などに重要である IL-17 産生ヘルパー T 細胞(Th17)の分化制御に関与している事や,過剰な免疫反応を抑制する制御性T 細胞(Treg)の誘導に関与している事が報告されている。 本研究では,体質改善を得意とする漢方処方に繁用される生薬エキスや天然化合物からAhR リガンド(アゴニスト及びアンタゴニスト)を探索する事を第一目標とし実施した。さらにそれらリガンドによるT細胞分化に及ぼす影響を検討することで,慢性炎症を伴う疾患に対して,制御性T細胞誘導による治療効果を最終目標として実施した。また,その過程において,AhRリガンドは肝臓において薬物代謝酵素CYP1A1や1A2,2Bなどを誘導することが知られている。生薬熱水抽出物による薬物代謝誘導活性を検討することで,漢方方剤同士の相互作用や,西洋薬との相互作用を予測することが可能になることも考え,本実験を行った。【結果・考察】まず,多検体を測定できるAhR応答配列を有したルシフェラーゼレポータープラスミドをヒト肝ガン細胞HepG2細胞に遺伝子導入し,各試験液によって誘導されてくるルシフェラーゼタンパク質の量をその酵素活性を測定することで実施した。HepG2細胞をDMEM High glucose培地(10% FBS)を用いて,48well plateに1.5 × 105 cell/wellになるように播種し,一晩培養した。新しいDMEM培地に置換後,AhR応答配列を有したルシフェラーゼレポータープラスミド及び,β

-ガラクトシダーゼ発現プラスミドをリン酸カルシウム法により8時間遺伝子導入した後,DNA-カルシウム複合体を洗浄し,被検薬を含有した培地に置換し,48時間後に細胞内タンパク質を抽出し,ルミノメーターを用いて誘導されたルシフェラーゼタンパク質量をその酵素活性を測定する事で検討した。また,各well間の誤差を修正するため,同じく細胞内タンパク質に発現しているβ-ガラクトシダーゼの酵素活性を測定し,測定されたルシフェラーゼ活性を補正した。Vehicleとして使用したDMSOを添加したwellのルシフェラーゼ活性を基準にして,各試験薬のルシフェラーゼ活性をRelative luciferase activity (RLA)として表した。各生薬熱水抽出物100 µg/mLを添加した場合の

和漢薬由来核内受容体 Aryl hydrocarbon Receptor (AhR)リガンドの探索研究

申 請 代 表 者 田邉 宏樹 愛知学院大学薬学部薬用資源学講座 講師所外共同研究者 井上  誠 愛知学院大学薬学部薬用資源学講座 教授

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RLA値のグラフを図1に示す。また,化合物に関しても10 μMを添加した場合のRLA値のグラフを図2に示す。 その結果,AhRアゴニスト活性の強かった生薬熱水抽出エキスとして,オウゴン,カンゾウ,ビャクシ,ブクリョウ,ゴシュユなどがみられた。それ以外にも,弱いながらもアゴニスト活性が認められる生薬が多数存在した。一方,アゴニスト活性の強かった化合物としては,既に報告のあるevodiamineやbaicalein,berberine以外にも,coptisineにも活性が認められた。

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図1. 生薬熱水抽出物(100 μg/mL)のAhRアゴニスト活性試験結果 図1. 生薬熱水抽出物(100μg/mL)のAhRアゴニスト活性試験結果

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図2. 天然化合物(10 μM)のAhRアゴニスト活性試験結果

 次に,アゴニスト活性の高かった化合物について,AhRを介した薬物代謝酵素CYP1A1タンパク質発現誘導に及ぼす効果を検討した。使用した細胞はルシフェラーゼレポーターアッセイと同じHepG2細胞を用いて実施した。12well plateに2.0 × 105 cells/wellになるように播種し一晩培養した。各種化合物を含有した培地に置換し,48時間後にタンパク質を抽出し,誘導されたCYP1A1タンパク質発現量をウェスタンブッロト法にて解析した。陽性コントロールとして使用した1 nM TCDDによって誘導されたCYP1A1タンパク質量を100%としたときの相対値にて表した。その結

図2. 天然化合物(10μM)のAhRアゴニスト活性試験結果

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果,CYP1A1タンパク質誘導活性を有する化合物として,baicalein,berberine,coptisineがあった。一方,evodiamineやginsenoside Rc及びglabridinには誘導活性が存在しなかった。

【結論】今回,AhR応答配列を有したルシフェラーゼレポータープラスミドを用いたルシフェラーゼアッセイによって,生薬熱水抽出物のAhRアゴニスト活性試験を実施した。AhRは元来,芳香族炭化水素受容体と呼ばれているように,平面的な多環構造を有する脂溶性化合物をリガンドとすることが多い受容体である。今回使用した熱水抽出エキスは,水を用いた抽出法であり,脂溶性成分の含有量はあまり多くないものの考えていたが,実際には複数の生薬においてAhRアゴニスト活性が認められた。これらのことから,今回の生薬エキスの作製方法のように熱水抽出を実施する漢方方剤中にも多くのAhRアゴニスト成分が含有されることが考えられた。また,化合物に関するAhRアゴニスト活性試験の結果,熱水抽出エキスで活性の確認された生薬の主要成分であったことから,これらの化合物が生薬エキスおよび漢方方剤中でもAhRアゴニスト活性を示し,制御性T細胞やTh17細胞の誘導に寄与することで,抗炎症作用が発揮されている可能性が考えられた。 また,AhRアゴニストはCYP1A1以外にも1A2や2Bなどの薬物代謝酵素を誘導する活性があることから,今回複数の生薬熱水抽出物にAhRアゴニスト活性の認められた生薬に関しては,他の西洋薬や健康食品との相互作用や副作用を考察することが可能であると考えられた。

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図3. CYP1A1タンパク質誘導活性試験の結果

【結論】今回,AhR応答配列を有したルシフェラーゼレポータープラスミドを用いたルシフェラーゼアッセイによって,生薬熱水抽出物のAhRアゴニスト活性試験を実施した。AhRは元来,芳香族炭化水素受容体と呼ばれているように,平面的な多環構造を有する脂溶性化合物をリガンドとすることが多い受容体である。今回使用した熱水抽出エキスは,水を用いた抽出法であり,脂溶性成分の含有量はあまり多くないものの考えていたが,実際には複数の生薬においてAhRアゴニスト活性が認められた。これらのことから,今回の生薬エキスの作製方法のように熱水抽出を実施する漢方方剤中にも多くのAhRアゴニスト成分が含有されることが考えられた。また,化合物に関するAhRアゴニスト活性試験の結果,熱水抽出エキスで活性の確認された生薬の主要成分であったことから,これらの化合物が生薬エキスおよび漢方方剤中でもAhRアゴニスト活性を示し,制御性T細胞やTh17細胞の誘導に寄与することで,抗炎症作用が発揮されている可能性が考えられた。

また,AhRアゴニストはCYP1A1以外にも1A2や2Bなどの薬物代謝酵素を誘導する活性があることから,今回複数の生薬熱水抽出物にAhRアゴニスト活性の認められた生薬に関しては,他の西洋薬や健康食品との相互作用や副作用を考察することが可能であると考えられた。

図3. CYP1A1タンパク質誘導活性試験の結果