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北太平洋におけるさけます資源状況と 令和元年(2019 年)夏季ベーリング海調査結果 国立研究開発法人 水産研究・教育機構 水産資源研究所 さけます部門 資源生態部 1.北太平洋のさけます資源の状況 NPAFC(北太平洋溯河性魚類委員会)に報告された各国の統計値によると、北太平洋のさけます類の商 業漁獲量は平成元年頃から高水準にあります。令和元年の北太平洋全域での商業漁獲量は97 万トンとなり、 前回の奇数年である平成 29 年の漁獲量 92 万トンより若干多くなりました。 令和元年の漁獲における魚種別の内訳をみると、カラフトマスが全体の 54 %、サケが 24 %、ベニザケが 19%となり、これら 3 魚種で漁獲量全体の 97 %を占めています。 国や地域別の漁獲量推移を見ると、アラスカは奇数年、偶数年の変動があるもののほぼ横ばい、ロシアは 変動が大きいものの増加傾向のようです。これらの地域に対して、カナダ、アメリカ南部 3 州(ワシントン、 オレゴン、カリフォルニア)や日本、韓国の漁獲量は減少あるいは低い水準で推移しており、さけます類分 布域の北側と南側で状況が分かれています。 北太平洋全域におけるさけます類の放流数は、昭和 63 年頃から今日まで年間約 50 億尾でほぼ一定となっ ていましたが、令和元年の放流数は全魚種合わせて約 55 億尾となり、過去と比較して最も多くなりました。 令和元年の魚種別の内訳をみるとサケの放流数がおよそ 35 億尾(約 63 %)と最も多くなっています。次い でカラフトマスが 14 億尾(約 25 %)で、この 2 種で放流数全体の 88 %を占めています。国別のサケ放流数 では、日本からの放流数が最も多くなっていますが、平成 20 年頃からはロシアのサケ放流数が徐々に増加 しています。 2.ベーリング海調査結果 令和元年のトロール調査におけるサケの採集尾数は 2,548 尾となりました。サケの採集尾数を比較のため 1 時間曳網あたりの平均漁獲尾数(以下 CPUE)に換算すると、令和元年の CPUE は約 150 尾となりまし た。これは、過去 11 回の調査の平均値と同程度の水準でした。採集したサケの年齢組成を調べたところ、 2 年魚から 5 年魚まで全体的に前年より増加していましたが、ほぼ平年並みでした。 令和元年の調査海域の平均表面水温は平年並みの 9.8 ℃となりました。しかし、水深 200m までの水温分 布では、平成 26 年頃から暖かい傾向が続いています。餌生物の分布状況は、小型動物プランクトンと大型 動物プランクトンのいずれもその量が例年と比較し少ない状況と考えられました。 令和元年のベーリング海調査で採集されたサケの起源を遺伝的手法により推定した結果、ロシア系のサケ が最も多く 74.3 %となり、日本系サケの比率は 20.4 %と推定されました。各系群の比率は、経年的に大きく は変わっていませんが、平成 27 年から平成 29 年の 3 年間は日本系の比率が 20%を下回る状態でした。平 30 年には 24.3 %と若干増加しましたが、令和元年はそれよりもやや低い結果となっています。耳石温度 標識の解析では、日本各地の 18 ふ化場から放流されたサケがベーリング海で確認されました。また、本調 査で標識放流されたサケ 1 尾が、令和元年 10 月に網走沿岸の定置網で再捕されました。 夏季ベーリング海調査では、平成 26 年以降サケの CPUE が大きく変化しています。これらの変化は日本 に回帰するサケ資源の動向とも関連していると考えられるので、今後も本調査結果を注視していく必要があ ると考えます。 3.第 3 回 NPAFC 国際サーモン年ワークショップ 令和 2 5 月に開催予定であった第 3 NPAFC 国際サーモン年ワークショップは、新型コロナウィル スの世界的な感染拡大により一年延期されました。現在、令和 3 5 月に函館市での開催に向け、準備を進 めています。本ワークショップは、国内外のさけます類に関する幅広い研究成果が発表される機会となりま すので、ご興味のある方は是非ご参加下さい。引き続き、国際サーモン年の活動にご理解、ご協力を賜りま すようお願いいたします。

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北太平洋におけるさけます資源状況と

令和元年(2019年)夏季ベーリング海調査結果

国立研究開発法人 水産研究・教育機構 水産資源研究所 さけます部門 資源生態部

1.北太平洋のさけます資源の状況

NPAFC(北太平洋溯河性魚類委員会)に報告された各国の統計値によると、北太平洋のさけます類の商

業漁獲量は平成元年頃から高水準にあります。令和元年の北太平洋全域での商業漁獲量は97万トンとなり、

前回の奇数年である平成29年の漁獲量92万トンより若干多くなりました。 令和元年の漁獲における魚種別の内訳をみると、カラフトマスが全体の 54%、サケが 24%、ベニザケが

19%となり、これら3魚種で漁獲量全体の97%を占めています。 国や地域別の漁獲量推移を見ると、アラスカは奇数年、偶数年の変動があるもののほぼ横ばい、ロシアは

変動が大きいものの増加傾向のようです。これらの地域に対して、カナダ、アメリカ南部3州(ワシントン、

オレゴン、カリフォルニア)や日本、韓国の漁獲量は減少あるいは低い水準で推移しており、さけます類分

布域の北側と南側で状況が分かれています。 北太平洋全域におけるさけます類の放流数は、昭和63年頃から今日まで年間約50億尾でほぼ一定となっ

ていましたが、令和元年の放流数は全魚種合わせて約55億尾となり、過去と比較して最も多くなりました。

令和元年の魚種別の内訳をみるとサケの放流数がおよそ35億尾(約63%)と最も多くなっています。次い

でカラフトマスが14億尾(約25%)で、この2種で放流数全体の88%を占めています。国別のサケ放流数

では、日本からの放流数が最も多くなっていますが、平成 20 年頃からはロシアのサケ放流数が徐々に増加

しています。 2.ベーリング海調査結果

令和元年のトロール調査におけるサケの採集尾数は2,548尾となりました。サケの採集尾数を比較のため

1 時間曳網あたりの平均漁獲尾数(以下CPUE)に換算すると、令和元年のCPUE は約 150尾となりまし

た。これは、過去11回の調査の平均値と同程度の水準でした。採集したサケの年齢組成を調べたところ、2年魚から5年魚まで全体的に前年より増加していましたが、ほぼ平年並みでした。 令和元年の調査海域の平均表面水温は平年並みの 9.8℃となりました。しかし、水深 200m までの水温分

布では、平成 26 年頃から暖かい傾向が続いています。餌生物の分布状況は、小型動物プランクトンと大型

動物プランクトンのいずれもその量が例年と比較し少ない状況と考えられました。 令和元年のベーリング海調査で採集されたサケの起源を遺伝的手法により推定した結果、ロシア系のサケ

が最も多く74.3%となり、日本系サケの比率は20.4%と推定されました。各系群の比率は、経年的に大きく

は変わっていませんが、平成 27 年から平成 29 年の3 年間は日本系の比率が 20%を下回る状態でした。平

成 30 年には 24.3%と若干増加しましたが、令和元年はそれよりもやや低い結果となっています。耳石温度

標識の解析では、日本各地の 18 ふ化場から放流されたサケがベーリング海で確認されました。また、本調

査で標識放流されたサケ1尾が、令和元年10月に網走沿岸の定置網で再捕されました。 夏季ベーリング海調査では、平成26年以降サケのCPUEが大きく変化しています。これらの変化は日本

に回帰するサケ資源の動向とも関連していると考えられるので、今後も本調査結果を注視していく必要があ

ると考えます。

3.第3回NPAFC国際サーモン年ワークショップ

令和 2 年 5 月に開催予定であった第 3 回 NPAFC 国際サーモン年ワークショップは、新型コロナウィル

スの世界的な感染拡大により一年延期されました。現在、令和3年5月に函館市での開催に向け、準備を進

めています。本ワークショップは、国内外のさけます類に関する幅広い研究成果が発表される機会となりま

すので、ご興味のある方は是非ご参加下さい。引き続き、国際サーモン年の活動にご理解、ご協力を賜りま

すようお願いいたします。

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2020/8/4

1

北太平洋におけるさけます資源状況と令和元年(2019年)夏季ベーリング海調査結果

水産資源研究所 さけます部門 資源生態部

⚫北太平洋におけるサケの資源状況

ギンザケ

サケ

ベニザケ

カラフトマス

マスノスケ

他に、サクラマス、スチールヘッドトラウトが漁獲される

写真はNPAFC Annual Report2016 より転載

ロシア

カナダ

アメリカ日本

North Pacific Anadromous Fish Commission (NPAFC)(北太平洋における溯河性魚類の系群の保存のための条約 加盟5カ国)

Ocean/World_Ocean_Base - Esri, DeLorme, GEBCO, NOAA NGDC, and other contributors

韓国

Alaska

Washington

Oregon

California

主なさけます類の商業漁獲量(北太平洋全域)大正14(1925)〜令和元年(2019)

NPAFC:WGSAデータ+令和元年暫定値

主なさけます類の商業漁獲量(北太平洋全域)平成6(1994)〜令和元(2019)年

R1年97万トン

ベニ19%サケ24%

カラフト54%

平成11年以降続いていた奇数年豊漁・偶数年不漁の周期が平成30年に変わった

NPAFC:WGSAデータ+令和元年暫定値 Ocean/World_Ocean_Base - Esri, DeLorme, GEBCO, NOAA NGDC, and other contributors

ロシア

アメリカ(WOC)

カナダ

日本

韓国

国・地域別漁獲量の推移アメリカ(アラスカ)

1 2

3 4

5 6

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2

カラフトマス国別漁獲量の推移平成7(1995)〜令和元年(2019)年

NPAFC:WGSAデータ+令和元年暫定値

平成30年はロシアのカラフトマスが歴史的な豊漁

主なさけます類の放流数(北太平洋全域)昭和43(1968)年〜令和元(2019)年

R1年55億尾その他12%

サケ63%

カラフト25%

NPAFC:WGSAデータ+令和元年暫定値

国別のサケ・カラフトマス放流数の推移昭和43(1968)年〜令和元(2019)年

サケ カラフトマス

H30年は日本、ロシアともサケの放流数が減少、令和元年は特にロシアで増加

ロシアのカラフトマス放流はそれほど増えている訳ではない

•北太平洋全体のさけます類漁獲量は高水準を維持、ただし地域により状況が異なる

• カラフトマス、サケ、ベニザケの順に漁獲が多い

•北太平洋のさけます類放流数は、令和元年におよそ55億尾と過去最高となった(内6割強がサケ)

•サケの放流数は日本が最も多く、ロシアからの放流が増加している

北太平洋のサケ資源の状況

令和元年(2019年)夏季ベーリング海

さけます資源生態調査

漁業調査船 北光丸

• 漁獲調査:表層トロール1時間曳(17定点)• 海洋観測:M-CTD・ノルパック(17定点)・ボンゴ(6定点)• その他:釣り調査・標識放流(17定点)

160ºE 170ºE 180º 170ºW 160ºW50ºN

60ºN

55ºN

65ºN

H22

H23H24H25

H15H16

H17

H18

H19

H20

H21H07

H08

H09

H10

H11

H12

トロール・CTD・ノルパック・釣り・標識放流

ボンゴネット

12

令和元年調査定点

7 8

9 10

11 12

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3

平成19-令和元年のサケ平均漁獲尾数・年齢組成

令和元年の平均漁獲尾数は、過去11回の調査の平均値と同程度。

調査なし

今年3年魚

今年4年魚

今年5年魚

平成19年~令和元年のサケ年齢別平均漁獲尾数の推移

H19 H20 H21 H22 H23 H24 H25 H26 H27 H28 H29 H30 R1

年齢別平均漁獲尾数(尾

/1曳網)

令和元年の平均表面水温は平年並みの9.8℃

縦棒は最高と最低

平成19年~令和元年のベーリング海表面水温

H19

H

20

H

21

H22

H

23

H24

H

25

H26

H

27

H28

H

29

H30

R1

H20だけ調査時期が1ヶ月遅い

水温偏差: 過去の平均値(平成17~30年)との差

平成24年~令和元年の水温偏差

表面から水深

20

0mまでを観測

東経

175度

西経

175度

180度

H25 H27 H28H26 H29H24 H30 R1

4

3

2

1

-1

-2

-3

-4

0

ボンゴネット口径:0.70 m

目合:0.335 mm

曳網:斜行曳(100-0 m)

改良型ノルパックネット口径:0.45 m

目合:0.335 mm

曳網:鉛直曳(150-0 m)

餌生物調査方法 小型動物プランクトン:NORPACネット(mg/m3)

H21 H23H20

H25 H26

H24

H28

H29

H27

H30 R110

100

1000

500

13 14

15 16

17 18

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4

動物プランクトン生物量:BONGOネット(mg/m3)

調査なし

調査なし

397.6 mg/m3

(2007〜2018年までの平均生物量)

H19 H20 H23 H24 H25 H26 H27H22 H28 H29 H30H21 R1

魚類・イカ類ゼラチン質生物甲殻類

遺伝子および耳石温度標識による系群の解析

ベーリング海におけるサケ未成魚の系群組成

平成23年 平成24年

令和元年の調査では日本系の割合が若干減少し20.4%となった。

平成19年 平成21年

平成25年 平成26年 平成27年 平成28年

平成29年 平成30年

69.3

27.7

69.9

28.6

69.8

27.4

71.8

25.4

60.3

37.6

67.3

24.3

70.8

15.6

76.3

17.8

75.6

19.5

71.2

24.3

日本

韓国

ロシア

北米

令和元年

74.3

20.4

令和元年の調査で採集された日本系耳石温度標識魚(58個体)の由来

北海道86%

本州14%

日本各地の18ふ化場産のサケを確認

数字は再捕個体数

令和元年調査で放流した標識魚が網走の定置網で

見つかりました!

•令和元年の平均漁獲尾数は例年並み

•表面水温は過去10年の平均並み

•動物プランクトンの量は前年と同程度で、例年より減少

系群の動向では

•日本系の比率は20%程度

•日本各地(18ふ化場)の耳石標識魚を再捕

令和元年ベーリング海調査の状況

19 20

21 22

23 24

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5

第3回NPAFC国際サーモン年ワークショップ:太平洋サケマス類の生産と環境変動の関係

日時:令和3(2021)年5月22~24日場所:函館アリーナ(函館市湯川町)

主な課題⚫ 気候変動下におけるサケマス類の資源変動要因

⚫ サケマス類の研究と資源管理のための革新技術

⚫ 2011年東日本大震災からの復興活動

詳細NPAFCワークショップ・ホームペ-ジ:https://npafc.org/workshop-2021/

国際サーモン年日本語サイト:http://hnf.fra.affrc.go.jp/iys/index.html

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