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35839 (49) JREA 2011年 Vol. 54 No.3 1.はじめに 上田電鉄は、平成17年10月に上田交通の鉄 道部門から分社化し、今年で5年目を迎えた。 分社化後、行政をはじめ地域の方々から多くの 支援を受け、利用促進の施策や設備の安全性向 上に取り組んできた。分社化後の取り組みを通 して、地方鉄道の現状や存在意義、今後の公共 交通のあり方について述べたい。 2.上田電鉄別所線の歩み 上田電鉄は、信州の鎌倉と呼ばれる塩田平に 走る別所線を運行している。別所線は、大正 10年に運行を開始し、長野新幹線の上田駅と、 北向観音や八角三重塔などの神社仏閣があるこ とで有名な別所温泉を結ぶ約12kmの路線で、 年間約121万人のお客様に利用されている。 この地域は、明治から昭和にかけ養蚕業が盛 んであったことから、関連製品を横浜港などへ 輸送する手段として鉄道が発展してきた。当初 は別所線を含め5路線、路線延長約57kmを有 する鉄道網が整備されていたが、その後のモー タリゼーションの進展とともに、路線の廃止が 進み別所線のみを運行する現在の姿となった。 (図-1) 別所線の存続問題も例外ではなく、昭和40年 代後半と平成14年頃に2度廃線の危機があった が、その都度、地域から存続への強い要望、支 援を受け運行を続けてきた。特に、平成14年頃 には、千曲川に新しい道路橋が整備されるなど、 自動車交通が便利になった結果、平成に入り、 持ち直していた輸送人員が、年間177万人から 6年間で約3割にあたる48万人も減少する結果 となった。さらに、平成12年、13年に相次い で発生した列車衝突事故を契機に実施した安全 性緊急評価の結果、安全で安定的な列車運行を 図るために多額の設備投資が必要となるなど、 公的補助なしには存続が困難な状況に陥った。 輸送人員の減少により経営状況が益々厳しくな る一方で、地域による別所線の存続に向けた運 動が活発化していた。そんな中、国土交通省に よる別所線の費用対効果分析調査の結果、別所 線の存続により利用者や地域が得るメリットが 83億円と試算され、地域から存続への気運も高 まり、国、県、市の後押しもあって平成16年に 地域と共に歩む  鉄道会社として ―上田電鉄の取り組み― TAKADA Hisao 丸子線 上田東 丸子町 西丸子線 下之郷 西丸子 昭和 13 年 2 月 昭和 38年 11月廃止 至 長野 至 小諸 大屋 城下 田原 下之郷 中塩田 別所温西丸子 長瀬 丸子鐘紡 上丸子 丸子町 上田 北大手 北上田 川原柳 神科 川久保 本原 傍陽 北本原 長村 真田 八日堂 上田東 出浦 青木 東塩田 青木線 上田 青木 城下 上田原 単線化 昭和 44 年 4月廃止 真田傍陽線 上田 真田 ・ 傍陽 同時 上田~ 上田原 昭和 13年 2 月廃止 別所線になる 昭和 47年 2 月廃止 別所線 上田 別所温泉 図-1 開業時の路線図

地域と共に歩む 鉄道会社として · 2013. 10. 29. · 35839 (49) JREA 2011年 Vol.54 No.3 1.はじめに 上田電鉄は、平成17年10月に上田交通の鉄 道部門から分社化し、今年で5年目を迎えた。

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Page 1: 地域と共に歩む 鉄道会社として · 2013. 10. 29. · 35839 (49) JREA 2011年 Vol.54 No.3 1.はじめに 上田電鉄は、平成17年10月に上田交通の鉄 道部門から分社化し、今年で5年目を迎えた。

35839

(49)

JREA 2011年 Vol. 54 No.3

1.はじめに

上田電鉄は、平成17年10月に上田交通の鉄

道部門から分社化し、今年で5年目を迎えた。

分社化後、行政をはじめ地域の方々から多くの

支援を受け、利用促進の施策や設備の安全性向

上に取り組んできた。分社化後の取り組みを通

して、地方鉄道の現状や存在意義、今後の公共

交通のあり方について述べたい。

2.上田電鉄別所線の歩み

上田電鉄は、信州の鎌倉と呼ばれる塩田平に

走る別所線を運行している。別所線は、大正

10年に運行を開始し、長野新幹線の上田駅と、

北向観音や八角三重塔などの神社仏閣があるこ

とで有名な別所温泉を結ぶ約12kmの路線で、

年間約121万人のお客様に利用されている。

この地域は、明治から昭和にかけ養蚕業が盛

んであったことから、関連製品を横浜港などへ

輸送する手段として鉄道が発展してきた。当初

は別所線を含め5路線、路線延長約57kmを有

する鉄道網が整備されていたが、その後のモー

タリゼーションの進展とともに、路線の廃止が

進み別所線のみを運行する現在の姿となった。

(図-1)

別所線の存続問題も例外ではなく、昭和40年

代後半と平成14年頃に2度廃線の危機があった

が、その都度、地域から存続への強い要望、支

援を受け運行を続けてきた。特に、平成14年頃

には、千曲川に新しい道路橋が整備されるなど、

自動車交通が便利になった結果、平成に入り、

持ち直していた輸送人員が、年間177万人から

6年間で約3割にあたる48万人も減少する結果

となった。さらに、平成12年、13年に相次い

で発生した列車衝突事故を契機に実施した安全

性緊急評価の結果、安全で安定的な列車運行を

図るために多額の設備投資が必要となるなど、

公的補助なしには存続が困難な状況に陥った。

輸送人員の減少により経営状況が益々厳しくな

る一方で、地域による別所線の存続に向けた運

動が活発化していた。そんな中、国土交通省に

よる別所線の費用対効果分析調査の結果、別所

線の存続により利用者や地域が得るメリットが

83億円と試算され、地域から存続への気運も高

まり、国、県、市の後押しもあって平成16年に

地域と共に歩む 鉄道会社として―上田電鉄の取り組み―

TAKADA Hisao

丸子線 ( 上田東 ~ 丸子町 )

西丸子線 ( 下之郷 ~ 西丸子 )

昭和 13年 2月

昭和 38年 11月廃止

至 長野

至 小諸

大屋

城下

上田原

下之郷

中塩田

別所温泉

西丸子

長瀬

丸子鐘紡

上丸子

丸子町

上田

北大手

北上田

川原柳 神科

樋 ノ 沢

川久保

本原

傍陽

北本原 長村

真田

八日堂

上田東

出浦

青木

東塩田

青木線 ( 上田 ~ 青木 )

城下 ~ 上田原 単線化

昭和 44年 4月廃止

真田傍陽線 ( 上田 ~ 真田 ・ 傍陽 )

同時 に 上田 ~ 上田原 が 昭和 13年 2月廃止

別所線になる

昭和 47年 2月廃止

別所線 ( 上田 ~ 別所温泉 )

図-1 開業時の路線図

Page 2: 地域と共に歩む 鉄道会社として · 2013. 10. 29. · 35839 (49) JREA 2011年 Vol.54 No.3 1.はじめに 上田電鉄は、平成17年10月に上田交通の鉄 道部門から分社化し、今年で5年目を迎えた。

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35840 JREA 2011年 Vol. 54 No.3

公的支援を受けての存続が決まった。別所線が

公的支援を受けるにあたり、鉄道事業の収支な

どを明確化し、公的資金の使用状況を可視化す

ることや鉄道事業推進の意思決定の更なる迅速

化を図る必要があったことから、鉄道部門を分

社化することになった。

3.地域からの支援

別所線の開業は、別所温泉への観光客誘致や

沿線地域の文化的発展という目的により地域主

導で進められてきた歴史がある。つまり土地柄

として別所線に対する地域の関心が高かったこ

とが今日までの別所線の支援に繋がっていると

言える。

平成17年2月には、別所線の再生支援を目的

とする「別所線再生支援協議会」が発足し、「乗

って残そう戦略プロジェクト」として、行政を

はじめ地域の各種団体、観光協会、交通事業者、

学校などの方々がメンバーとなり、別所線の再

生のための利用促進、地域活性化、安全対策の

各取り組みをお互いが協力、連携し合って実施

してきた。

(1)利用促進の取り組み

利用促進の取り組みの一例としては、パー

ク・アンド・ライドの実施である。鉄道の利便

性向上を図るため、大学前駅に駅前の社用地を

活用し、国の補助を受け無料の駐車場を設置し

た(写真-1)。他にも2駅に同様の施設が整備

されており、これらは沿線自治会の方々が土地

を提供し、整備したものである。徐々にではあ

るが、沿線以外の地域から利用者を取り込みつ

つあり、輸送人員が減少する中、駅のアクセス

圏拡大の有効な施策として期待している。

(2)地域活性化の取り組み

地域活性化の取り組みとしては、地域の支援

者による電車内でのパフォーマンスや演奏会

(写真-2)、駅に隣接する施設でのカラオケ大

会などである。年間を通して多くのイベントが

行われており、地域の重要な行事となりつつあ

る。また、社員の発案で始まった電車内でハー

モニカを演奏する企画は、多くのメディアに取

り上げられ全国的に知られたことで、遠方から

も多くの方が訪れるようになり、別所線を広く

PRする機会となっている。さらに、親会社であ

る東急電鉄との連携として、たまプラーザ駅な

どでの行政主催の観光PRイベントの開催(写

真-3)や東急線沿線のボランティアと地元支

援者による別所線でのフラワーリング活動(写

真-4)があり、行政、地域、親会社が協力、

連携し首都圏でのPR活動に力を入れ観光客誘致

に取り組んでいる。他にもレトロな雰囲気を持

つ別所温泉駅の駅舎改修や、新規に導入した

1000系車両に地元の画家がデザインしたラッ

ピングを施し走らせるなど利用者の環境改善に

も力を入れている。

別所線再生の施策として取り組んできたこれ

らの地道な活動により、輸送人員全体に占める

観光客の割合は平成17年度の10%から平成21

年度には14%に拡大し、確実に効果が現れ始め

ている。また、輸送人員も平成21年度は景気低

写真-1 大学前駅のパーク・アンド・ライド用の駐車場 写真-2 電車内でのマジックショー

Page 3: 地域と共に歩む 鉄道会社として · 2013. 10. 29. · 35839 (49) JREA 2011年 Vol.54 No.3 1.はじめに 上田電鉄は、平成17年10月に上田交通の鉄 道部門から分社化し、今年で5年目を迎えた。

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(51)

JREA 2011年 Vol. 54 No.3

迷の影響などにより減少したものの、分社化後

の平成18年度から3年間は連続で増加した。

広範囲での地域連携として、長野県内の私鉄

4社(長野電鉄、しなの鉄道、松本電気鉄道、

当社)が協力して利用促進に取り組んでいる。

各社を利用できるフリー切符や各社の駅員をイ

メージしたマスコット人形、各社の入場券を一

つにした入場券のセットなどを共同で企画して

いる。単独での利用促進策には限界があるが、

近郊の鉄道会社が連携し様々な付加価値を提供

することで新たなお客様の獲得に繋がり、大き

な相乗効果が期待できると考える。

(3)安全対策の取り組み

鉄道事業の基本である安全対策については、

設備投資や修繕を計画的に進めるため、長期計

画を策定し公的支援、親会社の技術支援を受け

取り組んできた。主なものとして、重軌条交換、

コンクリートまくらぎ化、踏切保安設備更新、

道床交換などがある。引き続き、踏切保安装置

などの電気設備の更新、橋梁や軌道関連の安全

対策工事を重点的に進めていく計画である。

平成22年度からは、別所線内で最も重要な構

造物である千曲川橋梁関連の工事に着手した。

この橋梁は、橋長約224m、5径間の単線下路

プラットトラス橋で、別所線を上田駅まで延伸

した大正13年に架設されたものであり、開業後

87年が経過している。平成19年に構造物の健

全度調査を実施した結果、構造上の問題はない

ものの塗装の劣化が著しいことから塗装の塗り

替えを行っている。また、下部工については、

流水域の橋脚の洗掘対策や凍害対策工事を今後

6年かけて実施する計画である。

4.おわりに

これまで別所線は、行政、地域の方々、親会

社の支えにより運行してきたと言っても過言で

はない。鉄道などの地域公共交通は、地域住民

の足としての役割を果たし、必要とされて初め

て地域と共に歩むことができると言える。

現在も多くの地方鉄道が赤字に苦しみ岐路に

立たされている。国では交通基本法の制定に取

り組んでいるが、自動車中心の社会となり街の

共同体が壊され、中心商店街が寂れていく中、

地域経済の自立的、持続的発展には、公共交

通を軸とした地域の活性化は必要不可欠であ

り、結果として多くの経済波及効果をもたらす

ものと言える。今後、高齢化社会や環境保全の

観点から更に公共交通の必要性が増す中、公共

交通のあり方について皆が真剣に考える必要が

ある。

今後も、景気の低迷や少子高齢化の進展によ

り、輸送人員の確保が厳しい状況が続くものと

予想されるが、これまで以上に行政や地域の

方々と連携を密にし、経営基盤の強化に努め約

90年の歴史を持つ地域の財産としての別所線を

守り、地域経済の発展に寄与することで、いつ

までも必要とされる鉄道会社であり続けたいと

考える。

(上田電鉄株式会社取締役管理部長)

写真-3 たまプラーザ駅での観光イベント 写真-4 ボランティアの皆さん