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自由と正義 2011年12月号 69 問題設定 1 原子力発電所事故等に関する相談分析の重要性 本稿の目的は、日本弁護士連合会(日弁連)が日本 司法支援センター及び弁護士会等と連携して実施し てきた、東日本大震災の無料法律相談のデータを分 析することによって、原子力発電所事故等(原発事 故等)に関する法律相談の動向はどうなっているの かという問いを明らかにすることにある。 2011年3月における福島第一原子力発電所の事故 により、福島県を中心に、東日本全体に放射性物質 が飛散した。確かに、現場作業員等をはじめとする 関係者の努力によって循環注水冷却が稼働する等、 事故後の状況は少しずつではあるものの改善の方向 に向かっている。また、政府は、警戒区域、計画的 避難区域、緊急時避難準備区域等を設定し、除染等 の事故対応にあたっている 1) 。東京電力も原子力損 害賠償請求手続きの整備を進めている。しかし、炉 心の状態を正確に把握できていないことからも明ら かなように、原発事故の収束への道筋はいまだ確実 にはみえていないように思われる。 情報統計室研究員 小山 Koyama,Osamu 第一東京弁護士会会員・日本弁護士連合会嘱託 岡本 Okamoto,Tadashi 東日本大震災における原子力発電所事故等に関する 法律相談の動向 ―被災当時の住所が福島県の相談者に着目して― 問題設定 無料法律相談の全体像 Ⅲ【視点1】福島県における原発事故等に関する法律相 談の位置づけ Ⅳ【視点2】福島県における原発事故等に関する法律相 談の推移 Ⅴ【視点3】福島県における原発事故等に関する法律相 談の推移の背景 結論 福島県における原発事故等に関する法律相 談の実態と今後の課題 1) 緊急時避難準備区域は、2011年9月30日に解除することが決定された。なお、避難区域・立ち入り制限等に関する区域 指定の詳細については、首相官邸HP「東日本大震災への対応」避難区域・立入制限等(http://www.kantei.go.jp/saigai/ genpatsu_houshanou.html#hinan)を参照されたい。 東日本 事故 災害 連載 東日本大震災発生から9か月が経過したが、福島第一原子力発電所事故の収束への見通しはいまだ不透明 であり、一方で、被害者の東京電力に対する損害賠償請求はこれから本格化することが予想される。小山・ 岡本論文は、これまで日弁連・弁護士会が行ってきた3万件を越える法律相談のなかから、原発事故に関す る相談の実態を分析し、被害者のリーガルニーズを把握しようとするものである。 被災者が抱える二重ローンなどの不合理な債務を解消するための施策として、2011年8月22日から個人版 私的整理ガイドラインの運用が開始されたが、申立件数はいまだに低調である。新里論文は、ガイドラインの 概要を解説するとともに、運用の問題点を指摘し、その改善方策を提言するものである。 第4回 東日本大震災・原発事故 災害復興支援

東日本 事故災害 - nichibenren.or.jp · 第1に、福島県における原発事故等に関する法律相 談はどのくらいの比重を占めているのかという視点

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Page 1: 東日本 事故災害 - nichibenren.or.jp · 第1に、福島県における原発事故等に関する法律相 談はどのくらいの比重を占めているのかという視点

東日本大震災における原子力発電所事故等に関する法律相談の動向―被災当時の住所が福島県の相談者に着目して―

 自由と正義 2011年12月号 69

問題設定

1 原子力発電所事故等に関する相談分析の重要性 本稿の目的は、日本弁護士連合会(日弁連)が日本

司法支援センター及び弁護士会等と連携して実施し

てきた、東日本大震災の無料法律相談のデータを分

析することによって、原子力発電所事故等(原発事

故等)に関する法律相談の動向はどうなっているの

かという問いを明らかにすることにある。

 2011年3月における福島第一原子力発電所の事故

により、福島県を中心に、東日本全体に放射性物質

が飛散した。確かに、現場作業員等をはじめとする

関係者の努力によって循環注水冷却が稼働する等、

事故後の状況は少しずつではあるものの改善の方向

に向かっている。また、政府は、警戒区域、計画的

避難区域、緊急時避難準備区域等を設定し、除染等

の事故対応にあたっている1)。東京電力も原子力損

害賠償請求手続きの整備を進めている。しかし、炉

心の状態を正確に把握できていないことからも明ら

かなように、原発事故の収束への道筋はいまだ確実

にはみえていないように思われる。

情報統計室研究員 小山 治 Koyama,Osamu

第一東京弁護士会会員・日本弁護士連合会嘱託 岡本 正 Okamoto,Tadashi

東日本大震災における原子力発電所事故等に関する法律相談の動向 ―被災当時の住所が福島県の相談者に着目して―

Ⅰ 問題設定

Ⅱ 無料法律相談の全体像

Ⅲ 【視点1】福島県における原発事故等に関する法律相

談の位置づけ

Ⅳ 【視点2】福島県における原発事故等に関する法律相

談の推移

Ⅴ 【視点3】福島県における原発事故等に関する法律相

談の推移の背景

Ⅵ 結論  福島県における原発事故等に関する法律相

談の実態と今後の課題

   1) 緊急時避難準備区域は、2011年9月30日に解除することが決定された。なお、避難区域・立ち入り制限等に関する区域

指定の詳細については、首相官邸HP「東日本大震災への対応」避難区域・立入制限等(http://www.kantei.go.jp/saigai/genpatsu_houshanou.html#hinan)を参照されたい。

東日本   ・  事故 災害連 載

 東日本大震災発生から9か月が経過したが、福島第一原子力発電所事故の収束への見通しはいまだ不透明

であり、一方で、被害者の東京電力に対する損害賠償請求はこれから本格化することが予想される。小山・

岡本論文は、これまで日弁連・弁護士会が行ってきた3万件を越える法律相談のなかから、原発事故に関す

る相談の実態を分析し、被害者のリーガルニーズを把握しようとするものである。

 被災者が抱える二重ローンなどの不合理な債務を解消するための施策として、2011年8月22日から個人版

私的整理ガイドラインの運用が開始されたが、申立件数はいまだに低調である。新里論文は、ガイドラインの

概要を解説するとともに、運用の問題点を指摘し、その改善方策を提言するものである。

第4回

東日本大震災・原発事故

 

災害復興支援

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連載 ◆ 東日本大震災・原発事故 災害復興支援

70 自由と正義 Vol.62 No.13

 こうした状況の中で原発事故等に関する法律相談の

実態を把握することには、除染等のハード面の事故収

束に加えて、権利・義務関係の整理というソフト面の

事故収束に向けた基礎資料としての意義があると考え

られる。今後、原子力損害賠償請求が次々に行われる

ことが予想されることを鑑みれば、これまでの原発事

故等に関する法律相談の動向を明らかにすることは、

法的な支援を必要とする被災者にとっても、彼ら・彼

女らを専門家として支援する弁護士等にとっても、極

めて重要な情報となるはずである。

2 法律相談内容を3つの視点で解析 以上のような問題関心から、本稿では、主に福島

県における原発事故等に関する法律相談の動向はど

うなっているのかという問いを次の3つの視点から

解いていく。

 第1に、福島県における原発事故等に関する法律相

談はどのくらいの比重を占めているのかという視点

である。ここでは、岩手県・宮城県・福島県・茨城

県の中における福島県の法律相談の特徴を確認する。

 第2に、福島県における原発事故等に関する法律

相談は、時系列的にみてどのような推移をたどって

いるのかという視点である。ここでは、相談受付日

に着目して、福島県における当該法律相談の時間的

な特徴を明らかにする。

 第3に、上述したような推移をしている背景は何

かという視点である。ここでは、警戒区域、計画的

避難区域、緊急時避難準備区域のいずれか1つの区

域であるか、それともいずれの区域でもないかと

いった視点から市町村を分類し、その中における原

発事故等に関する法律相談の時系列的な推移を明ら

かにする。

 なお、本稿でいう都道府県と市町村は、法律相談

当時の被災者の住所地を指す。例えば、東京都で実

施した相談でも、福島県からの避難者の相談であれ

ば福島県に分類している。

 本稿の構成は次の通りである。2節では、本稿の

分析データの説明を行う。3節では、上述した第1

の視点から分析を行う。4節では、上述した第2の

視点から分析を行う。5節では、上述した第3の視

点から分析を行う。6節では、分析結果をまとめ、

その含意と今後の課題を述べる。

無料法律相談の全体像

1 弁護士による無料法律相談の実績とデータベース化 本稿では、全国で実施された無料法律相談の相談

票のデータを分析で使用する。東日本大震災以降、

多くの弁護士が、日本司法支援センター・日本弁護

士連合会・各種機関・ボランティア等と連携して避

難所・仮設住宅等における面談相談や無料電話相談

を実施してきた。

 2011年3月以降、日弁連は、そこで記載された相

談票を匿名性を確保した上でデータベース化し、分

析結果を公表してきた。今回は、主として、2011

年9月上旬頃までの相談票のデータが分析対象と

なる。なお、分析結果の詳細については、日弁連

表1 法律相談内容の分類

1 不動産所有権(滅失問題含む)

2 車・船等の所有権(滅失問題含む)

3 預金・株等の流動資産

4 不動産賃貸借(借地)

5 不動産賃貸借(借家)

6 工作物責任・相隣関係(妨害排除・予防・損害賠償)

7 境界

8 債権回収(貸金、売掛、請負等)

9 住宅・車・船等のローン、リース

10 その他の借入金返済

11 保険

12 震災関連法令

13 税金

14 新たな融資

15 離婚・親族

16 遺言・相続

17 消費者被害

18 労働問題

19 外国人

20 危険負担・商事・会社関係

21 刑事

22 原子力発電所事故等

23 その他

24 震災以外

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東日本大震災における原子力発電所事故等に関する法律相談の動向―被災当時の住所が福島県の相談者に着目して―

 自由と正義 2011年12月号 71

「東日本大震災無料法律相談情報分析結果(第3次分

析)」2) を参照されたい。

 上記第3次分析の基礎となった全相談件数は2万

8395件である。このうち件数の割合は、宮城県の

相談が52.5%、福島県の相談が20.6%、岩手県の

相談が12.9%、茨城県の相談が4.1%を占めており、

これらの相談だけで全相談の約90%に達している。

なお、無回答・不明の項目は分析から除外するの

で、合計数が常に一致するとは限らない。

2 法律相談内容の概要 表1は、法律相談内容の分類をまとめたものであ

る。法律相談内容を分類する作業は、前述した2万

8395件の全相談件数について、弁護士が専門的見

地から実施したものである。1件の相談について

該当する分類は、最大で3つまでとしている。した

がって、すべての分類に該当する割合を合算しても

100.0%になるとは限らない。

 全相談件数の中で最も多く該当する法律相談内

容は震災関連法令の17.0%であり、それに不動産

賃貸借(借家)(15.8%)、遺言・相続(12.0%)、工

作物責任・相隣関係(妨害排除・予防・損害賠償)

(10.9%)、原子力発電所事故等(8.7%)が続いてい

る3)。

【視点1】 福島県における原発事故等に関する法律相談の位置づけ

 本節では、第1の視点である、福島県における原

発事故等に関する法律相談はどのくらいの比重を占

めているのかという点を明らかにする。

 ここでは、岩手県・宮城県・福島県・茨城県の中

で福島県における法律相談内容にどのような特徴が

みられるのかという点を確認する。

   2) http://www.nichibenren.or.jp/activity/human/higashinihon_daishinsai/saigaihhukou1_3html#Analysis_result3) 法律相談の具体的内容とその動向については、岡本正「東日本大震災相談分析結果の報告  1万8000件超のデータベースが示す

被災者の『真のニーズ』と被災地域ごとの復興支援のかたち」『法律のひろば』64(9):18-24(2011年9月)、岡本正「東日本大震災法律相談の傾向と対策  被災地域に対する集中的リーガルサポートの必要性を訴える」『自由と正義』62(9):65-70(2011年8月)を参照されたい。

50.0

45.0

40.0

35.0

30.0

25.021.1

46.8

29.1

36.2

%

20.0

15.0

10.0

5.0

0.024

震災以外

23

その他

22

原子力発電所事故等

21

刑事

20

危険負担・

商事・

会社関係

19

外国人

18

労働問題

17

消費者被害

16

遺言・相続

15

離婚・親族

14

新たな融資

13

税金

12

震災関連法令

11

保険

10

その他の借入金返済

住宅・

車・

船等のローン、リース

債権回収(貸金、売掛、請負等)

境界

不動産賃貸借(借家)

不動産賃貸借(借地)

預金・株等の流動資産

車・

船等の所有権(滅失問題含む)

不動産所有権(滅失問題含む)

 

(妨害排除・

予防・

損害賠償)

工作物責任・

相隣関係

岩手県(N=3657)福島県(N=5850)

宮城県(N=14855)茨城県(N=1163)

図1 岩手県・宮城県・福島県・茨城県の法律相談内容の分布状況

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連載 ◆ 東日本大震災・原発事故 災害復興支援

72 自由と正義 Vol.62 No.13

 図1は、上記4県について全法律相談内容の分布

状況を示したものである。それによれば、一見して

明らかなように、法律相談内容はそれぞれ大きく異

なっている。

 福島県で最も多く該当する法律相談内容は原発事

故等であり、相談者の36.2%もの人々がこの相談

を行っている。他の3つの県では、原発事故等に関

する法律相談は10%に満たないことから、この法

律相談内容が福島県の大きな特徴であることが改め

てわかる。福島県で次に多く該当する法律相談内容

は、震災関連法令(12.8%)、工作物責任・相隣関

係(妨害排除・予防・損害賠償)(12.1%)となって

いる。

 これに対して、岩手県で最も多く該当する法律相

談内容は震災関連法令(29.1%)となっており、宮

城県のそれは不動産賃貸借(借家)(21.1%)、茨

城県のそれは工作物責任・相隣関係(妨害排除・予

防・損害賠償)(46.8%)となっている。

 以上から、被災当時の住所が福島県であった相談

者の多くが原発事故等に関する法律相談をしている

ことが明らかになった。この結果は、原発との地

理的な関係を考えれば、当然であるものの、今回、

データ分析から改めて確認された実態であるといえ

よう。

【視点2】 福島県における原発事故等に関する法律相談の推移

 本節では、第2の視点である、福島県における原

発事故等に関する法律相談は、時系列的にみてどの

ような推移をたどっているのかという点を明らかに

する。なお、福島県における全相談5860件を分母

とした相談受付月別の割合は、2011年3月が5.7%、

4月が30.8%、5月が24.2%、6月が16.3%、7月が

13.7%、8月が8.5%、9月が0.7%、無回答・不明

が0.0%となっている。集計作業時期の都合により

9月の相談件数が非常に少ないため、以下の分析で

は、8月と9月をひとまとめにして分析する。

 図2は、上述した推移をまとめたものである。そ

れによれば、福島県における原発事故等に関する法

律相談の割合は、2011年3月では14.8%であった

が、警戒区域等が設定された4月には32.3%に急増

し、その後もほぼ一貫して増加した結果、8―9月

には51.6%にも達していることがわかる。

 3月において原発事故等に関する法律相談が比較

的少ない背景には、次のような事情があったと考

えられる。事故直後、福島第一原子力発電所半径

20kmが避難指示区域に指定され、区域内のみなら

0.0

10.0

20.0

30.0

40.0

50.0

60.0

70.0%

8-9月相談受付(N=537)

7月相談受付(N=804)

6月相談受付(N=956)

5月相談受付(N=1418)

4月相談受付(N=1802)

2011年3月相談受付(N=332)

14.8

32.3 31.9

38.7

47.851.6

図2 福島県における原発事故等に関する法律相談の推移

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東日本大震災における原子力発電所事故等に関する法律相談の動向―被災当時の住所が福島県の相談者に着目して―

 自由と正義 2011年12月号 73

ず多くの人々が、着の身着のままで避難生活に入っ

ていたと推測される。避難生活を余儀なくされた

人々にとっては、生活物資確保とその後の行政支援

政策、あるいは身近な人付き合いや生活周りの問題

に、まずは最大の関心が向けられていたであろう。

国の政策や東京電力の対応以上に、生活維持を最重

要課題としなければならない現実に直面していたと

思われる。それらの現実が端的に法律相談傾向に反

映され、当初は原発事故等の問題にまで相談が及ば

なかったものと考えられる。なお、このような避難

生活に伴う様々なリーガルニーズは、現在において

も未解決のものが多いと推測される。

【視点3】 福島県における原発事故等に関する法律相談の推移の背景

 前節の分析によれば、福島県における原発事故等

に関する法律相談の割合は増加傾向にあった。本節

では、第3の視点として、こうした推移をたどって

いる背景は何かという点を明らかにする。

 その際の補助線として、ここでは、政府が設定し

た警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域

といった3つの区域のいずれか1つにでも該当する

市町村か、またはいずれの区域にも該当しない市町

村かといった地域分類に基づきながら、原発事故等

に関する法律相談の推移を分析する。警戒区域等の

分類をそのまま使用しないのは、警戒区域、計画的

避難区域、緊急時避難準備区域に該当する市町村の

多くは、2つ以上の区域にまたがっているからであ

る。例えば、南相馬市は3つの区域すべてに該当し

ている。こうした重複があるのは、当然ながら、放

射性物質は市町村を選んで飛散するわけではないか

らである。

 以上の点を踏まえると、警戒区域、計画的避難区

域、緊急時避難準備区域ごとの分析をするというよ

りも、それらのいずれか1つの区域に該当する市町

村であるのか、それともそれらのいずれの区域にも

該当しない市町村であるのかといった地域分類を行

う方が適切であると考えられる。

 図3は、上述した地域分類ごとの原発事故等に関

する法律相談の推移をまとめたものである。それに

よれば、次の2点がわかる。

3.87.6 9.1

13.8

21.5

35.336.3

61.7

51.955.3

63.4 65.0

0.0

10.0

20.0

30.0

40.0

50.0

60.0

70.0%

いずれの区域にも該当しない市町村少なくとも 1つの区域に該当する市町村

2011年3月相談受付 4月相談受付 5月相談受付 6月相談受付 7月相談受付 8-9月相談受付

注:少なくとも1つの区域に該当する市町村の各月の相談件数(N)は、3月が102件、4月が781件、5月が672件、6月が503件、7月が473件、8―9月が280件である。いずれの区域にも該当しない市町村の各月の相談件数(N)は、3月が208件、4月が910件、5月が623件、6月が363件、7月が275件、8―9月が201件である。

図3 福島県における原発避難区域別にみた原発事故等に関する法律相談の推移

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連載 ◆ 東日本大震災・原発事故 災害復興支援

74 自由と正義 Vol.62 No.13

 第1に、少なくとも1つの区域に該当する市町村

の場合、原発事故等に関する法律相談は、2011年

3月から4月にかけて急増し、それ以降はおおよそ

50―60%程度という高い割合でやや安定的に推移

しているという点である。これに対して、いずれの

区域にも該当しない市町村の場合、原発事故等に関

する法律相談は、3月から4月にかけて微増してい

るに過ぎない。以上から、前節で確認した福島県に

おける原発事故等に関する法律相談が3月から4月

にかけて急増した背景の1つは、4月に警戒区域等

が設定されたことであると解釈できる。

 第2に、いずれの区域にも該当しない市町村の場

合、原発事故等に関する法律相談は一貫して増加し

ているという点である。いずれの区域にも該当しな

い市町村では、3月では原発事故等に関する法律相

談はわずか3.8%にとどまっていたが、その割合は

8―9月には35.3%にも達している。こうした変化

の背景には、広範囲の放射能汚染の実態が明らかに

なるにつれて、原発事故等に関する法律相談の内容

が質的に多様化・拡散化してきたことが関係してい

るのかもしれない。

結論  福島県における原発事故等に関する法律相談の実態と今後の課題

 本稿では、原発事故等に関する法律相談の動向は

どうなっているのかという問いを明らかにしてき

た。本稿の主な知見は次の3点にまとめることがで

きる。

 第1に、他の都道府県と比較して、福島県では多

くの相談者が原発事故等に関する法律相談をしてい

たという点である。この結果は、原発との地理的な

関係を考えれば、当然であるものの、今回、データ

から改めて確認された実態である。

 第2に、福島県では、原発事故等に関する法律相

談が、2011年3月以降、ほぼ一貫して増加してい

たという点である。3月には当該法律相談の割合は

14.8%であったが、警戒区域等が設定された4月に

は32.3%に急増し、その後もほぼ一貫して増加し

た結果、8―9月には51.6%にも達していた。

 第3に、警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難

準備区域のいずれかの区域か否かといった地域分

類を行うと、少なくとも1つの区域に該当する市町

村の場合、3月から4月にかけて原発事故等に関す

る法律相談が急増し、それ以降は当該相談の割合は

50―60%程度でやや安定的に推移していたのに対

して、いずれの区域にも該当しない市町村の場合、

3月には非常に少なかった原発事故等に関する法律

相談がその後一貫して増加していたという点であ

る。こうした点が、上述した福島県全体における原

発事故等に関する法律相談の増加傾向の背景の1つ

であることが示唆された。

 以上のような知見は、国等による原発事故対応へ

の遅滞を示唆しているように思われる。裏を返せ

ば、今回の無料法律相談が国等の手が十分に届かな

かった層に対する一種のセイフティーネットとして

機能したという解釈を行うことができるかもしれな

い。殊に第3の視点にある、行政の原発避難区域指

定を受けていない市町村における原発事故等に関す

る法律相談の急増傾向がこれを示唆しているように

思われる。しかし、法律相談の増減から、当該問題

の生起や解決を安易に論じることには慎重にならな

ければならないだろう。したがって、被災者に無料

法律相談の潜在的なニーズが存在し続ける限り、今

後も弁護士はそうした取り組みを積極的に継続して

いく必要があると思われる。

 最後に、本稿に残された課題について言及する。

 本稿では、警戒区域等のいずれの区域にも該当し

ない市町村において、原発事故等に関する法律相談

が一貫して増加していることが明らかになった。し

かし、この要因については、本稿では十分に明らか

にできなかった。今後は、原発事故等に関する法律

相談の中身を丁寧にみていくこと等によって、この

要因を分析していく必要があるだろう。