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NMR スペクトルの多変量解析による アクリル系共重合体の一次構造解析 2011 3 百瀬 陽

NMR スペクトルの多変量解析による アクリル系共 … NMR スペクトル(CDCl 3 中55 C,125 MHz)[18] 。3 共重合体を構成するモノマー成分数が増えるにしたがって,そのNMR

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NMR スペクトルの多変量解析による

アクリル系共重合体の一次構造解析

2011 年 3 月

百瀬 陽

i

目 次

第1章 序論 1

1-1 高分子材料と高分子一次構造の関係 1

1-2 従来の NMR 法による高分子の一次構造解析とその限界 2

1-3 多変量解析と高分子分析への応用 3

1-4 高分子の一次構造解析への多変量解析の適用 5

1-5 本研究の目的および概要 5

第2章 NMR の装置構成と測定条件および多変量解析の手順 15

2-1 NMR の装置構成と測定条件 15

2-2 多変量解析の方法と原理 15

2-3 NMR スペクトルへの多変量解析の適用手順 19

第3章 メタクリル酸メチル-メタクリル酸 t-ブチル二元共重合体の組成および

モノマー連鎖分布の定量解析 23

3-1 緒言 23

3-2 モデル共重合体の合成 24

3-3 主成分分析 26

3-4 共重合組成の推定 35

3-5 2 連子モノマー連鎖分布の推定 37

第4章 メタクリル酸メチル-メタクリル酸 t-ブチル-メタクリル酸 2-ヒドロキ

シエチル三元共重合体の組成およびモノマー連鎖分布の定量解析 47

4-1 緒言 47

4-2 モデル共重合体の合成 48

4-3 主成分分析 53

4-4 共重合組成の推定 58

4-5 2 連子モノマー連鎖分布の推定 69

ii

第5章 メタクリル酸メチル-メタクリル酸 t-ブチル二元共重合体の立体規則性

の定量解析 87

5-1 緒言 87

5-2 モデル共重合体の合成 87

5-3 主成分分析 ~単独重合体を主眼とした解析~ 91

5-4 共重合体の主成分分析と統計的二次元 NMR による考察 95

5-5 共重合体の 3 連子立体規則性の推定 105

第6章 結論 113

6-1 本研究の結論 113

6-2 今後の展望 114

本論文に関わる発表論文 116

共同研究者一覧 118

謝辞 119

1

第1章 序論

1-1 高分子材料と高分子一次構造の関係

高分子材料は,今や我々の社会や生活を支える基盤材料として発展を遂げている。

実用的な高分子材料の多くは多成分共重合体である。特に電子材料や光学材料には,

高速に高度化する情報通信技術社会の中で,さらなる性能の向上や新しい機能の追加

が求められている。

共重合体の重合度(分子量),組成,モノマー連鎖,立体規則性や,これらの分布,

末端基および分岐構造などの一次構造(図 1-1)は,高分子材料の性能に大きな影響

を与えている。実際,立体規則性とガラス転移温度の関係[1]や,モノマー連鎖と相溶

性の関係[2]にはじまり,半導体の微細加工用レジストに用いられる共重合体の末端基

構造とレジスト感度の関係[3]など,一次構造と材料物性との関係をテーマとした研究

は,枚挙に暇がない。このように,高分子の一次構造の精密な制御が材料性能の向上

や新しい機能の発現に直結するため,その詳細な分析や定量の重要性が近年ますます

高まっている。

図 1-1 高分子の一次構造。

2

1-2 従来の NMR 法による高分子の一次構造解析とその限界

高分子の一次構造を解析する手段として,赤外吸収スペクトル(IR)法,熱分解ガス

クロマトグラフィー-質量分析(PyGC-MS)法,マトリックス支援レーザー脱離イオン

化-質量分析(MALDI-MS)法などが知られている。中でも最も有力な手段の一つとし

て,核磁気共鳴分光(NMR)法がある。高分子への NMR 法の適用は,1957 年に Gutowsky

らによって初めてなされた[4]のに続き,1960 年には 1H NMR スペクトルが 3 連子立

体規則性(イソタクチック mm,ヘテロタクチック mr およびシンジオタクチック rr)

によって分裂することを,Nishioka ら[5],Bovey ら[6],Johnsen ら[7]がそれぞれ独立

に発見した。その後,モノマー連鎖[8-10],末端基[11-13],分岐構造[14-17]など,NMR

法による一次構造解析が進められてきた。しかし,これらは,単独重合体や構造の単

純な共重合体を対象としたものである。

図 1-2 メタクリル酸メチル-メタクリル酸 n-ブチル共重合体のカルボニル炭素の13C NMR スペクトル(CDCl3中 55 °C,125 MHz)[18]。

3

共重合体を構成するモノマー成分数が増えるにしたがって,その NMR スペクトル

は,モノマー連鎖や立体規則性を反映して,ブロードで複雑な形状になる(図 1-2)。

そのため,より高分解能な NMR 装置を用いたとしても,個々の共鳴線の帰属には多

大な時間と労力を要するうえに,そこから一次構造の定量的な情報を取得することは

難しい。

1-3 多変量解析と高分子の評価解析への応用

多変量解析は,複雑かつ大量の情報や差異が判別できないデータ群から,いくつか

の有用な情報へと変換する強力な手法である。近年のコンピューターの演算能力や処

理速度の向上と,ソフトウェアの入手が容易になったことも相まって,多変量解析が

種々の問題解決に利用されている。中でも,生物の代謝産物を網羅的に解析するメタ

ボロミクス(メタボローム解析)分野への応用が活発である[19]。例えば,植物のス

トレス状態の解析[20],神経疾患の原因解析[21],病気の診断[22],毒物投与ラット[23]

や糖尿病ラット[24]の病態分類などに利用されている。また,日本茶[25]や薬用植物

[26]の抽出物の NMR スペクトルを多変量解析し,それらの品質管理へ適用する試み

も興味深い。

多変量解析を高分子の分析や物性評価へ応用した例も少なくない。1976 年に

Chaurasia らは,ゼロずり粘度 η0 と分子量 M の関係式(η0 = K · cα · Mβ)(K は定数,c

はサンプル濃度,M は分子量)において,様々な c や M を持つ η0 のデータから多変

量回帰により K,α,βを求めた[27]。同じ年に,Kullik らは 120 種類の高分子の PyGC

パイログラムをクラスター分析し[28],Linnahalme らは要因分析や正準相関分析によ

り,ホルムアルデヒド-フェノール共重合体から成形した化粧合板の物性と原料の種

類や使用量の関係を明らかにしている[29]。その後,河内山らが主成分分析(PCA)を初

めて応用し,高圧法ポリエチレンの製造におけるプロセス因子とポリマー構造および

物性との関連付けを行った[30]。また,Pell らは,エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA

樹脂)の赤外発光スペクトルから,サンプル中の酢酸ビニル組成,サンプル厚さ,測

定温度を,部分最小二乗回帰(PLSR)を用いて初めて推定した[31]。NMR スペクトルを

利用した例では,Lennholm らが固体 13C NMR スペクトルと PCA を組み合わせて,パ

ルプの叩解(パルプを叩き,切断された繊維が水和・膨潤・絡み合うようにする作業

工程)によるセルロース構造変化を追跡した[32]のが最初である。

4

高分子と多変量解析に関連した論文は,現在まで 613 件に及ぶ(2010 年 8 月 11 日

時点での SciFinder による検索[33])。このうち評価解析に関する論文は 284 件であっ

た(図 1-3a)。これらを使用データの種類により分類すると(重複を含む),分光分析

法によるものが 60.1 %と,圧倒的な割合を占めていた(図 1-3b)。また,分光分析法

全体に対し,赤外および近赤外分光法が 59.0 %,ラマン分光法が 19.5 %を占めていた

(図 1-3c)。これらのスペクトルの解析に多変量解析が早くから利用されている理由

は,分子の振動スペクトルが複雑に重なり合うことや,二倍音,三倍音になるにつれ

てブロードなスペクトルになるため,官能基や分子構造に関する情報が直接得られに

くいためと考えられる。また,スペクトル分解能が 4 – 8 cm-1 程度なため,データ量

が少なく計算負荷が比較的小さいことも一因と考えられる。

図 1-3 高分子の多変量解析に関する文献調査結果。 a) 全報告数での分類,b) 「ポ

リマー分析・解析」におけるデータ種類での分類,c) 「分光法」における手法での

分類。

5

また,NMR 分光法を用いた 14 件には,SEC-NMR 法で得られた SEC クロマトグラ

ムや DOSY 法で得られた拡散係数分布のカーブフィッティングに多変量解析を用い

た例[34,35],固体 13C NMR スペクトルの多変量解析による架橋高分子のモルフォロジ

ーおよびダイナミクスの解析[36,37],セルロース構造変化の追跡[32,38]や,植物細胞

壁の分類[39],1H NMR スペクトルの PLSR によるスチレン-ブタジエンブロック共

重合体の組成推定[40]などが含まれている。

1-4 高分子の一次構造解析への多変量解析の適用

上述した高分子の評価解析に関する論文 284 件の中で,高分子の一次構造を取り扱

ったものは 30 件である。しかし,そのほとんどが単独重合体の混合物や共重合体中

の組成に関するものであった。先述した Pell らによる EVA 樹脂中の酢酸ビニル組成

の推定を皮切りに,三井らがポリエチレン(PE)とポリプロピレン(PP)の混合物の PyGC

パイログラムを用いた PE 組成の推定[41],Miller らがスチレン(St)-ブタジエン(Bd)

共重合体の赤外および近赤外スペクトルを用いた Bd の cis-1,4,trans-1,4,1,2 構造と

St の組成推定[42],Shimoyama らが EVA 樹脂の近赤外[43]およびラマン[44]スペクト

ルを用いた酢酸ビニルの組成推定について報告している。組成以外の一次構造につい

ては,PCA や PLSR の生みの親の一人である Wold らによる DNA の合成プロセスと

得られた DNA のモノマー連鎖の関係を調べた例[45], PP の赤外スペクトルと 13C

NMR 法で求めた立体規則性を検量データとして,アタクチック PP の立体規則性を推

定した Ozzetti らによる例[46],Hughes らが PE の赤外スペクトルや示差走査熱量測定

(DSC)で得られるサーモグラムを用いた分岐度の推定を行った例[47]などが報告され

ているにすぎない。

1-5 本研究の目的および概要

本研究では,種々の一次構造解析に対して最も有力な手法の1つである NMR 法の

中で,一次構造情報がより多く反映されている 13C NMR スペクトルを多変量解析す

ることで,複雑に分裂する多成分共重合体の NMR スペクトルの帰属を行うことなく,

構造因子に関する定量的な情報を得ることを目的とする。

まず,本章に続き,第2章では,本研究で用いた NMR の装置構成および測定条件

と,NMR スペクトルを多変量解析へ適用する手順を示す。

6

第3章では,メタクリル酸メチル(MMA)-メタクリル酸 t-ブチル(TBMA)二元共重

合体の組成およびモノマー連鎖分布の定量解析について述べる。共重合体の組成やモ

ノマー連鎖は,高分子成形材料の濁り(ヘイズ)やコーティング材料の異物や不溶成

分の発生などに大きく関与しているため,それらの定量的解析が求められている。こ

こで用いた二元共重合体は,重合開始剤として 2,2’-アゾビスイソブチロニトリル

(AIBN),溶媒として乳酸エチルを用いたラジカル重合で得られたものであり,工業的

かつ実用的な多成分共重合体の基本となるモデルである。仕込みモノマー組成や重合

時間を種々調整することにより,組成や収率の異なる共重合体を16種準備した。MMA

と TBMA の単独重合体とこれらの混合試料 9 種を加え,合計 27 種の試料の 13C NMR

スペクトルの PCA を行ったところ,図 1-4 に示すように,第 1 主成分(PC1)にモノマ

ー単位の組成,第 2 主成分(PC2)に 2 連子モノマー連鎖の同種・異種性がそれぞれ反

映されていることがわかった。

図 1-4 MMA と TBMA の単独重合体とそれらの混合試料 9 種,および MMA-TBMA

共重合体 16 種の 13C NMR スペクトルから得られた PCA スコアプロット。各主成分

軸の( )内は寄与率を示す。

7

また,単独重合体 2 種とこれらの混合試料 9 種の 13C NMR スペクトルと組成を回帰

モデルとした PLSR により,共重合体 16 種の組成を精度良く推定することができた。

さらに,収率を 10 %以内に抑制した初期共重合体 9 種と単独重合体 2 種の 13C NMR

スペクトルと,3 種類の 2 連子モノマー連鎖分率 fMM,fMT,fTTとを回帰モデルとした

PLSR により,初期共重合体 2 種を混合した未知試料の fMM,fMT,fTTを精度良く推定

することができた。併せて,初期重合体ではない共重合体 7 種についても,fMM,fMT,

fTT を推定できることを示した。以上のことから,13C NMR スペクトルへ多変量解析

を適用することで,スペクトルの帰属をすることなく,共重合体の組成に加えて,2

連子モノマー連鎖分布の定量的な情報が得られることを述べる。

第4章では,MMA-TBMA-メタクリル酸 2-ヒドロキシエチル(HEMA)三元共重合

体の組成およびモノマー連鎖分布の定量解析について述べる。MMA,TBMA および

HEMA の単独重合体とそれらの混合試料 34 種,MMA-TBMA,TBMA-HEMA およ

び HEMA-MMA の二元共重合体それぞれ 9 種,ならびに,MMA-TBMA-HEMA

三元共重合体 16 種の合計 80 種の 13C NMR スペクトルについて PCA を行った。その

結果,図 1-5 に示すように,主として PC1 と PC2 に三角相図の形でモノマー単位の

組成,第 3 主成分(PC3)に主として 2 連子モノマー連鎖の同種・異種性がそれぞれ反

映されていた。また,単独重合体 3 種とそれらの混合試料 34 種,3 系列の二元共重合

体各 9 種の 13C NMR スペクトルと組成とを回帰モデルとした PLSR により,三元共重

合体 16 種の組成を精度良く決定することができた。さらに,3 系列の二元初期共重合

体各 9 種の 13C NMR スペクトルと 6 種類の 2 連子モノマー連鎖分率 fMM,fTT,fHH,fMT,

fTH,fHM と,同種および異種 2 連子モノマー連鎖分率 f2-homo(=fMM+fTT+fHH),f2-hetero(=fMT

+fTH+fHM)を回帰モデルとした PLSR により,種々の三元共重合体の 2 連子モノマー

連鎖分率とを,実用的な精度で推定することができた。これらの結果から,MMA-

TBMA 二元共重合体での解析手法が,さらに複雑な NMR スペクトルとなる三元共重

合体へ拡張できることを示した。

8

図 1-5 MMA,TBMA および HEMA の単独重合体とそれらの混合試料 34 種,MMA

-TBMA,TBMA-HEMA および HEMA-MMA の二元共重合体それぞれ 9 種,およ

び,MMA-TBMA-HEMA 三元共重合体 16 種,合計 80 種の 13C NMR スペクトルか

ら得られた PCA スコアプロット。各主成分軸の( )内は寄与率を示す。

第5章では, MMA-TBMA 二元共重合体の立体規則性の定量解析について述べる。

NMR 法での共重合体の立体規則性の解析は,モノマー連鎖による共鳴信号の分裂が

加わるため,単独重合体と比較して格段に難しい。また,立体規則性は,高分子材料

の耐熱性を支配しているため,共重合体の立体規則性の定量的な評価手法の確立が急

務である。ここで用いた試料は,3 通りの仕込みモノマー組成と,4 通りの重合温度

で得られた共重合体 12 種である。これらの 13C NMR スペクトルの PCA を行った結

果,図 1-6 に示すように,PC1 に主としてモノマー単位の組成,PC2 に主として 2 連

子モノマー連鎖の同種・異種性,PC3 に主としてシンジオタクチシチーがそれぞれ反

映されていた。

9

図 1-6 重合温度や仕込みモノマー組成が異なる MMA-TBMA 二元共重合体 12 種の13C NMR スペクトルから得られた PCA スコアプロット。各主成分軸の( )内は寄

与率を示す。

さらに,統計的二次元 NMR(stat-2D NMR)法を用いて,PC2 と PC3 に反映されている

一次構造情報の詳細な把握を試みた。この検討には,共重合体 12 種とそれらを酸加

水分解とメチルエステル化して得られた 12 種の PMMA を用いた。これらの試料を用

いた stat-2D NMR スペクトルを図 1-7 に示す。PMMA のシンジオタクチック 5 連子

(rrrr)に帰属される信号と,共重合体の 6 つの信号とが正の相関として表された。これ

10

ら 6 つの信号は,rrrr の立体規則性を有する 6 種類の 3 連子モノマー連鎖(M-M-M,

M-M-T,T-M-T,T-T-T,T-T-M,M-T-M)に対応すると考えられる。

図 1-7 MMA-TBMA 二元共重合体 12 種とそれらから誘導して得られた PMMA12

種とのカルボニル炭素領域における統計的二次元 NMR スペクトル。

そして,比較的組成の近い試料ごとに stat-2D NMR を行い,PCA ローディングと比

較した結果,MMA 組成が大きい場合は,PC2 に 2 連子モノマー連鎖の同種・異種性,

PC3 に rrrr が反映されていた。一方で TBMA 組成が大きい場合は,rrrr かつ TBMA

単位を含むモノマー連鎖に由来する共鳴信号が PC3 だけでなく PC2 にも反映されて

いることがわかった。また全ての共重合体のうち 10 種の 13C NMR スペクトルと立体

規則性 3 連子 rr,mr,mm を回帰モデルとした PLSR により,「未知試料」とした共重

合体 2 種の rr,mr,mm を精度良く推定できた。以上のことから,PCA に stat-2D NMR

法を導入することで,各主成分が持つ構造因子をより的確に把握できるとともに,本

手法が共重合体の立体規則性の推定にも適用できることを示した。

最後に,第6章では NMR スペクトルの多変量解析による多成分共重合体の一次構

造解析の到達点と,今後の展望について述べる。

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文献および注釈

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14

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第2章 NMR の装置構成と測定条件および多変量解析の手順

2-1 NMR の装置構成と測定条件

本研究で用いた NMR 装置は,10 mmφ TH プローブを装備した日本電子製 ECX400

である。試料濃度は 8 wt/vol%とし,測定温度は 55 °C とした。測定溶媒は,MMA-

TBMA 二元共重合体の解析では CDCl3,MMA-TBMA-HEMA 三元共重合体の解析

では CDCl3/DMSO-d6 [4/6 (mol/mol)]をそれぞれ用いた。パルス幅,繰り返し時間およ

び積算回数は,それぞれ,1H 核測定では 8.5 μs (45 °),8.90 s,16 回とし,1H 広帯域

デカップリングをによる 13C 核測定では 7.5 μs (45 °),2.73 s,10,000 回(二元共重合

体の組成およびモノマー連鎖分布の定量解析;第3章)あるいは 5,000 回(三元共重

合体の組成およびモノマー連鎖分布の定量解析;第4章,二元共重合体の立体規則性

の定量解析;第5章)とした。

31,250Hz の観測幅に対して 32,768 のデータポイントで自由誘導減衰(FID)を取得し

た後,二度のゼロフィリングによってデータポイントを 4 倍し,フーリエ変換するこ

とで 13C NMR スペクトルを得た。フーリエ変換時のウィンドウ関数は指数関数とア

ポダイゼーション関数を組み合わせて用い,ブロードニングファクター(BF)は,第3

章では 3.0 Hz,第4章および第5章では 2.0 Hz とした。13C NMR スペクトルでは,内

部標準として CDCl3 の化学シフトを 77.0 ppm と設定した。

2-2 多変量解析の方法と原理

多変量解析は,図 2-1 に示すように,比較や定性を目的とする方法(目的変量なし)

と,予測や推定・定量を目的とする方法(目的変量あり)に大別できる。前者は,ス

ペクトルなどの化学データ(説明変量)だけで試料間の類似性を比較することができ

る点が特徴であり,主成分分析(PCA)[1,2]がよく知られている。一方,後者は,化学

データに加えて,特性値などの検量データ(目的変量)が必要であるが,これらのデ

ータ群により構築した回帰モデルを用い,未知試料の特性値の予測あるいは推定・定

量が可能な点が特徴である。回帰モデルとしては,部分最小二乗回帰(PLSR)[3]がよく

知られている。

本研究では,種々の重合条件で合成したモデル共重合体の 13C NMR スペクトルに

対して PCA および PLSR を適用し,構造因子の定性および定量分析を行った。また,

16

主成分分析のローディング(後述)を考察するため,統計的二次元 NMR(stat-2D NMR)

法も用いた。以下に,PCA,PLSR,stat-2D NMR 法の原理の概略を示す。

図 2-1 多変量解析の分類[4]。

主成分分析(PCA)

PCA では,試料数 n,1 つのサンプルあたりのデータ数 r からなるデータの集合で

ある行列 X(n 行 r 列)を,式(2-1)のようにスコア行列 T とローディング行列 P に分

解する。

Xii2211X RptptptRP TX ++++=+= (2-1)

ここで,RXは残差行列であり,ti と pi はそれぞれ i 番目のスコアとローディングであ

る。1 番目のローディングは行列 X の分散が最大となるように表現されたベクトルで

あり,この p1 の方向が第 1 主成分軸となる。一方,スコア t1 は,第 1 主成分軸への

射影量となる。NMR スペクトルをデータとして取り扱う場合,r はスペクトルのデー

17

タポイント数(あるいはスペクトルを一定間隔で短冊状に分けたバケット数)に,集

合 X でまとめられたデータは各化学シフトにおける信号強度(あるいは積分強度)に

それぞれ相当する。また,p1 は行列 X の特徴が最も表現されている擬似的な NMR ス

ペクトルであり,t1 は擬似的な NMR スペクトル p1 の含有量を表している。

2 番目のローディング p2(=第 2 主成分)は,行列 X から t1 と p1の積で表された

行列を差し引いた残差行列 RX の分散が最大となるように表現されたベクトル(主成

分軸)であり,その軸への射影量がスコア t2となる。したがって,サンプル数と同じ

第 n 主成分まで ti と piへの分解を繰り返すと,行列 X は n 個の tp の和で完全に表す

ことができる。しかし,通常は,最初の数成分までが意味のあるベクトルであり,主

成分数の大きいものは,測定装置や測定条件に由来するノイズとみなされる。

データの集合行列 X を分解して得られた各主成分が持つ意味の度合いは,寄与率と

して表される。取り扱うデータの量や質にも依存するが,一般的に寄与率の合計(累

積寄与率)が 90 – 99 %を超える主成分数となれば,行列 X を十分に説明できている

とみなすことができる。

部分最小二乗回帰(PLSR)

PLSR では,まず回帰モデルを作成する必要がある。特性値の集合である行列 Y も,

PCA により式(2-2)の通りに,スコア行列 U とローディング行列 Q に分解する。

Yii2211Y RquququRQ UY ++++=+= (2-2)

ここで,RYは残差行列であり,ui と qi はそれぞれ i 番目のスコアとローディングであ

る。q1 は行列 Y の特徴が最も表現されている擬似的な特性であり,u1 は擬似的な特

性値を表していると言える。PLSR では,一旦 PCA で求めた擬似的な NMR スペクト

ルの含有量を表す t1(説明変量側のスコア)と,擬似的な特性値 u1(目的変量側のス

コア)との相関が最大になるように,それぞれのローディングも含めた t1,u1,p1,

q1 を調整する。このため p1 は PCA での第 1 主成分とは少し異なるベクトルとなるた

め,第 1 潜在変数(LV1)と呼ばれている。次に,調整された t1,u1,p1,q1 を用いて,

式(2-3)および(2-4)の残差行列 RX,RYを計算する。

18

11X ptXR -= (2-3)

11Y quYR -= (2-4)

残差行列 RX,RY を再びスコア ti,ui とローディング pi,qi に分解し,同様の手順で

ti と ui の相関が常に最大になるように,2 番目以降のスコアとローディングを計算す

る。このようにして作成された回帰モデルを用いて,未知試料の特性値を予測する。

PCA や PLSR の詳細は,いくつかの総説[5,6]に記載されている。

統計的二次元 NMR(stat-2D NMR)法

本研究で提案する stat-2D NMR 法は,Barton II らによって提案された統計的二次元

相関スペクトルの原理[7]を NMR スペクトルへ応用したものである[8]。同一の試料を

起源とし,異なる測定核種で得られた NMR スペクトル群や,高分子反応により異な

る構造へ変化させた試料の NMR スペクトル群など,2 種類の NMR スペクトル群で

構成される行列の共分散行列を求め,それぞれの NMR スペクトル群における信号強

度の増減の同調・非同調を調べる手法である。図 2-2 に示すように,stat-2D NMR の

相関が正の場合は,元の信号強度の増減が同調(いずれも増加あるいは減少)してお

り,逆に負の相関の場合は,元の信号強度の増減は非同調(一方が増加すると,もう

一方は減少)であることがわかる。

試料数を n,ある条件で測定した全試料の NMR スペクトルの信号強度あるいは積

分強度からなるデータの集合を行列 A,別の条件で測定した NMR スペクトルの信号

強度あるいは積分強度からなるデータの集合を行列 B とする。なお,行列 A および B

のデータポイント数をそれぞれ d および e とする。そのため行列 A は n 行 d 列,行列

B は n 行 e 列となる。次に,行列 B の転置行列 BTと行列 A の積から,式(2-5)の共分

散行列 Z(e 行 d 列)を求める。この共分散行列 Z が stat-2D NMR スペクトルである。

ABZ •1

= T

n (2-5)

統計的二次元相関スペクトルの原理の詳細は,文献[9]に記載されている。

19

図 2-2 本研究の場合を例にした統計的二次元 NMR の概要。

2-3 NMR スペクトルへの多変量解析の適用手順

具体的な手順を図 2-3 に示す。まず,先述の条件で測定された 13C NMR スペクト

ルのデータ量を圧縮するため,解析に用いる共鳴領域を一定間隔で r 分割されたヒス

トグラムへ変換する。ヒストグラムの高さは,分割されたスペクトルの面積(積分強

度)し,バケット積分と呼ぶ。この操作を行うソフトウェアとして,日本電子製 Alice2

ver.5 for metabolome ver.1.6 を用いた。このようにして,1 行 r 列のバケット積分行列

を得る。

続いて,同様の操作で,解析に用いる全試料(試料数 n)のスペクトルを処理した

後,バケット積分データを配列した n 行 r 列の行列を構築する。

PCA および PLSR の原理に基づき,ローディングとスコアが得られる。PCA および

PLSR を行うソフトウェアとして Pattern Recognition Systems 製 Sirius ver.7.0 を用いた。

20

図 2-3 NMR スペクトルへの多変量解析の適用手順

21

文献

[1] B. R. Kowalski, C. F. Bender, J. Am. Chem. Soc., 1972, 94, 5632.

[2] B. R. Kowalski, C. F. Bender, J. Am. Chem. Soc., 1973, 95, 686.

[3] S. Wold, Technometrics, 1974, 16, 1.

[4] 三井利幸, ケモメトリックスの基礎と応用; アイピーシー: 東京, 2003, 46.

[5] T. M. Alam, M. K. Alam, G. A. Webb In Annual Reports on NMR Spectroscopy;

Academic Press: 2005; Vol. 54, p 41.

[6] P. Geladi, B. R. Kowalski, Anal. Chim. Acta, 1986, 185, 1.

[7] F. E. Barton, II, D. S. Himmelsbach, J. H. Duckworth, M. J. Smith, Appl. Spectrosc.,

1992, 46, 420.

[8] T. Hirano, H. Momose, T. Maeda, T. Naono, S. Asakawa, Y. Katsumoto, K. Ute, to be

submitted.

[9] I. Noda, Y. Ozaki, Two-Dimensional Correlation Spectroscopy - Applications in

Vibrational and Optical Spectroscopy; John Wiley & Sons Ltd: West Sussex, 2004, 99.

22

23

第3章 メタクリル酸メチル-メタクリル酸 t-ブチル二元共重合体の組

成およびモノマー連鎖分布の定量解析

3-1 緒言

工業的に製造されている高分子材料の多くは,数種類のモノマーからなる共重合体

である。中でも,メタクリル酸メチル(MMA)を代表とするメタクリル酸エステルを用

いた共重合体には,屋外広告用の看板,自動車用のランプカバー,コンパクトディス

クやブルーレイディスクの最表層用コーティング材料,半導体リソグラフィー用のレ

ジスト材料,塩化ビニル樹脂やポリプロピレン樹脂の成形加工用添加剤など,幅広い

用途がある。ところが,共重合体の組成やモノマー連鎖は,看板やランプカバーなど

の成形材料の濁り(ヘイズ)やコーティング材料の異物・不溶成分の発生と密接に関

係している。このように,材料の性能向上や新機能の発現には,共重合組成,モノマ

ー連鎖やそれらの分布といった高分子の一次構造を詳細に解析する必要がある。

共重合体の解析をする手法の 1 つとして NMR 分光法がある。Brar らは,MMA-

メタクリル酸 n-ブチル(nBuMA)共重合体のモノマー連鎖解析において,仕込みモノマ

ー組成が異なる初期共重合体を合成し,モノマー反応性比から得られるモノマー連鎖

分布の理論値を 13C NMR スペクトルの信号強度の増減に照らし合わせることによっ

て,帰属を試みている[1]。また,Nishiura らも,同じく MMA-nBuMA 共重合体につ

いて,立体特異性重合技術を駆使して合成したシンジオタクチックおよびイソタクチ

ック共重合体の 13C NMR スペクトルの帰属情報をもとに,アタクチック共重合体の

13C NMR スペクトルでの 3 連子モノマー連鎖と 5 連子立体規則性の帰属を行っている

[2]。しかし,モノマー連鎖や立体規則性による共鳴信号の分裂が重なり合うため,共

重合体の NMR スペクトルは複雑になり,それぞれの信号を帰属することは一般的に

は難しい。また,共重合体のモノマー種が増えるにつれて,NMR スペクトルが幅広

になると同時に,さらに複雑なスペクトルとなる。

多変量解析は,複雑な情報や違いの判別が難しい情報から,有用な情報へと変換で

きる強力な手法である。高分子の組成分析では比較的多くの報告例がある。例えば,

主成分分析(PCA)や部分最小二乗回帰(PLSR)を赤外発光スペクトル[3],ラマンスペク

トル[4],近赤外スペクトル[5]へそれぞれ適用し,エチレン-酢酸ビニル共重合体の

識別や,酢酸ビニル組成の推定がなされている。また PLSR を熱分解ガスクロマトグ

24

ラフィーで得られたパイログラムへ適用し,ポリエチレン/ポリプロピレン混合試料

の組成が推定されている[6]。さらに,スチレン-ブタジエン共重合体の赤外および近

赤外スペクトル[7]あるいは 1H NMR スペクトル[8]へ PLSR を適用し,ブタジエンと

スチレンの組成が推定されている。しかしながら,我々の知る限りでは,多変量解析

を合成高分子の NMR スペクトルへ適用し,共重合組成とモノマー連鎖に関する解析

を行った事例はない。

そこで本研究では,工業的かつ実用的な多成分共重合体の最も基本となる二元共重

合体のモデルとして,MMA-メタクリル酸 t-ブチル(TBMA)共重合体を選択した。仕

込みモノマー組成や重合時間を種々調整して得られた組成や収率の異なる共重合体

16 種と,MMA および TBMA 単独重合体,およびそれらの混合試料 9 種の 13C NMR

スペクトルの PCA および PLSR を行い,共重合体の組成およびモノマー連鎖分布に

関する定量的な情報の取得を試みた。

3-2 モデル共重合体の合成

試薬

MMA および TBMA(三菱レイヨン)は,減圧蒸留により精製して用いた。2,2’-ア

ゾビスイソブチロニトリル(AIBN)(和光純薬工業)は,メタノール中での再結晶によ

り精製して用いた。乳酸エチルおよびメタノール(キシダ化学)は,精製せずに用い

た。

重合

モノマー混合物の 20 wt%乳酸エチル溶液中,80 °C,窒素雰囲気下で,フリーラジ

カル重合を行った。重合開始から 3 ~ 7 分後に反応溶液を室温(20 – 25 °C)まで急

冷し,大量のメタノール/水混合溶液(3/7 vol/vol)へ注ぎ,白色沈澱を得た。この

沈澱物をろ取した後,真空中 60 °C にて乾燥し,重合率を 10 %未満に抑えた初期共重

合体を得た。また,重合時間を 4 時間とした以外は同様の操作で,MMA 単独重合体

(PMMA),TBMA 単独重合体(PTBMA)と,重合率が 10 %以上の後期共重合体も合成

した。各試料の収率は重量法で求めた。

25

表 3-1 試料 aの仕込みモノマーおよび共重合組成,数平均分子量,分子量分布と収率

TBMA / mol% Code

Feed Copolymer bMn

c (10-3) Mw/Mn c Yield / %

H-0

H-24

H-43

H-65

H-83

H-100

0

20.0

40.0

60.0

80.0

100

0

24.0

43.1

64.5

82.7

100

9.22

8.33

8.50

8.47

8.47

9.18

2.22

2.46

2.47

2.51

2.54

2.39

83

83

85

85

87

86

M-29

M-54

M-78

25.0

50.0

75.0

29.2

53.8

78.0

6.34

5.70

4.60

1.39

1.56

1.69

35

45

55

L-6

L-18

L-28

L-41

L-56

L-71

L-79

L-88

L-93

5.0

15.0

25.0

35.0

49.9

65.0

75.0

85.0

91.9

6.0

18.3

28.4

40.9

55.5

70.8

78.6

88.1

93.2

15.9

15.6

14.3

15.6

16.0

14.0

13.9

14.4

13.0

1.79

1.90

1.87

1.89

2.13

2.12

2.10

2.11

2.25

7

2

6

6

4

5

9

4

5 a [AIBN]0/[モノマー]0 = 20 mol%(M-29~M-78),0.5 mol%(M-29~M-78 以外) b 1H NMR により決定 c SEC により決定

測定

試料の数平均分子量 Mn と分子量分布 Mw/Mn は,PMMA を標準試料としたサイズ排

除クロマトグラフィー(SEC)により測定した。SEC 装置は,分析カラムとして昭和電

工製 Shodex GPC K-805L(内径 8.0 mm×長さ 30 cm)を 3 本直列に接続し,検出器と

して示差屈折率計を装備した東ソー製 HLC-8220 を用いた。溶離液はテトラヒドロフ

ラン(THF)を用い,測定温度を 40 °C,流速を 1.0 mL/min とした。試料濃度は 5.0 mg/mL,

試料注入量は 0.1 mL とした。本研究で用いた試料の TBMA 単位の仕込みモノマーお

よび共重合組成,Mn,Mw/Mn,および,収率を表 3-1 に示す。

第2章と同じ測定条件で得られた 13C NMR スペクトルを日本電子製 Alice2 ver.5 for

metabolome ver.1.6 を用いて,次に示す共鳴領域を 0.25 ppm 間隔でバケット積分した。

26

・ 15.1 – 23.1 ppm(α-メチル炭素)

・ 26.0 – 29.0 ppm(TBMA 単位の側鎖 t-ブチル基のメチル炭素)

・ 44.1 – 48.1 ppm(主鎖 4 級炭素)

・ 44.2 – 58.2 ppm(MMA 単位の側鎖メチル炭素と,主鎖メチレン炭素)

・ 79.5 – 83.0 ppm(TBMA 単位の側鎖 t-ブチル基の 4 級炭素)

・ 175.0 – 179.0 ppm(カルボニル炭素)

各共鳴領域での積分強度を 100 に規格化した後,Pattern Recognition Systems 製 Sirius

ver.7.0 を用いて,PCA および PLSR を実行した。なお,Sirius ver.7.0 でのデータ解析

中に,各バケット範囲での積分強度の平均化および中心化が自動で行われる。

単独重合体混合試料の調製

PCA あるいは PLSR での標準試料として用いるために,PMMA と PTBMA の混合

試料 9 種を調製し,それらの組成を表 3-2 に示す。

表 3-2 PMMA と PTBMA の混合試料の組成

Code TBMA / mol%

B-13

B-22

B-32

B-42

B-51

B-61

B-70

B-80

B-90

12.8

22.1

31.6

41.8

50.7

61.1

69.9

80.4

86.9 a 1H NMR により決定

3-3 主成分分析

PMMA[H-0],PTBMA[H-100],PMMA と PTBMA の混合試料[B-42]MMA-

TBMA 共重合体[L-41]の 13C NMR スペクトルを図 3-1 に示す。PMMA と PTBMA

の両方に共通な構造である α-メチル炭素 1,主鎖 4 級炭素 3,主鎖メチレン炭素 5,

およびカルボニル炭素 7 に帰属される共鳴領域は,3 連子以上の立体規則性を反映し

27

て複雑なスペクトルとなった。また,PTBMA の側鎖 t-ブチル基の 4 級炭素 6 に帰属

される共鳴領域も同様に,立体規則性によって複雑なスペクトルとなった。一方,共

重合体の上記の共鳴領域は,同程度の組成とした PMMA と PTBMA の混合試料の共

鳴領域と比較して,さらに複雑なスペクトルとなった。この原因は,立体規則性に加

えて,モノマー連鎖構造に起因する共鳴信号の分裂が重なり合ったためである[9]。

図 3-1 各共鳴領域における 13C NMR スペクトルの比較(100 MHz,CDCl3中 55 °C)。

a) PMMA[H-0],b) MMA-TBMA 共重合体[L-41],c) PMMA と PTBMA の混合試

料[B-42],d) PTBMA[H-100]

1:α-メチル炭素,2:TBMA 単位の側鎖 t-ブチル基のメチル炭素,3:主鎖 4 級炭素,

4:MMA 単位の側鎖メチル炭素,5:主鎖メチレン炭素,6:TBMA 単位の側鎖 t-ブチ

ル基の 4 級炭素,7:カルボニル炭素

まず,図 3-1 の 6 つの共鳴領域について,各試料のバケット積分値から構成したデ

ータ群を用いて,それぞれ独立に PCA を行った。各共鳴領域の第 1 主成分(PC1)と第

2主成分(PC2)のスコアプロットを図3-2に示す。カッコ内は各主成分の寄与率である。

全てのスコアプロットにおいて,PC1 と PC2 の寄与率の合計が 96 %を超えていたた

め,これらのスコアプロットは各共鳴領域のスペクトル情報の大部分を説明できてい

28

ると言える。図 3-2a~c に示すように,カルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,そして α-

メチル炭素のスペクトル情報が反映されたスコアプロットは,ほぼ同じ形状となった。

これは,これらの炭素原子が MMA と TBMA の両方に共通な構造のためである。一

方,図 3-2e,f に示す TBMA 単位の側鎖 t-ブチル基の 4 級炭素とメチル炭素領域のス

コアプロットは,いずれも PMMA だけが大きく外れた形状となり,他の試料と容易

に判別できた。これらの共鳴領域では,PMMA の共鳴信号が観測されないからであ

る。また,主鎖メチレン炭素と MMA 単位の側鎖メチル炭素領域のスコアプロット(図

3-2d)の形状は,カルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭素のスコアプロット(図

3-2a~c)と似た形状となったが,PC1 が大きくなるにつれて,混合試料の PC1 のプ

ロット間隔が狭くなった。この理由は,MMA 単位にしかない側鎖メチル炭素の共鳴

信号が,主鎖メチレン炭素の共鳴信号に重なったためと考えられる。仮に,MMA 単

位の側鎖メチル炭素の共鳴信号を主鎖メチレン炭素の共鳴信号から分離できたとす

ると,主鎖メチレン炭素の PCA スコアプロットは,カルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,

α-メチル炭素のスコアプロット(図 3-2a~c)と同じ形状になると推測される。

13C NMR スペクトルに含まれる共重合体の組成とモノマー連鎖の情報を無駄にし

ないために,PMMA と PTBMA の両方に共通な構造であるカルボニル炭素,主鎖 4

級炭素,α-メチル炭素の共鳴領域について,バケット積分のデータ群を結合し,再度

PCA を行った。上記 3 つの共鳴領域を結合したデータ群(データ群 A)の PC1 と PC2

のスコアプロットを図 3-3 に示す。PC1 と PC2 の寄与率は,それぞれ 77.1 %と 20.7 %

となり,2 つの主成分でデータ群 A の情報をほぼ網羅できたと言える。なお,以後の

検討には,データ群 A を用いることとした。

29

図 3-2 27 試料の 13C NMR スペクトルの各共鳴領域での第 1 主成分-第 2 主成分ス

コアプロット。

a) カルボニル炭素領域,b) 主鎖 4 級炭素領域,c) α-メチル炭素領域,d) MMA 単位

の側鎖メチル炭素と主鎖メチレン炭素領域,e) TBMA 単位の側鎖 t-ブチル基の 4 級炭

素領域,f) TBMA 単位の側鎖 t-ブチル基のメチル炭素領域

◆:PMMA,◆:PTBMA,◇:PMMA と PTBMA の混合試料,□:初期共重合体,■:

後期共重合体

30

まず,PC1 について考える。PMMA(◆),PTBMA(◆)とそれらの混合試料(◇)

の PC1 のスコアは,TBMA 組成の増加とともに単調に減少した。また共重合体(□,

■)の PC1 のスコアも同様の傾向を示した。PCA では,スコアプロットの他に,ロ

ーディング(各主成分を表す疑似的なスペクトル)が得られる。カルボニル炭素,主

鎖 4 級炭素,および α-メチル炭素の 13C NMR スペクトルと,対応するローディング

を図 3-4 に示す。PC1 ローディングの正側が PMMA の共鳴信号に,負側が PTBMA

の共鳴信号をそれぞれ捉えていることがわかる。つまり,PC1 では,MMA 単位と

TBMA 単位を判別していると言える。図 3-3 のスコアプロットの結果を考慮すると,

PC1 には試料の組成が反映されていることが示唆された。そこで 27 種の試料全てに

ついて,PC1 の値と試料中の TBMA 組成との関係を調べた。その結果,図 3-5 に示

すように,両者の相関係数 R2 は 0.998 となり,非常に良い相関があることが確認でき

た。

図 3-3 27 試料の 13C NMR スペクトルのカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,α-メチル

炭素領域を結合したデータ群 A の第 1 主成分-第 2 主成分スコアプロット(記号は図

3-2 と同じ)。

31

図 3-4 カルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭素領域の 13C NMR スペクトルと,

データ群 A の第 1 主成分と第 2 主成分ローディング d)。

a) PMMA[H-0],b) MMA-TBMA 共重合体[L-56],c) PTBMA[H-100]

32

図 3-5 27 試料の PC1 のスコアと TBMA 組成の関係(記号は図 3-2 と同じ)。

次に,PC2 について考える。図 3-3 では,共重合体のスコアプロットは,収率や分

子量に関係なく,逆放物線を示した。また,共重合体(□,■)と混合試料(◇)の

PC2 のスコアの差は,等モル組成において最大となった。図 3-4 の PC2 ローディング

では,正側が 2 つの単独重合体の共鳴信号に,負側が共重合体に特有な共鳴信号(例

えば,175.75 – 176.5 ppm や 178.0 – 179.0 ppm)に,それぞれ対応していた。これらの

結果から,PC2 には試料中の 2 連子モノマー連鎖の同種・異種性が反映されていると

考えられた。そこで,2 連子モノマー連鎖の同種・異種性を定量的に表す指標として,

MMA単位とTBMA単位で構成される 2連子の異種モノマー連鎖分率 fMTを導入した。

一般に,メタクリル酸エステルのラジカル共重合は,ターミナルモデルに従うことが

知られている[10]。モノマーM1 と M2 から構成される共重合体中の M1-M2 連鎖分率 f12

は,式(3-1)で表される[11]。

2112

211212

2

PP

PPf

(3-1)

ここで,P12 と P21 は,それぞれ M1 末端ラジカルに M2 モノマーが付加する確率と,

M2 末端ラジカルに M1モノマーが付加する確率である。重合初期では,式(3-2)および

33

(3-3)が成り立つ[12]。

2121

212 · )1 · 4(+1+1

· 2=

FFrr

FP

- (3-2)

2121

121 · )1 · 4(+1+1

· 2=

FFrr

FP

- (3-3)

ここで,r1 と r2 は,それぞれモノマーM1 と M2 のモノマー反応性比である。F1 と F2

は,それぞれ初期重合体の M1 単位と M2 単位のモル組成であり,F1 + F2 = 1 である。

よって,初期重合体の f12 は,式(3-4)で与えられる。

2121

2112 · )1 · 4(+1+1

· · 4=

FFrr

FFf

- (3-4)

式(3-4)が示すように,f12 は共重合組成に依存する。共重合組成が等モル(F1 = F2 = 0.5)

のとき,f12 は最大となる。ベルヌーイ統計に従うようなモノマー連鎖分布となる共重

合系(r1 = r2 = 1)では,F1 = F2 = 0.5 のとき f12 = 0.5 となる。一方,単独重合体と交

互共重合体の f12 は,それぞれ 0 と 1 となる。なお,f12 は,Harwood らが定義したラ

ンナンバー(RN) [13]と同じ意味を持つ(RN = 100 f12)。

本研究における MMA と TBMA のモノマー反応性比 rM と rT は,表 3-1 に示した

L-6~L-93 の初期重合体 9 種の仕込みモノマー組成と共重合組成を用いて,

Kelen-Tüdõs 法[14]により,rM = 0.81 ± 0.06 と rT = 1.26 ± 0.03 と算出された(図 3-6)。

この値は,既報と近い値(rM = 0.96,rT = 1.35:Yuki ら[10];rM = 0.68,rT = 1.29:Zhao[15]

ら)である。そこで,初期共重合体 9 種と単独重合体 2 種について,PC2 のスコアと

fMTの関係を調べた結果,図 3-7 に示すように,両者の相関係数 R2 は 0.996 となり,

非常に良い相関があることが確認できた。

34

図 3-6 MMA-TBMA 共重合系での Kelen-Tüdõs プロット。

図 3-7 初期共重合体 9 種と単独重合体 2 種の PC2 のスコアと MMA-TBMA モノマー

連鎖分率 ƒMTの関係(記号は図 3-2 と同じ)。

35

3-4 共重合組成の推定

まず,PMMA,PTBMA とこれらの混合試料 9 種のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素

および α-メチル炭素の 13C NMR スペクトルを説明変量とし,1H NMR スペクトルか

ら求めた TBMA 組成(表 3-1)を目的変量として作成した部分最小二乗回帰(PLSR)

モデルの精度および正確さを確認するため,leave-one-out 法[16]によるクロスバリデ

ーションを行った。回帰モデルに用いた潜在変数は 1(LV1)とし(寄与率 99.5 %),そ

のローディングを図 3-8 に示す。このローディングの形状は,PCA での PC1 ローデ

ィングとほぼ同じであったため,LV1 は組成推定用の PLSR モデルとして妥当である

ことが確認できた。組成推定用 PLSR モデルにおいて,1H NMR スペクトルから求め

た TBMA 組成と,PLSR で推定した TBMA 組成との関係は,図 3-9 に示すように,

相対標準偏差 RSD = 1.6 %,R2 = 0.999 で一致した。この PLSR モデルは,高い精度と

正確さで混合試料の組成を推定できると言える。

図 3-8 PMMA,PTBMA とこれらの混合試料 9 種からなる TBMA 組成推定用 PLSR

モデルの第 1 潜在変数ローディング。

36

図 3-9 PMMA,PTBMA とこれらの混合試料 9 種からなる TBMA 組成推定用 PLSR

モデルのクロスバリデーション(記号は図 3-2 と同じ)。

そこで,この PLSRモデルを用いた PLSRにより,共重合体 16種のカルボニル炭素,

主鎖 4 級炭素および α-メチル炭素の 13C NMR スペクトルから,これらの試料の TBMA

組成の推定を試みた。その結果,図 3-10 に示すように,共重合体の 13C NMR スペク

トルの PLSR で推定した TBMA 組成は,1H NMR スペクトルから求めた TBMA 組成

に対して,RSD = 3.4 %,R2 = 0.997 で一致した。このことから,単独重合体とそれら

の混合試料の 13C NMR スペクトルと組成から構築した PLSR モデルを用いれば,スペ

クトルの帰属をすることなく,高い精度と正確さで共重合体の組成が推定できること

が明らかになった。

37

図 3-10 PLSR モデルで推定した共重合体 16 種の TBMA 組成と 1H NMR による実測

値との相関(記号は図 3-2 と同じ)。

3-5 2 連子モノマー連鎖分布の推定

3-3節の PCA における PC2 の正側のローディング結果や,共重合体の PC2 の値

と fMT との相関関係から,同種モノマー連鎖分率 fMM(MMA-MMA 連鎖)および fTT

(TBMA-TBMA 連鎖)を含めた 2 連子モノマー連鎖分布を推定できると考えた。

初期共重合体の fMM と fTTは,式(3-5)と(3-6)として,それぞれ表される[11]。

) · )1 · 4(+1+1

·2 (1

· =

TMTM

TM

TMMT

MMTMMM FFrr

FF

PP

PPf

-

 -=

+ (3-5)

) · )1 · 4(+1+1

·2 (1

· =

TMTM

MT

TMMT

TTMTTT FFrr

FF

PP

PPf

-

 -=

+ (3-6)

ここで,PMM は MMA 末端ラジカルに MMA モノマーが付加する確率であり,PTTは

TBMA末端ラジカルにTBMAモノマーが付加する確率である[12]。また,PMM = 1 – PMT,

PTT = 1 – PTM である。初期共重合体 9 種について,式(3-4),(3-5)および(3-6)を用いて

3 種類の 2 連子モノマー連鎖分率 fMM,fMT,fTTを計算し,表 3-3 にまとめた。単独重

38

合体の混合試料の 2 連子モノマー連鎖分率は,混合試料中の MMA および TBMA 組

成をそれぞれ fMM および fTTとし,fMT = 0 とした。

表 3-3 理論式から計算された初期共重合体 9 種の 2 連子モノマー連鎖分布

Code fMM / % fMT / % fTT / %

L-6

L-18

L-28

L-41

L-56

L-71

L-79

L-88

L-93

88.4

66.7

51.3

35.0

19.9

8.6

4.6

1.4

0.5

11.2

29.9

40.6

48.2

49.2

41.3

33.5

21.0

12.7

0.4

3.4

8.1

16.8

30.9

50.1

61.8

77.5

86.8

PMMA,PTBMA とこれらの混合試料 9 種,初期共重合体 9 種のカルボニル炭素,

主鎖 4 級炭素および α-メチル炭素の 13C NMR スペクトルを説明変量とし,理論式か

ら求めた fMM,fMT,fTT(表 3-3)を目的変量として作成した PLSR モデルの精度およ

び正確さを確認するため,leave-one-out 法を用いたクロスバリデーションを行った。

これらの PLSR モデルでは,第 1 潜在変数(LV1)と第 2 潜在変数(LV2)の寄与率は,表

3-4 に示す値となり,それぞれの累積寄与率は 99 %を越えた。

表 3-4 2 連子モノマー連鎖量推定用 PLSR モデルの寄与率

LV fMM / % fMT / % fTT / %

LV1

LV2

94.7

4.9

97.4

2.3

93.4

6.4

Total 99.6 99.7 99.8

fMM 推定用 PLSR モデルでの LV1 ローディングは,PMMA のスペクトルが正,PTBMA

のスペクトルが負で抽出され,LV2 ローディングは共重合体に特有な共鳴信号が抽出

されていた(図 3-10a)。これらは正負の符合反転はあるものの,PCA での PC1 と PC2

のローディングとほぼ同じ形状となった。つまり,LV1 は MMA の 2 連子,LV2 は異

種 2 連子を,それぞれ捉えていると言える。一方,fTT 推定用 PLSR モデルでの LV1

39

ローディングは,fMM推定用 PLSR モデルとは逆に PTBMA のスペクトルが正,PMMA

のスペクトルが負で抽出されたが,LV2 ローディングは fMM 推定用 PLSR モデルと同

じ形状となった。このことから,LV1 は TBMA の 2 連子,LV2 は異種 2 連子を,そ

れぞれ捉えていると言える。

図 3-11 PMMA,PTBMA とこれらの混合試料 9 種,初期共重合体 9 種からなる 2

連子モノマー連鎖量推定用回帰モデルの第 1 および第 2 潜在変数ローディング。

a) MMA-MMA 2 連子,b) MMA-TBMA 2 連子,c) TBMA-TBMA 2 連子

40

fMT推定用 PLSR モデルの LV1 ローディングは,正負の符合反転や強度の違いはあ

るものの,fMMおよび fTT推定用 PLSRモデルのLV2ローディングと同じ形状となった。

また,fMT推定用 PLSR モデルの LV2 ローディングは,fMM 推定用 PLSR モデルの LV1

ローディングと同じ形状となった。つまり,LV1 は異種 2 連子,LV2 は MMA の 2 連

子を,それぞれ捉えていると言える。これらの結果から, 2 つの潜在変数 LV1 と LV2

は fMM,fMT,fTT推定用 PLSR モデルとして妥当であることが確認できた。

図 3-12 PMMA,PTBMA とこれらの混合試料 9 種,初期共重合体 9 種からなる 2

連子モノマー連鎖分布推定用 PLSR モデルのクロスバリデーション(記号は図 3-2 と

同じ)。

a) MMA-MMA 連鎖分率,b) MMA-TBMA 連鎖分率,c) TBMA-TBMA 連鎖分率

41

2 連子モノマー連鎖分布推定用 PLSR モデルにおいて,理論式から求めた fMM,fMT,

fTTと,PLSR で推定した fMM,fMT,fTTとは,図 3-12 に示すように,非常に良い一致

を示した。この PLSR モデルにより,2 連子モノマー連鎖分布が高い精度と正確さで

推定できることがわかる。

図 3-12 で構築した PLSR モデルの適用範囲を確認するため,2 連子モノマー連鎖分

布が大きく異なる初期共重合体 2 種を混合した試料(CB-1,CB-2)について,2 連子モ

ノマー連鎖分布の推定を試みた。元の初期共重合体の試料コードと混合試料 CB-1,

CB-2 の TBMA 組成を表 3-5 に示す。この PLSR モデルを用いた PLSR により,CB-1,

CB-2 のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素および α-メチル炭素の 13C NMR スペクトルか

ら,これら混合試料の fMM,fMT,fTTを推定した。その結果,図 3-13 に示すように,

CB-1 と CB-2 の 13C NMR スペクトルの PLSR で推定した fMM,fMT,fTTは,CB-1 と

CB-2 の混合比から計算で求めた fMM,fMT,fTTに対して,RSD = 2.6%,R2 = 0.995 で一

致した。CB-1 と CB-2 の 2 連子モノマー連鎖分布は,図 3-14 に示すように,初期共

重合体の組成とモノマー反応性比から算出した理論曲線から大きく外れているにも

関わらず,図 3-12 で構築した PLSR モデルによって,高い精度と正確さで推定でき

た。

表 3-5 初期共重合体の混合試料 CB-1,CB-2

Original copolymer Code

I II

TBMA

/ mol% a

CB-1

CB-2

L-71

L-6

L-28

L-93

47.0

48.4 a 1H NMR により決定

42

図3-13 2連子モノマー連鎖分布推定用PLSRモデルを用いた初期共重合体混合試料

CB-1,CB-2 の 2 連子モノマー連鎖分布の推定。

●:ƒMM,●:ƒTT,○:ƒMT

図 3-14 初期共重合体混合試料と元の初期共重合体の 2 連子モノマー連鎖分布の比

較(-----は,初期共重合体の組成とモノマー反応性比から算出した理論曲線)。

a) CB-1,b) CB-2

●:混合試料の ƒMM,●:混合試料の ƒTT,○:混合試料の ƒMT

■:初期共重合体の ƒMM,■:初期共重合体の ƒTT,□:初期共重合体の ƒMT

43

さらに,上述の PLSR モデルを用いて推定した後期共重合体 7 種(H-24~H-83,

M-29~M-79)の 2 連子モノマー連鎖分布を図 3-15 に示す。後期共重合体の fMM,fMT,

fTTは,初期重合体の組成とモノマー反応性比から算出した理論曲線から,わずかに外

れていることがわかった。理想共重合(r1 = r2 = 1)でない限り,重合反応中の未反応

モノマー組成は刻々と変化するため,ある瞬間に生成する共重合体の組成と 2 連子モ

ノマー連鎖分率も変化する。この現象を理論式で表した Spinner の方法[17]を用いて,

ある瞬間に生成する共重合体の fMT の変化と,生成した共重合体全体の平均 fMT を計

算した。その結果,図 3-16 に示すように,PLSR により推定した後期共重合体の fMT

は,重合率 100 %における共重合体の平均 fMT(計算値)と同じ傾向を示した。この

ことから,PLSR により推定した後期共重合体の 2 連子モノマー連鎖分布が妥当であ

ることが確認できた。

図 3-15 後期共重合体の 2 連子モノマー連鎖分布(-----は,初期共重合体の組成とモ

ノマー反応性比から算出した理論曲線)。

■:ƒMM,■:ƒTT,□:ƒMT

44

図 3-16 重合率の違いによる MMA-TBMA 共重合体の平均異種 2 連子モノマー連鎖

分率 a),ならびに,重合率の変化に伴う生成共重合体の組成変化と異種 2 連子モノ

マー連鎖分率の変化 b)-d)。Spinner の方法により算出。

仕込みモノマー組成(MMA/TBMA mol%):b) 80/20,c) 50/50,d) 20/80

本章では,初期共重合体の 13C NMR スペクトルと理論式から算出した 2 連子モノ

マー連鎖分率の PLSR モデルを構築し,それを用いて未知試料の 2 連子モノマー連鎖

分布を精度良く推定できた。理論式(3-1)~(3-6)を組み合わせて連鎖分率を算出し,初

期共重合体の 13C NMR スペクトルとともに PLSR モデルを構築すれば,3 連子などの

より長いモノマー連鎖分率も,PLSR によって推定できるはずである。

実際の高分子材料は,共重合体の精製工程や混合工程を経る場合が多いため,共重

合体の2連子モノマー連鎖分布は,理論式から算出されたものと異なる可能性がある。

しかし,図 3-12 の PLSR モデルのように,初期共重合体の 2 連子モノマー連鎖分布

と 13C NMR スペクトルを用いた PLSR モデルを構築すれば,どんな操作や工程を経た

共重合体であろうとも,正確で精度の高い 2 連子モノマー連鎖分布を推定することが

できる。

45

文献

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46

47

第4章 メタクリル酸メチル-メタクリル酸 t-ブチル-メタクリル酸 2-

ヒドロキシエチル三元共重合体の組成およびモノマー連鎖分布

の定量解析

4-1 緒言

工業的に利用されている高分子材料の多くは,モノマー単位が 2 成分以上からなる

多成分共重合体である。特に,アルゴン-フッ素(ArF)エキシマレーザーを光源とした

回路線幅60 nm以下の半導体製造時にリソグラフィー用レジストとして使用される共

重合体[1]や,橋脚などの構造体補強用あるいは風車・航空機の主翼として使用される

炭素繊維の焼成前前駆糸(プレカーサー)用共重合体[2]など,高機能性高分子材料は,

モノマー単位が 3 成分以上の共重合体が主流である。これらの高機能性材料の性能要

求は高度化しており,高分子一次構造の観点からの改良がトレンドとなっている。

共重合体の一次構造解析の有用な手法の 1 つとして,NMR 分光法がある。NMR を

用いた三元共重合体の一次構造解析の例として,古くは Schlothauer らによる酢酸ビニ

ル-アクリル酸エチル-アクリル酸三元共重合体のモノマー連鎖分布解析[3]や,最近

では二次元 NMR 法によるアクリロニトリル-スチレン-MMA 三元共重合体のモノ

マー連鎖分布解析[4],あるいは三次元 NMR 法によるエチレン-アクリル酸ブチル-

一酸化炭素共重合体のモノマー連鎖解析[5]など,多次元 NMR 法を駆使した報告もな

されている。共重合体の一次構造解析を NMR で行う場合,モノマー連鎖構造と立体

規則性による共鳴信号の分裂が重なり合うため,それぞれを独立に解析することには

多大な手間と時間を要する。しかし,実際の材料開発の現場では,開発スピードも求

められるため,上述の手法で一次構造情報を得たとしても材料開発のタイミングに間

に合わないことがしばしば起こる。

第3章で MMA-TBMA 共重合体の 13C NMR スペクトルに多変量解析を適用し,共

重合体の組成や 2 連子モノマー連鎖分布を精度良く推定できることを述べた。本章で

は,この方法を実用的な共重合体により近いモデルである MMA-TBMA-メタクリ

ル酸 2-ヒドロキシエチル(HEMA)三元共重合体へ応用し,組成と 2 連子モノマー連鎖

分布の推定を試みた。

48

4-2 モデル共重合体の合成

試薬

MMA,TBMA および HEMA(三菱レイヨン)は減圧蒸留により精製して用いた。

2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)(和光純薬工業)はメタノール中での再結晶

により精製して用いた。乳酸エチル,メタノール(キシダ化学),n-ヘキサン(関東

化学),n-プロパノール(メルク)は,いずれも精製せずに用いた。

HEMA 単独重合体の合成

HEMA(19.5 g,150 mmol)と AIBN(0.121 g,0.74 mmol,モノマーに対して 0.5 mol%

に相当)を乳酸エチル(78.0 g,75.4 mL)に加えた溶液を,窒素雰囲気下,80 °C で 4

時間重合した。反応溶液を室温(20 – 25 °C)まで冷却し,大量の n-ヘキサン/n-プロ

パノール混合溶液(9/1 vol/vol)へ注ぎ,白色沈澱を得た。この沈澱物をろ取した後,

メタノールへ溶解して約 5 wt%の溶液とした。沈澱物の再溶解-再沈澱操作を 3 回繰

り返した後,真空中,20 – 25 °C にて乾燥して,HEMA 単独重合体(PHEMA)を得た。

PHEMA の収率は重量法で求め,91 %となった。数平均分子量(Mn)および分子量分布

(Mw/Mn)はぞれぞれ 23,700 と 2.22 となった。

HEMA-MMA 二元共重合体の合成

重合時間を 1 – 3.5 分間とし,反応スケールを 40 %とした以外は,PHEMA と同様

な条件と操作で重合および精製を行い,仕込みモノマー組成が異なる HEMA-MMA

二元初期共重合体 9 種を合成した。HEMA-MMA 初期共重合体の仕込みモノマー組

成と共重合組成,Mn,Mw/Mn,および,収率を表 4-1 に示す。

TBMA-HEMA 二元共重合体の合成

重合時間を 3 – 4 分間とした以外は,HEMA-MMA 二元初期共重合体と同様な条件

と操作で重合を行った。共重合体の取得と精製は以下の条件,操作で行った。あらか

じめ半日間メタノールへ浸漬させた透析チューブ(分画分子量 3,500)へ反応溶液を

注入し,このチューブを反応溶液の約 10 倍量のメタノールへ浸漬させた。透析外液

をマグネチックスターラーでゆっくりと 5 時間攪拌した後,透析外液を交換した。こ

の交換操作を 5 回繰り返すことで,未反応のモノマーと開始剤を除去した。透析チュ

49

ーブ中の共重合体溶液をエバポレーターで絶乾させた後,少量のメタノールを加え,

共重合体を再溶解した。この操作を 3 回繰り返すことで,重合溶媒として用いた乳酸

エチルを除去した。絶乾した共重合体をベンゼン/t-ブタノール混合溶液(3/1 – 2/3

vol/vol)へ溶解し,数日間凍結乾燥を行い,精製した。TBMA-HEMA 初期共重合体

の仕込みモノマー組成と共重合組成,Mn,Mw/Mn,および,収率を表 4-2 に示す。

MMA-TBMA-HEMA 三元共重合体の合成

重合時間を 3.5 – 4 分間とした以外は,TBMA-HEMA 二元初期共重合体と同様な

条件と操作で重合および精製を行い,仕込みモノマー組成が異なる MMA-TBMA-

HEMA 三元初期共重合体 16 種を合成した。MMA-TBMA-HEMA 初期共重合体の仕

込みモノマー組成と共重合組成,Mn,Mw/Mn,および,収率を表 4-3 に示す。

単独重合体混合試料の調製

PMMA と PTBMA は,第3章で述べたものを用いた。3 つの単独重合体を任意の割

合で混合した試料 34 種の組成を表 4-4 に示す。

50

表 4-1 HEMA-MMA 二元共重合体 aの仕込みモノマーおよび共重合組成,数平均分

子量,分子量分布および収率

Feed / mol% Copolymer / mol% b Code

HEMA MMA HEMA MMA

Mn

(10-3) c Mw/Mn

c Yield

/ %

HM-91

HM-82

HM-73

HM-64

HM-55

HM-46

HM-37

HM-28

HM-19

90.0

79.9

70.0

50.0

40.0

30.0

20.1

10.0

5.0

10.0

20.1

30.0

50.0

60.0

70.0

79.9

90.0

95.0

92.6

85.2

77.7

58.3

48.1

36.9

25.5

12.9

7.0

7.4

14.8

22.3

41.7

51.9

63.1

74.5

87.1

93.0

44.0

43.1

38.7

33.6

33.0

28.3

30.6

22.8

22.2

1.7

1.7

1.7

1.7

1.7

1.7

2.0

1.7

1.6

4

7

7

7

3

5

7

4

6 a [AIBN]0/[モノマー]0 = 0.5 mol% b 1H NMR により決定 c SEC により決定

表 4-2 TBMA-HEMA 二元共重合体 a の仕込みモノマーおよび共重合組成,数平均

分子量,分子量分布および収率

Feed / mol% Copolymer / mol% b Code

TBMA HEMA TBMA HEMA

Mn

(10-3) c Mw/Mn

c Yield

/ %

TH-91

TH-82

TH-73

TH-64

TH-55

TH-46

TH-37

TH-28

TH-19

90.0

80.0

70.0

60.0

50.0

40.0

30.0

20.0

10.0

10.0

20.0

30.0

40.0

50.0

60.0

70.0

80.0

90.0

91.2

79.7

68.8

56.4

46.8

34.3

25.5

16.2

6.9

8.8

20.3

31.2

43.6

53.2

65.7

74.5

83.8

93.1

20.5

24.7

29.4

30.8

37.4

40.9

43.9

43.2

46.2

1.6

1.6

1.8

1.6

1.7

1.7

1.7

1.6

1.7

3

3

6

6

9

7

7

9

8 a [AIBN]0/[モノマー]0 = 0.5 mol% b 1H NMR により決定 c SEC により決定

51

表 4-3 MMA-TBMA-HEMA 三元共重合体 aの仕込みモノマーおよび共重合組成,

数平均分子量,分子量分布および収率

Feed / mol% Terpolymer / mol% b Code

MMA TBMA HEMA MMA TBMA HEMA

Mn

(10-3)c Mw/Mn

c Yield

/ %

MTH-811

MTH-631

MTH-622

MTH-613

MTH-442

MTH-424

MTH-361

MTH-111

MTH-316

MTH-262

MTH-244

MTH-226

MTH-181

MTH-163

MTH-136

MTH-118

80.0

60.0

60.0

60.1

40.3

40.3

30.6

33.3

30.0

20.0

20.0

20.0

10.0

10.0

10.0

10.0

10.0

30.0

20.0

10.0

39.8

19.8

59.5

33.3

10.0

60.0

40.0

20.0

80.0

60.0

30.0

10.0

10.0

10.0

20.0

29.9

19.9

39.9

9.9

33.4

60.0

20.0

40.0

60.0

10.0

30.0

60.0

80.0

76.3

53.9

54.6

50.5

36.0

31.2

25.4

26.5

22.0

14.3

11.9

13.7

6.8

8.0

6.1

5.2

11.3

33.6

21.6

10.6

41.7

19.8

63.8

34.2

9.4

62.4

37.6

17.7

82.0

59.7

26.5

7.7

12.4

12.5

23.8

38.9

22.3

49.0

10.8

39.3

68.6

23.3

50.5

68.6

11.2

32.3

67.4

87.1

29.1

27.7

30.2

35.0

24.7

34.7

24.2

34.6

46.0

27.2

31.7

49.1

24.7

29.4

41.2

41.9

1.6

1.6

1.7

1.6

1.7

1.7

1.8

1.7

1.7

1.6

1.7

1.7

1.7

1.6

1.7

1.6

3

6

4

8

4

6

5

9

8

8

7

5

4

6

8

7 a [AIBN]0/[モノマー]0 = 0.5 mol% b 1H NMR により決定 c SEC により決定

52

表 4-4 PMMA,PTBMA および PHEMA の混合試料の組成

Code MMA / mol% TBMA / mol% HEMA / mol%

B-190

B-280

B-370

B-460

B-550

B-640

B-730

B-820

B-910

10.4

19.6

30.1

38.9

49.3

58.2

68.4

77.9

87.2

89.6

80.4

69.9

61.1

50.7

41.8

31.6

22.1

12.8

B-019

B-028

B-037

B-046

B-055

B-064

B-073

B-082

B-091

12.4

21.8

32.1

41.7

50.6

61.0

70.9

80.2

90.1

87.6

78.2

67.9

58.3

49.4

39.0

29.1

19.8

9.9

B-109

B-208

B-307

B-406

B-505

B-604

B-703

B-802

B-901

10.2

20.2

28.9

38.5

48.8

58.2

67.3

79.2

88.6

89.8

79.8

71.1

61.5

51.2

41.8

32.7

20.8

11.4

B-226

B-244

B-262

B-424

B-442

B-622

B-111

19.5

18.9

19.0

38.6

38.3

57.8

32.3

22.3

41.6

61.2

22.1

41.7

22.7

34.9

58.2

39.5

19.8

39.3

20.0

19.5

32.8 a 1H NMR により決定

53

測定

試料の数平均分子量 Mn と分子量分布 Mw/Mn は,ポリスチレンを標準試料としたサ

イズ排除クロマトグラフィー(SEC)により測定した。SEC 装置は,分析カラムとして

東ソー製 SuperHM-M と SuperHM-H(いずれも内径 6.5 mm×長さ 15 cm)を直列に接

続し,検出器として示差屈折率計を装備した東ソー製 HLC-8220 を用いた。溶離液は

臭化リチウム(10 mmol/L)を含有した液体クロマトグラフ用 N,N-ジメチルホルムア

ミド用い,測定温度を 40 °C,流速を 0.35 mL/min とした。試料濃度は 1.0 mg/mL,試

料注入量は 10 μL とした。

第2章と同じ測定条件で得られた 13C NMR スペクトルを日本電子製 Alice2 ver.5 for

metabolome ver.1.6 を用いて,次に示す共鳴領域を 0.05 ppm 間隔でバケット積分した。

・ 14.2 – 18.2 ppm(α-メチル炭素)

・ 41.5 – 45.5 ppm(主鎖 4 級炭素)

・ 173.0 – 177.0 ppm(カルボニル炭素)

各共鳴領域での積分強度を 100 に規格化した後,これらの積分強度データを結合し,

Pattern Recognition Systems 製 Sirius ver.7.0 を用いて,PCA および PLSR を実行した。

なお,Sirius ver.7.0 でのデータ解析中に,各バケット範囲での積分強度の平均化およ

び中心化が自動で行われる。

4-3 主成分分析

PMMA,PTBMA,PHMEA と三元共重合体[MTH-111]のカルボニル炭素,主鎖 4

級炭素,α-メチル炭素の 13C NMR スペクトルを図 4-1a に示す。また,単独重合体 3

種とそれらの混合試料 34 種,MMA-TBMA 二元共重合体 9 種,TBMA-HEMA 二元

共重合体 9 種,HEMA-MMA 二元共重合体 9 種および MMA-TBMA-HEMA 三元

共重合体 16 種の合計 80 種の試料について,3 つの共鳴領域を結合したバケット積分

値で構成されたデータ群の PCA から得られた PC1~PC3 のローディングを図 4-1b に

示す。なお,MMA-TBMA 二元共重合体 9 種は,第3章で用いた初期共重合体 L-6

~L-93 である。上記共鳴領域における全 80 試料の PCA スコアプロットを図 4-2 に示

す。PC1~PC3 の主成分の寄与率は,それぞれ 46.7%,29.7%,13.1%で,累積寄与率

が 89.5%となった。3 つの主成分で全 80 種の試料の 13C NMR スペクトルの情報を網

羅できたと言える。

54

図 4-1 PMMA,PTBMA,PHEMA および三元共重合体[MTH-111]のカルボニル炭

素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭素領域の 13C NMR スペクトル a),ならびに,各共鳴

領域に対応する全 80 試料の PCA 第 1,第 2,第 3 主成分ローディング b)。

55

図 4-2 全 80 試料のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭素領域における PCA

スコアプロット。

◆:PMMA,◆:PTBMA,■:PTBMA,◇:単独重合体 3 種の混合試料,□:MMA

-TBMA 二元共重合体,△:TBMA-HEMA 二元共重合体,▽:HEMA-MMA 二元共

重合体,●:MMA-TBMA-HEMA 三元共重合体

図 4-1 の 13C NMR スペクトルと対応するローディングとを比較すると,PC1 ローデ

ィングについては,正側に PTBMA,負側に PMMA と PTBMA の共鳴信号がそれぞれ

捉えられた。PC2 ローディングについては,正側に PHEMA,負側に PMMA と PTBMA

の共鳴信号がそれぞれ抽出された。また,PC3 ローディングでは,負側は 3 つの単独

重合体が重なり合ったローディングの形状となった一方で,正側には三元共重合体に

特有な共鳴信号が捉えられた。これらの結果は,第3章の MMA-TBMA 二元共重合

56

体での PCA ローディングに成分が 1 つ追加されたと考えることができる。

PC1-PC2 スコアプロット(図 4-2)では,第 2 象限に PTBMA,第 3 象限に PMMA,

第 4 象限に PHEMA がそれぞれ配置された。また,単独重合体の混合試料は,3 つの

単独重合体を頂点とした三角相図に相当する位置に配置された。3 種類の二元共重合

体は,各単独重合体を結ぶ直線上ではなく,等モル組成の共重合体が最も三角形の内

部に入り込んだ弓形上に配置された。三元共重合体は,共重合体の組成をおおよそ反

映した位置に配置された。これらの結果から,PC1 と PC2 の 2 つの主成分には,主と

して試料の組成が反映されていることと,少なくとも二元共重合体に特有な構造情報

も含まれていることが示唆された。

PC1-PC3 および PC2-PC3 スコアプロットと,PC1-PC2-PC3 三次元スコアプロット

では, 3 つの単独重合体とそれらの混合試料で構成される三角相図を底面とし,3 種

類の二元共重合体でつくる 3 枚の側面で三角錐を形成していた。それぞれの二元共重

合体は,第3章の MMA-TBMA 二元共重合体でのスコアプロットの PC2 の値を符合

反転させた配置と同じように放物線を示し,二元共重合体が等モル組成のとき,PC3

の値が最も大きくなった。また,三元共重合体は三角錐内部に配置されており,二元

共重合体と同様に,等モル組成のとき PC3 のスコアが最も大きくなった。これらの結

果を総合すると,PC3 には主として試料中の 2 連子モノマー連鎖の同種・異種性が反

映されていると考えられた。そこで,2 連子モノマー連鎖の同種・異種性を定量的に

表す指標として, MMA 単位と TBMA 単位,TBMA 単位と HEMA 単位,HEMA 単

位と MMA 単位からそれぞれ構成される異種 2 連子モノマー連鎖分率 fMT

(MMA-TBMA 連鎖),fTH(TBMA-HEMA 連鎖),fHM(HEMA-MMA 連鎖)の合計 f2-hetero

を導入した。

n 成分から構成される共重合体のモノマー反応性がターミナルモデルにしたがう場

合,Mi 単位の末端ラジカルに Mj モノマーが付加する確率 Pij は式(4-1)で表される[6]。

n

1hihh

ijjij

][M

][M

r

rP (4-1)

ここで,[Mj]はモノマーMj の仕込みモノマー濃度,rij はモノマーMj に対するモノマー

57

Mi のモノマー反応性比であり,rii = 1 である。式(4-1)は,重合初期にのみ成立する。

Pij ≠ Pji であり,それぞれの異種 2 連子モノマー連鎖は,付加する順番を考慮する必要

がある。そのため,Mi 単位と Mj 単位の異種 2 連子モノマー連鎖分率 fij は,式(4-2)で

表される。

jijijiij PFPFf ×+×= (4-2)

ここで,Fi と Fj は,それぞれ共重合体中の Mi 単位と Mj 単位の組成である。三元初期

共重合体 16 種の仕込みモノマー組成と 1H NMR スペクトルから求めた共重合組成を

用いて,Alfrey らの曲線合致法[7,8]により,三元共重合の解析に必要な 6 種類のモノ

マー反応性比を求めた(表 4-5)。これらのモノマー反応性比と理論式(4-1),(4-2)から

求めた三元共重合体の f2-hetero (= fMT + fTH + fHM)と,PC3 スコアとの関係を図 4-3 に示

す。両者の R2 は 0.950 となり,非常に良い相関があることが確認できた。この結果か

ら,PC3 には主として 2 連子モノマー連鎖の同種・異種性が反映されていることがわ

かった。

表 4-5 三元共重合体における MMA,TBMA,HEMA のモノマー反応性比

Monomer 2 r12

MMA TBMA HEMA

Monomer 1

MMA

TBMA

HEMA

1.36

1.91

0.88

1.46

0.82

1.07

58

図 4-3 単独重合体 3 種と三元初期共重合体 16 種の PC3 スコアと異種 2 連子モノマ

ー連鎖分率 ƒ2-hetero(=ƒMT + ƒTH + ƒHM)との関係。

◆:PMMA,◆:PTBMA,■:PTBMA,●:MMA-TBMA-HEMA 三元初期共重合

4-4 共重合組成の推定

単独重合体 3 種とこれらの混合試料 34 種のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素および α-

メチル炭素の 13C NMR スペクトルを説明変量とし,1H NMR スペクトルから求めた

MMA 単位,TBMA 単位および HEMA 単位の組成をそれぞれ目的変量とした 3 種類

の PLSR モデルを作成し,それぞれ Model AM,Model AT,Model AHとした。各 PLSR

モデルにおける潜在変数の寄与率を表 4-6 に示す。MMA,TBMA,HEMA 各単位の

組成推定には,寄与率 1.0 %以上の潜在変数を用いた。Model AM,Model AT,Model AH

で用いた潜在変数ローディングを図 4-4 に示す。

表 4-6 三元共重合体の組成推定用 PLSR モデル A シリーズの寄与率

LV Model AM Model AT Model AH

LV1

LV2

LV3

50.4

46.3

1.9

55.2

41.5

43.0

53.7

1.9

Total 98.6 96.7 98.6

59

まず,Model AM について考察する。LV1 ローディングの正側には,PMMA の共鳴

信号が捉えられた。一方,負側には PTBMA と PHMEA の共鳴信号が捉えられた。LV2

ローディングでは,正側に PTBMA,負側に PHEMA の共鳴信号がそれぞれ抽出され

た。LV3 ローディングでは,正側に PMMA,負側に PHEMA の共鳴信号が捉えられ

た。これらの結果から,Model AM のローディングでは,LV1 として MMA 単位とそ

れ以外(TBMA 単位と HEMA 単位)を,LV2 として TBMA 単位と HEMA 単位を,

LV3 として共鳴周波数が MMA 単位に近い HEMA 単位を,それぞれ区分しているこ

とがわかった。

次に,Model AT について考察する。Model ATでの区分方法と同様に,LV1 ローデ

ィングでは TBMA 単位とそれ以外,LV2 ローディングでは MMA 単位と HEMA 単位

が,それぞれ区分された。Model AT で LV3 が不要であった理由は,TBMA 単位とそ

れ以外の共鳴周波数が比較的離れていたためと考えられる。

最後に,Model AH のローディングは,Model AM と正反対の区分方法となった。

図 4-4 単独重合体 3種とこれらの混合試料 34種からなる組成推定用PLSRモデルAシリーズの潜在変数ローディング。 a) MMA 組成推定用モデル(Model AM)

60

図 4-4 つづき。

b) TBMA 組成推定用モデル(Model AT),c) HEMA 組成推定用モデル(Model AH)

これらの PLSR モデル A シリーズを用いて,検量データとした試料 37 種の

leave-one-out 法[9]によるクロスバリデーションを行った。1H NMR スペクトルから求

めた組成と,PLSRで推定した組成との関係は,図 4-5に示すように,RSD = 3.1 – 3.6 %,

61

R2 = 0.998 – 0.999 で一致した。これらの PLSR モデルは,高い精度と正確さで単独重

合体の混合試料の組成を推定できると言える。

図 4-5 単独重合体 3種とこれらの混合試料 34種からなる組成推定用PLSRモデルA

シリーズのクロスバリデーション(記号は図 4-3 と同じ)。

a) MMA 組成,b) TBMA 組成,c) HEMA 組成

続いて,組成推定用 PLSR モデル A シリーズを用いて,三元共重合体 16 種のカル

ボニル炭素,主鎖 4 級炭素および α-メチル炭素の 13C NMR スペクトルから,これら

の試料の組成推定を試みた。図 4-6 に示すように,三元共重合体の 13C NMR スペク

トルの PLSR で推定した組成は,1H NMR スペクトルから求めた組成に対して,RSD =

15.6 – 46.3 %,R2 = 0.781 – 0.988 で一致した。この結果は,第3章の MMA-TBMA 二

62

元共重合体における組成推定と比較して,精度と正確さのいずれの点でも大幅に劣る。

特に,MMA と HEMA 組成に関しては,実用的にも問題が生じる精度と正確さであっ

た。PLSR モデル A シリーズには,共重合体特有のモノマー連鎖に帰属される共鳴信

号を捉えたローディングが含まれていなかったことや,共鳴周波数が接近していた

PMMA と PHEMA をより正確に区別するローディングとなっていなかったことが,

組成推定の精度や正確さに劣る主な原因と推測される。

図 4-6 PLSR モデル A シリーズで推定した三元共重合体 16 種の組成と 1H NMR に

よる実測値との相関(記号は図 4-3 と同じ)。

a) MMA 組成,b) TBMA 組成,c) HEMA 組成

63

そこで,三元共重合体の 2 連子モノマー連鎖 6 種類の情報を有する 3 系列の二元共

重合体 27 種のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素および α-メチル炭素の 13C NMR スペク

トル(説明変量)と,1H NMR スペクトルから求めた MMA 単位,TBMA 単位および

HEMA 単位の組成(目的変量)を,Model AM,Model AT,Model AHに,それぞれ加

えた PLSR モデル B シリーズを作成し,それぞれ Model BM,Model BT,Model BHと

した。A シリーズでの基準と同様にして推定した各 PLSR モデルの潜在変数の寄与率

を表 4-7 に示す。また,Model BM,Model BT,Model BHで用いた潜在変数ローディン

グを図 4-7 に示す。

表 4-7 三元共重合体の組成推定用 PLSR モデルの寄与率

LV Model BM Model BT Model BH

LV1

LV2

LV3

LV4

LV5

LV6

43.6

36.7

6.4

5.6

3.3

1.2

48.4

31.6

5.5

7.2

35.1

45.2

4.7

6.3

1.8

3.6

Total 96.8 92.7 96.7

Model BM,Model BT,Model BHの LV1 および LV2 ローディングは,対応する A シ

リーズの LV1 と LV2 ローディングの形状とほぼ同じであった。ところが,LV3 以降

のローディングには,その形状が複雑なために詳細は不明だが,共重合体特有の共鳴

信号が抽出された。B シリーズの PLSR モデルには,A シリーズの PLSR モデルに不

足していた共重合体のモノマー連鎖に帰属される共鳴信号を捉えたローディングが

含まれていた。

64

図 4-7 単独重合体 3 種とこれらの混合試料 34 種,3 系列の二元共重合体 27 種から

なる組成推定用 PLSR モデル B シリーズの潜在変数ローディング。

a) MMA 組成推定用モデル(Model BM)

65

図 4-7 つづき。 b) TBMA 組成推定用モデル(Model BT)

66

図 4-7 つづき。 c) HEMA 組成推定用モデル(Model BH)

これら 3 種類の PLSR モデル B シリーズを用いて,A シリーズと同様に,検量デー

タとした試料 64 種の leave-one-out 法によるクロスバリデーションを行った。1H NMR

スペクトルから求めた組成と,PLSR で推定した組成の関係は,図 4-8 に示すように,

67

RSD = 4.7 – 4.9 %,R2 = 0.997 – 0.998 で一致した。これらの PLSR モデルは,高い精度

と正確さで単独重合体の混合試料と3系列の二元共重合体の組成を推定できると言え

る。

図 4-8 単独重合体 3 種とこれらの混合試料 34 種,3 系列の二元共重合体 27 種から

なる組成推定用 PLSR モデル B シリーズのクロスバリデーション(記号は図 4-3 と同

じ)。

a) MMA 組成,b) TBMA 組成,c) HEMA 組成

これらの PLSR モデル B シリーズを用いて,Model A シリーズと同様に,三元共重

合体 16 種のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素および α-メチル炭素の 13C NMR スペクト

ルから,これらの試料の組成推定を試みた。図 4-9 に示すように,三元共重合体の 13C

68

NMR スペクトルの PLSR で推定した組成は,1H NMR スペクトルから求めた組成に対

して,RSD = 6.5 – 14.1 %,R2 = 0.982 – 0.996 で一致した。これらの結果は,A シリー

ズの PLSR モデルで推定した組成の精度と正確さよりも格段に向上しており,実用的

にも問題ないレベルと言える。

一連の検討から,13C NMR スペクトルの PLSR により三元共重合体の組成を精度良

く正確に推定するには,PLSR モデルとして単独重合体やそれらの混合試料だけでな

く,少なくとも二元共重合体の 13C NMR スペクトルと組成を加える必要があること

が明らかになった。

図 4-9 PLSR モデル B シリーズで推定した三元共重合体 16 種の組成と 1H NMR に

よる実測値との相関。

a) MMA 組成,b) TBMA 組成,c) HEMA 組成

69

4-5 2 連子モノマー連鎖分布の推定

三元共重合体の 2 連子モノマー連鎖分布を PLSR によって推定するためには,目的

変量として 6 種類の 2 連子モノマー連鎖分率 fMM(MMA-MMA 連鎖;M-M),fTT

(TBMA-TBMA 連鎖;T-T),fHH(HEMA-HEMA 連鎖;H-H),fMT(MMA-TBMA 連

鎖;M-T),fTH(TBMA-HEMA 連鎖;T-H),fHM(HEMA-MMA 連鎖;H-M)が必要

となる。

Kelen-Tüdõs 法[10]により,表 4-1 に示した HM-91~HM-19 の HEMA-MMA 二元

共重合体 9 種の仕込みモノマー組成と共重合組成から rHM と rMHを,表 4-2 に示した

TH-91~TH-19 の TBMA-HEMA 二元初期共重合体 9 種から rTH と rHTをそれぞれ求

めた。rMT,rTM とともに表 4-8 に示す。rHMと rMHは,既報(rHM = 1.509,rMH = 0.741)

[11]と近い値である。これらのモノマー反応性比と二元初期共重合体の組成から,式

(3-4)~(3-6)を用いて,3 系列の二元初期共重合体 27 種の fMM,fTT,fHH,fMT,fTH,fHM

を算出した。

表 4-8 3 系列の二元共重合体における MMA,TBMA,HEMA のモノマー反応性比

Monomer 2 r12

MMA TBMA HEMA

Monomer 1

MMA

TBMA

HEMA

1.26 ± 0.03

1.44 ± 0.03

0.81 ± 0.05

1.52 ± 0.05

0.73 ± 0.04

1.16 ± 0.12

4-4節の組成推定用 PLSR モデル B シリーズと同じ 13C NMR スペクトルセット

を説明変量とし,上記計算で求めた 2 連子モノマー連鎖分率を目的変量として,6 種

類の PLSR モデルを作成した。fMM,fTT,fHH,fMT,fTH,fHM の PLSR モデルを,それ

ぞれ Model CMM,Model CTT,Model CHH,Model CMT,Model CTH,Model CHM とした。

PLSR による 2 連子モノマー連鎖分率の推定には,組成推定の場合と同様に,寄与率

1.0 %以上の潜在変数を採用した(表 4-9)。また,6 種類の 2 連子モノマー連鎖分率推

定用 PLSR モデルで用いた潜在変数ローディングを図 4-10 に示す。

まず,同種 2 連子モノマー連鎖量の Model CMM,Model CTT,Model CHHのローディ

ングについて考察する。これらの LV1 および LV2 ローディングは,組成推定用 PLSR

モデルである Model BM,Model BT,Model BHと,それぞれ同じローディングの形状

70

であった。つまり,これら 2 つの潜在変数で,同種 2 連子モノマー連鎖の情報を大雑

把に捉えている。LV3 以降のローディングは,その形状が複雑なために詳細は不明だ

が,おそらく目的とするモノマー単位とそれ以外のモノマー単位で構成される 2 連子

モノマー連鎖(例えば Model CMM の場合,M-T 連鎖と H-M 連鎖を指す)の情報を除

去する働きがあると考えられる。

表 4-9 三元共重合体の 2 連子モノマー連鎖量推定用 PLSR モデルの寄与率

LV Model CMM Model CTT Model CHH Model CMT Model CTH Model CHM

LV1

LV2

LV3

LV4

LV5

LV6

LV7

43.4

36.8

9.3

3.1

3.0

48.3

25.3

16.3

3.9

34.9

43.5

11.1

4.0

2.2

1.0

34.0

24.1

29.0

4.7

3.6

1.5

39.7

19.0

28.2

6.5

2.3

1.2

44.2

11.8

26.1

12.1

1.7

1.1

1.0

Total 95.6 93.8 96.7 96.9 96.9 98.0

次に,3 つの異種 2 連子モノマー連鎖分率のうち Model CMTのローディングについ

て,図 4-11 に示した L-56(MMA-TBMA 二元共重合体),TH-55(TBMA-HEMA

二元共重合体),HM-55(HEMA-MMA 二元共重合体)の 13C NMR スペクトルを参

考にしながら考察する。X を MMA 単位あるいは TBMA 単位,Y を TBMA 単位ある

いは HEMA 単位,Z を HEMA 単位あるいは MMA 単位とすると,LV1 ローディング

の正側には,X-T-X 連鎖と Y-T-Y 連鎖と思われる共鳴信号が抽出された。一方で,負

側には,PMMA(M-M-M 連鎖)と PHEMA(H-H-H 連鎖)の共鳴信号が捉えられた。

また,LV2 ローディングには,負側に PTBMA(T-T-T 連鎖)の共鳴信号が,正側に

Y-H-Y 連鎖,Z-H-Z 連鎖,Z-Y-Z 連鎖と思われる共鳴信号が,それぞれ抽出された。

さらに,LV3 ローディングには,正側に PHEMA,負側に PMMA の共鳴信号が捉え

られた。これら 3 つのローディングによって,M-T 連鎖の情報が大方抽出できたと考

えられる。LV4 以降の 3 つのローディングについては,その形状が複雑なために詳細

は不明だが,MMA 単位や HEMA 単位が関係するモノマー連鎖を捉えていると考えら

れる。

71

図 4-10 単独重合体 3 種とこれらの混合試料 34 種,3 系列の二元共重合体 27 種か

らなる 2 連子モノマー連鎖分率推定用 PLSR モデル C シリーズのローディング。

a) MMA-MMA 連鎖分率推定用モデル(Model CMM)

TBMA 単位を含む Model CTHのローディングについても,Model CTHと同様に,LV1

~LV3 ローディングまでで T-H 連鎖に関する大部分の情報が抽出され,LV4 以降の 3

つのローディングで,MMA 単位や HEMA 単位が関係するモノマー連鎖を捉えている

と考えられる。

最後に Model CHM では,LV1 ローディングの正側に Y-H-Y 連鎖,Z-H-Z 連鎖,X-M-X

72

連鎖,Z-M-Z 連鎖と考えられる共鳴信号が,負側に X-T-X 連鎖,Y-T-Y 連鎖と考えら

れる共鳴信号がそれぞれ捉えられた。LV2 ローディングの正側に T-H 連鎖に関係する

と考えられる共鳴信号が,負側に PMMA の共鳴信号がそれぞれ抽出された。LV3 ロ

ーディングの正側に PMMA,負側に PHEMA,また LV4 ローディングの正側に PHEMA,

負側に M-T 連鎖に関係すると考えられる共鳴信号がそれぞれ抽出された。これらの

結果から,LV1~LV4 ローディングまでで,H-M 連鎖に関係する情報がほぼ捉えられ

たと考えられる。

図 4-10 つづき。 b) TBMA-TBMA 連鎖分率推定用モデル(Model CTT)

73

図 4-10 つづき。 c) HEMA-HEMA 連鎖分率推定用モデル(Model CHH)

74

図 4-10 つづき。 d) MMA-TBMA 連鎖分率推定用モデル(Model CMT)

75

図 4-10 つづき。 e) TBMA-HEMA 連鎖分率推定用モデル(Model CTH)

76

図 4-10 つづき。 f) HEMA-MMA 連鎖分率推定用モデル(Model CHM)

77

図 4-11 二元共重合体のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭素領域の 13C

NMR スペクトル。

a) MMA-TBMA 二元共重合体[L-56],b) TBMA-HEMA 二元共重合体[TH-55],

c) HEMA-MMA 二元共重合体[HM-55]

これら 6 つの PLSR モデル C シリーズを用いて,検量データとした試料 64 種の

leave-one-out 法によるクロスバリデーションを行った。理論式(3-4)~(3-6)から求めた

2 連子モノマー連鎖分率と,PLSR で推定した 2 連子モノマー連鎖分率とは,図 4-12

に示すように,RSD = 4.8 – 33.2 %,R2 = 0.984 – 0.998 で一致した。同種 2 連子モノマ

ー連鎖分率 fMM,fTT,fHHは,RSD = 4.8 – 7.6 %,R2 = 0.995 – 0.998 で一致しており,

高い精度と正確さでクロスバリデーションできたが,異種 2 連子モノマー連鎖分率の

正確さが不十分となった。検量データとして 64 種の試料を用いたが,異種 2 連子モ

ノマー連鎖分率が 0 でない試料は 9 種ずつしか存在せず,十分な試料数で PLSR モデ

ルを構築できなかったことが,正確さが不十分となった原因と推測される。

78

図 4-12 単独重合体 3 種とこれらの混合試料 34 種,3 系列の二元共重合体 27 種か

らなる 2 連子モノマー連鎖分率推定用 PLSR モデル C シリーズのクロスバリデーシ

ョン(記号は図 4-3 と同じ)。

a) M-M 連鎖分率,b) T-T 連鎖分率,c) H-H 連鎖分率,d) M-T 連鎖分率,e) T-H 連鎖

分率,f) H-M 連鎖分率

79

これらの PLSR モデル C シリーズを用いて,三元共重合体 16 種のカルボニル炭素,

主鎖 4 級炭素および α-メチル炭素の 13C NMR スペクトルから,これらの試料の 2 連

子モノマー連鎖分率の推定を試みた。三元共重合体の 13C NMR スペクトルの PLSR

で推定した 2 連子モノマー連鎖分率と,理論式(3-4)~(3-6)から求めた 2 連子モノマー

連鎖分率とは,図 4-13 に示すように,RSD = 11.5 – 40.8 %,R2 = 0.874 – 0.999 で一致

した。中でも,他の 2 つのモノマー単位と共鳴周波数が異なる TBMA 単位を含む連

鎖分率 fTT,fMT,fTHについては,両者は RSD = 11.5 – 15.8 %,R2 = 0.928 – 0.999 で一

致した。このことから,それぞれの単独重合体の 13C NMR スペクトルが良く分離で

きれば,より正確で高精度に 2 連子モノマー連鎖分率を推定できると考えられる。

80

図 4-13 PLSR モデル C シリーズで推定した三元共重合体 16 種の 2 連子モノマー連

鎖分率と理論式から求めた値との相関。

a) M-M 連鎖分率,b) T-T 連鎖分率,c) H-H 連鎖分率,d) M-T 連鎖分率,e) T-H 連鎖

分率,f) H-M 連鎖分率

81

実用的な観点からは,各々の 2 連子モノマー連鎖と同じように,同種および異種の

2 連子モノマー連鎖分率 f2-homo (= fMM + fTT + fHH)および f2-hetero (= fMT + fTH + fHM)を推定

することも重要である。そこで,PLSR モデル C シリーズの目的変量を上述の合計分

率へ変更し,2 種類の PLSR モデルを作成した。f2-homo,f2-heteroの PLSR モデルをそれ

ぞれ Model Chomo,Model Cheteroとし,各 PLSR モデルの潜在変数とその寄与率を表 4-10

に示す。また,それぞれの PLSR モデルで用いた潜在変数ローディングを図 4-14 に

示す。

表 4-10 三元共重合体の同種および異種2連子モノマー連鎖分率推定用PLSRモデ

ルの寄与率

LV Model Chomo Model Chetero

LV1

LV2

LV3

LV4

LV5

11.7

41.6

34.8

6.3

1.1

11.6

41.4

35.1

6.3

1.1

Total 95.5 95.5

Model ChomoのLV1ローディングの正側には,PMMA(M-M-M連鎖)と PTBMA(T-T-T

連鎖)の共鳴信号が抽出された。一方で負側には,PHEMA(H-H-H 連鎖)と TBMA

単位が中心の 3 連子モノマー連鎖(X-T-X 連鎖と Y-T-Y 連鎖)と考えられる共鳴信号

の一部が捉えられた。また,LV2 ローディングには,正側に X-T-X 連鎖と Y-T-Y 連鎖

と考えられる共鳴信号の一部が,負側に PMMA の共鳴信号が抽出された。さらに,

LV3 ローディングには,正側に PHEMA,負側に-T-X 連鎖と Y-T-Y 連鎖と考えられる

共鳴信号がそれぞれ捉えられた。これら 3 つのローディングには,同種 2 連子モノマ

ー連鎖の大半の情報が反映されたと考えられる。LV4 以降の 2 つのローディングにつ

いては,その形状が複雑なために詳細は不明だが,異種モノマー連鎖の情報が含まれ

ていると考えられる。一方,Model Cheteroのローディング形状は,Model Chomoのロー

ディングを全て正負反転させた形状となった。f2-homo + f2-hetero = 1 なので,この結果は

当然と言える。

82

図 4-14 単独重合体 3 種とこれらの混合試料 34 種,3 系列の二元共重合体 27 種か

らなる同種および異種 2 連子モノマー連鎖分率推定用 PLSR モデルのローディング。

a) 同種連鎖分率推定用モデル(Model Chomo)

83

図 4-14 つづき。 b) 異種連鎖分率推定用モデル(Model Chetero)

これらの2つのPLSRモデルを用いて,検量用データとした試料64種の leave-one-out

法によるクロスバリデーションを行った。理論式(3-4)~(3-6)から求めた f2-homo,f2-hetero

と,PLSR で推定した f2-homo,f2-hetero とは,図 4-15 に示すように,比較的良い一致を

示した。同種および異種 2 連子モノマー連鎖分率は,6 種類の 2 連子モノマー連鎖分

率に比べて,より高い精度と正確さで推定できることがわかる。そこで,これらの

PLSR モデルを用いて,三元共重合体の f2-homo,f2-hetero の推定を試みた。図 4-16 に示

すように,理論式(3-4)~(3-6)から求めた f2-homo,f2-heteroと,PLSR で推定した f2-homo,f2-hetero

84

とは,実用的に問題のない程度の一致を示した。

図 4-15 単独重合体 3 種とこれらの混合試料 34 種,3 種類の二元共重合体 27 種か

らなる同種および異種2連子モノマー連鎖分率推定用PLSRモデルのクロスバリデー

ション(記号は図 4-3 と同じ)。

a) 同種連鎖分率,b) 異種連鎖分率

図 4-16 PLSR モデル C シリーズを用いて推定した三元共重合体 16 種の同種および

異種 2 連子モノマー連鎖分率。

a) 同種連鎖分率,b) 異種連鎖分率

85

以上の結果から,単独重合体とそれらの混合試料,3 系列の二元共重合体の 13C NMR

スペクトルと組成および 2 連子モノマー連鎖分率で構築した PLSR モデルを用いるこ

とで,三元共重合体の組成や 2 連子モノマー連鎖分布を推定できることが明らかにな

った。また,2 連子モノマー連鎖分率に関しては,それぞれの連鎖分布だけでなく,

同種あるいは異種の 2 連子モノマー連鎖分率が,実用的な精度と正確さで推定できる

ことも明らかになった。

86

文献

[1] 百瀬陽, 上田昭史, 特開 2006-169366, 三菱レイヨン.

[2] 間鍋徹, 浜田光夫, 池田勝彦, 角谷和宣, 特開 2002-302827, 三菱レイヨン.

[3] K. Schlothauer, B. Rothe, P. Hauptmann, Acta Polym., 1982, 33, 347.

[4] A. S. Brar, S. K. Hekmatyar, J. Polym. Mater., 1999, 16, 71.

[5] M. Monwar, S. K. Sahoo, P. L. Rinaldi, E. F. McCord, D. R. Marshall, M. Buback, H.

Latz, Macromolecules, 2003, 36, 6695.

[6] F. P. Price, J. Chem. Phys., 1962, 36, 209.

[7] T. Alfrey, G. Goldfinger, J. Chem. Phys., 1944, 12, 322.

[8] G. Odian, Principles of polymerization; 4th ed.; John Wiley and Sons, 2004, p. 486.

[9] A. Lorber, B. R. Kowalski, Appl. Spectrosc., 1990, 44, 1464.

[10] T. Kelen, F. Tüdõs, J. Macromol. Sci., Chem., 1975, 9, 1

[11] J. K. Fink, Makromol. Chem., 1981, 182, 2105.

87

第5章 メタクリル酸メチル-メタクリル酸 t-ブチル二元共重合体の立

体規則性の定量解析

5-1 緒言

工業的に製造されている高分子材料の多くは,共重合体である。例えば,液晶やプ

ラズマディスプレイの前面板や輝度向上用プリズムシート,プラスチック光ファイバ

ーなどの光学材料として,透明性と耐熱性を兼ね備えたメタクリル酸エステル系共重

合体が広く用いられている。電気製品や自動車などの実装部材として,上述の共重合

体を用いるには,さらなる耐熱性が必要である。立体規則性は,高分子材料の耐熱性

の指標として,一般的に知られている。

高分子の立体規則性を解析するもっとも優れた方法は NMR 分光法である。PMMA

の 1H NMR スペクトルが 3 連子立体規則性(イソタクチック mm,ヘテロタクチック

mr およびシンジオタクチック rr)によって分裂することは,1960 年に,Nishioka ら

[1],Bovey ら[2],Johnsen ら[3]によってそれぞれ独立に発見された。以後,様々な単

独重合体の立体規則性が解析されている[4]。ところが,NMR 法による共重合体の立

体規則性の解析は,モノマー連鎖による共鳴信号の分裂が加わるため,単独重合体と

比較して格段に難しい。

第3章で MMA-TBMA 共重合体の 13C NMR スペクトルに多変量解析を適用し,共

重合体の組成や 2 連子モノマー連鎖分布を精度良く推定できることを述べた。本章で

は,この方法を応用して,MMA-TBMA 二元共重合体の 3 連子立体規則性の推定を

試みた。また,統計的二次元 NMR 法(stat-2D NMR)[5]を併用し,PCA や PLSR で得ら

れるローディングの情報への詳細な意味付けも試みた。

5-2 モデル共重合体の合成

試薬

MMA および TBMA(三菱レイヨン)は,減圧蒸留により精製して用いた。2,2’-ア

ゾビスイソブチロニトリル(AIBN)(和光純薬工業)は,メタノール中での再結晶によ

り精製して用いた。塩化メチレン(キシダ化学)は,モレキュラーシーブ 4A による

脱水処理をして用いた。トルエン(関東化学)は,硫酸による脱硫と減圧蒸留で精製

して用いた。乳酸エチル,メタノール(キシダ化学),アセトン,n-ヘキサン,塩酸

88

(12 M),酢酸(関東化学),トルフルオロ酢酸(TFA)(東京化成工業),トリメチルシ

リルジアゾメタン(TMSDM)(2.0 M ジエチルエーテル溶液)(アルドリッチ)は,い

ずれも精製せずに用いた。

重合

モノマーに対して 0.5 mol%の AIBN とモノマー混合物の 20 wt%乳酸エチル溶液中,

窒素雰囲気下で,フリーラジカル重合を行った。重合温度は,−40,−20,0,40 °C と

し,UV-LED(波長 375 nm)を光重合の光源として用いた。重合開始から 48 時間後

(40 °C)あるいは 60 時間後(40 °C 以外)に,反応溶液を大量のメタノール/水混

合溶液(1/9 vol/vol)中に素早く注ぎ,白色沈澱を得た。この沈殿物をろ取した後,

アセトンへ溶解して約 5 wt%の溶液とした。沈殿物の再溶解-再沈澱操作を 3 回繰り

返した後,真空中,20 – 25 °C にて乾燥して,PMMA,PTBMA,MMA-TBMA 共重

合体を得た。各試料の収率は重量法で求めた。

共重合体の PMMA への変換

TBMA 単位の t-ブチル基の脱保護とメチルエステル化によって,共重合体を PMMA

へと変換した。典型的な操作を以下の通りである。共重合体(520 mg)を塩化メチレ

ン(10 mL)へ溶解した後,TFA(2.3 mL)を加え,40 °C,1 日間,攪拌しながら保

持した[6]。脱保護反応が進行するにしたがって,反応溶液が不均一化し,t-ブチル基

の脱保護が不十分となった。そのため,反応溶液をエバポレーターで濃縮した後,メ

タノール(5.5 mL)を加えて残渣物を溶解し,続いて塩酸(12 M;2 mL)を加え,還

流状態で,1 日間,攪拌しながら保持し,完全に t-ブチル基を脱保護した[7]。反応溶

液をエバポレーターで絶乾させた後,少量のメタノールを加え,残渣物を再溶解した。

この操作を 3 回繰り返すことで,酸分を除去した。

次に,メタノール(5 mL)を加えて残渣物を溶解した後,トルエン(20 mL),メチ

ルエステル化試薬として TMSDM のジエチルエーテル溶液(2.0 M;4 mL)の順に加

えた。反応溶液を,室温(20 – 25 °C)にて攪拌しながら保持し,12 時間後に少量の

酢酸を加えて反応を停止した[8]。反応溶液をエバポレーターで濃縮した後,残渣物を

アセトンに溶解して約 5 wt%の溶液とし,大量の n-ヘキサンへ注ぎ,白色沈澱を得た。

この沈殿物をろ過,あるいは,遠心分離によって取得した後,再度アセトンに溶解し

89

て約 5 wt%の溶液とした。沈殿物の再溶解-再沈澱操作を 3 回繰り返し,真空中,20

– 25 °C にて乾燥して,共重合体の PMMA 化試料を得た。

測定

試料の数平均分子量 Mn と分子量分布 Mw/Mn は,第3章と同じ装置および条件で測

定した。本研究で用いた試料の仕込みモノマーおよび共重合組成,Mn,Mw/Mn,およ

び,収率を表 5-1 に示す。また,共重合体を PMMA へ変換した試料の Mn,Mw/Mn,

および,1H NMR の α-メチル基から求めた 3 連子立体規則性の値を表 5-2 に示す。

第2章と同じ測定条件で得られた 13C NMR スペクトルを日本電子製 Alice2 ver.5 for

metabolome ver.1.6 を用いて,次に示す共鳴領域を 0.01 ppm 間隔でバケット積分した。

・ 15.5 – 22.5 ppm(α-メチル炭素)

・ 44.0 – 47.5 ppm(主鎖 4 級炭素)

・ 175.0 – 179.0 ppm(カルボニル炭素)

各共鳴領域での積分強度を 100 に規格化した後,これらの積分強度データを結合し,

Pattern Recognition Systems 製 Sirius ver.7.0 を用いて,PCA および PLSR を実行した。

なお,Sirius ver.7.0 でのデータ解析中に,各バケット範囲での積分強度の平均化およ

び中心化が自動で行われる。

90

表5-1 MMA-TBMA二元系の単独重合体および共重合体aの仕込みモノマーおよび共

重合組成,数平均分子量,分子量分布と収率

TBMA / mol% Code

Temp.

/ °C Feed Copolymer b Mn

c (10-3) Mw/Mn c

Yield

/ %

T0-1

T0-2

T0-3

T0-4

40

0

−20

−40

0

0

0

0

0

0

0

0

5.7

9.9

10.5

22.9

2.41

1.97

2.45

2.65

93.8

86.3

68.4

59.4

T3-1

T3-2

T3-3

T3-4

40

0

−20

−40

30.0

30.0

30.0

30.0

31.3

32.3

33.9

34.9

9.6

12.1

14.1

15.6

2.41

2.03

2.37

2.55

83.0

88.9

63.3

37.5

T5-1

T5-2

T5-3

T5-4

40

0

−20

−40

50.0

50.0

50.0

50.0

51.2

52.8

55.9

54.7

7.5

11.0

12.8

25.0

2.48

2.08

3.12

2.34

90.8

45.3

43.7

63.4

T7-1

T7-2

T7-3

T7-4

40

0

−20

−40

70.0

70.0

70.0

70.0

70.9

71.6

74.8

76.8

9.3

11.4

13.5

17.4

2.94

2.13

2.55

2.35

87.7

82.4

66.6

40.0

T10-1

T10-2

T10-3

T10-4

40

0

−20

−40

100

100

100

100

100

100

100

100

9.0

13.8

24.6

26.5

2.52

2.00

2.04

2.31

97.0

77.0

59.9

70.0 a [AIBN]0/[モノマー]0 = 0.5 mol% b 1H NMR により決定 c SEC により決定

91

表 5-2 MMA-TBMA 共重合体を PMMA 化した試料の数平均分子量,分子量分布と

立体規則性 3 連子

Triad tacticity / % b Code Original Mn

a (10-3) Mw/Mn a

mm mr rr

T3-1d

T3-2d

T3-3d

T3-4d

T3-1

T3-2

T3-3

T3-4

9.1

9.9

11.7

12.1

2.18

1.99

2.40

2.70

3.1

2.3

2.4

1.7

34.7

29.5

24.2

23.4

62.1

68.1

73.4

74.9

T5-1d

T5-2d

T5-3d

T5-4d

T5-1

T5-2

T5-3

T5-4

6.4

10.0

12.5

16.7

2.08

1.81

2.17

2.57

3.8

2.8

2.0

1.8

32.4

31.5

29.4

26.1

63.8

65.7

68.6

72.1

T7-1d

T7-2d

T7-3d

T7-4d

T7-1

T7-2

T7-3

T7-4

8.9

10.1

12.1

12.9

2.25

1.92

2.24

2.22

3.3

2.2

1.9

1.5

36.7

31.7

29.0

26.1

60.0

66.1

69.1

72.4 a SEC により決定 b 1H NMR により決定

5-3 主成分分析 ~単独重合体を主眼とした解析~

40 °C と−40 °C で重合した PMMA[T0-1,T0-4],PTBMA[T10-1,T10-4]と MMA

-TBMA 二元共重合体[T5-1,T5-4]のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭

素の 13C NMR スペクトルを図 5-1 に示す。一般に,メタクリル酸エステルのラジカ

ル重合では,重合温度の低下とともに,シンジオタクチシチーが増加することが知ら

れている[9]。Yuki らの報告[10]のように,図 5-1a~d に示した PMMA と PTBMA の

13C NMR スペクトルでも,重合温度が低い場合,シンジオタクチシチーが高くなり,

スペクトルの線幅も狭くなることが確認できた。しかし,図 5-1e~f に示した MMA

-TBMA 共重合体の 13C NMR スペクトルでは,重合温度の違いによるスペクトルの

変化は小さかった。これは,重合温度の変化にともなう立体規則性の変化よりも,モ

ノマー連鎖による分裂のほうが共鳴信号への影響が大きいことを示している。

92

図 5-1 異なる温度と仕込みモノマー組成で合成した試料のカルボニル炭素,主鎖 4

級炭素,α-メチル炭素領域の 13C NMR スペクトル。

a) T0-1,b) T0-4(いずれも PMMA),c) T10-1,d) T10-4(いずれも PTBMA),e) T5-1,

f) T5-4(いずれも MMA-TBMA 二元共重合体)

重合温度が異なる PMMA と PTBMA 各 4 種,組成と重合温度が異なる MMA-

TBMA 二元共重合体 12 種の合計 20 種の試料について,3 つの共鳴領域を結合したバ

ケット積分値で構成されたデータ群について PCA を行った。得られた PC1~PC3 の

ローディングを図 5-2 に,スコアプロットを図 5-3 にそれぞれ示す。PC1~PC3 の主

93

成分の寄与率はそれぞれ 70.6 %,22.0 %,2.9 %で,累積寄与率が 95.5 %となった。3

つの主成分で全 20 種の試料の 13C NMR スペクトルの情報がほぼ説明できたと言える。

図 5-2 20 試料のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭素領域における PCA

ローディング。

a) PC1,b) PC2,c) PC3

図 5-1 に示した 13C NMR スペクトルと対応するローディング(図 5-2)およびスコ

アプロット(図 5-3)を比較しながら,各主成分が持つ情報を考察する。まず,PC1

について考える。PC1 ローディングでは正側に PMMA,負側に PTBMA の共鳴信号が

それぞれ捉えられた。また,PC1 スコアの値も,試料の分子量や収率に関係なく,試

料中の TBMA 組成の増加とともに単調に減少した。これらの傾向は, 80 °C で重合

した PMMA,PTBMA,MMA-TBMA 共重合体の合計 27 種の試料における PCA の

結果(第3章)と同様である。そのため,PC1 には,主として試料の組成が反映され

たと言える。しかし,図 5-3 のスコアプロットにおける PMMA 4 種の PC1 スコアは,

重合温度の低下とともに大きくなった。PC1 には,PMMA のシンジオタクチシチーに

関する情報も含まれていると推測される。

94

図 5-3 20 試料のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭素領域における PCA

スコアプロット。

a) PC1-PC2 プロット,b) PC1-PC3 プロット

重合温度 ■:40 °C,▲:0 °C,△:−20 °C,□:−40 °C

次に,PC2 が持つ情報について考察する。PC2 ローディングの正側には PMMA と

PTBMA,負側には共重合体に特徴的な共鳴信号がそれぞれ抽出された。共重合体の

PC2 スコアは,単独重合体の値より小さく,共重合体の組成が等モルに近づくにした

がって減少した。これらの傾向は,PC1 の場合と同様に,第3章で検討した PCA と

同じであることから,PC2 には,主として試料中の 2 連子モノマー連鎖の同種・異種

性が反映されたと考えられる。ところが,PMMA 4 種と T7 シリーズ 4 種の PC2 スコ

アは,重合温度の低下とともに大きくなった。PC2 ローディングの正側をよく見ると,

PMMA の共鳴信号のうち,カルボニル炭素領域の 177.64 ppm に観測されるシンジオ

タクチック 5 連子(rrrr)の信号が強調されていた。また,主鎖 4 級炭素や α-メチル炭

素のシンジオタクチック 3 連子(rr)の信号も,同様に強調されていた。これらの結果

から,PC2 には PMMA のカルボニル炭素の rrrr と主鎖 4 級炭素および α-メチル炭素

の rr に関する情報も含まれていることが示唆された。PC2 の負側のローディング形状

が複雑なため,T7 シリーズ 4 種に関する原因は不明であった。

最後に PC3 に関して考察する。PC3 ローディングの正側では,PMMA のカルボニ

ル炭素の rrrr の信号,主鎖 4 級炭素と α-メチル炭素の rr のうち低磁場側,つまり rrrr

の信号がそれぞれ捉えられた。負側のローディングは,主にヘテロタクチック 3 連子

(mr)などのメソ連鎖(m)を含む信号が抽出された。また,PMMA 4 種の PC3 スコアだ

けが重合温度の低下とともに大きくなり,他の試料の PC3 スコアは 0 に近い値となっ

95

た。これらの結果から,PC3 には,PC1 や PC2 が持つ情報の一部として含まれていた

PMMA の rrrr が反映されていると考えられた。そこで,PMMA 4 種の 13C NMR スペ

クトルのカルボニル領域から定量される rrrr 分率と,PC3 スコアとの関係を調べたと

ころ,図 5-4 に示すように,両者は良い相関(R2 = 0.912)を示した。

これら 3 つの主成分全てにおいて,PMMA の立体規則性に関する情報が含まれて

いた。PMMA の立体規則性に帰属される共鳴信号が広い周波数範囲に,かつ,強い

強度で観測されたため,1 つの主成分だけで抽出できなかったと推測される。

図 5-4 異なる温度で合成した PMMA 4 種の PC3 スコアと 13C NMR から求めたシン

ジオタクチック 5 連子(rrrr)分率の関係。

5-4 共重合体の主成分分析と統計的二次元 NMR による考察

前節で述べた PMMA,PTBMA,共重合体からなる合計 20 種の試料を用いた PCA

では,3 つの主成分全てにおいて,PMMA の立体規則性に関する情報が表れた。そこ

で,共重合体の立体規則性に関する定量的な情報を取得するため,主成分へ与える影

響が大きい単独重合体を除いた共重合体 12 種だけを用いて,改めて PCA を行った。

PCA から得られた PC1~PC3 のスコアプロットを図 5-5 に示す。PC1~PC3 の主成分

の寄与率はそれぞれ 90.3 %,5.4 %,2.7 %で,累積寄与率が 98.4 %となった。3 つの

主成分で共重合体 12 種の 13C NMR スペクトルの情報を網羅できたと言える。

96

図 5-5 共重合体 12 種のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭素領域における

PCA スコアプロット。

a) PC1-PC2 プロット,b) PC1-PC3 プロット

重合温度 ■:40 °C,▲:0 °C,△:−20 °C,□:−40 °C

図 5-5 に示したスコアプロットをもとに,各主成分が持つ情報について考察する。

まず,試料の分子量や収率に関係なく,PC1 スコアが試料中の TBMA 組成の増加と

ともに減少する傾向を示した。これは,第3章,および,5-3節での検討結果と同

じ傾向であったため,PC1 には,主として試料の組成が反映されたと考えられる。し

かし,TBMA 組成が約 70 mol%の T7 シリーズ共重合体 4 種の PC1 スコアの値は,重

合温度の低下とともに大きくなった。このことから,PC1 には TBMA 連鎖のシンジ

オタクチシチーに関する情報も含まれていると推測される。

次に,PC2 スコアは,共重合体の組成が等モルに近づくにしたがい減少した。これ

も,第3章,および,5-3節で検討した PCA と同じ傾向であることから,PC2 に

は,主として試料中の2連子モノマー連鎖の同種・異種性が反映されたと考えられる。

しかし, T7 シリーズ共重合体 4 種の PC2 スコアの値は,重合温度の低下とともに小

さくなった。このことから,PC2 にも TBMA 連鎖のシンジオタクチシチーに関する

情報も含まれていると推測される。

最後に,PC3 に関しては,TBMA 組成が約 50 mol%の T5 シリーズ共重合体と,TBMA

組成が約 30 mol%の T3 シリーズ共重合体の各 4 種の PC3 スコアは,重合温度の低下

とともに単調に大きくなった。T7 シリーズ共重合体 4 種の PC3 スコアも,わずかな

差ではあるが,重合温度の低下とともに単調に大きくなった。これらの結果から,PC3

には,主として共重合体のシンジオタクチシチーが抽出されたと考えられる。また,

97

重合温度が同じ共重合体で比較すると,T5 シリーズの PC3 スコアの値が最小となっ

たことから,PC3 には,試料中の 2 連子モノマー連鎖の同種・異種性に関する情報も

含まれていることが考えられる。

共重合体 12 種の PCA で得られた PC1~PC3 のローディングを図 5-6 に示す。カル

ボニル炭素領域の PC1 ローディング(図 5-6a)は,正側に PMMA(M-M-M 連鎖),

負側に PTBMA(T-T-T 連鎖)の共鳴信号に似た形状であった。主鎖 4 級炭素領域と α-

メチル炭素領域の PC1 ローディングは,正側の M-M-M 連鎖と負側の T-T-T 連鎖の共

鳴信号に加え,3 連子モノマー連鎖の中心のモノマー単位は MMA あるいは TBMA で

あるが,隣のモノマー単位が異なる構造の情報も抽出されていた。これらの考察から,

PC1 には,主として,3 連子モノマー連鎖の中心モノマー単位の情報,つまり,試料

の組成を反映していることが示唆された。また,例えば,α-メチル炭素領域の PC1 ロ

ーディングの 18.95 – 19.05 ppm に現れた信号は,PMMA と PTBMA の mr に帰属され

る共鳴信号を捉えていた。このことから,PC1 には,シンジオタクチシチー以外の立

体規則性(mr,mm)の情報も含まれていると推測され,図 5-5 に示したスコアプロ

ットからの考察と一致した。

図 5-6 異なる温度と仕込みモノマー組成で合成した共重合体 12 種のカルボニル炭

素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭素領域における PCA ローディング。

a) PC1,b) PC2,c) PC3

98

PC2 ローディングは,第3章での PC2 ローディング(図 3-4d)と同様に,正側に

M-M-M 連鎖と T-T-T 連鎖,負側に異種連鎖に由来する共鳴信号が,それぞれ捉えら

れたと考えられる。PC2 スコアプロットでの考察と併せて,PC2 には主として 2 連子

モノマー連鎖の同種・異種性が反映されたと考えられる。しかし,スコアプロットの

考察で,PC2 には立体規則性に関する情報が含まれているとしたが,PC2 ローディン

グが複雑な形状を示したため,このままでは,これ以上の考察が難しいと考えた。同

様に,PC3 ローディングについても,意味付けを考える上で,別の角度からの情報が

必要であると考えた。

各主成分が持つ情報を正確に捉えるには,スコアプロットとローディングの両方が

相補的に,矛盾なく説明できることが大切となる。そこで,統計的二次元 NMR 法

(stat-2D NMR)[5]を用いて,各主成分の情報を正確に把握することを試みた。共重合

体 12 種のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,および,α-メチル炭素領域の 13C NMR ス

ペクトルと,共重合体を化学変換して得た PMMA 12 種のカルボニル炭素領域の 13C

NMR スペクトルを,それぞれ 0.02 ppm 間隔でバケット積分したデータ群を用いた

stat-2D NMR スペクトルを図 5-7 に示す。共重合体のいずれの炭素領域についても,

PMMA の rrrr に帰属される 177.51 – 177.79 ppm の共鳴信号と,共重合体の一部の共

鳴信号とが,比較的大きな正の相関として表された。stat-2D NMR に表れる正の相関

は,第2章で述べたように,2 つの試料群の信号強度の増減が同調しているときであ

る。つまり,PMMA の rrrr 信号強度が強くなるにしたがい,共重合体の正の相関を

示した信号強度も強くなることを意味している。PMMA の立体規則性は,元の共重

合体の立体規則性を保持しているので,共重合体の正の相関を示した信号は,rrrr に

対応する共鳴信号であると考えられる。

99

図 5-7 MMA-TBMA 二元共重合体 12 種とそれらから誘導して得られた PMMA 12

種との統計的二次元 NMR のスペクトル。

a) 共重合体,PMMA:ともにカルボニル炭素領域,b) 共重合体:主鎖 4 級炭素領域,

PMMA:カルボニル炭素領域,c) 共重合体:α-メチル炭素領域,PMMA:カルボニル

炭素領域

100

図 5-8 PMMAの 5連子立体規則性に対応する信号で stat-2D NMRスペクトルをスラ

イスして得た共重合体の相関スペクトル。

共重合体の各炭素領域を PMMA の 5 連子立体規則性に帰属される 6 つの共鳴信号

(mrrm:178.13 – 178.29 ppm,mrrr:177.85 – 178.09 ppm,rrrr:177.51 – 177.79 ppm,

rmrm:176.97 – 177.11 ppm,rmrr:176.71 – 176.95 ppm,rmmr:176.01 – 176.15 ppm)

でスライスした相関スペクトルを図 5-8 に示す。なお,スライスした相関スペクトル

の共分散の値は,上記の共鳴領域の各バケットにおける共分散の平均値とした。共重

101

合体のいずれの炭素領域についても,PMMA の rrrr 信号でスライスしたスペクトル

は正の相関が表れた。これに対して,それ以外の共鳴信号でスライスしたスペクトル

は,rrrr 信号でスライスしたスペクトルとほぼ同じ形状であったが,符号が反転して

いた。この結果は,PMMA の rrrr と正の相関を示した共重合体の信号強度が強くな

るにつれて,PMMA の rrrr 以外の立体規則性に帰属される信号強度が弱くなること

を示している。したがって,共重合体の正の相関を示した信号は,rrrr に対応する共

鳴信号であることが強く示唆された。

共重合体の rrrr に対応する共鳴信号と,図 5-6 で示した PC3 ローディングとを比較

すると,共重合体の rrrr に対応する共鳴信号は,PC3 ローディングとほぼ同じ形状で

あることがわかった。この結果から,PC3 には主として rrrr の情報が反映されたと言

える。さらに詳細な構造情報を得るために,比較的組成の近い T3 シリーズ,T5 シリ

ーズ,および,T7 シリーズごとに stat-2D NMR を行い,PMMA の rrrr 信号でスライ

スした相関スペクトルと,PC3 ローディングとを比較し,図 5-9 に示す。

まず,カルボニル炭素領域での相関スペクトルと PC3 ローディングの比較(図 5-9a)

では,T3 シリーズと T7 シリーズの相関スペクトルに,低磁場側と高磁場側に強度の

強いそれぞれ 3 つの正の相関が表れた。また,T5 シリーズの相関スペクトルには,

T3 シリーズと T7 シリーズで観測された正の相関が 6 つ全て現れた。シンジオタクチ

ックなメタクリル酸エステルの二元共重合体(モノマー単位:M1,M2)の 13C NMR

スペクトルでは,カルボニル炭素領域において, M1 単位が中心の M1-M1-M1,

M1-M1-M2,M2-M1-M2と,M2 単位が中心の M2-M2-M2,M2-M2-M1,M1-M2-M1の 6 種

類が観測される[11,12]。共重合体の組成と,PMMA および PTBMA の rrrr に帰属され

る共鳴周波数を考慮すると,6 つの信号は,全て rrrr であり,低磁場側から,T-M-T,

M-M-T,M-M-M,T-T-T,T-T-M,M-T-M の 3 連子モノマー連鎖に対応していると考

えられる。

次に,主鎖 4 級炭素領域での相関スペクトルと PC3 ローディングの比較(図 5-9b)

と,α-メチル炭素領域での相関スペクトルと PC3 ローディングの比較(図 5-9c)に

ついても,カルボニル炭素領域での考察と同様にして,PC3 ローディングに現れた信

号に対して,6 種類の 3 連子モノマー連鎖を対応付けることができた。

通常の 13C NMR スペクトルでは,主鎖 4 級炭素や α-メチル炭素の共鳴信号は,3

連子に由来する立体規則性の分裂しか観測されない。しかし,本手法を用いることで,

102

超高分解能な NMR 装置でなくても,5 連子立体規則性と 3 連子モノマー連鎖に関す

る情報が得られることが明らかになった。

図 5-9 組成の近い試料ごとの stat-2D NMR スペクトルを PMMA の rrrrに対応する

信号でスライスした共重合体の相関スペクトルと PC3 ローディングの比較。

a) カルボニル炭素領域

*印については本文参照

103

図 5-9 つづき。 b) 主鎖 4 級炭素領域

*印については本文参照

104

図 5-9 つづき。 c) α-メチル炭素領域

最後に,PC2 に含まれると示唆された立体規則性について考察する。カルボニル炭

素領域(図 5-9a)と,主鎖 4 級炭素領域(図 5-9b)の stat-2D NMR における PMMA

の rrrr との相関スペクトルで,177.30 – 177.35 ppm と 46.61 – 46.69 ppm にそれぞれ現

れた信号(*印)は,TBMA 組成が増加するにしたがい,共分散の値も増加した。こ

れらの信号は,具体的な構造は不明であるが,rrrr と TBMA 単位を含むモノマー連鎖

105

を併せ持つ構造に由来していると考えられる。PC2 ローディング(図 5-6b)を確認す

ると,これらの共鳴領域の正側に,比較的強い信号が現れていた。このことから,PC2

には,rrrr かつ TBMA 単位を含むモノマー連鎖の情報も抽出されたと言える。このた

め,T7 シリーズ共重合体の PC2 スコアは,重合温度の低下とともに小さくなった。

5-5 共重合体の 3 連子立体規則性の推定

PCA に用いた共重合体 12 種のうち,T5-2 と T5-3 以外の共重合体 10 種のカルボニ

ル炭素,主鎖 4 級炭素および α-メチル炭素の 13C NMR スペクトルを説明変量とし,

1H NMR スペクトルから求めた 3 連子立体規則性 rr,mr,mm の分率をそれぞれ目的

変量とした 3 種類の PLSR モデルを作成し,それぞれ Model Trr,Model Tmr,Model Tmm

とした。PLSR による 3 連子立体規則性分率の推定には,第4章で組成および 2 連子

モノマー連鎖分率を推定した場合と同様に,寄与率 1.0 %以上の潜在変数を採用した

(表 5-3)。また,3 種類の 3 連子立体規則性分率推定用 PLSR モデルで用いた潜在変

数ローディングを図 5-10 に示す。

まず,rr 分率推定用の Model Trr のローディングについて考察する。LV1 ローディ

ングの形状は,共重合体 12 種の PCA で得られた PC1 ローディング(図 5-6a)と同

じ形状であった。LV1 には,試料中の組成に関する情報が捉えられたと考えられる。

次に,5-4節で考察した PC3 ローディングで抽出された立体規則性およびモノマー

連鎖情報を参考にすると,LV2 ローディングでは,rrrr かつ T-T-T 連鎖(rTrTrTr 連鎖)

と相関のある信号が正側に強く捉えられたほか,rTrTrMr 連鎖,rMrTrMr 連鎖,

rMrMrMr 連鎖と,rrrr と TBMA 単位を含むモノマー連鎖を併せ持つ構造(図 5-9a,

b の*印)も正側に抽出された。LV3 ローディングでは,rMrMrTr 連鎖,rTrMrTr 連

鎖に加え,PMMA の rmrr と考えられる信号も正側に抽出された。LV2 および LV3 の

2 つの潜在変数で,rr の情報を大雑把に把握できたと言える。LV4 以降のローディン

グは,その形状が複雑なために詳細は不明だが,LV3 までに抽出できなかった rr 構造

に由来する共鳴信号を捉えていると推測される。

106

表 5-3 3 連子立体規則性分率推定用 PLSR モデルの寄与率

LV rr / % mr / % mm / %

LV1

LV2

LV3

LV4

LV5

LV6

12.5

77.6

5.9

1.8

1.8

13.4

74.8

6.1

2.5

2.8

12.9

73.8

5.3

2.9

3.6

1.4

Total 99.6 99.6 99.9

図 5-10 異なる温度と仕込みモノマー組成で合成した共重合体 10 種からなる 3 連子

立体規則性分率推定用 PLSR モデルの潜在変数ローディング。

a) シンジオタクチック 3 連子(rr)分率推定用モデル(Model Trr)

107

次に,mr 分率推定用の Model Tmr のローディングについて考察する。LV1~LV5 の

ローディングの形状は,全て Model Trr のローディングを符合反転させた形状となっ

た。つまり,Model Tmr では,rr でない情報を捉えたと考えられる。ラジカル重合で

得られた共重合体の立体規則性は,重合温度の低下とともにシンジオタクチシチーが

増加する。また,立体規則性は,ベルヌーイ統計にしたがうので,シンジオタクチシ

チーの増加に対応して,ヘテロタクチシチーが減少する。さらに,本研究で扱った共

重合体は,最高でも 40 °C で合成したため,イソタクチシチーは元々小さい。これら

の理由で,Model Tmr では,rr でない情報を捉えたと推測される。

図 5-10 つづき。 b) ヘテロタクチック 3 連子(mr)分率推定用モデル(Model Tmr)

108

図 5-10 つづき。 c) イソタクチック 3 連子(mm)分率推定用モデル(Model Tmm)

最後に,mm 分率推定用の Model Tmmのローディングについて考察する。6 つの潜在

変数のうち,Model Tmmに特徴的なローディングは,LV2 であった。LV2 のローディ

ングの負側には,MMA 単位を中心とした rMrMrMr 連鎖,rMrMrTr 連鎖,rTrMrTr

連鎖に相関する共鳴信号が強く捉えられた。LV2 以外のローディングは,LV1 が Model

Trr の LV1 と,LV3 と LV4 が Model Tmr の LV3 と LV4 と,LV5 が Model Trr の LV4 と,

それぞれ同じ形状となった。これらのローディングを総合して,Model Tmm では,rr

109

でも mr でもない情報を捉えたと考えられる。なお,LV6 ローディングは,ノイズが

大きいため,詳細な検討ができなかった。

これら 3 つの PLSR モデル T シリーズを用いて,検量データとした試料 10 種の

leave-one-out 法によるクロスバリデーションを行った。1H NMR スペクトルから求め

た立 3 連子体規則性分率と,PLSR で推定した 3 連子立体規則性分率とは,図 5-11 に

示すように,RSD = 0.2 – 0.9 %,R2 = 0.997 – 0.999 で一致し,高い精度と正確さでクロ

スバリデーションできた。

そこで,これらの PLSR モデル T シリーズを用いて,「未知試料」とした T5-2 と

T5-3 の共重合体 2 種のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素および α-メチル炭素の 13C NMR

スペクトルから,これらの 3 連子立体規則性分率の推定を試みた。図 5-11 に示すよ

うに,T5-2 と T5-3 の rr 分率,mr 分率,mm 分率の RSD は,それぞれ 1.6 %,4.4 %,

12.9 %となった。mm 分率は,正確さにやや欠けたが,rr および mr 分率は,正確に推

定することができた。

本章で述べた一連の検討から,モデルとなる二元共重合体 10 種の 13C NMR スペク

トルから構築した PLSR モデルを用いて,任意の二元共重合体の 3 連子立体規則性分

率を精度良く推定できることが明らかになった。また,二元共重合体 12 種の 13C NMR

スペクトルの PCA と,stat-2D NMR 法を併用することで,共重合体の複雑な NMR ス

ペクトルから,5 連子立体規則性と 3 連子モノマー連鎖とを反映する共鳴信号を抽出

することができた。

本研究で用いた共重合体は,仕込みモノマー組成 3 通りと,重合温度 4 通りの合計

12 種である。PCA では,立体規則性を反映する PC3 の寄与率は 2.7 %と小さく,より

詳細な解析のためには,より広範囲の重合温度・立体規則性を網羅する共重合体が必

要である。この際,アニオン共重合など,より異なった試料を揃えることが有効と考

えられる。

110

図 5-11 3 連子立体規則性分率推定用 PLSR モデルのクロスバリデーションと,それ

により推定された共重合体 2種の立体規則性 3連子分率と 1H NMRによる実測値との

相関。

a) シンジオタクチック 3 連子分率,b) ヘテロタクチック 3 連子分率,c) イソタクチ

ック 3 連子分率

●:検量データ,□:「未知試料」とした共重合体 T5-2 および T5-3

111

文献および注釈

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112

113

第6章 結論

これまでの章では,高分子の一次構造の解析に有用な手法の 1 つである NMR 分光

法に対して,複雑かつ大量の情報や差異が判別できないデータ群から,いくつかの有

用な情報へと変換する強力な手法である多変量解析を適用することで,NMR スペク

トルの帰属を行うことなく,工業的に広く利用されている高分子材料のモデル共重合

体の一次構造に関する定量的な情報が得られることを示してきた。本章では,本論文

の結論として,本研究で対象とした種々の共重合体と,その一次構造,および,推定

された一次構造情報の結果を以下にまとめ,これまでの到達点と今後の展望について

述べる。

6-1 本研究の結論

まず,第3章で述べたメタクリル酸メチル(MMA)-メタクリル酸 t-ブチル(TBMA)

二元共重合体の組成および 2 連子モノマー連鎖分布の推定では,単独重合体 2 種と,

それらの混合試料 9 種の合計 11 種の 13C NMR スペクトルから構築した部分最小二乗

回帰(PLSR)モデルを用いて,二元共重合体の組成を精度良く推定できることを示した。

また,単独重合体 2 種と,それらの混合試料 9 種,および,初期共重合体 9 種の合計

20 種の 13C NMR スペクトルから構築した PLSR モデルを用いて,理論式から外れた

モノマー連鎖分布を持つ共重合体の混合試料や,通常では推定が難しい後期共重合体

の 2 連子モノマー連鎖分布も,精度良く推定できることを示した。さらに,合計 27

種の試料の 13C NMR スペクトルを主成分分析(PCA)することで,各主成分が捉えた一

次構造の情報も明らかにできた。ここでは,NMR スペクトルの多変量解析が,共重

合体の一次構造情報の定量的な把握に利用できることを実証した。

次に,第4章で述べた MMA-TBMA-メタクリル酸 2-ヒドロキシエチル(HEMA)

三元共重合体の組成および 2 連子モノマー連鎖分布の推定では,単独重合体 3 種とそ

れらの混合試料 34 種の 13C NMR スペクトルから構築した PLSR モデルを用いて,三

元共重合体の組成を精度良く推定できることを示した。また,単独重合体 3 種と,そ

れらの混合試料 34 種,および,3 系列の二元初期共重合体 9 種ずつ,合計 64 種の 13C

NMR スペクトルから構築した PLSR モデルを用いて,三元共重合体の 2 連子モノマ

ー連鎖分布や,同種および異種 2 連子モノマー連鎖分率を,実用的な精度で推定でき

114

ることを示した。さらに,合計 80 種の試料の 13C NMR スペクトルの PCA から,各

主成分が捉えた一次構造の情報も明らかにできた。ここでは,第3章で述べた MMA

-TBMA 二元共重合体での解析手法が,三元共重合体へ拡張可能であることを証明し

た。

さらに,第5章で述べた MMA-TBMA 二元共重合体の立体規則性の推定では,モ

デルとなる二元共重合体 10 種の 13C NMR スペクトルから構築した PLSR モデルを用

いて,任意の二元共重合体の 3 連子立体規則性分率を精度良く推定できることが明ら

かになった。また,二元共重合体 12 種の 13C NMR スペクトルの PCA と,統計的二

次元 NMR 法(stat-2D NMR)を併用することで,共重合体の複雑な NMR スペクトルか

ら,5 連子立体規則性と 3 連子モノマー連鎖とを反映する共鳴信号を抽出することが

できた。さらに,二元共重合体 12 種に,立体規則性が異なる PMMA および PTBMA

各 4 種を加えた合計 20 種の試料の 13C NMR スペクトルの PCA から,各主成分が捉

えた一次構造の情報も明らかにできた。ここでは,NMR 法では難しいとされる二元

共重合体の立体規則性の解析に対して,多変量解析と stat-2D NMR の有用性を実証し

た。

5-2 今後の展望

本研究では,モデル的二元および三元共重合体の 13C NMR スペクトルの多変量解

析が,共重合体の一次構造の解析や,その定量的な把握に対して有用であることが確

認された。本研究で扱った共重合体は,線状高分子である。本手法がさらに実用性の

あるものへ飛躍するには,モノマー単位がさらに増えた四元あるいは五元共重合体に

ついての検討が必須である。また,くし型,星形などの分岐高分子や,溶媒に不溶な

網目高分子や架橋高分子などの線状ではない共重合体に対しても,本手法が有用であ

ることを実証する必要がある。高分岐共重合体の分岐度に関する検討も始まっている

が,末端基構造や架橋点構造についても,今後取り組むべき問題である。

別の観点では,NMR と,他の分析手法を併用することが期待される。NMR スペク

トルから得られる一次構造の情報は,平均値である。工業的な高分子材料の機能発現

には,一次構造の平均値とともに,その分布が大きな影響を及ぼすことがしばしばあ

る。例えば,マトリックス支援レーザー脱離イオン化時間飛行型質量分析法(MALDI-

TOF-MS)は,比較的分子量の大きい高分子の解析が可能であることと,質量数の情報

115

が得られることから,質量数で判別できる一次構造の分布(例えば,組成分布)が解

析できる。NMR スペクトルと MALDI-TOF-MS スペクトルを組み合わせた多変量解析

により,一次構造の平均値とその分布が,互いに関係性のある情報として得られるで

あろう。また,一次構造の情報だけでなく,例えば,光散乱,X 線散乱,中性子散乱

などの高次構造を反映したスペクトルとを組み合わせて多変量解析することで,一次

構造と高次構造との関係も明確になり得るであろう。さらに,構造情報だけでなく,

材料物性や機能性を表す数値データやスペクトルとを組み合わせることで,一次構造

~高次構造~材料物性の関係が明らかになり,本手法で得られた情報が材料開発に携

わる研究者や技術者への指針となることが期待される。

今後,本章で述べた課題を順次解決していくことで,本研究で実証した手法が高分

子工業だけでなく,高分子科学の分野においても,大きな貢献をするものと期待され

る。

116

本論文に関わる発表論文

(本論文中の所在)

1. “Multivariate Analysis of 13C NMR Spectra of Methacrylate Copolymers and

Homopolymer Blends”

Hikaru MOMOSE, Kosuke HATTORI, Tomohiro HIRANO, and Koichi UTE,

Polymer, 2009, 50, 3819–3821. (第3章)

2. “Statistical Determination of Chemical Composition and Monomer Sequence

Distribution of Poly(methyl methacrylate-co-tert-butyl methacrylate)s by Multivariate

Analysis of 13C NMR Spectra”

Hikaru MOMOSE, Tomoya MAEDA, Kosuke HATTORI, Tomohiro HIRANO, and

Koichi UTE,

to be submitted to Polym. J. (第3章)

3. “Statistical Determination of Chemical Composition and Monomer Sequence

Distribution of Methacrylate Terpolymers by Multivariate Analysis of 13C NMR

Spectra”

Hikaru MOMOSE, Tatsuya NAONO, Tomoya MAEDA, Tomohiro HIRANO, and

Koichi UTE,

to be submitted to Int. J. Polym. Anal. Charact. (第4章)

4. “Statistical Determination of Tacticity of Poly(methyl methacrylate-co-tert-butyl

methacrylate)s by Multivariate Analysis of 13C NMR Spectra”

Hikaru MOMOSE, Tomoya MAEDA, Tatsuya NAONO, Seiko ASAKAWA, Ryuichi

SAKAO, Tomohiro HIRANO, and Koichi UTE,

to be submitted to Polym. J. (第5章)

117

参考論文

5. “Characterization of Methacrylate Copolymers by Means of Multivariate Analysis of

13C NMR Spectra”

Hikaru MOMOSE, Tomoya MAEDA, Tatsuya NAONO, Kosuke HATTORI, Tomohiro

HIRANO, and Koichi UTE,

11th Pacific Polymer Conference (PPC11), 2009, p.309–310.

6. “Determination of Comonomer Sequence Distribution of MMA−TBMA Copolymers by

Means of Multivariate Analysis of 13C NMR Spectra”

Hikaru MOMOSE, Tomoya MAEDA, Tatsuya NAONO, Kosuke HATTORI, Tomohiro

HIRANO, and Koichi UTE,

23rd International Symposium on Polymer Analysis and Characterization (ISPAC-2010),

2010, p.32–33.

7. “Analysis of Monomer Sequence Distribution and Stereoregularity of Poly(MMA-co-

TBMA)s by Multivariate Analysis of 13C NMR Spectra”

Hikaru MOMOSE, Tomoya MAEDA, Tatsuya NAONO, Seiko ASAKAWA, Tomohiro

HIRANO, and Koichi UTE,

International Conference on Polymer Analysis and Characterization & 15th Symposium

on Polymer Analysis in Japan (ICPAC), 2010, p.71–72.

8. “13C NMRスペクトルの多変量解析によるアクリル系共重合体の一次構造解析”

百瀬 陽,平野 朋広,右手 浩一,

総合論文として 分析化学 へ投稿準備中

118

共同研究者一覧 (五十音順)

浅川 聖子 (徳島大学大学院先端技術科学教育部)

右手 浩一 (徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部)

上池 亮太 (徳島大学大学院先端技術科学教育部)

坂尾 竜一 (徳島大学工学部)

直野 辰哉 (徳島大学大学院先端技術科学教育部)

服部 康祐 (徳島大学大学院先端技術科学教育部)

平野 朋広 (徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部)

前田 智也 (徳島大学大学院先端技術科学教育部)

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謝 辞

本研究を遂行するにあたり,終始懇切な御指導と御鞭撻を賜りました徳島大学大学

院ソシオテクノサイエンス研究部の右手浩一教授に心から感謝いたします。

また,本研究を行うにあたり,数多くの御助言,御支援を頂戴した徳島大学大学院

ソシオテクノサイエンス研究部の平野朋広准教授,ならびに,共同研究者の方々に深

く感謝いたします。

さらに,本論文の作成にあたり,有益な御助言と御鞭撻を賜りました徳島大学大学

院ソシオテクノサイエンス研究部の河村保彦教授,および,杉山茂教授に心から感謝

いたします。

また,本研究を進めるにあたり,ソフトウエアの御提供と適切な御助言を頂戴した

日本電子株式会社の有福和紀氏,適切な御助言と御支援を頂いた徳島大学工学部化学

応用工学科物質合成化学 A-2 講座の諸氏,ならびに,ご協力頂いた学内外の多数の皆

様に,感謝の意を表します。

なお,博士後期課程の三年間は,三菱レイヨン株式会社から現職派遣して頂き,本

研究を行う機会を得た。会社の関係各位の寛大な御配慮に深く感謝いたします。

最後に,三年間の徳島大学での研究生活を快く受け入れ,常に温かく見守ってくれ

た,妻 扶実乃と,娘 晴菜に心から感謝します。

2011 年 3 月