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©2020 株式会社みずほ銀行 1 / 7 2020 7 7 みずほ銀行 国際戦略情報部 Mizuho Country Focus 【北米3ヵ国】USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)発効 ~北米 3 ヵ国の自動車業界への影響について~ 1. はじめに 2020 7 1 日、米国・メキシコ・カナダ間の新たな通商協定である USMCA が発効した。これに 伴い、 USMCA の前身である北米自由貿易協定( North American Free Trade Agreement, 以下 NAFTA」)は効力を失う。 USMCA は元々、NAFTA が米国の対墨貿易赤字拡大および製造業における雇用喪失の主因である とする米トランプ政権の主張のもと、2017 8 月に開始された NAFTA の再交渉を経て策定された ものである。米墨間では自動車の原産地規則の強化、米加間では乳製品市場の開放がそれぞれ 最大の焦点であったが、両分野で各国が一定の譲歩を示したことで、2018 11 月に 3 ヵ国による 新協定への署名が実現。2019 12 月の修正合意を経て、メキシコが 2019 12 月、米国が 2020 1 月、カナダが 2020 4 月にそれぞれ国内での協定批准手続きを完了させたことで、協定の条文に 従い、2020 7 1 日に発効を迎えた。また、協定の発効に先立ち、2020 6 月には協定の実務 上のガイドラインとなる「統一規則(Uniform Regulations)」が公表された。 USMCA NAFTA と比べて、米トランプ政権の掲げる“America First”を反映した管理貿易色の強い 通商協定であり、米国と輸出入取引のある在メキシコおよび在カナダの日系企業は USMCA における 新たな貿易ルールへの早期の対応を迫られることになる。 両国に進出する日系企業の内訳を見ると、カナダで食品業および農林漁業を営む企業が在カナダ 日系企業全体に占める比率 4%であり、米国のカナダ乳製品市場へのアクセス拡大の影響は限定的 と見られる。一方で、メキシコでは輸送機器事業者が全体の 28%(関連業種も含めると全体の 3 割強) と最大のシェアを占めており、米墨間の争点であった自動車の原産地規則強化の影響は大きいと 言える(次頁図表 1)。このため、本紙でも USMCA の自動車関連条項が、米墨に跨って生産・取引を 行う自動車企業へもたらす影響に焦点を当てて考察したい。 要旨 2020 7 1 日、米国・メキシコ・カナダ間の新たな通商協定「米国・メキシコ・カナダ協定」(United States- Mexico-Canada Agreement, 以下「USMCA」)が発効した USMCA においては自動車の原産地規則が大幅に厳格化。米墨を跨いでビジネスを展開する日系自動車 メーカーは、特に域内原産割合・労働付加価値割合・鉄およびアルミの域内調達義務の影響を大きく受ける こととなる USMCA の発効に伴い、北米(=米国・メキシコ・カナダ)の自動車業界においては域外からの生産回帰や 緩やかな新規進出等が生じると想定される。既に北米 3 ヵ国に新規進出している自動車サプライヤーにおいて は、自動車関連条項の正確な理解と効率的な対応が求められる 2020 7 1 日、 交渉開始から 3 年を経ての 発効 米墨に跨る日系 自動車企業への 影響が特に大き

Mizuho Country Focus...Mexico-Canada Agreement, 以下「USMCA」)が発効した USMCAにおいては自動車の原産地規則が大幅に厳格化。米墨を跨いでビジネスを展開する日系自動車

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2020年 7月 7日

みずほ銀行 国際戦略情報部

Mizuho Country Focus 【北米3ヵ国】USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)発効

~北米3ヵ国の自動車業界への影響について~

1. はじめに

2020 年 7 月 1 日、米国・メキシコ・カナダ間の新たな通商協定である USMCA が発効した。これに

伴い、USMCA の前身である北米自由貿易協定(North American Free Trade Agreement, 以下

「NAFTA」)は効力を失う。

USMCAは元々、NAFTAが米国の対墨貿易赤字拡大および製造業における雇用喪失の主因である

とする米トランプ政権の主張のもと、2017 年 8 月に開始された NAFTA の再交渉を経て策定された

ものである。米墨間では自動車の原産地規則の強化、米加間では乳製品市場の開放がそれぞれ

最大の焦点であったが、両分野で各国が一定の譲歩を示したことで、2018 年 11 月に 3 ヵ国による

新協定への署名が実現。2019年 12月の修正合意を経て、メキシコが 2019年 12月、米国が 2020年

1 月、カナダが 2020 年 4 月にそれぞれ国内での協定批准手続きを完了させたことで、協定の条文に

従い、2020 年 7 月 1 日に発効を迎えた。また、協定の発効に先立ち、2020 年 6 月には協定の実務

上のガイドラインとなる「統一規則(Uniform Regulations)」が公表された。

USMCA は NAFTA と比べて、米トランプ政権の掲げる“America First”を反映した管理貿易色の強い

通商協定であり、米国と輸出入取引のある在メキシコおよび在カナダの日系企業は USMCAにおける

新たな貿易ルールへの早期の対応を迫られることになる。

両国に進出する日系企業の内訳を見ると、カナダで食品業および農林漁業を営む企業が在カナダ

日系企業全体に占める比率 4%であり、米国のカナダ乳製品市場へのアクセス拡大の影響は限定的

と見られる。一方で、メキシコでは輸送機器事業者が全体の 28%(関連業種も含めると全体の 3 割強)

と最大のシェアを占めており、米墨間の争点であった自動車の原産地規則強化の影響は大きいと

言える(次頁図表 1)。このため、本紙でも USMCA の自動車関連条項が、米墨に跨って生産・取引を

行う自動車企業へもたらす影響に焦点を当てて考察したい。

要旨

2020 年 7 月 1 日、米国・メキシコ・カナダ間の新たな通商協定「米国・メキシコ・カナダ協定」(United States-

Mexico-Canada Agreement, 以下「USMCA」)が発効した

USMCA においては自動車の原産地規則が大幅に厳格化。米墨を跨いでビジネスを展開する日系自動車

メーカーは、特に域内原産割合・労働付加価値割合・鉄およびアルミの域内調達義務の影響を大きく受ける

こととなる

USMCA の発効に伴い、北米(=米国・メキシコ・カナダ)の自動車業界においては域外からの生産回帰や

緩やかな新規進出等が生じると想定される。既に北米 3 ヵ国に新規進出している自動車サプライヤーにおいて

は、自動車関連条項の正確な理解と効率的な対応が求められる

2020年 7月 1日、

交渉開始から

約 3年を経ての

発効

米墨に跨る日系

自動車企業への

影響が特に大き

Page 2: Mizuho Country Focus...Mexico-Canada Agreement, 以下「USMCA」)が発効した USMCAにおいては自動車の原産地規則が大幅に厳格化。米墨を跨いでビジネスを展開する日系自動車

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サンプルテキスト

です。

【図表 1】カナダおよびメキシコの進出日系企業業種内訳

2. USMCAの自動車関連条項

USMCA の自動車関連条項は NAFTA と比べて、北米での自動車および同部品の生産・調達を一層

促すものとなっている。自動車関連企業が特に留意すべきは、①達成のハードルが引き上げられた

域内原産割合(Regional Value Content, 以下「RVC」)、②新設された「労働付加価値割合」(Labor

Value Content, 以下「LVC」)、③同じく新設された鉄・アルミの域内調達義務、である。また、米国が

通商拡大法 232 条に基づく追加関税措置を発動した場合のメキシコ・カナダに対する対米輸出上限

が設けられたこと、および協定発効後 6 年ごとに 3 ヵ国間で協定の見直しを行う条項が導入されたこと

も、大きな変更点といえる。

【図表 2】NAFTA および USMCAの自動車関連条項比較

(出所)経済産業省『海外事業活動基本調査』(2020 年 5 月公開版)よりみずほ銀行国際戦略情報部作成

特に留意すべき

は厳格化された

RVC、新設された

LVC および鉄・

アルミの域内調

達義務

厳格化

(出所)USMCA原文よりみずほ銀行国際戦略情報部作成

カナダ メキシコ

卸売業 27%

卸売業 30%

輸送機器

11%

製造業 30%

各種機械

8%

金属(含

非鉄) 1%

食料品

3% その他製造業

7%

農林漁業

1% 卸売業

13%

小売業

7%

サービス業

13%

その他

非製造業

19%

非製造業 70%

輸送機器

28%

製造業 52%

各種機械

8%

金属(含

非鉄) 3%

その他

製造業

9%

非製造業 48%

鉄鋼 4%

卸売業

27%

小売業

1% サービス業

7%

その他

非製造業

13%

項目 概要

RVC・自動車および同部品につき、関税分類変更基準とRVC基準を設定・RVCは品目に応じて60~62.5%(純費用方式)・トレーシングリストあり

LVC ・なし

鉄・アルミの域内調達義務 ・なし

NAFTA

項目 概要

RVC

・自動車および同部品につき、関税分類変更基準とRVC基準を設定(一部の品目 については関税分類変更基準の利用不可)・RVCは乗用車およびライトトラックの場合、2020年を66%として段階的に75%まで 引き上げ(純費用方式)・乗用車およびライトトラックの部品についてはスーパーコア・コア・プリンシパル・コ ンプレメンタリーの4類型に分け、段階的に65~75%まで引き上げ(純費用方式)・トレーシングリストは廃止

LVC

・OEMに対し、時給16米ドルを基準とするLVC基準を設定・乗用車については2020年を30%として段階的に40%まで引き上げ、ライトトラックに ついては2020年より45%で据え置き・技術開発部門の保有等を加味した控除制度あり

鉄・アルミの域内調達義務・OEMに対し、70%の鉄・アルミの域内調達義務を設定・2027年7月以降、鉄については域内で鋳造されたもののみを原産品と認定

その他・乗用車および同部品につき、米通商拡大法232条発動時の対米輸出上限を設定・6年ごとの協定見直し、16年間の協定有効期限の導入

USMCA

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USMCA における RVC は、完成車と自動車部品それぞれについて、協定発効後 3 年間にわたって

段階的に引き上げられる。自動車部品については品目ごと(HS コードごと)に関税分類変更基準と

RVC 基準が定められているほか、協定の第 4 章に別表として列挙されているスーパーコア部品(エン

ジン・トランスミッション等 7部品を一かたまりの部品として計算)、コア部品(レシプロエンジン・ギアボッ

クス等 17 部品)、プリンシパル部品(電子ブレーキシステム・玉軸受け等 38 部品)、コンプレメンタリー

部品(チューブ・ロック等 27 部品)については、それぞれ独自に RVC が定められている。自動車部品

の RVC については基本的に純費用方式(Net Cost Method)での計算か、取引価額方式(Transaction

Value Method)での計算かを選択することができるが、完成車とスーパーコア部品については純費用

方式での計算しか認められていない。

【図表 3】乗用車(ライトトラックを含む)および自動車部品の RVC 引き上げスケジュール(※)

【図表 4】純費用方式および取引価額方式による RVCの計算方法

RVC を計算するうえでの最大の留意点は、NAFTA において認められていたトレーシング・ルールが

USMCA においては廃止となっている点である。トレーシング・ルールとは、NAFTA の第 4 章付則

403.1(いわゆる「トレーシングリスト」)に列挙されていない自動車部品については、域外から輸入した

ものであっても非原産品として考慮しなくてよいとするものである。トレーシング・ルールの廃止は域外

から非原産部品を輸入して域内で加工・販売等を行うメーカーにとって、RVC の引き上げ割合以上の

影響をもたらすことが想定される。

USMCA において新設された LVC は、OEM に対し、製造工程において一定割合の高賃金部材(平

均時給が 16米ドル以上の域内工場において生産された部材)の購入や高賃金労働者(同じく平均時

給 16米ドル以上)による組立・加工等を通じた付加価値の付与を義務付けるルールである。乗用車に

ついては協定発効後 3 年間にわたって段階的に 40%まで引き上げられ、ライトトラックについては

2020 年 7 月の協定発効から 45%で据え置きとなる。なお、統一規則においては 16 米ドルという水準

を、294.22 ペソおよび 20.88カナダドルと同等と定義している。

RVC は完成車

および部品につ

い て 厳 格 化 。

トレーシングリスト

は廃止

LVC の閾値は

乗用車 40%、ライ

トトラック 45%。

研究開発等を考

慮したクレジット

が設定

2020年7月 2021年7月 2022年7月 2023年7月

スーパーコア 66.00% 69.00% 72.00% 75.00%

コア66.0%

(76.0%)69.0%

(79.0%)72.0%

(82.0%)75.0%

(85.0%)

プリンシパル62.5%

(72.5%)65.0%

(75.0%)67.5%

(77.5%)70.0%

(80.0%)

コンプレメンタリー62.0%

(72.0%)63.0%

(73.0%)64.0%

(74.0%)65.0%

(75.0%)

72.0% 75.0%

部品

完成車 66.0% 69.0%

(※)括弧外は純費用方式、括弧内は取引価額方式での RVC

(出所)USMCA原文よりみずほ銀行国際戦略情報部作成

RVC(%) =純費用 - 非原材料価額

純費用 × 100 RVC(%) =

FOB価格 - 非原材料価額

FOB価格 × 100

(※)純費用 = 総費用 - 販促費・アフターサービスコスト・ロイヤリティ・梱包費・運送費等間接費用

(出所)USMCA原文、JETRO資料よりみずほ銀行国際戦略情報部作成

純費用方式 取引価額方式

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LVC の計算においては、直接生産活動に従事する労働者やエンジニアの基本給(金銭的なベネ

フィットや賞与、夜間・休日・祝祭日の割増手当等は含まず)が考慮の対象となるため、管理職等の賃

金は計算式に加味することができない。また、LVC の内数として、研究開発や IT に従事する従業員

の賃金を基に算出するクレジット(高賃金技術支出クレジット)と、域内に直接生産に従事する労働者

の平均時給が 16 米ドル以上、かつ以下の要件を満たす工場を保有する場合(または、いずれかの要

件を満たすサプライヤーの工場と 3 年以上の取引契約がある場合)に活用可能なクレジット(高賃金

組立支出クレジット)とが設けられている。

① HS コード 84.07 項または 84.08 項に属するエンジンを年間 10 万基以上生産

② HS コード 8708.40 号に属するトランスミッションを年間 10 万基以上生産

③ 先進バッテリーパックを年間 2 万 5 千個以上生産

なお、LVC の計算においては純費用に基づく計算方法と、高賃金部材の購入額に基づく計算方法と

を選択することができる。

【図表 5】LVCの引き上げスケジュール

【図表 6】LVCの計算方法

(出所)USMCA原文よりみずほ銀行国際戦略情報部作成

2020年7月 2021年7月 2022年7月 2023年7月

(a)高賃金部材支出および高賃金労働支出割合

最低15% 最低18% 最低21% 最低25%

(b)高賃金技術支出クレジット

(c)高賃金組立支出クレジット

(d) (a) + (b) + (c) 30% 33% 36% 40%

(a)高賃金部材および組立等付加価値

(b)高賃金技術支出クレジット

(c)高賃金組立支出クレジット

(d) (a) + (b) + (c)

最大10%

最大5%

乗用車

最低30%

ライトトラック最大10%

最大5%

45%

LVC(%) = (高賃金労働支出 + 高賃金部材支出

純費用×100) + 高賃金技術支出クレジット

+ 高賃金組立支出クレジット

LVC(%) = (高賃金部材の年間購入額 + 高賃金労働支出

組立工場における部品・部材の年間購入額+高賃金労働支出×100) + 高賃金技術支出クレジット

+ 高賃金組立支出クレジット

HWTC(%) =研究開発や ITに従事する従業員への年間の賃金支出総額

直接生産活動に従事する労働者への年間の賃金支出総額 × 100

(出所)USMCA原文よりみずほ銀行国際戦略情報部作成

純費用に基づく計算方法

高賃金部材の購入額に基づく計算方法

高賃金技術支出クレジット(High-Wage Technology Expenditures Credit, 以下「HWTC」)の計算方法

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OEM に対しては、RVC や LVC のほかに、自動車の生産に用いる鉄およびアルミをそれぞれ域内で

70%以上調達する義務が課せられている。鉄やアルミの購入は鉄鋼メーカー等から直接購入するもの

のほか、サービスセンターや鉄鋼商社から購入するもの、さらにはサプライヤーに支給する鉄・アルミ

の購入も加味される。また、統一規則第 6 部の別表 S に示されている通り、70%の域内調達率算定に

あたっては自動車部品に付属する鉄・アルミは計算に含めることができず、原料(フラットロール鋼板、

棒状・管状のもの等)の購入しか認められない点に留意が必要である。さらに、鉄について 2027 年

7 月以降は域内で鋳造工程を経たものしか原産品として認められず、アルミについても 2030 年 7 月

までに同様の措置を設けるかを 3 国間で協議することが定められている。

【図表 7】鉄およびアルミの域内調達義務

USMCAにおいては RVCや LVC、鉄・アルミの域内調達義務等のいわゆる「原産地規則」のほかに、

米国がメキシコとカナダに対して通商拡大法 232 条に基づく自動車および同部品の輸出制限を発動

した際の対米輸出上限がサイドレターとして設けられている。メキシコに対する対米輸出上限を見ると、

乗用車(ライトトラックを含まない)については年間 260 万台、自動車部品については年間 1,080 億米

ドルとなっている。232 条発動後にこの上限を超過すると、仮に乗用車や自動車部品が USMCA の

定める原産地規則を満たしていたとしても、最大 25%の対米輸出関税が課せられることとなる。

また、USMCA の最終章(第 34 章)においては協定の有効期限を 16 年間と定め、発行後 6 年ごとに

3 ヵ国間で協定の見直しを行う条項(いわゆる「サンセット条項」)が導入された。現段階では USMCA

の有効期限は 16 年後の 2036 年 7 月であるが、3 ヵ国は最初の見直しのタイミングである 2027 年

7 月に協定に関する共同レビューを実施し、そこで期限の延長について合意が成されれば、協定の

有効期限は当初の期限である 2036 年 7 月からさらに 16 年後の 2052 年 7 月まで延長されることとな

る。一方で、2026 年 7 月のレビューにおいて期限の延長に関する合意が成されなかった場合は以後

毎年 3 ヵ国間での協議が実施され、それでも折り合いがつかなかった場合には、協定は 2036 年 7 月

に失効することとなる。

232 条の発動やサンセット条項はメキシコの自動車メーカーにとっての将来的な懸念事項であるが、

当面は脅威として認識する必要はないとみられる。232 条について言えば、2019 年のメキシコから

米国への乗用車の輸出は約 210 万台、自動車部品の輸出は約 600 億米ドル(米国際貿易委員会)

であり、上限である 260 万台・1,080 億米ドルまでは一定の余裕がある。また、USMCA のサイドレター

には仮に 232 条の発動が決まったとしても、実際に関税が賦課されるまでには最低 60 日間の猶予期

間が設けられており、この間にメキシコ政府が米国政府に対して外交上の働きかけを行うことで、関税

賦課を阻止することができる。サンセット条項についても、仮に 2026 年 7 月の初回レビューにおいて

米国が協定の延長に反対したとしても、2036年 7月までは合意形成のための 3 ヵ国協議に充てること

ができる。実際、米トランプ政権が 2019 年 5 月にメキシコからの輸入品に対して一律 5%の関税を

課すと発表した際には、メキシコの経済省・外務省が関税賦課に反対する米国内の業界団体等と

連携して米国政府と交渉にあたり、これを阻止することに成功している。

鉄およびアルミの

域内調達義務は

それぞれ 70%。

将来的には域内

での鋳造要件も

設定

米国通商拡大法

232 条発動とサン

セット条項

域内調達義務 留意事項

鉄 70%・原料として購入する鉄(フラットロール鋼板、棒鋼等)が対象・2027年7月以降、対象が域内で鋳造工程を経た製品に限定される

アルミ 70%・原料として購入するアルミ(スクラップ、棒、シート等)が対象・2030年7月までに、鉄と同様の域内鋳造要件が設けられる可能性がある

(出所)USMCA原文よりみずほ銀行国際戦略情報部作成

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協定の発効によ

り、北米への生産

移管や緩やかな

新規進出が見込

まれる。OEM や

Tier1 サプライヤ

ーにおいては機

械化も選択肢に

3. 北米自動車業界への影響

USMCA の発効に伴い、北米ではまず、投資余力の大きい OEM や Tier1 サプライヤーを中心に

USMCAへの対応が進むとみられる。2018年 11月の 3 ヵ国政治合意以降、既に日系・非日系を問わ

ず複数のOEMが米墨の工場の設備増強や域外からの生産移管を発表しているほか、足元では一部

の Tier1 サプライヤーが LVC への対応のため、メキシコ工場の従業員の賃金を時給 16 米ドルまで

引き上げることが報じられている。また、これに伴いTier2やTier3のサプライヤーにおいても、USMCA

への対応が求められていくことが想定される。

メキシコについては、USMCA の発効以前から、投資の追い風が吹いていたと言える。その要因の

一つが、米中貿易摩擦の長期化である。北米を中心とした自動車サプライチェーンにおいても、付加

価値の低い部材等は中国からメキシコへと輸入されているケースが散見されるが、2018~2019 年に

かけては日系メーカーによる中国からメキシコへの生産移管や、中国系メーカーのメキシコ進出の動

き等が見られた。加えて、メキシコは世界各国の例に漏れず、新型コロナウイルスの感染拡大に伴うグ

ローバルなサプライチェーン寸断の影響を受けており、メキシコを含む北米自動車業界においても今

後は地産地消の動きが進むと想定される。無論、USMCA・米中貿易摩擦・新型コロナウイルス拡大は

それぞれ独立した事象であるが、各々が域外からメキシコへの生産シフトを促すものであると言えよう。

【図表 8】コロナ禍前後のメキシコの中間財・資本財輸入額推移

ただし、USMCA 発効後の北米新規進出の流れは、米トランプ政権発足前のような爆発的なものでは

なく、あくまで緩やかなものになるであろう。米国について見ると、コロナ前は長期景気拡大により失業

率が 3%台と低く、自動車業界においては人材の確保が極めて難しい状態が続いていた。米国の

失業率は今でこそ 10%を超えているが、コロナ終息後は中長期的に元の状態に戻っていく可能性が

あるため、新規進出には慎重な判断が求められよう。また、メキシコについては、文化的な違いの大き

さや治安への懸念から、進出を躊躇せざるを得ないとの声も聞かれる。北米には日系の OEM や多く

の Tier1 サプライヤーが既に進出済みであり、相対的に規模の小さい Tier2・Tier3 サプライヤーにとっ

ては、新規進出はあくまで投資余力や社内リソースを天秤にかけたうえでの判断事項となろう。

OEMや Tier1サプライヤーにおいては、仮に Tier2・Tier3サプライヤーの北米進出が限定的なものに

留まった場合、USMCA対応における代替手段として域外から調達している部材の内製化が選択肢と

なり得る。例えば域内の自社工場において、自動化・機械化された部品生産ラインを新設することなど

が考えられる。時給 16 米ドル以下の労働力により生産されていた域外調達部品を、域内の工場に

新設した自動生産ラインで代替すれば、RVCや LVCの向上が見込める。

(出所)メキシコ国立統計地理情報院(INEGI)よりみずほ銀行国際戦略情報部作成

(百万米ドル) (%、前年同月比)

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サンプルテキスト

です。

北米に既に進出しているサプライヤーにおいては、今後 OEM や川上のサプライヤーから USMCA

対応への協力を求められることが予想される。このため、まずは USMCA および統一規則の内容を

正確に理解し、自社製品の原産地規則の充足度合いを把握することが求められよう。一方で、

USMCA の原産地規則は他の通商協定に類を見ないほどに広範かつ複雑であり、全貌を把握するた

めには米税関・国境取締局(CBP)が開設した情報提供窓口である「USMCA センター」や、民間コン

サル等の活用が有益かもしれない。

自社製品の原産地規則の充足度合いが分かれば、例えば RVC の向上に向けて北米の部材をどの

程度活用すれば良いかといったことが計算できるようになるため、USMCA 対応に向けた効率的なサ

プライチェーンの組み換えが可能となる。また、USMCA においてはデミニマスやロールアップといっ

た救済措置が設けられており、原産地規則を理解したうえでこうした救済措置を上手く利用することも、

OEM 等への協力の近道となる。北米の自動車業界において USMCA 対応の動きが既に始まってい

る以上、原産地規則の充足度合いは価格や品質と同様に、自社製品の競争力の源泉となっていくで

あろう。

USMCA は北米に展開する自動車業界各社に対し、サプライチェーンの見直しを含めた変革を促す

内容となっている。また、各社においては USMCA への対応の過程で発生する調達コストや生産コス

トの上昇を相殺するため、オペレーションの効率化や経費削減といった企業努力も必要となろう。それ

でも、世界最大の経済圏である北米において通商のルールメイクが区切りを迎え、事業展開の視界が

広かれた意義は極めて大きい。USMCA の発効を単純なコストアップと捉えず、むしろ新たなビジネ

ス・チャンスとして前向きに評価する積極性が求められている。

また、自動車業界に直接関係するものではないものの、USMCA においては競争的な通貨切り下げ

の回避を確認する「為替条項」と、協定加盟国が為替相場や生産活動を統制している国と自由貿易

協定を締結することを制限する「非市場経済国条項」が盛り込まれている。メキシコについては 2016年

以降、直接的な為替介入を実施しておらず、米財務省が半年ごとに公表している「為替報告書」に

おいても為替操作国としては認定されていないため、為替条項に抵触する懸念は少ないとみられる。

また、非市場経済国条項は中国の経済的孤立を意図して米国が求めたものとされるが、メキシコが

最大の貿易相手国である米国を刺激してまで中国との自由貿易交渉を進める可能性は低いことから、

在メキシコ企業にとっての脅威にはならないと考えられる。一方で、米国は USMCA をモデルケースと

して、日本をはじめとする北米域外の国・地域との通商協定においても為替条項や非市場経済国条

項の導入を要求していることから、USMCAの今後の運用については注視していく必要があるだろう。

以上

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です。

サプライヤーにお

いても、原産地規

則の正確な理解

と効率的な対応

が鍵となる

4. おわりに

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