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IRYO Vol.46 No.5 (305~311) 1992. 5 要 旨 勃 起 の発 現 に は, 海 綿 体 洞 に血 液 が 急 速 に流 入 す る必 要 が あ る. そ の 引 き金 に な る の がVIPと い わ れ て い る.VIPによ って海綿 体 小 柱 の 平 滑 筋,ポ ル ス タ ー を含 む血 管 壁 の 平滑 筋 が 弛 緩 す る と 海 綿 体洞へ流入す る血液が増加す る. その 結 果, 海綿 体 洞 圧 が 上 昇 し,同時に坐骨海綿体筋が収縮すると圧は いかな る血 管 の圧 り も高 くな り,硬 直 状 態 とな る. この 時, 海 綿体 洞 に血 液 が 閉 じ こめ られ るの は体 循 ら隔離 された閉鎖系が生 じるためである. (キーワー ド:勃起, 血 管 構 築, 血 流, 海 綿 体 洞 圧, 神 経) MECHANISM OF PENILE ERECTION Ken-ichi KANO At the beginning of penile erection, blood flows rapidly into the cavernous sinuses. In order to increase the blood flow, relaxation of the smooth muscles in the trabeculae and arterioles is required. This is induced by secretion of vasoactive intestinal peptide (VIP). When the sinuses are expanded by the blood, the ischiocavernous muscles con- tract. As a result, the intracavernous pressure rises markedly, and a closed system is created, separate from the body's main blood circulation. This condition, known as the rigid stage, is maintained by prevention of arterial backflow into the helicine arteries and venous outflow into the post cavernous venules. (Key Words:penile erection, vascular construction, blood flow, intracavernous pressure, nerves) 人 類 が この世 に生 まれ て 以 来, 生 殖 に係 わ りの あ る 勃起 とい う現 象は常 に好奇 と欲 望 と願 望とを伴 って現 代 に至 って い る. ル ネ ッサ ンス の 天 才 レ オ ナ ル ド. ダ ・ヴ ィ ンチ は大 量 の血 液 が 陰茎 内 に流 入 す る こ とに り勃 起が 起 こ る こ とを知 っ たが, 意 の まま に な らな い こ とに 関 して は匙 を投 げ た ら しい1). 意 の ま まに な らな い こ とは さ てお き, ヒ トは 通常 季 節 に関 係 な く勃 起 す る.一 方 動 物 は 発 情 期 が季 節 的 に訪 れ るが, 仮 に イ ンポ テ ン ス にな った とし て も悩 む こ と もな いで あ ろ う. こ こ に ヒ トと動 物 との間 に は大 きな 差 が あ る.ま た,動物の陰茎は勃起していない時には体表に出てい ないが ヒ トでは常に出てい る. 陰茎の構造は動物 の種類 によって異 な って は い る が, 勃 起 の基 本的 な メ カニ ズ ム は同 じ と考 え られ て い る. した が っ て本 来 は ヒ トで研究 され るべ きで あ る が, そ れ は非 常 な 困難 を伴 うの で 基 礎 的 実験 の多 くは 動物 で代 用 され て きた. こ こで は, イ ヌ, サル, ヒ ト の 陰茎 の血 管 構築, 血 流量, 海 綿体 洞圧, 神 経 支 配 な どを参 考 に し, 陰茎 海 綿 体 を主 とし た勃 起 の メ カ ニズ ム につ い て 述 べ る こ とにす る. 正 常 な勃 起 は陰 茎 海 綿体 と尿 道 海 綿体 との協 調 で生 じ る. つ ま り,陰 茎 海 綿体 は硬 直 し尿 道 海綿 体 は膨 張 る必要 が あ る. この 協 調性 を欠 い た もの に持 続 勃 起 症がある.それでは陰茎海綿体の役割 は何か とい う 国 立 療 養 所 村 松 病 院Muramatsu National Sanatorium院 Addressfor reprints:Ken-ichi Kano, Director, Muramatsu National Sanatorium, 2925-2 Muramatsu-machi,Nakakanbara-gun, Niigata 959-17 JAPAN Received November 1, 1991 -305-

MECHANISM OF PENILE ERECTION Ken-ichi KANO At the

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IRYO Vol.46 No.5 (305~311) 1992. 5 総 説

勃 起 の 発 現 に 関 す る メ カ ニ ズ ム

狩 野 健 一

要 旨 勃起の発現 には, 海綿体洞 に血液が急速に流入す る必要が ある. その引 き金 になる の がVIPと

いわれてい る. VIPに よ って海綿 体小柱の平滑筋,ポ ルスターを含 む血管壁の平滑筋が弛緩す る と海 綿

体洞へ流入す る血液が増加す る. その結果, 海綿体洞圧が上昇 し, 同時に坐骨海綿体筋が収縮 す ると圧は

いかな る血 管の圧 よ りも高 くな り, 硬直状態 となる. この時, 海綿体 洞に血液が閉 じこめ られ るのは体循

環 か ら隔離 された閉鎖系が生 じるためである. (キーワー ド:勃 起, 血管構築, 血流, 海綿体洞圧, 神

経)

MECHANISM OF PENILE ERECTION

Ken-ichi KANO

At the beginning of penile erection, blood flows rapidly into the cavernous sinuses.

In order to increase the blood flow, relaxation of the smooth muscles in the trabeculae

and arterioles is required. This is induced by secretion of vasoactive intestinal peptide

(VIP). When the sinuses are expanded by the blood, the ischiocavernous muscles con-

tract. As a result, the intracavernous pressure rises markedly, and a closed system is

created, separate from the body's main blood circulation. This condition, known as the

rigid stage, is maintained by prevention of arterial backflow into the helicine arteries and

venous outflow into the post cavernous venules. (Key Words:penile erection, vascular

construction, blood flow, intracavernous pressure, nerves)

人類が この世 に生 まれて以来, 生殖 に係わ りのあ る

勃起 とい う現 象は常 に好奇 と欲 望 と願 望とを伴 って現

代 に至 ってい る. ルネ ッサ ンスの天 才 レ オ ナル ド.

ダ ・ヴィンチは大量 の血液が陰茎 内に流入す ることに

よ り勃 起が起 こることを知 ったが, 意 のままにな らな

い ことに関 しては匙 を投げた らしい1). 意 のままに な

らない ことはさてお き, ヒ トは通常季節 に関係な く勃

起す る. 一方動物は発情期が季節的 に訪れ るが, 仮 に

イ ンポテンスにな った として も悩 むこともないで あろ

う. ここにヒ トと動物 との間 には大 きな差が ある.ま

た, 動物 の陰茎は勃起 していない時には体 表に出てい

ないが ヒ トでは常に出てい る.

陰茎の構造は動物 の種類 によって異 な って は い る

が, 勃起 の基 本的な メカニズムは同 じと考え られてい

る. したがって本来は ヒ トで研究 され るべ きで あ る

が, それは非常な困難 を伴 うので基礎的実験 の多 くは

動物 で代用 されて きた. ここでは, イヌ, サル, ヒト

の陰茎 の血管構築, 血 流量, 海綿体 洞圧, 神経支配な

どを参考 にし, 陰茎海綿体 を主 とした勃起 のメカニズ

ムについて述べ ることにす る.

勃 起 と は

正常な勃起 は陰茎海綿体 と尿道海綿体 との協 調で生

じる. つま り, 陰茎海綿体 は硬直 し尿 道海綿体 は膨張

す る必要が ある. この協調性 を欠いた ものに持続勃起

症 があ る. それでは陰茎海綿体の役割 は何 か とい う

国 立 療 養 所 村 松 病 院Muramatsu National Sanatorium院 長

Address for reprints:Ken-ichi Kano, Director, Muramatsu National Sanatorium, 2925-2

Muramatsu-machi, Nakakanbara-gun, Niigata 959-17 JAPAN

Received November 1, 1991

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Page 2: MECHANISM OF PENILE ERECTION Ken-ichi KANO At the

May 1992

ことが 問 題 にな って く る. ヒ トで は そ の役 割 は主 と し

て 尿 道 海 綿 体 を支 え, イヌ で は主 と して陰 茎 を体 表 へ

経 押 し出 す こ とに あ る と思 われ る.

勃 起 とい う言葉 は広 く用 い られ てい る に もか か わ ら

ず 曖 昧 な と ころ が あ る. 一 般 に は陰 茎 が 急 速 に 起 こ り

立 ち性 交 可 能 な状 態 に な る こ と をい うが, 実 験 的 に は

陰 茎 海 綿 体 の 圧 流量 測 定 結 果 に基 づ い て 勃 起 の 開始 前

か ら消 退 まで は 次 の よ うに分 類 され る2).

1. 非 勃 起 時, 平 常(flaccid stage, quiscence)

2. 膨 張 期, 膨 張(tumescent stage, tumes-

cence)

3. 勃 起 期(erect stage)

4. 硬 直 期, 硬 直(rigid stage, rigidity)

5. 消 退 期, 消 退 期(detumescent stage, de-

tumescence)

上 記 の 用 語 の使 用 は陰 茎 海 綿 体 内圧 を測 定 しな い で

使 用 され る と主観 が 入 る可 能 性 が あ るが, 圧 を測 定 し

な い でtumescence, erection, full erection, ri-

gidityな どが 区別 され な い で用 い られ る こ と も あ る

の で, こ こで は断 りの な い 限 り厳 密 に は区 別 しな い で

用 い る こ とに す る.

勃起の メカニズム

勃起 のメカニズムを理解す るためには陰茎 の血流動

態を知 る必要が ある. ヒ ト陰茎 の勃起 のメカニズムに

関 してはConti3)に よって飛躍的な進歩が もた らされ

た.

勃起の メカニズムの研究は血管構築, 血流動態, 神

経支配 その他い くつかの分野か ら研究 を進 める必要が

ある. 以下 これ らについ て順 をお って述べ ることにす

るが, ここではイヌの実験結果に基づいたデー タを多

く用い たので, Fig. 1に イヌ陰茎 海 綿 体 の中を流 れ

る血液の経路 の概略 を示 した.

1. 血管構築

陰茎海綿体洞には陰茎動脈 の枝であ る陰茎深動脈 を

経由 して血液が流入す る. 陰茎 の血管 構築は血管鋳型

を作成 して走査電顕で観 察す るのが一般 的である. 陰

茎血管 の しくみは ヒ トと動物では異 な ってお り, 動物

も種類 によって異な ってい るところ が あ る. 以 下 イ

ヌ, サル, ヒトの陰茎海綿体 の血管構築 につい て記述

す る.

イヌ:陰 茎深動脈 は陰茎海綿体 の脚へ入 る手前で多

Fig. 1 Schematic representation of the vascular system in the corpus cavernosum

penis of the dog. Arrows indicate the route of the blood flow.Insert:Helicine artery is equipped with polsters.

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Page 3: MECHANISM OF PENILE ERECTION Ken-ichi KANO At the

IRYO Vol.46(5)

くは3な い し4本 に分 かれ(Fig. 2), 脚, 脚の 近 く

の近位部お よび遠位部へ と向か う. これ らの枝 は何回

か分枝 した後螺行動 とな り海綿体洞へ連 な る. 螺行動

脈 が海綿体洞に連な る手前 にはポルス ターがあ り,鋳

型標本 では舟窩状に凹んでい る(Fig. 3)が, ホ ル マ

リンで固定 した資料 で観察す ると, ポルス ターは長軸

方向 に血管 内腔へ突 出 してい る. このポル スターは海

綿体 洞へ入 る血液の調節 をしてい ると考 え られ て い

る3). 海綿体洞 は くびれたよ うになって互い に連 な っ

てい るが, 左右の海綿体の間 に交通はない.

海綿体洞 を去 る静脈 は, 陰茎深動脈が海綿体へ入 る

近傍の海綿体洞の表面 あるい は表面に極 く近 い ところ

の海綿体洞 よ り出て海綿体後小静脈 とな り, 海綿体洞

の表面 を這 うように走 った後集合 し, 垂 直に向 きを変

え白膜 を貫 く貫通静脈 となって海綿体 を去 っ て い く

(Fig. 1). 動脈-海 綿体洞-静 脈 とい う経路 の他 に

動脈-毛 細血管-静 脈 とい う経路 も観察 され るが, 海

綿体洞 表面の毛細血管の発達はあま り良好 とはい えな

い4). ちなみに, 海綿体洞 と洞 の間 には毛細血管 網 と

Fig. 2 SEM view of corrosion cast ofthe corpus cavernosum penisof a dog. Two penile deep ar-teries (Da) enter the corpuscavernosum penis (Ccp). Post-cavernous venules arise fromthe cavernous sinuses (arrowheads) and join each otherin penetrating veins (asterisks).

い えるほ どの もの はない. これ らの他に白膜を貫 く細

い静脈 も多数見 られ る.

サル(ニ ホンザル):陰 茎深動脈は3本 に分枝して陰

Fig. 3 The terminals of helicine ar-teries (asterisks), showingtortuous course, continueto the cavernous sinuses (Ca).Arrow heads indicate scaph-oid cavities.

Fig. 4 The helicine artery of a mon-key is also equipped with ascaphoid cavity (arrow).

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Page 4: MECHANISM OF PENILE ERECTION Ken-ichi KANO At the

May 1992

5a

a:Blood flow curve of the penile deep artery.

•ª Onset of electrical stimulation of the

cavernous nerve. •« End of stimulatino.

5b

b:Blood flow curve of the penile

artery.

5c

c:Blood flow curve of the bulbo-

urethral artery.

Fig. 5 Measurement of blood flow

in the three arteries.

茎海綿体へ入 る. 螺行動脈が海綿体

洞へ連な る手前にはイヌと同 じよ う

にポルスター を 有 して い る(Fig.

4). 海綿体 を去 る静脈 は海 綿 体 洞

よ り出て, イヌと同様 な走行経路を

とる. 海綿体 はイヌに比 し太 く, 左

右 の陰茎海綿体は互 いに交通 してい

る.

ヒ ト:ヒ トの場合はイヌやサル と

はやや異 なってい る. ヒ ト陰茎海綿

体 の血管構築 につ き詳 細 な観 察 を

行 ったのはBanyaら6)で あ る. 陰

茎脚の ところで白膜 を貫いた陰茎深

動脈は海綿体 の中央 を亀頭へ向か っ

て走 る途中で陰茎背動脈 の枝で ある

海綿体枝か らも血液が流入 している. また, 陰茎深動

脈の血液の一部は尿道枝を経由 して尿道へ と流れ る.

海綿体の中 を走 る陰茎深動脈 は分枝 して螺行動脈 とか

らの静脈は互 いに集 ま り貫通静脈 となって陰茎海綿体

を去 る. ヒ トの螺行動脈 にはポルスタ ー は見 られ な

い5).

2. 陰茎の血流動態

陰茎にはバイパスがあ り勃 起時 と非勃起前で は血流

の経路が変 わる もの と考 え られている. イヌ陰茎海綿

体にパパベ リンを注入 して勃起 させた実験では, 硬直

期には陰茎深動脈 の血流は遮断 されるこ とが分か って

い る2)7). 陰茎深動脈の血流を測定す るため に 陰 茎 動

脈の枝 である陰茎背動脈および球尿道動脈 を結紮 した

後, 陰茎動脈 に電磁 血流計のプ ローブを装着 してか ら

勃起神経 を刺激す る と(本来はプ ローブを陰茎深 動 脈

に装着すべ きなのだが, 陰茎深動脈が短す ぎてプロー

ブの装看が不可能 なので陰茎動脈に装着), 血 流 量 は

増加す るが, 間 もな く減少 しは じめつい には流れ な く

な り, 刺激 を中断す ると血流量は増加 して元に復す る

(Fig. 5a). 一方陰茎動脈の血流は刺激の数倍か ら10

倍以上に もなった後 ほぼ一定 とな り, 刺激 を中止す る

と始めは急 速に, その後徐 々に減少 して刺激前 の値 に

もどる(Fig. 5b). 陰茎深動脈および陰茎背動脈 を結

紮 して球 尿道動脈 の血流 を測定すると, 血流量は陰茎

動脈 のそれよ りもや や少ないが陰茎動脈 のパター ンに

似てい る(Fig. 5c). 陰茎背動脈の流量 は刺激 によっ

て もあま り変化 しないので, 硬直期の血流の増加 は球

尿道動脈 を経 由してい ることがわかる. Lue8)に よ れ

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Page 5: MECHANISM OF PENILE ERECTION Ken-ichi KANO At the

IRYO Vol.46(5)

ば, サ ルの勃起神経 を刺激す ると刺激直後 内陰部動脈

の血流 は増 加 し, 膨張期 になると減少 し始め, 勃起 時

にな ると収縮期 のみ流入す るのみ と な り, 硬 直 期 に

な ると流れがな くなってしま うとい う. この 結 果 は

Fig. 5に 示 した結果 とはやや異 なるが, 硬直 期 に は

陰茎海綿体洞への血液の流入はな くなつて しま うこと

を示 している. この ように硬直期には陰茎海綿体洞の

血液は体循環系か ら遮断 された状態 とな る.

3. 閉鎖機 構

勃起 時陰茎海綿体洞の圧血圧 をは るか に上 ま る こ

とが ヒ ト9)や動物10)~13)で測定 され て い る. ヒ トで

は1100~1600mmHgに 達す るが, そ の 時 の 血 圧 は

135~70mmHgに 過 ぎない. さ らに, 動物で は は る

かに高 く, イヌでは交 尾 時 の 最 高 圧 は7000mmHg

以上に もな り, ウ シで は14000mmHg以 上 に 達 す

る10)13). このよ うに海綿体洞圧 が上昇す ると, 血液は

洞の外へ 向かって逆流あ るいは流出す るはずで ある.

しか し, 実際 にこの ような ことは起 こらない. それは

何処かに体循環 とは切 り放 され るよ うに働 く逆流防止

機構 があ るか らに他な らない. 先ず 動 脈 で あ るが,

ここでの逆流機構 はい まだ解明 され て い な い が, 玉

木14)の実験 によると, 逆流は陰茎深動脈 よ り遠位, つ

ま り, 螺行動脈で防止 されてい るとい う. 静脈の流出

防止機構 は海綿体後小静脈 と貫通静脈 にある. 海綿体

洞か らでた海綿体後小静脈は海綿体洞 の表面 を這 うよ

うに して走 ってい る. これは海綿体洞の圧が上昇 す る

と白膜 と海綿体洞 との間で海綿体後小静脈が圧 平 され

ることを示唆 してい る. また海綿体後小静脈 が集 まっ

て白膜 を貫 く貫通静脈 となるが, 硬直時 には白膜 の伸

展 によ り絞扼 されて流出 が防止 され る15). つま り受動

的な防止機構であ る. このよ うに動脈 と静脈に閉鎖機

構 が働 いて海綿体洞か らの血液 の逆流および流 出が防

止 されているのであ る.

4. バイパ スあるいは動静脈吻合

非勃起 時陰茎海綿体 および尿道海綿体洞 に流入す る

血 液量 は考 え られてい るよ りも少な い. 電 磁 血 流 計

で測定 した流量 は5mlを 越 え る こ とは ほ とん どな

い5). もっとも用 いたイ ヌ が15kgを 越 え る こ とは

あま りなかったか らか もしれ ない. バ イパ ス の存 在

は形態学 的のみな らず血流動態 の研究 か ら も支 持 さ

れて きた. 形態学 的 に はContiの 他Newman16)や

Wagnerら17)18)に よって も報告 されてい る. これ ら

の うちWagner17)ら は鋳型を用いての観察で ヒ トの

陰茎 には陰茎背動脈 と陰茎深静脈 との間に 直 径100μ

のバイパスが存在す ることを示 した. これは毛 細血管

を介 さない動静脈吻合であ る. Wagnerら18)は この

他に も陰茎深動脈 と尿道海綿体 との間 に動 脈 が あ っ

て, この動脈が収縮す ると血液は螺行動脈 を通 って海

綿体へ と流れが変わ るので勃起が生 じ る と云 って い

るが, これ も一種のバ イパス とみな され よ う. ま た

Banyaら は螺行動脈 か ら海綿体洞 を経 由す る経 路 を

バイパス と考 えた. これは非勃起時 に血液 はバ イパス

を通 るとい う説 とは逆であ る.

5. 陰茎の神経

ヒ トの陰茎に分布 している神経 は主 としてS2-S4か

ら出てい る副交感神経19)とされてい るが詳 しく記載 さ

れてい る成書はほ とん どないとい って もよい. 骨盤神

経 を刺激す ると勃起が起 こる. 勃起 に先立 っては海綿

体洞へ向かって血液が急速に流入 す る. それ にはポル

ス ターを含む血管壁お よび海綿体小柱 の 平 滑 筋 が 弛

緩す る必要が あ る. その引 き金にな って い る物 質 が

VIp(vaso-active intestinal polypeptide血 管 作

動性腸管ペプチ ド)であるこ とが 分 か っ て きた. そ

の後の研究 で もVIP含 有神経は 陰 茎 の 動 脈 や 平滑

筋20)21), イヌで は螺行動脈 のポルスターのある部位,

ヒ トで は螺行動脈の壁が肥厚 している部 位 にVIP含

有 神経が密 に存在 してい る22). これ に反 して インポテ

ンス患者ではVIP含 有神経が減少 し, その減少 の程

度 は経過によ り, また減少の程度によ り症状の程度が

変 わると もいわれてい る. このVIP含 有神経の 減 少

は神経 その ものが減少 してい るので は な く, VIPが

枯渇 してい るのであ る22).

6. 人為操作による勃起

自然な勃起 とは異 な り, 陰茎海綿体へ の薬剤の注入

や生食 を注入 して勃起 を惹起 させ る こ とが で き る.

1982年Virag23)が パパベ リンで勃起が生 じる こ とを

発表す ると, 陰茎海綿体 へのパパベ リンの注入によ り

インポテンスの診断や治療 に広 く用い られ る よ う に

な って きた24)25). この他 にVIP26)プ ロスタグラ ン ヂ

ンE127)28), フェン トラ ミン, アセチル コリン, フ ェ

ノキ シベンザ ミンな どが用い られ る こ と もあ るが,

フェン トラ ミンは単独で は作用が弱 くパパベ リンと共

に投与 され ることが多 く29), アセチル コ リン はVIP

と同時に注入す ると単独 で注入す るよ りもは るか に強

く持続時間 もながい5). フェノキ シベ ンザ ミンは 副 作

用に も注意す る必要があ る30). また, ニ トログリセ リ

-309-

Page 6: MECHANISM OF PENILE ERECTION Ken-ichi KANO At the

May 1992

ン3), ヨ ヒン ビン32)などが用い られ ることもあ る.

生食の注入は勃起 機能の正 常な もの33), インポテン

スを訴 えてい るもの34), 死体35), な どに応用 されてい

るが, 勃起の発現に要す る注入量 は勃起の維持量 よ り

も多い. 勃起障害 のない ものは障害の ある もの よ りも

注入量が少な く, 静脈 よ りの流 出量 も少ない.

以上述 べた他に勃起 と睡眠 との関係, 勃起の消退そ

の他記述 したい こともあったが. 紙面の関係で省略せ

ざるを得なか った.

ま と め

勃起の発現に際 しては海綿体洞へ流入す る血液が急

速 に増加す る. その引 き金にな るのはVIPで, それ

によって海綿体小柱 にある平滑 筋およびポルスターを

含 む血管の平滑 筋が弛緩 して血流が急速に増加す る.

その結果, 海綿体洞圧が上昇 し, 坐骨海綿体筋が収縮

す るとさらに圧が上 昇する. 同時に海綿体後小静脈が

白膜 と海 綿体 の間で圧平 され, 貫 通静脈が 白膜 によっ

て絞扼 され ると海綿体洞 よ りの血液 の 流 出 が な くな

る. また, 動脈へ向か っての逆流は螺行動脈で防止 さ

れて体循 環よ り隔離 された閉鎖系が成立 し, 硬直状態

とな る.

文 献

1) 山田到知(監 修):レ オナル ド・ダ ・ヴィンチ, 解

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(平成3年11月1日 受付)

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