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55 Japan Marketing Academy JAPAN MARKETING JOURNAL Vol.37 No.2 2017http://www.j-mac.or.jp 論文 Ⅰ. 本稿の目的 本稿では,マーケティング論と経営戦略論を ブルー・オーシャン戦略(Kim and Mauborgne 2005)を手掛かりに架橋し,「ダイナミック・ブ ルー・オーシャン戦略」(Theory of Dynamic Blue Ocean Strategy)という新たな理論を提 示する。 先行研究では,マーケティング論においても 経営戦略論においても,事前計画性と事後創発 性という 2 つの側面が指摘されてきた。自然科 学に近い普遍性や因果関係を重視する立場の学 者は,事前計画の重要性を強調する。事実,欧 米のジャーナルが多数掲載する論理実証型の研 究は,経営学は再現性の高いサイエンスである という立場を取る。 一方,社会科学は自然科学とは異なり,人間 の主観や相互作用が介在することから,科学的 な法則性が担保されないとする立場の学者は創 発性をより重視する。こうした違いは,研究者 の有する科学観や価値観の違いであることか ら,両者は容易に相容れず,しばしば対話不能 な状態に陥ってきた(沼上2000)。 しかし実務現場では,計画と創発が共存する のが常態である。川上(2005)は,そうした共 ダイナミック・ブルー・オーシャン戦略 ― マーケティングと経営戦略論の邂逅 ― 要約 本稿はブルー・オーシャン戦略という共通言語を手掛かりに,マーケティング論と経営戦略論という 異なる背景知識を有し,アカデミズムとプラクティスのキャリアも異なる研究者が対話し,2 つの研究 領域を架橋する試みである。 実務の現場では常態ともいえる事前計画と事後創発の共存する局面について,マーケティング論・経 営戦略論の分野では,それぞれ研究蓄積が進んでいる。先行研究のレビューから得られる知見に基づき, 本稿では,組織内の経営層と現場,組織と市場,組織と第 2 の市場という 3 つの局面で,事前計画と事 後創発のギャップが生じることを示す。 さらに 2 つの事例分析に基づき,ブルー・オーシャン戦略が事前計画と事後創発の共存をマネジメン トする有力なツールとなり得る可能性を指摘する。ただし,現時点でのブルー・オーシャン戦略には,マー ケティングの本質ともいえる上市後に「価値と文脈を同時に創出する」点が明示的に反映されていない。 そこで本稿では,マーケティングの視点をより強化し,市場における事後創発の要素を加味した「ダ イナミック・ブルー・オーシャン戦略」を新たに提示し,新たな理論展開の可能性を示唆する。 キーワード ダイナミック・ブルー・オーシャン戦略論,事前計画,事後創発,価値,文脈 マーケティングと新市場創造研究会 リーダー 早稲田大学大学院 経営管理研究科 川上 智子 早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授 池上 重輔

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論文

Ⅰ. 本稿の目的

 本稿では,マーケティング論と経営戦略論をブルー・オーシャン戦略(Kim and Mauborgne 2005)を手掛かりに架橋し,「ダイナミック・ブルー・オーシャン戦略」(Theory of Dynamic Blue Ocean Strategy)という新たな理論を提示する。 先行研究では,マーケティング論においても経営戦略論においても,事前計画性と事後創発性という2つの側面が指摘されてきた。自然科学に近い普遍性や因果関係を重視する立場の学

者は,事前計画の重要性を強調する。事実,欧米のジャーナルが多数掲載する論理実証型の研究は,経営学は再現性の高いサイエンスであるという立場を取る。 一方,社会科学は自然科学とは異なり,人間の主観や相互作用が介在することから,科学的な法則性が担保されないとする立場の学者は創発性をより重視する。こうした違いは,研究者の有する科学観や価値観の違いであることから,両者は容易に相容れず,しばしば対話不能な状態に陥ってきた(沼上2000)。 しかし実務現場では,計画と創発が共存するのが常態である。川上(2005)は,そうした共

ダイナミック・ブルー・オーシャン戦略― マーケティングと経営戦略論の邂逅 ―

要約 本稿はブルー・オーシャン戦略という共通言語を手掛かりに,マーケティング論と経営戦略論という異なる背景知識を有し,アカデミズムとプラクティスのキャリアも異なる研究者が対話し,2つの研究領域を架橋する試みである。 実務の現場では常態ともいえる事前計画と事後創発の共存する局面について,マーケティング論・経営戦略論の分野では,それぞれ研究蓄積が進んでいる。先行研究のレビューから得られる知見に基づき,本稿では,組織内の経営層と現場,組織と市場,組織と第 2の市場という 3つの局面で,事前計画と事後創発のギャップが生じることを示す。 さらに 2つの事例分析に基づき,ブルー・オーシャン戦略が事前計画と事後創発の共存をマネジメントする有力なツールとなり得る可能性を指摘する。ただし,現時点でのブルー・オーシャン戦略には,マーケティングの本質ともいえる上市後に「価値と文脈を同時に創出する」点が明示的に反映されていない。 そこで本稿では,マーケティングの視点をより強化し,市場における事後創発の要素を加味した「ダイナミック・ブルー・オーシャン戦略」を新たに提示し,新たな理論展開の可能性を示唆する。

キーワードダイナミック・ブルー・オーシャン戦略論,事前計画,事後創発,価値,文脈

マーケティングと新市場創造研究会 リーダー早稲田大学大学院 経営管理研究科

川上 智子早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授

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存の様相をSuchman(1987)の状況論アプローチで説明し,イノベーションにおける事前計画を事後創発のリソースと位置づけて理論化した。 本稿では,その問題意識を踏襲しつつ,創発の結果がさらに次の計画の文脈となるダイナミズムにも注目する。そして,競争のない新市場を創出するためのブルー・オーシャン戦略と融合させた「ダイナミック・ブルー・オーシャン戦略」を新たに提唱する。 その具体像を示すために,本稿では2つの事例分析を行う。第1の事例は,ブルー・オーシャン戦略のツールを用いて事業が立案されたリクルート・マーケティング・パートナーズ株式会社(以下,リクルートMP)のスタディ・サプリ(旧:受験サプリ)である。第2の事例は,キム=モボルニュ(2007)で日本のブルー・オーシャン戦略として紹介されたキュービーネット株式会社のQBハウスにおける海外進出の事例である。 次節では,先行研究のレビューを基に,事前計画と事後創発が共存する3つの局面を整理す

る。そのうえで,各研究領域の到達点を明らかにする。

Ⅱ. 事前計画と事後創発が共存する 3つの局面

 図1は,組織において事前計画と事後創発が共存しうる3つの主な局面を図示したものである。第1の局面は,組織内において経営層と現場との間に生じる計画と創発のギャップである。第2の局面は,組織の戦略・実行と市場(A)の反応とのギャップである。そして第3の局面は,いったん成功した戦略を他の市場で展開する際の戦略・実行と市場(A )の反応とのギャップである。

1.第1の局面:経営層と現場のギャップ 経営戦略論では,1950年代以降,Ansoff(1965)に代表される計画経営学派が,トップマネジメントや本社戦略部門による合理的な戦略構築の必要性を強調した(沼上2009)。その結果,戦略とは計画であるという理解が根強く広まってい

図 —— 1 事前計画と事後創発が共存する3つの局面

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る(Mintzberg, Ahlstrand, and J. Lampel 1998)。 日本IR協議会が2014年に行った調査によれば,日本企業の6割以上が中期経営計画(中計)を発表している。実は,こうした中期経営計画の公表は諸外国ではあまり見られず,日本はむしろ例外的である。北米企業と比べて現場主導のボトムアップ型を特徴とする日本企業においても(表1),戦略は事前計画という認識が浸透し,外部に公表した中計を前提とした経営が行われている。 これに対して1970年代,Mintzberg(1973)に代表される創発戦略学派は,現場の環境適応努力の積み重ねが累積した結果として,事後的に読み取れるパターンが戦略であると論じた。Mintzberg(2007)では,企業と環境との間の長期的な相互作用のパターンを戦略と定義し,意図された戦略と実現された戦略は通常同一のものにはならないと指摘している。マーケティング論においても,戦略の実行が必ずしも計画通りになされないことは指摘されている(Bonoma 1985)。 戦略の意図せざる結果は,時に企業を成長さ

せ,利益率を高める効果を持つことがある。そのため創発戦略学派は,現場のミドル・マネジャーが日々環境に適応して活動した結果として事後的にできたパターンこそが戦略の中核であると主張した。このように,計画と創発の共存する第1の局面には,経営層と現場というマネジメントの階層におけるギャップが存在する

(Mintzberg, 2007, 沼上2009)。 これに関連してSimons(1995)は,4つのマネジメント・コントロール手段(lever)を示し,とくにインタラクティブ・コントロールという第4の手段は組織学習を重視して創発を促すため,事前計画と事後創発の両立が図れると示唆した。 一方,創発的な戦略形成プロセスに内部生態系モデルを適用し,変異・淘汰・維持の3段階で理論化したのがBurgelmanである(Burgelman 1983, 1991, 2002)。Burgelman (2002)によれば,まずトップ・マネジメントによって公式に機関決定された戦略コンセプトが現場のミドル層に共通の準拠枠を与える。その後,現場では時に戦略コンセプトの範囲を逸脱し,試行錯誤的な

表 —— 1 北米企業と日本企業の平均像に関する比較

北米企業 日本企業戦略 事前計画(トップダウン) 事後創発(ボトムアップ)マーケティング組織 スタッフ部門(本社) ライン部門(現場)調整 垂直的・集権的 水平的・分権的志向 短期的・利益重視 長期的・学習重視資源 流動的・市場調達 固定的・内部調達新事業創出 機会重視 資源重視製販の関係 プッシュ(代理店) プル(製販統合・系列)イノベーション 外部探索の必然 内部対話の偶然

出所)石井(1993),川上(2005),山下他(2012)を参考に作成。

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戦略行動が行われる。 こうした自律的な戦略行動は,不確実性の高いダイナミックな市場環境における学習機会となり,企業の組織能力や事業機会の範囲を拡張する可能性をもたらす。しかし同時に,実験的な試行錯誤や裁量による意思決定の増大により,組織全体としての非効率性が高まる。これを組織学習の機会とし,次の戦略に活かすためには,ミドル層からトップへの政治的な働きかけによって,自律的戦略行動の正当性を確立しなければならない。 さらに,現場の自律的戦略行動を反映させ,当初の計画を逸脱した意図せざる戦略を再構築するには,自社の能力を組み替える必要も生じうる。その場合,企業は組織能力の硬直性

(rigidity)を克服し,ダイナミック・ケイパビリティを構築することが求められる (Teece, Pisano, and Shuen, 1997)。しかし,組織の硬直性を克服するには前提となる価値基準そのものを変更する必要があるため,既存組織の改革は困難である。そのため,手段としては他企業の買収や別組織の創設がより有効とされている

(Christensen and Bower, 1996; Christensen 1997)。 その後もJohnson, Melin, and Whittington

(2003)がSaP (Strategy as Practice)というコンセプトを提示し,個人レベルの現場の実践知を戦略化することを主張している。しかし,実践の前提は既存の戦略であることから,事前計画と事後創発のギャップを乗り越える有効な理論とはなり得ていないのが現状である。

2.第2の局面:組織の戦略・実行と市場(A)の反応とのギャップ

 次に,事前計画と事後創発が共存しうるのは,組織の戦略・実行と,最初のターゲット市場(A)における反応にギャップが生じる局面においてである。これを本稿では第2の局面と称する(図1の②)。この局面に関しては,経営戦略論の領域でも言及はされているが,本格的に研究蓄積が進んでいるのは,主に日本のマーケティング分野においてである。 川上(2005)に詳細なレビューがあるとおり,

「競争的使用価値」概念の提唱以来,1980年代から1990年代にかけての日本のマーケティング学界では,この問題が重要な争点であった(石原 1982;石井 1993;石井・石原 1996,1998,1999)。 本稿の関心である事前計画と事後創発との共存の観点から見れば,ある財の価値は,組織や消費者の中で事前に確定するのか,事後創発的に相対的に決まるのかという問題である。これは「使用価値の恣意性」と称され,たとえば,ネスレのキットカットがチョコレートという製品属性を超え,縁起物という新しい価値を創出したことが使用価値の恣意性を端的に示す事例である(石井2007)。 石原の競争的使用価値概念が市場の競争過程における仕様の差別化から生じるものであったことに対し,石井(1993)は消費者の認知レベルにおける恣意性を論じた。ただし使用価値の恣意性は,社会的・歴史的規範といったメタ文脈によって制約を受けるため,無制限に使用価値の可能性を拡げることはできない。そのため,石井・石原論争と呼ばれた一連の議論は「基底はないが,規範はある」という形で一応の決着を見た(石井・石原1999,202頁)。 その後,石井(2007)は「競争的創発プロセ

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ス」という概念を提唱し,競争の場における各社のマーケティング活動が競争のルール自体を新たに構成し,他でもあり得た可能性を隠ぺいして自己言及的に正当性を確立していくメカニズムを示した。図2は石井の一連の議論を参考に,こうしたマーケティングの自己言及的構造を図示したものである。 この図には,「マーケティングの二面性」(石井・石原1996),すなわちマーケティングはニーズに適応するだけでなく,ニーズそのものを創造するという構造が示されている。マーケティングは価値を創出すると同時に,その価値を評価する認知的・規範的文脈も同時に創り出す活動である。依拠する価値基準も同時に生み出すため,自己言及的なのである。消費者行動研究を通じて適応と予測のみに終始することへの強烈なアンチテーゼがここに込められている。 近年,この研究潮流では,西川(2010)が「創発的使用価値」という概念を提唱している。創発的使用価値とは,消費者の使用場面において,人々の行為の中で関連する周辺製品を含んだ複合的な製品の物質性と,人の身体性の相互作用

の中で創発的に生起する使用価値である。 西川(2010)によれば,創発的使用価値は競争過程では現れず,使用場面においてのみ観察可能である。観察法やそれを主な市場調査方法とするデザイン思考が注目されるのは,創発的使用価値を発見しうるためであると理解できる。ただし,誰もが創発的使用価値を発見できるわけではなく,財の物質性や人の身体性に通じた専門知識が要件として求められる。デザイナーの思考にはデザインの専門知識,エンジニアリングの思考には技術の専門知識が必要である。 以上のように,第2の局面である組織の戦略・実行と市場(A)の反応とのギャップについては,マーケティング分野における使用価値に関する研究が日本で30年以上にわたって展開されてきた。 その到達点は,マーケティングによって財の価値とその使用価値を規定する文脈を事前計画する側面と,市場において使用価値が事後的に構成され,市場の反応をさらに文脈化する側面というダイナミックな二面性を持った創造的適

図 —— 2 マーケティングの自己言及的構造

出所) 石井(1993),石井(2007)を参考に,筆者作成。

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応の理論である。仄聞する限り,こうしたマーケティングの理論はグローバルにも存在せず,日本が最も理論的に進んでいる領域である。AMA(2007)の定義にもこのようなマーケティングの役割が指摘されていないのが何よりの証左である。

3.第3の局面:市場Aと市場A´における組織の戦略と実行のギャップ

 組織における事前計画と事後創発の共存が生じる第3の局面は,いったん成功した市場Aにおける戦略を,別の市場A に適用した際に生じる戦略と実行のギャップである。この場合,第2の市場A には,大きく2つのパターンがある。 1つは,図2に示したように,ある財の発売後に市場で行動変容や経済成果がもたらされ,組織と市場の文化的・社会的文脈が変化した後の市場である。すなわち,同じ市場における時系列的な変化を経た市場が市場A である。た

だし,新たな文脈が形成された結果,市場の境界が変動している可能性もある。 もう1つのパターンは,成功市場とは別の顧客や地域を狙って市場を拡大する場合である。その目的市場が市場A である。本稿では,この後者のパターンについて,国際ビジネスにおける最新の研究動向を参照して論じることにする。 表2に示したとおり,マーケティングのグローバル化段階は,輸出マーケティング,インターナショナル・マーケティング,多国籍マーケティング,グローバル・マーケティングへと進む(小田部・ヘルセン2010)。それに伴い,多国籍企業(Multinational Companies, MNCs)内では,グローバルに標準化された知識と現地適応したローカルな知識の構造(structure)と流れ

(flow)に変化が生じる。 国際ビジネス研究においては,長年,本国で知識を生成し,各地域にその知識が流れるという垂直的な構造が前提とされていた(Cano-

表 —— 2 マーケティングのグローバル化の各段階

類型 4P修正 関心対象 主義 製品戦略国内マーケティング なし 国内市場 自国

主義自国ニーズ優先自国で開発

輸出マーケティング なし 輸出国の選択

輸出のタイミングと参入順自国主義

自国ニーズ優先自国で開発

インターナショナルマーケティング 国単位 国単位のナショナル・ブランドの開発と買収

国単位のマーケティング・コストの共有他国主義

各地ニーズ対象各地で開発

多国籍マーケティング 地域単位 地域単位のナショナル・ブランドの開発と買収

地域単位のマーケティング・コストの共有地域主義

地域内標準化各地で開発

グローバルマーケティング グローバル

国や地域を越えた4Pの調整生産とマーケティングの統合成長志向のポートフォリオと資源配分

地球主義

各地に適応したグローバル製品各地で開発

出所) 小田部・ヘルセン(2010)を参考に作成。

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kollmann et al. 2016)。しかし近年,ローカルに生成された知識がグローバルなネットワークで利用されるという逆方向の流れが注目されている(Cantwell and Mudambi 2005; Cano-kollmann et al. 2016)。 たとえばDunning (1988)は,多国籍企業における現地企業の役割を重視する折衷的な

(eclectic)アプローチを提唱している。Doz and Williamson (2002)は「メタナショナル

(meta-national)」という概念を提示し,世界中に散在する知識の源泉を発見・連結し,イノベーションを起こすことが企業の優位性につながると論じている。Cantwell and Mudambi (2005) も,ローカルに生成された知識が多国籍企業のグローバルなネットワークで利用されることを指摘している。 これらの先行研究を参照すれば,本国市場で成功した戦略を他国市場で実行した場合,その進出先の文化的・社会的文脈によって,事後創発的に戦略が再構築されうることが示唆される。これが事前計画と事後創発が共存しうる第3の局面である(図2中の③)。

Ⅲ. ブルー・オーシャン戦略に関する 事例分析

1.ブルー・オーシャン戦略と3つの局面 前節では,戦略の事前計画性と事後創発性が共存する3つの局面を示し,それぞれに関連する先行研究をレビューした。次に,新市場創造の理論としてのブルー・オーシャン戦略(Kim and Mauborgne 2005)が,その3つの局面といかにかかわるのかについて考察する。 ブルー・オーシャン戦略では,業界と競争要

素が確定した中で激しい競争が展開されている状況をレッド・オーシャン,価値革新(Value Innovation)によって創出される非競争市場をブルー・オーシャンと称する。ブルー・オーシャンは,低コストと差別化の同時追求による価値の向上によって実現される。すなわちブルー・オーシャン戦略は,低コストと差別化のいずれか一方を追求するというポーター理論を単純解釈し,学会にも広く広まった競争戦略論のドグマに挑戦した理論である。 ブルー・オーシャン戦略は,膨大な学術研究に基づき,理論面で新境地を拓くと同時に,実践的にも着実に実現可能な手法と手順を示した。具体的には,既存業界のノンカスタマーに着目し,ERRCグリッド・戦略キャンバス・6つのパスなどの独自のツールを所定の手順で使用することで,新市場創出の可能性が高まるとされている(安部2007;安部・池上2008;池上2017a)。 ERRCグリッドとは,業界常識と比べて何を取り除き,減らし,増やし,創造するかを検討するツールである。戦略キャンバスは,業界で重視されている要素をファクターと呼んで横軸におき,縦軸はその各ファクター(要因)への注力度として,自社・競合が各ファクターに対してどのように対応しているかを価値曲線(バリューカーブ)として描き可視化するツールである。戦略キャンバスは業界の現状を確認する際にも,新戦略を構築する際にも活用され,新戦略を構築する際にはERRCグリッドに基づき新たなバリュー・カーブを描く。6つのパスとは,市場の境界を引き直すために,オルタナティブな産業・他の戦略グループ・買い手の連鎖・財の範囲・機能と感性・長期時間軸に注目するア

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プローチである。 これらのブルー・オーシャン戦略の多様なツールの中で,事前計画と事後創発との共存の第1の局面にとくに関わるのが,フェア・プロセスとティッピング・ポイント・リーダーシップである(キム=モボルニュ 2005)。 フェアプロセスとは,戦略策定と実行を公正に行うことである。トップダウンで戦略を実行すると現場で反発が生じやすい。そこでブルー・オーシャン戦略では,現場の関与(Engagement)を高め,期待内容(Expectation)を明快に説明すること(Explanation)を推奨する。この3つは3Eと要約される。フェアプロセスを用いることで,トップが現場の知性や感性を重視する姿勢が伝わり,信頼関係が構築され,戦略実行がうまく進むのである(キム=モボルニュ2005)。 一方,ティッピング・ポイント・リーダーシップとは,最も影響力の大きい人物からアプローチしていくことで経営資源の効率的活用,従業員の士気向上,社内政治の調整,現状維持の意識といったハードルを乗り越え,短期間に効率的に戦略を実行するリーダーのあり方を示している。 たとえばBurgelman(1996)は,現場の創発性を実現するには,トップに対して政治的な働きかけを行う必要があると指摘している。しかし彼は,具体的なアクションの内容までは示していない。それに対してブルー・オーシャン戦略では,創発と計画が共存する3つの局面のうち,第1の局面をマネジメントするための具体的なツールやプロセスが明示されている。 一方,第2・第3の局面については,ブルー・オーシャン戦略には十分な方策が用意されてい

ない。なぜならブルー・オーシャン戦略は,独自のツールやプロセスを用いて成功確率を高めるためのフレームワークであり,市場導入後の創発性は,むしろ計画の失敗を意味するためである。 計画と実行のギャップを評価し修正する具体的な手段を用意した点で,ブルー・オーシャン戦略は実行段階までフォローした希少な理論である。しかし,日本のマーケティング研究や国際ビジネス研究の示唆する創発の可能性については,未だ十分に扱えていない。価値革新のために,顧客の知覚価値を創造するだけでなく,その価値を知覚させる文化的・社会的文脈にも同時に働きかけるという視座が無いためである。 以下では,この点をより具体的に理解するために,ブルー・オーシャン戦略に関連する2つのケースを分析する。

2.事例1:スタディサプリ(1)事例 スタディサプリは,2011年10月に株式会社リクルートマーケティングパートナーズ(以下,リクルートMP)が始めたオンライン学習事業である。株式会社リクルート・ホールディングスの進学カンパニーで進学事業を担当していた山口文洋氏が同年3月にNew RINGという新規事業提案コンテストで優勝し,「受験サプリ」の名称でサービスを開始した(池上2017b,川上・岩本・鈴木2017)。 スタディサプリの主要ターゲット顧客は,経済的・地理的・時間的制約などの理由で塾や予備校に通えない児童や生徒である。こうした顧客層は既存の塾や大手予備校業界のノンカスタ

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マーといえる。 戦略の立案時,山口氏はブルー・オーシャン戦略の戦略キャンバスを用いて,競合としての大手予備校と明確な差別化を行った。まずコスト面では,少数精鋭の講師による人件費抑制,教室等への設備投資不要という点で低減が可能であった。一方,差別化に関しては,全国トップレベルの講師限定というコンテンツとスマートフォン聴講の利便性を新たな便益として付け加えた。 このように,スタディサプリの戦略の特徴は,既存業界のノンカスタマーを対象に戦略要素を取捨選択してコストを低減し,既存業界やターゲット顧客自身も知覚していなかった便益を新たに創造して差別化した点にある。ブルー・オーシャン戦略の理論通り,低コストと差別化を同時追求した。 そして同社は,ターゲット顧客への提供価値に対して,大手予備校よりも十分に安価な1科目5,000円という価格設定を行った。市場導入に際しては,迅速な立ち上げのため,2012年の秋から冬にかけてテレビ広告他に10億円以上を投資してプロモーションを行った。 その結果,無料会員は18万人に達し,初年度の目標を達成した。しかし,最初の受験シーズンに当たる2013年初頭の有料会員は目標数を大きく下回り,200人程度に留まった(池上2017b)。こうした市場の反応を見て,同社は市場導入から半年後の2013年3月,価格を1科目5,000円から月額980円受け放題に変更した。 当時,スマートフォン用の他のアプリは平均100円台であった。一方,2013年3月に同社が公表したニュースリリース記載の平均的な塾・予備校費用は月額44,744円であった。すなわち,

顧客の支払意思額(willingness to pay)には月額100円から40,000円台という大きな幅があった。 そこで同社は,価格変更に関する市場調査を行った。その結果,月額100円ではオンライン予備校サービスとしての信頼性が低くなることがわかった。1科目5,000円から月額980円への変更は,こうした調査や議論を経た結果である。この新価格で有料会員3万人を集めるという戦略目標の下,リクルート・ホールディングスはリクルートMPに追加投資を行った。サービス内容に関しても,有名講師の追加や通年の基礎学力講座の提供などのコンテンツの充実も図った。以上の結果,2013年6月には,開始3か月で目標値の半数にあたる15,000人の有料会員の獲得に成功した。 さらに2013年4月以降には,最終消費者ではなく高校側からの問い合わせが増えていった。そこで同社は,高校への営業を始めた。開始1か月半で150校を訪問したところ,20校がサービス導入の意向を示した。こうして,対消費者のB2Cから始まった事業が次第にB2B顧客へと拡張され,会員数は一気に増大した。それに伴い,受験サプリというネーミングではサービスのコンセプトが限定されることから,2016年2月にスタディサプリにサービス名が変更された。

(2)考察 この事例は,ブルー・オーシャン戦略の戦略キャンバスを用いて実現された点において,きわめて事前計画性が高い。加えて,市場導入後に価格変更を行った点,B2Cのノンカスタマーから想定外のB2Bのノンカスタマーにターゲッ

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論文

トを拡張していった点で,事後創発性も認められる。すなわちスタディサプリは,計画と創発が共存する事例である。 山口氏は,戦略キャンバスは用いていたが,ブルー・オーシャン戦略が推奨している実行段階のフェアプロセスやティッピング・ポイント・リーダーシップを明確に意識して行動していたわけではない。 しかし実際には,トップと現場の山口氏との間では,フェアプロセスやティッピング・ポイント・リーダーシップが理論に近い形で展開されていた。なぜなら,山口氏がNew RINGで優勝して以来,リクルート・ホールディングスのトップが積極的に現場を支援していたためである。その結果,山口氏と現場のイメージを尊重した挑戦的な新規事業設計が許容され,既存の予備校モデルとは大きく異なるリスクの決して低くない新規事業モデルであるにも関わらず,市場投入の初期段階から巨額の広告投資も行われた。すなわち,計画と創発が共存する第1の局面においては,ブルー・オーシャン戦略のフレームワークが有効に機能していたといえる 1)。 一方,第2の局面については,戦略価格設定を行ったにもかかわらず,事後的な価格変更を迫られた。このような状況が生じるのは,新市場の場合,企業側もノンカスタマーの顧客自身も,どの先行市場を競合として参照すべきかが判断できないためである。山口氏はブルー・オーシャン戦略の価格設定ツールを使っていなかったが,たとえ使っていても,戦略価格は容易に設定できるものではない。 石原(1982)の競争的使用価値や西川(2010)の創発的使用価値の概念が示唆するとおり,顧

客の知覚価値は市場導入後の競争や使用場面といった文脈の中で,相対的に評価される。スタディサプリの事例では,競合が塾や予備校なのか,スマホアプリなのか,あるいは動画配信なのかが明確ではなかった。 そうした中で,マーケティング・リサーチを繰り返し,試行錯誤的に価格が決定された。月額980円という価格設定を選択したことで,スタディサプリはリアルな塾や予備校やスマホアプリとは競合せず,動画配信サービスの1つであるという文脈が同時に作られたのである。 さらに第3の局面については,B2CからB2Bへの顧客の拡張が相当する。このターゲット顧客の変更は,顧客側からのアプローチがきっかけであった。それに対し,リクルートMPはすぐに営業体制を整え,対応を行った。その結果,有料会員市場は拡大し,さらにはサービス名称そのものが変更されることになった。こうした事後創発的な側面は,ブルー・オーシャン戦略のフレームワークでは十分に説明できない。そのため,マーケティング論や他の競争戦略論の知見を補う必要がある。

3.事例2:QBハウス(1)事例 第2の事例は,キム=モボルニュ(2005)でも取り上げられているキュービーネット株式会社のQBハウスである。同社は1995年に設立され,第1号店を1996年に出店して以来,右肩上がりの成長を続けている。2016年には,国内外の来店者1,800万人,店舗は500店舗を超えた。同年,持ち株会社として,キュービーネットホールディング株式会社も設立されている。 10分1,080円という低価格で,ヘアカットだ

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けを提供する専門店というコンセプトは,ブルー・オーシャン戦略の提唱する低コストと差別化の同時追求に合致する。QBハウスの事例は,前節のスタディサプリとは異なり,創業者がブルー・オーシャン戦略を知って実践したものではない。むしろ逆で,理論を強化し,あるいは例示するためにキム=モボルニュが参照した事例である。 低コスト化に関しては,シャンプーもブローも髭剃りも行わず,カットだけに特化している。また,待ち時間を知らせるランプを店外に設置し,予約対応の人件費を節約している。 一方,差別化に関しては,ヨットのキャビンのような店内ブース,エアウォッシャーという毛屑の吸引器,使い捨てのクシやネックペーパーなど,効率性と清潔さを重視した便益に特化している。こうして機能的便益を増大させつつ,情緒的便益を低減させたことによって,ブルー・オーシャン戦略の戦略キャンバスでは,競合の理髪店他と明確に異なる価値曲線が描かれている(図3)。

 このように日本国内では新市場の創出に成功したQBハウスであるが,成功したモデルを他のターゲット顧客に展開する際には,さまざまな試行錯誤が生じている。 たとえば,2005年には女性をターゲットとした20分2,000円のキャトルボーテという業態の第1号店を表参道にオープンさせた。しかしその後,キャトルボーテは出店を取りやめている。 2002年以降は,シンガポール・香港・台湾といった海外への進出も積極的に行っている。2010年にはQBNET International Holdings Pte., Ltd.を設立し,海外の拠点とした。ただしQBハウスの海外進出は,日本市場と同一の標準化戦略で行われているわけではない。以下では,おもにシンガポールへの海外進出事例を参考に,本国と進出国との間で生じた3つのギャップを指摘する。 第1に,店舗スタイルの違いである。QBハウスは2006年のチャンギ国際空港を第1号店として,シンガポールや香港でQBシェル型タイ

図 —— 3 QBハウスの戦略キャンバスと価値曲線

出所) キム=モボルニュ(2005)。

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プの店舗をオープンさせた。シェル型は1-2坪程度の組立型で,設置費も通常出店時の約10分の1程度で済む。シェル型店舗は2007年にグッドデザイン賞も受賞している。 このシェル型店舗は,ヘアカットの価格水準が低い進出国において,価格競争力を高める1つの手段で,コストは安いが,デザイン性は高いのが特徴である。顧客側は今まで出店が難しかった場所でサービスが受けられるようになり,QBハウス側は,本格出店前のテストマーケットとして,プロトタイプ的に使うことができる。ただし,このシェル型店舗を日本に逆輸入することはできない。なぜなら,日本は理美容に関する法的規制が厳しいためである。 第2に,日本と進出国の間では市場の競争環境や文化も異なる。現在,シンガポールには,ECハウスという類似した競合チェーンが存在する。ECハウスはもともとQBハウスのフランチャイズ先であった。2015年のジェトロの資料によれば,QB ハウスの 24 店舗に対し,ECハウスは25店舗と店舗数はむしろECハウスの方が多い。フランチャイズで店舗網を急速に拡大する方式は,日本では機能した。しかし,この事例が示すとおり,海外では進出国における経営知識の伝授が現地で新たな競合を生むリスクがある。 第3に,人材の定着率と育成における違いがある。シンガポールでは,一般に離職率が高い。QBハウスも進出当初は50%程度であった。そこで同社は,現地人材を活用し,アシスタント制度のない即戦力制度・日本のスタイリストによる教育・日本における研修・ディナーやヘアコンテストといったイベント等のインセンティブを提供し,定着率を上げていった。現在の離

職率は5%を下回っている。

(2)考察 QBハウスの事例は,事前計画と事後創発の共存する第3の局面に関するものである。ブルー・オーシャン戦略によって市場創造が創造された後,模倣や追随によって,ブルー・オーシャンがレッド・オーシャン化する可能性とその対応に関しては(キム=モボルニュ(2015)も提示している。しかし,市場における戦略の事後創発性をブルー・オーシャン戦略の理論の中に取り入れる試みは未だ存在しない。 QBハウスの事例で示されたとおり,日本で成功したブルー・オーシャン戦略を海外で展開する際には,文化的・社会的文脈が異なるため,新たに価値曲線を引き直す必要が出てくる。その一方で,低コストと差別化の同時追求がブルー・オーシャン戦略の要諦であることから,グローバルに標準化できない場合,新たにコスト構造を再構築する必要が出て来る。 加えてQBハウスの場合,進出国のシンガポールで,競合フランチャイズや離職率の問題が生じた。これらは事前に計画可能な要素かもしれないが,すべてを予測することは不可能であり,現地で事業を始めた後に判明する要素もある。 さらに,国際ビジネス研究における最新の知見が示すように,進出国で新たに生成された知識を事後的に本国に還流・連結させることが,次の価値革新につながる可能性もある。このように,ブルー・オーシャン戦略は,事後創発の要素を積極的に取り入れることで,理論としての深度と包括性がより強まるはずである。

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Ⅳ. 結び:ダイナミック・ブルー・オーシャン戦略の提案

 本稿では,戦略の事前計画と事後創発という2つの側面に注目し,その共存が生じ得る3つの局面について概念的に整理した。さらに,先行研究のレビューに基づき,計画と創発の共存をマネジメントするための方策を探った。その結果,ブルー・オーシャン戦略とマーケティングの融合によって,理論的にも実践的にも,新たな視座に到達し得る可能性を示した。図4がその全体像としての「ダイナミック・ブルー・オーシャン戦略(DBOS)」の概念図である。 この図4に示したとおり,ブルー・オーシャン戦略が既に有するフェアプロセスとティッピング・ポイント・リーダーシップは,第1の局面のマネジメント・ツールとして有効である。さらに,第2・第3の局面に関して,マーケティ

ング分野の知見に基づき,競争的・創発的使用価値,価値と文脈の同時創造の考え方を新たに付け加えることで,計画と創発を共存させるマネジメントの全体像がより具体的かつ包括的に可視化される。 本稿で試みた「ダイナミック・ブルー・オーシャン戦略(DBOS)」の提唱は,マーケティング論と経営戦略論を架橋する分野横断的な挑戦である。今後,事例分析を積み重ね,有効なマネジメントの条件や方策についての考察を進めつつ理論として確立していく必要がある。本稿の議論をその出発点としたい。

謝辞

 本研究では,株式会社リクルート・マーケティング・パートナーズ代表取締役社長の山口文洋氏,キュービーネットホールディングス株式会社代表取締役の北野泰男氏を始め,多くの皆様に研究取材や資料提供にご協力頂きました。謹

図 —— 4 ダイナミック・ブルー・オーシャン戦略の概念図

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んで御礼申し上げます。日本マーケティング学会のマーケティングと新市場創造プロジェクトの研究会の場でコメントを頂いた皆様にも謝意を表します。あり得べき誤謬はすべて筆者の責に帰するものです。なお本研究には,早稲田大学総合研究機構内の早稲田ブルー・オーシャン戦略研究所(WABOSI)から拠出された研究費を使用しています。

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川上 智子(かわかみ ともこ) 神戸大学大学院 経営学研究科修了 博士(商学)

 早稲田ブルー・オーシャン戦略研究所 所長

 INSEAD ブルー・オーシャン戦略研究所客員研究員

 メーカー基礎研究所,関西大学教授を経て現職。

 日本マーケティング学会理事

池上 重輔(いけがみ じゅうすけ) 一橋大学大学院 商学研究科修了 博士(経営学)

 早稲田ブルー・オーシャン戦略研究所 幹事

 BCG,MARS JAPAN,ソフトバンク EC ホールディ

ングス,ニッセイ・キャピタルを経て現職。

 早稲田 EMBA エッセンス プログラム・コーディ

ネータ。