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Kobe University Repository : Kernel タイトル Title わが国におけるマルクス主義法学の終焉(下・Ⅲ・完) : そして民主主義 法学の敗北(The End of the Marxist-Legal-Theories in Japan (5)) 著者 Author(s) 森下, 敏男 掲載誌・巻号・ページ Citation 神戸法學雜誌 / Kobe law journal,66(1):75-233 刊行日 Issue date 2016-06 資源タイプ Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 版区分 Resource Version publisher 権利 Rights DOI JaLCDOI 10.24546/81009556 URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81009556 PDF issue: 2020-01-07

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Kobe University Repository : Kernel

タイトルTit le

わが国におけるマルクス主義法学の終焉(下・Ⅲ・完) : そして民主主義法学の敗北(The End of the Marxist-Legal-Theories in Japan (5))

著者Author(s) 森下, 敏男

掲載誌・巻号・ページCitat ion 神戸法學雜誌 / Kobe law journal,66(1):75-233

刊行日Issue date 2016-06

資源タイプResource Type Departmental Bullet in Paper / 紀要論文

版区分Resource Version publisher

権利Rights

DOI

JaLCDOI 10.24546/81009556

URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81009556

PDF issue: 2020-01-07

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神戸法学雑誌第六十六巻第一号二〇一六年六月

わが国におけるマルクス主義法学の終焉 (下・Ⅲ・完)

―そして民主主義法学の敗北―

森 下 敏 男

第1編 マルクス主義法学批判 第1章 唯物史観の新解釈と法の位置づけ 第2章 戦後マルクス主義法学の再出発 第3章 わが国におけるマルクス主義法学の確立 第4章 渡辺法社会学批判第2編 民主主義法学の敗北 第1章 序論 第2章 過渡期の民主主義法学(1980‒1990年前後) 第3章 ソ連・東欧の社会主義崩壊(1989‒1991年)の影響 第4章 現代の民主主義法学の混迷と模索(1990年代以降)  第1節 振り向けば愛  第2節 民科の自由主義化  第3節 民科の新自由主義化  第4節 司法制度改革(以上64巻2号、65巻1号、65巻2号、4号)  第5節 マルクス主義の残影(以下本号)   (1)帝国主義論     (a)序論、(b)渡辺治氏の帝国主義論、(c)日本共産党の帝国主義論、

75神 戸 法 学 雑 誌  66巻1号

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(d)戦後日本について(①日本帝国主義復活論、②アジア諸国の対日観、③歴史認識問題、④日米安保体制について)、(e)法整備支援について

  (2)新福祉国家論     (a)序論、(b)渡辺治氏の場合、(c)後藤道夫氏の場合、(d)新福祉

国家論の内容、(e)市民主義的福祉社会論、(f)福祉国家のディレンマ

  (3)頑固派刑法学     (a)序論、(b)2000年前後の一連の刑事立法について、(c)市民的

治安政策論、(d)政治ビラ配布の問題、(e)被害者の訴訟参加(①被害者訴訟参加への批判論、②内田博文論文批判、③被害者側が真に望むこと)、(f)民科による厳罰化批判

  (4)付:社会主義論の残影 第6節 民主主義法学の分岐とその総合の試み  (1)民科内部の分岐の構図     (a)市民社会派と新福祉国家派、(b)「科学から空想」へ、(c)アナ

キズム的傾向、(d)共同体へ  (2)市民社会派と新福祉国家派の軌跡  (3)両派の相互批判  (4)両派の総合の試み    (a)土田・吉村・広渡氏の場合、(b)藤田教授による総合  (5)その後の民科終章 マルクス主義法学の終焉と民主主義法学の敗北 第1節 マルクス主義法学の終焉(結論) 第2節 民主主義法学の敗北  (1)改めて、なぜ「民主主義」か     (a)なぜ「民主主義」法学か、(b)日本共産党の民主主義革命路線の

影響、(c)日本資本主義論争と宇野理論(①講座派と労農派、②宇野

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理論による解決、③付:市橋・桐山氏に望むこと、④付:現代ロシアについて)、(d)民主主義法学の漂流(①小森田氏の問題提起、②熟議民主主義論、③民主主義論の回避)

  (2)「日本は既に民主国家」論     (a)序論、(b)日本特殊論再説、(c)笹倉氏の「先進資本主義国=民

主主義」説など、(d)渡辺治氏の「日本=民主国家」論、(e)付:後藤道夫氏の近代主義批判

  (3)民科の反民主主義的傾向     (a)広渡・小沢氏の「統治客体」論、(b)笹倉氏の衆愚政治論(①民

主主義の衆愚政治化、②合理主義の非人間性)、(c)民主主義の前進の反民主主義的説明、(d)民科による国民批判(①渡辺洋三氏の場合、②裁判員制度への反対、③その他の国民批判、④世論政治を)

  (4)民主主義法学の敗北(結論)補論―弁解・補足・反論 第1節 若干の弁解 第2節 補足  (1)司法・教育・マスメディア・社会科学の中立性について     (a)渡辺洋三氏の中立性批判論、(b)朝日新聞の慰安婦報道問題、(c)

社会科学の中立性  (2)その他     (a)「風潮」論、(b)「資本主義政治局」再論、(c)「資本主義政治の

巧妙さ」論、(d)「国民」概念、(e)「良心的」という評価、(f)「限界があった」論、(g)小田中氏の司法制度改革批判、(h)立憲主義について

 第3節 予めの回答・反論  (1)マルクス主義(民主主義)法学にプラス面はないのか?  (2)森下の立ち位置は?  (3)後知恵論(完)

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第5節 マルクス主義の残影本稿は、「マルクス主義法学の終焉」と題しているが、民科系の議論には、

なおマルクス主義的色彩が濃厚なものも残っている。そのようなものとして、ここでは、帝国主義論、新福祉国家論、刑法学の3つの項目を取り上げている。このうち新福祉国家論自体は、マルクス主義的色彩が濃厚とは必ずしも言えない。むしろマルクス主義法学者は、かつては福祉国家論に熱烈に反対してきた。しかし、「新」福祉国家論を説く人々は、一方で福祉国家と帝国主義を「表裏一体」のものとして捉え、他方では帝国主義への対抗戦略として新福祉国家を唱えるなど、混乱を交えながらも、帝国主義と福祉国家を一体的に論じている。また彼等は、民科の市民社会派に対して批判的であり、社会主義志向も示している。そこで、帝国主義論と合わせて、ここで取り上げることにする。さらにマルクス主義との距離は離れているが、「市民主義的福祉社会」論や

それに近い議論も、新福祉国家論と合わせて、便宜上本節で取り上げる。また「頑固派刑法学」(刑法の役割を主として階級弾圧機能において捉える教条的な刑法学)をここに含めたのは、そこに強硬な反権力姿勢がみられる点で、伝統的なマルクス主義を継承している面があるからである。しかし、これら刑法学者が、思想的にマルクス主義的かどうかは必ずしも明確ではなく、あるいはむしろ、その反権力姿勢は、最近の自由主義志向と軌を一にするのかもしれない(ここでもマルクス主義と自由主義の共通性が見られることになる)。そうだとすれば、マルクス主義とは正反対の方向であり、「民科の自由主義化」の事例として取り上げるべきかもしれない。ただ私の見るところでは、やはりそれは、伝統的マルクス主義の方に近いように思われる。

(1)帝国主義論(a)序論かつてマルクス主義者の文献には、帝国主義の語が氾濫していた。ただ民

科の文献には、法律学の性格からして、元々帝国主義の語は比較的少なかった。それでも1990年までは時々使われていた。例えば新現代法論争時の池田

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恒男論文は、「八〇年代の日本は、資本投資の質量ともに本格的な帝国主義国としての内実を整えた」とか、現代日本法の諸特徴を論じた後で、「このような法の疎外形態であり、本来的に非合理な人が人を支配することを聖化する機能は、現代日本法においては、『現代帝国主義』(ないし『現代独占資本主義』)なる概念によって統一的根底的に把握されるべきである」と述べている(「『新・現代法論』覚書」、『法の科学』16号、1988年、136、144頁)。第二次大戦後の帝国主義は、「新植民地主義」と表現されることも多かった。

松井芳郎氏は、「第二次世界大戦後の資本主義の全般的危機のいっそうの深化に対応するものとして、植民地体制が新植民地主義として再編成された…」と述べている。「帝国主義国は、新興諸国に対する事実上の支配と収奪を、平等な主権国家間の自由な合意という形式でおおいかくし」ているが、「事実上の支配と収奪を続けるために、帝国主義は、民族ブルジョアジーの懐柔、支配層の買収、クーデターの組織といった法律外の手段を含めて、あらゆる方法を用いることはよく知られている」(「新植民地主義と現代国際法」、『法律時報』40巻6号、1968年、45頁)。アメリカに支援されたチリ軍部による社会主義的な傾向を示していたアジェンデ政権の打倒(1973年)など、そのような実例が存在したことは事実であり、現在も似たような事例は存在する。しかし、後にも述べるように、「新植民地主義」なるものによって、多くの途上国が経済的に発展してきたことも事実であり、全体としてはそちらの方が、より大きな歴史的意味をもっている。逆説的でもあるが、途上国人民の多くは、新植民地主義に支配されることによって、豊かになってきたのである。ソ連崩壊後帝国主義論は姿を消していくが、その後復活する。広渡清吾氏は、

講座『現代日本』グループの帝国主義論(後述)にコメントを加え、自らの帝国主義認識についても語っている。それによると、「『帝国主義』は他民族の抑圧と国内の強権的政治をもたらすものであり、それは資本主義が利潤と効率性を追求する本質を有するのと同様に資本主義の本質に属するものであり、…」と論じている(「グローバリゼーションと日本国家」、『法の科学』27号、1998年、16頁)。レーニンは独占資本主義=帝国主義と論じ、後に日本共産党はレーニ

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ンの規定を否定して、帝国主義を狭く限定的に規定するようになる(後述)のであるが、広渡氏は、逆に、資本主義=帝国主義と、最広義に規定しているのである。広渡氏は、既述のように、社会民主主義を高く評価しているようにみえるの

であるが、社会民主主義も資本主義である以上、それもまた帝国主義なのであろうか。同氏は、既述のように、社会主義と社会民主主義を厳密に区別しない傾向もあるから、社会民主主義は資本主義ではないと考えているのかもしれない。その場合同氏は、日本を社会民主主義的な体制のように考えている(本稿〈下・Ⅱ〉、6頁参照)のであるから、日本は資本主義ではないことになりそうだ。なお戒能通厚氏も、詳しい展開はないが、後述の渡辺治氏の研究に言及しつつ、「帝国主義化」論の重要性を指摘している(「民主主義社会構築をめざす法戦略」、『法の科学』26号、1997年、121頁)。

(b)渡辺治氏の帝国主義論帝国主義概念を改めて復活させたのは、先の諸論文でも言及されている講座

『現代日本』全4巻(1996‒1997年)である。この講座の執筆者グループはほとんどが法学者ではないし、一部を除き民科の会員でもないと思われる。しかし民科の文献では、この講座について、しばしば肯定的文脈で、時には批判的な文脈で言及されている。民科に近い立場のグループと思われる。この講座の各巻冒頭におかれている「刊行にあたって」では、「現代日本の政治・社会を、こうした現代帝国主義という視角から解明しようというのが本講座の最大の特徴である」とされている(各巻、4頁)。つまりこの講座全体が、現代帝国主義論と言ってよい。ところが渡辺治氏によれば、1980年代以降、特に冷戦終結後、まさに帝国主義論的視角が必要になったその時に、それに反比例して帝国主義論は下火となり、帝国主義の語はほとんど死語化していると言う(講座『現代日本』第1巻、38‒39頁)。それはなぜか。そこで渡辺治氏は、レーニンなど先人に依りつつ、帝国主義を次のように規

定している。「帝国主義とは、対外的には植民地支配と世界の領土的分割への

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志向、対内的には軍国主義と大衆社会的支配などを主たる特徴とする資本主義大国の対外的・対内的体制を指す」(講座『現代日本』第1巻、38頁)。ここでは、「大衆社会的支配」という観点が、従来のマルクス主義者の帝国主義論と比べて新しい点である。そこで渡辺氏は、帝国主義の語が死語化した理由として、以下の三つを上げている。①第二次大戦後植民地が独立し、帝国主義国相互の闘争もなくなった。②植

民地に政治的独立を認めた後も、政治的・経済的に支配・従属関係が再編されているという新植民地主義、従属理論なども、アメリカなどの従属下にあったアジアの国々のなかで急速に経済成長を遂げた国が現れたこと(NIES諸国)によって、有効性が疑われたこと。③ソ連の対外的な干渉・侵攻は、帝国主義の根拠を独占資本主義に求め、その阻止を社会主義の確立に求めたそれまでの帝国主義論の正当性を損ない、さらにソ連・東欧の社会主義の崩壊が、それを強めた(講座『現代日本』第1巻、39‒42頁)。これらは、正しい指摘である。上記②について渡辺氏は、藤原帰一氏の次の文章を引用している。「経済的従属に対する自立の試みが凄惨な貧困と暴力しか生み出さなかったのに対して、対外的に従属していたはずの台湾や韓国の経済は、少なくとも工業化に関する限りでは急速に成長した。自立よりも従属の方が成果は大きかった、という残虐な逆説に直面して、新植民地主義論も、国際分業論も、従属理論も、転機を迎えざるを得なかった。狭義の帝国主義、すなわち政治的・行政的支配としての植民地主義に対し、領土的支配を伴わない市場による支配として帝国主義を捉える試みは、ほぼ挫折したといって構わない」(「帝国主義論と戦後世界」、岩波講座『近代日本と植民地』第1巻、1992年、248頁)。これは、全く正しい指摘である。「自立」が「凄惨な貧困と暴力」しか生み

出さなかったというのは、改革開放経済以前の中国や現在の北朝鮮にピッタリ当てはまる。従属が経済の発展をもたらしたというのも、多くの途上国に当てはまるが、日本共産党がアメリカの「半植民地」とさえ言っていた日本にも、ピッタリ当てはまりそうだ。不思議なのは、渡辺氏がこの藤原論文を引用しながら(講座『現代日本』第1巻、1996年、41頁)、何の反論もコメントも加え

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ていないことである。藤原論文を認めているようにも読めるのであるが、藤原論文の帝国主義論批判は、そのまま渡辺氏達の現代帝国主義論にも妥当するのである。渡辺氏は、レーニン時代の古典的帝国主義とは異なる第二次大戦後のそれを

現代帝国主義と呼び、帝国主義論の再構築を図ろうとする。帝国主義概念を維持する理由は、古典的帝国主義と共通の現象があるからだとし、それを三つあげている。①少数の大国と多くの途上国の格差と従属などの不平等な関係の存在、②少数の大国の特有の支配構造とその腐敗、③世界の軍事化と軍国主義の存在(講座『現代日本』第1巻、43頁)。また古典的帝国主義との相違点として、先に挙げたもの以外に、多国籍企業という新しい資本の形態の登場、アメリカの力が突出しており、帝国主義諸国内部で階層的編成が見られること、を指摘している。現代帝国主義の帝国主義たる所以は、先の三つ特徴の内、②は国内体制の問題と思われるので除くと、結局、「軍事力を背景として他国を従属させること、あるいは不平等な関係におくこと」、といったことのようである。しかしそうだとすると、これは、先に渡辺氏が説得力を失ったかのように述べていた新植民地主義論や従属理論と異なるところはないのではないか。もう少し渡辺氏の説明を詳しく見ると、同氏は、「以上のような、相互に相

関連する五つの諸要素を備え、古典的帝国主義とは明らかに異なる一個の構造を有した帝国主義」が現代帝国主義だと書いている(講座『現代日本』第1巻、104頁)。「以上のように」とあるのが何を指すのか分かりにくいが、その前の五つの節がそのままそれに当たるのであろう。それは、次のとおりである。①多国籍企業形態の台頭、②アメリカ帝国主義の支配的地位、③帝国主義の同盟化傾向、④開発帝国主義、⑤福祉国家的支配。これらは、古典的帝国主義と異なる現代帝国主義なるものの特徴を示そうとしたものであるが、なぜそれが「帝国主義」として批判されるべきなのかを説明したものにはなっていない。まず⑤の「福祉国家的支配」は、素晴らしいことではないか。③の帝国主義

の同盟化傾向は、かつてのような「帝国主義戦争の必然性」がなくなったことを意味しており、やはり素晴らしいことである。第二次大戦後、帝国主義国間

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の戦争がなくなったことについて、かつてのマルクス主義者は、社会主義国際体制の成立により、社会主義という共通の敵を前にして、帝国主義国同士は争う余裕がなくなったからだと説明していた。では、社会主義の崩壊した今、帝国主義国間の戦争が再発するかと言えば、それは全く考えられないであろう。④渡辺氏は、帝国主義の新しい支配形態は、これまでマルクス主義陣営では「新植民地主義」と呼ばれることが多かったが、「植民地」形態がなくなった以上、それは「開発帝国主義」とでも呼ぶべきだと言う。いずれにしろ、これにも、先の新植民地主義論、従属理論に対する「懐疑」(渡辺氏自身がそのような「懐疑」が拡がったと述べていた)がそのまま当てはまるだろう。先進国と途上国の関係は、かつての植民地支配とは異なり、現在では、一般

的には、両者の合意に基づき、共存共益を図ることを目的としている。とは言え、両者の力関係からして、途上国側がしばしば不利益を蒙っていることはありそうである。しかしそれ以上に、先進国企業の進出によって、途上国に経済発展の基盤が作られ、技術移転がなされ、労働者の雇用が進み、それによって今日、途上国のかなりの部分が、大いに経済成長を遂げてきている。アジアの国々に続いて、アフリカでも急成長している国々がある。世界になお貧しい国々が残っているのは、先進国による搾取の結果というよりは、途上国における部族・宗派間の争いや独裁者の支配に依るところが大きい。先進国が責任を果たすため、それらの国の内戦や独裁政治に介入すれば、まさにそれこそ帝国主義的介入だと渡辺氏は批判するのであろう。①の多国籍企業の問題は、現在の大企業の特徴を指摘しただけで、その存在

自体が悪として説明されているわけではない。それが何をするかが問題であるが、④の開発帝国主義を行うのであろうから、その問題は既に述べたとおりである。②のアメリカ帝国主義の支配的地位と、帝国主義諸国間の階層秩序というのも、現状の特徴を指摘しただけで、それ自体が批判されるべき状態とは言えない。もし中国が最強の支配的帝国主義となれば悪夢であるが、アメリカなら、ましなのではないだろうか。以上のように、渡辺氏の現代帝国主義論は、一体何を批判しているのかよく

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分からない気がする。よく探せば、それらしい箇所はあった。最後の「むすびにかえて」の部分で、次のように述べられている。「現代の帝国主義は、多国籍企業の世界大の活動による利潤をあげるために、途上国に開発を強制し、それら諸国を容赦なく多国籍企業の市場に組みこむことにより、途上国の自立的経済発展を阻害しまたその環境を破壊し、途上国と先進国の格差を温存し、しばしばそれら諸国の開発独裁政権の存続を支える」(講座『現代日本』第1巻、359‒360頁)。しかしこれも、あまりパッとしない。途上国は、自立的経済発展が難しいから、支配層だけでなく多くの人民も先進国企業の進出を歓迎していることも多い。渡辺氏も、「格差を温存し」と書いていて、「格差を生み」とか、「格差を拡大し」、とは言えないようである。それなら現状維持にすぎない。意味があるのは、環境破壊ぐらいであろうか。実際には、先進国企業が途上国人民を抑圧し、不利益をもたらしている事例は多いであろうから、それらの実例をもって帝国主義が悪であることを論証しなければ、帝国主義論は説得力がない。渡辺氏にはそのような発想がなく、先進国は帝国主義でありそれは悪であるということを、自明の前提として議論している。仲間内の議論ならそれでいいのかもしれないが、外部に対しては説得力に欠けるのではないか。渡辺氏の矛盾が一番露呈しているのは、中国とベトナムの扱い方である。同

氏は、「今やベトナムや中国は、各国多国籍企業の入り乱れた戦場と化している」と言う(講座『現代日本』第1巻、327頁)。この書き方からすると、中国やベトナムは、現代帝国主義の草刈り場になっているかのような認識のようにみえる。日本共産党は、これら二国を、「社会主義をめざす国」として肯定的に評価しているから、その発展の原動力となっている外国資本の流入も、当然支持しているのであろう。両方とも、両極の極端な誤りである。中国は社会主義を目指してはいないし、多国籍企業の餌食にもなっていない。それは共産党資本主義という独特の資本主義を作り出し、徐々に帝国主義化しているようにみえる。渡辺治氏の単著である講座『現代日本』第1巻は、1996年の刊行であるが、「新自由主義」の語はあまり出てこないし、同氏の言う現代帝国主義が、新自由主

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義下でどのように変化したのかといった問題は、ほとんど論じられていない。この点について、この講座『現代日本』第1巻の記述と、後の渡辺氏の議論の間には、福祉国家論も絡んで、矛盾が生じているように思う。『現代日本』第1巻にも、その後の変化の予兆はある。そこでは、「レーガノミックスは、アメリカ帝国主義がニューディール以来構築してきたリベラル型福祉国家的統合を再編し、支持基盤の上層への移動をめざしたものであった」と述べられている(同書、206頁)。しかしこの問題は、後の新福祉国家論の箇所で論じた方がよさそうだ。

(c)日本共産党の帝国主義論さて、2004年に日本共産党は新綱領を採択したが、不破議長による報告に

よれば、新綱領は帝国主義の定義を変更したという。レーニン以来マルクス主義者は、「独占資本主義=帝国主義」という公式を墨守してきたが、これは「現代の条件のもとでは一般的には成り立たなくなった」と言うのである(『前衛』、2004年、4月臨時増刊、38頁)。そして、ある国を帝国主義と規定するためには、独占資本主義の国というだけでなく、「その国の政策と行動に、侵略性が体系的に現れているかどうかを基準にすべきだ」と言うのである。この基準に照らして、アメリカを「アメリカ帝国主義」と規定していると言う。この基準に照らすと、他の先進資本主義諸国は、帝国主義とは言えそうにな

い。特に不破氏はフランスの例を挙げ、同国はかつては帝国主義大国であったが、植民地の独立後、「独立したもとの植民地諸国と敵対関係になっているかというと、そんなことはなく、独立国として認め、必要な協力もして、経済や政治の面でなかなかよい関係を築くことに成功しています」と述べている(不破哲三『新・日本共産党綱領を読む』、2004年、203頁)。不破氏が今フランスについて述べたことは、日本にもかなり当てはまるのではないだろうか。中国と南北朝鮮を除けば、日本と日本がかつて侵略した国々も、「なかなか良い関係を築くことに成功している」のではないだろうか。さらに言えば、アメリカとその「半植民地」であるとされていた日本も、「なかなか良い関係を築くこ

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とに成功している」のではないだろうか。さて、既述の渡辺氏や広渡氏の帝国主義論は、日本共産党の新基準に照らせ

ば、間違っていると言うことになりそうである。そのためか、以後、民科系学者の文献には、「帝国主義」の語は、管見の限り見当たらないようである。彼等には、学問の独立を示すため、断固として「帝国主義論」を維持して欲しいと思う。

(d)戦後日本について①日本帝国主義復活論戦後、日本の帝国主義は復活したのか否かについて、かつてはマルクス主義

者の間で大いに論争があった。アメリカ従属下(アメリカの「半植民地」とさえ言われていた)での帝国主義復活はありうるのか否かといった点が、大きな争点となっていた。その議論はスコラ的で、私はほとんど興味がなかったが、帝国主義は復活傾向にあるが、まだ帝国主義とはいえない、といったことが、マルクス主義者の多数説であったろうか。民科系学者も、軍国主義、帝国主義の復活傾向や、新植民地主義的進出について、繰り返し論じてきた。議論を簡単に振り返っておこう。

1965年の日韓条約について、渡辺洋三他編『現代日本法史』(1976年)は、「韓国の反共独裁政権に政治的経済的な特別の支持を与えて日米両国の新植民地主義的進出に道をひらかせるもの」とみなしていた(同書、111頁。『現代法の学び方』、1969年、144頁も同旨)。『マルクス主義法学講座』第6巻(『現代日本法分析』、1976年)で、「現代日本法と国際関係」を論じた松井芳郎氏は、1960年代後半以降、日本の独占資本は、「アジア諸国への新植民地主義的進出を著しく強めつつある」とか、「日本独占資本の新植民地主義的進出が、アジア諸国の人民にとって現実の脅威となっていることも否定できない」と述べていた(同書、76、77頁)。同じ著作で、片岡曻氏も、「日本の国独資が本格的発展をとげる『高度成長期』において、とりわけ一九六五年の『日韓条約』以降、アジア地域を主対象とする帝国主義的海外進出が本格化する…」と述べて

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いる(「現代日本における政策と法」、同書、208頁)。また吉岡幹夫氏は、「政府・独占は『韓』国はもとより、アジア反共諸国に積極的な経済援助・資本の投下を行い、かつての『大東亜共栄圏』思想に通じる『支配者』的政策を展開している」(「防衛政策と法」、同書、229‒230頁)と述べている。ソ連・東欧社会主義崩壊後、帝国主義の語はあまり使われなくなったが、そ

の後また復活傾向を示す。その復活のきっかけとなったのは、既述の講座『現代日本』(1996‒1997年)である。そこでは日本の帝国主義化がさらに進展しているかのように論じられ、「九〇年代に入って、日本社会は、いわば本格的な帝国主義化とでもいうべき社会的特徴を呈しはじめている」と書かれている(渡辺治執筆『現代日本』第1巻、304頁)。しかし自衛隊の海外出動の自由化や憲法改正が実現できていないため、「現代日本の帝国主義化は、決して完成したわけではない」とされている(同書、361頁)。今まで何度も語られてきたことの繰り返しでしかないが、しかし帝国主義化がかなり進んできたという認識なのであろう。

1998年の鳥居喜代和氏の論文は、「現代の日本の国家および法現象の動向の特徴を日米安保共同宣言に見るような軍事力を背景とした『帝国主義』的進出および『規制』緩和・行政機構『簡素』化を狙う新自由主義的改革に見ることには大方の一致があるものと思われ…」と述べている(「法学的国家論としての『福祉国家』と日本国憲法」、『法の科学』27号、1998年、107頁)。「大方の一致」と言っても、もちろん民科内部の話である。そこでは、既述の講座『現代日本』が注記されているが、そこで論じられているような帝国主義論が、民科の共通認識だと言うのである。しかし、既述の日本共産党の新しい帝国主義論に照らしても、日本は帝国主

義というにはほど遠く、共産党の見解が発表されて以降は、再び帝国主義論は下火となっている。講座『現代日本』グループの華々しい帝国主義論は、帝国主義論終焉の最後の徒花であったようにみえる。

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②アジア諸国の対日観渡辺治氏は、「アジア諸国の日本の軍事大国化に対する警戒心の表明や日本

の戦争責任の追及、従軍慰安婦問題での戦後補償を求める行動が起こりはじめたのは、日本資本の進出と軌を一にしていた」と述べている(「日本はどこへ行くのか」、『法律時報』74巻6号、2002年、57頁)。これはいつ頃のことを指しているのかはっきりしないが、文脈からすると1980年代後半のことらしい(同誌、56頁)。しかし、これは正しいであろうか。戦後しばらくは、日本の経済進出に対して、東南アジア諸国で、反日デモなどが起こることがあった。しかし1970年代後半以降は、そのようなことはほとんど姿を消したと思う。日本がアジア諸国に経済進出し、資源を買いたたいたり、公害を輸出したりということはあったであろう。しかし同時にそれらの国々の経済発展に貢献してきたのも事実であり、現地の人々も日本の進出を歓迎してきた。「帝国主義的進出」というのは、当たらないのではないか。近年日本を強く批判しているのは、北朝鮮を除けば、韓国と中国だけである。東南アジア諸国では、日本の「軍事大国化」を警戒する声はほとんどないのではないか。2015年の安保関連法にしても、東南アジア諸国では、むしろ中国を警戒して、歓迎する声もある。中国でさえ、日本を批判はしていても、比較的冷静な対応のようにみえる。中国と違って、日本の自衛隊の行動には厳しい条件がつけられているのであるから、そのような制約のない中国が批判するのは筋違いと、自覚しているのかもしれない。

③歴史認識問題民科の文献ではあまり論じられていないが、歴史問題について少し追加す

る。第二次世界大戦の性格については、4つの軸が交錯している。まず第一は、帝国主義戦争という側面である。この点では、帝国主義諸国は同罪であり、日本が特別に悪いわけではないとも言える。しかし、戦争はやはり直接それを仕掛けた方に圧倒的に非がある。この点では日本が非難されて当然である。第二に、民主主義諸国とファシズムの戦いという側面もある。この点でも非は枢軸

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国側にある。第三にファシズム対社会主義の戦いという側面がある。これはどっちもどっちだが、やはり戦争を仕掛けた方が悪い。独ソ間ではドイツが悪であり、日ソ間(これはソ連の一方的な侵略戦争であって、日本側は戦争したわけではないが)ではソ連が悪である。第二次大戦では、大勢として正義の側が勝利したのであるが、ソ連が正義側にあるのは、悪魔的な歴史のいたずらであり、その後の東欧支配など(わが国の北方領土問題も含む)、さらなる悲劇を生むことになった。第四に、帝国主義と植民地独立勢力との戦いである。この点でも日本は、大なる悪であった。第二次大戦において日本が犯した誤りについて、日本は謝罪すべきである。

この点で1995年の村山談話は、画期的であったと思う。そこでは、日本のかつての「植民地支配と侵略」について、「痛切な反省の意」と「心からのお詫びの気持」を表明している(朝日新聞1995年8月15日夕刊)。ドイツはナチスの犯罪を謝罪したのに、日本はしていないといった非難の声をしばしば聞く。しかしそれは正確ではないのではないか。村山談話の際、日本のテレビで、アフリカ出身者が日本を賞賛し、アフリカを植民地としてきた西欧列強は全く謝罪していないと非難していた。ドイツもナチスの犯罪は謝罪しても、それ以前の世界各地の植民地支配については謝罪していない。大航海時代以降、西欧列強は、大量虐殺や奴隷貿易、アヘン貿易など大なる悪事を働いてきた。イギリスとフランスは、中東においても、今日の危機の遠因となる支配や裏切り行為を行った。それらも謝罪してはいない

(1)

。現在歴史問題で日本を強く非難するのは、中国と韓国である。これら二国に

対して、日本はかつてとりわけ大きな犯罪を犯したのであるから、これら二国

(1) 先にみたように、不破哲三氏は、フランスがかつての植民地国と「なかなかよい関係を築くことに成功しています」と述べている。しかしフランスも、かつての植民地支配を謝罪してはいない。アルジェリアの世論は、フランスに対して、過去の植民地支配について謝罪を要求してきたが、2012年12月、アルジェリアを訪問したオランド・フランス大統領は、謝罪を拒否した。フランスの世論調査では、「謝罪すべき」13%、「謝罪すべきでない」35%だという(毎日新聞2012年12月21日)。

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が、歴史問題で日本を厳しく批判するのは、当然である。その内、韓国の批判に対しては、日本は真摯に対応すべきである。他方で、中国には世論と言うべきものは存在しないし、中国政府の主張は共産党中央の利益を反映したものでしかないから、当面は、適当に対応するしかない。また中国は、中国を半植民地下においていた西欧列強については、なぜ批判しないのであろうか。日本が特にひどかったのは事実であるが、イギリスなども、長期にわたり中国であくどいことをやってきたのにである。そこには、ダブル・スタンダードがみられるように思う。かつて中国文明の周辺国であった日本に支配されたのは許せないが、西洋人の支配は仕方ないといった西欧文明に対する劣等感でもあるのであろうか。靖国神社についても一言。靖国神社に国賊(いわゆる極東裁判は本来の裁判

とは言えないし、私は「戦犯」という言葉は使わない)を合祀したのは、大きな過ちであった。「国賊」という強い言葉を使ったのは、彼等が「生きて虜囚の辱めを受けた」からである。この戦陣訓のため、軍人だけでなく、多くの民間人も自決した。にもかかわらず、この戦陣訓を押しつけた側の指導者達が、生きて虜囚の辱めを受けたのは許されることではない。「国賊」というのがふさわしいと思う。もし彼等が敗戦時に自らの教えに忠実に自決しておれば、極東裁判もできなかったかもしれないし、戦後の歴史もある程度変わり、日本人はもっと誇りをもって、主体的に行動できたかもしれない。

④日米安保体制について日米安保条約の問題についても、少し追加する。小沢隆一氏は、カレル・V・

ウォルフレンが、対米自立と自衛隊の合憲化を唱えていることを紹介し、これを「途中下車」の構想とみなしている(「『武力なき平和』の法戦略」、法律時報増刊『改憲・改革と法』、2008年、261頁)。「途中下車」という発想が面白い。民科系学者は、安保破棄と自衛隊廃止は同じ直線上の目標と考えているようだ。またそこには、自己中心的な発想もある。民主主義法学者は、日本社会の民主化・近代化を主張してきたが、それは民主連合政府でも成立しない限り

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実現できないと考えていたのであろう。実際には民主化・近代化には新自由主義バージョンがあり、民主主義法学者は彼等にお株を奪われてしまったのである。むしろ新自由主義の道を掃き清め、その手引きをしたと言ってもよい。安保破棄もまた、彼等の言う民主勢力でなければ実現できないと考えているのであろう。安保破棄は、短・中期的には考えられないが、将来ありうるとすれば、民主

連合政府によるよりは、別の筋道の方が可能性はある。日本のナショナリストが実行するという可能性もあるが、それは高くはない。あるとすれば、アメリカが日本から手を引き始める時である。例えば、将来アメリカが、日中間の争いに巻き込まれたくないと考えたり、日本と中国を天秤にかけどちらかを選択せざるをえなくなった場合、中国を選択する可能性はある。第二次安倍内閣の下で、歴史認識をめぐって日米間に若干の隙間が生じた際(2014年)、そのような可能性がアメリカの一部からも囁かれていた。日本の一部でも、日本がアメリカに見捨てられることを危惧する声がある。その場合、アメリカが日本から手を引いていけば、国際政治の力学からして、日本は軍事大国の道を歩み始めるに違いない。安保破棄は途中下車ではなく、軍事大国化への道になる可能性が高いのである。そして民科の反安保論は、そのような方向に利用され、それに手を貸すことになるかもしれないのである。そうすれば、これもまた、「民主主義法学者が要求し、アメリカが実現する」事例となる。日米安保体制は、むしろ日本の軍事大国化を抑止するファクターでもあるのである。日本の民主主義者は、むしろアメリカと手を組み、日本の民族主義勢力と闘った方がよい、といった局面が生まれる可能性さえある。「二つの法体系論」についても一言。松井芳郎氏は、2010年の文章で、「かつて『二つの法体系』論が安保法体系に対して憲法法体系を対置したような、明快だが単純な二者択一は現在ではもはや成り立つものではなかろう」と述べている(「安保改定50年と民科法学」、『法の科学』41号、2010年、7頁)。私は初めからそのような二者択一は成り立たないという立場であったが、松井氏は、かつての「二つの法体系論」が最初から間違っていたと考えているわけで

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はない。ではどのように事情が変わったというのか。何も変わってはいないはずである。松井氏は、グローバリゼーションによって非常に苦しい説明をしているのであるが、全く説明になっていない。事情が変わったとすれば、国民の反安保感情が衰え、安保体制がすっかり定着してしまったことであろう。

(e)法整備支援について日本の対外政策に関係して、ここで「法整備支援」の問題にも簡単に触れて

おこう。日本政府は、ODAの一環として、1996年に、「体制移行国」を対象に、「法整備支援」を開始した。「体制移行国」とは、社会主義体制から民主主義・市場経済体制へ移行しつつある諸国だという。つまり社会主義から資本主義への移行を、法制度の分野について援助するわけである。昔のマルクス主義者であれば、とんでもない反革命的行為と断罪したことであろう。この当時においても、鮎京正則氏によれば、清水誠氏は、かつての軍国主義的進出の反省なしに行われるアジア諸国への法整備支援に疑義を呈し、久保田穣氏は「日本の大企業のための、インフラ整備であり、安全保障である」と批判しているという(鮎京「『法整備支援』の実際と理論」、『比較法研究』62号、2000年、112‒113頁)。民主主義法学者としては、もっともな批判であろう(誤解のないように付け加えるが、私自身は法整備支援にもちろん賛成である)。しかし民科の一部の研究者は、この法整備支援に関わっているようにみえる

(それがODAの一部なのかどうかは知らない)。その場合、先の清水氏などの批判をどのように受け止めているのかよく分からない。鮎京氏は、清水氏などの文章を引用しながらも、それに何のコメントも加えていない。渡辺治氏も、ODAを、日本の帝国主義的進出の一環として位置づけていた(講座『現代日本』第1巻、1996年、322頁以下)が、鮎京氏は、それも引用している。しかし「日本の法整備支援については、さきの渡辺の分析視角とは別に、あるべき支援という観点からの議論が必要であるように思われる」と、この問題を素通りしている(「アジアの開発と人権」、『法の科学』27号、1998年、48頁)。渡辺氏などの問題提起に応えることなく、「あるべき支援」を考えることはできないの

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ではないか。市橋克哉氏も、ウズベキスタンで法整備支援活動を行っているようであるが、先の清水氏のような問題意識はないようである(「行政法整備支援の『メタ理論』と比較行政法への示唆」、『比較法研究』72号、2010年、「グローバル化および私化と行政法の進化」、『法の科学』42号、2011年)。鮎京氏は、これまでの支援が民商法分野に偏っていることを指摘し、人権・

民主主義についても行うべきではないか、という趣旨の発言を繰り返している(鮎京前掲論文、『比較法研究』62号、2000年、117頁、「開発援助と民主主義・人権」、法律時報増刊『改憲・改革と法』、2008年、276頁以下)。なぜそのように考えるのか、説明はないが、民商法関係の支援は企業進出に直接関わるため、否定的に評価しているのかもしれない。日本の法整備支援が民商法中心なのは、それが技術的性格の強い法分野であり、外国からも支援し易い分野と言うこともあるだろう(市橋氏の関わっている行政法も、「憲法が去っても行政法は存続する」と言われるように、技術的性格が強いから、支援に適した分野なのであろう)。他方で人権・民主主義は、イデオロギー的性格も強く、支援に適した分野ではない。やり方によっては内政干渉になる。日本も明治維新後、実務的性格の強い法分野はお雇い外国人に頼り、憲法については主体的に研究した。鮎京氏が、人権・民主主義についてどのような法整備支援をすべきと考えて

いるのか全く分からない。民科の人権論、民主主義論が非常に特殊であることは、これまで指摘した通りである。自由と民主主義を抑圧した社会主義諸国を擁護し、他方で、日本では人権も民主主義も蹂躙されている、といった認識をもつ人達が、体制移行国で一体何を教示するというのか。まさか、社会主義の呪縛から解放された、あるいはされつつある人々に、社会主義的民主主義や社会主義的人権の素晴らしさを説くわけではあるまい。

(2)新福祉国家論(a)序論民科系の周辺では、今頃になって福祉国家論が展開されている。為政者が福

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祉国家を掲げていた時はそれに強く反対し、為政者が福祉国家を縮小しようとすると、今度はその実現を主張する。天邪鬼な人達である。新福祉国家論は、五周遅れぐらいの福祉国家論である。福祉国家論そのものは、マルクス主義の残影とは言えない。しかし、先に述べたような事情から、ここでは新福祉国家論を、「マルクス主義の残影」に含めた。講座『現代日本』(1996‒1997年)は、帝国主義論と新福祉国家論が二つの

軸となって構成されている。しかし、その関係は、矛盾に満ちている。一方で帝国主義と福祉国家は表裏一体とされ、他方で新福祉国家は帝国主義のオルタナティブとされている。どうしてこのような逆転が可能になるのであろうか。福祉国家と新福祉国家の内容は基本的に同じである(後述)のに、一方は帝国主義の産物であり、他方は帝国主義と闘う戦略とされているのである。全くアクロバット的な議論と言うしかない。かつて民主主義法学者達は、福祉国家論に強く反対した。新福祉国家論者達

は、それをいったいどのように総括しているのだろうか。新福祉国家論者達は、旧福祉国家を帝国主義と一体のものであったと捉え、したがってその先輩達が福祉国家に反対したことを当然とみなしているようにもみえる(そのあたりが必ずしも明確でない)。それならば、なぜ新福祉国家を提唱できるのか(繰り返すように、新旧福祉国家の内容自体は、基本的に変わりはない)。自分達の新福祉国家は、帝国主義と無縁だからと言うのかもしれない。それなら彼等の先輩達も、福祉国家一般に反対するのではなく、帝国主義と無関係の新福祉国家を説くべきであったろう。マルクス主義者得意の言語学によって、自分達は、支配層とは異なり、帝国主義とは結びつかない「真の福祉国家」をめざすと言えばよかったのである。今渡辺、後藤氏達が説いている「新福祉国家」なるものは、正にこの「真の福祉国家」に当たるわけである。現在「新福祉国家」を説くことができるのであれば、かつても、帝国主義と結びつかない福祉国家を提唱することができたはずである。講座『現代日本』の第4巻は、「日本社会の対抗と構想」と題され、「支配層

の追求する帝国主義国家に対抗するオルタナティブな社会を『新福祉国家』と

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名づけて」いる(同書「はしがき」、6頁)。しかし彼等の新福祉国家論は、どのような歴史認識と理論的追究から生まれてきたものなのか明確ではなく、新福祉国家なるものの理論的位置づけがなされているとは言えない。また内容的にも、旧福祉国家と異なるところはないと言ってよい。彼等が旧福祉国家論との違いとして述べていることは、すべて福祉国家そのものの内容ではなく、それをめぐる外部環境が異なる(新自由主義による福祉の切り崩しが始まっているなど)とか、福祉国家とは別の問題を、無理矢理結びつけているだけである。新福祉国家を主張するのであれば、まず「旧」福祉国家をどのように位置づ

け、どのように評価するのか、かつて民主主義者(マルクス主義者)が福祉国家に反対したことをどう評価するのか、旧福祉国家の縮小の原因は何か、といった問題を明確にすることが必要である。その上で新福祉国家を説く根拠やそれを可能とする条件などを、説明していかなければならない。ところが講座『現代日本』では、そのような問題意識すら明確ではなく、説明している場合でも矛盾に満ちている。渡辺治氏は、旧福祉国家と帝国主義を表裏一体の関係と言っているが、では

アメリカは福祉国家なのかという問題について、矛盾したことを語っている。また典型的な福祉国家である北欧諸国は、帝国主義とは無縁である。後藤道夫氏は、近代主義者、自由主義者が福祉国家論に反対し、彼等と協力関係にあった民主主義者(マルクス主義者)も、それとの関係に引きづられて福祉国家に反対したかのような議論をしている。これは事実に反するし、彼の議論も矛盾に満ちている(後述)。またこの講座の編集者である渡辺治氏と後藤道夫氏の議論には、かなりのズレが見られる。そこで以下、この二人の議論を、別々に検討することにする。

(b)渡辺治氏の場合まず旧福祉国家とは何か。渡辺治氏によれば、それは、現代帝国主義が、第

二次大戦後、帝国主義的支配で獲得した超過利潤を労働者にばらまいて買収し、それによって大衆社会的統合を徹底化した国家形態だという。つまり、「福

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祉国家は、現代帝国主義とメダルの裏表の関係にあ」るということになる(渡辺治、『現代日本』第1巻、1996年、97、103頁)。これは、帝国主義的搾取による超過利潤で労働者を買収するというレーニン以来の帝国主義論を発展させたもののようである。渡辺氏は、「労働者上層」のみを買収していたレーニン時代と異なり、現代では労働者層全体がその恩恵を受けているかのように語っている。「現代帝国主義の資本蓄積の巨大化の結果いくつかの帝国主義大国では、超過利潤の均霑を受ける層が『上層』に限られず独占資本の労働者層に広がり、さらに雇用という点では本国の労働者層全体が『おこぼれ』にあずかる構造が成立している」と言うのである(渡辺前掲書、97頁)。「いくつかの帝国主義大国」と書いてあるが、帝国主義的超過利潤で福祉国家を建設したのであれば、福祉国家はすべてそうだと言わなければ、辻褄が合わないのではないか。レーニン時代のように、労働者上層だけの買収では、福祉国家にはならないからである。しかし、充実した福祉国家である西欧諸国、特に北欧諸国は帝国主義的では

ないし、圧倒的に支配的な帝国主義とされるアメリカは、福祉国家とはいえないであろう。つまり「福祉国家=帝国主義」という図式は成立しそうにない。しかし渡辺氏は、やや強引にアメリカを福祉国家にしてしまう。同氏は、ジョンソン大統領の「偉大な社会」計画によって、「その結果アメリカでは、現代帝国主義の大衆社会的統合の完成形態としてのリベラル型福祉国家が成熟した …」とか、「レーガノミクスは、アメリカ帝国主義がニューディール以来構築してきたリベラル型福祉国家的統合を再編し、支持基盤の上層への移動をめざした…」と述べている(渡辺前掲書、184、206頁)。かつてのアメリカをリベラル型福祉国家というのは、褒めすぎではないだろうか。その後2000年代に入ってからの渡辺説には、変化が窺われる。新自由主義の下で、福祉国家が解体され、大衆全体を基盤とした大衆社会的統合に代わり、上層市民を基盤とする階層型統合が目指されるようになると言うのである(講座1巻、206頁以下、第4巻、92頁以下にも、先の引用文中にもみられるように、そのような議論が顔を出していた)。渡辺氏は、日本の構造改革も、「アメ

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リカ型の階層型社会統合」がモデルになっているという発言を繰り返すようになる。(「現代改憲論の国家構想」、『法の科学』35号、2005年、78頁)。その際渡辺氏は、アメリカにおいても、新自由主義によって、福祉国家型から階層型に変化したかのように語っているのであるが、しかし、階層型社会統合という言葉を使うとすれば、元々アメリカは福祉国家ではなく、階層型国家であったといった方が正しいであろう。先にみたように、講座『現代日本』では、渡辺氏は、アメリカもまた福祉国

家のカテゴリーに含めていた。そうしないと帝国主義=福祉国家の図式が当てはまらなくなるからであろう。ところが、その後の論文では、西欧の福祉国家と比較して、「アメリカでは、財政支出においても、公的社会保障制度の不備という点でも福祉国家とはいえない体制が作られた」と述べている(「現代国家の変貌」、『現代思想』、2004年8月、99頁)。これは、新自由主義下で非福祉国家に変わってきたという意味ではなく、初めからアメリカは福祉国家ではないという主張である。そうであれば、アメリカは、当初から上層市民に基盤をおいた階層社会であったということになる。つまりアメリカは、新自由主義によって、福祉国家から「階層型社会統合」に変わっていったわけではなく、最初からそうであったことになる。そしてその方が、真実に近いであろう

(2)

。渡辺氏は、なぜこのように辻褄の合わない議論をしているのであろうか。お

そらく同氏は、帝国主義と福祉国家を一体のものとする見方が気に入っていて(あるいはそれによって、以前からの民科系の福祉国家批判を正当化しようとし)、そのためアメリカも福祉国家に含めていたのではないだろうか。しかしその後、「階層型社会統合」という言葉を思いつき、アメリカはこの言葉に相

(2) 東大社研の共同研究『福祉国家』3巻(1985年)で、この問題を取り上げた貝塚啓明氏は、「福祉国家を個々人の経済的保障を社会権として認めているような経済社会」と定義して、「アメリカでは福祉国家は成立していないと考える」と結論している(同書所収「福祉国家論」、267頁)。ただ大陸法のような「社会権」という概念構成をしないアメリカについては、別の実体的な判断基準が必要と思うが、いずれにしろ極端な格差と大量の貧困層を抱えるアメリカは、福祉国家とは言えないであろう。

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応しい国だと考えたのであろう。ただ従来からの議論との整合性をもたせようとして、アメリカも階層型に変わった(初めからではなく)と言っているのではないか。渡辺氏のフレイム・オブ・ワークを使って、氏の主張を正しく表現し直せば、

次のようになりそうだ。アメリカは帝国主義であり、階層的統合社会であって、福祉国家ではなかったし、今もない。西欧諸国は帝国主義ではなく、福祉国家であり、非階層的統合社会であったし、今もそうであるが、それが揺らいでいる。日本は帝国主義ではなく、福祉国家でもないが、非階層的統合社会であった。現在の日本は帝国主義化しつつあり、アメリカ型の階層的統合社会に変わりつつある。ともかく、いずれにしても、アメリカが福祉国家ではなかったとすれば、帝国主義と福祉国家を一体のものとして捉えたり、帝国主義による超過利潤の分配が福祉国家の基礎であるといった渡辺氏のかつての議論は、成り立たないことになろう。ともあれ、福祉国家を、帝国主義的搾取による超過利潤の分配によって成立

するものとみなすのであれば、旧福祉国家を否定的に捉えていることになる。そして、かつて民主主義法学者(マルクス主義法学者)が福祉国家を批判したことは、正しかったと考えていることになる(明言はしていないが)。では、今日において新福祉国家を説くことの根拠と意義は、どこにあるのか。そこで、近年先進諸国で福祉国家が後退しつつあるのはなぜかが問題にな

る。それは、20世紀的な規制資本主義、大きな政府の時代から、新自由主義、小さな政府の時代への資本主義の歴史的・段階的展開によって簡単に説明できる。ところが講座『現代日本』では、この問題についての明快な説明がない。漠然とグローバリズムによって説明している箇所はあるが、なぜそうなのかの詳しい説明はない(多国籍企業の税金逃れ、法人税の引き下げ競争による税収減といった説明はありうると思うのだが)。渡辺氏のように、福祉国家と帝国主義を表裏一体と捉えるのであれば、福祉

国家が後退しているのは、論理的には、帝国主義が自ら帝国主義を止めたか、帝国主義が人民の抵抗で行き詰まったか、いずれにしろ帝国主義もまた後退

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し、福祉国家の財源とすべき超過利潤が得られなくなったからだと説明しなければならないはずである。しかし渡辺氏は、反対に、帝国主義はますます発展していると考えているからこそ、死語化しつつあった「帝国主義」の語を復活させたのである。帝国主義はますます発展しているらしいのに、なぜ福祉国家は後退しているのか、渡辺説ではうまく説明できないのではないか。また渡辺氏のように、繰り返しになるが、帝国主義と福祉国家を表裏一体と

捉えるのであれば、従来と同じように、帝国主義もろともに福祉国家を否定し、その上で社会主義による問題の解決を説く方が論理的には一貫しているだろう。あるいは、新福祉国家を説くのであれば、帝国主義と福祉国家は無関係と認め、かつての福祉国家論批判の誤りを認めるべきである。今日の新自由主義思潮の下でも、北欧諸国(帝国主義国ではない)のように、

福祉国家を発展させている国々もあるのであるから、新福祉国家の可能性もないわけではない。しかし福祉国家論について、理論的な整理をしないまま、今頃になって不自然かつ唐突に新福祉国家なるものを説くのは、福祉の後退という現状の下で、国民の歓心を買うために捻り出した下手な小細工というしかない。一方で帝国主義と福祉国家を一体のものと捉え、他方で反帝国主義と新福祉国家を追求するというのは、マジックである。

(c)後藤道夫氏の場合後藤氏も、福祉国家を帝国主義と結びつけて理解している。同氏は、「戦後

福祉国家も世界市場における弱者からの種々の収奪体制を前提した存在となり、『社会帝国主義』の歴史の延長上に位置づくことになった」と述べている(講座『現代日本』第4巻、1997年、446‒447頁)。「社会帝国主義」とは、国内における労働者階級の要求に応えて階級闘争の鎮静化を図る政策と、対外的な帝国主義との結合を意味するという(講座『現代日本』第2巻、1997年、39頁)。また福祉国家は労資の階級妥協の制度化であって、労働者階級の階級闘争を一定の範囲に抑え込み、労働者階級が資本家階級の支配に「自発的同意」を与えるよう誘導・強制する大衆社会統合の典型的な体制と説明されている(講座『現

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代日本』第4巻、446、448頁)。福祉国家がこのようなものであったとすれば、かつて民主主義法学者(マル

クス主義法学者)が、それに反対したのは当然だったということになりそうである(しかし後藤氏は、必ずしもそのように明言していない)。ところがなぜか、後藤氏の議論は、違った方向へ向かうのである。まず1970年代以降、世界的に福祉国家の修正・解体が始まること、福祉国家機能を代替していた日本の企業社会統合も縮小していることが指摘される。そして「第二段階福祉国家の到達点、それがもつ可能性とこれまでの限界をあきらかにして、新保守主義的攻勢に立ち向かう、という問題関心」が語られているのである。そして、「第二段階福祉国家の諸制度と理念のうちの、どの部分が維持・発展させるべき核心部分なのか、新たに形成・改良しなければ新保守主義の攻勢に対抗できない領域はどこか、左派が批判しつづけてきたこれまでの福祉国家における抑圧面に対する闘争は、こうした状況のもとでも可能なのか…」と問題提起している(講座『現代日本』第4巻、450頁)。これからみると、旧福祉国家は半分以上肯定的に評価されているようにみえ

る。それならば後藤氏は、最初から、福祉国家についてもっと高い評価と位置づけを与えてしかるべきではないだろうか。そのあたり、後藤氏のかつての福祉国家論に対する評価は、曖昧である。そして、「ごく最近まで、共産党、社会党、労働運動と各種の社会運動の左派も、真の社会改革を妨害する現状維持的な路線だとして、全体的な構想としての福祉国家には原理的なレベルで批判的であった」と指摘している(講座『現代日本』第4巻、452頁)。これは客観的な記述であり、同氏がそれをどう評価しているのか明らかでない。そして後藤氏は、これまでマルクス主義法学者が、なぜ福祉国家批判を行ったのかについて、検討を行っていくのである。しかし後藤氏の思考は、揺れ動いている。同氏は、「西欧福祉国家は、共産

主義をふくむラディカリズムと植民地解放の急進的ナショナリズムを抑圧する、反共・親アメリカ帝国主義という性格を濃厚にもち、それを支えた社会民主主義勢力も同様の性格をもっていた」と述べ、したがって民主主義運動が福

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祉国家を積極的な擁護の対象としなかったのは自然なことであったと言う(講座『現代日本』第4巻、455頁)。これからみると、やはり福祉国家は批判すべき対象のようだ。かつての民主主義運動の福祉国家批判に理解を示し、批判はしていない。ところが後藤氏は、すぐ続けて言う。日本における国家介入には、「開発主義」

型の国家介入と、国民経済のバランスの維持のための国家介入と、福祉国家型のそれの三つがあると言う。そして、これら三者が「市場への国家介入として一括して批判され」ているが、このうち「後二者を擁護すべきと思われる」と後藤氏は述べている(講座『現代日本』第4巻、455頁)。国家介入も、三分の二ぐらいは良いことであり、特に福祉国家型介入は、全面的に擁護すべきとされているではないか。このように、後藤氏は、かつての福祉国家論を肯定しているのか否定してい

るのか、それに反対した民主主義者(マルクス主義者)の先輩達の立場を肯定しているのか否か、よく分からぬ中途半端な立場のままである。にもかかわらず、同氏は、福祉国家反対論は間違っていたという認識を前提にしたかのような議論を、以下のように進めていく。つまり同氏は、戦後民主主義運動が福祉国家を批判してきた理由を、戦後のマルクス主義と自由主義の関係の視点から次のように述べるのである。後藤氏によれば、戦後、近代主義者(自由主義者と同一視されている)は日

本社会の民主化・近代化だけでなく、「日本の社会主義的変革について全体として同意していた。マルクス主義者の側も、…日本資本主義の前近代的体質を問題としており、社会主義化と近代化の両者を共に追求するという点で、マルクス主義者と近代主義者の間には広汎でラディカルな共同がなりたっていた」という(『現代日本』第4巻、458‒459頁)。近代主義者が社会主義的変革に同意していたという部分には同意できないが、マルクス主義者が近代化志向をもっていたことは事実である。しかしそれは社会主義革命への通過点としての近代化であって、「戦後民主主義運動による自由主義の理想化傾向」(同書、458頁)というのは、マルクス主義者には当てはまらない。

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しかし後藤氏は、次のように続ける。「市民社会化として想定された近代化を実現することが、社会主義化と予定調和的にとらえられていれば、古典的な自由主義思想の持つ強い非民主主義的性格と野蛮で残忍な市場主義は重視されず、『近代性』あるいは『市民性』というプラスの側面だけに期待が寄せられるのは不思議ではない」。「社会主義といういっそうラディカルな目標設定と、自由主義的近代化への強い期待との並存・未分化は、戦後思想が、思想のレベルでの本格的な自由主義批判を素通りすることを許してしまったと思われる」(『現代日本』第4巻、460頁)。つまり、マルクス主義者は自由主義との対決を避けてきたというのである。このような見方自体は、私のそれに近いところがある。私は、マルクス主義

と近代主義の共通性の問題を、次のような文脈で論じてきた。つまり、マルクス主義は、民主主義革命路線の下で、とりあえず日本の近代化・民主化を図るという目的の点で、近代主義と一定の共通性をもっていたために、新自由主義と有効に対決できず、むしろ逆に新自由主義の呼び水となったり、部分的には自ら新自由主義化している―と。ところが後藤氏は、この問題を福祉国家に対する評価の問題と結びつけるためややこしくなる。この問題は、福祉国家の問題とはまるで関係がない。後藤氏は、本稿でも取り上げた(第1編第3章第6節第2項a)鈴木安藏編『現

代福祉国家論批判』の次のような文章を引用している。福祉国家は「レッセ・フェールの原理の否定、国家統制の強化と個人意思の社会全体の意思への従属性の強調、人民への譲歩政策を社会主義的政策と偽ることなどを通じて、大戦後の動乱期に革命的な昂揚を見せていた働く人民を欺き、彼らの政治的・社会的自由をなし崩しに奪いさって人民の攻勢を弱め、資本主義の体制的危機をくいとめる役割をはたしたことは明らかである」。後藤氏は、ここに「レッセ・フェールの原理の否定」や「国家統制の強化云々」という文言があることから、これを古典的な自由主義からの批判と同一とみなすのである(『現代日本』第4巻、462頁)。同氏によれば、このような批判は本来資本家サイドからのものであり、「右派がいうべき批判を日本では左派が述べていた」と言う。そして「保

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守派ではなく左派が個人主義と自由主義を擁護する先頭にたつという、よくみられた光景のひとこまであろう」と述べているのである(同所)。しかしこれは、当時のマルクス主義者による福祉国家批判の論拠を、見誤っ

たものである。先の引用文中の「レッセ・フェールの原理の否定」という言葉は、事実を語っただけで、著者達がレッセ・フェールの原理を支持していたことをもちろん意味してはいない。この著作の福祉国家批判は、自由主義の観点からの批判では全くなく、社会主義の立場からのそれであることは明らかである。彼等は自由ではなく社会主義を要求したのであり、福祉国家は、人民に譲歩するかに見せかけてそれを欺瞞し、革命を回避するための資本主義の延命策であると批判しているのである。確かに、当時の福祉国家批判には、社会福祉は人民を全面的に掌握・抑圧・支配するファシズムへの道である、といった視点からの批判はあった。しかしそれは、福祉国家による人民の支配・統合を批判しただけであって、自由主義的な視点から批判したわけではないのである。結局後藤氏は、「戦後民主主義思想が、古典的自由主義の国家観・人間観と

本格的に向き合ってこなかったこと、したがって福祉国家の国家観・人間観についての基礎的な理解も脆弱であった」と結論的に述べる(『現代日本』第4巻、463頁)。しかし後藤氏自身も、「福祉国家の国家観・人間観についての基礎的な理解が脆弱」のようで、その論理は混線している。同氏自身、十分に整理できていないその議論を整理すれば、次のようになりそうだ。自由主義者、近代主義者(後藤氏は、近代主義と自由主義を同一視している

が、文脈によって使い易い方を使っている)は、福祉国家について、自由を規制するものとして反対した(このような反対論は近年の新自由主義者にみられることであるが、かつての自由主義者は決してそうではなかった)。当時の民主主義者(マルクス主義者)は、自由主義についての認識が甘く、近代化・自由化を目指す点で彼等と共同行動をとっていたため、彼等に引きずられて福祉国家論に反対した。このことから考えると、後藤氏は、かつて福祉国家論に反対したのは間違っ

ていたと考えているようにみえる(決してそのようには明言せず、むしろ反対

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したのは当然であるかのようにも語っていたにもかかわらず)。そしてそのような誤りを犯したのは、当初協力関係にあり、民主主義者(マルクス主義者)が幻想を懐いていた自由主義者、近代主義者と共同行動をとり続けたからだと言いたいようである。しかしこれは、何重にも誤っている。民主主義者(マルクス主義者)と自由

主義者、近代主義者が協力関係にあったのは、戦後の一時期であり、福祉国家論が登場する前の段階である。1950年代に入ると、早くも両者は分離し始め、両者が協力関係にあったのは、せいぜい1960年安保の頃までであろう。そして、当初民主主義者(マルクス主義者)と協力関係にあった自由主義者、近代主義者達は、その後決して福祉国家論に反対はしなかったのである。むしろ彼等こそ、福祉国家論の主たる支持者であったろう。福祉国家に反対したのは、民主主義者(マルクス主義者)を除けば、前近代的な伝統主義者、保守主義者達であった(ここでは民主主義者と保守主義者は、「抵抗勢力」として共通している)。社会主義の立場から福祉国家論に反対した民主主義者(マルクス主義者)と自由主義者、近代主義者は、むしろ正反対の立場にあったのである

(3)

。結局後藤氏の議論は、複雑骨折していて理解しがたいのであるが、次のよう

に言い換えれば、筋が通る議論になるのではないか。「かつての民主主義運動による福祉国家批判は間違っていた。旧福祉国家論は正しかった。それを基礎づけた社会民主主義の思想も正しかった。今やそれを継承すべきだ。旧福祉国家は『帝国主義』政策と結びついていた(これは間違っているが)が、新福祉

(3) 先に引用した鈴木安藏編『現代福祉国家論批判』に関して、後藤氏は次のように述べている。「近代市民社会の古典的自由主義と個人主義に大きな期待を寄せる右派的立場からの福祉国家批判と、社会主義的変革をめざす側からの福祉国家批判とが、無媒介に共存している…」(『現代日本』第4巻、463頁)。この文章の「古典的自由主義」を「新自由主義」と置き換えれば、この文章は正しくなる。しかし、繰り返すように、古典的自由主義者(それは19世紀の自由主義者と異なり、いわば社会的自由主義者へと進化していた)は福祉国家に反対していなかったし、彼等を「右派」と呼ぶのは不当であろう。福祉国家に反対していた「右派」は、反近代的、反自由主義的な保守主義者であった。

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国家は、帝国主義政策を止め、軍備を撤廃し、それを福祉政策の財源に当てる」。後藤氏は、その論文「新福祉国家論序説」(『現代日本』第4巻、1997年)の

冒頭で、次のように述べている。「…新保守主義的社会改編への対抗戦略として、また同時に、近い将来の社会変革の目標として、新たなタイプの『福祉国家』を考えたい」(同書、443頁)。これは、社会主義的変革が射程に入っていることを意味しているのであろう。後藤論文を読むと、新福祉国家は、その実現を運動として要求していくものではなく、自ら権力を握って実行するものとして位置づけられている。渡辺氏も、その実現のためには、「強力で民主的な国家が必要」としている(同書、104頁)から、一種の民主主義革命またはその前段階(民主連合政府の樹立)が想定されているのであろう。しかも、そこには止まらない。新福祉国家の問題は、個々の社会保障政策の

問題に解消できない「体制問題」とされており、「福祉国家は、いわば社会主義社会への橋の基礎工事となるのか否か、というような問題関心」が背後にあると、後藤氏は言うのである(『現代日本』第4巻、451頁)。さらに、後藤氏によれば、新福祉国家は自己調整的市場の規制を目指すが、「そのコントロールの国家的・社会的な能力と経験を蓄積することは、世界規模での社会主義の実現の不可欠な前提となろう」と述べている(同書、496頁)。つまり世界社会主義革命までもが、展望されているのである。イギリス型とスウェーデン型を結合した新福祉国家(後述)が実現できれば、それは天国のようなものであるが、なぜその後に、また地獄を目指さなければならないのであろうか。帝国主義批判を行うのであれば、反帝国主義と社会主義革命を明確に説くの

が筋であろう。本気で新福祉国家の実現を目指すのであれば、旧福祉国家への評価と、それに反対した民主主義者(マルクス主義者)への評価を明確にしなければならない。さもなければ、講座『現代日本』グループは、社会主義の実現に利用するだけの目的で、新福祉国家論を思いついたにすぎないということになろう。

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(d)新福祉国家論の内容「新」福祉国家とは何か。「新福祉国家構想とは、…既存福祉国家が、…新自由主義的再編によって崩壊・変質を余儀なくされているなかで、多国籍企業による国民経済の破壊と新自由主義的再編に反対し、その犠牲を被る諸階層が連合して目指すべき構想」とされている。特に日本においては、「第二次大戦後のヨーロッパにおいて実現した『第二段階福祉国家』〔ベヴァリッジ・プランの定めた最低限保障を超える「豊かな社会」段階の福祉国家という〕が企業社会的統合のもとで実現しなかったという特殊性をもっており、そのため、われわれは、企業社会的統合で未達成であった『第二段階福祉国家』の諸課題を、その企業社会的統合すらを右から崩そうとしている新自由主義的再編に反対しつつ達成するという、いわば二重の課題を負っている」と述べている(『現代日本』第4巻、1997年、「はしがき」、7‒8頁)。この文章は、西欧美化論の例として一部引用したことがあるが、ここでは「新」福祉国家は、西欧が実現した旧福祉国家そのものである。新福祉国家と旧福祉国家が基本的に同じものであることは、後藤道夫氏の説

明によっても明らかである。同氏によれば、旧福祉国家のかなり多くの特質が、変容を含みつつも継承されるべきものとされている。そこで列挙されていることは、「西欧は素晴らしい」の箇所(本稿〈下・Ⅱ〉、34頁)でも引用したことがあるが、「改良資本主義、階級妥協、労働組合の諸権利の高度な保障、強力な社会的・国家的規制、大きな公的セクター、発達した財政調整制度、累進的な高率の所得税、完全雇用政策、ケインズ主義政策、国内経済循環をそれなりに配慮した経済」などである(『現代日本』第4巻、469頁)。他方で後藤氏が、新福祉国家の新しい要素として列挙しているのは、次の諸

点である。①支配層が福祉国家を放棄しつつあるので、左派がその担い手になる。かつては帝国主義と大衆社会統合を受け入れてその内部で改良を図る社会民主主義のグループと、大衆社会統合そのものと闘う共産主義グループに分かれていたが、その分岐を生み出した歴史的条件は変わりつつあり、「新福祉国家運動では共産主義者等と社会民主主義者の共同が可能である」(『現代日本』

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第4巻、469‒470頁)。これも卑怯な言い分である。かつて両者が共同できなかったのは、共産主義者が福祉国家に反対したからである。かつての社会民主主義者は正しく、共産主義者は間違っていたのである。「歴史的条件は変わった」と言うが、この点では何の変化もない。ただ現在では共産主義者が社会民主主義者に歩み寄った、あるいは前者が後者の立場に移行したというだけのことではないか。なお渡辺治氏は、既述のように、日本の社会民主主義者が福祉国家に反対したことを強調しているが、後藤氏の説が日本をも含めて論じているのであれば(その点は明確でない)、両者の間に見解の対立があることになる。②支配層が、バランスのとれた国民経済を維持し、産業編成と労働編成の国

内連関と均衡を維持する努力を放棄することを余儀なくされつつあるので、それも新福祉国家運動の課題となった。③グローバリズムの急速な展開によって労働者階級内部の階層分化が進んでおり、多国籍企業資本家と上層労働者を除くすべての階級・社会グループが、新福祉国家の担い手となる可能性がある。④福祉国家運動を可能にするためには、強力な福祉国家連合による世界市場規制が必要である。⑤新福祉国家は、帝国主義国家と帝国主義同盟の行動の自由を先進国内部から大きく制約する運動となる。⑥新福祉国家は財政的な理由からも、巨大な軍縮なしには不可能であり、平和の構築の課題とむすびつく。⑦地域格差が拡大しているため、地域レベルでの運動の比重が高まる(『現代日本』第4巻、470‒477頁)。ここで述べられていることは、いずれも福祉国家の内容そのものではなく、

それを取り巻く外部環境の変化が語られているにすぎない。しかも、福祉国家論への反対から賛成への方針転換を正当化するような外部環境の変化ではない。結局後藤氏の主張は、失われつつある「旧福祉国家を守れ」、あるいは「実現せよ」という運動でしかない。旧福祉国家論との最大の違いは、新福祉国家運動の先に社会主義的展望が秘められていることであろうか。渡辺治氏も、新旧福祉国家の相違点について論じているが、後藤氏と似たようなものなので、省略する(第4巻、104‒105頁)。先に引用したように、講座『現代日本』第4巻の前書きは、企業主義的統合

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の右からの新自由主義的再編に反対すると述べていた。しかし、執筆者の一人である二宮厚美氏は、「企業主義的統合の基盤が動揺するなかで、一方では新型福祉国家に向けた発展のチャンスが生まれる」と述べている(逆行の可能性も指摘しているが)。企業主義的統合の基盤が揺らぐことは、「その対極に位置する『未熟な福祉国家』の側に卵殻を打ち破って成長するチャンスが到来することを意味する…」からだという(同書、404、412頁)。同じ第4巻の「はしがき」では、新福祉国家の諸課題を、「企業主義的統合すら右から崩そうとしている新自由主義的再編に反対しつつ達成する」という既述の言葉がある(同書、8頁)。二宮氏の主張はこれと矛盾すると思うが、それは、既述の、終身雇用制や年功序列制の廃止を肯定的に捉える一部の傾向と共通している。社会が悪くなればなるほど、それを改革しようとする運動が昂揚するであろうから、社会の悪化を歓迎するといった倒錯的で危険な思考になりかねない。新福祉国家の福祉の内容については、既述のように、第二段階の福祉国家と

されているから、旧福祉国家と変わりはないが、講座『現代日本』第4巻の二宮厚美論文は、次のように説明している。そこでは福祉国家のタイプが、所得保障を中心に発展してきたイギリス型と、社会サービス拡充に特徴のあるスウェーデン型に類型化されている。そして、「二一世紀の日本の福祉国家像は『所得保障+社会サービス拡充型』の形態をとるだろう」と言う。日本特有の事情を考慮しつつ、イギリス型とスウェーデン型を結合するのだというのである(『現代日本』第4巻、427‒428頁)。これは、旧福祉国家のいいとこ取りであって、やはり「新」福祉国家の新しい内容とは言えないであろう。

(e)市民主義的福祉社会論民科内部で市民社会論を展開する人々は、講座『現代日本』グループとは異

なる福祉社会論を展開している。ただ言葉だけで、詳しい内容はほとんどない。「市民主義的福祉社会」という言葉は、本間重紀氏の言葉であるが、ここではこの言葉で、市民社会派を代表させる。本間氏は、新自由主義的改革にたいする対抗戦略として、「市民主義的福祉国家」を提唱する(『暴走する資本主義』、

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1998年、第5章)。面白いのは、当初「市民主義的福祉国家」という言葉を用いていたのに、論述の過程でいつの間にか「市民主義的福祉社会」へと改称されていることである。市民社会派は、「福祉国家」ではなく、「福祉社会」を説くわけである。かって民科は、自民党政府が「福祉国家」論から「福祉社会」論へ転換したことを批判していたものであるが、民科も自民党と同じ道を辿っているようである。渡辺洋三氏も、かつて福祉国家論から福祉社会論に変わったことについては、既述したし、すぐ後でも述べる。さて本間重紀氏の「市民主義的福祉社会」とは、どのような内容のものか。同氏は、それは「旧来の福祉国家の墨守」ではないという。従来の福祉国家は権力による「統合」のシステムであり、「そこにおける労働者は主体的な権利者ではなく受動的な受益者にすぎない」という問題があったという(『暴走する資本主義』、1998年、255、256頁)。いわゆるパターナリズム批判と同じような視点であろう。しかし市民主義的福祉社会の具体的内容はほとんど語られず、基本理念としての「友愛」や、それによる組織原則としての「協同原則」が説かれたり、NPO、NGOに期待を寄せたりしている。また後藤道夫氏の「福祉国家のバージョン・アップ」論(ジェンダー視点などが強調されているが、それも旧福祉国家論に含まれていた議論である。後藤道夫「新福祉国家論序説」、講座『現代日本』第4巻、1997年、477頁以下)が援用され、持続可能な社会論が付け加わっているが、抽象論に止まっている。渡辺洋三氏は、日本でも欧米でも、1970年代後半からは福祉国家論は福祉

社会論に取って代わられたと言う。既述のように、それに呼応するかのように、渡辺氏自身も、集団的自助の権利を説いていた。渡辺氏は、欧米の福祉社会の受け皿は、地域社会(コミュニティ)、ボランティア、宗教団体の三つだと言う。日本ではこれが欠けており、それに代わって、企業内福祉と家族が社会福祉を負担してきたと言う(『法とは何か』、1998年、106頁、『日本国憲法の精神』、2000年、161頁)。それなら企業内福祉と家族内福祉を高く評価するのかと言えば、もちろんその反対である。では渡辺氏の言う集団的自助の権利とはどんなものか、それは不明のままである。また渡辺洋三氏は、別の文献では「新

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福祉国家」の語を用いており、その構想に賛成しているかのように思われるが、その内容については、「要は、全分野での社会保障の権利の拡大」としか述べていない(『世界及び日本の情勢と民衆の視点』、1999年、263頁)。菊池馨実氏は、社会保障法の基本原理の一つとして社会連帯を掲げる。従来

の社会保障法学は生存権を基礎に国と国民の縦の関係を重視したが、それに対して横の関係が重要だと言う。「国家から相対的に独立した様々な『社会』的諸集団にも着目」し、その例としては、保険者、企業、地方自治体を挙げている。日本は国家の財政支出が多い(社会保障費は国家予算の第1位)が、社会保険は、保険料を支出するがゆえに保健運営への民主的参加が可能になると評価する。保険方式は保険者自治の側面があり、わが国が依拠する市場経済・交換経済の原理に、より整合的であるとも述べている。能動的な権利義務主体を軸に据える点で、個人の視点、自由の理念を主張する近時の議論とも親和的だと言う(「〈社会保障と法〉を考える」、西谷・笹倉編『新現代法学入門』、2002年、126-127頁)。従来は、受益者負担型の保険制度よりも、財政支出による社会保障の方が、より進んだ社会保障形態とみなされてきたはずであるが、ここでは逆転している。市場経済に適合的な保険制度の方が高く評価されているのである。またこれまで民科系の議論は、日本型企業主義を主たる攻撃対象としたこともあり、企業内福祉はネガティブに評価されていたはずであるが、ここでは「企業」も、社会連帯の一つの環とみなされているようにみえる。従来型の企業内福祉に賛成なのであろうか。『法の科学』誌には、財政学者の神野直彦氏の(政府に)対抗的な社会保障政策構想が掲載されている。それによると、社会保障のシステムは、生活の『場』でサービスの現物給付を行う地方政府(地方自治体)、生産の『場』で年金などの現金給付を行う社会保障基金政府(労働組合などが運営するようだ)、ミニマム保障の責任を負う中央政府の三つの政府から成るという(「財政学の分野での福祉国家論」、『法の科学』37号、2006年)。近年の民科の議論では、福祉国家にたいする疑念は専らパターナリズム批判として展開されていた。神野氏の構想は、それを念頭においたものかもしれない。神野氏は、従来の福祉国

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家は「参加なき所得再分配国家」であったとし、民主主義の活性化によってそれを克服するのだという。また社会保障は、お互いの協力原理に基づくべきことも強調されている(同誌、75頁)。ということは、結局同氏の社会保障制度は、相互的自己負担であり、所得の再分配といった性格は薄れるようだ。神野案は、今日福祉国家が後退するなかで、いかにその充実を図っていくかという視点からではなく、いわば民主政府を作ってゼロから新しいシステムを作るための青写真を描いたといった性格のものである。そのため、福祉の水準が今と比べてどのようなものになるのか、国民の負担はどの程度になるのかといったことは、全くみえてこない。講座『現代日本』にも執筆している二宮厚美氏は、民主党野田政権の下で、社会保障制度が変質しつつあることを批判している。同氏は、消費税を基幹税とした社会保障は、垂直的所得再分配から水平的所得再分配へと変わり、その理念は、「権利としての社会保障」から「共助・連帯としての社会保障」へと転換していると言うのである(「グローバル化のなかの民主党政権と改憲問題」、『法の科学』43号、2012年、140頁)。このような転換は、民科の一部の主張する福祉社会論と共通している。二宮氏が批判的に指摘する垂直的所得再分配から水平的所得再分配への転換は、先に見た菊池氏の、「国と国民の縦の関係」から国民同士の「横の関係」へという転換と一致する。二宮氏は、暗に、民科的な「市民主義的福祉社会論」をも批判しているのであろう。

(f)福祉国家のディレンマ民科系の福祉国家(社会)論は、以上見たような二つの傾向(以下「福祉国

家論」と「福祉社会論」と呼ぼう)に分岐している。「福祉国家論」は、社会主義的展望を秘めている点を除けば、伝統的な福祉国家論と変わりはない。他方で「福祉社会論」は、新自由主義的な思想とうまく調和している。高田清恵氏によれば、社会保障権の憲法上の根拠について、憲法第25条の生存権に求める立場と、自己決定権の根拠とされる第13条に求める説があると言う(「新自由主義への理論的対抗に関する一考察」、『法の科学』39号、2008年、64‒65

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頁)。前者は、ここでの福祉国家論に、後者は福祉社会論に対応しているのであろう。高田氏は、いずれにしろ「救貧」に矮小化されない社会保障のレベルアップが必要と主張している。私などは、まず最低限の目標として、「救貧」の確実な実行が必要と思う(ホームレスの存在や、子供の貧困の問題などからそう思う)が、高田氏のような主張の存在は、社会保障がある程度進んできたことの証拠と言えるのかもしれない。私は、民科の中から、新自由主義と同じような「福祉社会論」が登場したこ

とを不思議に思う。かつてマルクス主義法学者が福祉国家論を批判した理由の一つは、保護を受ける者は、自立心を失い、乞食や犬のように受動的に、または国に従順になってしまういったことであった。私にとっては驚くべきことなのであるが、今でも民主主義法学者の多くが、それに近い考えをもっているようである。このことは、最近の民科の文献では、パターナリズムの問題として、あるいは「保護=服従」のディレンマの問題として、しばしば論じられている。それは、新自由主義者の「福祉は人を怠け者にする」といった批判と呼応している。格差社会が深刻化するなかで、貧困者の救済は緊急の課題になっている。児童の6人に1人は貧困家庭の子だといった統計を見ると、心が痛む。私などは、パターナリズムでも何でもいいから、これらの児童を支援すべきだと思う。保護・救済を必要とする人が一人でも見過ごされていないか、一人でも見捨てられていると感じている人がいないか、これが第一次的な問題であり、パターナリズムなど些末な問題だ。パターナリズムを云々する人達は、社会福祉の現状をむしろ過大評価しているか(パターナリズムが問題になるほど、福祉が充実していると)、そうでなければ、よほど冷血なエリート主義者なのではないかと思われてくる

(4)

(4) それに対して、「福祉国家論」を説くグループは、パターナリズムの問題にはあまり関心がないようである。ただ新福祉国家を説く後藤道夫氏も、パターナリズム批判を気にはしているようで、とってつけたように「福祉国家のパターナリズムからの脱却」の必要性について触れてはいる。しかし、詳しい展開はない(『現代日本』第4巻、110、478頁)。

112 わが国におけるマルクス主義法学の終焉(下・Ⅲ・完)

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社会保障法ではなく、労働法の分野であるが、根本到氏は、西谷氏の自己決定論の意義の一つとして、「過度のパターナリズムを批判し、自律の契機の重要性を明確にしたこと」を挙げている。例えば、使用者の職場環境の保護に配慮する義務の範囲が拡大傾向にあるが、それは「使用者の管理権限を増大させ、労働者のプライバシーなどを侵害する可能性も大きくなる」面もあるという。根本氏は、西谷氏が「労働者の保護が拡大されればよいといった一面的な態度に警鐘を鳴らした」点を評価している(「労働法における自己決定論の意義と課題」、『法の科学』34号、2004年、134頁)。「過度のパターナリズム」批判が起こるほどまで、現在では労働者の保護が進んでいるということなのであろうか。そうであれば結構なことだと言うしかない。笹沼弘志氏は、既述のように「福祉国家のディレンマ」につて語り、「自律

への権利」を主張している。同氏は、貧困が政治問題ではなく、脱政治化させられた社会的問題と化していることを批判し、政治的問題として捉え返すべきことを主張している。「ただし、権力奪取のための闘いとしてではなく、むしろ権力制約のための、立憲主義と法の支配の自己産出の限界における闘いとして」だと言う(「貧困・社会的排除と憲法学」、『法の科学』42号、2011年、77頁)。民主国家を作って貧困を根絶するといった発想を捨て、永遠に権力と闘うという姿勢のようにみえる。自由主義の極限として、あらゆる権力を否定する無政府主義に近づいているようにみえる。笹沼氏は、「自立が就労自立に収斂されるなかにあっては、つまるところ自立は企業への自発的服従を意味するものとならざるを得ない」と言う。またそれだけでなく、「自立それ自体が、企業への自発的服従という意味での強烈な支配と服従を内実としている点こそ重要である」と言う。そこには「この点こそ、マルクスが標的としたものである。ただ、その視野がやや狭かったのかもしれないというのが、限界といえば限界だろう」と、括弧内に注記してある(前掲論文、『法の科学』42号、2011年、86頁)。マルクスのどの点が限界と考えているのか分からないが、就労自体が服従を意味すると言っていることからすると、就労関係のない独立自営業者の社会を夢想しているのであろうか。やは

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り、空想的社会主義、あるいは無政府主義的な雰囲気が漂う (5)

。さらに笹沼氏は、「わたしと他者との関係には常に権力がつきまとう」と言

う。そして自己決定権とは、「…各人が理想的人格への欲求をもっているからこそ、抱え込まざるを得ない権力に対して、襞を作って攪乱し、抵抗すること、そしてもう一つの自由な関係をつくりだしていくことの正当化である」と述べている(「自己・決定・責任」、法律時報増刊『憲法改正問題』、2005年、202頁)。これまたアナキーな思想のように感じられるが、社会主義の崩壊によって、社会の隅々にまで権力関係が忍び込んでいると考えるほど、思い詰めているのであろうか。楜澤能生氏も、「福祉国家のディレンマ」について論じているが、これはパターナリズムの問題よりも、さらに高度な論点のようだ。同氏は、次のように言う。「社会国家の下での権利運動は、利益を権利化することにより、社会的弱者の経済的地位を向上させると同時に、その地位への安住と、反面としての差別や疎外をも生み出すという両義的帰結をもたらした」。このような主張は、既得権益構造の解体を主張する新自由主義者のもの言いと似ている。また同氏は、ハーバマスに依りつつ、「社会保障の分野での法化(社会保障法)によって、疾病、失業、老齢に伴う困難を緩和して自由を確保しようとする企図にあっては、法による自由保障はその引き換えに、法の構成要件への生活の適合を要求

(5) 笹沼氏は、アメリカでは浮浪、野宿などが犯罪化されている等の例を挙げ、日本もこれに近づいていると言う。それは、かつてヨーロッパで最も恐れられていた「法外放置」(彼を見つけた者はだけでもそれを殺すことができた)に等しい状況だと述べている(「貧困・社会的排除と憲法学」、『法の科学』42号、2011年、78‒79頁)。これは極端な言い方であるが、外国の例を挙げるなら、ソ連末期まで「乞食・浮浪・寄生的生活の罪」が刑法典に規定されており、実際に適用されていたし、「法外放置」刑も、初期ソビエトには存在した。また同氏は、公園などからホームレスの人々が強制排除されることがあることについて、だれでもいられる場所から散歩のじゃまになるなどの理由で特定の人を排除するのは、「公的空間の私有化の論理」だと批判している(同誌、78頁)。私は強制排除に強く反対するが、「私有化の論理」という理屈は、ホームレスの人々にとって極めて不利な論理ではないだろうか。

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する。具体的な生活形態のコンテクストの中で生じた保障の必要状況は顧慮されない。これによって自由の保障を掲げた当の法規制が、自由の制限、剥奪をもたらすというアンビヴァレントな事態が引き起こされる」と言う(「新しい公共圏と民主主義法学の課題」、『法の科学』37号、2006年、11頁)。このような問題が提起されるような社会は、よほどレベルの高い社会なので

はないか。私などは、ともかく最低限の生活が確実に保障される福祉国家が実現されれば、とりあえず万々歳である。それからさらに、社会保障の充実を、そしてそこから派生した諸問題への対処を考えればよい。福祉国家自体が新たな問題を生み出すなどとは、ほとんど考えていない。楜澤氏は、日本社会が既に高度のレベルの社会を実現していると考えているのであろうか。それならもっと、日本社会の現状を高く評価すべきである(楜澤氏は、西欧福祉国家を前提としており、日本は違うと考えているのかもしれない。それならそのことも明記すべきである)。「しかも現代福祉国家における社会保障は、一部貧窮者への対応と言うに止まらず、社会の大部分の構成員を受給対象とするものである」と言う(楜澤前掲論文、『法の科学』37号、2006年、11頁)のであるが、まさか、かつての救貧法レベルの保障や、フリードマンが言うように生活保護法一本の方がいいと言うわけではあるまい。楜澤氏は、「法を手段として自由を実現するプロジェクトは、ここにおいてその意図を裏切られるディレンマに直面したのである」と言う(楜澤前掲論文、『法の科学』37号、2006年、11‒12頁)。これはあまりに誇張がすぎるか(確かにそのようなことは、社会主義社会にはピッタリ当てはまるが)、あるいは繊細でレベルの高い知識人の自己満足的な繰り言である。いずれにしろ社会保障を受けることは権利であり、権利ということは、それを放棄することもできるということである。社会保障によって自由が制限・剥奪されると感じ、自由を優先する人は、権利を放棄すればいいのである。

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(3)頑固派刑法学(a)序論『法の科学』誌には、刑法関係の論文もかなり掲載されている。それらには共通する傾向が見られ、そして他の分野の研究者とは違った雰囲気がある。うまく表現できないので、ここでは「頑固派」と名づけておく。刑法学者の論文には、思想的背景などはあまり窺えないが、ともかく警察が虎視眈々と市民社会の監視と統制を狙っているといった調子の論文が多い。いわば階級一元史観で、刑法による人民支配の側面が過度に強調される傾向がある。あるいは、そうでなければ、反社会主義的な自由主義的立場に基づく反権力主義である

(6)

。今、階級一元史観と書いたが、実際には、「階級」の語を使う例はほとんど

ない。例外的事例として、斉藤豊治氏は、次のように述べている。「治安政策は、階級社会において少数者である支配層の利益を守るため、民衆の利益を主張する人々を権力的、イデオロギー的に抑圧し、排除しようとするものであり、本来的に階級的政治的性格を持つ」。しかし、支配層は、表面的には、治安政策の正当性を得るために、市民的安全の保護を前面にだす「市民主義的治安政策」をとっているという。それはごまかしなのだというニュアンスなのである(階級的機能一元論)。しかし後述のように、斉藤氏のこの論文は、実は治安政策の市民主義的側面をかなり高く評価している(「二つの国家機能」論的)。本田稔氏は、階級という言葉は使っていないが、階級的機能一元論と言って

よい。「現代国家が刑罰権を行使するのは、被害者や社会的弱者の人権を救済するためにではなく、国民を支配し統治するためである。その限りにおいて国家は人権に興味を示し、人権を権限強化の口実にするのである」などと述べて

(6) 前野氏は、刑事法を国民の立場で積極的に活用することは期待薄であり、「民主主義的刑事法学者の主たる関心は、民主主義的変革の過程での弾圧による犠牲を最小限にとどめることにある」と言う。そして「国民が選挙によって選んだ政権が、反革命的暴力の危険にさらされる場合などには、民主主義的変革のために、刑法の秩序維持機能に頼るべき部分が生じてくるかもしれない」と述べている(「刑事法学と市民法論」、『法の科学』13号、1985年、15頁)。ここには、「ホッテントットの論理」の臭いを感じる。

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いる(「刑事立法の現代的様相と民主主義刑事法学の基本的課題」、『法の科学』35号、2005年、69頁)。

(b)2000年前後の一連の刑事立法について2000年前後の時期に、危険運転致死傷罪の新設、少年法改正、組織犯罪三

法の制定、ストーカー規制法、DV防止法、児童虐待防止法の制定など、一連の刑事立法がなされた。これらは、市民の強い要望にこたえる形で立法されたものであり、民科でも好意的評価がみられる。しかし民科の刑法学者達は、それ以上に強い警戒心を示している。石塚伸一氏は、これらの新立法について、「本来、福祉的働きかけによる援

助が中心となるべき分野に刑罰法規が介入し、犯罪被害者、女性、子ども、障害者など、社会的に弱い立場にある人達を害する行為が『犯罪』であることを宣言し、政府は弱者への配慮も怠っていないと言うことを象徴的に示すことを狙いとしている」と述べている(石塚伸一「世紀末の刑事立法と刑罰理論」、『法の科学』32号、2002年、39頁)。本気でそのような歪んだ見方をしているとすれば、これはとても不幸な人である。同氏は、「いわゆる『テレクラ』を使った売春を規制する法律は、女性の保護を名目に警察権限が強化された例である」とか、「市民の安全要求が、立法へと向かう導管を上っていくうちに、処罰要求へと歪曲され、統治権力の支配の師管を肥大化し、市民生活への介入と統制を強化・差別化するサイクルとなっている」とも述べている(「世紀末の刑事立法と刑罰理論」、『法の科学』32号、2002年、36、38頁)。市民生活の安全を守るための警察権限の強化であれば、それは望ましいことではないかと私は思う。一連の刑事立法について、安達光治、竹内謙治、豊崎七絵三氏による論文「刑事司法の変容と法」(法律時報増刊『改憲・改革と法』、2008年)も、「『重罪犯罪』『凶悪犯罪』が、メディアを通じて可視化された『被害者の声』とともに扇情的に取り上げられることで、一般の人々の不安感が喚起され、…重罰化、厳罰化へと刑事立法を強力に推進している」と述べている(同誌、144頁)。

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Page 45: Kobe University Repository : Kernel · 能は、現代日本法においては、『現代帝国主義』(ないし『現代独占資本主義』) なる概念によって統一的根底的に把握されるべきである」と述べている(「『新・

豊崎七絵氏は、児童虐待の問題について、次のように言う。社会的弱者の権利・利益を守るのは、社会福祉の枠組でなされるべきである。例えば児童虐待の問題の場合、①「家庭を孤立無援の状態にさせることなく、地域社会・市民社会の中で子育て支援の連帯の輪を広げること」。②「国や地方自治体は、福祉行政の一環として充実した児童福祉サービスを給付する」。③「保護者の意思に反しても行われ得る児童福祉関係職員等による家庭への介入」やそれに対する「警察官の援助」は、人権侵害の可能性もあり、抑制的であるべきこと(「治安に関する一考察」、『法の科学』34号、2004年、142頁)。一般論としては、これに異論はない。これまでも①は、禁止されているわけではないから、民科的な考えをもっている人々は、大いにそのような努力をしていただきたい。ただ多くの児童の死者も出ている実情から見ると、①と②だけでは限界がありそうだ。③の指摘する弊害と児童の命のどちらが大事かと言えば、だれにも頼ることのできない児童の命の方が、はるかに重いと思う。本田稔氏は、もっと厳しい。同氏は、「法務省がこれまで実現したくても、研究者、弁護士や国民の世論の強い抵抗に遭い、断念することを余儀なくされてきた数々の法改正の目論みが、今では大衆的な世論に強く後押しされながら推進されている」と言う(「刑事立法の現代的様相と民主主義刑事法学の基本的課題」、『法の科学』35号、2005年、62頁)。DV防止法などは人権擁護を名目に推進され、市民運動の側は、多くはそれを一定の前進と評価している。しかし同氏は、「人権が治安メカニズムの餌食にされないための理論的警戒が必要」という。「組織された強制装置である警察は、国民を支配し統治するために社会的弱者の権利をも利用できるからである」。また市民的安全を図ることを理由に、警察は、「市民生活に対する監視と介入のための権限の拡大・強化を図っている」とか、「警察主導のもとで官民一体となった防犯体制の構築が目論まれ」ていると言う(同誌、63頁)。少し古いが、渡辺洋三氏は、「警察権がだんだん強化されてきております」

として、新風営法の例を挙げている。「セックス産業を取り締まるという名目で、国民的合意をとりつけながら警察権力による規制を強化して、まじめに

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やっている小さな飲食店などがいじめられるということになってきています」と述べている(『戦後日本の民主主義』、1991年、288頁)。民科系学者は、警察は常に市民社会に介入し支配することを虎視眈々と狙っ

ていると考えているようにみえる。警察はもちろん、社会の秩序を維持したいと考えているであろうが、その本音として、家庭内や男女間の問題には介入したくないのではないかと思う。民科系学者は、新立法がなくても、これまでの法で十分に対応できると言う。もしそうであれば、市民社会への介入を狙っている警察は、これまでも、家庭内でも男女間でも、訴えがあれば、チャンス到来とばかりに介入したことであろう。しかし従来の実例から見ると、被害者が必死に訴えても、民事不介入などを口実に、警察に無視されたというケースが多い。これらの場合警察は、新刑事立法推進のため、故意に無視したとまでは考えにくい。実際警察も、このような問題への介入は難しいに違いない。児童虐待と言っ

ても、一日中子供を虐待する鬼のような親は少ない。絵に描いたような虐待であれば、警察も介入し易いであろう。しかし実際には、子供を可愛がりながらも、何かうまくいかないことがあると虐待し、その後で真剣に反省するが、同じ状況になるとまた暴力をふるってしまう、といったことの繰り返しが多いのではないか。このような状況に警察が介入することは難しい。したがって、警察が有効に関与できるような新立法が必要であったのであろう。前野育三氏は、「DVやストーカーについて、民事不介入をサボタージュの口実にするのは、…新たな立法を求め、警察権限の拡大・発展をねらう意図があるのではないであろうか」とか、現行法でできることもしないでいると警察を批判する(「〈治安と法〉を考える」、西谷・笹倉編『新現代法入門』、2002年、152頁)。しかし他方で、次のようにも述べている。「DVやストーカーについて、警察力に頼ることは、警察権限の拡大につながり好ましくないという考え方もあると思われる。しかし、市民的安全にとって必要な場面で、適正な警察力の発動を求めることを差し控えるべき理由はない」。同氏は、必要な場合に警察力の発動を要求することは、「市民的感覚をもった警察を育てる」ことにもな

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ると言うのである(同書、153、154頁)。多少はバランスのとれた見方をしているが、それでも豊崎七絵氏は、この前野論文に、批判的コメントを寄せている(「治安に関する一考察」、『法の科学』34号、2004年、141頁)。刑法学者以外は、DV防止法その他の一連の刑事立法につき、比較的肯定的である。大島和夫氏は、警察の管理が不当に拡大されることには注意が必要としつつも、国家、警察に公共的責任を果たさせることは必要という(「総論・日本の構造変化と法改革」、『法の科学』34号、2004年、13頁)。立石直子氏は、これらの立法を支持しつつ、この公的機能の拡大に見合った予算が組まれていないことを批判している(「家族関係領域における契約化について」、『法の科学』38号、2007年、98頁)。晴山一穂氏も、これら新法と伝統理論(謙抑主義、民事不介入など)の関係を、どのように整理するのかといった問題を提起をしているが、批判はしていない(「新自由主義的国家再編と民主主義法学の課題」、『法の科学』35号、2005年、16頁)。谷田川知惠氏は、DV防止法により導入された「保護命令制度は、加害者をただちに刑事手続に載せることなしに被害者が暴力に曝されない自由を一定程度確保するものであり、事実上のジェンダー平等を推進するうえで画期的な仕組みである」と、高く評価している(「現代における法・判例の形成とジェンダー法学の課題」、『法の科学』43号、2012年、68頁)。

(c)市民的治安政策論小田中聰樹氏は、最近の治安政策の特徴を、「『市民』的治安政策」と呼んで

いる。それは、市民的形態をとる治安政策の意だと言うが、もう少し詳しく言えば、次のようである。「新自由主義統治政策の展開によってあらゆる生活領域で生じている矛盾やひずみに対する困惑、憂慮、批判などを治安上の『市民』的不安要因として捉え、これを意図的に犯罪や非行に対する『体感治安』の問題に歪曲、矮小化した上で、一般国民の要望に応える形をとって取締りを強化し、それのみならず一般国民を治安政策側に積極的に取り込んで分断して包摂し、取締り活動の一端を担わせようとする」(「『市民』的治安政策と裁判員制

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度の本質について」、渡辺追悼論集『日本社会と法律学』、2009年、548頁)。この文章の前半は、全く理解不能である。治安当局は、生活領域での不安を

犯罪に対する不安にすりかえ、それを治安強化に利用していると言いたいのであろうか。分かりにくい表現は、この議論に無理があること、著者自身自信がないことの表れである。ともあれ、上からの権力的な取締りの強化ではなく、市民の安全要求に応え、市民の協力・参加をとりつけた上での治安の強化策を、市民的治安政策と呼んでいるようである。既に(b)で論じたことも、市民的治安政策に含まれるが、ここではそれ以外のものを取り上げる。石埼学氏は、全国各地の自治体の生活安全条例等を、警察主導の市民動員体

制作りと批判している。防犯まちづくり関係省庁協議会の文書から、「防犯まちづくりは住民、ボランティア団体、地方公共団体、学校、警察等様々な主体の連携が大切である」という文章を引用して、そこに「まちの環境設計や設備のみならず、それを補うコミュニティの人間関係の権力的再編成への強い志向」が端的に表れている、と述べている(「生活安全条例とコンフリクト・デモクラシーの可能性」、『法の科学』34号、2004年、168‒169頁)。私は、この文章から、そのような権力的志向を全く読み取ることはできない。石埼氏自身、このような町づくりは現実味がないとか、私生活に退却している住民を動員することは困難だと言い、むしろそこから対抗的コミュニティが形成される可能性があるなどと述べている(同誌、170頁)のであるから、権力的再編成などと大袈裟に言う必要はないのではないか。三島聡氏の「治安政策の変容と法」(法律時報臨時増刊『改憲・改革と法』、

2008年)では、最近の傾向として、警察による地域的コミュニティ掌握の徹底化等々が列記されている。特に2000年代に入ってからは、治安維持活動に一般市民が動員されているという。しかしそれによって犯罪が抑止されている(後述)とすれば、プラス・マイナスを考えても、それほど悪いことではないのではないか。清水雅彦氏は、現在の治安対策について、「『環境設計による犯罪予防』と『地域安全活動』の全国展開は、カメラにしろ人の目にしろ、人々に『常に誰かに

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見られているかもしれない』という…意識を持たせ、…人々の逸脱行動を防ぎ、特定の規範に従った行動をとるようにさせる」と言う。それは、「『ビッグ・ブラザー』型の全体主義的中央集権管理社会をもたらすものではない。偏在していた『まなざし』は遍在し、警察官だけでなく郵便局員から子どもからも投げかけられ、警察や行政さらには市民による権力の分散と重層的な監視のネットワークが広がる『超管理社会』に移行するのである」(「『安全・安心まちづくり』の批判的検討」、『法の科学』34号、2004年、198‒199頁)。つまりソ連型ではなく、東ドイツ型ピッタリの相互監視社会になると言っているように読める。実際東ドイツでは、友人や隣人を監視するすスパイ網が張り巡らされていた(国民の実に7人に1人が秘密警察の協力者であったという。体制転換後、親しい家族間、友人間で実は監視が行われていたことが暴露され、大いなる人間不信を生んだ)。しかしそれなら、社会主義への移行を阻止すればいいのだから、心配する必要はない。スターリンをモデルにしたとも言われる「ビッグ・ブラザー」(ジョージ・オーウェル『1984年』)なるものを持ち出すものだから、このような皮肉も言ってみたくなる。渡辺治氏は、アメリカの治安体制について、「学校は今や警察と化しているような状況です。金属探知機を持った学校など日本では考えられません…」と述べている(「『司法改革』の本質と背景」、『法と民主主義』360号、2001年、8頁)。これは学内の治安についてであろうが、登下校についても、アメリカでは、子供達だけで登下校することはありえない。日本では、小学校低学年の子が、独りで電車通学している姿を毎日何人も見かける。これは、小田中氏の言う「市民的治安政策」が成功しているからこそ、可能なのであろう。素晴らしいことではないだろうか(幼い子の遠距離通学は感心しないが)。ところで本田稔氏は、2005年の論文で、20世紀末から日本の犯罪が激増し

ていることに触れ、日本の治安機関は、「犯罪との闘争に敗北して国民の前にその惨めな姿をさらすか、それとも闘争に勝利して国民に対して支配的規範の妥当性を確証するかの岐路に立たされている」と述べている(「刑事立法の現代的様相と民主主義刑事法学の基本的課題」、『法の科学』35号、2005年、61頁)。

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本田氏は、警察の敗北を期待したのであろうが、しかし1990年代以降顕著に増加していた犯罪は、2002年をピークに顕著な減少傾向を見せているという(葛野尋之「社会的排除と刑事法」、『法の科学』42号、2002年、65頁)。松宮氏の論文によれば、2009年の殺人事件の被害者数は戦後最低を記録したという(「司法制度改革と刑事法」、『法の科学』41号、2010年、58頁)。その後も犯罪は減り続けており、2015年の統計では、犯罪件数は戦後最低

を記録した。ピークの2002年の約285万件に対して、約110万件にまで減少したのである(2016年1月14日各紙夕刊)。残念ながら、犯罪の原因が除去されたためというよりは、監視カメラの普及等の対症療法が功を奏したらしい。私自身は、犯罪の増減と警察の活動にどれだけ因果関係があるのか疑問に思っていたが、これならかなり関係がありそうだ。本田氏流に言えば、当面警察は支配的規範の妥当性を確証したようである。ちなみに自殺者の数も、2003年の約3万4千人をピークに減少し(若干のジグザグはある)、2015年は、約2万4千人であった(各紙2016年1月15日夕刊、1月16日朝刊)。交通事故件数も2004年をピークに、2015年には3分の2以下に減少している。交通事故による死者は、1970年の16、765人から、2015年の4、117人へと4分のⅠ以下に減少している。これらの数字が高い時は、それを社会矛盾の激化として説明する人は、この

ような望ましい結果がでたときは、沈黙するようである。例えば、渡辺治氏は、2003年の自殺者の多さについて、「改革の矛盾」が「社会破綻という形で」、「劇的爆発」したものと解していた(「安倍、福田政権崩壊による改憲論の新段階と民主主義法学の課題」、『法の科学』40号、2009年、25頁)が、その後の減少をどう説明するのであろうか。

(d)政治ビラ配布の問題国家公務員法は公務員の政治的行為を制限しているが、最高裁は、1974年の猿払事件判決において、郵政事務官が社会党の選挙ポスターを公営掲示板に張り出す等の行為を行った事件につき、公務員の政治的行為の制限を合憲とみ

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なした。以後検察機関は新たな起訴を見送っていたが、2003年と2005年、厚生労働省と社会保険庁の職員が日本共産党の赤旗やビラを、休日にマンションの郵便受けに配布した事件について、起訴した。この事件について、2012年12月7日、最高裁は、一人は無罪、もう一人は有罪とした。二人の判決に相違が生じたのは、管理職的地位にあったかどうかによる(有罪者の方は「課長補佐」であった)。この最高裁判決が出る前の時点で、『法の科学』誌のある論文は、次のように論じていた。「表現の自由論にとってだけでなく、日本の憲法判例の展開にとって、猿払最高裁判決が最大のネックになっている。近年、最高裁は変わった、という評価がなされることがあるが、それも民事、行政の領域にとどまる。堀越、世田谷両刑事事件[先の2003年、2005年の事件]の上告審において、猿払を変更する、あるいは少なくとも猿払を限定することができれば、それは日本の憲法判例史にとって画期的事件となるはずである」(長岡徹「国公法・政治的行為の禁止事件上告審の基本論点」、『法の科学』42号、2011年、147頁)。

2012年の最高裁判決は、猿払事件判決の見直しはしなかったが、公務員の政治的行為禁止の範囲を狭めた。弁護団は、明確な違憲判決を求めていたが、出された判決については猿払判決の実質的変更だと評価しているという(毎日新聞2012年12月8日)。先の長岡論文の言う「猿払の限定」は、実現できたのではないか。したがってこの判決は「画期的」であり、やはり最高裁は変わったということになるのではないだろうか。ただその後の『法の科学』誌45号(2014年)には、この問題について4人の報告が掲載されおり、その中には最高裁判決についてやや前向きの評価をしているものもあるが、概して厳しい評価である。

(e)被害者の訴訟参加①被害者訴訟参加への批判論2007年の刑事訴訟法改正で、犯罪の被害者が一定の範囲で訴訟に参加する道が開かれた。これまで犯罪被害者は、事件関係者の中で一番保護されるべき

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立場にありながら、訴訟過程においては完全に無視され、情報もあまり与えられていなかったようである。それから考えると、この改革は大きな改善であったと思う。ちなみにソ連の刑事訴訟法では、被害者は当事者として訴訟に参加する権利を与えられており、判決の上訴権もあり、付帯私訴の制度もあった。わが国のこの制度改革に、反対する理由はないのではないかと思っていたが、しかし民科の論者は、被害者参加制度に対しても、概して厳しい評価をしている。石塚伸一氏は、最近の傾向を、「被害者のルネッサンス」と呼び、それは現

実の政治のなかでは、「被害者・被告人の権利を縮減するために『被害者の権利』が利用されているという側面があることは否定できない」(「世紀末の刑事立法と刑罰理論」、『法の科学』32号、2002年、38頁)と厳しい評価をしている

(7)

。松宮孝明氏は、被害者運動に、「もともと重罰化思考を持っていた司法官僚が便乗した」と述べている(「司法制度改革と刑事法」、『法の科学』41号、2010年、58頁)新倉修氏は、被害者参加制度には、「被害者への公共空間の拡大・公共の関

心の拡充」という面と、「被害者をダシにした厳罰化」の両面があるという(「犯罪被害者の刑事裁判参加へのひとつのアプローチ」、『法の科学』39号、2008年、122頁)。そして、今回の改正は、被害者遺族の「強烈な批判に照射されて、いわば『飛びつき主義的に』対策が講じられ、恨み・悲しみなどの情念の部分も含めて、『復讐と贖罪』の時代へ引き戻すかのような鋭い要求に引きずられていることは否定できない」と述べている(同誌、124頁)。否定的評価の方が、はるかに勝っているようだ。

(7) 石塚伸一氏は、被害者参加制度の下で、被害者遺族が遺影を法廷に持ち込もうとすることを批判している(「世紀末の刑事立法と刑罰理論」、『法の科学』32号、2002年、43頁)。公害訴訟や薬害訴訟などでは、遺族が傍聴席に遺影を持ち込もうとして、裁判所との間で騒動が生じることがよくあったと記憶する。私は人権派の弁護士や民主主義法学者は、遺影持ち込みを要求しているのかと思っていたが、誤解だったのであろうか。あるいは、相手が大企業である場合は別なのであろうか。

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新屋達之氏は、被害者参加制度の影響として多くの論者がまず指摘するのは、「量刑の重罰化・応報化といった法廷の報復の場への変容であり、あるいは無罪推定原則の形骸化、被告人側の萎縮による防御権の危殆化、真実発見の阻害といった点である」と述べている(「被害者参加と刑事裁判の変容」、『法の科学』39号、2008年、130頁)。被害者遺族が激しい感情を吐露するのは当然だと思うが、ただ現在でも冤罪事件が後を絶たないことから考えると、被害者側が、被告人を初めから犯人と決めつけた言動をしないように、無罪推定原則を周知させる必要があるとは思う。

②内田博文論文批判内田博文氏の論文「刑事政策とNPO」(『法の科学』33号、2003年)は、論文として失格である。自分が傾向的に教育し、影響を与えた学生のレポートを引用して、自説を正当化しようとしている。学生は内田氏の影響下にある(成績評価を受ける)のであって、内田氏の意に反するようなレポートは書かないだろう。ともかくそれによれば、「刑事法に対する一般市民の立場は、犯罪被害者の立場、あるいは捜査側の立場に大きく偏っている…」のだと言う。その原因は、「犯罪報道の影響が大である」と言う。「マスコミ報道等で刷り込まれた観念的な『あるべき被害者の立場』像」とか、「国家やマスコミ等による誘導」といった言葉も登場する(同誌、76、77、79頁)。その学生は、おそらく内田氏に「刷り込まれ」、「誘導」されているのであろう。確かにマスコミが国民感情に影響を与えることもあるが、逆にマスコミは国

民感情に左右され、その影響を受けている。社会主義国や戦前の日本のように、系統的・組織的にマスコミを支配すれば別だが、自由社会では、マスコミの影響は限定的である。内田論文は、犯罪報道の影響を受けていることについて、「恐ろしいことに、そのことに多くの市民が気付いていない」という学生レポートを引用している(内田前掲論文、『法の科学』33号、2003年、76頁)。かつてマルクス主義法学者は、マスコミの共産圏報道について、その反共宣伝に多くの国民が騙されているかの如く語っていたものである。しかし、マルクス主

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義者よりも、「ブル新」(ブルジョア新聞)の方が、はるかに正しかったのである。マスコミにもいろいろあるが、それらを総合してみれば、全体としてはバランスのとれた報道が行われていると私は思う。市民がマスコミ報道に誘導されているなどと考えるのは、市民の愚民視である。「そのことに市民が気づいていない」などと言うのは、傲慢そのものである。真実を知るのは我のみとでも言うのであろうか。市民は内田氏の学生と違って、成績評価を気にする必要はないから、自分の頭で自由に考えることができるのである。内田論文には、もう一つ気になるところがある。内田氏は、官民の連帯によ

る被害者支援が、被害者の宥恕感情の無視・軽視につながると危惧する。それはよい。しかしすぐ続けて、なぜか唐突に、「日本国憲法とファシズムは決して過去のテーマではない」と言いだす。憲法の保障する「個人の自由」が、価値相対主義と結びついてファシズムの克服に関わる戦争責任の問題から人々を逃避せしめ、「ファシズムに対する心理的な抵抗力をも掘り崩しつつある」と言うのである(内田前掲論文『法の科学』33号、2003年、83頁)。ここでは個人の自由が歪められて、ファシズムへの抵抗力が衰えているという論理が語られているのであるが、理解に苦しむ。私はむしろ、社会主義圏の共産党独裁を批判しなかった人々こそ、ファシズム独裁に対する心理的抵抗力がないのではないかと疑う。

③被害者側が真に望むこと川崎英明氏は、「被害者保護の問題の核心は被害者に対する精神的経済的ケ

アにあり、それは被害者に援助の手をさしのべる福祉の問題であるという原則の確認が必要である」と言う(「刑事手続と人権」、『法の科学』29号、2000年、93頁)。先の内田論文にも、似たようなことは書かれている(内田前掲論文『法の科学』33号、2003年、80頁)。そのことは否定しないが、しかし被害者保護の問題は、福祉の問題に止まらない。被害者が刑事訴訟への参加を望むのは、必ずしも厳罰を求めたり、恨みを晴らしたいからではない。被害者遺族が望むのは、何よりも、なぜ、どのように

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して被害に遭ったのか事件の真相を知りたいこと、被害者の名誉を守りたいこと(被害者には落ち度はなかったことなど)、加害者の謝罪と反省の言葉を聞きたいことなどであり、多くの場合、これらが彼等にとって最も重要な問題なのである。元々日本には謝罪文化があり、真摯に反省し謝罪すれば許す傾向が強かった

(おそらく民主主義法学者は、謝罪文化といった「前近代的」風土も嫌うのではないだろうか。この点も、謝罪しない文化をもつアメリカ的法文化と、民主主義法学者は共通している)。かつては犯罪被害者の遺族が、加害者に対して、「更生して真人間になって人生をやり直して欲しい。そうでないと死んだ息子も浮かばれない」といった趣旨のことを語ることが多かったと記憶している。私は、被害者遺族がまるで仏様のようにみえて、その寛大さが信じられない思いであった。このような私の過去の記憶は、間違っているのか、特殊例を一般化しすぎているのか、あるいは内田氏流に言えば当時のマスコミに感化されたものなのか。いずれにしろ、時代が変わったのか、近代化が進んで謝罪文化が衰えたのか、近年は先のような仏様のような言葉を聞くことは、残念ながら少なくなった。最近は、厳罰を求める被害者遺族が多いのも確かだと思う。しかしそれはそれで、本来の姿なのだろうと思う。

(f)民科による厳罰化批判民科系刑法学者の議論には、刑事法の強化、厳罰化の傾向を批判するものが

多い。先にみた被害者参加制度に対して警戒したり、民科の多くが裁判員制度に反対した理由の一つは、それが厳罰化を招くということであった。厳罰化に反対するのは、そもそも犯罪は社会矛盾の反映であり、犯罪者も社会矛盾の被害者であるとする見方をしているからであろう。石塚伸一氏は、小田中聰樹氏に依りつつ、「弱者を犠牲にし、『痛み』を強いる統治政策は、社会的な矛盾・対立を激化し、逸脱的行動の増加と弱者の抵抗運動を必然的にもたらす」と述べている(「世紀末の刑事立法と刑罰理論」、『法の科学』32号、2002年、44頁)。犯罪を、「逸脱行動」や、とりわけ「抵抗運動」と表現するのは、著しく妥

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当性を欠くと思うが、犯罪が社会矛盾の反映であるという見方には、半分同意する。犯罪者にもいろいろあるから一概には言えないが、ヤクザのような者でさえ、その生い立ちには涙を禁じ得ないようなケースはある。ヤクザになって初めて人間性を取り戻したと言えるような過酷な幼少期を過ごした例もある。ただ、ついでに言えば、ソ連など社会主義諸国でも犯罪は極めて多かったが、民主主義法学者達は、それを社会主義社会の矛盾の表れとは、決して言わなかったのである。犯罪は犯罪者個人の意思によるものであると同時に、社会が生み出すもので

もある。そこで犯罪者個人は、行われた犯罪の半分について責任を負うべきものと仮定しよう。私は、刑罰の目的は正義の実現にあり、それは「応報刑」以外ではありえないと考えている。目的刑は、他の目的のために刑罰を利用する(例えば見せしめ)ものであり、正義に反する。犯罪者の更生を図ることは必要だが、それは刑罰とは別に(並行して)行われるべきである。しかし、応報刑を主張すると言うことは、決して文字どおりの同害報復(目には目を)を意味していない。先に述べたように、犯罪の責任は、犯罪者自身と社会全体の双方が負うべきである。そうだとすれば、犯罪者には、犯した犯罪の半分程度の刑罰が相応しいことになる。さらに被害者側が犯罪の原因を作った場合もありうるし、その他さまざまの情状も酌量されるから、刑罰はさらに軽くなりうる。実際の刑罰も、犯罪の害悪の半分程度、あるいはそれ以下の刑罰になってい

るのではないだろうか。したがって、死刑に関する最高裁の永山事件判決が、殺害被害者の数を基準の一つとしていることは、理に適っている。人命の価値の数字合わせには違和感があるが、2人以上殺害した場合は、その半分の責任を問うとして、死刑適用がふさわしい場合がでてこよう(1人殺害の場合の死刑適用を絶対的に排除するわけではないが)。犯罪の責任の残りの部分は、社会・国家全体の責任であるから、社会・国家を罰する、すなわち、犯罪の土壌をなくすよう社会を改善していく義務を、社会・国家に課すことになる。要するに、犯罪者もまた社会の犠牲者であったとしても、それに相応しい程

度の責任を負わなければならないということである。冤罪の可能性は常にある

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から、被疑者・被告人の人権は徹底して擁護されなければならないが、疑う余地のない犯罪者であっても、いわば社会の被害者として全面的に擁護しようとするかにみえる頑固派刑法学は、疑問に思う。犯罪者にもいろいろある(権力犯罪や大企業・大資本家の犯罪もある)のであるから、厳罰化一般に反対するのではなく、もっと事案に応じた対応ができるような理論構築が必要なのではないだろうか。実は私自身も、従来の日本の刑罰は、行われた犯罪の重さと比較して、また

特に自分の知識の及ぶアメリカや旧ソ連・ロシア(この二カ国は特に厳罰主義なのであろうが)に比較すれば、軽いのではないかという印象をもっていた。この印象は、それほど間違っていないのではないだろうか。例えば前野育三氏も、「幸いにして、その後〔刑法典制定後〕の量刑実務は、刑の上限近くではなく、下限に近く集中する傾向を見せ、日本は、世界的に見て、量刑相場の低い部類に属している」と述べている(「刑事法学と市民法論」、『法の科学』13号、1985年、11頁)。ただ近年ヨーロッパ諸国も、寛刑化が進んでいることが注記されている。高田昭正氏の論文にも、「わが国ではもともと伝統的に刑の量定が緩やかであったために被告人側がこの寛刑の伝統にいわば埋没したかたちで…」という一節がある(「刑事裁判の現状と課題」、『法の科学』14号、1986年、28頁)。やはり日本の刑罰は、これまで軽かったようである。その後前野氏は、1992年頃から日本の刑期の長期化が始まり、ヨーロッパ

諸国と比較して、日本が寛刑とは言えなくなってきたと述べている。ただし、起訴猶予や執行猶予が多いことは、なお日本の特徴という(「格差社会と厳罰化」、渡辺追悼論文集『日本社会と法律学』、2009年、575、584頁)。ヨーロッパ諸国は死刑制度を廃止したが、日本も、かつては第一審の死刑判決は年間数件程度にまで減少していた。その後ジクザグがあり、10件を超える年もあったが、最近はまた減少している。第一審判決ではなく確定判決で言えば、2015年の場合、死刑判決は2件のみである

(8)

(8) 内閣府による死刑制度についての世論調査によれば、高度成長が終わった後の

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近年の国民の厳罰化志向は、1990年代以降新自由主義的な競争社会の性格が強まるにつれて、人間社会の共同性が失われてきたからかもしれない。葛野尋之氏は、新自由主義や市場主義が「不安」や「苛立ち」の心理を醸成し、「敗者・勝者」文化が「敵対的で非寛容な統制様式」を生んでいるとみなしている(「社会的排除と刑事法」、『法の科学』42号、2011年、70頁)。それはありうると思うが、前野氏のように、厳罰化の傾向を、「負け組の犯罪に対する勝ち組の厳罰感情」の昂進で説明する(前掲論文、584頁)のは疑問に思う。勝ち組は人生に余裕があるから、まだしも寛容であるかもしれない。他方で犯罪被害者も社会的弱者であることが多く(オレオレ詐欺の被害者の高齢者など)、犯罪に走らない多くの「負け組」とされる人々の処罰感情こそ、強いかもしれない。かといって、現実には私も、厳罰化に賛成しているわけではない。ここでも

私の客観的論理と主観的心情は対立するのであるが、理屈では日本の刑は軽すぎると思う。しかし、個人的な心情としては、温情判決が好きだ。ただし本人の反省や謝罪、更生の可能性が重要だ。日本には「敵」(犯罪者を「敵」というのは不適当であるが)を許す文化がある。「敵」を神として祀ることも多い。戦いが終われば、敵も許される。最近たまたま見た中世の絵巻「仏鬼戦争記」では、仏軍が最後に鬼軍に勝つが、鬼軍も許されて皆仏となる。日本の将棋のように、敵の負けたコマを味方として使えるゲームは珍しいという。思わず脱線してしまった。

(4)付:社会主義論の残影ソ連・東欧の社会主義崩壊後、藤田教授は、それを総括する2冊の大著を公

1975年は死刑容認が56.9%で近年では最も低く、その後ほぼ一貫して容認派は増え、2014年11月には80.3%であった。前回2009年の85.6%よりは下がっているが、質問文が変更されたり、終身刑に関する質問項目が加わったりしたので、その影響もあり得る。諸外国に比べて死刑支持率の高さが目立つ。死刑支持率の高低は、経済成長率と一定の相関関係にありそうに思う(2015年1月25日の新聞各紙を参照した)。

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刊されたが、民科会員よるその書評に関連して、社会主義論について若干追加したい。新倉修氏は、藤田教授の著作の書評のなかで、人類史の立場から、社会主

義とは何かという問題を解明することをめざしたいと述べ、その理由として、「誤解を恐れずに言えば、資本主義というシステムが完全なものとはとても実感することはできず、資本主義をどのように乗り越えるのかという課題は、いまだに解決されていないと思うからである」と述べている(「藤田勇『自由・民主主義と社会主義1917‒1991』を読む試みとわたしたち」、『法の科学』40号、2009年、112頁)。同氏がどのような誤解を念頭においているのか分からないが、ともかく資本主義を「完全なものと実感している人」は、この世にほとんどいないのではないだろうか。イギリスの元首相チャーチルの顰みに倣って言えば、「資本主義は最悪の経済制度である。ただしそれ以外のすべての経済制度を除けば」。「資本主義を乗り越えた社会」は、よりいっそう不完全な社会である可能性が高い。「完全」なものとは神以外になく、完全な社会を求める精神は、宗教の世界に逃避するしかないであろう。マルクス主義は一種の宗教となっているという通俗的な説に、またしても根拠を与えるような新倉氏の思考である。広渡清吾氏は、藤田教授の著作の書評のなかで、社会主義とは何かを自問自

答しつつ、次のような結論的文章を書いている。「戦後民主主義法学が、資本主義の原理的批判の基軸として市民社会論(市民法論)を展開し、社会主義の理念としての自由と平等と民主主義の真の実現(の方向)をそれに仮託してきたことに看過すべきでない意義を見いだすのであり、そのような試みが現代の社会主義をめぐる理念と運動に連接していることを思うのである」(「藤田の社会主義史3段階把握について」、『法の科学』40号、2009年、134頁)。市民社会論と社会主義論が正反対のベクトルをもつことは、理論的にも経験

的にも明らかであるが、それはもはや繰り返さない。広渡氏は、「戦後民主主義法学が、資本主義の原理的批判の基軸として市民社会論(市民法論)を展開し」、それと社会主義の理念を結びつけていたかのように語っているが、それ

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はどの時期のことを指しているのであろうか。民科が、多少とも本格的に市民社会論を展開したのは、1980年代以降である。既述のように、それ以前はむしろ、民科は、市民法、市民社会概念には懐疑的であったのである。況んや、彼等が市民社会論に社会主義の理念の実現を仮託してきたというのは、事実に反している。1980年代以降は、民科の一部で、市民社会論と社会主義論を結びつける試みがでてくるが、それも民科の大方の支持を得ていたようにはみえない。さらにはソ連崩壊後は、「市民社会γ」なるものが登場するが、それは新自由主義的な市民社会論にも通じるものであり、社会主義論とはますますかけ離れた方向に向かっているのである。なお民科の中で、個人の権利を重視すべきことをいち早く主張した西谷敏氏

は、その理由の一つとして、「労働組合が資本と一体となって労働者支配を行っている民間大企業の組合においては、労働組合の本来の機能を回復せしめるためにも組合員個々人の活動の自由(いわば組合からの自由)の保障が不可欠である…」ことを挙げていた(「現代労働法学の理論的課題」、『法の科学』8号、1980年、46頁)。労働者の団体である労働組合は団結を必要とするが、それが労働者個人の権利を侵害することにもなりうる。この労働組合の構造が、社会主義社会そのものにも妥当することは、理論的にも、また経験的にも明らかである。マルクス主義法学者は、そのことを認識できないほど社会科学的センスを欠いているとは思えないが、自らの主観的願望のために、敢えて目を塞いでいるのであろうか。

第6節 民主主義法学の分岐とその総合の試み(1)民科内部の分岐の構図以前は、民科の文献では、「民主主義的変革」の語がよく用いられていたが、

近年では、「対抗戦略」という表現がよく用いられている。「新自由主義に対する対抗戦略」というように。これは、それだけ後退した位置に布陣していることを物語っているように感じられる。かつての「民主主義的変革」の先には社会主義が展望されていたが、今や「敵」の攻勢の下で、いかに対抗し踏み留ま

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るかを模索しているかのようである。

(a)市民社会派と新福祉国家派現代社会の抱える諸問題に対処するための戦略として、民科ではそれを三つ

に整理することが多いようである。楜澤能生、吉村良一、土田和博の各氏は市民社会派の立場から、渡辺治氏は新福祉国家派の立場から、そのように整理している。両者の整理の基準は異なっているが、ある程度呼応もしている。前者は、市場、福祉国家、市民社会にそれぞれ基礎を置く三つの潮流に、後者は、階級運動派、左派市民運動、右派市民派の三つの運動主体に分けて論じている。市場は右派市民派に、福祉国家は階級運動派に、市民社会は左派市民運動に対応するわけである。渡辺氏の見解については後に論じることとして、ここでは前者の区分についてみておく。楜澤氏は、市場は不平等な関係をつくりだすが、国家の力でそれを是正しよ

うとすれば、既得権益や他の弱者の圧迫、新たな疎外状況を生み出すという。そこで「市場、国家の双方が経験したこれらの困難を克服する戦略」として、次の三つがあると言う。①「福祉国家を批判し、市場原理がもつポテンシャルに依拠して、福祉国家がもたらした疎外状況を克服し自由を取り戻そうとするもの」。②「福祉国家を前提として、それに改良を加えつつむしろその拡大を志向するもの」。③「市場への回帰でもなく、単なる福祉国家の拡張でもない、自由と連帯を同時に充足できる第三の道を模索するもの」(「友愛原理と法社会学」、『法社会学』50号、1998年、66頁)。このうち①は、新自由主義者を指すように思われるが、しかし彼等は、「福祉国家がもたらした疎外状況」などとは言わないだろう。むしろそのように言うのは、民科内部の市民社会派である。とすれば、これは、民主主義法学内部の三つの考え方を示すのであろうか、そのあたりが明確でない。楜澤論文は、この三つの立場を客観的に説明しているだけのようにみえるが、事実上、第三の立場に立っていると思われる。吉村氏は、この楜澤氏の整理をそのまま引用して議論を進めている(「『社会』

変動と民主主義法学の課題」、『法の科学』33号、2003年、94頁以下)。土田氏

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は、欧米の文献では、「見えざる手」(市場)、「見える手」(国家)、「第三の手」(市民社会)の三つの調和を説く議論がしばしばみられるという(「新自由主義的構造改革に対抗する社会経済構想」、『法の科学』39号、2008年、9頁)。これは、先の楜澤氏の三つの戦略と対応している。このうち市場原理(「見えざる手」)を重視する戦略は、新自由主義のものであり、民科とは一応無縁である。しかし民科内部でも、市場の有効性を部分的に認めることは、現在では一般的となっているようにみえるし、新自由主義と通底するような議論も多い。土田氏は、特に大島和夫氏の「第三の道」論について、そのような傾向があることを批判的に指摘している(同所)。この三つの流れのうち、新自由主義、またはそれに近いような部分(①)は

除外する。すると、民科の主流的立場は、先の③であり、市場でも国家でもなく、「自由と連帯を同時に充足できる第三の道」を探求するグループであり、その拠点となるのは市民社会である。それに対して、民科内部と言うよりもその周囲のグループを中心に、②の「新福祉国家」論が展開されている。この二つのうち「新福祉国家」論者の議論は、伝統的な左翼スタイルを継承しており、民科の多くのメンバーにとっては、古色蒼然としていて、うんざりするような内容かもしれない。新福祉国家論も、社会主義的未来は事実上棚上げしているともいえるが、社会主義志向は、わずかにではあるが、明記されている。他方で市民社会派は、時代の風潮にマッチしている印象はある。それは、も

はや社会主義的展望とは無縁の地平で展開されている議論が多いが、元々基本的にはマルクス主義から出発しているだけに、強引に社会主義的未来と結びつけようとする議論もある程度存在する。しかしそれは、かなり空想的な性格を帯びてこざるをえない。「科学から空想へ」の逆戻りである。共産主義社会とは、市民社会の止揚と共同体の復活を意味するから、空想的社会主義は、部分的に共同体主義にも接近してくる。市民社会から共同体への逆転である。また一応市民社会派と言えるかもしれないが、反権力主義的性格が強く、あらゆる権力を拒絶する無政府主義的色彩を帯びているものもある。こうして現在の民科は、主流派の市民社会派と、反主流派の新福祉国家派が

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対抗し、前者からは空想的社会主義派、無政府主義派、さらには共同体主義的傾向も部分的には派生しているという構図になる。といっても、これは敢えて相違点を強調しつつ図式化してみただけであって、実際には民科内部では、真理を追究して鋭い論争が行われているといった状況ではない。ぬるま湯の中で、友好的に議論を楽しんでいるといった風情である。市民社会論と新福祉国家論については、本章第3節、第5節で論じたので、

以下、市民社会論から派生した若干の傾向について追加する。

(b)「科学から空想」へ空想的社会主義に近い立場としては、ルソー的な、独立自営業者の社会を夢

想しているかのようにみえるものと、革命論抜きの社会主義論がある。まず前者から見ていこう。民科の議論には「自己労働に基づく所有=個人的所有の再建という市民社

会」論なるものが時々登場する(楜澤能生「友愛原理と法社会学」、『法社会学』50号、1998年、70頁)。既述のように、渡辺洋三氏の議論にも、既にそれは登場していた(本稿第1編第3章第2節第2項、同第5節第2項)。「社会主義下における個人的所有の再建」という議論は、マルクス説そのものであるが、マルクスの空想的社会主義的側面を如実に示すものである。またマルクスにおいては、個人的所有(正確には「個人的=共同体的所有」と言うべきである。本稿〈中〉、『神戸法学雑誌』65巻1号、2015年、148頁参照。マルクスは、それを、ロビンソン・クルーソー的個人的所有の集団版とみなしていた。『マルクス・エンゲルス全集』23巻a、105頁)が再建されるのは「共同体」においてであって、「市民社会」においてではない。「市民社会」の止揚の上に「共同体」が再建されるという論理である。民科系学者が「個人的所有に基づく市民社会」を論じる場合、それは社会主

義を想定しているのか否か、マルクス説に依拠しているつもりなのか、それともそれと対抗しているものなのか、よく分からない。そのあたりは、明晰には思考されていないのであろう。民科の市民社会派は、マルクスとは異なる意味

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で「市民社会」の語を用いながらも、主観的にはマルクスに従っているつもりなのかもしれない。いずれにしろ「市民社会」と「共同体」の相違は、形式的には、次のように明確に区別することができる。「共同体」はある領域内での全員が参加する社会であるが、「市民社会」は自発的参加者だけの集団である。したがって市民社会では、社会主義にはならないのである。もし自発的に全員が参加すると言うのであれば、全体主義そのものである。楜澤氏は、「市場における自由と国家における平等に、アソシエーション・

協同体における友愛を対置」しようとする(前掲論文、『法社会学』50号、1998年、71頁。楜澤氏は、中西洋氏の議論を紹介してそのように述べているのであるが、同氏自身それに賛同しているようにみえる)。これは、楜澤氏の言う市場への回帰でも、単なる福祉国家の拡張でもない「自由と連帯を同時に充足できる第三の道」(同誌、66頁)に相当する。そこでは「資本家的領有と自己労働に基づく所有が切り離され、後者のみを包摂する市場が個人とアソシエーションを繋ぐ」と言う(同誌、71頁)。ついでながら、ここでは、市場が存在する限り「労働力の商品化…を当然の前提としている」と述べられている。いったいどのような社会を想定しているのか、理解に苦しむ。前に見たように、笹沼弘志氏は、就労関係は企業への自発的服従に帰結する

として、就労自体に否定的な見解を述べていた(本稿第2編第4章第5節第2項の f)。これもまた、社会主義でないとすれば、自立した自営業者の社会を理想としているのであろうか。それに関連するが、広渡氏の「脱労働力商品化」論も不可解である。広渡氏

は、福祉レジーム論を紹介する中で、この議論では「脱商品化」が核心的指標になっていると述べている。そして「脱商品化とは、人々が自己を労働力商品化せずに生存できることであり…」と説明している(「グローバル化の時代における国家と市民社会の変容」、『法の科学』37号、2006年、61頁)。それなら「脱商品化」は、「脱労働力商品化」を意味することになる。通常「脱労働力商品化」と言えば、それは社会主義を意味する。そうでなければ、個人営業者の社会か、自給自足の社会、奴隷制、封建制などだ。広渡氏は、現在福祉国家は

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解体されつつあり、福祉保障は再就業支援に収斂し、「こうして人々は再び自己を商品化することだけが生存の道として残される」と言う。「『再商品化』が人間的な社会の望ましい方向であるはずがない」とも述べている(同所)。労働力商品化が望ましくないと言っても、現在大部分の人は労働力商品とし

て雇用労働に服している。広渡氏は、それが望ましくないからと言って、即社会主義を主張しているようにも見えない。例えば育児のために働けない親が生活保護を受けていたとして、子を保育園へ預けることが可能になって再就職するのは、いいことではないか。そのような人は、いつまでも生活保護を受けている方が望ましいというのであろうか。広渡氏が引用している宮本太郎氏の論文(埋橋孝文編『比較の中の福祉国家』所収、2003年)から推測するに、福祉レジーム論の言う脱商品化とは、福祉の供与を雇用労働経歴に連動させず、労働とは無関係に提供することを意味するように思われる(ただし私は、「福祉レジーム論」なるものを正しく理解していない可能性はある)。それはそれでも良いと思うが、「脱商品化」という表現は誤解を招くし、「労働力商品化しないこと」といった説明は間違っていよう。ちなみに、社会主義の下では、労働力はたてまえ上は商品ではなくなるが、自由な社会的労働力になるのではなく、商品以下となり、半奴隷化する。労働力の計画的配置のために、職業選択の自由は失われ、あるいは大幅に制限され、労働は半強制化する。そのため労働者は労働意欲を失い、仕事を怠けたり無気力労働が蔓延する。やる気のない人間にとっては、むしろ天国のような職場かもしれない。次に、吉田傑俊氏は、「『国家主義的』社会主義にかわる民主主義的もしくは

『市民社会的』社会主義理念の再設定」をめざしている(「現代における民主主義の位置と方向」、『法の科学』20号、1992年、18頁)。同氏においては、社会主義とは「端的に民主主義の実現方法であり一つの実現形態である」とされており、両者はほとんど同一である(同誌、24頁)。そして民主主義(社会主義)について、「民主主義の根本原理は、『協働的存在としての人間による協同体の形成』にある」とされている(同誌、20頁)。社会主義は、当然ながら「共同体」

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(協同体)であるが、それが「市民社会的」社会主義とされる根拠は説明されていない。先の独立自営業者の社会の場合は、それが「市民社会」であることは理解できるが、吉田氏のいう「協働的存在としての人間による協同体」は、市民社会的ではなく、共同体的である。吉田氏の考える社会主義は、「生産手段の社会化といった経済的領域での変

革に終わるものではなく、法的、政治的に民主的な制度が確立されねばならず、諸個人の思想的・人格的樹立の社会的文化的諸条件も整備されねばならない …」ものだという(前掲論文、『法の科学』20号、1992年、24頁)。そうであれば、それは「社会主義革命」なしには不可能である。しかし吉田氏の議論には、現状の構造分析、革命を必然化する諸条件、革命運動の主体等についての考察は全くない。部分社会としてであれば、ロバート・オーエンの試みや、一時期のイスラエルのキブツ、日本の「ヤマギシ会」(多分現在も存続しているのであろう)などがあるが、吉田氏はそのようなものを想定しているわけではあるまい。

(c)アナキズム的傾向新たに項目を立てるほどではないが、社会主義思想の核心が揺らいだ後の民

科内の議論の偏りぶりを示すために、敢えて「アナキズム」という言葉を使った。既述のように、笹沼弘志氏は、「わたしと他者との関係には常に権力がつきまとう」と述べ、この常に抱え込まざるを得ない権力への抵抗として、自己決定権を考えているようである(「自己・決定・責任」、法律時報増刊『憲法改正問題』、2005年、202頁)。「万人の万人に対する闘い」のような世界ではないか。「わたしと他者との関係には常に友愛もつきまとっている」はずであるから、あまり深刻に突き詰めない方が良いのではないか。楜澤氏は、従来のような生存的権利の主張が一定の役割を果たしてきたこと

を認めつつも、その問題点も指摘している。「現代資本主義は、かかる権利主張を受け入れることによってこの社会層を取り込み体制内化し、システム内統

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合を図る。社会運動や、これを権利として制度化する法律学は、システム内統合へ動員されているということもできるであろう」と言うのである(「新しい公共圏と民主主義法学の課題」、『法の科学』37号、2006年、9頁)。権利が制度化されたら大いに喜ぶべきであるが、それでは目標を失ってしまうため、制度化されない方がよいと言わんばかりの議論である。確かに、社会主義の下では、社会権が制度化され、硬直化して抑圧的な性格も帯びていた。そのことが、楜澤氏の念頭にあったのかもしれない。楜澤氏は、山之内靖氏の議論を紹介する形で、次のようにも述べている。新

しい社会運動は、「国民国家の内部に自己の権利を獲得することを目標とせず、安易な権利の制度化がシステム内への統合をもたらすことにたいする警戒を、その本質としている。動員を免れる社会運動は、権利運動という形態をとらない。公式の法制度とのかかわりを回避する運動形態こそ追求されるべきものとされているのである」。新社会運動は、「…生活世界におけるあらゆる不可視の権力関係を日常言語によって顕在化し、シンボル化すること自体に意味を見出す…」とも説明されている(楜澤前掲論文、『法の科学』37号、2006年、10頁)。楜澤氏がこのような見解に同調しているのかどうかは必ずしも判然としないが、これは、権力への要求によって、あるいは権力を獲得することによって、目標を実現しようとする民主主義の運動ではない。権力に統合されないように、永遠に抵抗を続ける無政府主義的な立場である。「あらゆる不可視の権力関係」といった言葉は、先の笹沼氏の言葉と相通じている。

(d)共同体へ元来社会主義とは、「共同体の復権」である。しかし民科会員は、逆に「市民社会の復権」を説く。彼等が「共同体」の語を、肯定的意味を込めて使うことはないようである。しかし彼等の言う「市民社会」は、その内容においては、「共同体」といった方が良いのではないかと思うことも多い。個人の自立性に支えられた「共同体γ」である。民科の市民社会論は、「国家でも市場でもなく市民社会を」と言う。吉田克

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己氏は、「『国家』と『市場経済』の中間に…『市民社会γ』を設定」すると言い(「総論・現代『市民社会』論の課題」、『法の科学』28号、1999年、11頁)、広渡清吾氏は、「『国家か、市場か』という二項対立に対して、『市民社会』領域が再発見され」たと述べている(「グローバル化の時代における国家と市民社会の変容」、『法の科学』37号、2006年、55頁)。しかし、現代社会を三元的な構成で捉えるとすれば、国家、市場と対峙するのは「市民社会」ではなく、「共同体」である。民科は、日本社会の共同体的性格を後進性とみなし、それに対して近代性=市民社会を対置する。そのためその議論は等価交換論的な傾向を帯び、新自由主義に接近してしまうのである。さて、人間が生活に必要な財貨を取得する方法は、五つある。①権力的分配、

②等価交換、③互恵、④自給自足、⑤略奪等(ポランニーの説を改作)。①は国家による福祉などである。②は市場における交換である。③は、家族間、共同体内部での互恵関係である。④、⑤は、ここでは省略しよう。①、②、③は、それぞれ、国家、市場、共同体に対応する。資本主義社会では②が中心的位置を占めているが、福祉国家では①も大きな比重を占める。前近代社会では、③の比重が大きかったであろう。共産主義社会では、社会全体が共同体的に編成され、理念としては、③の互恵(必要に応じた分配)の原理が支配する。しかしそれは空想的社会主義であって、現実には①の権力的再配分が支配的とならざるを得ないし、いわんやそれに至る前の社会主義段階ではそうである。さて、市民社会と共同体の形式的基準による区別については、先に述べた。その内容的区別はどうか。それは先の財貨の取得方法の区分と関連づけて言えば、市民社会は②の自立した市民間の等価交換の原理が支配する社会である。共同体は、③の互恵、友愛といった倫理が支配する社会である。マルクス以来の市民社会概念は、等価交換のルールが支配する社会であった。しかし、民科の主張する「市民社会γ」の構成原理は、どちらかと言えば、等価交換ではなく、互恵に近いものであろう。そうであれば、国家、市場に対抗するのは、ますます市民社会ではなく、共同体ということになる。しかし民科では、共同体というと前近代社会を想起するのか、否定的に扱われることが多い。とは言え、そ

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の中に、共同体的な理念の萌芽を感じることもないではない。楜澤能生氏は、その論文の中で中西洋氏の報告(法社会学会)を紹介し、「市

場における自由と、国家における平等に対する、アソシアシオーンにおける友愛」という項目を立てている(「友愛原理と法社会学」、『法社会学』50号、1998年、69頁)。ここでの自由、平等、友愛は、フランス革命のスローガンでもある。この場合、アソシアシオーン、友愛は、やはり共同体のイメージに一番近い。中西氏は、「友愛共同体」という言葉も使っている(中西洋「〈正義〉も!〈友愛〉も!」、『法社会学』50号、1998年、17頁。私は中西氏の論文は、この短い報告しか読んでおらず、その議論の詳細は知らない)。楜澤氏は、中西氏が、各人の「労働力所有」を議論の出発点としていることから、中西氏の友愛原理に支えられた社会に、民科の自己労働に基礎をおく個人的所有に基づく市民社会論との親近性を見出している(楜澤前掲論文、70頁)。しかし、中西氏は「市民社会」という言葉は使っていないし、楜澤氏自身、アソシアシオーンを「協同体」とも表現している(同論文、71頁)。また、楜澤氏が権利と連帯のジレンマについて語り、権利概念を相対化して

いるようにみえる点にも、共同体志向が感じられないでもない。同氏自身はそのように考えていないであろうし、また同氏の議論は、自説なのか、それとも他人の説を紹介しているだけなのか、区別しにくい面もある。民科の中には法化批判の声もかなりあるが、それらの中にも共同体志向を感じ取ることはできる。楜澤氏は、福祉国家においては、国家に対する権利が既得権化し他の弱者の

利益を圧迫するとか、「多様な姿で展開される生活の、定型化された請求権取得要件へのはめ込みから、新たな疎外状況も生じる(生活世界の植民地化)」と言う。あるいは、「発達した福祉国家は、連帯の思想に基づく所得再分配という正義を、他ならなぬ法・権利を通じて実現しようとしたために、ジレンマに直面することになった」と述べている(「友愛原理と法社会学」、『法社会学』50号、1998年、66頁)。楜澤氏は福祉国家に関連してこのような議論をしているのであるが、私はそ

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の点には同意しない。しかし一般に法は人間社会の疎外態であって、法の物神化、絶対化を批判することは、社会科学としての法律学の重要課題だと考えている(本稿の第2編第2章第2節第4項の法化論批判の部分、拙稿「法律嫌いの法律学、ソ連嫌いのソ連学、社会嫌いの社会科学」、『神戸法学雑誌』60巻3・4号、2011年、87‒88頁参照)。楜澤氏が、「権利はそれを持っていること自体が義務履行請求権の正当性を担保するのであり、それ以外の道徳的理由付けを要しない非対称的、非相互的性格を有している。権利に内在するこの本来的性格が連帯の実現を裏切ることになる」(楜澤前掲論文、『法社会学』50号、1998年、68頁)とか、人格的な信頼関係から成り立つような「…親睦的な関係を法化、権利化すれば人間関係は抽象的な主体者間のアンタゴニスティッシュな関係へ引き裂かれることになる」(同誌、72頁)と言うのは正しい。しかし同氏が、「こうした事態を先進福祉国家は現に体験した」(同誌、68頁)と言うのは適切ではない。社会権、とりわけ社会保障権は、財源が必要なかぎりプロクラム規定的性格を免れることはできず、その点でこの権利は、諸権利の中で絶対的・物神的性格は一番弱いからである。ともあれ、民科内の法化批判論や、楜澤氏のような議論は、私にはむしろ共

同体志向のように感じられる。そして、やや議論を飛躍させれば、それはマルクスの考える人間の解放と法の死滅論(これは空想的社会主義であるが)にも繋がっていくのである。

(2)市民社会派と新福祉国家派の軌跡ソ連社会主義崩壊後、民科の議論は試行錯誤が続いたが、2000年頃から二

つの流れが比較的明確な形を取り始める(第1項で述べた戦略②と③に対応)。一つは、自由主義的・反権力主義的傾向であり、そのキーワードは、自己決定権や市民社会である。市民社会派と呼ぶことにしよう。他は、国家権力の民主的利用とでも言うべきか、キーワードは、公共性や新福祉国家である。新福祉国家派と呼ぼう。前者は社会主義志向とは反対の方向であるが、反権力主義という側面で見れば、伝統的左翼と連続する面はある。場合によっては市民社会

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的社会主義とでも言うべき空想的社会主義の傾向も帯びる。後者は、階級闘争は当面棚上げして権力による改良政策を志向するもので、いわば「より良い資本主義」を追求しているかにみえる。しかしその先に社会主義的展望を込めており、正統派左翼を継承していると言えるのは、こちらである。この二つの傾向は、既述のように、1983‒84年の市民法論争でも既に現れていた。「公共性」論を説く行政法学者や他の公法学者は、市民法論に冷淡であった。1980年代末の新現代法論争では、さらに明確に市民法路線と公共性路線が対抗したようにもみえ、両者は対立関係かそれとも補完関係かといった議論がなされていた。戒能通厚氏は、1994‒1996年の民科の企画「民主主義社会構築をめざす法戦略」の総括論文の中で、「市民法論」と「公共性分析論」を比較して、次のように述べている。「『公共性分析』論は、『市民法論』が主要な着目点とする『生活世界』(…)における『自己決定』を基軸にした主張を『権力の不在』を前提としているといった趣旨から批判し、逆に公権力の積極的な『改造』と『利用』とに展望を見いだそうとするのに対し、『市民法論』の立場からは、公権力の『生活世界』への介入が市民の自律性を疎外させるといった観点が強調され、市民の自発的合意形成の多様な積み重ねに展望を見出そうとする趣旨の反批判がなされた」(「民主主義社会構築をめざす法戦略」、『法の科学』26号、1997年、117頁)。しかし、両者は現象的には対立している面もあるが、誤解による点もあり、両者は、むしろ「補完関係」にあると、戒能氏は述べている。しかしその後、両者の対抗は、市民社会論と新福祉国家論の対抗として継承され、その矛盾はやや拡大していくことになる。社会主義崩壊と日本のバブル経済が破綻した後の1990年代以降には、体制側の新自由主義的改革の遂行に対して、対抗戦略が模索された。1990年代には、市民法路線は、自己決定権論や市民社会論、さらに1998年にNPO法が成立すると、NPOについて論じることが増える。他方で公共性論は、なぜか姿を消していったかのようである。紙野健二氏は、

室井力氏への追悼文の中で、「80年代から90年代前半まで論じられた行政の公共性論は、91年の公法学会のテーマとしても取り上げられ、いわば市民権を

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獲得する」が、その後「原理論的究明であれ、実証作業であれ、その後の自覚的な行政の公共性論の展開には一部を除いてみるべきものは乏しい…」と言う(「室井力先生の『領域論』と『公共性論』」、『法の科学』38号、2007年、177頁)。室井氏の公共性論に対する位置づけにも、変化が見られるようだ。既述のように(本稿第2編第2章第2節第3項)、室井氏の公共性論は、新自由主義の下で行政の公共的機能が縮減されていくのに対抗して生み出された理論であるという理解が民科内部にあった(そのような見方への反論もあった)。私も、そのような見方に同意していた。しかしそれは、間違っていたようである。その後、むしろ正反対の理解が民科内部で示されている。つまり室井説は、当時の行政の肥大化を前提として成り立つ議論であって、新自由主義の台頭によってその前提条件は失われたと言うのである(白藤博行「『司法制度改革と実定法学』の趣旨説明に代えて」、『法の科学』41号、2010年、13‒14頁)。白藤氏は、それほど明瞭にそのように断言しているわけではないが、私はそのように理解した。つまり大きな政府の時代には、それなりに豊かな財政の下で、利益配分を要求し実現することが可能であったが、今やそれが不可能になったという理解である。公共性論の衰退は、そのように理解した方が辻褄が合いそうに思う。室井説が生まれた1980年頃は、まだ新自由主義的改革は本格化しておらず、大きな政府の全盛時代であったから、この点からもそう言えそうだ。

1990年代後半からは、民科の「公共性」概念は、違った意味で用いられるようになったと思う。「市民的公共性」、「公共圏」といった言葉は、そのことを示している。つまり行政の機能についてその公共性を問題にするのではなく、主として、市民団体による公共的な活動の場を示すために、公共性という言葉が使われるようになっていくのである(『法の科学』26号、1997年の吉田克己論文、水口憲人論文など)。この場合の公共性論は、先の室井氏に始まる行政の公共性論とは異なり、市民社会論の一部である。行政法学者の提起した公共性論は、市民社会論者のそれに取って代わられたかの感がある。「公共性」概念のこのような意味転換が生じた客観的背景には、先にみたような新自由主義的な「小さな政府」志向の時代への転換があるが、民科内の主

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観的立場としては、パターナリズムに対する警戒がありそうだ。行政の公共性の活用による福祉の充実は、権力への統合を強めるといった警戒感である。パターナリズム批判は、民科と新自由主義の共通する点であるが、後者が、パターナリズムの下では、モラル・ハザードが生じ、狡い生き方や怠け者を生むと批判するのに対して、前者は、受動的で、権力に従順な人間を生むと言う。両者の評価には微妙な差があるが、人間がやる気をなくし、消極化するとみる点では一致している。さて行政法学者による公共性論の後継理論とでもいうべきものが、新福祉国

家論である。これは、講座『現代日本』グループが提唱するものであり、『法の科学』誌でもしばしば引用されている。このグループは、大部分が法学者以外であり、民科とは直接関係はないのであろうが、『法の科学』誌にもしばしば登場する渡辺治氏もこの講座の編者の一人である。両者は近い関係にあると同時に、対立もしている。市民社会派と新福祉国家派の対抗は、民科と講座『現代日本』グループの間の対抗とも言える。

(3)両派の相互批判市民社会派と新福祉国家派の間で、公然と論争が展開されたわけではない。

しかしこのような二つの流れが存在することは、民科内部でも明確に意識されている。市民社会派からみれば、新福祉国家派は古くさい伝統左翼で、ソ連・東欧の社会主義の崩壊から何も学んでいないようにみえたかもしれない。他方で、新福祉国家派からみれば、市民社会派は、ちょっぴりお洒落だが軽薄な流行追随派で、社会主義論からの転向者・脱落者にみえたことであろう。市民社会派による新福祉国家論への直截的な批判は、見当たらない。しかし、

繰り返しみてきたような、「市場でも国家でもなく市民社会を」といった主張や、既述の「福祉国家のディレンマ」といった見方のなかに、福祉国家論派に対する批判が込められている。また、しばしば触れてきたように、福祉国家のパターナリズムを問題視する議論も多い。私自身は、福祉国家のパターナリズム批判は、ほとんど問題とするに値しないと思っている。そして、民科のパター

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ナリズム批判は、社会主義崩壊の後遺症ではないかと思ってきた。社会主義諸国では、人民の最低限の生活保障を一応実現していたが、その代償として人民を抑圧・支配していた。パターナリズム批判は、そのように人民を保護もするが完全に支配する社会主義下の現象の否定的教訓から、権力による保護に対して過剰に反応しているのではないかと考えていたのである。しかし、必ずしもそうではなく、楜澤氏の場合は違うようである。同氏は、

福祉国家が権利・法による所得再分配で連帯を実現しようとしたが、権利の本来的性格から連帯の実現は裏切られると述べている。ここでは、既述のように、パターナリズムとは別の論点が関わっているのではあるが、ともかく楜澤氏は、「こうした事態を先進福祉国家は現に体験した…」と述べている(「友愛原理と法社会学」、『法社会学』50号、1998年、66、68頁)。このような観点からの、福祉国家への懐疑である。しかし西欧諸国では、本当に福祉が連帯の実現を裏切るといった問題が生じているのであろうか。私には、わがままな知識人の自己満足的な発想としか思えない。あるいは、「連帯を裏切る」というのは、労働者が福祉国家の恩恵によって丸め込まれ、その「階級的連帯を裏切る」といった古典的な意味かとも思ったが、楜澤氏がそのようなことを考えているとは思われない。既述のように、権利・法の物神化による疎外といった問題は、むしろ私などが重視する論点(法化批判)であるが、それは福祉国家そのものとは全く関係がない。他方で、新福祉国家派による市民社会派批判は、より明確な形で存在する。渡辺治氏は、ソ連・東欧の社会主義の崩壊後、「マルクス主義的知識人内で大量の転向と〈市民の論理〉への回帰現象」、あるいは「〈階級の論理〉から〈市民の論理〉への雪崩現象」が生じていると述べている(「階級の論理と市民の論理」、講座世界史12『わたくし達の時代』、1996年、399、400頁)。これは、マルクス主義的左翼一般について語ったものであるが、当然民科内の市民社会論者にも当てはまり、渡辺氏も、そのことを意識しつつ書いたものと思われる。渡辺氏によれば、日本社会の後進性・前近代性のため、戦前から戦後の一時

期までは、「市民の論理」と「階級の論理」は、いわば共通の目標を追い続け

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ていたという。しかし渡辺氏は、両者の論理が「手を携えて安保闘争[1960年]を闘っている背後で、二つの論理の乖離をもたらすような変化が進行していた」と言う。それは、「戦後日本の高度成長の下での市民社会の成立」である。高度成長下で独特の企業社会が形成され、それが、「極めて特殊な形で日本の大衆社会的統合=市民社会化を確立させた」と言うのである(前掲論文、『わたくし達の時代』所収、420頁)。日本に既に市民社会が成立したとすれば、「階級の論理」派は、階級の論理を純化させ、社会主義的変革を目指すべきだということになるはずである。しかし「階級の論理」派は、依然として「市民の論理」を表面に掲げ続けていた。渡辺氏が、「〈市民の論理〉の貫徹の先にある社会主義の構想については理論的にも運動内でも必ずしも十分彫琢されてこなかった」と述べている(前掲論文、『わたくし達の時代』所収、428頁)のは、そのあたりのことを意味しているのであろうか。しかし渡辺氏自身も、それまでも、またその後も、社会主義の構想については明確には語っていないのではないだろうか。ともかく渡辺氏が、そこに日本の社会主義運動の弱点があり、「九〇年代に入っての雪崩のような転向と〈市民の論理〉への屈服は、こうした弱点が露呈した故であった」と述べている(同所)。このような見方は正しいが、正に私が主張してきたことでもある。結局、講

座派的なわが国のマルクス主義は、「階級の論理」と「市民の論理」を無理に結びつけ、逆方向に走る二兎を追いかけていたが、ソ連・東欧の社会主義の崩壊により、「階級の論理」が信頼を失い、「市民の論理」だけが残り、それがいっそう純化されていったのである。しかも「階級の論理」と切り離された「市民の論理」は、新自由主義的な市民の論理と共通性が多く、それに足をすくわれていくのである。渡辺氏は、21世紀を迎えて、日本社会の「改革をめざす運動」としては次の三つがあるとしている(数字は森下)。「①企業社会の〈周辺〉連合によって担われている〈階級の論理〉の第二系列、②また同じく企業社会に組み込まれない女性や障害者、エコロジストなどを担い手とする左派市民運動と、③大企

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業の正社員層を中心的担い手とする右派〈市民の論理〉との大きくいって二つの潮流が、対立・拮抗しているといえよう」。つまり階級派、左派市民運動(新社会運動)、右派市民派の三つの潮流があり、前二者が連合し、第三の潮流と対立しているというのである。これは、先にみた市民社会派の区分とは異なっているが、ある程度対応している。このうち①の表現は分かりにくいが、文脈からすれば共産党などの勢力を指

すのであろう(渡辺氏は、社会民主主義勢力を第二系列と呼んでいるから、ここのそれは「第一系列」の間違いであろうか)。②は、いきなり出てきて違和感があるが、藤田教授などが、新社会運動と呼んでいるものに相当しよう。①と②は共闘するという(「階級の論理と市民の論理」、講座世界史12『わたくし達の時代』、1996年、429頁)。「雪崩をうって市民の論理」へ移行したという人々は、どれに該当するのか、民科の市民社会論者達はどうなるのであろうか。「左派市民運動」に入るのであろうか。③は、新自由主義的な潮流を指すが、それも「改革」派と位置づけられていることが、興味深い。抵抗勢力と対抗して、マルクス主義派と新自由主義派が、同じ改革派として位置づけられているような図式である。繰り返すように、左翼と新自由主義が競合関係にあることを示す構図である。晴山一穂氏についても、一言。同氏は、「行政の公共性」論を継承する立場

のようで、市民社会派と異なり、国家の役割を重視している。同氏は、「国家論からいえば、国家は支配階級の利益を擁護するための抑圧手段という性格を免れることはできない」と言う。しかし同時に国家は、「国民の権利と福祉の実現という公共的役割」を担っており、この国家機能の民主的拡充強化が必要だと主張する。晴山氏は、それに対しては、「国家機能の肥大化やパターナリスティックな国家介入を警戒する立場から、国家機能の拡大には慎重であるべきであるとの批判が予想される」と言う。市民社会派を意識した言葉であろうが、それに対して、「人権保障に果たす国家の役割に対する根強い過小評価があるのではないか」と述べている(「新自由主義的国家再編と民主主義法学の課題」、『法の科学』35号、2005年、14‒16頁)。むしろ、市民社会派は、既述

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のように、かつて国家の役割を過大評価して社会主義に対する判断を誤ったために、その反動が今現れているのではないかと私は思う。

(4)両派の総合の試み今述べた民科系の二つの路線(市民社会路線と新福祉国家路線)の対立につ

いては、民科内部でも、それを統一・総合する試みが繰り返されている。とはいえ、言葉の上で表面的に統一しているだけで、統一の内在的論理が示されているとは言えない。

(a)土田・吉村・広渡氏の場合土田和博氏は、新自由主義への民主的対抗戦略には、国家に重心をおくもの

と市民社会を重視するものの二つがあるという。この場合、国家に重心をおく戦略としては、本間重紀氏の論文が引用され、市民主義的福祉国家と名付けられている。それは、平等、生存と統一された自由を提唱し、政府規制の改革と強化が重要であると指摘しているという。他方で市民社会を重視する構想としては、吉田克己氏と広渡清吾氏の論文が引用され、市民社会γによる国家と市場経済の制御や、自発的な結社関係が織り成す公共空間、公共圏での熟議を通じて国家の民主化と市場の制御を追求するといったことがその内容だという。次いで土田氏は、国家重視論として、講座『現代日本』グループの福祉国家のバージョンアップ論、市民社会重視論としては、イギリス労働党のハーストの「結社協同主義」などに検討を加えている(「新自由主義的構造改革に対抗する社会経済構想」、『法の科学』39号、2008年、9、10‒13頁)。土田氏は、「両対抗構想の関係は、おそらく排他的なものではなく、相互補

完的関係にあるのではないかと考えられる」と言う。市民社会から出発する対抗構想は、「市民社会による国家と市場の制御を通じて福祉国家を再編成することを目指していたのであって、国家を廃棄することではないと考えられ」ると言う。しかし、国家を廃棄することなどできるはずがなく、誰もそんなことは言わないであろう。ともかく土田氏によれば、他方で、「福祉国家のバー

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ジョンアップ構想は、…フェミニズムの主張の大幅な採用、経済全体のエコロジー的革新、パターナリズムからの脱却などを課題とするが、これらはアソシエーションや市民社会との協力の下で初めて可能になると考えられる…」という(土田前掲論文、『法の科学』39号、2008年、13頁)。こうして両者の主張は、両立しうると言うのである。吉村良一氏も、二つの対抗戦略の調和を図りたいようである。ただし、民科

の過去3年間の企画研究を総括した2003年の論文「『社会』変動と民主主義法学の課題」(『法の科学』33号)では、市民社会派に近い。そこでは対抗戦略として、二つの路線が整理されている。一つは、講座『現代日本』グループの「新福祉国家構想」である。吉村氏は、この構想について、新福祉国家の「新」の意味はどこにあるのか、市民の自立や市民社会論といった構想を重視せず、むしろ否定的に捉えている、「国家」の構想であって社会が欠落しているのではないかといった疑問を提起している。もう一つの路線は、「市場への回帰でも単なる福祉国家の拡張でもない、自由と連帯を同時に充足できる」道だという。ここでは市場の位置づけが重要であるが、吉村氏自身は、市場は、自由・自立・平等といった価値に基づく社会編成の基盤をなすが、本来的な限界と欠陥があり、市場の暴走の防止、公正な競争の維持、セーフティネットが必要と説いている(同誌、94‒95頁)。吉村氏はこの二つの路線の内、後者の立場をとっているが、前者(福祉国家)

との接点も模索している。そして後藤道夫氏の自由主義批判、近代主義批判を想起しつつ、「自由・自治と協同や連帯、平等といった価値は、矛盾するものではなく、相互補完的なものとなるのではないか」と述べている(吉村前掲論文、『法の科学』33号、96‒97頁)。その後吉村氏は、2006年の論文では、福祉国家論により前向きの姿勢を示

している。新自由主義的な再編によって社会的セーフティネットの空洞化現象が生じており、市場の凶暴性をコントロールし、人々の生活を支える制度やルールの再構築が重要な課題となっていると言う。そして、講座『現代日本』を注記しつつ、「この課題への一つのアプローチとして福祉国家の再建が主張

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されているが、グローバル化のもとでの国民国家の役割の限界、国家による支援が持ちがちなパターナリズムの危険性に鑑みれば、それに加えて、市民の…自主的な活動とそれによって作り出される公共圏、そこで実現される公共性(…)による市場のコントロール、市民の自立と自己決定の支援も重要となる」と指摘している(「『新しい公共圏』と私法理論」、『法の科学』37号、2006年、32頁)。広渡清吾氏も、市民社会論と福祉国家論を、前者を基軸にして総合しようと

しているようにみえる。広渡氏はまず、民科の従来からの「包括的社会としての市民社会論」と、「新市民社会論」(市民相互の交流の場で、政治と市場の制御を追求し、生活世界を防衛する)は、相互に排他的ではなく、補完しあって市民法論の展望をひらくと言う。次いで福祉国家論については、「福祉国家を解体させず、発展的な形態で再構築するためには、新しい市民社会・新しい公共圏のなかに展開する市民の連帯と協働の力をその方向に汲み出さなければならない」(「グローバル化の時代における国家と市民社会の変容」、『法の科学』37号、2006年、65頁)と主張している。市民社会に基礎を置いた福祉国家ということのようであるが、具体的なことは分からない。かつての民科は、日本社会のトータルな把握を目指していた。しかし、市民

社会論も新福祉国家論も、そのような総合的認識に関わるものではなく、それぞれ異なるディメンジョンで部分問題を取り上げているだけである。したがって両者は矛盾せず、並存しうるとも言える。また一方で福祉国家の建設をめざしつつ、それがパターナリズムに陥らないように市民社会がコントロールするという程度であれば、両者は統合できるだろう。この場合は、福祉国家論中心の総合となろう。しかし肝心の両当事者は、自らの議論を部分問題とは考えず、総合的認識に関わるものだと考えているから、両者を統合する内在的論理はない。市民社会論者は、新福祉国家論をパターナリズムとして危険視し、新福祉国家論者は、市民社会論を体制変革の拒否として批判する。両派を統合することは難しそうだ。

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(b)藤田教授による総合藤田教授もまた、先の二つの路線を統合しようとしているが、しかも明確に

社会主義路線によってそれを行おうとしている。『法の科学』誌29号(2000年)の同教授の巻頭言「『社会科学としての法律学』以前」が、それである。前に、エレン・ウッドが、旧マルクス主義が資本主義批判から撤退して「市民社会崇拝」に陥っているという趣旨の批判を行っていることに言及した。藤田教授は、このような批判に留意すべき点があるとしつつも、「わが民科の現代市民社会論についてはあてはまらない」と言う。その例として、吉田克己氏の「市民社会γ」論を引用しつつ、「そこでは新自由主義批判が基調となっている」ことを指摘している(同誌、5頁)。そして同教授は、平和、環境、原発、外国人、ジェンダーなどの諸問題をめぐる「新社会運動」(市民運動)を、現代市民社会論の中に組み込もうとする。これら市民運動が内包する「普遍的性格の価値の真の実現が資本主義とは本来的に相容れない性格をもつかぎり」、それは労働運動や社会主義運動と接点をもつと藤田教授は考えるのである。そして、やや長いが、次のように言う。「この運動[新社会運動]が『市民社会を構成する』(オッフェ)志向を内在させている点に留意しながら、これに、現代資本主義がその『生産物』として現代『市民社会』を生産している面(ウッド)、そこでの社会的・政治的権力の構造・性格や諸階級の新たな存在様式の分析を重ね合わせることによって、この運動の分析は、資本主義社会のオールタナティブ(社会主義)の探求に接続してゆくであろう。後者の点では、このオールタナティブへの接近過程の構想として新福祉国家構想を提示する中で『市場を社会に埋め戻す』という展望が提言されているが(渡辺治・後藤道夫編『現代日本』、四巻、四九六頁)、そこでの『社会』を『再構築される市民社会』と読むとすれば、日本社会の民主主義的変革の観点から市民社会を論ずる民科の議論はこれに通じている。後者で含意されているオールタナティブへの結集の戦略的焦点は『民主主義的変革』であって、規範的市民社会論はこれに包括されるものとなっている」(「『社会科学としての法律学』以前」、『法の科学』29号、2000年、7頁)。

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ここではすべてが包括統合されているが、一体民科の会員は、この文章を明確に理解できるのであろうか。ここでは、民科の二つの流れである市民社会論と新福祉国家論が、民主主義的変革路線の下に強引に結びつけられ、さらにそれが社会主義的展望に繋がっていくという好都合なことになっている。しかしそれらを繋ぐ論理は欠如していたり、恣意的であったりする。藤田教授の文章はしばしばそう(論理の欠如、恣意性)なのであるが、抽象的であるために、読者は厳密に読解することを諦めたり、適当に理解した気分になって満足しているのではないだろうか。教授も、新社会運動が直接社会主義運動に繋がっていくとは言えないらしく、新社会運動の「分析」が、社会主義の「探求」に接続していくだろうという言い方をしている。これも不思議な表現である。新社会運動そのものではなく、それを研究(分析)した人が、社会主義を探求するだろうと予想していることになる。「市場を社会に埋め戻す」という表現は、ポランニーのものだが、藤田教授は、ここでの「社会」を、強引に「再構築される市民社会」と読み込んでいる(新福祉国家論者は、市民社会論には否定的であるにもかかわらず)。細部にこだわれば、このポランニーの考え方は、マルクスとは異なる。マルクスによれば、市場は共同体間の隙間に発生して、共同体内部に進行し、それを解体するものである。社会主義は、この市場関係を共同体外に追放して共同体を回復するのであって、「社会に埋め戻す」のではない。ポランニーの場合は、社会から自立して自己調整的機能をもつに至った市場の自立性を奪うといったイメージであるが、民科の考え方と結び合わせれば、市民社会γで市場をコントロールするということを意味するのであろうか。しかし国家権力はある程度市場をコントロールできるが、か弱い市民社会γでは無理である。藤田教授のここでの議論には、そもそも労働者階級の話が正面に出てこな

い。社会主義運動の担い手の本隊は労働者階級以外ではありえないが、今や社会主義運動は市民運動に頼るしかなくなっているようである。しかし、労働運動抜きの社会主義運動と言うのは背理である。藤田教授においてさえ、その社会主義論は空洞化しているのである。それに、自由主義化した今日の民科では、

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「民主主義的変革」という言葉自体、もはやあまり用いられていないのではないだろうか。

(5)その後の民科本稿の最初(唯物史観論)の方で、私は、一つの社会体制の危機は、内部の

階級矛盾からではなく、外から来ると論じた。そして資本主義の危機は、環境問題など、「成長の限界」から来るだろうと述べた(「外から」というのとはやや異なるが)。また時代認識の問題として、民主主義法学者は、「成長の限界」の問題に無関心だということも指摘した。本稿は、2013年の比較法学会報告が基になっているが、その後2014年、2015年の『法の科学』誌(45号、46号)では、「持続可能な社会」や「社会の持続可能性」がテーマとして取り上げられている。まさか私の問題提起の影響ではないだろうと思ったが、時期から見てもそうであるはずはなく、2012年の東日本大震災・福島原発事故が契機になったようだ。私は、持続可能な社会のあり方の一つとして、まさに社会主義が有効性をもつと論じている(「法律嫌いの法律学、ソ連嫌いのソ連学、社会嫌いの社会科学」、『神戸法学雑誌』60巻3・4号、2011年、134‒138、142‒143頁)。民科の主張もそのようなものかと思ったが、しかし、全く異なっていた。そこで取り上げられているのは、持続可能な資本主義の話ばかりだからである。そのある論文では、過労死の問題など憲法第25条が活かされておらず、「このままでは、健全な労働力の再生産それ自体が不可能となり、資本主義体制の存続、それ自体が危うくなるのではなかろうか」と、資本主義の未来を心配している(長谷河亜希子「TPP問題」、『法の科学』45号、116頁)。かつてであれば、資本主義の危機は喜ぶべきことであったのではないか。しかし今や、民科の関心は、資本主義をいかにして持続させるかということにあるのであろうか。また、やや揚げ足取りになるかもしれないが、『法の科学』誌のこれら最新号では、日本が既に民主主義社会であることを前提にしたかのような記述もある。「『デモクラティック・ステイツ』の『ステイツ・オブ・デモクラシー』が

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問題だと言われるように、こうした民主主義の劣化ともいえる事態は、日本の特殊性があるとはいえ、日本にとどまらないグローバルな問題状況であるともいえる」(小松浩「社会の持続可能性と民主主義の課題」、『法の科学』46号、2015年、11頁」)。ここでは、日本が「デモクラティック・ステイツ」であることを、ともかく認めているようである。「本論文は、…地方自治において『よりよい民主主義』を実現するための単位をめぐる問題を中心に考察するものである」(三浦大介「地方自治と民主主義」、『法の科学』46号、2015年、26頁)。ここでは「よりよい民主主義」が目標とされているから、これまでの日本は、ともかく民主主義ではあったのである。日本社会の民主主義革命を放棄し、資本主義の持続可能性を追究するのであ

れば、民科は民科外の研究者と共通の土俵の上で議論することが可能となる。そのためか、これら最新の『法の科学』誌では、民科以外と思われる研究者の引用が目立ってきたように思う。それはいいことだと思うが、民科の独自性が希薄化しつつある現状を、物語っているように思われる。最新の論文の中で、多少気になった二つの論文についてだけ、コメントした

い。一つは、三宅裕一郎氏の「持続可能な社会に向けた『平和の構想』」(『法の科学』45号、2014年)である。そこで語られている平和教育の重要性や「平和への権利」論について、異論があるわけではない。しかし日本人やその政府でさえ、世界の好戦的な国々やグループに比べれば、はるかに平和的である。平和を説くのなら、まず世界にかなり存在している戦争好きの国々・グループに説いて欲しい。それから、戦争が起こるには、必ずその原因がある。その原因を放置すれば、いかに平和を説いてもほとんど無意味であり、戦争は起こる時には起こる。社会科学者の課題は、平和の重要性を一般的に説くことよりも、戦争が起きる原因を究明し、その原因を取り除く方法を考えることである。気になったもう一つの論文は、伊藤恭彦氏の「資本のコスモポリタン化をめぐる二つの世界構想」(『法の科学』46号、2015年)である。この論文は、最近の民科では珍しく、さほど必要でもない箇所でマルクスの名が所々出てく

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る。伊藤氏は、資本のコスモポリタン化という状況の下で、二つの世界構想が提示されていると言う。新自由主義とグローバル・ジャスティスがそれである。同氏は後者の立場に立ち、市民の国際連帯を説くために、世界の市民のつながりを次のような説明する。先進国の我々は、安価な衣類を購入することがあるが、それは途上国の「労働搾取工場」で生産されたものかもしれない。それを購入することは搾取に荷担することになる、と著者は言いたいようである(同誌、71頁)。資本主義は労働者を搾取し、そのことによって労働者をも豊かにしうるとい

う魔術的性格をもっている。アダム・スミスの見えざる手の例えもそうであるが、それは個々の否定的現象の累積によって、大いなる善が実現できる仕組みをもっているようである。伊藤氏は、中国・インドの経済成長によって貧困者は世界的には減少したが、なお10億人いると述べている。50年前であれば、世界の貧困層は、世界人口の半分を超えていたのではないか。中国・インドを初め、多くの途上国が貧困から抜け出すことができた、あるいは抜け出しつあるのは、搾取を伴う資本主義の発展によってである。とりわけ近年の新自由主義的なグローバリズムの結果、中国、インド、東南アジアの国々、一部のアフリカの諸国が、飛躍的に発展してきた。我々は中国製品を買うことによって、中国人労働者の搾取に荷担し、その結果中国が貧困国から脱出することにも荷担し、さらには中国の帝国主義化にも荷担しているのである。さて伊藤氏は、グローバル・ジャスティスの具体例として、フランスなどい

くつかの国が、航空券税を徴収し、それをサハラ砂漠以南の感染症対策に使っているといった事実を指摘している(伊藤前掲論文、『法の科学』46号、2015年、72頁)。それはいいことであるし、そのような方法を拡大すべきであろう。そしてそれは、「搾取」と両立する。グローバル経済によって世界の貧困を大いに減少させ、なお取り残されている部分については、グローバル・ジャスティスで改善を図る。両者は、分業し、補足し合っているのではないだろうか。伊藤氏は、搾取を云々するものだから、搾取の廃止=世界社会主義(ただし

社会主義は、価値法則による制約のない無限の搾取国家になり易い)でも説く

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のかと思えば、そうではなかった。グローバル社会主義ではなく、よりよいグローバルな資本主義を目指しているかのようであり、またそれ以外にないのであろう。

終章 マルクス主義法学の終焉と民主主義法学の敗北

第1節 マルクス主義法学の終焉(結論)本稿は、マルクス主義法学について、その理論的内容が誤っていること、そ

してその誤りが歴史によって証明されたこと、さらにはマルクス主義法学を展開するマルクス主義法学者が事実上存在しなくなったことの三つの理由で、それが終焉したと結論する。唯物史観の理解を含むマルクス主義法学の理論的誤りについては、本稿第1

編で論じた。特にその第3章で、マルクス主義法学の方法論、歴史認識、人権論、権力論、所有論、労働法論、社会保障法論を全体的に批判した。その誤りの歴史による証明とは、何よりも明らかなのは、マルクス主義法学者が支持してきたソ連・東欧諸国の社会主義が崩壊したことである。そのことの総括もほとんどのマルクス主義法学者は怠っており、数少ない総括例も、根本的に誤っている。そのことについては別稿で詳細に論じた(「歴史に裁かれたわが国の社会主義法研究(上)(中)(下)」、『神戸法学雑誌』59巻3号、4号、60巻1号、2009年、2010年)。資本主義分析においても、資本主義の全般的危機論、社会主義への移行期論など基本的に誤った議論を展開し、福祉国家に反対するなど実践的にも根本的な誤りを犯した。以上は、本稿前半の第1編のテーマであった。しかしマルクス主義法学の終焉というテーマは、そこでは完結しない。「マルクス主義法学者が存在しなくなった」という第3の点は、本稿後半の第2編のテーマであった。ここで「マルクス主義」概念の形式的側面について、再度確認しておきたい。1976年の日本共産党第13回大会で、同党は、その依って立つ思想を「科学的社会主義」と統一的に表現することを規定し、それまで当然のように使われていた「マルクス・レーニン主義」等の固有名詞を冠した

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表現を用いることを止めた(『前衛』、1976年9月臨時増刊、114‒116頁)。マルクスやレーニン以降もその思想の発展はあるのであって、時代に制約された個人の名称に縛られるべきではないと考えたのであろう。さらにレーニンの思想については、その暴力革命中心の革命論やプロレタリア独裁論など、日本共産党の思想との間のズレが大きくなっていたため、レーニン主義を重荷に感じ、それとは距離をおきたいと考えたこともあるかもしれない。ただもちろん、あるべき社会主義思想という意味ではなく、マルクス個人の思想を示す時は、当然マルクス主義という表現は用いられよう。さらに一般的な用語法としては、マルクスに起源を有し、その影響を受けた思想を広くマルクス主義と呼ぶことはできよう。また、「科学的社会主義」思想の中核にマルクス主義があることも事実であるから、例えば、日本共産党をマルクス主義政党と呼ぶこともできよう。ともかく、日本共産党がマルクス主義概念を限定して以降、学問の世界でも、

マルクス主義経済学、マルクス主義法学といった表現はあまり用いられなくなる。この場合、経済学と法学では事情が異なる。マルクスは経済学の理論体系を創り上げていたから、マルクス経済学は存在する。それは、ケインズ経済学が存在するのと同じである。ただ宇野派が「マルクス経済学」と称していたのに対して、マルクス主義の主流派は「マルクス主義経済学」と称していた。宇野派は、マルクス経済学を学問として純化しようとしていたのに対して、マルクス「主義」経済学の場合は、そこ(「主義」)に一定の政治的立場、イデオロギーが含まれていた。ただ「主義」の語が、イデオロギーではなく、その社会科学の「方法論」を意味しているのであれば(マルクスの方法論に基づく経済学)、「マルクス主義経済学」という表現も許されよう。宇野派の場合、「マルクス経済学」と言っても、それはマルクス自身の経済学の記述の解説に留まるわけではなく、その修正や発展を(つまり、マルクスの方法に基づく経済学の展開を)含んでいた。法学の分野でも、例えば「川島法社会学」のように、個人名を冠した学問

体系は存在する。しかしマルクスは、法学については体系的記述を残しては

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いないから、「マルクス法学」なるものは存在しない。したがってマルクス理論、マルクスの方法論に基づく法学という意味で「マルクス主義法学」という表現が用いられてきた。そこにも、「マルクス主義経済学」という場合と同じく、イデオロギー的立場が含まれていたであろうが、そうでなくても、「マルクス法学」が存在しない以上、「マルクス主義法学」という以外にないであろう。日本共産党に倣って「マルクス」という個人名を使わないとすれば、例えば「科学的社会主義法学」とでも言うしかないが、これでは社会主義諸国を対象とした法学と誤解されそうである。ともあれ、1980年頃からは、マルクス主義法学(者)を自称する例はほとんどなくなる。しかしこのことは、マルクス主義法学者が存在しなくなったことを意味しない。「民主主義法学」が「隠れマルクス主義法学」として存続したからである。しかし仮面も長くつけていると、素顔も仮面に合うようになってくる。と言うよりもやはり、1990年前後のソ連・東欧の社会主義の崩壊により、マルクス主義法学は民主主義法学に融解していくことになる。そればかりではない。民主主義法学自体も、自由主義法学化していくのである。そのことは、本稿の第2編で詳しく論じた。ここで、改めてマルクス主義法学とは何かについて、その内容的な定義が必

要となる。マルクス主義は広範な内容をもつ思想体系であるが、本稿との関係に限定して、簡単に言えば、資本主義社会を、資本家階級が労働者階級を搾取・支配する社会と捉え、労働者階級の階級闘争と資本主義国家権力の革命的転覆によって、社会主義、さらには共産主義社会が実現されることを歴史法則と考え、その実現を図る思想である。マルクス主義法学は、このような認識と実践的立場によって、資本主義法の根底的な批判的研究を行い、社会主義的変革の必然性を論じ、また社会主義法の正当性の論証を行ってきた。先のマルクス主義の規定は、今日からみるとかなり過激な表現にみえるかもしれないが、かつてはマルクス主義の文献では、当然のように語られていたことである。今日ではもっと婉曲な表現が用いられることもあるが、本質的内容に変わりはない。今日の民主主義法学では、先に示したようなマルクス主義的立場が明言され

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ることは、基本的にない。そこでは現在の日本社会の多くの問題点が取り上げられ、その改革が説かれているが、それは資本主義体制そのものへの批判とはなっていない場合が多い。旧い言葉で言えば、「革命」ではなく、「改良主義」である。それも、社会主義を最終目標としない、永久の改良主義である。当然社会主義的な展望が語られることは、滅多にない。語られるとしても、申し訳程度に簡単に触れられるだけである。本稿でも取り上げた講座『現代日本』グループは、社会主義を最終目標としているが、それも事実上棚上げ状態であり、しかも彼等の多くは法学者ではなく、民科の会員でもないであろう。資本主義体制を根底的に否定し、その民主主義的変革を通して社会主義・共産主義の未来を展望するという立場から行われる法学研究はもはや存在していないのである。このようなことから私は、「マルクス主義法学は終焉した」と結論するのである。民科の個々の会員の中には、このような断定を認めないと言う人もいるであ

ろう。しかし、そのような人と覚しき人も、実際には理論的活動は放棄しているかのようにみえる。そのような人には、是非藤田勇教授(同教授は今日マルクス主義法学者と言い得る唯一の人であるが、残念ながら、もはや過去の人と言うしかない)の後を継いで、マルクス主義法学の理論的展開を試み、私の先の断言が誤りであることを証明して欲しい。私としては、論敵が登場することは喜びでもある。しかし、たとえ部分的であっても、それを行う勇気と能力をもつ人は、おそらくいないのではないだろうか。ところで21世紀の現在、(先進国の)資本主義は本当の危機を迎えている。しかしそれは、マルクス主義的な階級史観とは別の文脈においてであり、資本主義が「成長の限界」を迎えているからである。環境問題の視点から、あるいは産業の新分野の開拓の困難性(工業は既に産業の一部分を構成するにすぎず、経済成長のためには第三次産業の拡大が必要であるが、その可能性には疑問符が付く)のため、成長の時代は終わり、いわゆる定常社会への移行が必要になってこよう。しかし資本主義社会は、ゼロ成長では維持できない仕組みになっている。そして、定常社会化が可能なのは社会主義である。

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ソ連崩壊後、マルクス主義思想を放棄した人も多いであろう。私は社会主義者ではないが、「ソ連の崩壊にもかかわらず社会主義思想は死んではいない」と言い続けてきた(ただし「社会主義」と異なり、「共産主義」思想はユートピアと言うより「知的詐欺」である)。私は将来、社会主義が必要とされる時期かくる可能性は、ある程度あるのではないかと考えている(「法律嫌いの法律学、ソ連嫌いのソ連学、社会嫌いの社会科学」、『神戸法学雑誌』60巻3・4号、2011年、134‒138、142‒143頁)。将来そのような時期がくれば、新しい社会主義の思想とその担い手が生まれ

てくるであろう。その場合、現在の社会主義思想と社会主義を目指している集団は、まるで役に立たなくなる。日本共産党は、その結党(1922年)から1世紀を迎えようとしている。しかし、1世紀も続く革命党というのは、冗談のようである。しかるべき革命の条件があればしかるべき革命党が結成され、遅くとも30年以内には革命を成就するであろう。それ以上経っても成功しない場合は、失敗を認めて解散した方がよい。必要な時期が来れば、また新しい革命党が生まれるであろう。あまり適切な事例ではないが、1959年に、カストロやゲバラがキューバ革

命を成功させた時、キューバには、社会人民党という既成のマルクス・レーニン主義党が存在していた。しかしキューバ革命は、この政党とは全く無関係に実現されたのである。将来の社会主義運動も、現在のマルクス主義者、社会主義者、隠れマルクス主義の民主主義者とは全く無関係に、新しい思想と新しい人々によって展開されていくことなるであろう。

第2節 民主主義法学の敗北(1)改めて、なぜ「民主主義」か(a)なぜ「民主主義」法学か改めて「民主主義法学」とは何か。学問名の上に「民主主義」を冠する例は、

他にないであろう。「民主主義経済学」、「民主主義歴史学」などといった言い方は、基本的には存在しないであろう(戦後一時期は存在したはずであるが)。

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なぜ「民主主義法学」なるものは、存在し得たのであろうか。先に述べたように、「マルクス主義法学」という場合の「マルクス主義」は、思想的・イデオロギー的立場を意味するだけでなく、学問の一定の方法論的立場をも意味していた(前者なしの後者のみということもあり得た)。しかし「民主主義」は学問上の方法論ではないから、これは専ら思想的・イデオロギー的立場を意味している。学問(科学)とイデオロギーを結合することは学問を歪めることになるから、民主主義経済学などを名乗る人はいないのであろう。ところが、法学の場合、その中心は解釈法学であり、これは学問というより

も実践である。従って、一定の思想的立場からの法解釈というのはありうる。その意味では「民主主義法学」は、存在しうることになる。戦後の歴史を遡れば、1946年に民主主義科学者協会が設立され、雑誌『民主主義科学』が刊行されていた。当初は経済部会、哲学部会、自然科学部会等々、多くの部会があったから、「民主主義科学」の他、「民主主義経済学」、「民主主義歴史学」、「民主主義哲学」等の表現もあったのではないかと推測する。当時の文献を廃棄したため、正確には確認できないが、当時は自然科学においても党派性と科学性の統一が叫ばれ、ソ連のルイセンコやミチューリンなどが持ち上げられていた。「国民の科学」の名の下に、毛沢東時代の中国に似て、随分非科学的な学問と実践が展開されていた時期もある。その後、戦後の復興と近代化の過程で、多くの分野で、政治と学問は切り離

され、「民主主義○○学」は姿を消していった。しかし、実践的性格の強い法学分野でのみ、民主主義科学は残ったのである。とりわけ憲法第9条に見られるように、法と現実の間に大きな乖離があったため、民主主義の立場からの法解釈は、大いにその存在根拠をもっていた。それは、例えば「平和主義法学」であってもよかったかもしれないが、包括的な表現としては「民主主義」の語が最適だと思われたのであろう。ただ実際には、法律解釈に際して、「民主主義」が論点になることはほとんどない。選挙における「一票の格差」の問題などは、正に民主主義が論点となっているが、このような例は稀である。民科の文献に登場するような公害・薬害

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訴訟であれ、社会保障をめぐる訴訟、労働裁判、教科書裁判、一連の刑事裁判なども、「民主主義」とは、直接は関係がない。これらを包括しうる概念としては例えば「人権」があり、「人権法学」、「人権擁護法学」とでも言った方が適切だったかもしれない。しかし「人権」概念は、社会主義とは対立的である。社会主義と対立しない理念として(実際には鋭く矛盾するのであるが)、「民主主義」が選ばれたのであろう。さらに、「民主主義」概念が用いられたのは、次に見るような、日本共産党

の「民主主義革命」路線と深い関係にある。そして、必ずしも適切ではない民主主義概念が選ばれたために、民主主義概念自体が変容していったのではないか。既述のように、民科の文献では、本来それほど関係のない民主主義と平等原理を結びつけた議論が非常に多い。「民主主義」では、法律解釈の指導原理にならないために、平等原理を援用し、無理矢理それを民主主義と称してきたように思われる。

(b)日本共産党の民主主義革命路線の影響日本共産党は、当面の日本革命の課題を「民主主義革命」と規定している。戦後の日本共産党の綱領史から、この点を確認しておこう。戦後最初の綱領である1951年の「綱領―日本共産党の当面の要求」では、

当面する革命は、「民族解放民主革命」とされ、また暴力革命論が規定されていた(日本共産党中央委員会出版部『日本共産党綱領集』、1962年、98頁以下)。中国では、その少し前の1949年に中華人民共和国が建国されていたが、日本共産党の路線も、この中国革命に倣ったものであったろう。革命運動の主体は、「民族解放民主統一戦線」とされており、植民地解放運動のイメージに近い。

1960年には、81カ国の共産党・労働者党の会議がモスクワで開かれた。不破哲三氏によれば、その際ヨーロッパの諸党は、「民主主義革命など問題にならない」という態度で、「社会主義革命必至」論を主張したという。それに対して日本共産党の代表は、「発達した資本主義国でも民主主義革命の路線がありうることを主張」したという。結局共同声明では、社会主義革命路線を基調

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としつつ、「アメリカ帝国主義の政治的・経済的・軍事的支配下にあるヨーロッパ以外の発達した個々の資本主義国では、労働者階級と人民大衆の主要な打撃は、アメリカ帝国主義の支配ならびに民族の利益を売り渡している独占資本とその他の国内反動勢力にたいしてむけられている」という文言が入れられた。これは「真の独立と民主主義の達成をめざす革命」とされているが、不破氏は、それを一言で「民主主義革命」と称している(『新・日本共産党綱領を読む』、2004年、256‒258頁)。翌1961年に採択された日本共産党の綱領では、「日本の当面する革命は、ア

メリカ帝国主義と日本の独占資本の支配―二つの敵に反対するあたらしい民主主義革命、人民の民主主義革命である」とされている。この表現は、当時の東欧や中国の革命を連想させる。革命の実行部隊は「民族民主統一戦線」とされ、なお「民族」の語が使われているが、「解放」の語は落ちた。そして、この革命は「それ自体社会主義的変革への移行の基礎をきりひらく任務」をもち、「資本主義制度の全体的な廃止をめざす社会主義的変革に急速にひきつづき発展させなくてはならない」とされ、「独立と民主主義の任務を中心とする革命から連続的に社会主義革命に発展する必然性をもっている」と書かれている(前掲『日本共産党綱領集』、1962年、123頁以下)。ここでは民主主義革命と社会主義革命は、連続的に捉えられている。ソ連・東欧の社会主義崩壊後の1994年に改訂された日本共産党の綱領では、民主主義革命と社会主義的変革は連続的な展開とはみなされておらず、一定の段階的区分がなされている。そこでは、「日本の当面する革命は、アメリカ帝国主義と日本独占資本の支配に反対するあたらしい民主主義革命、人民の民主主義革命である」とされている。1961年段階とほとんど同じであるが、「敵」という言葉は使われなくなった。革命の担い手は、やはり「民族民主統一戦線」とされている。次いで、「独占資本主義段階にあるわが国の民主主義革命は、客観的に、それ自体が社会主義的変革への移行の基礎をきりひらくものとなる。党は、情勢と国民の要求におうじ、国民多数の支持のもとに、この革命を資本主義制度の全体的な廃止をめざす社会主義的変革に発展させるために、

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努力する」と規定されている(『前衛』、1994年9月臨時増刊、133頁以下)。ここでは社会主義的「変革」という言葉は用いられているが、社会主義「革命」という表現はない。民主主義革命後の政府は、革命によって打倒されるべきものではないからであろう。日本共産党の2004年採択の現綱領では、その第4節が「民主主義革命と民主

連合政府」、第5節が「社会主義・共産主義の社会をめざして」と題されており、綱領の編成形式の上でも、両者は分離して規定されている。前者の方は、「現在、日本社会が必要としている変革は、社会主義革命ではなく、…日本の真の独立の確保と政治・経済・社会の民主主義的な改革の実現を内容とする民主主義革命である」とされている。後者は、「日本の社会発展の次の段階では、資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革が課題となる」とされている(『前衛』、2004年4月臨時増刊、10頁以下)。1994年段階と比べても、二つの革命の段階的区分がいっそう際立ち、社会主義的変革の方は、将来の課題として、事実上棚上げされている感もなきにしもあらずである。なお、日本共産党の綱領を読むと、民主連合政府の樹立自体は民主主義革命

の出発点にすぎず、その後の民主主義的変革過程が民主主義革命ということになるようである。したがって、民科で語られていた「民主主義的変革」は、事実上「民主主義革命」を意味していたと思われる。西欧諸国では、民主主義革命というと、現在はまだフランス革命以前のよう

な封建社会なのかと、奇異に感じられるようである。日本においても、私などはピンと来ない。しかし、ともかく民主主義革命を主張するためには、日本の前近代性やアメリカの「半植民地」であるといった日本の遅れた側面を、ことさら強調する必要が生じる。それは、現在の民科にも見られる特徴である。そしてそのような見方は、戦前の日本資本主義論争時にまで遡るのである。

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(c)日本資本主義論争と宇野理論①講座派と労農派1920年代の後半から30年代にかけて、日本資本主義の歴史的位置づけや構

造的特質をめぐって、マルクス主義理論家の間で論争が展開された。それは、日本共産党に近い立場の講座派と、第二次大戦後の日本社会党の一部に繋がる労農派の間の論争であった。この論争について、日本共産党系の『社会科学総合辞典』(1992年)は、次のように説明している。講座派は、「日本資本主義における絶対主義的天皇制および寄生地主制の地位と役割を究明し、当時の日本革命のブルジョア民主主義的な性格を強調し、理論的に基礎づけようとした」。労農派は、「絶対主義的天皇制と寄生地主制の意義を無視ないし過小評価し、日本が独占資本主義国であるという一面だけを強調し、天皇制廃止の課題を避け、当時の日本革命の性格を社会主義革命であるとした」(同辞典、170頁)。講座派からみれば、当時の日本は、ヨーロッパ史とのアナロジーで言えば、ブルジョア革命前の絶対王制に相当するとみられていたが、労農派からみれば、明治維新はブルジョア革命であり、当時の日本は封建遺制を抱え込んだ資本主義社会とみなされていた、と言ってよいであろう。この両派のうち講座派の流れが戦後の主流派マルクス主義者によっても継承

され、先にみたように、当面の革命の課題は、彼等によって民主主義革命とされてきた。むしろそれがアプリオリに前提され、それを基礎づけるために、日本社会の前近代性やアメリカへの従属性が強調されることになる。民科のマルクス主義法学・民主主義法学も、この系譜の上にあると言ってよい。

②宇野理論による解決ところで、講座派・労農派の論争について、その双方を批判したのが、宇野

弘蔵氏であった。この点について、同氏が分かり易く説明している文章を、やや長いが次に引用する(原文は、改行なし)。「日本では戦前に資本主義論争というものがあったが、あれは、日本共産党がテーゼを出して、そしてそのテーゼを解説したのがいわゆる講座派で、日本

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資本主義を封建的、半封建的基礎に立つものとしたことからおこった。つまり、農村には旧来の小農がたくさん残りながら、そして、地主との間に封建的な慣行等を残しながら、都市では、高度の資本主義が発展しているというのは、なぜかという、こういうことが問題になった。そして、それは、さらに明治維新の問題として、明治維新がブルジョア革命を本当にやらなかったからだということになった。それに対して、労農派の方では、だんだんと『資本論』で説いているのと同じようになるんだといって反駁した。しかし、これはどっちもいけない。後進国が資本主義化するというのは、そ

れが資本主義のどの発展の段階で行われるかによって、いろいろ異なった影響を受けるという点を、十分に考慮しなかったために争いとなった。日本が資本主義化したのは、明治二十年代以後でしょう。あるいは明治維新以後といっていいかもしれないが、その時は、もうすでに資本主義は世界的に金融資本の時代に入りつつある時なんです。そういうときに、資本主義化するというと、すでに発達した方法と制度とを輸入してくるということになるので、資本の原始的蓄積をイギリスとは勿論のこと、ドイツとも異にするし、またそれと同時に、そう簡単に農村は、労農派が主張するように、プロレタリアートと資本家に分かれて、『資本論』で説くような資本家と労働者と土地所有者との三大階級に分かれてくるとはいえない。また逆に、講座派のように明治維新がブルジョア革命として徹底しなかったからだというのもおかしいんです。徹底しないブルジョア革命で、しかも資本主義になり得るようなそういう時代だったんです」(『社会科学としての経済学』、1969年、100‒101頁)。これはまことに卓見であって、ある経済学者によって100点満点の正解と評されたのもうなずける。宇野氏は、日本資本主義論争以外においても、歴史の見方について、似たような優れた見解を示している。アメリカでは、このような宇野理論を、ウォーラーステインの世界システム論の先駆けと評価する向きもあるという。そこで私は宇野氏の歴史の見方を「システム史観」と呼んでおり、本稿にも各所でそのような観点がちりばめられている(第1編第1章第1節第2項、第2編第2章第3節第3項など)。宇野氏は、「徹底しないブルジョア

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革命で資本主義になり得るような時代であった」と述べている。同じように私は、19世紀末以来の国際環境と「和魂洋才」的政策により、日本は徹底した市民革命なしに日本的近代化を達成したとか、民事訴訟が少なくても済むような日本的資本主義法が展開したと述べているのである。このような見方は正に正鵠を射ており、もっと日本の学界において常識化し

てしかるべきである。しかし残念ながら、私などまるで発信力が弱いこともあって、そうなっていない。反対に、講座派的な日本の後進性を強調する議論が、今なお多数派なのかもしれない。幸いにして本稿を読んでいただいた方には、大いに同調し、発言していただきたいものである。

③付:市橋・桐山氏に望むこと市橋克哉氏は、ウズベキスタンでの法整備支援活動を通して、正しい方法論

に少し近づいている。同氏は言う。「これまでの日本の比較行政法は、もっぱら先進欧米諸国において生成・進化・変化した行政法を受信する『ワン・ウエイの比較行政法』であった。受信することで、それらとの自らとの距離を測ったり、発展のあり方を測ったりしてきた。先進欧米諸国の行政法は、日本の行政法にとって、将来の改革へむけての『模範』でもあった」と言う(「行政法整備支援の『メタ理論』と比較行政法への示唆」、『比較法研究』72号、2010年、175頁)。このような視角が誤っていることは、私が強調してきたところである。また一般的にもそのような指摘は多く、民科内部でも似たような議論はあった。しかし民科の人達は、口先では単線史観を批判する場合であっても、本質的には、しつこく欧米中心史観に憑きまとわれたままである。しかし、市橋氏は、法整備支援の経験その他から、このような見方が見直し

を迫られていることを実感したようである。ただ、まだ不十分なものを強く感じる。欧米諸国中心の「単眼型」から、いわゆる移行国、中国、ロシアなどにも視野を広げた「複眼型」へと「進化する『パラダイム転換』が生じる可能性が示唆されている」(前掲論文、『比較法研究』72号、2010年、176頁)という客観主義的な書き方も気になる。市橋氏が参照している青木昌彦氏は、私も共

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鳴するところの多い経済学者である。青木氏は、資本主義のモデルは一つではなく、複数存在しうると主張しており、日本型システムもまたその一つのモデルを提供したと考えていた。市橋氏に期待するのは、このような見方を新興国よりも、まず以て日本に適用し、日本が欧米諸国より後れているという民科の岩盤のような固定観念を打ち破ることである。他方で、中国、ロシアのような国は、私は資本主義法の比較研究の対象にはならないと考えている。ロシアや中国は、資本主義法のモデルについて語る以前の段階だからである

(9)

。桐山孝信氏の民主主義論(これは桐山氏以外にも、民科内部で広く存在する

見方だと思うが)にも、興味深いところがある。同氏は、「民主主義は各国内の体制によって多様に存在するものであるから、その体制を尊重するためには

(9) 経済学的には中国は資本主義の一類型であるが、しかし法治国家でない中国は、資本主義法の一類型とはいえない。河合隼雄・加藤雅信『人間の心と法』(2003年)は、アメリカ、中国、日本の三国における法意識調査を行い、その結果を分析している。膨大な調査には敬意を表するが、法治国家でない中国の調査は、ほとんど当てにならない。例えば、「順法精神」の調査で、「法を破っても見つからないと思われるとき、法を守るのは、ときにバカげたことである」という設問(この設問自体、やや不適切だと思う)に対して、「そう思わない」、「どちらかといえばそう思わない」を合わせた数字は、中国、アメリカは非常に高く、日本はかなり低い(同書、98‒101頁)。米中の国民は遵法意識が高く、日本は低いという結論になっている。私は、中国人についてはもちろん、アメリカ人についても、この結果には疑問があり、「意識」よりも「行動」を調査すべきだと思う(困難ではあるが)。確かにアメリカ人の法意識は高いが、それは法的手段を活用することに長けているのであって、それは法を守る方向にも、それをすり抜ける方向にも使われる。例えば日本人歩行者は、車が来ないのに赤信号で立ち止まっていると、しばしば外国人に馬鹿にされる。多くのアメリカ人歩行者にとっては、安全か否かが行動基準だから、信号はあってもなくても同じようなものである。結果として、日本人の方が、歩行者の事故は少ないのではないかと推測するが、そのあたりを調査して欲しいものである。ひと頃「赤信号、みんなで渡れば恐くない」というギャグがはやった。これは、時として日本人の集団主義的行動を揶揄するものとしても使われていたが、私は、これは、アメリカ人がモデルで、アメリカの交差点を目撃して作られたギャグだと思っている。

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国内事項不干渉原則を強調すること」が必要だと言う。しかし、「世界各地での民主化の動きや社会主義諸国の崩壊が生じたため、西欧型民主主義が闊歩することになり、一定の枠にはめられた『民主主義』が国際民主主義実現の課題として設定され直すことになった」と、同氏は現状を否定的に捉えている(「国際民主主義の変容と創造」、『法の科学』31号、2001年、109‒110頁)。しかし西欧型民主主義以外にどのような民主主義が「各国内の体制によって

多様に存在する」のか、是非教えて欲しいものである(まさか社会主義的民主主義と答えるつもりではないであろう)。あるいはそのような例があるかもしれないが、そうだとすれば、日本もまたそのような多様に存在する民主主義の一つであると、なぜ民主主義法学者は考えないのであろうか。それとも日本は、西欧型民主主義の一翼を担っているとみなしているのであろうか。いずれにしろ桐山氏に期待するのは、各国に多様に民主主義が存在するという見方を、何よりもまず日本にも当てはめて欲しいということである。そうすれば、日本はかなりレベルの高い民主主義国家であり、個々の制度改革は無数に必要であるとしても、体制全体の「民主主義的変革」すなわち「民主主義革命」などは不要であるという結論になるのではないだろうか。

④付:現代ロシアについて本稿の趣旨からは多少外れるが、資本主義の多様性に関連して、現代ロシア

について付言したい。ロシアの体制転換に関連して、私を市場主義者と正反対の誤解をする人がいた。ソ連が市場経済化すればすべてがうまくいくと、私が考えていると誤解していたのである。しかし私は、それとは正反対の予想をしていた。ソ連が崩壊する直前の比較法学会報告の中で、私は将来のソ連を行方を、「帝政ロシア・ソ連の伝統を引きずった権威主義的で保護主義的な資本主義社会」と予想している(「ソ連における法制改革の現段階」、『比較法研究』53号、1991年、216頁)。当時私は同じような言葉を繰り返しているが、これはピッタリ当たっていたのではないか。先日、日本のある新聞が伝えるところでは、ロシアの親政権派のシンクタン

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クのシンポジウムで、主賓格のあるロシア正教の神父は、「ロシア史に登場した『強い君主制』と『社会主義』の『二つの伝統と理想の統合』を主張」したという(毎日新聞2015年12月20日)。ロシア史は、正に私が予想した方向に進んでいるのである。私が先のような予想をしていた当時、藤田教授は、なおもソ連が社会主義に踏み留まることを期待しつつ、そうでない場合は社会民主主義へ進むであろうと予想していたのである(拙稿「歴史に裁かれたわが国の社会主義法研究(下)」、『神戸法学雑誌』60巻1号、2010年、89‒90頁)。私は、明治維新後の日本が「和魂洋才」をスローガンとしたように、ロシア

もまたロシアの文化・精神に適合するような形で資本主義化を進めるべきだと当時主張した。しかしロシアは、およそロシア社会の体質と正反対とも言うべき、新自由主義的なアメリカ型市場経済を導入したのである。元々ソ連時代から、ロシアには、アメリカに対する密かな、そして大いなる憧憬があった。当時(1990年代)のアメリカ経済が極めて順調であったことは、そのことを加速した。当時のロシア経済を「支援」した IMFや、経済顧問としてロシア政府に協力したアメリカの経済学者には、大きな責任がある。結果としてロシア経済は混乱を極め、1998年の金融破綻に至るのである。当時アメリカや西欧諸国は、大国ロシアが弱体化することを望んでいたかのように、ロシアの苦境を冷笑し、ロシアに対して極めて冷淡であった。そのことの復讐を、その後欧米諸国は受けることになる。ロシアの市場経済

化に伴う混乱は、ロシア人の反西欧気分を高揚させた。プーチンは、最初はさほど反欧米だったわけではない。2001年のアメリカの9・11テロ後、チェチェン問題を抱えるプーチンは、「国際テロ」との闘いを名目に、アメリカと共同戦線を形成することも模索した。しかし2003‒2005年に、ウクライナなど旧ソ連諸国内で「カラー革命」が発生し、反ロシア的政権(とは必ずしも言えないものもあったが)が成立した際、背後でアメリカが内政干渉的にそれを支援していた。そのため、それを期にプーチンは反米の姿勢を明確にし、また親欧米的な国内のリベラル派への弾圧を強化したのである。これは、アメリカの対ロシア政策の大失敗であった。ロシアには、「ロ魂洋才」のロシア的近代化が必

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要だったのであり、欧米諸国はそれを支援すべきであった。

(d)民主主義法学の漂流①小森田氏の問題提起ソ連・東欧の社会主義体制が崩壊しつつあった1991年の民科学会のテーマについて報告した小森田秋夫氏は、「民主主義」が民科の価値的立脚点であることは「自明」であるが、そのことは「これが枕詞化し、内容的には風化してゆく危険を伴っている」と述べている。「なぜなら、今日、〈民主主義〉という価値原理を正面から攻撃する思想は(…)思想状況の正面に躍り出ているわけでは必ずしもなく、したがって〈民主主義〉は、それ自体としては現実を批判的にとらえ変革してゆくための十分な対抗原理とはなりえないからである」。小森田氏は、さらに、「ある者が『自由と民主主義』『民主主義と人権』を口にしているということ自体は、ほとんど何事も語っていないに等しいことが少なくない」と述べている(「学会のテーマに寄せて」、『法の科学』20号、1992年、38頁)。現在では、『自由と民主主義』、『民主主義と人権』といった言葉を使うこと

自体は何事も語っていないのではなく、それは一定のイデオロギー性を帯びているように感じられる。特に「民主主義」の語を多用する人は、民科のような社会主義志向者が少なくない。わが国の支配政党は自由民主党を名乗っているが、彼等が自由や民主主義、特に後者について語ることは少ない。それは、彼等が自由や民主主義を軽視しているからでもあろうが、そればかりではなく、わが国では「自由」、「民主主義」は既に空気のような存在になっており、わざわざそのような言葉を使う必要がないからである。「民主主義」という言葉を多用する人々は、そこに一定の特殊な意味を込めているわけである。ともかくこのような状況の下では、小森田氏が言うように、「民主主義」それ自体は、対抗原理としては不十分である。そこから小森田氏は、民主主義概念を自明のものとするのではなく、常なる問いかけが必要だと述べている。そしていくつかの提言を行い、その中で、自由主義・リベラリズムとの「対話(対

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決と共同)」の必要性を指摘している(前掲報告、『法の科学』20号、1992年、40頁)。この場合、自由主義・リベラリズムは、民主主義とは違った立脚点に立ちながら、「現代日本の問題状況に批判的に立ち向かおうとする思想的立場」とされている(同所)。その例として同氏は、井上達夫氏(同氏の思想的立場を私は正確には知らないが)の名を注記しているから、ここでの自由主義・リベラリズムには、新自由主義は含まれていないのかもしれない(同報告には「新自由主義」という言葉は出てこない)が、それをも含みうる立論のようにも見える。「現代日本の問題状況に批判的に立ち向かう」思想的立場というのは、当時においては自由主義一般ではなく、新自由主義の潮流だったからである。いずれにしろ小森田氏の指摘は、その後の民科の「リベラル化」の現実と呼応しているように思われる。同氏はまた、「社会民主主義」についても、再検討が必要と注記している。

そして社会民主主義を、共産主義と並ぶ「〈社会主義〉運動の一潮流として位置づけることが可能である」とも述べている。社会民主主義を「社会主義」運動に含めることはできないという議論もありうるが、「それは定義の問題である」と小森田氏は言う(前掲報告、『法の科学』20号、1992年、45頁)。それは「定義の問題」と言えなくもないが、しかしそれは「間違った定義」であると、かつてのマルクス主義者なら必ず言ったはずである。社会民主主義は、社会主義の一潮流ではなく、それを裏切った資本主義の一形態だからである。小森田氏は、社会主義の経験から、「市場を完全に排除した計画、私的所有

を完全に排除した社会的所有というように、単一の原理によって社会を組織しきることができるという発想への反省がおこなわれるようになってくると、〈共産主義〉と〈社会民主主義〉との関係をもう一度見直すことが必要になってくる」と述べている(前掲報告、『法の科学』20号、1992年、45頁)。こうして共産主義と社会民主主義の関係は相対化され、前者から後者への脱出の道が用意されてくる。しかし民科の大勢は、その道をも通り過ぎ(民主主義法学者で、事実上社会民主主義に近い人はかなりいると思うが、それを自称する者は、ごくわずかである)、あるいは別の道を通って、自由主義へ、さらには、

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部分的には新自由主義へと漂流している。ソ連・東欧の社会主義が崩壊する過程で、これらの国々は社会民主主義に転換するのではないかと、期待を込めて予想する人々も多かった。既述のように、藤田教授もそのような可能性について語っていた。しかし、社会主義を放棄すれば、一転して、他方の極に向かう可能性も高いのである。

②熟議民主主義論民科学会で民主主義について正面から論じられることが少ない中で、私の目

についたものとしては、木下智史・本秀紀の両氏の民主主義論がある(「民主的自己統治の可能性と民主主義理論」、法律時報増刊『改憲・改革と法』、2008年)。そこでは、熟議民主主義なるものが説かれている。熟議民主主義にもいろいろあるようであるが、両氏は、「我われの求める熟議民主主義の場は、包括的公共圏とそこに複層的に存在する多層的な対抗的公共圏の中に求められるべきであり、そこで行われる熟議は、『合意』に基づく統治の正統性を確保するものではなく、制度的民主主義を外から支え、時に対抗し、統御するものと位置づけられる」と述べている(同書、313頁)。この民主主義は、「統治の正統性を確保するものではなく」、制度的民主主義の外に存在するもののようであるから、やはり民主主義というよりは自由主義的な立場に近い。前にも述べたことがあるが、両氏は、未だ階級的視点を放棄してはいない。そして次のように言う。「〈所有/分配〉に関わる階級関係に諸個人が拘束される以上、経済的利害があらゆる事柄を直接的・一義的に規定するわけではないとしても、個人の選好が無限に変化することはない。したがって、熟議民主主義が目標とする決定におけるコンセンサス形成についても、非現実的な想定であると考えざるをえない」(木下・本前掲論文、法律時報増刊『改憲・改革と法』、312頁)。階級対立は非和解的であるから、全国民的なコンセンサスは成立するはずがないと言うのである。ところが、この論文の最後の部分では、先の記述とは矛盾するようなことが

書かれている。両氏は、「熟議を通じてこそ、そこでの個々の争点が〈所有/

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分配〉関係に起因する解消不能な対立かどうかの『見極め』も可能になる」と言う。ここでの「〈所有/分配〉関係に起因する解消不能な対立」とは、階級関係に基づく対立のことである。そして結論の部分では、「絶えざる熟議と闘争の結果、『普通の市民』の間で解消不能な対立を抱える問題と判明するものは、現代社会では、実際には、意外と少ないこととなろう」と結ばれているのである(同書、313頁)。著者は一体何を言いたいのか、分からなくなってくる。階級的視点は重要だと言いたいのか、それともたいした問題ではないと言いたいのか。マルクス主義では、階級矛盾は解消不可能(社会主義革命によってのみ解決

可能)とされてきたが、両氏は、そのような矛盾は少ないというのである。民主主義法学者の主張としては、これは不思議な言い分である。労働(力)市場の自由化など労働問題はすべて直接階級関係に関わる問題であるが、そうでなくても、かつてのマルクス主義者は、あらゆる社会問題を階級関係に還元していた。それは間違ってはいるが、経済問題の多くは、やはり階級関係に関わる(ちなみに、私自身は、資本主義の基本矛盾は階級関係ではなく、市場による人間の支配にあると考えていることは既述のとおりであるが、そのことは今は触れない)。また階級関係とは関わりのない人間社会の本来の共同性に関わるような基本問題(ネーション、家族や男女関係、宗教)から生じる諸矛盾についても、解決不可能に近いものは多い。さらに、われわれが常に直面している平和と戦争の問題についても、コンセンサスの成立は容易ではない。しかし矛盾の「解消」は不可能でも、「妥協」は成立しうるから、民主主義とは、熟議と妥協の技術だとは言えそうである。しかし木下・本氏は、そのようなことを言いたいわけではないであろう。いずれにしろ、木下・本氏の熟議民主主義論では、階級矛盾の解消、すなわ

ち、民主主義的変革を経て社会主義へと至る革命の課題は、完全に棚上げされている。ただ、既述の「解消不可能な対立は意外と少ない」(それが論文の結びの言葉となっている)という趣旨の文章の前に、わざわざ「『普通の市民』の間で」と前置きされている。そこには、何か含みがありそうだ。「普通の市

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民とは違い、われわれ目覚めたエリートにとってはそうではない」とでも言いたいのであろうか。民主主義とは、普通の民が政治の主人公となることである。熟議民主主義によって、普通の市民にとって解決できない問題は少ないのであれば、それで十分ではないか。それとも、解決可能な問題は熟議民主主義によって普通の市民が解決し、不可能な問題は我々が革命で解決しようといった続編があるのであろうか。未完成な論文というしかない。

③「民主主義」論の回避西谷敏氏と吉田克己氏は、『法の科学』誌の巻頭言で、似たようなことを語っ

ている。まず西谷氏は、2005年の『法の科学』誌の巻頭言で、次のように述べている。「民科法律部会の学会としての独自性は、法現象の全体像の把握という広い関心をもつ研究者が、個別法分野を越えて共同の研究活動を展開するところにある。その際、『民主主義』の確立が共通の関心となっているが、『民主主義』の意味は多様であり、私はその内容は緩やかに理解しておけばよいと考えている」(同誌、4頁)。元来民科の存在意義は、民主主義的変革という思想性にあったはずであり、しかもその民主主義は、「さしあたり民主主義」として、その先の社会主義をも展望するものであった。しかし今や、学際的・総合的研究の方が民科の主たる存在意義となり、しかもそれを結びつける「民主主義」概念は明確でない、といった状態になっているようである。吉田氏は、2011年の『法の科学』誌の巻頭言で、次のように語っている。

同氏によれば、「現代法の総体的把握は、民科の理論活動を通底する問題意識」であり、新旧の現代法論やその後の学会企画にも踏襲されているという。「この問題意識は、現在の日本の実定法学理論には一般に稀薄であり、民科の誇るべき伝統といってよい」と言うのである。そこで吉田氏は、西欧諸国(特にフランス)の「現代法の総体的把握」の試みを紹介している。しかし、そこには、吉田論文でみる限り、「民主主義」等の指導的概念は登場していない。どのような視点からの「現代法の総体的把握」なのか、はっきりしないのである(私は批判しているわけではなく、反対にその方がよいと考えている)。民科の名

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称を、「現代法の総合研究学会」と改めた方がいいと考えているかのような議論になっている。

(2)「日本は既に民主国家」論(a)序論かつて民主主義法学者は、欧米先進諸国を国家独占資本主義、帝国主義とし

て批判し、それら諸国を民主主義国家とは認めていなかった。では何か、と言えば、例えば「ブルジョア独裁国家」とか、せいぜい「ブルジョア民主主義国家」と規定していた。藤田勇教授は、「現代的オートクラシー」などと名づけていた。しかしソ連・東欧の社会主義が崩壊した後は、既述のように、例えば「大衆的民主主義」といった言葉で、先進諸国が民主主義国家であることを、嫌々ながら認めていた。西欧型民主主義が普遍性を獲得していく過程で、それに異を唱える人もいたが(一時期の松井芳郎氏や、桐山孝信氏などの国際法学者)、彼等は民主主義概念の相対化を主張していたわけで、西欧型民主主義も民主主義の一つの形態であることは認めていたことになる。さらに、第2編第4章第1節の第2項「西欧は素晴らしい」や、第3項「より

良き資本主義を!」でみたように、最近の民科では西欧諸国を賛美する傾向が顕著であるから、それらを「非民主主義国家」とはみなしていないはずである。概して、現在の民科は、欧米諸国を民主主義国家と認めていると言ってよいのではないか。しかし、日本は違う、と言うのがその次の議論である。このことは、民科に根強い日本特殊論として、これまでも論じてきたことである。

(b)日本特殊論再説既述のように(第2編第2章第3節など)、民科の論者達は、西欧諸国と比べ

て日本社会が特殊であること、後進的であることを強調してきた。主としてその特殊性を変革することを、「民主主義的変革」と呼んできたのである。しかし、その「特殊性」を、明確に概念化してこなかったし、あるいはできなかったのかもしれない。ある場合は「後進性」、「前近代的」と表現されたり、「半

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封建的」などとも表現された。比較的多いのは、「市民」あるいは「市民社会」の語に関連づけ、しかも「○○の欠如」と言ったネガティブな規定(「市民社会」の欠如、市民革命の未経験、市民法の理念の未確立等)であった。ここで、日本の現状についての民科の比較的最近の認識を、若干追加してお

く。川角由和氏と神戸秀彦氏によれば、民主主義法学は、「身分から契約へ」という価値基準の歴史的意義と限界を視野に入れ、「わが国の現状―なかでも特殊日本的な諸々の『社会的構成体』および『経済的力関係』のうちに根強く残存する半封建的諸要素や非合理主義的諸要素=『御都合主義』=「資本」や「企業」利益のための一方的・一面的な『合理主義』―を批判的発展的に打開・克服するために、その規範的意義(…)を、まがりなりにもたえず探求してきた、と言えよう」と述べている(「企業年金契約は『契約』か『制度』か?」、『法の科学』40号、2009年、73頁)。ここでは、「半封建的」という言葉が出てくる。渡辺洋三氏は、「戦後憲法の下で日本型市民社会が成立したが、二つの側面で特色がある」と述べ、「一つは、封建時代の名残りであり、かつ天皇制の負の遺産である伝統的な血縁・地縁集団(町内会その他)などの非市民社会的な集団が日本社会の末端を支えており、これが政党の基盤となっていることである」としている(『世界及び日本の情勢と民衆の視点』、1999年、70頁。もう一つは、先端企業集団という非市民社会的集団であり、それも、政党の基盤になっているという)。ついでに追加すれば、『法律時報』誌の巻頭言で、渡辺洋三氏は、行政改革について触れ、次のように述べている。「接待行政なるものは、さかのぼれば徳川時代の近世官僚制と町人(商人)との間の癒着体制に由来する古典的なものであり、この二〇〇年間、本質的には変わっていない。これだけ進歩のない国もめずらしい」(『法律時報』70巻3号、1998年、1頁)。ここでも、日本社会の封建的性格が指摘されている。渡辺洋三・長谷川正安両氏の『法律時報』誌の巻頭言をまとめた『〈戦後変

形期〉への警鐘』(2011年)の解題を書いた広渡清吾氏は、「巻頭言は、社会・政治現象の背後に、日本社会の後進性(日本社会の特殊性)をしばしば指摘している。それは戦前の天皇制的統治構造に育まれたものであり、それが克服さ

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れず、市民社会的、共和主義的な社会が十分に確立していない現状が問題として示される」と述べている。それに対して広渡氏は、「連続的に見える現象の背後に、それを新たなものとして再生産する条件やメカニズムの形成があるという視角も重要」と、ややこしいことを書いている(同書、286、288頁)。ともあれここでも、日本社会の「後進性」という言葉が使われている。「民主的変革」が民科の最大の課題であるのであれば、日本の現状を、「非民主的」、「反民主的」と規定すればよいと思うが、そのような例も、明確なものは意外に見当たらない。民科が、日本を「非民主主義社会」などと規定できないのは、二つの事情が考えられる。一つは、日本社会の様々な矛盾、問題点を、民主主義の視点から統一的に説明することはできないからである。現在の日本において政治の焦点となっている集団的自衛権、原子力発電、社会保障、消費税、デフレ対策、TPP問題、少子化等々の問題を、「民主化」の視点でまとめることなどできるはずがない。もう一つは、日本は既に、基本的に民主主義社会であるからである。民科理論のリベラル化、あるいは「脱民主主義」の傾向は、現実の世界で、日本が既に民主主義化を成し遂げたことの証と言えるかもしれない。近年は、民科周辺でも、そのような議論が出てきている。そのことをみる前に、一つ追加しよう。一つの社会の発展度を測る尺度として、経済的豊かさだけでなく、様々の要

因を考慮に入れた「幸福」度が近年は注目されている。しかし「幸福」感は極めて主観的であるから、客観的な基準にはなりにくい。天国の住人は退屈きわまりなく、おそらく幸福とは感じないのではないか。私は、客観的で、しかも単純明快な基準は、平均寿命だと思う。この点で日本女子は、世界一長寿であるし、男子は3位だが、日本より上位は、香港、アイスランドと言った人口の少ない地域・国である(2014年)。日本の平均寿命が長いからと言って、それは、延命治療などで、幸福とは言えない晩年を長期間過ごしているからでもないであろう。アメリカの研究チームの調査によれば、健康寿命の点でも、日本は、男女とも世界第1位である(産経新聞2015年8月28日)。

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(c)笹倉氏の「先進資本主義国=民主主義」説など民科では、以前から、国家には階級的機能と公共的機能の二つがあり、後者

を利用して民主化を図るという発想(二つの国家機能論)があったことは、何度か論じてきた。そしてソ連・東欧の社会主義崩壊後は、国家の階級的機能について語られることは少なくなり、公共的な機能がいっそう重視されるようになった。そのことは、現代国家が民主国家であることを認めていることを意味するのではないか。それは、前にも引用した1996年の笹倉秀夫氏の民科学会での総括報告にも表れている。笹倉氏は、次のように言う。「…その後、国家を階級支配の道具としての役

割とともに市民社会に関わる共同社会事務の受託機関としての役割をももつものと位置づけ、かつ現代国家は民主主義の発達によって人民の権利の擁護者として機能する可能性をも持つようにもなったとする見方が広がり、民科でも支持を受けるようになった」(「民科法律部会五〇年の理論的総括」、『法の科学』26号、1997年、11頁)。ここでは、現代国家では、民主主義が発達しているという認識が示されている。また「とくに現代においては、民主主義や基本的人権、公平な裁判、市民的な行政(行政の公益性・公共性)などが国家制度ないし原理として導入されている」(同誌、12‒13頁)とも述べている。これをみると、現代国家が民主主義国家であることを認めているようにみえる。笹倉氏の記述は、「高度に発達した資本主義国」一般について論じたもので

あるが、日本もその中に含まれているはずである。ただし、その後の方に、「新現代法論争では、現代日本社会のひどさが国内分析と国際比較を通じて明かにされ、批判点は鮮明になった」という文章もある(笹倉前掲論文、『法の科学』26号、1997年、21頁)。しかしこれは、日本が、先のような民主主義の発達した「高度に発達した資本主義国」に含まれないことを意味しているとは思われない。さもなければ、この論文は、日本における民科の法戦略を論じたものでありながら、大部分は外国のことを語っていたことになり、またそこでの法戦略も、日本には当てはまらないことになってしまうからである。先進資本主義国のなかでは、日本は劣った位置にあるといった認識であろう。

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ソ連・東欧の社会主義崩壊後、藤田教授が大衆社会的民主主義の成立について語り始めたことは前に述べた。広渡氏も、現代福祉国家は、「大衆民主主義」、あるいは「国民国家民主主義」なるものを前提に成立したものとみなしている。講座『現代日本』グループのように、現代民主主義を帝国主義の構成要素とみなすのではなく、帝国主義と民主主義の拮抗と妥協の側面を重視している。そして民主主義の規範によって資本主義に制約を課すべきことを主張するのである(「グローバリゼーションと日本国家」、『法の科学』27号、1998年、16頁)。ここでは、民主主義が既に存在しているという認識に立っているが、「国民国家民主主義」なるものがどのようなものなのか、いつどこで成立したというのか、明らかではない。日本は違うと言う趣旨かもしれない(そのようには書いてない)が、既述のように、同氏は、日本を社会(民主)主義であるかのようにも論じており、日本もこの国民国家民主主義に含めているのではないだろうか。

(d)渡辺治氏の「日本=民主国家」論渡辺治氏は、1983年の論文で、当時既に日本は近代化、民主化を成し遂げていたとする認識を示していた。「戦後日本における帝国主義的社会関係の成熟の過程は、実は同時に、日本社会の『市民社会』化が進み国民の中に民主主義意識・市民的権利意識が定着する過程でもあった。…七〇年代というのは、このような、社会関係の市民社会化と帝国主義化が雁行し、それに対応して、支配層が支配の形態とイデオロギーの中心に議会制民主主義をすえるに至った時代であった、と思われる」(「一九八〇年代日本の国家体制・その方向」、『法の科学』11号、1983年、10頁)。帝国主義化は別にして、市民社会化、民主化(直接、「民主化」の語は使っていないが)の指摘は正しい。渡辺治氏は、1988年の論文でも、次のように論じている。「一九五〇年代中

葉から六〇年代にかけて、日本社会は、経済的にも政治的にも大きく変貌した。対米従属の下での日本資本主義の急成長によって、戦後改革をへてなお残存していた前近代的社会関係は、ほぼ消滅し」、それに代わって新しい問題が生じ

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た。しかし民主主義法学は、この変化に機敏には対応できず、「多くの民主主義法学者は、日本社会の主たる問題を依然、社会に残存する封建的諸関係の摘出と批判にあると考えていた」(「渡辺洋三・『現代法』論の形成」、『法律時報』60巻11号、1988年、77頁)。この指摘は全く正しい。また「日本における反民主的な現象を何でもかでも『後進』=『前近代』=『市民社会』化の欠如、で説明しようとする最近に至るもなお根強い民主主義法学の理論上の難点」という的確な指摘もある(同誌、79頁)。ところがこの論文は、表題の通り渡辺洋三氏について論じたものであり、渡

辺治氏は、渡辺洋三氏の1960年代の論文を引用しつつ、「渡辺[洋三氏]は、五〇年代後半以降の事態が決して前近代的なものの残存→伝統的なものの復古ではなく、新しい国家現象ではないかという視点を獲得しえた」と、それを高く評価している(渡辺治前掲論文、『法律時報』60巻11号、1988年、80頁)。既述の通り、確かに洋三氏は、1960年代に論調を変えている。しかし洋三氏は、1980年頃から、再び、以前にも増して日本社会の前近代性を強調し始めるのである(それに対して「市民法の復権」を説くわけである)。その一部は、本項の最初の方でも紹介している(「これだけ進歩のない国もめずらしい」云々)。洋三氏の日本論は、むしろこちらが基調をなしている。渡辺治氏が、洋三氏のこのような再変化に触れていないのは、不可解である

(10)

。その後渡辺治氏は、1996年の論文でも、高度成長下で、日本に「市民社会

(10) さて、渡辺治、後藤道夫両氏は、既述のように、帝国主義時代に、「合意」に基づく大衆社会統合が実現されたと述べている。これは欧米諸国を中心に論じてはいるが、渡辺治氏は、日本でもまた日本的特殊性をもった大衆社会的統合が実現されたとみなしていた(「階級の論理と市民の論理」、講座世界史12『わたくし達の時代』、1996年、420頁)。それに対して、「市民法学の復権」を説く渡辺洋三氏は、1994年においても、日本国憲法も半世紀近くの歴史を経過したのに、「『市民の合意』を基礎とする市民社会の法システムが、日本ではなぜ定着しないのか、ということは私たちにとっての重い課題である」と述べている(『法律時報』66巻6号、1994年、「巻頭言」)。ここでも渡辺洋三氏と渡辺治氏の見解は、対照的である。

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が成立」したことを認めている。「経済の高度成長の下で、企業は極めて独特の企業社会を形成し、これが高度成長を加速化させたばかりでなく、極めて特殊な形で日本の大衆社会的統合=市民社会化を確立させたのである」。「特殊性」を強調してはいるが、ともかく日本を市民社会、近代社会として認めているのである(「階級の論理と市民の論理」、講座世界史12『わたくし達の時代』、1996年、420頁)。また渡辺治氏は、民主主義法学が新自由主義と十分に対抗し得ない理由を、

日本が既に民主主義社会であるという認識の欠如に求めているようにみえる。同氏は、「新自由主義が日本では知識人層に受容される傾向にある点の根拠の解明が必要」と言う。この「知識人層」には、民科の一部も含まれるのであろう。そして民主主義運動に影響をもった近代主義の思想と新自由主義の親和性を指摘する。そして近代主義は、「依然として日本社会には真の民主主義や自由が貫徹していないという主張として、現代まで市民運動に無視できない力を有している」と述べている(「安倍、福田政権崩壊による改憲論の新段階と民主主義法学の課題」、『法の科学』40号、2009年、29頁)。また同氏は、日本では、かつての大戦の経験から復古を嫌う風潮が強く、「逆に言えば、近代主義的思潮が強いことである」(同誌、26頁)とも述べている。つまり渡辺氏は、日本社会は既に近代社会であり、民主主義社会であると認識しているのである。民主主義法学者の多くも、そのことは理解しているのかもしれない。しかし、もし日本が既に民主主義社会だとすれば、その変革運動は社会主義革命ということにならざるをえず、そのことをためらっているのかもしれない。

(e)付:後藤道夫氏の近代主義批判後藤道夫氏の現状分析は、渡辺治氏のそれとよく似ているのであるが、しか

し、日本の近代化・民主化の評価は異なるようである。渡辺氏は、日本は既に民主化・近代化を遂げたも関わらず、民主主義者はそれを認めず、相変わらず近代化・民主化を追求してきたために、新自由主義者の主張と同じようになってしまったという趣旨の指摘をしている。これは、私見とも同じである。他方

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で後藤氏は、私が読んだ範囲内では、日本が民主化・近代化したと考えているのかどうか、明らかでない。ただ、日本の民主主義者は、近代主義者と共通の目標を設定し、近代主義批判を控えてきたために、新自由主義と対決できなくなってしまったと批判している。したがって後藤氏の議論は、日本が既に民主国家であることを認めたというものではないが、便宜的に、渡辺氏の議論と並べて、ここで論じることにする。後藤道夫氏は、マルクス主義と近代主義の共通性について指摘している。同

氏によれば、マルクス主義者と近代主義者は、戦前の開発独裁型帝国主義への強い批判と反省を原点としていたという。そして「近代主義者も、日本社会の徹底的な民主化・近代化だけではなく、日本の社会主義的変革について全体として同意していた」と言う。他方で、「マルクス主義者の側も、戦前から、日本帝国主義の激しい膨張性と凶暴性の根拠として、日本資本主義の前近代的体質を問題としており、社会主義化と近代化の両者をともに追求するという点で、マルクス主義者と近代主義者の間には広範でラディカルな共同がなりたっていた」と言うのである(講座『現代日本』第4巻、1997年、458‒459頁)。戦後の数年間、マルクス主義者と近代主義者が共同していたのは事実であ

る。しかし近代主義者が社会主義的変革に同意していたとか、「大きな、おそらくは社会主義的な社会変革がそう遠くない、と言う感覚が共有されていた」というのは、正しいとは思われない。ともかく、共産党が暴力革命路線(1951年綱領)をとり始め、他方で日本社会が近代化・民主化の道を歩み始めるとともに、両者の蜜月は終わる。マルクス主義者と近代主義者が共同して設立した民科の解体(1958年。法律部会のみ今日まで存続)は、それを象徴している。後藤氏は、マルクス主義と近代主義の接近を過大に評価しているように思

う。「戦後民主主義運動による自由主義の理想化傾向」(講座『現代日本』第4巻、458頁)とか、「日本の戦後民主主義運動における、古典的自由主義への過剰な期待…」といった表現もある(同書、463頁)。既述のように、私自身も、民主主義法学に潜在する近代主義志向のゆえに、新自由主義と有効に闘えないという趣旨のことを述べてきた。ただ、その点ではやや意外でもあるのだが、

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既述のように、マルクス主義法学者の文献を見る限りでは、近代主義志向はそれほど明確には表れていない。1980年代になって「市民法の復権」などといった思想の中に、ある程度それが窺えるだけである。後藤氏は、戦後マルクス主義者は、「大方の予想に反して」、「自由」につい

て多数の論稿を書いているが、「平等」を真面目な思想的考察の対象としたことはほとんどない、と述べている(講座『現代日本』第4巻、460頁)。私は、逆に、民主主義法学者は、平等を重視して自由を軽視してきたが、1990年代以降変わってきたと書いた。私は主として法学界の文献に基づいているのに対して、後藤氏は、もっと広い視野で語っているために生じたくい違いかもしれない。また同氏の言うマルクス主義者が論じてきた「自由」とは、いわゆる「哲学的自由」や「積極的自由」を含めているのであって、法的自由のことではないのかもしれない。民主主義思想と自由主義思想の共鳴に関する同氏の次のような指摘は、私の既述の考え方とも共通するところがある。「社会主義といういっそうラディカルな目標設定と、自由主義的近代への強い期待との並存・未分化は、戦後思想が、思想レベルでの本格的な自由主義批判を素通りすることを許してしまったと思われる」(講座『現代日本』第4巻、460頁)。「戦後民主主義思想が、古典的自由主義の国家観・人間観と本格的に向き合ってこなかったこと…は、近年の新保守主義思想の野放図な流行とも密接な関連をもつ」(同書、463頁)。しかし、既述(本稿第2編第4章第5節第2項のc参照)の鈴木安藏編『現代

福祉国家論批判』について、後藤氏が、「近代市民社会の古典的自由主義と個人主義に大きな期待を寄せる右派的立場からの福祉国家批判と、社会主義的変革をめざす側からの福祉国家批判とが、無媒介に共存している」と述べている(講座『現代日本』第4巻、463頁)のは、全く誤っている。当初社会主義志向派と共存していた近代主義者達は、福祉国家批判などはしていなかったからである。そして福祉国家を批判していたのは、社会主義志向派を除けば、保守派・伝統派であって、彼等は近代派でも自由主義派でもなかった。後藤氏は、民主主義派(マルクス主義派)が、自由主義思想と対決せず、そ

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れに甘い態度をとってきたために、新自由主義思想とも対決できなくなっていると批判する。ここには私自身の考えと共通する点がある(しかし後藤氏は、既述のように、それを福祉国家論と絡めて議論するために、大きな混乱を生じている)。そして日本が近代化、自由化、民主化を成し遂げたのか否かについては、私が読んだ限りでは、あまり関心がないようにみえる。そして近代化、自由化、民主化は、資本主義の深化にすぎないとして、それらをトータルに否定しているように感じられる。目指すは社会主義のみであり、それへの手段として新福祉国家を説いているような印象を受ける。

(3)民科の反民主主義的傾向民科において「民主主義」の価値が低下しつつあることは、「民科のリベラル化」の項その他でも論じてきた。しかしそれに止まらず、最近の民科では、反民主主義的とも思える言動、国民を批判するような主張も見られるようになってきた。ここではそれをまとめて論じたい。

(a)広渡・小沢氏の「統治客体」論この問題は、司法制度改革の箇所(第2編第4章第4節第4項のc)でも論じ

た。司法制度改革を推進した司法制度改革審議会の中間及び最終報告書は、裁判員制度の理由付けとして、国民が「統治客体」意識を脱却して、「統治主体」として司法の運営に主体的に参加することの必要性を主張していた。これは、国民主権の下で当然の民主主義的な主張である。ところが、広渡氏や小沢氏は、これに異を唱えている。そして国会、内閣、裁判所の国家諸機関が統治主体であって、具体的な国民は統治客体にすぎないかの如き議論を展開するのである。民主主義自称者によるこれほど自己否定的な議論も、珍しいのではないか。広渡氏は、日本国憲法によれば、「国民は主権者として国家の在り方及び国家意思の正統性の最終的淵源であるが、制度的に実際には国会、内閣及び裁判所に『統治』は委ねられ、その限りで『国民一人ひとり』は『統治客体』に他ならない」と言う(「憲法の理念と国民の要求に基づいた司法改革のために」、

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『法の科学』30号、2001年、11‒12頁。この文書は、民科の司法特別研究会の名で公表されている)。権力の行使は、国会、内閣、および裁判所に任せよという主張のようにみえる。それに対してバランスをとるかのように、国民には人権が保障されている、と広渡氏は言いたいようである。権力機関が誤った権力行使をした場合は、国民は人権をもって対抗しうると言うのであろう。しかし、それでは、国民の政治運動自体の意義も、説明できなくなるのではないか。安倍内閣の安保関連法案に対して多くの国民が反対運動に起ち上がった。これは権力による人権侵害に対する抵抗・異議申立という単なる人権運動ではなく、主権者として国民が政治に影響を与え、政治を動かすための積極的行動である。広渡説では、国民の政治活動の意義が、消極的に狭められてしまう。小池隆一氏も、広渡氏と同じようなことを述べている(ただし小沢氏は、「統

治客体」の語は使っていない)。同氏は、国民の「主権主体」性(「統治主体」性)と人権主体性を比較して、次のように述べている。人権主体性は、「権力に対抗して自由を、あるいは役務や給付を要求…」する主体性を意味する。主権主体性は、国民が「権力の根拠・源泉として法的に措定され」、そこから導かれる法的帰結として、①政治的活動の自由が保障され、②権力機関の創設・運営に関与し、③権力機関を監視・統制する権利を与えられている点に表現されているという。そして小池氏は、この二つの主体性は、「権力との対峙、権力への警戒・監視を基盤とする点では共通する」と言うのである。しかし主権主体が「権力と対峙」したり、「権力を警戒・監視」するというのは、自分が自分と対峙するようでおかしいのではないか(「権力」を「権力機関」と言い換えれば、一応意味は通るが)。主権主体は権力と対峙しなくても、可能な範囲で自ら権力を行使すればいいのである。小池氏は、国民の司法参加は、「『人権の主体』としての立場を基底にもちながら」、「『主権の主体』として、権力である司法の行使をコントロールするものとして構想されるべきである」として、国民が直接司法に参加する裁判員制度には反対する(「司法改革と日本国憲法」、『法の科学』36号、2006年、15‒16頁)。ここでは、いつの間にか、先の②が抜け落ちている。①も抜け落ちて

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いるのかもしれない。小池氏においては、主権主体は完全に人権主体に解消されているかのようである。小沢氏は、国民を「統治客体」と言っているわけではないが、広渡氏の議論と共通しており、事実上そう言っているに等しい。

(b)笹倉氏の衆愚政治論①民主主義の衆愚政治化笹倉氏の民主主義論にも、根深い人間不信、国民不信が窺われる。前に同氏

の民主主義論、自由主義論について紹介したが、そこでは次のようにも述べている。「自由主義の主たる担い手は、名望家、独立自営の中間層、財産と教養に支えられた教養専門職の人々である」。「かれらには守るべき確たる自分の世界があり、かつ、それに基盤をも置いて生活している」人々であり(『法哲学講義』、2002年、244頁)、いわばエリート層である。他方で、「民主主義の主たる担い手は、人民、すなわち下層を中心とした人々である。この人々が最も差別されて来たのだから、徹底した平等を求める。また、この人々が圧倒的多数であるから、かれらの政治参加は、『すべての人の政治参加』ということになる」(同書、242頁)。民主主義の担い手は、先の「守るべきものをもつ」エリートとは異なり、「失うべきものを持たないプロレタリアート」といったイメージである。ところが、笹倉氏にとって「民主主義」概念は、自己撞着的である。同氏は、

民主主義の担い手は人民大衆であるが、人民大衆は非合理的であるがゆえに民主主義には適していない、といった議論を、以下のように展開していくのである。笹倉氏は、「政治は、本質的に非合理性を基盤にしている」、「自由・民主主義の政治は、合理性に基盤を求めなければならない」と言う。そして、「自立し人々に責任を持つ名望家や家長である市民が政治を担っていた時代」は、これらエリートは、財産と教養のある合理人であり、教養があるから十分な情報を判断材料としてもてたし、財産があるから物欲に支配されることが少なく、理性的に考えることができたと言う(前掲書、254、256頁)。

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他方で、高度に近代化した社会では、「砂のごとき大衆」が出現し、「私的世界に閉鎖し、共同討論の場を欠き、宣伝や世論操作に動かされるこの大衆は、政治の世界でも理性よりも欲望・情念に規定されて非合理的に動くことが多くなる」と、笹倉氏は言う(前掲書、254頁)。そして「主体が上述したような合理性を担える人々ではなくなった現代においては、自由・民主主義の政治は一層衆愚政治に陥りやすい」と結論づけるのである(同書、256頁)。これは、はなはだ困った反民主主義的な議論である。民主主義が時として衆

愚政治に陥ることは、常識的に指摘されることとはいえ、民主主義者を自称する者がそのように語ることは、これまで少なかったのではないだろうか。前に述べたように、笹倉氏の自由主義、民主主義についての議論は、自由主義を突き詰めればそれは民主主義に至るが、逆は成立しないという論理になっていた(第2編第4章第2節第3項)。同じことが、より一層明確に、ここでも言える。笹倉氏が自由主義の担い手だと述べていた名望家層等のエリートは、合理的人間であるから民主主義に適していることになる。他方で民主主義の担い手であるはずの人民大衆は、非合理的であるが故に、民主主義の担い手には相応しくないことになってしまう。つまり笹倉説では、エリート層は自由主義と民主主義双方の担い手に相応しく、人民大衆は、自由主義も民主主義も担えないことになってしまうのである。大衆には政治的権利など与えず、かつてのように、政治はエリート層に任せる方が民主主義に適うということになるのである。そもそも笹倉氏が、政治の基礎として「合理性」を、唯一の、少なくとも最

大の基準にしている点も問題である。合理性にもいろいろあって、「企業の合理化」というときの合理性には、笹倉氏も賛成はしないのではないか。また「財産と教養」をもつ者が、合理性を備えた人間であるという見方、特に、財力のある者は物欲に支配されることが少なく、理性的に判断できるというのは、事実に反するだろう。経験的には、有産者はますます物欲に支配される程度が大きくなるものである。しかしこれらの点は、今はおいておこう。笹倉氏は、合理的エリートの政治の例として、古代ギリシャ、中世都市、市

民革命時などを挙げている(前掲書、255頁)。しかし前二者は支配層内部の

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自由・民主主義であり、近代民主主義と比較にはならない。市民革命時も、支配層内部の自由・民主主義と言ってもいいが、それ以上に、革命の熱狂の下で激しい弾圧や恐怖政治も行われたのであって、決して・自由・民主主義の時代ではなかった。ただ理念として、自由・民主主義の旗が掲げられただけである。また笹倉氏は、保守派、革新派と、合理性、非合理性の関係について、次の

ように言う。保守派は、伝統、習慣的思考を重視し、理念よりも現状がもたらす物質的利益の保持をめざすから、本質的に非合理的だという。これに対して革新派は、合理性と非合理性を基礎とするものに分かれるという。暴動、ファシズム運動、右翼の運動、反植民地闘争などは、絶望感や民族感情、宗教感情などに支配されて非合理的性格をもつという。他方で、共産主義革命運動、民主化闘争、環境保護運動などは、正義、人権等の普遍的理念、歴史法則の認識などを基礎にする点で合理性をもつと言うのである(前掲書、253‒254頁)。この議論も、全く納得はできないが、興味深い点はある。右翼と左翼が「革

新派」として一括されているのは、改めて、旧革新派(社会党、共産党など)の崩壊を物語っている。保守派が非合理的というのも、根拠はなく、説得的には説明されていない。「伝統」には、合理的なものもあれば、非合理的なものもある。理念と物質的利益を対置し、前者を合理的、後者を非合理的としているようにみえるが、どちらかと言えば、利益の追求の方が合理的なことが多いのではないか。「反植民地闘争」が非合理性に基礎をおく運動とされているが、これは植民地主義者の言い分のようである。共産主義革命運動が合理性をベースにするというのは、最も疑問に思うところである。「歴史法則の認識」に基づく運動も同じである。ファシズムと共産主義運動は、非合理的な運動である点において双璧であることは、歴史に照らしても明らかである。

②合理主義の非人間性本論から少し脱線するかもしれないが、笹倉氏が合理性を重視し、またアメリカ式教育を美化している(後述)ので、アメリカ的合理性について、敷衍して書きたくなった。

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アメリカには優秀な人材が数多く存在し、大統領には有力なブレーンが付いている。にもかかわらず、アメリカ政治が多くの誤りを犯すのはなぜか。大資産家が、政治献金によって政治に影響力を行使している等、様々の要因があろう。その他に私は、アメリカにおける社会科学の貧困があると思う(数多くのノーベル経済学賞受賞者を輩出しているにもかかわらず)。アメリカ社会科学の特徴は、機械のように合理的に行動する人間像を前提と

していることである。この場合「合理的」人間とは、「自己の利益の極大化をめざす」人間を意味する。そうであれば、社会を構成する人間の行動は、物質の運動と同じように、自然科学的方法で法則的に認識できることになる。人間の行動は、一定の力をインプットすれば、一定のアウトプットをもたらす粒子の運動と同じように、工学的に認識可能となる(社会工学)。しかし、人間は必ずしも合理的に行動するわけではないことに気づき、近年のアメリカ社会科学には、行動経済学なるものが登場した。これは、人間が時として非合理的に行動する原因を探ろうとするものであるが、その多くは錯覚の心理学のようなものである。例えば、新商品の価格を設定する場合、消費者側は価格の適正さを比較検討する基準をもたない。そこで売手は、予め高めの価格を設定し、その後で引き下げれば、消費者は、最初の価格を比較基準とし、得した感じになって買う、といったようなことである。多くは、わざわざ研究しなくても、常識的に分かることだ。実際には、人間は、通常は合理的に行動している。ただ「合理性」の基準は

無数にあるから、ある人にとっての合理性が、他の人にとっては非合理的に見えるだけである。次のような例も、行動経済学では取り上げられている。友人と2人で食事に行った時、友人が先にAを注文すると、本人は本当はAが食べたくても敢えて別のBを注文するという。本人の行動は、一見非合理的というわけである。確かにアメリカ人の場合は、そのように行動しそうに思う。それは、他人には追随しない自らの自立性を示したいというアメリカ人的な合理的判断があるのであろう。日本人の場合は、むしろ友人と同じものを注文するケースも多いのではないだろうか。アメリカ人には、それが非合理的で、不思

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議にみえるようだ。日本人がしばしば同じものを注文する理由は、他人のことは知らない(同調的行動をとることが友好の証とでも考えているのだろうか)が、私自身は、思考のエネルギーを節約できるからである。こんなことで考えたりすることは、時間の無駄だからである。日本人の行動は、欧米人からみればしばしば非合理的に見えるのかもしれな

いが、それは正しい見方ではない。かつて日米経済摩擦において、日本企業は、アメリカの安い車の部品ではなく、わざわざ下請の高い部品を購入すると言って非難された。そのような非合理的行動は、アメリカ商品を閉め出すためだとアメリカ側は受け取るのである。しかし、日本の下請企業は、ジャスト・イン・タイム方式で、必要な時刻に、必要な場所に、必要なだけの部品を納入できたから、親企業がそれを利用することは非常に合理的な行動であった。アメリカ企業には、このような細かな綱渡り的な芸当はできない。さて、テレビ番組の白熱教室で、アメリカの行動経済学の講義を放映していた。そのなかで講師が、トイレで小用を済ませる時、隣に人がいる場合、通常より用を足す時間が長くなるか、それとも短くなるかについて、実験が行われたことを紹介していた。一体何の役に立てるつもりなのだろうか、不思議な実験である。講師は学生達に、「長くなる」、「短くなる」のどちらの結果が出たと思うかと質問した。教室の約3分の1が「長くなる」、他の約3分の1が「短くなる」、残りは手を上げなかった。講師は、「手を上げなかった者がいるな。棄権は認めない。自分の意見をもつべきだ」と言った。アメリカ人が言いそうなことである。我々日本人は、よくそう言って批判される。日本人の曖昧さ、非合理的性格として。この時テレビを見ていた私も、手を上げられなかった。この場合に限らず、私は一般にアンケート調査などには、返答できず困る場合が多い。二者択一なら、特にそうだ。答えは状況によって変わりうるから、一概には答えられない。「どちらとも言えない」という項目がある場合は、多くの場合、私はそれを選択している。先の小用に要する時間の調査結果によれば、「長くなる」と「短くなる」の両方が正解らしい。出始めるまでは時間がかかるが、出始めると早

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く終わるというのである。それならば、先に手を上げなかった人が一番正解に近いのではないか。それにしても、「どちらとも言えない」だけでなく、「同じ程度」、「変らわない」といった選択肢がないのも、極めて不適切だ。脱線に脱線を重ねるが、私は、1986年12月9日の朝日新聞夕刊の漫画「フジ三太郎」のコピーを保存している。それは、その直前に新聞に公表された日米の意識調査の結果を材料としたものであった。「日米関係はうまくいっていると思うか」という質問に対して、アメリカ国民の回答は、イエス、ノーがはっきり分かれていた。他方で日本側は、「どちらとも言えない」という回答が、かなり大きな比重を占めていた。「どちらとも言えない」が多いのは、日本人のいつもの傾向である。漫画はこれを取り上げ、会社の上司が、この日本人の特徴は「いいことか、それともわるいことかねー」と言っている。それに対して主人公の三太郎が、「どちらとも言えないでしょう」と答えるというオチになっている。私は、「どちらとも言えない」が多いのは、当然だと思っている。日本人が

自分のしっかりした意見をもたず、あるいはもっていてもはっきりと主張しないという傾向は、確かにある。しかし、物事を簡単にイエス、ノーで割り切るのは、アメリカ人的な単細胞型の思考である。よく言えば、デジタル型とでも言えるのかもしれないが。日本人は、そのような機械的な思考ではなく、様々の要素を相互関連的に総合的に把握し、矛盾をも受け入れる(負けるが勝ち、急がば回れといった思考)。私はこれを、日本的弁証法と呼んでいる。これは、社会科学的認識としても、重要な思考方法だと思う。以前から日本人は、自己主張しないと、諸外国人から軽蔑されてきた。とこ

ろが、東日本大震災の際は、自己の欲望を抑制する日本人の行動が、諸外国で絶賛された。略奪など起こらなかったし、一人に一つずつ配分された救援物資を、余分に受け取って他人に売りさばく人もいなかった、と多くの外国人は驚いていた。日本人の多くはそれを当然と思っているが、一部の外国人から見ると、それは奇跡にみえるらしい。アメリカ人ドナルド・キーン氏は、震災後の東京で、文句も言わず静かにバスの順番を待つ長蛇の日本人の姿に感動し、日

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本人と共に生きたいと日本への帰化を決心した(同氏が研究している日本人作家の日記の中で、高見順も、戦時中疎開列車の順番を静かに待つ人々を見て、日本人と共に生きたいと感じたと書いているのだという。詳しくは知らないが、高見順は元共産主義者であり、それまでは従順な日本人を軽蔑していたのかもしれない)。2013年、テレビでキーン氏と対談した瀬戸内寂聴氏は、「日本人はそのように躾けられてきた。本当に望めば先に進んでいいのに、勇気がない」と語っていた。日本人とアメリカ人の立場を、入れ替えたかのような対話であった。民科の人達は、ここでもアメリカ人的に考えるのであろうか。私は敗戦の年の生まれであり、子供の頃は、戦後のアメリカ式民主教育の影

響かもしれないが、学校教育で、スピーチや討論の重要性をしばしば教えられた。しかしそれが苦手な私は、常々次のように思っていた。昔は武力の強い者が決定権を握っていた。しかし武力に勝るものが正しいとは、とても言えない。そして現代の民主国家では、議論に強い者が決定権を握っている。しかし議論の巧みな人が、正しいとは限らないのではないか。かといって、物事の決定方法としては、議論による他はない(熟議民主主義)。しかし、政治に重要なのは、論理だけでなく倫理である。そのことがもっと強調されるべきではないかと思う。論理(合理性)と倫理(人間性)が論争すれば、残念ながら、しばしば論理が勝つのである。合理主義の反人間的側面を、もっと自覚すべきだと思う。わざわざこのようなことを書いたのは、笹倉氏が民主主義の精神として「合

理性」を重視し、「合理人」を育てるための方法として、次のように語っているからである。「具体的に考えられるのは、アメリカに見られるように、幼児期から討議や紛争の民主主義的な解決をルーティン化させたり、自治活動を奨励したり、授業での発言を活発化させたり、さらには『ユーモアの感覚』や距離を置いてものを見る思考を訓練したり、要するに生活を通じた習慣化によって、自由・民主主義的な『型』を身につけさせることである」(『法哲学講義』、2002年、259頁)。これは、アメリカ的合理主義の精神と、アメリカ的自由・民主主義への高い評価を示している。既述のように、同氏が、新自由主義から学ぶべきところもあると語っていたのも頷ける気がする。

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冷戦時代、ソ連人の激しい反米批判は劣等感の裏返しであり、内心では「敵」であるアメリカに憧れている人が予想以上に多かった。アメリカ帝国主義を激しく批判するわが国の民主主義者(マルクス主義者)も、案外アメリカ好きの人が多いのかもしれない(これまでにもそのような事例をいくつか紹介した)。しかし、現在(2012年)のアメリカでは、わずか400人の大金持ちが、底辺の1億5千万人の総資産を上回る富を独占していると言われる。刑務所などに収容されている人数(未決勾留者も含む)は、日本の6万3千人に対して、アメリカは224万人という(2013年末の統計。『日本経済新聞』、2015年8月5日)。これが、アメリカ的合理主義の合理的帰結であり、なれの果てである。それにしても笹倉氏は、他方では社会主義への幻想が抜けきらないようであ

る。同氏は、東・中欧の社会主義について、「…そのマイナス面だけを論じ、社会主義化の実践が―スターリニズムとは独立に・あるいはそれとの対抗において・さらにはスターリニズム下においてすら―示した、ヒューマニズムや自由・民主主義・世界平和運動等の面での貢献に対し目を閉ざすのは、研究者の公正な姿勢ではない」と述べている(『法思想史講義〈下〉』、2007年、315‒316頁)。しかし、事実は正反対である。ソ連・東欧の社会主義は、人間性抑圧の極致であり、自由・民主主義の最悪の蹂躙であり、またソ連は侵略主義的社会帝国主義であった。100年、200年後の人類は、20世紀の社会主義とファシズムを、同じ時代精神を刻印された双子の悪魔のように捉えるだろう。社会主義とファシズムは、統制経済(計画経済)、民主主義・自由主義の抑圧の点で共通しており、政策的にも矛盾しない。ソ連崩壊時、共産党と右翼は反民主革命の統一戦線を組み、「赤・褐色連合」などと呼ばれていたが、「赤」はもちろん「共産党」を、「褐色」はファシズムを意味した。現在の北朝鮮は社会主義であり、ファシズムである。将来危険なのは中国であろう。自由化・民主化運動が進み、共産党支配が揺らいだ場合、毛沢東主義に支えられた社会主義的ファシズムが成長する危険性がある。笹倉氏は、アメリカ的な合理性、自由・民主主義を高く評価し、他方で、ソ

連社会主義には肯定すべき面もあったと言う。思想的に多忙を極めているよう

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である。

(c)民主主義の前進の反民主主義的説明かつてマルクス主義者(民主主義者)は、「人民が歴史を作る」といったことを繰り返し語っていた。民主主義の何らかの前進があると、それは人民が勝ち取ったものだと述べていた。これらの発言は漠然としていて、何事も語ったことにならない場合も多いが、よく当てはまる場合もある。ソ連・東欧の社会主義の崩壊と民主化は、正に人民大衆が勝ち取ったものであった。しかし近年、民科の文献では、この種の発言(「民主主義は人民が勝ち取ったものだ」)が、姿を消した。反対に、政治の主体になったはずの一般市民は「弱い個人」であり、民主主義の担い手になれないかのような言動が非常に多いのである。既にみた笹倉氏の議論にも、それは表れていた。確かに「弱い個人」では、民主主義を闘いとることはできないであろう。では、現在のような民主主義(民主主義の存在を否定する者もいるから、例えば制限選挙から普通選挙へといった最低限の民主化の事実でもよい)は、人民が闘い取ったものではなく、支配階級が人民に与えてくれたものということになるのであろうか。かつてであれば、そうではなく、「個々の労働者は弱くても団結すれば強くなる」といった説明が繰り返されていた。団結した人民大衆こそが、民主主義を勝ち取ってきたと言うのである。これもある程度正しい。しかし最近の民主主義法学者は、昔と正反対で、「統一と団結」などと言うと、身の毛がよだつかのようだ。反対に「個人の自立」や「自己決定権」が叫ばれている。「弱い個人」を強くするために「個人の自立」が必要だと言うのであれば、異論はない。しかし、これまでも個人は、それほど弱かったわけではない。資本主義下の個人は、少なくとも、奴隷や封建社会の農民、社会主義下の「半奴隷」に比べれば、自らの「労働力」の所有者であり、ある程度自立し、ある程度強い個人でもあった。「統一と団結」すれば、さらに強くなるであろう。民主主義者であれば、資本主義下の個人を、そのように前向きに捉えなければならない。ところが、最近は逆なのである。

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彼等によれば、近代初期の市民社会や政治の世界の主体としての個人は、財産と教養のある名望家であり、家長であり、「強い個人」であったという。私は、ことさらそのように主張することの意図が理解できないが、ともかくそれはそれでよいとしよう。そして民主主義法学者は、その後現代社会では、「弱い個人」が主体として登場したため、様々の問題が生じたかのような議論をするのである。まるで、かつてのエリート支配の時代の方が、民主主義にとってよかったと考えているかのようではないか。実際の歴史はそうではない。「弱い個人」が力をつけ、団結し、強くなっていったからこそ、彼らは普通選挙権を実現し、政治の主役として登場してきたのである。彼らは、上から権利を与えられたが、どうしていいか分からず右往左往している「弱い個人」ではなく、自ら権利を勝ち取ることのできる「強い個人」へと成長してきたのである。このような説明は、かつてであれば、民主主義法学者にとってごく常識に属

したことであろう。しかし現在の民科には、このような民主化の歴史の常識的理解が全くと言っていいほど見られないのは、どうしたことか。なぜか逆に、実現された民主主義の下で、それを担う力のない国民は衆愚政治に陥りやすいとか、烏合の衆の大衆民主主義にすぎないとしてとして、国民を愚弄しているのである。あるいは人民の政治参加を、権力者による「大衆社会統合」などと呼んで、権力の掌の上で踊っているだけであるかのように、一面的な捉え方をするのである。これらは、民主主義者としては自己否定的、自殺行為的な、民主主義の反民主主義的説明である。近代の「強い個人」と現代の「弱い個人」という対比は、民科の文献ではか

なりよくみられる。先の笹倉氏は、表現は異なるが、近代の名望家や家長などと、現代の「砂のごとき大衆」を対置していた。民主主義について論じたものではないが、吉田克己氏は、近代の「強い個人」と現代の「弱い個人」の対比を行っている(『現代市民法学と民法学』、1999年、260頁、同「民主主義・自己決定権・市民的公共性」、『法の科学』26号、1997年、130頁)。吉村良一氏は、近代の「強くて賢い人間」と、現代の「ありのままの個人」を対比している(「なぜいま『自己決定権』か」、『法の科学』28号、1999年、80頁)。講座『現代日本』

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でも、後藤道夫氏は、「名望家社会」から「大衆社会」への移行について論じている。「大衆社会への移行は、非名望家大衆が国民国家の正式な成員として遇されること」を意味すると言うが、後藤氏はそれを民主主義の前進とは捉えず、「徴兵制」を施行するため等々の説明をしている(講座『現代日本』第2巻、1997年、34頁)。近代から現代にかけて、国民は「強い個人」へと成長し、その闘いによって

普通選挙権を勝ち取り、民主主義を前進させ、さらに民主化を推し進めてきた。民主主義法学者は、なぜこのような事実を素直に認めず、政治の主体として、民主主義の担い手になりえないような弱い国民が、ますます登場してきたなどと、正反対のことを考えるのであろうか。福祉国家が建設され、社会保障制度が充実してきたのも、弱い個人が強くなり、国家に対してそれを要求し、実現したからとは捉えず、支配層の思惑(社会主義との対抗、大衆の統合等々)でそれを説明し、福祉国家の下で、弱い国民は、乞食や犬のように従順になるなどと説いてきたのである。本来なら、この民主主義の前進に、自分達民主主義法学者も貢献してきたと誇ればいいと思う。しかし、事実はそうではないし、民主主義者の主張はことごとく誤っていたために、そのように言う自信がないのであろう。

(d)民科による国民批判民主主義とは、「民」を「主」とする思想的立場・制度であると言ってよいが、

民科では、逆に、「民」を蔑視、さらには敵視する議論も多い。

①渡辺洋三氏の場合渡辺洋三氏には、国民を蔑視する発言が多かった。以前からそうであったが、

ここでは1990年代以降に発表されたものに限定する。渡辺氏は、1980年代の保守化の進行について、特に若者に社会認識能力や科学的思考能力が欠けているとし、「日本の国民は、一般的に科学的思考能力が弱く、したがって、情緒的に反応し、且つ行動しがちである」と述べている(『戦後日本の民主主義』、

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1991年、255頁)。渡辺氏は続ける。「国民の中には、核に反対しながら安保に賛成する人が少なくない。また非核三原則が虚構にすぎないことを見抜くことができず、安保にも賛成、非核三原則にも賛成という人が少なくない。このことは、日本の国民の社会認識能力がいかに非科学的で、情緒的であるかを示す一つの材料である。同様に、自衛隊や防衛問題についての国民の認識も極めて低い。自衛隊や安保について賛成している学生に聞いても、その内容についてほとんど知っていない」。さらに渡辺氏は、このように国民の社会認識が極めてあいまいなのは、「国民が、ものごとを科学的にあるいは論理的に考えるという訓練を受けていないことを示している。その結果、平均的日本人は、主体的な判断能力に乏しく、状況にふりまわされ、あるいは状況に追随し、大衆心理で情緒的に反応する傾向におちいっている」などと述べている(同書、256頁)。国民の多くは、科学の名において大きな誤りを犯してきた「あんたに言われたくない」という気分になるのではないか。ベルリンの壁が崩壊し、社会主義圏が激動していた時期、渡辺氏は、状況に

振り回され、動揺する人が増えているとし、「民衆自身が、体制の視点に馴らされて、見えるものが、見えなくさせられているのである。近時のマスコミの論調は、明らかに国民の目を曇らせる世論操作を意識的にしている(あるいは、させられている)としか思えない」と述べている(『世界及び日本の情勢と民衆の視点』、1999年、3頁、原論文は1991年)。動揺しているのは、これまで社会主義諸国を支持してきた渡辺氏のような人達であって、国民の多くは、動揺などはしていなかったし、むしろ社会主義の崩壊を歓迎していた。社会主義諸国の素晴らしさを信じていた渡辺氏のような人達は、社会主義の暗黒面がマスコミで正しく報道されていた時、マスコミが意図的に社会主義の真実を歪めているとしか感じられなかったのである。

②裁判員制度への反対民科の大勢が裁判員制度に反対したのは、既述のとおりである。その理由の

中にも、国民を蔑視、敵視したものは多い。裁判員は職業裁判官の言いなりに

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なるから、その裁判参加は無意味だという主張は、国民を愚弄している。国民は、マスコミ報道などに洗脳されて厳罰主義になっているから、その裁判参加に反対というのは、国民を蔑視すると同時に敵視している。裁判員は、「量刑相場」を尊重しないから厳罰主義になるという民科の批判については、前に述べたが(第2編第4章第4節第4項)、そこで書かなかったことを追加する。松宮孝明氏も、裁判員には、「量刑相場」という感覚がないとか、「検察官の求刑に近い量刑をする傾向がある」ことを指摘している(「司法制度改革と刑事法」、『法の科学』41号、2010年、56‒57頁)。「量刑相場」なるものは、民科が批判してきた司法官僚制の所産であり、そんなものはない方がよいのではないか。この点では、日本共産党は、適切な態度を示していた。その法規対策部長は、

裁判員が裁判官に圧倒されて形だけの参加になるといった意見に対して、「一般の国民の良識を信頼すべきではないでしょうか」と述べている。そして「わが国の国民の教育程度や良識もそれら[欧米諸国]と比べて決して遜色ないのであって、あまり危惧を強調する意見は、主権者としての国民をないがしろにするものだといわなければなりません」と、的確に指摘している(柳沢明夫「画期的意義をもつ裁判員制度の成立」、『前衛』、2004年、8月、185頁)。

③その他の国民批判内田博文氏は、学生のレポートを引用する形で、「刑事法に対する一般市民の立場は、犯罪被害者の立場、あるいは捜査側の立場に大きく偏っている」と言う。その原因は、マスコミの犯罪報道によって刷り込まれているからだという。「犯罪報道の中で加害者と被害者を対等の立場で報道すると、世論が分かれ、視聴者も理解が難しくなってしまう」ため、だれが悪人かが分かり易い報道になるのだという。さらに、「犯罪報道に多大の影響を受けているにもかかわらず、恐ろしいことに、そのことに多くの市民が気づいていない」と言う(「刑事政策とNPO」、『法の科学』33号、2003年、76頁)。国民はそれほどバカではないし、犯罪報道も概して正しい報道である。ただ犯罪報道は、警察の流す情報に頼るところが大きいため、時に誤りを犯すこともあった。しかしその点

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についても、最近のマスコミは、被疑者の人権の配慮に気を遣っているように思う。本田稔氏は、刑事関係の新立法について、これまで法務省が実現したくても、

「研究者、弁護士、国民の世論の強い抵抗に遭い、断念することを余儀なくされてきた数々の法改正の目論みが、今では大衆的な世論に強く後押しされながら推進されている」と言う。引用文の前半の「国民の世論」と後半の「大衆的な世論」との関係はどうなのか。著者は矛盾したことを書いているのか、それとも最近変化したというのか。いずれにしても本田氏は、「この大衆的な世論というものは、立法化が達成されれば法規範が定立されたことに一応の満足を得て、その後は終息する作られたブームのようなものである」とか、「…行為者が自己の責任において厳しい刑罰を受けるのは当然であるという短絡的で分かり易い法理によって国民の世論がリードされている」と述べている(「刑事立法の現代的様相と民主主義刑事法学の基本的課題」、『法の科学』35号、2005年、62頁)。奥野恒久氏は、憲法改正の主体は国民であることを強調しつつ、問題点とし

て、「国民自身がそのような主体的役割を必ずしも引き受ける状況にないという、国民意識の問題である」とか、「テレビを中心とするマス・メディアの圧倒的影響力、政治や社会にかかわる余裕のないほどの長時間労働などから、今日よほど敏感でかつ意識的でない限り国民が意思を形成することは困難である」などと述べている(「憲法改正プロセスにおける『国民』、『法の科学』39号、2008年、86、88頁)。これらも、国民を愚民視した発言である。中村浩爾氏は、国会が歪んだ選挙制度のために民意を正しく反映していない

にもかかわらず、「国民の多くは、政治に無関心であり、関心のある者も、たぶん多数支配型民主主義を漠然と民主主義だと信じこんでいると思われる」と言う。このようなことになっているのは、「国民の主体形成が依然として為されていないことに加えて」、マスメディアや大学・学者が体制化するなどのため、「国民が事実上の目隠し状態に陥っていることが原因だと思われる」と述べている(「改憲動向下の民主主義および民主主義論」、『法の科学』40号、

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2009年、64頁)。国民の多くは、自ら真実に対して目を瞑ってきたような人達に、このようには言われたくないだろう。このように国民を愚民視する民主主義法学者の見解(先にみた笹倉氏の衆愚

政治論も同じ)は、自らの敗北を認めたに等しい。彼等は、自らが犯してきた大きな誤りを棚に上げて、なぜ国民は自分達を理解しないのかと苛立っているようにみえる。それは国民が、民主主義者の言動は信用できないことを、これまでの経験から大いに学習した結果でもある。いずれにしろ国民を信頼しない者が、民主主義を説くのは、大いなる矛盾である。

④世論政治を民科の多くの議論とは反対に、私は、近年国民の政治・経済・社会について

の意識や倫理観は、かなり高いレベルに達していると思う。かつては自らの明確な見解をもたず、あるいはもっていてもそれを主張しない国民も多かった。マスメディアにマイクを向けられると、逃げ出す者も多かった。近年は、マイクを向けられると、それなりにしっかりした意見を述べる人が多い。世論調査の結果は、多くの場合、適切な結果を示しているように思う。ただ問題は、この世論調査の結果と現実の政治には、大きな乖離があることである。小泉元首相は、圧倒的な支持率を誇っていたが、個々の政策では、多くの場合世論に支持されていなかった(郵政民営化でさえ)。選挙による議員の選出(その後の政府の形成)と、論点別の世論調査の結果が、うまく相応しないのである。安倍内閣の提案した安保関連法案に、世論の多数派は反対し、一時的に内閣支持率は下がったが、その後再びかなり高い支持率を回復した。支持する理由で一番多いのは、「これまでの内閣よりよい」というものであった。安倍内閣の個々の政策が支持されているわけでは必ずしもない。民主主義法学者には、世論を現実の政治に反映させる方法こそを考えて欲しいと思う。一つの方法としては、政党政治を廃止することも考え得る。政党政治の下では、選挙結果による議席配分により、多くの問題の勝敗が予め決まってしまう。野党が、政府提案の法案を熟議によって廃案に追い込むことは難しい。そこで

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法案とは関係のない大臣の失言やスキャンダルなどを追及し、会期切れに追い込むのが野党の常套戦術となる。議会制度の下では、長期間議会が開かれ、熟議を重ねることが民主的にみえる。自民党からは、1年中国会を開く通年国会制が提唱されたこともあった。しかし、野党からすれば、政権党の横暴を抑えるためには、議会はあまり開かず、あるいは会期が短い方が良いといった倒錯した状態になっている。これでは、正常な議会政治は望めない。そこで政党を廃止し、個々の議員候補者は政策を掲げて無所属で選挙に臨

み、当選後は、問題別に会派を作るようにすればどうか。これなら熟議を通して(議員は、選挙で掲げた政見を変更しうる。その是非は次回の選挙で有権者が判断しよう)、世論を配慮しつつ、問題別の多数派が形成されていくことが期待される。とはいえ、政党政治を廃止することは、現実には不可能に近い。それならまず、各政党は党議拘束を外すことである。比例代表制の問題も含め、いろいろ難しい問題はあろうが、個々の議員はそれぞれが全国民を代表すべきであり、それだけの自立性を認めるべきである。私は「世論政治」という言葉を作って、世論無視を許さない「風潮」を作っ

たらどうかと常々思っている。あるいは「世論党」という政党を作ったらどうか。日本は、なかなか二大政党制に移行できないでいるが、世論党が現与党の対抗政党になれないであろうか。二大政党制は、通常は、自由主義的政党と、社会民主主義的な政党によって構成されるが、日本の自民党は万屋政党だから、対抗政党の誕生は難しい。他の諸国とは異なる基準で対抗政党を作る必要がある。自民党は、戦後ほとんどの時期第一党であったが、重要な問題については、その政治は世論と一致していない場合が多いのであるから、世論党は存在価値がある。もちろんアローの定理が示すように、世論は矛盾に満ちており、世論そのままでは調和した整合的な諸政策の体系を作ることはできない。そこに政党自身のリーダーシップが必要とされることになる。これは、実践的能力のない私の思いつきにすぎないし、私には何の影響力もない。民主主義法学者は一定の影響力をもつのであろうから、もっと実効性のある民主化方法を考えて欲しいものである。

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(4)民主主義法学の敗北(結論)本稿のサブタイトルは、「民主主義法学の敗北」と題している。では民主主義法学は、だれに対して敗北したのか。①何よりもそれは、民主主義の担い手としての国民に対してである。民主主

義とは、文字どおり、国「民」が政治の「主」体となることである。民主主義法学者は、民主主義のなんたるかを研究し、国民に民主主義を教えたかったのであろう。しかし国民の多くは、民主主義法学者よりもはるかに的確に、民主主義を理解していた。それは、とりわけ社会主義諸国の民主主義の状態の認識において、端的に表れていた。国内政治においても、国民の多くは、民主主義法学者の民主主義についての無理解を尻目に、既にこの国に民主主義を基本的に実現し、さらに発展させようとしている。国民に先を越された民主主義法学者は、むしろその国民を蔑視・敵視し、国民と対立し、民主化を妨害しているのである。今日、多くの国民の民主主義に対する意識は、かなり高い。ところが民科の

多くは、この意識の高い国民が、自らの意のままにならず、その民主主義論を受け容れず、むしろその意に反した行動をとるが故に、それを恐れている。それは、笹倉氏の衆愚政治論や、多くの民科会員の国民に対する蔑視・愚弄視発言、最近では特に裁判員制度への反対などにも表れている。民主主義法学者とは異なる考えをもつ多くの国民が政治に参加する民主主義よりも、外からそれをコントロールする自由主義の方に、民科は傾いてきているのである。多くの国民の信頼を失った民主主義法学者は、自らの責任を棚に上げて、国民を攻撃している。しかし、国民を信頼できない人達が、民主主義を説くことはできない。②民主主義法学者が敗北したのは、国民に対してだけではない。自由主義者

に対しても、そう言ってよいであろう。「民科のリベラル化」は、民科内部でも指摘されているし、自由主義の価値を民主主義のそれと同等レベルにまで高めたり、さらには民主主義よりも自由主義を優先するかのような発言は多い。権力を掌握して善政を行うというというかつての民科流民主主義は、社会主義

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の権力悪を見せつけられて変更を余儀なくされたのであろうか。そして、あらゆる権力に抵抗するという自由主義的精神の方が、勝ってきたのである。③さらに民主主義法学は、新自由主義にも敗北したと言ってよいであろう。

既述のように、両者には共通する主張が多く、笹倉氏は、新自由主義の問題提起から学ぶべき点があるとも述べていた(本稿第2編第4章第3節第1項)。他方で、民主主義法学から学ぶべき点があるなどと言う新自由主義者はいないであろう。この点でも、新自由主義は勝利している。「民主主義法学者が要求し、新自由主義者がそれを実現した」事例は多い。新自由主義を民主主義法学のライバル視する発言もかなりあったが、競争に勝利したのは新自由主義の方であった。民主主義者は新自由主義的改革の道を掃き清め、それに手を貸し、大いに利用されたのである

(11)

。④結局のところ、民主主義法学は、民主化の進展という事実に先を越され、いわば「真実」に敗北したのである。民主主義日本に敗北したといってもよい。民科内部でも民主主義論が後退している(民科のリベラル化)のは、現実世界における民主主義の前進の裏側である。改善すべき余地は無数にあると言っても、現代の日本は、ともかくも近代国家であり、民主国家である。近年ではむしろ、民主主義の存在を前提に、「民主主義の赤字」(国民の要求に応えようとすれば、必然的に財政赤字となる)、「決められない政治」が問題視されること

(11) 「民主主義法学者が要求し、新自由主義者がそれを実現した」事例については、本文で論じた。その際、司法制度改革については、この図式がそれほど当てはまらないとも書いた。民主主義法学者自身、司法制度改革にそれほど乗り気ではなかったからである。しかし、結果が彼らの思い通りではなかったとしても、民主主義法学者は司法制度を国民に近づけることを要求し、そのための改革がなされたのであるから、大きく見れば、これも先の図式に当てはまると言えなくもない。渡辺治氏も、次のように述べている。弁護士運動が司法改革の推進側に回ったのは、「…民主的司法運動側が、司法官僚制の果たす役割を司法部の民主化を果たすうえでの最大の害悪ととらえ、現在の財界・自民党により提起された司法改革を、司法官僚制打破の絶好の機会として位置づけてきたところにあったと思われる」(「新自由主義戦略としての司法改革・大学改革」、『法律時報』72巻12号、2000年、23頁)。

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も多い。民科は、かつては福祉国家に反対し、最近は裁判員制度に反対した。彼等は、日本がより良く改善されることを、つまり「民主化」を恐れているようにみえる。「民主化を恐れる民主主義法学者」、これは正に、民主主義法学の敗北の最後の言葉である。もう一つ、「民主主義法学」もその一部を構成していたわが国の「革新」勢力の敗北についても、触れておかなければならない。かつて日本の政界や思想界は、一般に、保守対革新の図式で捉えられていた。それは国際的な冷戦構造の国内版であった。ソ連・東欧の社会主義崩壊の後を追って、1996年に日本社会党が解体した後、日本共産党は、一時期「唯一の革新」を名乗っていた。しかし小泉改革で「改革」の旗印を新自由主義派に奪われた後は、同党は、「唯一の革新」に代えて「確かな野党」をキャッチフレーズとせざるを得なくなった。「革新」が対決していた「保守」の中から、改革派が登場し、保守が革新化したのである。そのことによって、旧「革新」勢力は存在根拠を失い、消滅した。「革新」という言葉も、政界・思想界の進歩派を意味する言葉としては、事実上死語となった。このこともまた、「民主主義法学」を含む革新派の敗北を、見事に証明するものである。以上のことから、私は「民主主義法学」は敗北したと結論するのである。た

だマルクス主義法学と異なり、民主主義法学は終焉を迎えたわけではない。民主主義法学は、これからも続くであろう。望むべきは、自らの過去の誤りをよく反省し、更生し、イデオロギーの呪縛から解き放たれ、真実を探求して欲しいということである。

補論―弁解・補足・反論

第1節 若干の弁解本稿は長大になりすぎたし、その中には種々の誤りがあることは避けられな

いだろうと思う。特に、最初に、比較法学会報告用にノートを作り始めてから本稿を書き終わるまで4年かかり、最初ノートを作った時の問題意識とは異な

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る文脈で、後でそれを利用したことも多いため、不正確な引用となった場合があるのではないかと畏れる。気づいた部分は訂正したが、なお適正さを欠く記述が残っているかもしれない。校正の段階で気づいたが、誤りとまでは言えないので、そのままにした箇所もある。また、弁解にもならないが、加齢に伴う記憶力の衰えにも悩まされた。引用文の頁数の誤記も、執筆段階で何カ所か気づき、訂正した。これは視力の衰えによるが、一端間違って書くと、後から気づくのは難しく、なお誤記が残っているかもしれない。以下、修正すべき点を、若干書いておきたい。渡辺治氏は、グローバル化の起点として、「冷戦の終結」を上げていた(複

数回)。私は、それは不正確であり、「冷戦の終結」ではなく、「ソ連などの社会主義の崩壊」と書くべきであると指摘した(本稿〈下・Ⅰ、155頁〉)。しかし渡辺氏は、別の論文では、グローバル化の起点を「社会主義の崩壊」と書いている。したがって、私の批判的指摘は余計であった。また楜澤氏が、党内民主主義と党議拘束の問題に関連して、本秀紀氏の論文が用意されたが、掲載できなかったと書いていたことについて、共産党の言論規制が関係しているのではないかと、私の「邪推」を書いた(本稿〈下・Ⅰ、226‒227頁〉)。その後、本氏と木下氏の論文「民主的自己統治の可能性と民主主義理論」(法律時報増刊『改憲・改革と法』、2008年)に接し、党議拘束の問題は、熟議民主主義論の文脈で論じられていたのだろうと、今は推測する。党議拘束があれば、議論を尽くしても熟議の効果は期待できず、熟議民主主義は成立しにくいからである。これ以外にも、誤りや不適切な記述がありうると思う。ご寛恕を乞う次第で

ある。

第2節 補足(1)司法・教育・マスメディア・社会科学の中立性について(a)渡辺洋三氏の中立性批判論渡辺洋三氏は、マス・メディア、司法、教育の中立性の問題についても、繰

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り返し論じていた。本論でもそのことは簡単に触れた(本稿第1編第4章第2節第4項)のであるが、分量が多くなっていたため、多くを省略していた。しかし、朝日新聞の「誤報」問題に関連して、もう一度取り上げる気になった。先に、日本人は自分の態度をはっきりさせない傾向があり、アンケート調査などでは、「どちらとも言えない」という回答が多いという話をした。「中立性」の問題も、それと関係がありそうだ。渡辺氏は、「もともと、政治的中立などというイデオロギーは、民主主義の

未発達な国に出てくる産物である。民主主義の定着した国ならば、…国民が自ら政治の主人公として政治運動を行い、あるいは政党活動に参加するのは常識であるから、政治的中立などということがありうるわけはない」と言う(『戦後日本の民主主義』、1991年、230頁)。しかし、個々の争点について、中立、あるいは中間的立場が一つの政治的立場になることは、いくらでもありうる。しかし、そのことは今はおいておこう。渡辺氏は、保守派が、裁判官の政治的中立を要求したことに対して、裁判官

個人の「政治的中立」はありえないと主張する。争う両当事者に対して「中立」の立場をとることはありえても、政治については全国民が当事者であるから、「一人ひとりの国民にとっては『政治的中立』ということはありえず、またあってはならないのである」と言うのである(『法とは何か』、1979年、24頁)。渡辺氏は、「何らかの政治思想をもたない人はいないのであるから、その意味では裁判官個人の思想が政治的中立でありうる道理はない」とか、「裁判官個人にとって政治的中立というものは存在しない」とも述べている(『民主主義と憲法』、1971年、203頁)。他方で渡辺氏は、裁判官は、個人としてではなく、職務上は「中立」でなけ

ればならないとも述べている。例えば、「自民党員たる内閣総理大臣が大臣としての職をおこなうのに、中立・公正でなければならないことは自明の理で」あり、「自民党総裁としての地位と内閣総理大臣としての地位とを区別することは、政党政治のイロハの常識である」と述べ、同じことは裁判官についても言えると、同氏は述べている(『民主主義と憲法』、1971年、203頁)。しかし、

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渡辺説に従えば、個人として「政治的中立」がありえないのであれば、職務上もありえないことにならざるをえないのではないか。渡辺説に依っても、金の貸し借りに関する民事紛争では裁判官は「第三者」たりえても、政治的問題については裁判官も国民の一人として「当事者」だから、「中立」たりえないことになりそうである。法解釈は価値判断であることを渡辺氏は強調してきた。さらに理論と実践の結合を説くマルクス主義者については、特にそうである。渡辺氏は、「裁判官が政党加入の自由をもつことと、裁判官がその職を行うについて公平・中立でなければならないこととは、本来論理的に何の関係もないことである」とも述べている(『民主主義と憲法』、1971年、203頁)。しかし政治的問題については、それは「何の関係もない」どころか、密接に結びついている。渡辺氏自身、すぐ続いて次のように言う。「裁判官がその信じる憲法思想にしたがって憲法判断するのは当然であって、それがどうして裁判の公正ないし中立に反するものでありうるだろう」、敢えて単純化すれば、「裁判官の憲法思想は、自民党的憲法思想か反自民党的憲法思想か、そのいずれしかないのであるから、反自民党的憲法思想が公正でないのなら公正なのは自民党的憲法思想だけということになろう」(同書、206‒207頁)。ここにも渡辺氏の奇妙な相対主義と主観主義が表れている。結局裁判はその裁判官の個人的思想によって影響を受けるのであり、裁判官の職務上の「中立」もありえないと、渡辺氏は言っていることになる。そしてこのことは、確かにある程度現実に一致しているかもしれない。しかし、裁判官が自分の政治的立場に従って裁判をおこなうのは当然である

と居直っていいとは思えない。政治的に自民党を支持していても、自衛隊は憲法違反だと考える裁判官はかなりいるに違いない。彼等に対して、自民党的憲法思想に従って裁判しなさいと勧めているようなものである。私は、自らの個人的立場と職務上の立場をしっかり区別して行動しうる人(例えば私などはかなりの程度そうだと、個人的には思っている)であれば、裁判官が個人として政治活動をしたり、政党に加入することは認めてもいいと思う。しかし渡辺氏のような区別できない裁判官であれば、やはり政治活動をしたり、政党に加入

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することは、認めない方がよいと思う。また政治的立場(思想)にもいろいろあって、強烈な思想、熱狂的なイデオロギーに染まった人は、裁判官には向かないと思う。渡辺氏は、「教育の中立」にも懐疑的のようにみえる。同氏は、政府が「教育の中立」を理由に、教育に介入することを批判している。政府の教育介入が行われているのは、「『政治的中立』というイデオロギーが国民感情として受け入れられやすいという日本市民社会の特殊な基盤が存在」するからだという(『憲法と法社会学』、1974年、241頁)。しかし、他方で同氏は、政府の教育介入は「教育中立」に反するとも述べている(後述)から、「教育の中立」原則を認めているようにもみえる。渡辺氏の考え方からすれば、「教育の中立」はありえず、教師はその信念に従って、自分が真実と考えることを教えるべきだと言いそうである。しかしさすがに同氏も、そのようには言えず、教師の政治活動の自由は教育の場では制限されると述べている。ただその理由は、親権者の教育の自由を侵害してはならないからだという(『民主主義と憲法』、1971年、126‒127頁)。これは、奇妙な理由づけのように思われる。親の教育権とは無関係に、判

断能力の十分でない子供には、政治的に見解が対立するような問題については、教師は両論併記的に教えるべきであろう。また渡辺氏は、政府の教育介入は一政党の教育支配であり、私的政党にすぎない与党の教育介入は、「いかに公教育の本旨と教育の中立に反するかはいうまでもないであろう」と述べている(『民主主義と憲法』、1971年、128頁)。しかし政府・与党は、国民の選挙によってその権力を一応正当化されている。その教育介入がのぞましくないならば(私も望ましくないと思う)、況んや野党や労働組合、私的グループなどの教育介入は望ましくないであろう。渡辺氏は、マスメディアについても、その「中立」の標榜に異議を唱える。外国では新聞が特定の政治的立場を明示することが少なくないという。それに対して日本では、「政治的中立を維持することが公器としての新聞の使命であると考えられている」(『法とは何か』、1979年、24頁)。これは日本が政治的

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に未熟で後れていることを意味するというのである。私は、日本の新聞が「未熟で後れている」とは思わないが、確かに民間の新聞が一定の政治的立場をとるのは自由である。しかし渡辺氏は、マスメディアが大資本に支配されていることをたびたび批判してきた。それは、マスメディアがすでに大資本寄りの政治的傾向をもち易いことを意味すると思うが、同氏はそれを是認するのであろうか。マスメディアは政治的傾向をもってもいいが、その場合は接する情報に偏りが生じ、知らず知らずのうちに情報操作されてしまう危険性がある。バランスのとれた見方を可能にするためには、数種類の新聞を読まなければならなくなる。それでもいいと思うが、それでは費用と時間がかかる。私は、各新聞は個性をもつ工夫をすべきだと思うが、意見が対立する問題については、いろんな見解を両論併記的に記述して欲しいと思う。長谷川正安氏は、1960年の安保闘争時のマスメディアの報道について、「安保闘争をつうじて、表現の自由は相当広汎に認められているようであった」と述べている(しかし集会・デモは厳しく規制された、と続く。「安保体制と憲法」、藤田勇編・法学文献選集『マルクス主義法学』、1975年、165頁)。同氏は、表現手段が大企業の所有物になることによって制限が増えたが、「いかに制限が増えてきたとしても、それが『表現の自由』のメディアである以上は、最低限、政府の政策から自由であることが必要であった」からだと説明している(同所)。ブルジョア・メディアは、決してブルジョア権力の言いなりではないのであり、それは報道の公正性、中立性という原則があるからであろう。渡辺氏は、「政治的中立の立場というものは、本来、民主主義社会では存在

する余地がないのである」とか、政治的中立を要求する日本の状況は、「民主主義や国民主権の伝統のよわさ、あるいは国民の政治感覚の低さを示すもの」と述べ、「日本の土壌に虫くっているこの種の中立性や公正性という『神話』を打破すること」が大事だと言う。「このような中立・公正観が、じつはファシズムの社会的基盤となるイデオロギーであり、いかに危険なものであるかということの深刻な認識が」弱いとさえ言っている(『民主主義と憲法』、1971年、199‒202頁)。

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しかし一般に、「政治的中立論」は少数派に有利な主張ではないだろうか。渡辺氏の言うように、政治的中立性を批判するのであれば、保守的な裁判官、教師、マスメディアは、「中立性」の縛りから解放されて、堂々と保守的な立場で裁判し、教育し、報道するのではないだろうか。少数派、野党としては、むしろ「中立性」を楯に、政府や多数派の裁判・教育・マスメディアへの介入を批判するのが正論であろう。

(b)朝日新聞の慰安婦報道問題2014年(あるいはそれ以前から)に、朝日新聞の慰安婦報道が問題となっ

た。報道の中立性の問題に関連して、この点に触れておきたい。これは、イデオロギーと事実認識の関係の問題にも関わっている。吉田清治なる人物が、戦時中朝鮮で自ら「慰安婦狩り」を実行したと証言したことが問題の発端である。朝日新聞は、このことを、1982年以来少なくとも16回報道してきたという。2014年8月5日、朝日新聞紙は、「慰安婦問題を考える」という文書を掲載し、吉田証言を虚偽と判断して、過去の関係記事を取り消すと発表した。なぜこのような誤りが生じたのかについて、あるテレビ番組で、あるジャーナリストは、朝日新聞社のイデオロギーが誤りを引き起こしたと述べていた。イデオロギーということであれば、例えば産経新聞は朝日以上に強烈なイデオロギー(方向は反対だが)をもっているように思う。しかし、産経がこのような大きな誤りを犯したことがあるとは聞かない。先の朝日新聞の文書では、産経や読売など他紙も、当時吉田証言を報道した

と書いてある。慰安婦問題については、他の国々でも同じようなことがあるではないかという日本側の一部の反論に対して、「他の国のことを言うな」とか、「他国の例によって日本が免罪されるわけではない」などという批判がある(日本が免罪されようとしているのではなく、世界中の女性抑圧問題をすべて公平に取り上げるべきだという主張のはずであるが)。朝日新聞も、おそらくそのような立場ではないか。だとすれば、他紙のことを言うべきではない。しかし今言いたいのはそのことではない。私は、産経や読売が吉田証言を報道したこ

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とは、むしろこれらの新聞の公正さを示すものとして、評価したいと思う(もちろん後で訂正する必要はあるが)。吉田証言は、産経や読売のイデオロギーからすれば、報道したくないニュースのはずである。にもかかわらず報道したのは、立派な態度であった。さて、その後1992年に歴史家の秦郁彦氏が、吉田証言は疑わしいとする調査報告を発表した。私が今回の問題で一番のポイントと思うのは、この秦報告に対して朝日新聞はどう対応したのかということである。朝日新聞のこの問題に関する一連の文書から判断する限り、朝日は秦報告をまったく無視してきたように思われる。これは公平さを欠く態度であり、産経、読売と比べて報道機関として劣っていたと言わなければならない。朝日の先の文書には、秦氏について、1980年代の半ばに、慰安婦について、「強制連行に近い形で徴集された」と書いていたと記している。これは、秦氏の信頼性を貶めるための記述であろうが、私はむしろ、秦氏の誠実さを示すものと思う。一般に我々は、その時々に接近可能な情報に基づいて判断するのであり、秦氏は、同氏の思想的立場からすれば認めたくないであろう事柄も、当時は認めたのではないか(私は、秦氏の思想的立場をよくは承知していないから、このように書くのは僭越であるが)。同氏は、自らの思想に添うような一方的な判断はしなかったのである。しかし朝日は、自社のイデオロギーに添うニュースだけを一方的に報道し、他を無視した。この点に朝日の大きな誤りがあった。

(c)社会科学の中立性社会科学の「中立性」についても、簡単に言及したい。わざわざ朝日新聞の誤報問題に触れたのは、この種の誤りは、進歩派と思わ

れる人にこそ多いからである。かつて民科では、資本主義の全般的危機が語られ、既に社会主義への移行期が始まっているといった見方が述べられていた。それは、個人の意見ではなく、民科内部の共通した見方だとされていた。10年以内に、民主政府が樹立されるのではないかということも示唆されていた。これらはすべて誤っていた。

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他方で、ソ連・東欧の社会主義の崩壊については、明確にそれを予想した人はいなかった。法学以外の分野のソ連研究者には、反共主義者も多く、彼等は社会主義の崩壊を期待していたであろう。しかし彼等は、「社会主義の全般的危機」とか、「社会主義崩壊のプロセスが始まっている」などと大言壮語はしなかったのである。ソ連崩壊を予想できなかったことでソ連研究者は批判されたが、むしろそれは、ソ連研究者の謙虚さ、誠実さを物語るものでもある。反共主義者を含めて、彼等は、十分な根拠もなしに、自らの思想、主観的願望に従って一方的な予想をすることを控えていたのである。先に、産経、読売の方が、朝日より公平な態度をとったと述べたが、ここでは、反共主義者の方が、マルクス主義(民主主義)法学者よりも、学問的な態度をとったのである。さて、研究の対象を構成する個々の事実については、真実は一つであり、そ

の真実には無限に接近しうるし、あるいは完全に真実を把握しうる。しかし、それらの個々の事実をどのように組み立て(種々の事実の取捨選択、重要性の順位づけ、相互の関連づけ等々)、全体的な認識に至るかについては、完全な中立ということは原理的にありえない。況んやそれらをどのように評価するかは、価値判断の問題である。しかし、かつてマルクス主義者が主張したような、「党派性と科学性の弁証法的統一」などといった方法は、党派性の下に真実を大きく歪めるものであった。事実の認識が価値判断と切り離せないことを自覚しつつも、しかも常に価値判断を抑制しつつ、対象を客観的に観察するよう心がけなければならない。自然現象は価値判断の対象にならないが、社会現象についても、自然を相手にしているかのような冷静な目が必要であろう。やや我田引水になるのであるが、ソ連に対して厳しい認識を示していた私

も、現時点でみると、むしろかなりの程度親ソ的と言えるかもしれないことを書いてきたとさえ思う。私は、繰り返しになるが、政治の第一次的課題(第一になすべき最低限の課題)は、社会的弱者を保護することにあると考えている。そして私は、ソ連社会は社会的弱者を優遇し、保護する社会であったことを、ソ連時代もソ連崩壊後も、一貫して述べてきた。ただしそれは、特権階層の優遇と抱き合わせの形を取ってである。社会主義国では、特権階層と社会的弱者

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(合わせて、例えば人口の約3割)が、相互に支え合い、中間層(人口の約7割)がその分だけ不利益を受けていた。例えば、社会主義時代、ホームレスはいなかったが、その代わり住宅は事実上分配制度で自分で自由に選択することはできず、一つのアパートに複数家族が詰め込まれたり、子供が生まれたり老人介護が必要になっても、それだけの居住スペースを確保することは極めて困難であった。社会主義諸国においては、支配層は、社会的弱者の保護をその支配の正当性

の根拠とし、社会的弱者は、その見返りに、支配層を根強く支持していた。自由化・民主化すれば、この少数派連合は、選挙で多数派の中間層に勝てなかった。そのため、自由と民主主義の抑圧が必要であった。少数派の利益を守る政治が行われていたわけであるが、それは必ずしも非倫理的であったわけではない。少数派の社会的弱者は、保護を失えば生きていくことができなかったが、多数派の中間層は、自由と民主主義を失っても生きていくことはできたからである。この点に、社会主義支配の最低限の正当性があった。私は、このように論じてきたのである。では、なぜソ連・東欧の社会主義を支持しなかったのか。それは、自由と民主主義の抑圧と人間性の蹂躙の程度があまりにひどく、イデオロギーによる全体主義的支配が耐えがたいものであり、他方で社会的弱者の保護といっても、それは生存ぎりぎりの水準で、西側資本主義諸国の社会保障レベルをはるかに下回っていたからである。また、とりわけ研究者としては、真実を偽る欺瞞性と偽善性や、ある種の新興宗教団体にも似た独善性が、何よりも許しがたく感じられたのである。ソ連・東欧の社会主義崩壊後、かつてそれらを支持していた人の中には、一

転してそれを酷評する人も少なくなかった。それに比べれば、私などはかなり親ソ的な意見を述べていたことになりそうである。私は、もちろん、親ソ的であろうと意図していたわけではない。しかし、偶然、ある人から私の「親ソ的」とも言うべき発言を指摘されて、なるほどそうかと気づかされたのである。真実を公平に見極めようとすれば、自然とそうなったのである。

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(2)その他これまで書きそびれたこと、また本稿第1編第3章第1節で「マルクス主義

法学者の議論の諸特徴」で述べたことについて、ここで若干補足したい。

(a)「風潮」論マルクス主義者は、「土台―上部構造」という視点から社会現象を考察して

きた。近年の民科では、土台と上部構造の間の「社会」領域に注目し、「公共圏」や「市民社会γ」について論じている。私は、社会現象を規定する諸要素の中で、「社会」の役割はさほど重要ではないと思っているが、その中でやや重視していいのではないかと思うのは、「風潮」である。これは「時代の雰囲気」、「時代精神」といったものであり、社会を構成する比較的重要な要素だと思う。それは伝統的な理解であれば、「上部構造」の一部であろう。しかしそれは、土台に規定される面はそれほどない。またそれは、様々の要因によって自然成長的に「生成」されるものが多い。しかし、権力によって、あるいは世論の力によって、ある程度意識的に生み出すこともできよう。私は、本稿の別の場所で、既に「風潮」という言葉を使っているが、それは政治は世論を最重要な指標として行わなければならない(世論政治)という「風潮」を創り上げるべきだという文脈で用いている。現代日本社会の風潮の一つとして、例えば、「草食系」人間というのがある。

この言葉が使われるようになったのは最近のことであるが、戦後日本人は一貫して草食系であったと思う。それは、過去の戦争体験が深く投影しているのだと思う。「優しさ」が尊ばれ、力の行使は拒絶される。私は「愛の鞭」を信じているが、今や教育現場では、体罰は絶対的悪である(体罰を容認すれば、愚かな暴力教師が現れもことも確実であるから、簡単に「愛の鞭」を認めるべきだと言うつもりはない。またスポーツ指導の現場では現在でも暴力がしばしば使われているようで、呆れる。スポーツ指導と愛の鞭はまるで関係がない)。運動会の徒競走で順位をつけることを止めるとか、いろいろ変な現象も出てきているようだ。「走るのが遅くても平気なんだ」と教えるべきなのに、遅いこ

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とは恥ずかしいことであり、隠すべきことだと考えているようだ。「もし戦争が起こったら国のために戦うか」という問いに対して、中国人の

76%、韓国人の72%がイエスと答えたのに対して、日本人は15%だけだったという数字があるという(日本経済新聞2014年3月30日)。これは情けないような数字でもあるが、それだけ日本人は平和主義的なのだと誇ることもできる。民科の議論では、日本の軍事大国化を危惧するものが多い。しかし草食系日本は、一部の者が軍事大国化を図ろうとしても、その方向に進むはずがない。ひと頃、国旗、国歌や元号の法制化について、民科ではやはり軍国主義復活

の証として批判の声が強かった。例えば渡辺洋三氏は、元号法について、「ファシズム的統合の勝利の第一歩を意味する」と論じていた(『法社会学と法律学の接点』、1989年、142頁、同『戦後日本の民主主義』、1991年、268頁も同旨)。しかし、国旗、国歌、元号は、当時において「絶滅危惧種」であって、法制化によってファシズムが勝利したといった大袈裟なものではなく、かろうじて絶滅を免れたといった程度の意味しかない。私が子供の頃(山口県の寒村)、我が家を含めてほとんどすべての家が、国民の祝日には日の丸の旗を掲げていた。上京した後の1970年の正月、近所を歩きつつ興味本位に数えると、だいたい3軒に1軒が日の丸の旗を掲げていた。大阪に移って1975年、日の丸の旗は10軒に1軒程度に減った。そして1980年の正月、ついに町から日の丸の旗が姿を消した(例外もあったが、それはすべて官公署であった)。地元の自民党議員の家でさえ、日の丸はなかったのである。このような状態に危機感を燃やした保守派が国旗・国歌法を制定し、辛うじて絶滅を免れたのである。しかし現在でも、祝日に国旗を掲げる人は、地元には1人もいない。これが、現在の風潮である。

(b)「資本主義政治局」再論社会主義の政治は、真実を認識しうる独裁者または少数精鋭の権力中枢(共

産党政治局)が本質的問題のすべてを計画的に決定する。それに対して資本主義の政治は、計画性は弱く、行き当たりばったりで、試行錯誤の連続である。

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内閣が替われば政治も変わる。しかしマルクス主義者は、資本主義政治も、どこかに支配階級の権力中枢があり、そこが秘密裡にすべてを決定しているかのように考える傾向がある。そのような見方は、あるいはレーニンに由来するのかもしれない。レーニンは議会制度を批判し、「真の『国家』活動は楽屋裏でおこなわれ、各省や官房や参謀本部が遂行している」と述べていた(岩波文庫『国家と革命』、69頁)。民科の文献でよく使われるのは「支配層」という言葉である。これが、いわ

ば「資本主義政治局」に当たる。例えば笹倉氏は、新自由主義的な構造改革について、次のように述べている。「支配層」は、構造不況とグローバリゼーションによる国際競争の激化に直面して、これまでの「日本的なもの」に依拠した生産方式ではうまくいかないことを自覚するようになった。「しかしそれでも、支配層が『日本的なるもの』を消滅させて全く変容すると見るのは誤りであろう。そもそも『構造改革』のやり方自体が『日本的』であるからである」。そこで日本的やり方として、国際競争や集団的危機を煽ってムードでことを遂行しようとする等々が列記されているが、そもそもそれらは、いずれも「日本的」などとは全く思えない。そして笹倉氏は、「『構造改革』をめぐっては、当面は超近代的な効率性の論理と旧い『日本的なるもの』とが、からみ合ってそれを推進すると考えられる…」と述べている(『法哲学講義』2002年、282‒286頁)。「支配層が『日本的なるもの』を消滅させて云々」といったところなど、笹倉氏は、支配層が意図的にそのようにする(または、しない)のが政治だと考えているようであるが、その発想には大いに違和感がある。しかしこの部分は、民科の他の論文(吉村良一「『社会』変動と民主主義法学の課題」、『法の科学』33号、2003年、91頁)でも引用されているから、民科内部では説得力があるのであろうか。ここでは笹倉氏は、支配層が未来の設計図について何らかの「正解」を持ち、それに基づいて改革を進めているかのように考えているようにみえる。しかし、支配層は、予めそのような「正解」をもっているわけではない。構造改革派は、必要であれば、それが「日本的なるもの」であるか否かにかかわらず、障害物を破壊して前進しようとするであろう。それに対して、既得権

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益層は、それが「日本的」であるかどうかとは無関係に、自らの権益が侵されれば抵抗するであろう。結果的に妥協的な線で決着がつき、「日本的なもの」が部分的に残ったとしても、それは「支配層」なるものが、初めから企んでそうするといったものではない。

(c)「資本主義政治の巧妙さ」論木下智史・本秀紀両氏は、階級妥協的な政治の行き詰まりと新社会運動の興

隆について、もはや資本主義社会の基本的対抗軸が階級対立ではなくなったからという見方を否定する。そして、階級対立が後景に退いた理由を、「本稿執筆者らは、『搾取と階級を仮面で隠す資本主義の類い稀な能力』が、国家の諸政策と『市民社会』内部の諸『制度』(メディア、学校、企業、諸団体等)を通じて人びとの心に深く浸透しているからと考える」と述べている(「民主的自己統治の可能性と民主主義理論」、法律時報増刊『改憲・改革と法』、2008年、311頁)。これは、既述の国民の愚民視の一例でもある。新屋達之氏は、裁判員制度について、「支配そのものが非常に巧妙化した現代政治の下では国民参加という民主主義原理と人権保障という自由主義原理が必然的に結びつくわけではない」とし、司法への国民参加によって、重罰化や人権保障の後退が生じると懸念している(「司法改革のイデオロギー」、『法の科学』35号、2005年、140頁)。これらの論文では、「資本主義の類い稀な能力」とか、「支配の巧妙化」といった言葉が出てくる。先の木下・本論文の最後の文章(前にも引用した)が、私には印象的であっ

た。両氏は熟議民主主義を説き、「絶えざる熟議と闘争の結果、『普通の市民』の間で解消不能な対立を抱える問題と判明するものは、現代社会では、実際には、意外と少ないこととなろう」と結論している(木下・本前掲論文、法律時報増刊『改憲・改革と法』、2008年、313頁)。「解消不能な対立」とは、階級対立のことである。とすれば、資本主義は「搾取と階級」を仮面で隠す類い稀な能力をもっているのではなく、「仮面」を剥いでみても、もともと「搾取と階級」に起因する対立は「意外と少ない」ということになる。「仮面」で巧み

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に隠しているわけではないのである。資本主義の政治が巧妙にできているという見方は、ある意味で正しい。しか

しそれは、政治家達が巧みに制度設計したとか、巧妙に運営しているということではない。資本主義政治は、むしろ場当たり的で拙劣である。ただ資本主義経済、市場経済は、自由・民主主義・人権といった近代的諸価値と親和的であり、また資本主義政治は、市場と同じようなフィードバック・メカニズムを内包しているから、仮に誤りを犯しても修正が可能であり、大きく軌道を外れることは少ないとは言える

(12)

。ただ市場経済は、金持はますます金持になるといった「正」のフィード・バック機能も働くから、それを規制してバランスをとることが、政治固有の役割となる。資本主義政治は、体制反対派の存在を容認しているが故に、柔構造であり、強固であるという面もある。資本主義政治は、常に厳しい批判に曝されているが故に、打たれ強いのである。社会主義政治のように、一見水も漏らさぬ強固にみえる体制が、アリの一穴で粉々に瓦解するといったことはない。その意味では、民科のような体制批判者の存在は、現行体制の強靱化に貢献しているのである。つまり民科の存在もまた、資本主義の「巧妙な支配」の一部を構成しているわけである。

(d)「国民」概念民科による「国民」概念の濫用については、本稿の最初の方でも論じた。先

にみたように、国民を蔑視する渡辺洋三氏であるが、他方では、しばしば自らと国民全体を同一視する。例えば、1990年代、自民党の単独過半数割れ以降、

(12) 社会主義政治は、国家機関のチェック・アンド・バランス関係のようなフィード・バック・メカニズムがないから、「正のフィード・バック」が作用する。政治の誤りを正すのは「統制機関」の役割であるが、その「統制機関」が賄賂を受け取ったりして腐敗するので、「統制機関を統制する統制機関」が作られる。さらにそれを統制する上位の統制機関が必要となる。ソ連の店や様々の窓口では、長い行列が恒常的にできていたが、ここでは「統制機関まで行列している」といったアネクドートが語られていた。

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「共産党を除く各政党が、離合集散をくり返し、昨日の敵は今日の友となり」、政権がくるくる変わる。「国民は、あきれるばかりである」(『日本をどう変えていくのか』、1996年、227頁)。渡辺氏には、この種の「国民」概念の濫用が目立つ。国民が皆あきれているわけではないだろうから、「あきれる国民はあきれるばかりである」、あるいは「私と同じ考えの国民はあきれるばかりである」とでも言うべきである。また渡辺氏は、その著作『日本社会はどこへ行く』(1990年)の「はしがき」で、「本書の一貫した視点は、…私もその一員である国民の側から、国民の目で見た改革とは何かを考える、ということにつきる」と述べている(同書、ⅲ頁)。司法制度改革について民科の研究会が出した声明文は、「憲法の理念と国民の要求に基づいて真の改革を進めるために」と題されている(『法の科学』36号所収、2006年)。これらの文章では、自らが「国民」全体を代表しているかのように、「国民」を僭称している。このような用例が、民科には極めて多い。しかしこのような用例は一般的にもみられることであって、特に問題にするほどのことはないと思われるかもしれない。しかし、一般の用例と民科では違いがある。一般の用例では、当人の主観に

おいては、ともかく「国民」総体の考えを代表したいという願望を込めて使われているのであろう。そのことについては、いちいち異を唱える必要はない。また政府の公文書の場合は、ともかく政府は国民を代表しているのであるから、国民概念を用いることは許される場合が多いであろう。ところが民科の場合は、この「国民」概念から、「支配階級」は意図的に除外されている場合が多いのである。既述のように、笹倉氏は、「国民」概念には、「人民」概念と同じように、支

配階級を除いた部分を指すことがあると説明している(本稿―〈下・Ⅰ〉、『神戸法学雑誌』65巻2号、2015年、243頁)。民科の「国民」概念の多くは、そのような用例なのである。したがって、国民の一部が国民概念から除外されており、しかも支配階級を除けば、残りの国民と自分達とは考えは同じであるという前提で国民概念が使われているという二つの意味において、民科の「国民」

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概念は恣意的である。正確を期すためには、民科の文献で「国民」概念を用いる時は、「我々と同じ考えの」国民といった、修飾語をつけないと、正しい日本語にはならないのである。今後は、「我々と同じ考えの国民からみた改革」とか、「憲法の理念と我々と同じ考えの国民の要求…」と言って欲しい

(13)

(e)「良心的」という評価本稿第1編第3章第1節の「マルクス主義法学者の議論の諸特徴」で、マル

クス主義法学者が時として使う「良心的」という言葉が気になると書いた。自分達を良心的研究者と前提し、対立する人々は「非良心的」と決めつけ、中間的な部分の中の「良心的」部分との連帯が必要といった文脈で使われる。例を一つ追加する。中村浩爾氏は、吉崎祥司氏の著作を紹介するなかで、リベラリズムの問題点を指摘しつつ、「井上達夫の場合はコミュニタリアニズムからの批判を受けて若干そちらの方に寄っているような感じがあり、そういう意味では良心的な面があるが、やはりその枠内にとどまっている」と述べている(「民主主義の変容と民主主義理念の再創造」、『法の科学』31号、2001年、124頁)。これは中村氏自身の言葉ではなく、吉崎氏がそう言っているのだと思うが、こ

(13) 渡辺洋三氏は、司法制度改革について、財界・官僚が「市民のための司法改革」を主張していることについて、そこでは企業も市民の中に入れているから、民主的司法運動は、「このようなあいまいな市民概念を使うのはやめて」、国民主権の立場を明らかにするように「国民」の語を使うべきだと述べている(「日本社会と司法のあるべき姿」、『法の科学』30号、2001年、23‒24頁)。私などは、「市民」概念はその曖昧さのためにあまり使わないようにしているが、「立場の差異をこえてだれでも皆、市民という言葉を使いすぎる」と言う渡辺氏自身、「市民」、「市民法」、「市民社会」と、市民概念を多用してきたのではないか。他方で、同じ書のなかで、澤藤統一郎氏は、司法制度改革審議会の中間報告は、「市民のためといわずに、国民という用語を選択している」という。国民には強者と弱者があるのに、形式的平等原則に立脚し、「市民の立場に立たず、企業の立場に立っていることの結果である」と述べている(「民事裁判はどうなる」、『法の科学』30号、2001年、67頁)。「国民」、「市民」概念の使用をめぐって、渡辺氏と澤藤氏は、正反対のことを主張している。

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のような学問に対する道徳的評価は傲慢であり、不適切である。

(f)「限界があった」論民科内部で他者を批判する場合、明確に間違っていたとは言わず、「限界があった」とか、「当時の状況に規定されていた」等々、ごまかしに近い表現が用いられることがある。安田浩氏は、かつての平和運動が、アメリカなどを戦争勢力、社会主義陣営などを平和勢力とみなしていたことについて、一定の妥当性はあったとしつつも、「『戦争勢力』と『平和勢力』を、先験的に画然と規定できるとしたその発想は、歴史的に限界をもった認識であった」と述べている。社会主義国が常に平和勢力とは言い難いことが、見落とされていたとも述べている(「戦後平和運動の特質と当面する課題」、講座『現代日本』4巻、1997年、262頁)。「限界をもった認識」ではなく、明確な誤りであった。「一定の妥当性があった」というのも正しくないし、社会主義国が「常に平和勢力とは限らない」といった言い方もおかしい。その点で、資本主義と社会主義の間に境界線を引くのは、そもそも誤っているのである。

(g)小田中氏の司法制度改革批判司法制度改革批判の中心であった小田中氏の議論は本論で紹介したが、『法

の科学』誌掲載論文について、書き漏らしていた。改革側が、司法改革を「この国のかたち」の再構築の手段と規定していることについて、小田中氏は、「このように司法を支配層の統治戦略遂行のための道具とみる発想は、司法を国策(戦争遂行)の道具とみて改悪した戦時の動きと類似しており、国家主義的性格が強い」と言う(「中間報告の全体像」、『法の科学』30号、2001年、15頁)。しかしこの改革は、自由主義的、民主主義的であって、国家主義とは正反対である。また同氏は、「新自由主義的統治構造改革の下で、人権と生活の抑圧は確実に強まり、民主主義は形骸化の度を深め、軍事化も一層加速するであろうが、これに伴い人権、生活、民主主義、平和を擁護する闘いは一層活発化するであろう」と述べている(「司法改革はなにを狙いとしたのか、それを実現し

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たのか」、『法の科学』36号、2006年、27頁)。これは、聞き飽きたようなステレオタイプである。

(h)立憲主義について1996年の民科の学会で、樋口陽一氏は、「民主主義から立憲主義へ」の力点

の移動の必要性を示唆するような報告をしたという。本稿は、これを、民科の自由主義化の一例として、前に紹介した(本稿〈下・Ⅱ〉、62頁)。立憲主義は、西欧史に初めて憲法が登場した頃の思想であって、今日では、かなり時代錯誤の印象がある(民科の「市民法の復権」論とは呼応する)。戦後の憲法学や政治の世界で、立憲主義という言葉が使われることは少なかったように思う。ところが、最近は、政治の世界でも、しばしば立憲主義という言葉が聞かれるようになった。これは、樋口氏など憲法学者の影響によるのであろうか。ところで、先日、民主党と維新の党が合流して結成される新党の名称につい

て、両党が世論調査を行ったところ、民主党が推した「立憲民主党」よりも、維新の党が推した「民進党」の方が、多数の支持を集めたという(2016年3月15日各紙)。議員数で勝る民主党は、予想外の結果に驚いたと言われる。そして、このようになったのは、過去の民主党政権の失政のため、「民主党」の名称を残すことが嫌われたのだと、一般的には解釈されている。しかし私は、むしろ「立憲」の方に、問題があったのでないかと思う。明治時代に立憲改進党や立憲政友会が創設されたが、「立憲」を名乗るのは、その時代に逆戻りするかのような印象を受ける。「立憲」は前時代的で、おそらく現代人にとっては、魅力的な言葉ではないのではないか。この点でも、民科的立憲主義は、国民に乗り越えられているように思う。

第3節 予めの回答・反論本稿に対して、様々の質問、疑問、批判があるかもしれない。それらの内、予想される若干のものについて、予め回答・反論しておきたい。

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(1)マルクス主義(民主主義)法学にプラス面はないのか?私は、民科の社会認識が一面的であることを批判してきた。それに対して、私の民科批判も一面的だという批判が予想される。しかし、そうではない。本稿は、批判のための批判を目的としており、民科の間違った面のみを対象として批判している。間違った研究内容を批判するだけであって、マルクス主義法学や民主主義法学を止めよと主張したり、止めさせようと呼びかけているわけではない。だから民科の誤りだけを指摘することに、何の問題もない。民科の功績を論じたい人がおれば、それはそれで自由にやればよいことである。他方でマルクス主義法学、民主主義法学は、資本主義、あるいは現代日本の

批判的研究を自己目的としておこなっているわけではない。彼等は、日本社会を民主主義的に(さらには社会主義的に)、変革することを目的としている。そうであれば、資本主義、日本社会の否定的側面だけを取り上げるのでは、当然不十分である。否定的側面に勝る肯定的側面があるかもしれないからである。現状の変革を説くのであれば、現状の肯定的・否定的の両面を比較検討して総合的に評価し、否定的側面が大きければその変革を説くという論理的手続が必要である。あるいは、そもそも肯定面、否定面と機械的に分けること自体おかしいとい

う議論もあろう。実は私自身も、そう考えている。対象は全体として一つであり、よき部分も全体としての悪の構成部分にすぎなかったり、その逆もある。また周辺部分でよき点があっても、本質的な部分が間違っているということもある。そのような場合は、そのことが分かるような論述が必要である。私自身は、民科の論文をそのように評価してきたつもりであり、部分的には、同意できる点を各所で指摘している。しかし全体としては、根本的な点で間違っていると評価しているのである。ただ私が対象としたのは、民科の研究の一部でしかないという問題はある。

民科会員は、各専門分野で、それぞれ優れた研究をしている例も多いのだろうと推測する。しかし私はそれを知らないし、今や知ろうとする能力も意欲もなく、また知っていても評価する資格はないであろう。ただマルクス主義(民主

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主義)法学のマルクス主義(民主主義)法学たる所以の部分は、私が主たる対象とした『法の科学』誌に集約されていると思う。それらについては、全体として否定的に評価しているのである。

(2)森下の立ち位置は?私が民科を批判する場合、一体どのような立場から批判しているのかが明確

でないという批判があるかもしれない。このような批判に応えるためには、私自身の体系的な社会科学を構築してみせるしかないと思う。しかし、この点については、残念ながら、私にはその時間的、エネルギー的な余裕が残されていないと言うしかない。私が研究者を志した時、当初は、藤田教授の「法と経済の一般理論」(講座現代法『現代法と経済』所収、1966年)に衝撃を受け、回り道をしながらも、自分自身の「法の一般理論」を構築することを目的としていた(そのあたりの事情は「法律嫌いの法律学、ソ連嫌いのソ連学、社会嫌いの社会科学」、『神戸法学雑誌』60巻3・4号、2011年、に書いている)。しかしその後、ソビエト法研究に、次いでソ連の崩壊過程の研究、さらには新ロシア法の形成過程の研究に忙殺され、いつしかそれが本業となってしまった。今考えれば、ソ連崩壊後の間もない時期に、転進を図るべきだったと思う。私自身の資本主義法について、あるいは社会科学一般についての体系的研究

はないが、本稿での批判を通して、間接的に、私自身の考え方は、かなりの程度述べたつもりである。また私は、大学で「社会科学原理」の講義を新設し、担当していたので、社会科学体系全体の見取り図のようなものはある。それは、主として、これまでの社会科学を概説したようなものであるが、私自身の考えも盛り込んでいた。その講義用のレジメは残っており、未公表であるが、その一端は、先の拙稿(『神戸法学雑誌』60巻3・4号、2011年)でも紹介している。また一般には入手しにくいが、神戸大学の同窓会誌『凌霜』誌に、「日本的な社会科学の可能性」(366号、2005年)という短いエッセイを書いている。関心のある方には、それらを参照してもらうしかない。私のものの考え方は、いわば森下主義であって、かなり独特のものがあるか

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もしれない。そこには様々の先人の思想や、私自身の思考が混じり合っている。学生時代、私は、友人達に、マルクス思想と武士道精神を結びつけたいとよく語っていた。とてつもないことを言っていたものであるが、武士道精神を日本文化と言い換えれば、それはそのまま現在の私にも通じている。マルクス思想と言っても、それは宇野理論を通して学んだマルクス思想であり、またマルクスにも、そして宇野理論にも、同意できるところとできないところがある。日本文化にも、好きなところと嫌いなところがある。マルクス思想は、現代社会を分析する上で最も有力な武器になる。しかし、その社会主義論、特に共産主義論は空想的社会主義の遺産である。私のソ連社会主義批判の基礎にあるのは、マルクス社会主義論の空想性が、悪魔的社会主義を生み出したという視点である。またマルクスが分析対象とした時代と異なり、現代は脱工業化の時代である。工業労働を前提に組み立てられた労働価値説を初め、マルクスの理論も大いに修正が必要なのではないかと思う。しかしそれは、もちろん私などの力の及ぶところではなく、経済学者に研究していただきたい。日本文化についても、私の思いは複雑である。仏教は、私が生まれるより遙

か前に日本に伝来し、日本にすっかり定着している(さらには形骸化している)というのに、心落ち着くところと共に、極めてエキゾチックに感じるものも多い(11面観音や千手観音のような多面多臂像は不気味だし、仏教外からの伝来とは言え、深沙大将などグロテスクの極みだ)。そのあたりは、日本文化全体と、うまく調和していないのだと思う。今の天皇は平和的で開明的だと思うが、天皇制に関わるような文化には大いに違和感がある。日本の絵画は世界の最高水準にあると思うが、日本の伝統音楽は、残念ながら西洋音楽に比べてはるかに劣っている。日本的な自然観、人間観、社会観については、私は比較的高く評価している部分が多い。そのことは、本稿でも、法文化論や法化批判論として、断片的ではあるが述べてきた。紛争解決の最終的手段として「権利・義務」の法的視点は不可欠であるが、それ以前に、例えば「友愛」(「義理・人情・浪花節」とい

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うと古くさいので、「友愛」と言っている)といったものも重要だと思う。「民法出でて忠孝滅ぶ」というのも、「民法出でて友愛滅ぶ」と言い換えれば、多少は説得力があるのではないだろうか。日本人の人間観、社会観の特徴の一つとしては、「関係性」を重視することがしばしば指摘される。「人間」という日本語自体が、人間を「人の関係」として捉えていることを示している(中国語では、「人間」とは、日本語と異なり、「世間」を意味するという)。これは、「人間」を「社会諸関係の総体」と捉えるマルクスの人間観に通じている。民科の文献では、しばしば日本社会の「集団主義的性格」が、前近代的、封建的なものとして批判されている。しかし社会主義もまた、集団主義そのものである。私にとって、マルクス思想と日本文化論は、このようなところでも接点をもっているのである。私自身の立脚点について、書けば無限に拡がっていきそうであるが、ここでは、残念ながら、この程度に止めるしかない。

(3)後知恵論本稿の最初に述べたように、本稿は、2013年の比較法学会部会で私が報告

した「歴史に裁かれたわが国のマルクス主義法学」が基になっている。報告が終わった後、民科の有力会員であるA氏と偶然対話する機会があった。その時A氏は、私の民科批判は「後知恵だ」と言った。これは聞き捨てならぬ言葉である。私は抗議し、A氏も一端は撤回したが、その後もA氏の言葉には時 「々後知恵」という表現が出てきた。これはこれで、興味深い言葉ではある。民科内部の議論でも、後知恵に近い言葉が使われたことがある。1996年の

民科学会報告で、笹倉氏は、旧現代法論争時代に盛んに使われた「国家独占資本主義」概念について、「『国独資』の概念は、およそ一九八〇年以来、経済学や政治学、そして民科でもほとんど死語化してしまった」と述べている(「民科法律部会五〇年の理論的総括」、『法の科学』26号、1997年、9頁)。それに対して、戒能氏が、「このような批判は、現在の時点から見ていわば『結果論』的に過去の論議を評定するといった面を有し、必ずしも賛成できないが、 …」

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と反論している(「民主主義社会構築をめざす法戦略」、『法の科学』26号、1997年、121頁)。「後知恵」という言葉は使っていないが、そのような趣旨の反論である。民科では、過去を批判されると、このような反論のパターンがあるのかもしれない。ちなみに私自身は、後知恵ではなく、最初から、自分の言葉としては、「国家独占資本主義」という言葉を使ったことがない(わが敬愛する宇野弘蔵氏も使っているにもかかわらず)。これは偶然ではなく、この言葉に疑問を懐き、意識的に使わなかったからである。ついでに言えば、「ブルジョア」という言葉も、学術用語として、あるいは「いわゆる」ブルジョア法といった「いわゆる」付きの意味では使ってきたが、批判的、侮蔑的意味を込めた用法は、意識的に回避してきた。かつて民科では「ブルジョア法」という表現はよく使用されていたが、そのような場合、私は「近代法」と表現してきたのである。さて、A氏の「後知恵」論については、以下のように反論したい。ついでに言えば、私は民科の過去だけでなく、現在に至る議論すべてを批判している。少なくとも、現在の民科批判については、「後知恵」論は妥当しないわけだ。第一に、私の民科批判を「後知恵」ということは、私の批判自体の正当性を

認めたことを意味する。私の学会報告は40分程度のものであったが、長大な本稿のエッセンスはすべて含まれていた。それが「後知恵」ということは、私のマルクス主義(民主主義)法学に対する全面的・根本的批判が正しかったことを認めたことになろう。これは思いがけない成果であった。これまで民科は、本稿で論じたように、あれだけ大きな誤りを際限なく犯してきながら、その誤りをはっきりと認めたことは一度もないと言ってよい。事実上認めたと言えるような場合であっても、「当時としては正しかった」とか、「当時の状況の下で限界があった」などと、曖昧な表現で逃げてきたのである。A氏は、民科の基本的誤りを、はっきりと認め、反省すべきである。第二に、私の批判が「後知恵」であると思っているのであれば、その根拠を

示すべきである。後知恵というのは、後になって分かった事実をもって過去の誤りを指摘することを意味するのであろう。しかし、私は研究者を志した頃か

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ら今日まで、一貫して民科的な社会科学の強い批判者であって、そのことは、民科の中にも知る人はいるはずである。もちろん私は、民科の会員ではないし、会員であったこともない。先に書いたように、私の社会科学的思考の基礎にあるのは、マルクス思想と

日本文化論であり、その上に様々のものが混じっている。私の思考方法を規定しているこれら様々の要素は、時の流れとともに、ある部分が大きくなったり、小さくなったりしている。そのような変化は当然あるが、しかし民科批判の内容については全く一貫している。かつては支持していたのに、その後の事情の変化により、今頃になって民科を批判し始めたというような点は、全くないのである。第三に、そもそも私の民科批判は、「後知恵」と言うほどの、後からでなけ

れば気づかないような大それた新しい発見であろうか。私の民科批判の内容は、私特有の観点やニュアンスがあるとは言え、社会科学者の多くにとって、また関心をもつ国民の多くにとって、極めて常識的なものである。後にならなければ気づかないようなものは、何一つないであろう。それに気づかなかったのは、民科会員ぐらいのものである。実際民科会員の中には、ソ連崩壊後、それまでのソ連の酷さについて、既述のように、情報操作のために気づかなかったなどと弁解する者がいた。さてA氏は、私の民科批判に対して、別の角度からの反論も行った。それは、私が誤りと指摘する過去の民科の議論について、それがいかなる状況の下で語られたものであるかが重要だというものである。つまり、現時点でみると誤っているようにみえても、「当時としては正しかった」と言いたいようであった。これは、「あと知恵」論と呼応する見方でもあるが、それと矛盾するとも言える。つまり「当時としては正しかった」が、後から考えると間違っていたという場合もあろうし、「当時としても間違っていた」が、それは後になって初めて分かる類いのことである、という意味にもなる。もしA氏が、前者の意味で後知恵論を語ったのであれば、彼は、過去の誤りを十分には認めていないことになる。

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しかし、本稿で論じてきたような社会科学の諸問題について、「当時としては正しかった」と言い訳することは、極めて難しいのではないか。具体的事例を挙げることは、できないのではないか。当時の限られた情報の下では正しかったといった事例も、ありそうにない。例えば、冷戦下において社会主義諸国を批判することは、アメリカ帝国主義を利することになるので、してはならないことであった、とでも言うのであろうか。ある研究会で、ある人が、(修正主義者としてマルクス主義陣営では批判されてきた)ベルンシュタインは正しかったのではないかと質問したことがあった。その時ベテランのB教授は、「ベルンシュタインの理論がどういう状況の下で出てきたかが問題だ」という趣旨の回答をしていた。当時の状況下では、ベルンシュタイン理論はマルクス主義に対する裏切りであり、間違っていたと言いたいのであろう。私は反対に、ベルンシュタインは「先見の明」があったと言うべきだと思う。

マルクス主義者(民主主義者)が、「当時の状況下では正しかった」という場合、そのほとんどは、当時としても間違っており、それに反対した人々は「先見の明があった」と敬意を表されてしかるべきである。民科では逆に、「先見の明」があった人が、「当時としては間違っていた」と、不当に批判されてきたのである。とはいえ、私の民科批判の内容は、最初からのものであったが、先見の明があっと言うには恥ずかしいような常識論にすぎないのである。ついでに付け加えるが、A氏は、さらに第三の反論もした。ただA氏自身、私への反論を予め十分整理した上で発言したわけではなかったろうから、その内容は明快ではなかった。一言で言えば、それは、「これから何をするかが重要だ」という趣旨のようであった。過去の誤りよりも、これから先のことが重要だというだけの意味かもしれない。ただその時、私は深読みして、「未来によって歴史を変える戦略」かと思った。私自身、そのようなことをよく学生に語っていたからである。クローチェが言うように、すべての歴史は現代史であり、現在・未来が過去の歴史の意味を変化させる。保守派の中には、今でも、かつての太平洋戦争は、アジアの植民地を西欧帝国主義から解放するための闘いであったと主張する人がいる。これ

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は、完全に間違っている。しかしあの戦争の結果、アジア諸国が独立を達成したことも事実である。もし戦後、日本が過去の侵略戦争の誤りを認めて謝罪し、損害を賠償し、それら諸国と友好関係を築き、それらの国の平和的発展に全面的に協力していたならば、アジアの人々の意識は、「日本の戦争の結果独立できた」という脈絡を重視するように変わり、侵略の側面は影を薄くしたかもしれない。そうすれば、100年後のアジア諸国の歴史書は、「日本がアジア諸国を、西欧帝国主義から解放した」と書くかもしれない。もし今後の歴史が社会主義へと向ったならば、ソ連の評価を含むマルクス主

義者(民主主義者)の議論への評価も変わる可能性はある。ソ連はやはり社会主義の先駆者であったと、肯定的に評価されるようになるかもしれない。私が批判してきた民科の諸議論も、やはり正しかったということになるかもしれない。しかしA氏の主張は、そのような意味まで含んでいたわけではないであろう。そしてまた、ソ連社会主義は、歴史的巨悪として否定的に評価され続けることも間違いないであろう。民科の多くの議論も、また同じ運命にある。(完)

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