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KEK サマースクール ハイパー核 きるコーステキスト 2006 8 17 (大 大学)、 大学) TA  大学)

KEK - 東京工業大学exotic/KEKschool.pdfKEKサマースクール ハイパー核実践講座–あなたも計算できる– 反応コーステキスト 2006年8月17日版 講師

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KEKサマースクールハイパー核実践講座–あなたも計算できる–

 反応コーステキスト

 

2006年 8月 17日版

 

 

講師 原田 融(大阪電気通信大学)、比連崎 悟(奈良女子大学)

TA 山縣 淳子(奈良女子大学)

2 運動学

(注)この章では基本的に自然単位系 c = h = 1を用いている. 運動量を質量と区別する為に, MeV/cなどと書く所もあるが, 原則として c, hは明記していない.

2.0 運動学 (Kinematics)と動力学 (Dynamics)

この章では初期状態に存在する 2粒子 (粒子番号 1,2)がなんらかの反応を起こした後, 終状態として一般的には初期状態と異なる 2粒子 (粒子番号 3,4)に遷移する場合の運動学 (Kinematics)を考察する.

運動学とは, 空間の並進対称性から生じるエネルギー運動量の保存則によって制限される粒子の運動を理解する事である. (たとえば, ビリヤードにおいてクッションやスピン無しに玉が 2個とも手前に戻ることはない.) 動力学とは, 物理系の構造や性質を記述/理解するものであって運動学で記述されるものとは異なる. (たとえば, ビリヤードの玉の弾性係数を変えた場合衝突の様子は変わる. しかしエネルギー運動量保存則 (運動学的制限)は常に満たされている. )

ここで学ぶ事は,

課題 1. 2体 (粒子 1,2)→ 2体 (粒子 3,4)の反応において, エネルギー運動量保存則

−→p1 + −→p2 = −→p3 + −→p4

E1 + E2 = E3 + E4 , (1)

ただしここでEi =

√−→pi

2 + m2i (i = 1 ∼ 4) , (2)

を満たす解 (4粒子のすべてのエネルギーと運動量)を, お好みの座標系 (重心系, 実験室系, その他)で手際よく求める方法及び,

課題 2.座標系を変えた場合の断面積の変化について

である. 「物理系の構造や性質」が変化しなくても座標系を変えると, 微分断面積の大きさや分布は変化するので, 課題 2も運動学的な問題であると言える.

2.1 2体→2体の反応におけるエネルギー運動量

2体から 2体の場合は, 最も単純な系なので (1), (2)式の解を求める方法は何通りもあると思うが, ここでは

1

手順 1 : 重心系での解を求めた後に,

手順 2 : ローレンツ変換によって座標系を変える,

という 2段階の手続きを取る事にする. このことにより, 「お好みの座標系」におけるエネルギーと運動量が求めやすいと考える.

手順 1 : 重心系での解

 重心系 (CM系 : center of mass system)は条件,

−−→pCM

1 +−−→pCM

2 =−−→pCM

3 +−−→pCM

4 = 0 (3)

を満足する座標系として定義される. 重心系の大きな特徴は,終状態の粒子 (粒子番号3,4)のエネルギー及び 3元運動量の大きさが角度に寄って変化しない事である. この事より (証明は諸君に任せる), 次のような手順で簡単に解を求める事ができる. まず

s = (E1 + E2)2 − (−→p1 + −→p2)

2

= (E3 + E4)2 − (−→p3 + −→p4)

2 (4)

を計算する.

 これは, マンデルスタンの s変数と呼ばれる量で, どの座標系でも一定な値をとるローレンツ不変量である. また, s変数の定義とエネルギー運動量の保存則 (1)式を比較すれば明らかなように, 始状態と終状態でも変化しない. すなわち「どこかの座標系」で「いつか」求めておけば, 考えている系においては「どの座標系」でも「いつでも」同じ値をとる. この s変数を用いて, 重心系における終状態の運動量は以下のように与えられる.

|−−→pCM

3 | = |−−→pCM

4 | =1

2√

sλ1/2(m2

3, m24, s),

−−→pCM

3 = −−−→pCM

4 (5)

ここで λは, Kallen関数と呼ばれる関数で次のように定義される.

λ(a, b, c) = a2 + b2 + c2 − 2ab − 2bc − 2ca (6)

(5), (6)式を用いて重心系における運動量が計算される事の証明も諸君に任せる. 全く同様に初期状態の運動量 |

−−→pCM

1 |, |−−→pCM

2 |も s変数より計算される. ここでは, 計算機を用いて (5), (6)式より重心系のエネルギーと運動量が計算される事を確認しよう.

2

実習 1 : 2種類の 2体→ 2体の反応

K− + p → K− + p (反応 1)

K− + p → π + Σ (反応 2)

を考える. ここで, 反応 1は終状態が始状態と同じ粒子 (K中間子と陽子の弾性散乱)

であり, 反応 2は終状態が始状態と異なっており, ハドロン反応が起こっている. それぞれの粒子の質量を

p : 938.3 MeV

K− : 493.7 MeV

π : 139.6 MeV (荷電π中間子の質量)

Σ : 1193.2 MeV (異なる荷電状態を平均した値)

(Reference; PDG)とし, 実験室系として静止している陽子に, K中間子が 1GeV/cの運動量を持って入射する場合を考える. この時

1.1 : この系における s変数の値を「初期状態」「実験室系」で求めよ.単位はMeV2.

1.2 : (5)式を用いて, 1.1の結果より (反応 1)及び (反応 2)における重心系における終状態のエネルギーと運動量の大きさを求めよ.

1.3 : 1.2で求めた重心系における終状態のエネルギーと運動量を用いて s変数を計算し, 1.1で初期状態・実験室系から求めたものと同じ値になることを確かめよ.

手順 2 : エネルギー運動量のローレンツ変換

手順 1で求めた重心系での解をローレンツ変換により他の座標系に移動する事を考える. エネルギー運動量のローレンツ変換は以下の式で表される.

E∗1 =

E2E1 −−→p2 · −→p1

M2

−→p∗1 =

[[( E2

M2

− 1)−→p2 · −→p1

−→p22 − E1

M2

]−→p2 + −→p1

](7)

(ここでM2 =

√E2

2 −−→p2

2 )

(Reference; P. F. Cordoba et al., NPA586 (1995) 586)この変換式の意味は, ある座標系Aにおけるエネルギーと運動量 (E1,−→p1)を, 異なる座標系Bにおけるエネルギー

3

と運動量 (E∗1 ,−→p∗1)に変換するということである. ここで座標系Bは, 座標系Aで定義

されたエネルギーと運動量 (E2,−→p2)の静止系として定義される. すなわち, 座標系B

において,−→p∗2 = 0である. (例えば, 右辺の (E1,−→p1)の代わりに (E2,−→p2)を代入すれば

E∗2 = M2,

−→p∗2 = 0となっている事が容易に確認できる.)

さて, それでは (7)式を用いて, (1), (2)式の解を重心系と実験室系で求めよう. 実習1で考察したのと同じ反応を考える.

実習 2 : 実習 1の反応 1を考える

2.1 : 入射粒子 (粒子番号 1)の進行方向を z軸正の方向とし,実験室系・初期状態2粒子のエネルギーと運動量 (3次元ベクトル)を準備せよ. (ELAB

1 ,−−→pLAB

1 , ELAB2 ,

−−→pLAB

2 )

2.2 : 実習 1と同様にこの物理系の s変数を用いて, 重心系における初期状態と終状態のエネルギーと運動量をもとめよ. 重心系において, 入射粒子の運動量は正の z成分 (のみ)を持ち, 標的粒子の運動量は負の z成分 (のみ)を持つ. 終状態粒子の運動量の向きは, 散乱角度によって異なる. ここでは, 散乱平面を x − z

平面として, 重心系の粒子 1, 3間の散乱角が, 0, 45, 90, 135, 180 degree の場合を考える. このとき y軸方向の運動量は全ての粒子について 0である.

2.3 : 2.2で準備した重心系における 4粒子のエネルギー運動量を (7)式を用いて実験室系にローレンツ変換せよ. 重心系における標的粒子 (粒子番号 2)のエネルギー運動量の静止系が実験室系である.

2.4 : 2.3までで求めた, 重心系及び実験室系における 4粒子のエネルギー運動量がそれぞれの系で, (1), (2)式を満たし, 実験室系で初めに仮定した実験条件と整合し, 重心系で (3)式を満たす事を確認せよ.

2.5 : 重心系で仮定した 5つの散乱角は, 実験室系では何度に対応するか?

2.6 : 反応 2でも同様の考察をせよ.

ここまでで諸君は 2章の始めに提示した課題 1を習得した事になる.

2.2 座標系を変更した場合の断面積

次に座標系を変更した場合に断面積がどのように変化するか検討する. 相対論的な量子力学の教科書などに示されているように, 散乱振幅を T とした時に 2体から 2

体への断面積は以下のように表される.

dσ =1

vrel

M1

E1

M2

E2

|T |2(2π)4δ4(p1 + p2 − p3 − p4)1

(2π)3

M3

E3

d3−→p31

(2π)3

M4

E4

d3−→p4

4

=2M1M2

λ1/2(s,M 21 ,M2

2 )|T |2(2π)4δ4(p1 + p2 − p3 − p4)

× 1

(2π)3

M3

E3

d3−→p31

(2π)3

M4

E4

d3−→p4 (8)

(8)式中の各変数や関数の意味は自明であろう. セクション 2.0で述べたDynamics の内容は散乱振幅 T に含まれている. この式を, 適当な座標系を定めた上で書きかえることによって, 各座標系での微分断面積を書き下すことができる. 例えば実験室系と重心系を仮定した場合にそれぞれの座標系における微分断面積は以下のように書き下せる.(

dΩ3

)lab

=|T |2

(2π)2

2M1M2M3M4

λ1/2(s,M21 ,M2

2 )

|−→p3 |2lab(E3 + E4)|−→p3 |lab − E3|−→p1 | cos θlab

(9)

(dσ

dΩ3

)CM

=|T |2

(2π)2

4M1M2M3M4|−→p3 |2CM

λ1/2(s,M21 ,M2

2 )λ1/2(s,M23 , M2

4 )(10)

この計算の本質は, エネルギー運動量保存を表す 4次元の δ関数を, 終状態 2粒子に関する 6次元の位相空間積分でうまく積分してやる事にある. 特に前方散乱 (散乱角0度)の場合には, (

)lab

/(dσ

)CM

=|−→p3 |2lab|−→p3 |2CM

(11)

のような関係がある事がわかる.

実習 3 : 実習 1の反応 1 (K−pの弾性散乱)を考える.

PDG によると、実験室系の入射K中間子の運動量が 1GeV/c の場合, 全弾性散乱断面積 (「全」は角度積分したという意味)の大きさは、σ = 21 mbである。このとき,

3.1 : 重心系において断面積が散乱角に寄らず一定であると仮定した場合に,(

)CM

の値はいくらになるか? (角度依存がない場合, 全角度積分は 4π)

3.2 : 終状態におけるK中間子の運動量を, 実験室系と重心系で求めよ. 前方散乱とする.

3.3 : (11)式を用いて, 3.1と 3.2の結果より, 実験室系における前方散乱の微分断面積を求めよ. 3.1で求めた値と比べてどうか?

座標系を変更した場合の断面積の変化に関して定性的なコメントすると

* 角度積分した全断面積の大きさは一定. ローレンツ不変な定式化がされている.

* 運動学的条件により, 実験室系では散乱は前方に集中する. 重心系は全角度に分布できる.

5

* したがって前方に散乱する微分断面積は, 実験室系の方が一般に大きくなる.

である.

原子核標的の場合にハイパー核生成生成断面積を計算する際には,(

)labの値が

しばしば使われる.

ここまでで諸君は課題 2の内容も習得している.

2.3 ハイパー核生成反応の運動学

ハイパー核生成反応における運動学を理解しよう. 例えば, 炭素 12 (12C)を標的としてΛハイパー核を生成する (K,π)反応を考える.

K +12 C → π + (11 × N + Λ) (反応 3)

終状態の核は, 11個の核子と 1個のハイペロンの束縛状態となりこれがハイパー核である. この反応の素過程 (もとになるハドロン反応過程)は

K + N → π + Λ (反応 4)

である. さて, これらの反応の運動学を考えよう. まず注意しないといけないのは, ハイパー核には原子核と同様な構造があり, 量子力学的なとびとびの複数のエネルギー状態があると言う事である. これをどうするか?これらのエネルギー状態は, ハイパー核を 1つの粒子と見なせば, 「複数の静止質量」を取りうるということになる. 従って, (反応 3)のエネルギー運動量の保存則を考える場合には, 終状態のハイパー核の質量を各束縛状態に対応して変えなければいけない. 素過程 (反応 4)の場合はもちろん反応に関与する 4粒子の質量はユニークに定まっている.

ここでは (反応 3)で終状態に生成されるハイパー核のエネルギー状態によって, ハイパー核生成を示す「シグナル」の断面積が運動学的にどこに現れるか調べてみよう.

実習 4 : 反応 3の運動学を考察する.

それぞれの粒子の質量を

mK = 493.7 MeV

m12C = 11177.9 MeV

mπ = 139.6 MeV

mhyp = m12C − mN + mΛ + E

6

とする. ここで, mN とmΛは, 核子及びΛ粒子の質量でそれぞれ

mN = 938.9 MeV

mΛ = 1115.7 MeV

である. Eはハイパー核の固有状態のエネルギーを表し, 物理的には,

(1) 初期状態において核子が 12C 中のどの状態にいたか(核子を 1つ取り出すのに要するエネルギー (分離エネルギー)の大きさ)

(2) 終状態においてΛがハイパー核中でどの状態に入るか(Λの束縛エネルギーの大きさ)

という情報を含んでいる.

4.1 : 実験室系における前方散乱 (射出 π中間子が入射K中間子と同じ方向に出る)

において, E = − 5MeV, 0MeV, + 5MeVの場合に, 射出 π中間子の持つエネルギーを求めよ. 入射K中間子は 1GeV/cの運動量を持つとする.

4.2 : 縦軸に 2重微分断面積dσ

dΩdE, 横軸に π中間子のエネルギーを取ったグラフ

を考える. π中間子の射出角度を一定にした時, 反応 3及び反応 4の断面積はこのグラフ上にどのようにあらわされるか, 定性的に描け. フリーハンドで良い.

4.3 : 4.2で考えた様なグラフ上に反応 3に対応する実験データがプロットされているとしよう. データからハイパー核の束縛エネルギーを決定するにはどうしたら良いか整理せよ.

ここまでで諸君は, 2重微分断面積 (エネルギースペクトラム)から, ハイパー核の束縛エネルギーを導出する方法が理解できた. 運動学的な条件から, ピークの位置が決まる点が重要であると言える.

ところで, 動力学 (Dynamics)の部分はどこに現れるのであろうか? 「物理系の構造/性質」は,

(1)ハイパー核の束縛エネルギーがなぜその値になるのか?(相互作用の性質)

(2)断面積の大きさはどのように決まるのか?(素過程の大きさ+波動関数の性質)

などに反映されるのである. これらの点については, 次章以降で説明される予定である.

7

3 インパルス近似による生成断面積

3.1 はじめに

この章では, 原子核Aを標的にした核反応

1 + A → 3 + B (3.1)

における遷移確率 (生成断面積)を, 標準的な理論的枠組みを用いて計算する方法を学ぶ. 終状態の原子核 (残留核)Bは, ハイペロンを含むハイパー核 (ΛB, ΞB, ...)や中間子を含む中間子原子核 (πB, ωB, ...) などのエキゾチック核の束縛状態 (基底状態と励起状態)である. この反応は, ハドロン (バリオンやメソン)からなる多粒子間の衝突問題であるから, 厳密には多体系の運動を解かなければならないが, 実際にはそれは困難である. そこで物理的な考察から幾つかの模型や近似を導入し, その範囲内で微分断面積やスペクトルなどの計算を行い, 実験データと比較することが通常なされている. このようなエキゾチック核の生成断面積やスペクトルの計算を行うためには,

素過程の反応過程から核構造と核反応, ときには相互作用に至るまでの, やや幅の広い知識と経験を必要とする [1, 2, 3].

図 3.1のような, 核子の多粒子系である原子核を標的とするA(1, 3)B反応過程を考えよう. 入射粒子のエネルギーが十分に高い場合には, 相互作用する時間が非常に短いので, 入射粒子 1と標的核を構成する個々の核子とが 1回だけ相互作用し, 標的内の他の核子は影響をうけないという近似がよく成立すると考えられる. このような近似をインパルス近似 (衝撃近似: impulse approximation)と呼ぶ. まずA(1, 3)B反応の理論的な定式化をインパルス近似を用いて行い, なかでも素過程反応の微分断面積が実験的に知られている場合に有用な有効核子数の方法 (effective nucleon number)

を紹介する. ハイパー核生成反応の理論計算にこのようなインパルス近似がはじめて適用されたのは, 文献 [4]の (K−,π−)反応である. 殻模型による詳細な研究は文献[5, 6]等で展開された. さらに文献 [7]では (π+,K+)反応に, 文献 [8]では (K−,K+)反応に適用された. 文献 [9]等ではクラスター模型に適用されている.

1

2"P1

A

3

4"

P3

図 3.1: インパルス近似によるA(1, 3)B反応.

1

図 3.2: Λハイパー核の 1粒子エネルギー [10].

Λ粒子を含むラムダハイパー核では, これまでの研究により, 通常の原子核の核子 (陽子と中性子)と同様に, 独立粒子運動の描像がよいことが明らかにされている[1, 2, 3]. 核子の 1体ポテンシャルの深さが約 50MeVであるのに対し, 図 3.2から分かるように Λ粒子の 1体ポテンシャルの深さは約 30MeVである [10]. Λ粒子はこのポテンシャルのもとで独立粒子運動しているとみなしてよい. 図 3.3には, 例として,

標的核に 51V(バナジウム; A=51, Z=23, N=28)を用いた (K−,π−)反応によるハイパー核の生成反応

K− + 51V → π− + 51Λ V (3.2)

の概念図を示す [11]. 入射されたK−中間子が核内の中性子に衝突すると,素過程反応

K− + n → π− + Λ (3.3)

によって, 核内にΛ粒子が生成される. この場合には, 核内の f7/2や d3/2などの1粒子軌道にある中性子 1個が Λ粒子に変わり, 生成された Λ粒子はある確率で 1s, 1p,

1d, 2sの1粒子軌道に束縛され, Λハイパー核 51Λ Vを構成する. また 1f 軌道のように

共鳴状態を励起することもある. このとき同時に生成された π−中間子は外に飛び出すため, π−中間子のスペクトルに現れるピークの位置と大きさから, Λ粒子の束縛エネルギーやハイパー核の構造を研究すること (分光学: spectroscopy)が可能になる.

ハイパー核や中間子原子核などエキゾチック核の研究は, J-PARCの中心的なテーマのひとつである. J-PARCでは高統計で精密な実験が準備されており, これまで研究できなかったハイパー核や中間子原子核の構造が解明されると期待されている. 諸

2

図 3.3: 1粒子殻構造の描像によるハイパー核 51Λ V生成の概念図 [11].

君がここで学ぶ内容は, これらの実験の計画からデータ解析に至るまでのハイパー核分光学に関わる理論として, まず理解しておくべきもので, 取りあげた例も比較的簡単なものに限っている. 実験データとの詳細な比較や解析を進める段階では, 改良や精密化が必要になると思われるが, 拡張性や応用性が高いので, 今後の研究への出発点になると期待している.

本章の目的以下では, 原子核 (閉殻に限る)を標的にした反応の理論計算として,

(1)インパルス近似による反応過程の理論的取り扱いと反応断面積の定式化,

(2)1粒子運動描像に基づく核構造の記述とシュレディンガー方程式の数値解法,

(3)原子核による入射粒子 1と放出粒子 3の吸収効果 (歪曲波の効果)の記述,

(4)有効核子数の方法による反応断面積およびスペクトルの数値計算,

を実習を通して実践的に学ぶ.

3.2 インパルス近似

図 3.1の反応A(1, 3)Bにおいて, 入射粒子 1が十分に高い入射エネルギーをもつ場合には, 原子核内における入射粒子のド・ブロイ (de Broglie)波長 λ– = λ/2π = h/p

は短くなる. この波長 λ–が核内の 2核子間の平均距離 (∼2 fm)よりも短くなると, 入射粒子 1と核内核子 2の衝突

1 + “ 2 ” → 3 + “ 4 ” (3.4)

はほとんど “自由な”2粒子間の散乱として扱うことができるはずである. 文献 [13]

によれば, Watsonらの多重散乱理論 [12]では, 遷移振幅は入射粒子 1が核内核子 jによる衝突によって

T =∑

j

Tj, Tj = τj + τjG∑

k 6=j

Tk, (3.5)

3

jΣj

jΣj

kjΣ

jk

l

k lk

図 3.4: 多重散乱過程の概念図 [14]. インパルス近似は第 1項のみに対応する.

で表される. τ は核内での2粒子間の有効相互作用である. 多体系のグリーン関数G

を多体問題から正確に解くことは難しいので, 通常は適当なGkで近似し, それ対する解の

τk = v(1 + Gkτk) (3.6)

で τ を近似する. vは 2体のポテンシャルである.

入射粒子 1が十分に高い入射エネルギーをもつ場合には, 入射粒子 1と核内核子 2

との “自由な”2体散乱のグリーン関数G0によって

G ' G0 =1

E −K1 −K2 + iε(3.7)

と近似すると, (3.6)式より, τ は入射粒子 1と “自由な”粒子 2 との2体散乱の T 行列 tを用いて

τ ' t = v(1 + G0t) (3.8)

と記述される. さらに入射粒子 1と核内核子とが相互作用する時間が非常に短いので,

入射粒子1は標的核を構成する個々の核内核子 jと1回だけ相互作用 (single-scattering

approximation)するとし, このとき散乱振幅は

T '∑

j

tj (3.9)

と近似的に表すことができる. このように 1段階の反応過程として, 核内散乱の τ を自由散乱の tに置き換える近似をインパルス近似 (impulse apporoximation: IA)という. これは図 3.4の多重散乱過程における 1次の項のみに対応する. 詳しくは文献[13, 14]をみて頂きたい.

さて前章で学んだように, 2体放出チャネルでの微分断面積は

d 6σfi =(2π)4

vrel

δ(E3 + E4 − E1 − E2)δ(p3 + p4 − p1 − p2)|Tfi|2 dp3

(2π)3

dp4

(2π)3(3.10)

であるから, 実験室系における, 標的核Aの始状態 iから残留核Bの終状態 f へ遷移する 2重微分断面積は

(d2σfi

dΩ3dE3

)=

p3E3

(2π)2v1

|Tfi|2δ(ω − E1 + E3) (3.11)

4

となる. ただし v1 = p1/E1, エネルギー移行 ω = E4 − E2である. インパルス近似のもとでは, その遷移振幅 Tfiは

Tfi = 〈χ(−)3 |〈f |

∑j

tj|i〉|χ(+)1 〉 (3.12)

とかける.∑

jは反応する核内核子 jについての和を示す. χ(−)3 と χ

(+)1 の波動関数に

平面波を用いた場合には平面波インパルス近似 (plane wave impulse approximation:

PWIA), 歪曲波を用いた場合には歪曲波インパルス近似 (distroted wave impulse ap-

proximation: DWIA) と呼んでいる.

図 3.5: 歪曲波インパルス近似による A(1, 3)B反応のダイアグラム. 文献 [11]ではAZ(π+, K+)A

ΛZ反応に適用されている.

核内における入射粒子 1の運動量を p′1, 衝突される核内核子 2の運動量を p′2とし,

反応後の放出粒子 3と核内に束縛された粒子 4の運動量をそれぞれ p′3, p′4 とすると,

その他の粒子が傍観者 (spectator)であるならば運動量保存から, T 行列は

〈p′3,p′4|t(E)|p′1,p′2〉 = 〈p′3 − p′4|t|p′1 − p′2〉δ(p′3 + p′4 − p′1 − p′2). (3.13)

とかける. 核内核子 2は, 他の核子から相互作用を受けて束縛され, およそフェルミ運動量 (pF ∼ 280 MeV/c)の範囲内で運動している. 一般に 〈p′3,p′4|t(E)|p′1,p′2〉 はエネルギー殻外 (off-energy-shell)

√M2

3 + p′32 +

√M2

4 + p′42 6= E 6=

√M2

1 + p′12 +

√M2

2 + p′22 (3.14)

であり, 2体散乱の実験データから求めることはできない. そのため, 実際に計算する場合にはエネルギー殻上 (on-energy-shell)の T 行列で代用する近似がよく行われる.

5

入射粒子 1を十分に高い運動量で入射するときには, |p′1| À |p′2|としてよいから, 最も簡単な近似のひとつとして

〈p′3,p′4|t|p′1,p′2〉 ' t(E;p′3,p′1)δ(p

′3 + p′4 − p′1 − p′2) (3.15)

として扱われることが多い. このとき座標表示での T 行列は

〈r3, r4|t|r1, r2〉=

∫dp′3

(2π)3

dp′4(2π)3

dp′1(2π)3

dp′2(2π)3

eip′3·r3eip′4·r4〈p′3,p′4|t|p′1,p′2〉e−ip′1·r1e−ip′2·r2

'∫

dp′3(2π)3

dp′2(2π)3

dp′1(2π)3

eip′3·r3ei(p′1+p′2−p′3)·r4 t(E;p′3,p′1)e

−ip′1·r1e−ip′2·r2

= δ(r2 − r4)

∫dp′3

(2π)3

dp′1(2π)3

eip′3·r3ei(p′1−p′3)·r4 t(E;p′3,p′1)e

−ip′1·r1

を得る. 核内での運動量p′1, p′3が反応前後の漸近的な運動量p1, p3に大きく違わないと考えて, t(E;p′3,p

′1) ' t(E;p3,p1)と置き換え,さらにK = 1

2(p′3 +p′1), q = p′1−p′3

と変数変換して積分すると, T 行列は

〈r3, r4|t|r1, r2〉 = δ(r2 − r4) t(E;p3,p1)

∫dK

(2π)3

dq

(2π)3e−iK·(r1−r3)e−iq·( 1

2(r1+r3)−r4)

= δ(r2 − r4)δ(r1 − r3)δ(r1 − r2) t(E;p3,p1) (3.16)

となる. (3.16)式は, 核内での散乱が「強さを t(E;p3,p1)とするとするゼロ・レンジの局所的な相互作用」によることを示している. この近似のもとでは, 遷移振幅は

Tfi = 〈χ(−)3 |〈f |

∑j

tj|i〉|χ(+)1 〉

=

∫dr3dr4dr1dr2 χ

(−)∗3 (r3)〈f |

∑j

〈r3, r4|t|r1, r2〉δ(r2 − rj)|i〉χ(+)1 (r1)

= t(E;p3,p1)

∫drχ

(−)∗3 (r)〈f |

∑j

Ojδ(r− rj)|i〉χ(+)1 (r), (3.17)

となる. ただし Ojは j番目の核内核子 2をハイペロンや中間子などの粒子 4に変換する演算子で, 例えばK− + n → π− + Λ反応では Oj|nj〉 = |Λj〉 である. (3.17)式は,

素過程の自由な T 行列 t(E;p3,p1)と, それ以外による積分因子との積の形になっている. t(E;p3,p1)の取り方にはいろいろな方法があるが, 素過程の自由な T 行列を利用できるという点で取り扱いが容易である. 例えば, 実験室系で入射運動量 p1とする素過程 1 + 2 → 3 + 4反応のエネルギー殻上 (on-energy-shell)の T 行列を用いて,

t(E;p3,p1) ' 〈p(0)4 p

(0)3 |t|p10〉 (3.18)

と近似しよう. p(0)2 =0, p

(0)3 および p

(0)4 は素過程での粒子の運動量である.

6

実習 3.1 以下の反応において, 核内における入射粒子 1と放出粒子 3のド・ブロイ波長 λ–を求めよ. 残留核での Λ粒子の束縛エネルギーはBΛ = 10 MeVとして計算せよ†.

(1) pK−= 0.8 GeV/cのK−中間子を入射粒子とする 12C(K−,π−)12Λ C反応

(2) pπ+= 1.05 GeV/cの π+中間子を入射粒子とする 12C(π+,K+)12Λ C反応

3.3 有効核子数の方法

歪曲波インパルス近似のもとで (3.18)式のように近似すると, 実験室系での2重微分断面積は, (3.11)式から,

(d2σfi

dΩ3dE3

)=

p3E3

(2π)2v1

|〈p(0)4 p

(0)3 |t|p10〉|2

× 1

[Ji]

∑Mi

∑Mf

∣∣∣∣∫

drχ(−)∗3 (r)〈f |

∑j

Ojδ(r− rj)|i〉χ(+)1 (r)

∣∣∣∣2

×δ(ω + E3 − E1) (3.19)

となる. 一方, 実験室系での素過程の微分断面積は

(dσ

dΩ3

)

lab

=p

(0)3 E

(0)3

(2π)2v1

p(0)3 E

(0)4

p(0)3 E

(0)4 + E

(0)3 (p

(0)3 − p

(0)1 cos θ)

|〈p(0)4 p

(0)3 |t|p10〉|2 (3.20)

である. E(0)3 と E

(0)4 はそれぞれ素過程の粒子 3と粒子 4のエネルギーである. した

がって, 実験室系での2重微分断面積は, 素過程の微分断面積を用いて(

d2σfi

dΩ3dE3

)= β

(dσ

dΩ3

)

lab

Neff(θL; i → f)δ(ω + E3 − E1) (3.21)

となる. ここで有効核子数 (effective nucleon number)を

Neff(θL; i → f) =1

[Ji]

∑Mi

∑Mf

∣∣∣∣∣∫

drχ(−)∗3 (r)〈f |

∑j

Ojδ(r− rj)|i〉χ(+)1 (r)

∣∣∣∣∣

2

(3.22)

と, 運動学因子 βを

β =

(1 +

E(0)3

E(0)4

p(0)3 − p

(0)1 cos θ

p(0)3

)p3E3

p(0)3 E

(0)3

, (3.23)

†原子核 AZN の質量はM [AZN ] = ZMp +NMn−BE(AZN )で求められる. MpとMnは陽子と中性子の質量で, BE(A

ZZN )は結合エネルギーある. なお BE(126 C6)= 92.162 MeV, BE(116 C5)= 73.440MeV である.

7

と定義した. このときの運動量移行 (momentum transfer)の大きさは

q = |p1 − p3| =√

p21 + p2

3 − 2p1p3 cos θ (3.24)

である. (3.21)式の生成反応断面積は, (a)素過程反応の微分断面積 (dσ/dΩ)labと, (b)

その他の因子 Neff(θL; i → f)の積で構成されている. たとえ T 行列が明らかにされていなくても, 素過程の微分断面積が分かっていれば, 実験室系での原子核を標的した微分断面積を求めることができる. Neff には, 標的核および残留核の構造に関する情報や, 原子核による入射粒子 1(K−中間子)と放出粒子 3(π−中間子)の吸収効果などの情報 (= dynamics)がすべて含まれている. もし核構造や吸収の効果がなければ,

この微分断面積は標的に含まれる核子の数 (K− + n → π− + Λ反応では中性子数N ,

K− + p → K− + p反応では陽子数 Z)に比例するので, Neff を有効核子数 (effective

neutron number)と呼んでいる. 例えば, (K−, π−)反応によるΛハイパー核生成反応ではNeffは有効中性子数である. (3.21)式とするインパルス近似を有効核子数の方法[4] という. また (3.23)式の βは, 標的を核子とする素過程の反応から原子核を標的にする反応に変換する際に伴う運動学因子† である [7, 8].

実習 3.2 以下の反応において, 標的核 12Cとした場合, 入射粒子の運動量と散乱角を変化させたとき, 運動学因子 βはどのような値をとるかを考察せよ.

(1) K− + n → π− + Λ反応 :BΛ= 10 MeV, pK−= 0.0-2.0 GeV/c, θπ= 0-20

(2) π+ + n → K+ + Λ反応 :BΛ= 10 MeV, pπ+= 0.9-2.0 GeV/c, θK= 0-14

(3) K− + p → K+ + Ξ−反応‡: BΞ= 10 MeV, pK−= 1.1-2.0 GeV/c, θK= 0-14

(4) K− + p → K− + p反応 : 弾性散乱, pK−= 0.0-2.0 GeV/c, θK= 0-20

3.4 運動量移行と角運動量移行

まず復習を兼ねて, ハイパー核生成反応の素過程 (ハドロン間反応)の運動量移行を計算して見よう.

実習 3.3 それぞれの反応について, 運動量移行 qを入射粒子の運動量の関数として,

グラフに示せ.

†前方散乱 (θ = 0)で, さらに芯核の反跳効果が無視できるときには,

β = 1− q(0)/v(0)3 E

(0)4 , q(0) = p1 − p

(0)3 , v

(0)3 = p

(0)3 /E

(0)3

となる. 無反跳 (recoilless)反応 (q(0) ' 0)では β ' 1である.‡なお Ξ− 粒子の質量は 1321.31 MeV, 11Bの結合エネルギーは BE(115 B6)= 76.204 MeVである.

8

(1) K− + p → K− + p

(2) K− + n → π− + Λ

(3) π+ + n → K+ + Λ

(4) K− + p → K+ + Ξ−

(5) d + n → 3He + π−†

さてさらに実習 3.3の続きとして, 以下の反応の運動量移行も計算してみよ.

(6) K− +12 C → K− +12 C

(7) K− +12 C → π− +12Λ C

(8) π+ +12 C → K+ +12Λ C

反応の種類や, 入射運動量の大きさに応じて運動量移行の値が大きく変化する事が理解できると思う. 更に, 射出粒子の角度に寄っても運動量移行の大きさは変化し, 当然, 前方 0度に射出される場合の運動量移行が最も小さい.

このように比較的簡単に計算される運動量移行から, 反応断面積について一般的に言える事柄があるのでここで紹介しておく. まず,

* 有限の大きさを持つ粒子の関与する反応は, 運動量移行がある程度大きくなると断面積が小さくなる傾向がある.

これは通常, 形状因子として計算に現れる効果である. 簡単にいうと, 後で有効数の所で見るように反応振幅は関与する粒子の波動関数のフーリエ変換に似た表式で与えられる. つまり, 運動量空間における波動関数の「反応の運動量移行に対応する運動量での大きさ」が, 反応確率に大きく影響する. 詳細な振る舞いはもちろん状態ごとに異なるが, 一般的な傾向としては, 運動量移行が大きいほど, 反応振幅は小さくなる. 原子核やハイパー核の問題を考える場合に「ある程度以上」とは大まかに言って核子のフェルミ運動量以上と考えてよい.

* 反応の運動量移行と大きな断面積を持つ遷移の状態間の角運動量移行の間に関係がある.

補足説明まずこの文書の意味する所を丁寧に述べると, ある反応あるエネルギー・ある角度で実験が行われたとすると, 運動量移行の値が決まります. その時に, ある特定の角

†π− 中間子原子核の生成に重要な役割を果たした反応である [15].

9

運動量移行に対応する状態の生成断面積が大きくなるという事です.「運動量移行と角運動量移行のマッチングコンディション」などどいう言い方をします.

古典的なケースから考えましょう. 半径Rの円周上を運動できる粒子Aが止まっている所に, 別の粒子 Bをぶつけたとします. この時 Bから Aにある運動量 qが移行したとすると, Aは円周上を回転して,

L = R× q

の角運動量をもちます. すなわち, qと Lに関係がつきます. 量子力学的な遷移振幅の計算でも同様な事が生じます.

量子力学, 特にハイパー核生成反応の計算でこのような「マッチング」がどのような絡繰りで生じるか簡単に雰囲気を説明します. まず, 上で述べたように遷移確率は反応に関与する束縛粒子の波動関数のフーリエ変換に類似した積分で計算されます. すなわち

T ∼∫

d~rf(~r) exp(i~q · ~r) (3.25)

ここで, (n1, l1)の量子数を持つ核子が, (n2, l2)の量子数を持つΛ粒子に変わったとするとします (簡単のためにスピンを無視). すると, 全角運動量移行 Lは,

L ≡ (l1 ⊗ l2)

= |l1 − l2| ∼ l1 + l2

の値を取る事が可能です. この時, (3.25)中の f(r)は

f(~r) = RN(r)Yl1(r)RΛ(r)Yl2(r)

∼l1+l2∑

|l1−l2|CAng.RN(r)RΛ(r)YLM(r) (3.26)

という形で (極めて大雑把に)表すことができます.ここで, CAng.は角運動量の合成に関する係数です.

さてよく知られているように

exp(i~q · ~r) = 4π∑L,M

iLjL(qr)Y ∗LM(r)YLM(q) (3.27)

であるから, (3.26) (3.27)式を (3.25)式に代入して角度方向の積分をすれば, (3.25)は,

T ∝∑

L

∫drr2jL(qr)(RN(r)RΛ(r)) (3.28)

となります. ここで, jL(x)の振る舞いに注目します. xを無次元パラメータとすると, jL関数は x = Lあたりから, 有意な大きさを持つという性質があります. 遷移確

10

率は, jL, RN , RΛの積の積分ですから, L = qRで決まるRのあたりで波動関数が大きな値を取れば大きな遷移確率を持つ事になります. ここから量子力学の計算におけるマッチングコンディションが生じる事になります. 一般に後に述べる歪曲波の効果があると, 反応は核表面付近で主に起こりますから,

L = q × (核半径)

に対応する状態が大きく生成される事になります. さらに特別な場合として, 無反跳(q = 0)の場合を考えるとL = 0の状態が大きく生成されます. これは, (3.25) (3.26)

からもわかります. 特に, 動径方向の波動関数が似ている場合には (ハイパー核の場合はこれに当てはまる), 主量子数も同じ状態の遷移が他に比べて大きくなります. つまり, 始状態の核子の持つ量子数と終状態の Λ粒子の持つ量子数が同じ組み合わせが大きく選択的に生成されます. これを substitutional state (核子とΛ粒子が入れ替わった状態) と呼んだりします. 一方, 大きな qの値の反応では, 角運動量移行が最大の状態を選択的に生成する事ができます.

3.5 ハイパー核の生成微分断面積

Λハイパー核は, 通常の原子核と同様に殻構造の描像がよいと考えられている. 例えば, 12CにK−中間子が入射されると, K− + n → π− + Λ反応によって, 核内の中性子 1個がΛ粒子に変わり, Λハイパー核 12

ΛCが生成される. 生成されたΛ粒子は約30MeVの深さを持った1粒子ポテンシャルのもとで, 1s1/2, 1p3/2などの軌道を描いて独立粒子運動をするとしてよい. すでに運動学による考察から, 反応の種類と条件(入射運動量や散乱角)に応じて, 反跳運動量 qが変化することを学んだ. ハイパー核の束縛状態は, この反跳運動量 qによって選択的に励起される. こうした反応の性質をうまく利用することでハイパー核の構造を詳細に調べることができるようになる.

ここでは, ストレンジネス交換反応

K− +12 C → π− + 12Λ C (3.29)

を取り上げ, ハイパー核の束縛状態に対する生成微分断面積を求めよう. 以下の説明は, 主に文献 [11]に従っている.

3.5.1 殻模型における有効核子数の計算

標的の原子核が 12Cなどの閉殻 (closed-shell)である場合, 生成されたハイパー核の状態が粒子-空孔 (particle-hole)配位とする (jΛ, j−1

n )J の状態を考えよう. 角運動量合成を [

Φjα , ϕjβ

]JM

=∑

mαmβ

〈jαmαjβmβ|JM〉Φjαmαϕjβmβ(3.30)

11

1s

1p

30 MeV

s1/2

p3/2

50 MeV

Λ

∆L=0

∆L=1

∆L=1

n

C12 C12Λ

図 3.6: 1粒子殻構造の描像によるハイパー核 12Λ Cの生成反応.

で表すことにする. 〈jαmαjβmβ|JM〉はクレプシュ・ゴルダン (Clebsch-Gordan)係数である [16]. 芯核 11Cの波動関数をΦjα とすると, 標的核 JP = 0+は核子に対する反対称化演算子Aを用いて, |i〉 = A[Φjα , ϕjn ]00 である. またハイパー核の状態 Jは, 芯核が変化しない (弱結合)と仮定すると, |f〉 = [Φjα , ϕjΛ ]JM となる. ここで中性子の1粒子波動関数 ϕjnmn とΛ粒子の1粒子波動関数 ϕjΛmΛ

はそれぞれ

ϕjnmn(r) = Rnnlnjn(r)[Yln(r), ξ1/2(σ)]jnmn (3.31)

ϕjΛmΛ(r) = RnΛlΛjΛ(r)[YlΛ(r), ξ1/2(σ)]jΛmΛ

(3.32)

である. Ylml(r)は球面調和関数 (Spherical Harmonics), ξ1/2ms(σ) はスピン関数であ

り, これらの動径部分の波動関数は規格化条件∫ ∞

0

r2|Rnlj(r)|2dr = 1

を満たしている. このときの有効核子数は (3.22)式より

N(jΛ,j−1

n )Jeff =

∑M

∣∣∣∣∣∫

drχ(−)∗3 (r)

[ϕjΛ(r)∗, ϕjn(r)

]JM

χ(+)1 (r)

∣∣∣∣∣

2

(3.33)

となる. 入射粒子 1の前方方向 (θ = 0)を量子化軸 (z軸)にとり, 歪曲波χ(−)∗3 χ

(+)1 を

部分波展開して

χ(−)∗3 (r)χ

(+)1 (r) =

∑L

√4π(2L + 1)iLjL(p1, p3; r)Y

0L (r) (3.34)

を (3.33)式に代入し, 角運動量代数の計算を行うと, 次のようになる.

N(jΛ,j−1

n )J

eff = (2J + 1)(2jΛ + 1)(2jn + 1)

(jΛ jn J12

−12

0

)2

|F (q)|2 (3.35)

12

ここで

F (q) =

∫ ∞

0

r2dr RnΛlΛjλ(r)jJ(p1, p3; r)Rnnlnjn(r) (3.36)

である. 平面波を用いた場合は, jJ(p1, p3; r)は球ベッセル関数 jJ(qr)になる. 特に終状態 JP = 0+である場合は (3.35)式はさらに簡単になり

N(jΛ,j−1

n )0+eff = (2jn + 1)|F (q)|2 (3.37)

となる. (3.35)式は, 角運動量保存とパリティ保存

|jn − jΛ| ≤ J ≤ jn + jΛ, ln + lΛ + J =偶数

を示す 3-j記号による運動学的な因子と, 中性子とΛ粒子の1粒子波動関数および歪曲波の動径部分の重なり積分 |F (q)|2から構成される. そのため, いまのように標的核に閉殻核 JP

i = 0+を用いた場合, ハイパー核の終状態には

JP = 0+, 1−, 2+, 3−, · · ·

の natural-parity state P = (−1)J だけが選択されて励起される. |F (q)|2を求めるためには, 標的核の中性子の波動関数Rnnlnjn(r), Λ粒子の波動関数RnΛlΛjλ

(r), 歪曲波jJ(p1, p3; r)を求める必要がある.

実習 3.4 付録 A「角運動量代数の公式」を参考にして (3.35)式を導け.

実習 3.5 以下の手順によって, |F (q)|2を考察しよう.

(1) 標的核 12Cの中性子 1p3/2の1粒子状態の1粒子エネルギー εnと波動関数を数値計算によって求めよ. また波動関数の動径成分R1p3/2

(r)をグラフに描け. 中性子の1粒子ポテンシャルには, ウッズ・サクソン (Woods-Saxon)型

UN(r) = V N0 f(r) + V N

ls (l · s)r20

1

r

d

drf(r) (3.38)

f(r) =[1 + exp

(r −R

a

)]−1

, R = r0A1/3 (3.39)

を用いよう. (l · s) = 12[j(j + 1)− l(l + 1)− s(s + 1)]である. またパラメータに

は以下のものを使うことにする [17].

V N0 =

(− 51 + 33

N − Z

A

)MeV

V Nls = −0.44V N

0

r0 = 1.27 fm, a = 0.67 fm (3.40)

13

なお核子の1粒子状態を求めるためには, シュレディンガー (Schrodinger)方程式の動径部分

[− h2

2MN

1

r2

d

dr

(r2 d

dr

)− l(l + 1)

r2

+ UN(r)

]Rnlj(r) = εNRnlj(r) (3.41)

を数値的に解けばよい. 詳しくは付録 B「シュレディンガー方程式の数値解法」をみよ. なおMN は核子の質量で, 数値計算では平均値による h2/MN = 41.47

MeV·fm2の値†がよく使われる.

図 3.7: 中性子軌道の 1粒子エネルギー [17]. (3.39)式によるWoods-Saxon型ポテンシャルを用いて計算された.

(2) ハイパー核 12Λ Cの Λ粒子が 1粒子状態 1s1/2であるとき, 1粒子エネルギー εΛ

と波動関数を数値計算によって求めよ. また波動関数の動径成分R1s1/2(r)をグ

†このとき核子の質量はMN=938.943 MeVになる.

14

ラフに描け. Λ粒子の1粒子のポテンシャルには, Woods-Saxson型

UΛ(r) = V Λ0 f(r) + V Λ

ls (l · s)r20

1

r

d

drf(r)

V Λ0 = −30 MeV

V Λls = 4 MeV

R = r0(A− 1)1/3

r0 = 1.1 fm, a = 0.6 fm (3.42)

を用いよ [18].

(3) (1sΛ1/21p

n−1

3/2 )JP =1− 状態に対する球ベッセル関数 j1(qr) を, q = 60, 280, 500

MeV/c (0.30, 1.42, 2.53 fm−1)† のときのグラフに描け.

(4) 平面波インパルス近似 (PWIA)の範囲で |F (q)|2を計算せよ. ただし qの関数として, 0 ≤ q ≤ 600 MeV/cの範囲で図にプロットせよ.

(5) Λ粒子が 1p3/2と 1p1/2の 1粒子状態であるとき, 上記 (1)~(4)の考察を同様に行え. なおハイパー核 12

Λ Cの状態は (1pΛ3/21p

n−1

3/2 )JP =0+,2+ と (1pΛ1/21p

n−1

3/2 )JP =2+

である.

3.5.2 生成微分断面積の計算と運動学

ハイパー核の状態 (jΛj−1n )JP への生成微分断面積は, (3.21)式から

(d2σfi

dΩ3

)=

∫ (d2σfi

dΩ3dE3

)dE3 ' β

(dσ

)

Lab

Neff(θL; i → f) (3.43)

である. これまでの実習によって, 有効核子数を求めるための準備が整ったので, 運動学を考慮して, 有効中性子数と生成微分断面積を計算することにしよう. 生成されるハイパー核 12

Λ Cの (jΛj−1n )J 状態の質量は

M [12Λ C(jΛ, j−1

n )J ] = M [11C(j−1n )] + MΛ + εΛ(jΛ) (3.44)

である. 芯核 11C(j−1n )の質量は, 1空孔の配位状態を変えないと仮定すると,

M [11C(j−1n )] = M [11Cg.s.] + εn(3

2

−1)− εn(j−1

n ) (3.45)

となる. εn(32

−1)は最外殻の中性子 1p3/2の1粒子エネルギーである. Λ粒子の束縛エ

ネルギー BΛ = −EΛを 11Cの基底状態 JP = 32

−と Λ粒子のエネルギー閾 (しきい)

値から測ったエネルギーと定義すると,

M [12Λ C(jΛ, j−1

n )J ]=M [11Cg.s.] + MΛ −BΛ (3.46)†hc ' 197.32705 MeV·fm.

15

であるから, (3.45), (3.46)式を (3.44)式に代入して,

−BΛ = εΛ + [εn(32

−1)− εn(j−1

n )] (3.47)

の関係を得る.

すでに前章の運動学で学んだように, K−中間子の入射運動量 pK−が与えられると,

ハイパー核の状態 (jΛ, j−1n )J はΛ粒子の束縛エネルギーBΛに対応するエネルギー位

置にピークとして現れる. 実験室系では, 標的核の運動量は p2 = 0, ハイパー核の運動量は p4 = qで, ハイパー核への反跳効果を無視する (q2/2M4 ' 0)と

E2 = M2 = M [12Cg.s.]

E4 =√

M24 + q2 ' M4 +

q2

2M4

' M [12Λ C(jΛ, j−1

n )J ] (3.48)

である. エネルギー保存から

ω = E1 − E3 = M [12Λ C(jΛ, j−1

n )J ]−M [12Cg.s.] (3.49)

となる. したがって, 放出される π−中間子スペクトルのエネルギー E3(または運動量 p3) の位置にピークが観測される. このときの運動量移行 qは (3.24)式で求められ,

(3.35)式により, 有効中性子数Neff が計算できる.

なお (3.43)式には, (1)残留核がうける反跳効果を無視する, (2)K− 中間子と π−

中間子の状態は光学ポテンシャルによる歪曲波として扱う, (3)素過程のスピン依存性を無視する, (4)素過程の T 行列におけるエネルギー殻外 (off-enrgy-shell)の効果や束縛エネルギー (binding energy)の効果を無視する, (5)2段階過程による寄与(K− + n → π− + Σ, Σ + N → Λ + N やK− + p → π0 + Λ, π0 + n → π− + pなど)を無視する, など近似や仮定が含まれている. 実験データとの詳細な比較を行う場合には, これらの効果を含めた定量的な検討が必要になる [4, 19].

実習 3.6 K−中間子の入射運動量 pK− = 0.8 GeV/c とするハイパー核の生成反応

K− +12 C → π− +12Λ C

について, 前方散乱 (π−中間子の散乱角 θ = 0)の生成微分断面積を, 以下の指示に従って求めよ.

(1) 遷移する中性子の1粒子状態は 1p3/2のみとする.

(2) 図 3.8に素過程K− + n → π− + Λ反応の微分断面積を示す. pK− = 0.8 GeV/c

(θ = 0)の微分断面積の値は, (dσ/dΩ)lab = 4.5 mb/srを用いよ†.†核反応の断面積の基本単位はバーン (barn, 記号 b)が用いられる. 1b = 10−24 cm2 = 100 fm2で

ある. 実際にはより小さい, 1mb=10−27 cm2= 0.1 fm2, 1µb=10−30 cm2= 10−4 fm2などがよく登場する. また微分断面積 (単位立体角当りの断面積)の場合には, ミリバーン・ステラジアン (mb/sr)などが使われる.

16

図 3.8: 実験室系における素過程K− + n → π− + Λ反応の微分断面積 [20]. 散乱核θ = 0, 5, 10, 15を示した.

(3) 平面波インパルス近似 (PWIA)の範囲で計算せよ.

(4) 表 3.1に示した物理量を計算し, 空欄を埋めて表を完成させよ. さらに実験室系で, それぞれのハイパー核の状態 (jΛj−1

n )J に対する有効中性子数Neffと生成反応断面積 dσ/dΩを計算せよ.

3.6 放出粒子によるハイパー核生成の包含スペクトル

放出された粒子 (π−中間子など)のスペクトルの実験データと理論計算を直接比較するために, 包含 (inclusive)スペクトルを求めなければならない. 実験データには,

測定のエネルギー分解能により, 束縛状態であってもそのスペクトルに幅 (半値幅 Γ )

があらわれる. 包含スペクトルの2重微分断面積は, ハイパー核のすべて終状態 f について和をとり,

(d2σ

dΩ3dE3

)=

f

(d2σfi

dΩ3dE3

)= β

(dσ

)

lab

S(EΛ) (3.50)

として求められる. ここで S(EΛ)は強度関数 (strength function)で, 束縛状態の領域では

S(EΛ) =∑

f

N feffδ(EΛ − Ef

Λ) (3.51)

17

表 3.1: 平面波インパルス近似 (PWIA)における 12C(K−,π−)12Λ C反応の有効中性子

数と生成断面積 (pK− = 0.8 GeV/c, θ = 0).

sΛ1/2p

n−1

3/2 pΛ3/2p

n−1

3/2 pΛ1/2p

n−1

3/2

εn (MeV)

εΛ (MeV)

−BΛ (MeV)

ω (MeV)

pπ (MeV/c)

q (MeV/c)

(jΛ, j−1n )JP 1− 0+ 2+ 2+

Neff                        dσ/dΩ (µb/sr)                        

である. さらに分解能の幅 Γ を考慮して, δ関数を Lorenzianでおきかえると

S(EΛ) =1

f

ΓN feff

(EΛ − EfΛ)2 + 1

4Γ 2

(3.52)

となる. これによりΛ粒子の束縛エネルギーBΛ = −EΛの関数として, π−包含スペクトルを計算できるようになった.

実習 3.7 実習 3.6で扱った pK− = 0.8 GeV/cでのK− +12 C → π− +12Λ C反応につい

て, 前方散乱 (θ = 0)の π−包含スペクトルを求めよう. Λ粒子のエネルギーBΛの関数として, 束縛領域付近 (−30 MeV ≤ −BΛ ≤ 10 MeV) の範囲で計算し, これを図にプロットせよ. 横軸には−BΛ(MeV), 縦軸には 2重微分断面積(µb/sr/MeV)をとるとよい. エネルギー分解能の幅を Γ= 3 MeVとする.

3.7 歪曲波の効果

K−中間子や π−中間子は核内で核子と相互作用して吸収されるため, 生成断面積を定量的に評価する場合には, この効果を考慮しなければならない. そのため, 通常,

中間子の波動関数に歪曲波を用いた歪曲波インパルス近似による計算が行われる. 中間子の歪曲波は, 中間子-原子核間の光学ポテンシャルU を用いてクライン-ゴルドン(Klein-Gordon)方程式またはシュレディンガー方程式を解いて求められる. 原子核がハイパー核である場合は, その相互作用を標的核や芯核との相互作用で代用することが多い.

18

入射粒子が運動量 pで標的核と散乱する場合, 図 4.1のように衝突径数† (impact

parameter)を bとすると, 古典的にはその角運動量は l = pbとなる. 入射粒子が標的核と相互作用するためには, ポテンシャルの到達距離 (レンジ)Rの内に入らなければならないから b ≤ Rで, すなわち角運動量 lmax = pRまで扱わなければならない. 例えば, (π+,K+)反応の場合, 入射粒子や放出粒子の運動量は p ∼ 1.0 GeV/c程度なので, 歪曲波は比較的高い角運動量まで必要になる‡. このような高エネルギーの散乱で

pR À 1 (3.53)

の場合に対する近似として, アイコナール近似 (eikonal approximation)[22] がよく用いられている [7, 4, 11]. アイコナール近似はもともと幾何光学で使われている方法で, 文献 [22]では高エネルギーの核反応に適用された. ここでは, アイコナール近似による歪曲波の効果をみてみよう.

P1

r b

z

図 3.9: アイコナール近似での円柱座標 [14].

図 4.1のように円柱座標 r = (b, z)をとると, アイコナール近似のもとでは入射粒子 1と放出粒子 3の散乱の波動関数は

χ(+)1 (r) = exp

ip1 · r− iv−1

1

∫ z

−∞U1(b, z′)dz′

χ(−)∗3 (r) = exp

−ip3 · r + iv−1

3

∫ ∞

z

U †3(b, z′)dz′

(3.54)

とかける. (付録C.1を参照.) 中間子の光学ポテンシャル Um(b, z)には “t ρ型”のポテンシャル

2ωUm(b, z) = −4πfmp(0)ρp(b, z) + fmn(0)ρn(b, z) (3.55)

がよく用いられる. 実験室系で前方の中間子-核子散乱振幅 fmN(0)は, その全断面積σtot

m と前方振幅の実部と虚部の比 αmを用いて

fmN(0) = ip

4πσtot

m (1− iαm), αm = RefmN(0)/ImfmN(0)

†標的核に一番近づいた距離.‡標的核 40Caとすると, lmax ' p× r0A

1/3 = 5.07 fm−1 × 3.76 fm ' 19程度である.

19

と表せる. ρp,n(b, z)は標的核の陽子 (中性子)の密度分布である.

ここでは簡単のために, 入射粒子と放出粒子の中間子-核子散乱の全断面積について平均した有効全断面積

σeff =1

2(σ3 + σ1) (3.56)

を導入しよう. σmはそれぞれの中間子-核子散乱のアイソスピンで平均した全断面積で σm = (Z/A)σtot

mp + (N/A)σtotmn である. さらに αmの項を無視すると, (3.54)式から

χ(−)∗3 (r)χ

(+)1 (r) = exp

iq · r− 1

2σeff

∫ ∞

−∞ρ(b, z′)dz′

= exp (iq · r)Ddist(b) (3.57)

となる. ここでq = p1−p3は運動量移行で, Ddist(b)は歪曲波因子 (distortion factor)

と呼ばれており,

Ddist(b) = exp

−1

2σeff

∫ ∞

−∞ρ(b, z′)dz′

(3.58)

である. ρ(b, z)は標的核の密度分布で∫

ρ(b, z) dbdz = A に規格化されている.

付録C.2に示したように, 標的核の密度分布 ρ(b, z)にガウス関数型を仮定し, 角度平均した値に置き換えた場合 [11], (3.57)式は

χ(−)∗3 (r)χ

(+)1 (r) =

∑J

√4π(2J + 1)iJDdist(r)jJ(qr)Y 0

L (r) (3.59)

Ddist(r) = exp

−1

2

σeffA

πR2G

exp

[−2

3

r2

R2G

](3.60)

となる. ただし拡がりを示すパラメータRGにはR2G = 2

3〈r2〉の関係がある. すなわ

ち, (3.34)式の歪曲波として

jJ(p1, p3; r) ' Ddist(r)jJ(qr) (3.61)

とすればよい. 表 3.2にはガウス関数型の密度分布を用いたときの, 12C, 28Si, 40Ca,208Pb の核に対するパラメータRGを示す†. 中間子と核子との相互作用は原子核の表面付近で行われるので, 密度分布の拡がりを合わせておけば, およそ実験値に近い計算値が得られる‡.

実習 3.8 標的核を 12C, 40Ca, 208Pb とする歪曲波因子Ddist(r)を図示せよ. 歪曲波のパラメータには σeff= 20, 40, 60 mbを用いて計算せよ.

†比較のために, 核子の拡がりをのぞいた核物質分布の平均 2 乗半径 〈r2〉n.m. と原子核の大きさR = r0A

1/3 の値も示した. r0 = 1.1 fmとした.‡とは言え, 簡単にしすぎたところがあり少々不満が残る.各自の改良に期待しよう.

20

表 3.2: アイコナール近似における歪曲波因子の拡がりパラメータRG.

RG 〈r2〉1/2n.m. r0A

1/3

標的核 A (fm) (fm) (fm)12C 12 1.86 2.28 2.5228Si 28 2.44 2.99 3.34

40Ca 40 2.73 3.34 3.76208Pb 208 4.58 5.61 6.52

実習 3.9 K−中間子の入射運動量 pK− = 0.8 GeV/c とするハイパー核の生成反応

K− +12 C → π− +12Λ C

について, 前方散乱 (θ = 0)の生成微分断面積と π−包含スペクトルを, 以下の指示に従って求めよ.

(1) 実習 3.6のうち, 歪曲波インパルス近似 (DWIA)に変更して, 計算を実行せよ.

アイコナール近似の歪曲波のパラメータに, σeff= 40 mbを用いよ. 表 3.3に示した物理量を計算し, 空欄を埋めて表を完成させよ.

表 3.3: 歪曲波インパルス近似 (DWIA)における 12C(K−,π−)12Λ C反応の有効核子数

と生成断面積 (pK− = 0.8 GeV/c, θ = 0).

sΛ1/2p

n−1

3/2 pΛ3/2p

n−1

3/2 pΛ1/2p

n−1

3/2

(jΛ, j−1n )JP 1− 0+ 2+ 2+

Neff                        dσ/dΩ (µb/sr)                        

(2) π−中間子の包含スペクトルをΛ粒子の束縛エネルギーBΛの関数として, 束縛領域付近 (−30 MeV ≤ −BΛ ≤ 10 MeV) の範囲で計算し, これを図にプロットせよ.

(3) 平面波インパルス近似の結果と比較し, 歪曲波の効果を考察せよ.

(4) 図 3.10には 1970年代に CERNの実験で測定された 12C(K−,π−)12Λ C反応のス

ペクトルを示す. 計算値と比較してみよ. ただし実験データの縦軸は測定された π−中間子のカウント数で, 微分断面積の絶対値は求められていない.

21

図 3.10: 入射運動量 pK− = 0.8 GeV/c による 12C(K−,π−)12Λ C 反応 (上) と

16O(K−,π−)16Λ O 反応 (下)のCERN実験データ [21].

実習 3.10 K−中間子の入射運動量 pK− = 1.6 GeV/c とするハイパー核の生成反応

K− +12 C → π− +12Λ C

について, 前方散乱 (θ = 0)の生成微分断面積を, 以下の指示に従って求めよ.

(1) 遷移する中性子の1粒子状態は 1p3/2のみとする.

(2) 素過程の微分断面積の値は (dσ/dΩ)lab = 3.0 mb/srを用いよ.

(3) 表 3.4に示した物理量を計算し, 空欄を埋めて表を完成させよ. 平面波インパルス近似 (PWIA)の範囲で計算せよ.

(4) 歪曲波インパルス近似 (DWIA)の範囲で計算し, 表 3.5を完成させよ. 平面波インパルス近似 (DWIA)の結果と比較せよ. なおアイコナール近似の歪曲波のパラメータに, σeff= 40 mbを用いよ.

22

(5) π−包含スペクトルをΛ粒子のエネルギーBΛの関数として, 束縛領域付近 (−30

MeV ≤ −BΛ ≤ 10 MeV) の範囲で計算し, これを図にプロットせよ. エネルギー分解能の幅を Γ= 3 MeVとする.

(5) 入射運動量 pK− = 0.8 GeV/cの結果 [実習 3.9]と比較し, 入射運動量による依存性を考察せよ.

表 3.4: 平面波インパルス近似 (PWIA)における 12C(K−,π−)12Λ C反応の有効核子数

と生成断面積 (pK− = 1.6 GeV/c, θ = 0).

sΛ1/2p

n−1

3/2 pΛ3/2p

n−1

3/2 pΛ1/2p

n−1

3/2

εn (MeV)

εΛ (MeV)

−BΛ (MeV)

ω (MeV)

pπ (MeV/c)

q (MeV/c)

(jΛ, j−1n )JP 1− 0+ 2+ 2+

Neff                        dσ/dΩ (µb/sr)                        

表 3.5: 歪曲波インパルス近似 (DWIA)における 12C(K−,π−)12Λ C反応の有効核子数

と生成断面積 (pK− = 0.8 GeV/c, θ = 0).

sΛ1/2p

n−1

3/2 pΛ3/2p

n−1

3/2 pΛ1/2p

n−1

3/2

(jΛ, j−1n )JP 1− 0+ 2+ 2+

Neff                        dσ/dΩ (µb/sr)                        

23

4 発展問題

前章では, 12Cを標的核にした (K−, π−)反応を例に、Λハイパー核の生成断面積を求めた. ここでは応用力を養うために, 他の生成反応に適用してみよう.

研究 1 π+中間子の入射運動量 pπ+ = 1.05 GeV/c とする Λハイパー核の生成反応

π+ +12 C → K+ +12Λ C (4.1)

について, 前方散乱 (K+中間子の散乱角 θ = 6)の生成微分断面積を, 以下の指示に従って求めよ.

(1) 遷移する中性子の1粒子状態は 1p3/2のみとする.

(2) 図 4.1は素過程 π+ +n → K+ +Λ反応の微分断面積を示す. pK− = 1.05 GeV/c

(θ = 0)の微分断面積の値は, (dσ/dΩ)lab = 600 µb/sr を用いよ.

図 4.1: 実験室系における π+ + n → K+ + Λ反応の微分断面積 [24]. 散乱核 θ = 0,

6, 12を示した.

(3) 歪曲波インパルス近似 (DWIA)の範囲で計算せよ. アイコナール近似の歪曲波のパラメータに σeff= 20 mbを用いよ.

(4) 表 4.1に示した物理量を計算し, 空欄を埋めて表を完成させよ. また, 過去の文献 [7, 11, 18]の理論値と比較せよ.

(5) エネルギー分解能の幅を Γ = 1.5 MeVとして, K+中間子の包含スペクトルを計算せよ. またΛ粒子の束縛エネルギーBΛの関数として, 束縛領域付近 (−30

1

MeV ≤ −BΛ ≤ 10 MeV)の範囲で図にプロットし, KEKの実験で得られた実験データ [23]と比較せよ. なお実験データはK+中間子の散乱角 θを 2 ≤ θ ≤ 14

の範囲で平均された値である†.

表 4.1: 歪曲波インパルス近似 (DWIA)における 12C(π+,K+)12Λ C反応の

有効核子数と生成断面積 (pπ+ = 1.05 GeV/c, θ = 0).

sΛ1/2p

n−1

3/2 pΛ3/2p

n−1

3/2 pΛ1/2p

n−1

3/2

εn (MeV)

εΛ (MeV)

−BΛ (MeV)

ω (MeV)

pK (MeV/c)

q (MeV/c)

(jΛ, j−1n )JP 1− 0+ 2+ 2+

Neff                        dσ/dΩ (µb/sr)                        

図 4.2: 入射運動量 pπ+ = 1.05 GeV/cによる 12C(π+,K+)12Λ C 反応のKEK実験デー

タ [23].

†平均された断面積は σ2−14 =∫ θ=14

θ=2(

dσdΩ

)dΩ/

∫ θ=14

θ=2 dΩで定義されている.

2

研究 2 K−中間子の入射運動量 pK− = 0.79 GeV/c とする Λハイパー核の生成反応

K− +40 Ca → π− +40Λ Ca (4.2)

について, 前方散乱 (π−中間子の散乱角 θ = 0)の生成微分断面積を, 以下の指示に従って求めよ.

(1) 遷移する中性子の1粒子状態は 1d3/2, 2s1/2, 1d5/2とする. 標的核 40Caと芯核39Caの結合エネルギーはそれぞれBE(40

20Ca20)= 342.05 MeVとBE(3920Ca19)=

326.41 MeVである.

(2) pK− = 0.79 GeV/c (θ = 0)における素過程K− + n → π− + Λの微分断面積の値は, (dσ/dΩ)lab = 4.5 mb/srとする.

(3) 歪曲波インパルス近似の範囲で計算する. アイコナール近似の歪曲波のパラメータに σeff= 40 mbを用いよ.

(4) 表 4.2に示した物理量を計算し, 空欄を埋めて表を完成させよ.

(5) さらに中性子の 1粒子状態 2s1/2と 1d5/2についても, 上記 (4)と同様な表を作成して, 考察せよ.

(6) エネルギー分解能の幅を Γ = 4 MeVとして考慮し, π−中間子の包含スペクトルを計算せよ. また Λ粒子の束縛エネルギーBΛの関数として, 束縛領域付近(−40 MeV ≤ −BΛ ≤ 10 MeV)の範囲で図にプロットし,図 4.3に示したCERN

の実験データ [21]と比較せよ.

表 4.2: 歪曲波インパルス近似 (DWIA)における 40Ca(K−,π−)40Λ Ca反応の

有効核子数と生成断面積 (pK− = 0.79 GeV/c, θ = 0).

1sΛ1/21d

n−1

3/2 1pΛ3/21d

n−1

3/2 1pΛ1/21d

n−1

3/2

εn (MeV)

εΛ (MeV)

−BΛ (MeV)

ω (MeV)

pπ (MeV/c)

q (MeV/c)

(jΛ, j−1n )JP 2+ 1− 3− 1−

Neff                        dσ/dΩ (µb/sr)                        

3

1dΛ5/21d

n−1

3/2 1dΛ3/21d

n−1

3/2 2sΛ1/21d

n−1

3/2

εn (MeV)

εΛ (MeV)

−BΛ (MeV)

ω (MeV)

pπ (MeV/c)

q (MeV/c)

(jΛ, j−1n )JP 2+ 4+ 0+ 2+ 2+

Neff                              dσ/dΩ (µb/sr)                              

図 4.3: 入射運動量 pK− = 0.79 MeV/cによる 40Ca(K−,π−)40Λ Ca 反応の実験データ

[21].

4

研究 3 K−中間子の入射運動量 pK− = 1.8 GeV/c とする Ξ−ハイパー核の生成反応

K− + 40Ca → K+ + 40Ξ−Ar (4.3)

について, 前方散乱 (K+中間子の散乱角 θ = 0)の生成微分断面積を, 以下の指示に従って求めよ. なお 40

Ξ−Arは 39Kと Ξ−から構成される系とする.

(1) 遷移する陽子の1粒子状態は 1d3/2, 2s1/2, 1d5/2とする. 標的核 40Caと芯核 39K

の結合エネルギーはそれぞれBE(4020Ca20)= 342.05 MeVとBE(39

19K20)= 333.72

MeVである.

(2) 素過程の反応過程はK− + p → K+ + Ξ− (4.4)

である. Ξ−粒子の質量はMΞ= 1321.31 MeVである. この反応の運動量移行 q

(MeV/c)とエネルギー移行 ω (MeV) を求めよ.

(3) 前方散乱の微分断面積の値には, (dσ/dΩ)lab= 48 µb/sr を用いよ.

(4) 陽子と原子核との間にはクーロン斥力がはたらく. ここでは簡単のために半径RCの一様球体による斥力ポテンシャル

UCoul(r) =

Ze2

2RC

[3−

( r

RC

)2]

r ≤ RC

Ze2

rr > RC

(4.5)

を用いよ. ただしRC = 1.2A1/3 = 1.2× (40)1/3 = 4.10 fmとせよ.

(5) Ξ−粒子の1体ポテンシャル (実部のみ)にWoods-Saxon型を用いよ. パラメータに

V Ξ0 = −16 MeV, V Ξ

ls = 0 MeV,

R = r0(A− 1)1/3, r0 = 1.1 fm, a = 0.65 fm (4.6)

を用いよ.

(6) Ξ−粒子と原子核 39Kの間にはクーロン引力がはたらいている. 陽子の場合と同じタイプの引力ポテンシャルを仮定せよ.

(7) 歪曲波のパラメータに σeff= 25 mbを用いよ.

5

(8) 核内で生成された Ξ−粒子は, 強い相互作用による転換反応

Ξ− + p → Λ + Λ + 28.5 MeV (4.7)

によって崩壊する. したがって, この状態は準安定な束縛状態であり, 崩壊幅 Γ

が存在する. ここではエネルギー分解能による幅と崩壊幅をあわせた幅として,

Γ = 3 MeVの値を仮定して外から与え, K+中間子の包含スペクトルを求めよ.

6

付録 A 角運動量代数の公式

ここではインパルス近似の定式化に必要な角運動量に関する内容をまとめておく.

詳しくは文献 [16]等で勉強して欲しい.

3-j記号(3-j symbols)                           

Clebsch-Gordan(C.G.)係数: 〈j1m1j2m2|JM〉2つの角運動量の直積表現 |j1m1〉|j2m2〉と結合表現 |(j1j2)JM〉との変換

|(j1j2)JM〉 =∑

m1,m2

|j1m1〉|j2m2〉〈j1m1j2m2|JM〉 (A.1)

3-j記号(j1 j2 j3

m1 m2 m3

)=

(−)j1−j2−m3

√2j3 + 1

〈j1m1j2m2|j3 −m3〉 (A.2)

対称性(j1 j2 j3

m1 m2 m3

)=

(j2 j3 j1

m2 m3 m1

)=

(j3 j1 j2

m3 m1 m2

)(A.3)

= (−)j1+j2+j3

(j1 j3 j2

m1 m3 m2

), etc (A.4)

= (−)j1+j2+j3

(j1 j2 j3

−m1 −m2 −m3

)(A.5)

直交関係∑j3,m3

(2j3 + 1)

(j1 j2 j3

m1 m2 m3

)(j1 j2 j3

m′1 m′

2 m3

)= δm1m′

1δm2m′

2(A.6)

∑m1,m2

(2j3 + 1)

(j1 j2 j3

m1 m2 m3

)(j1 j2 j′3m1 m2 m′

3

)= δj3j′3δm3m′

3(A.7)

球面調和関数(spherical harmonics)

L2Y ml (θ, ϕ) = l(l + 1)Y m

l (θ, ϕ), LzYml (θ, ϕ) = mY m

l (θ, ϕ) (A.8)

L2 = −

1

sin θ

∂θ

(sin θ

∂θ

)+

1

sin2 θ

∂2

∂φ2

, Lz = −i

∂φ

Y 0l (θ, ϕ) =

√2l + 1

4πPl(cos θ) (A.9)

1

複素共役 Y m∗l (r) = (−)mY −m

l (r) (A.10)

直交関係∫

Y m∗l (r)Y m′

l′ (r)dr = δll′δmm′ (A.11)

加法定理∑m

Y ml (a)Y m∗

l (b) =2l + 1

4πPl(cos ωab) ωabは a, bの角 (A.12)

3つの球面調和関数の積分公式∫Y m3∗

l3(r)Y m1

l1(r)Y m2

l2(r)dr

= (−)m3

√(2l1 + 1)(2l2 + 1)(2l3 + 1)

(l1 l2 l3

m1 m2 −m3

)(l1 l2 l3

0 0 0

)

∆(l1l2l3) l1 + l2 + l3 =偶数, m1 + m2 = m3 (A.13)

球ベッセル関数(spherical Bessel function)( d2

dρ2+

2

ρ

d

dρ− l(l + 1)

ρ2+ 1

)ul(ρ) = 0 の解 (A.14)

球ベッセル関数

j0(ρ) =sin ρ

ρ, j1(ρ) =

sin ρ

ρ2− cos ρ

ρ, j2(ρ) =

( 3

ρ3− 1

ρ

)sin ρ− 1

ρ3cos ρ

球ノイマン関数

n0(ρ) = −cos ρ

ρ, n1(ρ) = −cos ρ

ρ2− sin ρ

ρ, n2(ρ) = −

( 3

ρ3− 1

ρ

)cos ρ− 1

ρ3sin ρ

漸近形 jl(ρ) → 1

ρsin (ρ− lπ

2), nl(ρ) → −1

ρcos (ρ− lπ

2) (A.15)

直交関係∫ ∞

0

r2jl(kr)jl(k′r)dr =

π

2k2δ(k − k′) (A.16)

平面波の部分波展開 (Rayleigh’s expansion)

eik·r = eikr cos θ =∞∑

l=0

(2l + 1)iljl(kr)Pl(cos θ) : 入射方向は k = kz  (A.17)

=∞∑

l=0

√4π(2l + 1)iljl(kr)Y m

l (θ, ϕ) (A.18)

= 4π∞∑

l=0

l∑

m=−l

iljl(kr)Y m∗l (k)Y m

l (r) (A.19)

2

6-j記号(6-j symbols) 

3つの角運動量の合成についての組み替え規則:

〈(j1j2)j12j3; jm|j1(j2j3)j23; jm〉 = U(j1j2jj3; j12j23) : U係数

=∑µ1,µ2

〈j1µ1j2µ2|j12µ12〉〈j12µ12j3µ3|jm〉〈j2µ2j3µ3|j23µ23〉〈j1µ1j23µ23|jm〉

=√

(2j12 + 1)(2j23 + 1) W (j1j2jj3; j12j23) : ラカー (Racah)係数

=√

(2j12 + 1)(2j23 + 1)(−)j1+j2+j+j3

j1 j2 j12

j3 j j23

: 6-j記号 (A.20)

3-j記号と 6-j記号を含む関係式の 1例(j3 j2 j23

m3 m2 −M23

)j3 j2 j23

j1 J j12

=

∑M,m1,M12

(−)j1+J+J12−M−m1−M12

(j1 j2 j12

m1 m2 −M12

)(j3 J J12

m3 −M −M23

)(j1 J J23

−m1 M −M23

)(A.21)

9-j記号(9-j symbols) 

4つの角運動量の合成についての組み替え規則:

〈(l1s1)j1(l2s2)j2; JM |(l1l2)L(s1s2)S; JM〉 =

l1 s2 j1

l2 s2 j2

L S J

: jj-LS結合係数

=√

(2j1 + 1)(2j2 + 1)(2L + 1)(2S + 1)

l1 s2 j1

l2 s2 j2

L S J

: 9-j記号 (A.22)

ウィーグナー・エッカルトの定理(Wigner-Eckart Theorem)

〈jfmf |T µk |jimi〉 = 〈jimikµ|jfmf〉〈jf ||Tk||ji〉 (A.23)

= (−)k+mf−ji√

2jf + 1

(ji k jf

m′i µ −mf

)〈jf ||Tk||ji〉

換算行列要素 (reduced matrix elements): 〈jf ||Tk||ji〉球面調和テンソルの場合:

〈lf ||Yk||li〉 =

√(2li + 1)(2k + 1)

4π(−)lf

(lf k li

0 0 0

)(A.24)

テンソル積の行列要素の場合:

〈(j1j2)j||[Tk1(1), Tk2(2)]k||(j′1j′2)j′〉 =√

(2j + 1)(2k + 1)(2j1 + 1)(2j2 + 1)

×〈j1||Tk1(1)||j′1〉〈j2||Tk2(2)||j′2〉

j′1 j′2 j′

k1 k2 k

j1 j2 j

  (A.25)

3

殻模型の行列要素

Neff の計算で (3.35)式の導出するために有用な式は

〈(l 12)j||Yk||(l′ 12)j′〉

= (−)32−j′+k

√(2j + 1)(2j′ + 1)(2l + 1)(2l′ + 1)(2k + 1)

×(

l k l′

0 0 0

)l j 1

2

j′ l′ k

(A.26)

さらに (A.21)式を適用すると(l k l′

0 0 0

)l k l′

j′ 12

j

= (−)j+j′+ 12− 3

2

(l 1

2j

0 −12

12

)(j′ k j12

0 −12

)(j′ 1

2l′

−12

12

0

)

+(−)j+j′+ 12+ 3

2

(l 1

2j

0 12−1

2

)(j′ k j

−12

0 12

) (j′ 1

2l′

12−1

20

)

=

(j′ k j

−12

0 12

)(l 1

2j

0 −12

12

)(j′ 1

2l′

−12

12

0

)(−)k+1[1 + (−)l+l′+k]

=

(j k j ′

−12

0 12

)(−)l+l′+k+1

√(2l + 1)(2l′ + 1)

[1 + (−)l+l′+k]

2

ここで 3-j記号の具体的な値(l 1

2j

0 −12

12

)=

(−)l+1

√2(2l + 1)

,

(j′ 1

2l′

−12

12

0

)=

(−)l′+1

√2(2l′ + 1)

を使った. したがって (A.26)式は 

〈(l 12)j||Yk||(l′ 12)j′〉

= (−)l+l′+12−j′

√(2j + 1)(2j′ + 1)(2k + 1)

(j k j′

−12

0 12

)[1 + (−)l+l′+k]

2

(A.27)

4

付録 B シュレディンガー方程式の数値解法

この付録では, シュレディンガー方程式の数値解法について概説する. 解法は 1通りではないが、今回のスクールで配布したプログラムに即して数値解法の 1つを紹介する. 求められる解の精度や妥当性については各自で検討してほしい.

まず 3次元のシュレーディンガー方程式を変数分離し, 動径方程式

1

[1

r2

d

dr

(r2 d

dr

)− l(l + 1)

r2− 2µV (r)

]Rnlj(r) = εNRnlj(r) (B.1)

を考える. さらに, Rnlj(r) = unlj(r)/rと置き換えて得られる unlj(r)に関する方程式

1

[d2

dr2− l(l + 1)

r2− 2µV (r)

]unlj(r) = εNunlj(r) (B.2)

を数値的に解く. この式は, よくご存じのように微分方程式型の固有値問題になっており, εN < 0の場合には離散的な固有状態を持つ, この固有値 (=エネルギー)と固有関数 (=波動関数)を数値的に求めるためには以下の手順が必要である.

1. 適当なエネルギー εN を仮定する (各自がインプットファイル上で与える).

2. εN に対応した無限遠での unlj(r)に対する境界条件を使い, (B.2)式を rの大きい所から小さい所に向かって数値的に解く.

3. 角運動量 lに対応した原点付近での unlj(r)に対する境界条件を使い, (B.2)式を原点付近から rの大きい所に向かって数値的に解く.

4. rのある点において, 2.と 3.で求めた unlj(r)がなめらかにつながるかを数値的にチェックする.

5. 4の結果, 滑らかにつながっていれば, 1で仮定した εN が固有エネルギーであり, 解かれた unlj(r)が波動関数になる. もし, なめらかにつながっていなければ 1に戻って, 異なる εN を仮定して同じ事を繰り返す (プログラムが自動的にεN の値を変えてゆく).

いかやや詳しく述べる.

1.において仮定するエネルギーは, 各 lに対して最も深く束縛されたエネルギーとしてまずはポテンシャルの深さを取ればよい. 束縛状態が 1つみつかったら, そのエネルギーより少し浅いエネルギーを仮定して上の状態を探す. これは, 5.においてプログラムが自動的に異なるエネルギーを探して行くときに少しずつ浅い状態を探して行くように作られていることに依る.

2.では, 次に rの大きい所から微分方程式を解く. このプログラムでは RUNGE-

KUTTA-NYSTROM 法で微分方程式を解いている. この方法の詳細については数値

5

計算の文献を調べて欲しい. もちろん別の方法で解いても良い.さて、シュレーディンガー方程式は 2階の微分方程式なので,境界条件として,関数自身の値と共に関数の微係数の値が必要である. rが大きい所での (B.2)式の形より, unlj(r) ∝ exp(−

√2µ|εN |r)

であることがわかる. これより同じ rでの対応する微係数も求められる (この関数型を微分すれば良い). これで境界条件がわかる. 数値的には無限遠の rは取り扱えないので, r = 20 fmから rの小さい方向に計算してゆく.

3.においては r ∼ 0での (B.2)式の形より, unlj(r) ∝ rl+1となることがわかる. (量子力学の教科書を見よ)これより対応する微係数も求められる. 注意するべきは, 遠心力ポテンシャルの値が r = 0で発散するために正確に r = 0から微分方程式を解く事ができない. よって数値的には原点のごく近傍から計算を rの大きい方に向かって始める事になる.

4.において, 2.及び 3.の解をつなげるのであるが, 賢明な諸君にはすぐわかるように, それぞれの波動関数はまだ規格化されていない. それゆえ一般に波動関数の大きさが定数倍異なる事に注意して, 「滑らかにつながる条件として」

1

uinnlj

duinnlj

dr− 1

uoutnlj

duoutnlj

dr= 0 (B.3)

を, ある r = matching pointで考える. matching pointは原理的にはどこでも良いのであるが, 通常, 核表面付近を考える. この左辺がある (小さい)収束判定パラメータの値より小さくなったときに「滑らかにつながっている」と判定する. もし左辺の値の差が 収束判定パラメータより大きい場合には, プログラム中で εN が少し浅い束縛エネルギーに変えられて微分方程式を解く過程を繰り返す. もう少し詳しく述べれば, εN を変えて (B.3)式の解を求める部分では 2分法のアルゴリズムを使っていて,=

左辺の符号が変わった場合には εN の値を前の値に戻し, 更に εN の変化幅を半分にして計算を繰り返すようになっている. (更に細かく言うと (B.3)式の左辺の符号が変わる際に関数が不連続になる場合があるのでそれは除外するようにしてある.)

プログラム中では, 適切な εNが求められた後で波動関数を解き直し, 規格化して大きさをそろえ, 出力するようになっている. プログラムの中を見て頂ければ, 上記の説明に納得頂けると思う.

6

付録 C アイコナール近似

C.1 歪曲波の波動関数

入射エネルギーEがポテンシャルU に較べて十分に大きく (E À U), 入射運動量pでポテンシャルのレンジRとの間に

pR À 1 (C.1)

の関係が成り立つ場合を考えよう. 円柱座標 r = (b, z)において, 入射方向 pを z軸にとると, 散乱波の波動関数は, 平面波 eipzと大きく違わないと思われるので,

χ(+)(b, z) = eipzφ(b, z) (C.2)

と近似する. このとき χ(+)(b, z) のクライン-ゴルドン方程式

[−∇2 + µ2 − ω2]χ(+)(b, z) = −2ωUχ(+)(b, z) (C.3)

2ipeipz ∂φ

∂z+ eipz ∂2φ

∂z2+ eipz∇2

bφ− 2ωUeipzφ = 0 (C.4)

となる. φ(b, z)は eipzに較べてゆっくりと変化する関数であるから

p|∇φ| À |∇2φ| (C.5)

として, (C.4)式の右辺の第 2項と第 3項を無視すると, φについての方程式

∂φ

∂z= −iv−1Uφ (C.6)

を得る. ただし vは入射粒子の速さである. この (C.6)式の解は

φ = exp

−iv−1

∫ z

−∞U(b, z′)dz′

(C.7)

であり, 散乱波の波動関数は (C.2)式より,

χ(+)(b, z) = exp

ipz − iv−1

∫ z

−∞U(b, z′)dz′

(C.8)

と表すことができる. この近似をアイコナール近似 (eikonal approximation) と呼んでいる.

7

C.2 ガウス関数型密度分布おける歪曲波因子

標的核の密度分布 ρ(r)がガウス関数型

ρ(r) = N exp(− r2

R2

), N = A(

√πRG)−3 (C.9)

であると仮定しよう. N は規格化因子である. ガウス積分の公式∫ ∞

−∞x2ne−αx2

dx = (− d

dα)n

∫ ∞

−∞e−αx2

dx = (− d

dα)n

√π

α(C.10)

を用いると容易に∫

ρ(r)dr = N∫ ∞

−∞exp(− x2

R2G

)dx

∫ ∞

−∞exp(− y2

R2G

)dy

∫ ∞

−∞exp(− z2

R2G

)dz

= N (√

πRG)3

= A (C.11)

が確められる. さらに平均 2乗半径 〈r2〉は

〈r2〉 =

∫r2ρ(r)dr = 4πN

∫ ∞

0

r4 exp(− r2

R2G

)dr =

3

2R2

G

である. 拡がりのパラメータRGと平均 2乗半径 〈r2〉にはR2G = 2

3〈r2〉 の関係がある.

さてアイコナール近似による中間子の歪曲波因子 (distortion factor)を

Ddist(b) = exp

−1

2σeff

∫ ∞

−∞ρ(b, z′)dz′

(C.12)

とする計算において, 密度分布 ρ(b, z′)にガウス関数型 (C.9)を用いると, (C.12)式の積分

∫∞−∞ ... dz′は次のように解析的に行うことができる:

∫ ∞

−∞ρ(b, z′)dz′ = N exp

(− b2

R2G

) ∫ ∞

−∞exp

(− z′2

R2G

)dz′

=A

πR2G

exp(− b2

R2G

)(C.13)

したがって, 歪曲波因子 (3.57)は

Ddist(b) = exp

−1

2

σeffA

πR2G

exp(− b2

R2G

)(C.14)

となる. また (3.34)式のように記述されるためには (C.15)式を YJ(r)で展開する必要があるが, ここではさらに簡単のために, b2 = r2− z2を角度 θで平均したものに置き換えよう. すなわち

b2 → 〈b2〉av =1

2

∫ 1

−1

r2(1− cos2 θ)d(cos θ) =2

3r2

8

とすると, 歪曲波因子は

Ddist(b) ' Ddist(r) = exp

−1

2

σeffA

πR2G

exp(−2

3

r2

R2G

)(C.15)

と近似することができる. 第 3章の歪曲波は, (C.15)式による (3.60)式を用いた.

9

参考文献

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(Plenum, New York, 1975), Vol. 8, p. 1.

[2] B. Povh, Rep. Prog. Phys. 39 (1976) 824.

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[5] A. Bouyssy, Nucl. Phys. A290 (1977) 324.

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D.J. Millener, Ann. Phys. (N.Y.) 148 (1983) 381.

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81 (1985) Chap. III.

[10] D.J. Millener, C.B. Dover and A. Gal, Phys. Rev. C38 (1988) 2700.

[11] R. Hausmann and W. Weise, Nucl. Phys. A491 (1989) 598.

[12] A.K. Kerman, H. McManus, R.M. Thaler, Ann. Phys. 8 (1959) 551.

[13] 河合光路, 吉田思郎, “原子核反応論”, 朝倉物理学大系 18, 朝倉書店, 2002.

[14] G.S. Satchler, Introduction to Nuclear Reactions, 2nd ed., Oxford Univ. Press

(1990).

[15] S. Hirenzaki, H. Toki and T. Yamazaki, Phys. Rev. C44 (1991) 2472.

[16] 詳しくは角運動量に関する専門書, 例えば D.M. Brink and G.R. Satchler, An-

gular Momentum in Quantum Mechanics, 2nd ed., Oxford Univ. Press (1968).

[17] A. Bohr and M. Mottelson, Nuclear structure, Vol. 1 (Benjemin, New York,

1969) p.238.

[18] T. Motoba, H. Bando, R. Wunsch and J. Zofka, Phys. Rev. C38 (1988) 1322.

[19] T. Harada, Y. Hirabayashi, Nucl. Phys. A744 (2004) 323.

10

[20] G.P. Gopal et al., Nucl. Phys. B119 (1977) 362.

[21] B. Povh, Prog. Part. Nucl. Phys., ed. D. Wilkinson (Pergamon, Oxford) 5 (1981),

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[22] R.J. Glauber, Lectures in Theoretical Physics, ed. W.E. Brittin et al., vol. 1

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[23] H. Hotchi et al., Phys. Rev. C64 (2001) 044302.

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11