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Japanese version VOL XXIV・NO 3・AUGUST 2016 PAIN CLINICAL UPDATES・AUGUST 2016 1 人工関置換術後の慢性疼痛 原  文: KristianKjærPetersen,PhDLarsArendt-Nielsen, DrMedSci,PhD 日本語訳:園畑素樹 宮崎温子 監  修:一般社団法人日本疼痛学会 一般社団法人日本運動器疼痛学会 人 工 関 節 置 換 術(total joint arthroplasty;TJA) は、 膝 な ど の 末 期 の 変 形 性 関 節 症 (osteoarthritis;OA)における機能を改善し、痛みを軽減する効果的な介入であるとされ る。米国における調査では、人工膝関節置換術(total knee arthroplasty;TKA)の患者数 は 1971-1976 年では 10 万人あたり 31.2 人であったのに対して 2005-2008 年では 220.9 人、人 工股関節置換術(total hip arthroplasty;THA)においては 1969-1972 年にて 10 万人あた り 50.2 人に対して 2005-2008 年では 145.5 人に増加している [26] 。さらに、それらの患者数は、 2030 年までにはそれぞれ TKA で約 700%、THA で約 200%増加すると予測されている [15] X 線画像所見やインプラント生存率、外科医による成績評価などの人工骨頭に関連する術後評 価をみると TJA は非常に有効であり、ほとんどの患者で術後に疼痛が緩和する。その一方で、 TKA 患者の 20%および THA 患者の 10%で術後に慢性疼痛を発症するとされている。これら の痛みは非常に複雑であり、術前における特定の要因から術後の慢性疼痛発症を予測すること は難しい。しかしながら、複数の術前要因を踏まえて、患者が TJA 後に慢性疼痛を発症する リスクが高いかどうかを示すことは可能である。今回の clinical updates では、THA および TKA に焦点を当て、術後の慢性疼痛の発症に関連する術前・周術期・術後の危険因子に関す る最近の検証をレビューし、科学的知見をアップデートすることが目的である。 関節における痛み 関節痛は患者によって多種多様である。侵害受容器は、ファット・パット、軟骨下骨、骨膜 および滑膜に存在するが、正常な軟骨には存在しない。この解剖学的特徴は、放射線画像によ る軟骨の変性と痛みの症状とが強い関連を示さないことを意味している。実際にある調査では 骨髄病変の程度が OA による疼痛強度と最も強く関連する可能性が示されている [17] 。長期間 の炎症および侵害受容器の興奮は、局所の感作(末梢性感作)をもたらし、最終的に中枢神経 系の感作(中枢性感作)に至り、さらに広範囲の疼痛過敏をもたらすと考えられる。 ガイドライン 最近 American Society of Anesthesiologists と American Pain Society が共同で発表した術 後疼痛の管理に関するガイドラインによると、術前から適切な術後疼痛管理が実施されるべき であると結論付けられている。さらにこれらの疼痛管理は個々の患者に合わせた評価およびケ アの計画に基づくべきであり、それにはフォローアップ評価や必要に応じた様々な調整を含む とした [ 7 ] 。ガイドラインにて推奨されているこれらの事項は種々の手術を対象とした内容であ るが、術後急性期の疼痛のマネジメントには術前からの患者のスクリーニングが重要であるこ とを特に強調している。術後急性期の疼痛の強度が痛みの慢性化に繋がると仮定すると、術前 のモニタリングと適切な術後管理の両方が重要であるといえる。 術後の慢性疼痛に関連する 術前および周術期における要因 術前の疼痛強度、疼痛過敏、多関節における関節炎、併存疾患、破局化思考、遺伝的要因、炎症、 および手術の既往は、術後の様々な結果に影響する要因であるとされる。以下のセクションで は、TJA に関してこれらの要因を検討する。 神経系における痛みと感作 痛みの強度を測定する簡易な尺度は10cmの視覚的アナログスケール(VAS)であり、 0cm はまったく痛みがない状態を示し、10cm は想像できる最悪の痛みを示す。これまでに、

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Japanese version VOL XXIV・NO 3・AUGUST 2016

PAIN CLINICAL UPDATES・AUGUST 2016 1

人工関置換術後の慢性疼痛

原  文:�Kristian�Kjær�Petersen,�PhD�Lars�Arendt-Nielsen,�     Dr�Med�Sci,�PhD

日本語訳:園畑素樹 宮崎温子

監  修:一般社団法人日本疼痛学会     一般社団法人日本運動器疼痛学会

 人工関節置換術(total joint arthroplasty;TJA)は、膝などの末期の変形性関節症(osteoarthritis;OA)における機能を改善し、痛みを軽減する効果的な介入であるとされる。米国における調査では、人工膝関節置換術(total knee arthroplasty;TKA)の患者数は 1971-1976 年では 10 万人あたり 31.2 人であったのに対して 2005-2008 年では 220.9 人、人工股関節置換術(total hip arthroplasty;THA)においては 1969-1972 年にて 10 万人あたり 50.2 人に対して 2005-2008 年では 145.5 人に増加している [26]。さらに、それらの患者数は、2030 年までにはそれぞれ TKA で約 700%、THA で約 200%増加すると予測されている [15]。X 線画像所見やインプラント生存率、外科医による成績評価などの人工骨頭に関連する術後評価をみると TJA は非常に有効であり、ほとんどの患者で術後に疼痛が緩和する。その一方で、TKA 患者の 20%および THA 患者の 10%で術後に慢性疼痛を発症するとされている。これらの痛みは非常に複雑であり、術前における特定の要因から術後の慢性疼痛発症を予測することは難しい。しかしながら、複数の術前要因を踏まえて、患者が TJA 後に慢性疼痛を発症するリスクが高いかどうかを示すことは可能である。今回の clinical updates では、THA およびTKA に焦点を当て、術後の慢性疼痛の発症に関連する術前・周術期・術後の危険因子に関する最近の検証をレビューし、科学的知見をアップデートすることが目的である。

関節における痛み 関節痛は患者によって多種多様である。侵害受容器は、ファット・パット、軟骨下骨、骨膜および滑膜に存在するが、正常な軟骨には存在しない。この解剖学的特徴は、放射線画像による軟骨の変性と痛みの症状とが強い関連を示さないことを意味している。実際にある調査では骨髄病変の程度が OA による疼痛強度と最も強く関連する可能性が示されている [17]。長期間の炎症および侵害受容器の興奮は、局所の感作(末梢性感作)をもたらし、最終的に中枢神経系の感作(中枢性感作)に至り、さらに広範囲の疼痛過敏をもたらすと考えられる。

ガイドライン 最近 American Society of Anesthesiologists と American Pain Society が共同で発表した術後疼痛の管理に関するガイドラインによると、術前から適切な術後疼痛管理が実施されるべきであると結論付けられている。さらにこれらの疼痛管理は個々の患者に合わせた評価およびケアの計画に基づくべきであり、それにはフォローアップ評価や必要に応じた様々な調整を含むとした [ 7 ]。ガイドラインにて推奨されているこれらの事項は種々の手術を対象とした内容であるが、術後急性期の疼痛のマネジメントには術前からの患者のスクリーニングが重要であることを特に強調している。術後急性期の疼痛の強度が痛みの慢性化に繋がると仮定すると、術前のモニタリングと適切な術後管理の両方が重要であるといえる。

術後の慢性疼痛に関連する術前および周術期における要因 術前の疼痛強度、疼痛過敏、多関節における関節炎、併存疾患、破局化思考、遺伝的要因、炎症、および手術の既往は、術後の様々な結果に影響する要因であるとされる。以下のセクションでは、TJA に関してこれらの要因を検討する。

神経系における痛みと感作 痛みの強度を測定する簡易な尺度は 10cm の視覚的アナログスケール(VAS)であり、0cm はまったく痛みがない状態を示し、10cm は想像できる最悪の痛みを示す。これまでに、

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術前に強い痛みがあると、術後に慢性疼痛を発症するリスクが高いことが示されている [ 3 ]。さらに、術後の慢性疼痛のリスクは、術後一週間目における疼痛強度が中程度から耐えきれないほどの強さである場合、軽度の場合と比べて 3 〜 10 倍高くなるとされた [28]。これらの検証結果を踏まえると、術前の疼痛を緩和することが術後の慢性疼痛のリスクを低下させるために有益である可能性がある。 定量的感覚検査(quantitative sensory testing;QST)はより進んだ痛みの測定法のひとつであり、メカニズムに基づいて患者を分析し、さらに重要な点として、患者のサブグループを特定することを目的としている。膝および股関節 OA を有する慢性痛では、健常対照と比較して広範囲の疼痛過敏を呈することが証明されており、それらは圧痛閾値(pressure pain threshold;PPT)の低下として定量的に表されている。さらに、OA 患者が訴える疼痛は強度および持続時間が増加するにつれて、圧痛に対する過敏がますます高まることが示されている [ 3 ]。広範囲にわたる疼痛過敏は疼痛刺激に対する中枢性感作を表していると考えられている。TJA術後に残存する疼痛がない場合では、これらの広範囲の疼痛過敏は正常化される [ 3 ]。最近の 2 つの研究では、術前の広範な疼痛と TKA およびTHA 後の慢性疼痛の発症との関連性が示されている [20, 29]。 Temporal summation of pain(TSP)とは、動物の後角ニューロンにて確認された wind - up 現象がヒトでも発生していると想定したものであり、脊髄処理ネットワークの中枢性感作を反映すると仮定される。膝関節および股関節 OA 患者では、年齢をマッチした健常対照群と比較して、TSP の増大が報告されている [ 3 ]。最近の 2 つの研究では、TKA 術前の TSP と術後の慢性疼痛との関連が報告されている [19, 20]。(THA についての研究報告は現在のところない。) Conditioned pain modulation(CPM)は、下降性疼痛促進系および下降性疼痛抑制系の評価尺度である。それらは中枢神経軸全体の活動に影響を及ぼすことから、広範囲の疼痛過敏発生に関与していると考えられている。膝および股関節 OA の患者では、年齢をマッチした健常対照群と比較して、CPM の低下が認められており、TJA 後に正常化される。さらにCPM の低下の程度は疼痛強度および持続時間に依存するようである [ 3 ]。ある予備的研究は、開胸術および腹部手術前の CPM によって術後の慢性疼痛発症のリスクを予測できる可能性を示している。最近では、術前において TSP の増大かつ CPM の低下が認められる場合に、TKA 後の疼痛緩和が不良であることが示唆されており、異なる疼痛バイオマーカーの組み合わせが「predictive pain platform」のさらなる発展につながる可能性が示唆されている。

 強い痛みを訴える一方で画像所見における重症度が低い OA 患者のサブグループは、痛みに非常に敏感であるようである [ 2 ]。これらの患者に対しては術前から個別の管理プログラムを設けることが有益であると考えられ、術前の患者スクリーニングとして明確な「レッドフラッグ」基準を開発すべきであると考えられる。

多関節の関節炎 OA は身体内の複数の関節にて同時に進行することがあり、このような多関節における OA の存在は膝の OA 進行を強く予測する因子である。Thompson ら [27] は、膝と手の OA を有する患者は、膝の OA のみを有する患者と比較して、びまん性の疼痛パターンを呈することを見出した。Perruccio ら [18] は、膝の OA 患者の 46%が TKA 術前に 4 つ以上の関節にて症状を有しており、これらの患者はそうでない患者と比較して術前と術後 12 ヶ月の両時点において、疲労、不安、うつ症状が強く、膝機能障害および膝痛がより重度であることを示した。さらに、足関節、足部および足趾関節での症状を訴えた患者は、手術後 12 ヶ月においてうつ症状および疼痛スコアが増悪していた [18]。

合併症 線維筋痛症スコア(American College of Rheumatology の提案した線維筋痛症の調査基準を使用)は、術前における疼痛レベル、不安・うつ症状および痛みの破局化思考に関連している。さらに、線維筋痛症を有するOA 患者はそうでない OA 患者と比較して、TJA 術後においてオピオイド消費量、合併症の罹患率、手術に対する不満および術後疼痛のリスクが高いことが示されている [ 5, 8 ]。 II 型糖尿病と診断された患者は、糖尿病を有しない患者と比較してTJA に至る可能性がより高いことが示されている [24] が、糖尿病や痛みを伴う糖尿病性ニューロパシーの有無による TJA 後の結果を評価した研究はない。興味深いことに、1,400 人以上の OA 患者を調査した大規模な研究では、TJA 後において肥満と合併症のリスクは関連しないことが示された [ 9 ]。 TJA を受けた関節リウマチ(RA)の患者の術後結果については議論されてきた。OA 患者と RA 患者とを比較した最近の研究では、RA 患者はOA 患者と比較して、術前ではより多くの合併症および強い疼痛を有し、手術に対する期待が低いにもかかわらず、TKA の 2 年後において疼痛お

図1  早期および末期の変形性膝関節症患者で知覚される疼痛領域の概略図。人工膝関節置換術(TKA)後に疼痛が持続した(その点以外では手術は成功したといえる)患者の約 20%では疼痛領域がさらに拡大する可能性がある。また、TKA 術後に疼痛が残存したために再置換術を行った患者の約 50%では、その投射面積がさらに拡大し、疼痛強度が増悪する可能性がある。

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よび機能に差異は見られなかった [11]。術後急性期の日常生活活動は、OA患者と比較して RA 患者ではより制限があることが示されている [25]。

痛みの破局化とコーピング 痛みの経験は、単に侵害入力によるものだけでなく、心理的要因によって高度に影響された複雑な感覚経験である。Pain Catastrophizing Scaleの評価による pain hypervigilance(痛みに対する過剰な警戒心)は、身体的要因を回避するために無意識下で痛みを優先することと定義される。最近のレビューでは、術前の破局化思考とコーピング不良は術後疼痛を強く予測する因子であると結論付けられた [ 4 ]。さらに、このレビューからはTKA 術前の運動恐怖と術後疼痛との関連は認められなかった一方で、術前のうつ症状および不安は術後疼痛を予測する因子となるという矛盾する結果が見出された [ 4 ]。認知行動療法が破局化思考のどの側面(素因か状態か)に対して有効かについてはまだ議論されている。

遺伝的要因 肥満、年齢、骨格形状、骨量などの要因がOAの進行に関連しており、さらに女性の方が TKA後の術後の慢性疼痛のリスクが高いことは明白なようである。 インターロイキンなどの分子をコードする遺伝子の重要性については、あまり知られていない。カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ

(COMT)をコードする遺伝子は股関節 OA 患者の股関節痛と関連することや、インターロイキン -6(IL-6)をコードする遺伝子は THA 後の患者の骨溶解と正の相関が報告されている [12]。遺伝子をコードする他の遺伝子、例えば SCN9A 遺伝子(特定のナトリウムチャネルをコードする)の一塩基多型(SNP)などは、OA 患者の疼痛レベルの増強および疼痛閾値の変化と関連している [23]。動物実験ではメチル化とアセチル化が動物の疼痛過敏を増強させることが示されており、将来的にエピジェネティックな変化を探索が重要である可能性がある。

炎 症 骨関節炎は、滑膜炎のような関節における炎症性変化に関連することが多く、炎症は OA 進行の危険因子であると考えられている。末梢傷害は、局所炎症およびインターロイキン(IL)-1 β、IL-6、IL-8、および腫瘍壊死因子α(TNF-α)のアップレギュレーションにつながることが知られている。末梢の炎症は末梢性感作を促進させるものであり、さらに最近の研究では、滑膜液中の TNF-α、マトリックスメタロプロテイナーゼ -13

(MMP-13)および IL-6 の術前レベルの上昇が術後の疼痛緩和の不良と関連しているとされた [10]。 神経が切断されると、シュワン細胞および損傷部位の他の細胞が神経成長因子(NGF)を放出する。NGF放出の増加によって促進される「神経発芽」が癌性骨痛モデルにて観察されており、それらは侵害受容線維を増加させた。外科手術の外傷による NGF 放出の増加は、神経発芽および微小神経腫の形成をもたらし、痛みを促進する可能性があると仮定できる。

手術既往と再置換術 膝の OA 患者に対して時に関節鏡視下手術が勧められることがあるが、プラセボ(皮膚を切開し関節鏡を挿入せず模擬的にデブリードマンを行う)と比較して、疼痛または機能に対する効果は認められていない。一般に手術の既往は術後疼痛の危険因子であり、関節鏡視下手術および靱帯再建の既往は TKA の実施時期を早めることに関連するとされているが、関節鏡視下手術の既往と TJA 術後の慢性疼痛との関連性を調査した報告はないTKA 後の再置換術は、初回の TKA と比較して、慢性疼痛および生活の質・機能・満足度の低下を引き起こす可能性が高い [21]。さらに、再置換術後に痛みを訴える患者では、感覚検査の結果が悪化することも示唆されている [ 3 ]。痛みが原因で TKA 再置換術を受けた OA 患者の約 50%は術後も疼痛を訴え、その痛みは再置換術前よりも強い可能性が高い [21](図 1 参照)。

人工関節感染症 人工関節感染症(periprosthetic joint infections;PJI)はまれである

(1-2%)が、強い疼痛レベル、機能障害、生活の質の低下と関連し、さらに重度の場合には死亡に繋がることもある。PJI への対処として一般的に再置換術が施行されるが、再置換術は初回の手術と比較して術後の痛みの慢性化、生活の質の低下、疼痛過敏などを引き起こしやすく、さらに再感染の危険性が高い。最近のメタアナリシスでは喫煙、体格指数(BMI)

30kg / ㎥以上、糖尿病、うつ病、ステロイド使用などの要因が PJI のリスクと関連していると結論づけられている [14]。術前にこれらの因子を確認し対処をすることが PJI の発生率を低下させ、術後の慢性疼痛を軽減させることに繋がると考えられる。

術後疼痛の予測因子に対する治療 術後疼痛の予測因子としていくつかの術前および周術期の要因が同定されてきているが、治療に関するエビデンスは入手し難い。このセクションでは、TJA 後の慢性疼痛のリスクを最小限に抑えるための Fast-track Surgery や術前薬物療法などの治療パラダイムについて述べる。

ファーストトラックサージェリー(Fast-track Surgery) 集学的リハビリテーションの原則に基づく Fast-track Surgery プログラムは、周術期の合併症を低減し、生理学的に麻酔および痛み管理を最適化し、早期から積極的に運動を進めていくことを目的とする。THA とTKA にて Fast-track Surgery プログラムを適用すると、入院期間が 4-12日から 1-3 日に短縮された。両側 TKA は Fast-track Surgery を適用した片側ずつの TKA と比較して、3 ヶ月および 2 年で同様の結果を示した[22]。最近のレビューでは、今後の研究では入院期間の短縮のみならず炎症反応の抑制および術後急性期の疼痛緩和についても焦点を当てるべきであり、さらに Fast-track Surgery プログラムを最適化し合併症を避けるために合併症のハイリスク患者を明らかにする必要があると結論付けられている。

薬物療法 ガバペンチノイド(プレガバリンおよびガバペンチン)は疼痛過敏の抑制作用を持つと考えられているが、TJA 前にこれらの薬物を投与することに関しては相反する結果が報告されている。Lunn ら [16] は、TKA 後の術後急性期の疼痛に対するガバペンチンの術前投与の効果は認められないとの結果を示したが、Buvanendran ら [ 6 ] は、プレガバリンの術前投与がTKA3 ヵ月後の神経障害性疼痛を減少させたと報告している。これらの所見は、大規模なランダム化比較試験で再調査する必要がある。 最近の研究では、シクロオキシゲナーゼ -2 阻害剤が膝 OA 患者の疼痛を軽減し機能を改善することが示されており、新しい知見として、これらの効果が部分的に中枢性感作メカニズムとの薬物相互作用によってもたらされることが報告されている [ 1 ]。 セロトニンおよびノルアドレナリン再取り込み阻害薬であるデュロキセチンは、抑うつ障害、全般性不安障害、糖尿病性末梢神経障害、線維筋痛症および筋骨格痛に対して承認されているが、最近のランダム化比較試験では、手術当日および TKA 後 14 日間の投与は、 プラセボと比較して疼痛に対する効果は認められなかった [30]。最近のレビューでは、抗うつ薬治療は急性の鎮痛効果を期待するものではなく、神経障害性疼痛を緩和するために長期的な治療が必要であると強調されており [13]、このような報告は最新の研究結果が乏しいことを意味している [30]。 術前の疼痛検査の結果は TKA [19, 20] および THA [29] の後の慢性疼痛に関連することが報告されており、術前に感覚を正常化することが TJA 後の慢性疼痛のリスクを低下させると仮定できる。しかしながら、この仮説を証明する研究は未だない。

まとめ この clinical updates では、TJA 後の慢性疼痛に関連する術前、周術期および術後急性期の要因に焦点を当てた。術前からの強い疼痛および疼痛過敏、術前および術後の高い炎症レベル、破局化思考は術後の慢性疼痛を引き起こす可能性が高く、TJA 後の慢性疼痛を最小限に抑えるためにさらなる調査の対象とすべきである。合併症、遺伝的要因、および多関節の関節炎のような他の要因についても、TJA 後の慢性疼痛発症を引き起こす因子となる可能性がある。 関節鏡視下手術の既往は TKA 適応となるリスクを惹起する可能性があると示唆されているが、術後結果への影響については調査されていない。最後に、術前、周術期および術後急性期それぞれの疼痛管理の役割について大規模な無作為研究で検証する必要があるといえる。術後疼痛を発症する危険性が高い患者のサブグループを同定するために、近年進められている関節痛患者のメカニズムに基づく疼痛プロファイリングの検討を進める必要があると考えられる。

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