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136 2009 No.12 iSUC 誕生の理念を 20 年にわたり継続する i Magazine(以下、 i Mag):iSUC 誕 生 から今年で 20 年目を迎えますね。これ までの月日を振り返って、今日まで iSUC が続いてきた原動力は何だったと 思われますか。 藤田:iSUC は 1990 年、掛川市のつま恋 で 510 名の参加者を集めて記念すべき 第1回大会が開催されました。当時、 IBM から発信されるのはメインフレー ム情報が中心で、AS/400に代表される IBM の中小型機ユーザーは深刻な情報 不足に悩んでいました。そこで米国の COMMONをお手本に、第1回の実行 委員長であった勝亦研二さん(当時・ 勝亦電機製作所社長、故人)たちが中 心になって、自分らの手で勉強できる 場を作り出そうと実現したのが iSUC で す。 丸谷:何もないゼロの状態から立ち上 げるというのは、大変なエネルギーが 必要だったと思います。彼らの作り上 げた理念が素晴らしく、揺るぎないポ リシーがあったからこそ、 iSUC は今日 まで続いてきたのでしょう。 皆上:iSUCの理念には、「ユーザーの ユーザーによるユーザーのための大会」 「強い相互扶助精神によるボランティア 主導の大会運営」「互いに平等な立場 で、信頼と尊敬を基調とした互恵的な 交流」とあり、 iSUC のサイトにも掲示 されています。第8回大会で初めて実 行委員としてかかわった際に、最初の 会議で先輩委員さんからiSUCの理念 が書かれた文章を渡され、読み合わせ させられました。運営を担う代々の実 行委員たちにもきちんと伝えられてき たんですね。私が第 15 回の実行委員長 を務めることになった時ももちろん、詳 細に読み込みました。それが実行委員 長としての最初の仕事でしたね。 渡辺:私もそうでしたよ。 iSUC もテク ノロジーの進化やユーザーを取り巻く 環境の変化に応じて、運営の方法論は 少しずつ変わっていきます。それに毎 回実行委員は交代するので、ある意味、 毎年新しい大会になるわけです。でも 理念を変えることなく継承できたこと が、20 年目を迎えられた最大の理由だ と私も思います。 丸谷:毎年の実行委員の活躍に加え、 過去の運営に携わった人たちが OBと して舞台裏でずっと iSUC を支えてきた わけです。最初に始めた人たちの意思 がある以上、そう簡単にはやめられな いですよね(笑)。 藤田:ボランティア精神がiSUCの基 本ですが、私自身の感覚としては一般 的な「ボランティア精神」とは意味合い が少し違うように感じています。我々 は企業に属しており、それぞれのビジ ネスに利する形でのシステム構築を求 めているわけですから、そうした意味 では利害がないわけではない。しかし 敢えてそうした利害は表に出さず、 IBM とユーザーがお互いに敬意を表し て、双方に役に立つと思われる情報を 交わし合う場所が iSUC です。 皆上:互恵的な交流という言葉を iSUC はよく使いますね。自分たちのできるこ と、知っていることをもち寄って分かち 合う。「ギブ・アンド・テイク」ではなく、 「ギブ・アンド・シェア」の精神です。 渡辺:実行委員会のディスカッション も非常に建設的ですよ。「Yes、but」と は絶対に言わない。必ず、「Yes、and」 iSUC20周年記念特別座談会 不変の理念と時代の変化に iSUCはどう向き合ってきたか 藤田昌弘 フジタ製薬株式会社 代表取締役社長 第 5 回・第 14 回大会実行委員長

iSUC20周年記念特別座談会 不変の理念と時代の変化に iSUCはど … · 運営規模の拡大やテクノロジーの進化、そして何よりitの現場が大きく変化するなか、

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Page 1: iSUC20周年記念特別座談会 不変の理念と時代の変化に iSUCはど … · 運営規模の拡大やテクノロジーの進化、そして何よりitの現場が大きく変化するなか、

136 2009 No.12

iSUC誕生の理念を20年にわたり継続する

i Magazine(以下、i Mag):iSUC誕生から今年で20年目を迎えますね。これまでの月日を振り返って、今日までiSUCが続いてきた原動力は何だったと思われますか。藤田:iSUCは1990年、掛川市のつま恋で510名の参加者を集めて記念すべき第1回大会が開催されました。当時、IBMから発信されるのはメインフレーム情報が中心で、AS/400に代表されるIBMの中小型機ユーザーは深刻な情報不足に悩んでいました。そこで米国のCOMMONをお手本に、第1回の実行委員長であった勝亦研二さん(当時・勝亦電機製作所社長、故人)たちが中心になって、自分らの手で勉強できる場を作り出そうと実現したのがiSUCです。丸谷:何もないゼロの状態から立ち上げるというのは、大変なエネルギーが必要だったと思います。彼らの作り上げた理念が素晴らしく、揺るぎないポリシーがあったからこそ、iSUCは今日まで続いてきたのでしょう。皆上:iSUCの理念には、「ユーザーのユーザーによるユーザーのための大会」「強い相互扶助精神によるボランティア主導の大会運営」「互いに平等な立場で、信頼と尊敬を基調とした互恵的な交流」とあり、iSUCのサイトにも掲示

されています。第8回大会で初めて実行委員としてかかわった際に、最初の会議で先輩委員さんからiSUCの理念が書かれた文章を渡され、読み合わせさせられました。運営を担う代々の実行委員たちにもきちんと伝えられてき

たんですね。私が第15回の実行委員長を務めることになった時ももちろん、詳細に読み込みました。それが実行委員長としての最初の仕事でしたね。渡辺:私もそうでしたよ。iSUCもテクノロジーの進化やユーザーを取り巻く

環境の変化に応じて、運営の方法論は少しずつ変わっていきます。それに毎回実行委員は交代するので、ある意味、毎年新しい大会になるわけです。でも理念を変えることなく継承できたことが、20年目を迎えられた最大の理由だと私も思います。丸谷:毎年の実行委員の活躍に加え、過去の運営に携わった人たちがOBとして舞台裏でずっとiSUCを支えてきたわけです。最初に始めた人たちの意思がある以上、そう簡単にはやめられないですよね(笑)。藤田:ボランティア精神がiSUCの基本ですが、私自身の感覚としては一般的な「ボランティア精神」とは意味合いが少し違うように感じています。我々は企業に属しており、それぞれのビジネスに利する形でのシステム構築を求めているわけですから、そうした意味では利害がないわけではない。しかし敢えてそうした利害は表に出さず、IBMとユーザーがお互いに敬意を表して、双方に役に立つと思われる情報を交わし合う場所がiSUCです。皆上:互恵的な交流という言葉をiSUCはよく使いますね。自分たちのできること、知っていることをもち寄って分かち合う。「ギブ・アンド・テイク」ではなく、「ギブ・アンド・シェア」の精神です。渡辺:実行委員会のディスカッションも非常に建設的ですよ。「Yes、but」とは絶対に言わない。必ず、「Yes、and」

iSUC20周年記念特別座談会

不変の理念と時代の変化にiSUCはどう向き合ってきたか

藤田昌弘氏フジタ製薬株式会社代表取締役社長

第5回・第14回大会実行委員長

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です。「その通りだ、でもこうするともっとよくなるのではないか」という姿勢で議論が進む。皆上:理念には「互いに平等な立場で」とも書かれていますが、私が初めてiSUCの実行委員会にかかわった時は衝撃を受けました。会社のエライ社長さんが、若いヒラ社員と同じ土俵で議論を交わし、当日同じように交通整理をして、弁当を配っている(笑)。多様な立場にある人たちと議論する機会は、1企業の中ではなかなか得られない貴重なもので、私自身、ずいぶん勉強になりました。

いろいろなユーザーの声を聞き自分の立ち位置を確かめる

i Mag:20年間、変わらずに理念を継承する一方、iSUCにはさまざまな変化もあったのではないですか。藤田:やはりユーザーを取り巻く環境が大きく変わりました。1つには、テクノロジーの変化が大きいですね。最初の頃はサーバーやプリンタなどのハードウェアに対するリクワイヤメント(要望)をIBMに伝える場という役割が大きかったし、セッションの内容もプラットフォームのテクノロジーに寄ったものが多かった。丸谷:iSUCはテクノロジーの実験場といった役割もありましたね。第10回の大会では初めて、当時最新のPDAであったワークパッドを使ってモニター

プログラムを実施し、会場案内やアジェンダの参照や掲示板の利用を可能にしました。当時はまだ通信ではなく、クレイドルに置いてデータを吸い取っていたことを覚えています。あの時の経験で、私はワークパッドが業務に使

えると体感しました。渡辺:第11回の札幌大会では、当時まだイベントなどでは珍しかった無線LANを会場に敷設しました。ノイズや混線で設定作業が難航し、何度もやり直すなどずいぶん苦労しましたが、あ

れでLANの構築について勉強できましたよ。ただ最近は、そうしたテクノロジーの実験場という役割は消えつつあるように思います。皆上:それはやはり、iSUCのコンテンツ自体が大きく変化していることと関係しているのでしょう。最近は技術の紹介より、マネジメントや業務改革、人材育成などビジネス的なテーマが増えていますから。丸谷:つまり、IT利用の現場が変わりつつあるということでしょうね。私の周辺には、情報システム部門はあるものの、社内でシステム開発をしていない企業が多いです。だから技術や開発のスキルは社内にないし、必要ともしていません。皆上:その一方で、アウトソーシングを進めた結果、自社内にITのノウハウが集積されず、結果的にシステム構築能力が弱くなったと認識して、開発を自社内に戻す動きも一部で見られます。渡辺:確かにそうですね。それに変えたいけれど、変えられずに困っているという企業もあるのではないでしょうか。AS/400時代からRPGでプログラムを開発し、メンテナンスを担当してきた技術者が退職する時期を迎えています。もう社内にはメンテナンスを担える人材がいない。でも外部に委託すると一気に外注コストが跳ね上がる。さあ、どうしたらいいだろうと悩んでいる。藤田:私は、以前はもっと中堅中小企

1990年に第1回大会が開催されてから、iSUCは今年で20年目を迎えた。運営規模の拡大やテクノロジーの進化、そして何よりITの現場が大きく変化するなか、iSUCはどのようにその開催理念を継承し、ユーザーに変わらぬ価値を提供してきたのか。そして今後に向けて、iSUCはどのように役割や運営基盤を変えていくのであろうか。iSUCの運営に深く関わってきた4人のキーマンが熱く語り合う。

皆上秀樹氏日信電子サービス株式会社経営情報システム部 部長第15回大会実行委員長

Photo:Imai Hiroaki

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業の経営層が自らIBMと会話し、自らiSUCに足を運ぶケースが多かったように感じていますが、近頃はそうした姿を見かけないように思います。最近はマネジメント関連も多いですが、経営者自らが聞きに来ているという印象はあまりないですね。皆上:さまざまな問題を抱えているユーザーがいるわけですが、そうした人たちのいろいろな声に耳を傾ける場として、iSUCは有効なのだと思いますよ。私はよくiSUCをリトマス試験紙に例えるんです。ITを使うのが当たり前の世の中とは言え、その取り組みや進捗度、構築レベルなどは各社各様でしょう。iSUCのようなユーザーが集まる場で、いろいろな意見を耳にしていると、自分たちの進み具合や立ち位置が見えてくる。渡辺:「この部分は自分たちの方が進んでいるな」とか、「うちはこの領域のシステム化が遅れている」とか、あるいは「ここは自分たちも同じ問題を抱えているから解決策が参考になる」とかですね。そういう意味で、当初からiSUCはユーザー事例を重視してきました。事例は、自分たちの状況に置き換えて考えることができます。これだけの数のユーザー事例をまとめて聞ける場というのは、iSUC以外ではなかなか難しい。丸谷:第1回の大会が開催された当時に比べると、今はインターネットも普及し、情報量が格段に増えました。でもここでしか聞けない希少価値のある情報を入手できるのが、iSUCの価値であり、役割だと思います。藤田:いずれにしても、ITを使う現場

も大きく変わりつつあるわけで、iSUCがその現場の動きをいかにキャッチアップしていくかが、今後の鍵になりますね。

発信する人間に情報は入ってくるiSUCは声を出し合う場所

i Mag:今後20年に向けて、iSUCの役

割や運営の基盤は変わっていくことになるのでしょうか。渡辺:IBMユーザー研究会の活動ベースは、全国に15ある地区研であり、その柱の1つにIT研究会があります。IT研究会は継続的に形成されている活動の場であり、重要な勉強会の場でもあります。その集大成がiSUCであるとい

う位置づけは、今後も変わらないのではないでしょうか。実際、iSUCではIT研究会の発表セッションが非常に活発ですからね。藤田:その通りですね。ただし運営面に目を移すと、最初の頃とは比較にならないほど、運営規模が大きくなっていますから、大会インフラの整備にそれなりのコストが必要です。だから景気の低迷などに左右されない、しっかりとした財務基盤を作ることが必要です。皆上:確かにシステムインフラ一つをとっても、中小企業の情報環境を構築するのと同じぐらいの作業が必要になりますからね。藤田:同様に、実行委員会や事務局の作業負荷も非常に重くなっています。ボランティア精神が基本とはいえ、大会の企画・運営を担う実行委員の負担は大きく、必然的にそうした人員を派遣できる余裕のある大手ユーザーに頼らざるを得なくなります。運営の一部スタッフを専任化するといった対応も、考えるべき時期に来ているのかもしれません。丸谷:今まで20年継続できたのは、「人」がいてくれたから。だから今後20年続けられるかどうかも、「人」にかかっているといえます。いろいろな意味で、人的インフラを整備することが、今後の継続の鍵になるはずです。まずは、実行委員の役割を担ってくれるような人材をリクルーティングしていくことが重要だと思います。皆上:情報システムの構築や運用に課題を抱えている人ほど、実行委員として適格だという気がしますよ。私自身

iSUC20周年記念特別座談会不変の理念と時代の変化にiSUCはどう向き合ってきたか

渡辺 修氏株式会社京王ITソリューションズ

受託運用部 部長第19回大会実行委員長

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を振り返っても、自分にとってのシステムの先生は、iSUCの実行委員の人たちでした。それに自分たちに課題や問題意識があるからこそ、iSUCの運営やセッションにそれらを反映し、その結果、密度の濃い解答を得ることができるのです。渡辺:それに参加者の側にも、iSUCの精神をもっとメッセージしていかねばならないでしょう。参加者は単なる聴講者ではありません。聞いているだけでは、得られるものは少ないのです。大会を作っているのは実行委員だけではなく、参加者は参画者であり、大会の重要な構成ファクターです。多数のセッションを聞くと同時に、例えば自分も積極的にユーザー事例を発表する。あるいは講師に質問する、人の輪の中で積極的に発言するとか、自ら発信することが重要です。話してくれる人たちがいないと、iSUCは継続していけないわけですから。丸谷:私も自分の経験から、「情報を発信する人間に、情報は確実に入ってくる」と実感しています。自分が情報を発信すると、それに対する質問や問い合わせ、あるいは「自分たちのケースはこうだった」といった情報が集まってくる。これが、情報の力学なのだと思います。iSUCは声を出し合う場なのだということを、参加者の方々にもっとメッセージしていきたいですね。

「人」がいる限り今後の20年もiSUCは続く

藤田:それにもう1つ重要な参画者が、IBMでありベンダーの人たちです。実

際のところ、iSUCの参加者はユーザー、IBM、ベンダーの3者で構成されています。「ユーザーのユーザーによるユーザーのための大会」だからと言って、ユーザーだけを見ていればよいのかと言えば、決してそんなことはありません。渡辺:最近はIBMの販売体制も大きく

変わってきました。以前よりも直接販売が減少し、今やビジネスパートナー経由での販売がほとんどです。つまりIBMがユーザーへ直接的にメッセージを伝える場面が減っているわけです。丸谷:その意味で、ビジネスパートナーやISV、SIerの人たちの重要度が増しており、そうした人たちにとっても価値

のあるiSUCの役割を考えていかねばなりませんね。丸谷:さらに言えば、IBMの人たちにも、強くiSUCの意義をメッセージし、理解を深めてもらわねばならないと感じています。大会が誕生した当初は、IBMの関係者がiSUCの意味をきちんと理解し、さまざまな形で運営を舞台裏から支えてくれました。でも最近は、iSUCのメッセージを伝え切れていないのかもしれない、と感じることがあります。藤田:iSUCを理解してくれている人がどのぐらいいるか、これは非常に重要なことです。先日、iSUCの全体会議に、多忙をきわめる日本IBMの橋本社長が突然顔を出され、実行委員たちを激励していただきました。橋本社長はAS/400の時代からこの市場を熟知され、iSUCの存在意義も深く理解しておられます。こういう人が日本IBMのトップにおられることを、私はとても心強く感じています。丸谷:いずれにしても、時代がどう変わろうとも、求められる役割がある限り、iSUCは今後も存続していくでしょう。20年前にiSUCを作り上げた人たちの意思を大切に守りつつ、時代やニーズに柔軟に対応して、ユーザーにとって価値のあるiSUCであり続けられるように、私たちもずっと努力していきたいですね。

丸谷哲司氏株式会社コンサルトファーム

代表取締役副社長

iSUCの軌跡

http://www.uken.or.jp/isuc/