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ボランタリーな地理情報(VGI)のデータ改善に向けた投稿情報の傾向分析: OpenStreetMap における Notes 機能を事例に 瀬戸寿一・西村雄一郎・岩崎亘典・金杉洋 Trend Analysis in posting information for improve data on Volunteered Geographic Information (VGI): The Case of “Notes” on OpenStreetMap Toshikazu SETO, Yuichiro NISHIMURA Nobusuke IWASAKI and Hiroshi KANASUGI Abstract: In this article, we will consider what kind of quality problem of OpenStreetMap (OSM) data by Japanese, as an example of OSM-Notes. In July 2017, there are about 300,000 Notes worldwide, and in Japan about 5,600 posts were confirmed. Many pieces of information as position errors and store closings can be entered by OSM's user registrar via applications, so many posts are not specific users. On the other hand, the input is lower than other countries where OSM data creation is active, and it is necessary to continuously monitor the Notes from the validation. Keywords: ボランタリー地理情報(Volunteered Geographic Information),空間データの品 質(Spatial Data Quality),オープンストリートマップ(OpenStreetMap1. はじめに Web を通じて生成された地理空間情報の中で も,自発的に共有されるデータが近年非常に多く なっている.Goodchild 2007)が提唱し,その後 様々な分野に拡がっている「ボランタリーな地理 情報(Volunteered Geographic Information: VGI)」 は,参加型 GIS PGIS)における実践的なデータ 共有の方法論として注目されている.近年ではデ ータの質に関する議論(例えばデータの位置精度 や,データの空間的不均等,適切なメタデータ, データモデルの適正化など)も VGI 研究の一環と して希求されている(Senaratne ほか,2017). 事例の中でも特に, 2004 年にイギリスで始まっ た地理空間情報の「自由な」利活用を推進する OpenStreetMapOSM)プロジェクトは,VGI 代表例として知られている.これは, Wiki 型手法 を採用することで,いつでも誰でも点(Node)・ 線(Way)・面(closed way)・リレーション(relation: 複数地物の地理的または論理的な関連性をモデ ル化したもの)といった地物情報を Web 上で自 由に編集することが可能で,商用を含め再利用が 可能な地図データベースの構築を目的としてい る(西村・瀬戸,2017).OSM は草の根での活動 を尊重する活動であることから,一般的にデータ の精度保証は担保されていないが, Senaratne ほか 2017)によるレビューのように,VGI のデータ 評価研究の一例として,位置の正確性や位相関係, 国のオープンデータ等の真値となるデータと比 較した完全性(Haklay, 2010)を評価する研究が 瀬戸寿一 〒153-8505 東京都目黒区駒場 4-6-1 東京大学 空間情報科学研究センター Phone: 03-5452-6415 E-mail: [email protected]

ボランタリーな地理情報(VGI)のデータ改善に向けた投稿情報 … · ォン向けのオフライン地図アプリケーションで あるMAPS.MEからOSM-Notesを投稿できるよ

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ボランタリーな地理情報(VGI)のデータ改善に向けた投稿情報の傾向分析:

OpenStreetMap における Notes 機能を事例に

瀬戸寿一・西村雄一郎・岩崎亘典・金杉洋

Trend Analysis in posting information for improve data on Volunteered

Geographic Information (VGI): The Case of “Notes” on OpenStreetMap

Toshikazu SETO, Yuichiro NISHIMURA

Nobusuke IWASAKI and Hiroshi KANASUGI

Abstract: In this article, we will consider what kind of quality problem of OpenStreetMap (OSM)

data by Japanese, as an example of OSM-Notes. In July 2017, there are about 300,000 Notes

worldwide, and in Japan about 5,600 posts were confirmed. Many pieces of information as position

errors and store closings can be entered by OSM's user registrar via applications, so many posts are

not specific users. On the other hand, the input is lower than other countries where OSM data

creation is active, and it is necessary to continuously monitor the Notes from the validation.

Keywords: ボランタリー地理情報(Volunteered Geographic Information),空間データの品

質(Spatial Data Quality),オープンストリートマップ(OpenStreetMap)

1. はじめに

Web を通じて生成された地理空間情報の中で

も,自発的に共有されるデータが近年非常に多く

なっている.Goodchild(2007)が提唱し,その後

様々な分野に拡がっている「ボランタリーな地理

情報(Volunteered Geographic Information: VGI)」

は,参加型 GIS(PGIS)における実践的なデータ

共有の方法論として注目されている.近年ではデ

ータの質に関する議論(例えばデータの位置精度

や,データの空間的不均等,適切なメタデータ,

データモデルの適正化など)も VGI研究の一環と

して希求されている(Senaratneほか,2017).

事例の中でも特に,2004年にイギリスで始まっ

た地理空間情報の「自由な」利活用を推進する

OpenStreetMap(OSM)プロジェクトは,VGIの

代表例として知られている.これは,Wiki型手法

を採用することで,いつでも誰でも点(Node)・

線(Way)・面(closed way)・リレーション(relation:

複数地物の地理的または論理的な関連性をモデ

ル化したもの)といった地物情報をWeb上で自

由に編集することが可能で,商用を含め再利用が

可能な地図データベースの構築を目的としてい

る(西村・瀬戸,2017).OSMは草の根での活動

を尊重する活動であることから,一般的にデータ

の精度保証は担保されていないが,Senaratneほか

(2017)によるレビューのように,VGIのデータ

評価研究の一例として,位置の正確性や位相関係,

国のオープンデータ等の真値となるデータと比

較した完全性(Haklay, 2010)を評価する研究が

瀬戸寿一 〒153-8505 東京都目黒区駒場 4-6-1

東京大学 空間情報科学研究センター

Phone: 03-5452-6415

E-mail: [email protected]

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進められている.さらにビジネスでの利用拡大に

伴い,品質検証ツールの開発も試みられている

(https://www.mapbox.com/mapping/validating-osm/) .

他方,VGIデータの品質向上に向けては,その

地域でデータ生成に関わる多くの貢献者の関与

や協同型による開発が重要であるという指摘も

見られる(Haklay et., al, 2010).OSMでは入力さ

れた地物に対するコメントやバグ修正を報告し,

ユーザー同士で議論する手法の一つとして Notes

機能(以下,OSM-Notesとする)があるが,この

データに言及した事例は Neis(2013)を除くと管

見の限り無い.したがって,ユーザー同士のイン

タラクションが可能な OSM-Notes データの傾向

を捉えることによって,VGIデータのデータ改善

に向けた取り組みの検討が期待される.

そこで本論文は OSM-Notes を用いて日本国内

で投稿されたデータの特徴を分析し,その傾向を

明らかにすることを目的とする.

2. 対象データの性質と抽出方法

ここでは OSMのデータアーカイブである

Planet OSM(http://planet.openstreetmap.org/notes/)

からダウンロードした 2017年 7月 12日時点の全

世界の OSM-Notesデータ(拡張子は.osn形式)を

使用し,日本における都道府県単位での投稿傾向

を明らかにする.このデータは,OSMのWebペ

ージやMaps.meなど OSMを使った地図アプリケ

ーションからユーザーが,任意の地点に対して,

位置情報とコメント付きで入力可能なものであ

る.具体的な用途としては,データの間違いを報

告するほか,OSMに現在入力されていない追加

的な情報(たとえば通りの名称など)の入力を促

すことが目的となっており,位置情報(緯度経度)

と入力された日時時間,ユーザー名,更新回数(バ

ージョン),コメント内容のテキストデータに加

え,修正や議論が進行中で未解決になっているメ

モ(opened)と解決済のメモ(closed)の区別が

含まれる.このデータは OSMのオリジナルデー

タと同様に XML形式で提供されているが,OSM

データには含まれていないデータモデルになっ

ているため,現状は GISソフト等で直接読み込め

ない.そこで,本論文では osn2osm

(https://github.com/tbicr/osn2osm)を使用し,GIS

ソフトウェアで読み込み可能な OSMデータに変

換した後,QGISのプラグインの一種である

「Quick OSM」を使用し,属性を抽出したものを

用いた.処理対象の XMLデータの容量は

455,746,971 bytesであり,2017年 7月 12日時点

で未解決のメモ(opened)は,全世界で 297,327

地点存在することがわかった.このうち,日本国

内で入力されたものは 5,643地点である(図 1).

これは同日時点での全世界の OSM-Notesの約

1.9%を構成するもので,入力数の多いアメリカ

(27,372),ドイツ(24,280),ロシア(14,887),

イギリス(12,339)に次いで 14番目であった.

図 1 日本における OSM-Notesの分布 (N=5,643)

0

50

100

150

200

250

300

350

400

450

Apr*13

Jun*13

Aug*13

Oct*13

Dec*13

Feb*14

Apr*14

Jun*14

Aug*14

Oct*14

Dec*14

Feb*15

Apr*15

Jun*15

Aug*15

Oct*15

Dec*15

Feb*16

Apr*16

Jun*16

Aug*16

Oct*16

Dec*16

Feb*17

Apr*17

Jun*17

図 2 OSM-Notesの月単位での投稿数

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また月単位の投稿数の推移は図 2に示され,2016

年 4月以降特に増えている.これは,スマートフ

ォン向けのオフライン地図アプリケーションで

ある MAPS.ME から OSM-Notes を投稿できるよ

うになったためと考えられる(第 3節を参照).

3. OSM-Notes の特徴量分析

3.1 都道府県ごとの特徴量

2 節の手法により抽出された,未解決の

OSM-Notes データを都道府県ごとに集計し QGIS

の等量分類を用いた結果(図 3),東京(1,175),

京都(367),神奈川(297),大阪(287),北海道(243),

兵庫(237)の順となった.他方,投稿の貢献者であ

る OSM ユーザー数を都道府県ごとに集計すると

(図 4),東京(391),京都(145),大阪(119),神

奈川(104),兵庫(88),北海道(74)の順となり,両

者の結果を比較すると北海道や石川,宮城では投

稿数に比して OSMユーザー数が限られている.

図 3 都道府県単位の OSM-Notesの投稿数

図 4 都道府県単位のOSM-Notesの投稿ユーザー数

3.2 OSM ユーザーの投稿傾向の特徴量

なお,日本全国の OSM-Notes のユニークユー

ザー総数が 1,608 であり,日本の OSM データの

貢献ユーザー総数 14,433(2017年 7月 12日時点)

と比較すると,約 11%のユーザーが OSM-Notes

を使ってデータ改善のチェックを行っているこ

とになる.表 1 は,OSM-Notes のデータから投

稿を行った OSM ユーザーを抽出し集計したもの

である.順位 1の anonymousは OSMのアカウン

トを使わずに投稿したユーザーを表すもので,ほ

とんどの投稿が MAPS.MEを用いた投稿である.

なお,OSM-Notesに 1回のみ投稿した OSMユー

ザーは 1,072であり,実際のところ日本では約 50

の OSM ユーザーによってチェックされている.

なお,anonymousを含めた MAPS.MEを用いて投

稿した地点を OSM-Notes 内のハッシュタグを特

定し(#mapsme)地図化したものが,図 5に示さ

れる.多くは,図 3~4と整合するが,沖縄や宮城

での投稿が多く,マッピングパーティの実施や

MAPS.MEの活用が活発であると考えられる.

表 1 OSM-Notesの投稿ユーザー集計 rank OSM(user(name count1 anonymous 2,0352 aquila2 1433 nyampire 764 yasunari 535 Siegel007 526 Mohican(Azarashi 457 shinji yamada 398 yosii 369 Daniel(Haward 3210 Yojiro Nagahama Pastorius 27

rank OSM(user(name count11 Yuta(Hisamori 2612 Shingo(Okamoto 1913 ���� 1814 nmaxaki 1715 LeaPea 1616 silvan(h 1617 masakanda 1618 michy9807 1619 ��� 1620 Albert(Stone 15

図 5 MAPS.MEを用いた投稿分布 (N=2,331)

(凡例は,同一地点に対する OSM-Notesのコメント数を示す)

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MAPS.ME を用いた投稿( 2,331 地点)は,

OSM-Notesの全体の投稿数の約 4割を占めている

が,更新履歴(バージョン)が 1回のものが大半

となっており,データ改善に関する議論や実作業

に結びついていないと考えられる.他方,

OSM-Notes の分布を更新履歴の回数によって分

類したものが,図 6に示される.全体の約 8割に

あたる 4,567 地点が更新履歴数 1 であり,

OSM-Notes によるデータ改善のインタラクショ

ンが積極的に行われているとは言えないが,2 回

以上の更新履歴の分布を表すと,投稿数の多い東

京や大阪,兵庫の以外にも東北地方から新潟県に

かけての地域や九州北部の地域に更新回数が多

い地域が見られる.なお,数自体は少ないが投稿

内容に Facebook が含まれるもの,すなわち

Facebook上の地物(背景地図が現在 OSMになっ

ている)修正を促すものが 397 地点存在し,

OSM-Notesで想定されていた OSMユーザー以外

からのデータ改善提案も行われ始めている.

図 6 OSM-Notesの投稿の空間分布とバージョン

5. おわりに

本論文は,OSMのデータ改善のための投稿や

議論が可能な機能 OSM-Notesを取り上げ,投稿

地点やユーザー,更新頻度などについての傾向を

分析した.日本の OSM-Notesは,OSM活動の活

発な国々より活用頻度は少ないものの,2016年 4

月以降,MAP.MEなどのアプリケーションから投

稿が可能になり,従来の OSMユーザー同士の議

論以外にも広く利用され,OSM上のデータの間

違いや追加情報などの提供に徐々に使われるよ

うになったと言える.今後の研究では,投稿内容

のテキスト分析や解決済(closed)との比較を通し

てデータ改善の評価手法の発展が期待される.

謝辞

本研究成果は, JSPS 科研費 JP 17K17658,

JP17H00839, JP 15K03008ならびに,国土技術研究

センター(第 18回)研究開発(代表:山下潤, 第

16014号)の各助成を受けたものです.

参考文献

西村雄一郎・瀬戸寿一(2017)PGISとオープンソ

ース GIS・オープンな地理空間情報,若林ほか編

著「参加型 GISの理論と応用—みんなで作り・使

う地理空間情報」, 58-61, 古今書院.

Goodchild, M.F. (2007) Citizens as sensors: the world of

volunteered geography. GeoJournal, 69 (4),

211–221.

Haklay, M.(2010)How good is volunteered

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OpenStreetMap and Ordnance Survey datasets,

Environment and Planning B: Planning & Design,

37(4), 682-703.

Haklay, M., Basiouka, S., Antoniou, V. and Ather, A.

(2010) How many volunteers does it take to map an

area well? The validity of Linus’ law to volunteered

geographic information, The Cartographic Journal,

47, 315-322.

Neis, P. (2013) Overview about Open/Closed OSM

Notes, http://resultmaps.neis-one.org/osm-notes (最

終閲覧日:2017年 8月 30日)

Senarane, H., Mobasheri, A., Ali, A.L., Capineri, C.

and Haklay, M. (2017) A review of volunteered

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