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発行人:惑星地質研究会 小森長生・白尾元理 事務局:〒193 八王子市初沢町 1231-19  高尾パークハイツ B-410 小森方 TEL. 0426-65-7128 マントルダイナミクスからイオの火山分布まで 山路 敦  Atsushi YAMAJI 木星の衛星イオの火山分布の規則性について、筆者の研究( amaji, 1991)を紹介する。まず その背景を説明しよう。元来この研究は、リフトにおけるリソスフェアの歪み量を層位学的に推 定することからはじまった。そのためには、マントルダイナミクスに支配される dynamic pography を考慮しなければならず、それゆえホットスポットのような表層で地質学的にデータ のとれるものに注目して、マントルダイナミクスにせまろうと考えたわけである。 3 次元球殻内の熱対流について、数値実験の結果が数年前から公表されるようになったが、そ のなかで、下降流はカーテン状になり上昇流はパイプ状になりたがるというのが Schubert など の強調するところであった(Bercovici et al.)。このパイプ状上昇流こそ、ホットスポットの実 体たるマントルプリュームだというわけだが、それではプリュームは、いったい核-マントル境 界からくるのか、それとも上部一下部マントル境界からくるのだろうか。この間題は whole mantle convection か layered convection かという、マントル対流論における最大の問題と通底 している。 他方では、ベナール対流の作る多角形セルパターン(planform)の研究が進められてきた。 McKenzie は planform を群論を使って分類している。つまり結晶のような いをしたわけであ る。ベナール対流では、条件によって上昇流はセルの中心に位置したり、セルの境界にそうカー テン状上昇流になったりする。いずれにせよ、セルの大きさは基本的に対流層の厚さとコンパラ ブルになることが知られている。Houseman は、Bercovici たちの仕事に関連して『Nature』の News&Views 欄に寄稿しているが、そこでホットスポット(マントルプリューム)のスペーシン グがマントルにおける対流層の厚さについての情報を含んでいるのではないかと示唆した。対流 の planform を結晶のように扱う McKenzie の手法に筆者はヒントをえて、球面上に分布するホッ トスポット分布のラウエパターンを計算すれば、対流セルの「格子定数」つまりセルの形と大き さがわかるんじゃないか、そうしたら Houseman 流の解釈によってプリュームの根の深さがわか るのでは、と考えた。そこでさっそく地球のホットスポット分布の解釈をはじめたわけだが、そ の練習問題としてイオの火山分布が適材だと鳥海光弘氏から指摘され、まずそれをやったわけで ある。 イオの場合、プレート運動がないので、表面の tectonic features の対称性は深部のダイナミク スの対称性を直接反映しているはずだし、素性のよくわかった潮汐力が原動力だということが、 イオを扱う利点である。またホットスポットの数が多いことも、解析手法を開発するうえで役立っ た。実験の難しいグローバルダイナミクスに、もしコレコレだったらといういろいろな場合をみ PLANETARY GEOLOGY NEWS Vol.3 No.4 Dec. 1991 

惑星地質ニュース PLANETARY GEOLOGY NEWSkumano.u-aizu.ac.jp/PlaGeoNews/Site01/PDFs/PlaGeoNews03_4.pdf · しかし、非同期回転のために、この原点はIographicにはゆっくりと西へ移動する。各時代にお

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惑惑星星地地質質ニニュューースス 発行人:惑星地質研究会 小森長生・白尾元理  事務局:〒193 八王子市初沢町 1231-19  高尾パークハイツB-410 小森方 TEL. 0426-65-7128

マントルダイナミクスからイオの火山分布まで

山路 敦  Atsushi YAMAJI

 木星の衛星イオの火山分布の規則性について、筆者の研究(Yamaji, 1991)を紹介する。まずその背景を説明しよう。元来この研究は、リフトにおけるリソスフェアの歪み量を層位学的に推定することからはじまった。そのためには、マントルダイナミクスに支配される dynamic pographyを考慮しなければならず、それゆえホットスポットのような表層で地質学的にデータのとれるものに注目して、マントルダイナミクスにせまろうと考えたわけである。 3次元球殻内の熱対流について、数値実験の結果が数年前から公表されるようになったが、そのなかで、下降流はカーテン状になり上昇流はパイプ状になりたがるというのがSchubert などの強調するところであった(Bercovici et al.)。このパイプ状上昇流こそ、ホットスポットの実体たるマントルプリュームだというわけだが、それではプリュームは、いったい核-マントル境界からくるのか、それとも上部一下部マントル境界からくるのだろうか。この間題は whole mantle convectionか layered convectionかという、マントル対流論における最大の問題と通底している。 他方では、ベナール対流の作る多角形セルパターン(planform)の研究が進められてきた。McKenzieは planformを群論を使って分類している。つまり結晶のような扱いをしたわけである。ベナール対流では、条件によって上昇流はセルの中心に位置したり、セルの境界にそうカーテン状上昇流になったりする。いずれにせよ、セルの大きさは基本的に対流層の厚さとコンパラブルになることが知られている。Housemanは、Bercovici たちの仕事に関連して『Nature』のNews&Views欄に寄稿しているが、そこでホットスポット(マントルプリューム)のスペーシングがマントルにおける対流層の厚さについての情報を含んでいるのではないかと示唆した。対流のplanformを結晶のように扱うMcKenzieの手法に筆者はヒントをえて、球面上に分布するホットスポット分布のラウエパターンを計算すれば、対流セルの「格子定数」つまりセルの形と大きさがわかるんじゃないか、そうしたらHouseman流の解釈によってプリュームの根の深さがわかるのでは、と考えた。そこでさっそく地球のホットスポット分布の解釈をはじめたわけだが、その練習問題としてイオの火山分布が適材だと鳥海光弘氏から指摘され、まずそれをやったわけである。 イオの場合、プレート運動がないので、表面の tectonic featuresの対称性は深部のダイナミクスの対称性を直接反映しているはずだし、素性のよくわかった潮汐力が原動力だということが、イオを扱う利点である。またホットスポットの数が多いことも、解析手法を開発するうえで役立った。実験の難しいグローバルダイナミクスに、もしコレコレだったらといういろいろな場合をみ

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PLANETARY GEOLOGY NEWS Vo l .3 No.4 Dec. 1991 

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せてくれるのが惑星地質の御利益だろう。 結論はつぎの通り(解析手法は『月刊海洋』23を参照されたい)。(1)イオの火山分布のパターンマップをつくってみると、火山が数珠状にならんでいる例が多数みいだされた。(2)また、平行した数珠がほぼ周期的に配列されていて、間隔は約100kmである。これらの観察事実について、リソスフェアに成因を求めるもの、アセノスフェアに求めるものと、いろいろ考えられる。非同期回転(後述)によってリソスフェアに広域的応力場が発生するが、それのσHmax と平行する火山の並びが多いことを考慮すると、イオの火山分布は非同期回転によって生じた応力のもとでの割れ目噴火によると思われる。ボイジャーの画像データから実際、割れ目噴火の例が報告されているが、それらの向きは今回の解析結果と矛盾しない。たぶん周期性は脆性層の厚さによって決まるのであろう。ただし、それでは説明できない方向の並びもある。 潮汐力によって衛星は 3軸楕円体に変形し、その主軸は主惑星方向(最長軸)・自転軸方向(最短軸)・軌道接線方向(中間軸)に平行になる。楕円軌道をまわる衛星は主惑星から遠ざかったり近づいたりするから、潮汐によるひしゃげ具合いがそのたびに変化し、内部発熱のために軌道運動のエネルギーを消費し、離心率がへる。また自転周期と公転周期が等しいと(同期回転という)、最長軸が衛星に固定されるが、そうでない場合、最長軸と中間軸が衛星の赤道上を移動していくために、大きな振幅で衛星が変形することになって、軌道エネルギーが消費される。結果として、多くの衛星は円軌道上の同期回転の状態に落ちついている。ところが3つのガリレオ衛星イオ・ユーロパ・ガニメデは、力学的共鳴により公転周期が1:2:4にロックされているために、円軌道からつねに楕円へと励起される。望遠鏡観測によると、イオの自転と公転は半世紀にわたって同期しているので、完全に同期回転していると思われていたが、後述のようにずれているらしいことが示唆されている。だが、決着はついていない。ズレがあるとしても、ひじょうに小さい。 衝突クレーターがほとんどないことなどから、火山噴出物の平均堆積速度が推定されている。それによると表面の起伏は数Maで埋積されることになる。したがって、いまみられる火山は第四紀火山のようなもので、分布は最近のテクトニクスに支配されていると思ってよい。これまで

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図.ボイジャーが高解像力画像を得たイオ東半球のホットスポットのメルカトール投影。

黒点:ホットスポット細線:大円または小円の弧太線:潮汐の膨らみの移動によって誘発された応力の軌跡

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は、火山分布は一見したところ低緯度地方に多いこと以外、特別のパターンは見いだされていなかった。地球では海洋リソスフェアのconductive coolingがマントル深部からの熱を放出する主要なメカニズムになってくるが、イオの場合、大部分がホットスポット火山の活動にともなうadvectionで出てくる。だから低緯度に火山が多いことは、高緯度に較べて平均熱流量が多いということで、これを拘束条件としてSeagatzなどがイオの内部構造を推定している。結論としては、アセノスフェアが存在して、おもにその層の中の粘性流動で発熱するというモデルがいちばん観測にあうということになっている。 さて、イオの 3軸楕円体はほぼ完全に静水圧平衡になっているが、高度異常(実際の形にベストフィットする楕円体からの残差として得られる)は、地球のジオイド異常のような扱いができる。Gaskell らは高度異常が自転軸のまわりに4回対称をなすことを示した。Seagatzらのアセノスフェア発熱モデルから予想される高度異常が、まさにこの対称性をもつのである。しかし奇妙なことに、4回対称の位相が予想されるものより東に20~40度ずれていたために、混迷が深まった。予想は同期回転を仮定していたが、実際にはわずかな非同期回転になっていて、最近数Ma~数十Maの間に最長軸が Iographicに移動したとGaskell たちは解釈した。これに先立ってYoderやGreenbergなどは、軌道力学的相互作用のために、イオにごくわずかな非同期成分があたえられることを理論的に予言していた。 最長軸とイオ表面の交点が経度の原点で、この原点は木星とイオをむすぶ線上に静止している。しかし、非同期回転のために、この原点は Iographicにはゆっくりと西へ移動する。各時代において西経0~90度(およびその裏側)は最長軸が近づくにつれて隆起し、東経0~90度(およびその裏側)の地域は遠ざかるにつれて沈降する。そのためリソスフェアの中に広域応力場が発生する。ユーロパの氷のリソスフェアの割れ目パターンを説明するために、こうして発生する応力場をHelfensteinたちが計算して見せた。そのσHmax を今回イオに応用したわけである。地球では、まだ海山の年代データが少なかった頃、ハワイ-天皇海山列などがリソスフェアの割れ目にそって線状に噴出したものと考えられたことがある。回転楕円体である地球の表面の曲率は、赤道で大きく両極で小さいから、南北方向に動くプレートは曲げ変形を受け、そのため広域応力場ができて、それが数千kmにわたって割れ目噴火をおこすのだという人がいた。いま同じようなアイデアが、ガリレオ衛星のテクトニクスに生かされているのである。

参考文献

Bercovici,D.et al.,1989:Three-dimensional spherical madels of convection in the Earth's mantle. Science, 244,950-955.

Gaskell, R.W. et al.,1988:Large-scale topography of Io:Implications for internal structure and heat transfer.Geophys.Res.Lett.,15.581-584.

Greenberg, R.and Weidenschiling,S.J.,1984:How fast do Galilean satellites spin?Icarus, 58,186-196.

Helfenstein, P.and Parmentier,E.M.,1985:Patterns of fracture and tidal stresses due to nonsynchronous rotation:Implications for fracturing on Europa.Icarus,61,175-184.

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Houseman,G.,1989:Hotspots and mantle convection.Nature,340,263.Mckenzie,D.,1988:The symmetry of convetive transitions in space and time.J.Fluid

Mech.,191,287-339.Seagatz.M. et al.,1989:Tidal dissipation,surface heat flow,and figure of viscoelastic

models of Io.Icarus.75,187-206.山路 敦, 1991:球面状における点の分布の周期解析-ホットスポットの研究.月刊海洋,23,

571‐575.Yamaji, A.,1991:Periodic hot-spot distribution on Io.Science,254,89-91.Yoder,C.F.,1979:How tidal heating in Io drives the Galilean orbital resonance locks.

Nature,279,747-770.(東北大学教養部地学科)

………………………………………………………………………………………………………………………… 論文紹介

ガリレオが観測した金星の稲妻

 1989年 10月 18日、スペースシャトル・アトランチスから打ち出された木星探査機ガリレオは、1990年 2月10日金星をフライバイ、その後90年12月 8日の第1回地球フライバイをへて、91年10月 29日には小惑星ガスプラに接近した。今後は、1992年 12月 8日の第2回地球フライバイの後一路木星へ向かい、1995年 12月 7日木星に到着する(図1)。目下、主アンテナの不調が伝えられているが、なんとか回復して木星観測が無事成功することを祈りたい。 さて金星と第 1 回地球フライバイ時の観測概要についてはすでに各誌で伝えられているが、このほど『Science』 Vol . 253, No .5027(1991年 9 月 27日号)に、金星観測の詳しいレポートが掲載

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     図1.ガリレオの飛行軌道

  図 2.金星フライバイ中に観測した 9回の      プラズマ衝撃波のスペクトル

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された。35ページにわたって10編の論文が載せられており、ぜひ参照されたい。 このなかで、Gurnett,D.A.et al."Lightning and Plasma Wave Observations from the Galileo Flyby of Venus" p.1522-1525で報告された、金星大気中で発生する雷の観測記録が興味深い。金星大気中で起こる稲妻現象については、これまでにもいくつかの報告があるが、まだ不明な点も多かった。今回のガリレオの観測は、金星大気中の雷の発生について、確かなデータをもたらした。 観測は最接近の少し前、90年2月10日の4時32分から5時25分(世界時)までの53分間、ガリレオ搭載のプラズマ波観測器を使って、金星の夜側でおこなわれた。その結果、電磁場密度の突発的増大が、100キロヘルツ~5.6メガヘルツ間の周波数で9回観測された(図2)。この事件は、大気層中における稲妻の発生によって、プラズマ波が電離層を通り抜けてきたことによると考えられる。探査機の信号の干渉による異常が原因だという可能性もないわけではないが、観測データのチェックからその可能性はなく、プラズマ彼の増大が雷発生の証拠であるとGurnettらは述べている。 金星での雷発生の原因は、大気中の乱流、または火山活動によるものと思われるが、真相はまだ十分にはわかっていない。ソ連のべネラ探査機のシリーズは、金星のベータ地域など火山地形の近くに稲妻現象を観測しており、活火山の噴火で火山雷が発生している可能性は高いと思われる。 (小森長生)………………………………………………………………………………………………………………………… 論文抄録

金星のホットスポットの進化とグローバル・テクトニクス

Phillips, R. J., Grimm, R. E., and Malin, M. C., 1991: Hot-Spot Evolution and the Global Tectonics of Venus. Science, 252, 651-658.

 金星のグローバル・テクトニクスは、マントルプルームの上昇によるホットスポットの形成に① ②よって支配される。その進化は、 マントルプルームの上昇による広いドーム状の隆起、 プルー

③ ④ム頂部の部分溶融と地殻の厚さの増大、 隆起地形の陥没、 地殻の緩慢な拡大、の順に起こった。金星の地殻は、地球の大洋底拡大のような水平方向の急速な地殻の成長よりも、むしろ更新作用のほとんどない垂直方向のゆっくりした分化作用で作られた。 (K)

金星と火星の化学的風化作用

ゾロトフ, M. Yu., 1989:金星と火星の化学的風化作用--類似点と相違点.宇宙化学と比較惑星学.71-79.

 火星と金星の表面における岩石の化学組成と物理的性質の類似性は、酸化作用や炭酸塩、硫酸塩の形成等、表面で起こる大気と岩石の相互作用によってコントロールされてきた化学的過程の類似性のあらわれである。金星と火星の風化された岩石中の硫黄や塩素の量から判断すると、大気中の揮発成分はこれらの惑星の古い時代に、固相として表面に固定されたものと考えられる。現在の金星大気の化学組成は、おそらくこうした過程での固相の平衡によって決められてきたのであろう。 (K)

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金星のテッセラ構造の起源

マルコフ,M. S.,ドブルジネツカヤ,L.F., スミルノフ,Ya.B.,1989:金星のパーケィ(テッセラ)型構造の起源とそのテクトニクスの諸問題.宇宙科学と比較惑星学,16-27.

 金星表層部の温度断面の計算によると、厚さ 10~30kmの地殻の下にはプラスチック状層(アセノスフェア)が存在する。金星表面のテッセラのような、地球とは著しく異なった構造パターンは、アセノスフェアの流動で地殻にストレスが加わることによって生ずると考えられる(図1)。この構造は、地球の先カンブリア時代初期にできたものと類似している。 (K)

ジャマンシン・アストロブレム

フェルドマン,V. I., 1989:ジャマンシン・アストロブレムの衝突溶融岩とクレーター形成のモデル.宇宙化学と比較惑星学,150-157.

 アラル海の北方 200kmにある隕石孔(Zhamanshin astrobleme ①)は、 年代が非常に若いこと(放射年代は1.1-1.2my ② ③), インパクタイトとテクタイトの両方を含むこと、 あまり侵食されていないこと、などの特徴を持つユニークなクレーターである。クレーターは床面のレベルの異なる2つの構造単元に分けられ、低いほうは基盤岩(古生代以後の堆積岩と火山岩)が直接露出し、高いほうは新しい堆積物でおおわれている。 ジャマンシンのインパクタイトには、径30~50cmの破砕岩片からmmサイズのガラス球まであり、ち密なものと多孔質のものがある。衝突ガラスは屈折率の相違から火山ガラスと区別され

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その溶融温度は1500-3000℃と堆定される。インパクト・メルト岩(ジャマンシナイト)の化学組成は、約400の分析例からSiO2 が約93%、73%、65%、50%の4つのグループに分けられる。ほかの多くのアストロブレムでは、インパクト・メルトの化学組成は均質であるが、ジャマンシンのもののみは例外である。組成の異なる4つのグループがあることは、溶融物の混合が起こらなかったことを意味すると考えられる。おそらく、衝突のさい標的岩に何回かの溶融段階があったのであろう。 (K)

火星の古い海、氷床、水循環

Baker, B. R., Strom, R. G., Gulick, V. C., Kargel, J. S., Komatsu, G., and Kale, V. S., 1991: Ancient oceans, ice sheets and the hydrological cycle on Mars. Nature, 352, 589-594.

 火星に存在するさまざまな侵食地形の研究をもとに、火星の地質時代における水循環と古気侯の変遷についての統一的シナリオを試みた論文。タルシス地域の激変的火山活動が引き金となって発生した大洪水は、北半球に広大な海(ボレアリス大洋)を形成し、温暖な海洋性気候をもたらした。海の消失後はしだいに乾燥化し、南半球の高地に氷河作用がおこった。なおこの論文は、本誌Vol.2,No.2の p.14-15に紹介した、第21回月惑星科学会議のアブストラクトの内容をさらに発展させたものである。                  (K) ………………………………………………………………………………………………………………………… 書籍紹介

月の資料集:利用者のための月ガイド

Heiken, G., Vaniman, D., and French, B. M. (eds), 1991: Lunar Source Book; A User's Guide to the Moon. Cambridge Univ. Pr., 736p. 257×181×42mm. $59.50

 この本のまえがきによれば、「本書はポスト・アポロ世代の、研究者・エンジニア・教師および学生を対象としている。その目的は 2 ①つあり、 アメリカとソ連の月探査の結果のまとめで

②あり、 月に関する将来の研究や月の利用などを計画する上でのソース・ブックとなることである」となっている。 内容は次の11章からなる。1.はじめに、2.探査とサンプル、最近の月の概念、3.月の環境、4.月表面の形成、5.月の鉱物、6.月の岩石、7.月のレゴリス、8.月の化学、9.月表面の物理的性質、10.月全体および地域データ、11.あとがき(未解決な問題など)。 最近 20年間にわたる精密・広範な月研究の結果、もはや一人の研究者が月全体の概念を正しく認識することはきわめて困難になっている。この本は、自分の研究分野以外の分野の月研究を概観するための百科事典的な役割を果し、また巻末の1600もの文献リストから、さらに詳しく調べる手がかりともなる。すべての月研究者に必携の1冊として推薦できる。(白尾元理)

バルスコフ,V.L.(編)宇宙化学と比較惑星学 ナウカ出版所(モスクワ)

Барсуков, В. Л. (Отв). 1989: Космохимия и Сравнителъная Планетология, Наука (Москва), 168p., 213×141×8mm.

 1989年にワシントンDCで開かれた国際地質学会議(IGC)に提出された、ソ連の学者の惑星

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科学関係の論文を集めたものである。内容は次の15の論文からなっている。ホダコフスキー, I. L., 他:原始太陽系星雲の進化における揮発成分の役割./マルコフ, M. S., 他:金星のパーケィ(テッセラ)型構造の起源のそのテクトニクスの諸問題. /マルチェンコフ, K. I., 他:金星の地殻-マントル境界の起伏について./ソロマトフ, V. S., 他:金星の熱的性質について. /ポルコフ, V. P.,:金星の揮発成分. /シドロフ, Yu. I.: 火星の化学的風化の特性に関連した二酸化炭素の問題. /ゾロトフ,M. Yu.:金星と火星の化学的風化作用--類似点と相違点. /クズミン, R. O., 他:火星の凍結した岩圏の上層部における不均質性. /カディク, A. A., 他:マグマオーシャンが存在した場合の惑星外層部の脱ガスの際の揮発成分の分別. /フレンケル, M. Ya. :月の初期におけるマグマ分化作用のモデル. /コリナ, M. I., 他:月の高地の岩石の地球化学的温度測定. /ヤコブレフ, O. I. : 高速衝突で活動的になった惑星物質の分化のメカニズム. /マサイティス, V. L. : 衝突ガラスとテクタイトにおける質量集中傾向. /フェルドマン, V. I. : ジャマンシン・アストロブレムの衝突溶融岩とクレーター形成のモデル. /ヤロシェフスキー, V. I.,他:隕石中の硫化物の化学と鉱物の組み合わせ.

  以上のうち3つの論文については、本号の論文抄録で紹介してある。 (小森長生)…………………………………………………………………………………………………………………………         I NFORMATION         ●1992年地球惑星科学関連学会合同大会のお知らせ

共通セッションとして「惑星科学」があります。地球および惑星さらにその大気の起源、形成、進化その他、広く惑星科学全般にわたる講演があります。このセッションはふだん複数の学会に分かれて活動している惑星科学者が一同に会して研究発表を行う貴重な機会です。多くの方の積極的な参加を期待しています。期 日:4月7日(火)~10日(金)場 所:京都大学教養部連絡先:中川義次 東大理地球惑星物理学教室 ℡  03-3812-2111 Ex. 4304 Fax03-3818-3247

●「惑星地質研究会」会費納入のお願い

 惑星地質研究会では『惑星地質ニュース』の製作および発送実費として、2年間で 1000円の会費をお願いしています。92・93年分の会費として1000円を、同封の振込用紙で送金してくださるようお願いします。

編集後記:『惑星地質ニュース』を発刊してから丸3年が過ぎ、合計12号を発行することができました。今回は東北大の山路敦さんに、木星の衛星イオの火山分布についてのアイデアを紹介していただきました。興味をお持ちの方は、参考文献欄にある『Science』や『月刊海洋』の山路さんの論文をご覧になってください。今後もこのように興味深い解説を、いろいろな方に紹介していただきたいと考えています。それでは、良いお年をお迎えください。 (S)

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