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73 2002年9月 第12号 メコン地域開発をめぐる 地域協力の現状と展望 *1 北星学園大学経済学部専任講師 野本啓介 *2 メコン地域開発をめぐる動きは1990年代の政治的安定の達成をうけて活発化したが、その後の国際 環境の変化によってその位置づけが変化し、アセアン内部では域内格差(「アセアン・ディバイド」) 是正という視点から、日本をはじめとする域外国にとっては対アセアン政策の一環として捉えること が必要になった。 メコン地域開発をめぐる枠組みについては次の点が指摘できる。①これらの枠組みすべてが同じよ うに活発に動いているわけではない、②枠組み間の調整や屋上屋を重ねないための努力も見られる、 ③この地域の地域協力には開発の推進だけでなく政治的安定の継続、強化を目指すという側面がある。 したがって、枠組みの数の多さだけをもって「乱立」とすることは必ずしも妥当ではない。 今後の課題と展望として次の4点が必要とされる。①域内各国、アセアンおよび域外国それぞれが、 改めてメコン地域開発の意義を見直し共通の認識を持つこと。②優先させる分野を明確に合意するこ と。③アプローチを「消極的」なものから「積極的」なものに転換していくこと。④枠組みのあり方 について再検討し、各枠組みの役割、得意分野を明確化し中心的な枠組みを確立すること。ADBの 専門知識、資金力およびこれまでのノウハウの蓄積、メコン川委員会の域内各国による常設事務局を 持った協議機関という特色をもとにアセアンを中心としてそれぞれが協力、協調していくことが妥当 であろう。 Abstract Regional cooperation in the Mekong subregion became active in early 1990s after political stabilization in the region achieved. It became necessary to reconsider meaning of the Mekong subregion development according to later changes of international environment in Southeast Asia. For ASEAN, it is an important means to narrow the gap among member countries, so-called “ASEAN Divide” . For external countries/donors including Japan, it needs to be considered as a part of foreign policy toward ASEAN. There are many initiatives/frameworks for development cooperation on the Mekong subregion, but if considered historical and political circumstances in the region it does not necessarily mean that they are redundant. For further cooperation, the following will be needed: [1] Common recognition on the significance of Mekong region development among Mekong region countries, ASEAN countries and external countries/donors *1 本稿の作成にあたっては現地インタビュー調査を含め多くの方々にお世話になった。特に白石昌也・早稲田大学アジア太平洋 研究センター教授、吉田恒昭・拓殖大学国際開発学部教授からは貴重なコメントや資料提供を頂いた。また本稿のドラフトは 国際開発学会全国大会(2001年12月、広島大学)において発表しており、後藤一美・法政大学教授、荒木光弥・『国際開発ジ ャーナル』編集長、弓削昭子・フェリス女学院大学教授(現、国連開発計画駐日代表)の各氏からコメントを頂いた。 *2 執筆時は国際協力銀行 開発金融研究所 開発政策支援班 専門調査員。

メコン地域開発をめぐる 地域協力の現状と展望 · 2002年9月 第12号 73 メコン地域開発をめぐる 地域協力の現状と展望*1 北星学園大学経済学部専任講師

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732002年9月 第12号

メコン地域開発をめぐる

地域協力の現状と展望*1

北星学園大学経済学部専任講師  野本啓介*2

要 旨

メコン地域開発をめぐる動きは1990年代の政治的安定の達成をうけて活発化したが、その後の国際

環境の変化によってその位置づけが変化し、アセアン内部では域内格差(「アセアン・ディバイド」)

是正という視点から、日本をはじめとする域外国にとっては対アセアン政策の一環として捉えること

が必要になった。

メコン地域開発をめぐる枠組みについては次の点が指摘できる。①これらの枠組みすべてが同じよ

うに活発に動いているわけではない、②枠組み間の調整や屋上屋を重ねないための努力も見られる、

③この地域の地域協力には開発の推進だけでなく政治的安定の継続、強化を目指すという側面がある。

したがって、枠組みの数の多さだけをもって「乱立」とすることは必ずしも妥当ではない。

今後の課題と展望として次の4点が必要とされる。①域内各国、アセアンおよび域外国それぞれが、

改めてメコン地域開発の意義を見直し共通の認識を持つこと。②優先させる分野を明確に合意するこ

と。③アプローチを「消極的」なものから「積極的」なものに転換していくこと。④枠組みのあり方

について再検討し、各枠組みの役割、得意分野を明確化し中心的な枠組みを確立すること。ADBの

専門知識、資金力およびこれまでのノウハウの蓄積、メコン川委員会の域内各国による常設事務局を

持った協議機関という特色をもとにアセアンを中心としてそれぞれが協力、協調していくことが妥当

であろう。

Abstract

Regional cooperation in the Mekong subregion became active in early 1990s after political

stabilization in the region achieved. It became necessary to reconsider meaning of the Mekong

subregion development according to later changes of international environment in Southeast Asia.

For ASEAN, it is an important means to narrow the gap among member countries, so-called

“ASEAN Divide”. For external countries/donors including Japan, it needs to be considered as a part

of foreign policy toward ASEAN.

There are many initiatives/frameworks for development cooperation on the Mekong subregion,

but if considered historical and political circumstances in the region it does not necessarily mean that

they are redundant.

For further cooperation, the following will be needed:

[1] Common recognition on the significance of Mekong region development among Mekong region

countries, ASEAN countries and external countries/donors

*1 本稿の作成にあたっては現地インタビュー調査を含め多くの方々にお世話になった。特に白石昌也・早稲田大学アジア太平洋

研究センター教授、吉田恒昭・拓殖大学国際開発学部教授からは貴重なコメントや資料提供を頂いた。また本稿のドラフトは

国際開発学会全国大会(2001年12月、広島大学)において発表しており、後藤一美・法政大学教授、荒木光弥・『国際開発ジ

ャーナル』編集長、弓削昭子・フェリス女学院大学教授(現、国連開発計画駐日代表)の各氏からコメントを頂いた。

*2 執筆時は国際協力銀行 開発金融研究所 開発政策支援班 専門調査員。

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74 開発金融研究所報

メコン地域*3(メコン川流域諸国。ベトナム、

ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマー、中国雲

南省)の開発をめぐる地域協力については、かな

り以前から動きがあり計画の策定やプロジェクト

の実施などが行われたものの、この地域の政治的

不安定のため長期にわたって停滞していた。1990

年代に入るとカンボジア和平の達成によって地域

の政治的安定が実現し、これを受けて1992年にア

ジア開発銀行(ADB)のGMS(Grea te r

Mekong Subregion)地域協力プログラムが開始

され、また1995年にはメコン川委員会(MRC =

Mekong River Commission)が(再)発足するな

ど、地域協力の動きが活発になって一時は「ブー

ム」のような様相を呈するに至った。その後、

1997年のアジア経済危機による影響でこうした取

り組みは下火になったものの、1999年頃からは

徐々に再活発化しつつある。他方、CLMV諸国*4のアセアン加盟などによってメコン地域開発の

国際関係における位置づけにも変化が生じてい

る。

メコン地域開発をめぐる地域協力に関しては、

枠組みの乱立による混乱や非効率といった問題点

が指摘され、実際に実務の世界においてもそれぞ

れの枠組みが別々に活動しているという印象は否

めない*5。それぞれの枠組みは成り立ちや対象と

するセクター、運営方法・体制などが異なってい

るものの、より効果的な協力を行っていくために

将来的にはより緊密な調整・協力が望まれる。

本稿においては、メコン地域の開発をめぐる地

域協力の現状と課題・展望を理解することを目的

とし、まず国際環境の変化を概観し、次にインフ

ラ整備等を中心とする主な枠組みについて整理し

たうえで課題と展望を考察する。

アジア開発銀行によるGMSプログラムが開始

された1992年以降の国際環境の変化に関しては、

1997年のアジア経済危機および東南アジア諸国連

合(アセアン)の拡大が大きな転換点として位置

づけられる。

アジア経済危機によって、メコン地域開発にお

ける主要な資金供給源として見込まれていたアセ

アン先発諸国が打撃を受け、メコン地域域内各国

に対して支援、協力する余裕を失ってしまったた

め、一時は「ブーム」のように高まっていたこの

地域に対する関心も鎮まっていった。その後、経

済が回復するに従ってメコン地域に対する関心は

徐々に回復したが、その動きは経済危機前に比べ

第Ⅱ章 メコン地域をめぐる国際環境の変化*6

第Ⅰ章 はじめに

[2] Clear agreement on priority fields

[3] Conversion from “passive approach” to “positive approach”

[4] Reexamination of initiatives/frameworks and clarification of role and advantages of each one.

*3 本稿ではメコン川流域にある6カ国(中国のみについては国全体ではなく雲南省のみ)全体を指す用語として「メコン地域」

を用いる(メコン地域の全体図については図表 1参照)。通常は「GMS(Greater Mekong Subregion)」およびその日本語訳

である「大メコン圏」が用いられることが多い。これらは本来地理的範囲を指す言葉であるが、アジア開発銀行が(おそらく)

初めてかつ大々的に使用したこともあり、一般的にアジア開発銀行のイニシアティブによるプログラムの略称、別称として用

いられることが多く、誤解を与えかねない。このため外務省では「メコン地域」「メコン地域開発」という用語に統一しており、

本稿でもこれに倣う。なお、この地域、およびこの地域における開発、開発協力を指す場合にメコン川、メコン川流域、大メ

コン圏、インドシナなどいろいろな用語が使われるがそれぞれ必ずしも定義がはっきりしていない。また対象とする地理的範

囲もメコン川のみ、メコン川流域、流域にある国の国土全体などさまざまであるため注意が必要である。

*4 カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムのこと。それぞれの国名の頭文字をとってこう称する。

*5 筆者による数多くの関係者へのインタビューにおいて、他の枠組みや組織との調整・協調の方法として、会合等にオブザーバ

ーその他の資格で他の枠組みの関係者を招いていることや実施しているプロジェクトや調査に関する情報を交換していること

が挙げられた。こうした努力は評価すべきであるが、見方を変えれば調整・協調はこうした手段のみにとどまっていてそれ以

上踏み込んだ方策は採られていないということができよう。

*6 本節は野本(2001)の一部に加筆修正したものである。国際環境の変化については末廣・山影(2001)、山影(2001)等を参照。

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752002年9月 第12号

図表 1 メコン地域全体図 

出所)アジア開発銀行

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ると落ち着いたものになっている。この点につい

ては、「ブーム」や一時的な流行に流されるので

はなく、現実的かつ着実な協力を進めていく条件

が整ったという面で評価できよう。

他方、アジア経済危機とほぼ時を同じくして、

アセアンにCLMV諸国が加盟し(カンボジアは

内政の混乱によって加盟が遅れた)、アセアン10

体制が整った。このアセアン拡大をメコン地域開

発との関連で捉えると、メコン地域開発がアセア

ン内部の問題として認識されるようになったこと

が指摘できる。アセアン加盟10カ国のうち半数で

ある5カ国がメコン地域の域内国であり、かつタ

イを除く新規加盟4カ国(CLMV諸国)が経済

水準の面で先行6カ国から大きく引き離されてい

るため、アセアン域内の格差(「アセアン・ディ

バイド」と言われる)是正が大きな課題として認

識されるようになった。

ここで問題となるのは、アジア経済危機とアセ

アン拡大がほぼ同時に起きたことである。もとも

と、先行6カ国と新規加盟4カ国との経済水準の差

は明らかであり、「アセアン・ディバイド」の発

生は避けられないものであった。しかし、アジア

経済危機によって先行6カ国が痛手を被ったた

め、これら諸国が格差是正のために十分な支援を

する余裕がなくなってしまった。こうして、アセ

アンは「ディバイド」の是正、解消のための支援

を、日本をはじめとする域外国、国際機関に対し

て求めざるをえなくなった。その結果、メコン地

域開発はアセアン全体、および、アセアンと域外

との関係という文脈の中で捉える必要が出てきた

のである。

(1)アジア開発銀行(ADB)のイニシアティブによるGMSプログラム

(ア)沿革・経緯

大メコン圏(GMS: Greater Mekong Subregion)

地域協力プログラム(以下、「GMSプログラム」)*7

はメコン川流域6カ国(カンボジア、ラオス、ミ

ャンマー、タイ、ベトナムおよび中国・雲南省)*8

を対象に、経済関係をより緊密にし経済協力を推

進していくことを目指している。

GMSプログラムは、1992年にアジア開発銀行

(ADB: Asian Development Bank)のイニシアテ

ィブによって開始された。開始当時は長く戦争・

内乱のもとにあったインドシナ諸国がようやく平

和と政治的安定を取り戻しつつあったものの、ま

だまだ緊張した状態にあり地域協力は非常に限ら

れたものでしかなかった。それでも、地域に平和

が訪れつつあり域内の経済協力を通じて各国の協

力を深めていこうという機運が生まれつつあっ

た。

その対象分野は、当初貿易や投資を推進するた

めの域内を相互に結ぶインフラ整備に重点が置か

れていた。特に輸送インフラおよびエネルギーイ

ンフラの整備が優先課題とされた。その後労働、

保健、教育などの社会問題、環境や人およびモノ

の移動などの国境を越える問題、観光、人材育成

などに対象が拡大されていった。現在では、運輸、

エネルギー、通信、観光、環境、人材育成、貿易

および投資の8つのセクターが対象となってい

る。他方、輸送インフラの整備においても二国間

または多国間の取決めに基づくものが実施される

ようになり、従来各国別に実施されていたプロジ

第Ⅲ章 メコン地域の開発協力に関する枠組み

76 開発金融研究所報

*7 GMSという用語は対象となっている地域(6カ国・地域)を指す場合とアジア開発銀行によるプログラムを指す場合があり注

意が必要である。本稿においては地域を指す場合は「メコン地域」、プログラムを指す場合は「GMSプログラム」とする。詳

しくは脚注1を参照。

*8 この地域は約230万平方kmの土地に約2億5000万人の人口を擁し、メコン川を中心とする豊かな水資源と農業に適した土壌を

持つ。

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772002年9月 第12号

ェクトを補完するようになった。そして1996年の

閣僚会合において、関係6カ国の間でGMSプロ

グラムがメコン地域開発のマスタープランである

旨が合意されている。

GMSプログラムは非公式な枠組みによる運営

を前提としており、一般的な指針や制度的取決め

がある他は非常に緩やかなものとなっている。こ

れは現実的に成果重視のプログラムを目指すとい

う方針の現れである。つまり、強力なリーダーシ

ップのもとで公式に決定したものを実施していく

というよりは、関係各国(場合によっては各国内

の地域)でよく話し合い、合意のできたものから

順次実施していくという考え方である。そしてこ

こでのアジア開発銀行の役割は必ずしも決定の中

心になるものではなく、議論の「場」を提供する

とともに必要に応じてサービス(各セクターにお

ける専門的知識をもとにした技術協力、各国間の

調整や会合・会議のサポートなど)を提供するも

のと位置づけられる。またメコン地域全体の開発

や地域協力という視点で見ると、GMSプログラ

ム自体も触媒としての役割を果たしていると言え

る。

これまでのGMSプログラムの活動は大きく4

つのフェーズに分けられる。第1フェーズは1992

年から1994年までで、信頼醸成の時期である。域

内各国の間で協力を進めていく必要性やそのメリ

ットを認識することに重点が置かれ、プログラム

実施にあたっての基本原則や協力すべきセクタ

ー、運営体制などの確立が中心となった。第2フ

ェーズは1994年から1996年までで、協力の枠組み

づくりの時期である。セクター別の調査に基づい

て8つのセクターについての優先的プロジェクト

が6カ国によって承認された。これらのプロジェ

クトの実施をより確かなものにするために、決定

主体である閣僚会合と実施主体であるセクターご

とのフォーラム、ワーキンググループという2段

階の体制が確立された。第3フェーズは1996年か

ら2000年までで、プロジェクト準備の時期である。

特に優先順位の高いプロジェクトについては、フ

ィージビリティ・スタディーの結果を踏まえて着

手され、ドナー国や民間セクターからの支援を受

けた。閣僚会合やセクター別ワーキンググループ

などを重ねることによって地域間の対話が深まっ

た。しかしアジア経済危機の影響でプロジェクト

の実施は遅れざるを得なかった。第4フェーズは

2000年以降で、プロジェクト実施の時期である。

特に優先順位の高いプロジェクトは準備の最終段

階にあるか着手済みである。急速に変化する環境

を踏まえてGMS協力の今後の指針として

“Building on Success: A Strategic Framework for

the Next 10 Years of the GMS Program”が策定

された。またアセアンをはじめとする他の枠組み

との協調の可能性が模索されている。

(イ)運営体制

GMSプログラムの運営体制は、閣僚会合*9、高

級事務レベル会合、および8つのセクターごとの

フォーラムまたはワーキンググループから成って

おり、域内各国にはそれぞれ国内調整委員会とコ

ーディネーターが置かれている。アジア開発銀行

のGMS局がそれぞれの事務局を担当している*10。

GMSプログラムにおいては閣僚会合が最もハ

イレベルのものであり、域内の経済協力に関する

議題と方針を決定する。毎年1回、これまでに10

回開催されている*11。ここで優先的なプロジェク

トが承認されてドナー国・機関に提示して支援が

集められることになる。こうして決定されたプロ

ジェクトの実施を円滑にするとともに新たな有望

プロジェクトを発掘するために、8つのセクター

それぞれにフォーラムまたはワーキンググループ

が設置されている。

*9 各国の閣僚会合メンバーは通称GMS(担当)大臣と呼ばれる。

*10 運営体制については図表 2を、各国のメンバーについては図表 3をそれぞれ参照。

*11 直近では2001年11月にミャンマーのヤンゴンで開催された。この会合において上述の “Building on Success” が採択された。

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78 開発金融研究所報

図表2 GMSプログラムの運営体制

National Coordinating�Committee in Each Country

National Coordinating

Ministerial-level�Conference

Forums/Working Groups in�Eight Sectors

Secretariat (ADB GMS Unit)�

Senior Officials'�Meeting

図表 3 GMSプログラムにおける各国の代表

出所)各種資料をもとに筆者作成

出所)アジア開発銀行

GMS大臣 コーディネーター

カンボジア 計画省大臣 Head, GMS Secretariat, Council for the Development of Cambodia

中国 財政部副部長Deputy Director, International Department, Ministry of Finance および Director-General, Office of the Leading Group on ADB Subregional Economic Cooperation,Yunnan Province

ラオス首相府大臣兼国内メコン委員会委員長

Director-General, Department of Economic Affairs, Ministry of Foreign Affairs

ミャンマー 国家平和開発評議会議長府大臣Director-General, Foreign Economic Relations Department, Ministry of NationalPlanning and Economic Development

タイ 副首相Deputy Secretary-General, Office of the National Economic and SocialDevelopment Board

ベトナム 計画投資省大臣Deputy Director, Foreign Economic Relations Department, Ministry of Planningand Investment

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792002年9月 第12号

(ウ)プログラム*12

主要な8つのセクターごとにプロジェクトが設

定され、優先順位に従って実施準備および実施が

行われている*13。

成果を重視し経済協力を拡大して参加国の利益

に資することを目指すという観点から、GMSプ

ログラムにおいて対象とされるプロジェクトが備

えるべき要件は、域内の貿易および投資の促進、

域内における開発機会の増大、国境を越える問題

の解決の促進、共通の資源その他ニーズへの対応、

のうち1つ以上であるとされる。

GMSプログラムにおいて実施されているプロ

ジェクトのうち、フラッグシップと言えるのが東

西回廊運輸インフラ整備である。ラオスおよびベ

トナム国内における該当道路はアップグレードさ

れつつある。タイのムクダハンとラオスのサバナ

ケットを結ぶメコン架橋はJBICの支援によっ

て建設され、2006年の完成が見込まれている。こ

のようなインフラ整備とともに、貧困削減という

目標との関係でこうした輸送回廊を経済回廊に拡

*12 図表 4~図表 7を参照。

図表4 域内道路プロジェクト

出所)アジア開発銀行ホームページ

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80 開発金融研究所報

*13 ADBは最近進展のあったプロジェクトとしてセクターごとに次のものを挙げている。

運輸:Bangkok-Phnom Penh-Ho Chi Minh-Vung Tau Road Improvement Project; Thailand-Lao PDR-Viet Nam East-West

Transport Corridor; Facilitation of the Cross-Border Movement of Goods and People in the GMS

通信:GMS Telecommunications Backbone Network Phase I

エネルギー:Theun Hinboun Hydropower Project; Indicative Master Plan for Power Interconnection

観光:Mekong/Lancang River Tourism Infrastructure Development

貿易:Customs Cooperation in the GMS

投資:GMS Business Forum (GMS-BF)

環境:Subregional Environmental Training and Institutional Strengthening in the GMS (SETIS); Subregional Environmental

Monitoring and Information System (SEMIS); Strategic Environment Framework (SEF); Poverty Reduction and

Environmental Management in Remote GMS Watersheds; Protection and Management of Critical Wetlands in the

Mower Mekong Basin

人材育成:Cooperation in Employment Promotion and Training in the GMS; Preventing HIV/AIDS among Mobile Populations;

Study for the Health and Education Needs of Ethnic Minorities; Study on Drug Eradication in the GMS

図表5 域内鉄道プロジェクト

出所)アジア開発銀行ホームページ

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812002年9月 第12号

充することが戦略的目的とされている。経済回廊

とは周辺地域や関係国間の経済開発と協力を促進

していくためにインフラ整備を生産や貿易などの

開発という側面と結びつける構想であり、インフ

ラ整備と生産、投資の拡大が結びついて雇用や所

得の増大がもたらされることによって貧困削減に

貢献するとされる。このような経済回廊構想のパ

イロットプロジェクトとして東西回廊が選定され

ており、基礎的な調査がすでに実施されて*14回廊

のラオス部分における多くの潜在的プロジェクト

が確認されている。

なお、東西回廊プロジェクトに続くような優先

順位の高いプロジェクトとしては、Chiang Rai-

Kunming via Lao PDR Road Improvement

Project (North-South Corridor)、Telecommuni-

cations Backbone Project、Mekong/Lancang

*14 “Pre-Investment Study for the Greater Mekong Subregion East-West Economic Corridor”, February 2001.

図表6 域内水上輸送プロジェクト

出所)アジア開発銀行ホームページ

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River Tourism Infrastructure、Kunming-Ha Noi-

Hai Phong Multimodal Transport Corridor、

Integrated Natural Resources Management

(Wetlands Project) が挙げられている。

(2)メコン川委員会(MRC)

(ア)沿革・経緯

メコン地域、メコン川開発をめぐる協力の歴史

は古い*15。1947年に行われた調査においてメコン

川開発に関する活動を調整し流域各国の協力を推

進するための国際機関を設立する必要性が指摘さ

れた。これを受けて1957年にメコン川下流域調査

調整委員会(Committee for Co-ordination of

Investigations of the Lower Mekong Basin、旧メ

コン委員会)が設置された。その後同委員会のも

とでデータの収集や流域開発に関する計画策定な

どが行われた。しかし、この地域の政治的不安定

82 開発金融研究所報

図表7 域内通信網案

出所)アジア開発銀行ホームページ

*15 詳細については堀(1996)、笠井(1997)、白石(1998)、吉松・小泉(1996)等を参照。

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832002年9月 第12号

のためにこれらの協力が積極的に推進されること

はなく停滞した。その後、1978年に旧メコン委員

会に代わって設置されたメコン川下流域調査調整

暫定委員会(Interim Committee for Coordination

of Investigations of the Lower Mekong Basin)を

経て、1995年にようやく現在のメコン川委員会が

発足した。

メコン川委員会(Mekong River Commission:

MRC)は、メコン川下流域4カ国(カンボジア、

ラオス、タイ、ベトナム)によって構成される国

際機関である。1995年4月5日に4カ国によって

締結されたメコン川流域の持続的開発のための協

力に関する協定(以下、「95年協定」)*16に基づい

て設立された。中国とミャンマーの上流域2カ国

とは各種会合にオブザーバーとして招くなど緊密

な対話を保っている。

MRC加盟4カ国は95年協定において航行、洪

水対策、農業、漁業、水力発電、環境保護などの

メコン川の水資源と関連資源の利用、管理などす

べての分野で持続的開発のために協力することに

同意している*17。

(イ)運営体制

MRCはCouncil、Joint Committee、事務局

(Mekong River Commission Secretariat: MRC-S)

によって構成されている*18。Councilは各加盟国

の大臣級代表各1名によって構成され*19、年1回

開催される。95年協定の実施にあたって必要な政

策決定を行う。Joint Committeeは各加盟国の局

長級代表各1名によって構成され*20、Councilに

よる政策や決定の実施に責任を持ちMRC-Sの

活動を監督する。MRC-Sは常設の事務局*21で

CouncilとJoint Committeeのサポートとともに各

プロジェクトの実施を担当する。カンボジアのプ

Goverment of �LAO PDR

Goverment of �THAILAND

Goverment of �VIETNAM

Goverment of �CAMBODIA

Donor Consultative Group�(Donor countries and �cooperating institutions)

National Mekong Committees�(Member Agencies)

Council�(Members at Ministerial and�

Cabinet Level)

Joint Committee�(Members at Departmental�Head Level or higher)

MRC Secretariat�(Technical and �Administrative arm)

図表8 メコン川委員会の組織 

出所)メコン川委員会資料をもとに筆者作成

*16 “Agreement on The Cooperation for The Sustainable Development of The Mekong River Basin”, 5 April 1995.

*17 この点に関しメコン川委員会事務局関係者は、4カ国の間でこうした明文の合意があり独立した事務局が設置されていること

がメコン地域開発に関する協力を進めていくうえで大きな基礎的財産となっている旨述べた。

*18 95年協定第12、15-33条に規定されている。図表8を参照。

*19 各国の代表については図表9を参照。

*20 各国の代表については図表9を参照。

*21 事務局の組織構成については図表10を参照。2000年6月にMRCのプログラム・アプローチに対応するように組織改編が行われた。

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84 開発金融研究所報

図表 9 メコン川委員会における各国の代表

Council Joint Committee

カンボジア 公共事業・交通大臣 国内メコン委員会副委員長

ラオス 国家計画委員会委員長 農林業省次官

タイ 科学技術環境大臣 科学技術環境省エネルギー開発推進局局長

ベトナム 農業・農村開発大臣 農業・農村開発省次官

出所)各種資料をもとに筆者作成

図表 10 メコン川委員会事務局の組織

Joint Committee

National Mekong� Committees�

Operations Division

Environment Division

Natural Resources�Development Planning Division

Technical Support Division

Programme Coordination and�Public Information

Finance and Administration

Human Resources Development

Mekong River Commission Secretariat

Office of the CEO

出所)メコン川委員会資料をもとに筆者作成

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852002年9月 第12号

ノンペンに置かれ*22、事務局長*23以下100人以上

のプロフェッショナルスタッフ*24およびサポート

スタッフを抱えている。加盟各国との連絡、交渉

は原則として各国国内委員会を通じて行われてい

る。またMRCの予算(MRC-Sを含む)は加

盟各国の拠出金*25とドナー各国・機関の援助*26に

よって賄われている*27。

加盟各国にはそれぞれ国内メコン委員会(The

National Mekong Committee: NMC)*28が設置さ

れて各国政府におけるフォーカルポイントとなっ

ており、各NMCにはそれぞれ事務局が設置され

ている。

(ウ)プログラム

MRCではその活動をより活発化させるために

1999年に最初の5カ年戦略計画*29が策定され、こ

れに沿って各種のプログラム、プロジェクトが実

施されている。2000年にはこの計画の見直しが行

われ、ビジョンとミッションを再確認するととも

にプログラム・アプローチに基づいた2001年活動

計画(Work Programme 2001)が策定された。

プログラム・アプローチにおいてはMRCの活動

を流域各国による流域全体の開発をめざす包括的

プログラムの一部として位置づけており、この考

え方は2002年活動計画(Work Programme 2002)

に引き継がれている。

2002年活動計画においては、5カ年で達成され

るべきゴールとしては次の4つが掲げられてい

る。①水資源の利用に関する規則を策定し実施す

ること、②自然資源管理と持続的開発のための枠

組みとしての流域開発計画のプロセスを確立し優

先的なセクタープログラム・プロジェクトを計画

し実施すること、③環境面および社会経済面での

管理システムや政策ガイドラインを策定するこ

と、④他の機関と協力しつつ流域全体にかかる開

発や調整を担えるような効果的な組織を確立する

こと。

このような活動計画に基づいてMRCによって

*22 MRC-Sは当初バンコクに置かれていたが1998年にプノンペンに移転した。複数の関係者によると、移転先選定の際、カン

ボジアがプノンペン、ラオスがビエンチャン、タイがチェンライ、ベトナムがホーチミン市をそれぞれ候補とした。最終的に

プノンペンとビエンチャンの争いとなったが決着が付かず、当初プノンペンに移転するもののその後5年ごとにプノンペンと

ビエンチャンを交互に移転するということになった。この決定に従えば2003年にはビエンチャンに移転することになるが、M

RC-S関係者によれば調査時点(2002年2月)でははっきりとしたことは決まっておらず、事務局としては移転する場合の

問題点や費用の検討を行いつつCouncilでの議論、決定を待っている状態であるという。

*23 現在はデンマーク人のJoern Kristensen氏。初代は日本人の的場泰信氏が務めていた。

*24 プロフェッショナルスタッフはさらに2つの区分に分けられる。加盟4カ国以外の国籍を持つインターナショナルスタッフと

加盟4カ国の国籍を持つローカルスタッフである。両者の間には給与水準にかなりの開きがあるという。この点について、国

際的に十分通用する高い能力を持った人材でも加盟国の国籍だということで給与水準が低くなってしまうためなかなかいい人

材が集まらないとの問題点を指摘する意見がある一方、MRCは4カ国で構成される国際機関であるので原則として事務局ス

タッフもほとんどを4カ国出身者が占めることが望ましいが現状では加盟国の人材が十分育っておらず域外からの人材に頼ら

ざるを得ない状況にあるのだからこうした国籍による給与水準の格差は妥当であるとの意見もある。

*25 各国195,000ドル/年、合計780,000ドル/年(2000年)。

*26 2000年は合計8,561,280ドル。

*27 これに関しMRC-S関係者は、MRC-Sの運営費はMRCが実施する各プロジェクトの予算の一定割合を行政経費として

徴収する形をとっているため実施されるプロジェクトの数や規模によってその金額が変わることになり、また事務局の運営経

費を確保するためにドナーが関心を持つ(少なくとも反対はしない)プロジェクトが選定される傾向にある旨述べた。

*28 各加盟国における国内メコン委員会の概要については補論参照。

*29 “Strategic Plan for the period 1999-2003” ここではビジョンとミッションが次のように規定されている。

VISION for the Mekong River Basin:

An economically prosperous, socially just and environmentally sound Mekong River Basin,

VISION for the Mekong River Commission:

A world class, financially secure, international river basin organization serving the Mekong countries to achieve the

basin Vision,

MISSION:

in accordance with the 1995 Agreement: To promote and coordinate sustainable management and development of

water and related resources for the countries' mutual benefit and the people's well being by implementing strategic

programmes and activities and providing scientific information and policy advice.

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行われているプログラムは大きく3つのカテゴリ

ーに分けられる。第1はMRCの目的に直接関わ

るコア・プログラム、第2は人材育成をめざすサ

ポート・プログラム、第3は地域的課題を対象と

するセクター・プログラムである。

コア・プログラムはメコン川流域における資源

の管理や持続的開発に必要な規則、政策、計画に

関するもので、水資源利用計画(Wa t e r

Utilisation Programme: WUP)、流域開発計画

(Basin Development Plan: BDP)および環境計画

(Environment Programme: EP)から成り、それ

ぞれ上記のゴール①、②、③に対応する。WUP

は2000年初めに開始され6年間で策定される予定

である。95年協定の趣旨に則ってメコン川流域に

おける水資源管理についてのメカニズムを確立す

ることを目指している。BDPは2001年に開始さ

れ3年間で策定される予定である*30。95年協定の

趣旨に基づいて具体的なプロジェクトを選定して

いく際の基準とされる。EPは95年協定の趣旨に

基づいて環境の側面から開発の方向性を示すもの

で、データの収集・交換、モニタリングや環境影

響評価の強化を目指している。これら3つのコ

ア・プログラムは相互に密接に関連し補完しあう

ものである。

サポート・プログラムを構成する人材育成プロ

グラムは1999年に開始されMRCの人材・組織能

力を向上させてより効果的なプロジェクト実施を

目指すもので、ゴール④に対応する。セクター・

プログラムには漁業、農林業・灌漑、水資源管理、

河川航行および観光の分野があり、ゴール②に対

応する。

<補論>MRC加盟国における国内メコン委員会の概要

(1)カンボジア

カンボジア国内メコン委員会(CNMC: Cambodia

National Mekong Committee)は、Sub Decree第

10号によって設立された政府直轄の機関である。

CNMCの責務は次の通りである。①メコン川の

水資源および関連資源についての計画や戦略の策

定に関するすべての事項について調査し政府に提

言すること、②メコン川に関するすべての事項に

ついてライン省庁や地方政府と調整・協力するこ

と、③他の加盟国の国内メコン委員会およびドナ

ー国・機関と調整・協力すること。このようにC

NMCの役割はカンボジア政府内でのコーディネ

ーター、MRC-Sおよび他加盟国の国内メコン

委員会との窓口であり*31、プロジェクトの実施は

各ライン省庁が担当する。

次の10省の代表によって構成される。公共事業・

交通省、水資源・気象省、環境省、農林水産省、外

務国際協力省、鉱工業・エネルギー省、計画省、

土地管理・都市・建設省、地方開発省、観光省。

委員長は公共事業・交通大臣が務める。現在、内

務省と関連地方政府の長および女性問題省をメン

バーに加えることを検討中で*32、これら組織はす

でにオブザーバーとしてCNMCに参加している。

委員会の会議は定期的には設定されておらず必

要に応じて随時開催され、だいたい年数回程度の

頻度である。

事務局は24人のスタッフを擁し、事務局長は計

86 開発金融研究所報

*30 2002年2月にバンコクにおいてMRCによるBDPに関するセミナーが開催された。これに関しMRC以外のメコン地域開発

関係者(複数)は、BDPは95年以来ずっと準備されてきたにもかかわらずこれから3年かけて調査するという漠然とした内容で

あり、進捗が遅いうえにはっきりした方向性が明らかではないとコメントした。これに対しMRC関係者(複数)は基本的に

こうした批判を認めたうえで、加盟国間の利害調整が難しいことおよび資金が不足していることからやむをえないとしている。

*31 この点に関しCNMC関係者は、次の点を指摘した。①以前はCNMCの力が弱くその役割は形骸化していたため、MRC-

Sが個別のプロジェクトごとにカンボジア政府の担当官庁と直接コンタクトしカンボジア政府内で殆ど調整がなされていなか

った、②この要因の一つとして当時はCNMCが技術的問題を中心に扱っていて政策的問題にあまり関与していなかったこと

が挙げられる、③その後政府内で組織や役割の見直しが行われ、現在ではCNMCがメコン川関連プロジェクトの窓口として

機能するようになっている。

*32 この点に関しCNMC関係者は、プロジェクトの実施にあたっては地方政府との協力が不可欠だが現状では十分協力が得られ

ておらず地方政府の長と地方制度を管轄している内務省をメンバーに巻き込んで早い段階からプロジェクトにコミットさせる

ことが必要であり、またプロジェクトの実施にあたっては女性の参加や理解が不可欠であり女性問題省をメンバーに加えるこ

とが適切である旨述べた。

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872002年9月 第12号

画省計画局長が兼任する。組織は総務・財務、政

策・計画、プロジェクトの3つの部門およびファイ

ナンス・モニタリング・ユニットに分かれている*33。

(2)ラオス

ラオス国内メコン委員会(LNMC: Lao National

Mekong Committee)は首相府決定197/PM号*34

によって設立され、ラオス政府内においてメコン

川流域開発に関する政策、戦略やプロジェクトの

形成を担当する。

その責務としては次の7点が挙げられている。

①MRCのBDPに基づいて他の加盟国やドナー

国・機関と協力しつつラオス国内の各種プロジェ

クト・プログラムの実施に際して調査や計画など

を行う、②95年協定に基づいてメコン川流域の水

資源開発に関する法令や規則を策定する、③MR

C-Sと協力しつつラオス国内で開催される各種

会合、セミナー等の運営を行う、④国内外の機関

と協力して合意された決議等を実施する、⑤メコ

ン川流域開発に関連する法令や基準、プロジェク

ト等の実施を監視・評価する、⑥LNMCの組織

改善のための助言を行う、⑦関連する人材育成計

画を策定する。

委員長は、党中央委員会組織委員会と関連する

各省庁の合意に基づいて首相によって決定され

る。4人の副委員長(次官レベル)は党中央委員

会組織委員会、LNMC委員長および関連省庁の

合意に基づいて首相によって決定され、また局長レ

ベルの10人の委員が副委員長と同様に決定される。

*33 事務局の構成については図表11を参照。

*34 Decree on the Establishment and Operation of the Lao National Mekong Committee, 15 November 1999, Prime Minister's Office

No, 197/PM.

図表 11 カンボジア国内メコン委員会の組織

Council of Ministers

National Mekong �Committee

Executive Committee

General Secretariat

Policy and Planning �Department

Administration and�Financial Department Projects Department Finance Monitoring Unit

出所)カンボジア国内メコン委員会資料をもとに筆者作成

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LNMC事務局*35は中央省庁の局と同等レベル

であり、国家計画委員会の監督下に置かれている。

事務局長はLNMCに直属するフルタイムのポス

トであり、党中央委員会組織委員会、LNMC委

員長および関連省庁の合意に基づいて首相が決定

する。その下に2人の副局長が置かれる。事務局

はラオス国内外において関連する省庁と協力、調

整を行い、MRCに対するフォーカルポイントと

なる。事務局は総務、政策・計画、水資源開発およ

び水利用・管理の4つの部局によって構成される。

(3)タイ

タイ国内メコン委員会(TNMC:Thai National

Mekong Committee)は、メコン川流域開発プロ

ジェクト委員会とメコン川下流域調査調整委員会

の2つによって構成されている。メコン川流域開

発プロジェクト委員会は、首相が委員長を務めエ

ネルギー開発振興局局長が事務局長となる。4人

の副委員長*36と各政府機関の代表である委員*37に

よって構成され、メコン川プロジェクト関連の政

策決定を行う。メコン川下流域調査調整委員会は、

エネルギー開発振興局局長が委員長を務め各政府

機関の代表である委員*38によって構成される。メ

コン川プロジェクトに関連する調査活動の調整が

中心である。いずれも定期的な会合はセットされ

ておらず必要に応じて開催される。

タイでは、国内メコン川委員会の活動において、

エネルギー開発振興局が大きな役割を果たしてい

る。これは、当初タイにおけるメコン川関連プロ

ジェクトがタイ東北部の電力案件であったという

歴史的経緯が大きく影響している。

2つの委員会のいずれも事務局はエネルギー開

発振興局が努めているが、必ずしもはっきりと独

88 開発金融研究所報

図表 12 ラオス国内メコン委員会の組織

Director General

Deputy Director�General

Deputy Director�General

Planning DivisionAdministration and�Finance Division

Natural Resources �Management and �

Water Utilization DivisionOperation Division

Data Information�Center

出所)ラオス国内メコン委員会資料をもとに筆者作成

*35 詳細については図表 12および次を参照。Regulation on Organization and Mandate of The Lao National Mekong Committee

Secretariat, 18 April 2000.

*36 副首相、外務大臣、科学技術環境大臣および農業大臣。

*37 次の政府機関の代表。大蔵省、国防省、内務省、通信省、工業省、予算局、国家経済社会開発委員会、環境政策計画局、灌漑

局、技術・経済協力局、電力公社、条約・法律局、国家安全局、エネルギー開発振興局、外務省、科学技術環境省および農業省。

*38 次の政府機関の代表。外務省、科学技術環境省、農業省、内務省、灌漑局、鉱物資源局、技術・経済協力局、工業振興局、労

働局、海軍水界地理局、公共福祉局、公衆衛生局、司法局、国家経済社会開発委員会、環境政策計画局およびエネルギー開発

振興局。

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892002年9月 第12号

立した組織にはなっていない*39。実際の業務につ

いても、同局の職員が本来の業務と併行して対応

している。

(4)ベトナム

ベトナム国内メコン委員会(VNMC: Vietnam

National Mekong Committee)は、1978年9月に

首相決定237-CPによって設立された。1995年の

「協定」締結を受けて同年12月30日に発行された

首相決定860/TTgによって機能や権限、組織が規

定された。

VNMCは大臣が委員長を務め、メコン川委員

会(MRC)に関するすべての活動について首相

を補佐し政策提言することを目的とする。具体的

には次の通りである。①「協定」の実施において

MRC加盟国と協力すること、②メコン川流域の

水資源および関連資源をモニタリング・管理する

こと、流域開発計画(BDP)およびメコン川流

域におけるプロジェクト(とくにメコン川本流に

おけるもの)においてベトナムの国益を護ること、

③流域諸国やNGO、国際機関および国内の関連

政府機関(中央レベルおよび地方レベル)と協力

し、メコンデルタ地帯および中部高原地帯を保護

しつつ開発するようなプロジェクトを提案するこ

と、④MRC-Sおよび加盟各国と協力してプロ

ジェクトの管理や実施に関する手続きを定めるこ

と、⑤MRCの会議に出席しその内容を首相に報

告すること。

VNMCは、農業・農村開発大臣が委員長を務

め、3人の副委員長(計画投資省、外務省、農

業・農村開発省それぞれの次官)、11人の委員

(5人の中央政府各省代表、5人のメコンデルタ

地帯に位置する各省*40代表およびVNMC事務局

長)からなる。農業・農村開発省から委員長およ

び副委員長が出ているのは、メコン川委員会が水

資源の利用とその関連プロジェクトに活動の中心

を置いており同省と関係が深いこと、同省が合併

によって設立される以前の各省代表を引き継いで

いることによる。財政省は必要に応じてオブザー

図表 13 ベトナム国内メコン委員会の組織

Secretary General

Deputy Secretaries�General

Programme officers Administration and �Finance Documentation Center

Liaison Office in �Ho Chi Minh City

*39 この点に関してタイ国内メコン委員会関係者は、現在タイ政府内部でTNMCおよびその事務局の位置づけが再検討されてお

り2002年中にも組織などが変更される可能性があるがその場合でも事務局がエネルギー開発振興局に置かれることは変わらな

いだろうとの見通しを示した。

*40 ここでいう省はプロビンス、地方行政の一番大きい単位である。ベトナムの地方制度に関しては次を参照。野本啓介「地方行

政組織」白石昌也編著『ベトナムの国家機構』(明石書店、2000年)

出所)ベトナム国内メコン委員会資料をもとに筆者作成

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バーとして会議に招かれることはあるが、正規の

メンバーにはなっていない。

委員会の会議は、全メンバーが参加するものが

年1回以上開かれる。そのほか、3ヶ月に1回程度

の頻度で一部メンバーによる会議が開催される。

VNMC事務局は中央政府における各省庁の局

と同格で、事務局長は各省庁の局長と同格である。

事務局スタッフは20人で各種の連絡調整を中心に

行い、具体的なプロジェクトの実施関連の業務は

各担当省庁が行っている。事務局内には、各プロ

グラム担当、総務・財務担当、資料センターなど

のセクションが置かれている*41。

(3)東南アジア諸国連合(アセアン)のイニシアティブによる枠組み

(ア)アセアン・メコン川流域開発協力構想

(AMBDC)

アセアン・メコン川流域開発協力構想(AMBDC:

ASEAN Mekong Basin Development Cooperation)

は、1995年12月のバンコクにおける第5回アセア

ン首脳会議によって承認された。その目的は、メ

コン川流域のアセアン加盟国の経済開発を支援す

ることである。これはアセアンによるメコン川流

域開発についての主要なメカニズムであり、間接

的にはこれら新規加盟国の経済発展によってその

アセアンへの統合を目指すものである。

AMBDCの基本的枠組みは1996年7月のアセ

アン外相会議において目的、原則および協力分野*42

について決定された*43。主な目的は次の通りであ

る。①メコン川流域の経済的に安定的かつ持続的

な発展を促進すること、②対話プロセスを促進す

るとともに共同でプロジェクト選定を行い相互の

利益に基づいた経済的パートナーシップを築くこ

と、③アセアン諸国とメコン川流域諸国の交流や

経済的リンケージを強化すること。

AMBDCのコアグループはアセアンの全加盟

国と中国によって構成される*44。アセアンのダイ

アログ・パートナーや国際機関等はとくに支援の

主体という側面から参加が期待されている。

AMBDCの組織は閣僚会議、運営委員会およ

び2つの特別グループ*45から構成される。

AMBDCにおけるメインのプロジェクトは第

5回アセアン首脳会議で提案されたシンガポー

ル・昆明間鉄道(SKRL: Singapore-Kunming Rail

Link)であり*46、そのほか農業や天然資源に関す

るプロジェクトの提案もある。SKRLについて

のフィージビリティー・スタディーの結果は2000

年10月の第6回アセアン運輸閣僚会議に提出され

た。ルートについては6以上の案が検討され、シ

ンガポールからバンコクへ北上しプノンペン、ホ

ーチミンを経由してベトナム国内を北上しハノイ

から昆明に向かうルートが採用された。このルー

トはできるだけ既存の軌道を利用するものであり*47、同運輸閣僚会議を経て第4回アセアン非公式

首脳会議で承認された。

AMBDCの最大の問題は資金調達であり、民

営化等を含めた案が検討されている。第2回運営

委員会において日本と韓国をコアメンバーとして

招くことが合意され、第3回閣僚会議(2001年10

90 開発金融研究所報

*41 事務局の構成については図表13を参照。

*42 次の8分野が挙げられている。①インフラストラクチャー、②貿易・投資、③農業、④林業・鉱業、⑤工業、⑥観光、⑦人材

育成、⑧科学技術。

*43 “Basic Framework of ASEAN-Mekong Basin Development Cooperation”, Kuala Lumpur, 17 June 1996

*44 中国がメンバーとして入っていることについてアセアン事務局関係者およびタイ政府関係者は、基本的にはメコン川流域を抱

えている国という地理的基準で中国を加えたがこうした枠組みを利用してアセアンと中国との対話のチャンネルを確保しよう

という意図もあった旨述べた。なお、発足当時にアセアンは主要(潜在的)ドナーとして日本もメンバーに加えることを検討

したもののこの地域において日本のプレゼンスが大きくなることを望まない中国の反対で実現しなかった、と言われている。

*45 Special Working Group on the Singapore-Kunming Rail Link および The Special Expert Group on Financing。

*46 この点に関し関係者の話を総合すると、同プロジェクトはメインまたは最優先というよりは事実上この枠組みにおける唯一の

プロジェクトといえる。マレーシアのイニシアティブがかなり強いが、他の関係国がどの程度このプロジェクトを優先的に考

えているのかははっきりしない。

*47 このルートで軌道が敷設されていないのはタイ・カンボジア間とカンボジア・ベトナム間である。

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912002年9月 第12号

月8-9日、チェンライ)において決定された。

他の枠組みと比較してのAMBDCの特徴とし

ては、①メンバー(アセアン加盟10カ国全部が正式

メンバーであること、および中国が正式メンバー

であること)、②メカニズム(閣僚会合、運営委員

会、財務専門家グループおよび事務局としてのI

AIユニットという組織を背景にメコン地域開発

における調整、実施の役割を果たす)、③鉄道プロ

ジェクトにウェイトを置き、すでにフィージビリ

ティ・スタディーを実施済という点が挙げられる。

(イ) アセアン統合イニシアティブ(IAI)

アセアン統合イニシアティブ(IAI: Initiative

for ASEAN Integration)は、2000年11月の第4

回アセアン非公式首脳会議において議長を務めた

シンガポールのゴー・チョクトン首相によって提

起され、アセアン首脳間で合意された。これは旧

加盟国と新規加盟国の発展の格差を縮めて新規加

盟国のアセアンへの統合を促進するとともにアセ

アンの地域的競争力を高めることを目的とするも

のである。その政治的重要性は「ハノイ宣言*48」

でも指摘され、①インフラストラクチャー、②人

材育成、③情報通信技術、④地域経済統合という

4つの優先分野が示された。

この合意を受けて、アセアン事務局長とCLM

V(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)

の代表が2001年2月にその実施について協議を行

った。そこではIAIは長期的なプロセスであり

始まったばかりの現段階においては現在あるプロ

ジェクトや協力活動に注力すべきだとされ、IA

Iの進行をモニタリングするためのタスクフォー

ス(the Task Force on IAI)が設置された。

その後、同タスクフォースの提案に基づき2001

年11月にプノンペンにおいてCLMV諸国に対す

る支援およびメコン川流域の開発協力を調整する

ためにIAIワークショップが開催された*49。こ

の目的は次の通りである。①発展のギャップを縮

めるための戦略や行動計画を設定する、②AMB

DCを含めた各枠組みにおける活動のモニタリン

グを強化するメカニズムを構築する、③CLMV

諸国のアセアンへの経済統合を容易にするために

各枠組みの調整を確保する。

これを受けて、IAIをモニタリングする組織

としてアセアン事務局内にIAIユニットが設置

された。

(4)国連(アジア太平洋経済社会理事会:ESCAP)のイニシアティブによる枠組み

(ア)アジアハイウェー

アジアハイウェー構想は、アジア諸国間の貿易、

観光を促進し域内の経済発展に貢献する国際陸上

輸送網の構築を目指して、1959年に当時の国連極

東経済委員会(ECAFE)によって提唱された。

この構想は、シルクロードと当時すでに整備され

つつあった欧州の国際道路網*50にヒントを得たも

のであった。

当初は、シンガポールと欧州とを南アジアを経

由して結ぶ道路を建設するという計画であり、新

規に高速道路を建設するのではなくすでに存在す

る各国の道路のうち地域輸送に利用できるものを

特定して繋いでいくという方針が採用された。構

想に当初から参加*51したのは、アフガニスタン、

*48 “Ha Noi Declaration on Narrowing the Development Gap for Closer ASEAN Integration on 23 July 2001”

*49 このワークショップの開催にあたっては、日本がJAGEF(Japan-ASEAN General Exchange Fund)を通じて支援を行った。

*50 欧州においては、「主要国際幹線道路の建設に関する共同宣言(Joint Declaration on the Construction of Main International

Traffic Arteries)」(1950年9月、ジェノバ)に基づいて欧州道路(E-road)と呼ばれる国際道路が整備されつつあった。ただし、

同宣言には規格や整備水準についての具体的な規定がなかったため各国においてばらつきが生じた。このため後にEuropean

Agreement on Main International Traffic Arteries(AGR, Nov. 15, 1975)が締結されて規格や整備水準の統一が図られた。ESCAP

関係者によれば、アジアハイウェー構想においてはその後も欧州の経験を様々な面で参考にしているという。欧州における国

際運輸インフラ・ネットワーク構想の発展(主として冷戦後)については次の文献を参照。野本啓介「中・東欧の広域インフ

ラ整備をめぐる地域協力」『開発金融研究所報』第10号(2002年3月)。

*51 その後参加した国と参加年は次の通り。フィリピン(1981年)、中国(1988年)、ミャンマー(1989年)、モンゴル(1990年)、

アゼルバイジャン、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン(以上1992年)、アルメ

ニア(1994年)、ロシア、トルコ(以上1995年)、グルジア(2000年)。

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バングラデシュ、カンボジア、インド、インドネ

シア、イラン、ラオス、マレーシア、ネパール、

パキスタン、シンガポール、スリランカ、タイお

よびベトナムである。以後、同構想は長期にわた

って国連開発計画(UNDP)その他のドナー国

の支援を受け、ECAFE(後にアジア太平洋経

済社会理事会:ESCAP)により実施されてき

た。

当初のアジアハイウェーはA1ルートおよびA

2ルートという優先ルートによって構成されてお

り、A1は総延長の4%がA2は総延長の11%が

通行不能となっていた。このため、通行不能区間

の整備とアジアハイウェー基準*52(1974年決定、

1993年見直し)を満たすことが重点課題であった。

他方で将来的な輸送量増加への対応、安全性の確

保および国境通過手続きの簡素化等についてはあ

まり注意が払われていなかった。参加各国はアジ

アハイウェーの整備による沿線地域の経済発展へ

のプラスの影響を認識し、ルートの建設、整備を

行うようになった。

しかし、1970年代中頃以降地域内での戦争、内

乱によって地域の政治的安定が失われ、他方1975

年には主要ドナーであったUNDPが資金援助を

打ち切ったことにより、アジアハイウェーの建設、

整備は停滞した。こうした状況のもとでESCA

Pは乏しい資金で細々と構想の推進を目指した。

1980年代以降、徐々に状況が変わり地域に政治

的安定が戻り経済的にも回復が見られるようにな

った。またコンテナ輸送技術の向上によって複合

輸送形態が出現した。こうして、貿易や観光*53を

後押しする陸上輸送網の整備に再び関心が向けら

れるようになり、ハード面の建設、整備とともに

ソフト面での政策協調の必要性が認識されるよう

になった。

こうした背景のもとに、アジア地域での陸上輸

送網の発展に統一的なアプローチが必要とされ、

1992年のESCAP第45回総会において「アジア

陸上輸送社会基盤整備(ALTID: Asian Land

Transport Infrastructure Development)プロジ

ェクト」が承認された*54。ALTIDプロジェクト

は、アジアハイウェー、アジア横断鉄道、および

陸上輸送に関する国境問題の簡素化施策*55の3本

92 開発金融研究所報

*52 アジアハイウェーの道路等級および構造基準は1974年に設定され、1993年に次の4点を考慮して見直しが行われた。①近年の車

両大型化(総重量、形状および軸荷重)、②交通量の増大、③域内および近隣地域各国との適合(構造基準、道路標識、信号お

よび路面表示)、④環境問題。見直しの時点において殆どのアジアハイウェー参加諸国はすでに独自の道路基準を整備していた

ため、アジアハイウェーの基準は各国の国際幹線道路整備を進めるにあたっての最低限の指標と位置づけられ、内容が大幅に

簡素化された。

*53 アジアハイウェー沿線の各国は歴史的、文化的遺産に富む一方でまだ手をつけられていない素晴らしい自然環境に恵まれてい

るため、観光開発の機会が見込まれている。第42回ESCAP総会においてアジアハイウェー沿線の観光促進についての提言がな

され、これを受けてESCAPはアジアハイウェー沿線の観光資源に関する調査を行った。この調査の対象国として選定されたの

は次の通り。アルメニア、バングラデシュ、カンボジア、中国、インド、インドネシア、イラン、ラオス、マレーシア、ネパ

ール、パキスタン、フィリピン、シンガポール、スリランカ、タイ、トルクメニスタン、ベトナム。

*54 その後のALTIDプロジェクトの実施、進捗状況を踏まえて1998年のESCAP総会でプロジェクト実施方針の修正が承認された。

その要点は次の通り。①陸上交通の国境通過および港湾での水上交通との接続の簡素化、②道路不連続区間(ミッシングリン

ク)の解消および全地域を網羅するアジアハイウェー、アジア横断鉄道ネットワークの形成、③ESCAPのアジアハイウェー、

アジア横断鉄道関連の多国間協定の制定、④ネットワークの利用効率の改善、⑤陸上(道路、鉄道)および水上、航空による

複合輸送形態の導入、改善、⑥アジアハイウェー、アジア横断鉄道の広報、周知活動。

*55 道路や鉄道を利用した国際的物流、輸送の強化のためには必要なインフラ整備を行うというハード面のみでは不十分であり、

税関手続きなどの政策協調によって国境通過を容易にするというソフト面での対応が必要である。1992年の第45回ESCAP総会

において、道路や鉄道を介する国境通過の簡素化に関する決議を採択した。この決議では国際交易に関する7つの国際条約の未

批准国に対して批准への早急な努力を求め、地域全体における国際交易の一層の効率化を目指している。各国レベルでの主要

方策として次の4点が挙げられている。①ESCAP決議48/11で求められている7つの国際条約の批准と実施、②交易に関する国

際条約の批准、③道路交通の国境通過に関する二国間条約の締結、④国境通過の簡素化に関する委員会の設置。ESCAP決議

48/11で求められている7つの国際条約は次の通り。①道路交通に関する条約(1968年)、②道路標識と信号に関する条約(1968

年)、③TIRカルネ(国際道路運送手帳)による担保の下で行う貨物の国際運送に関する通関条約(1975年)、④自家用自動車

の一時輸入に関する通関条約(1956年)、⑤コンテナに関する通関条約(1972年)、⑥貨物の国境における通関の統一に関する

国際条約(1982年)、⑦道路通し運送国際条約(1956年)。

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932002年9月 第12号

図表 14 アジアハイウェー全体図

出所)国連アジア太平洋経済社会理事会

図表 15 アジアハイウェーの整備状況

ASEAN Region 21,340 17,085 1,857 2,391 7 0

SAARC Region, I.R.Iran, Afganistan 32,668 26,191 1,984 0 31 4,462

China and Mongolia 15,975 598 0 1,848 0 13,529

Central Asia and Caucasus 20,590 18,362 456 1,739 33 0

Turkey 3,202 3,202 0 0 0 0

Total 93,775 65,438 4,297 5,978 71 17,991

Region Total LengthPaved Road

2 Lanes or more 1 LaneUnpaved Road Missing Link Condition

Unknown

出所)国連アジア太平洋経済社会理事会

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柱から成る包括的プロジェクトである*56。

こうして、アジアハイウェー構想はALTIDプ

ロジェクトの一環としてより体系化された形で推

進されることになった。これを受けてESCAP

は各国の道路状況や整備状況に関する調査*57を行

い、その結果をもとに総延長90,000km*58、25カ国

を通過する新たなアジアハイウェー・ネットワー

クが形成された。また、構造基準、道路分類、路

線番号についても見直しが行われた。ALTIDプ

ロジェクトにおけるネットワーク形成のための道

路・鉄道路線の選定に当たっては、路線数の最少

化を図り既存施設(道路・鉄道)を最大限に利用

することを基本方針としている*59。

また、冷戦構造の崩壊や改革開放、市場経済化

への動きなどを受けて旧ソ連、旧東側諸国を中心

に参加国が拡大していった。これを受けて2000年

10月に北東アジア地域におけるアジアハイウェ

ー・ネットワークが中国、北朝鮮、韓国、モンゴ

ルおよびロシアによって検討され、暫定的なアジ

アハイウェー北部回廊が発表された*60。

2000年11月にはソウルにおいてインフラ担当大

臣会合が5年ぶりに開かれた*61。この会議では、

従来の参加国間における緩やかな合意、取り決め

を拘束力のある多国間協定に格上げすることによ

ってアジアハイウェー構想をより実効的にするこ

とが勧告された。これは欧州における共通運輸政

策への発展と同様の方向を目指すものと言えよう。

2001年時点におけるアジアハイウェー・ネット

ワークの整備状況は次の通りとなっている*62。全

ルート(新規トルコを含む)延長が93,775km、そ

の内65,438km(69.8%)が2車線以上の舗装道路で、

ミッシングリンク(不連続区間)が71km(0.08%)

あり、17,991km(19.2%)は状況不明である。よ

って、アジアハイウェーの要求する基準(2車線

以上の舗装道路)を満たさない区間が10,346km

(11.0%)となっている。なお、ミッシングリンク

は主にバングラデシュ国内にあり、不明区間はデ

ータ収集が困難なアフガニスタンと中国にある。

(イ) HI-FIプラン

HI-FIプランはESCAP貿易産業局によって

推進されているプログラムであり、正式名称を

94 開発金融研究所報

*56 ALTIDはその重要性から「アジア太平洋地域における運輸通信の10年」第2フェーズ(1992-1996年)の重点プロジェクトと

して位置づけられ、また「アジア太平洋地域における運輸通信のための社会基本整備に関するニューデリー行動計画」(1997-

2006年)の一部にもなっている。

*57 次の2件。①アジアハイウェー・ネットワーク整備に関する調査、②中央アジア諸国のアジアハイウェー・ネットワーク整備に

関する調査。

*58 国際幹線5路線40,000kmと地域幹線37路線50,000kmによって構成される。

*59 さらに、現在および将来の物流を考慮して、次の選定基準が設けられている。①首都間リンク(国際交通への対応)、②主要な

産業の中心および成長の著しいトライアングルゾーンへのリンク(主要起終点への接続)、③主要港湾(河川港を含む)へのリ

ンク(水上交通との連携)、④主要なコンテナターミナル、コンテナ基地へのリンク(鉄道との連携)。

*60 詳細については次を参照。“Asian Highway: The Road Networks connecting China, Kazakhstan, Mongolia, The Russian

Federation and the Korean Peninsula”, UN-ESCAP, ST/ESCAP/2173, 2000 ;“Report of the policy-level expert group meeting on

the road networks connecting China, Kazakhstan, Mongolia, The Russian Federation and the Korean Peninsula”, Bangkok, 10-

12 October 2001, UN-ESCAP.これらのルート決定は韓国政府の資金支援による調査(Study on Road Network Connecting

China, Kazakhstan, Mongolia, the Russian Federation and the Korean Peninsula, 1998-2001)の結果をもとにしている。

*61 会議の内容については次の文書などを参照。Seoul Declaration on Infrastructure Development in Asia and the Pacific, 17

November 2001; “Report of the Ministerial Conference on Infrastructure, Seoul, 16-17 November 2001”, 6 December 2001,

UN-ESCAP E/ESCAP/MCI(2)/Rep.; “Review of developments in transport and communications in the ESCAP region, and

evaluation of the implementation of the Regional Action Programme for Phase I (1997-2001) of the New Delhi Action Plan on

Infrastructure Development in Asia and the Pacific, Review of developments in transport and communications in the ESCAP

region”, 14 September 2001, UN-ESCAP E/ESCAP/SGO/MCI(2)/1; “Emerging issues in transport, communications and

infrastructure development: Globalization and integration of transport”, 26 October 2001, UN-ESCAP E/ESCAP/SGO/MCI(2)/3;

“Review of developments in transport and communications in the ESCAP region, and evaluation of the implementation of the

Regional Action Programme for Phase I (1997-2001) of the New Delhi Action Plan on Infrastructure Development in Asia and

the Pacific, Evaluation of the Regional Action Programme for Phase I (1997-2001)”, 30 October 2001, UN-ESCAP

E/ESCAP/SGO/MCI(2)/2 ;“Draft Regional Action Programme for Phase II (2002-2006) of the New Delhi Action Plan on

Infrastructure Development in Asia and the Pacific”, 2 November 2001, UN-ESCAP E/ESCAP/SGO/MCI(2)/9.

*62 詳細については図表14および図表15を参照。なお各国別の詳細なルートについてはESCAPのホームページを参照

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952002年9月 第12号

“Hi-Fi Plan for Private Sector Development in the

Greater Mekong Subregion”という。HI-FIはそ

れぞれ、Human Resources Development at the

Enterprise Level, Institutional Capacity Building,

Facilitation Measures, Investment Promotion の

頭文字をとったものである。

メコン地域域内諸国における経済発展を民間セ

クターの育成によって支えようというもので、イ

ンドシナ総合開発フォーラム(FCDI: Forum for

the Comprehensive Development of Indochina)、

Advisory Assistance to Industry for Export Pro-

motion(AAIEP)およびGMS Trade Facilitation

Working Group(TFWG)の3つの枠組みのもと

で行われているプログラムである。つまり、それ

ぞれの枠組みにおける活動のうち貿易・投資など

民間セクターに関わるものでESCAPが絡んで

いるものを括ったものと捉えることができる。

FCDIは日本政府のイニシアティブと支援に

よる、CLMV諸国の協力と周辺国(中国、タイ)お

よび国際社会による協力を通じて地域開発を推進

しようというものである。ESCAPは1994年以

来FCDIと緊密な協力関係にあり、貿易・投資分

野での地域協力の推進や民間セクターの開発に重

点を置いている。特に民間セクターの分野において

は、民間セクターアドバイザリーグループ(Private

Sector Advisory Group)の会合、域内各国・地域

の商工会議所のネットワーク化、人材育成に関す

る技術協力(TCDC: technical-cooperation-among-

developing-countries)、WTOに関するセミナー、

観光推進、中小企業育成等の活動を行っている。

AAIEPはドイツ政府による資金支援と専門

家派遣によるプロジェクトで、インドシナ各国の

地域および世界貿易への参加を増進することを目

的とする。第1フェーズにおいては、特に品質管

理やマーケティング、財務の面で中小企業への直

接的支援を中心とした。第2フェーズでは支援対

象が地域組織に拡大され、第3フェーズでは組織

能力向上への支援をより強化する。また輸出を行

う中小企業の政策決定や開発政策における政府と

民間のパートナーシップなど政策面での協力も行

っている。

TFWGはメコン地域域内諸国が域内貿易を中

心とする国際貿易の実施を改善するために設立し

たワーキンググループである。最初の会合は1999

年11月にバンコクで行われた。メコン地域諸国が

計画経済から市場経済に移行するにあたって生産

性や競争力の強化が必要とされ、こうした面で積

極的に技術協力を行ってきたESCAPがイニシ

アティブを発揮した。TFWGのもとでのプログ

ラムはESCAPとアジア開発銀行によって共同

で開発され、データの統一化や越境貿易に関する

手続きなどが対象になっている。

(5) 日本のイニシアティブによる枠組み

(ア)インドシナ総合開発フォーラム(FCDI)

1993年に宮沢喜一首相(当時)がタイを訪問し

た際、インドシナ総合開発フォーラムの開催を提

唱した。わが国外務省の主導による枠組みである。

その目的は社会経済開発における地域レベルでの

協力についてのニーズと機会を捉えることであ

り、第1回の閣僚会議が1995年2月25-27日に東

京で開催された。人材育成分野において国連開発

計画(UNDP)が、インフラ開発分野において

アジア開発銀行がそれぞれ調整を行うことになっ

た。もともとはカンボジア、ラオス、ベトナムの

3カ国のみを対象とするものであったが、その後

メンバー国は拡大し欧米諸国や国際機関などドナ

ー側も幅広く含むものとなった。対象分野は人材

育成、インフラ整備に加えて民間レベルのアドバ

イザリーグループの設置による貿易・投資促進を

も含んでいる。

FCDIは、メコン地域の開発協力をめぐるい

くつかの既存の枠組みに屋上屋を重ねることを意

図するものではなく緩やかな調整の場であり、特

に発足当初はこの地域に国際社会の注目を引きつ

けるという目的もあった。その後閣僚会議は開催

されていないが、貿易・投資関係についてはES

CAPを通じてプロジェクト、プログラムが実施

されている*63。

*63 ESCAPの項を参照。

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(イ) 日本・アセアン経済産業協力委員会(A

MEICC)

日 本 ・ ア セ ア ン 経 済 産 業 協 力 委 員 会

(AMEICC: AEM-METI Economic and Industrial

Cooperation Committee)は日本・アセアン経済

大臣会合(AEM-METI: ASEAN Economic

Ministers - Minister of Economy, Trade and

Industry of Japan)*64のもとに設置された枠組み

である。当初は、わが国通商産業省(当時)の主

導によって1994年にバンコクで行われた日本・ア

セアン経済大臣会合において設置された。当時の

目的はアセアンに加盟が見込まれていたインドシ

ナ各国の経済発展に必要とされる産業協力、人材

育成、組織能力向上などに関する支援とされた。

その後、これら諸国のアセアン加盟の実現やアジ

ア経済危機の影響によるアセアン先発国の経済停

滞などを受けて、対象をアセアン10カ国に拡大す

ることになり、1997年12月にクアラルンプールで

開催された日本・アセアン首脳会議の決定に基づ

いて1998年設立された。その目的はアセアンの競

争力の強化、産業協力の推進および新規加盟国に

対する開発協力支援である。AMEICCの会合

は年1回開催されており、直近は2001年9月にハ

ノイで行われた*65。

AMEICCのもとには、人材育成、中小企

業・裾野産業・地方産業、西東回廊*66開発、統計、

自動車産業、化学産業、家電産業および繊維産業

に関する8つのワーキンググループが置かれてい

る。事務局は海外貿易開発協会*67バンコク事務所

(日本側)とアセアン事務局(アセアン側)が共

同で担当している。

上記の8つのうち西東回廊ワーキンググループ

が一番活発に活動している。西東回廊に関しては

1998年12月の第6回アセアン首脳会議におけるハ

ノイ行動計画でその必要性が言及された。これを

受けて1999年7月にベトナムが“Development of

the West East Corridor (WEC) in the Mekong

Basin”というプロジェクトを提案し、同時にワ

ーキンググループの設置を提案した。西東回廊開

発ワーキンググループの目的としては、西東回廊

の開発*68、開発プログラムの決定*69などが挙げら

れている。これまでに、西東回廊沿いの観光開発

に関するマスタープラン、カンボジア・タイ国境

における軽工業開発に関するフィージビリティ・

スタディー、国際貿易・産業・投資に関する研修、

西東回廊における農産物開発のパイロットプロジ

ェクトなどが実施されている。

(1)地域協力の発展経緯

この地域の開発協力をめぐる動きは旧メコン委

員会を中心としてかなり古くからあった。当初は

メコン川の水資源開発に焦点が当てられ、流域全

第Ⅳ章 課題と展望

96 開発金融研究所報

*64 アセアン各国の経済閣僚(AEM)とわが国の経済産業大臣(METI)で構成され、1992年から原則として毎年、アセアン経済

大臣会合終了後に開催されている。

*65 これまでの開催時期と場所は次の通り。第1回:1998年11月、バンコク、第2回:1999年10月、シンガポール、第3回:2000年10

月、チェンマイ。

*66 西東回廊という名称については、アジア開発銀行のGMSプログラムにおける東西回廊と区別するため、およびベトナムが特に

積極的にこのプログラムに関わっているためとされる。なお、ハノイ行動計画においても “West East Corridor (WEC)” とし

て言及されている。

*67 経済産業省関係の財団法人で、英文名称は Japan Overseas Development Corporation (JODC)。1970年2月に(財)アジア貿易

開発協会として設立され1972年9月に(財)海外貿易開発協会と改称された。主な事業は「開発途上国の民間企業における産業

技術の向上、また政府機関、工業会などが推進している経済構造改革事業を支援するために、経済産業省の支援を受けて行う

専門家派遣事業と、日本企業を対象に、海外で事業を行うための海外投資資金や一次産品・加工品・製品を輸入する方への輸

入促進資金を融資する融資事業」である(JODCホームページ、http://www.jodc.or.jp)。

*68 対象となるのは、カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイおよびベトナム。

*69 特に産業開発協力や人材育成、組織能力向上などのソフト・インフラに重点を置いて協力の分野や開発プログラムを決定する

とされ、これまでに13のプロジェクトが承認されている。

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972002年9月 第12号

体や流域国全体の開発という視点は採られていな

かった。また水力発電プロジェクト、ダムの建設

といった開発、利用という側面が重視され、環境

や社会開発などに対する配慮は必ずしも十分では

なかった。こうした試みは、その後この地域が長

期にわたって戦争や内乱による政治的混乱に見舞

われたために実施に移されることなく事実上休眠

状態に陥った。カンボジア和平を受けて地域の政

治的安定が達成されると、1992年のADBのイニ

シアティブによるGMSプログラムの開始、1995

年の(新)メコン川委員会の発足、同年のインド

シナ総合開発フォーラム閣僚会合の開催など開発

をめぐる地域協力への動きが活発になっていっ

た。ここには、政治的混乱によって中断させられ

ていたものを再び推進していくという側面ととも

に、長期の政治的混乱を踏まえてこうした状況を

二度と繰り返さないように地域全体を大きな視野

で捉えて協力を推進していくことによってようや

く達成された政治的安定を持続させより強固なも

のにしていく、再び内乱や紛争に逆戻りすること

を防いでいくという側面があったと言えよう*70。

対象セクターについては以前のようなメコン川の

水資源開発のみに限るのではなく、流域もしくは

流域諸国全体の開発という視点をもとに幅広いセ

クターが対象とされ、また環境や社会開発への配

慮が重視されるようになった。こうした動きを受

けてわが国をはじめ多くの国・機関が民間セクタ

ーを含めてメコン地域の開発に注目し、ブームと

も言えるような状況となった。しかしながら、ア

ジア経済危機によってメコン地域への主要なドナ

ーであったアセアン先発諸国が協力のための体力

を失うとともに、日本をはじめとする域外国にと

ってのメコン地域域内諸国の(アセアン先発諸国

と比較した)位置づけが変化したために「ブーム」

は萎んでいった。他方、CLMV諸国がアセアン

加盟を果たしたことによってメコン地域開発の位

置づけに変化が生じた。アセアン内部では域内格

差(「アセアン・ディバイド」)是正という視点か

ら捉えられるようになり、日本をはじめとする域

外国にとっては対アセアン政策の一環として捉え

ることが必要になった。こうしてアセアンを軸と

する枠組みが生まれ、ADBをはじめとする既存

の枠組みもアセアンとの協調を模索するようにな

った。

(2)地域協力の現状

メコン地域の開発協力をめぐる各枠組みの沿

革・経緯や内容についてはすでに見てきたとおり

である。さまざまな主体のイニシアティブによる

多くの枠組みがあり、しばしば「枠組みの乱立」

が指摘される。確かに数として多いのは事実であ

る*71。しかし、それぞれの枠組みをより詳しく検

討すると次の点を指摘することができる。

第1に、これらの枠組みすべてが同じように活

発に動いているわけではない。例えばアセアンに

よるアセアン・メコン川流域開発協力構想(AM

BDC)はいくつかのセクターを対象としてそれ

ぞれにつきプロジェクト・リストを検討している

とされる。しかし、実質的にこの枠組みにおいて

採り上げられているのはマレーシアの強い意向に

もとづくシンガポール・昆明間鉄道プロジェクト

のみである。さらに同プロジェクトについても構

想段階であり資金手当について目処は立っていな

い。

第2に、枠組み間の調整や屋上屋を重ねないた

めの努力も見られる。ESCAPによるHI-FIプ

ランは、上述のとおりインドシナ総合開発フォー

ラム(FCDI)等の3つの枠組みにおける貿

易・投資など民間セクターに関するものを括った

*70 メコン地域、もしくはより広く東南アジアにおける地域協力を論じるにあたっては欧州との比較がなされ、この地域に共通の

価値観や利益はあるのか、メコン地域や東南アジアは統合に向かっていくのか、という問いが投げかけられることが多い。欧

州とは歴史、地理、政治、経済、社会など多くの面において背景が異なることから、欧州と同様の意味での共通の価値観や利

益はこの地域には現時点ではないと言っていいだろう。しかし、長い政治的混乱の時期を経験したことから、「混乱や対立は避

けたい、そのような状況に後戻りはしたくない」という点において共通の認識はあると言えるだろう。実際、多くの関係者に

対するインタビューにおいてこの点を確認することができた。

*71 図表16を参照。

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ものである。したがってこのHI-FIプランという

枠組みがあることによって乱立を避け調整を行い

易くなっていると言える。またインドシナ総合開

発フォーラムはメコン地域への国際社会の注目を

集めることを目的に1995年に広範囲な参加者によ

る閣僚会合を行ったが、当初から既存の枠組みを

補完し屋上屋を重ねないという方針であった。そ

の後はESCAPなどを通じてこの枠組みのもと

でのプロジェクトが実施されており、閣僚会合は

開催されていない。この点についてはFCDIと

いう枠組みが停滞している、萎んでしまったと見

るのではなく、1995年当時に比べて他の枠組みに

よる地域協力が進展しており当初の目的をある程

度達したので閣僚会合を開催する必要性が低くな

っていると考えられる。

第3に、枠組みの数が多いこと、重複があるこ

とをメリットとして積極的に評価すべき要因があ

る。メコン地域の地域協力においては、上述のよ

うに、地域全体を視野に入れた協力の推進によっ

て、ようやく達成された政治的安定を継続させよ

り強固にして政治的混乱を繰り返させないという

側面を見逃すことはできない。したがって、単に

開発プロジェクトの選定や実施という視点のみか

ら判断するべきではなく、重層的な枠組みの存在

によって域内国間および域内国・域外国(機関)

間で対話のチャンネルが確保されていること、

様々な形態のチャンネルが多く存在することを評

価すべきであろう。

これらを勘案すると、枠組みの数の多さだけを

もって「乱立」とすることは必ずしも妥当ではな

い。対象とするセクターや運営体制が少しずつ異

なるいくつかの枠組みが重層的に併存しており、

重複する部分もあるものの他方ではそれぞれが相

補っていると見るべきではないだろうか。

(3)地域協力の課題と展望

以上の整理をもとに、メコン地域開発をめぐる

地域協力の課題と展望を簡単にまとめてみたい。

第1に、メコン地域の域内各国、アセアンおよ

びわが国をはじめとする域外のドナーそれぞれ

が、改めてメコン地域開発の意義を見直すことが

必要である。メコン地域開発をどのような視点で

捉えるのか、この地域における地域協力の意義は

何かという点について共通の認識として共有して

おくことが望まれる。国際環境の変化によってこ

の地域の開発をアセアンの域内格差是正という観

点から捉える必要性が出ており、域内各国間での

協力という視点だけでなくアセアン全体の中での

位置づけが検討対象となっている。この意味では

アセアン先発6カ国は「準域内国」というべき立

場にあり、域内格差の是正を謳い域外からの支援

を求める以上、まずアセアンとしてどのように支

援、対応していくかを明確に示すべきであろう。

もとよりアセアン10カ国の利害は一致するもので

はないが、加盟国の半数が位置するメコン地域の

将来像をどのように描くかについて、アセアン自

身が中心となって構想することが望まれる。これ

に関し、アセアン統合イニシアティブ(IAI)

の動向が注目される。他方、わが国をはじめとす

る域外国、ドナーにとってはメコン地域開発を対

アセアン関係の一環としてどのように位置づける

かが課題となる。その際、この地域における国際

環境を踏まえた当然の帰結として、中国の位置づ

け、すなわち対中国関係、対アセアン関係および

中国とアセアンの関係をどのように捉えるかをは

っきりと認識する必要がある。

第2に、地域協力を行っていく際にどのような

分野を優先させるかを検討、議論し明確に合意す

る必要がある。これまでの実情を見る限りでは道

路に代表される域内各国のリンクに注目が集まっ

ているように感じられるが、この地域の中心的プ

ロジェクトである東西回廊を除いてはプロジェク

トの数も多くはなく進捗も芳しくないといわざる

を得ない。域内各国にとっても、まだまだ自国の

開発が優先で地域協力よりは国内に目が向きがち

である。こうした状況を踏まえると、地域全体の

あるべき姿についての構想を踏まえたうえで各国

の「体力」を底上げするための地道な経済開発に

重点を置き、道路などのリンクは特に重要な部分

を集中的に整備するにとどめるというやりかたが

妥当ではないだろうか。

第3に、地域協力を推進していく際のアプロー

チを「消極的」なものから「積極的」なものに転

換していく必要がある。メコン地域開発に関して

は進捗の遅さや具体的なプロジェクトの不足が指

98 開発金融研究所報

Page 27: メコン地域開発をめぐる 地域協力の現状と展望 · 2002年9月 第12号 73 メコン地域開発をめぐる 地域協力の現状と展望*1 北星学園大学経済学部専任講師

992002年9月 第12号

摘される*72。確かに開発の推進、プロジェクトの

実施という視点で捉えた場合には、調査ばかりが

行われており、具体的に「目に見える」主要プロ

ジェクトは東西回廊ぐらいしかない、という見方

になるであろう。しかし、繰り返し述べてきたよ

うにこの地域の歴史的経緯をふまえてより大きな

視点に立つと、域内各国間で対話のチャンネルが

確保されていること、少なくとも内乱や紛争へと

後戻りはしていないことはこの地域における大き

なプラスとして評価できる。別の見方をすれば、

メコン地域においては、政治的混乱の再発防止と

いう点を除けば必ずしも域内各国に共通の価値や

利益があるとは言い切れない。こうした状況を踏

まえ、ADBのGMSプログラムにおいては「消

極的」アプローチ、すなわち自らはあくまでも触

媒と位置づけ、あまり確固とした仕組みを作り上

げることなく域内各国間の対話によって合意でき

たところから実施していく、対話の場を提供する

ことを重視してそれをどのように利用するかは各

国に任せるという考え方がとられてきた。これは、

メコン地域の実情やニーズにあったものだといえ

よう。しかしながらこうしたアプローチを強調し

すぎると先に述べた地域協力の意義や優先分野に

ついての合意、プロジェクトの実施が難しいこと

も事実であり、徐々に「積極的」アプローチ、す

なわちある程度包括的な意思決定ができて一定の

強制力を持つものに転換していくことが必要であ

ろう。

第4に、以上を踏まえて、地域協力を進めてい

く枠組みのあり方について再検討する必要があ

る。メコン地域開発をめぐる枠組みは多いが、上

述のように必ずしも乱立というべき状況ではな

い。またこの地域の事情もあって、域内各国間お

よび域内と域外との対話のチャンネルが多く存在

しこれらを用いて様々な利害調整をはかっている

ことは評価される。したがって、再検討のあり方

*72 こうした指摘は、各枠組みには直接関わっていない援助関係者および域内各国のライン省庁関係者から聞かれることが多い。

例えば、MRCは長期にわたって調査ばかりをやっており具体的な進展が見られない、多くの会合や文書はあるが実際に自国

において具体的なプロジェクトが実施されない、等。

図表16 各枠組みの一覧 △:オブザーバー

出所)各種資料をもとに筆者作成

大メコン圏プログラム(GMS)Greater Mekong Subregion

 

ミャンマー

カンボジア

ベトナム

人材育成

水資源管理

河川航行

漁業・水産

農業・灌漑

貿

エネルギー

対象セクター 参加国

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ △ △

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

○ ○ ○ ○ ○ ○

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

ADB

アセアン

アセアン

ESCAP

ESCAP

日本

日本、アセアン

メコン川委員会(MRC)Mekong River Commission

アセアンメコン川流域開発協力構想(AMBDC)ASEAN Mekong Basin Development Cooperation

アセアン統合イニシアティブ(IAI)Initiative for ASEAN Integration

アジアハイウェー(AH)Asian Highway

HI-FIプラン(HI-FI Plan)HI-FI Plan for Private Sector Development in the Greater Mekong Subregion

インドシナ総合開発フォーラム(FCDI)Forum for Comprehensive Development in Indochina

日本・アセアン経済産業協力委員会(AMEICC)AEM-MITI Economic and Industrial Cooperation Committee

Page 28: メコン地域開発をめぐる 地域協力の現状と展望 · 2002年9月 第12号 73 メコン地域開発をめぐる 地域協力の現状と展望*1 北星学園大学経済学部専任講師

は整理や統一ということではなく、それぞれの枠

組みの役割(得意分野)の明確化と中心的な枠組

みの確立ということになろう。ここでもアセアン

の役割は大きく期待され、ADBの専門知識、資

金力およびこれまでのノウハウの蓄積、メコン川

委員会の域内各国による常設事務局を持った協議

機関という特色をもとにアセアンを中心としてそ

れぞれが協力、協調していくことが妥当であると

考えられる。

[主要参考文献一覧]

アシット・ビスワス他編(1999)『21世紀のアジ

ア国際河川開発』勁草書房

財団法人地球産業文化研究所(2001)『「ASEAN

統合と新規加盟国問題」研究委員会報告書』

堀博(1996)『メコン河』古今書院

笠井利之編(1997)『メコン開発をめぐる動き』

アジア経済研究所

松本悟(1997)『メコン河開発』築地書館

NIRA・EAsia研究チーム(2001)『東アジア回廊

の形成』(日本経済評論社)

野本啓介(2001)「大メコン圏開発をめぐる地域

協力」国際開発学会第12回全国大会報告要

旨集

大平剛(1999)「国境をまたぐ開発協力と地域の

安定」『地域研究論集』Vol.2 No.2 (1999.9)

白石昌也(1998)「ポスト冷戦期インドシナ圏の

地域協力」礒部啓三編『ベトナムとタイ』

大明堂

末廣昭・山影進編(2001)『アジア政治経済論』

(NTT出版)

山影進(2001)「日本の対ASEAN政策の変容」

『国際問題』NO.490(2001.1)

矢野修一(2001)「アジアにおける水問題と開発

協力 国際河川メコン川における21世紀の

課題」平川均・石川幸一編『新・東アジア

経済論』(ミネルヴァ書房)

吉松昭夫・小泉肇(1996)『メコン河流域の開発』

(山海堂)

100 開発金融研究所報