6
1 Mater. Trans. 54(2013) 143 148 に掲載 2 Corresponding author, E mail: harunakansai u.ac.jp 3 関西大学学生,現在新日鉄住金 (Undergraduate Student, Kansai University, Present address: Sumitomo Metal Ind. Ltd.) 4 関西大学学生,現在三井化学 (Undergraduate Student, Kansai University, Present address: Mitsui Chemicals Inc.) 日本金属学会誌 第 77 巻第 8 号(2013)328 333 フッ化物イオンを含む弱酸水溶液中における Ti Mg 合金の耐食性 1 春名 2 元家大介 3 中川祐一 4 山下直司 大石敏雄 関西大学化学生命工学部化学・物質工学科 J. Japan Inst. Met. Mater. Vol. 77, No. 8 (2013), pp. 328 333 2013 The Japan Institute of Metals and Materials Corrosion Resistance of Titanium Magnesium Alloy in Weak Acid Solution Containing Fluoride Ions Takumi Haruna 2 , Daisuke Motoya 3 , Yuichi Nakagawa 4 , Naoji Yamashita and Toshio Oishi Department of Materials Science and Engineering, Faculty of Engineering, Kansai University, Suita 564 8680 We have developed Ti Mg alloy for dental material corrosion resistant to aqueous fluoride solutions. Ti plates and granular Mg was put in a sealed vessel and heated at 950° C, so Ti plates were exposed in the liquid and the vapor Mg phases. The condi- tions made Mg diffuse into the Ti plates to produce Ti Mg alloy. The Ti Mg alloy produced in the vapor Mg phase for 430 h achieved homogeneous distribution in Mg concentration of 0.2 at. A Vickers micro hardness increased almost linearly with an increase in the Mg concentration, and the hardness of the homogeneous Ti 0.2 atMg was about 1.2 times larger than that of Ti before alloying. It was confirmed that corrosion resistance of Ti in the fluoride solution was improved by alloying with Mg. The method using the vapor Mg phase contributed much more effective improvement of corrosion resistance than that using the liquid phase. The homogeneous Ti 0.2 atMg demonstrated a maximum corrosion resistance of all the specimens, by about 80 times to Ti. [doi:10.2320/jinstmet.J2013026] (Received April 11, 2013; Accepted May 8, 2013; Published August 1, 2013) Keywords: titanium, magnesium, fluoride, dental implant, corrosion resistance 1. Ti は力学特性や生体適合性,耐食性に優れているため, インプラント部材やクラウン,歯列矯正用ワイヤーなどの歯 科用材料として使用されてきた.一方,フッ素は脱灰の抑制 や再石灰化の促進,歯膜や歯垢の抑制,微生物増殖の抑制な どを示すう蝕抑制剤として広く知られている 1 4) .しかし, Ti にはフッ化物水溶液中で溶解する性質があり,Ti 製歯科 用器具に対する腐食問題が報告されている 5 8) .この問題へ の対策の一つに,フッ化物水溶液に耐食性を示す新しい Ti 合金の開発が挙げられる.中川らはフッ化物水溶液中におけ る幾つかの Ti 合金の耐食性を調査し,Ti Pt 合金と Ti Pd 合金がこの水溶液に対して優れた耐食性を示すことを見出し 9,10) .我々の研究グループでもフッ化物水溶液中で耐食性 を示す Ti 合金の開発に取り組んできた.その開発指針は次 のとおりである.多くの金属フッ化物は水溶性であるが幾つ かの金属フッ化物は難水溶性を示す.フッ化物が難水溶性を 示す金属元素を Ti と合金化できれば,その Ti 合金はフッ 化物水溶液中で難水溶性の金属フッ化物皮膜を自発的に形成 して,ステンレス鋼に対する不働態皮膜のように機能するこ とで優れた耐食性を示すことが期待される.Table 1 には難 水溶性金属フッ化物の水に対する溶解度を示す 11) .この表 から,適切な金属元素には周期表の第 2 族の元素が多いこ とがわかる.この点から我々の研究グループは Ti と合金化 させる元素として Ca を選び,Ti Ca 合金が弱酸性フッ化物 水溶液中でも優れた耐食性を示すことを明らかにした 12) この研究における拡張的研究として,Ti と合金化する元素 Mg を選択した.したがって,この研究は Ti Mg 合金を 作製する方法の探索とその合金の弱酸性フッ化物水溶液中に おける耐食性の調査を目的とした. 2. よく知られているように,Ti の融点(1668° C)は Mg の融 点(1091° C)より高温なので,Ti 合金の作製に頻繁に使用さ れるアーク溶解法のような溶解法によって Ti Mg 合金を作 製することはできない.また,Ti Mg 二元系状態図は明確 に示されておらず,Ti Mg 合金作製の研究例が少ない.し たがって,本研究では拡散浸透現象を利用して Ti Mg 合金 の作製を試みた.歯科インプラント用部材の表面は臨床中に 過度に傷つくことが想定されるので,本研究は表面合金化で

フッ化物イオンを含む弱酸水溶液中における Ti Mg 合金の耐 …HF 水溶液(47 mass )とNaF によって,F 濃度を0.024 kmol・m-3 に固定しながらpH

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Page 1: フッ化物イオンを含む弱酸水溶液中における Ti Mg 合金の耐 …HF 水溶液(47 mass )とNaF によって,F 濃度を0.024 kmol・m-3 に固定しながらpH

1 Mater. Trans. 54(2013) 143148 に掲載

2 Corresponding author, Email: haruna@kansaiu.ac.jp3 関西大学学生,現在新日鉄住金株(Undergraduate Student,

Kansai University, Present address: Sumitomo Metal Ind.Ltd.)

4 関西大学学生,現在三井化学株(Undergraduate Student,Kansai University, Present address: Mitsui Chemicals Inc.)

日本金属学会誌 第 77 巻 第 8 号(2013)328333

フッ化物イオンを含む弱酸水溶液中における

TiMg 合金の耐食性1

春 名 匠2 元 家 大 介3 中 川 祐 一4 山 下 直 司 大 石 敏 雄

関西大学化学生命工学部化学・物質工学科

J. Japan Inst. Met. Mater. Vol. 77, No. 8 (2013), pp. 328333 2013 The Japan Institute of Metals and Materials

Corrosion Resistance of TitaniumMagnesium Alloy in Weak Acid Solution Containing FluorideIons

Takumi Haruna2, Daisuke Motoya3, Yuichi Nakagawa4, Naoji Yamashita and Toshio Oishi

Department of Materials Science and Engineering, Faculty of Engineering, Kansai University, Suita 5648680

We have developed TiMg alloy for dental material corrosionresistant to aqueous fluoride solutions. Ti plates and granularMg was put in a sealed vessel and heated at 950°C, so Ti plates were exposed in the liquid and the vapor Mg phases. The condi-tions made Mg diffuse into the Ti plates to produce TiMg alloy. The TiMg alloy produced in the vapor Mg phase for 430 hachieved homogeneous distribution in Mg concentration of 0.2 at. A Vickers micro hardness increased almost linearly with anincrease in the Mg concentration, and the hardness of the homogeneous Ti0.2 atMg was about 1.2 times larger than that of Tibefore alloying. It was confirmed that corrosion resistance of Ti in the fluoride solution was improved by alloying with Mg. Themethod using the vapor Mg phase contributed much more effective improvement of corrosion resistance than that using the liquidphase. The homogeneous Ti0.2 atMg demonstrated a maximum corrosion resistance of all the specimens, by about 80 times toTi. [doi:10.2320/jinstmet.J2013026]

(Received April 11, 2013; Accepted May 8, 2013; Published August 1, 2013)

Keywords: titanium, magnesium, fluoride, dental implant, corrosion resistance

1. 緒 言

Ti は力学特性や生体適合性,耐食性に優れているため,

インプラント部材やクラウン,歯列矯正用ワイヤーなどの歯

科用材料として使用されてきた.一方,フッ素は脱灰の抑制

や再石灰化の促進,歯膜や歯垢の抑制,微生物増殖の抑制な

どを示すう蝕抑制剤として広く知られている14).しかし,

Ti にはフッ化物水溶液中で溶解する性質があり,Ti 製歯科

用器具に対する腐食問題が報告されている58).この問題へ

の対策の一つに,フッ化物水溶液に耐食性を示す新しい Ti

合金の開発が挙げられる.中川らはフッ化物水溶液中におけ

る幾つかの Ti 合金の耐食性を調査し,TiPt 合金と TiPd

合金がこの水溶液に対して優れた耐食性を示すことを見出し

た9,10).我々の研究グループでもフッ化物水溶液中で耐食性

を示す Ti 合金の開発に取り組んできた.その開発指針は次

のとおりである.多くの金属フッ化物は水溶性であるが幾つ

かの金属フッ化物は難水溶性を示す.フッ化物が難水溶性を

示す金属元素を Ti と合金化できれば,その Ti 合金はフッ

化物水溶液中で難水溶性の金属フッ化物皮膜を自発的に形成

して,ステンレス鋼に対する不働態皮膜のように機能するこ

とで優れた耐食性を示すことが期待される.Table 1 には難

水溶性金属フッ化物の水に対する溶解度を示す11).この表

から,適切な金属元素には周期表の第 2 族の元素が多いこ

とがわかる.この点から我々の研究グループは Ti と合金化

させる元素として Ca を選び,TiCa 合金が弱酸性フッ化物

水溶液中でも優れた耐食性を示すことを明らかにした12).

この研究における拡張的研究として,Ti と合金化する元素

に Mg を選択した.したがって,この研究は TiMg 合金を

作製する方法の探索とその合金の弱酸性フッ化物水溶液中に

おける耐食性の調査を目的とした.

2. 実 験 方 法

よく知られているように,Ti の融点(1668°C)は Mg の融

点(1091°C)より高温なので,Ti 合金の作製に頻繁に使用さ

れるアーク溶解法のような溶解法によって TiMg 合金を作

製することはできない.また,TiMg 二元系状態図は明確

に示されておらず,TiMg 合金作製の研究例が少ない.し

たがって,本研究では拡散浸透現象を利用して TiMg 合金

の作製を試みた.歯科インプラント用部材の表面は臨床中に

過度に傷つくことが想定されるので,本研究は表面合金化で

Page 2: フッ化物イオンを含む弱酸水溶液中における Ti Mg 合金の耐 …HF 水溶液(47 mass )とNaF によって,F 濃度を0.024 kmol・m-3 に固定しながらpH

329

Table 1 Solubility of metal fluoride in water.11)

CrF3 AlF3 NiF2 CuF2 CaF2 MgF2 BaF2 LiF CuF

i (s: HF) 0.50 2.50(20°C)

7.5×10-1

g/L1.6×10-2

g/L1.3×10-1

g/L 1.6×10-1 1.3×10-1 i

298 K, mass, i: insoluble, s: soluble

Fig. 1 Schematic illustration of the system for producing TiMg alloy.

Fig. 2 Crosssectional microstructures vicinity to the surfaceof the TiMg alloys produced by the vapor method for (a) 0,(b) 48, (c) 168 and (d) 430 h.

329第 8 号 フッ化物イオンを含む弱酸水溶液中における TiMg 合金の耐食性

はなく,全体に均一な合金化を目標にした.

供試材には純 Ti 板(JIS2 種H: 0.015, O: 0.095, N: 0.01,

Fe: 0.06 mass, Ti: bal.)と粒状 Mg(純度 99.9 mass)を使

用した.TiMg 合金の作製システムの模式図を Fig. 1 に示

す.SUS304 ステンレス鋼製容器内に設置された黒鉛るつぼ

に粒状 Mg を挿入した.Ti 板の一つは,黒鉛るつぼに触れ

ないように Mg 内に懸架した.もう一つの Ti 板は黒鉛るつ

ぼの上に置いた.SUS304 鋼製の蓋を溶接して密閉した容器

を電気炉に設置し,950°C で 48, 168, 430 h 加熱した後,炉

冷した.加熱中の Mg(融点650°C)は密閉容器内で融液に

なり,一部は蒸発して気相中に存在するので,各 Ti 板はそ

れぞれ液相および気相の Mg と接触する.Ti 板に接触した

Mg の一部は Ti 板表面から内部に侵入し,拡散浸透するこ

とで,TiMg 合金が生成される.本論文では,Ti 板を液相

Mg に接触させる方法を「浸漬法(dipping method)」,Mg

蒸気に接触させる方法を「暴露法(vapor method)」と称す

る.

作製された TiMg 合金の組織,Mg 濃度,硬度,結晶構

造を理解するために,それぞれ光学顕微鏡(BX51,オリン

パス),エネルギー分散型分光分析装置(EDX)を装備した走

査型電子顕微鏡(SEM)(JSM 6060LV,日本電子),ビッ

カース微小硬度測定装置(MXTa,松澤),X 線回折装置

(XRD)(RINT2550,リガク)を使用した.また,合金断面

を粒径 300 nm のアルミナ粉末でバフ研磨した後,pH 3 の

HF 水溶液でエッチングすることによって,合金の断面組織

を観察した.

耐食性は電気化学的手法によって評価された.合金化され

た試料を沸騰水中に浸漬して表面に付着した Mg を溶解除

去した後に,エメリー紙を用いた乾式研磨により試料表面か

ら 0.05 mm 削除して合金表面を得た.その試料に導線をス

ポット溶接した後に,直径 6 mm の穴を開けた PTFE テー

プを貼付して接液面積を限定した.試験溶液には試薬特級の

HF 水溶液(47 mass)と NaF によって,F濃度を 0.024

kmol・m-3 に固定しながら pH を変化させた水溶液を使用し

た.選択した F濃度は市販の歯磨剤に含まれる濃度(約

1000 ppm NaF)に対応させた.各溶質化学種の濃度は HF

の電離定数(3.5×10-4, 25°C)から算出した11).試験溶液の

pH は pH メーター(F51,堀場製作所)で確認した.窒素ガ

スを試験溶液に導入する脱気処理を後述する腐食試験の 0.5

h 前から行い,試験中も継続した.試験温度は 25°C とし

た.腐食試験はポテンシオスタット(PS07,東方技研)を用

いた電気化学動電位法によって行われた.反応槽には Ag/

AgCl(3.3 kmol・m-3 KCl)参照電極と白金対極が装備され

た.試料を試験溶液に浸漬してから,試料の電位を-2.0

VAg/AgCl から+1.0 VAg/AgCl まで 1.6 mV・s-1 で掃引して分極

曲線を測定した.

暴露法によって 430 h 処理した TiMg 合金を pH 4 の試

験溶液に 10 h 浸漬した試料表面を X 線光電子分光法(XPS)

(XPS7000,リガク)によって分析し,合金の表面の化学組

成を確認した.

3. 結果および考察

3.1 試料表面の組織と結晶構造

暴露法を用いて種々の時間処理することによって作製した

TiMg 合金の表面近傍の断面組織を Fig. 2 に示す.48 h 処

理した試料には粗い針状組織が観察され,時間の経過ととも

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330

Fig. 3 XRD patterns of the TiMg alloy surfaces produced bythe vapor method for various holding times.

Fig. 4 Depth profiles of Mg concentration in the TiMg alloysproduced by (a) dipping and (b) vapor method as a function ofholding time.

Fig. 5 Depth profiles of Vickers microhardness in the TiMgalloys produced by (a) dipping and (b) vapor method as a func-tion of holding time.

330 日 本 金 属 学 会 誌(2013) 第 77 巻

に,針状組織が微細かつ高密度になった.

暴露法によって作製した TiMg 合金の表面から得られた

XRD パターンを Fig. 3 に示す.保持時間によって組織は変

化したが,XRD パターンはほとんど変化せず,すべて同じ

aTi の結晶構造を示した.保持時間を増加させても aTi の

ピーク位置はほとんど変化せず,Mg がほとんど固溶しなか

ったと考えられる.いくつかの非常に小さなピークがこれら

のパターンに認められたが,対応する物質を同定することが

できなかった.この組織は,Mg を設置しない以外は同じ方

法を用いて作製した非合金試料にも認められた.

浸漬法によって作製された TiMg 合金の組織と結晶構造

の時間依存性は,前述した暴露法を用いた場合の結果と類似

した.

3.2 深さ方向の Mg 濃度分布

TiMg 合金に対する深さ方向の Mg 濃度分布を保持時間

別に Fig. 4 に示す.測定濃度が EDX 装置の検出限界(約

0.1 at)に近いために,測定値にばらつきが認められた.し

たがって測定を 3 回繰り返し,平均値とエラーバーを図に

プロットした.エラーバーは測定値の最大値と最小値の範囲

を示す.(a)に示した浸漬法の場合,48 h 処理後の表面と中

央部の Mg 濃度はそれぞれ約 0.25 atとほぼ 0 atであっ

た.処理時間を 430 h まで経過させると,表面の濃度は

0.25 atで変化しなかったが,0.30 mm よりも深い位置で

は 0.10 atまで増加した.ただし,最大処理時間である

430 h では深さ方向に均一な Mg 濃度分布を示す試料を作製

することはできなかった.(b)に示した暴露法の場合,48 h

処理後の Mg 濃度は,浸漬法の場合と同様に,表面で大き

く,中央部で小さくなった.時間が経過すると,表面から

0.1 mm 以内の領域の Mg 濃度は 0.22 atで変化しなかった

が,中央部では徐々に増加した.430 h 処理を行うと,Mg

は試料全体に均一に分布し,その濃度は 0.22 atであっ

た.以上の知見をまとめると,浸漬法に比べて暴露法の方が

比較的短時間で均質な TiMg 合金を作製できることがわか

った.

3.3 深さ方向の硬度分布

深さ方向のビッカース硬度分布を処理時間別に Fig. 5 に

示す.合金化する前の Ti 内の硬度分布は均一で 162 Hv で

あった.(a)に示した浸漬法の場合,48 h 処理を行うと,表

面では 200 Hv を示し,0.3 mm の深さまでは深くなるほど

硬度は急激に減少し,それ以上の深さでは約 145 Hv であっ

た.処理時間が経過すると,表面の硬度は変化しなかった

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331

Fig. 6 Correlation between Mg concentration and hardness inthe TiMg alloys.

Fig. 7 Polarization curves of Ti in the fluoride solutions ofvarious pHs.

Fig. 8 Polarization curves of the TiMg alloys produced by(a) dipping and (b) vapor method in the fluoride solution of pH4.

331第 8 号 フッ化物イオンを含む弱酸水溶液中における TiMg 合金の耐食性

が,中央部では増加した.430 h 処理後の表面の硬度は 188

Hv にわずかに減少し,深くなるとさらに減少した.(b)に

示した暴露法の場合,48 h 処理を行うと,表面の硬度は約

190 Hv になり,中央部の硬度は約 150 Hv にまで減少し

た.処理時間が経過すると,表面の硬度は変化しなかった

が,中央部の硬度は増加した.430 h 処理を行うと,硬度は

深さ方向に均一に分布し,約 190 Hv を示した.この値は,

合金化する前の Ti の 1.2 倍であった.硬度分布のこの傾向

は,前述した浸漬法での傾向と類似した.

深さ方向の Mg 濃度分布(Fig. 4)と硬度分布(Fig. 5)か

ら,両方の因子が互いに相関することが推察される.そこ

で,両方の因子の間の相関性を解析した.同じ深さにおける

Mg 濃度と硬度の関係を Fig. 6 に示す.データはばらついて

いるが,両方の因子の間にはほぼ直線で正の相関性が認めら

れた.

両方の処理法で 48 h,もしくは浸漬法で 168 h 処理した

試料の中央部の硬度は,合金化する前の Ti より小さな値を

示した.これは処理温度が 950°C と高温であったことによ

る基板 Ti の結晶粒の粗大化が原因だと考えられる.

3.4 耐食性を評価するための試験溶液の選択

TiMg 合金の耐食性の評価に最適な試験溶液を選択する

ために,フッ化物水溶液中における Ti の腐食挙動に及ぼす

pH の影響を調べた.さまざまな pH のフッ化物水溶液中で

測定した Ti の分極曲線を Fig. 7 に示す.pH 3 の水溶液中

における Ti の分極曲線は,3 種類の電位領域に分類された.

1 番目は-2.0 V から-1.0 V までの「カソード電位領域」

であり,負の電流を示し,H+ から H2 への還元反応に対応

する.2 番目は-1.0 V から+0.5 V までの「アノード活性

溶解(または腐食)電位領域」であり,大きな正の電流を示し,

Ti の活性態溶解反応に対応する.3 番目は+0.5 V から

+1.0 V の不働態電位領域であり,電流は正であるが小さな

値を示し,溶解反応の抑制を示す.ここでは,活性態溶解電

流密度の最大値が耐食性評価因子に適していると考えた.自

然浸漬したときに激しい腐食が起こる場合の多くは活性態で

の溶解によって引き起こされているためである.pH を 4 ま

で上昇させると,活性態から不働態への遷移電位が低電位方

向に移動するとともに,活性態での最大電流密度が減少した.

pH を 5 以上に上昇させると活性態溶解は完全に抑制され

た.すなわち,ほぼ中性のフッ化物水溶液中なら Ti でも耐

食性を示すことがわかった.以上の結果から,Ti に活性態

溶解が認められる pH 4 のフッ化物水溶液を TiMg 合金の

耐食性を評価するための試験溶液に採用した.

3.5 フッ化物水溶液中における耐食性

弱酸性フッ化物水溶液中における TiMg 合金の耐食性を

評価するために分極曲線を測定した.その結果を Fig. 8 に

まとめた.(a)で見られるように,合金化する前の Ti(図中

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332

Fig. 9 Effect of holding time in producing TiMg alloy on ac-tive peak current density.

Fig. 10 XPS profiles of (a) and (b) Mg2s and (c) F1s ob-tained from the TiMg alloy (a) without and (b) and (c) withimmersion in the fluoride solution of pH 4 for 10 h.

332 日 本 金 属 学 会 誌(2013) 第 77 巻

の「0 h」)には明らかな活性態溶解が認められた.すなわち,

このフッ化物水溶液は Ti に激しい腐食を引き起こす.浸漬

法で 48 h もしくは 168 h 処理された TiMg 合金の分極曲線

はいずれも Ti の分極曲線と類似した.しかしながら,430 h

処理された TiMg 合金だけが活性態/不働態遷移電位をわ

ずかに低電位の方向に移動させ,活性態溶解電流密度をわず

かに減少させた.一方(b)を見ると,暴露法によって作製し

た TiMg 合金は,処理時間の経過とともに,遷移電位を低

電位の方向に大きく移動させ,活性態溶解電流密度を顕著に

減少させた.すなわち,430 h 処理した TiMg 合金は弱酸

性フッ化物水溶液中でも活性態溶解を示さず,自然に浸漬し

ただけで自発的に不働態化することがわかった.

活性態溶解電流密度の最大値に及ぼす処理時間の影響を

Fig. 9 に示す.この電流密度の対数値は処理時間の経過とと

もに直線的に減少し,その勾配は浸漬法で作製した試料では

緩慢,暴露法で作製した試料では急峻であった.また,浸漬

法および暴露法で 430 h 処理した TiMg 合金が示す最大電

流密度は Ti に対してそれぞれ 0.58 倍および 0.012 倍であっ

た.すなわち,暴露法で作製した TiMg 合金は弱酸性フッ

化物水溶液中でも極めて優れた耐食性を示し,その耐食効果

は Ti の 80 倍であった.2 種類の方法で作製した TiMg 合

金が示す最大電流密度がこのように異なった理由については

現在検討中である.

3.6 フッ化物水溶液に浸漬した TiMg 合金の表面分析

暴露法で 430 h 処理した後に,その表面を研磨した 2 個の

TiMg 合金を用意した.その一方を pH 4 のフッ化物水溶液

中に 10 h 浸漬し,蒸留水で洗浄した.研磨したままの試料

と浸漬した試料を XPS で分析し,これらの試料から得られ

た Mg2s と F1s の XPS スペクトルを Fig. 10 に示す.(a)を

見ると,浸漬しなかった試料の表面には Mg がほとんど認

められなかった.一方,(b)および(c)を見ると,浸漬した

試料の表面には Mg と F がわずかに認められた.前述した

ように,浸漬した試料は試験溶液中で自然に不働態化したの

で,XPS の結果は,TiMg 合金が Mg のフッ化物(例えば

MgF2)で構成される不働態皮膜で自然に覆われ,弱酸性フ

ッ化物水溶液中においても活性溶解を抑制したことを示唆す

る.

4. 結 論

Ti を 950°C の液相 Mg に浸漬する方法と Ti を 950°C

の気相 Mg に暴露する方法によって TiMg 合金を作製する

ことができた.

両方法とも,Mg は Ti 板中に徐々に拡散浸透した.

暴露法で 430 h 処理すると,Mg は 2 mm の板厚の Ti 板全

体に均一に分布した.

TiMg 合金の深さ方向の硬度分布は Mg 濃度分布と

類似し,Mg 濃度の増加とともに硬度が直線的に増加した.

TiMg 合金は弱酸性水溶液中で Ti よりも優れた耐食

性を示し,暴露法で 430 h 処理した場合には最高の耐食性と

なり,その耐食効果は Ti の約 80 倍であった.

XPS 分析の結果,弱酸性フッ化物水溶液中に自然浸

漬された TiMg 合金は,Mg のフッ化物で構成された不働

態皮膜で自発的に覆われることによって活性態溶解を抑制す

ることが示唆された.

Page 6: フッ化物イオンを含む弱酸水溶液中における Ti Mg 合金の耐 …HF 水溶液(47 mass )とNaF によって,F 濃度を0.024 kmol・m-3 に固定しながらpH

333333第 8 号 フッ化物イオンを含む弱酸水溶液中における TiMg 合金の耐食性

文 献

1) Fejerskov and B. H. Clarkson: Fluoride in Dentistry, ed. by O.Fejerskov, J. Ekstrand and B. A. Burt, (Munksgaard,Copenhagen, 1996) pp. 187213.

2) G. Rolla and J. Ekstrand: Fluoride in Dentistry, ed. by O.Fejerskov, J. Ekstrand and B. A. Burt, (Munksgaard, Copenha-gen, 1996) pp. 215229.

3) R. Hamilton and G. H. W. Bowden: Fluoride in Dentistry, ed byO. Fejerskov, J. Ekstrand and B. A. Burt, (Munksgaard,Copenhagen, 1996) pp. 230251.

4) J. M. ten Cate and J. D. M. Featherstone: Fluoride in Dentistry,ed by O. Fejerskov, J. Ekstrand and B. A. Burt, (Munksgaard,Copenhagen, 1996) pp. 252272.

5) H. S. S. Siirila and M. Kononen: Int. J. Oral MaxillofacialImplants 6(1991) 5054.

6) L. Probster, W. Lin and H. Hutteman: Int. J. Oral MaxillofacialImplants 7(1992) 390394.

7) G. Boere: J. Appl. Biomater. 6(1995) 283288.8) F. ToumelinChemla, F. Rouelle and G. Burdairon: J. Dent. 24

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