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広島大学大学院工学研究科研究報告,55,1(2006) BulletinoftheGraduateSchoolofEngineering,HiroshimaUniversity,Vol ル。コルビュジェにおける「ファサード」のデザイン手法 千代章一郎*・斉藤康男** Tb.eDesignMetbodon‘Fa冒ade’byLeCo蕗usi ShoichiroSENDAlandYasuoSAITO ThepurposeofthispaperistoclarifyLeCorbusier’sdesignmethodon軸 facadetypes,aCCOrdingtotheexplanationbyLeCorbusier;‘fbnetree (glasswall)’,‘briseqsoleii(sun仙breaker)∵loggia’and‘ciaustra’.Through typesandthedesignprocessofeachbuilding,We毘ndthatLeCorbusier’ thenegationofthe‘wall’atthesametime.Thatmeans,LeCorbus 軸adet)peS,andtdedtorealize血epbenomenalopenness,Tbisis血egoalof‘1a軸ade Keywords:LeCorbusier,Modernarchitecture,&ee軸ade,Wa11 1,2、ル・コルビュジェの「ファサード」概念 ルq:コルビュジェは1926年、「新しい建築の5つの要 点Les5pointsd,皿e鮎℃bitec仇ⅣemOuVelie」の血つと 「ファサード」に言及している。すなわち、「柱はファサ ードから奥に入った所に立っている。床は張り出して重 ねられている。ファサードはもはや壁や窓から独立した 軽い皮膜でしかない。ファサードは自由である。窓は途 切れる必要もなく、ファサードの端から端までつなげる ことができる。」2) この「自由なファサード1a軸a由助re」は、ル。こコル ビュジェが1別4年に考案した「ドミノDom壷0」の構造 形式(以下ドミノ・システム)に由来し、ファサ伽ドを 構成する「壁」は構造体から解放され、建築物は自立し たオブジェクトとなり、ファサードの正面性は無化され る。「指標線1es隠ac崖sr岳卯1atews」はそうしたファサ仙ド 構成の美的規範である3〉。 「新しい建築の5つの要点」の---1-=一つとして言及される 「水平横長窓1a飴n蝕eemlon卯eW」は、「自由なファサ ード」の解法であるが、ル。≡コルビュジェの全建築作品 の制作においては、それはあくまで、・一つの解釈に過ぎず、 構造。美学の観点のみならず、景観や環境との関わりに おいてファサードの多様なデザインが研究されているこ とが明白である。すなわち、ファサードは建築造形にお ける正面性の問題ではなく、建築空間の内部と外部の境 界面としてその関係性の問題へと敷術されていくので 1.はじめに 1.1.研究の目的 本稿では、建築家ル・コルビュジェ(Le Co蕗uier: ま887-i965)の「ファサードia軸ade」の概念に着目し、 その内部と外部の境界面、とくに外壁形態のデザイン方 法を場所環境との関連から検討することを目的としてい る。 周知のように、第二次世界大戦後の経済合理主義によ って、無場所的な建築形態が生産されてきた。その要因 を近代主義建築に求めることも出来るが、近代主義の反 動としてのポスト・モダンの建築形態もまた同様に無場 所的とも言える。反対に、地域主義と呼ばれる建築デザ イン運動は、伝統的な建築形態を直喩もしくは隠喩的に 借用する1)。しかし現代社会においては、単に建築形態 のみならず、地球環境時代における建築とその環境との 新しい関係性が主題化され始めている。このような関係 性のデザイン手法を具体的に明らかにするためには、建 築と周辺環境の接点としてデザインされる境界面(外壁 形態や屋根形態、あるいは大地と建築地盤の関連など) を歴史的な視座から分析する必要があろう。それは、建 築の無場所性に対する批判的検証に他ならない。本稿は そうした研究対象のなかでも、「ファサ山ド」の問題を取 り上げる。 *広島大学 大学院工学研究科 社会環境システム専攻 助教授・博士(工学) 榊広島大学 大学院工学研究科 社会環境システム専攻 博士課程前期 山35仙

ル。コルビュジェにおける「ファサード」のデザイ …...ル・コルビュジェにおける「ファサ血ド」のデザイン手法 ガラス壁面、すなわち「中性化壁1emnelltralisa如」を

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  • 広島大学大学院工学研究科研究報告,55,1(2006)

    BulletinoftheGraduateSchoolofEngineering,HiroshimaUniversity,Vol.55,No.1,2006

    ル。コルビュジェにおける「ファサード」のデザイン手法

    千代章一郎*・斉藤康男**

    Tb.eDesignMetbodon‘Fa冒ade’byLeCo蕗usier

    ShoichiroSENDAlandYasuoSAITO

    ThepurposeofthispaperistoclarifyLeCorbusier’sdesignmethodon軸adeofbuildings・At丘rst,Wearrange丘ve

    facadetypes,aCCOrdingtotheexplanationbyLeCorbusier;‘fbnetreenlongueur(Windowlongaside)’,‘pandeverre

    (glasswall)’,‘briseqsoleii(sun仙breaker)∵loggia’and‘ciaustra’.Throughtheanaiysisoftherelationshipbetweenthese

    typesandthedesignprocessofeachbuilding,We毘ndthatLeCorbusier’sfa9adedesignincludestheaffirmationand

    thenegationofthe‘wall’atthesametime.Thatmeans,LeCorbusierstudiedtheenvironmentalconditionbythese

    軸adet)peS,andtdedtorealize血epbenomenalopenness,Tbisis血egoalof‘1a軸adeiibre(鮎e如ade)’.

    Keywords:LeCorbusier,Modernarchitecture,&ee軸ade,Wa11

    1,2、ル・コルビュジェの「ファサード」概念

    ルq:コルビュジェは1926年、「新しい建築の5つの要

    点Les5pointsd,皿e鮎℃bitec仇ⅣemOuVelie」の血つとして、

    「ファサード」に言及している。すなわち、「柱はファサ

    ードから奥に入った所に立っている。床は張り出して重

    ねられている。ファサードはもはや壁や窓から独立した

    軽い皮膜でしかない。ファサードは自由である。窓は途

    切れる必要もなく、ファサードの端から端までつなげる

    ことができる。」2)

    この「自由なファサード1a軸a由助re」は、ル。こコル

    ビュジェが1別4年に考案した「ドミノDom壷0」の構造

    形式(以下ドミノ・システム)に由来し、ファサ伽ドを

    構成する「壁」は構造体から解放され、建築物は自立し

    たオブジェクトとなり、ファサードの正面性は無化され

    る。「指標線1es隠ac崖sr岳卯1atews」はそうしたファサ仙ド

    構成の美的規範である3〉。

    「新しい建築の5つの要点」の---1-=一つとして言及される

    「水平横長窓1a飴n蝕eemlon卯eW」は、「自由なファサ

    ード」の解法であるが、ル。≡コルビュジェの全建築作品

    の制作においては、それはあくまで、・一つの解釈に過ぎず、

    構造。美学の観点のみならず、景観や環境との関わりに

    おいてファサードの多様なデザインが研究されているこ

    とが明白である。すなわち、ファサードは建築造形にお

    ける正面性の問題ではなく、建築空間の内部と外部の境

    界面としてその関係性の問題へと敷術されていくので

    1.はじめに

    1.1.研究の目的

    本稿では、建築家ル・コルビュジェ(Le Co蕗uier:

    ま887-i965)の「ファサードia軸ade」の概念に着目し、

    その内部と外部の境界面、とくに外壁形態のデザイン方

    法を場所環境との関連から検討することを目的としてい

    る。

    周知のように、第二次世界大戦後の経済合理主義によ

    って、無場所的な建築形態が生産されてきた。その要因

    を近代主義建築に求めることも出来るが、近代主義の反

    動としてのポスト・モダンの建築形態もまた同様に無場

    所的とも言える。反対に、地域主義と呼ばれる建築デザ

    イン運動は、伝統的な建築形態を直喩もしくは隠喩的に

    借用する1)。しかし現代社会においては、単に建築形態

    のみならず、地球環境時代における建築とその環境との

    新しい関係性が主題化され始めている。このような関係

    性のデザイン手法を具体的に明らかにするためには、建

    築と周辺環境の接点としてデザインされる境界面(外壁

    形態や屋根形態、あるいは大地と建築地盤の関連など)

    を歴史的な視座から分析する必要があろう。それは、建

    築の無場所性に対する批判的検証に他ならない。本稿は

    そうした研究対象のなかでも、「ファサ山ド」の問題を取

    り上げる。

    *広島大学 大学院工学研究科 社会環境システム専攻 助教授・博士(工学)

    榊広島大学 大学院工学研究科 社会環境システム専攻 博士課程前期

    山35仙

  • 千代章一郎。斉藤 康男

    ある4)。 て各々の類型の出自や類型間の関連を分析するぐ払ble2)。

    2.1.1.「水平横長窓J

    水平横長窓はル・コルビュジェのドミノ・システムか

    ら派生した「新しい建築の5つの要点」の一つであり、

    シトロアン住居MaisonC血oban,1920の計画案において

    すでに表現されている。そして、レマン湖畔の小住宅

    Petite扇11aauborddulacI.eman,1925をはじめとする主に

    1920年代の一連の住宅建築作品において初めて具体化

    されている。ドミノ。システムによって壁は構造体から

    開放され、壁の端から端までを横長に開け、十分な採光

    を効率的に室内に導入することが可能になる。すなわち、

    「採光された床Iepkmcber崖cla混」が実現され、室内か

    らは無限の景観の拡がりが得られる11)。

    Fig.1.Dom-ho

    l.3.研究の方法

    一次資料としては、脇付柁∫COJ甲羅feぷ,1910-1965,VOIs.8,

    Les岳ditionsd,甜CbitectwちAれemis,Zl∬kb(以下『全作品集』

    と表記)を用い、掲載されている全作品について、その

    作品の主たるファサード形態をル・コルビュジェの言説

    に依拠して類型化し、類型間の相関関係を場所環境に配

    慮しながら分析する(2.)。さらに、エeG〉rあ描おd化妨e∫,

    VOIs.32,GarlandP豆blishing,hc.andFondationLeCorbusier,

    NewYork,London,Paris,1982-1984(以下『アーカイヴ』

    と表記)より、それら作品の制作過程におけるファサー

    ドの形態変容を分析する(3.)。最後に、ファサードの形

    態変容の要因とその基底にある建築的な場所環境理念に

    ついて考察する(4.)。

    1.4色既往研究との関連

    ル。コルビュジェのファサード形態については、窓の

    開口部の構成手法に関する研究5)や「プリーズ・ソレイ

    ユ1e brise-SOl由1」と呼ばれる日除け装置の系譜に関する

    研究6)の蓄積がある。

    これらの既往研究では、ル・コルビュジェ固有の外壁

    の一形態的特徴について分析しているが、ル・コルビュ

    ジェにおけるファサードのデザイン手法の多様な展開を

    景観や環境の観点から包括的に明らかにするものではな

    い。

    2.建築作品におけるプアサ仙ドの類型と

    その相関関係

    2.1.ル・コルビュジェによるファサードの類型

    ル。:コルビュジェは1946年、ファサードのデザインの

    系譜を自ら位置づける論文を発表している7)。太陽の光

    に対する建築的解法を解説するその論文では、「水平横長

    窓1a免n蝕een呈m卯eⅦコ」から「ガラス壁面1ep弧deve耶」、

    「プリーズ・ソレイユ1ebdse-SOleil」、「ロジア1aloggia」

    に至るファサードの進化の過程が説明されている。『全作

    品集』に掲載された建築作品も、概ねル。こコルビュジェ

    によるこれらの類型に適合するが、この論文の発表に前

    後して「クラウストラ16Claustra」8)のファサード類型が

    認められ9)、また一方で「壁1emw」10)を肯定する言説も

    以前より認められる。そこで、主に『全作品集』を用い

    Fig.2.ftngLreenlongueut

    2.1.2.「ガラス壁面」

    しかしなから、「水平横長窓」はあくまで壁に開けられ

    た「窓」であり、ル・コルビュジェによれば、「水平横長

    窓」でさえ、ディテ←ル造作が不経済であるため、構造

    体から壁を解放するドミノ・システムの可能性をさらに

    追求し、所謂カーテン・ウオ}ルのような全面ガラスに

    覆われた「ガラス壁面」を考案する。原型はすでに現代

    都市Unevillecontemporaine,1922の高層建築に表現され、

    部分的には1920年代の住宅作品の一部において具現化

    されている。すなわち、「ファサードは光を運び込むもの

    と考えた。それは地面に支えられていない。むしろ張り

    出した床からつり下げられている。それ故、ファサ山ド

    はもはや床を支えたり、屋根を支えたりしない。単にガ

    ラスの膜か、家を包むものである」12)。

    Fig.3.pandeverr6

    さらにこのガラス壁面は大規模な公共建築において適

    応される。具体化が試みられるのはモスクワのセントロ

    ソユース(組合連合体本部事務局)Ce血OSの叩S畠Mosco11,

    1928である。ル・コルビュジェによれば、密閉したガラ

    ス壁面は純粋に採光のためであり、換気は機械式とする。

    しかしまた同時に、ル・コルビュジェは建築物を「正確

    に呼吸するものえrespi∫ationexac軌 と捉え、二重皮膜の

    -36劇

  • ル・コルビュジェにおける「ファサ血ド」のデザイン手法

    ガラス壁面、すなわち「中性化壁1emnelltralisa如」を

    考案する。二重皮膜の隙間に空気を貫流させ、機械換気

    と併用することで室内空気を調整しようとする13)。

    ファサードはこのように室内環境調節機能を持つ皮膜

    と見なされる一方で、ガラス壁面の桟(マリオン)の幾

    何学的構成への配慮も明らかであり、後に「波動ガラス

    壁面iepandeve汀eOn血iatoire」などの造形へ発展してい

    く14)。

    2.1.3.「プリーズ・ソレイユ」

    ガラス壁面による二重皮膜と機械換気システムの研究

    を進めていくなかで、ル・コルビュジェは、考えを修正

    し、次のように言う。「一日の太陽の運行と強さによって、

    ガラス壁面は明白な措置を必要とする。すなわち、プリ

    ーズ・ソレイユである」15〉。ガラス壁面など大開口への

    日射の問題に対するより造形的な解決として、ガラス壁

    面を後退させ、庇のあるバルコニー域を作り出すことで、

    太陽光度の高い夏期には太陽光を遮り、太陽光度の低い

    冬季には太陽光を室内に導入する。

    カルタージュの別荘Ⅵ11a畠C融bage,1928ではガラス

    壁面や間仕切り壁が建築物の内側に後退しているだけで

    あるが、バルセロナの住宅群Barcelone,Lotissement,1933

    の計画案ではさらに水平の庇が付加され、アルジェの都

    市計画Uぬ血sation良Algeち1933の高層建築群には垂直

    の庇が付加され、リオデジャネイロの保険教育省Le

    m血isit畠redel’educationn誠onaletdelasan縫publique嵐鮎o

    deJaneiro,1936-1945において実現している。

    カラス壁面の類型は遮音。防風の機能を担っていたが、

    太陽の日差しの強い地域においては、むしろプリーズ。

    ソレイユによる日差しの緩衝と通風が主題化されるよう

    になる16)。しかしそれは単に環境制御機能だけではなく、

    光を「絞るdiapbr喝mer」17)という美的効果をねらったも

    のであり、この点で後述する「クラウストラ」の類型と

    も共通する。

    ンクリート。ブロックが検討され、実現している。

    Fig.5.loggla

    このバルコニーは「ロジア」と呼ばれ、1909年にル・

    コルビュジェがはじめて訪れたエマの修道院に由来する

    18)。ガラス壁面から大きく張り出したこのロジアは、一

    方ではプリーズ・ソレイユを空間として再解釈したもの

    でもあり、また一方では、ドミノ。システムに由来し、

    ガラス壁面を後退させた「空中庭園1ejardins那pen血」

    を壁面の外に押し出したものと考えることもできる19)。

    要するに、「ロジア」はドミノ・システムが可能とする

    環境との関係性のデザイン手法をル・コルビュジェ独自

    に発展させた類型と考えられる。

    2.1.5、「クラウストラ」

    ガラス壁面の類型は、プリーズ・ソレイユのみに発展

    したわけではない。ル・コルビュジェによれば、住宅の

    場合、すべてをガラス壁面にする必要はなく、ガラスの

    代わりにガラス・ブロックなどを用いることも可能であ

    る。ガラス。ブロックを外壁に用いた最も明快な最初の

    時事例はパリの週末住宅U血e mison de week-end en

    ba山ieuedeP濾s,1935であり、ル・コルビュジェはこの

    建築作品に関連して、素材そのものを際だたせる材料の

    選択が現代建築の問題の一つとしている20)。

    さらに、「また一方ガラス壁面の解釈をつめて、鋳型製

    の標準部材やガラス・ブロックの壁にはめ込んだ引き違

    い窓などの研究が進められた」21)。すなわち、ガラス壁

    面の桟(マリオン)の構成のみならず、ガラス・ブロッ

    クなどで壁面を部分的に充足し、より重量感のある壁面

    造形が試みられている。

    〓]]=[[〓]

    Fig.b.claustra

    この研究がマルセイユのユニテ。ダビタシオンのエン

    トランス・ホールのガラス。ブロック積みの壁面構成と

    して実現し22)、ロンシャンの礼拝堂La cb甲elle de

    Ronchamp,1950-1954における西壁においてより重量感

    のある壁となる。

    クラウストラは「モデュロールMo血lor」の寸法体系

    を用いて採光の美的効果(「建築的な豊かさune dcbesse

    Fig.4.b貞se-SOlei1

    2.1.4.「ロジア」

    マルセイユのユニテ。ダビタシオン(集合住宅)u山鹿

    d’babitationdeMarseille,ま947鯵1949ではエントランス・ホ

    ールにおいて「クラウストラ」が研究されると同時に、

    同じ建築物のバルコニーの袖壁部分にもやはり中空のコ

    【37川

  • 千代章一郎。斉藤 康男

    訂Chitect∬ale」23))を研究したものである。しかしまた同

    時に、ル・:コルビュジェはロンシャンの礼拝堂のクラウ

    ストラについて、「日中の採光は特徴のある分布をした開

    口からで、透明ガラス、または時に色ガラスを放め込ん

    である。従ってここはステンドグラスではないし、しか

    し窓を透かして、雲が行きi鼠ぎるのや、木々の其のそよ

    ぐの、時に外を歩く人が見られる。」24)と述べている。一

    見外部から隔離されたこの壁が、ガラス壁面の類型から

    派生したことを考えれば、クラウストラが壁という存在

    を意識させつつも、外へ開かれていることを指向してい

    るのは明らかであろう。

    2.2.ファサⅦド類型の相関関係と場所環境

    以上に分析したファサードの各類型を建築作品事例へ

    適用した結果は、以下の通りである(恥ble2)25)。

    (1)「水平横長窓」は1920年初期から用いられ、1935

    年頃までの建築作品(とくに住宅作品)に多い。

    (2)「ガラス壁面」はすべての年代を通して見られるが、

    1940年以降、その形式はとくに公共建築作品におい

    て多様化する。

    (3)「プリーズ・ソレイユ」は1930年代から用いられ、

    1940年~け64年の建築作品に多い。

    (4)「ロジア」は「プリーズ■ソレイユ」の適用と同期

    である(但し、空中庭園を含めるとほぼすべての年

    代で用いられていることになる)。

    (5)「クラウストラ」は1950年以降から用いられている。

    以上要するに、第二次世界大戦までのル・コルビュジ

    ェの建築作品では、(1)「水平横長窓」から(2)「ガラス

    壁面」へと伝統的な構造壁やファサードの概念が否定さ

    れ、新しいファサード概念が二次元的な面として探求さ

    れる(否定1)。壁の否定としての(2)「ガラス壁面」は

    第二次世界大戦後にも継続的に探求されている。このよ

    うな探求はいずれも西洋諸国での建築作品に認められる。

    しかし一方で、素材の追求として1930年代頃からガラ

    ス・ブロックのファサードがやはり西洋諸国で研究され

    ている。ファサードを構造的だけではなく、視覚的にも

    透明化することが壁の否定であるとするならば、ガラ

    ス・ブロック壁面の重厚さや非透明性は、面的な壁の肯

    定であると考えることもできる(肯定)。それは採光を主

    題とする(5)「クラウストラ」のファサ山ド構成へと発

    展していく。「クラウストラ」はフランスで研究されたが、

    後にインドにおける建築作品にも適応されている。

    一方、(2)「ガラス壁面」は(3)「プリーズ■ソレイユ」

    へと発展する。1930年代に始まる北インドにおける一連

    の建築計画案の制作に端を発し、第二次世界大戦後のイ

    ンドの建築。都市計画案の制作によって、ル・ニコルビュ

    ジュは太陽の日差しの問題が西洋諸国で研究されたガラ

    山38仙

    ス壁面のファサードでは解決できないとし、(3)「プリー

    ズ・ソレイユ」が研究され、さらに(5)「クラウストラ」

    における光の主題を内包しつつ、壁の二次元的な面性を

    否定する(4)「ロジア」に発展する。これらは内部と外

    部の境界面としてのファサードの透明化というよりも、

    内部と外部の中間境域の創造もしくはファサードの三次

    元的空間化であり(否定2)、北アフリカやインドのみな

    らず、西洋諸国でも適用されている。

    以上のファサード類型の機能と相関関係を図化すると、

    以下の通りである。

    ・▲・l lon飢Iel汀 (2)pa皿血YmC (3)bds¢-801e止 (4)log伊a (5)山肌朗m

    silerelation傘 ○ ○… ◎○ ○◎ ○◎ Yl¢W QpenneS毘 Opem¢5S tobreak bbreak も8もーらak

    inn打払由血g,im¢r

    h川南tionnfsolmd env甘Onml≡ntal i塾n8rligb血g Ve血ilation, Sb8di凸g ae$払eticef粍ct 加ctlOm temperahⅣeCOn加1, さba血g Oflldlting

    yea∫ 1910-1950 l!〉22-1963 1933-1964 191ヰー1964 1≦〉45-19()0

    ●s8¢T8ble2 ♯奪※※6XG甲【軸Opr(り6C毎

    1もblel.Functiomofeac量ItypeOrfh9ade

    酔抽Od血en5ion由developme血

    Dom血】-1サ(1)止ト(2)」Lナ(5)

    ( *

    → 」

    L_肌________Ⅳ__________【__▼【_▼__…_______】___】_________________…_

    臓∈d血en如on山deYelop皿ent

    ■negat10nOfwa11±妻a払adunufwal王

    Fig.7.Relationbetween也e吋pesof軸a血

    3.建築制作過程におけるファサ繊ド変化

    3.1.建築制作過程におけるファサード変化の様態

    建築制作過程におけるファサード変化の仕方の様態を

    『アーカイヴ』を用いて分析すると、壁の透明化(否定

    1)、壁の非透明化(肯定)、壁の空間化(否定2)の3の

    様態に分類できる。つまり、全建築作品におけるファサ

    ード類型の発展過程(Fig.7)が、各々の建築制作過程そ

    のものにおいても認められる。建築制作過程におけるフ

    ァサード変化の様態の典型的な事例は以下の通りである。

    3.1,1.壁の透明化

    Fig.8.CentrosoyusaMoscou,SOuthelevation,earlyprqect

    Fig.9.CentrosoyじS左Moscou,SOuぬelevation,免nalprqect

    モスクワのセントロソユース(組合連合体本部事務局)

    CenなOSOy闇邑MoscoⅥ,1928における制作過程の中で初期

  • ル・コルビュジェにおける「ファサーード」のデザイン手法

    1964年までの39作品中19作品(49%)において変

    化)。

    初期建築作品では、制作過程で空間構成が大きく異な

    る事例でも計画案の始めに想定されたファサード形態は

    変化せず、具体化される場合が比較的多い。ファサード

    類型の少ない初期建築作品の制作においては当然のこと

    と言えよう。

    一方、1950年から制作過程のなかで様々なファサード

    形態が検討されることが多く、インドに限らず西洋諸国

    でもル・コルビュジェは多くのファサ山ド形態について

    多様にスタディしていたことがわかる。

    3.3.建築制作過程におけるファサード変化の様態の経年

    的傾向

    全建築作品におけるファサードの類型的発展過程にお

    いては、水平横長窓からロジアへの流れが明らかであっ

    たが(Fig.7)、建築作品の具現化の過程においては、壁

    の非透明化が比較的少ないものの、第二次世界大戦後、

    ファサードは、インドに限らず西洋諸国でも、透明化、

    非透明化、空間化と多様に検討・変更されている。

    4.おわりに

    以上、ル・コルビュジェにおけるファサードのデザイ

    ン手法は、以下にまとめられる。

    案(Fig8)ではファサードが水平横長窓で構成されている

    のに対し、その後の計画案鱒ig.9)ではガラス壁面へと修

    正されて、壁が物質的には透明化していく。

    3.1.2.壁の非透明化

    Fig・10・Ⅵ11aS壬10血弧,WeStem Fig.11.Ⅵ11aSho戯l弧,WeStem

    elevation,earlyprqect elevation,血alprqect

    アーメダバードのショ山ダン邸Ⅵ11a Sbo蝕an,1952に

    おいて、初期案(Fig.10)ではファサード構成はロジアに対

    して、計画案(Fig.‖)ではファサード構成はクラウストラ

    に修正されて、透明化というよりはむしろ壁の存在感が

    増している。

    3.1.3.壁の空間化

    Fig.12.CouventSainte-Marie-de-1a-Tourette良 Eveux,SOl血elevation,earlyprqect

    (1)ル。コルビュジェの建築作品におけるファサードに

    は、「水平横長窓」、「ガラス壁面」、「プリーズ。ソ

    レイユ」、「ロジア」、「クラウストラ」の5類型があ

    り、壁の視覚的な透明化や壁の二次元的面性の排除

    (すなわち、ファサードの三次元化)によって壁を

    否定する一方、美的な採光効果をデザインするため

    に壁を肯定する場合もある。「水平横長窓」に始ま

    る「自由なファサード」の探求は、「ロジア」にお

    いて壁の肯定と否定を両義的に内包している。

    (2)ル■コルビュジェによるファサーードの選択は敷地の

    環境条件に左右される。ル・ニコルビュジェは-一義的

    にあるファサードを適用するのではなく、敷地環境

    との関係を多様に検討し、変更を加えている。とく

    に、第二次世界大戦後の建築作品でのファサードの

    修正・変更が加えられ、検討される類型の数も多い。

    変化の様態も、壁め透明化、壁の非透明化、壁の空

    間化と多様であり、壁の肯定と否定を横断している。

    Fig.13.CouventSainte-Made-de-1a-To-∬e加え

    Eveux,SOl池eleva電ion,丘nalprqjeCt

    エヴーの聖マリ・ド・ラ巾トクーレットの修道院

    Cou\・en†Sainte-Marie-de-1こトToureueふE\′euX.1957では初

    案(Fig.12)では外壁はガラス壁面である。その後、最終案

    (Fig.i3)ではロジアに修正され、面的ファサ}ドが空間的

    な厚みを持つようになる。

    3.2.建築制作過程におけるファサード変化の有無の経年

    的傾向

    まず、『アーカイヴ』から読み取ることのできる各々の

    建築作品の制作過程の中でファサ山ドが変化したものに

    対して整理を行った(1泡ble2)。

    建築制作過程におけるファサードの変更の経年的傾向

    は、以下の通りである。

    (1)初期建築作品(第二次世界大戦まで)では検討され

    るファサードの変化が少ない(1945年までの64作

    品中54作品(84%)において変化なし)。

    (2)第二次世界大戦後から個々の建築作品において検討

    されるファサ山ドの変化は増加する(1945年以降

    以上要するに、ル・ニコルビュジェにおけるファサード

    類型は、ル・コルビュジェ自身が説明する以上に、建築

    制作における敷地環境という外的要因によって多様化し、

    「壁」の概念が変更されていく系譜が明らかになった。

    ー39】

  • 千代幸一郎・斉藤 康男

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    1▲1しトー

  • ル・コルビュジェにおける「ファサード」のデザイン手法

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    】41】

  • 千代章一郎・斉藤 康男

    ところが、北アフリカやインドの特殊な敷地環境にお

    いて考案された新しいファサード類型は、敷地環境の異

    なる別の土地でも適応が試みられるのである。

    初期のル・コルビュジェの建築作品は「自由なファサ

    ード」によって文字通り、視覚的に透明なファサードを

    作り出すことによって伝統的な「壁」の概念を否定した

    が、1930年代から第二次世界大戦後には壁の質感を肯定

    的に捉え、しかし同時に面性を取り除く、現象的に解放

    的なファサードを創り出した。それはル・コルビュジェ

    によって「ロジア」と記銘されたものであり、1907年ル・

    コルビュジェが青年期に訪れたエマの修道院26)のそれと

    現象的に類同するのである。

    ル・コルビュジェは敷地環境の特殊性と建築という形

    式の普遍性のあいだを不断に横断することで、建築的な

    環境を創造していたと考えることができる。

    図版出典

    Fig.1:LeCorbusieretPierreJeannel℃t,(王肌・Tt・CO叩・Jite1910-)9:9.

    1.es昆itionsd’訂Cb血ぬ叫Å虚血s,Zl∬kb,19朗,p.23(但し、

    右図は筆者作成)

    Fig.コ:LeCorbusieretPien.eJeanJlerCt.(払一In・(0〝P[JJe)9:9-3イ.Lcs

    出ition5d,訂Cbiteぬre,A托emis,Z血ch,1964,p18(但し、右

    図は筆者作成)

    Fig・3:LeCo蕗usieretpie汀eJeameret,(方mco〝甲肋ピノタ2ターβイ.Les

    6ditionsd,architecture,Artemis,Zudch,1964,P211(但し、右

    図は筆者作成)

    Fig.4:L¢CorbusieretPieITeJeanneret,(E肌柁Cβ呼J占rgブタjβ-Jタイ氏

    Lesgditbnsd’∬Cb如c餌re,A鵬e血s,Z血cb,1946,p172(但

    し、右図は筆者作成)

    Fig.5:LeCoIもⅦSieretPie汀e eanneret,(E〟V柁CO叩P肋gJタJβ-ブタ2タ,

    LesさditJO[1Sd、arehitecture,Artcmis,Zuneh.1964.p98(但し、

    右図は筆者作成)

    t:ig・(i=Lc Corbusier et PierreJeanlleret.aut・TY‘・()叩混JどLり52-1957,

    Les丘ditionsd’訂Chitec餌re,A鵬e癒s,Z血cb,1957,p.39(但

    し、右図は筆者作成)

    Fig.7:筆者作成

    Fig.8:FCL15985 作者不明192訂1わkG両肌鹿γ適お鋸陀Ⅳ

    Gユ1hlld Publishing,Tnc.and FoundaIion Le(二orbuseir、Ncw

    York,London,Pads,1984,p148

    Fig.9:FCL15708作者不明1930/1,エg Cbrあ鋸ぶおr j柁妨〟れ

    GiuLla11d PtlbLishing,TTIC.and FouLldation Lc CorbuseiT,New

    Yo戊,London,Pads,1984,p22

    Fig.10:FCL糾03作者不明1954/3/4,エぞ仇rゐ〟∫≠ビデdⅣゐ才y郵

    Garland Publishing、hc・and Foundationl-e Corbuseir,New

    YoIk,London,Pads,1984,p273

    Fig.11:FCL6455作者不明1954/2/25,エg C¢㌢あ描ferdⅣ肋郡

    Garland Publishing,Inc.and Foundation Le Corbuseir,New

    Yo血,London,Pads,1984,p29g

    Fig.12:FCLl193作者不明1954ノ3/22ノエgCbrゐ〟∫ferd化カルeノり作7玖

    Garland P豆blisbing,bc且nd Folmdation Le Co血seiちNew

    York,London,Pads,1984,p518

    Fig.13:FCL31581作者不明1956/2,エeCorろ〟∫ねr.右℃カゴve且抑ヱ曙

    Garland Publish血g,bc.弧d Fondation Le CorbuseiちNew

    Yo止,London,Pads,1984,p611

    1五blel:筆者作成

    「払ble2:筆者作成

    *本文の建築作品名■年代はすべて『全作品集』に拠る。但し、

    1もble2の建築作品については、制作過程も同時に主題とするた

    め、ル・コルビュジェ財団の目録に拠る。

    1)¢Ⅹ.,CbdstianNoヱもerg-Sc量1111z,劫加画射れ肋血仇血動鳳加,

    An血easPapa血bsPublisber,London,2000.

    2)“Lespoteauxenre仕aitdesね9ade,al’血血eu∫d¢lamaison・Le

    Planchersepoursuitenporte心faux.Les軸adesnesontplusqucdes

    membraneslig主resdemursisolants oude fbnetres.La軸adeest

    libre;1esfenetres,SanSetreinterrompues,peuVentCOurird’unborda

    l、autre deIa faぐade.い(Le Corbusier et PierTe)eanneret.(王ut・1l・

    CO叩IeteI910-1929,Lesiditions d’architecture,Artemis,Zurich,

    1964,p.128)

    3)LeCorbもISief,柁柑〃〃eαⅣ肋ec′〟柁,GCr色s etCie,Pads,1923,

    pp.49-64.

    4)1912年の「東方への旅」においても内部と外部の関係性への

    注視が認められる。C£,Le Co止〉憬ier,エビγ呼曙e舶rfe叫Les

    EditionsForcesvives,Pads,1966

    5)cfl,BrunoReichh,‖LapetitemaisonaCorseaux,umeanalyse

    S加Ct∬ale■■,血Amand Brじm訂t et alリエe G)rム紺おr∂Ge〃卯ピ

    ノタ22-ブタj2,EditionsPayotLausanne,Z血血,1987,pp.119-134・

    6)TimBcnlon.”LaviltaB3izeauetlcbrlSe-SOleiIl’.inLe(1)rb.JJi(・T・(,(

    Jα椚∂励em〃占g,Edi由onsparmぬ色ses,Ma指eille,1987,pp・125-129;

    JaqⅦeSSt〉dglioetal.,エen)蕗wgβr代価‘d肋摘αチね〝鹿A血相e紬ヲ,

    EditionsP訂entb畠$eS,Marseille,1992.

    7)Le Corbusier.’.PronlさnleS del’ensoIcil]ement Le BrlSevSOleil∴

    (∫n・r(・ぐ‘)q)/tllt・、1938-19ヰb,Lcs dditions dlaJLChitecture.^rtemis、

    Zunch,J94t>、Pr・.103-109.なお、LeCorbusier,Pricisionsurull止It

    PreSeBtdel’archiiecぬreetdei’ufbanisme,GCrとsetCie,Pans,1930,

    pp.56-59においてもル・コルビュジェはファサード類型につい

    て説明しているが、ガラス壁面に関する言説に留まる。

    8)「クラウストラ1¢Cl飢適他」はロマネスク建築における通風

    を兼ねた多孔口の採光窓であり、色ガラスによって日射を弱め

    る働きをしていた。その後、ステインドグラスへと発展し、ゴ

    シックでは窓が実際に壁全体の代わりをするようになった。

    -42…

  • ルーコルビュジェにおける「ファサード」のデザイン手法

    (『ロマネスク美術』,著GeorgeZamecki,訳斎藤稔,グラフィック

    社,1979)

    9)後の著作、Le Corb11Sier,肋血わr 2,L’A∫Cぬitechぼe

    d’A両owd,b山,P血s,1955において、「クラウストラ」の美的構成

    が説明されている。

    10)「壁」の肯定は、例えば東方への旅で訪れたポンペイの従

    いこの壁の記述について明らかである(Le CoIもus如,陀朽〟乃e

    α灯油ec知摺,Op血,pp.149-150)。あるいは、建築作品においても、

    レマン湖畔の小住宅PetlteVillaa㍊bord血沌cL壷m,1925やサヴ

    オア邸Ⅵ11aSavoye,1929-31の庭園のピクテエア・ウインドウな

    どによる景観の限定手法に明らかである。

    11)LeCotbusier,Pr6cisionsurunitatprisentdei’architectureetde

    l’wbanisme,Op.Cまtりp.54

    12)“Les軸adessontconsid占r由scommedesapp(〉頭eusesdel11ml畠re.

    Auclmed’ellesnereposesⅧ-1esol.Ellessontaucontra血suspen血es

    aux pl弧Cb8rS em pOrte-ゑ-払ux.Ain扇,五a f盆9ade ne porte plusles

    Plant:hers ni]a10iturc:elle n、esIplus qulun voile deヽ∫L:tTe Ou dc

    ma90nnerie clる旭弧tlamaison”(LeCofb11Sier etpierreJ6ameret,

    “Ⅵ11aえGarc!1eS1927”,(万〟γ柁C∂〝pJ占おJタJβ-ブタ2タ,Op.Cit.,p.140)

    13)Le Cofbusier et PierreJeanneret,“Chauf払ge et ventilation”,

    (方打V′℃C8〝甲J∂feブタJβ-ノ夕2β,Op.Cltリp.210

    14)「波動ガラス壁面」はル血コルビュジェの所員王・クセナキ

    スⅠ弧nisXenabsによって研究され、ル・コルビュジェによって

    採用された壁面デザインである(Ia血sXenabs,“¶1eMona5teⅣ

    OfLaTou∫ette”,hエeCo蕗〟∫ierdⅣ肋g,VOl.28,Garland餌blisb血g,

    hc.弧dFondadoIILe CorblユSieちNewYork,London,paris,1984,

    pp.ix-Xiii)

    15)“Selonl’intensit岳血soleilaulomgdesacolユ柑eqlまOtはieme,1e

    pandeverreseraoblig岳ded’merdedispositi臨catdgonques:1es

    brjse-SOl亡J.い(LeCorbusicret Pien■CJeこmleret,いLc pan de、・CTTe”.

    (方〝γ柁CO′轡J∂JeJタjイーJ夕3β,Op.Citりp.35)

    16)ガラス壁面の通風が主題化されるのも、プリーーズ。ソレイ

    ユの研究と同時期であり、「換気装置l,誠陀te拡」と呼ばれている。

    17)LeCo蕗ⅦSier,(富打V柁C¢叩,昆′ピノタブβ〃ブタイ∂,Op.Cit.,p.104

    18)LeCorbusier/Lcpar.deYCrrC∴αlllIrtT((”,FF,/~/e]9Jb-I95].1.eS

    占鮎tionsd’a血itec旭e,A虎emis,Zwicb,1952,p.189

    19りacquesSbr唱1i().山〔も「ムー扇ど仁/領〃山芋J■/仰山招由一†】‘ん入山Jこ†tイ仙.

    Op.Cit.,pp.93-94

    ごO)LeCorbusiererPicrreJean11eret/Vil!aムGiLrChes19:7‥.αl

    COJ呼J∂ねJタjぜ-ブタ猪Les伝心tions d’訂Cbitechばe,A珪emis,Zw主血,

    193S,p.125

    :1)”Larechercheapon=g3Iementsuruncint叩re(afioIldupJJ-Lte

    ヽ′errerameniiquelques¢l血IelltSSbl-dardsdepi仁cesmouliesピ【de

    ぬ-‘廿escoulissa山亡SSe血sd皿Sdesmu■・a川csdebt句uesdcvem.い

    (LcCorbusier.”Grand-PlユCedelaMuine、BoulogneLS11r-Seil-e,1939”.

    (E〟γ柁CO〝甲J~feブタjβ-ブタイ∂,Op・Cit・,p・25)

    22)ル・コルビュジェの所員クセナキスの証言によれば、「クラ

    ウストラ」は、同じく所員でロンシャンの礼拝堂のチーフ・ア

    シスタントとなるA.メゾニエAn血gMaisonnierの自宅の庭にあ

    った色彩の施されたセメント・ブロックの遊具から着想された

    (JacquesSbriglio,エビCbrあ〟∫励/’〟搾ff∂d’力α占ぬ血刀滋地相e〃わ,

    op.citりpぷ)。

    23)LeCorbⅦSier,肋血わr2,Op.Citリp.262

    24)“L’孟clairagediⅥmeeSt払11miparunedis扇bⅥ電ioncaract岳ds岳edes

    OⅦVe正uresfbm崖es血glacesclaires8tpar鮎isdeve汀eSdecoⅦ1eu∫S・

    Iln’yadoncdev如auxici,maisdesvitr昆geSallは訓erSdesquelson

    peutvoi∫paSSerlesnu喝eSOuremeuerlesf邑uill喝eSdesa血eset

    m£me ci∫Culerles passants.”(k Coぬ闇ieち“Roncbamp”,(方〟V柁

    (、L)〝甲/L;tL・]少5:T]957、Lcs¢dlfions dlarchitecture、Artemis,Zunch.

    1957,p.36)

    25)一つの建築作品におけるファサード類型の適応数は最大3

    つであり、とくに年代的傾向や敷地環境との関連は認められな

    い。

    26)ね甲eSI皿Cand軋エgαデあM吻〟乃ee〝甲C毎占成g,由itions血

    Cen加pompido扉CCI,Paris,1987,p・123

    2006年 各月31日 原稿受付

    2006年10月15日 原稿受理

    Ⅶ-43【

    コピー ~ 工学研究科研究報告35/5336/5337/5338/5339/5340/5341/5342/5343/53