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筑波大学大学院博士前期課程
数理物質科学研究科修士論文
ジフルオロカルベンによるジフルオロアルケン およびフッ素置換ヘテロ環化合物の合成法
八戸 康成
化学専攻
2020 年 2 月
筑波大学大学院博士前期課程
数理物質科学研究科修士論文
ジフルオロカルベンによるジフルオロアルケン およびフッ素置換ヘテロ環化合物の合成法
八戸 康成
化学専攻
指導教員 市川 淳士 印
1
2
目次
第一章 序 1
第二章 1,1-ジフルオロアルケン合成
第一節 緒言 14
第二節 チオケトンの調製 14
第三節 反応条件の検討 16
第四節 1,1-ジフルオロアルケン合成 21
第五節 従来法(求核的ジフルオロメチリデン化)との比較 22
第六節 生理活性物質の合成への応用 23
第三章 フッ素置換ヘテロ環化合物の合成
第一節 a,b-不飽和ヒドラゾンを用いるピラゾール合成(1) 25
第二節 a,b-不飽和ヒドラゾンを用いるピラゾール合成(2) 27
第四章 実験項 31
第五章 総括 39
謝辞 40
3
第一章 序
フッ素置換したジフルオロカルベンは、古くから知られた基底一重項カルベンであ
る。フッ素の非共有電子対から炭素の p 軌道への π 供与により安定化されており
(Figure 1)、その一方で、ジフルオロカルベンはフッ素の電子求引性誘起効果により
求電子性を有し、電子豊富な基質と反応する。このため、ジフルオロカルベンは含フ
ッ素化合物合成における有望な反応活性種である。
ジフルオロカルベンの発生法には、これまでに多数の手法が報告されてきた。以下にジフルオロカル
ベンの発生法について、その発展の歴史を追いながら三段階に分けて紹介する。
第一に述べる最も古典的なジフルオロカルベンの発生は、高温条件や強塩基性条件、毒性試薬を含む
など、過酷な条件で行われていた。例えば、クロロジフルオロ酢酸ナトリウム(ClCF2CO2Na)は有機合
成反応に用いられた最初のジフルオロカルベン源であり、その発生に高温条件(165 ℃)を必要とする。
クロロジフルオロ酢酸ナトリウムの熱分解によりジフルオロカルベンを発生させ、これをアルケンに作
用させると、ジフルオロシクロプロパン化反応が進行する(式 1)1)。また、強塩基性条件下の発生方法
もある。クロロジフルオロメタン(ClCF2H)に水酸化ナトリウムを作用させると、中間に生じるクロロジ
フルオロメチルアニオン(ClCF2–)から塩化物イオンの脱離が進行し、ジフルオロカルベンが発生する。
これに対してフェノキシドが求核攻撃すると、プロトン化の後にジフルオロメチルエーテルが生成する
(式 2)2)。ただし、クロロジフルオロメタンには、オゾン層破壊物質とされ環境に好ましくない側面も
ある。この他、毒性のあるフェニル(トリフルオロメチル)水銀に対して、ヨウ化ナトリウムを作用させ
る手法もある(式 3)3)。
OH+ ClCF2H
NaOH (5.0 eq) OCF2H
65%
OC4H9 + ClO
OF F
NaFF
OC4H9
42%
(2)
(1)
H2O:Dioxane (5:6)
Triglyme, 165 ℃, 0.5 h
(4.0 eq)(1.0 eq)
68–78 ℃ to RT(1.5 eq)(1.0 eq)
+ PhHgCF3
NaI (2.3 eq)
83%
(3)Benzene, reflux, 19 h
(1.0 eq)(3.0 eq)
FF
F
F
Figure 1. ジフルオロカルベン
4
これら古典的なジフルオロカルベン発生法の欠点を改善する第二の手法として、求核剤を用いるジフ
ルオロカルベン発生法が開発された。Hu らは、(トリフルオロメチル)シラン(TMSCF3)に対してテト
ラブチルアンモニウムジフルオロシリカート(TBAT)を作用させて、低温条件でトリフルオロメチルア
ニオンを発生させた。この分解によりジフルオロカルベンが発生し、スチレンに付加することでジフル
オロシクロプロパンを得ている(式 4)4)。他にも Chen らは、2,2-ジフルオロ-2-(フルオロスルホニル)酢
酸トリメチルシリル(TFDA)に対して触媒量のフッ化ナトリウムを作用させ、脱炭酸と脱二酸化硫黄
を伴う穏和な条件下でジフルオロカルベンの発生を達成した(式 5)5)。さらに近年になって、より使い
易いジフルオロカルベン源が開発された(Figure 2) 6–10)。中でも、Xiao らが開発し PDFA(PPh3+CF2COO–)
は、空気や水に対して安定であり、精製や取り扱いが容易な白色固体の発生源として多用されている。
ジフルオロカルベンの発生法には、発生速度に関する潜在的な問題があり、これを解決するのが第三
の手法である。すなわち、ジフルオロカルベンが基質と反応する速度に比べて、ジフルオロカルベンの
発生速度が速過ぎる場合、ジフルオロカルベンの二量化が優先して進行することでテトラフルオロエチ
レンを生じ、損失に繋がる(式 6)。また、反応基質によっては過剰反応が進行する。例えば、触媒量の
フッ化ナトリウム存在下で、アセトフェノンに対して 4–5 倍モル量の 2,2-ジフルオロ-2-(フルオロスル
ホニル)酢酸トリメチルシリル(TFDA)を作用させると、ジフルオロカルベンによる酸素上のジフルオ
F + TMSCF3
(4.0 eq)(1.0 eq)
Bu4N+SiPh3F2– (2.5 eq)
THF, –50 ℃ to RT, 5 hF
83%
FF (4)
+ FSO2CF2CO2TMS
(3.0 eq)(1.0 eq)
diglyme, 118 ℃, 1 h
82%
(5)NaF (10 mol%)
FF
(TFDA)I
I
ROR
O
F F
Hu & Prakash, 20116 (R = F)Hu, 20116 (R = Cl)Hu, 20114 (R = Br)
BrONa
O
F F
Amii, 20107
HF
F F
Dolbier, 20139
SArPh
(Ar = 2,3,4,5-MeC6H)Shibata, 20128
CF2BrTfO– Ph3P
O–
O
F F
Xiao, 201310
Figure 2. 近年開発されたジフルオロカルベン源
5
ロメチル化が進行し、一旦ビニルエーテルが生成する(式 7)11)。しかし、このビニルエーテルを単離す
ることはできず、反応系中でさらにジフルオロシクロプロパン化が進行する。かといって、逆にカルベ
ンの発生速度が必要以上に遅いと、効率的な反応は見込めない。要するに、基質の反応性に応じて、ジ
フルオロカルベンの発生速度を制御できる手法が望まれる。
この問題を解決したのが、当研究室で開発した有機触媒を利用する手法である。例えば、触媒量のイ
ミダゾリウム塩(IMes・HCl)と炭酸ナトリウムから反応系中で発生させた N-ヘテロ環状カルベン(NHC)
の存在下で、インダノンに対して TFDA を作用させる。ここで、有機触媒は置換基を変えることでその
活性を容易に調整できる点が鍵である。反応は、カルボニル酸素上をジフルオロメレン化(カルボニル
イリド化)することで進行し、ジフルオロメチルエーテルを与えた(式 8)12)。このとき、過剰なシクロプ
ロパン化(式 7)は進行せず、ジフルオロメチルエーテルのまま単離できている。
当研究室では、こうした発生速度を制御してジフルオロカルベンを発生させる手法により、C–X(X=O,
S)二重結合のヘテロ原子上のジフルオロメチル化を達成している。例えば、中性条件下で実施可能な
NHC触媒によるジフルオロカルベン発生法をアミドに適用すると、窒素からの電子供与により電子豊富
となったカルボニル酸素上で選択的にジフルオロメチル化が進行し、イミド酸ジフルオロメチルを収率
良く得ることができる(カルボニルイリド経由,式 9)13)。また類縁のチオアミドについても、触媒を 1,8-
ビス(ジメチルアミノ)ナフタレン(proton sponge)とすることで、硫黄上の選択的ジフルオロメチル化
2 [:CF2]F
FF
F(6)
O FSO2CF2CO2SiMe3
115–120 ℃
Cat. NaF
(TFDA, 4–5 eq)
[:CF2]
OCF2H
[:CF2]
O CF2CF2H
not obtained22–71%
(7)
O OCHF2
TFDA (2.0 eq)2 mol% IMes•HCl20 mol% Na2CO3
Toluene, 80 ºC, 30 min
72%
O CF2 NMesN NMes
SMeCl
IMes•HCl
(8)
6
を報告した(チオカルボニルイリド経由,式 10)14)。
さて、式 8–10 で示したように、カルボニルまたはチオカルボニル化合物にジフルオロカルベンを作
用させると、ヘテロ原子上のジフルオロメチレン化が容易に進行し、対応する(チオ)カルボニルイリド
を生じる。筆者はこの点に着目し、(1)1,1-ジフルオロアルケンの合成、および(2)フッ素置換ヘテロ環
化合物の合成が行えると考え、これら二つを本研究の主題とした。すなわち、(1)チオケトンに対して
ジフルオロカルベンを作用させると、反応系中でチオカルボニルイリドが形成される。続く閉環により
ジフルオロチイラン中間体を生じ、ここから脱硫が起これば、ジフルオロアルケンを合成できる(Scheme
1, A)。また、カルボニル類縁化合物として、ヒドラゾンに着目した。(2)トシルヒドラゾンに対してジ
フルオロカルベンを作用させると、より電子密度の高い内部窒素上でジフルオロメチレン化が進行し、
アゾメチンイリドが形成される。続く 5-endo-trig 環化が進行すれば、ジフルオロピロリンを経てフルオ
ロピロールを合成できる([4 + 1]型環化, Scheme 1, B)。
NHPh
O
NPh
OCHF2
NHPh
O CF2N
MesN NMes
SMeBr
TFDA (2.0 eq)5 mol% NHC•HBr20 mol% Na2CO3
Toluene, 80 ºC, 30 min
80%NHC•HBr
(9)
NHPh
S
NPh
SCHF2
NHPh
SCF2TFDA (2.0 eq)
10 mol% proton sponge
Toluene, Temp., 10 min
85% (80 ℃)27% (50 ℃)
proton sponge
Me2N NMe2
(10)
7
まず、一つ目の 1,1-ジフルオロアルケン合成について述べる。1,1-ジフルオロアルケンは、フッ素原
子の特異な電子的効果に基づいて特徴的な反応性を示すため、有用な合成中間体であることが当研究室
を中心に明らかにされている。例えば、1,1-ジフルオロアルケンの炭素–炭素二重結合は、フッ素の非共
有電子対と二重結合のp電子の静電反発によって大きく分極しており、フッ素置換基のa 位の炭素上は
電子不足に、b 位の炭素上は電子豊富になっている。このため、o-アミノジフルオロスチレンに対して
水素化ナトリウムを作用させると、フッ素置換基のa 位で求核付加–脱離による置換が進行し(分子内
SNV 反応)、フルオロインドールが得られる(式 11)15)。またフッ素置換基は、その非共有電子対の供与
によるa-カチオン安定化効果を有する。このため、1,1-ジフルオロアルケンにマジック酸(FSO3H・SbF5:
超強酸)を作用させると、位置選択的プロトン化の後に Friedel–Crafts型環化がドミノ形式で進行し、脱
水素することでヘリセンが得られる(式 12)16)。
R1 R2
S :CF2
R1 R2
SCF2
R1 R2
S FF
R1 R2
F FRing closure
– S
(1) 1,1-ジフルオロアルケン合成
(2) フッ素置換ヘテロ環化合物の合成
thiocarbonyl ylidethioketone 1,1-difluoroalkene
Scheme 1. ジフルオロカルベンによる新規反応開発
(A)
R1
N
R2
R3HN
R1
N
R2
F2C NHR3 N NHR3
R1
F R2
5-endo-TrigCyclization
– HF(B)
hydrazone
:CF2
thiirane
8
ジフルオロアルケンはまた、医農薬の分野でも興味がもたれている。例えば、抗がん作用やアミノト
ランスフェラーゼ阻害作用、抗ヘルペス作用、ラムノース合成酵素阻害作用を示す 1,1-ジフルオロアル
ケンが知られている(Figure 3)17–20)。このように、ジフルオロアルケンは合成中間体として、また生理活
性物質として有用であり、その効率的な合成法の開発は重要な課題である。
従来のジフルオロアルケン合成では、求核的なジフルオロメチレン化反応である Wittig 反応が多く用
いられてきた(式 13)21)。すなわち、アルデヒドに対してジフルオロメチレンイリドを作用させることで、
カルボニル炭素上に求核攻撃が進行し、ホスフィンオキシドの脱離を経て一置換ジフルオロアルケンが
得られる。より求核性が高い、ホスホン酸エステルから調製したカルバニオンを作用させる Horner–
Wadsworth–Emmons 反応(式 14)22)を用いると、ケトンを出発物質として二置換のジフルオロアルケンを
合成できるが、効率は必ずしも良くない。その他当研究室では近年、パラジウム触媒存在下で有機ボロ
ン酸にジブロモジフルオロエチレンを作用させるクロスカップリング反応(式 15)23)や、 (トリフルオロ
メチル)アルケンに対してアルキルリチウムを作用させるアニオン性の SN2’型反応(式 16)24)、ルイス酸
存在下でアレーンに対して(トリフルオロメチル)アルケンを作用させるカチオン性の SN1’型反応(式
17)25)を報告した。
DMF, 80 ℃, 7 h
NaH (1.2 eq)FF NHTs
TsNF
n-Bu n-Bu
FF NTs
n-Bu
CF2
Friedel–Crafts-typeCyclization
FSO3H•SbF5(2.5 eq)
(CF3)2CHOH0 ℃ to RT, 2 h
SNV (11)
(12)CF2
H
(Ts = SO2C6H4p-Me)
– 2 H2
FF
OH
OMeMeO
MeO
OMe
NO
OH
HO
HN
O
O H
F
F
抗がん作用 アミノトランスフェラーゼ阻害作用 抗ヘルペス作用
COOHH2N
FF
O
F
F
Metdp
HOOH
ラムノース合成酵素阻害作用
tdp = thymidine diphosphate
Figure 3. 生理活性作用を示すジフルオロアルケン
9
これらの中でも、求核的な Wittig 反応(式 13)は単純であるだけに汎用性が高く、ジフルオロアルケン
合成法として長く利用されてきた。しかし、ジフルオロメチレンイリドの求核性が低いことから、アル
デヒドと比較して求電子性の低いケトンでは、対応する二置換ジフルオロアルケンの収率が極端に低下
する。特に、立体的に嵩高いケトンには適用できないという問題があった。
P(NMe2)3 (2.0 eq)
H
F F(13)
O P(NMe2)3
HR
FF
– +
25-82%
Triglyme, RT, 6 h O P(NMe2)3–
CF2Br2 (1.0 eq)O
H
(1.0 eq)
δ+R R
R1
O
R2
t-BuLi (1.1 eq)
DME–Pentane(5:1)–78 ℃, 30min
then, reflux, 6.5–13 h
R1 R2
FF(14)
14–69%
CF2HP(O)(OEt)2(1.0 eq)
(1.0 eq)
O P(OEt)2
R2R1
FF
– O
O–P(O)(OHEt)2–
Br
Pd2dba3・CHCl3 1 mol% dppm
Ar1 Ar2Ar1(15)
F F F F
72–93%
Dioxane–H2O (2:1)60 ℃, 3 h
Pd2dba3・CHCl3 1 mol% PPh3
Ar2B(OH)2 (1.1 eq)
Dioxane–H2O (2:1)120 ℃, 12 h
59–86%
Ar1B(OH)2
0.5 mol%
(1.0 eq)
0.5 mol%
CF2=CBr2 (1.0 eq)
CsF (2.0 eq) CsF (2.0 eq)
dba = Tris(dibenzylideneacetone)dppm = Bis(diphenylphosphino)methane
THF, –78 ℃, 40 min SiMe2Ph
F F
93%
CF3
(16)SiMe2Ph
(1.0 eq)
n-C4H9Li(1.05 eq)
CF3
SiHMe2Phn-Bu n-Bu– HF
CF3
SiMe2Ph
CH2Cl2, –65 ℃, 5 h SiMe2Ph
F(17)
F
81%
Et3AlCl2 (1.2 eq)
(3.0 eq)
(1.0 eq)
CF2
SiMe2Ph – HF
10
これに対し当研究室では、求核的なジフルオロメチリデン化(Wittig型反応)と対をなす、求電子的な
ジフルオロメチリデン化反応(Barton–Kellogg型反応)を報告している。すなわち、ジチオエステルに対
して、触媒量のプロトンスポンジと TFDA から発生するジフルオロカルベンを作用させることで、チオ
カルボニルイリドを生成し、続く閉環によりジフルオロチイランを形成する。ここからの脱硫により硫
黄置換のジフルオロアルケンを合成した(式 18) 26)。中間体であるジ
フルオロチイランには、電子求引性基であるフッ素置換基がもたらす
環ひずみにより反応性の増大が見られる(Figure 4)。このため一般的
なBarton–Kellogg反応で必要とされるホスフィンによる還元処理なし
でも自発的に脱硫が進行した。また、このとき過剰反応が進行したテトラフルオロシクロプロパンは生
成していない。
上で述べたジチオエステルの求電子的なジフルオロメチレン化では、求核的なジフルオロメチリデン
化反応(Wittig型反応)と比較して、反応はカルボニル炭素上ではなく、隣の硫黄上で進行している。
このことは、チオケトンの求電子的ジフルオロメチリデン化において、チオカルボニル炭素上の置換基
の嵩高さが反応の進行に与える影響は小さいことを意味する(Scheme 1, A)。なお出発物質となるチオケ
トンは、対応するケトンから Lawesson 試薬を用いることで、容易に調製することができる(式 19)。
SPh
S
SPh
S FF
SPh
F F
TFDA (2.0 eq, over 5 min)5 mol% proton sponge
Toluene, 60 ℃, 30 minthen 100 ℃, 30 min
S
SPh
CF2
thiocarbonyl ylide
Ring closure
SPh+
:CF2
– S
87% not observed
(18)F
FFF
O
Ar1 Ar2
Lawesson’s reagent (0.75 eq)
Toluene, reflux
S
Ar1 Ar2
PS
SS P
S
MeOOMe
(19)
S S
FF
Thiirane 2,2-Difluorothiirane
1.84 1.87� �
Figure 4. (DFT, B3LYP/6-31G*).
1.81�
11
チオケトンを用いるジフルオロアルケン合成は、これまでに1例 2 基質のみ報告がある(式 20)27)。す
なわち、チオケトンに対してフェニル(トリフルオロメチル)水銀から発生させたジフルオロカルベンを
作用させると、チイラン中間体の形成と脱硫により、対応するジフルオロアルケンが生成している。し
かしこの例では、ジフルオロカルベン源として有毒な有機水銀化合物を用いており、しかも基質がジフ
ェニルチオケトンとシクロブタンチオンの二つに限定されていた。つまり 1,1-ジフルオロアルケンの合
成法としては未完成でありこれを完成しようと考えた。
当研究室で開発した Barton–Kellogg型のジフルオロメチリデン化では、チオアミドの S-ジフルオロメ
チル化(式 10)でも用いたように、穏和な条件下でのジフルオロカルベン発生法を採用している(Scheme
2)28)。すなわち、2,2-ジフルオロ-2-(フルオロスルホニル)酢酸トリメチルシリル(TFDA、ジフルオロカ
ルベン源)に 1,8-ビス(ジメチルアミノ)ナフタレン(proton sponge)を作用させ、フラグメント化を経て、
触媒的にジフルオロカルベンを発生させている。この穏やかな条件下でのジフルオロカルベン発生法は、
加水分解を受けやすいチオケトンのジフルオロメチリデン化に最適と考えた。
次に、ジフルオロカルベンを用いるフッ素置換ヘテロ環化合物の合成について述べる。筆者は、ヘテ
ロ原子上でのジフルオロカルベンとの反応により生じるジフルオロメチレンイリドを[4 + 1]環化に利用
することを考えた。すなわち、a, b–不飽和トシルヒドラゾンに対してジフルオロカルベンを作用させる
ことで、イミン窒素上へのジフルオロカルベンの付加が進行し、アゾメチンイリド中間体を生成する。
続く 5-endo-trig 環化、脱フッ化水素が進行することで、フルオロピロールが得られると考えた(Scheme 3)。
Ph Ph
SPhHgCF3 (1.1 eq)
NaI (1.1 eq)
Ph Ph
S CF2
Ph Ph
FF
– SBenzene, 80 ℃, 36 h
55%
(20)
NMe2Me2NH
F–+O
OSiMe3S
F FF
O O– CO2, – SO2
:CF2– Me3SiF
TFDA proton sponge–HF
+ proton sponge–HF
Scheme 2. proton sponge と TFDA によるジフルオロカルベン発生法
12
[4 + 1]付加環化反応でヘテロ環を構築する手法は、多数報告されている。例えば Khlebnikov らは、a, b–
不飽和ヒドラゾンに対してジブロモジフルオロメタンから生じるジフルオロカルベンを作用させ、生じ
たアゾメチンイリドの[4 + 1]環化反応を行い、フルオロピロールを合成している(式 21) 29)。しかし、こ
の反応ではジフルオロカルベンによる過剰反応も進行し、トリフルオロメチルピロールが副生して収率
も低い。この副反応には、生成するフルオロピロリン中間体の C–F結合に対して、ジフルオロカルベン
がさらに挿入する経路と、フルオロピロールのシクロプロパン化と炭素–炭素結合の開裂を伴う経路が
提唱されている。筆者は、当研究室で開発した有機触媒によるジフルオロカルベン発生法を用いること
で、過剰反応を抑えることができ、同時に収率も向上すると期待した。
R1
NNHTs :CF2
R1
NNHTsF2C
5-endo-trigCyclization N
NHTsF
F
Ph
NNHTs
Ph
F
R2R2
R2 R2
Scheme 3. α,β-不飽和ヒドラゾンの環化反応
– HF
Ph N Ph
Ph+
DCM, RT, 60 h
Bu4NBr (2.0 eq)
17%
(21)CF2Br2
(2.5 eq) (1.0 eq)
NF
Ph
Ph
Ph
13%
NCF3
Ph
Ph
Ph
+
:CF2
NCF3
Ph
Ph
PhNPh
Ph
Ph
FF :CF2
– HF
NPh
Ph
Ph
F:CF2 NPh
Ph
Ph
F
–F
FF
NPh
Ph
Ph
FCF3
– HF
– F–
Scheme 4.
13
参考文献
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18) Moore, W. R.; Schatzman, G. L.; Jarvi, E. T.; Gross, R. S.; McCarthy, J. R. J. Am. Chem. Soc. 1992, 114,
360.
19) Messaoudi, S.; Tréguier, B.; Hamze, A.; Provot, O.; Peyrat, J.-F.; De Losada, Jr.; Liu, J.-M.; Bignon, J.;
Wdzieczak-Bakala, J.; Thoret, S.; Dubois, J.; Brion, J.-D.; Alami, M. J. Med. Chem. 2009, 52, 4538.
20) Lerich, C.; He, X.; Chang, C.-w. T.; Liu, H.-w.; J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 6348.
21) (a) Naae, D. G.; Burton, D. J. Synth. Commun. 1973, 3, 197; (b) Hayashi, S. I.; Nakai, T.; Ishikawa, N.;
Burton, D. J.; Naae, D. G.; Kesling, H. S. Chem. Lett. 1979, 8, 983; (c) Burton, D. J. J. Fluorine Chem. 1983,
23, 339; (d) Zheng, J.; Cai, J.; Lin, J.-H.; Guo, Y.; Xiao, J.-C. Chem. Commun. 2013, 49, 7513.
22) (a) Obayashi, M.; Ito, E.; Matsui, K.; Kondo, K. Tetrahedron Lett. 1982, 23, 2323; (b) Piettre, S. R.;
Cabanas, L. Tetrahedron Lett. 1996, 37, 5881.
23) (a) Gillet, J. P.; Sauvetre, R.; Normant, J. F. Synthesis 1986, 538; (b) Ichikawa, J.; Fujiwara, M.; Nawata, T.;
Okauchi, T.; Minami, T. Tetrahedron Lett. 1996, 37, 8799; (c) Yang, Z.-Y.; Qiu, W. Chem. Rev. 1996, 96,
1641; (d) Nguyen, B. V.; Barton, D. J. J. Org. Chem. 1997, 62, 7758; e) Fujita, T.; Suzuki, N.; Ichitsuka, T.;
Ichikawa, J. J. Fluorine Chem. 2013, 155, 97.
14
24) (a) Fukui, H.; Ishibashi, Y.; Ichikawa, J. J. Org. Chem. 2003, 68, 7800.
See also: b) Bégué, J-P.; Bonnet-Delpon, D.; Rock, M. H. Synlett 1995, 1995, 659; c) Bégué, J.-P.;
Bonnet-Delpon, D.; Rock, M. H. Tetrahedron Lett. 1995, 1, 5003; d) Bégué, J.-P.; Bonnet-Delpon, D.; Rock,
M. H. J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1 1996, 1409; (e) Ichikawa, J. J. Synth. Org. Chem. Jpn. 2010, 68, 1175.
25) Fuchibe, K.; Hatta, H.; Oh, K.; Oki, R.; Ichikawa, J. Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 5890.
26) Takayama, R.; Yamada, A.; Fuchibe, K.; Ichikawa, J. Org. Lett. 2017, 19, 5050.
27) Mloston, G.; Romanski, J.; Heimgartner, H. Heterocycles 1999, 50, 403.
28) (a) Fuchibe, K.; Koseki, Y.; Sasagawa, H.; Ichikawa, J. Chem. Lett. 2011, 40, 1189; (b) Fuchibe, K.; Bando,
M.; Takayama, R.; Ichikawa, J. J. Fluorine Chem. 2015, 171, 133; (c) Fuchibe, K.; Takayama, R.;
Yokoyama, T.; Ichikawa, J. Chem. Eur. J. 2017, 23, 2831.
29) Khlebnikov, A. F.; Novikov, M. S.; Dolgikh, S. A.; Magullb, J. ARKIVOC 2008, 94.
15
第二章 1,1-ジフルオロアルケン合成
第一節 緒言
第一章で述べたように、ジチオエステルにジフルオロカルベンを作用させると、チオカルボニルイリ
ドを生じた後に閉環が進行し、ジフルオロチイラン(エピスルフィド)環を形成する。続いて自発的な脱
硫が進行することで、硫黄置換ジフルオロアルケンが得られる(Barton–Kellogg型反応, 式 22)30)。
筆者は、チオケトンを出発物質とすることで、炭素二置換ジフルオロアルケンが得られると考えた。
二置換ジフルオロアルケンのこれまでの合成例を見ると、Wittig 型のジフルオロメチリデン化反応が多
く使われている。この反応は、イリドがカルボニル炭素上へ求核攻撃することで開始するため、収率は
カルボニル基上の置換基の影響を受けやすい。一方、Barton–Kellogg 型のジフルオロメチリデン化反応
は、初めにチオカルボニル基の硫黄上へジフルオロカルベンが付加してから開始する。このため、チオ
カルボニル炭素上の置換基の影響を受けにくいと考え、検討を行うこととした。
第二節 チオケトンの調製
出発物質であるチオケトンは、文献に従って調製した 15)。すなわちアルゴン雰囲気下、室温でケトン
と 2,4-ビス(4-メトキシフェニル)-1,3-ジチア-2,4-ジホスフェタン 2,4-ジスルフィド(Lawesson 試薬, 0.75
倍モル量)のトルエン溶液を加熱還流することで、チオケトン 1a–1h をそれぞれ収率 37–91%で合成した
(Table 1)。
SPh
S
SPh
S FF SPh
F FTFDA (2.0 eq, over 5 min)5 mol% proton sponge
Toluene, 60 ℃, 30 minthen 100 ℃, 30 min
S
SPh
CF2
thiocarbonyl ylide
Ring Closure, – S
87%
(22)
difluorothiirane
16
O
Ar1 Ar2
Lawesson’s reagent (0.75 eq)
Toluene, reflux, Time
S
Ar1 Ar2
1
PS
SS P
S
MeOOMe
2
5.0
17.5
9.0
2.0
4.0
Time / h
S
48
12
48
1e 91
Ph Ph
S
1b 82
1c 65
S
1d 56
Cl
1a 88
MeO OMe
S
Cl
S
S
S
1h 89
6 1f 37
S
Entry
1
2
3
4
5
S
8
7 1g 80
Thioketone 1 / %
Table 1.
17
Table 1 に示したもの以外のチオケトンも合成を検討した(Table 2)。種々のジアリールケトン、アルキ
ルケトン等のチオ化を試みたが、反応性や副生成物などに問題があり、これらのチオケトンの調製は今
後の課題となった。
第三節 反応条件の検討
モデル基質としてチオケトン 1a を選び、求電子的ジフルオロメチリデン化の条件検討を行なった
(Table 3)。すなわち、1a に対してトルエン中 60 ℃でプロトンスポンジ(5 mol%)存在下、2倍モル量の
ジフルオロ(フルオロスルホニル)酢酸トリメチルシリル(TFDA)を作用させた(Entry 1)。その結果、目
的のジフルオロアルケン 3a を収率 39%で得た。この時、チオケトン 1a は回収されなかった。反応温度
を 80 ℃、100 ℃としたところ、3a の収率はそれぞれ 58%、75% に向上した(Entries 2, 3)。ただし、反
応温度を 140 °C まで上げても、これ以上の収率向上はみられなかった(収率 74%, Entry 4)。つまり、
高収率を得るためには 100 °C の反応温度を必要とすることがわかった。
S
1r trace
1o c.m
S
S
CF3 CF3
S
S
Ph
Ph Ph
PhS
1q N.D1p N.D
1j N.D 1k isomerization
1s N.D
StBu
S
S
1i N.D
1n N.D
R1 R2
O Lawesson’s reagent (0.75 eq)
Toluene, reflux
PS
SS P
S
MeOOMe
R1 R2
S
1 thioketone
Table 2.
2
1l (n=2) c.m1m (n=1) c.m
MeO
S
n
18
ジフルオロカルベン発生の詳細な機構と、本反応の推定反応機構を以下に示す(Scheme 6)。TFDA に
は、不純物として 2,2-ジフルオロ-2-(フルオロスルホニル)酢酸が微量含まれている。これに対して、ま
ずプロトンスポンジが塩基として作用し、脱二酸化炭素、脱二酸化硫黄が進行してジフルオロカルベン
が発生すると同時に、プロトンスポンジのフッ化水素塩(proton sponge–HF)が生じる。この塩のフッ化
物イオンが TFDA のシリル基上を求核攻撃することで、フラグメント化が進行し、ジフルオロカルベン
が触媒的に生成する(Scheme 6, ⅰ)。チオケトンに対して、系中で発生したジフルオロカルベンが作用す
ることで、硫黄の非共有電子対からジフルオロカルベンへ求核攻撃が起こり、チオカルボニルイリドが
生じる(Scheme 6, ⅱ)。続く閉環によりジフルオロチイランを経て、脱硫により 1,1-ジフルオロアルケン
が得られる(Scheme 6, iii)。
S FF5 mol% proton spongeTFDA (2.0 eq)
Conditions, 30 min
1
2
3
Toluene
Toluene
Toluene
p-Xylene
60
80
100
140
39
58
75
74
Entry Solvent Temp. / ℃ 3a / %a
a: 19F NMR yield based on (CF3)2C(C6H4p-Me)2.
OMeMeOOMeMeO
4
Recovery of 1a
–
–
–
–
:CF21a 3a
Me2N NMe2
proton sponge
TFDA
FS
O
OO O
FF
SiMe3
Table 3.
19
Table 3 に示した温度の効果について、次のように考えた。まずこれまでの経緯から、TFDA–プロトン
スポンジ系におけるジフルオロカルベンの発生は 50 °C前後でも起こることが分かっている(式 10)14)。
また、60 ℃(Entry 1)でもチオケトン 1a は消費されており、ジフルオロカルベン発生に 100 ℃が必要だ
ったとは考えられない。次に既報より、チオケトンとジフルオロカルベンからのチイラン生成は、80 ℃
で進行することも知られている。これから、ここまでの過程は高温を必要としないと考えた(式 20)27)。
加えて、ジチオエステルのジフルオロメチリデン化ではチイランが単離されることもあり、100 °C 以上
の温度が必要なのは脱硫の過程(Scheme 6, iii)と考えた。そこで次に、脱硫を効率良く進行させるための
加熱以外の手段を探索することにした。
当研究室での先行研究(式 22)により、チイランの脱硫は単体硫黄(S8)の脱離で進行することが明らか
になっている(式 23)33)。すなわち、5 mol%プロトンスポンジ存在下、ジチオエステルのトルエン溶液に
R1 R2
S
CF2 R1 R2
SCF2
R1 R2
F F
Ring Closure – S
thiocarbonyl ylidethioketone
1,1-difluoroalkene
R1 R2
S FF
difluorothiirane
(ⅱ)
(ⅲ)
Scheme 6. 推定反応機構
(ⅰ)
SF
O
F F
OO
OH
Me2N NMe2
- CO2, - :CF2, - SO2 Me2N NMe2
H+F-
Catalyst generation
SF
O
F F
OO
OSiMe3
- CO2, - SO2, - Me3SiF, :CF2
:CF2 generation
(Impurity, 1–2%)
TFDA
proton sponge–HF
proton sponge
20
対して 2倍モル量の TFDA を 100 ℃で作用させると(3 分)、硫黄置換ジフルオロアルケンが 89%の収率
で得られるとともに、単体硫黄(黄色固体)として 71%の収率で得ている。また、ジフルオロチイランか
らの単体硫黄の脱離は、低濃度では単分子的に(Scheme 7、Path A)、高濃度では二分子的に進行すると
の報告がある(Scheme 7、Path B) 34)。
筆者は、高濃度で反応を行うことで二分子的な脱硫が加速されるものと仮定し、検討を行なった。こ
れまで 0.1 M(Table 4, Entry 2, 収率 75%)であった反応濃度を 1.0 M にしたところ、ジフルオロアルケン
3a の収率は 25%にまで低下した(Entry 1)。このとき反応系中では、チオケトンの加水分解が進行したケ
トン 1a が薄層クロマトグラフィー(TLC)により観測された。高濃度ではチオケトンの加水分解が加速
されたと考え、濃度を逆に 0.05 M(Entry 3)と低くしたところ、3a の収率がわずかながら向上するととも
に(77%)、これまでみられなかったチイラン 4a も 10%得られた。すなわち、濃度を下げることで、チ
イランからの脱硫は遅くなったが、物質収支(4a + 3a)には向上が見られた。この傾向は反応濃度をさ
らに下げても続き(0.01 M, Entry 4)、ジフルオロアルケン 3a とチイラン 4a が、それぞれ収率 38%、53%
で得られた(計 91%)。チイラン 4a をジフルオロアルケン 3a に変換すべく、反応時間を 5時間に延長し
たところ、3a を最高収率 90%で得ることができた(Entry 5)。
SPh
S
SPh
F FTFDA (2.0 eq)5 mol% proton sponge
Toluene, 100 ºC, 3 min+
230 mg 89%
S8 (黄色固体)71% (25 mg)
(23)
R1
S
SR2
F2C
thiirane
Path A
Path B
Unimol.
Bimol.
R1
S
SR2
F2Cor
R1 SR2
F2CS
Diradical Zwitterion
Thiirane
R1
S
SR2
F2CS
R1
S
SR2
F2CS
R1SR2
CF2
R1
S
SR2
F2CS
R1SR2
CF2
or
Diradical Zwitteriondifluoroalkene
R1 SR2
FF
sulfer-substituteddifluoroalkene
Spontaneousbond dissociation
S
(RDS)
(RDS)
Thiirane
Scheme 7. チイランからの脱硫の機構
21
すでに述べたように、TFDA をチオケトン 1a に対して 2.0倍モル量用いると、ジフルオロアルケン 3a
が収率 75%で得られる(Table 5, Entry 1)。筆者は、TFDA の使用量軽減の試みとして、TFDA の量を 1.1
倍モル量まで減らしたところ収率は低下しなかった (75%, Entry 2)。しかし 1.0倍モル量にまで減らす
と、収率に減少が見られた(71%, Entry 3)。このことから TFDA の最適量を 1.1倍モル量とした。
2b 750.1 0 75
01.0 251 25
S FF5 mol% proton spongeTFDA (2.0 eq)
Toluene, 100 ℃, 30 minOMeMeOOMeMeO
3a
Entry 3a / %a
384
Concentration / mol・L–1
0.01
3 0.05
4a / %a
53
77
90 (85)c0
a: 19F NMR yield based on (CF3)2C(C6H4p-Me)2. b: Table 2, Entry 3. c: Isolated yield is shown inparentheses.
0.01
10
Ar Ar
S CF2
4a+3a / %a
87
91
90
:CF2
Time / h
0.5
0.5
0.5
0.5
5.0
1a
4a
5
Table 4.
S
MeO OMe
TFDA (X eq)5 mol% proton sponge
Toluene, 100 ℃, 30 minMeO OMe
F F
1a 3a
Entry X (eq) 3a %a
1b
2
3
2.0
1.1
1.0
75
71
75
a: 19F NMR yield based on (CF3)2C(C6H4p-CH3)2.b: Table 2, Entry 3.
Table 5.
22
第四節 1,1-ジフルオロアルケン合成
最適化した条件を用いて、種々のチオケトンからジフルオロアルケンを合成した(Table 6)。すなわち
5 mol%のプロトンスポンジ存在下、チオケトン 1a–h のトルエン溶液(0.01 M)に対して 1.1倍モル量の
TFDA を滴下し、100 ℃で加熱した。すでに示したように、電子豊富なチオケトンとして、芳香環のパ
ラ位にメトキシ基が置換したチオケトン 1a を用いた場合、ジフルオロアルケン 3a が収率 85%で得られ
る。芳香環上が無置換の 1b や、電子不足なチオケトンとしてパラ位にクロロ基が置換した 1c を用いた
ところ、いずれの場合も対応するジフルオロアルケンをそれぞれ収率 68%(3b)、48%(3c)で与えた。薄
層クロマトグラフィー(TLC)によると、これら電子豊富でないチオケトンの場合、反応系中で加水分解
を起こしている様子が確認された。
先に述べたように、Barton–Kellogg 型のジフルオロメチリデン化ではチオカルボニル基上の置換基の
立体障害の影響を受けにくいと考えられる。そこで、嵩高いチオケトン 1d–f のジフルオロメチリデン
化を試みたところ、対応するジフルオロアルケンをそれぞれ 77%(3d)、77%(3e)、80%(3f)で得た。チ
オケトン 1f は、オルト置換したメチル基を二つ有しており、特に反応性の低下が危惧される基質であっ
たが、収率 37%で期待した 3f を得た。さらに、ヘテロアリール基であるチエニル基が置換した 1g でも、
対応するジフルオロアルケンが 3g収率 80%で得られた。また、七員環構造を有するチオケトン 1j から
も、ジフルオロアルケン 3j が収率 75%で得られた。
23
第五節 従来法(求核的ジフルオロメチリデン化)との比較
ここでは、筆者の求電子的ジフルオロメチリデン化を、従来の求核的ジフルオロメチリデン化と比較
し、その優位性を確認した(Scheme 8)。すでに述べたように、筆者の求電子的なジフルオロメチリデン
化では、チオケトン 1a からジフルオロアルケン 3a を収率 85%で得ている(Table 4, Entry 5)。これに対
し、ジブロモジフルオロメタン(CF2Br2)にトリスジメチルアミノホスフィン(P(NMe2)3)を作用させて調
製したジフルオロメチレンイリド((NMe2)3P––+CF2)を用いてジフルオロメチリデン化を試みた。すなわ
F F
3f (37%)a
Ph PhFF
3e (86%)a 77%
TsN
F F
3i (45%)a 18%
S
F F
3g (97%)a 80%
MeO
S
F F
3h (28%)a 25%
3ab (90%)a 85%
Cl Cl
FF
3c (48%)a
MeO
FF
OMe
3d (76%)a 77%
FF
FF
3b (68%)a 68%
F F
5 mol% proton spongeTFDA (2.0 eq)
Toluene (0.1 M), 100 ℃, 30 min
:CF2
3j (75%)a 75%
a: 19F NMR yield based on (CF3)2C(C6H4p-Me)2. b: Toluene (0.01 M). 19F NMR yield is shown in parentheses.
Table 6.
S
Ar1 Ar2 Ar1 Ar2
31
F F
24
ち、このイリドに対してトリグリム中室温でケトン 2a を作用させ 150 ℃まで昇温したが、ジフルオロ
アルケン 3a は 4%しか得られなかった。このように、従来の求核的な手法では困難な二置換ジフルオロ
アルケンの合成も、求電子的ジフルオロメチリデン化により可能になった。
第六節 生理活性物質の合成への応用
序で述べたように、ジフルオロアルケンには生理活性作用を持つものもある。筆者は、チオケトンの
求電子的ジフルオロメチリデン化を、有用なジフルオロアルケンの合成に応用した(Scheme 9)。標的化
合物として、抗がん作用を示すジフルオロアルケン 3l を選んだ。ケトン 2k から Lawesson 試薬により容
易にチオケトン 2k を調製できた。これに求電子的ジフルオロメチリデン化を適用し、5 mol%のプロト
ンスポンジ存在下でチオケトン 2k のトルエン溶液に対し TFDA を滴下することで、ジフルオロアルケ
ン 3k を収率 62%で得た。得られた 3k に対して MeOH 中室温で炭酸カリウムを作用させ、t-ブチルジメ
チルシリル基の脱保護を行うことで、目的のジフルオロアルケン 3l を 96%(60%, 2 step)で合成した。3l
はすでに Horner–Wadsworth–Emmons 型のジフルオロメチリデン化と脱保護により、出発物質のケトン
2k から収率 60%で合成されている(Scheme 10)35)。しかし、Wittig型であるこの手法は、ジフルオロメ
チレンイリドを生成させるために強塩基(LiHMDS)を用いている。これに対し、筆者の手法は中性に近
い穏やかな条件でジフルオロアルケンの合成を達成した。
S
MeO OMe
4% yield
Triglyme, RT to 150 ℃, 48 h
MS 4A (powder)(Me2N)3P CF2 (1.0 eq)
FF
5 mol% proton spongeTFDA (1.1 eq)
Toluene, 100 ℃, 5 h
OMeMeO
85% yield
O
MeO OMe
:CF2
2a
1a
3a
Scheme 8. 本反応と求核的ジフルオロメチリデン化との比較
P(NMe2)3 (2.0 eq)
Triglyme, – 78 ℃ to RTCF2Br2(1.0 eq)
1 h
25
3l 96% (60%, 2 steps)(抗がん作用)b
SOTBS
OMe
MeO
MeOOMe
OTBS
OMe
MeO
MeOOMe
3k 62%
F F
Toluene, 100 ℃, 30 min
5 mol% proton spongeTFDA (2.0 eq)
FF
OH
OMe
MeO
MeOOMe
THF, –78 ℃, 2 h
a: Huang, X. et al. Bioorg. Med. Chem. 2017, 25, 4686.b: Alami, M. et al. J. Med. Chem. 2009, 52, 4538.
(2.0 eq)n-Bu4N+ F–
OOTBS
OMe
MeO
MeOOMe
2ka TBS = SiMe2(t-Bu)
1k
Lawesson’s reagent(0.75 eq)
Toluene, reflux, 12 h52%
Scheme 9. 3lの合成
P(O)(OEt)2CHF2
LiHMDS (2.0 eq)THF, –78 ℃, 30 min
(2.0 eq) OMeO
OMeMeO
OTBS
OMe
(1.0 eq)THF, reflux, 1 h
K2CO3 (2.0 eq)
MeOH, RT, 2 h
FF
OH
OMe
MeO
MeOOMe
FF
OTBS
OMe
MeO
MeOOMe
3l 60% (2steps)
Scheme 10. 3lの従来の合成法(Horner–Wadsworth–Emmons型)
26
第三章 フッ素置換ヘテロ環化合物の合成
メチレン化した C–X 二重結合化合物は、不飽和部位を付与することでヘテロ環化合物の前駆体とし
ても有望となる。筆者は、こうした基質を用いて含フッ素ヘテロ環の構築を検討することとした(式 24)。
第一節 a,b-不飽和ヒドラゾンを用いるピラゾール合成(1)
筆者は、a,b-ヒドラゾンにジフルオロカルベンを作用させることでフルオロピロール誘導体の合成を
考えた(Table 7)。そこで、5 mol%のプロトンスポンジ存在下、トシルヒドラゾン 5 のトルエン溶液に対
し 100 ℃で TFDA を滴下した。このとき発泡が見られ、TFDA が分解している様子を確認できた。滴下
から 30 分加熱撹拌を行なった後に生成物を調べたところ、目的としたジフルオロピロリン 8 の生成は
確認できなかったが、予想外に N-ジフルオロメチルピラゾール 7 が収率 14%で得られた(Entry 1)。この
構造は X線構造解析で確認した(Figure 4)。すなわち、トシル置換した窒素上で 5-endo-trig 環化が進行
したことになる。得られたピラゾール骨格は、医薬品、農薬および染料の部分構造として多くみられ、
また置換ピロールの生物学的等価体としても知られており、合成価値がある。
より良好な収率で 7 を得るために、反応条件の検討を行なった(Table 7)。トルエン中で還流すること
で(110 ℃)、収率は 25%に向上した(Entry 2)。また、溶媒を p-キシレンに変更し 140 ℃で反応を行な
ったところ、1 の収率は 27%に向上した(Entry 3)。得られた 7 を水素化カリウムで処理することでスル
フィン酸を脱離させ、芳香族化されたピラゾール 10 への変換も行なった。すなわち DMF 中 60 ℃で N-
ジフルオロメチルピラゾリン 7 に水素化カリウムを作用させたところ、トルエンスルフィン酸の脱離に
より N-ジフルオロメチルピラゾール 10 を収率 22%で得た。
X :CF2 XF2C XF
F
5-endo-trigCyclization
(24)
27
N-ジフルオロメチルピラゾール 7 の生成機構は、以下のように説明できる(Scheme 11)。トシルヒド
ラゾン 5 に対してジフルオロカルベンを作用させると、トシル基の置換していない電子密度が高い窒素
上でジフルオロメチレン化が進行し、アゾメチンイリドを形成する。次にプロトン移動により末端窒素
上にアニオンが移動し、続く 5-endo-trig 環化で N-ジフルオロメチルピラゾリン 7 を与える。
10 22%
NN
CHF2
Ph
KH (2.0 eq)
DMF, 60 ℃, 2.5 h
Solv. Temp. / ℃ 7 / %a
Toluene
27
110 (reflux)
140
25
p-Xylene
Toluene 100 14 (14)
Entry
3
1
2
a: 19F NMR yield based on (CF3)2C(C6H4p-Me)2. Isolated yield was shown in parentheses.
Ph
NNHTs 5 mol% proton sponge
Ph
NNHTsF2C
5-endo-trig Cyclization NNHTs
FF
Ph
HR2
R2
Solv., Temp., 30 min
TFDA (2.0 eq)
NTsN
CF2H
Ph
5 6
8 N.D 7 14%
Table 7.
8 / %a
N.D
N.D
N.D
Figure 4. 5-endo-trig環化体7の単結晶X線結晶構造解析
F
F N
N S
O
O
28
第二節 a,b-不飽和ヒドラゾンを用いるピラゾール合成(2)
筆者は、7 が低収率であることの要因として生成物の二重結合部位の過剰反応(ジフルオロシクロプロ
パン化)があるのではないかと考えた。生成したピラゾリン 7 を直ちにピラゾール 10 に導くため、塩基
存在下で反応を行うことを考えた。ピラゾール 10 は芳香族化されており、また、10 をa,b-不飽和イミ
ンと捉えると二重結合部位がより電子不足になっているため、ジフルオロカルベンの反応性はより低下
するはずであり、過剰反応を防げることになる。
5 mol%のプロトンスポンジ存在下トルエン中、トシルヒドラゾン 5 に対して、2倍モル量の塩基と 2
倍モル量の TFDA を作用させ、加熱還流を行なった(Table 8)。アミン塩基としてジアザビシクロウンデ
セン(DBU)、ジイソプロピルエチルアミン(DIPEA)、ピリジンを検討したが、ピラゾリン 7 とピラゾー
ル 10 の生成は確認されなかった(Entries 2–4)。次に、塩基として t-ブトキシカリウムや、無機塩基とし
てフッ化カリウム、フッ化セシウムを検討したところ、期待したフルオロピラゾール 10 が収率 10–46%
で得られた(Entries 5–7)。塩基にリン酸塩を選択した場合に大きく収率が向上し(Entries 8–11)、特にリ
ン酸カリウムを用いると単離収率 40%で 10 を得た(Entry 8)。さらにリン酸塩の検討を進め、リン酸ナ
トリウム・12 水和物を用いた場合に単離収率 82%で 10 が得られた(Entry 11)。
H
NTsN
:CF2
CHF2
H
NTsHN CF2
Ph
Ph
N
HPh
7N-difluoromethylated
pyrazoline
5tosylhydrazone
NTsN
CHF2
Ph
NHTs
Scheme 11. 推定反応機構
Proton–Transfer5-endo-trigCyclization
azomethyne ylide
H
NTsN CHF2
Ph
29
ピラゾール 7 からピロール 10 へのトルエンスルフィン酸の脱離に塩基が関与していることを確認す
るため、7 にリン酸ナトリウム・12 水和物を作用させた(式 25)。その結果、ピラゾール 10 の生成は 8%
しか観測されず、出発物質である 7 が 88%回収された。従って、塩基であるリン酸ナトリウム・12 水和
物は 7 からのトルエンスルフィン酸の脱離以外に関与していることになる。
塩基の効果を解明するために、さらに検討を行なった(式 26)。カルベン源(TFDA–プロトンスポンジ)
を加えずに、トシルヒドラゾン 5 にリン酸ナトリウム・12 水和物を加え、トルエン中で 3時間加熱攪拌
を行なった。すると、無置換のピラゾール 11 が生成した(収率 80%)。すなわちジフルオロカルベンが
関与することなく、ヒドラゾンの環化が起こっている。さらに、ピラゾール 11 に対して、TFDA(2.5倍
モル量)とプロトンスポンジ(5 mol%)を作用させると、N-ジフルオロメチルピラゾール 10 が収率 74%で
7 / %aBase
DBU N.D
N.D3
25
Entry
2
1
a: 19F NMR yield based on (CF3)2C(C6H4p-Me)2. Isolated yield was shown in parentheses.
10 / %a
N.D
N.D
–
465 N.D
50 (40)
N.D
8
4 N.D
N.D
DIPEA
pyridine
–
Ph
N
H
5
NHTs
5 mol% proton sponge
Toluene, reflux, Time
7
TFDA (2.0 eq)
10
Base (2.0 eq)+
6 10
CsF
KF
Table 8.
82 (82)N.D
14N.DKH2PO4
0.5
3.010
9
Ca2(PO4)2 N.D 5
Na3PO4・12H2O
3.0
11 3.0
t-BuOK
237
N.DK3PO4
N.D
0.5
0.5
0.5
0.5
0.5
0.5
0.5
Time / h
NTsN
CHF2
Ph
NN
CHF2
Ph
7 10 8%
Toluene, reflux, 5 h
Na3PO4・12H2O (3.0 eq)+ recovery 7
88%N
TsN
CHF2
Ph
NN
CHF2
Ph
(25)
30
得られた。
以上のことから、反応系中に塩基を添加した場合と添加しない場合とで反応機構が異なる。すなわち、
塩基を添加しない場合は Scheme 11 で示したようにまずジフルオロメチルピラゾリン 7 が生成し、後に
塩基を別途添加することで芳香族化して N-ジフルオロメチルピラゾール 10 を与える。一方、初めから
塩基を添加する場合はまず環化が進行し、生じたピラゾール 11 のジフルオロメチル化が後から進行し
て 10 を与える(Scheme 12)。
N-ジフルオロメチルピラゾール 10 の合成例として、ピラゾールを別途合成した後 N-ジフルオロメチ
ル化を行うものはすでに知られている(式 27)36)。これに対して、筆者の手法ではジフルオロメチル基の
導入と環化を一挙に行っており、有効な N-ジフルオロメチルピラゾール誘導体の合成となる。
5 mol% proton sponge
Toluene. reflux. 30 min
TFDA (2.5 eq)
Toluene, reflux, 3 h
NNHTs
Ph H
Na3PO4・12H2O (3.0 eq)
510 74%
NN
CHF2
Ph11 80%
HN
N
Ph
(26)
N
Ph R
TsN
10
NTsN
HPh
Scheme 12. 推定反応機構
CF2
NTsN
Ph
– TolS(O)OH
NN
Ph
N
HPh5
NHTs Na3PO4・12H2O
Deprotonation
5-endo-trigCyclization
NN
Ph
CHF2
1)
H3O+2)Difluoromethylation
HN
N + PBr
F F
O
OEtOEt
MeCN, RT, 12 h
KF (2.0 eq)N
N
CHF2
(1.0 eq)(1.0 eq) 87%(NMR yield)
(27)
31
参考文献
30) (a) Fuchibe, K.; Bando, M.; Takayama, R.; Ichikawa, J. J. Fluorine Chem. 2015, 171, 133; (b) Fuchibe, K.;
Takayama, R.; Ichikawa, J. ARKIVOC 2018, 72.
31) Hewitt, R. J.; Ong, M. J. H.; Lim, Y. W.; Burkett, B. A. Eur. J. Org. Chem. 2015, 30, 6687.
32) Takayama, R.; Yamada, A.; Fuchibe, K.; Ichikawa, J. Org. Lett. 2017, 19, 5050.
33) Mloston, G.; Romanski, J.; Heimgartner, H.; Heterocycles 1999. 50. 403.
34) Steudel, Y.; Steudel, R.; Wong, M. W. Chem. Eur. J. 2002, 8, 217.
35) Messaoudi, S.; Tréguier, B.; Hamze, A.; Provot, O.; Peyrat, J.-F.; De Losada, Jr.; Liu, J.-M.; Bignon, J.;
Wdzieczak-Bakala, J.; Thoret, S.; Dubois, J.; Brion, J.-D.; Alami, M. J. Med. Chem. 2009, 52, 4538.
36) Mao, T.; Zhao, L.; Huang, Y.; Lou Y-G.; Yao, Q.; Li, X-F.; He, C-Y. Tetrahedron Lett. 2018, 59, 2752.
32
第四章 実験項
1. General
NMR spectra were recorded on a Bruker Avance 500 spectrometer in CDCl3 at 500 MHz (1H NMR), at
126 MHz (13C NMR), and at 470 MHz (19F NMR) or a JEOL JNM-ECS 400 spectrometer in CDCl3 at 400
MHz (1H NMR), at 101 MHz (13C NMR), and at 376 MHz (19F NMR), respectively. Chemical shifts were
given in ppm relative to internal Me4Si (for 1H NMR: δ = 0.00), CDCl3 (for 13C NMR: d = 77.0 ppm), and
C6F6 (for 19F NMR: δ = 0.0). IR spectra were recorded on a Horiba FT-300S spectrometer. High resolution
mass spectroscopy (HRMS) was conducted with a JEOL JMS-T100GCV (EI+) and a JEOL JMS-T100CS
(ESI+) spectrometer. Elemental analysis was performed with a Elementar Vario Micro Cube apparatus.
Column chromatography was conducted on silica gel (Silica Gel 60 N, Kanto Chemical Co., Inc.). X-ray
diffraction study was performed on a Bruker APEXII ULTRA instrument equipped with a CCD
diffractometer using Mo Ka (graphite monochromated, l = 0.71069 Å) radiation. The structure was solved
by direct methods (SIR97). The positional and thermal parameters of non-hydrogen atoms were refined
anisotropically on F2 by the full-matrix least-squares method using SHELXS-97. Hydrogen atoms were
placed at calculated positions and refined with the riding mode on their corresponding carbon atoms.
Theoretical Calculations were performed with Gaussian 03 and Gaussian 09 packages.
2. Materials
Trimethylsilyl 2-fluorosulfonyl-2,2-difluoroacetate (TFDA) and 1,8-bis(dimethylamino)naphthalene were
purchased from Tokyo Chemical Industry Co., LTD. TFDA was distilled under reduced pressure.
Thioketones 1 were prepared according to literature.15) N-tosykhydrazones 5 were prepared according to
literature.37) Nitrones 12 were prepared according to literature. 38)
Tetrahydrofuran (THF), N,N-dimethylformamide (DMF), and toluene were dried by passing over a column
of activated alumina followed by a column of Q-5 scavenger (Engelhard). Nitromethane (MeNO2) was distilled
from CaCl2 and stored under molecular sieves 4A.
33
3. Synthesis of 1,1-difluoroalkenes 3
3-1. Typical procedure:
Synthesis of dip-methoxyphenyl substituted 1,1-difluoroalkene 3a is described as a typical procedure.
To a toluene solution (20 mL, 100 °C) of dip-methoxyphenyl thioketone (1a, 52.1 mg, 0.20 mmol) and proton
sponge (2.4 mg, 0.01 mmol) was added TFDA (80 µL, 0.40 mmol) dropwise. Gas evolution was observed and the
solution was stirred for 30 min. Saturated aqueous sodium hydrogen carbonate (10 mL) was added to quench the
reaction at room temperature. Organic materials were extracted with ethyl acetate three times and the combined
extracts were washed with brine. After removal of the solvent under reduced pressure, the residue was purified by
silica gel column chromatography (hexane) to give difluoroalkene 3a (47.2 mg, 85% yield) as a colorless liquid.
Synthesis of N-Tosylhydrazones 5 were synthesized according to the literature method. 37)
For N-tosylhydrazones (5) (15 mmol) was mixed with sulfonyl hydrazine (16.5 mmol) in methanol solvent (50
mL). The mixture was stirred at 60 ℃ for 3 h and monitored by TLC. Finally the desired N-tosylhydrazones was
obtained through filtration and recrystallized.
Synthesis of Nitrones 5 were synthesized according to the literature method. 38)
Nitroarene (1.0 equiv), aldehyde (1.0 equiv) and NH4Cl (1.3 equiv) were added to a mixture of EtOH (1
mL/mmol of starting material) and H2O (1 mL/mmol of starting material). Then the resulting mixture was cooled
to 0 ℃. After which time zinc powder (2.0 equiv) was added at 0 ℃, and the reaction mixture was allowed to
warm to room temperature and stirred for 12 hours. The reaction mixture was filtered through a pad of celite and
wasched with Hexane. The filtrate was extracted with hexane and the combined organic layers were dried over
Na2SO4, filtered and concentrated to give the cude nitrones. Pure nitrones were obtained by recrystallization from
ethanol with 89% yield.
34
3-3. Spectral data of difluoroalkenes 3a–n
4,4'-(2,2-Difluoroethene-1,1-diyl)bis(methoxybenzene) (3a)
47.2 mg, 85% yield, colorless liquid.
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d = 3.80 (s, 6H), 6.87 (d, J = 8.8 Hz, 4H), 7.18 (d, J = 8.8 Hz, 4H).
13C NMR (126 MHz, CDCl3): d = 55.2, 95.2 (t, JCF = 19 Hz), 113.8, 126.8, 130.7 (t, JCF = 3 Hz), 153.4 (t, JCF =
292 Hz), 158.8.
19F NMR (470 MHz, CDCl3): d = 73.1 (s).
HRMS (EI): m/z calcd. for C16H14F2O2 [M] +: 276.0962; Found: 276.0960.
IR (neat): ν~ = 2937, 1701, 1512, 1244, 1028, 831 cm–1.
(2,2-Difluoroethene-1,1-diyl)dibenzene (3b)
43.8 mg, 68% yield, colorless liquid.
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d = 7.25–7.31 (m, 6H), 7.34 (dd, J = 7.5 Hz, 7.5 Hz, 4H).
13C NMR (126 MHz, CDCl3): d = 96.2 (t, JCF = 18 Hz), 127.5, 128.4, 129.6 (t, JCF = 3 Hz), 134.3, 153.8 (t, JCF =
294 Hz).
19F NMR (470 MHz, CDCl3): d = 75.1 (s).
HRMS (EI): m/z calcd. for C14H10F2 [M] +: 216.0751; Found: 216.0741.
IR (neat): ν~ = 3060, 1703, 1242, 1211, 984, 760, 694 cm–1.
MeO
FF
OMe
FF
35
4,4'-(2,2-Difluoroethene-1,1-diyl)bis(chlorobenzene) (3d)
47.1 mg, 77% yield, colorless liquid.
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d = 2.26 (s, 6H), 7.11–7.16 (m, 4H), 7.17–7.23 (m, 4H).
13C NMR (126 MHz, CDCl3): d = 19.9, 93.6 (t, JCF = 21 Hz), 125.7, 127.8, 130.5 (t, JCF = 3 Hz), 130.6, 133.6,
136.9, 152.2 (t, JCF = 292 Hz).
19F NMR (470 MHz, CDCl3): d = 75.8 (s).
HRMS (EI): m/z calcd. for C16H14F2 [M] +: 244.1064; Found: 244.1064.
IR (neat): ν~ = 3064, 1714, 1489, 1244, 982 cm–1.
2,2''-(2,2-Difluoroethene-1,1-diyl)di-1,1'-biphenyl (3e)
96.4 mg, 73% yield, white solid, mp. 144.5–146.0 ℃.
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d = 6.57 (d, J = 7.6 Hz, 2H), 6.89 (ddd, J = 7.6 Hz, J = 7.6 Hz, J = 1.3 Hz, 2H),
7.01–7.03 (m, 2H), 7.07 (dd, J = 7.2 Hz, J = 0.9 Hz, 2H), 7.12 (ddd, J = 7.6 Hz, J = 7.6 Hz, J = 1.2 Hz, 2H), 7.19–
7.23 (m, 6H).
13C NMR (126 MHz, CDCl3): d = 95.0 (t, JCF = 20 Hz), 126.5, 126.8, 127.2, 127.8, 128.6, 129.8, 131.4, 132.4,
141.6, 142.1, 153.5 (t, JCF = 292 Hz).
19F NMR (470 MHz, CDCl3): d = 74.5 (s, 2F).
HRMS (EI): m/z calcd. for C16H14F2 [M] +: 368.1377; Found: 368.1364.
IR (neat): ν~ = 3059, 3024, 1712, 1477, 1244, 984, 760, 698 cm–1.
FF
Ph PhFF
36
5-(Difluoromethylene)-5H-dibenzo[a,d][7]annulene (3j)
54.0 mg, 75% yield, white solid, mp. 94.0–95.5 ℃.
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d = 6.84 (s, 2H), 7.29–7.31 (m, 4H), 7.33–7.39 (m, 4H).
13C NMR (126 MHz, CDCl3): d = 95.1 (t, JCF = 21 Hz), 127.8, 128.5, 129.0 (t, JCF = 2 Hz), 129.1, 131.0, 131.7,
135.6, 152.3 (t, JCF = 292 Hz).
19F NMR (470 MHz, CDCl3): d = 69.4 (s).
HRMS (EI): m/z calcd. for C16H10F2 [M] +: 240.0751; Found: 240.0754.
IR (neat): ν~ = 3024, 1720, 1244, 985, 802, 760 cm–1.
F F
37
Bis(4-methoxyphenyl)methanethione (1a)
2.3 g, 88% yield, blue crystals, mp. 116.0–118.0 ℃.
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d = 3.88 (s, 6H), 6.88 (d, J = 8.5 Hz, 4H), 7.73 (d, J = 8.5 Hz, 4H).
13C NMR (126 MHz, CDCl3): d = 55.5, 113.2, 132.1, 140.8, 163.1, 233.4.
HRMS (EI): m/z calcd. for C15H14SO2 [M] +: 258.0715; Found: 258.0717.
IR (neat): ν~ = 2974, 1589, 1502, 1250, 837 cm–1.
Diphenylmethanethione (1b)
0.51 g, 85% yield, blue liquid.
1H NMR (400 MHz, CDCl3): d = 7.38 (dd, J = 7.8 Hz, J = 7.8 Hz, 4H), 7.56 (t, J = 7.8 Hz, 2H), 7.71 (dd, J = 7.8
Hz, J = 0.8 Hz, 4H).
13C NMR (126 MHz, CDCl3): d = 128.0, 129.6, 132.0, 147.3, 238.5.
HRMS (EI): m/z calcd. for C13H10S [M] +: 198.0503; Found: 198.0499.
IR (neat): ν~ = 3057, 1441, 1265, 1219, 756, 688 cm–1.
MeO OMe
S
S
38
Di([1,1'-biphenyl]-2-yl)methanethione (1e)
0.13 mg, 91% yield, blue liquid.
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d = 6.82–6.87(m, 4H), 6.92–6.94 (m, 4H), 7.04–7.10 (m, 6H), 7.14 (t, J = 7.7 Hz,
4H).
13C NMR (126 MHz, CDCl3): d = 126.2, 126.7, 127.7, 128.6, 129.3, 129.5, 132.4, 137.9, 141.2, 149.4, 248.5.
HRMS (EI): m/z calcd. for C25H18S [M] +: 350.1129; Found: 350.1127.
IR (neat): ν~ = 3057, 1466, 1279, 754, 698 cm–1.
5H-Dibenzo[a,d][7]annulene-5-thione (1j)
0.54 g, 81% yield, green crystals, mp. 115.5–118.0 ℃.
1H NMR (500 MHz, CDCl3): d = 7.00 (s, 2H), 7.36 (dd, J = 7.8 Hz, J = 1.1 Hz, 2H), 7.40 (td, J = 7.5 Hz, J = 1.0
Hz, 2H), 7.51 (td, J = 7.5 Hz, J = 1.0 Hz, 2H), 8.03(dd, J = 7.8 Hz, J = 1.1 Hz, 2H).
13C NMR (126 MHz, CDCl3): d = 128.5, 128.6, 129.4, 130.5, 130.7, 131.4, 149.2, 239.8.
HRMS (EI): m/z calcd. for C15H10S [M] +: 222.0503; Found: 222.0512.
IR (neat): ν~ = 3057, 1282, 1196, 802, 766, 712 cm–1.
1-(Difluoromethyl)-3-phenyl-1H-pyrazole (10)
Spectral data of 1-(difluoromethyl)-3-phenyl-1H-pyrazole 10 met complete agreement with those in the
literature.40)
SPh Ph
S
NNCHF2
39
引用文献
37) Zhu, J.; Mao, M.; Ji, J-J.; Xu, J-Y.; Lei, W. Org. Lett. 2017, 19, 1946.
38) Wang, C.; Wang, D.; Yan, H.; Wang, H.; Pan, B.; Xin, X.; Li, X.; Wu, F.; Wan, B. Angew. Chem. Int. Ed.
2014, 53, 11940.
39) Naret, T.; Bignon, J.; Bernadat, G.; Benchekroun, M.; Levaique, H.; Lenoir, C.; Dubois, J.; Pruvost, A.; Saller,
F.; Borgel, D.; Manoury, B.; Leblais, V.; Darrigrand, R.; Apcher, S.; Brion, J-D.; Schmitt. E.; Leroux, F. R.;
Alami, M.; Hamze, A. Eur. J. Med. Chem. 2018, 143, 473.
40) Mao, T.; Zhao, L.; Huang, Y.; Lou Y-G.; Yao, Q.; Li, X-F.; He, C-Y. Tetrahedron Lett. 2018, 59, 2752.
40
第五章 総括
本修士論文では、C–X(X=O,S)二重結合化合物にジフルオロカルベンを作用させると、ヘテロ原子(X)
上のジフルオロメチレン化が容易に進行することに着目し、これをフッ素置換生成物へと変換する新規
合成法を開発した。
第二章では、触媒量のプロトンスポンジ存在下、チオケトンに対して TFDA を作用させることで、チ
オカルボニルイリドを経てジフルオロチイランを調製した。ここから脱硫が進行することで、合成中間
体や医農薬として有用な 1,1-ジフルオロアルケンの合成を達成した(式 28)。
第三章では、a,b–不飽和トシルヒドラゾンに対してジフルオロカルベンを作用させ、アゾメチンイリ
ドを経由する N-ジフルオロメチルピラゾールの合成を達成した(式 29)。また、塩基存在化では環化が
まず進行し、続くジフルオロメチル化で N-ジフルオロメチルピラゾールを合成した(式 30)。
Ar1 Ar2
S
Ar1 Ar2
SCF2
Ar1 Ar2
F FRing Closure
thiocarbonyl ylidethioketone
Ar1 Ar2
S FF
difluorothiirane
5 mol% proton spongeTFDA (2.0 eq)
Toluene, 100 ℃, 30 min
:CF2
(28)– S
1,1-difluoroalkene
Ph
NNHTs TFDA (2.0 eq)
Ph
NCF2TsHN
5-endo-trigCyclizationHR2 Toluene, reflux, 30 min
5 mol% proton spongeN
TsN
CHF2
Ph
H
α,β-unsaturatedhydrazone
azomethyne ylide
(29)
N-difluoromethylatedpyrazole
NN
CHF2
Ph
KH (2.0 eq)
TFDA (2.0 eq)
Toluene, reflux, 3 h
5 mol% proton sponge
Ph
NNTs
5-endo-trigCyclization
H
NN
CHF2
Ph
Na3PO4・12H2O (2.0 eq)
Proton Transfer
Difluoromethylation(30)
:CF2
:CF2
41
謝辞
本研究を行うにあたり、有益かつ熱心なご指導、御鞭撻を賜り、また適度な研究環境を与えて下さい
ました、本学教授 市川 淳士 先生に心より感謝致します。
本研究を進めるにあたり、直接指導を賜り、適切な助言によって研究を支えて下さいました、本学准
教授 渕辺 耕平 博士に心から御礼申し上げます。
本研究を行うにあたり、化学的考察技術および実験操作を懇切丁寧に御指導下さいました、本学助教
藤田 健志 博士に深く感謝致します。
本研究を進める上で、直接御指導くださいました、高山 亮 氏に深く感謝致します。
本研究を進める上で、直接御指導くださいました、山田 淳史 氏に深く感謝致します。
研究生活の厳しさ、楽しさを共に分かち合った、同期の皆をはじめとする市川研究室の皆様に感謝致
します。
最後に、研究生活を終始援助してくれた、両親、親戚の方々にこの上なく感謝致します。
2020年 2月