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1.はじめに 2007年9月 21日号の Science誌のフォーラムポリシー (医学) 1) に掲載された「個人ゲノミクスの将来」と題する記 事では,“5年以内に,DNA 配列解読技術は,個人のゲノ ム情報がルーチンな臨床的ケアに利用できるようになるレ ベルになるだろう”と科学者が予測していることを述べて いる。そして,既に特定個人のゲノム配列として,二人の 著名な人物,DNA の二重らせん構造の提唱者としてノー ベル賞を受賞したジェームズ・ワトソン(2007年5月 31日 に公開)と,ゲノム配列解読技術に革命をもたらしたクレ イグ・ベンター(2007年9月4日に公開 2) )のものが公表 されている。ヒトゲノム解読が一大国際的プロジェクトで あったときから,それほど時を経ずして,個人ゲノムの時 代への到来が予感される,まさしく一つの変曲点にさしか かっている。そのような変化の時期に,ヒトゲノムプロ ジェクトについて振り返って記述し,察することは意義 のあることである。 237 広島工業大学情報学部健康情報学科 東京大学大学院農業生命科学研究科 広島工業大学紀要研究編 第 42巻(2008)pp. 237 - 245 ヒトゲノムプロジェクト その技術と政治 寺内かえで ・田 (平成19年10月31日受理) Human Genome Project Technologyand Politics Kaede TERAUCHI,Tomoko TAMURA (Received Oct.31,2007) Abstract On June26,2000,both theinternationalteamcomposed ofgovernmentalinstitutions in USA,EU, and Japan and aprivatecompany,CeleraGenomics,released individualdraft versions ofthesequence of the human genome,and the former has declared the completion of the sequencing in2003. This paper is focused on theDNA sequencing technology,a‘must’in theHuman GenomeProject(HGP). First,a brief history of the invention of the principle of DNA sequencing is described. Next we describe the details of the key technologies that have made the success of the HGP possible. The reason Japan has been completelydefeated as to its contribution in theHGP is summarized although Japan had at least one step ahead of USA in the concept of both automated DNA sequencing technologies and ‘ human genome project.’Finally we suggest the need of the enhancement of the science literacy and the technology literacy. Key Words: Human GenomeProject (HGP),DNA (deoxyribonucleicacid)sequencing technology, DNA sequencer,ABI(Applied Biosystems Inc.),Wada project

ヒトゲノムプロジェクト - Hiroshima Universityharp.lib.hiroshima-u.ac.jp/it-hiroshima/file/861/...第42巻(2008)pp.237-245 論 文 ヒトゲノムプロジェクト その技術と政治

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  • 1.はじめに

    2007年9月21日号の Science誌のフォーラムポリシー

    (医学)1)に掲載された「個人ゲノミクスの将来」と題する記

    事では,“5年以内に,DNA配列解読技術は,個人のゲノ

    ム情報がルーチンな臨床的ケアに利用できるようになるレ

    ベルになるだろう”と科学者が予測していることを述べて

    いる。そして,既に特定個人のゲノム配列として,二人の

    著名な人物,DNAの二重らせん構造の提唱者としてノー

    ベル賞を受賞したジェームズ・ワトソン(2007年5月31日

    に公開)と,ゲノム配列解読技術に革命をもたらしたクレ

    イグ・ベンター(2007年9月4日に公開2))のものが公表

    されている。ヒトゲノム解読が一大国際的プロジェクトで

    あったときから,それほど時を経ずして,個人ゲノムの時

    代への到来が予感される,まさしく一つの変曲点にさしか

    かっている。そのような変化の時期に,ヒトゲノムプロ

    ジェクトについて振り返って記述し, 察することは意義

    のあることである。

    237

    広島工業大学情報学部健康情報学科

    東京大学大学院農業生命科学研究科

    広島工業大学紀要研究編第42巻(2008)pp.237-245

    論 文

    ヒトゲノムプロジェクト

    その技術と政治

    寺 内 か え で ・田 村 倫 子

    (平成19年10月31日受理)

    Human Genome Project

    Technology and Politics

    Kaede TERAUCHI,Tomoko TAMURA

    (Received Oct.31,2007)

    Abstract

    On June26,2000,both the international team composed of governmental institutions in USA,EU,

    and Japan and a private company,Celera Genomics,released individual draft versions of the sequence

    of the human genome,and the former has declared the completion of the sequencing in2003. This

    paper is focused on the DNA sequencing technology,a‘must’in the Human Genome Project(HGP).

    First,a brief history of the invention of the principle of DNA sequencing is described. Next we

    describe the details of the key technologies that have made the success of the HGP possible. The

    reason Japan has been completely defeated as to its contribution in the HGP is summarized although

    Japan had at least one step ahead of USA in the concept of both automated DNA sequencing

    technologies and‘human genome project.’Finally we suggest the need of the enhancement of the

    science literacy and the technology literacy.

    Key Words:Human Genome Project(HGP),DNA(deoxyribonucleic acid)sequencing technology,

    DNA sequencer,ABI(Applied Biosystems Inc.),Wada project

  • 2.研究の背景と目的

    ヒトゲノムプロジェクトは,人類にとってまさしく一大

    イベントであったので,プロジェクトそのものの意義付

    け,政治がどのように巨大資金を投ずるに至ったか,“国

    際”プロジェクトはどのように牽引されたのか,技術的な

    進歩はどのように貢献したのか,など論点となるものは多

    数ある。例えば,米国でのヒトゲノムプロジェクトの政治

    面における動きに着目した著書として『ジーン ウォー

    ズ』3)が挙げられる。また,ヒトゲノムを解読するというこ

    とについて分子生物学から政治学,社会学に至るまで,幅

    広く,かつ, えさせてくれる書として『ヒト遺伝子の聖

    杯』4)が挙げられる。ヒトゲノムプロジェクトの初期段階に

    おいて,学問の世界に大きな影響力を持つ人物として活躍

    するジェームズ・ワトソンも DNAについての集大成とも

    いえる読み物『DNA』5)の中で2つの章をヒトゲノムプロ

    ジェクト関係に割いている。また,ヒトゲノムプロジェク

    トでの風雲児ともいえるクレイグ・ベンターについては,

    『ゲノムを支配する者は誰か』6)や『ザ・ゲノム・ビジネス』

    7)に詳しく採りあげられている。日本の国際ヒトゲノムプ

    ロジェクトとの関わりについては,ジャーナリストの岸氏

    による『ゲノム敗北』8),当事者として関わった者による『ゲ

    ノムを読む』9),『物理学は越境する』10),『ヒト「ゲノム」計

    画の虚と実』11)などが挙げられる。特に,『ゲノム敗北』は,

    和田プロジェクトを内側から詳述した和田による『物理学

    は越境する』によれば,「英訳されていない日本の一般書の

    書評が『ネーチャー』に採りあげられたのはきわめて異例

    のこと」と記載しているように,2005年1月13日号の

    Nature誌12)の書評欄で紹介されている,日本の科学技術行

    政の問題点を指摘している示唆的な書である。また,和田

    プロジェクトの代表であり,東京大学物理学教室の教授で

    あった和田の著書10)と国際チームに参加した日本における

    慶応大学チームのリーダーである清水の著書11)を読むと,

    和田の著書においては,対官僚における問題点,省庁間の

    垣根,物理学者が生物学の領域に踏み入れることに対して

    の“正統派”生物学・医学系学者からの偏見などが国内で

    のバリアとして記載されているが,清水の著書では和田プ

    ロジェクトには全く触れず,むしろ,国際チームに参加し

    た日本国内のチームの組織間での連携の欠如,少し極論す

    ればチームリーダーの出身母体の学閥のきしみが聞こえて

    くるあたりが興味深い。

    本論文では,これらの著書等において,それぞれの立場

    で断片的にしか記載されていない技術的な側面に着目し,

    特に DNAシーケンサーの開発史を詳述すると共に,その

    とき,政治がどのように関与していったかについても言及

    することを目的とする。

    3.DNAの塩基配列解読の原理とその発明史

    DNA塩基配列決定法には大きく分けて2通りある。一

    つは1976年に開発されたマキサム-ギルバート法13)であ

    り,もう一つはサンガー法である。フレデリック・サンガー

    の研究史は配列決定の発明史と言っても過言でないであろ

    う。1945年にジニトロフェニル法(DNP法)を 案し,1952

    年にはインシュリンの全アミノ酸配列を決定し,更にイン

    シュリンを構成する2本のペプチド鎖のジスルフィド結合

    の位置を決めて1955年にはインシュリンの全化学構造を

    明らかにし,1958年,タンパク質,特にインシュリンの構

    造研究によってノーベル化学賞を受賞した。次にターゲッ

    トとしたのは RNA(ribonucleic acid)の塩基配列であり

    1965年にその方法を 案した。次なるターゲットは DNA

    であった。現在,いわゆるサンガー法といわれている方法

    に至るまでに,いくつかの方法を 案している。最初に

    案した方法は1973年の4月に公表された14)。そして,1975

    年には,いわゆる,プラス-マイナス法と呼ばれる方法を

    開発し15),この方法で1977年にはΦX174ファージの全塩

    基配列(5375塩基対)を決定した16)。この解読に要した人

    員は8名,約2年の期間を費やしている。更に,1977年に

    は現在サンガー法として知られるジデオキシ法17)を 案し

    た。このジデオキシ法により,プラス-マイナス法より速

    くて正確に塩基配列を決定できるようになり,しかも一度

    に複数の塩基配列を解読することが可能となり,大量処理

    への道を開いた。1980年には核酸の塩基配列の解明の功績

    でギルバート,サンガー共にノーベル化学賞を受賞した。

    DNAの配列決定法としては,初めのうちは,サンガー法は

    ①特別の基質や酵素が必要であること,②反応条件の設定

    が困難などの理由から,一般的な化学試薬のみを用いて行

    なえるはマキサム-ギルバート法が多く用いられたが,次

    第にサンガーのジデオキシ法にとって代わり,ヒトゲノム

    プロジェクトで用いられた自動塩基配列解読機は全てこの

    原理を用いたものである。

    ジデオキシ法の原理は,DNAを鋳型とし,十数残基の短

    い DNA断片をプライマーに用いることで,DNAポリメ

    ラーゼが cDNAを合成する性質を用いている。基質として

    4種の dNTP(NはA,T,G,C)と,2,3-ジデオキシヌクレ

    オチド三リン酸(ddNTP)の存在下で DNA鎖の伸長反応

    を行なうと,ddNTPが無作為に取り込まれることで反応

    が停止し,共通の5’末端をもつ鎖長の異なる断片が生じる。

    この断片をゲル電気泳動で分離することで塩基配列を決定

    する。サンガーの 案した段階では,プライマーにはリン

    の放射性同位元素 Pでラベルしたものを用いて DNA断

    片の検出感度の向上をはかり,ゲル電気泳動はスラブゲル

    (板状ゲル)を用いていた。

    寺内かえで・田村倫子

    238

  • 4.DNAシーケンサーの開発史

    4-1 DNA配列解読の自動化への最初の構想

    DNA塩基配列解読機(以下,DNAシーケンサー)の最

    初の構想は,東京大学理学部物理学教室の和田昭允が1980

    年に提唱した10)。和田自身の著作によれば,1979年頃,親

    友であるセイコー電子工業(現・セイコーインスツル)の

    社長,服部一郎氏が腕時計の自動生産ラインを見学させて

    くれたところから DNA自動シーケンサーを着想した。和

    田の構想は,科学技術庁の出資による科学技術振興調整費

    によって運営される1981年度の国家プロジェクト「DNA

    の抽出・解析・合成技術の開発に関する研究」として採用

    された。なお,この和田プロジェクトは1989年に終了して

    いる。

    和田が公表した最初の自動 DNAシーケンサーは,マキ

    サム-ギルバート法を自動化したものである。マキサム-

    ギルバート法は,4種類の塩基に応じて選択的に特定の塩

    基部位を切断する化学物質を用いる方法であり,一般的な

    化学試薬のみで行なえる反面,反応手順が煩雑であり,か

    つ,一度に解読できる塩基数がきわめて短いという短所を

    有していた。和田の提案した自動 DNAシーケンサーは,こ

    の煩雑な一連の化学反応を,コンピュータ制御された“マ

    イクロ化学ロボット”に行なわせるというものである。し

    かし,生化学系の最初の論文投稿先からは「(前略)専門家

    の解析のレベルには達していない」という理由で却下さ

    れ,装置の専門誌に投稿し直したところ18)「この論文は

    DNAの塩基配列解読に必要な退屈な工程を自動化し,標

    準化する機器を報告している。疑いもなくこれからの分子

    生物学,遺伝学の研究に有用な役割を果たすものである

    (後略)」というコメントと共に無修正で受理された10)。ここ

    には“機械には熟練技術者の代わりはできない”として,

    シーケンスの自動化そのものに懐疑的な“正統派”生物系

    ジャーナルのスタンスがよく現われているといってよかろ

    う。

    この時点で提案された和田の自動シーケンサーは,煩雑

    な化学反応処理工程をロボットに行なわせる,というもの

    であり,放射性同位元素 Pで標識する点などは,従来法の

    ままである。この装置は,セイコー電子工業株式会社に

    よって実機として開発され,1984年1月12日号のNature

    誌のプロダクトレビューに公表された19)。この紹介文の中

    で,和田は既に,将来,30億塩基対からなるヒトゲノムが

    解読される日が来ることを指摘している。

    4-2 4色蛍光標識法の発明

    ヒトゲノムプロジェクトで活躍した DNAシーケンサー

    の中では,いくつかの重要な要素技術がある。

    まず,最初に発明されたのが4色蛍光標識法である。こ

    の発明以前は,マキサム-ギルバード法においても,サン

    ガーのジデオキシ法においても,電気泳動した DNA断片

    を検出するために放射性同位元素 Pで標識している。

    ここから先は,サンガーのジデオキシ法だけを対象にす

    る。このジデオキシ法はサンガーによる開発当初から,プ

    ライマー(オリゴヌクオチド)を放射性同位元素 Pで標識

    してきた。1つの DNA鎖の塩基配列を調べるには,4つの

    塩基アデニン ,シトシン ,グアニン ,チミン に対

    応した,4つの2,3-ジデオキシヌクレオチド三リン酸

    (ddATP,ddCTP,ddGTP,ddTTP)のいずれか一つだけ

    を含んだ反応液を,それぞれの塩基について用意しなくて

    はならない。すなわち,1つの DNA鎖の塩基配列を調べる

    ために,4つの反応液と,4つの反応物を泳動する4つの

    レーンが必要となる。そこで,まず,1つの DNA鎖の塩基

    配列を調べるのに4つの反応は行なうが,1つのレーンだ

    けあればよいという,大量解読への一つの前進を可能にす

    る技術が発明された。それは,放射性同位元素 Pの代わり

    に,蛍光物質で標識をするというものである。この際,A,

    T,G,C,4つの塩基に対応させて,4つの異なる色で光

    る蛍光物質標識しておけば,4つの反応液を反応後に混合

    して1つのレーンで電気泳動しても,4つの塩基がそれぞ

    れ判別できるというものである。この方法は,①放射性同

    位元素を使用しなくてよい点で安全性において優れてお

    り,②前述したように4つの異なる蛍光色素を使用すれば

    電気泳動ゲルを効率よく使用できる。すなわち,従来の4

    倍の塩基配列が一度の電気泳動で決定できるようになった

    (図1参照)。この4色蛍光標識法についてはアメリカのベ

    ンチャー企業であるアプライド・バイオシステムズ社

    (ABI)により最初に 案されたとされることが多い。しか

    し,この4色蛍光標識法については,もう少し複雑な流れ

    があることについて触れたい。

    前期の和田プロジェクトが開始された当初から,和田研

    究室の出身者であり,既に埼玉大学の助教授であった伏見

    譲はプロジェクトへの参加を求められた。このプロジェク

    トでの伏見の担当は DNAの読みとり部分であった。岸氏

    の著書8)によれば,1981年2月28日の伏見のノートに,標

    識物質として放射性同位元素の代わりに蛍光色素を用いる

    アイデアが記載されている。伏見はこのアイデアを大学院

    生の研究テーマとして与え,さらに発展させた。そして,

    1982年10月に開催された日本生物物理学会で,「DNAの

    蛍光標識と実時間蛍光検出ゲル電気泳動法の開発」とし

    て,10月14日に発表した。この発表では,前著8)によれば,

    放射性同位元素を用いないメリットに加え,多色標識がで

    きれば1本の分析チャネルに多くの情報がのせられること

    が含まれている。ただし,この発表内容は国際誌には発表

    ヒトゲノムプロジェクト

    239

  • はされなかった。1983年4月9日に,伏見らはこの4色蛍

    光色素法のアイデアを,日本の特許庁への特許出願,「蛍光

    標識による DNAの分析方法」という発明の名称で世に出

    した。この出願日は,特許法30条に規定されている“新規

    性喪失の例外”の適用を受けるための期限により必然的に

    決まった。しかしながら,出願公開される前の1984年1月

    に出願は取り下げられた。出願取り下げの理由は,和田の

    著書10)によればプロジェクトの支援先である科学技術庁か

    ら「国家予算で開発した研究成果を特許で独占した前例は

    ない」と阻止されたからである。文部科学省自体が,大学

    での研究成果も,学会や論文発表前に特許出願をすること

    を勧めている現在とは全く社会背景が異なっていた。そし

    て,このころ,日本以外にも同様な研究を行なっているグ

    ループがあった。カリフォルニア工科大学のフッドらのグ

    ループは,ちょうど伏見の特許出願が取り下げられた頃に

    あたる1984年1月16日に一番基本となる特許出願を米国

    特許庁に出願している。この出願には,4色蛍光標識法が

    クレームされており,継続出願(continuation)という米国

    特有の制度を利用して改良を重ねたものが,1990年10月

    15日出願のUS5171534“Automated DNA sequencing

    technique”として1992年12月15日に登録されている。発

    明者には,アプライド・バイオシステムズ社(ABI)のマイ

    ケル・ハンカピラーももちろん含まれている。この特許の

    内容は論文としても公表されており20),1985年12月30日

    に receivedとなっている。この論文の前段階として,4色

    ということには触れていないけれど,プライマーを標識す

    るのに放射性同位元素ではなく蛍光色素を用いるアイデア

    が1984年12月12日に receivedの論文に同グループから

    公表されている21)。ここで公表されたプライマーを標識す

    る方法は,ダイ-プライマー法(dye-primer method)とよ

    ばれるようになる。同じ頃,デュポン社のグループも4色

    蛍光標識法を論文に公表しているが22),この論文で記載さ

    れている標識の対象は,4つの塩基に対応するそれぞれの

    ターミネーターである。このように,2,3-ジデオキシヌクレ

    オチド三リン酸(ddATP,ddCTP,ddGTP,ddTTP),す

    なわちターミネーターを標識する方法は,ダイ-ターミ

    ネーター法(dye-terminator method)とよばれる。この方

    法によれば,4つの塩基についてそれぞれ反応液を用意し

    て反応させる必要がなくなる。すなわち,反応液に,それ

    ぞれの塩基に対応した異なる4つの蛍光物質で標識された

    ターミネーターを含ませておけば,1回の反応で,全ての

    塩基について標識することができ,当然,反応液も一つだ

    から電気泳動レーンも1つで足りる。すなわち,反応容器

    の数がダイ-プライマー法の4分の1でよいことになる。

    これですっかり日本の和田プロジェクトで生まれたアイ

    デアは葬り去られた。和田プロジェクトに参加していた株

    式会社日立製作所・基礎研究所に所属する神原秀記はカル

    フォルニア工科大学グループの技術20)の色素体を改良する

    ことにより特許を取得している23)。しかし,これはもはや

    ABIのマイケル・ハンカピラーらの発明の改良に過ぎな

    かった。

    4-3 ヒトゲノムの完全解読の動き

    上記のように DNA解読技術が進んできた中で,ヒトゲ

    ノムを完全解読するということについて,一つの影響力の

    ある論文が1986年3月の Science誌に掲載された24)。ガン

    ウイルスの研究で1975年にノーベル生理医学賞を受賞し

    たダルベッコが,ガンの本当の撲滅のためにはヒトの全遺

    伝子情報を読むことが必要だ,という主張をした。こうし

    たことが引き金になって,1987年には米国エネルギー省

    (DOE)がヒトゲノムプロジェクトの予算を獲得し,1988年

    には米国立衛生研究所(NIH)がヒトゲノム研究所を設立

    し,ワトソンを初代所長としている。ヒトゲノム解読とい

    うのが科学の世界だけのことでなく,政治の舞台にも上

    がってきた。このような1987年に,和田25)や,ハンカピ

    ラー26)らは,自動化された DNAシーケンシングについて

    それぞれ論文を発表している。30億塩基対を解読すること

    が,現実の話題として採りあげられるようになり,如何に

    速く正確にそして経済的に読むか,ということが科学専門

    誌に掲載されることに一つの時代の始まりを感じさせる。

    和田は,この論文で,1塩基を読むのに必要なコストを試

    算しており,ハンカピラーらは,ヒトゲノムを解読するに

    際してのタイムテーブルを提示している。なお,日本は,

    1988年に設立されたヒトゲノム国際機構(HUGO:

    Human Genome Organization)に,松原謙一を代表とし

    て参加した。その後,日本,米国共に,科学者と政治を巻

    き込んだ一つの大きな動きとなっていくが,本論文ではこ

    のことについては触れない。

    4-4 ダイ-プライマー法からダイ-ターミネーター法へ

    シーケンスに用いられる酵素は,大腸菌の DNAポリメ

    ラーゼ IIIのエキソヌクレアーゼ活性をプロテアーゼで取

    り除いたクレノー(Klenow)フラグメントであった。その

    後,化学修飾した T 7ポリメラーゼ,シーケネース27)(Se-

    quenase)が主として用いられるようになった。ABIジャパ

    ンによれば,ABIでは,1986年からシーケンス試薬として

    ダイ-プライマー法を用いた製品を販売し,ダイ-ターミ

    ネーター法を用いた製品は1990年から販売している。

    そして,1985年にシータス社のキャリーマリスによって

    案された PCR(polymerase chain reaction)法28)は,耐

    熱性細菌 Thermus aquaticus由来の DNAポリメラーゼに

    より改良29)され1987年頃から本格的に実用化された。これ

    240

    寺内かえで・田村倫子

  • が DNAシーケンシングに適用され30),サイクルシーケン

    ス法が開発された。ABIジャパンによれば,ABIはサイク

    ルシーケンス法に用いる試薬として,ダイ-プライマーの

    試薬とダイ-ターミネーターの試薬を1991年に同時に発

    表している。しかし,この段階では,まだ,ほとんどがダ

    イ-プライマー法を使用していた。これは,ダイ-プライ

    マー法の方が,長い塩基配列を読むのに適している,とい

    うことによるものである。従って,前述したように大量処

    理という観点から利点を有するダイ-ターミネーター法は

    ほとんど使用されていなかった。

    ダイ-プライマー法からダイ-ターミネーター法へと利

    用比率が変わったのは,ABIジャパンによれば1995年の

    ことである。この年,ABIはサイクルシーケンス法におい

    て至適化された酵素を開発した。これは,ヌクレアーゼ活

    性を無くし,正確さや伸長性を向上させた変異酵素であり,

    FS(Fluorescence Sequence),正式にはAmpliTaq DNA

    Polymerase,FSと呼ばれる製品名で発表された31),32),33)。こ

    の指摘化された酵素は,ダイ-ターミネーター法でも 一

    なシグナルを可能にし,長い塩基配列を読むのを可能にし

    た。ここで,注意しておきたいことは,AmpliTaqはロッ

    シュ社(Roche Molecular Systems,Inc.)の登録商標であ

    る,すなわち,ロッシュ社の特許のライセンス許諾を受け,

    それをさらに改良している点である。DNAシーケンサー

    を装置だけでなく,酵素や色素などの試薬まで含めて,

    トータルシステムとして開発していこうというABIの戦

    略が見て取れる。この酵素の改良により,ダイ-ターミ

    ネーター法が主流となる。

    4-5 マルチキャピラリー電気泳動法の適用

    ヒトゲノムを全て解読するためには,さらにスループッ

    トを上げる必要があった。そのために,4色蛍光色素法の

    他に採用されたのが,マルチキャピラリーDNA電気泳動

    の技術である。マルチキャピラリー電気泳動の技術が完成

    されるまでの過程は何段階かに分けることができる。すな

    わち,①電気泳動に使用するゲルを,平板ゲル(スラブゲ

    ル)からキャピラリーへと変更する段階,②キャピラリー

    を1本から多数本用いるマルチ化する段階,③キャピラ

    リーのガラス壁に由来する乱反射が測定を妨害するという

    問題点を,シースフロー法によって解決する段階である。

    スラブゲル電気泳動は平板ガラスの間にゲルを作成して

    電気泳動を行う。電気泳動の速度を上げるためにゲルの厚

    さを薄くして高電圧をかけると熱が発生するため,印加で

    きる電圧には限度があった。そこで新しく採り入れられた

    技術がキャピラリー電気泳動である34)。これは通常,内径が

    50 ,長さが30㎝程度のキャピラリーを用いたものであ

    る。キャピラリーは熱の放散に優れているため,より高い

    電圧をかけることができる。分離の速度はスラブゲル電気

    泳動の約10倍に向上した。また,DNAの最小検出量は測

    定領域内の DNA濃度と体積に依存しており,微量の試料

    を有効に検出するには DNAバンドの体積が小さいキャピ

    ラリー電気泳動が適していた。同じく1990年にはキャピラ

    リー電気泳動を利用した DNAシーケンシングが別のグ

    ループからも報告されている35)。和田プロジェクトの一員

    であった,日立製作所の神原秀記は,和田プロジェクトが

    終了した1989年以降も社内で電気泳動装置の研究開発を

    継続した。1991年9月には,試料の濃度を濃縮する機能を

    備えたキャピラリー電気泳動装置で特許を取得している36)。

    解読の速度をさらに上げるためには,多数の試料を同時

    に処理することが必要である。これは,1回の電気泳動で

    扱うキャピラリーの本数を1本ではなく,複数本用いる

    キャピラリーのマルチ化によって解決することができる

    (図2参照)。

    キャピラリーを用いた電気泳動の技術そのものは1980

    年代初期から開発されていたが,DNAシーケンサーに

    キャピラリー電気泳動を用いるためには,一つの技術的ブ

    レークスルーが必要であった。試料は蛍光標識されてお

    り,そこに光を照射して発光する蛍光を検出するため,ゲ

    ルの多孔質の構造とキャピラリーのガラス壁に由来する乱

    反射が測定を妨害するという問題点があった。この問題を

    解決するために,リチャード・マティスらは共焦点法によ

    る蛍光検出系を開発し37),1992年にNature誌のプロダク

    トレビューに紹介している38)。一方,日立製作所の神原秀記

    はシースフロー(sheath flow)法とよばれる方法を利用し

    た装置を開発し39),1993年にNature誌のプロダクトレ

    ビューに紹介している40)。また,カナダ・アルバータ大学の

    ドヴィッチらも独立にシースフロー法を利用した装置を開

    発している41)。ABIが開発した DNAシーケンサーPRISM

    3700には,日立製作所とアルバータ大学のシースフロー技

    術が採用された。それは,試料がキャピラリーから流れで

    241

    ヒトゲノムプロジェクト

    図1 4色蛍光標識法の利点

    (2001年武田賞生命系応用分野選 理由44)から転載)

  • る瞬間に蛍光を測定するという方法である。シースフロー

    セルの中にキャピラリーの先端を導入し,外から加える水

    流によって試料の流れを絞り込み,そこに横から直接レー

    ザーを当てて蛍光を測定する(図3参照)。シースフロー法

    自体は,1988年にドヴィッチらがアミノ酸分析でそのアイ

    デアを発表している42)。そして,シースフローのアイデアを

    DNAシーケンシングに適用した論文が1990年にド

    ヴィッチらにより発表された43)。

    4-6 DNAシーケンサー開発の覇者

    このような技術開発と共に,1983年にABIの最高経営

    責任者に就任したハンカピラーは,1993年にABIがパー

    キン・エルマー社に買収されると,同社のABI事業部門の

    DNAシーケンサー開発の責任者となる。ハンカピラーは,

    マルチキャピラリー電気泳動,蛍光色素化学,試料自動交

    換システム,それに,日立製作所とのライセンス契約,ア

    ルバータ大学からライセンス取得によりシースフロー検出

    系を組合せた高性能DNAシーケンサー,ABI PRISM

    3700を1997年に完成し,1998年1月に市場に出荷した。

    ABI PRISM 3700は96本のキャピラリーを備え,解読の

    正確度は98.5%,標準的なランタイム(ウォームアップと

    泳動時間)は3時間,1日当たりのラン回数は8ラン,1

    日当たりの解読塩基数は399塩基対,ランニングコスト(電

    気泳動コストとシーケンシング反応コストを合わせたも

    の)は1塩基当たり0.23円という仕様が公表されてい

    る45)。しかも自動化により,24時間のフル稼働が可能と

    なったため,人手は1日に15分しかかからず,労働力は,こ

    れまでのシーケンサーに比べて10%にまで低減した44)。こ

    の,ABI PRISM 3700はヒトゲノムプロジェクトにおいて

    大いに活躍することになる。この DNAシーケンサーの開

    発の功績により,マイケル・ハンカピラーは,2001年に財

    団法人・武田計測先端知財団は生命系応用分野で武田賞を

    受賞している46)。本論文では採りあげなかったが,ヒトゲノ

    ム計画のもう一人の革命者クレイグ・ベンターも同時にこ

    の賞を受賞している。

    5.DNAシーケンサー開発における日本と米国の比較

    上述の開発史で明らかにしたように,DNAシーケン

    サーの開発に先鞭を付けたのは日本であった。4色標識蛍

    光法の基本特許を取得する可能性を自ら放棄したのは日本

    の政治および行政が特許というものの重要さを認識してい

    なかったためである。米国では,1980年にバイドール法

    (the Bayh-Dole act)が制定され,政府の資金援助を受け

    て大学が開発に成功した知的財産の権利を,政府だけでな

    く大学にも帰属させることができるようになった。これに

    よって,大学は企業などにライセンス供与することができ

    るようになった。日本では,前述したように,伏見らの出

    願した特許は,1984年1月に「国家予算で開発した研究成

    果を特許で独占した前例はない」という科学技術庁からの

    通告で取り下げを余儀なくされている。日本でいわゆる日

    本版バイドール法,産学活力再生特別措置法が施行された

    のは1999年10月1日のことである。

    日本の敗北については,和田プロジェクトの代表者であ

    る和田10),17)や,『ゲノム敗北』著者8)によって分析がなされ

    ている。この中で最も興味深いのは,2004年5月26日に開

    催された衆議院の文部科学委員会48)に,2002年にノーベル

    物理学賞を受賞した小柴昌俊と,和田が参 人として,当

    時自民党議員だった加藤紘一からの求めで出席したときの

    和田および小柴の発言である。和田は著書10)の中で,このと

    きの内容を箇条書きにまとめているので,項目に簡単な注

    釈を加えて列挙する。①我が国のハイテクの優位をフルに

    242

    寺内かえで・田村倫子

    図2 キャピラリーのマルチ化

    (2001年武田賞生命系応用分野選 理由44)から転載)

    図3 シースフロー法の説明図

    (2001年武田賞生命系応用分野選 理由44)から転載)

  • 使って,世界の先頭を切ろうという戦略については一致し

    ているとした上で,②国家予算の投資メカニズムの相違

    (小柴プロジェクト:文部省,和田プロジェクト:科学技

    術庁),③研究者の後進性(物理学者と当時の生命研究者の

    気質の相違),④協力企業の姿勢の違い(小柴プロジェクト

    における浜松ホトニクス株式会社の晝馬輝夫社長の大きな

    貢献),⑤先見性の欠如と産業化への抵抗(純粋科学であっ

    た小柴プロジェクトへの理解に対し,遺伝子情報の大量解

    読に学問的な意義を認識できなかった日本の科学界,そし

    て成果が産業機器に結びつくことへの偏見),⑥日本に先

    を越されるというアメリカの危機感と,日本の反対派研究

    者が“米国を挑発すべきでない”という立場に立ったこと,

    について相違していたことを挙げている。

    一方,企業における開発競争でも,日本は米国に負けた

    と言わざるを得ない。前述したように,日立製作所はマル

    チキャピラリーとシースフロー方式を組み合わせた電気泳

    動の装置面では世界のトップを走っていた。だからこそ,

    パーキン・エルマー社はその技術を自社製品にどうしても

    取り入れたくてライセンス交渉に踏み切ったのである8)。

    1998年2月の両社の業務提携では,“両社は,日立の機器製

    造技術とパーキン・エルマーの試薬技術を組み合わせ,全

    自動で高速に遺伝子解析するマルチキャピラリーアレー形

    シーケンサーを開発する,同時に,遺伝子解読装置ですで

    に世界市場の約8割をしめる,パーキン・エルマーのABI

    部門が製造開発と販売で協力する”というクロスライセン

    ス契約が結ばれた。しかし,現実には,1998年1月に市場

    に出荷されたABI PRISM 3700はパーキン・エルマー

    (ABI)の登録商標を冠したABIの製品として広く世界中

    に知られるに至った。2007年10月現在,DNAシーケン

    サーにおける日立製作所の姿は,ABIジャパンの製品紹介

    中の最後の注意書きに“The Applied Biosystems 3730

    DNA Analyzer includes patented technology licensed

    from Hitachi, Ltd. as part of a strategic partnership

    between Applied Biosystems and Hitachi,Ltd.,as well as

    patented technology of Applied Biosystems.”と記載され

    ているのに留まる49)。装置については特許対策に抜かりの

    なかった日立製作所がなぜ,ここまで影が薄くなってし

    まったのか。このことについて和田は,“日立はハードウエ

    アとしてのシーケンサーには興味を持っていたが,ABIが

    持っている試薬の技術がなかった”ことを指摘し,“今やバ

    イオ分析機器メーカーはハードだけを作っていては足り

    ず,ハード,ソフト,そしてウエット(試薬)まで含めて

    「ワンパッケージ」のシステムとしてこそ付加価値を生む,

    これが市場制覇の必要条件”と述べている10)。この和田の提

    言には筆者も同意する。この提言は,1990年代前半から半

    導体製造装置はプロセス(いわゆるノウハウ)まで含めて

    商品となっていたこと,半導体メモリーも利用方法まで提

    示することが市場において主導権を握るために必要である

    ことが指摘されていることと50),と相通ずるものである。

    さらに,筆者は,日本の学会,産業界に欠けるものとし

    て,“この技術がこれからの社会で世界に通用する切り札

    になる”という,大局的な見地からの方向付けが出来る機

    関あるいは人物がきわめて少ないことを挙げたい。そのよ

    うな意味で,規模的にもゲノムプロジェクトとは異なった

    が,小柴プロジェクトを支えた浜松ホトニクスの晝馬輝夫

    社長の先見性を明記したい。筆者の一人が浜松ホトニクス

    に勤務していた頃,晝馬社長は小柴先生から請け負った巨

    大光電子増倍管について,“開発コストを えると全く儲

    けにならない仕事だ”と語っていたが,“うちにしかできな

    い技術を持つ”という晝馬社長の信念がこの小柴プロジェ

    クトを支援することにつながったものと思われる。

    また,大局的なものの見方が出来る人材,先見性をもっ

    た人材を育てるためには,政治家や財界人などに多い文化

    系出身者にも教養としての科学技術リテラシーを向上させ

    る必要があること,一方,技術者にも“木を見て森を見ず”

    的な視野ではなく,科学技術もまた社会背景の中で発展し

    ていることを自覚して幅広い教養を養っていくことの必要

    性を強調したい。

    6.結語

    本論文では,ヒトゲノムプロジェクト発足当時の予想よ

    り大幅にゲノム配列の解読時期を早めた技術の一つである

    DNAシーケンサーに的絞って述べた。ゲノム配列解読技

    術はその後も更に進歩を続け,2007年10月現在のABIの

    ホームページ45)によれば,最速のモデルApplied Biosys-

    tems 3730xlでは1,613キロ塩基対を1日に解読すること

    ができ,経済的にも,1塩基対解読あたり0.09円にまで削

    減されていることが紹介されている。人間のゲノムは約30

    億塩基対であるから,単純に計算すると1台のシーケン

    サーをフルに稼働させれば,2億7千万円,5年35日で1

    人の全ゲノムを解読することができることになる。もは

    や,国際的あるいは国家プロジェクトでなくとも人間一人

    のゲノムを解読することが可能となったことを示してい

    る。2003年5月,米NIHの傘下の国立ヒトゲノム研究所

    (NHGRI)は,10年後の2013年には1人のゲノムを1000

    ドル以下で解読する「1000ドルゲノム」を目標に掲げた51)。

    この目標に向けて,さらに新しいコンセプトによる DNA

    シーケンサーが開発されつつある51)。2000年にヒトゲノム

    のドラフト解読が終了し,2003年には完全解読が終了し

    た。しかし,ゲノム配列という「生命の書」を手にしてみ

    ると,解明された謎もあるが,解明されたよりさらに多く

    の生命の神秘が明らかになった。つまり,ゲノムの塩基配

    243

    ヒトゲノムプロジェクト

  • 列だけでは何もわからない,ということが周知された。し

    かし「量は質を変える」というのは過去の歴史が教えてく

    れるところである。1人分のゲノムが現在の為替レートに

    おいて十数万円程度で解読できるようになったとき,一般

    人も少し高価な買い物をするのと同じ感覚で自分のゲノム

    情報を買うようになるかもしれない。あるいは,筆者はそ

    ういうことは望まないが,IDとして登録が義務づけられる

    かもしれない。多くのヒトゲノムの情報が蓄積すれば,医

    学ばかりではなく,人生観そのものにも影響を与えるよう

    になるものと えられる。私たちは,単に技術の進歩を驚

    きを持って眺めているだけでなく,もっと“人としてどう

    生きるか”ということについて えていかなければならな

    いときにきているのではないかと える。

    文 献

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    寺内かえで・田村倫子

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    46)http://www.takeda-foundation.jp/award/takeda/

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    ヒトゲノムプロジェクト